両親媒性粒子の二次元結晶の形成方法
【課題】大面積で、欠陥の少ない、かつ結晶軸が揃った二次元結晶を得ること。
【解決手段】疎水性表面領域と接して親水性表面領域を有する基板の親水性表面領域全体に、両親媒性粒子を含む水性媒体を展開して、疎水性表面領域と親水性表面領域の境界線に沿って気液固体三相の接触線を形成することにより、気液界面において、当該接触線を起点として該接触線に対して略垂直方向に、前記両親媒性粒子の二次元結晶を形成させることを特徴とする、二次元結晶の形成方法。
【解決手段】疎水性表面領域と接して親水性表面領域を有する基板の親水性表面領域全体に、両親媒性粒子を含む水性媒体を展開して、疎水性表面領域と親水性表面領域の境界線に沿って気液固体三相の接触線を形成することにより、気液界面において、当該接触線を起点として該接触線に対して略垂直方向に、前記両親媒性粒子の二次元結晶を形成させることを特徴とする、二次元結晶の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノメートルサイズの両親媒性粒子から、大面積で欠陥の少ない、かつ結晶軸が揃った二次元結晶を形成させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分子や微粒子の二次元結晶を作製する代表的な例としては、1)Langmuir-Blodgett膜、(図1)又は、2)液体の乾燥過程に伴う粒子の自己組織化(毛管力法)(図2)などが知られている。
【0003】
Langmuir-Blodgett膜法は、基板表面に粒子(分子を含む)を展開した(図1の(a))後、可動式の仕切り板で圧縮し、気液界面の面積を減少させて、粒子の二次元結晶又はそれに類似した分子の高密度集合体を作製し((b))、これを他の基板に転写する((c))方法である。しかしながら、この方法では、仮に結晶ができたとしても、結晶核が界面の至るところで生成するため、結晶の生成位置を制御することはできない。また、成長方向も二次元方向の全ての方向の可能性があり、かつ気液界面内で結晶が自由に回転できることから、結晶軸を制御することも不可能である。
【0004】
毛管力法は、固体表面上に、粒子の二次元結晶を作製する技術である(例えば特許文献1、非特許文献1参照)。この方法では、コロイド粒子を含む溶液が固体表面上に存在する状態で、溶媒が蒸発するに伴い微粒子の結晶成長が始まる(図2(b))。すなわち、結晶核の生成は、溶媒の深さが粒径と同程度になったところから始まる。この方法は、マイクロメートル程度の大きな粒子の結晶位置の制御には有効であるが、ナノメートル程度微粒子には原理的に適用できない。なぜなら、ナノメートル程度の薄い液膜を安定に作ることが困難であるだけでなく、小さい微粒子の場合は毛管力が熱エネルギーに比べて非常に小さいからである。
【0005】
【特許文献1】特開平6-279199号公報
【非特許文献1】Nature, 361 (1993), 26
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
微粒子の規則配列を基にした、電子デバイスや、タンパク質の結晶構造解析、回折格子等のX線領域の光学素子などにおいては、大面積、欠陥の量、結晶軸の方向などが素子の特性を左右する。よって、従来の方法では、規則配列をつくることはできても、上記要素を制御することは困難である。一方、結晶軸を揃えることができれば、結晶の異方性を利用する、より高度な機能を付加した素子も実現可能となる。
従って、本発明では、粒子、特にナノメートルサイズの両親媒性粒子から、マイクロメートルのサイズを有する、欠陥のないかつ結晶軸が揃った二次元結晶を製造することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、斯かる実状に鑑み、鋭意研究を行った結果、疎水性表面領域と接して親水性表面領域を有する基板の親水性表面領域全体に、両親媒性粒子を含む水性媒体を展開すると、結晶核生成の位置が「気液固体三相の接触線上」に、結晶成長方向が「当該接触線を起点として当該接触線に対して略垂直方向」に制御されて、大面積で、欠陥の少ないかる結晶軸が揃った二次元結晶が得られることを見出した。
【0008】
すなわち、(1)本発明は、疎水性表面領域と接して親水性表面領域を有する基板の親水性表面領域全体に、両親媒性粒子を含む水性媒体を展開して、疎水性表面領域と親水性表面領域の境界線に沿って気液固体三相の接触線を形成することにより、気液界面において、当該接触線を起点として該接触線に対して略垂直方向に、前記両親媒性粒子の二次元結晶を形成させることを特徴とする、二次元結晶の形成方法を提供する。
【0009】
(2)本発明はまた、前記基板上で前記水性媒体を蒸発させて、前記三相接触線から前記気液界面に前記両親媒性粒子の二次元結晶を形成する、(1)記載の二次元結晶の形成方法を提供する。
【0010】
(3)本発明はまた、前記基板上で前記水性媒体を冷却して、前記三相接触線から前記気液界面に前記両親媒性粒子の二次元結晶の形成する、(1)又は(2)記載の二次元結晶の形成方法を提供する。
【0011】
(4)本発明はまた、前記気液界面に形成された二次元結晶をそのまま固体表面に固定化する、(1)〜(3)のいずれか1記載の形成方法を提供する。
【0012】
(5)本発明はまた、前記気液界面に形成された二次元結晶を他の媒体に写し取り、固定化する、(1)〜(3)のいずれか1記載の形成方法を提供する。
【0013】
(6)本発明はまた、前記基板が、親水性表面を有する基板の一部に疎水化処理を施して、親水性表面領域と接する疎水性表面領域を形成したものである、(1)〜(5)のいずれか1記載の形成方法を提供する。
【0014】
(7)本発明はまた、前記基板が、疎水性表面を有する基板の一部に親水化処理を施して、疎水性表面領域と接する親水性表面領域を形成したものである、(1)〜(5)のいずれか1記載の形成方法を提供する。
【0015】
(8)本発明はまた、前記基板が、親水性表面を有する基板にエッジを形成したものであって、当該エッジを前記接触線とする、(1)〜(5)のいずれか1記載の形成方法を提供する。
【0016】
(9)本発明はまた、前記両親媒性粒子が、100 nm以下の粒径である、(1)〜(8)のいずれか1記載の形成方法を提供する。
【0017】
(10)本発明はまた、前記両親媒性粒子がタンパク質である、(1)〜(9)のいずれか1記載の形成方法を提供する。
【0018】
(11)本発明はまた、前記タンパク質がフェリチンである、(10)記載の二次元結晶の形成方法を提供する。
【0019】
(12)本発明はまた、前記両親媒性粒子が、前記水性媒体の表面において、両親媒性を付与する保護剤に覆われた金属粒子である、(1)〜(9)のいずれか1記載の形成方法を提供する。
【発明の効果】
【0020】
本発明の二次元結晶の形成方法によれば、特にナノメートルサイズの両親媒性粒子から、マイクロメートルのサイズを有する、欠陥のないかつ結晶軸が揃った二次元結晶が得られる。従って、本発明によって得られた二次元結晶は、高密度電子デバイス等の作製に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
まず、本発明の方法の1実施態様を用いて、大面積で、欠陥のないかつ結晶軸が揃った二次元結晶が形成される理由を説明する。
【0022】
固体・液体・気体が同時に存在する系で、液体が固体に接している場合、固体・液体・気体の全てが接する線(三相接触線)が存在する(図3)。三相接触線を起点とする液体表面と固体表面との間に形成される角度を「接触角」(図3(b))と言う。図3(b)は図3(a)の三相接触線付近の拡大図である。図4に、親水性表面の接触角と疎水性表面の接触角との相違を示す。親水性表面に液滴を乗せた場合には、液滴は薄く広がり、接触角の小さい液滴が(図4(a))、疎水性表面に液滴を乗せた場合には、球の一部のような、接触角の大きい液滴が生じる(図4(b))。この液滴の形状は、気液・固液・固気界面のそれぞれの界面自由エネルギーと重力によって決まるものである。
【0023】
図6(a)には、親水性表面の一部に液滴を乗せた後に溶媒を蒸発させる従来の結晶化法の模式図を示す。液滴中の溶媒が蒸発するにつれて、三相接触線は内側へ動き、液滴の体積は徐々に小さくなり、親水性表面上に結晶が析出するが、結晶の位置や結晶軸の方向にはほとんど規則性が見られない。ここで言う「内側」とは、液滴と固体表面が接する固液界面の中心方向を指す。
【0024】
図5及び図6(b)には、本発明の方法の1実施態様を示す。本発明の基板(図5)の親水性表面全体に液滴を乗せると、あたかも疎水性表面に液滴を乗せたかのような半球状の液滴を生じる(図6(b)中の左図)。図6(b)中の右図は、当該左図の三相接触線付近の拡大図である。三相接触線は、親水性表面と疎水性表面との境界線に沿って形成される。
【0025】
液滴には、親水性表面に対して吸着性が低く、かつ気液界面には吸着し易い両親媒性粒子を含ませておく。そうすると、当該両親媒性粒子は、気液界面に吸着し、気液界面で結晶成長を起こす。気液界面に吸着し易い粒子は、疎水性表面にも吸着し易い。当該両親媒性粒子は、三相接触線上では疎水性表面に吸着し易いため、三相接触線上に結晶成長のための結晶核を生成する。本発明の方法では、液滴中の溶媒が蒸発しても三相接触線は内側に移動しないため、結晶核も動かない。溶媒を蒸発させなくても、気液界面でランダムに動き回る微粒子と結晶核が衝突し、微粒子が結晶核に吸着することにより結晶成長は進む。また、溶媒を蒸発させると、両親媒性粒子の濃度が高くなり、気液界面の当該粒子の面密度も高くなるので、それに伴い、気液界面上で結晶核から結晶成長が促進される。結晶核は、接触線上に固定されており、且つ接触線の外側には気液界面が存在しないため、成長方向は気液界面内の内側に規定される。また、接触線の長さはナノメートルスケールの粒子の大きさに比べると非常に大きく、且つほぼ直線であるため、成長方向は接触線に対してほぼ垂直となる。結晶が一定の方向に成長するにつれて、成長しやすい方向の結晶軸を持つ結晶が大きく成長する。また、水を完全に蒸発させると、親水性表面上に結晶が得られる。指定した方向に結晶を成長させるためには、その方向と垂直方向に親水性表面領域と疎水性表面領域との境界線を形成すればよい。
【0026】
次に、本発明の構成について詳細に説明する。
【0027】
本発明の方法で用いる基板は、疎水性表面領域と親水性表面領域とが接して、疎水性表面と親水性表面との境界を形成するものであれば特に制限されない。ここで、「親水性表面」とは、一般に、0°〜45°未満の接触角を有する基板の表面を、「疎水性表面」とは、45°〜180°の接触角を有する基板の表面を指す。例えば、清浄ガラス表面は親水性であり、その接触角は表面の粗さにもよるが、0°〜5°である。親水性表面領域の接触角と疎水性表面領域の接触角とは、通常、45°以上の差を有することが好ましい。
【0028】
このような基板としては、例えば、親水性表面を有する基板の一部に疎水化処理を施したもの、疎水性表面を有する基板の一部に親水化処理を施したもの、親水性表面を有する基板にエッジを形成したものなどが挙げられる。当該エッジは、擬似的な親水性表面と疎水性表面との境界と考えることができる。また、親水性表面を有する基板に溝を形成したものでもよい。
【0029】
親水化処理は、例えば、オゾン処理、プラズマ処理、グロー放電、コロナ放電、紫外線照射等の物理活性化処理や、水酸基、アミノ基、カルボキシル基等の親水性官能基の表面への化学的導入により行うことができる。これらの官能基を導入する方法としては、導入すべき官能基を有するチオール系分子、セレノール系分子、シランカップリング剤などを用いて表面処理する方法等が挙げられ、具体的な表面処理法としては、親水化処理剤を含む溶液中に基板を浸す方法、又は、揮発性の親水化処理剤の雰囲気中に基板を曝す方法がある。
【0030】
疎水化処理は、例えば、親水性表面を有する基板を疎水化処理剤で処理する方法により行うことができる。疎水化処理剤としては、ジメチルジクロロシラン、ジエチルジクロロシラン、ジクロロジフェニルシラン、ジクロロメチルフェニルシラン、ヘキサメチルジシラザン、オクタデシルトリクロロシラン、オクタデシルトリメトキシシラン等のシランカップリング剤;チオール系分子、セレノール系分子等を含む処理剤が挙げられる。疎水化処理剤による処理方法としては、具体的には、疎水化処理剤を含む溶液中に基板を浸す方法、又は、揮発性の疎水化処理剤の雰囲気中に基板を曝す方法がある。
【0031】
基板の材質としては、特に制限されないが、例えば、ガラス、雲母、石英、合成石英、シリコン等の無機材料;アクリル樹脂、ポリカーボネート、ポリスチレン、塩化ビニル、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、ポリメチルメタアクリレート等の各種ポリマー;セラミック;金属等が使用できる。基板の材質にかかわらず、基板表面に金属蒸着膜やメッキ膜を形成すれば、チオール系分子、セレノール系分子などによる表面の化学修飾が可能で、疎水化処理や親水化処理が容易である。中でも、ガラス、石英、シリコン基板は、表面に水酸基を有しているため、シランカップリング剤による表面の化学修飾が可能で、疎水化処理や親水化処理が容易である。
【0032】
本発明の「両親媒性粒子」とは、ある粒子(又は分子)を水性媒体に分散又は溶解させた時に、当該粒子(又は分子)が気液界面に吸着して、水性媒体の表面張力が、72 mN/m(純水の表面張力)未満になる粒子(又は分子)を指す。この水性媒体の表面張力が低い程、粒子の両親媒性は高い。このような性質を有する粒子は、親水性固液界面には吸着しないが、気液界面には吸着する。粒子径は特に制限されず、ナノメートルスケールの粒子からでも所望の二次元結晶が得られる。ナノメートルスケールの粒子の粒子径は、100 nm以下、具体的には1nm〜100 nmであればよい。
【0033】
両親媒性粒子としては、具体的には、タンパク質、金属粒子等が挙げられる。タンパク質としては、金属を内包できる構造を有するフェリチンが挙げられる。金属粒子としては、Ag、Au、Cu、Pb、Zn、Sn、Ge、Bi、Pt、Ti、Pd、Cr、Mn、Al、Fe、Co、Ni、In等の金属の単体;ZnSe、ZnS、ZnTe、CdSe、CdS、CdTe等の半導体の蛍光性微粒子;酸化物(Fe3O4)、合金系の微粒子(FeCo、FePt、CoPt等)等の磁性微粒子;TiO2等の光触媒半導体微粒子;金属ポルフィリン錯体などが挙げられる。尚、両親媒性粒子の形状は特に制限されない。
【0034】
但し、金属、合金、酸化物、半導体等の粒子は、保護剤なしでは存在し得ないので、両親媒性を付与する保護剤によって予め被覆したものを用いる。保護剤としては、炭素数2〜20のアルキルチオール、例えばドデカンチオール;トリオクチルフォスフィンオキサイド;炭素数10以上の脂肪酸、そのエステル又はそれらの塩、例えばラウリン酸(C12)、ミリスチン酸(C14)、パルミチン酸(C16)、ステアリン酸(C18)、アラキドン酸(C20)などが挙げられる。半導体の蛍光性微粒子の保護剤としては、トリオクチルフォスフィンオキサイドが好ましく、金属の単体や磁性微粒子の保護剤としては、炭素数10以上の脂肪酸が好ましい。
また、同じ目的で、金属内包タンパク質の末端を修飾してもよい。修飾剤としては、例えば、カーボンナノ材料認識ペプチド(アミノ酸配列:MDYFSSPYYEQLF)(以下、「NHBP」とする)が使用できる。
【0035】
水性媒体は、両親媒性粒子を分散又は溶解できるものであれば特に制限されず、水や、アルコール類、アセトン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン等の油性媒体、又はこれらの混合媒体が使用できる。水性媒体に公知の緩衝剤を添加して、水性媒体のpHを、気液界面への吸着が促進されるように調整してもよい。混合媒体中の油性媒体の割合は、両親媒性粒子の種類や濃度、保護剤の濃度等を考慮して決定する。
【0036】
本発明の両親媒性粒子を含む水性媒体を展開後に、更に水性媒体を蒸発させて、気液界面に両親媒性粒子の二次元結晶を形成してもよい。
【0037】
両親媒性粒子の凝集体は温度によって相変化を起こすことから、温度制御装置を組み合わせることによって、一定の温度を維持することが望ましい。二次元結晶をゆっくりと成長させる点から、両親媒性粒子を含む水性媒体を展開後の基板を冷却してもよい。
【0038】
気液界面に両親媒性粒子の二次元結晶を形成させてから、当該結晶をそのまま固体表面に固定化してもよいが、当該結晶を水平付着法等により他の媒体に写し取って固定化してもよい。他の媒体としては、上記の材質の基板が挙げられる。この場合には、既に展開した水性媒体の表面に、更に両親媒性粒子を含む水性媒体を徐々に加えていき、両親媒性粒子の濃度を上げていくとよい。
【0039】
本発明の方法によって得られた二次元結晶は、ナノドットとしての記録媒体等の電子デバイスや、タンパク質の結晶構造解析、回折格子等のX線領域の光学素子などに利用できる。
【実施例】
【0040】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【0041】
実施例1 インジウム内包フェリチンの結晶化−1
(1)疎水化処理基板の作製
図7に、本発明の基板の疎水化処理の1実施態様を示す。まず、約1cm四方のシリコン基板を準備し、予め純水を入れたビーカー中に、シリコン基板の半分を浸漬した。次に、疎水化用のシランカップリング剤として、液体ヘキサメチルジシラザンを入れたビーカーを別に準備した。この2つのビーカーを大きめのガラス容器の中に一緒に入れて一晩放置した。密封空間の内部は、ヘキサメチルジシラザン蒸気で満たされているため、水中から出ている基板表面部分は、ヘキサメチルジシラザンと反応して表面がメチル基で覆われ、疎水性となる。その結果、親水性表面領域と疎水性表面領域とを有する基板が得られた。
【0042】
(2)インジウム内包フェリチンの結晶化
微粒子試料として、インジウムを内包するフェリチンを用いた。フェリチンは、直径が約12 nmの球状であり、中の空洞に金属微粒子を内包できる。当該フェリチンは、親水性基板に対して極めて吸着能力の低い、NHBP修飾フェリチン(松下電器産業株式会社から入手)である。上記基板をエタノールで洗浄し乾燥した後、親水性領域に、インジウム内包NHBP修飾フェリチンの水溶液(1μg/ml)50 μlを滴下し、数時間かけて自然乾燥させた。図8は、親水性表面領域と疎水性表面領域とを有するシリコン基板上に、当該フェリチンの水溶液を滴下した様子を示す写真である。図8中、四角い部分が、疎水化されていないシリコン基板で、その周囲から水の表面上でフェリチンの結晶成長が始まることが分かる。図9は、得られた二次元結晶(数ミクロンの大きさ)の一部を撮影した電子顕微鏡(SEM)写真像である。図9(a)の領域1の矢印部分に、疎水性表面と親水性表面(インジウムが白い点状に見える)との界面があり、そこから、結晶が写真右方向に成長している。矢印は、親水性表面領域と疎水性表面領域の境界線を示す(四角の縦線の左側が疎水性表面領域である)。図9(b)は、図9(a)内の領域1、領域2の二次元フーリエ変換像である。領域1は、円周状のパターンが見られることから、微粒子間の距離がほぼ一定であるが、結晶成長初期段階の核の状態であるために微粒子間の繰り返し構造が発達していないことを意味している。一方、領域2を見ると、6回対称のスポットが得られていることから、十分に結晶が成長したことが分かる。また、領域2の結晶軸の一つが境界線の方向とほぼ平行になっていることから、結晶成長の過程で、優先的に三相接触線と平行な結晶軸を持つ結晶が成長したことも分かる。
【0043】
図10は、図9より広い領域のSEM写真像である。白い点がインジウムを示す。間に黒い穴が見られるが、タンパク質本体である。タンパク質本体はSEMで見ることができないため、黒い穴のように見える。図10より、優に1μmを越える範囲で欠陥の無い二次元単結晶が得られたことが分かる。従来の気液界面結晶成長方法で得られる無欠陥結晶は100 nm程度の大きさであることから、本発明では、約100倍もの大面積化が可能となった。
【0044】
実施例2 鉄内包フェリチンの結晶化
インジウムフェリチンの代わりに、鉄内包フェリチン(松下電器産業株式会社から入手)を用いる以外は上記と同様にして、鉄内包フェリチンの二次元結晶化を行った。図11は、そのSEM写真像を示す。図11(a)は、カーボンナノ材料ペプチド(NHBP)で修飾した鉄内包フェリチン、(b)はNHBPで修飾されていない鉄内包フェリチンである。いずれの場合も、数100 nmの広い範囲で二次元分子結晶が得られ、特に(a)では、結晶化が促進されたことが分かる。
【0045】
実施例3 インジウムフェリチンの結晶化−2
疎水化処理基板の代わりにダイヤモンドペンで切った1cm四方の親水性シリコン基板を用いる以外は実施例1と同様にして、インジウム内包NHBP修飾フェリチンの水溶液を滴下し、溶媒を蒸発させた。結果を図12及び13に示す。図12は、シリコン基板のエッジ部分からの二次元結晶化のSEM像を示す。実線は境界であり、実線の左側が基板表面、右側がエッジ部分である。約10 μmの幅で二次元結晶ができていることが分かる。また、図12の内部を拡大(15万倍)したものが図13で、六方細密充填で粒子が並んだ二次元結晶が得られたことが分かる。
【0046】
実施例4 銀粒子の結晶化
銀微粒子は、メルカプトウンデカン酸によりキャッピングされたものを用いた。粒径を揃えるために、1mg/ml銀微粒子トルエン溶液を6000 rpmで10分間の遠心分離を行った後、沈殿物をトルエンで洗浄し、再度トルエンに分散させた。遠心分離をもう一回行うことによって得られた沈殿物を純水に溶解させることにより、銀微粒子水溶液を得た。得られた微粒子の直径は約4nmであった。0.01 mg/ml水溶液100μlを1cm四方のシリコン基板に滴下し、数時間かけて自然乾燥したところ、シリコン基板のエッジから銀微粒子の二次元結晶が得られた。この二次元結晶はSEMにより確認した。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】図1は、Langmuir-Blodgett膜法を示す模式図である。
【図2】図2は、毛管力法を示す模式図である。
【図3】図3は、三相接触線及び接触角を説明する模式図である。
【図4】図4は、親水性表面領域の接触角と疎水性表面領域の接触角との相違を示す図である。
【図5】図5は、疎水性表面領域と接して親水性表面領域を有する本発明の基板を示す模式図である。
【図6】図6は、本発明の二次元結晶の形成方法の1実施態様を示す概念図である。
【図7】図7は、本発明の基板の修飾を示す模式図である。
【図8】図8は、本発明の基板上にフェリチン分散液を滴下したときの写真である。
【図9】図9は、本発明の二次元結晶の形成方法を用いて作製された、インジウム内包フェリチンの二次元結晶の(a)SEM像及び(b)フーリエ変換図である。
【図10】図10は、図9より広い領域のSEM写真像である。
【図11】図11は、鉄内包フェリチンの二次元結晶のSEM像を示す図である。(a)はNHBP修飾フェリチン、(b)はNHBP非修飾フェリチンである。
【図12】図12は、シリコン基板のエッジ部分からの二次元結晶化のSEM像を示す。
【図13】図13は、図12の内部を拡大したSEM像である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナノメートルサイズの両親媒性粒子から、大面積で欠陥の少ない、かつ結晶軸が揃った二次元結晶を形成させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分子や微粒子の二次元結晶を作製する代表的な例としては、1)Langmuir-Blodgett膜、(図1)又は、2)液体の乾燥過程に伴う粒子の自己組織化(毛管力法)(図2)などが知られている。
【0003】
Langmuir-Blodgett膜法は、基板表面に粒子(分子を含む)を展開した(図1の(a))後、可動式の仕切り板で圧縮し、気液界面の面積を減少させて、粒子の二次元結晶又はそれに類似した分子の高密度集合体を作製し((b))、これを他の基板に転写する((c))方法である。しかしながら、この方法では、仮に結晶ができたとしても、結晶核が界面の至るところで生成するため、結晶の生成位置を制御することはできない。また、成長方向も二次元方向の全ての方向の可能性があり、かつ気液界面内で結晶が自由に回転できることから、結晶軸を制御することも不可能である。
【0004】
毛管力法は、固体表面上に、粒子の二次元結晶を作製する技術である(例えば特許文献1、非特許文献1参照)。この方法では、コロイド粒子を含む溶液が固体表面上に存在する状態で、溶媒が蒸発するに伴い微粒子の結晶成長が始まる(図2(b))。すなわち、結晶核の生成は、溶媒の深さが粒径と同程度になったところから始まる。この方法は、マイクロメートル程度の大きな粒子の結晶位置の制御には有効であるが、ナノメートル程度微粒子には原理的に適用できない。なぜなら、ナノメートル程度の薄い液膜を安定に作ることが困難であるだけでなく、小さい微粒子の場合は毛管力が熱エネルギーに比べて非常に小さいからである。
【0005】
【特許文献1】特開平6-279199号公報
【非特許文献1】Nature, 361 (1993), 26
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
微粒子の規則配列を基にした、電子デバイスや、タンパク質の結晶構造解析、回折格子等のX線領域の光学素子などにおいては、大面積、欠陥の量、結晶軸の方向などが素子の特性を左右する。よって、従来の方法では、規則配列をつくることはできても、上記要素を制御することは困難である。一方、結晶軸を揃えることができれば、結晶の異方性を利用する、より高度な機能を付加した素子も実現可能となる。
従って、本発明では、粒子、特にナノメートルサイズの両親媒性粒子から、マイクロメートルのサイズを有する、欠陥のないかつ結晶軸が揃った二次元結晶を製造することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、斯かる実状に鑑み、鋭意研究を行った結果、疎水性表面領域と接して親水性表面領域を有する基板の親水性表面領域全体に、両親媒性粒子を含む水性媒体を展開すると、結晶核生成の位置が「気液固体三相の接触線上」に、結晶成長方向が「当該接触線を起点として当該接触線に対して略垂直方向」に制御されて、大面積で、欠陥の少ないかる結晶軸が揃った二次元結晶が得られることを見出した。
【0008】
すなわち、(1)本発明は、疎水性表面領域と接して親水性表面領域を有する基板の親水性表面領域全体に、両親媒性粒子を含む水性媒体を展開して、疎水性表面領域と親水性表面領域の境界線に沿って気液固体三相の接触線を形成することにより、気液界面において、当該接触線を起点として該接触線に対して略垂直方向に、前記両親媒性粒子の二次元結晶を形成させることを特徴とする、二次元結晶の形成方法を提供する。
【0009】
(2)本発明はまた、前記基板上で前記水性媒体を蒸発させて、前記三相接触線から前記気液界面に前記両親媒性粒子の二次元結晶を形成する、(1)記載の二次元結晶の形成方法を提供する。
【0010】
(3)本発明はまた、前記基板上で前記水性媒体を冷却して、前記三相接触線から前記気液界面に前記両親媒性粒子の二次元結晶の形成する、(1)又は(2)記載の二次元結晶の形成方法を提供する。
【0011】
(4)本発明はまた、前記気液界面に形成された二次元結晶をそのまま固体表面に固定化する、(1)〜(3)のいずれか1記載の形成方法を提供する。
【0012】
(5)本発明はまた、前記気液界面に形成された二次元結晶を他の媒体に写し取り、固定化する、(1)〜(3)のいずれか1記載の形成方法を提供する。
【0013】
(6)本発明はまた、前記基板が、親水性表面を有する基板の一部に疎水化処理を施して、親水性表面領域と接する疎水性表面領域を形成したものである、(1)〜(5)のいずれか1記載の形成方法を提供する。
【0014】
(7)本発明はまた、前記基板が、疎水性表面を有する基板の一部に親水化処理を施して、疎水性表面領域と接する親水性表面領域を形成したものである、(1)〜(5)のいずれか1記載の形成方法を提供する。
【0015】
(8)本発明はまた、前記基板が、親水性表面を有する基板にエッジを形成したものであって、当該エッジを前記接触線とする、(1)〜(5)のいずれか1記載の形成方法を提供する。
【0016】
(9)本発明はまた、前記両親媒性粒子が、100 nm以下の粒径である、(1)〜(8)のいずれか1記載の形成方法を提供する。
【0017】
(10)本発明はまた、前記両親媒性粒子がタンパク質である、(1)〜(9)のいずれか1記載の形成方法を提供する。
【0018】
(11)本発明はまた、前記タンパク質がフェリチンである、(10)記載の二次元結晶の形成方法を提供する。
【0019】
(12)本発明はまた、前記両親媒性粒子が、前記水性媒体の表面において、両親媒性を付与する保護剤に覆われた金属粒子である、(1)〜(9)のいずれか1記載の形成方法を提供する。
【発明の効果】
【0020】
本発明の二次元結晶の形成方法によれば、特にナノメートルサイズの両親媒性粒子から、マイクロメートルのサイズを有する、欠陥のないかつ結晶軸が揃った二次元結晶が得られる。従って、本発明によって得られた二次元結晶は、高密度電子デバイス等の作製に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
まず、本発明の方法の1実施態様を用いて、大面積で、欠陥のないかつ結晶軸が揃った二次元結晶が形成される理由を説明する。
【0022】
固体・液体・気体が同時に存在する系で、液体が固体に接している場合、固体・液体・気体の全てが接する線(三相接触線)が存在する(図3)。三相接触線を起点とする液体表面と固体表面との間に形成される角度を「接触角」(図3(b))と言う。図3(b)は図3(a)の三相接触線付近の拡大図である。図4に、親水性表面の接触角と疎水性表面の接触角との相違を示す。親水性表面に液滴を乗せた場合には、液滴は薄く広がり、接触角の小さい液滴が(図4(a))、疎水性表面に液滴を乗せた場合には、球の一部のような、接触角の大きい液滴が生じる(図4(b))。この液滴の形状は、気液・固液・固気界面のそれぞれの界面自由エネルギーと重力によって決まるものである。
【0023】
図6(a)には、親水性表面の一部に液滴を乗せた後に溶媒を蒸発させる従来の結晶化法の模式図を示す。液滴中の溶媒が蒸発するにつれて、三相接触線は内側へ動き、液滴の体積は徐々に小さくなり、親水性表面上に結晶が析出するが、結晶の位置や結晶軸の方向にはほとんど規則性が見られない。ここで言う「内側」とは、液滴と固体表面が接する固液界面の中心方向を指す。
【0024】
図5及び図6(b)には、本発明の方法の1実施態様を示す。本発明の基板(図5)の親水性表面全体に液滴を乗せると、あたかも疎水性表面に液滴を乗せたかのような半球状の液滴を生じる(図6(b)中の左図)。図6(b)中の右図は、当該左図の三相接触線付近の拡大図である。三相接触線は、親水性表面と疎水性表面との境界線に沿って形成される。
【0025】
液滴には、親水性表面に対して吸着性が低く、かつ気液界面には吸着し易い両親媒性粒子を含ませておく。そうすると、当該両親媒性粒子は、気液界面に吸着し、気液界面で結晶成長を起こす。気液界面に吸着し易い粒子は、疎水性表面にも吸着し易い。当該両親媒性粒子は、三相接触線上では疎水性表面に吸着し易いため、三相接触線上に結晶成長のための結晶核を生成する。本発明の方法では、液滴中の溶媒が蒸発しても三相接触線は内側に移動しないため、結晶核も動かない。溶媒を蒸発させなくても、気液界面でランダムに動き回る微粒子と結晶核が衝突し、微粒子が結晶核に吸着することにより結晶成長は進む。また、溶媒を蒸発させると、両親媒性粒子の濃度が高くなり、気液界面の当該粒子の面密度も高くなるので、それに伴い、気液界面上で結晶核から結晶成長が促進される。結晶核は、接触線上に固定されており、且つ接触線の外側には気液界面が存在しないため、成長方向は気液界面内の内側に規定される。また、接触線の長さはナノメートルスケールの粒子の大きさに比べると非常に大きく、且つほぼ直線であるため、成長方向は接触線に対してほぼ垂直となる。結晶が一定の方向に成長するにつれて、成長しやすい方向の結晶軸を持つ結晶が大きく成長する。また、水を完全に蒸発させると、親水性表面上に結晶が得られる。指定した方向に結晶を成長させるためには、その方向と垂直方向に親水性表面領域と疎水性表面領域との境界線を形成すればよい。
【0026】
次に、本発明の構成について詳細に説明する。
【0027】
本発明の方法で用いる基板は、疎水性表面領域と親水性表面領域とが接して、疎水性表面と親水性表面との境界を形成するものであれば特に制限されない。ここで、「親水性表面」とは、一般に、0°〜45°未満の接触角を有する基板の表面を、「疎水性表面」とは、45°〜180°の接触角を有する基板の表面を指す。例えば、清浄ガラス表面は親水性であり、その接触角は表面の粗さにもよるが、0°〜5°である。親水性表面領域の接触角と疎水性表面領域の接触角とは、通常、45°以上の差を有することが好ましい。
【0028】
このような基板としては、例えば、親水性表面を有する基板の一部に疎水化処理を施したもの、疎水性表面を有する基板の一部に親水化処理を施したもの、親水性表面を有する基板にエッジを形成したものなどが挙げられる。当該エッジは、擬似的な親水性表面と疎水性表面との境界と考えることができる。また、親水性表面を有する基板に溝を形成したものでもよい。
【0029】
親水化処理は、例えば、オゾン処理、プラズマ処理、グロー放電、コロナ放電、紫外線照射等の物理活性化処理や、水酸基、アミノ基、カルボキシル基等の親水性官能基の表面への化学的導入により行うことができる。これらの官能基を導入する方法としては、導入すべき官能基を有するチオール系分子、セレノール系分子、シランカップリング剤などを用いて表面処理する方法等が挙げられ、具体的な表面処理法としては、親水化処理剤を含む溶液中に基板を浸す方法、又は、揮発性の親水化処理剤の雰囲気中に基板を曝す方法がある。
【0030】
疎水化処理は、例えば、親水性表面を有する基板を疎水化処理剤で処理する方法により行うことができる。疎水化処理剤としては、ジメチルジクロロシラン、ジエチルジクロロシラン、ジクロロジフェニルシラン、ジクロロメチルフェニルシラン、ヘキサメチルジシラザン、オクタデシルトリクロロシラン、オクタデシルトリメトキシシラン等のシランカップリング剤;チオール系分子、セレノール系分子等を含む処理剤が挙げられる。疎水化処理剤による処理方法としては、具体的には、疎水化処理剤を含む溶液中に基板を浸す方法、又は、揮発性の疎水化処理剤の雰囲気中に基板を曝す方法がある。
【0031】
基板の材質としては、特に制限されないが、例えば、ガラス、雲母、石英、合成石英、シリコン等の無機材料;アクリル樹脂、ポリカーボネート、ポリスチレン、塩化ビニル、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、ポリメチルメタアクリレート等の各種ポリマー;セラミック;金属等が使用できる。基板の材質にかかわらず、基板表面に金属蒸着膜やメッキ膜を形成すれば、チオール系分子、セレノール系分子などによる表面の化学修飾が可能で、疎水化処理や親水化処理が容易である。中でも、ガラス、石英、シリコン基板は、表面に水酸基を有しているため、シランカップリング剤による表面の化学修飾が可能で、疎水化処理や親水化処理が容易である。
【0032】
本発明の「両親媒性粒子」とは、ある粒子(又は分子)を水性媒体に分散又は溶解させた時に、当該粒子(又は分子)が気液界面に吸着して、水性媒体の表面張力が、72 mN/m(純水の表面張力)未満になる粒子(又は分子)を指す。この水性媒体の表面張力が低い程、粒子の両親媒性は高い。このような性質を有する粒子は、親水性固液界面には吸着しないが、気液界面には吸着する。粒子径は特に制限されず、ナノメートルスケールの粒子からでも所望の二次元結晶が得られる。ナノメートルスケールの粒子の粒子径は、100 nm以下、具体的には1nm〜100 nmであればよい。
【0033】
両親媒性粒子としては、具体的には、タンパク質、金属粒子等が挙げられる。タンパク質としては、金属を内包できる構造を有するフェリチンが挙げられる。金属粒子としては、Ag、Au、Cu、Pb、Zn、Sn、Ge、Bi、Pt、Ti、Pd、Cr、Mn、Al、Fe、Co、Ni、In等の金属の単体;ZnSe、ZnS、ZnTe、CdSe、CdS、CdTe等の半導体の蛍光性微粒子;酸化物(Fe3O4)、合金系の微粒子(FeCo、FePt、CoPt等)等の磁性微粒子;TiO2等の光触媒半導体微粒子;金属ポルフィリン錯体などが挙げられる。尚、両親媒性粒子の形状は特に制限されない。
【0034】
但し、金属、合金、酸化物、半導体等の粒子は、保護剤なしでは存在し得ないので、両親媒性を付与する保護剤によって予め被覆したものを用いる。保護剤としては、炭素数2〜20のアルキルチオール、例えばドデカンチオール;トリオクチルフォスフィンオキサイド;炭素数10以上の脂肪酸、そのエステル又はそれらの塩、例えばラウリン酸(C12)、ミリスチン酸(C14)、パルミチン酸(C16)、ステアリン酸(C18)、アラキドン酸(C20)などが挙げられる。半導体の蛍光性微粒子の保護剤としては、トリオクチルフォスフィンオキサイドが好ましく、金属の単体や磁性微粒子の保護剤としては、炭素数10以上の脂肪酸が好ましい。
また、同じ目的で、金属内包タンパク質の末端を修飾してもよい。修飾剤としては、例えば、カーボンナノ材料認識ペプチド(アミノ酸配列:MDYFSSPYYEQLF)(以下、「NHBP」とする)が使用できる。
【0035】
水性媒体は、両親媒性粒子を分散又は溶解できるものであれば特に制限されず、水や、アルコール類、アセトン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン等の油性媒体、又はこれらの混合媒体が使用できる。水性媒体に公知の緩衝剤を添加して、水性媒体のpHを、気液界面への吸着が促進されるように調整してもよい。混合媒体中の油性媒体の割合は、両親媒性粒子の種類や濃度、保護剤の濃度等を考慮して決定する。
【0036】
本発明の両親媒性粒子を含む水性媒体を展開後に、更に水性媒体を蒸発させて、気液界面に両親媒性粒子の二次元結晶を形成してもよい。
【0037】
両親媒性粒子の凝集体は温度によって相変化を起こすことから、温度制御装置を組み合わせることによって、一定の温度を維持することが望ましい。二次元結晶をゆっくりと成長させる点から、両親媒性粒子を含む水性媒体を展開後の基板を冷却してもよい。
【0038】
気液界面に両親媒性粒子の二次元結晶を形成させてから、当該結晶をそのまま固体表面に固定化してもよいが、当該結晶を水平付着法等により他の媒体に写し取って固定化してもよい。他の媒体としては、上記の材質の基板が挙げられる。この場合には、既に展開した水性媒体の表面に、更に両親媒性粒子を含む水性媒体を徐々に加えていき、両親媒性粒子の濃度を上げていくとよい。
【0039】
本発明の方法によって得られた二次元結晶は、ナノドットとしての記録媒体等の電子デバイスや、タンパク質の結晶構造解析、回折格子等のX線領域の光学素子などに利用できる。
【実施例】
【0040】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【0041】
実施例1 インジウム内包フェリチンの結晶化−1
(1)疎水化処理基板の作製
図7に、本発明の基板の疎水化処理の1実施態様を示す。まず、約1cm四方のシリコン基板を準備し、予め純水を入れたビーカー中に、シリコン基板の半分を浸漬した。次に、疎水化用のシランカップリング剤として、液体ヘキサメチルジシラザンを入れたビーカーを別に準備した。この2つのビーカーを大きめのガラス容器の中に一緒に入れて一晩放置した。密封空間の内部は、ヘキサメチルジシラザン蒸気で満たされているため、水中から出ている基板表面部分は、ヘキサメチルジシラザンと反応して表面がメチル基で覆われ、疎水性となる。その結果、親水性表面領域と疎水性表面領域とを有する基板が得られた。
【0042】
(2)インジウム内包フェリチンの結晶化
微粒子試料として、インジウムを内包するフェリチンを用いた。フェリチンは、直径が約12 nmの球状であり、中の空洞に金属微粒子を内包できる。当該フェリチンは、親水性基板に対して極めて吸着能力の低い、NHBP修飾フェリチン(松下電器産業株式会社から入手)である。上記基板をエタノールで洗浄し乾燥した後、親水性領域に、インジウム内包NHBP修飾フェリチンの水溶液(1μg/ml)50 μlを滴下し、数時間かけて自然乾燥させた。図8は、親水性表面領域と疎水性表面領域とを有するシリコン基板上に、当該フェリチンの水溶液を滴下した様子を示す写真である。図8中、四角い部分が、疎水化されていないシリコン基板で、その周囲から水の表面上でフェリチンの結晶成長が始まることが分かる。図9は、得られた二次元結晶(数ミクロンの大きさ)の一部を撮影した電子顕微鏡(SEM)写真像である。図9(a)の領域1の矢印部分に、疎水性表面と親水性表面(インジウムが白い点状に見える)との界面があり、そこから、結晶が写真右方向に成長している。矢印は、親水性表面領域と疎水性表面領域の境界線を示す(四角の縦線の左側が疎水性表面領域である)。図9(b)は、図9(a)内の領域1、領域2の二次元フーリエ変換像である。領域1は、円周状のパターンが見られることから、微粒子間の距離がほぼ一定であるが、結晶成長初期段階の核の状態であるために微粒子間の繰り返し構造が発達していないことを意味している。一方、領域2を見ると、6回対称のスポットが得られていることから、十分に結晶が成長したことが分かる。また、領域2の結晶軸の一つが境界線の方向とほぼ平行になっていることから、結晶成長の過程で、優先的に三相接触線と平行な結晶軸を持つ結晶が成長したことも分かる。
【0043】
図10は、図9より広い領域のSEM写真像である。白い点がインジウムを示す。間に黒い穴が見られるが、タンパク質本体である。タンパク質本体はSEMで見ることができないため、黒い穴のように見える。図10より、優に1μmを越える範囲で欠陥の無い二次元単結晶が得られたことが分かる。従来の気液界面結晶成長方法で得られる無欠陥結晶は100 nm程度の大きさであることから、本発明では、約100倍もの大面積化が可能となった。
【0044】
実施例2 鉄内包フェリチンの結晶化
インジウムフェリチンの代わりに、鉄内包フェリチン(松下電器産業株式会社から入手)を用いる以外は上記と同様にして、鉄内包フェリチンの二次元結晶化を行った。図11は、そのSEM写真像を示す。図11(a)は、カーボンナノ材料ペプチド(NHBP)で修飾した鉄内包フェリチン、(b)はNHBPで修飾されていない鉄内包フェリチンである。いずれの場合も、数100 nmの広い範囲で二次元分子結晶が得られ、特に(a)では、結晶化が促進されたことが分かる。
【0045】
実施例3 インジウムフェリチンの結晶化−2
疎水化処理基板の代わりにダイヤモンドペンで切った1cm四方の親水性シリコン基板を用いる以外は実施例1と同様にして、インジウム内包NHBP修飾フェリチンの水溶液を滴下し、溶媒を蒸発させた。結果を図12及び13に示す。図12は、シリコン基板のエッジ部分からの二次元結晶化のSEM像を示す。実線は境界であり、実線の左側が基板表面、右側がエッジ部分である。約10 μmの幅で二次元結晶ができていることが分かる。また、図12の内部を拡大(15万倍)したものが図13で、六方細密充填で粒子が並んだ二次元結晶が得られたことが分かる。
【0046】
実施例4 銀粒子の結晶化
銀微粒子は、メルカプトウンデカン酸によりキャッピングされたものを用いた。粒径を揃えるために、1mg/ml銀微粒子トルエン溶液を6000 rpmで10分間の遠心分離を行った後、沈殿物をトルエンで洗浄し、再度トルエンに分散させた。遠心分離をもう一回行うことによって得られた沈殿物を純水に溶解させることにより、銀微粒子水溶液を得た。得られた微粒子の直径は約4nmであった。0.01 mg/ml水溶液100μlを1cm四方のシリコン基板に滴下し、数時間かけて自然乾燥したところ、シリコン基板のエッジから銀微粒子の二次元結晶が得られた。この二次元結晶はSEMにより確認した。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】図1は、Langmuir-Blodgett膜法を示す模式図である。
【図2】図2は、毛管力法を示す模式図である。
【図3】図3は、三相接触線及び接触角を説明する模式図である。
【図4】図4は、親水性表面領域の接触角と疎水性表面領域の接触角との相違を示す図である。
【図5】図5は、疎水性表面領域と接して親水性表面領域を有する本発明の基板を示す模式図である。
【図6】図6は、本発明の二次元結晶の形成方法の1実施態様を示す概念図である。
【図7】図7は、本発明の基板の修飾を示す模式図である。
【図8】図8は、本発明の基板上にフェリチン分散液を滴下したときの写真である。
【図9】図9は、本発明の二次元結晶の形成方法を用いて作製された、インジウム内包フェリチンの二次元結晶の(a)SEM像及び(b)フーリエ変換図である。
【図10】図10は、図9より広い領域のSEM写真像である。
【図11】図11は、鉄内包フェリチンの二次元結晶のSEM像を示す図である。(a)はNHBP修飾フェリチン、(b)はNHBP非修飾フェリチンである。
【図12】図12は、シリコン基板のエッジ部分からの二次元結晶化のSEM像を示す。
【図13】図13は、図12の内部を拡大したSEM像である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
疎水性表面領域と接して親水性表面領域を有する基板の親水性表面領域全体に、両親媒性粒子を含む水性媒体を展開して、疎水性表面領域と親水性表面領域の境界線に沿って気液固体三相の接触線を形成することにより、気液界面において、当該接触線を起点として該接触線に対して略垂直方向に、前記両親媒性粒子の二次元結晶を形成させることを特徴とする、二次元結晶の形成方法。
【請求項2】
前記基板上で前記水性媒体を蒸発させて、前記三相接触線から前記気液界面に前記両親媒性粒子の二次元結晶を形成する、請求項1記載の二次元結晶の形成方法。
【請求項3】
前記基板上で前記水性媒体を冷却して、前記三相接触線から前記気液界面に前記両親媒性粒子の二次元結晶の形成する、請求項1又は2の二次元結晶の形成方法。
【請求項4】
前記気液界面に形成された二次元結晶をそのまま固体表面に固定化する、請求項1〜3のいずれか1項記載の形成方法。
【請求項5】
前記気液界面に形成された二次元結晶を他の媒体に写し取り、固定化する、請求項1〜3のいずれか1項記載の形成方法。
【請求項6】
前記基板が、親水性表面を有する基板の一部に疎水化処理を施して、親水性表面領域と接する疎水性表面領域を形成したものである、請求項1〜5のいずれか1項の二次元結晶の形成方法。
【請求項7】
前記基板が、疎水性表面を有する基板の一部に親水化処理を施して、疎水性表面領域と接する親水性表面領域を形成したものである、請求項1〜5のいずれか1項の二次元結晶の形成方法。
【請求項8】
前記基板が、親水性表面を有する基板にエッジを形成したものであって、当該エッジを前記接触線とする、請求項1〜5のいずれか1項の二次元結晶の形成方法。
【請求項9】
前記両親媒性粒子が、100 nm以下の粒径である、請求項1〜8のいずれか1項記載の二次元結晶の形成方法。
【請求項10】
前記両親媒性粒子がタンパク質である、請求項1〜9のいずれか1項記載の二次元結晶の形成方法。
【請求項11】
前記タンパク質がフェリチンである、請求項10記載の二次元結晶の形成方法。
【請求項12】
前記両親媒性粒子が、前記水性媒体の表面において、両親媒性を付与する保護剤に覆われた金属粒子である、請求項1〜9のいずれか1項記載の二次元結晶の形成方法。
【請求項1】
疎水性表面領域と接して親水性表面領域を有する基板の親水性表面領域全体に、両親媒性粒子を含む水性媒体を展開して、疎水性表面領域と親水性表面領域の境界線に沿って気液固体三相の接触線を形成することにより、気液界面において、当該接触線を起点として該接触線に対して略垂直方向に、前記両親媒性粒子の二次元結晶を形成させることを特徴とする、二次元結晶の形成方法。
【請求項2】
前記基板上で前記水性媒体を蒸発させて、前記三相接触線から前記気液界面に前記両親媒性粒子の二次元結晶を形成する、請求項1記載の二次元結晶の形成方法。
【請求項3】
前記基板上で前記水性媒体を冷却して、前記三相接触線から前記気液界面に前記両親媒性粒子の二次元結晶の形成する、請求項1又は2の二次元結晶の形成方法。
【請求項4】
前記気液界面に形成された二次元結晶をそのまま固体表面に固定化する、請求項1〜3のいずれか1項記載の形成方法。
【請求項5】
前記気液界面に形成された二次元結晶を他の媒体に写し取り、固定化する、請求項1〜3のいずれか1項記載の形成方法。
【請求項6】
前記基板が、親水性表面を有する基板の一部に疎水化処理を施して、親水性表面領域と接する疎水性表面領域を形成したものである、請求項1〜5のいずれか1項の二次元結晶の形成方法。
【請求項7】
前記基板が、疎水性表面を有する基板の一部に親水化処理を施して、疎水性表面領域と接する親水性表面領域を形成したものである、請求項1〜5のいずれか1項の二次元結晶の形成方法。
【請求項8】
前記基板が、親水性表面を有する基板にエッジを形成したものであって、当該エッジを前記接触線とする、請求項1〜5のいずれか1項の二次元結晶の形成方法。
【請求項9】
前記両親媒性粒子が、100 nm以下の粒径である、請求項1〜8のいずれか1項記載の二次元結晶の形成方法。
【請求項10】
前記両親媒性粒子がタンパク質である、請求項1〜9のいずれか1項記載の二次元結晶の形成方法。
【請求項11】
前記タンパク質がフェリチンである、請求項10記載の二次元結晶の形成方法。
【請求項12】
前記両親媒性粒子が、前記水性媒体の表面において、両親媒性を付与する保護剤に覆われた金属粒子である、請求項1〜9のいずれか1項記載の二次元結晶の形成方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2008−49314(P2008−49314A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−230506(P2006−230506)
【出願日】平成18年8月28日(2006.8.28)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年8月28日(2006.8.28)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】
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