説明

乳発酵物の製造方法

【課題】特別な添加物を加えることなく、従来よりも粘性の高い乳発酵物を安定的かつ効率的に製造する、乳発酵物の製造方法を提供すること。
【解決手段】本発明の乳発酵物の製造方法は、酸素透過度が50fmol/m2・s・Pa以下である材質から構成される密封容器内に、殺菌した乳又は乳製品を主成分とした原料とクレモリス菌とを封入し、初期溶存酸素を10ppm以下に調整して後発酵させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳発酵物の製造方法に関し、より詳しくは強い粘性を有する後発酵タイプの乳発酵物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、コーカサス地方に由来し、強い粘性及び曳糸性を有することを特徴とする、いわゆる「カスピ海ヨーグルト」という名称の乳発酵物が注目されている。
【0003】
この乳発酵物からは、粘性多糖類を産生する乳酸菌の一種であるラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris、以下「クレモリス菌」と称する)が分離及び同定されている(非特許文献1)。この粘性多糖類(菌体外多糖類)は、単に官能的な特徴を乳発酵物に付与するだけでなく、種々の生理作用を有することが報告されている(非特許文献2)
【0004】
また、その共存菌として酢酸菌の一種であるアセトバクター・オリエンタリス(Acetobacter orientalis)も分離及び同定されており、発酵中に酢酸菌がクレモリス菌の産生する乳酸の一部を消費することが知られている。また、発酵物の表面付近に増殖して内部を嫌気的状態にすることによって、クレモリス菌の菌数減少を抑制することや、発酵物の粘性を維持することが推測されている(非特許文献3)。
【0005】
なお、後発酵型の乳発酵物に関する先行技術としては、特許文献1及び2に開示されているようなものが知られている。
【特許文献1】特開2001−269113号公報
【特許文献2】特開2003−158997号公報
【非特許文献1】T. ISIDA, A. YOKOTA, Y. UMEZAWA, T. TODA and K. YAMADA Identification of the Strains Isolated from Caucasusian Fermented Milk :J. Nutr Sci Vitaminal. 51, 187-193( 2005)
【非特許文献2】家森幸男著「カスピ海ヨーグルトの真実」91-97、2002年株式会社法研刊
【非特許文献3】H.NAKAJIMA, Y. SUZUKI, H. KAIZU and T. HIROTA Cholesterol lowering activity of ropy fermented milk. J. Food Sci., 57,1327-1329 (1992)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
いわゆる「カスピ海ヨーグルト」の粘性及び曳糸性を増大させるために、通常形態の紙又はプラスチック製容器に牛乳を主体とする培地を分注し、クレモリス菌を植菌し、後発酵させる従来技術の乳発酵物の製造方法によっては、乳発酵物中の溶存酸素濃度を低く抑えることができないため、クレモリス菌が産生する粘性多糖類を増加させ、乳発酵物の粘性を増加させることには限度がある。
【0007】
また、アセトバクター・オリエンタリス等の酢酸菌を同時に植菌して後発酵させても、発酵後の乳発酵物の性状の安定化(乳発酵物の粘性及び曳糸性の維持)に若干の効果が期待できるものの、クレモリス菌が産生する粘性多糖類を増加させ、乳発酵物の粘性を増加させることは困難である。
【0008】
また、牛乳を主体とする培地にクレモリス菌を植菌し、乳発酵物中の溶存酸素濃度を低く抑えた状態で前発酵させる製造方法では、一連の工程を常時嫌気的な状態に維持する必要があり、商業ベースで実施するには無理がある。また、前発酵させたヨーグルトのカードを崩さずに容器に充填するのは困難である。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、特別な添加物を加えることなく、従来よりも粘性の高い乳発酵物を安定的かつ効率的に製造する、乳発酵物の製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、鋭意検討した結果、酸素透過性が小さい材質からなる密封容器内で後発酵させる場合、初期溶存酸素を10ppm以下に調整すれば従来よりも粘性の高い乳発酵物を、安定的かつ効率的に製造しうることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
具体的に、本発明は、
酸素透過度が50 fmol/m2・s・Pa以下である材質から構成される密封容器内に、
殺菌した乳又は乳製品を主成分とした原料とクレモリス菌とを封入し、
初期溶存酸素を10ppm以下に調整して後発酵させることを特徴とする乳発酵物の製造方法に関する。
【0012】
密封容器内で、殺菌乳をクレモリス菌によって後発酵させる場合、培養開始時に殺菌した原料乳中の溶存酸素濃度を10ppm以下に調整すれば、発酵物がクレモリス菌の増殖に適した嫌気的条件となる。その結果、粘性多糖類の産生量が増加し、乳発酵物の粘性が増大する。
【0013】
密封容器は、酸素透過性が低い材質でなければ、大気中の酸素が乳発酵物へと溶解し、乳発酵物をクレモリス菌に適した嫌気的状態に維持することができない。このため、殺菌した原料乳中の溶存酸素濃度を10ppm以下に調整するだけでなく、酸素透過度が50fmol/m2・s・Pa以下である材質から密封容器が構成されている必要がある。
【0014】
なお、本発明でいう「乳又は乳製品を主成分とした原料」とは、牛乳等の動物乳又は牛乳等の動物乳から製造される乳製品であって、ヨーグルトの原料として利用できることが知られているものを意味する。
【0015】
前記酸素透過度が50 fmol/m2・s・Pa以下である材質は、アルミニウム箔、アルミニウム蒸着フィルム、シリカ蒸着フィルム又はアルミナ蒸着フィルムの積層体を含む材質であることが好ましい。
【0016】
前記密封容器は、開閉可能な注入部材を有するパウチ容器であることが好ましい。従来よりも粘性の高い乳発酵物を取り出す際に便利であり、かつ食べきれずに残した乳発酵物を保存する際に酸素の侵入が少ないからである。なお、この開閉可能な注入部材は、酸素透過度が50 fmol/m2・s・Pa以下であれば、その材質又は厚みは限定されない。
【0017】
前記密封容器内に封入するラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシズ・クレモリス菌スターターの生菌数は1.0×106cfu/g以上1.0×109cfu/g以下の範囲内であり、その植菌量は殺菌した原料乳に対して0.3重量%以上20重量%以下とすることが好ましい。また、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシズ・クレモリス菌スターターの生菌数は1.0×107cfu/g以上5.0×108cfu/g以下の範囲内であり、その植菌量は殺菌した原料乳に対して0.5%以上10%以下であることがより好ましい。
【0018】
なお、アセトバクター・オリエンタリスも同時に植菌する場合、スターターの生菌数が1.0×10cfu/g以上1.0×109cfu/g以下の範囲内であり、その植菌量が殺菌した原料乳に対して0.3%以上20%以下であることが好ましい。
【0019】
後発酵温度は、クレモリス菌の至適温度が25℃〜30℃であることから、23℃以上33℃以下であり、後発酵時間は5時間24以上時間以下であることが好ましい。
【0020】
原料乳にグルコース又はサッカロースを0.1重量%以上5重量%以下の範囲で添加することが好ましい。グルコース又はサッカロースを添加することにより、乳発酵物の粘度をさらに増大することが可能となるためである。
【0021】
前記密封容器内に、さらにアセトバクター・オリエンタリスを封入することが好ましい。アセトバクター・オリエンタリスが発酵中に酸素を消費するため、より嫌気的な状態で乳発酵物を製造することが可能になるためである。
【発明の効果】
【0022】
本発明の乳発酵物の製造方法によれば、従来よりも粘性の高いクレモリス菌由来乳発酵物を製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態について、適宜図面を参酌しながら説明する。なお、本発明は、以下に限定されない。
【0024】
(培地A)
牛乳65、脱脂粉乳3.5、生クリーム0.5、及び31(数字は重量%)で混合した。混合後、85℃で15分間加熱し、殺菌処理を行った。さらにホモジナイザー(APV社製、WU-DA100LR-C)用いて150kgf/cm2に加圧し、均質化させた。この状態の培地を、「培地A」とした。
【0025】
(培地B)
牛乳を85℃で15分間加熱し、殺菌処理を行った。さらにホモジナイザー(APV社製、WU-DA100LR-C)用いて150kgf/cm2に加圧し、均質化させた。この状態の培地を、「培地B」とした。
【0026】
[実施例1]
培地Aにクレモリス菌FC株スターターを3.5重量%植菌した。(なお、スターターの生菌数は1.0×108cfu/g程度である。)その後、図1に示す形態の無菌アルミパウチ容器1に400mL充填した。このアルミパウチ容器の本体2の材質は、ポリエチレンテレフタレート(厚み12μm)/アルミ箔(厚み9μm)/延伸ナイロン(厚み15μm)/無延伸ポリプロピレン(厚み80μm)を順に積層した積層体であった。この積層体の酸素透過度は、5 fmol/m2・s・Pa以下(酸素透過度1級相当)であった。
【0027】
本体2の上部には、ポリプロピレン製の注入部材3が設けられており、ふた4は開閉式となっている。注入部材3は中空の円柱状であり、ふた4を開けると本体2内部は外部と連通する。なお、アルミパウチ容器1の内容積は、400mLである。
【0028】
培地A及びクレモリス菌充填後のアルミパウチ容器1を25℃で6.5時間〜8時間保温し、培地Aをアルミパウチ容器1内で後発酵させた。得られた乳発酵物を実施例1の乳発酵物とした。
【0029】
[比較例1]
培地Aにクレモリス菌(FC株)スターターを3.5重量%植菌した後、酸素透過度500fmol/m2・s・Pa超える紙製容器(酸素透過度5級相当)に400mL充填し、ナイロン/ポリエチレン材質のフィルムを上部にかぶせて、カップシール機(シンワ社製、SN-1)を用いて160℃で熱圧着させるという方法で密封した以外、すべて実施例1と同様の操作を行った。得られた乳発酵物を比較例1の乳発酵物とした。
【0030】
<絶対粘度>
実施例1及び比較例1の乳発酵物の絶対粘度(10℃)を、B型粘度計(ブルックスフィールド社製、スピンドルNo.4)を用いて測定した。その結果を、図2に示す。なお、ここに示す絶対粘度は、酸度0.75付近における絶対粘度である。
【0031】
図2より、実施例1の乳発酵物は、同じ発酵時間である比較例1の乳発酵物よりも13%〜31%絶対粘度が高く、発酵時間が短い場合ほど、絶対粘度の差が大きかった。
【0032】
<動粘度>
実施例1及び比較例1の乳発酵物について、発酵中、ザーンカップ測定法によって経時的に動粘度を測定した。具体的には、離合社製No.7のザーンカップに、乳発酵物43mLを汲み入れ、全量が流出する時間(流出秒)を測定した(10℃)。その結果を、図3に示す。
【0033】
いずれの発酵時間においても、実施例1の乳発酵物は、比較例1の乳発酵物よりも流出秒の値が大きく、動粘度が高いことが閉められた。
【0034】
[実施例2]
培地Aにクレモリス菌(FC株)スターターを3.5重量%、乳酸球菌であるストレプトコッカス・サーモフィラス菌(Streptococcus thermophilus)スターターを3.5重量%添加し、実施例1と同様の操作を行った。6時間発酵させた時点で酸度0.75となったので、その時点で発酵終了とし、10℃の暗所で保存を開始した。
【0035】
[比較例2]
培地Aにクレモリス菌(FC株)スターターを3.5重量%、乳酸球菌であるストレプトコッカス・サーモフィラス菌スターターを1.5重量%、比較例1と同様の操作を行った。7.5時間発酵させた時点で酸度0.75となったので、その時点で発酵終了とし、10℃の暗所で保存を開始した。
【0036】
実施例2及び比較例2の乳発酵物について、10℃保存の開始時及び28日経過後の2回、ザーンカップ測定法によって、動粘度を測定した。その結果を、図4に示す。
【0037】
実施例2では、28日間保存した後の動粘度は、0日目と比較して約13%しか減少していなかった。一方、比較例2では、0日目と比較して約49%も減少しており、いわゆる「カスピ海ヨーグルト」としての食感が損なわれていることが確認された。
【0038】
[実施例3]
培地Bにクレモリス菌(FC株)スターターを3.5重量%添加し、実施例1と同様の操作を行い、酸度0.75となった時点で得られた乳発酵物を、実施例3の乳発酵物とした。
【0039】
[実施例4]
培地Bにグルコースを1重量%添加した上で、クレモリス菌(FC株)スターターを3.5重量%添加し、さらに実施例1と同様の操作を行い、酸度0.75となった時点で得られた乳発酵物を、実施例4の乳発酵物とした。
【0040】
[実施例5]
培地Bにスクロースを1重量%添加した上でクレモリス菌(FC株)スターターを3.5重量%添加し、さらに実施例1と同様の操作を行い、酸度0.75となった時点で得られた乳発酵物を、実施例5の乳発酵物とした。
【0041】
[比較例3]
培地Bにクレモリス菌(FC株)スターターを3.5重量%添加し、比較例1と同様の操作を行い、酸度0.75となった時点で得られた乳発酵物を、比較例3の乳発酵物とした。
【0042】
[比較例4]
培地Bにグルコースを1重量%添加した上でクレモリス菌(FC株)スターターを3.5重量%添加し、比較例1と同様の操作を行い、酸度0.75となった時点で得られた乳発酵物を、比較例4の乳発酵物とした。
【0043】
[比較例5]
培地Bにスクロースを1重量%添加した上でクレモリス菌(FC株)スターターを3.5重量%添加し、比較例1と同様の操作を行い、酸度0.75となった時点で得られた乳発酵物を、比較例5の乳発酵物とした。
【0044】
実施例3〜5及び比較例3〜5の乳発酵物について、ザーンカップ測定法によって動粘度を測定した。その結果を、図5及び図6に示す。
【0045】
グルコースを添加した実施例4は、糖を添加しなかった実施例3と比較して76.6%乳発酵物の動粘度が上昇し、いわゆる「カスピ海ヨーグルト」としての食感(なめらか感)が増強されていた。同様に、スクロースを添加した実施例5も、糖を添加しなかった実施例3と比較して54.5%乳発酵物の動粘度が上昇し、いわゆる「カスピ海ヨーグルト」としての食感(なめらか感)が増強されていた。
【0046】
なお、培地Bに添加するグルコース又はスクロースの添加量を0.1重量%以上5重量%以下の範囲で増減させた場合、添加しない場合と比較して動粘度が有意に増大することが確認された。また、0.1重量未満では動粘度の増大効果が認められず、5重量%を超えると動粘度は増加しても甘みが強くなりすぎて、乳発酵物としての味覚が損なわれることも確認された。
【0047】
一方、グルコースを添加した比較例4と、スクロースを添加した比較例5も、糖を添加しなかった比較例3と比較して乳発酵物の動粘度が上昇していた。しかし、同じ割合で糖を添加しても、動粘度は実施例4及び5の乳発酵物よりも低い数値であった。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、従来にない強い粘性及び曳糸性を有し、なめらかな食感もつ乳発酵物の製造方法として、食品分野において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の製造方法で使用しうるアルミパウチ容器の一例を表す外観図である。
【図2】実施例1及び比較例1の乳発酵物について、絶対粘度の測定結果を表すグラフである。
【図3】実施例1及び比較例1の乳発酵物について、動粘度を経時的に測定した結果を表すグラフである。
【図4】実施例2及び比較例2の乳発酵物について、10℃保存の開始時及び28日経過後の動粘度測定結果を表すグラフである。
【図5】実施例3〜5の乳発酵物について、動粘度測定結果を表すグラフである。
【図6】比較例3〜5の乳発酵物について、動粘度測定結果を表すグラフである。
【符号の説明】
【0050】
1:アルミパウチ容器
2:本体
3:注入部材
4:注入部材のふた

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素透過度が50 fmol/m2・s・Pa以下である材質から構成される密封容器内に、
殺菌した乳又は乳製品を主成分とした原料とラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシズ・クレモリス菌とを封入し、
初期溶存酸素を10ppm以下に調整して後発酵させることを特徴とする乳発酵物の製造方法。
【請求項2】
前記酸素透過度が50fmol/m2・s・Pa以下である材質が、アルミニウム箔、アルミニウム蒸着フィルム、シリカ蒸着フィルム又はアルミナ蒸着フィルムの積層体を含む材質である、請求項1に記載の乳発酵物の製造方法。
【請求項3】
前記密封容器が、開閉可能な注入部材を有するパウチ容器である、請求項1又は2に記載の乳発酵物の製造方法。
【請求項4】
前記密封容器内に封入するラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシズ・クレモリス菌スターターの生菌数が1.0×106cfu/g以上1.0×109cfu/g以下の範囲内であり、その植菌量が殺菌した原料乳に対して0.3重量%以上20重量%以下である、請求項1乃至3のいずれか1項に記載の乳発酵物の製造方法。
【請求項5】
後発酵温度が23℃以上33℃以下であり、後発酵時間が5時間以上24時間以下である、請求項1乃至4のいずれか1項に記載の乳発酵物の製造方法。
【請求項6】
原料乳にグルコース又はサッカロースを0.1重量%以上5重量%以下の範囲で添加する、請求項1乃至5のいずれか1項に記載の乳発酵物の製造方法。
【請求項7】
前記密封容器内に、さらにアセトバクター・オリエンタリスを封入する、請求項1乃至6のいずれか1項に記載の乳発酵物の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−136636(P2010−136636A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−313537(P2008−313537)
【出願日】平成20年12月9日(2008.12.9)
【出願人】(591183625)フジッコ株式会社 (15)
【Fターム(参考)】