説明

中性子発生源用ターゲット

【課題】高エネルギー、大電流の荷電粒子ビームが照射されるターゲットを確実に冷却し、ターゲットが破損した場合であっても真空破壊等の甚大な事故を引き起こすことがないこと。
【解決手段】荷電粒子ビーム2が照射されて中性子を発生するビーム照射部3を有するターゲット板1と、このターゲット板と間隔をおいて配置され、冷却構造を有する吸熱板5とを備えている。
さらにビーム照射部を吸熱板に対向する位置に移動させるターゲット駆動機構9、10とを備えていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、高エネルギーの荷電粒子ビームをターゲットに照射して中性子を発生させる中性子発生源用ターゲットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来の中性子発生源用ターゲットでは、ターゲットを真空装置内に設置し真空中を飛来する荷電粒子(例えば陽子)が照射する片面を真空中に保持し、反対側の片面に冷媒(例えば冷却水)が接触するように流して、高エネルギー陽子ビームがターゲット内部で損失するエネルギーによってターゲットに付与される熱量を取り除いていた。
【0003】
ここでホウ素中性子補足療法(Boron neutron capture therapy; BNCT、腫瘍内部に選択的に留められたホウ素化合物に体外から中性子を照射することによりホウ素と核反応を生じさせ、核分裂したヘリウムとリチウム原子核により腫瘍細胞のDNAのみ局部的に破壊するという治療方法)に必要な中性子線量は大きく、この線量を得るために陽子線は高エネルギー(例えば20MeV以上)かつ大電流(数100μA)にてターゲットに照射する必要がある(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−47115(7−14頁、図2)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
入射エネルギーが50MeV、電流が300μAの陽子ビームをターゲットに照射して、ターゲットを通過後20MeVまで減速する場合、ターゲットでの発熱量は9kWであり、陽子ビームの直径を50mmとしてこの円形領域に一様に照射されるとすると、単位面積あたりの発熱密度は〜4.6W/mmにもなる。
このような高発熱密度の状態においても使用可能とするためには、耐熱温度の高いタングステンやタンタル等の高融点金属が選定されるが、このような場合であっても特許文献1に示すようにターゲットの反対側片面を直接水冷する必要があり、このような構成においてはターゲット自体が水と真空の隔壁となっている。
【0006】
上記に示した構成の中性子発生源用ターゲットにおいては、繰り返し加えられる熱応力により金属疲労をおこしターゲットに亀裂を生じたり、あるいはターゲットを冷却する冷媒の流量が低下した場合にはターゲットが溶融したりすることにより、ターゲットが破損した場合には真空の隔壁が破壊されることになるため、ターゲットの反対側片面に残留している水が真空容器内に流れ込み、真空容器が水浸しになるという甚大な事故を引き起こす恐れがある。
【0007】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、高エネルギー、大電流の荷電粒子ビームが照射されるターゲットを確実に冷却し、ターゲットが破損した場合であっても真空破壊等の甚大な事故を引き起こすことがない中性子発生源用ターゲットを得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明に係る中性子発生源用ターゲットは、荷電粒子ビームが照射されて中性子を発生するビーム照射部を有するターゲット板と、このターゲット板と間隔をおいて配置され、冷却構造を有する吸熱板とを備えている。
さらにビーム照射部を吸熱板に対向する位置に移動させるターゲット駆動機構とを備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
この発明に係る中性子発生源用ターゲットによると、ターゲット板のビーム照射部を吸熱板に対向する位置に移動させるターゲット駆動機構を備えているため、ビーム照射部の移動によりビームが照射される面積を実質的に拡大させることができて、単位面積あたりの発熱密度を低減させることができるのと同時に、このビーム照射部を吸熱板の対向位置に配置させることにより輻射を効率的に行うことができビーム照射部からの除熱を確実に行うことができる。
また、荷電粒子ビームが照射されるターゲット板と冷却構造を有する吸熱板とが間隔をおいて配置され別部品となっているため、ターゲット板が破損した場合でも冷媒の供給される吸熱板には影響を与えずに済むため、真空破壊等の甚大な事故を引き起こすこともない。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の実施の形態1による中性子発生源用ターゲット(ターゲット板が円板形状であるもの)の外形図である。
【図2】本発明の実施の形態1による中性子発生源用ターゲット(ターゲット板が帯状形状であるもの)の外形図である。
【図3】本発明の実施の形態1による中性子発生源用ターゲット(ターゲット板が円筒形状であるもの)の外形図である。
【図4】本発明の実施の形態2における、ベリリウムをターゲット板の材料に用いた場合の入射エネルギーとストッピングパワーとの関係を示す図である。
【図5】本発明の実施の形態2による中性子発生源用ターゲットのターゲット板部の部分拡大図である。
【図6】本発明の実施の形態3における、ベリリウムをターゲット板の材料に用いた場合の入射エネルギーと中性子発生効率との関係を示す図である。
【図7】本発明の実施の形態3による中性子発生源用ターゲットのターゲット板部の部分拡大図である。
【図8】本発明の実施の形態3による中性子発生源用ターゲットのターゲット板部の部分拡大図である。
【図9】本発明の実施の形態4による中性子発生源用ターゲットのターゲット板部の部分拡大図である。
【図10】本発明の実施の形態5による中性子発生源用ターゲットの正面図である。
【図11】本発明の実施の形態5による中性子発生源用ターゲットの平面図である。
【図12】本発明の実施の形態5による中性子発生源用ターゲットにおいて、ターゲット板をエアロック室に退避した時の正面図である。
【図13】本発明の実施の形態5による中性子発生源用ターゲットにおいて、ターゲット板をエアロック室に退避した時の平面図である。
【図14】本発明の実施の形態5による中性子発生源用ターゲットにおいて、ターゲット板を吊り下げ準備時の正面図である。
【図15】本発明の実施の形態5による中性子発生源用ターゲットにおいて、ターゲット板を搬出する時の正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
実施の形態1.
本実施の形態に係る中性子発生用ターゲットは6枚のターゲット板1をビーム進行方向に沿って順に並べて真空容器中に配置したものであり、その外形図を図1に示す(真空容器は本図において示していない)。ターゲット板1は陽子ビーム(荷電粒子ビーム)2が照射されるビーム照射部3を有し、陽子ビーム2がこのビーム照射部3に照射され、6枚のターゲット板1を通過する度にエネルギーを失い、その際にターゲット板1を構成する材料原子と核反応によって中性子4が発生する。
【0012】
ターゲット板1の材料原子と核反応することによって発生した中性子4は、陽子ビーム2とターゲット板1の材料原子との衝突点を中心に全方向に広がるが、反射材(図示しない)を用いて中性子引き出し穴に集められ、減速材(図示しない)を用いて熱中性子レベルまで減速された上で、BNCT等の中性子利用に供される。この当たりの構成については、特許文献1に示されたものと同様である。
【0013】
ターゲット板1と間隔をおいて吸熱板5が配置されており、この実施の形態では図1のA−A断面に示すように吸熱板5の内部には水冷管6が蛇行して埋め込まれている。また、吸熱板5は図示しない真空容器中に固定設置されており、この真空容器の外部につながる配管により冷却水が供給されている。
【0014】
本実施の形態におけるターゲット板1は薄肉のものを想定しているため、機械的な強度を保つために比較的肉厚の円板形状を有する支持板7の外周部にリング状に取り付けられているが、強度的に成立するのであればターゲット板1自体が円板形状のものを用いても良い。各支持板7の中心部に回転軸8が貫通して取り付けられており、この回転軸8は歯車9によって方向を転換して駆動軸10に連結されている。駆動軸10を図示しないモータ等の動力により回転することにより回転軸8及び支持板7とターゲット板1を回転することができる。
【0015】
吸熱板5は陽子ビーム2をターゲット板1のビーム照射部3に照射させるように切り欠き部11が形成されているため、ターゲット板1を回転しない状態においてはビーム照射部3は吸熱板5と対向する位置に配置されていないが、上述のターゲット駆動機構(歯車9、駆動軸10)によってビーム照射部3を吸熱板5に対向する位置に移動させることができる。
【0016】
以下に本実施の形態において、陽子ビーム2がターゲット板1に照射される場合について熱計算を行う。50MeV、300μAの陽子ビーム2が6枚のターゲット板1を通過後20MeVまで減速するとすると、ターゲット板1に付与されるエネルギーは前述のとおり9kWとなる。
ここで、ターゲット板1をターゲット駆動機構によって回転することによりビーム照射面積を実質的に拡大することができる。この計算においては、陽子ビーム2の直径D=50mm、陽子ビーム2の中心が回転軸8からr=400mmのところに照射されるとすると、ビーム照射面積は2πr・Dとなる。
【0017】
ターゲット板1は陽子ビーム2からの入熱により温度が上昇するが、回転軸8を介しての熱伝導による冷却の寄与は小さく、また真空容器中に配置されているため対流による熱伝達も期待できず、主としてターゲット板1から吸熱板5に対する輻射によって冷却されることとなる。前記ビーム照射面積のうち、輻射の対象となる面積は、吸熱板5に切り欠き部11が設けられているためこの部分はターゲット板1に対向する吸熱板5が存在しないため、この部分の面積を減じて、(2πr−D)・D=0.123mとなる。図1に示すとおりターゲットを6枚構成とすると、輻射による除熱能力が9kW/0.123m/6=12.2kW/m以上であれば冷却可能であることとなる。尚、吸熱板5は水冷管6による水冷方式を採用しているため、上記の発熱程度であれば吸熱板5自体の温度上昇が問題となることはない。
【0018】
下記の単位面積あたりの熱輻射に関する(式1)を用いて、ターゲット板1の温度がどの程度まで上昇すれば上記の除熱能力を確保できるかを求める。
Q=σ(T−T) (式1)
ここで、σ(ステファンボルツマン定数)=5.6687×10−8(W/m・K
:高温(ターゲット板1)側の温度(K)
:低温(吸熱板5)側の温度(K)
を常温(25+273K)とすると、T=687K(414℃)であり、これは高融点材料としてタングステン(融点:3422℃)、タンタル(融点:2990℃)などの融点よりも十分低いことは言うまでもなく、低エネルギーの陽子ビーム2に対しても中性子発生効率の高いベリリウム(融点:1300℃)よりも低く、これらの材料をターゲット板1として使用する上で全く問題ない。
【0019】
なお、図1にはターゲット駆動機構(歯車9、駆動軸10)によって円板形状のターゲット1を回転軸8の周りに回転させることにより、ビーム照射面積を実質的に拡大させ、またビーム照射部3を吸熱板5の対向位置に配置させることにより、輻射を効率的に行うこととしてきたが、図2や図3に示すような別の形態においても同様な機能を発揮することができる。
【0020】
図2に示す中性子発生源用ターゲットにおいては、ターゲット板1aは帯状形状であり、ターゲット駆動機構は、このターゲット板1aを巻き取るローラ12を有しており、このローラ12を回転することにより吸熱板5aの切り欠き部11aにおけるビーム照射部3aを吸熱板5aに対向する位置に移動させることにより、輻射を効率的に行うことができる。
【0021】
また、図3に示す中性子発生源用ターゲットにおいては、ターゲット板1bは円筒形状であり、ターゲット駆動機構は、このターゲット板1bの中心軸周りに回転させる図示しない回転駆動機構を有しており、ターゲット板1bを回転することにより吸熱板5aの穴部11bにおけるビーム照射部3bを吸熱板5bに対向する位置に移動させることにより、輻射を効率的に行うことができる。
【0022】
以上のとおり本実施の形態に係る中性子発生源用ターゲットによると、ターゲット板1のビーム照射部3を吸熱板5に対向する位置に移動させるターゲット駆動機構(歯車9、駆動軸10)を備えているため、ビーム照射部3の移動によりビームが照射される面積を実質的に拡大させることができて、単位面積あたりの発熱密度を低減させることができるのと同時に、このビーム照射部3を吸熱板5の対向位置に配置させることにより輻射を効率的に行うことができビーム照射部3からの除熱を確実に行うことができる。
また、荷電粒子ビームが照射されるターゲット板1と冷却構造6を有する吸熱板5とが間隔をおいて配置され別部品となっているため、ターゲット板1が破損した場合でも冷却水の供給される吸熱板5には影響を与えずに済むため、真空破壊等の甚大な事故を引き起こすこともない。
実施の形態2.
【0023】
図4は、ベリリウムをターゲット板1の材料として使用した場合に、横軸にターゲット板1に入射する陽子ビーム2のエネルギー(単位:MeV)、縦軸に単位厚み当たりのエネルギー損失量であるストッピングパワー(阻止能、単位:MeV/mm)をプロットして示したものである。図4から判るとおり、入射エネルギーが高くなるほどストッピングパワーが小さく、逆に入射エネルギーが低いほどストッピングパワーが大きくなる。従って、図1に示すようにターゲット板1を複数枚ビーム進行方向に沿って配置した場合には、最上流に配置されたターゲット板1は入射エネルギーが高いため、ストッピングパワーが小さく、最下流に配置されたターゲット板1ほどストッピングパワーが大きいということになる。
【0024】
上記から、ターゲット板1の厚みを全て均等にすると、最下流に配置されたものほどビームエネルギーの損失量、すなわちターゲット板1における発熱量が大きいものとなるため、最下流のターゲット板1の許容温度上昇によって荷電粒子ビーム強度及び中性子発生量が制約されてしまうこととなる。本実施の形態2に係る中性子発生源用ターゲットにおいては、ターゲット板1は、荷電粒子ビームが進行方向に進行するに従って厚みが低減されるとなっていることを特徴とする。このことにより、各ターゲット板1に入射する荷電粒子ビームのエネルギーに対応するストッピングパワーの相違によって、発熱量、及び温度上昇値にばらつきが生じるのを低減することができる。
【0025】
更に望ましくは、各ターゲット板1での荷電粒子ビームのエネルギー減衰範囲における平均ストッピングパワーに反比例してターゲット板1の厚みを定めるようにすればよい。
例えば、30MeVの陽子ビーム1を6MeVまでを図5に示すように3枚のターゲット板1(Ta、Tb、Tc)でエネルギーを減衰させる場合、各ターゲット1でのエネルギー減衰範囲を、
ターゲットTa:30〜22MeV
ターゲットTb:22〜14MeV
ターゲットTc:14〜6MeV
のように定める。
【0026】
この場合、各ターゲットにおける平均ストッピングパワーは、
Ea=3.1MeV/mm
Eb=4.2MeV/mm
Ec=7.6MeV/mm
となるので、ターゲット板1の厚みを、
ta=(30−22)/3.1=2.58mm
tb=(22−14)/4.2=1.90mm
tc=(14−6)/7.6=1.05mm
と設定すれば、各ターゲット板1における発熱、及び温度上昇をほぼ等しくすることができる。
【0027】
以上のとおり、図5に示す本実施の形態に係る中性子発生源用ターゲットによると、ターゲット板1は、荷電粒子ビームが進行方向に進行するに従って厚みが低減されるとなっているため、各ターゲット板1に入射する荷電粒子ビームのエネルギーに対応するストッピングパワーの相違によって、発熱量、及び温度上昇値にばらつきが生じるのを低減することができる。
更に、ターゲット板1は、各ターゲット板1での荷電粒子ビームのエネルギー減衰範囲における平均ストッピングパワーに反比例してターゲット板1の厚みが定められているため、各ターゲット板1における発熱、及び温度上昇をほぼ等しくすることができる。
実施の形態3.
【0028】
図6には、ベリリウムをターゲット板1の材料として用いた場合に、横軸に陽子ビーム2の入射エネルギー(単位:MeV)を取り、縦軸にはベリリウムと陽子ビーム1との衝突によって中性子4が発生する核反応の断面積(単位:mb)を取って示したものであり、陽子ビーム2の入射エネルギーによって中性子の発生効率がどのような変化をするかを読み取ることができる。本図から陽子ビーム2の入射エネルギーが約5MeV以上の場合には中性子発生効率はほぼ一定であるが、約5MeV以下の場合に急激に低減することが判る。
【0029】
一方、高融点金属であるタングステンやタンタルについては、陽子ビーム2の入射エネルギーが約20MeV以下の領域において中性子発生効率が大きく低減することが知られている。ここで、本実施の形態に係る中性子発生源用ターゲットにおいては、図7に示すような例えば2枚のターゲット板1から構成されており、高エネルギー(例えば20MeV以上)の陽子ビーム2が入射するターゲットTaについては、タングステン又はタンタル等の高融点金属を用い、ターゲットTaにおいて減速されたエネルギー(例えば5MeV以上20MeV未満)の陽子ビーム2が入射するターゲットTbについては、ベリリウムを用いている。
【0030】
なお、ビーム進行方向の最下流側に配置された13はターゲット板1ではなくビームストッパである。前述のとおり陽子ビーム2のエネルギーが5MeV以下まで減速された場合には比較的中性子発生効率の高いベリリウムを使用しても効率的に中性子を発生することは困難である。このため、5MeV以下のエネルギーまで減速された陽子ビーム2に対しては、より高温まで加熱でき、輻射伝熱を効率よく利用できる材料として、タングステンやタンタル等の高融点金属、又はグラファイトを用いることにより、効率よくビームを停止することができる。ちなみに、吸熱板5のうち最下流に配置された1枚は、その上流側に配置されたビームストッパ13により陽子ビーム2は止められ、陽子ビームが通過することはなく、また、吸熱板5とビームストッパ13との対向面積を増やして輻射効率を上げることができるため、陽子ビーム通過用の切り欠き11を設けない方がよい。
【0031】
以上のとおり、図7に示す本実施の形態に係る中性子発生源用ターゲットによると、ターゲット板は、各ターゲット板に入射する陽子ビーム2のエネルギーが20MeV以上の高エネルギーの場合にはタングステン又はタンタルを用いているため、ターゲット板1が高温状態になるまで使用することができ、輻射熱量を大きくすることができる。従って、ターゲット板1の1枚あたりの冷却効率をアップすることができ、ターゲット総枚数を低減することができる。
また、各ターゲット板に入射する陽子ビーム2のエネルギーが5MeV以上20MeV未満の比較的低エネルギーの場合にはベリリウムを用いているため、中性子発生効率を増大することができ、逆にベリリウムを用いない場合と比較すると同じ中性子量を得るのに陽子ビーム2の電流を下げることができ、冷却条件を緩和することができる
実施の形態4.
【0032】
本実施の形態に係る中性子発生源用ターゲットにおいては、ターゲット板1又は吸熱板5の表面には、輻射伝熱の効率を上げるために黒化処理により黒化膜14を形成したものである。黒化処理は、例えばニッケルメッキ、クロムメッキ等により行うことができるが、表面に無反射の黒化膜14を形成できればこれ以外の方法であってもかまわない。実施の形態1の図1に示すようにターゲット板1の内周側に支持板7を備えた構成の場合には、支持板7の表面にも黒化膜14を形成したほうが良い。このことによりターゲット板1から熱伝導により伝わった熱を支持板7の表面からも輻射により放熱することができ、更に効率的なターゲット板1の冷却が可能となる。
黒化処理は、輻射側のターゲット板1及び支持板7と被輻射側の吸熱側5の両方に施すのが最も輻射熱量を大きくすることができるが、少なくともいずれかにおいて黒化処理が施されていれば輻射効率を上げることが期待される。
【0033】
なお、実施の形態3に記載したとおり、陽子ビーム2のエネルギーが20MeV未満に減速された下流側のターゲット板1の材料としては低エネルギー領域における中性子発生効率のよいベリリウムを用いることがある。ベリリウムは比較的融点が低くターゲット板1におけるエネルギー損失を低く抑えるためには、ターゲット板1の厚みを薄くする必要があるため、黒化膜14の厚みとターゲット板1の厚みとが大差のない状況となりえる。
このような場合には中性子を発生することができない黒化膜14を施しても発熱のみが増えるばかりで、肝心の中性子線量を増やすことができなくなるため、図8に示すように下流側のベリリウムのターゲット板1には黒化処理を施さない方が良い。
【0034】
以上のとおり、図8に示す本実施の形態に係る中性子発生源用ターゲットによると、ターゲット板1又は吸熱板5の少なくとも一方は黒化処理が施されているため、更に効率的なターゲット板1の冷却が可能となる。
実施の形態5.
【0035】
本実施の形態に係る中性子発生源用ターゲットにおいては、図9に示すように陽子ビーム2に対して振動磁場を印加することにより、ターゲット板1におけるビーム照射部3の位置を振動させる振動磁場発生装置15を備えている。実施の形態1の図1に示すように、ターゲット板1は回転軸8を中心として回転しているため、ターゲット板1において損失される陽子ビーム2のエネルギーは前述のとおり、切り欠き部11を考慮しなければおおよそビーム照射部3の中心軌跡長(2πr)とビーム照射部3の直径(D)とを乗じた面積(2πr・D)に分散されることとなる。
【0036】
ここで、本実施の形態においては、振動磁場発生装置15によって、ビーム照射部3の位置が半径方向に振動されることになるため、ビーム照射部の中心軌跡は半径rの円軌道を中心として振動するものとなり、中心軌跡長は振動しない場合と比べて長くなる。従って、ターゲット板1において損失される陽子ビーム2のエネルギーはより大きな面積に分散されることとなる。なお、本実施の形態においては、振動磁場発生装置15を用いて陽子ビーム2に対して振動磁場を印加したが、振動電場発生装置を用いて陽子ビーム2に振動電場を印加しても同様な効果をえることができることは言うまでもない。
【0037】
以上のとおり、図9に示す本実施の形態に係る中性子発生源用ターゲットによると、荷電粒子ビームに対して振動磁場を印加することにより、ビーム照射部3の位置を振動させる振動磁場発生装置15を備えているため、ターゲット板1において損失される陽子ビーム2のエネルギーをより大きな面積に分散させることができる。従って、単位面積あたりの発熱密度を更に低減させることができるのと同時に、ビーム照射部3と吸熱板5との対向面積も増やすことができるため、輻射による除熱を更に効率的に行うことができる。
実施の形態6.
【0038】
本実施の形態に係る中性子発生源用ターゲットの正面図を図10に、平面図を図11に各々示す。真空容器16はターゲット板1や吸熱板5を収納して陽子ビーム2により照射が行われる照射室17と、ターゲット板1を交換するためにこれを一時的に退避させるためのエアロック室18の2室から構成され、照射室16とエアロック室17との間には両室を仕切る第1のゲートバルブ19が、エアロック室17の上部にはエアロック室17と真空容器16の外部との間を仕切る第2のゲートバルブ20が各々設けられている。21はエアロック室の真空排気を行うための真空ポンプである。
【0039】
エアロック室18側の真空容器16の外部からシャフト22が挿入されており、第1のゲートバルブ19を介して照射室17の内部へ挿抜自在に構成されている。実施の形態1の図1に示したように、ターゲット板1は円板形状であり中心部には回転軸8を有しているが、この回転軸8はシャフト22の軸支持部23に設けられたボールベアリング24(軸受部)によって回転自在に支持されている。また、ビーム進行方向の最上流側と最下流側に配置された吸熱板5に取り付けられた軸固定部25に対して、シャフト22を押し込むことにより軸支持部23を介してボールベアリング24を押し付けており、ボールベアリング24は軸支持部23と軸固定部25の間に挟みこまれるようにして固定されるため、ターゲット板1は回転軸8の周りを安定して回転することができる。
【0040】
ターゲット板1は長期間にわたる陽子ビーム2の照射による照射損傷や、高温状態と低温状態との繰り返しの熱応力による機械的な損傷を受けるため、定期的に交換を行う必要がある。以下にターゲット板1の交換手順について説明する。
まず、シャフト22をエアロック室18の方に引き抜くと、軸支持部23に保持されたボールベアリング24が軸固定部25から離れ、ターゲット板1を軸支持部23に載せたままエアロック室18に退避させることができる。この状態で第1のゲートバルブ19を閉とする。また、このとき吸熱板1や駆動軸10等のターゲット駆動機構については照射室16に固定され、残留したままである(図12、図13参照)。
【0041】
その後、エアロック室18に空気が導入され、エアロック室18の内部が大気圧になったときに、第2のゲートバルブ20を開とする。第2のゲートバルブ20を介してターゲット板1の搬出装置であるフック26をエアロック室18内まで降下させ、フック26を回転軸8の真下の位置に配置する(図14)。フック23を上昇させることにより、ターゲット板1を真空容器16から取り出すことができる(図15)。
【0042】
新しいターゲット板1をセットする場合には、基本的には上記とは逆の手順にて行えばよい。
すなわち、(1)ターゲット板1をフック26により降下、軸支持部23にて保持、(2)第2のゲートバルブ20を閉、(3)真空ポンプ21によりエアロック室18の内部を真空排気、(4)第1のゲートバルブ19を開、(5)シャフト22を照射室17内に挿入、(6)ボールベアリング24を軸固定部25に押し付けて固定、という手順で行う。
【0043】
ここで、上記手順(6)においては回転軸8と駆動軸10に設けられた歯車9が互いに噛み合うように、駆動軸8を若干回転させる必要がある点に注意する。また、フック26、回転軸8、軸支持部23の各々に図示されていないガイドを設けておけば、フック26と回転軸8の間、及び回転軸8と軸支持部23の間で容易に位置決めが行えるようになるため、一層ターゲット板1の交換作業を迅速に行うことができる。
【0044】
以上のとおり、本実施の形態に係る中性子発生源用ターゲットによると、真空容器16の内部へ挿抜自在に構成されたシャフト22とを備えており、回転軸8を中心部に有する円板形状のターゲット板1がシャフト22に設けられた軸受部24によって回転自在に支持されているため、陽子ビーム2の照射により高度に放射化したターゲット板1に直接手を触れないで照射室17から退避させることができ、ターゲット1の交換のための準備作業において作業者の被曝量を低減することができる。
【0045】
更に、本実施の形態に係る中性子発生源用ターゲットによると、真空容器16は照射室17とエアロック室18とを有し、照射室17とエアロック室18との間を仕切る第1のゲートバルブ19と、エアロック室18と真空容器16の外部との間を仕切る第2のゲートバルブ20と、前記エアロック室18から前記第1のゲートバルブ19を介して前記照射室の内部へ挿抜自在に構成されたシャフト22とを備えており、回転軸8を中心部に有する円板形状のターゲット板1がシャフト22に設けられた軸受部24によって回転自在に支持されているため、陽子ビーム2の照射により高度に放射化したターゲット板1に直接手を触れないで照射室17からエアロック室18に退避させることができ、ターゲット1の交換のための準備作業において作業者の被曝量を低減することができると同時に、照射室17内の真空を保持したままターゲット板1を搬出することが可能となるため、陽子ビーム2を照射するための起動に要する時間を短縮できるという利点もある。
【符号の説明】
【0046】
1、1a、1b ターゲット板
2、2a、2b 陽子ビーム
3、3a、3b ビーム照射部
4 中性子
5、5a、5b 吸熱板
6 水冷管
7 支持板
8 回転軸
9 歯車
10 駆動軸
11、11a 切り欠き
11b 穴
12 ローラ
14 黒化膜
15 振動磁場発生装置
16 真空容器
17 照射室
18 エアロック室
19 第1のゲートバルブ
20 第2のゲートバルブ
22 シャフト
24 ボールベアリング

【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子ビームが照射されて中性子を発生するビーム照射部を有するターゲット板と、
このターゲット板と間隔をおいて配置され、冷却構造を有する吸熱板と、
前記ビーム照射部を前記吸熱板に対向する位置に移動させるターゲット駆動機構と
を備えた中性子発生源用ターゲット。
【請求項2】
ターゲット板は円板形状であり、中心部に回転軸を有し、
ターゲット駆動機構は、この回転軸を回転することによりビーム照射部を吸熱板に対向する位置に移動させることを特徴とする
請求項1に記載の中性子発生源用ターゲット。
【請求項3】
ターゲット板は帯状形状であり、
ターゲット駆動機構は、このターゲット板を巻き取るローラを有しており、このローラを回転することによりビーム照射部を吸熱板に対向する位置に移動させることを特徴とする
請求項1に記載の中性子発生源用ターゲット。
【請求項4】
ターゲット板は円筒形状であり、
ターゲット駆動機構は、このターゲット板の中心軸周りに回転させる回転駆動機構を有しており、前記ターゲット板を回転することによりビーム照射部を吸熱板に対向する位置に移動させることを特徴とする
請求項1に記載の中性子発生源用ターゲット。
【請求項5】
荷電粒子ビームの進行方向にターゲット板を複数備えたことを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の中性子発生源用ターゲット。
【請求項6】
ターゲット板は、荷電粒子ビームが進行方向に進行するに従って厚みが低減されることを特徴とする
請求項5に記載の中性子発生源用ターゲット。
【請求項7】
ターゲット板は、前記各ターゲット板での荷電粒子ビームのエネルギー減衰範囲における平均ストッピングパワーに反比例して前記ターゲット板の厚みが定められたことを特徴とする
請求項6に記載の中性子発生源用ターゲット。
【請求項8】
ターゲット板は、前記各ターゲット板に入射する荷電粒子ビームのエネルギーが20MeV以上の場合にはタングステン又はタンタルを用い、5MeV以上20MeV未満の場合にはベリリウムを用いたことを特徴とする
請求項5に記載の中性子発生源用ターゲット。
【請求項9】
ターゲット板又は吸熱板の少なくとも一方は黒化処理が施されたものであることを特徴とする
請求項1ないし8のいずれか1項に記載の中性子発生源用ターゲット。
【請求項10】
荷電粒子ビームに対して振動磁場又は振動電場を印加することにより、ターゲット板におけるビーム照射部の位置を振動させる振動磁場発生装置又は振動電場発生装置を備えたことを特徴とする
請求項1ないし9のいずれか1項に記載の中性子発生源用ターゲット。
【請求項11】
真空容器と、
この真空容器の内部へ挿抜自在に構成されたシャフトと、
荷電粒子ビームが照射されて中性子を発生するビーム照射部を有し、前記シャフトに設けられた軸受部によって回転自在に支持された回転軸を中心部に有する円板形状のターゲット板と、
このターゲット板と間隔をおいて前記真空容器の内部に配置され、冷却構造を有する吸熱板と、
前記回転軸を回転させることによりビーム照射部を前記吸熱板に対向する位置に移動させるターゲット駆動機構と
を備えた中性子発生源用ターゲット。
【請求項12】
照射室とエアロック室とを有する真空容器と、
この照射室とエアロック室との間を仕切る第1のゲートバルブと、
前記エアロック室と前記真空容器の外部との間を仕切る第2のゲートバルブと、
前記エアロック室から前記第1のゲートバルブを介して前記照射室の内部へ挿抜自在に構成されたシャフトと、
荷電粒子ビームが照射されて中性子を発生するビーム照射部を有し、前記シャフトに設けられた軸受部によって回転自在に支持された回転軸を中心部に有する円板形状のターゲット板と、
このターゲット板と間隔をおいて前記照射室内に配置され、冷却構造を有する吸熱板と、
前記回転軸を回転させることによりビーム照射部を前記吸熱板に対向する位置に移動させるターゲット駆動機構と、
を備えた中性子発生源用ターゲット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2011−33512(P2011−33512A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−181205(P2009−181205)
【出願日】平成21年8月4日(2009.8.4)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】