説明

亀裂監視装置及び亀裂監視方法

【課題】監視対象物に発生する亀裂の開口幅の変動による影響を受けずに、この亀裂の発生の検出精度を向上させることができる亀裂監視装置及び亀裂監視方法を提供する。
【解決手段】通電状態測定部11の測定結果を制御部15が評価部13に送信すると、評価部13がボード線図に基づいて亀裂発生検出用導電層5aに亀裂C1が発生したか否かを評価する。亀裂発生時の極僅かな亀裂長さでは亀裂部分の開口幅が変動し、亀裂進展検出用導電層4aの電気抵抗が変化する。亀裂発生検出用導電層5aに亀裂C1が発生したときには、低周波数側では交流インピーダンス値が略一定であるが高周波数側では周波数の対数に対して交流インピーダンスの対数が略一定で減少するようなボード線図を通電状態測定部11が生成する。このため、鋼構造物1に亀裂C1が発生していると評価部13が評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、監視対象物に発生する亀裂を監視する亀裂監視装置及び亀裂監視方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鉄道などの鋼構造物に発生する疲労亀裂を発見するために、定期的な目視検査が実施されているが、目視検査では僅かな疲労亀裂を確認し難く、詳細に検査するためには膨大な時間を要する。このため、近年、疲労亀裂の発生し易い部位に導電性薄膜を塗布し、構造物に亀裂が発生してこの導電性薄膜が破断する際の抵抗値変化から亀裂を検知する方法が提案されている。例えば、従来の亀裂監視装置は、防水性を有する絶縁塗料をトンネルの壁面に塗布して形成された下地層と、線状模様の電気回路を形成するように下地層の表面に導電性塗料を塗布して形成された導電層と、下地層と同様の絶縁塗料を導電層及び下地層に塗布して形成されこれらを被覆する保護層とを備えている(特許文献1参照)。このような従来の亀裂監視装置では、壁面にひび割れが発生して異常が発生するとこの異常箇所の周辺が剥離して導電層が断線し導電層が非通電状態になるため、センサが導電層の非通電状態を検出して壁面の異常を検出することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001-201477号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の亀裂監視装置では、トンネルなどのコンクリート構造物以外の鋼構造物の疲労亀裂の発生を検知する場合には、導電性塗膜による細線状の導電層を鋼材に形成してこの導電層が亀裂の発生に伴って切断したときの導通ON/OFFを利用する必要がある。しかし、従来の亀裂監視装置では、例えば、導電層が切断した後に、列車通過時の繰り返し荷重などを鋼構造物が受けて、この鋼構造物の応力状態が変化すると、亀裂の開口幅が増減してこの亀裂の開口部が接触及び離間を繰り返して直流抵抗値が変化する。このため、従来の亀裂監視装置では、一般的なマルチメータによる直流抵抗測定手法によって亀裂の発生を検知することができない問題点がある。
【0005】
この発明の課題は、監視対象物に発生する亀裂の開口幅の変動による影響を受けずに、この亀裂の発生の検出精度を向上させることができる亀裂監視装置及び亀裂監視方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明は、以下に記載するような解決手段により、前記課題を解決する。
なお、この発明の実施形態に対応する符号を付して説明するが、この実施形態に限定するものではない。
請求項1の発明は、図3に示すように、監視対象物(1)に発生する亀裂(C1)を監視する亀裂監視装置であって、前記亀裂の発生に応じて電気抵抗が変化する導電部(5a)に複数の異なる周波数の交流電力を供給する給電部(9)と、前記複数の異なる周波数毎に前記導電部の交流インピーダンスを測定する測定部(11)と、前記測定部の測定結果に基づいて前記亀裂の発生状況を評価する評価部(13)とを備える亀裂監視装置(2)である。
【0007】
請求項2の発明は、請求項1に記載の亀裂監視装置において、図10に示すように、前記監視対象物の振動を検出する振動検出部(17)を備え、前記給電部は、前記振動検出部が振動を検出したときに、前記複数の異なる周波数の交流電力を前記導電部に供給し、前記測定部は、前記振動検出部が振動を検出したときに、前記複数の異なる周波数毎に前記導電部の交流インピーダンスを測定することを特徴とする亀裂監視装置である。
【0008】
請求項3の発明は、請求項1又は請求項2に記載の亀裂監視装置において、図8(B)に示すように、前記評価部は、前記複数の異なる周波数に対応する各交流インピーダンス値が異なるときには、前記亀裂が発生していると評価することを特徴とする亀裂監視装置である。
【0009】
請求項4の発明は、請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の亀裂監視装置において、前記評価部は、低周波数側で測定したときの交流インピーダンス値に比べて、高周波数側で測定したときの交流インピーダンス値が減少したときには、前記導電層に亀裂が発生していると評価することを特徴とする亀裂監視装置である。
【0010】
請求項5の発明は、請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の亀裂監視装置において、図8(A)に示すように、前記評価部は、前記複数の異なる周波数に対応する各交流インピーダンス値が略同一であるときには、前記亀裂が発生していないと評価することを特徴とする亀裂監視装置である。
【0011】
請求項6の発明は、請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載の亀裂監視装置において、前記評価部は、低周波数側で測定したときの交流インピーダンス値と、高周波数側で測定したときの交流インピーダンス値とが略同一であるときには、前記導電層に亀裂が発生していないと評価することを特徴とする亀裂監視装置である。
【0012】
請求項7の発明は、請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載の亀裂監視装置において、前記測定部は、前記導電部の電極部間に交流電流を流し、この電極部間の交流インピーダンスを測定することを特徴とする亀裂監視装置である。
【0013】
請求項8の発明は、請求項1から請求項7までのいずれ1項に記載の亀裂監視装置において、前記導電部は、導電性塗料を塗布して形成されていることを特徴とする亀裂監視装置である。
【0014】
請求項9の発明は、図3、図9及び図10に示すように、監視対象物(1)に発生する亀裂(C1)を監視する亀裂監視方法であって、前記亀裂の発生に応じて電気抵抗が変化する導電部(5a)に複数の異なる周波数の交流電力を供給する給電工程(S110)と、前記複数の異なる周波数毎に前記導電部の交流インピーダンスを測定する測定工程(S120)と、前記測定工程における測定結果に基づいて前記亀裂の発生状況を評価する評価工程(S130)とを含む亀裂監視方法である。
【0015】
請求項10の発明は、請求項9に記載の亀裂監視方法において、図10に示すように、前記監視対象物の振動を検出する振動検出工程(S100)を含み、前記給電工程は、前記振動検出工程において振動を検出したときに、前記複数の異なる周波数の交流電力を前記導電部に供給する工程を含み、前記測定工程は、前記振動検出工程において振動を検出したときに、前記複数の異なる周波数毎に前記導電部の交流インピーダンスを測定する工程を含むことを特徴とする亀裂監視方法である。
【0016】
請求項11の発明は、請求項9又は請求項10に記載の亀裂監視方法において、図8(B)に示すように、前記評価工程は、前記複数の異なる周波数に対応する各交流インピーダンス値が異なるときには、前記亀裂が発生していると評価する工程を含むことを特徴とする亀裂監視方法である。
【0017】
請求項12の発明は、請求項9から請求項11までのいずれか1項に記載の亀裂監視方法において、前記評価工程は、低周波数側で測定したときの交流インピーダンス値に比べて、高周波数側で測定したときの交流インピーダンス値が減少したときには、前記導電層に亀裂が発生していると評価する工程を含むことを特徴とする亀裂監視方法である。
【0018】
請求項13の発明は、請求項9から請求項12までのいずれか1項に記載の亀裂監視方法において、図8(A)に示すように、前記評価工程は、前記複数の異なる周波数に対応する各交流インピーダンス値が略同一であるときには、前記亀裂が発生していないと評価する工程を含むことを特徴とする亀裂監視方法である。
【0019】
請求項14の発明は、請求項9から請求項13までのいずれか1項に記載の亀裂監視方法において、前記評価工程は、低周波数側で測定したときの交流インピーダンス値と、高周波数側で測定したときの交流インピーダンス値とが略同一であるときには、前記導電層に亀裂が発生していないと評価する工程を含むことを特徴とする亀裂監視方法である。
【0020】
請求項15の発明は、請求項9から請求項14までのいずれか1項に記載の亀裂監視方法において、前記測定工程は、前記導電部の電極部間に交流電流を流し、この電極部間の交流インピーダンスを測定する工程を含むことを特徴とする亀裂監視方法である。
【発明の効果】
【0021】
この発明によると、監視対象物に発生する亀裂の開口幅の変動による影響を受けずに、この亀裂の発生の検出精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置によって監視される鋼構造物に亀裂が発生した状態を一例として示す斜視図である。
【図2】この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置の亀裂監視材を鋼構造物に形成した状態を一例として示す断面図である。
【図3】この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置の構成図である。
【図4】この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置の亀裂監視材の一部を破断して示す斜視図である。
【図5】この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置の亀裂監視材の平面図である。
【図6】図5のVI-VI線で切断した状態を示す断面図である。
【図7】この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置の通電状態測定部による亀裂の進展の測定動作を説明するための平面図であり、(A)は亀裂進展検出用導電層に亀裂が発生した状態を示し、(B)は亀裂進展検出用電極層に亀裂が発生した状態を示す。
【図8】この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置の通電状態測定部による亀裂の発生の測定動作を説明するための模式図であり、(A)は亀裂発生検出用導電層に亀裂が発生する前の測定結果を模式的に示すグラフであり、(B)は亀裂発生検出用電極層に亀裂が発生した後の測定結果を模式的に示すグラフである。
【図9】この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置の動作を説明するためのフローチャートである。
【図10】この発明の第2実施形態に係る亀裂監視装置の構成図である。
【図11】この発明の第2実施形態に係る亀裂監視装置の動作を説明するためのフローチャートである。
【図12】列車通過時の亀裂開口幅の変動を模式的に示す概念図であり、(A)は亀裂発生検出用導電層に疲労亀裂が発生した状態を模式的に示す平面図であり、(B)は(A)のXIIA部分の列車が通過しているときの拡大図であり、(C)は(A)のXIIA部分の列車が通過していないときの拡大図である。
【図13】開口した亀裂発生検出用導電層の交流インピーダンスの測定結果を示すボード線図である。
【図14】破断した亀裂発生検出用導電層の電気回路モデルのボード線図である。
【図15】疲労試験中のインピーダンス(100Hz)の連続測定結果を示すグラフである。
【図16】周波数100Hzの交流インピーダンスの変化を示すグラフである。
【図17】亀裂発生検出用導電層が破壊に至るまでの状態を示す模式図であり、(A)は亀裂発生検出用導電層が疲労により劣化した状態を示し、(B)は亀裂発生検出用導電層が疲労により破断した状態を示し、(C)は亀裂発生検出用導電層の亀裂開口幅が小さくなった状態を示し、(D)は亀裂発生検出用導電層の亀裂開口幅が大きくなった状態を示す。
【図18】引張荷重と交流インピーダンスとの関係を示すボード線図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
(第1実施形態)
以下、図面を参照して、この発明の第1実施形態について詳しく説明する。
図1は、この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置によって監視される鋼構造物に亀裂が発生した状態を一例として示す斜視図である。図2は、この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置の亀裂監視材を鋼構造物に形成した状態を一例として示す断面図である。
【0024】
図1及び図2に示す鋼構造物1は、鋼材によって構成された固定構造物である。鋼構造物1は、例えば、鉄道車両が走行する線路の下部に空間を確保し列車の荷重を支持する橋梁である。鋼構造物1は、図1に示すように、鋼板と山形鋼とを溶接などによって接合してI形の桁に組み立てた主桁1aを備えており、この主桁1aは主桁1aの下部板を形成する下フランジ1bと、主桁1aの上部板を構成する上フランジ1cと、下フランジ1bと上フランジ1cとを結合する腹板1dなどから構成されている。例えば、図1及び図2に示す鋼構造物1には、図2に示すように、主桁1aの長さ方向の略中間における下フランジ1bの縁部から亀裂C1が発生しており、図1に示すように下フランジ1bと腹板1dとが接合する接合部から亀裂C2,C3が発生している。
【0025】
図3は、この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置の構成図である。
図3に示す亀裂監視装置2は、鋼構造物1に発生する亀裂C1〜C3を監視する装置である。亀裂監視装置2は、図1〜図3に示す亀裂監視材3と、図1及び図3に示す配線材6,7と、図3に示す給電部8,9と、通電状態測定部10,11と、評価部12,13と、通信部14と、制御部15と、図1及び図3に示す収容部16などを備えている。亀裂監視装置2は、図1及び図2に示す亀裂C1〜C3の発生が予測される鋼構造物1の部位にそれぞれ設置されている。以下では、図2に示すように、下フランジ1bの縁部(長辺部)に発生する亀裂C1を亀裂監視装置2によって監視する場合を例に挙げて説明する。
【0026】
図4は、この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置の亀裂監視材の一部を破断して示す斜視図である。図5は、この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置の亀裂監視材の平面図である。図6は、図5のVI-VI線で切断した状態を示す断面図である。
亀裂監視材3は、亀裂C1の発生が予測される鋼構造物1の表面に形成され、この鋼構造物1の亀裂C1の発生及びこの亀裂C1の進展を監視する部材である。亀裂監視材3は、図4〜図6に示すように、亀裂進展検出部4と、亀裂発生検出部5とを備えている。亀裂監視材3は、図2に示すように、亀裂C1の発生が予測される鋼構造物1の縁部に刷毛、ローラ又はスプレーなどによって塗布され形成されている。
【0027】
亀裂進展検出部4は、亀裂発生検出部5が検出した亀裂C1の進展を検出する部分であり、図2、図4及び図6に示すように、亀裂進展検出用導電層4aと、防錆絶縁層4bと、亀裂進展検出用電極層4c〜4fと、環境遮断層4gとを備えている。亀裂進展検出部4は、亀裂発生検出部5が検出した亀裂C1の進展を検出可能なようにこの亀裂発生検出部5の下側に形成されている。亀裂進展検出部4は、長期間にわたり耐久性が期待できる塗装系材料によって構成されており鋼構造物1の表面に形成されている。
【0028】
亀裂進展検出用導電層4aは、亀裂C1の発生に応じて電気抵抗が変化する塗膜である。亀裂進展検出用導電層4aは、図2、図4及び図5に示すように、鋼構造物1に発生が予測される亀裂C1の起点側に長辺側が位置するように、防錆絶縁層4bの表面に帯状に形成されている。亀裂進展検出用導電層4aは、鋼構造物1に許容される亀裂長さに応じた幅に形成されており、鋼構造物1に許容される亀裂長さが長いときには幅が広く形成され、鋼構造物1に許容される亀裂長さが短いときには幅が狭く形成される。亀裂進展検出用導電層4aは、図4及び図5に示すように、亀裂進展検出用電極層4c〜4fによって複数の監視領域A1,A2,A3に区画されている。亀裂進展検出用導電層4aは、亀裂進展検出用導電層4aの長さ方向の隣接する一対の亀裂進展検出用電極層4c,4dによって監視領域A1が形成され、一対の亀裂進展検出用電極層4d,4eによって監視領域A2が形成され、一対の亀裂進展検出用電極層4e,4fによって監視領域A3が形成されている。亀裂進展検出用導電層4aは、例えば、導電顔料と有機樹脂とを含む導電性塗料を塗布して形成されており、導電顔料としてはカーボンブラック、グラファイト、ニッケル、銅、銀などが好ましく、有機樹脂としてはエポキシ樹脂、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、フェノール樹脂、アルキルシリケート樹脂などが好ましい。
【0029】
亀裂進展検出用導電層4aの塗膜厚さは、10μm以下では現場施工によって連続した塗膜が得られないおそれがあり、100μm以上では塗装したときに垂れなどの塗膜欠陥が多く発生し、この塗膜欠陥を防止するために粘度を高くすると施工性が犠牲になるおそれがある。このため、亀裂進展検出用導電層4aの塗膜厚さは、10〜100μmが好ましく、特に30〜60μmが望ましい。亀裂進展検出用導電層4aの塗膜の物性は、引張試験による破断時の伸びが10%以下では鋼構造物1の温度差による伸縮などの他の要因によって割れるおそれがあり、30%以上では鋼構造物1の亀裂発生時やボルトの緩み時に亀裂進展検出用導電層4aが同時に破壊しないおそれがある。このため、亀裂進展検出用導電層4aの塗膜の物性は、引張試験による破断時の伸びが10〜30%であることが好ましい。亀裂進展検出用導電層4aは、体積抵抗率が1〜10Ω・cmとなり、塗布後の電極間の抵抗が200〜10000Ω、好ましくは200〜2000Ωとなるように、導電顔料と有機樹脂との配合量を調整して形成されている。亀裂進展検出用導電層4aの塗料粘度は、現場で刷毛、ローラ又はスプレーなどによって塗布できる程度に調整することが好ましい。
【0030】
図4及び図6に示す防錆絶縁層4bは、鋼構造物1と亀裂進展検出用導電層4aとを電気的に絶縁するとともに鋼構造物1の腐食を防止する塗膜である。防錆絶縁層4bは、図4及び図6に示すように、鋼構造物1の表面(鋼素地)に亀裂C1の検知範囲を含むように広く塗布され形成されている。防錆絶縁層4bは、例えば、防錆顔料入りエポキシ樹脂又は有機ジンクリッチペイントなどのような鋼構造物用防食塗装系に適用されている下塗り塗料である。防錆絶縁層4bの塗膜厚さは、30〜100μmが好ましい。
【0031】
図4〜図6に示す亀裂進展検出用電極層4c〜4fは、亀裂進展検出用導電層4aに電流を流す塗膜である。亀裂進展検出用電極層4c〜4fは、図5及び図6に示すように、亀裂進展検出用導電層4aの長さ方向に、この亀裂進展検出用導電層4aの表面に等間隔で複数箇所(例えば4箇所)に配置されている。亀裂進展検出用電極層4c〜4fは、亀裂進展検出用導電層4aの短辺と平行になるように、この亀裂進展検出用導電層4aの幅と同じ幅で帯状に塗布されている。亀裂進展検出用電極層4c〜4fは、図4及び図5に示すように、亀裂進展検出用導電層4aを複数の監視領域A1〜A2に区画している。亀裂進展検出用電極層4c〜4fは、亀裂進展検出用導電層4aと同一の導電性塗料を塗布して形成されており、塗膜厚さ、塗膜の物性及び塗料粘度も亀裂進展検出用導電層4aと同一である。亀裂進展検出用電極層4c〜4fは、体積抵抗率が1〜10Ω・cmとなるように、導電顔料と有機樹脂との配合量を調整して形成することが好ましい。
【0032】
図4及び図6に示す環境遮断層4gは、亀裂進展検出用導電層4a及び亀裂進展検出用電極層4c〜4fを保護するとともに鋼構造物1の防食性を向上させる塗膜である。また、環境遮断層4gは、亀裂進展検出部4と亀裂発生検出部5とを電気的に絶縁する塗膜である。環境遮断層4gは、亀裂進展検出用導電層4a及び亀裂進展検出用電極層4c〜4fを被覆するように、これらの表面に塗布され形成されている。環境遮断層4gは、例えば、防錆顔料入りエポキシ樹脂系塗料などのような鋼構造物用防食塗装系に適用される中塗り塗料である。環境遮断層4gの塗膜厚さは、60〜120μmが好ましい。
【0033】
亀裂発生検出部5は、鋼構造物1に発生する亀裂C1を検出する部分であり、図4〜図6に示すように亀裂発生検出用導電層5aと、亀裂発生検出用電極層5b,5cと、環境遮断層5dと、耐候層5eとを備えている。亀裂発生検出部5は、亀裂進展検出部4と同様の塗装系材料によって構成されており、亀裂進展検出部4に重ねて塗布されている。
【0034】
亀裂発生検出用導電層5aは、亀裂C1の発生に応じて電気抵抗が変化する塗膜である。亀裂発生検出用導電層5aは、図3に示すように、鋼構造物1に発生が予測される亀裂C1の起点側に長辺側が位置するように、環境遮断層4gの表面に帯状に形成されている。亀裂発生検出用導電層5aは、亀裂発生時の極僅かな亀裂長さを検知可能なように、亀裂進展検出用導電層4aよりも幅が狭く形成されており、亀裂進展検出用導電層4aの長辺を含むように線状に塗布されている。亀裂発生検出用導電層5aは、亀裂進展検出用導電層4aと同一の導電性塗料を塗布して形成されており、塗膜厚さ、塗膜の物性及び塗料粘度も亀裂進展検出用導電層4aと同一である。亀裂発生検出用導電層5aの塗膜幅は、5mm以下が望ましい。亀裂発生検出用導電層5aは、亀裂進展検出用導電層4aよりも体積抵抗率が0.01〜1Ω・cmと低く、塗布後の電極間の抵抗が200〜10000Ω、好ましくは200〜2000Ωとなるように、導電顔料と有機樹脂との配合量を調整して形成されている。
【0035】
亀裂発生検出用電極層5b,5cは、亀裂発生検出用導電層5aに電流を流す塗膜である。亀裂発生検出用電極層5b,5cは、図4〜図6に示すように、亀裂発生検出用導電層5aの長さ方向の両端部に配置されており、亀裂発生検出用導電層5aの短辺と平行になるように、亀裂発生検出用導電層5aの幅と同じ幅で帯状に塗布されている。亀裂発生検出用電極層5b,5cは、亀裂進展検出用導電層4aと同一の導電性塗料を塗布して形成されており、塗膜厚さ、塗膜の物性及び塗料粘度も亀裂進展検出用導電層4aと同一である。亀裂発生検出用電極層5b,5cは、亀裂進展検出用電極層4c〜4fと体積抵抗率が同一になるように、導電顔料と有機樹脂との配合量を調整して形成することが好ましい。
【0036】
環境遮断層5dは、亀裂発生検出用導電層5a及び亀裂発生検出用電極層5b,5cを保護するとともに鋼構造物1の防食性を向上させる塗膜である。環境遮断層5dは、図4及び図6に示すように、亀裂発生検出用導電層5a及び亀裂発生検出用電極層5b,5cを被覆するように、これらの表面に塗布されている。環境遮断層5dは、環境遮断層4gと同様に、環境遮断性に優れたエポキシ樹脂系塗料などのような鋼構造物用防食塗装系に適用される中塗り塗料であり、環境遮断層5dの塗膜厚さは環境遮断層4gと同一であることが好ましい。
【0037】
耐候層5eは、環境遮断層5dを自然因子の作用から保護する塗膜である。耐候層5eは、環境遮断層5dを被覆するようにこの表面に耐候性塗料を塗布して形成されている。耐候層5eは、例えば、耐紫外線性及び耐薬品性に優れたポリウレタン樹脂又はふっ素樹脂などのような鋼構造物用防食塗装系に適用される上塗り塗料である。
【0038】
配線材6は、亀裂進展検出用導電層4aに電流を流す電線である。配線材6は、図3に示すように、一方の端部が亀裂進展検出用電極層4c〜4fにそれぞれ取り付けられ接続されており、他方の端部が通電状態測定部10に接続されている。配線材7は、亀裂発生検出用導電層5aに電流を流す電線である。配線材7は、一方の端部が亀裂発生検出用電極層5b,5cに取り付けられ接続されており、他方の端部が通電状態測定部10に接続されている。配線材6,7は、例えば、図1に示すように、測定が困難な箇所(検出箇所P1)である下フランジ1bから腹板1dに沿って、測定が容易な箇所(測定箇所P2)である上フランジ1cまで帯状に形成されている。配線材6は、亀裂進展検出用導電層4aと一体に電気的に接続するように線状に塗布され形成されており、配線材7は亀裂発生検出用導電層5aと一体に電気的に接続するように線状に塗布され形成されている。配線材6,7は、例えば、導電顔料と有機樹脂とを含む導電性塗料を塗布して形成されており、導電顔料としては銀又は銀被覆銅フレークなどが好ましく、有機樹脂としてはポリウレタン樹脂などが好ましい。
【0039】
図3に示す給電部8は、亀裂進展検出用電極層4c〜4fに電力を供給する直流電源である。給電部8は、制御部15からの指令に基づいて、亀裂進展検出用電極層4c,4d間、亀裂進展検出用電極層4d,4e間、及び亀裂進展検出用電極層4e,4f間に直流電力を供給し、これらの間に直流電圧を印加し亀裂進展検出用導電層4aに直流電流を流す。
【0040】
給電部9は、亀裂発生検出用電極層5b,5cに電力を供給する交流電源であり、複数の異なる周波数の交流電力をこの亀裂発生検出用導電部5b,5cに供給する。給電部9は、亀裂発生検出用電極層5b,5cに低周波側と高周波側との間で周波数を変えながら交流電力を供給する。給電部9は、例えば、所定の電圧で周波数を0.1Hzから100kHzまで変えながら、亀裂発生検出用電極層5b,5c間に交流電圧を印加し、亀裂発生検出用導電層5aに交流電流を流す。給電部9は、制御部15からの指令に基づいて、亀裂発生検出用電極層5b,5c間に交流電力を供給する。
【0041】
通電状態測定部10は、亀裂進展検出用導電層4aの通電状態を測定する抵抗測定器などである。通電状態測定部10は、制御部15からの指令に基づいて、監視領域A1〜A3毎に通電状態を測定するとともに、隣接する2つの監視領域A1,A2;A2,A3毎に通電状態を測定する。通電状態測定部10は、給電部8に接続されており、給電部8からの直流電力を亀裂進展検出用電極層4c〜4fに供給する。
【0042】
図7は、この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置の通電状態測定部による亀裂の進展の測定動作を説明するための平面図であり、図7(A)は亀裂進展検出用導電層に亀裂が発生した状態を示し、図7(B)は亀裂進展検出用電極層に亀裂が発生した状態を示す。
通電状態測定部10は、図7(A)に示すように、監視領域A1に亀裂C1が発生したときには、亀裂進展検出用電極層4c,4d間(監視領域A1)の亀裂進展検出用導電層4aの電気抵抗を測定するとともに、亀裂進展検出用電極層4d,4e間(監視領域A2)の電気抵抗又は亀裂進展検出用電極層4e,4f間(監視領域A3)の電気抵抗を測定する。一方、通電状態測定部10は、図7(B)に示すように、亀裂進展検出用電極層4dに亀裂C1が発生したときには、亀裂進展検出用電極層4c,4e間(監視領域A1,A2)の亀裂進展検出用導電層4aの電気抵抗を測定するとともに、亀裂進展検出用電極層4d,4f間(監視領域A2,A3)の電気抵抗を測定する。通電状態測定部10は、通電状態の測定結果(電気抵抗)を通電状態測定信号(通電状態測定情報)として制御部15に送信する。
【0043】
図3に示す通電状態測定部11は、亀裂発生検出用導電層5aの通電状態を測定する抵抗測定器などである。通電状態測定部11は、複数の異なる周波数毎にこの亀裂発生検出用導電層5aの交流インピーダンスを測定する。通電状態測定部11は、亀裂発生検出用導電層5aに周波数を変えながら複数の異なる周波数(例えば、10Hz,100Hz,1kHz,10kHz)で給電部9が交流電力を供給したときに、これらの複数の異なる周波数毎に亀裂発生検出用導電層5aの交流インピーダンスをそれぞれ測定する。通電状態測定部11は、制御部15からの指令に基づいて、亀裂発生検出用導電層5aの通電状態を測定する。通電状態測定部11は、亀裂発生検出用導電層5aの亀裂発生検出用電極層5b,5c間に交流電流を流し、この亀裂発生検出用電極層5b,5c間の交流インピーダンスを測定する。通電状態測定部11は、給電部9に接続されており、給電部9からの交流電力を亀裂発生検出用電極層5b,5cに供給する。
【0044】
図8は、この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置の通電状態測定部による亀裂の発生の測定動作を説明するための模式図であり、図8(A)は亀裂発生検出用導電層に亀裂が発生する前の測定結果を模式的に示すグラフであり、図8(B)は亀裂発生検出用電極層に亀裂が発生した後の測定結果を模式的に示すグラフである。
図8に示す縦軸は、交流インピーダンス(Ω)の対数であり、横軸が周波数(Hz)の対数である。通電状態測定部11は、図8に示すような交流インピーダンスの測定結果をボード線図(ボーデ線図)として生成する。通電状態測定部11は、図8(A)に示すように、亀裂発生検出用導電層5aに亀裂C1が発生していないときには、周波数にかかわらず交流インピーダンス値が略一定のボード線図を生成する。一方、通電状態測定部11は、図8(B)に示すように、亀裂発生検出用導電層5aに亀裂C1が発生したときには、低周波数側では交流インピーダンス値が略一定であるが高周波数側では周波数の対数に対して交流インピーダンスの対数が略一定で減少するようなボード線図を生成する。通電状態測定部11は、通電状態の測定結果(ボード線図)を通電状態測定信号(通電状態測定情報)として制御部15に送信する。
【0045】
図3に示す評価部12は、通電状態測定部10の測定結果に基づいて鋼構造物1に発生する亀裂C1を評価する部分である。評価部12は、監視領域A1〜A3毎の通電状態の測定結果に基づいて、亀裂C1の発生した監視領域A1を特定し亀裂C1の規模を評価する。評価部12は、例えば、亀裂進展検出用導電層4aを形成したときの通電状態測定部10の測定結果(初期抵抗値)と、亀裂進展検出用導電層4aを形成してから所定時間経過後(全般検査周期)の通電状態測定部10の測定結果(測定抵抗値)とに基づいて抵抗値変化量を演算し、この抵抗値変化量に基づいて鋼構造物1に発生する亀裂C1の規模を評価する。評価部12は、亀裂C1の発生した監視領域A1及びこの亀裂C1の規模などに関する評価結果を評価結果信号(評価結果情報)として制御部15に送信する。
【0046】
評価部13は、通電状態測定部10の測定結果に基づいて亀裂C1の発生状況を評価する部分である。評価部13は、通電状態測定部10が生成したボード線図に基づいて、鋼構造物1の初期の亀裂C1の発生状況を評価する。評価部13は、複数の異なる周波数に対応する各交流インピーダンス値が略同一であるときには、亀裂C1が発生していないと評価する。評価部13は、例えば、図8(A)に示すように、低周波数側で測定したときの交流インピーダンス値と、高周波側で測定した交流インピーダンス値とが略同一であるときには、亀裂発生検出用導電層5aに亀裂C1が発生していないと評価する。一方、評価部13は、複数の異なる周波数に対応する各交流インピーダンス値が異なるときには、亀裂C1が発生していると評価する。評価部13は、例えば、図8(B)に示すように、低周波数域で測定したときの交流インピーダンス値に比べて、高周波域で測定した交流インピーダンス値が減少したときには、亀裂発生検出用導電層5aに亀裂C1が発生していると評価する。評価部13は、鋼構造物1に発生する初期の亀裂C1などに関する評価結果を評価結果信号(評価結果情報)として制御部15に送信する。
【0047】
図3に示す通信部14は、評価部12,13の評価結果を送信する部分である。通信部14は、制御部15が出力する評価情報を図示しない中央監視室内の送受信機に有線又は無線により送信したり、この中央監視室内の送受信機からの評価情報の送信指令を受信したりする送受信機などである。
【0048】
制御部15は、亀裂監視装置2の種々の動作を制御する中央処理部(CPU)である。制御部15は、給電部8に直流電力の供給を指令したり、給電部9に複数の異なる周波数の交流電力の供給を指令したり、通電状態測定部10,11に通電状態の測定を指令したり、通電状態測定部11にボード線図の生成を指令したり、通電状態測定部10,11の測定結果を評価部12,13に送信してこの評価部12,13に亀裂C1を評価させたり、評価部12,13の評価結果を通信部14から送信させたりする。制御部15には、給電部8,9と、通電状態測定部10,11と、評価部12,13と、通信部14などが接続されている。
【0049】
収容部16は、亀裂監視装置2の信号処理部を収容する部分である。収容部16は、給電部8,9、通電状態測定部10,11、評価部12,13、通信部14及び制御部15などを収容している。収容部16には、配線材6,7が引き込まれており図示しない接続端子にこれらが接続されている。収容部16は、図1及び図3に示すように、給電部8,9及び通電状態測定部10,11などの信号処理部をユニット化した状態で収容する端子箱などであり、全般検査時に点検可能なように図1に示す鋼構造物1の表面又は点検用足場の付近に取り付けられ固定されている。
【0050】
次に、この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置における亀裂監視材の製造方法を説明する。
図1及び図2に示すように、鋼構造物1では構成部材のエッジ部などの限られた範囲を起点として亀裂C1〜C3が発生するおそれがある。例えば、図3及び図4に示すように、下フランジ1bのエッジ部を起点として亀裂C1の発生が予測される場合には、図4に示すように鋼構造物1の塗替え塗装時にこのエッジ部に沿って、鋼構造物1の表面に防錆絶縁塗料を塗布し防錆絶縁層4bを形成する。次に、防錆絶縁層4bの表面に導電性塗料を帯状に塗布して、亀裂進展検出用導電層4aを形成する。その後に、亀裂進展検出用導電層4aの表面に導電性塗料を等間隔に複数本(例えば4本)線状に塗布して亀裂進展検出用電極層4c〜4fを形成し、亀裂進展検出用電極層4c〜4fにそれぞれ配線材6を接続する。次に、亀裂進展検出用導電層4a及び亀裂進展検出用電極層4c〜4fの表面に環境遮断性を有する塗料を帯状に塗布して環境遮断層4gを形成し、鋼構造物1の表面に亀裂進展検出部4が形成される。
【0051】
次に、下フランジ1bのエッジ部に沿って環境遮断層4gの表面にこの環境遮断層4gよりも狭い幅で導電性塗料を帯状に塗布して、亀裂発生検出用導電層5aを形成する。その後に、亀裂発生検出用導電層5aの表面の両端部に導電性塗料をそれぞれ線状に塗布して亀裂発生検出用電極層5b,5cを形成し、亀裂発生検出用電極層5b,5cにそれぞれ配線材7を接続する。次に、亀裂発生検出用導電層5a及び亀裂発生検出用電極層5b,5cの表面に環境遮断性を有する塗料を帯状に塗布して環境遮断層5dを形成する。その後に、環境遮断層5dの表面に耐候性塗料を帯状に塗布して耐候層5eを形成し、亀裂進展検出部4の表面に亀裂発生検出部5が形成され、鋼構造物1の表面に亀裂監視材3が形成される。最後に、鋼構造物1の表面に収容部16を固定して、配線材6,7が収容部16の接続端子に接続される。
【0052】
次に、この発明の第1実施形態に係る亀裂監視方法を説明する。
図9は、この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置の動作を説明するためのフローチャートである。
図9に示すステップ(以下Sという)100において、亀裂C1〜C3の測定開始時期になったか否かが判断される。制御部15は、例えば、時刻を測定する計時機能を有しており、全般検査時のような予め設定されている所定時期又は所定時刻に達するとS100〜S240の処理を開始する。制御部15は、S130において鋼構造物1に亀裂C1が発生したと評価部13が評価したときには、亀裂C1の発生部位を要観察箇所としこの発生部位の重要度に応じて、全般検査時期よりも短期間である最適な時期に測定開始時期を再設定する。亀裂C1〜C3の測定開始時期になったと制御部15が判断したときにはS110に進み、亀裂C1〜C3の測定開始時期になっていないと制御部15が判断したときには一連の処理を終了する。
【0053】
S110において、電源がONする。図3に示す制御部15が給電部8に直流電力の供給を指令すると、亀裂進展検出用電極層4c〜4fに給電部8が直流電力を供給し、亀裂発生検出用導電層5aに直流電流が流れる。また、制御部15が給電部9に交流電力の供給を指令すると、亀裂発生検出用電極層5b,5cに給電部9が周波数を変えて複数の異なる周波数の交流電力を供給し、亀裂発生検出用導電層5aに交流電流が流れる。
【0054】
S120において、亀裂発生検出用導電層5aの通電状態が測定される。図3に示す制御部15が通電状態測定部11に通電状態の測定開始を指令する。このため、複数の異なる周波数の交流電力を亀裂発生検出用導電層5aに給電部9が供給したときに、それぞれの周波数毎の交流インピーダンスを測定する。その結果、亀裂発生検出用導電層5aの通電状態の変化を通電状態測定部11が測定して、図8に示すボード線図を生成しこの測定結果を制御部15に送信する。
【0055】
S130において、亀裂C1の発生が評価される。通電状態測定部11の測定結果を制御部15が評価部13に送信すると、評価部13がボード線図に基づいて亀裂発生検出用導電層5aに亀裂C1が発生したか否かを評価する。図1に示すように、下フランジ1bのエッジ部を起点として亀裂C1が発生すると、図2〜図5に示すようにこのエッジ部側の亀裂監視材3の縁部が部分的に破断して亀裂監視材3に亀裂C1が発生する。亀裂発生時の極僅かな亀裂長さでは亀裂部分の開口幅が変動し、亀裂進展検出用導電層4aの電気抵抗が変化する。複数の異なる周波数の交流電力を亀裂発生検出用導電層5aに給電部9が供給すると、通電状態測定部11が作成したボード線図の交流インピーダンスが変化する。図8(A)に示すように、亀裂発生検出用導電層5aに亀裂C1が発生していないときには、周波数にかかわらず交流インピーダンス値が略一定のボード線図を通電状態測定部11が生成する。このため、例えば、図8(A)に示すように、低周波数側で測定したときの交流インピーダンス値と、高周波側で測定した交流インピーダンス値とが略同一であるときには、鋼構造物1に亀裂C1が発生していないと評価部13が評価する。一方、図8(B)に示すように、亀裂発生検出用導電層5aに亀裂C1が発生したときには、低周波数側では交流インピーダンス値が略一定であるが高周波数側では周波数の対数に対して交流インピーダンスの対数が略一定(−1の勾配)で減少するようなボード線図を通電状態測定部11が生成する。このため、例えば、図8(B)に示すように、低周波数域で測定したときの交流インピーダンス値に比べて、高周波域で測定した交流インピーダンス値が減少したときには、鋼構造物1に亀裂C1が発生していると評価部13が評価する。
【0056】
S140において、評価結果が送信される。亀裂C1の発生の有無を評価部13が評価情報として制御部15に送信するとこの評価情報を制御部15が通信部14に送信し、図示しない中央監視室にこの評価情報を通信部14が送信する。
【0057】
S150において、監視領域A1〜A3毎に通電状態が測定される。制御部15が通電状態測定部10に通電状態の測定開始を指令すると、監視領域A1〜A3毎に亀裂進展検出用導電層4aの通電状態の変化を通電状態測定部10が測定して、測定結果を制御部15に送信する。
【0058】
S160において、通電状態が変化したか否かが評価される。通電状態測定部10の測定結果を制御部15が評価部12に送信すると、監視領域A1〜A3毎に電気抵抗の変化を評価部12が評価する。通電状態が変化したと評価部12が評価したときにはS170に進み、通電状態が変化していないと評価部12が評価したときにはS230に進む。
【0059】
S170において、亀裂発生領域が評価される。図7(A)に示すように、亀裂進展検出用導電層4aの監視領域A1内に亀裂C1が発生してこの亀裂C1がさらに成長し進展すると、監視領域A2,A3内の電気抵抗の変化量に比べて監視領域A1内の電気抵抗の変化量が大きくなる。このため、各監視領域A1〜A3内の亀裂進展検出用導電層4aの電気抵抗を通電状態測定部10がそれぞれ測定して、各監視領域A1〜A3内の電気抵抗の変化を評価部12が評価する。その結果、電気抵抗の変化が最も大きい監視領域A1内に亀裂C1が発生したことが評価部12によって評価されて亀裂C1の発生位置が特定される。
【0060】
S180において、亀裂C1の発生した監視領域A1の抵抗値が測定される。通電状態測定部10が監視領域A1内の抵抗値を測定してこの測定結果を制御部15に送信し、制御部15がこの測定結果を評価部12に送信する。
【0061】
S190において、亀裂長さが評価される。通電状態測定部10が測定した監視領域A1内の抵抗値の変化量に基づいて、実際の亀裂C1の長さを評価部12が評価する。
【0062】
S200において、評価結果が送信される。亀裂C1の発生及び長さを評価部12が評価情報として制御部15に送信するとこの評価情報を制御部15が通信部14に送信し、図示しない中央監視室にこの評価情報を通信部14が送信する。
【0063】
S210において、許容亀裂長さに亀裂C1が到達したか否かが評価される。例えば、図1に示す下フランジ1bに亀裂C1が発生した場合には、許容亀裂長さ20mmにこの亀裂C1が達したときに鋼構造物1が直ちに補強が必要な状態になる。このため、通電状態測定部10の測定結果に基づいて許容亀裂長さに亀裂C1が到達したか否かを評価部12が評価する。許容亀裂長さに亀裂C1が到達したときにはS220に進み、許容亀裂長さに亀裂C1が到達していないときにはS180に戻り亀裂長さの評価を繰り返す。
【0064】
S220において、評価結果が送信される。鋼構造物1に直ちに補強が必要であるという評価結果を評価部12が評価情報として制御部15に送信すると、この評価情報を制御部15が通信部14に送信して、図示しない中央監視室にこの評価情報を通信部14が送信し、一連の処理を終了する。
【0065】
S230において、隣接する監視領域A1,A2;A2,A3毎に亀裂進展検出用導電層4aの通電状態が測定される。図7(B)に示すように、亀裂進展検出用電極層4dに亀裂C1が発生したときには、各監視領域A1,A2,A3毎に亀裂進展検出用導電層4aを通電状態測定部10が測定しても抵抗値に変化が見られないおそれがある。このため、制御部15が通電状態測定部10に通電状態の測定開始を指令すると、隣接する監視領域A1,A2及び隣接する監視領域A2,A3の通電状態の変化を通電状態測定部10が測定して測定結果を制御部15に送信する。
【0066】
S240において、通電状態が変化したか否かが評価される。通電状態測定部10の測定結果を制御部15が評価部12に送信すると、隣接する監視領域A1,A2及び隣接する監視領域A2,A3の電気抵抗の変化を評価部12が評価する。通電状態が変化したと評価部12が評価したときにはS250に進み、通電状態が変化していないと評価部12が評価したときには、鋼構造物1に亀裂C1が発生していないと考えられるため一連の処理を終了する。
【0067】
S250において、亀裂発生領域が評価される。図7(B)に示すように、亀裂進展検出用電極層4d内に亀裂C1が発生してこの亀裂C1がさらに成長し進展すると、亀裂進展検出用電極層4d,4f間の電気抵抗の減少量に比べて亀裂進展検出用電極層4c,4e間の電気抵抗の減少量が大きくなる。その結果、電気抵抗の変化が最も大きい監視領域A1,A2内の亀裂進展検出用電極層4dに亀裂C1が発生したことが評価部12によって評価されて亀裂C1の発生位置が特定される。
【0068】
S260において、亀裂C1の発生した亀裂進展検出用導電層4aを含む監視領域A1,A2の抵抗値が測定される。亀裂進展検出用電極層4c,4e間(監視領域A1,A2内)の抵抗値を通電状態測定部10が測定してこの測定結果を制御部15に送信し、制御部15がこの測定結果を評価部12に送信する。S260以降はS190に進み、亀裂長さの評価などの処理がされる。
【0069】
この発明の第1実施形態に係る亀裂監視装置には、以下に記載するような効果がある。
(1) この第1実施形態では、亀裂C1の発生に応じて電気抵抗が変化する亀裂発生検出用導電層5aに、複数の異なる周波数の交流電力を給電部9が供給し、この複数の異なる周波数毎にこの亀裂発生検出用導電層5aの交流インピーダンスを通電状態測定部11が測定し、この通電状態測定部11の測定結果に基づいて亀裂C1の発生状況を評価部13が評価する。このため、亀裂C1の開口幅が変動しても交流インピーダンスを測定することによって亀裂C1の発生を初期の段階から正確に検知することができる。
【0070】
(2) この第1実施形態では、複数の異なる周波数に対応する各交流インピーダンス値が異なるときには、亀裂C1が発生していると評価部13が評価する。このため、異なる周波数のときの各交流インピーダンスを測定することによって亀裂C1の開口部の存在を簡単に把握することができ、実用的な疲労亀裂を検出することができる。
【0071】
(3) この第1実施形態では、低周波数側で測定したときの交流インピーダンス値に比べて、高周波数側で測定したときの交流インピーダンス値が減少したときには、亀裂発生検出用導電層5aに亀裂C1が発生していると評価部13が評価する。このため、亀裂C1の発生を初期の段階から迅速に検知することができ、鋼構造物1の変状の早期修繕を図ることによって鋼構造物1の長期延命化を図ることができる。
【0072】
(4) この第1実施形態では、複数の異なる周波数に対応する各交流インピーダンス値が略同一であるときには、亀裂C1が発生していないと評価部13が評価する。このため、異なる周波数のときの各交流インピーダンスの変化を測定することによって亀裂C1の有無を正確に把握することができ、亀裂C1が発生していないにもかかわらず亀裂C1が発生しているものと誤検知してしまうのを防ぐことができる。
【0073】
(5) この第1実施形態では、低周波数側で測定したときの交流インピーダンス値と、高周波数側で測定したときの交流インピーダンス値とが略同一であるときには、亀裂発生検出用導電層5aに亀裂C1が発生していないと評価部13が評価する。このため、鋼構造物1が変位して亀裂C1の開口幅が狭くなっても交流インピーダンスの変化を測定することによって亀裂C1の有無を正確に検知することができ、誤検知の発生を未然に防ぐことができる。
【0074】
(6) この第1実施形態では、導電性塗料を塗布して亀裂発生検出用導電層5aが形成されている。このため、例えば、鋼構造物1の塗替え塗装工事に合わせて導電性塗料を塗布して亀裂発生検出用導電層5aを簡単に形成することができる。その結果、屋外や現場で容易に施工することができるとともに、検査のためだけに足場を架設する必要がなくなり経費を節減することができる。
【0075】
(7) この第1実施形態では、亀裂発生検出用電極層5b,5c間に交流電流を流し、この亀裂発生検出用電極層5b,5c間の交流インピーダンスを通電状態測定部11が測定する。このため、亀裂発生検出用導電層5aの通電状態の変化を簡単に測定することができる。
【0076】
(第2実施形態)
図10は、この発明の第2実施形態に係る亀裂監視装置の構成図である。以下では、図1〜図7に示す部分と同一の部分については、同一の番号を付して詳細な説明する。
図10に示す亀裂監視装置2は、振動検出部17を備えており、この振動検出部17は鋼構造物1の振動を検出する部分である。振動検出部17は、鋼構造物1を列車などの移動体が通過したときに発生する振動を検出して、この振動に応じた振動検出信号(振動検出情報)を制御部15に送信する。振動検出部17は、例えば、加速度センサ、速度センサ又は変位センサなどの振動センサである。
【0077】
図11は、この発明の第2実施形態に係る亀裂監視装置の動作を説明するためのフローチャートである。以下では、図9に示すステップと対応するステップについては、同一の番号を付して詳細な説明を省略する。
図11に示すS100において、振動を検出したか否かが判断される。鋼構造物1を列車が通過すると、この列車の荷重を受けてこの鋼構造物1が振動しこの鋼構造物1が変位するとともに、亀裂発生検出用導電層5aも鋼構造物1と一体となって変位する。振動検出部17が鋼構造物1の振動を検出すると振動検出信号を制御部15に送信し、制御部15が振動検出信号を受信したと判断したときにはS110に進み、給電部8に直流電力の供給を制御部15が指令するとともに、給電部9に交流電力の供給を制御部15が指令する。一方、振動検出部17が鋼構造物1の振動を検出しないときには、振動検出部17が振動検出信号を制御部15に送信しないため、制御部15が振動検出信号を受信し邸内と判断し一連の処理を終了する。
【0078】
この発明の第2実施形態に係る亀裂監視装置には、第1実施形態の効果に加えて、以下に記載するような効果がある。
この第2実施形態では、鋼構造物1の振動を振動検出部17が検出したときに、亀裂発生検出用導電層5aに複数の異なる周波数の交流電力を給電部9が供給し、この複数の異なる周波数毎に亀裂発生検出用導電層5aの交流インピーダンスを通電状態測定部11が測定する。このため、鋼構造物1の振動によって亀裂発生検出用導電層5aの亀裂C1の開口幅が変動したときに、この亀裂発生検出用導電層5aの交流インピーダンスを測定することによって、鋼構造物1の亀裂C1の発生を初期段階からより一層高精度に検出することができる。
【実施例】
【0079】
図12は、列車通過時の亀裂開口幅の変動を模式的に示す概念図であり、図12(A)は亀裂発生検出用導電層に疲労亀裂が発生した状態を模式的に示す平面図であり、図12(B)は図12(A)のXIIA部分の列車が通過しているときの拡大図であり、図12(C)は図12(A)のXIIA部分の列車が通過していないときの拡大図である。
実際の構造物では、列車の走行に伴う荷重変動を原因として構造物が変位し、図12に示すように疲労亀裂開口幅の変動が想定される。この場合に、亀裂長さが同じでも開口幅が変動することによって、図2及び図6に示す亀裂発生検出用導電層5aの電気特性に変化が予測される。特に、亀裂の発生は細線で塗付けた発生検出用導電層5aの断線の有無で評価するため、的確に評価するためには亀裂開口幅の変動による再導通などの影響評価が重要になる。そこで、亀裂開口幅の変動時における亀裂発生検出用導電層5aの電気特性の把握試験を行い、亀裂開口幅の変動時における亀裂の発生の的確な評価法について検討した。
【0080】
(開口した亀裂発生検出用導電層の電気特性評価試験)
十分な亀裂開口幅である場合の亀裂発生検出用導電層の電気特性の把握のため、完全に破断した亀裂発生検出用導電層を有する試験片を作製し、この亀裂発生検出用導電層の電気特性を交流インピーダンス法によって測定した。JIS R 3202フロートガラス(150×70×1.0mm)に亀裂発生検出用導電層を幅25mm長さ120mm、乾燥時厚み約50μmとなるように塗付けた。塗付けた亀裂発生検出用導電層を約23℃の室内で1ヶ月ほど養生した。養生後に、10mm×10mm×0.3mmの銀板を試験片両端に銀ペーストで接着し、導線をはんだ付けした試験片A,Bを2枚用意した。23℃、30%RHの環境で、試験片Bの交流インピーダンスを測定(割裂前)し、次いで、試験片中央部を割裂し、疲労亀裂の開口を模擬するため割裂面を突き合わせた。突き合わせた箇所の隙間を観察するとともに、交流インピーダンス測定を実施した。交流インピーダンス測定は、日置電機製LCRハイテスタ3522-50を用いて、端子間電圧1Vで0.1〜100kHz間の任意の周波数で、測定電流からのインピーダンス計測、電位と電流の位相角(θ)計測を実施した。なお、装置の測定限界は、周波数0.01〜100kHz、インピーダンス値2×108Ωまでである。
【0081】
(試験結果)
図13は、開口した亀裂発生検出用導電層の交流インピーダンスの測定結果を示すボード線図である。
図13に示す縦軸は、インピーダンス(Ω)の対数であり、横軸は周波数(Hz)の対数である。試験片の突き合わせ面には、20〜30μmの隙間が観察された。図13に示すように、割裂前(B試験片)は、測定周波数によらず同じインピーダンス値であったが、割裂後には試験片A,Bとも低周波数で装置の計測限界以上の高インピーダンスを示し、高周波数側では周波数の対数に対し勾配−1で変化した。
【0082】
図14は、破断した亀裂発生検出用導電層の電気回路モデルのボード線図である。
図14に示す縦軸は、インピーダンスの対数(log(Z))であり、横軸は周波数の対数(log(周波数))である。計測する回路の抵抗R、インダクタンス(コイル成分)L及びキャパシタンス(静電容量)Cとすると、抵抗、コイル及びコンデンサのインピーダンス値ZR,ZL,ZCは、角周波数ω(=2πf:周波数f)により、以下の数1に示す値になり、インピーダンスの絶対値を対数にすると以下の数2で表される。
【0083】
【数1】

【0084】
【数2】

【0085】
ここで、数1に示すjは、虚数単位であり、CR,CL,CCは定数を意味する。数2は、周波数を変えてインピーダンスを測定した場合に、抵抗のインピーダンスが一定値となり、コイルでは周波数の対数に対しインピーダンスの対数が勾配1で増加し、コンデンサでは逆にその勾配が−1になることを示している。この観点から図13を見ると、破断前の亀裂発生検出用導電層は抵抗成分のみであることが分かり、破断面を突き合わせた試験片には静電容量成分が発生していることが分かる。このため、疲労亀裂で破断した亀裂発生検出用導電層は、図14に示すように、亀裂部が静電容量Cf1と抵抗Rf1の並列回路で模擬される電気回路を形成するとともに、この亀裂部を挟む両側の健全部がこの並列回路に直列に接続された抵抗R1,R2で模擬される電気回路を形成することが確認された。
【0086】
(繰り返し荷重下で破断した亀裂発生検出用導電層の電気特性評価試験)
次に、疲労亀裂で破断した亀裂発生検出用導電層が列車通過などの荷重変動に伴う構造物の変位の影響を受けて、亀裂開口幅の変動を受けた場合の電気特性について検討した。変性エポキシ樹脂塗料を2回塗付け、絶縁層を形成した材質がSS400の鋼板(400×60×3.1mm)を用い、亀裂の発生検知を目的に、亀裂発生検出用導電層を幅2.6mm長さ210mmに塗付けた試験片を作製した。疲労試験機には、EHF-UG100kN(株式会社島津製作所製)を用いた。疲労試験は、試験片の破断を防ぎ、かつ、試験時間の短縮を図るために、SS400が降伏する平均応力(約240MPa)の70%程度を最大の平均応力とし、片引張りによる繰り返し荷重をかけ、1〜2mmの疲労亀裂発生を確認後、最大の平均応力を160MPaに変更した。使用した疲労試験機は、繰り返し荷重値(kN)で設定する必要があるため、ほぼ一定の応力値を保つために疲労亀裂の進展に伴って、残存する試験片の断面積に合わせて繰り返し荷重を変更しながら試験を行った。疲労試験中に周波数100Hzのインピーダンスを連続計測し、疲労亀裂発生時期をモニターした。疲労亀裂が亀裂発生検出用導電層を完全に横断したと推定された時点で疲労試験を終了した。疲労試験終了後に亀裂部を拡大観察し、次いで引張荷重載荷条件を0.01Hzサイン波、0.05〜27.0kNに変更し、日置電機製LCRハイテスタ3522-50を用いて、端子間電圧1Vで0.1〜100kHz間の任意の周波数で周波数を変えてインピーダンスを測定した。
【0087】
(試験結果)
図15は、疲労試験中のインピーダンス(100Hz)の連続測定結果を示すグラフである。
図15に示す左側の縦軸は、インピーダンス値(Z)(Ω)であり、右側の縦軸は位相角(θ)(°)であり、横軸は加振数である。加振1.5×105回を超えた頃から(図中1)インピーダンス値と位相角に変化が観察され始めた。疲労試験終了時(1.8×105回)は、インピーダンス値が100倍以上増加した時点(図中2)で、疲労亀裂長さは約5mmに至っていた。今回使用した疲労試験条件では、亀裂長さ1mm進むのに1〜2万回であった。インピーダンス値の変化が観察された時点は、疲労試験終了の3万回前であることから、疲労亀裂が亀裂発生検出用導電層の幅を超えた時点と略同時期と考えられる。試験片に引張荷重20kNを加えて状態で亀裂部を拡大観察すると、亀裂開口幅は亀裂起点付近で約10μmであり、亀裂先端に向かうに従い徐々に狭くなっていた。試験片に引張荷重を加えない状態(無負荷)では、亀裂開口を目視で認識することが困難であり、開口幅は数μm以下と想定された。
【0088】
図16は、周波数100Hzの交流インピーダンスの変化を示すグラフである。
図16に示す左側の縦軸は、インピーダンス値(Z)(Ω)であり、右側の縦軸は位相角(θ)(°)であり、横軸は時間(mm:ss)である。疲労試験後に、引張荷重条件を0.01Hzサイン波、0.05〜27.0kNに変更し、周波数100Hzで交流インピーダンスを測定した。図16に示すように、インピーダンス値の多くは30MΩ程度であったが、引張荷重の低い場合に約1MΩまで低下し、位相角θも荷重変動に伴い大きく変動した。
【0089】
図17は、亀裂発生検出用導電層が破壊に至るまでの状態を示す模式図であり、図17(A)は亀裂発生検出用導電層が疲労により劣化した状態を示し、図17(B)は亀裂発生検出用導電層が疲労により破断した状態を示し、図17(C)は亀裂発生検出用導電層の亀裂開口幅が小さくなった状態を示し、図17(D)は亀裂発生検出用導電層の亀裂開口幅が大きくなった状態を示す。
鋼の疲労亀裂進展に伴う亀裂発生検出用導電層の破壊は、図17(A)に示すように、最初に、亀裂開口部が開くことで亀裂発生検出用導電層に局所的な伸び(ゼロスパン伸び)を受けるが、亀裂発生検出用導電層は有機樹脂主体のため、脆性的破断に至らず、繰り返しの疲労による局所的破壊が進む。次に、図17(B)に示すように、亀裂発生検出用導電層の疲労が進み、局所的破壊の領域が拡大し、ついには材料破断に至る。このとき、破断面は、破断線に対し左右対称の構造を持ち、一方の破面の凸部に対応する他方の破面も凸部になると考えられる。亀裂発生検出用導電層の破断後は、図17(D)に示すように、疲労き裂の開口幅の開閉に伴い、亀裂発生検出用導電層の左右の破面が互いに近づいたり離れたりする。このとき、ある開口幅以下になった場合に、両破面の凸部が接触し、亀裂発生検出用導電層の左右間の抵抗値が低くなると考えられる。このように、亀裂開口幅が狭い段階では、接触箇所の変動などによる抵抗値の変化が卓越しているが、亀裂開口幅が広がるに従って、抵抗値の増大に加え静電容量の影響が顕著に現れてくることが予測された。
【0090】
図18は、引張荷重と交流インピーダンスとの関係を示すボード線図である。
図18に示す縦軸は、インピーダンス(Ω)の対数であり、横軸は周波数(Hz)の対数である。図18に示すグラフは、図16に示す測定データから引張荷重0.05kN、3kN、10kN及び20kNの時点のインピーダンス値のみを抽出し、ボード線図で表したものである。低周波数側のインピーダンスは、引張荷重10kN以下で疲労試験前(初期値)の数倍から10倍程度の範囲でばらついている。亀裂開口幅が大きく、接触点が少なくなったと想定される引張荷重15kNや20kNでは初期値の100倍以上のインピーダンス値に増加し、数百Hz以上の高周波数側に勾配−1の変化が現れた。これらの測定結果は、図14に示す模式図で説明できる結果であった。図13に示すガラス板の試験片の破断後の突合せ試験結果では、亀裂開口幅20μm程度で低周波数側が計測できないほどの高抵抗となっていたが、疲労亀裂長さ5mm未満の試験片(亀裂開口幅10μm未満)では低周波数側で計測可能なほどの抵抗範囲であった。このため、図18に示すボード線図の引張荷重20kNでも、接触点が多く残った状態であると考えられ、5mm未満の疲労亀裂を確実に検知するためには、直流抵抗値の変動のみでは不確実性が高いことが確認された。その結果、亀裂の発生検知の確実性を増すためには、列車通過時などの構造物の変位変動時に、周波数を変えてインピーダンスを計測し、断線を示す容量成分の存在を把握する必要があることが確認された。
【0091】
(他の実施形態)
この発明は、以上説明した実施形態に限定するものではなく、以下に記載するように種々の変形又は変更が可能であり、これらもこの発明の範囲内である。
(1) この実施形態では、監視対象物として鋼構造物1を例に挙げて説明したが、コンクリート構造物などの他の構造物についてもこの発明を適用することができる。また、この実施形態では、疲労亀裂などによって鋼構造物1に亀裂C1が発生する場合を例に挙げて説明したが、リベットやボルトなどの緩みによって塗膜に亀裂が発生する場合についてもこの発明を適用することができる。さらに、この実施形態では、亀裂進展検出部4上に亀裂発生検出部5を形成した場合を例に挙げて説明したが、亀裂発生検出部5上に亀裂進展検出部4を形成することもできる。
【0092】
(2) この実施形態では、亀裂進展検出用導電層4aに直流電力を給電部8によって供給しているが、亀裂進展検出用導電層4aに交流電力を給電部8によって供給することもできる。この場合には、給電部8,9を一つの給電部に構成して亀裂進展検出用導電層4a及び亀裂発生検出用導電層5aに交流電力を供給したり、通電状態測定部10,11を一つの通電状態測定部に構成して亀裂進展検出用導電層4a及び亀裂発生検出用導電層5aの通電状態を測定したりすることもできる。また、この実施形態では、4本の亀裂進展検出用電極層4c〜4fによって亀裂進展検出用導電層4aを3つの監視領域A1〜A3に区画する場合を例に挙げて説明したがこれに限定するものではなく、4つ以上の監視領域に区画することもできる。
【符号の説明】
【0093】
1 鋼構造物(監視対象物)
2 亀裂監視装置
3 亀裂監視材
4 亀裂進展検出部
4a 亀裂進展検出用導電層
4b 防錆絶縁層
4c〜4f 亀裂進展検出用電極層
4g 環境遮断層
5 亀裂発生検出部
5a 亀裂発生検出用導電層
5b,5c 亀裂発生検出用電極層
5d 環境遮断層
5e 耐候層
6,7 配線材
8,9 給電部
10,11 通電状態測定部(測定部)
12,13 評価部
14 通信部
15 制御部
16 収容部
17 振動検出部
1〜A3 監視領域
1〜C3 亀裂

【特許請求の範囲】
【請求項1】
監視対象物に発生する亀裂を監視する亀裂監視装置であって、
前記亀裂の発生に応じて電気抵抗が変化する導電部に複数の異なる周波数の交流電力を供給する給電部と、
前記複数の異なる周波数毎に前記導電部の交流インピーダンスを測定する測定部と、
前記測定部の測定結果に基づいて前記亀裂の発生状況を評価する評価部と、
を備える亀裂監視装置。
【請求項2】
請求項1に記載の亀裂監視装置において、
前記監視対象物の振動を検出する振動検出部を備え、
前記給電部は、前記振動検出部が振動を検出したときに、前記複数の異なる周波数の交流電力を前記導電部に供給し、
前記測定部は、前記振動検出部が振動を検出したときに、前記複数の異なる周波数毎に前記導電部の交流インピーダンスを測定すること、
を特徴とする亀裂監視装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の亀裂監視装置において、
前記評価部は、前記複数の異なる周波数に対応する各交流インピーダンス値が異なるときには、前記亀裂が発生していると評価すること、
を特徴とする亀裂監視装置。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の亀裂監視装置において、
前記評価部は、低周波数側で測定したときの交流インピーダンス値に比べて、高周波数側で測定したときの交流インピーダンス値が減少したときには、前記導電層に亀裂が発生していると評価すること、
を特徴とする亀裂監視装置。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の亀裂監視装置において、
前記評価部は、前記複数の異なる周波数に対応する各交流インピーダンス値が略同一であるときには、前記亀裂が発生していないと評価すること、
を特徴とする亀裂監視装置。
【請求項6】
請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載の亀裂監視装置において、
前記評価部は、低周波数側で測定したときの交流インピーダンス値と、高周波数側で測定したときの交流インピーダンス値とが略同一であるときには、前記導電層に亀裂が発生していないと評価すること、
を特徴とする亀裂監視装置。
【請求項7】
請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載の亀裂監視装置において、
前記測定部は、前記導電部の電極部間に交流電流を流し、この電極部間の交流インピーダンスを測定すること、
を特徴とする亀裂監視装置。
【請求項8】
請求項1から請求項7までのいずれ1項に記載の亀裂監視装置において、
前記導電部は、導電性塗料を塗布して形成されていること、
を特徴とする亀裂監視装置。
【請求項9】
監視対象物に発生する亀裂を監視する亀裂監視方法であって、
前記亀裂の発生に応じて電気抵抗が変化する導電部に複数の異なる周波数の交流電力を供給する給電工程と、
前記複数の異なる周波数毎に前記導電部の交流インピーダンスを測定する測定工程と、
前記測定工程における測定結果に基づいて前記亀裂の発生状況を評価する評価工程と、
を含む亀裂監視方法。
【請求項10】
請求項9に記載の亀裂監視方法において、
前記監視対象物の振動を検出する振動検出工程を含み、
前記給電工程は、前記振動検出工程において振動を検出したときに、前記複数の異なる周波数の交流電力を前記導電部に供給する工程を含み、
前記測定工程は、前記振動検出工程において振動を検出したときに、前記複数の異なる周波数毎に前記導電部の交流インピーダンスを測定する工程を含むこと、
を特徴とする亀裂監視方法。
【請求項11】
請求項9又は請求項10に記載の亀裂監視方法において、
前記評価工程は、前記複数の異なる周波数に対応する各交流インピーダンス値が異なるときには、前記亀裂が発生していると評価する工程を含むこと、
を特徴とする亀裂監視方法。
【請求項12】
請求項9から請求項11までのいずれか1項に記載の亀裂監視方法において、
前記評価工程は、低周波数側で測定したときの交流インピーダンス値に比べて、高周波数側で測定したときの交流インピーダンス値が減少したときには、前記導電層に亀裂が発生していると評価する工程を含むこと、
を特徴とする亀裂監視方法。
【請求項13】
請求項9から請求項12までのいずれか1項に記載の亀裂監視方法において、
前記評価工程は、前記複数の異なる周波数に対応する各交流インピーダンス値が略同一であるときには、前記亀裂が発生していないと評価する工程を含むこと、
を特徴とする亀裂監視方法。
【請求項14】
請求項9から請求項13までのいずれか1項に記載の亀裂監視方法において、
前記評価工程は、低周波数側で測定したときの交流インピーダンス値と、高周波数側で測定したときの交流インピーダンス値とが略同一であるときには、前記導電層に亀裂が発生していないと評価する工程を含むこと、
を特徴とする亀裂監視方法。
【請求項15】
請求項9から請求項14までのいずれか1項に記載の亀裂監視方法において、
前記測定工程は、前記導電部の電極部間に交流電流を流し、この電極部間の交流インピーダンスを測定する工程を含むこと、
を特徴とする亀裂監視方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図17】
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【図18】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2011−174823(P2011−174823A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−39467(P2010−39467)
【出願日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【出願人】(000173784)公益財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)
【出願人】(000232542)日本特殊塗料株式会社 (35)
【Fターム(参考)】