説明

交流交流直接変換器の制御装置

【課題】過変調領域において電圧指令を補正することにより、出力電流を抑制可能とした交流交流直接変換器の制御装置を提供する。
【解決手段】半導体スイッチング素子のスイッチング動作により、多相交流電圧を任意の振幅、周波数の多相交流電圧に直接変換するマトリクスコンバータ等の交流交流直接変換器において、直接変換器に与える電圧指令ベクトルの絶対値を演算する演算手段6と、この演算手段6により演算した電圧指令ベクトルの絶対値が一定値以上である場合に過変調状態であることを判別する判別手段7と、この判別手段7による判別信号の発生時に、直接変換器の各相の電圧指令に補正ゲインを乗じる電圧指令補正手段8と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体スイッチング素子のスイッチング動作により、多相交流電圧を任意の振幅、周波数の多相交流電圧に直接変換する交流交流直接変換器の制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の交流交流直接変換器として、マトリクスコンバータが知られている。
図6は、マトリクスコンバータの主回路構成図であり、系統接続端子R,S,Tと出力端子U,V,Wとの間に、電流を双方向に通流可能な双方向スイッチSru,Srv,Srw,Ssu,Ssv,Ssw,Stu,Stv,Stwが接続され、これらの双方向スイッチをオン・オフさせて三相交流入力電圧を直接切り出すことにより、任意の振幅、周波数の三相交流電圧を得ている。
【0003】
図7は、上記マトリクスコンバータの制御装置を示すブロック図である。この制御装置は、図8に示すような仮想整流器/インバータシステムを想定して、マトリクスコンバータを構成する双方向スイッチのオン・オフ指令を作成するものである。なお、図8において、20はPWM制御される整流器(仮想整流器)、30は同じくインバータ(仮想インバータ)、40は直流中間コンデンサ、S1r〜S6r,S〜Sは半導体スイッチング素子を示す。
【0004】
前述した図7において、仮想整流器指令演算手段11、仮想インバータ指令演算手段12では、それぞれ従来の整流器・インバータと全く同様の方法で、仮想整流器20の電流指令i,i,i及び仮想インバータ30の電圧指令v,v,vを演算する。スイッチングパターン演算手段13,14では、これらの電流指令、電圧指令に基づいて、図8に示した仮想整流器20及び仮想インバータ30の各スイッチング素子のスイッチングパターン(オン・オフ指令)を演算する。
指令合成手段15では、仮想整流器20及び仮想インバータ30のオン・オフ指令を合成し、マトリクスコンバータの双方向スイッチを構成する各半導体スイッチング素子のオン・オフ指令を生成する。
【0005】
例えば、図8におけるスイッチング素子S1r,Sがオンとなっている状態は、入力側のR相と出力側のV相とが接続された状態に他ならない。この状態は、図6に示したマトリクスコンバータにおいて、双方向スイッチSrvがオンしていることに相当している。
上記の考えに基づいた数式1の演算を行うことにより、仮想整流器20及び仮想インバータ30のスイッチングパターンから一意にマトリクスコンバータのオン・オフ指令を得ることができる。なお、数式1に示す行列の各要素は、同一の符号を付した図6の双方向スイッチまたは図8の半導体スイッチング素子のスイッチング関数を意味しており、オンが「1」、オフが「0」に対応している。
【0006】
【数1】

【0007】
上述した制御方法は、従来の整流器・インバータの制御をそのまま適用できるため、実現が非常に容易である。この種の技術は、例えば非特許文献1に開示されている。
【0008】
また一般に、マトリクスコンバータの最大出力電圧は電源電圧の0.86倍になることが知られており、整流器/インバータシステムと比較すると劣っている。そのため、用途によっては過変調領域での運転が必要となるが、例えば誘導電動機を駆動する場合に、過変調領域においては磁束を弱めて端子電圧を抑制する制御方法により、大きな歪みや回転むら、騒音等を発生させることなく電動機を運転することが可能となる。この種の技術は、非特許文献2や特許文献1により公知となっている。
【0009】
【非特許文献1】伊東淳一ほか5名,「キャリア比較方式を用いた仮想AC/DC/AC変換方式によるマトリックスコンバータの制御法」,電気学会D部門誌124巻5号,p457−463,2004年
【非特許文献2】佐藤以久也ほか5名,「マトリックスコンバータの電動機駆動性能改善に関する研究」,電気学会半導体電力変換研究会論文SPC−04−75,2004年
【特許文献1】特開平5−260762号公報(段落[0017]〜[0020]、図1等)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
マトリクスコンバータによって歪みのない正弦波が出力可能なのは、電源電圧の0.86倍が上限であることが知られている。
非特許文献2や特許文献1に記載されているように、過変調領域で磁束を弱める制御を行うと、出力電圧を正弦波状に制御できるため電動機の回転むらや騒音の問題は解決できるが、磁束を弱める分、トルク電流が増加してしまうので、全体として出力電流が増加するという問題があった。
【0011】
そこで、本発明の解決課題は、過変調領域において電圧指令を補正することにより、出力電流の増加を抑制可能とした交流交流直接変換器の制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため、請求項1に係る発明は、半導体スイッチング素子のスイッチング動作により、多相交流電圧を任意の振幅、周波数の多相交流電圧に直接変換する交流交流直接変換器において、
前記直接変換器に与える電圧指令ベクトルの絶対値を演算する演算手段と、
この演算手段により演算した電圧指令ベクトルの絶対値が一定値以上である場合に過変調状態であることを判別する判別手段と、
この判別手段による判別信号の発生時に、前記直接変換器の各相電圧指令に補正ゲインを乗じる電圧指令補正手段と、を備えたものである。
【0013】
請求項2に係る発明は、請求項1記載の制御装置において、電圧指令ベクトルの絶対値に応じて前記補正ゲインを調整する手段を更に備えたものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、演算によって得られる元の各相電圧指令に対して、電圧指令ベクトルの絶対値に応じて決まる補正ゲインを乗じるだけで、過変調領域においても電圧指令と実際の出力電圧の基本波成分とを一致させることができる。その結果、過変調領域における出力電流の増加を抑制し、低コストで信頼性の高い駆動システムを実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図に沿って本発明の実施形態を説明する。
図1は本発明の第1の実施形態を示しており、請求項1に係る発明に相当する。なお、この実施形態では、交流交流直接変換器として図6に示したマトリクスコンバータを対象とし、このマトリクスコンバータを図8のような仮想整流器/インバータシステムとして制御する場合について説明する。
【0016】
図1に示す制御装置は、図8における仮想整流器20の電流指令i,i,iを演算する仮想整流器指令演算手段1と、上記電流指令に基づいて仮想整流器20のスイッチング素子のスイッチングパターン(オン・オフ指令)を演算するスイッチングパターン演算手段3と、仮想インバータ30の電圧指令v,v,vを演算する仮想インバータ指令演算手段2と、後述する電圧指令補正手段8から出力される電圧指令v**,v**,v**に基づいて仮想インバータ30の各スイッチング素子のスイッチングパターン(オン・オフ指令)を演算するスイッチングパターン演算手段4と、仮想整流器20及び仮想インバータ30のオン・オフ指令を合成し、マトリクスコンバータの双方向スイッチを構成する各半導体スイッチング素子のオン・オフ指令を生成する指令合成手段5と、を備えている。
【0017】
次に、本実施形態の図7との相違点を説明する。
この実施形態では、仮想インバータ指令演算手段2により演算した各相の電圧指令v,v,vを電圧指令補正手段8に入力し、所定の条件に応じて上記電圧指令を補正することにより最終的な電圧指令v**,v**,v**を得ている。
ここで、表1は電圧指令補正手段8の動作を示している。
【0018】
【表1】

【0019】
すなわち、電圧指令補正手段8は、過変調領域において各相の電圧指令v,v,vに一定の補正ゲインKを乗じた値を電圧指令v**,v**,v**として出力する。一方、変調領域では、もとの電圧指令通りの電圧を出力可能であるため、各相の電圧指令v,v,vを補正することなくそのまま出力する(補正ゲインKを1とする)。
【0020】
表1の動作を実現するために、仮想インバータ指令演算手段2により演算した電圧指令v,v,vは、電圧指令ベクトル絶対値演算手段6に入力されている。この電圧指令ベクトル絶対値演算手段6では、各相の電圧指令v,v,vから電圧指令ベクトルの絶対値を演算し、その演算結果を過変調判別手段7へ出力する。
【0021】
過変調判別手段7では、電圧指令ベクトルの絶対値がある一定値を超えた場合に過変調状態であると判別し、その判別信号を電圧指令補正手段8に出力する。電圧指令補正手段8では、上記判別信号を受けて電圧指令v,v,vに補正ゲインKを乗算し、電圧指令v**,v**,v**としてスイッチングパターン演算手段4に出力する。
電圧指令補正手段8による上記の補正機能は、ソフトウェアの改良によって容易に実現可能である。
【0022】
図2は、入力線間電圧及びU,V間の出力線間電圧vuvを示す波形図であり、図2(A)は従来技術、図2(B)は本実施形態によるものである。
従来技術において、正弦波の電圧指令が過変調領域に入ると、図2(A)に示すように、正弦波のピークの部分が欠けた電圧vuvが出力されることになり、実際に出力される電圧vuvの基本波成分は電圧指令に対して減少し、出力電流が増加する。
【0023】
これに対し、本実施形態では、過変調領域において電圧指令を補正ゲインKにより定数倍する補正を行っている。この場合、出力電圧vuvにおいて正弦波のピークの部分が欠けてしまうのは従来技術と同様であるが、図2(B)から明らかなように、出力する電圧波形の面積は増加しているので、出力電圧の実効値が増加すると共に、基本波成分も補正前に比べて増加していることがわかる。その結果、出力電圧の基本波成分が増加した分、同一のトルクを得るために必要な出力電流は減少することになる。
【0024】
上記のように、本実施形態によれば、過変調領域では電圧指令を定数倍するという簡単な補正動作により、変調領域外の電圧も利用して出力電圧を増加させ、同一のトルクを得るための出力電流を低減することが可能となる。
【0025】
次に、本発明の第2実施形態を説明する。
図1に示した第1実施形態では、過変調領域において電圧指令に一定の補正ゲインKを乗じる操作を行うだけなので、従来技術に比べて出力電圧の基本波成分は増加するが、その基本波成分は電圧指令と必ずしも一致しない。そこで、第2実施形態はこの問題を解決して基本波成分を電圧指令に一致させるようにした。
【0026】
図3は、この第2実施形態を示すブロック図であり、請求項2に係る発明に相当する。
図3において、電圧指令ベクトルの絶対値により過変調領域であることを判別し、電圧指令を補正する点は、第1実施形態と同一である。しかし、この第2実施形態では、電圧指令ベクトルの絶対値が入力される補正ゲイン調整手段9を更に設けてあり、電圧指令ベクトルの絶対値に応じて補正ゲインKを調整する点が第1実施形態と異なっている。
【0027】
図4は、上記補正ゲイン調整手段9の動作原理を示す図である。この補正ゲイン調整手段9は、電圧指令ベクトルの絶対値から、各相の電圧指令v,v,vに乗じる適切な補正ゲインKを決定する。
図4に示すように、変調領域においては補正を行う必要がないため、補正ゲインとして常に1を出力する。
【0028】
一方、過変調領域においては、電圧指令と実際の出力電圧との関係が非線形になるので、電圧指令ベクトルの絶対値に応じて補正ゲインKを適宜調整する。補正ゲインKの決定方法としては、例えば、電圧指令と実際の出力電圧との関係を実機により数点測定することにより、電圧指令に対応した適切な補正ゲインKを求めることが可能である。
【0029】
例えば、過変調領域における電圧指令と実際の出力電圧との関係が図5のような場合を考える。いま、電圧指令がVの場合、出力したい電圧はV(=V)であるが、実際に出力される電圧はV(<V)となる。一方で、実際の出力電圧がVである時の電圧指令はV(>V)となっている。よって、電圧指令がVの場合に補正を行って真の電圧指令がVとなるようにすれば、電圧指令通りの電圧を実際に出力することができる。
つまり、補正ゲイン調整手段9では、電圧指令補正手段10に与える補正ゲインKを電圧指令(電圧指令ベクトルの絶対値)に応じて調整するものであり、この時の補正ゲインKは数式2によって与えられる。
【0030】
【数2】

【0031】
後は、以上の操作を数回繰り返し、電圧指令と補正ゲインKとの関係を近似式として求めてソフトウェア上に実装すれば、補正ゲイン調整手段9によって電圧指令に応じた補正ゲインKを自動的に計算することができる。
【0032】
補正ゲイン調整手段9により決定された補正ゲインKは電圧指令補正手段10へ受け渡され、この補正ゲインKを各相の電圧指令v,v,vに乗じることによって真の電圧指令v**,v**,v**が出力される。
その結果、過変調領域においても、電圧指令と実際の出力電圧の基本波成分とを常に一致させることができ、従来技術の問題点である出力電流の増加を抑制することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の第1実施形態を示すブロック図である。
【図2】従来技術及び第1実施形態の作用を説明するための波形図である。
【図3】本発明の第2実施形態を示すブロック図である。
【図4】第2実施形態における補正ゲイン調整手段の動作原理を示す図である。
【図5】第2実施形態における電圧指令と実際の出力電圧との関係を示す図である。
【図6】マトリクスコンバータの主回路構成図である。
【図7】図6の制御装置のブロック図である。
【図8】仮想整流器/インバータシステムの主回路構成図である。
【符号の説明】
【0034】
1:仮想整流器指令演算手段
2:仮想インバータ指令演算手段
3,4:スイッチングパターン演算手段
5:指令合成手段
6:電圧指令ベクトル絶対値演算手段
7:過変調判別手段
8,10:電圧指令補正手段
9:補正ゲイン調整手段
ru,Srv,Srw,Ssu,Ssv,Ssw,Stu,Stv,Stw:双方向スイッチ
1r〜S6r,S〜S:半導体スイッチング素子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体スイッチング素子のスイッチング動作により、多相交流電圧を任意の振幅、周波数の多相交流電圧に直接変換する交流交流直接変換器において、
前記直接変換器に与える電圧指令ベクトルの絶対値を演算する演算手段と、
前記演算手段により演算した電圧指令ベクトルの絶対値が一定値以上である場合に過変調状態であることを判別する判別手段と、
前記判別手段による判別信号の発生時に、前記直接変換器の各相電圧指令に補正ゲインを乗じる電圧指令補正手段と、
を備えたことを特徴とする交流交流直接変換器の制御装置。
【請求項2】
請求項1記載の制御装置において、
電圧指令ベクトルの絶対値に応じて前記補正ゲインを調整する手段を更に備えたことを特徴とする交流交流直接変換器の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−259380(P2008−259380A)
【公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−101751(P2007−101751)
【出願日】平成19年4月9日(2007.4.9)
【出願人】(591083244)富士電機システムズ株式会社 (1,717)
【Fターム(参考)】