説明

亀裂の補修方法

【課題】深い表面亀裂にも適用することができ、施工後の熱処理などの後処理が不要な亀裂の補修方法を提供する。
【解決手段】補修すべき亀裂1を挟んでその両側に、亀裂と略平行で且つ亀裂よりも浅いノッチ2a,2b,3a,3bをそれぞれ形成する。亀裂の両側に形成したノッチが亀裂の応力拡大係数を低下させるので、亀裂の進展速度を遅くすることができ、また、構造物の破壊の可能性を低下させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種構造物の供用中の検査において、疲労等に起因して発生した亀裂を検出したときの補修方法に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶や橋梁などは主として鋼板の溶接構造で構成され、波浪や積み荷の上げ下ろし、風荷重や車両の通行などにより、その構造の一部に疲労亀裂が発生する場合がある。供用中の検査において図5Aに示すように鋼板90を貫通する疲労亀裂91が検出された場合、一時的又は恒久的な補修方法として、図5Bに示すように亀裂91の両端に鋼板90を貫通するストップホール92が加工されることがある。
【0003】
また、蒸気タービン車室や石油プラント圧力貯槽などのように内部に圧力流体を包含する厚肉構造物では、熱疲労や圧力変動などによりその内面に図6Aに示すように表面亀裂93が発生する場合がある。このような表面亀裂93が検出された場合には、一時的又は恒久的な補修方法として、図6Bに示すように亀裂93を含む部分を削り取り、凹部94が形成されることがある。更に、図6Cに示すように、凹部94を溶接により埋める補修溶接95が行われることがある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Hiroyuki Kagawa、“Fatigue crack propagation behavior in four-points bending specimens with multiple parallel edge notches at regular intervals”、Engineering Fracture Mechanics、vol.75(2008)、pp.4954-4609
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記の補修方法はそれぞれ以下の課題を有している。
【0006】
図5Bに示したストップホール92を形成する方法は、鋼板90を貫通する亀裂91に対しては有効であるが、図6Aに示すような裏面にまで達していない表面亀裂93に対しては有効な補修方法とはいえない。
【0007】
一方、図6Bに示した表面亀裂93を削り取る方法は、構造物の板厚が部分的に薄くなるので、例えば圧力容器では設計基準を満足しなくなったり、あるいは設計基準を満足しても、削り取って形成された凹部94の底部に応力が集中し且つこの底部に流体が接触するために熱疲労等により直ちに再び亀裂が発生したりするので、有効な補修方法とはいえない。一般に、表面亀裂93を削り取る方法は、表面亀裂93が表面のごく表層に形成された浅い亀裂である場合に限定的に適用される。
【0008】
また、図6Cに示す補修溶接95を行うと溶接応力が残留する。しかしながら、圧力容器のような大型の構造物では、溶接応力を除去するための熱処理を行うことが難しい。溶接応力が残留したままでは、溶接部分から直ちに亀裂が発生してしまう。
【0009】
本発明は、上記の課題を解決し、深い表面亀裂にも適用することができ、施工後の熱処理などの後処理が不要な亀裂の補修方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の亀裂の補修方法は、構造物に形成された亀裂を補修する方法であって、前記亀裂を挟んでその両側に、前記亀裂と略平行で且つ前記亀裂よりも浅いノッチをそれぞれ形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、亀裂の両側に形成したノッチが亀裂の応力拡大係数を低下させる。従って、亀裂の進展速度を遅くすることができ、また、構造物の破壊の可能性を低下させることができる。また、本発明の補修方法は、亀裂の深さに関係なく適用することができ、施工後の熱処理も不要である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、構造物に形成された表面亀裂を示した斜視図である。
【図2】図2Aは本発明の亀裂の補修方法の一実施形態を示した斜視図である。図2Bは図2Aの2B−2B線に沿った断面図である。
【図3】図3は、本発明の効果を確認するための数値計算結果を示した図である。
【図4】図4は、本発明の亀裂の補修方法の別の実施形態において形成されたノッチを示した断面図である。
【図5】図5Aは鋼板を貫通する亀裂を示した図である。図5Bは図5Aに示した亀裂の両端に形成したストップホールを示した図である。
【図6】図6Aは構造物の表面に形成された表面亀裂を示した図である。図6Bは図6Aに示した表面亀裂を削り取ることで形成された凹部を示した図である。図6Cは図6Bに示した凹部を埋める補修溶接を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明において、亀裂の両側に複数のノッチをそれぞれ形成することが好ましい。形成するノッチの数が多いほど、亀裂の応力拡大係数を更に低下させることができる。従って、より大きな補修効果を得ることができる。
【0014】
上記において、複数のノッチの深さは、亀裂から遠くなるにしたがって浅くなることが好ましい。これにより、亀裂の応力拡大係数を更に低下させることができる。また、各ノッチの応力拡大係数も低下させることができる。
【0015】
以下、本発明を好適な実施形態を示しながら詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施形態に限定されないことはいうまでもない。以下の説明において参照する各図は、説明の便宜上、本発明を説明するために必要な要素のみを簡略化して示したものである。従って、本発明は以下の各図に示されていない任意の要素を備え得る。また、以下の各図の寸法は、実際の要素の寸法および寸法比率等を忠実に表したものではない。
【0016】
亀裂の進展速度や亀裂からの破壊の起こりやすさは、破壊力学において亀裂の先端付近の応力状態を示す応力拡大係数を用いて評価されることは周知である。本発明者は、平行に並んだ複数の表面亀裂が形成されているときの応力拡大係数を定量的に求める手法を開発し、非特許文献1に開示した。本発明は、この手法を応用したものである。
【0017】
図1は、構造物10に形成された、補修すべき亀裂1を示した斜視図である。亀裂1は、構造物10の表面に露出し、その裏面にまでは達していない、いわゆる表面亀裂である。
【0018】
図2Aは亀裂1の本発明の補修方法の一実施形態を示した斜視図である。図2Bは図2Aの2B−2B線に沿った断面図である。図2A及び図2Bに示されているように、本実施形態では、補修すべき亀裂1を挟むように、亀裂1の両側にそれぞれ2本、合計4本のノッチ2a,2b,3a,3bを亀裂1と略平行に形成する。また、図2Bに示すように、ノッチ2a,2b,3a,3bの深さは補修すべき亀裂1より浅い。更に、亀裂1から遠くなるにしたがってノッチの深さは浅くすることが好ましい。即ち、本実施形態では、ノッチ2a,2bよりノッチ3a,3bの方が浅いことが好ましい。
【0019】
一般に、亀裂1が形成された構造物10に引っ張り力Fが作用すると、亀裂1が形成された部分では構造物10の板厚が薄いので、亀裂1の先端(最深部)に最大の引っ張り応力が作用する。これに対して、図2A及び図2Bに示されているように、亀裂1の両側にノッチ2a,2b,3a,3bを形成すると、亀裂1の先端に作用する最大の引っ張り応力が小さくなる。その結果、亀裂1の進展速度を遅くすることができ、また、構造物10の破壊の可能性を低下させることができる。
【0020】
本発明の効果を確認するための数値計算例を示す。図2Bに示すように、板厚Wの構造物10に深さaの亀裂1が形成された場合を考える。亀裂1から距離Hだけ離れた位置に深さ(2/3)×aのノッチ2a,2bを形成し、更に、ノッチ2a,2bから距離Hだけ亀裂1から遠ざかる方向に離れた位置に深さ(1/3)×aのノッチ3a,3bを形成する。
【0021】
亀裂1についての応力拡大係数Kは、一般に、
K=Cσ(πa)1/2 ・・・(1)
で表される。ここで、σは応力、Cは補正係数である。
【0022】
ノッチ2a,2b,3a,3bを形成しない場合、補正係数Cは、
C=f(ξ) ・・・(2)
である。ここで、ξは相対亀裂深さであり、ξ=a/Wで定義される。
【0023】
一方、深さが異なるノッチ2a,2b,3a,3bを形成した場合、補正係数Cは、
C=f(ξ)・g(ξ,η)・h(ξ,η,ζ) ・・・(3)
である(非特許文献1参照)。ここで、ηは相対ノッチ間隔であり、η=H/Wで定義される。また、ζは、ζ=ln(a/a’)で定義される。ここで、a’は亀裂1の両隣にあるノッチ2a,2bの平均深さである。
【0024】
図3に、図2Bに示した条件で、相対亀裂深さ(a/W)を0.05,0.1,0.2の3通りに変えて、亀裂1についての無次元化応力拡大係数(即ち、上記補正係数C)を計算により求めた結果を示す。「施工前」はノッチ2a,2b,3a,3bを形成する前を、また、「施工後」はノッチ2a,2b,3a,3bを形成した後をそれぞれ意味する。いずれの相対亀裂深さにおいても、無次元化応力拡大係数は、「施工後」は「施工前」の約半分に低下している。このように、補修すべき亀裂の両側にノッチをそれぞれ形成することにより、当該ノッチが引っ張り力Fに対するシールド効果を発揮して亀裂の応力拡大係数を小さくするのである。
【0025】
なお、詳細な説明を省略するが、上記においてノッチ2a,2b,3a,3bについての無次元化応力拡大係数が、「施工後」の亀裂1についての無次元化応力拡大係数よりも小さくなることを確認している。
【0026】
図2Bでは、ノッチ2a,2b,3a,3bの深さは、亀裂1の先端を通る直線8a,8bに沿って漸減したが、例えば図4に示すように亀裂1の先端を頂点とする放物線9に沿って漸減しても良い。更に、図示を省略するが、例えば亀裂1の先端を通る円弧に沿って漸減してもよく、その他の規則にしたがって漸減してもよい。もちろん、何らかの規則にしたがっていなくてもよい。本発明者の検討によれば、図2Bと図4とを比較すると、放物線9に沿ってノッチ2a,2b,3a,3bの深さを漸減させた図4の方が、亀裂1についての無次元化応力拡大係数を小さくすることができることを確認した。なお、本発明において、亀裂1の深さは、その深さが一定でない場合にはその最大深さによって定義される。また、ノッチの深さは、亀裂1の最大深さ位置に対向する位置での深さを意味する。
【0027】
上記の実施形態では、亀裂1に対して一方の側に2つのノッチを形成する例を示したが、本発明はこれに限定されない。例えば、亀裂1に対して一方の側に形成されるノッチの数は1つでもよく、あるいは3つ以上でもよい。亀裂1とこれに隣り合うノッチとの間隔及び隣り合うノッチ間隔(または相対ノッチ間隔η)は小さいほど、より大きな補修効果が得られる。また、これらの間隔が同じ場合で比較すると、ノッチの数が多いほど、より大きな補修効果が得られる。なお、これらの間隔は、上記の実施形態のように同一である必要はなく、異なっていても良い。
【0028】
本発明では、ノッチは亀裂1に対して両側にそれぞれ1つ以上形成される。この限りにおいて、ノッチの数や位置、深さなどは任意に設定することができるが、亀裂1に対してノッチは対称的に形成されることが好ましい。
【0029】
ノッチの延設方向の長さL(図2A参照)は、亀裂1の長さとほぼ同じであることが好ましい。また、長さ方向においてノッチの最深部の位置は、亀裂1の最深部の位置と対向していることが好ましい。
【0030】
本発明が適用される構造物の材料は特に限定されない。例えば、鉄(鋼、鋳物など)、アルミニウム、各種合金などの金属はもちろん、これら以外の材料であってもよい。また、構造物の用途も特に限定はなく、各種圧力容器、タービン、船舶、各種建築構造物など、亀裂が発生しうるあらゆる構造物が含まれる。
【0031】
ノッチの形成方法は特に限定されず、亀裂1が形成された構造物の材料などに応じて適宜選択することができる。例えば、円板状グラインダを用いることができる。ノッチの幅(隙間)がなるべく狭くなるような形成方法を選択することが好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の利用分野は特に制限はなく、各種構造物に発生した亀裂(特に表面亀裂)に広範囲に適用することができる。
【符号の説明】
【0033】
1 亀裂
2a,2b,3a,3b ノッチ
10 構造物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造物に形成された亀裂を補修する方法であって、
前記亀裂を挟んでその両側に、前記亀裂と略平行で且つ前記亀裂よりも浅いノッチをそれぞれ形成することを特徴とする亀裂の補修方法。
【請求項2】
前記亀裂の両側に、複数のノッチをそれぞれ形成する請求項1に記載の亀裂の補修方法。
【請求項3】
前記複数のノッチの深さは、前記亀裂から遠くなるにしたがって浅くなる請求項2に記載の亀裂の補修方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2011−161544(P2011−161544A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−25062(P2010−25062)
【出願日】平成22年2月8日(2010.2.8)
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【Fターム(参考)】