説明

乳酸菌の保存方法

【課題】乳酸菌、特にバクテリオシンを生産する乳酸菌を生菌のまま常温で長期間保存する方法、バクテリオシンの分解を抑制する方法を提供すること。
【解決手段】ビタミンB1又はビタミンB1を含む食品原料を乳酸菌含有液に添加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビタミンB1又はビタミンB1を含有する食品原料を添加することを特徴とする、乳酸菌を生菌のままで保存する方法及び乳酸菌の生産するバクテリオシンの分解を抑制する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
乳酸菌の生産するバクテリオシンは、食品保存料として有望である。その中でもナイシン(Nisin)は、GRAS物質として米国FDAに認可される等、世界50カ国以上で利用されており、現在までに、ナイシンには天然のアミノ酸置換体として、ナイシンA、ナイシンZ、ナイシンQが報告されている。しかしながら、ナイシンを含めたバクテリオシンはプロテアーゼで容易に分解されるという問題がある。すなわち発酵食品である清酒や醤油、味噌の製造ではAspergillus oryzae等の生産するプロテアーゼ等によって容易に分解され、充分な抗菌性を保つことができないため、利用範囲が限定される。プロテアーゼの存在する条件下でも抗菌活性を維持するためには、それらの発酵食品の製造工程においてもバクテリオシン生産乳酸菌が生菌のままバクテリオシンを生産している必要がある。
【0003】
ナイシン生産乳酸菌の培養方法については様々な報告があるが、培養液やナイシン生産乳酸菌の保存方法について記載された報告はない。培養液中のナイシン活性を維持するには、糖源が残存している必要があり、シュクロース含有培地(非特許文献1)、グルコース含有培地(非特許文献2、特許文献1)について報告されている。培地中に糖が枯渇するとナイシン活性が顕著に低下する原因は、ナイシン生産菌Lactococcus lactisが自己消化酵素であるプロテアーゼを分泌し、本酵素によってナイシンが分解されると推定されている。ただし、いずれの文献においても培養終了数10時間の範囲でしか検討されておらず、ナイシン及びナイシン生産乳酸菌の数日間に渡る保存法については報告されていない。
【0004】
バクテリオシン非生産乳酸菌の保存方法は、いくつかの方法が報告されている。人参汁(1〜20w%)を用いてLactobacillus plantarumを10℃下のチルド保管で1ヶ月保存する方法(特許文献2)が開示されているが、生菌維持のための必須因子が特定されておらず、また10℃以上の温度での保存について記載がない。他には、スクラロースと糖アルコール(マルチトール/エリスリトール)を用いる保存安定性の高い発酵乳食品について開示されている(特許文献3)が、残存菌数についての記載はない。さらには、Lactobacillus helveticus とL.acidophilus の2種を用いることで乳酸濃度の上昇を抑制し、10℃で2週間保存する方法(特許文献4)が開示されているが、工業的に利用するには製造工程が煩雑である。
【特許文献1】特開平4−75596
【特許文献2】特開2001−252012
【特許文献3】特開2002−65156
【特許文献4】特開平10−99018
【非特許文献1】Luc De Vuyst ,et.al, Journal of General Microbiology.138 p571-578(1992)
【非特許文献2】H.Matsusaki,et.al,Appl.Microbiol.Biotechnol.45 p36-40(1996)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、乳酸菌、特にバクテリオシンを生産する乳酸菌を生菌のまま常温で長期間保存する方法、バクテリオシンの分解を抑制する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは鋭意研究を行った結果、ビタミンB1又はビタミンB1を含む食品原料を乳酸菌含有液に添加することにより、乳酸菌、特にバクテリオシンを生産する乳酸菌を生菌のまま常温で長期間保存することができること、さらにはバクテリオシンの分解を抑制することができることを見出し、本発明を完成するに至った。即ち、本発明は以下の通りである。
【0007】
(1)ビタミンB1又はビタミンB1を含有する食品原料及び乳酸菌を溶液に添加して得られる乳酸菌含有液を、25℃以下で保存することを特徴とする乳酸菌の保存方法。
(2)ビタミンB1の添加量が乳酸菌含有液100ml当り0.6〜300μgである(1)記載の方法。
(3)ビタミンB1の添加量が乳酸菌100億cfu当り0.6〜300μgである(1)記載の方法。
(4)ビタミンB1を含有する食品原料が酵母エキス又は麦芽エキス又は大豆加水分解物である(1)乃至(3)記載の方法。
(5)保存温度が10℃〜20℃である(1)乃至(4)記載の方法。
(6)乳酸菌がバクテリオシンを生産する乳酸菌である(1)乃至(5)記載の方法。
(7)乳酸菌がナイシンを生産する乳酸菌である(1)乃至(6)記載の方法。
(8)ビタミンB1又はビタミンB1を含有する食品原料を、糖が残存している乳酸菌培養液に添加することを特徴とする、乳酸菌の生産するバクテリオシンの分解の抑制方法。
(9)バクテリオシンがナイシンである(8)記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の効果として、乳酸菌、特にバクテリオシンを生産する乳酸菌を生菌のまま常温で2ヶ月もの長期間保存することができ、さらにはバクテリオシンの分解を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明に用いられるビタミンB1には、一般にビタミンB1と称されるチアミン、チアミン塩酸塩、チアミン硝酸塩、チアミンセチル硝酸塩、チアミンロダン酸塩、チアミンナフタレン1−5ジスルホン酸塩、チアミンラウリル硝酸塩、ビスベンチアミン、ジベンゾイルチアミン、ジベンゾイルチアミン塩酸塩等が含まれ、合成法により製造されたものでも、酵母、米糠等より抽出されたものでもよい。尚、チアミンはサイアミンと称される場合もある。
【0010】
本発明に用いられるビタミンB1を含有する食品原料の例として、酵母、酵母エキス、玄米、玉ねぎ、大豆、小麦胚芽、豚肉、卵黄、ごま、麦芽エキス等が挙げられる。
【0011】
本発明の乳酸菌含有液には、ビタミンB1あるいはビタミンB1を含有する食品原料と、乳酸菌あるいは乳酸菌の洗浄菌体とを、生理食塩水、りん酸バッファー等の水溶液に添加して得られるものや、MRS培地等ビタミンB1を含有する培地で培養した乳酸菌の培養液も含まれる。
【0012】
本発明のビタミンB1の添加量とは、乳酸菌含有液に添加されるビタミンB1の量であり、ビタミンB1を含有する食品原料を添加する場合は、食品原料中のビタミンB1の量を意味し、食品原料のビタミンB1含有量を高速液体クロマトグラフ法やチトクローム法等定法により分析し、ビタミンB1添加量を算出すればよい。
【0013】
乳酸菌の保存温度は乳酸菌の保存のみを考慮すれば低温ほど好ましいのであるが、低温保存はコスト、設備の制約を受けるので実用面を考慮すると常温が好ましい。従って、本発明の乳酸菌の保存温度は25℃以下、好ましくは20℃以下、より好ましくは5〜20℃、さらに好ましくは10〜20℃である。
【0014】
本発明で言う乳酸菌を生菌のまま長期間保存することができるとは、5日以上、好ましくは10日以上、より好ましくは14日以上、さらに好ましくは1ヶ月以上、特に好ましくは2ヶ月保存後も、乳酸菌含有液中の乳酸菌生菌数が100万cfu/ml以上であることを意味する。尚、乳酸菌の生菌数は定法により測定できる。
【0015】
ナイシン活性測定法は石崎らの方法に従う(Adv.J.Fac.Agr.,Kyushu Univ.,40,p73−85)。即ち乳酸菌培養液等ナイシン含有液を、HPLCにて測定する。スタンダードにはナイシンA製剤(シグマ社)を利用する。このとき、ナイシン量1μgあたりの活性値は国際単位で定められている40IU/μgとする。尚、培養液のナイシン活性測定の際は、サンプリングした培養液に終濃度0.1%となるようTween−20を加えてよく混合した後、遠心分離もしくは0.22μmのフィルター処理にて乳酸菌体を除去する。
【0016】
以下に実施例を挙げ、本発明をさらに詳しく説明する。本発明は、この実施例により何ら限定されない。
【実施例1】
【0017】
Lactococcus lactisAJ110212株(ナイシンZ生産菌)を表1に示したMRS培地にて30℃で24時間培養した。培養液を遠心分離(8,000rpm×10分、5℃)し、生理食塩水に懸濁し、再度同条件で遠心分離し、洗浄菌体を調製した。洗浄菌体を1億cfu/mlとなるよう、ビタミンB1(和光純薬(株)製チアミン塩酸塩),B2、B5、B6、B12、ナイアシンを添加した生理食塩水、ビタミンン未添加の生理食塩水(対照)に添加した。各乳酸菌含有液の初期pHを塩酸にて4.5に調整した。20℃にて14日間保存した後の生菌数、含有液pHを表2に示す。表2に示すように、ビタミンB1を添加することにより、20℃14日保存後も乳酸菌生菌数が1000万cfu/mlと、目標の生菌数(100万cfu/ml以上)が維持されることが確認された。尚、L.lactis AJ110212株は2003年11月19日に独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターにFERM BP−8552の受託番号で寄託されている。
【0018】
【表1】

【0019】
【表2】

【実施例2】
【0020】
実施例1に記載した方法で調製した乳酸菌洗浄菌体を、1億cfu/mlとなるよう、生理食塩水(対照)及びビタミンB1を含有する食品原料である酵母エキス(Biospringer製YEAST PEPTONE)、麦芽エキス(Difco社製Malt Extract,Bacto)、大豆蛋白加水分解物(Difco社製Triptic Soy Broth,Bacto)を添加した生理食塩水に添加した。各乳酸菌含有液の初期pHを塩酸にて4.5に調整した。各乳酸菌含有液を20℃にて14日間保存した後の生菌数、含有液pHを表3に示す。表3に示すように、ビタミンB1含有食品原料を添加し、ビタミンB1を乳酸菌含有液100ml当りあるいは乳酸菌100億cfu当り0.6μg以上添加することにより、20℃14日保存後も目標の乳酸菌生菌数(100万cfu/ml以上)が維持されることが確認された。
【0021】
【表3】

【実施例3】
【0022】
実施例1に記載した方法で調製した乳酸菌洗浄菌体を、1億cfu/mlとなるよう、ビタミンB1を含有する酵母エキス(Biospringer製YEAST PEPTONE)を生理食塩水100ml当り0〜1.5gに添加した。各乳酸菌含有液の初期pHを塩酸にて4.5に調整した。各乳酸菌含有液を10℃、20℃にて14日間保存後の生菌数、含有液pHを表4に示す。また、酵母エキス未添加乳酸菌含有液と酵母エキス0.5g/100ml添加乳酸菌含有液(乳酸菌含有液100ml=乳酸菌100億cfu当りビタミンB1添加量12.3μg)を10℃、20℃にて56日間保存時の生菌数、含有液pHの経時変化を図1に示す。表4に示すように、酵母エキスを0.5g/100ml以上添加した場合、すなわちビタミンB1を6.2μg以上添加した場合、20℃14日保存後も目標の乳酸菌生菌数(100万cfu/ml以上)が維持されることが確認された。10℃14日保存の場合、対照との差異は顕著ではないが、図1に示すように、56日保存においては、酵母エキス添加区のみ10、20℃保存いずれの場合も目標の乳酸菌生菌数(100万cfu/ml以上)が維持され、酵母エキスの添加効果は明白であった。
【0023】
【表4】

【実施例4】
【0024】
前述のとおり培養液中のナイシン活性を維持するには、糖源が残存している必要があることが知られており、糖資化後にナイシン以外のバクテリオシンも同様に分解するかを検討した。ナイシンA生産菌Lactococcus lactis NCIMB8780、ClassIIに属するバクテリオシンとして、エンテロシン(Enterocin)生産菌 Enterococcus faecium JCM5804をグルコース 0.5%を加えたM17培地(DIfco社製)にて30℃、48時間培養し、糖資化前後の抗菌活性を調べた結果を表5に示す。抗菌活性はLactobacillus sakei JCM1157を指標菌としてspot-on-lawn法で求めた。AU/mlは阻止円を形成した最小希釈倍率を100倍した値とした。表5のようにエンテロシンもナイシンと同様に糖資化後に顕著に分解されることが確認された。これより、他のプロテアーゼ感受性バクテリオシンも同様に、抗菌効果を維持するためには、生菌体を維持することが望ましいことが明らかとなった。
【0025】
【表5】

【0026】
次に、Lactococcus lactis NCIMB8780 、Enterococcus faecium JCM5804及び他の抗菌物質生産能を有するWeissela sp.AJ110263の洗浄菌体を、生理食塩水にグルコース0.5%のみを添加した系[Glc(+)YE(-)]、グルコース0.5% 酵母エキス(Biospringer製YEAST PEPTONE)0.81%を添加した系[Glc(+)YE(-)](ビタミンB1添加量:乳酸菌含有液100ml当り20μg)に洗浄菌体(生菌数108cfu/ml)を懸濁し、初期pH4.5(塩酸添加にて調整)、20℃にて10日間保存した。結果を表6に示す。表6に示すように、ナイシンZ以外の抗菌物質生産乳酸菌についても、酵母エキスを添加することにより20℃で長期間保存することが可能であることが示唆された。
【0027】
【表6】

【0028】
実施例2に記載したようにビタミンB1含む酵母エキス、麦芽エキス、大豆分解物等を添加することで、生菌数が維持されることが確認されたので、ナイシン生産乳酸菌培養液中の残糖濃度が枯渇する前に酵母エキスを添加することで、生菌数の維持、自己消化酵素の産出の抑制、ナイシン活性の維持が可能か検討した。培養液中のグルコース濃度が0.2g/dlになった(培養時間24hr)際に、酵母エキスを添加して培養を継続し(30℃,pH5.5 by NaOH)、HPLC法でナイシン活性を測定し比較した。表7に記載したように、酵母エキス添加系では、ナイシンは活性が維持されることが明らかとなった。さらに酵母エキス添加培養液(培養時間48hr)を20℃で10日間保存した結果、Nisin活性1,700IU/ml、生菌数2x107cfu/mlであった。すなわち、糖資化前の糖が残存している乳酸菌培養液にビタミンB1を含有する酵母エキスを添加することにより、ナイシンの分解が抑制されることが確認された。
【0029】
【表7】

【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明によれば、乳酸菌、特にバクテリオシンを生産する乳酸菌を生菌のまま常温で2ヶ月もの長期間保存することができ、さらにはバクテリオシンの分解を抑制することができることより、本発明は食品分野、特に発酵食品の製造において極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】酵母エキス添加、未添加乳酸菌含有液の10℃、20℃ 56日間保存における生菌数、含有液pHの経時変化を示す図である。(実施例3)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビタミンB1又はビタミンB1を含有する食品原料及び乳酸菌を溶液に添加して得られる乳酸菌含有液を、25℃以下で保存することを特徴とする乳酸菌の保存方法。
【請求項2】
ビタミンB1の添加量が乳酸菌含有液100ml当り0.6〜300μgである請求項1記載の方法。
【請求項3】
ビタミンB1の添加量が乳酸菌100億cfu当り0.6〜300μgである請求項1記載の方法。
【請求項4】
ビタミンB1を含有する食品原料が酵母エキス又は麦芽エキス又は大豆加水分解物である請求項1乃至3記載の方法。
【請求項5】
保存温度が10℃〜20℃である請求項1乃至4記載の方法。
【請求項6】
乳酸菌がバクテリオシンを生産する乳酸菌である請求項1乃至5記載の方法。
【請求項7】
乳酸菌がナイシンを生産する乳酸菌である請求項1乃至6記載の方法。
【請求項8】
ビタミンB1又はビタミンB1を含有する食品原料を、糖が残存している乳酸菌培養液に添加することを特徴とする、乳酸菌の生産するバクテリオシンの分解の抑制方法。
【請求項9】
バクテリオシンがナイシンである請求項8記載の方法。

























【図1】
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【公開番号】特開2006−238833(P2006−238833A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−61272(P2005−61272)
【出願日】平成17年3月4日(2005.3.4)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】