説明

乗客コンベア駆動用ローラチェーン潤滑剤組成物

【課題】 寿命が長く、少ない給油量で良好な潤滑性能を発揮して、周辺に油臭や汚れの問題を生じず、実用性能に優れた乗客コンベア駆動用ローラチェーン潤滑剤組成物を提供する。
【解決手段】 本発明の乗客コンベア駆動用ローラチェーン潤滑剤組成物は、鉱油系潤滑油基油又は合成系潤滑油基油100重量部、ポリオレフィン3〜10重量部、下記の一般式(1)で示される酸性リン酸エステルアミン塩0.1〜1.0重量部、及び下記の一般式(2)で示されるジチオリン酸誘導体0.01〜0.3重量部を含有し、40℃における動粘度が50〜220mm/sである。
[(RO)-P-(OH)(=O)][NH(R) (1)
(RO)-P(=S)-S-(CH)-COOH (2)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エスカレータや動く歩道などの乗客コンベアを駆動させるために使用されている金属ローラチェーンの潤滑性能を向上させる乗客コンベア駆動用ローラチェーン潤滑剤組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
乗客コンベアの一例としてエスカレータを図1に示す。図1に示されているように、一般的に乗客コンベアにおける動力伝達は、伝達効率が高くレイアウトや形状による制約が少ないローラチェーン駆動により行われている。ローラチェーンは潤滑状態が悪いと短期間に摩耗伸びが発生し、動力伝達効率が低下して寿命が短くなってしまう。このため、チェーンの摺動部材の摩耗による伸びと錆の監視はメンテナンス上特に重要である。
【0003】
乗客コンベアにおけるチェーンへの潤滑剤供給方法は、スペースの制約により、チェーンに潤滑剤を滴下する方法が取られており、チェーンに潤滑剤が保持される量は限られている。しかも、ローラチェーンが作動する際には、重力、遠心力、振動などによりローラチェーンから潤滑剤が機械的に流出したり、さらに乗客コンベアが屋外に設置される場合には、雨水、結露水、塵埃などが摺動部に侵入することがある。このような状況においても、摺動部において潤滑油膜が途切れることなく、保持されていることが必要である。このため、潤滑剤のローラチェーン摺動部表面に対する付着性と、それに付随する防錆性が非常に重要である。さらに、数十μm程度の狭い間隙の中に潤滑剤が充分に浸透していくための浸透性が重要である。したがって、ローラチェーン用潤滑剤にはローラチェーンに適した特別の性能が要求される。
【0004】
一般に、潤滑剤は、乗客コンベアのローラチェーンに間欠給油される。周辺からの塵埃の付着や乗客コンベア周辺の環境汚染を防止するため、潤滑剤の給油量はできるだけ少ないことが望まれている。したがって、そのような潤滑剤には、薄い潤滑油膜でも十分な耐摩耗性や耐荷重能などの性能を発揮することが望まれている。
【0005】
従来、一般産業機械や自動車関連分野において、ローラチェーンは広く利用されている。このようなローラチェーン用の潤滑剤として、潤滑油基油成分に石油樹脂、ポリオレフィン及びジアルキル化ジチオリン酸亜鉛を配合し、有機溶剤で希釈し、さらに噴射剤よりなるチェーン用エアゾール潤滑剤組成物が開示されている(特許文献1参照)。しかし、このような溶剤希釈型潤滑剤は、塗布時の浸透性には優れるが、溶剤臭を発生することや、密閉空間で使用する場合の防災や安全性の観点から、乗客コンベア用ローラチェーンには使用されていない。また、半固体状、あるいはホットメルト型グリース状の潤滑剤なども開示されている(特許文献2参照)。この潤滑剤は油膜保持性に優れているが、給油する際に加熱を必要とすることなどから、給油作業が煩雑であり、さらに埃が付着しやすいという欠点がある。このようにさまざまな改良、工夫が検討されているが、乗客コンベア駆動用ローラチェーン用潤滑剤には、一般的にISO VG68〜150程度の工業用ギヤー油が使用されているのが現状である。
【特許文献1】特許第3494011号公報
【特許文献2】特開昭53−31706号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来、乗客コンベア駆動ローラチェーン用潤滑剤として使用されてきたギヤー油は、その優れた極圧性により良好な寿命延長効果を示すが、ギヤー油に使用されている極圧剤は臭気が強いため、デパート、ホテル、スーパーマーケットなどのアメニティ設備や乗客コンベアが数多く設置されている駅などの各種公共施設には不具合な油臭が問題になっていた。また、一般のギヤー油は、付着性が不十分であり、比較的多量の潤滑剤を頻繁に補給する必要があった。このため、ますますギヤー油臭が問題になることが多くなり、さらに乗客コンベアに付着した潤滑剤により周囲のゴミが付着して汚れやすくなるという問題があった。
【0007】
そこで、本発明は、十分な付着性を有し、耐摩耗性、耐荷重能に優れた乗客コンベア駆動用ローラチェーン潤滑剤組成物を提供することを課題とするものである。換言すれば、使用寿命が長く、少ない給油量で良好な潤滑性能を発揮して、乗客コンベア周辺の油臭や汚れの問題を解消した、実用性能に優れた乗客コンベア駆動用ローラチェーン潤滑剤組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の問題点を解決するために乗客コンベア用ローラチェーン潤滑剤の改良を鋭意検討した結果、特定の潤滑油基油、添加剤及びそれらの配合量を厳格に選択、選定することによって、上記課題が解消されることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明乗客コンベア駆動用ローラチェーン潤滑剤組成物は、鉱油系潤滑油基油又は合成系潤滑油基油100重量部、ポリオレフィン3〜10重量部、下記の一般式(1)で示される酸性リン酸エステルアミン塩0.1〜1.0重量部、及び下記の一般式(2)で示されるジチオリン酸誘導体0.01〜0.3重量部を含有し、40℃における動粘度が50〜220mm/sであることを特徴とする。
【0009】
[(RO)-P-(OH)(=O)][NH(R) (1)
式中、Rは、炭素数4〜12のアルキル基を示し、Rは、炭素数8〜18のアルキル基を示す。m及びnは整数で、m+n=3、nは1又は2である。
【0010】
(RO)-P(=S)-S-(CH)-COOH (2)
式中、Rは、炭素数2〜8のアルキル基を示し、qは、1〜4の整数を示す。
また、前記合成系潤滑油基油は、オレフィンオリゴマーであることが好ましく、さらに、前記ポリオレフィンは、ポリブテンであることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、上記の構成としたことから、十分な付着性、耐摩耗性、耐荷重能を示し、すなわち、使用寿命が長く、少ない給油量で良好な潤滑性能を発揮し、しかも、油臭が少ないといった格別の効果を示す。したがって、実用性能に優れた乗客コンベア駆動用のローラチェーン潤滑剤として極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の乗客コンベア駆動用ローラチェーン潤滑剤組成物を用いる対象として具体的には、エスカレータ、動く歩道、及び両者が組み合わされた水平部分付きエスカレータなどの乗客コンベアに使用されるローラチェーンが挙げられる。以下、図1〜4を参照して、ローラチェーンについて説明する。
図1は、代表的な乗客コンベアであるエスカレータの一例を側面図で示す。1は、踏面を上方に有し、該エスカレータ長手方向に移動可能なステップであり、該ステップ1はチェーン2に数珠状に連結され、このチェーン2はエスカレータの長手方向の両端に設けられた上部及び下部のターミナル・ギヤに巻き掛けられている。図1の場合、上部のターミナル・ギヤ3は、上部機械室5に格納され、さらに該ターミナル・ギヤ3には、スプロケット4が同一軸上に配置され、トルクを互いに共有している。上部機械室5内には、乗客コンベアを駆動するために設けた電動機7、電動機7の出力軸に設けたスプロケット8、スプロケット8とスプロケット4の間に巻き掛けられた無端状のチェーン9が収容されている。
【0013】
また、ステップ1の移動方向とほぼ平行に配置され、ステップ1と同期して移動する無端状のハンドレール(移動手摺ともいう)10が設けられ、欄干11によってハンドレール10の走行路が形成されている。ハンドレール10を駆動するために、ハンドレール10を挟み込んで動かすように配置された駆動ローラ12、該駆動ローラ12と同一軸上に配置されトルクを共有するスプロケット13、該スプロケット13に動力を伝えるダブルスプロケット15が設けられている。前述の上部のターミナル・ギヤ3には、同一軸上にトルクを共有化するスプロケット14が設けられ、スプロケット14とスプロケット13との間に、同一軸上に2枚のスプロケットを有するダブルスプロケット15が配置され、そして、スプロケット14とダブルスプロケット15の一つの歯車にはチェーン16が巻き掛けられ、ダブルスプロケット15のもう一つの歯車とスプロケット13にはチェーン17が巻き掛けられている。
【0014】
以上述べた構成により、上部機械室5に設置した電動機7を駆動することにより、スプロケット8 → チェーン9 → スプロケット4 → ターミナル・ギヤ3 → チェーン2 → ステップ1の順に電動機7の動力が伝達されステップ1を所望の方向に動かすことができる。
【0015】
同時に、ターミナル・ギヤ3に伝達された動力は、スプロケット14 → チェーン16 → ダブルスプロケット15 → チェーン17 → スプロケット13 → 駆動ローラ12 → ハンドレール10の順でハンドレール10に伝達され、ハンドレール10をステップと同期して駆動することができる。
【0016】
チェーン17の一部を平面図として図2に示す。図2の中央は、部分的に断面図で示されている。また、図2に対応する側面図を図3に示す。チェーンの構造は、チェーン17以外のものも、サイズ的には異なるものの、基本的には図2、図3と同じである。21は内リンク、22は外リンクであり、23は外リンク22に接合、固定されているピンである。24はブッシュであり、ピン23の外側を覆って、内リンク21に接合、固定されているので、ピン23のまわりを回転自在に摺動する。25は、ブッシュ24のまわりに巻きつくように配置され、ブッシュ24のまわりに回転可能なローラである。
【0017】
図4は、張力Tを印加した状態で、チェーン27がスプロケット26に巻き掛けられた状態を示し、チェーン27がスプロケット26の歯に巻き掛けられると、微少角θだけ前述した内リンク21と、外リンク22とが相対変位を発生する。このとき、外リンク22に固定されているピン23は内リンク21に固定されているブッシュ24と摺動する。通常のチェーンはブッシュ24よりもピン23の方が硬いため、摺動が繰り返されることにより、ブッシュ24に摩耗が発生する。その結果、外リンク22同士の距離Lが大きくなり、チェーンに伸びが発生することになる。この伸びによりスプロケット26の歯のピッチとローラ25の間隔とが合わなくなり、異音や振動の発生や、最終的チェーンがスプロケットから外れてしまい、乗客コンベアを利用する乗客に被害をもたらす場合がある。
【0018】
このような状態を回避するため、ピン23とブッシュ24間に適正な潤滑を行い、油膜を形成し、ピン23とブッシュ24の金属同士が直接接触しないようにすることが肝要である。また、適正な潤滑が行われない場合、チェーン表面やピン23とブッシュ24の間に錆が発生し、ピン23とブッシュ24とがスムーズに摺動できない状態になることがある。このような状態ではスプロケットに巻き付いてチェーンが屈曲するたびに外リンク22、内リンク23に繰り返し応力が発生し、フレッティング摩耗が発生し最後に疲労破断することがあるので、このような状況におちいらないためにも適正な潤滑が必要である。
【0019】
本発明の乗客コンベア用ローラチェーン潤滑剤組成物に用いられる潤滑油基油は、公知の鉱油系潤滑油基油と合成系潤滑油基油をそれぞれ単独で、又は両者を混合して使用することができる。鉱油系潤滑油基油としては、原油を常圧蒸留し、あるいはさらに減圧蒸留して得られる留出油を各種の精製プロセスで精製して得たパラフィン系又はナフテン系の潤滑油留分が挙げられる。鉱油系潤滑油基油は、40℃における動粘度が20〜200mm/s(仕上がり潤滑油で50〜220mm/s)、さらには40〜100mm/s(仕上がり潤滑油で60〜150mm/s)が好ましく、また粘度指数は90以上が好ましい。合成系潤滑油基油としては、オレフィンオリゴマーからなる合成系潤滑油基油が好ましく、α−オレフィンオリゴマーやエチレン−α−オレフィンオリゴマーなどが好適に使用でき、鉱油系潤滑油基油と同様に、40℃における動粘度は20〜200mm/sが好ましく、40〜100mm/sがより好ましい。したがって、オレフィンオリゴマーは、動粘度がこの範囲内に含まれるように重合度をコントロールすることによって調整することができる。
【0020】
本発明において、添加するポリオレフィンは、分子量2000〜9000のポリブテン、ポリ−α−オレフィン、エチレン−α−オレフィンコポリマーのうちから選ばれるものであり、コスト面からはポリブテンが特に好ましい。これらの物質は金属表面で潤滑剤を流れにくくする付着作用がある。このためローラチェーンの摺動部における狭い間隙から潤滑剤が流出して油膜が薄くなるのを防止する働きがある。付着性を改善するために、ポリオレフィンの分子量は2000〜10000が好ましく、2500〜4000が最適であり、分子量が2000以下では付着性が不足し、10000以上ではえい糸性が発現して取り扱い作業環境上好ましくない。
また、ポリオレフィンは、上記潤滑油基油100重量部に対して、3〜10重量部、好ましくは3〜5重量部添加する。こうすることによって、潤滑剤に良好な付着性を付与することができる。
【0021】
本発明の潤滑剤組成物においては、さらに、一般式(1)で示される酸性リン酸エステルアミン塩と一般式(2)で示されるジチオリン酸誘導体とが組み合わされて添加される必要がある。これらの添加剤はそれぞれ摩耗防止剤や極圧剤として公知であるが、本発明者らは、両者を組み合わせて、さらにポリオレフィンとともに用いて得られた潤滑剤組成物は少量の添加で耐摩耗性と耐荷重能がバランス良く向上することを見出した。さらに、その結果乗客コンベア用ローラチェーン潤滑剤に極めて重要な低臭性を確保することができた。その上、付着性を強化するために配合したポリオレフィンとの相乗効果により非常に優れた防錆性をも得ることができた。
【0022】
本発明の乗客コンベア駆動用ローラチェーン潤滑剤組成物には、次の一般式(1)で示される酸性リン酸エステルアミン塩が配合される。
[(RO)-P-(OH)(=O)][NH(R) (1)
式中、Rは、炭素数4〜12のアルキル基を示し、炭素数6〜8が好ましい。炭素数が4〜12であれば、揮発性が低くて引火点が高く、また潤滑性を良好に保つことができる。Rは炭素数8〜18のアルキル基を示し、特には炭素数12〜13程度の分岐アルキル基が好ましい。炭素数が8〜18のものが潤滑表面との親和性が高く、潤滑性を良好に保つことができる。
m及びnはそれぞれ1又は2であり、mが1のときnは2、mが2のときnは1、すなわちm+n=3である。また、(RO)が2個である場合、それらは同一であっても、異なっていてもよく、[NH(R)]が2個である場合も、それらは同一であっても、異なっていてもよい。
【0023】
この酸性リン酸エステルアミン塩の添加量は、潤滑油基油100重量部に対して0.1〜1.0重量部が好ましい。0.1重量部よりも少ないと耐摩耗性が十分でなく、1.0重量部よりも多く添加しても耐摩耗性は向上せず低臭性とコストの面からマイナスである。
【0024】
本発明に、次の一般式(2)で示されるジチオリン酸誘導体が用いられる。
(RO)-P(=S)-S-(CH)-COOH (2)
式中、Rは、炭素数2〜8のアルキル基を示し、qは、1〜4の整数を示す。Rは、溶解性と反応性のバランスから炭素数3〜5の分岐アルキル基が好ましく、特にイソブチル基が好ましい。また、メチレン基の繰り返し数qは、ジチオリン酸部分とカルボン酸部分で反応性に関する相互の影響を抑制するために2又は3が好ましく、中でも2が、すなわちエチレン基が特に好ましい。
【0025】
この化合物の添加量は潤滑油基油100重量部に対して0.01〜0.3重量部が好ましい。0.01重量部未満では耐荷重能が十分でなく、0.3重量部より多く添加しても、低臭性、防食性、コストの面からマイナスである。
【0026】
さらに、本発明組成物には必要に応じて酸化防止剤、流動点降下剤、防錆剤、金属不活性化剤などを適宜配合することができる。
【実施例】
【0027】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明は、かかる実施例に制限されるものではない。
【0028】
乗客コンベア駆動用ローラチェーン潤滑剤組成物の調製
下記の潤滑油基油及び添加剤を用いて、実施例1〜7及び比較例2〜5の乗客コンベア駆動用ローラチェーン潤滑剤組成物を、表1上部に示す配合割合でそれぞれ混合して調製した。なお、比較例1は、乗客コンベア駆動用ローラチェーン潤滑剤組成物として、比較的多用されている市販のギヤー油(VG68)である。
【0029】
鉱油:
鉱油系潤滑油基油として、40℃における動粘度が26、95、及び500mm/sの3種類のパラフィン系鉱油を用いた。前記3種類の鉱油の粘度指数はそれぞれ105、97、及び96であった。
【0030】
αオレフィンオリゴマー:
40℃における動粘度が46mm/sと400mm/sの2種類のαオレフィンオリゴマーを65:35で混合して使用した。
【0031】
エチレン−αオレフィンコオリゴマー:
40℃における動粘度が60mm/sと155mm/sの2種類のエチレン−αオレフィンコオリゴマーを45:55で混合して使用した。
【0032】
ポリブテン:
平均分子量2650、98.9℃の動粘度が4570mm/sのポリブテンを使用した。
【0033】
ポリαオレフィン:
平均分子量3000、100℃の動粘度が3000mm/sのポリαオレフィンを使用した。
【0034】
エチレン−αオレフィンコポリマー:
平均分子量3600、100℃の動粘度が2000mm/sのエチレン−αオレフィンコポリマーを使用した。
【0035】
酸性リン酸エステルアミン塩:
上記一般式(1)において、式中、Rは、炭素数6の直鎖アルキル基、Rは、炭素数12及び13の分岐アルキル基で、リン分と窒素分は、それぞれ4.8重量%および2.7重量%のものを用いた。
【0036】
ジチオリン酸誘導体:
上記一般式(2)において、Rがイソブチル基であり、メチレン基の繰り返し数qが2のエチレン基である、次の一般式(3)で表される化合物でなるジチオリン酸誘導体を用いた。
(i-CHO)-P(=S)-S-(CH)-COOH (3)
リン分と硫黄分は、それぞれ9.3重量%および19.8重量%であった。
【0037】
乗客コンベア駆動用ローラチェーン潤滑剤組成物の性状及び性能評価
調製された実施例1〜7及び比較例1〜5の潤滑剤組成物の性状及び性能を、次の方法によって試験し、その結果を表1に併せて示す。
(1)動粘度:40℃における動粘度をJIS K 2283に従ってウベローデ粘度計で測定した。
【0038】
(2)油膜保持性:回転数制御機能つきプロペラ攪拌器を使用して油膜保持性を評価した。シャフトにプロペラ取りつけた状態で重量を測定し、ブランク重量とした。シャフトを攪拌器本体に取りつけプロペラ部分だけを試料油に浸漬した後、プロペラ部分を試料油から抜き出して、300rpmで8時間高速回転させてプロペラ部分から油膜以外の試料油を遠心力で除去した。攪拌器本体からシャフトを外して、シャフトと油膜つきプロペラの重量を測定し、上記のブランク重量との差により油膜保持性を評価した。なお、表1には、それぞれの供試油の油膜保持性を、比較例1の油膜保持性の値を基準(1.00)として示した。
【0039】
(3)湿潤試験:
JIS K 2246の「5.34 湿潤試験方法」に準じて、さび発生度を調べた。すなわち、試料を試験片に被覆して、該試験片を規定の湿潤試験装置内につり下げ、温度49℃、相対湿度95%以上の湿潤状態に240時間保持した後、試験片を取り出し、水洗乾燥し、次いで、被覆膜を溶剤で洗い落とし、乾燥して、試験片の測定面におけるさび発生度を調べた。
【0040】
(4)耐荷重能試験:
JIS K 2519 潤滑油−耐荷重能試験方法の「5 チムケン法」に従って、耐荷重能を試験した。
【0041】
(5)耐摩耗性試験:
ASTM D4172、JPI−5S−32−90のシェル四球式耐摩耗性試験に準じて、次の条件下に耐摩耗性試験を実施した。
回転数:1,800rpm、荷重:40kgf、開始油温:室温、時間:30min
【0042】
(6)臭気試験
5人のパネラによる官能試験で、それぞれの供試油の臭気強度を、一般の臭気試験で行われる次の6段階臭気強度表示法により試験し、5人の平均臭気強度で評価した。
0:無臭
1:やっと感知できるにおい
2:何のにおいであるかかが分かる弱い臭い
3:楽に感知できるにおい
4:強いにおい
5:強烈なにおい
【0043】
(7)チェーン摩耗試験-1
チェーン摩耗試験−1、及び次のチェーン摩耗試験−2においては、図5及び図6の乗客コンベア用ローラチェーン潤滑油試験装置を用い、ローラチェーン潤滑剤がチェーン伸びに及ぼす影響を評価した。図5は試験装置の平面図であり、図6は側面図である。31は電動機、32は電動機の出力軸であり、出力軸32は電動機31の位置の反対側末端に配置された軸受32aで回転支持されている。出力軸32上に配置されトルクを共有するスプロケット33からの駆動力はチェーン35を介して対応する位置に配置されたスプロケット34に伝達される。36はスプロケット34を回転支持する回転軸、37は回転軸36を軸受を介して固定する枠体、38は枠体37の後方に配置した壁、そして39は枠体37と壁38との間に配置され、枠体37を引っ張り、チェーン35に張力を与えるばねである。
【0044】
試験装置のチェーン35には、実際の乗客コンベアにおいて最も使用条件が厳しいチェーン17と同じものを用いた。この試験装置は、試験効率を向上させるため、電動機31の回転数を上げてチェーン35の単位時間当りの屈曲角度を増大することができ(すなわち、チェーン35のピンとブッシュの摺動部における摺動速度を速め、摺動回数を増加することができ)、さらにばね39の張力を上げてチェーン35のピンとブッシュの面圧を高めることができる構成になっている。このように、摺動部の速度及び面圧を高くすることにより、チェーン35の伸びを加速促進させ、試験を短時間に行うことができる。チェーン35の伸びを自動的に測定し、記録した。
【0045】
チェーン摩耗試験-1では、チェーン張力を実機の約2〜4倍とした加速試験を実施し、2ないし3水準測定した。それぞれのチェーン張力において、チェーンの伸びの推移を連続的に記録して、チェーンに伸びが発生する時間を「伸び開始時間」とした。これらチェーン張力が異なる2ないし3点の「伸び開始時間」から実機の最大張力(185kgf/本)における「伸び開始時間」を外挿して求め、この値を「無給油限界時間」と定義した。
【0046】
試験は、次の条件下に行い、試験結果を表1に示す。
チェーン:同一条件で製造されたチェーンを用い、供試油ごとに、かつ異なるチェーン張力ごとに取り替えて試験した。
チェーン張力:198kgf/本、398kgf/本及び528kgf/本
チェーン走行速度:25.4m/min
チェーン前処理:新品チェーンをホワイトゾールで2回超音波洗浄して脱脂し、乾燥後試料油を超音波含浸した.試験における初期伸びの影響を除去するため、張力528kgf/本にてチェーン油が充分に供給される潤滑状態(1分間隔で0.25ccを5秒間かけて給油)にて6時間運転した後、試験を開始した。
給油条件:試験開始後、途中での給油は一切行わない。
【0047】
図7及び8は、チェーン張力が実機の約3倍(398kgf/本)の加速試験における試験結果を示すグラフである。横軸は時間、縦軸はチェーンの伸びを示す。図7は実施例2の供試油(40℃における動粘度が150mm/s)、図8は比較例1の市販のギヤー油(ISO VG 68)の試験結果である。試験はそれぞれ6回ずつ行なわれ、伸び量が急激に多くなる「伸び開始時間」の平均値を表1に記載した。図7、図8および表1から、伸び量が急激に多くなる「伸び開始時間」を実施例2と比較例1で比較すると、実施例2の方が比較例1よりも「伸び開始時間」が長く、優れていることがわかる。
【0048】
(8)チェーン摩耗試験-2
チェーン摩耗試験-1と同様に図5及び図6の加速試験装置を用い、実機と等しい荷重(張力140kgf/本)を印加して、1600時間の耐久試験を実施した。
【0049】
次の条件下に試験を行って、詳細にチェーンの長さの推移を測定した。
チェーン張力:140kgf/本
チェーンの走行速度:22.66m/min
チェーンの走行時間:2626時間
給油条件:チェーン摩耗試験-1と同様の前処理を行なった後に、試験開始から1462時間までの給油試験では、実施例と比較例の供試油で、潤滑油をそれぞれ240時間および120時間に1回、3mlの給油速度で断続的にチェーンに給油した。その後は、試験終了(2126時間)まで無給油試験を行なった。
【0050】
図9に、チェーン摩耗試験-2の結果を示す。実施例2と比較例1の供試油を用いてそれぞれ図7及び図8と同様に比較して示した。図9から、給油試験において実施例2は給油速度が比較例1の半分であるにもかかわらず、実施例2の伸びは、比較例1の伸びに比べて半分以下であり、無給油試験に移行後はその差がますます増大している。このことから、実施例2はチェーンの伸びが小さく、優れていることがわかる。
【0051】
表1に見られるとおり、本発明の乗客コンベア駆動用ローラチェーン潤滑剤組成物は、分子量2500〜4000程度のポリオレフィン(ポリブテン、ポリαオレフィン、エチレン−αオレフィンコポリマー)を添加することにより油膜保持性が改善されるとともに、湿潤試験で評価される防錆性も格段に向上している。ポリオレフィンに加えて、酸性リン酸エステルアミン塩とジチオリン酸誘導体を併用することにより、潤滑性能については、耐摩耗性や耐荷重能を実機で要求されるレベルからさらに改良するとともに、これらの添加剤は低臭性極圧添加剤であるから、現行ギヤー油にくらべて格段に臭気を低減している。
【0052】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0053】
以上のことから、本発明による乗客コンベア用ローラチェーン潤滑剤組成物は、乗客コンベア用ローラチェーンにおいて良好な潤滑性能を維持することができ、チェーンの伸びを効果的に押さえ込むことができる。したがって、保全作業においても、チェーンテンション調整作業の低減や、給油インターバルの延長等の効果が見込める。また、供給する潤滑油を少なくすることができる、環境に優しい優れた潤滑油である。したがって、実用性能に優れた乗客コンベア駆動用のローラチェーン潤滑剤として極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】代表的な乗客コンベアであるエスカレータの一例を側面図で示す。
【図2】乗客コンベアに用いられるチェーンの一部を平面図で示す。図2の中央は、部分的に断面図で示されている。
【図3】図2のチェーンの側面図を示す。
【図4】張力Tを印加した状態で、チェーンがスプロケットに巻き掛けられた状態を示す図である。θは、内リンク21と、外リンク22とでなす角度を示す。
【図5】乗客コンベア用潤滑油試験装置の平面図を示す。
【図6】図5の乗客コンベア用潤滑油試験装置の側面図を示す。
【図7】実施例2の供試油を用いた乗客コンベア用潤滑油試験装置による無給油、加速試験におけるチェーンの伸びの時間経緯を示すグラフである。
【図8】比較例1の市販のギヤー油を用いた乗客コンベア用潤滑油試験装置による無給油、加速試験におけるチェーンの伸びの時間経緯を示すグラフである。
【図9】乗客コンベア用潤滑油試験装置による実機と等しい荷重を負荷して、間欠給油しながら、記録したチェーンの伸び率の時間経緯を示すグラフである。
【符号の説明】
【0055】
1 ステップ
2 チェーン
3 ターミナル・ギヤ
4 スプロケット
10 ハンドレール
21 内リンク
22 外リンク
23 ピン
24 ブッシュ
25 ローラ
26 スプロケット
27 チェーン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉱油系潤滑油基油及び/又は合成系潤滑油基油100重量部、ポリオレフィン3〜10重量部、下記の一般式(1)で示される酸性リン酸エステルアミン塩0.1〜1.0重量部、及び下記の一般式(2)で示されるジチオリン酸誘導体0.01〜0.3重量部を含有し、40℃における動粘度が50〜220mm/sであることを特徴とする乗客コンベア駆動用ローラチェーン潤滑剤組成物、
[(RO)-P-(OH)(=O)][NH(R) (1)
(式中、Rは、炭素数4〜12のアルキル基を示し、Rは、炭素数8〜18のアルキル基を示し、m及びnは整数で、m+n=3、nは1又は2である)、
(RO)-P(=S)-S-(CH)-COOH (2)
(式中、Rは、炭素数2〜8のアルキル基を示し、qは、1〜4の整数を示す)。
【請求項2】
前記合成系潤滑油基油が、オレフィンオリゴマーである請求項1に記載の乗客コンベア駆動用ローラチェーン潤滑剤組成物。
【請求項3】
前記ポリオレフィンが、ポリブテンである請求項1又は2に記載の乗客コンベア駆動用ローラチェーン潤滑剤組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−70222(P2006−70222A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−257872(P2004−257872)
【出願日】平成16年9月6日(2004.9.6)
【出願人】(000232955)株式会社日立ビルシステム (895)
【出願人】(304003860)株式会社ジャパンエナジー (344)
【Fターム(参考)】