説明

三次元構造体を含む複合構造体および該構造体を使用したフィルタ

【課題】エレクトロスピニング法により、機能性に富んだ新規な構造(ケージ状構造物)を有する三次元構造体を提供すること。
【解決手段】ナイロン溶液に、ナイロンに対し非溶解性の溶媒を添加した溶液を、エレクトロスピニングすることにより、ナイロンの微小塊状体からナノファイバーが放射状に延伸し、これらのナノファイバーが互いに絡み合い、ナノファイバーが疎に存在する多数のケージ状の空間が形成されたケージ状構造体を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトロスピニング法の特定の条件下で作製されるナノオーダー径の三次元構造体(本明細書ではこれを「ケージ状構造体」という)を含む複合構造体、及び該ケージ状構造体を使用するフィルタに関する。
【背景技術】
【0002】
ナノオーダーの高分子の微細ファイバーを作製する方法として、従来からエレクトロスピニング法が知られている。エレクトロスピニング法によれば、ナノオーダー径の繊維体を比較的簡単に作製することができ、作製された繊維体は、生物学的な培地、医療分野における止血材、電池のセパレータなど、種々の分野での応用が期待されている。
【0003】
特にこのナノファイバーをフィルタ材に使用すると、スリップフローと呼ばれる効果で圧力損失を非常に低く抑えることができることから(非特許文献1)、ナノファイバーを利用した種々の高性能フィルタ類が開発されている。
【0004】
特許文献1では、平均直径が1〜500nmの熱可塑性ポリマーからなるナノファイバーを分散媒中に分散させたナノファイバー分散液を、支持体に付着させた後、該分散媒を除去することにより、支持体表面および/または内部にナノファイバーを均一に付着させる方法が開示されている。
特許文献2では、繊維直径が300nm以下のナノファイバーが三次元的に交絡され、目付けを調整した構造体を、圧力損失の小さい多孔質体層上に形成させ、粉塵捕集効率の高いフィルタ用ろ材を実現している。
【0005】
特許文献3では、ろ材そのものの圧力損失を低減するため、膜厚の薄いPTFE多孔質膜を使用し、高い捕集効率と低い圧力損失を得ているが、PTFE多孔質膜は非常に薄いためその両側をPET不織布などでサンドイッチ構造にする必要があり(特許文献4)、そのため生産コストが高くなっている。
【0006】
この点、ナノファイバーの利用では、中性能フィルタを支持体として利用することにより、比較的簡単に、低い圧力損失で高い粉塵捕集効率が得られるが、精度よく3次元構造を製造する技術は確立されているとはいえない。
さらに、高度化、集積化が進む現状では、フィルタ用ろ材に対しても、製造環境のより高いレベルにも対応可能な清浄能力と、より一層のコストダウンが求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−330639号公報
【特許文献2】特開2009−28703号公報
【特許文献3】特開2007−260547号公報
【特許文献4】特開2000−61280号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Kristine Graham et. al. "Plymeric Nanofibers in Air Filtration Applications" Presented at the Fifteenth Annual Technical Conference & Expo of the American Filtration & Separations Society, Galveston, April 9-12,2002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、ナノファイバーを含む新規なケージ状構造体及びその製造方法を提供するとともに、該ケージ状構造体を使用し、粉塵捕集効率がさらに向上したフィルタを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、エレクトロスピニング法による高分子繊維の作成に際し、高分子としてナイロンを用い、特定条件下では、驚くべきことに微細な三次元の網目構造に自己組織化したケージ状構造体(図1)が生成することを見出し、本発明に至った。
【0011】
上記ケージ状構造体は、ナイロンの微小塊状体から数nm〜数十nm径のファイバーが放射状に延伸し、これらのナノファイバーが互いに絡み合い、図1の写真のように、比較的ナノファイバーが疎に存在する多数のケージ状の空間が形成されたものであり、従来のナノファイバー同士が交絡して形成される三次元構造体とは、まったく構造が異なる。
【0012】
本発明のケージ状構造体を作成するには、エレクトロンスピニング法において、ナイロン溶液に、ナイロンに対し非溶解性の溶媒を添加し、さらにナイロン溶液の濃度、非溶解性溶媒の添加量、及び溶液の吐出量を特定の範囲に調節することによって作成することができる。
【0013】
本発明では高分子としてナイロンが使用されるが、特にナイロン66が耐熱性の点で好ましい。
【0014】
本発明で使用される溶媒としては、ナイロンを溶解する溶媒であれば種類を問わないが、安全性の点から、蟻酸、o−クロロフェノール、ヘキサフルオロイソプレパノール、塩化メチレンなどが好ましい。
かかる溶媒を用い、濃度が2〜30重量%となるように、ナイロンを溶解させる。ナイロン濃度が、30重量%を超えると、ケージ状構造物を形成しない可能性が高くなる。
【0015】
本発明で使用されるナイロン対し非溶解性の溶媒は、使用されるナイロンを溶解させる溶媒に対しても非溶解性を有するものであれば、これも種類を問わないが、入手のしやすさや安全性の点から水が好ましい。
この非溶解性溶媒は、全溶液に対し、前記ナイロン用溶媒が50〜100重量%となるように添加する。
【0016】
エレクトロスピニング法により、本発明のケージ状構造体を形成するためには、相対湿度30%以下、シリンジと電極との距離を5〜25cm、印加電圧を20kV以上とすることが必要である。
相対湿度が30%以上では、急速にケージ状構造体の形成率が低下する。
シリンジと電極との距離が25cmを超えると、ケージ状構造体が形成されないか、形成されても細すぎて実用的でなく、5cm未満では、液滴が充分分散されないまま付着してしまい操作自体が不可能となる。
印加電圧が5kV未満では繊維が届かず操作自体が不可能となる。
【0017】
本発明のケージ状構造体は、ナノファイバーの接続箇所に微小塊状が形成されるが、フィルタなどの用途で使用される場合には、なるべく小さくしたほうが圧力損失を小さくでき有利である。
本発明者らの実験によれば、ポリマー量をできるだけ多くするか、電圧を下げるか、ポリマー溶液の表面張力を下げることにより、形成される塊状物の数や大きさを減少させることができることが判明した。
【0018】
本発明は、以下の構成からなる。
(1)ナイロン溶液に、ナイロンに対し非溶解性の溶媒を添加した溶液を、エレクトロスピニングすることにより得られる、ナイロンの微小塊状体からナノファイバーが放射状に延伸し、これらのナノファイバーが互いに絡み合い、ナノファイバーが疎に存在する多数のケージ状の空間が形成されたケージ状構造体。
(2)直径40nm以下のナノファイバーの全ナノファイバーの80%以上である(1)のケージ状構造体。
(3)(1)又は(2)のケージ状構造体を有するフィルタろ材。
(4)(1)又は(2)のケージ状構造体を、多孔質支持体の表面に形成させたことを特徴とするフィルタろ材。
(5)(3)又は(4)のフィルターろ材をひだ折状又は平板のままフレームに組み込んだフィルタ。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、エレクトロスピニング法を特定条件下で実施することにより、従来知られていなかったケージ状構造物含む複合構造体を提供することができ、該複合構造体は以下のような用途に使用可能である。
(1)高分子との吸着性を利用した吸着材として使用すれば、吸着性に優れた吸着材を提供できる。
(2)機能性高分子を使用すれば、反応性に優れた処理剤を提供できる。
(3)センサ用部材として使用すれば、感度の優れたセンサを提供できる。
(4)炭化処理して炭素系複合構造体とすれば、吸着剤、触媒担体や補強材などさらに用途を広げることができる。
(5)フィルタとしての用途において、圧力損失が小さく集塵捕集効率が優れたフィルタを、比較的簡単な操作で、製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施例1で作製されたケージ状構造体の走査型顕微鏡写真(1500倍)
【図2】実施例1で作製されたケージ状構造体の走査型顕微鏡写真(15000倍)
【図3】実施例1で作製されたケージ状構造体の走査型顕微鏡写真(50000倍)
【図4】実施例1で作製されたケージ状構造体のファイバー径の分布を示すグラフ
【図5】実施例2及び比較例のフィルタの、圧力損失と0.3μm粒子の透過率との関係を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0021】
本発明のケージ状構造体の作製方法を以下に示す。
<作製例1>
(ファイバ材料)
・ナイロン6 (Polycaprolactam)
・ギ酸(Formic acid 98%)
ナイロン6試薬を種々の濃度でギ酸溶媒に、室温で攪拌して溶解させる。これを純水で希釈し、溶液全体に含まれるギ酸分子の重量%が98%、88%、78%となるように調整し、ファイバー材料溶液とした。
(ケージ状構造体の作製)
以下のエレクトロスピニング条件で、ファイバーを作製した。
・ 電圧:20kV
・ スプレー距離:10cm
・ 吐出速度:0.1ml/h
・ 電極:導電性基板
【0022】
<作製例2>
吐出量を1.0ml/hとした以外は、作成例1と同じ条件でファイバーを作製した。
【0023】
実施例1で、導電性基板上に形成された複合構造体の電子顕微鏡写真を図1(1500倍)、図2(15000倍)、図3(50000倍)に示す。各図面において(a)、(b)、(c)は作製例1を、(d),(e),(f)は作製例2で得られた構造物のSEM写真であり、(a)、(b)がギ酸濃度78%、(b),(e)がギ酸濃度88%、(c)、(f)がギ酸濃度98%で作製したものである。図1によれば、作製例1では、水による希釈によりギ酸濃度が98%では、通常のナノファイバーが交絡した不織布状の構造体が形成されたが、ギ酸濃度が88%以下となると、ケージ状構造体が形成された。作製例2では、ギ酸濃度が88%でケージ状構造物が形成されなかった。このように、ナイロン濃度が同一でも、吐出量を増加させるとケージ状構造体は形成しにくくなる傾向を有することがわかる。更に図2、3の(b)、(c)、(f)によれば、本発明のケージ状構造物は、ナイロンの塊状体から、微細なファイバーが放射状に延伸しているのが観察され、(a)、(b)、(e)のファイバー同士が交絡しているものとは構造が異なっている。
図4には、作製されたケージ状構造体のファイバー径の分布を示す。グラフから明らかなように、通常のナノファイバーと比べ、ケージ状構造物のナノファイバーは、均質の繊維径で構成されていることがわかり、しかも直径40nm以下のナノファイバーが全ナノファイバーの80%以上を占める。
【0024】
以上の実験結果によれば、本発明のケージ状構造物は、水による希釈量が高いほど、単位時間当たりの吐出量が少ない、すなわち高分子の絡み合い因子が小さいほど、形成しやすいことがわかる。
さらに、本発明のケージ状構造物は、均質なナノファイバーから構成されているので、通過する流体との接触効率が高く、しかも鳥かご状の空間を多数有するので、圧力損失が少ないことが期待される。
【実施例2】
【0025】
実施例1と同じ材料を使用し、ギ酸濃度を78%とし、スプレー距離を15cmとし、電極基板上に、中性能ガラスろ材(JIS-B9908;換気用エアフィルタユニットの性能試験方法、形式2で粒子捕集率65%あるいは90%を示すフィルタ用のろ材、北越製紙製H710-NEあるいはH718NE)を載置し、エレクトロンスピニングを実施して、ガラスろ材上にケージ状構造物を形成させた。
エレクトロンスピニングの実施時間を、6時間、8時間、12時間とすることで、ガラスろ材上に形成させるケージ状構造体の目付けを変えた。得られたフィルタの性能を調べるため、以下の試験を実施した。
(1)圧力損失試験:ろ過風速5.3cm/s時における各ろ材の圧力損失を測定した。
(2)粒子捕集効率試験:ろ過風速5.3cm/s時における捕集効率を光散乱式自動粒子計数機(レーザー・パーティクルカウンター;米国PMS社製、HSLAS-065)で測定した。測定用粒子は、PAO(ポリアルファオレフィン)を使用し、空気圧式エアロゾル発生器を使用して気流中に同伴させた。
(3)PF値:測定値から以下の式でPF値を計算した。
PF値=−{In(透過率[%]/100)/圧力損失[Pa]/9.8}×100
(4)目付け量:加工後のシートからベース機材の重量を差し引いた数値の平米換算。
【0026】
[比較例]
また、比較のためナイロンのかわりにPVAを使用し、ガラスろ材上にPVAナノファイバーの交絡構造体を形成したフィルタも作製した。なお、エレクトロンスピニングの条件は、溶媒として純水を使用した他はナイロンと同じである。
得られたフィルタについて、実施例3と同様な実験を行ないフィルタ性能を測定した。
【0027】
実施例3及び比較例の測定結果を表1に示す。参考に、ガラスろ材自体、高価だが現在最も高性能といわれているPTFE(HEPA)フィルタ、及び安価なガラス繊維製の準HEPA、及び低圧損HEPAの数値も記載した。
さらに、各フィルタの、圧力損失と0.3μm粒子の透過率との関係を示すグラフを図4に示す。
【0028】
【表1】

【0029】
表1の結果によれば、本発明のケージ状構造物を使用したフィルタは、PTFE(HEPA)フィルタと同等なPF値(I値ともいう)を示している。また、図1のグラフによれば、本発明のケージ状構造物を使用したフィルタは、従来のナノファイバーの構造体を使用する場合と比べ、より高性能なフィルタが得られていることがわかる。
同じ構造のフィルタを積み重ねれば、PF値は変わらずに粉塵の捕集効率を向上させることができることは、当該技術分野における技術常識である(エアロゾル研究、23[3]、210-216、(2008)参照)から、上記の結果は、中性能フィルタ上に本発明のケージ状構造物を積層することによって、低コストでPTFE(HEPA)フィルタと同等な性能のフィルタを作製することができることを示唆するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナイロン溶液に、ナイロンに対し非溶解性の溶媒を添加した溶液を、エレクトロスピニングすることにより得られる、ナイロンの微小塊状体からナノファイバーが放射状に延伸し、これらのナノファイバーが互いに絡み合い、ナノファイバーが疎に存在する多数のケージ状の空間が形成されたケージ状構造体。
【請求項2】
直径40nm以下のナノファイバーの全ナノファイバーの80%以上である請求項1記載のケージ状構造体。
【請求項3】
請求項1又は2記載のケージ状構造体を有するフィルタろ材。
【請求項4】
請求項1又は2記載のケージ状構造体を、多孔質支持体の表面に形成させたことを特徴とするフィルタろ材。
【請求項5】
請求項3又は4記載のフィルターろ材をひだ折状又は平板のままフレームに組み込んだフィルタ。

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2011−52359(P2011−52359A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−205013(P2009−205013)
【出願日】平成21年9月4日(2009.9.4)
【出願人】(502435454)株式会社SNT (33)
【出願人】(000111085)ニッタ株式会社 (588)
【Fターム(参考)】