説明

レーザ光照射装置、液相レーザアブレーション装置及び反応場制御方法

【課題】液体中にレーザ光を収束することにより得られる反応場の反応条件を制御する。
【解決手段】液体を加圧状態にしてこれへレーザ光を収束させると、液体中にレーザ光を収束して得られる反応場において予期せぬ大きなエネルギーが生じ、当該反応場の反応条件が変化する。これにより、液体の加圧状態を制御することにより、反応場の反応条件を制御することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、レーザ光照射装置、液相レーザアブレーション装置及び反応場制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液相レーザアブレーション装置は液相中でターゲットにパルスレーザ光を照射してアブレーションを生じさせ、もってナノメートルオーダの微細な粒子を生成・回収するものである。
例えば特許文献1に記載の液相レーザアブレーション装置では、反応容器に純水を充填し、この純水中に金属ターゲットを浸漬してレーザアブレーションを実行する。ここに、反応容器には圧抜きが付設されてその圧力が一定に保たれている。なお、反応容器には何らコンプレッサ等の加圧装置は設けられていない。
また、特許文献2にはゼオライト粒子を水中に分散させ、次でゼオライト粒子にレーザ光線を照射してゼオライト粒子を粉砕する技術が開示されている。
【0003】
液相レーザアブレーションではレーザ光を液体中で収束させ、当該レーザ光の収束した領域を高温高圧領域としている。この高温高圧領域においてターゲットがナノオーダまで微細に粉砕される。また、特許文献3及び4にはレーザ光を収束させて新規物質を合成することが開示されている。
即ち、レーザ光を収束させて得られた高温高圧領域は、周囲の液体領域とはその環境が大きく異なり、物質に変化をもたらす反応場となる。
本発明に関連する文献として、更に特許文献3〜5及び非特許文献1〜2を参照されたい。
【0004】
【特許文献1】特開2006−122845号公報
【特許文献2】特開2006−273623号公報
【特許文献3】特開2004−283924号公報
【特許文献4】特開2005−264089号公報
【特許文献5】特開2003−35671号公報
【非特許文献1】Sasaki et al. Journal of Photochemistry and Photobioogy A: Chemistry 182(2006) 335-341.
【非特許文献2】Changhao et al. Chem. Mater. 2004, 16, 963-965
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
液体中にレーザ光を収束させて反応場を形成し、当該反応場において物質に変化を与えるとき、反応場の内部環境、換言すれば反応場の反応条件を変化させれば当該反応場における物質の変化の態様も変化すると考えられる。
液体中にレーザ光を収束させて得られる反応場では、5000Kかつ7000気圧の高温高圧状態が生じていると考えられる(Sakka et al. Appl. Surf. Sci. 2002, 197-198, 246-250.及び Sakka et al. Appl. Surf. Sci. 2002, 197-198, 56-60.参照)。
かかる極限の高温高圧状態に変化を与え、もって当該反応場の反応条件を制御しようとする試みはなされていない。
そこでこの発明は、液体中にレーザ光を収束することにより得られる反応場の反応条件を制御することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記目的を達成すべく鋭意検討を重ねてきた結果、液体を加圧状態にしてこれへレーザ光を収束させると、レーザ光を収束して得られる反応場において予期せぬ大きなエネルギーが生じ、当該反応場の反応条件が大きく変化することを見出した。即ち、液体の加圧状態を制御することにより、反応場の反応条件を制御することができる。
この発明は上記の知見に基づきなされたものであり、その第1の局面は次の様に規定される。即ち、
液体中でレーザ光を収束させるレーザ光照射部であって、前記レーザ光を収束させた領域を反応場として該反応場に存在する物質に変化をもたらすように前記レーザ光を照射するレーザ光照射部と、
前記液体を加圧する液体加圧部と、
を備えてなるレーザ光照射装置。
【0007】
このように規定される第1の局面のレーザ光照射装置によれば、液体の圧力を変化させることにより、レーザ光の収束領域である反応場において反応条件を大きく変化させることができる。
液体中にレーザ光を収束させて得られる反応場は極限の高温高圧状態であるので、液体の温度やレーザ光のパワーを変化させても、反応場の内部環境、即ち反応条件は殆ど変化しない。他方、液体の圧力を変化させると反応場の内部環境が大きく変化する。これにより、反応場の反応条件を制御可能となる。
【0008】
上記において液体には任意の液体を採用することができる。例えば、水、有機溶媒、水溶液、コロイド溶液、エマルジョン等を採用することができる。液体として水を採用することにより装置全体が安価になり、また取扱いが容易になる。
この液体中にバルクのターゲットを存在させてもよい。当該ターゲットの表面へレーザ光を収束することにより、液相レーザアブレーションが実行される。ターゲットの種類も任意に選択することができる。
【0009】
レーザ光はこれを収束することにより物質に変化を与えることができれば任意に選択することができる。物質に変化を与え得る高出力レーザ光の光源として、汎用のYAGレーザやエキシマレーザ等を挙げることができる。かかるレーザ光の波長、照射時間も任意に設定することができる。
【0010】
レーザ光を液体中で収束すると収束領域で液体が急速に昇温され、かつ昇温に伴い液体蒸発が生じ、もって局所的に高温高圧状態が生じる。その結果、物質が絶縁破壊し、プラズマ化されると考えられる。
液体は反応容器に充填され、この反応容器へ加圧装置が接続される。液体の加圧装置はポンプ型、シリンダー型など汎用的なものを任意に利用できる。この加圧装置により、反応容器内の液体の圧力を任意に調節する。
【0011】
この発明の他の局面は次の様に規定される。即ち、
液相レーザアブレーション装置であって、ターゲットが浸漬される液体を加圧する、ことを特徴とする液相レーザアブレーション装置。
かかる液層アブレーション装置によれば、液体を加圧することによりアブレーションの生じる領域のエネルギーを大きくできる。
【0012】
この発明の更に他の局面は次の様に規定される。即ち、
液体中でレーザ光を収束させて得られる反応場であって、そこに存在する物質に変化をもたらす反応場の反応条件を制御する方法であって、
前記液体の圧力を変化させることにより前記反応場の反応条件を制御する、ことを特徴とする反応条件制御方法。
このように規定される反応条件制御方法によれば、極限の高温高圧状態にある反応場を簡易な方法で制御可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
図1にこの発明の実施例のレーザ光照射装置1の概略構成を示す。
このレーザ光照射装置1はレーザ光照射部10,反応部20及び加圧部30を備えてなる。
レーザ光照射部10はレーザ発信器11とレンズ12とを備え、レーザ発信器11から照射されるパルス状のYAGレーザ光はレンズ12で収束される。
反応部20は筒状の反応容器21からなる。この反応容器21のレーザ発信器11側には窓部22が形成され、レンズ12で収束されたレーザ光13は当該窓部22を透過して反応容器21のほぼ中央で焦点を結ぶ。符号24はリテーナであり、反応容器21に対して気密性を維持して着脱可能である。リテーナ24の膨出部25の先端にターゲットが固定される。
【0014】
反応容器21のほぼ中央の側壁には観察窓26が形成され、レーザ光13が収束した領域を観察可能である。観察窓26にはICCDカメラ27が付設されている。観察窓26の対向面には加圧部30への接続部28が形成される。
加圧部30はロータリポンプ型の加圧機31を備え、この加圧機31により反応容器21へ充填される液体へ任意の圧力をかけている。符号33は圧力計である。
【0015】
図1の構成のレーザ光照射装置1において、反応容器21へ純水を充填し、パルス状のYAGレーザ光を照射したとき、ICCDカメラ27で観測されたレーザ光の収束領域の画像を図2に示す。なお、YAGレーザの照射条件は波長:1.06μm、照射時のレーザエネルギー(瞬時パワー)280mJ/pulseであり、単パルスを照射している。図2(A)は反応容器21内の圧力が1atmのときに観察された画像であり、図2(B)は加圧機31を作動させて反応容器21内の圧力を9atmとしたとき観察された画像である。
図3は反応容器21内の圧力変化とICCDカメラ27で観察された画像の積分輝度(レーザ光を20回照射し、各回毎に得られた画像の積分輝度の平均値(黒丸)と標準偏差(縦棒))との関係を示している。
【0016】
図2及び図3より、純水にかける圧力を高くするにつれレーザ光の収束領域における輝度が大きくなることがわかる。
これは、加圧を施した場合に、レーザ照射初期に生じる局所的電子数、あるいは電子エネルギー状態に変化が生じたためと考えられる。
図2及び図3の結果より、液相へ印加する圧力は2atm以上とすることが好ましい。更に好ましくは2〜9atmである。本発明者らの検討によれば、液層へ加圧する圧力は2〜300atmとすることができる。
レーザ光を液体中で収束した場合には液体に含まれる元素に応じて発光の態様が変化する。この実施例のように液体を加圧すれば、レーザ光の収束領域の輝度が大きくなるので、非加圧時では観測できないような微量の元素に基づく発光をも観察可能となる。換言すれば、レーザ光の出力を何ら増大することなく、元素の同定感度を増大することができる。
【0017】
次に、リテーナ24の膨出部25の先端にチタン製のターゲットを固定し、当該ターゲットの表面にYAGレーザ光を収束させた。YAGレーザの照射条件は波長:1.06μm、照射時のレーザエネルギー(瞬時パワー)56mJ/pulseで単パルスを照射している。そのときにICCDカメラ27が撮影した画像を図4に示す。図4(A)は反応容器21内の圧力が1atmのときに観察された画像であり、図4(B)は加圧機31を作動させて反応容器21内の圧力を9atmとしたとき観察された画像である。図中符号Tはターゲットを示す。
【0018】
図5は反応容器21内の圧力変化とICCDカメラ27で観察された画像の積分輝度(レーザ光を20回照射し、各回に得られた画像の積分輝度の平均値(黒丸)と標準偏差(縦棒))との関係を示している。
図6は上記の観察結果において、1atmと6atmの観察終了後のターゲットの表面プロファイルである。図6の結果は触針型の段差計(KLA−Tencor社製、型番:Alpha−Step500)により得られた。
図6の結果より、液体へ与える圧力を大きくしてもターゲットに対する影響(アブレーション量)は殆どかわらないことがわかる。換言すれば、反応場に存在するターゲット粒子の量に変化はない。
その一方で、図4及び図5より液体へ与える圧力を大きくすると反応場において高い輝度が得られている。
以上より、液体へ与える圧力を大きくすると反応場に存在する物質の内部エネルギーが増大することがわかる。即ち、液体へ与える圧力を僅かに変化させるだけで、反応場においてそこに存在する物質の内部エネルギーを著しく大きくすることができる。換言すれば、液体へ与える圧力を僅かに変化させるだけで、反応場の反応条件を大きく変化させることができる。
【0019】
液相の圧力を高くすることにより、レーザ光が収束する領域のエネルギーが極めて大きなものとなる。これにより、新規な態様のレーザアブレーションを行なうことができる。更には、反応場において物質を合成する際にも、今まで得られなかった新たな物質を合成できる可能性もある。
【0020】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は本発明の実施例のレーザ光照射装置の構成を示す模式図である。
【図2】図2は実施例のレーザ光照射装置において純水中のレーザ光を収束させたときに観察される画像を示し、図2(A)は純水を大気圧としたときの画像であり、図2(B)は純水を9atmまで加圧したときの画像である。
【図3】図3は純水の圧力と観察画像の輝度との関係を示すグラフである。
【図4】図4は液相レーザアブレーションを実行したときに観察される画像を示し、図4(A)は液相を大気圧としたときの画像であり、図4(B)は液相を9atmまで加圧したときの画像である。
【図5】図5は液相の圧力と観察画像の輝度との関係を示すグラフである。
【図6】図6はターゲット表面のプロファイルを示す。
【符号の説明】
【0022】
1 レーザ光照射装置
10 レーザ光照射部
20 反応部
25 膨出部
30 加圧部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体中でレーザ光を収束させるレーザ光照射部であって、前記レーザ光を収束させた領域を反応場として該反応場に存在する物質に変化をもたらすように前記レーザ光を照射するレーザ光照射部と、
前記液体を加圧する液体加圧部と、
を備えてなるレーザ光照射装置。
【請求項2】
前記液体は水である、ことを特徴とする請求項1に記載のレーザ光照射装置。
【請求項3】
前記反応場にターゲットを配置し、該ターゲットにレーザアブレーションを生じさせる、ことを特徴とする請求項1又は2に記載のレーザ光照射装置。
【請求項4】
前記液体は2〜9atmに加圧される、ことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のレーザ光照射装置。
【請求項5】
液相レーザアブレーション装置であって、ターゲットが浸漬される液体を加圧する、ことを特徴とする液相レーザアブレーション装置。
【請求項6】
液体中でレーザ光を収束させて得られる反応場であって、そこに存在する物質に変化をもたらす反応場の反応条件を制御する方法であって、
前記液体の圧力を変化させることにより前記反応場の反応条件を制御する、ことを特徴とする反応条件制御方法。
【請求項7】
前記液体は水である、ことを特徴とする請求項6に記載の反応条件制御方法。
【請求項8】
前記反応場にターゲットが配置される、ことを特徴とする請求項6又は7に記載の反応場制御方法。
【請求項9】
前記液体は2〜9atmに加圧される、ことを特徴とする請求項6〜8のいずれかに記載の反応場制御方法。

【図1】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図2】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−188523(P2008−188523A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−25086(P2007−25086)
【出願日】平成19年2月5日(2007.2.5)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】