説明

レーザ顕微鏡装置

【課題】コヒーレントアンチストークスラマン散乱光および多光子励起の蛍光の観察を同一の装置において両立することを可能とする。
【解決手段】極短パルスレーザ光を発生するレーザ光源4と、極短パルスレーザ光を2つの光路に分岐するビームスプリッタ5と、2つの光路を導光されてきた極短パルスレーザ光を合波するレーザコンバイナ8と、合波された極短パルスレーザ光を標本Aに照射する顕微鏡本体3と、レーザ光源4から発せられた極短パルスレーザ光の周波数分散量を調節する第1の周波数分散装置9と、2つの光路を導光される極短パルスレーザ光に標本A中の分子の特定の振動周波数に略等しい周波数差を与えるフォトニッククリスタルファイバ11と、フォトニッククリスタルファイバ11に導光される極短パルスレーザ光の周波数分散量を調節する第2の周波数分散装置10とを備えるレーザ顕微鏡装置1を採用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ顕微鏡装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
標本中の分子の特定の振動を利用し、分子からのコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を発生させ、この散乱光を検出することで標本の観察を行うコヒーレントアンチストークスラマン散乱顕微鏡が知られている(例えば、特許文献1参照。)。このコヒーレントアンチストークスラマン散乱顕微鏡は、標本の分子の特定の振動を利用しているため、蛍光顕微鏡のように、観察対象を蛍光プローブであらかじめ標識する必要がない。また、利用する振動を変更することで観察する分子を変更することができる。
【0003】
従来、このコヒーレントアンチストークスラマン散乱顕微鏡の光源には、比較的狭い周波数スペクトル帯域を有した2つの異なる周波数を有するピコ秒パルスレーザが用いられている。このような顕微鏡によれば、これら2つのピコ秒パルスレーザ光の周波数差が、標本の分子の特定の振動周波数に一致するように調節した状態で標本面に集光する。このとき、焦点面近傍に広がる光子密度が高い極めて狭い空間において、2つのピコ秒パルスレーザ光の周波数差が分子の特定の振動周波数に共鳴し、強いコヒーレントアンチストークスラマン散乱光が発生する。このコヒーレントアンチストークスラマン散乱光は、照射した2つのピコ秒パルスレーザ光の周波数よりも高い周波数を有する(つまり短い波長を有する)。したがって、このコヒーレントアンチストークスラマン散乱光だけを分光的に選択して検出することで標本の分子の観察を行うことができる。
【0004】
また、フェムト秒パルスレーザ光を標本面に集光することで、焦点面近傍に広がる極めて狭い空間において光子密度を高めて蛍光物質を多光子励起し、鮮明な蛍光画像を得ることができる多光子励起型のレーザ顕微鏡が知られている(例えば、特許文献2参照。)。
【0005】
【特許文献1】特表2002−520612号公報
【特許文献2】特開2002−243641号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、コヒーレントアンチストークスラマン散乱顕微鏡において、標本の分子の特定の振動からのコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を効率的に発生させるためには、周波数帯域が狭い(または、パルス幅が比較的広い)ピコ秒パルスレーザ光を用いるのが良い。なぜならば、周波数帯域が広いパルスレーザ光を用いてしまうと、2つのパルスレーザ光の周波数差の中に、分子の特定の振動周波数に一致しない周波数差成分も生じてしまうからである。それら分子の特定の振動周波数に一致しない周波数差成分は、分子の特定の振動に共鳴したコヒーレントアンチストークスラマン散乱光の発生に寄与しない。結果として、2つのパルスレーザ光のエネルギーを、分子の特定の振動からのコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を発生させるために効率的に利用できなくなってしまう。
【0007】
一方、多光子励起型のレーザ顕微鏡においては、蛍光の励起効率をより高め、かつ、標本に与えるダメージをより軽減して観察を行うことを目的として、周波数帯域が広い(または、パルス幅が極端に狭い)フェムト秒レーザ光が使用され、加えて、フーリエ限界パルスに近い状態で使用される。上記理由から、コヒーレントアンチストークスラマン散乱顕微鏡と多光子励起型のレーザ顕微鏡の両観察方法は、使用するパルスレーザ光の仕様が相違するため、同一の顕微鏡装置によって達成することが困難である。
【0008】
本発明は上述した事情に鑑みてなされたものであって、コヒーレントアンチストークスラマン散乱光観察および多光子蛍光観察を同一の装置において両立することを可能とし、種々の観察方法により標本を観察することができるレーザ顕微鏡装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
本発明は、極短パルスレーザ光を発生するレーザ光源と、該レーザ光源から発せられた極短パルスレーザ光を2つの光路に分岐する分岐手段と、前記2つの光路を導光されてきた極短パルスレーザ光を合波する合波手段と、該合波手段により合波された極短パルスレーザ光を標本に照射する照射手段と、前記レーザ光源と前記分岐手段との間に設けられ、前記レーザ光源から発せられた極短パルスレーザ光の周波数分散量を調節する第1の周波数分散調節手段と、前記分岐手段によって分岐された2つの光路のいずれか一方に設けられ、前記2つの光路を導光される極短パルスレーザ光に前記標本中の分子の特定の振動周波数に略等しい周波数差を与える周波数変換手段と、前記分岐手段と前記周波数変換手段との間に設けられ、前記周波数変換手段に導光される極短パルスレーザ光の周波数分散量を調節する第2の周波数分散調節手段とを備えるレーザ顕微鏡装置を採用する。
【0010】
本発明に係るレーザ顕微鏡装置によれば、レーザ光源から発生したフェムト秒パルスレーザ光のような極短パルスレーザ光が、第1の周波数分散調節手段を通過した後、分岐手段により2つの光路に分岐される。そして、2つの光路を導光されてきた極短パルスレーザ光が合波手段により合波され、合波された極短パルスレーザ光が、照射手段により標本に照射される。
【0011】
この際、多光子蛍光観察時には、第1の周波数分散調節手段により、標本面上において略フーリエ限界パルスに近づくように周波数分散量を調節することで、多光子励起効果を効率的に発生させることが可能となる。また、レーザ光源と分岐手段との間に第1の周波数分散調節手段を配置することで、極短パルスレーザ光源の波長変更時や環境要因に伴う光軸変動の影響による第1の周波数分散調整手段内のアライメントずれを抑える事ができ、結果的に安定的な分散補償が可能となる。
【0012】
また、コヒーレントアンチストークスラマン散乱光観察時には、周波数変換手段により、2つの光路を導光される各極短パルスレーザ光に、標本中の分子の特定の振動周波数に略等しい周波数差を与えることで、コヒーレントアンチストークスラマン散乱光を発生させることができる。また、第1の周波数分散調節手段および第2の周波数分散調節手段により、2つの光路を導光される各極短パルスレーザ光に等しい周波数分散量を与えることで、時間軸上の各時刻において、2つの極短パルスレーザ光の周波数差を一定にすることができる。これにより、2つの極短パルスレーザ光のエネルギーを効率的にコヒーレントアンチストークスラマン散乱光の発生に用いることができる。
【0013】
以上のように、本発明に係るレーザ顕微鏡装置によれば、1台のレーザ顕微鏡装置により、一方の光路を導光される極短パルスレーザ光を用いて多光子蛍光観察を行うとともに、2つの光路を導光される極短パルスレーザ光を用いてコヒーレントアンチストークスラマン散乱光観察を行うことができ、マルチモーダルな観察が可能となる。
【0014】
上記発明において、前記第2の周波数分散調節手段が、前記周波数変換手段に導光される極短パルスレーザ光が略フーリエ限界パルスに近づくように周波数分散量を調節することとしてもよい。
このようにすることで、第2の周波数分散調節手段によって、極短パルスレーザ光の周波数分散量を調節し、周波数変換手段に導光される直前において略フーリエ限界パルスを達成することができる。これにより、周波数変換手段における周波数変換を効率良く行うことができ、結果的にコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を効率良く発生させることが可能となる。
【0015】
上記発明において、前記2つの光路の少なくとも一方に、前記標本面上における極短パルスレーザ光の時間的タイミングを調節するパルスタイミング調節手段を備えることとしてもよい。
これにより、標本面上において2つの極短パルスレーザ光のタイミングを調整し、標本中の分子の特定の振動周波数に一致させるように2つの極短パルスレーザ光のタイミングを調整することができる。これにより、効率的にコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を発生させることが可能となる。また、周波数差を任意に調整することで、標本中の別の分子の振動周波数に一致させることも可能となる。
【0016】
上記発明において、前記周波数変換手段が、フォトニッククリスタルファイバであることとしてもよい。
周波数変換手段としてフォトニッククリスタルファイバを用いることにより、簡易かつ安価に、周波数分散が与えられた広い周波数スペクトル帯域を有するパルスレーザ光を得ることが可能となる。また、用いるフォトニッククリスタルファイバの種類を選定することで、さまざまな周波数スペクトル成分および帯域を有するパルスレーザ光を得ることができる。このため、標本中の分子のさまざまな振動周波数に一致させるように、2つのパルスレーザ光の周波数差を調整することが可能となる。
【0017】
上記発明において、前記第2の周波数分散調節手段が、線形分散ガラス媒質であることとしてもよい。
第2の周波数分散調節手段として線形分散ガラス媒質を用いることにより、簡易かつ安価に、周波数変換手段に導光される直前において略フーリエ限界パルスを達成することができる。これにより、周波数変換手段における周波数変換を効率良く行うことができ、結果的にコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を効率良く発生させることが可能となる。
【0018】
上記発明において、前記2つの光路に、極短パルスレーザ光の光量を調節する光量調節手段が設けられていることとしてもよい。
このようにすることで、光量調節手段を作動させて、各光路の極短パルスレーザ光の光量を調節し、コヒーレントアンチストークスラマン散乱光および/または多光子蛍光の発生強度を調整することで、最適な画像で観察を行うことができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、コヒーレントアンチストークスラマン散乱光および多光子蛍光の観察を同一の装置において両立することを可能とし、種々の観察方法により標本を観察することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明の一実施形態に係るレーザ顕微鏡装置1について、図面を参照して以下に説明する。
本実施形態に係るレーザ顕微鏡装置1は、図1に示されるように、レーザ光源装置2と、レーザ光源装置2からのレーザ光を標本Aに照射して標本Aを観察するための顕微鏡本体(照射・観察手段)3とを備えている。
【0021】
レーザ光源装置2は、フェムト秒パルスレーザ光を出射する単一のレーザ光源4と、レーザ光源4から発せられたフェムト秒パルスレーザ光を2つに分岐するビームスプリッタ(分岐手段)5と、ビームスプリッタ5により分岐された2つのパルスレーザ光L1,L2をそれぞれ通過させる2つの光路6,7と、該2つの光路6,7を通過してきた2つのパルスレーザ光L1,L2’’を合波するレーザコンバイナ(合波手段)8とを備えている。
【0022】
レーザ光源4とビームスプリッタ5との間には、レーザ光源4から出射されたフェムト秒パルスレーザ光に与える周波数分散量を調節する第1の周波数分散装置(第1の周波数分散調節手段)9が設けられている。
第1の周波数分散装置9は、例えば、相互の間隔を調節可能な一対のプリズム(図示略)と、ミラー(図示略)とを備えている。一対のプリズムを通過したフェムト秒パルスレーザ光は、ミラーによって折り返された後に再度プリズム対を通過し同一の光路上に戻されるようになっている。この場合に、プリズムの間隔を調節することにより、第1の周波数分散装置9を通過するパルスレーザ光に与える周波数分散量を調節することができるようになっている。また、上記プリズム対の代わりに回折格子対(図示略)を用いてもよい。
【0023】
また、第1の周波数分散装置9は、多光子蛍光観察時には、光路6を導光されるパルスレーザ光L1が、標本A面上において略フーリエ限界パルスに近づくような周波数分散量を設定することができるようになっている。具体的には、第1の周波数分散装置9は、パルスレーザ光L1が第1の周波数分散装置9から標本Aまでに経験する周波数分散量を減じるようになっている。これにより、レーザ光源4から標本Aまでの全光路において生じる周波数分散によってパルスレーザ光L1のパルス幅の広がりを補償することができ、標本A上に集光される時点でのパルスレーザ光L1が、略フーリエ限界に近いパルス幅を達成することができる。
【0024】
第2の光路7には、パルスレーザ光L2に与える周波数分散量を調節する第2の周波数分散装置(第2の周波数分散調節手段)10と、第2の周波数分散装置10通過後のパルスレーザ光L2’の周波数帯域を変更するフォトニッククリスタルファイバ(周波数変換手段)11と、フォトニッククリスタルファイバ11通過後のパルスレーザ光L2’’の光路長を調節する光路調節装置(パルスタイミング調節手段)21とが設けられている。
【0025】
第2の周波数分散装置10は、例えば線形分散ガラス媒質を備えており、第2の周波数分散装置10を通過したパルスレーザ光L2’が、フォトニッククリスタルファイバ11に導光される直前で略フーリエ限界パルスに近づくような周波数分散量を設定することができるようになっている。具体的には、第2の周波数分散装置10は、パルスレーザ光L2’が第2の周波数分散装置10から標本Aまでに経験する周波数分散量を加えるようになっている。
【0026】
フォトニッククリスタルファイバ11は、導光されるパルスレーザ光L2’の周波数帯域を変更、および/または、拡大したパルスレーザ光L2’’を生成し、光路6,7を導光されるパルスレーザ光L1,L2’’に標本A中の分子の特定の振動周波数に略等しい周波数差を与えるようになっている。
【0027】
光路調節装置21は、例えば、少なくとも2組以上のミラー(リフレクタ)により構成される(図示略)。これらリフレクタを用いてパルスレーザ光L2’’の光路を折り返し、これらリフレクタの間隔を調節することで、パルスレーザ光L2’’の光路長を変化させるようになっている。これによって、パルスレーザ光L2’’のパルスの時間的タイミングを調整することができる。
【0028】
レーザコンバイナ8は、2つの光路6,7を通過してきた2つのパルスレーザ光L1,L2’’を合波する合波部(図示略)と、パルスレーザ光L2’’から所望の周波数帯域の成分を切り出すフィルタ(図示略)とを備えている。このフィルタにパルスレーザ光L2’’を通過させることで、コヒーレントアンチストークスラマン散乱光を発生させるに際し不要な周波数成分を除去することができる。
【0029】
顕微鏡本体3は、例えば、レーザ走査型顕微鏡であって、レーザ光源装置2から出射されたパルスレーザ光L3を2次元的に走査するスキャナ12およびレンズ群20と、スキャナ12により走査されたパルスレーザ光L3を標本A面に集光する集光レンズ13と、標本Aにおいて発生し、集光レンズ13によって集光された蛍光を検出する第1の光検出器14と、標本Aを透過する方向に発生するコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を集光する集光レンズ15と、集光レンズ15により集光されたコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を検出する第2の光検出器16とを備えている。
【0030】
図中、符号17はダイクロイックミラー、符号18はステージ、符号19はミラーである。また、標本Aにおいて発生した蛍光は、集光レンズ15により集光され第2の検出器16で検出されてもよい。また、標本Aにおいて発生したコヒーレントアンチストークスラマン散乱光は集光レンズ13により集光され第1の検出器14で検出されてもよい。
【0031】
上記のように構成されたレーザ顕微鏡装置1の作用について以下に説明する。
まず、本実施形態に係るレーザ顕微鏡装置1を使用して、コヒーレントアンチストークスラマン散乱光による標本Aの観察を行う場合について以下に説明する。
レーザ光源4を作動させてフェムト秒パルスレーザ光を出射させると、レーザ光源4から発せられたフェムト秒パルスレーザ光は、第1の周波数分散装置9を通過されることにより、初期の周波数分散量が与えられる。
【0032】
初期の周波数分散量を与えられたフェムト秒パルスレーザ光は、ビームスプリッタ5により2つの光路6,7に分岐される。
第1の光路6に分岐されたパルスレーザ光L1は、第1の光路6に導光されてレーザコンバイナ8に入射する。
【0033】
一方、第2の光路7に分岐されたパルスレーザ光L2は、ミラー19によって偏向された後、第2の周波数分散装置10を通過させられることにより、第2の周波数分散装置10から標本A面上までに経験する周波数分散量を加えられ、略フーリエ限界パルス光(パルスレーザ光L2’)となる。
【0034】
パルスレーザ光L2’は、フォトニッククリスタルファイバ11を通過させられることにより、第1の光路6のパルスレーザ光L1に比べて周波数スペクトルが変更、および/または、拡大された広帯域光(パルスレーザ光L2’’)となってレーザコンバイナ8に入射する。また、パルスレーザ光L2’にはフォトニッククリスタルファイバ11を通過することにより所定の周波数分散が与えられる。
【0035】
ここで、パルスレーザ光L1の周波数分散量と、パルスレーザ光L2’’の周波数分散量とが相違する場合、図2(a)に示されるように、時間軸上においてパルスレーザ光L1,L2’’の周波数分布の傾きが相違する。この場合、2つの光路6,7を通過してきたパルスレーザ光L1,L2’’の周波数差Ω’は、時間軸上の各時刻において異なる状態となる。この状態においては、パルスレーザ光L1,L2’’のエネルギーを、コヒーレントアンチストークスラマン散乱光を発生させるために、効率よく利用することができない。
【0036】
そこで、第1の周波数分散装置9、および/または、第2の周波数分散装置10を作動させて、第1の光路6を通過するパルスレーザ光L1の周波数分散量が、第2の光路7のフォトニッククリスタルファイバ11を通過したパルスレーザ光L2’’の周波数分散量と標本A面上において略同等となるように調節する。すなわち、図2(a)の矢印P1に示されるように、時間軸方向の周波数分布の傾きを変化させる。
【0037】
また、2つのパルスレーザ光L1,L2’’の周波数差Ω’を時間軸上で一定に保った状態でも、パルスレーザ光L1,L2’’のパルスの時間的タイミングによっては、図2(b)に示されるように、パルスレーザ光L1,L2’’の周波数差Ω’が標本A中の分子の特定の振動周波数Ωに一致しない場合がある。そこで、光路調節装置21を作動させて、第2の光路7を通過するパルスレーザ光L2’’を時間軸方向に遅延させる。すなわち、図2(b)に矢印P2で示されるように、パルスレーザ光L2’’の時間的なパルスタイミングを調節する。これにより、パルスレーザ光L1,L2’’の周波数差Ω’を、標本A中の分子の特定の振動周波数Ωに一致させることができる。
【0038】
以上のように第1の周波数分散装置9、第2の周波数分散装置10、および光路調節装置21を作動させることで、図3に示されるように、レーザコンバイナ8に到達する2つの光路6,7のパルスレーザ光L1,L2’’の周波数分散量と周波数差Ω’が調節される。その後、パルスレーザ光L1,L2’’は、レーザコンバイナ8によって合波され、パルスレーザ光L3となる。
【0039】
このように合波されたパルスレーザ光L3は、顕微鏡本体3に入射させられ、スキャナ12によって2次元的に走査された後、レンズ群20と集光レンズ13を介して標本A面上に集光される。これにより、パルスレーザ光L3が集光された各位置において、標本A中の分子の特定の振動周波数Ωからコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を発生させることができる。
【0040】
標本Aにおいて発生したコヒーレントアンチストークスラマン散乱光は、標本Aを挟んで集光レンズ13とは反対側に配置された集光レンズ15によって集光され、第2の光検出器16により検出される。そして、パルスレーザ光L3の標本A面上での集光位置の座標と、第2の光検出器16により検出されたコヒーレントアンチストークスラマン散乱光の光強度とを対応づけて記憶することにより、2次元的なコヒーレントアンチストークスラマン散乱光画像を得ることができる。
【0041】
上述のように、本実施形態に係るレーザ顕微鏡装置1によれば、フェムト秒レーザ光を出射するレーザ光源4を用いてコヒーレントアンチストークスラマン散乱光観察を行うことができる。
また、2つの光路6,7のパルスレーザ光L1,L2’’の周波数差Ω’を、時間軸上の各時刻において、標本A中の分子の特定の振動周波数Ωに一致させることで、パルスレーザ光L1,L2’’のエネルギーを効率的に標本A中の分子の特定の振動周波数Ωからのコヒーレントアンチストークスラマン散乱光の発生に利用することができる。このように発生したコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を時間積算することにより、明るいコヒーレントアンチストークスラマン散乱光画像を得ることができる。
【0042】
また、光路調節装置21により、2つの光路6,7を通過してレーザコンバイナ8に入射されるパルスレーザ光L1,L2’’の時間的なタイミングを調節することで、標本A面上において2つのパルスレーザ光L1,L2’’の周波数差Ω’を、標本Aの分子の特定の振動周波数Ωに一致させることができる。これにより、効率的にコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を発生させることが可能となる。また、周波数差Ω’を任意に調整することができるため、標本A中の別の分子の振動周波数に一致させることも可能となる。
【0043】
また、周波数変換手段として、フォトニッククリスタルファイバ11を使用することで、装置を簡易かつ安価に構成することができる。
また、パルスタイミング調節手段として、ミラー(リフレクタ)を有する光路調節装置21を採用することで、装置を簡易かつ安価に構成することができる。
【0044】
また、第2の周波数分散調節装置10として、線形分散ガラス媒質を採用することで、簡易かつ安価に、フォトニッククリスタルファイバ11に導光される直前において略フーリエ限界パルスを達成することができる。これにより、フォトニッククリスタルファイバ11における周波数変換を効率良く行うことができ、結果的にコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を効率良く発生させることが可能となる。
【0045】
また、レーザ光源装置2と第1の周波数分散装置9とが、一体型となっている場合にも、上述のように第1の周波数分散装置9、第2の周波数分散装置10、および光路調節装置21を作動させることで、コヒーレントアンチストークスラマン散乱光を発生させることができる。
【0046】
なお、レーザコンバイナ8以降の光学系により、パルスレーザ光L1,L2’’の周波数分散量が変化した場合や時間的なパルスタイミングが変化した場合は、標本A面上において再度、パルスレーザ光L1,L2’’の周波数差Ω’が標本A中の分子の特定の振動周波数Ωに一致するように、周波数分散量と時間的なパルスタイミングを調節してもよい。
【0047】
また、標本Aにおいて発生したコヒーレントアンチストークスラマン散乱光は、集光レンズ13により集光され、ダイクロイックミラー17によって分岐されて第1の光検出器14により検出されてもよい。
【0048】
次に、本実施形態に係るレーザ顕微鏡装置1を使用して、多光子励起型の蛍光による標本Aの観察を行う場合について以下に説明する。
この場合には、第1の周波数分散装置9を作動させることにより、図4(a)の矢印P3に示すように、第1の光路6を通過するパルスレーザ光L1に与える周波数分散量を調節する。具体的には、図4(b)に示すように、パルスレーザ光L1が標本A面において略フーリエ限界パルスに近づくようにパルスレーザ光L1の周波数分散量を設定する。このように設定されたパルスレーザ光L1を集光レンズ13により標本Aに集光することで、標本Aにおける集光位置において多光子励起効果を効率よく発生させ、明るい蛍光を得ることができる。
【0049】
標本Aにおいて発生した蛍光は、集光レンズ13によって集光された後、ダイクロイックミラー17によって分岐されて第1の光検出器14により検出される。そして、パルスレーザ光L1の標本A面上での集光位置の座標と、第1の光検出器14により検出された蛍光強度とを対応づけて記憶することにより、2次元的な多光子蛍光画像を得ることができる。
【0050】
上述のように、本実施形態に係るレーザ顕微鏡装置1によれば、レーザ光源4を用いて多光子蛍光観察を行うことができる。また、レーザ光源4とビームスプリッタ5との間に第1の周波数分散装置9を配置することで、レーザ光源4の波長変更時や環境要因に伴う光軸変動の影響による第1の周波数分散装置9内のアライメントずれを抑える事ができ、結果的に安定的な分散補償が可能となる。
【0051】
なお、標本Aにおいて発生した蛍光は、集光レンズ15によって集光され、第2の光検出器16により検出されてもよい。
また、多光子励起型の蛍光観察と同様の条件で、SHG光(第二高調波光)観察も行うことができる。
【0052】
以上のように、本実施形態に係るレーザ顕微鏡装置1によれば、フェムト秒レーザ光を出射するレーザ光源4を用いて、コヒーレントアンチストークスラマン散乱光観察、多光子励起型の蛍光観察およびSHG光観察を切り替えて効率よく行うことができる。すなわち、1台のレーザ顕微鏡装置1により、3種類の観察を効率よく行うことができ、マルチモーダルな観察を達成することができる。
【0053】
また、多光子励起の蛍光またはSHG光の励起効率が多少悪くなっても良い場合は、上記の3種類の観察を切り替えることなく同時に観察することも可能である。また、第1,2の光検出器14,16をコヒーレントアンチストークスラマン散乱光、多光子励起の蛍光、SHG光のいずれかの光を検出する検出器として割り当ててもよい。また、光検出器が不足する場合は、第1,2の光検出器14,16のいずれかと同等の位置に光検出器を新たに追加してもよい。
【0054】
なお、光路調節装置21により、2つの光路6,7を通過するパルスレーザ光L1,L2’’の時間的なパルスタイミングを調節し、パルスレーザ光L1,L2’’それぞれの周波数帯域内で周波数差Ω’を自由に調節することが可能である。このため、パルスレーザ光L1,L2’’の周波数差Ω’は、標本A中の分子の特定の振動周波数Ωに略一致する程度でよく、正確な周波数差である必要はない。
【0055】
つまり、フォトニッククリスタルファイバ11によるフェムト秒パルスレーザ光L2’’の周波数帯域の変更、および/または、拡大も正確である必要はない。光路調節装置21により、標本A中の分子の特定の振動周波数Ωに精度よく一致させることができ、最も効率よく標本A中の分子の特定の振動周波数Ωからのコヒーレントアンチストークスラマン散乱光を発生させ、明るいコヒーレントアンチストークスラマン散乱光画像を得ることができる。
【0056】
また、本実施形態に係るレーザ顕微鏡装置1の変形例として、図5に示すように、第1の光路6にパルスレーザ光L1に与える周波数分散量を調節する周波数分散装置23を設けることとしてもよい。このようにすることで、第1の周波数分散装置9および第2の周波数分散装置10を調節することなく、周波数分散装置23通過後のパルスレーザ光L1’の周波数分散量を、パルスレーザ光L2’’の周波数分散量と標本A面上において略同等となるように調節することができる。これにより、コヒーレントアンチストークスラマン散乱光を発生させるために各パルスレーザ光に与える周波数分散量の調整を容易なものとすることができる。
【0057】
また、周波数分散装置9、10、23として、周波数分散量が固定のものを複数用意し、段階的に切り替える方式や、挿脱可能方式により、フェムト秒パルスレーザ光に与える周波数分散量を切り替える構成を採用してもよい。
【0058】
また、周波数分散装置9、10、23は、例えば、板厚の変化する楔状のガラス板のように所定の周波数分散特性を有する材質からなる部材(図示略)であってもよい。部材が本来持つ周波数分散特性により、部材を通過するフェムト秒パルスレーザ光に所定の周波数分散を与えることができる。また、フェムト秒パルスレーザ光の通過する位置の部材の厚みを変化させることにより、与える周波数分散量が調整できる。また、周波数分散装置9、10、23は、所望の周波数分散量を得るように調整された光ファイバであってもよい。
【0059】
また、少なくとも一方の光路6,7に、例えば減光フィルタのような光量調節手段(図示略)を配置することにしてもよい。これにより、2つの光路6,7を通過してくるパルスレーザ光L1,L2’ ’の光量調整ができ、結果的に最適な画像観察を行う事が出来る。
【0060】
また、多光子励起の蛍光観察の際には、第2の光路7をシャッタ等により制限することとしてもよい。多光子励起の蛍光観察時には第2の光路7への分岐は不要となるので、これを制限することによって、多光子蛍光画像に発生するノイズや標本Aに与えるダメージを低減することができる。
【0061】
また、レーザ光源4は、フェムト秒パルスレーザ光を出射することとして説明したが、これよりもパルス幅の短いアト秒パルスレーザ光等の極短パルスレーザ光を出射することとしてもよい。
また、周波数変換手段はフォトニッククリスタルファイバ11であるとして説明したが、これに代えて、同様の機能・作用を持つ、バルク、薄膜、フィルム、フォトニック結晶構造体のいずれかを用いても良い。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明の一実施形態に係るレーザ顕微鏡装置の全体構成を示すブロック図である。
【図2】図1のレーザ顕微鏡装置の2つの光路を伝達されるパルスレーザ光の周波数の時間分布を示すグラフであり、(a)調整前、(b)調整後をそれぞれ示している。
【図3】図1のレーザ顕微鏡装置の2つの光路を伝達されるパルスレーザ光のパルスの時間的タイミング調整後の周波数の時間分布を示すグラフである。
【図4】図1のレーザ顕微鏡装置の2つの光路を伝達されるパルスレーザ光の周波数の時間分布を示すグラフであり、多光子励起の蛍光観察時におけるパルスレーザ光の周波数分散量の(a)調整前、(b)調節後のそれぞれの状態を示している。
【図5】図1の変形例に係るレーザ顕微鏡装置の全体構成を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0063】
A 標本
L1,L2 フェムト秒パルスレーザ光
L1’,L2’,L2’’ パルスレーザ光
Ω,Ω’ 周波数(差)
1 レーザ顕微鏡装置
2 レーザ光源装置
3 顕微鏡本体(照射・観察手段)
4 レーザ光源
5 ビームスプリッタ(分岐手段)
6,7 光路
8 レーザコンバイナ(合波手段)
9 第1の周波数分散装置(第1の周波数分散調節手段)
10 第2の周波数分散装置(第2の周波数分散調節手段)
11 フォトニッククリスタルファイバ(周波数変換手段)
21 光路調節装置(パルスタイミング調節手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
極短パルスレーザ光を発生するレーザ光源と、
該レーザ光源から発せられた極短パルスレーザ光を2つの光路に分岐する分岐手段と、
前記2つの光路を導光されてきた極短パルスレーザ光を合波する合波手段と、
該合波手段により合波された極短パルスレーザ光を標本に照射する照射手段と、
前記レーザ光源と前記分岐手段との間に設けられ、前記レーザ光源から発せられた極短パルスレーザ光の周波数分散量を調節する第1の周波数分散調節手段と、
前記分岐手段によって分岐された2つの光路のいずれか一方に設けられ、前記2つの光路を導光される極短パルスレーザ光に前記標本中の分子の特定の振動周波数に略等しい周波数差を与える周波数変換手段と、
前記分岐手段と前記周波数変換手段との間に設けられ、前記周波数変換手段に導光される極短パルスレーザ光の周波数分散量を調節する第2の周波数分散調節手段と
を備えるレーザ顕微鏡装置。
【請求項2】
前記第2の周波数分散調節手段が、前記周波数変換手段に導光される極短パルスレーザ光が略フーリエ限界パルスに近づくように周波数分散量を調節する請求項1に記載のレーザ顕微鏡装置。
【請求項3】
前記2つの光路の少なくとも一方に、前記標本面上における極短パルスレーザ光の時間的タイミングを調節するパルスタイミング調節手段を備える請求項1または請求項2に記載のレーザ顕微鏡装置。
【請求項4】
前記周波数変換手段が、フォトニッククリスタルファイバである請求項1から請求項3のいずれかに記載のレーザ顕微鏡装置。
【請求項5】
前記第2の周波数分散調節手段が、線形分散ガラス媒質である請求項1から請求項4のいずれかに記載のレーザ顕微鏡装置。
【請求項6】
前記2つの光路に、極短パルスレーザ光の光量を調節する光量調節手段が設けられている請求項1から請求項5のいずれかに記載のレーザ顕微鏡装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−96666(P2010−96666A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−268732(P2008−268732)
【出願日】平成20年10月17日(2008.10.17)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】