説明

レーダ信号処理方法

【課題】リソースの消費を低減してレーダ装置の小型化を図りうるレーダ信号処理方法を提供すること。
【解決手段】全ての距離に対する平方根演算、およびべき乗演算を前処理段階で行い、データテーブル13に記憶する。そして、距離ごとのSTC関数の逆関数を実際に算出する際には、前処理で計算した値を参照し、これを関数形(shape)に応じた回数でべき乗することによりSTCカーブの逆関数を得る。さらに、受信機利得補正量最小値K′ATT_STCの差異は、STCの逆関数の全てのデータに10(-ATT0/20)を乗算することで吸収し、STCカーブ形状の差異は、全てのデータにKr(-shape/2)を乗算することで吸収する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、STC(Sensitivity-Time-Control)を適用したレーダ装置の受信信号を処理する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
周知のようにレーダ受信信号のダイナミックレンジは非常に広く、受信機のダイナミックレンジ内に収まることは少ない。そこでSTCが適用される。近距離側の受信信号は利得を下げて受信し、遠距離になるに従い利得を上げていくといったSTCの作用によって、受信機の飽和を回避することができる(例えば特許文献1〜4を参照)。
【0003】
ところで、STCを適用して受信した信号の振幅は実際の値ではないので、受信機よりも後段の信号処理で元の振幅の値に復元する必要がある。これにはSTC処理に用いた関数(STC関数)の逆関数が用いられる。しかしSTC関数には距離の3乗、または4乗に比例する関数が用いられることが多く、その逆関数をリアルタイム算出することは如何に高速のコンピュータをもってしても困難である。
【0004】
これに対処するため、既存の技術ではSTCの逆関数を予め計算してテーブルデータとして保存し、距離毎に処理する段階でこれを参照するといった手法が多く採られている。しかしながらこの手法ではコンピュータのメモリが著しく消費され、リソースの負荷も高いという不具合がある。STC関数にも多くの種類があるので、これらの全てに対応しなくてはならないケースではその数に応じたテーブルデータが必要になり、なおさら負荷が高くなる。
【特許文献1】特開平06−281724号広報
【特許文献2】特開平09−230035号広報
【特許文献3】特開平09−318749号広報
【特許文献4】特開平11−142505号広報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
以上述べたように既存のSTCレーダはメモリなどのリソースの消費が激しく、処理自体の負荷も高いので小型化することが難しい。地上に固定的に設置される装置においてはまだしも、航空機や車両といった移動体への搭載用にはまったく不向きで、これに対処し得る技術開発が望まれている。
この発明は上記事情によりなされたもので、その目的は、リソースの消費を低減してレーダ装置の小型化を図りうるレーダ信号処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するためにこの発明の一態様によれば、STCによる利得補正関数のもとで利得を抑圧して受信されたレーダ受信信号をアナログ/ディジタル変換して受信データを得る変換ステップと、前記利得補正関数の逆関数を距離ごとに算出する逆関数算出ステップと、前記受信データに前記逆関数を距離ごとに適用して前記利得を抑圧しない状態の信号振幅を復元する復元ステップとを具備し、前記逆関数算出ステップにおいて、前記逆関数を、距離の関数である第1項と距離の関数でない第2項とに分け、前記第1項を中間データの整数乗に展開し、前記利得補正関数の形状に対応する数だけ前記中間データを整数乗して前記逆関数を算出することを特徴とするレーダ信号処理方法が提供される。
【0007】
このような手段を講じることにより、利得補正関数の逆関数は距離の関数である部分とそれ以外の部分とに分けられ、このうち距離の関数である部分のみがたとえば事前に計算されてデータベース化される。これによりリアルタイム処理における計算負荷を削減し、リソースの消費を低減することができる。
【発明の効果】
【0008】
この発明によれば、リソースの消費を低減してレーダ装置の小型化を図りうるレーダ信号処理方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
図1は、この発明に関わるレーダ信号処理方法を適用可能なレーダ装置の一例を示すブロック図である。図1において、基準信号発生器1により生成されるパルス状の基準信号はローカル発振器2により生成されるローカル信号とミキサ3においてミキシングされ、高周波信号に変換される。高周波信号は送信増幅器4およびサーキュレータ5を介してフェーズドアレイアンテナ6から空界に向け放射される。
【0010】
目標から反射されたパルス状のレーダエコーはフェーズドアレイアンテナ6からサーキュレータ5を介して受信増幅器7により低雑音増幅されたのち、ミキサ8においてローカル信号とミキシングされて中間周波数信号に周波数変換され、AD(アナログ/ディジタル)変換器9に入力される。AD変換器9は中間周波数信号をディジタル信号に変換して信号処理部10に入力する。信号処理部10はディジタル信号に基づいて信号処理、目標検出処理を行い、目標の位置情報を得る。また信号処理部10は走査制御信号をフェーズドアレイアンテナ6に与え、覆域を一定の周期でスキャンする。さらに、受信増幅器7の受信利得はSTC制御部100により制御される。すなわち図1のレーダ装置はSTC機能を備える。
【0011】
次に、原理的な説明を行う。
この実施形態では、STCによる受信機利得補正量として式(1)、(2)を仮定する。
【数1】

【0012】
式(2)に示されるK′ATT_STCが、実数ベースでの受信機利得補正量を示す。
【0013】
STCの逆関数は次式(3)、(4)に示される。
【数2】

【0014】
変換係数Krは1より大きい定数である。これを用いると式(4)は次式(5)のように表せる。
【数3】

【0015】
ここで、式(5)の右辺の成分(次式(6))は、距離Rの関数ではない。従ってSTC処理においては一度だけ計算すればよいことになる。
【数4】

【0016】
次に、距離R′の関数の部分(7)を、各関数形(shape)ごとに変形する。
【数5】

【0017】
shape=3(距離の3乗に比例)のSTC逆関数に対しては式(8)が得られる。shape=4(距離の4乗に比例)のSTC逆関数に対しては式(9)が得られる。
【数6】

【0018】
このように距離R′の関数として現れる部分を、項(10)のべき乗として展開して表すことができる。
【数7】

【0019】
項(10)は予め計算しておき、データテーブルとしてメモリに保存する。
【0020】
図2は、図1の信号処理部10の一例を示す機能ブロック図である。特に図2は、信号処理部10におけるSTCの逆関数の演算に係わる機能ブロックを示す。図2において、関数形(shape)ごとの距離に関する項、すなわち、Nをデータの個数として距離R[1]〜R[N]を乗算器11に入力して(1/Kr)を乗算し、その結果を平方根逆数計算機12に入力して平方根の逆数を得て、距離Rごとの式(11)を算出してデータテーブル13(メモリなど)に保存する。
【数8】

【0021】
一方、乗算器14においては受信機利得補正量最小値ATT0に(−1/20)を乗算し、その結果を10べき乗計算機15に与えて10のべき乗を計算する。また、STCカーブ形状を指定する係数であるshapeに乗算器16で(−1/2)を乗算し、これをべき乗計算機17に変換係数Krと共に入力して、Krのべき乗を計算する。これらの計算値はいずれも乗算器18に与えられて乗算される。その結果はさらに乗算器23に与えられる。
【0022】
逆関数の算出にあたり、式(11)の値をデータテーブル13から読み出し、関数形(shape)に応じた回数でこれをべき乗する。すなわち3つの乗算器19,20,21をアレイ状に接続し、読み出した式(11)の値を乗算器19,20で順次乗算する。shape=3においては最後の乗算器21で値1.0を、shape=4では再度、式(11)の値を乗算する。この選択は選択器22を切り換えることでなされ、最終的に得たべき乗値は乗算器23に与えられる。そうして、乗算器23で、Krのべき乗値と式(11)のべき乗値とが乗算されて、距離R[1]〜R[N]に対するSTCの逆関数が出力される。
【0023】
以上説明したようにこの実施形態では、全ての距離に対する平方根演算、およびべき乗演算を前処理段階で行い、データテーブル13に記憶する。そして、距離ごとのSTC関数の逆関数を実際に算出する際には、前処理で計算した値を参照し、これを関数形(shape)に応じた回数でべき乗することによりSTCカーブの逆関数を得るようにしている。さらに、受信機利得補正量最小値K′ATT_STCの差異は、STCの逆関数の全てのデータに10(-ATT0/20)を乗算することで吸収し、STCカーブ形状の差異は、全てのデータにKr(-shape/2)を乗算することで吸収する。
【0024】
このような方法によれば、距離ごとの平方根演算、べき乗演算といった計算負荷の大きい処理が予め前処理で行われ、計算の結果を事前に得ておけるので、実際の距離ごとの処理段階においてはこれを参照することで処理時間を短縮することができる。これによりリアルタイム処理にも十分に対応可能である。また距離R′の関数として現れる部分は項(10)のべき乗として算出できる、つまり前処理で計算した値の平方根の整数乗に変換することができるので、乗算器を持つコンピュータを用いれば計算の負荷を非常に小さくできる。
【0025】
さらに、レーダとして準備しておくべきSTCの種類は、受信利得補正量最小値ATT0と、STCカーブ形状shapeとの組み合わせで決まる。この実施形態によれば受信利得補正量最小値ATT0、およびSTCカーブ形状shapeをもとに算出した値を乗算することで、全てのSTCの逆関数を得ることができる。従ってメモリなどに保存すべきテーブルデータは1種類で済むので、メモリ容量を非常に小さくできる。さらに、変換係数Krに適当な値を設定し、R′(-1/2)の値の範囲を小さくできるならば、必要に応じてテーブルデータのビット長を小さくしてテーブルデータ13の容量をさらに小さくすることができる。
【0026】
すなわちこの実施形態では、コンピュータ処理されるSTCの逆関数を距離R′の関数とそれ以外とに分離し、さらに、距離R′の関数は、さらに中間データの整数乗に細分化して計算するようにしている。これによりテーブルデータ13の種類を従来よりも削減でき、コンピュータ内の使用メモリ量を少なくすることができる。従って、リソースの消費を低減してレーダ装置の小型化を図りうるレーダ信号処理方法を提供することが可能となる。
【0027】
なお、この発明は上記実施の形態に限定されるものではない。例えばフェーズドアレイアンテナ6に代えて単素子アンテナ、または複数のアンテナ素子からなるアレイアンテナなど、フェーズドアレイアンテナ以外の形式のアンテナを用いることもできる。またこの発明は実施段階ではその要旨を逸脱しない範囲で構成要素を変形して具体化できる。また、上記実施形態に開示されている複数の構成要素の適宜な組み合わせにより、種々の発明を形成できる。例えば、実施形態に示される全構成要素から幾つかの構成要素を削除してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】この発明のレーダ信号処理方法を適用可能なレーダ装置の一例を示すブロック図。
【図2】図1の信号処理部10の一例を示す機能ブロック図。
【符号の説明】
【0029】
1…基準信号発生器、2…ローカル発振器、3…ミキサ、4…送信増幅器、5…サーキュレータ、6…フェーズドアレイアンテナ、7…受信増幅器、8…ミキサ、9…AD変換器、10…信号処理部、11…乗算器、12…平方根逆数計算機、13…データテーブル、14…乗算器、15…10べき乗計算機、16…乗算器、17…べき乗計算機、18…乗算器、19…乗算器、20…乗算器、21…乗算器、22…値選択器、23…乗算器、100…STC制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
STC(Sensitivity-Time-Control)による利得補正関数のもとで利得を抑圧して受信されたレーダ受信信号をアナログ/ディジタル変換して受信データを得る変換ステップと、
前記利得補正関数の逆関数を距離ごとに算出する逆関数算出ステップと、
前記受信データに前記逆関数を距離ごとに適用して前記利得を抑圧しない状態の信号振幅を復元する復元ステップとを具備し、
前記逆関数算出ステップにおいて、
前記逆関数を、距離の関数である第1項と距離の関数でない第2項とに分け、
前記第1項を中間データの整数乗に展開し、
前記利得補正関数の形状に対応する数だけ前記中間データを整数乗して前記逆関数を算出することを特徴とするレーダ信号処理方法。
【請求項2】
さらに、前記中間データを予め算出してデータベースに保存するステップと、
前記逆関数の算出に際して前記中間データを前記データベースから読み出すステップとをさらに具備することを特徴とする請求項1に記載のレーダ信号処理方法。

【図1】
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【図2】
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