説明

中皮由来組織特異的マーカーの同定及び検出方法

【課題】中皮細胞及び中皮由来組織の特異的マーカーを同定する。
【解決手段】哺乳動物の器官を覆う膜組織における1又は複数の遺伝子の発現量を測定し、前記遺伝子発現量が当該膜組織を含まない器官又は組織における発現量よりも大きい遺伝子を選別する。前記選別された遺伝子は、生体内器官の中皮を含む何れかの膜組織において発現し、当該発現量が、脂肪組織、及び対象となる1又は2以上の器官又は組織における発現量の2倍以上であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中皮細胞及び中皮由来の組織において特異的に発現する遺伝子又はその遺伝子産物を同定する方法、並びにこのような遺伝子産物を検出することにより、生物由来試料における中皮細胞若しくは中皮由来物質の存在の有無を判定し、又は中皮細胞の存在部位を識別する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、アスベスト暴露による悪性中皮腫が社会的問題となっている。この悪性中皮腫のほとんどが悪性胸膜中皮腫であり、その平均的な生存期間は8〜18ヶ月であるが、アスベスト被爆から発症まで30〜40年くらいかかるといわれている。しかしながら、中皮腫の診断マーカーが少ないため早期診断が困難な状況である。中皮腫マーカーとしては、メソセリン(例えば、特許文献1参照)、WT−1(例えば、特許文献2参照)、カルレチニン(例えば、非特許文献1参照)及びオステオポンチン(例えば、非特許文献2参照)等の使用可能性が報告されているが、これらは正常な中皮組織においても発現するか、又はその他の癌細胞でも高発現している。そのため、中皮腫に特異的なマーカーは未だ見出されておらず、複数のマーカーの検出や種々の診断方法との組み合わせに頼らざるを得ない状況である。
【0003】
特許文献1には、可溶性メソセリンポリペプチド、又はメソセリンポリペプチドに特異的な少なくとも1つの抗体との反応性の抗原決定基を有し、可溶性形態で天然に存在する分子を生物学的サンプル中に検出することによって、被検体の悪性状態の存在をスクリーニングしうることが開示されている。この悪性状態とは、腺癌、中皮腫、卵巣癌、膵臓癌、又は非小細胞肺癌である。特許文献2には、ネイティブのWT−1の免疫原性部分又はその改変体を含むポリペプチドを用いて、白血病や癌などが診断できることが開示されている。
【0004】
非特許文献1には、カルレチニンに対する2種類の抗血清を用いて、中皮細胞及び中皮腫の組織切片を免疫染色する方法が開示されている。この方法は中皮腫組織をほぼ完全に検出することができるが、少数の腺癌(アデノカルシノーマ)にも免疫反応性を有する。非特許文献2には、血清中のオステオポンチンを測定することにより、アスベストに暴露された非担癌被検者とアスベスト暴露による胸膜中皮腫の患者を識別しうることが開示されている。しかしながら、オステオポンチンもまた、胃癌、大腸癌、膵臓癌、肺癌、卵巣腫瘍等の他の癌組織でも高度に発現することが知られ、中皮腫特異的な診断を行うためには他の方法との組み合わせが必要である。
【0005】
【特許文献1】特表2002−538434号公報
【特許文献2】特表2005−518192号公報
【非特許文献1】Doglioni, C., et al., American Journal of Surgical Pathology, Vol. 20, pp.1037-46, 1996
【非特許文献2】Pass, HI., et al., New England Journal of Medicine, Vol. 353, pp.1564-1573, 2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
中皮は体腔表面を覆う膜組織であるため、それぞれの臓器や脂肪組織との分離が困難であり中皮細胞に特異的なマーカーの探索も十分に行われていない。現在のところ中皮腫に特異的な診断マーカーが存在せず、また、中皮マーカーの数が限られているため、複数の中皮マーカーの組み合わせによる中皮腫特異的な診断も困難な状況にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、かかる課題を解決するためになされたものであって、モデル生物であるマウスから中皮組織を採取し、マイクロアレイ解析を行って中皮由来組織特異的マーカーを同定した。さらに、中皮腫マーカーに用いられることを想定して、同定された遺伝子の特性を分類し、分泌タンパク質、膜タンパク質関連遺伝子を中心に候補遺伝子の選出を行った。そして、in situハイブリダイゼーションにより、これらの遺伝子が中皮組織特異的に局在していることを確認することによって本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は少なくとも以下の(1)〜(15)を含む。
(1)中皮細胞及び中皮由来組織の特異的マーカーを同定する方法であって、
(a)哺乳動物の器官を覆う膜組織における1又は複数の遺伝子の発現量を測定する工程、及び
(b)前記遺伝子発現量が当該膜組織を含まない器官又は組織における発現量よりも大きい遺伝子を選別する工程、を含むことを特徴とする中皮マーカーの同定方法。
(2)前記選別された遺伝子は、生体内器官の中皮を含む何れかの膜組織において発現し、当該発現量が、脂肪組織、及び対象となる1又は2以上の器官又は組織における発現量の2倍以上である(1)に記載の方法。
(3)前記選別された遺伝子は、心膜、胸膜及び腹膜の何れかの膜組織において発現し、当該発現量が、脂肪組織、肺及び小腸の何れか1又は2以上の器官又は組織における発現量の2倍以上である(1)に記載の方法。
(4)前記遺伝子産物が、分泌タンパク質、膜タンパク質又は細胞外マトリクスタンパク質である(1)〜(3)何れか記載の方法。
(5)生物由来の試料を用意し、少なくとも1つの中皮マーカーを検出することを含む、当該試料における中皮細胞若しくは中皮由来物質の存在の有無を判定し、又は中皮細胞の存在部位を識別する方法であって、当該中皮マーカーが、Igfbp5、Aebp1、Cxcl13、Upk3b、Fcna、Dkk3、2010001M09Rik、Fbln1、Fbln2、E330036I19Rik、Mmp23、Sdc3、Sulf1、Prg4、C030019F02Rik、Plat、Wnt9a、Cldn15、BC055368、BC025600、1500015O10Rik、B430119L13Rik、Gpr133、Mrgprf、Selp、Smo、Disp1、Vit、Wnt2b、Dlk1、Svs5、Smpd3及びこれらのヒトホモログからなる群より選択されることを特徴とする方法。
(6)前記中皮マーカーがさらにUcp1、Sepm、1200016E24Rik、B130017P16Rik、1110008I14Rik、BC064033、D630040I23Rik、及びこれらのヒトホモログを含む(5)に記載の方法。
(7)前記中皮マーカーが、マーカー遺伝子又はマーカータンパク質である(5)又は(6)に記載の方法。
(8)前記マーカー遺伝子は、ゲノムDNA、多型対立遺伝子変異体、mRNA、選択的スプライス変異体、tRNA、rRNA、snRNA又はマイクロRNAである(7)に記載の方法。
(9)前記中皮マーカーの検出は、当該マーカー遺伝子とハイブリダイズする核酸を用いることを特徴とする(5)〜(8)何れか記載の方法。
(10)前記中皮マーカーの検出は、当該マーカータンパク質に対する抗体を用いることを特徴とする(5)〜(7)何れか記載の方法。
(11)前記試料が正常細胞、正常組織又は正常器官である(5)〜(10)何れか記載の方法。
(12)前記試料が腫瘍細胞、腫瘍組織又は腫瘍器官である(5)〜(10)何れか記載の方法。
(13)前記試料が血液、血清、血漿、漿液、リンパ液、尿、脳脊髄液、胸膜液、腹膜液、囲心腔液、腹水、粘膜分泌物、培養培地又は馴化培養培地である(5)〜(10)何れか記載の方法。
(14)(5)〜(13)何れか記載の方法により識別された中皮由来細胞を回収することを特徴とする中皮由来細胞の分離、精製方法。
(15)(1)〜(4)何れか記載の方法により同定される複数の中皮マーカー遺伝子の夫々に特異的にハイブリダイズする複数のオリゴヌクレオチドプローブを基板に固定化してなる中皮マーカー検出用マイクロアレイ。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る中皮マーカーは、中皮細胞及び中皮由来組織において特異的に発現しているため、哺乳動物の発生生物学的な細胞分化の研究に試薬や測定キットとして用いることができる。また、現在のところ中皮腫発生のメカニズムや診断、治療方法に関する研究がようやく開始された段階であるから、これらの研究、特に中皮由来の組織の癌化過程を追跡するためのマーカーとしても有用である。将来的には、本発明に係る中皮マーカー又はそれらの組み合わせにより、中皮腫の特異的な診断マーカーとしての利用が期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本明細書において、「哺乳動物」とは、ヒトをはじめとする霊長類の他、ウシ、ウマ、イヌ、モルモット、マウス、ラット等を含む。また、「中皮マーカー」とは、中皮細胞及び中皮由来組織において発現する遺伝子及びタンパク質の何れか一方又は両方をいう。「マーカー遺伝子」とは、中皮細胞において特異的に発現する遺伝子であって、ゲノムDNA、多型対立遺伝子変異体、mRNA、選択的スプライス変異体、tRNA、rRNA、snRNA及びマイクロRNA等を含む。「マーカータンパク質」とは、中皮細胞から分泌されるか、又は中皮細胞表面に発現するタンパク質であって、中皮組織において特徴的な発現様式を示すものである。その発現量や発現様式は、当該マーカータンパク質に特異的親和性を有する抗体を用いて測定することができる。「特異的親和性を有する」とは、抗原抗体反応によりこれらのタンパク質を特異的に認識し、結合する能力のことである。「抗体」とは、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、又はそれらの機能的断片の何れを用いてもよい。これらの抗体又はその断片は、蛍光物質、酵素、又は放射性同位元素等で標識されていてもよい。さらに、これらは市販されているものを用いることができ、例えば、Chemicon International、 UK-Serotec、 Santa Cruz Biotech、 Developmental Studies Hybridoma Bank(University Iowa)、 R &Dsystems、及びタカラバイオ社等から入手することが可能である。
【0011】
本発明において、「中皮」とは、漿膜と呼ばれる透明な膜で、肺や心臓、腸等の臓器の表面を覆っている膜様組織のことである。胸腔を覆う中皮は「胸膜」、腹腔を覆う中皮は「腹膜」と呼ばれ、心臓の表面を覆う中皮は「心膜」又は「心外膜」と称される。この中皮から発生した腫瘍を「中皮腫」という。従って、中皮腫には、その発生部位によって、胸膜中皮腫、腹膜中皮腫、及び心膜中皮腫等がある。
【0012】
用語「ホモログ(相同体)」とは、他の分子に対して、例えば、対応する位置で同一か類似である化学残基の配列を有することによって、相同性を示す分子をいう。
【0013】
用語「ハイブリダイズ(hybridize)」とは、核酸配列の相同性を示す用語であり、通常のハイブリダイゼーション条件、好ましくは、50%ホルムアミド/6×SSC/0.1%SDS/100μg/ml ssDNA中で、例えば37℃以上の温度でハイブリッドを形成させ、そして0.1×SSC/0.1%SDS中、55℃以上の温度で洗浄するような実験条件を意味する。なお、当業者であれば、SSCの希釈率、ホルムアミド濃度、温度などの諸条件を適宜選択することで、目的とするストリンジェンシーのハイブリダイゼーション条件を実現することができる。
【0014】
本発明の1つの側面において、哺乳動物から中皮組織を採取し、マイクロアレイ解析等により当該組織における遺伝子解析を行って、中皮由来組織特異的マーカーを選別する方法が提供される。哺乳動物としては、モデル生物であるマウスが好ましい。中皮は各種臓器に密着しているため物理的に剥がすことが難しいこと、及び膜に付着している脂肪との分離が難しいことから、解剖学的に中皮組織を分離することはきわめて困難である。従って、中皮組織において特異的に発現する遺伝子を探索する1つの方法として、(a)哺乳動物の器官を覆う膜組織における1又は複数の遺伝子の発現量を測定し、及び(b)前記遺伝子発現量が当該膜組織を含まない器官又は組織における発現量よりも大きい遺伝子を選別することができる。例えば、心臓や肺の中皮を含む膜組織(心膜)と、心臓や肺等の器官又は組織とにおける発現量を比較する。当該膜組織における発現量が、対象となる1又は2以上の器官又は組織における発現量の2倍以上であることが好ましい。また、膜組織から完全に脂肪を除去することが難しいことから、分離した膜組織における遺伝子発現が皮下脂肪と比べて高いものを選べば中皮特異的な遺伝子を損なうことなく効率的にスクリーニングできると考えられる。従って、膜組織での発現が脂肪の2倍以上のものを選別することにより脂肪由来の発現ではない遺伝子を選別することができる。さらに、他の組織のマーカー遺伝子となるものを除去するために、中皮での発現が肝臓や骨格筋での発現より高いものを選択することがさらに好ましい。
【0015】
本発明はまた、選別された遺伝子の中から、分泌タンパク質、膜タンパク質又は細胞外マトリクスタンパク質をコードするものを選択することにより、診断マーカーとして有用なものとすることができる。このような選択は、1次スクリーニングによって選ばれた遺伝子の中から、公共のデータベース等を用いてジーンオントロジー(GO)を考慮した検索により行うことができる。このようにして取得された中皮特異的に発現する遺伝子マーカーのリストを下記の表1に示す。
【0016】
【表1】

【0017】
表1の第2欄は、中皮特異的に発現するマーカーを表す記号である。その特徴は第3欄に、そして具体的な名称は第4欄に記載されている。また、第5欄には対応する遺伝子のGenBankアクセッション番号を、第6欄にはホモログ遺伝子ID(HomoloGene ID)を記載した。例えば、記号Igfbp5なるマーカーは、インスリン様増殖因子結合タンパク質5(insulin-like growth factor binding protein 5)を意味し、そのマウスmRNAの塩基配列はGenBankのアクセッション番号NM_010518に登録されている。ホモログ遺伝子IDを用いて種々の動物におけるホモログ遺伝子を検索することができ、例えば、NCBIの検索サイトにおいて検索項目としてHomoloGeneを選択し、HID番号56489を入力するとヒトホモログを始めとして種々の生物の対応遺伝子を検索することができる。なお、ヒトホモログのアミノ酸配列は、アクセッション番号CAG33090として登録されている。
【0018】
本発明のもう1つの側面は、上記中皮マーカーを検出することにより、中皮細胞若しくは中皮由来物質の存在の有無を判定し、又はその存在部位を識別する方法に関する。中皮マーカーの発現プロフィールは中皮腫及びその転移性疾患の診断マーカーとなりうる。従って、中皮マーカーの存在状態は、中皮腫のステージが進行する可能性、進行速度、及び/又は、腫瘍攻撃性などを含む種々の因子を予測するために有用な情報を提供する。患者サンプル中の中皮マーカーの状態は、技術上周知の様々な方法、例えば、免疫組織化学分析、in situハイブリダイゼーションを含む種々のノーザンブロッティング、RT−PCR分析、ウエスタンブロット分析、及び組織アレイ分析などにより分析し得る。
【0019】
より詳しくは、本発明は、生体サンプル(生物由来の試料)、例えば、細胞、器官、組織、血液、血清、血漿、漿液、リンパ液、尿、脳脊髄液、胸膜液、腹膜液、囲心腔液、腹水、粘膜分泌物、培養培地又は馴化培養培地などの試料中の中皮マーカー遺伝子を検出するアッセイ法を提供する。検出可能な中皮マーカー遺伝子は、例えば、ゲノムDNA又はそのフラグメント、中皮マーカーmRNA、選択的スプライス変異体mRNA、及び、中皮マーカー遺伝子を含む組換えDNA若しくはRNA分子である。中皮マーカー遺伝子の存在を、増幅及び/又は検出する多くの方法が技術上周知であり、本発明のこの局面の実施に採用し得る。
【0020】
一態様において、生体サンプル中の中皮マーカーmRNAを検出する方法は、少なくとも1種のプライマーを用い、逆転写によりサンプルからcDNAを生産し、そのように生産したcDNAを、中皮マーカー遺伝子にハイブリダイズするセンス及びアンチセンスプライマーにより増幅して、サンプル中の中皮マーカーcDNAを増幅し、次いで増幅した中皮マーカーcDNAの存在を検出することからなる。さらに、増幅した中皮マーカーcDNAの配列を決定し得る。
【0021】
本発明はまた、組織又は他の生体サンプル、例えば、血液、血清、血漿、漿液、リンパ液、尿、脳脊髄液、胸膜液、腹膜液、囲心腔液、腹水、粘膜分泌物、培養培地又は馴化培養培地などの試料中の中皮マーカータンパク質の存在を検出するアッセイ法を提供する。中皮マーカータンパク質を検出する方法もまた周知であり、例えば、免疫沈降法、免疫組織化学分析、ウエスタンブロット分析、分子結合アッセイ、ELISA、ELIFAなどを含む。例えば、生体サンプル中の中皮マーカータンパク質の存在を検出する方法は、先ずサンプルを中皮マーカー抗体、その中皮マーカー反応性フラグメント、又は中皮マーカー抗体の抗原結合領域を含む組換えタンパク質と接触させること、次いでサンプル中の中皮マーカータンパク質の結合を検出することからなる。
【0022】
中皮マーカーを発現する細胞の同定法もまた、本発明の範囲内である。一態様において、中皮マーカー遺伝子を発現する細胞の同定アッセイ法は、細胞中の中皮マーカーmRNAの存在を検出することからなる。細胞中の特定のmRNAの検出方法は周知であり、例えば、相補性DNAプローブを用いるハイブリダイゼーションアッセイ(標識した中皮マーカーリボプローブを用いるin situハイブリダイゼーション、ノーザンブロット及び関連技法など)及び種々の核酸増幅アッセイ法(中皮マーカーに特異的な相補性プライマーを用いるRT−PCR、及び他の増幅型検出法、例えば、分枝DNA、SISBA、TMAなど)を含む。あるいは、中皮マーカー遺伝子を発現する細胞の同定アッセイ法は、細胞中の、又は細胞が分泌する中皮マーカー関連タンパク質の存在を検出することからなる。様々なタンパク質検出法が技術的に周知であり、中皮マーカータンパク質の検出及び中皮マーカータンパク質を発現する細胞の検出に採用される。
【0023】
上記マーカータンパク質に対して特異的親和性を有する抗体を用いて、夫々のマーカータンパク質の発現様式を示す細胞を分離/回収する方法は、当該分野で行われている方法及びそれらを組み合わせた方法が用いられる。例えば、抗体結合ビーズを用いる方法や、パニング法、あるいはスケールアップする場合にはセルソーター等を利用することができる。例えば、抗体を適当な色素や蛍光物質で標識して蛍光活性化セルソーター(FACS)を用いることにより目的とする細胞を自動で分離、回収する。抗体の標識には蛍光標識二次抗体を用いてもよい。
【0024】
本発明の他の1つの実施形態において、上記中皮マーカー遺伝子の夫々に特異的にハイブリダイズする複数のオリゴヌクレオチドプローブを基板に固定化してなるマイクロアレイが提供される。オリゴヌクレオチドプローブ等のDNAを基板上に固定化したマイクロアレイは、DNAチップとも呼ばれ、スライドガラスやシリコン等からなる基板と、この基板上に整列して固定化されたDNA断片とから構成されている。このマイクロアレイを用い、試料中に含まれる放射性同位元素又は蛍光物質により標識されたマーカー遺伝子由来の核酸をハイブリダイズすることにより、中皮マーカーを高感度に検出することができる。マイクロアレイは基板と、この基板上に整列して固定化されたオリゴヌクレオチドプローブとから構成されている。基板は、紙、ナイロン、またはニトロセルロースなどの他の型の膜、フィルター、チップ、ガラススライド、あるいは中空繊維などの他の型の固体支持体である。本発明では、マイクロアレイスキャナーによるマイクロアレイの放射線強度、または蛍光強度を測定する際、バックグラウンドやノイズによる障害が比較的少ない事、またマイクロアレイに固定化するオリゴヌクレオチドプローブは、数塩基のものから遺伝子全体をカバーする長さまで対応可能である、という理由から、ナイロン膜あるいはガラススライドが基板として好ましく用いられる。
【0025】
マイクロアレイを製造する方法として、光リソグラフィー法とスポット法が知られている。光リソグラフィー法はアフィメトリクス社のGeneChip(登録商標)の製造に利用されている方法であるが、基板上に合成されるオリゴヌクレオチドの長さが限定される欠点がある。一方、スポット法により基板上に固定化されるヌクレオチドには長さによる限定はない。すなわち、スポット法により数塩基のものから遺伝子全体をカバーする長さまで基板に固定化が可能である。基板へのDNAの搭載方法としては、例えば特開平11−021293(光リソグラフィー法)および特開2002−243736(スポット法)等に開示される方法を用いることができる。これらの刊行物の全内容は引用を持って本書に繰り込みここに記載されているものとみなす。
【実施例1】
【0026】
[マイクロアレイ解析と中皮組織特異的遺伝子の選別]
正常マウスを麻酔・還流して血液を除去し、心肺側の中皮(心膜)、及び腹部側の中皮(腹膜)を採取し、比較対照として、肺、肝臓、筋肉、脂肪組織も採取した。肺、肝臓、筋肉は、QIAGEN(登録商標)RNeasy(登録商標)MiniKitを用い、脂肪は、RNeasyLipidTissueMiniKitを用いて総RNAを抽出した。総RNA500ngからイルミナ社製RNA増幅キットを用い、cRNAの合成を行った。このcRNAをイルミナ社製Sentrix(登録商標)Mouse−6ExpressionBeadChipsのプロトコール通り、46120個のプローブとハイブリダイズさせてマイクロアレイ解析を行った。信頼できるシグナルを13298プローブ得ることができた。得られたシグナルより、脂肪細胞由来の発現ではないと考えられる、つまり心肺側の中皮における発現量が脂肪細胞の2倍以上のプローブを1203個選出し(I)、中皮特異的遺伝子の可能性が高いと考えられる、つまり心肺側中皮での発現量が肺の2倍以上であるプローブを2688個抽出した(II)。IとIIの両方を満たすプローブ644個を抽出し、さらに他の組織(骨格筋、肝臓等)での発現量が高いものを除去した464個を選出した。464個のプローブから抗体断片をコードするもの及びシグナルが1000以下の低いものを除去したところ、プローブは異なるものの同一遺伝子に由来するものを統一して88個の遺伝子を選出した。さらに、GO(ジーンオントロジー)タームを用いて、タンパク質が細胞外又は細胞膜に位置している優先順位1位の32遺伝子(グループA)と優先順位2位の7遺伝子(グループB)を選出した(表1参照)。なお、表1に記載した遺伝子の他に、Msln(HID4249)及びWt1(HID11536)についても中皮特異的な発現が見られたが、これらの遺伝子はすでに中皮細胞での発現が報告されているため、本リストからは削除した。
【0027】
[インサイツ(in situ)ハイブリダイゼーションによる発現部位の確認]
表1の遺伝子リストより、Upk3b(uroplakin 3B)、及びAebp1(Adipocyte enhancer binding protein 1)についてin situハイブリダイゼーションを行った。なお、中皮発現の陽性コントロールとしてメソセリン(Msln:Mesothelin)を用い、全ての細胞で発現する陽性コントロールとしてGAPDH(Glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase)を用いた。
【0028】
1.組織切片の作成
固定液(4%パラホルムアルデヒド溶液)とブアン溶液とを組み合わせて肺を固定した。次にパラフィン包埋してブロックを作成した。ブロックは滑走式ミクロトームで10μm厚に薄切し、アミノシランでコートしたスライドガラスに貼り、45℃で一晩乾燥させた。
【0029】
2.プローブの作成
目的のcRNA配列を公共DBから抽出し、アミノ酸配列に変換し、NCBIのProteinBLASTでホモロジー検索をした。ホモロジーの低い配列に相当するcDNA部分を同定し、鋳型として増幅させるためにプライマーを設計した。この際、プローブの長さが200〜800塩基、GC含量が55%以下になるようにした。第一次PCRは以下の表2に示した4種類の遺伝子についての標的配列(配列番号1〜8)に基づいて、表3に示したプライマー(配列番号9〜16)を用いた。なお、表2に示した5’側及び3’側プライマーの標的配列の位置は、理研完全長cDNAクローンにおけるそれぞれの5’末端からの位置を示し、理研クローンID番号は次のとおりである。Msln:I920057I12; Aebp1:I420039P15; Upk3b:F830229K13; GAPDH:G270083H09。また、表3において、第二次PCR用に認識配列を付加してあり、小文字部分が遺伝子特異的配列、大文字部分は共通の認識配列である。
【0030】
【表2】

【0031】
【表3】

【0032】
次に、第二次PCRは以下のT7/SP6のプライマーを用いて行った。
正方向プライマー(SP6アダプター):5'-TTGTGCGGCCATTTAGGTGACACTATAGAA-3'(配列番号17)
逆方向プライマー(T7アダプター):5'-GAGCGCGCGTAATACGACTCACTATAGGGC-3'(配列番号18)
【0033】
続いて精製したPCR産物を鋳型として、DIG標識キット(ロッシュ・ダイアグノスティクス:DIGRNAラベリングキット(Sp6/T7))を用いてcRNAの合成を行った。T7/SP6ポリメラーゼを用い、それぞれにアンチセンスプローブ、センスプローブを作成した。既知量のDIG標識RNAと実際にラベルした未知量のプローブ希釈配列を同じナイロン膜上に並列にスポットし、アルカリフォスファターゼ標識抗DIG抗体(ロッシュ・ダイアグノスティクス:Anti−DIG−AP)を用いてドットブロットを行ってプローブの濃度を決定した。
【0034】
3.ハイブリダイゼーションと抗体反応
以下の標識プローブを目的のmRNAにハイブリダイズさせ、発色させて蛍光検出した。一連の工程は、自動ISH装置(ベンタナ社)を用いて行った。その結果を図1に示す。図1(a)〜(h)のそれぞれの写真に用いたプローブは次のとおりである。
【0035】
(a)Msln(中皮発現の陽性コントロール)のアンチセンス(AS)鎖プローブ
(b)Msln(中皮発現の陽性コントロール)のセンス(S)鎖プローブ
(c)Upk3bのAS鎖プローブ
(d)Upk3bのS鎖プローブ
(e)Aebp1のAS鎖プローブ
(f)Aebp1のS鎖プローブ
(g)GAPDHのAS鎖プローブ
(h)GAPDHのS鎖プローブ
【0036】
上記(a)〜(h)のプローブにおいて、mRNAの相補鎖がAS鎖となるため、目的のmRNAが発現している箇所がAS鎖のプローブによって染色される。一方、S鎖はmRNAと同じ配列を有するため、本来は陰性コントロールであるが、目的遺伝子によってはmRNAのアンチセンス鎖が機能性RNAとして発現している等の理由のため染色される場合もあり得る。図1では、濃青色に染色されている箇所が用いたプローブがハイブリダイズしている箇所であり、その部分に目的遺伝子の発現が認められる。図1(c)ではUpk3bが、図1(e)ではAebp1がそれぞれ肺組織の膜(中皮)に局在して発現していることが確認された。
【実施例2】
【0037】
[ヒト中皮腫を用いたin situハイブリダイゼーションによる発現部位の確認]
次に、表1に記載の候補遺伝子B430119L13Rikに対応するヒトホモログC20orf75が、ヒト由来の組織(中皮腫、正常組織、及び中皮腫以外の癌組織)において発現しているか否かを確認した。最初に、マウス肺切片による当該マウス遺伝子の発現確認実験を行った後、ヒト中皮腫及び正常組織等を用いてヒトホモログ遺伝子の発現を確認した。
【0038】
1.マウス肺切片による発現確認
組織切片及びプローブの作製方法は、実施例1と同様である。表4に示した遺伝子B430119L13Rikの標的配列に基づいて、以下の第一次PCR用プライマーを合成した。
【0039】
【表4】

【0040】
第一次PCR用プライマー
正方向:5'-ATTTAGGTGACACTATAGAAgccttccattgaacagagca-3'(配列番号21)
逆方向:5-AATACGACTCACTATAGGGCtatcctccccactgagacca-3'(配列番号22)
これらのプライマーは、第二次PCR用の認識配列を付加してあり、小文字部分が遺伝子特異的配列、大文字部分は第二次PCR用のプライマー認識配列である。第二次PCR用のプライマー(T7/SP6のプライマー)配列及びin situハイブリダイゼーションの方法は実施例1と同様である。
【0041】
その結果を図2に示した。図2(a)は、当該mRNAのアンチセンス鎖(AS鎖)をプローブとして用いた時の肺切片の写真である。目的mRNAの発現している箇所が濃青色で染色され、肺周囲の胸膜で発現していることが確認できた。
【0042】
2.ヒト中皮腫を用いた発現確認
上記遺伝子B430119L13Rikについて、ヒトホモログを検索したところ、ヒトでは、C20orf75(chromosome 20 open reading frame 75)という遺伝子が見出された。この遺伝子は、ヒト第20番染色体に存在し、約740アミノ酸残基からなるタンパク質をコードする。この遺伝子を用い、実際のヒト中皮腫を用いたin situ ハイブリダイゼーション実験を行った。ヒト中皮腫はUS Biomax社 #MS481を用いた。用いた組織情報は下記の通りである。
【0043】
【表5】

【0044】
表6に示した遺伝子C20orf75の標的配列に基づいて、以下の第一次PCR用プライマーを合成した。
【0045】
【表6】

【0046】
第一次PCR用プライマー
正方向:5‘-ATTTAGGTGACACTATAGAAcgtcccctgtgattaccatc-3‘(配列番号25)
逆方向:5’-AATACGACTCACTATAGGGCcagttcgatgagacgcgtta-3‘(配列番号26)
これらのプライマーは、第二次PCR用の認識配列を付加してあり、小文字部分が遺伝子特異的配列、大文字部分は第二次PCR用のプライマー認識配列である。第二次PCR用のプライマー(T7/SP6のプライマー)配列及びin situハイブリダイゼーションの方法は実施例1と同様である。
【0047】
上記の5種類のヒト中皮腫由来の組織について、上記遺伝子の発現を調べた結果を図3に示した。図3に示したように、(a)AS鎖のプローブを用いた場合に、特異的に濃青色に染色され、目的とするmRNAの発現していることが認められた。
【0048】
3.ヒト組織(正常組織及び中皮腫以外の癌組織)を用いた発現確認
次に、中皮腫以外の組織である正常組織、及び中皮腫以外の癌組織でこの遺伝子が発現しているかどうかを確認した。ヒトの組織切片(通常組織とガン組織;US Biomax #BCN962)を使用した。組織の情報は下記の通りである。
【0049】
【表7】

【0050】
プローブの調製及びin situハイブリダイゼーションの方法は、上記中皮腫における発現確認実験と同様である。その結果を図4に示した。図4に示したように、ヒト正常組織、及び中皮腫以外の癌組織では本遺伝子の発現は認められず、中皮腫特異的に発現している遺伝子であることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】マウスの肺切片を用いて、4種類のプローブによるin situハイブリダイゼーションを行った結果を示す写真である。
【図2】マウスの肺切片を用いて、候補遺伝子B430119L13Rikの発現を確認するためのin situハイブリダイゼーション結果を示す写真である。
【図3】ヒト中皮腫由来の組織切片を用いて、候補遺伝子C20orf75の発現を確認するためのin situハイブリダイゼーション結果を示す写真である。
【図4】ヒト正常組織及び中皮腫以外の癌組織を用いて、候補遺伝子C20orf75の発現を確認するためのin situハイブリダイゼーション結果を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
中皮細胞及び中皮由来組織の特異的マーカーを同定する方法であって、
(a)哺乳動物の器官を覆う膜組織における1又は複数の遺伝子の発現量を測定する工程、及び
(b)前記遺伝子発現量が当該膜組織を含まない器官又は組織における発現量よりも大きい遺伝子を選別する工程、
を含むことを特徴とする中皮マーカーの同定方法。
【請求項2】
前記選別された遺伝子は、生体内器官の中皮を含む何れかの膜組織において発現し、当該発現量が、脂肪組織、及び対象となる1又は2以上の器官又は組織における発現量の2倍以上である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記選別された遺伝子は、心膜、胸膜及び腹膜の何れかの膜組織において発現し、当該発現量が、脂肪組織、肺及び小腸の何れか1又は2以上の器官又は組織における発現量の2倍以上である請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記遺伝子産物が、分泌タンパク質、膜タンパク質又は細胞外マトリクスタンパク質である請求項1〜3何れか記載の方法。
【請求項5】
生物由来の試料を用意し、少なくとも1つの中皮マーカーを検出することを含む、当該試料における中皮細胞若しくは中皮由来物質の存在の有無を判定し、又は中皮細胞の存在部位を識別する方法であって、
当該中皮マーカーが、Igfbp5、Aebp1、Cxcl13、Upk3b、Fcna、Dkk3、2010001M09Rik、Fbln1、Fbln2、E330036I19Rik、Mmp23、Sdc3、Sulf1、Prg4、C030019F02Rik、Plat、Wnt9a、Cldn15、BC055368、BC025600、1500015O10Rik、B430119L13Rik、Gpr133、Mrgprf、Selp、Smo、Disp1、Vit、Wnt2b、Dlk1、Svs5、Smpd3及びこれらのヒトホモログからなる群より選択されることを特徴とする方法。
【請求項6】
前記中皮マーカーがさらにUcp1、Sepm、1200016E24Rik、B130017P16Rik、1110008I14Rik、BC064033、D630040I23Rik、及びこれらのヒトホモログを含む請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記中皮マーカーが、マーカー遺伝子又はマーカータンパク質である請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
前記マーカー遺伝子は、ゲノムDNA、多型対立遺伝子変異体、mRNA、選択的スプライス変異体、tRNA、rRNA、snRNA又はマイクロRNAである請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記中皮マーカーの検出は、当該マーカー遺伝子とハイブリダイズする核酸を用いることを特徴とする請求項5〜8何れか記載の方法。
【請求項10】
前記中皮マーカーの検出は、当該マーカータンパク質に対する抗体を用いることを特徴とする請求項5〜7何れか記載の方法。
【請求項11】
前記試料が正常細胞、正常組織又は正常器官である請求項5〜10何れか記載の方法。
【請求項12】
前記試料が腫瘍細胞、腫瘍組織又は腫瘍器官である請求項5〜10何れか記載の方法。
【請求項13】
前記試料が血液、血清、血漿、漿液、リンパ液、尿、脳脊髄液、胸膜液、腹膜液、囲心腔液、腹水、粘膜分泌物、培養培地又は馴化培養培地である請求項5〜10何れか記載の方法。
【請求項14】
請求項5〜13何れか記載の方法により識別された中皮由来細胞を回収することを特徴とする中皮由来細胞の分離、精製方法。
【請求項15】
請求項1〜4何れか記載の方法により同定される複数の中皮マーカー遺伝子の夫々に特異的にハイブリダイズする複数のオリゴヌクレオチドプローブを基板に固定化してなる中皮マーカー検出用マイクロアレイ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−29327(P2008−29327A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−155517(P2007−155517)
【出願日】平成19年6月12日(2007.6.12)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】