説明

人工多能性幹細胞のクローンの選択方法

人工多能性幹細胞(iPS細胞)のクローン群から、分化させて生体に移植したときにin vivoにおける腫瘍形成率の低いクローンを効率よく判別し選択するために、iPS細胞クローン群を分化誘導させ、分化誘導後の細胞に含まれる未分化細胞を検出し、対照よりも低い未分化細胞の含有率を有するクローンを選択する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は人工多能性幹細胞のクローンの選択方法、およびその選択方法によって選択されたクローンに関する。
【背景技術】
【0002】
人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、体細胞へリプログラミング因子を導入することで調製することができる(非特許文献1、特許文献1)。このように調製されたiPS細胞は、例えば、iPS細胞がキメラマウスの生殖系列へ寄与するという事実によって、多能性が確認されている(非特許文献2および非特許文献3)。iPS細胞は、治療対象となる患者由来の細胞を用いて作製された後、目的の組織の細胞へと分化させることができるため、再生医学の領域において、拒絶反応のない移植材料として期待されている。
【0003】
しかし、このように調製したiPS細胞由来のキメラマウスおよびその子孫において、導入したc-Myc遺伝子の再活性を原因として腫瘍形成される可能性が否定できない。そこで、腫瘍形成能を低減させるため、誘導効率は比較的低いが、iPS細胞を調製するためのc-Myc遺伝子含有レトロウイルスを用いない方法が開発されている(非特許文献4、非特許文献5、特許文献2および特許文献3)。それでもなお、c-Mycを用いることによる効率の高さを考慮すると、c-Myc含有レトロウイルスを用いながら、腫瘍形成能が低いiPS細胞を選択する方法を開発することが望ましい。
【0004】
同様に、キメラマウスの作製に適用可能なiPS細胞を、薬剤による選択なしで調製する方法(非特許文献6)、および様々な組織からの細胞を用いてiPS細胞を調製する方法(非特許文献7)など、実用化に対応するために様々なiPS細胞の調製方法が開発されているが、このように作製されたiPS細胞が必ずしも移植に適しているとは限らない。
【0005】
したがって、iPS細胞の調製方法だけでなく、安全性の高いiPS細胞を選択するための方法の確立が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2007/069666
【特許文献2】WO2008/118820
【特許文献3】WO2009/057831
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】K. Takahashi and S. Yamanaka, Cell 126 (4), 663, 2006
【非特許文献2】K. Okita, et al., Nature 448 (7151), 313, 2007
【非特許文献3】M. Wernig, et al., Nature 448 (7151), 318, 2007
【非特許文献4】M. Nakagawa, et al., Nat Biotechnol 26 (1), 101, 2008
【非特許文献5】M. Wernig, et al., Cell Stem Cell 2 (1), 10, 2008
【非特許文献6】A. Meissner, et al., Nat Biotechnol 25(10), 1177 2007
【非特許文献7】Aoi, T. et al., Science 321, 699-702, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、分化させて生体に移植したときにin vivoにおいて腫瘍形成率の低いiPS細胞のクローンを効率よく判別し、選択する方法、並びにその方法によって選択されたクローン、および選択用キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一実施態様において、人工多能性幹細胞(iPS細胞)のクローンの選択方法は、iPS細胞の分化誘導後のクローン中の未分化細胞を検出する検出工程と、当該検出の結果に基づいてクローンを選択する選択工程と、を含む。未分化細胞を検出する検出工程において、テラトーマの形成の検査、もしくは未分化細胞特異的遺伝子のプロモーター活性の検出をしてもよく、より好ましくは、クローンにおいてプロモーター活性が検出された細胞の含有率を測定してもよい。前記分化誘導は、iPS細胞のクローンに一次ニューロスフェアもしくは二次ニューロスフェアを形成させる工程を含んでもよい。前記プロモーター活性の検出工程において、前記iPS細胞が、未分化細胞特異的遺伝子のプロモーターによって発現制御されるマーカー遺伝子を有し、当該マーカー遺伝子の発現を検出してもよい。当該マーカー遺伝子が、蛍光タンパク質、発光タンパク質または酵素をコードすることが好ましい。クローンの選択工程において、内在性の未分化細胞特異的遺伝子の発現を検出してもよい。未分化細胞特異的遺伝子は、Nanog遺伝子であり得るが、これに限定されない。
【0010】
iPS細胞を選択する工程において、クローン中の未分化細胞特異的遺伝子の転写活性化細胞の含有率が、複数回測定されてもよく、測定の平均値が0.042%未満であるか、または測定値が検査したiPS細胞の全ての世代において常に0.066%未満であるiPS細胞のクローンが選択され得る。
【0011】
本発明の別の実施態様は、iPS細胞のクローンの調製方法であって、上記方法のいずれか1つによりiPS細胞のクローンから1つのクローンを選択する工程を含む方法を提供する。
【0012】
本発明の別の実施態様は、上記方法のいずれか1つにより選択されたiPS細胞のクローンを提供する。
【0013】
本発明のさらなる実施態様において、iPS細胞のクローンを選択するためのキットは、未分化細胞特異的遺伝子のプロモーター活性を検出するための試薬を含有する。前記試薬が、未分化細胞特異的遺伝子、または蛍光タンパク質、発光タンパク質もしくは酵素をコードする遺伝子から転写された転写産物を検出してもよく、あるいは当該転写産物から翻訳されたペプチドを検出するための試薬であってもよい。未分化細胞特異的遺伝子は、Nanog遺伝子であり得るが、これに限定されない。
【0014】
クローンが選択されるiPS細胞は、Oct遺伝子群、Sox遺伝子群、Klf遺伝子群、Myc遺伝子群、Nanog遺伝子、Sall遺伝子群およびLin28遺伝子からなる群から選択される遺伝子群中の少なくとも1つの遺伝子を導入することにより得られた細胞であってもよい。好ましくは、前記Oct遺伝子群のメンバーはOct3/4であり、前記Sox遺伝子群のメンバーはSox2であり、前記Klf遺伝子群のメンバーはKlf14であり、前記Myc遺伝子群のメンバーはc-MycまたはL-Mycであり、そして前記Sall遺伝子群のメンバーはSall4またはSall1である。より好ましくは、iPS細胞は、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf4遺伝子およびc-Myc遺伝子を導入することにより得られた細胞である。
【0015】
==関連出願の相互参照==
本願は、参照により本明細書に組み込まれる、2009年5月29日に出願された米国仮出願第61/217,362号の優先権の利益を主張する。本明細書中に引用された全ての文書も、参照により本明細書に組み込まれる。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、安全性の高いiPS細胞のクローンを効率よく判別し、選択する方法、およびその方法によって選択されたクローンを提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、マウスiPS細胞からのSNSの形成を示す。(a) ES細胞(1A2)、MEF-iPS細胞(178B2)、TTF-iPS細胞(212C5)またはHep-iPS細胞(238C2)由来の二次ニューロスフェアの写真。スケールバーは、200μm。(b) SNSから分化誘導させた細胞におけるTuj1(ニューロンのマーカー)、GFAP(アストロサイトのマーカー)およびCNPase(オリゴデンドロサイトのマーカー)の免疫組織化学分析。スケールバーは、100μm。(c) MEF-iPS細胞(38C2)由来のSNS移植後4週におけるNOD/SCIDマウスでのニューロン(NeuNを使用)、アストロサイト(GFAPを使用)、およびオリゴデンドロサイト(APCを使用)の免疫組織化学分析。スケールバーは、50μm(挿入図では10μm)。
【図2】図2は、ES細胞およびiPS細胞由来のSNSにおける未分化細胞の含有率を示す。(a) ES細胞、MEF-iPS細胞、TTF-iPS細胞、およびHep-iPS細胞由来のSNSにおけるNanog-GFP陽性細胞の含有率の比較。(b) ES細胞、MEF-iPS細胞、TTF-iPS細胞、およびHep-iPS細胞由来のSNSにおけるNanog-GFP陽性細胞の含有率のより詳細な比較。(c) Myc使用またはMyc不使用で樹立したiPS細胞由来のSNSにおけるNanog-GFP陽性細胞の含有率の比較。各群間のマン−ホイットニーのU検定において有意差はみられなかった。(d) Nanogの発現による選択の有無で樹立したiPS細胞由来のSNSにおけるNanog-GFP陽性細胞の含有率の比較。各群間のマン−ホイットニーのU検定において有意差はみられなかった。
【図3】図3は、ES細胞またはiPS細胞由来のSNSによるテラトーマ形成を示す。(a) テラトーマの形成により4群へ分類された移植マウスの観察期間。ひし形−はテラトーマを形成しないマウスを示す(n=140);ひし形+は直径0.1-5.7mmのテラトーマを形成したマウスを示す(最低三分位、n=29);ひし形++は直径5.8-8.2 mmのテラトーマを形成したマウスを示す(第2三分位、n=29);そしてひし形+++は直径8.3 mm以上のテラトーマを形成したマウスを示す(最高三分位、n=29)を示す。塗りつぶしのひし形は、死亡もしくは衰弱のマウスを示し、白抜きのひし形は、健常マウスを示す。(b) ES細胞クローンまたはiPS細胞クローン由来のSNSにおけるテラトーマの直径。
【図4】図4は、TTF-iPS細胞(256D4)由来のSNSによって生じたテラトーマの組織像を示す。ホルマリンで固定、パラフィン抱合、および切片化後のヘマトキシリン−エオシン染色によって得た写真。
【図5】図5は、iPS細胞の由来とSNSのテラトーマ形成との関連性を示す。(a) MEF-iPS細胞、TTF-iPS細胞、Hep-iPS細胞、Stm-iPS細胞またはES細胞由来のSNSによって生じたテラトーマの直径の比較。クルスカル−ワリス検定およびシェッフェ検定をそれぞれ5群の比較に用いた。***は、p<0.0001を表す。(b) MEF-iPS細胞、TTF-iPS細胞、Hep-iPS細胞、Stm-iPS細胞およびES細胞由来のSNS間での、死亡もしくは衰弱(黒色部分)、および健常(白色部分)の各状態の割合の比較。カイ二乗検定を各2群間の比較に用いた。**は、p<0.01を表し、***は、p<0.0001を表す。(c) c-Mycの使用もしくは不使用で樹立したiPS細胞由来のSNSによって生じたテラトーマの直径の比較。死亡または衰弱したマウスは黒色のひし形で示し、健常マウスは白色のひし形で示す。各群間のマン−ホイットニーのU検定において有意差はみられなかった。(d) 選択の有無で樹立したiPS細胞由来のSNSによって生じたテラトーマの直径の比較。死亡または衰弱したマウスは黒色のひし形で示し、健常マウスは白色のひし形で示す。各群間のマン−ホイットニーのU検定において有意差はみられなかった。(e) SNSにおけるNanog陽性細胞の含有率とテラトーマの直径との関連性。SNS移植マウスは、Nanog-GFP陽性細胞の含有率(0-0.018%、最低三分位、46匹)、(0.019-0.556%、第2三分位、48匹)および(0.556%以上、最高三分位、45匹)に従って分類された。
【図6】図6は、SNSおよびテラトーマにおける導入遺伝子の発現を示す。未分化細胞(Un.)、細胞クローン由来のSNSまたはテラトーマ(178B5-MEF-iPS、256H13-TTF-iPS、256H17-TTF-iPS)から単離されたRNAの、4個の導入遺伝子のコーディング領域(total)、内在性遺伝子からの転写物のみ(endo)、または導入遺伝子からの転写物のみ(tg)のいずれかを増幅するためのプライマー対を用いたRT-PCR分析。TTF-Fbxo15-iPS細胞であるクローン4-3は、導入遺伝子発現の陽性対照として用いた。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、上記知見に基づき完成した本発明の実施の形態を、実施例を挙げながら詳細に説明する。実施の形態または実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.などの標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれらを修飾したり、改変した方法を用いる。市販の試薬キットや測定装置を用いている場合には、他に説明が無い限り、それらに添付のプロトコルを用いる。
【0019】
本発明の目的、特徴、利点、およびそのアイデアは、本明細書の記載から、当業者には明らかであり、本明細書の記載に基づき、当業者であれば、容易に本発明を実施できる。以下に記載された発明の実施の形態および具体的な実施例などは、本発明の好ましい例として解釈されるべきであることが理解される。これらの記載は例示または説明のためにのみあるのであって、本発明をこれらの実施の形態または実施例に限定するものではない。さらに、本明細書で開示されている本発明の意図並びに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々な改変並びに修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0020】
==人工多能性幹細胞==
人工多能性幹細胞(iPS細胞)とは、生殖系列にある細胞(例えば、卵細胞、精子細胞、並びに卵原細胞および精原細胞等それらの前駆細胞)または発生初期胚由来の未分化細胞(例えば、胚性幹細胞)以外の分化細胞を初期化することにより、人工的に誘導された多分化能および自己増殖能を有する細胞のことである。分化細胞は、胚由来であっても胎児由来であっても成体由来であってもよく、また、マウス、ヒト等どのような動物種に由来しても構わない。分化細胞の性状としては、本来、受精細胞が有する全分化能を一部でも失った細胞であれば特に限定されず、例えば、繊維芽細胞、上皮細胞、肝細胞などが例示できる。
【0021】
初期化方法は特に限定されないが、好ましい方法においては、細胞を、核初期化因子を導入することにより、多分化能および自己増殖能を有するように誘導する。例えば国際公開WO2005/080598、WO2007/069666、WO2008/118820およびWO2009/057831に記載された初期化方法のいずれかを用いてもよい。これらの刊行物の開示内容は、参照により、本明細書に組み込まれる。
【0022】
核初期化因子は、特に限定されないが、Oct遺伝子群、Klf遺伝子群、Sox遺伝子群、Myc遺伝子群、Sall 遺伝子群、Nanog遺伝子群(マウスNM_028016、ヒトNM_024865)およびLin遺伝子群のそれぞれから選択された群の中の遺伝子の少なくとも1つの遺伝子産物であることが好ましい。Oct遺伝子群に属する遺伝子としては、Oct3/4(マウスNM_013633、ヒトNM_002701)、Oct1A(マウスNM_198934、ヒトNM_002697)およびOct6(マウスNM_011141、ヒトNM_002699)が挙げられ、Klf遺伝子群に属する遺伝子としては、Klf1(マウスNM_010635、ヒトNM_006563)、Klf2(マウスNM_008452、ヒトNM_016270)、Klf4(マウスNM_010637、ヒトNM_004235)およびKlf5(マウスNM_009769、ヒトNM_001730)が挙げられ、Sox遺伝子群に属する遺伝子としては、Sox1(マウスNM_009233、ヒトNM_005986)、Sox2(マウスNM_011443、ヒトNM_003106)、Sox3(マウスNM_009237、ヒトNM_005634)、Sox7(マウスNM_011446、ヒトNM_031439)、Sox15(マウスNM_009235、ヒトNM_006942)、Sox17(マウスNM_011441、ヒトNM_022454)およびSox18(マウスNM_009236、ヒトNM_018419)が挙げられ、Myc遺伝子群に属する遺伝子としては、c-Myc(マウスNM_010849、ヒトNM_002467)、N-Myc(マウスNM_008709、ヒトNM_005378)およびL-Myc(マウスNM_008506、ヒトNM_001033081)が挙げられ、Sall 遺伝子群に属する遺伝子としては、Sall1(マウスNM_021390、ヒトNM_002968)およびSall4(マウスNM_175303、ヒトNM_020436)が挙げられ、Lin遺伝子群に属する遺伝子としては、Lin28(マウスNM_145833、ヒトNM_024674)およびLin28b(マウスNM_001031772、ヒトNM_001004317)が挙げられる。核初期化因子としては、他の種類の遺伝子産物を使用してもよく、例えば、不死化誘導因子などが挙げられる。
【0023】
より好ましくは、核初期化因子としては、Oct3/4遺伝子、Klf4遺伝子、Sox2遺伝子、c-Myc遺伝子、L-Myc遺伝子、Sall4遺伝子、Sall1遺伝子、Nanog遺伝子およびLin28遺伝子から選択される1つ以上の遺伝子の少なくとも1つの産物が挙げられ得る。
【0024】
これらの遺伝子は、本明細書中、National Center for Biotechnology Information(NCBI)に登録されたアクセション番号を参照してマウスおよびヒトの配列で表したが、いずれも、脊椎動物で高度に保存されている遺伝子であり、従って本明細書では、特に動物名を示さない限り、ホモログを含めた遺伝子を表すものとする。また、polymorphismを含め、変異を有する遺伝子も、野生型の遺伝子産物と同等の機能を有する限り包含される。
【0025】
==iPS細胞の調製方法==
核初期化因子を用いてiPS細胞を調製するには、上記核初期化因子を体細胞へ導入することが好ましい。含有する核初期化因子の数は、2個、3個、好ましくは4個、もしくは4個以上である。それらの因子の好ましい組み合わせは、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子およびKlf4遺伝子の組み合わせ、もしくは、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf4遺伝子およびc-Myc遺伝子の組み合わせのいずれかである。
【0026】
核初期化因子が細胞内で機能するタンパク質である場合は、核初期化因子を導入するために、そのタンパク質をコードする遺伝子を発現ベクターに組み込み、対象とする体細胞などの分化細胞に発現ベクターを導入し、そのタンパク質を細胞内で発現させることが好ましい(遺伝子導入法)。使用する発現ベクターは特に限定されないが、好ましくはプラスミドベクター、ウイルスベクターおよび人工染色体ベクター(Suzuki N et al., J Biol Chem. 281(36):26615, 2006)が例示され、ウイルスベクターとして、好ましくはアデノウイルスベクター、センダイウィルスベクター、レトロウイルスベクターおよびレンチウイルスベクターが例示される。あるいは、Protein Transduction Domain(PTD)と呼ばれるペプチドをタンパク質に結合させ、培地に添加することにより、そのタンパク質を細胞内に導入してもよい(Protein Transduction 法)。また、例えば、精製したタンパク質を導入するために、各種のタンパク質導入試薬(例えば、ChariotTM、BioporterTM等)のいずれかを用いてそのタンパク質を細胞内に導入することができる。核初期化因子が細胞外に分泌されるタンパク質である場合は、iPS細胞の調製段階で、分化細胞の培地にその因子を添加すればよい。なお、初期化すべき分化細胞で、核初期化因子のいずれかが発現している場合は、その因子に関しては外部から導入する必要が無い。
【0027】
場合によっては、核初期化因子を置換する目的もしくは誘導効率を上げる目的で、サイトカインまたは化合物を添加してもよい。サイトカインとしては、例えば、SCF(stem cell factor)、bFGF、WntファミリーおよびLIF(leukemia inhibitory factor)が挙げられ、化合物としては、例えば、Histone Deacetylase阻害剤、DNAメチル化阻害剤、MEK阻害剤、GSK3β阻害剤、TGF受容体阻害剤およびROCK阻害剤が挙げられる(WO2009/117439)。
【0028】
体細胞へ初期化因子を導入した後、フィーダー細胞上へ移して培養してもよい。フィーダー細胞は、特に限定されないが、マウス胚性線維芽細胞(MEF)が例示される。この培養に好適に用いられる培地としては、体細胞が由来する動物種の細胞を培養するのに適した培地が挙げられ、例えばヒト細胞の場合、20%代替血清、2mM L-グルタミン、1 x 10-4 M非必須アミノ酸、1 x 10-4 M 2-メルカプトエタノール、0.5%ペニシリンおよびストレプトマイシン、並びに4ng/ml組換えヒトbasic fibroblast growth factor(bFGF)を含むDMEM/F12培地であることが好ましい。
【0029】
その後、核初期化因子を導入した分化細胞から、例えば未分化細胞特異的遺伝子を発現している細胞を選択すること、もしくは細胞の形態を指標にすることにより、iPS細胞を単離する。未分化細胞特異的遺伝子を発現している細胞を選択する方法は特に限定されない。未分化細胞特異的遺伝子が細胞内タンパク質をコードしている場合は、未分化細胞特異的遺伝子のプロモーターの下流にGFP遺伝子、ガラクトシダーゼ遺伝子、並びにネオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子およびピューロマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子などのマーカー遺伝子の1つをノックインして融合タンパク質として発現させてもよく、それらマーカー遺伝子を発現している細胞を選択してもよい。マーカーが薬剤耐性遺伝子の場合は、薬剤で選択することにより容易に目的の細胞を単離することができる。未分化細胞特異的遺伝子が細胞膜タンパク質をコードしている場合は、特異的抗体を用いるか、またはそのタンパク質の酵素活性を用いて、そのタンパク質を発現している細胞を選択することができる。本明細書中で使用される未分化細胞特異的遺伝子とは、胚性幹細胞(ES細胞)に特異的に発現している当業者に周知の遺伝子を指し、例えば国際公開WO2005/080598、WO2007/069666、WO2008/118820、 WO2009/057831およびNat Biotechnol. 25, 803, 2007に開示されたES細胞に特異的に発現している遺伝子が例示される。未分化細胞特異的遺伝子は、好ましくは、Oct3/4、Sox2、Nanog、Lin28、Rex1、UTF1、Eras、Fgf4、TDGF、Cripto、Dax1、ESG1、GDF3、Sall4、Fbx15、SSEA-1、SSEA-4、TRA-1-60、TRA-1-81およびアルカリホスファターゼ(例えば、TRA-2-54およびTRA-2-49)からなる群より動物種を考慮して選択される(例えば、SSEA-1はマウスに特異的であり、SSEA-4、TRA-1-60およびTRA-1-81はヒトに特異的である)。好ましい未分化細胞特異的遺伝子は、Fbx15遺伝子またはNanog遺伝子である。細胞の形態を指標にする場合、選択は、例えば、コロニーの形成を指標として行なってもよい。
【0030】
このようにして、初期化された細胞から単離された細胞集団または細胞株もしくはクローンをiPS細胞として用いることができる。
【0031】
本明細書において、細胞集団、細胞株およびクローンという語は、特に定めのない限り区別されない。
【0032】
==iPS細胞の判別/選択方法==
本発明の一実施形態において、特定の細胞タイプへ細胞を分化誘導した後、細胞補充療法に適したiPS細胞を選択するための方法を提供する。具体的には、上記の方法のいずれかで得られたiPS細胞に対して適度な分化誘導を施した後に、未分化細胞の存在を検出し、当該検出の結果に基づいてiPS細胞を選択する。未分化細胞の検出方法は、分化誘導後の細胞からのテラトーマの形成を検査する方法、もしくは、未分化細胞特異的遺伝子のプロモーター活性を検出する方法であり得るが、これらに限定されない。選択されるiPS細胞は、均一な遺伝情報を持つ細胞集団としてクローン化されていることが好ましい。この方法における未分化細胞特異的遺伝子は、上述の未分化細胞特異的遺伝子と同様であってよく、好ましくは、Nanog遺伝子である。
【0033】
テラトーマの形成は、例えば、免疫不全動物へ分化誘導後の細胞を移植し、移植後4週から45週で移植箇所の組織を切除し、内胚葉、中胚葉または外胚葉由来の胎児性組織または成熟性組織(腫瘍、軟骨、平滑筋、粘液腺、呼吸器、消化器および神経組織など)のいずれかの構造を確認することによって、検査してもよい。
【0034】
免疫不全動物は、ヌードマウス、またはNOD/SCIDマウスであり得るが、これらに限定されない。分化誘導後の細胞を移植する場所は、皮下、精巣内もしくは線条体が好ましい。
【0035】
未分化細胞特異的遺伝子のプロモーター活性を検査する方法は、特に限定されない。iPS細胞が、未分化細胞特異的遺伝子のプロモーターによって発現が制御されるレポーター遺伝子を有している時は、そのレポーター遺伝子の発現を検査すればよい。他の態様において、未分化細胞特異的遺伝子のプロモーター活性について、内在性の未分化細胞特異的遺伝子の発現を検査してもよい。レポーター遺伝子の例として、緑色蛍光タンパク質(GFP)、黄色蛍光タンパク質(YFP)および青色蛍光タンパク質(BFP)のような蛍光タンパク質、イクオリンのような発光タンパク質、並びにルシフェラーゼ、βガラクトシダーゼ、アルカリホスファターゼおよび西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)のような酵素をコードする遺伝子が挙げられる。
【0036】
未分化細胞特異的遺伝子のプロモーターによって発現が制御されるレポーター遺伝子を有するiPS細胞は、相同組換え法などの当業者に周知の方法によって、未分化細胞特異的遺伝子のコーディング領域とレポーター遺伝子配列を置き換えることにより遺伝子操作をされた分化細胞から調製されてもよい。あるいは、そうしたiPS細胞は、未分化細胞特異的遺伝子がコードするタンパク質またはその断片とレポーター遺伝子がコードするタンパク質とから融合タンパク質が形成されるように、レポーター遺伝子配列を未分化細胞特異的遺伝子座に挿入することにより遺伝子操作をされた分化細胞から調製されてもよい。あるいは、レポーター遺伝子を有するそうしたiPS細胞は、直接、未分化細胞遺伝子のコーディング領域をレポーター遺伝子へ置き換えるか、または未分化細胞遺伝子の遺伝子座にレポーター遺伝子を挿入する遺伝子操作を含む相同組換えにより調製されてもよい。他の態様において、未分化細胞特異的遺伝子のプロモーター領域をレポーター遺伝子と結合したヌクレオチド配列を含む構築物をiPS細胞に導入することで、前記レポーター遺伝子を有するiPS細胞の調製が行われてもよい。プロモーター領域を含むDNA断片は、当業者に周知の方法のいずれかにより、用いる未分化細胞特異的遺伝子のプロモーター解析の結果に基づいて、ゲノムDNAやゲノムライブラリーから単離することができる。前記構築物は、プラスミドベクター、ウイルスベクター、または人工染色体ベクター(Suzuki N et al., J Biol Chem. 281(36):26615, 2006)を用いて作製され得る。
【0037】
レポーター遺伝子または内在性の未分化細胞特異的遺伝子の発現を検出する場合、例えば、PCR法、LAMP法またはノザンハイブリダイゼーション法によって、転写産物(hnRNA、mRNAなど)を検出してもよい。あるいは、例えば、RIA法、IRMA法、EIA法、ELISA法、LPIA法、CLIA法またはイムノブロット法によって、翻訳産物(ペプチド、修飾ペプチドなど)を検出してもよい。転写産物または翻訳産物は、定量的に検出されることが好ましい。
【0038】
未分化細胞特異的遺伝子のプロモーター活性を検出する方法において、レポーター遺伝子の発現、または内在性の未分化細胞特異低遺伝子の発現をフローサイトメーター等によって測定し、細胞のクローン中の未分化細胞特異的遺伝子のプロモーターが活性化している細胞の含有率を定量することが好ましい。この場合、プロモーターが活性化している細胞の含有率は、分化誘導させた細胞のクローン中のそのような細胞の割合として算出される。
【0039】
iPS細胞のクローンの選択のために、分化誘導後の未分化細胞特異的遺伝子のプロモーターの活性化細胞の含有率を測定する場合、プロモーターが活性化している細胞の含有率が、生体に移植したときに事実上腫瘍形成を生じない細胞のクローン中のプロモーターが活性化している細胞の対照含有率以下のiPS細胞のクローンを選択することが好ましい。対照含有率としては、入手可能な任意の細胞株を生体へ移植した後の表1に示すような腫瘍形成および含有率を調べ、表1に示す感度および特異性の値が共に、0.5以上、0.6以上、0.7以上、0.8以上、0.9以上、0.95以上または0.99以上になるように予め設定した含有率を用いることが好ましい。好ましくは、感度の値は0.9よりも高いか、0.95よりも高いか、0.99よりも高いか、または1である。より好ましくは、感度および特異性の値は、共に1である。ここで、感度および特異性の値が共に1であるということは、含有率が設定した対照含有率以下であれば、腫瘍形成を生じないことを意味する。移植される細胞株は、iPS細胞またはES細胞を分化誘導した後の細胞であることがより好ましい。
【0040】
【表1】

【0041】
別の態様において、プロモーター活性の検出は、調べる対象の各iPS細胞に対し複数回行われてもよく、この場合、測定された含有率の平均もしくは最大値を対照含有率と比較してもよい。平均含有率を対照含有率と比較する場合、対照含有率として、0.042%を用いることが好ましい。含有率の最大値を対照含有率と比較する場合、対照含有率として、0.082%、0.066%、0.051%または0.019%を用いることが好ましい。より好ましくは、対照含有率として0.066%を用いる。
【0042】
別の態様において、分化誘導後の未分化細胞特異的遺伝子の転写産物または翻訳産物を定量化する場合、iPS細胞のクローン中の転写産物量または翻訳産物量を、それぞれの対照と比較し、対照より少ない量を有するクローンを選択してもよい。対照転写産物量または対照翻訳産物量については、入手可能な任意の細胞株を生体へ移植した後の表2に示すような腫瘍形成および転写産物量もしくは翻訳産物量を測定し、表2に示す感度および特異性の値が共に、0.5以上、0.6以上、0.7以上、0.8以上、0.9以上、0.95以上または0.99以上になるように予め設定された含有率を用いることが好ましい。好ましくは、感度の値は0.9よりも高いか、0.95よりも高いか、0.99よりも高いか、または1である。より好ましくは、感度および特異性の値は、共に1である。ここで、感度および特異性の値が共に1であるということは、含有率が設定した対照転写産物量または対照翻訳産物量以下であれば、腫瘍を生じないことを意味する。移植される細胞株は、iPS細胞またはES細胞を分化誘導した後の細胞であることがより好ましい。
【0043】
【表2】

【0044】
iPS細胞またはES細胞の分化誘導の方法は、特に限定されないが、球状の細胞塊であるニューロスフェアを形成させることにより、iPS細胞またはES細胞を神経幹細胞または神経前駆細胞へと分化誘導する方法が好ましい。より好ましくは、それらの細胞に二次ニューロスフェアを形成させる誘導法である。iPS細胞の神経幹細胞への誘導法は、当業者に周知のES細胞に用いられる方法と同様の方法であってもよい(Okada Y, et al., Stem cells 26 (12), 3086, 2008および特開2002−291469)。対象とするiPS細胞を、低レベル(10-9 M〜10-6 M)のレチノイン酸存在下で、浮遊培養することで胚葉体(EB)の形成を誘導してもよい。あるいは、iPS細胞の培養のための培地にノギン(Noggin)タンパク質を添加してもよい。具体的には、アフリカツメガエル・ノギンを導入し、一過性にノギンタンパク質の発現を誘導したほ乳類培養細胞からの培養上清をそのまま(1〜50%(v/v))使用してもよく、組換え型ノギンタンパク質(1 μg/ml程度)を培地に添加してもよい。次に、このようにして得られたEBを解離して、FGF-2(10〜100 ng/ml)およびB27を添加した無血清培地で培養し、一次ニューロスフェアを形成させる。さらに、この一次ニューロスフェアを解離し、同じ条件下で二次ニューロスフェアを形成させてもよい。このニューロスフェア解離−ニューロスフェア形成の工程を繰り返して、さらなる多次ニューロスフェアを形成させてもよい。
【0045】
このようにして選択されたiPS細胞のクローンは、細胞補充療法の材料として使用することができる。
【0046】
==キット==
本発明にかかる、iPS細胞のクローンを選択するためのキットは、未分化特異的遺伝子のプロモーター活性を検出するための試薬を含有する。
【0047】
上記のように、未分化特異的遺伝子のプロモーター活性を検出する方法としては、PCR法、LAMP法、ノザンハイブリダイゼーション法、RIA法、IRMA法、EIA法、ELISA法、LPIA法、CLIA法およびイムノブロット法が例示できる。これらの方法は全て、既に広く周知であるので、当業者であれば、用いる検出方法に従い、プライマー、プローブ、抗体、酵素の基質、試薬などをキットに適切に含有させることができる。また、未分化細胞特異的遺伝子のプロモーターおよび当該プロモーターによって発現が制御されるマーカー遺伝子を有するベクターもしくは組換え用構築物を含有させてもよい。上記組換え用構築物は、当業者によって周知の任意の方法で作製してもよい。前記未分化細胞特異的遺伝子がNanogの場合は、構築物はMitsui K, et al, Cell., 113, 631, 2003に記載のターゲティングベクターであってよく、遺伝子がFbx15の場合は、構築物はTokuzawa Y, et al, Mol Cell Biol., 23(8), 2699, 2003に記載のターゲティングベクターであってよい。
【実施例】
【0048】
〈実験材料および方法〉
〈培養〉
ES細胞およびiPS細胞の樹立および培養は、以下に記載の従来の方法で行った(Takahashi K and Yamanaka S, Cell 126 (4), 663, 2006、Okita K, et al., Nature 448 (7151), 313, 2007、Nakagawa M, et al., Nat Biotechnol 26 (1), 101, 2008およびAoi, T. et al., Science 321, 699-702, 2008)。樹立したES細胞またはiPS細胞の以下の5つの細胞株(1A2、212C6、256D4、135C6および178B5)を、低細胞濃度培養(weak cell concentration culture)の後、コロニーをピックアップすることによりサブクローニングした。神経系細胞への分化誘導は、岡田らの方法(Okada Y, et al., Stem cells 26 (12), 3086, 2008)に多少の修正を加えて行った。簡潔には、iPS細胞を1×10-8Mのレチノイン酸の存在下で培養し、胚葉体(EB)を形成させた。続いて、EBをレチノイン酸添加後6日目で解離させ、培養フラスコ(Nunc)中、B27と20ng/mlのFGF-2(和光)を添加したMedia hormone mix (MHM)中で、浮遊培養した。浮遊培養から4日目に、浮遊細胞を細胞培養フラスコからUltra-Low Attachment dish(Corning)へ移し、同様の培地で3日から4日間培養した。その結果、一次ニューロスフェア(PNS)が形成された。続いて、調製したPNSをTrypLESelectを使用して解離し、同様の培地で浮遊培養した。浮遊培養から4日後、浮遊細胞をポリLオルニチン/フィブロネクチンコーティングカバーグラス上にのせ、5日から6日間FGF2の非存在下で培養した。このようにして、二次ニューロスフェア(SNS)が形成された。
〈フローサイトメトリー〉
Nanog-EGFPレポーター(WO2007/069666)を有する未分化なiPS細胞およびiPS由来SNSを解離し、FACS CaliburまたはFACS Aria(共にBecton-Dickinson)を用いてフローサイトメトリー分析に供した。死細胞はヨウ化プロピジウム染色によって検出して除去し、EGFP陽性細胞の数は、生細胞中の割合として計測された。
〈レンチウイルスの産生と二次ニューロスフェアへの感染〉
NOD/SCID マウスの脳への移植のために、第三世代の自己増殖不活性化HIV-1由来レンチウイルスベクターを用いて作製されたpCSII-EF-MCS-IRES2-Venusを用いて細胞をラベルした(Miyoshi H, et al., J Virol 72 (10), 8150, 1998)。レンチウイルス産生のため、HEK-293T細胞へpCSII-EF-MCS-IRES2-Venus、pCAG-HIVgpおよびpCMV-VSV-G-RSV-Rev(いずれもMiyoshi H, et al., J Virol 72 (10), 8150, 1998)をトランスフェクションし、各ウイルス粒子を含む培養上清を回収した。このウイルス粒子は、25000rpm、4℃で1.5時間、遠心して濃縮した。濃縮ウイルス粒子は、PNSからSNSを形成する際、培地に添加した。
〈NOD/SCIDマウスの脳への移植〉
レンチウイルス(pCSII-EF-MCS-IRES2-Venus)によりVenusを導入したニューロスフェアの移植は、従来の方法により、定位導入装置でガラスマイクロピペットを用いて行われた(Ogawa D, et al., J Neurosci Res, 2008)。この方法において、ピペットの先端を、6週齢のメスNOD/SCIDマウスの右線条体(ブレグマの1mm吻側、2mm外側、硬膜から3mmの深さ)へ挿入し、SNS細胞の懸濁液(2×105個)を3ml注入した。
【0049】
実施例1:各iPS細胞の神経への分化
36個のiPS細胞クローンを、(1)iPS細胞の由来、すなわちMEF(Mouse Embryonic Fibroblast)、TTF(Tail Tip Fibroblast)、Hep(Hepatocyte)またはStm(Stomach epithelial cell)、(2)c-Mycレトロウイルス導入の有無、および(3)NanogまたはFbxo15の発現に関する選択の有無、で分類した。プロファイルと各クローン解析の結果は、表3および4に示す。コントロールとして、以下の3つのES細胞クローン(RF8(Meiner, V.L. et al., Proc Natl Acad Sci U S A., 93(24):14041, 1996)、Nanog-EGFPレポーターを有するそのサブクローンである1A2(Okita K, et al., Nature 448 (7151), 313, 2007)およびOct3/4ブラスチシジン耐性レポーター遺伝子を有するEB3(Mol Cell Biol., 22(5):1526, 2002およびOkada Y, et al., Stem cells 26 (12), 3086, 2008))を用いた。これらのiPS細胞ならびにES細胞に神経幹細胞および/または前駆細胞(NS/PC)を含むニューロスフェアを産生させたところ、胚様体形成後、各iPSクローンならびにES細胞の大部分は、FGF2の存在下で一次ニューロスフェア(PNS)を形成した。PNSを解離し、二次ニューロスフェア(SNS)を形成させたとき(図1a)、3つのHep-iPSクローンおよび1つのStm-iPSクローンは、SNSを形成しなかった(表3)。iPS細胞およびES細胞由来のSNSは、3種類の神経系細胞、即ちニューロン、アストロサイトおよびオリゴデンドロサイトに、in vitroで分化した(図1b)。これらのSNSは、in vivoでも生存し、3種類の神経系細胞へ分化した(図1c)。このように、iPS細胞は、その由来の細胞タイプまたはc-Mycレトロウイルスもしくは選択の有無に関わらず、ES細胞と同様に神経系細胞への分化能を有している。
【0050】
【表3−1】

【0051】
【表3−2】

【0052】
【表3−3】

【0053】
【表4−1】

【0054】
【表4−2】

【0055】
実施例2:Nanogプロモーターの活性
未分化細胞が、SNS中にどれだけ存在しているかを検討した。
フローサイトメーターで未分化細胞を評価するため、MEF-iPS細胞、TTF-iPS細胞、Hep-iPS細胞およびES細胞(全てNanog-EGFPレポーターを有する)を用いた。これらのiPS細胞は、c-Mycレトロウイルスの有無、Nanogの発現に関する選択の有無などの様々な方法で樹立された。MEF-iPS細胞由来のSNSは、c-Mycレトロウイルスの存在または選択の方法に関わらず、Nanog-EGFP陽性細胞をほとんど含まなかった(0-0.38%)。この結果はES細胞の結果と同等である。一方、TTF-iPS細胞由来のSNSでは、MEF-iPS細胞由来の細胞と比較して、有意に多くのNanog-EGFP陽性未分化細胞を含有した(0.025-20.1%)。Hep-iPS細胞由来のSNSもまた、MEF-iPS細胞由来の細胞と比較して、より多くのNanog-EGFP陽性未分化細胞を含有した(0.034%-12.0%)(図2aおよび図2b)。c-Mycレトロウイルスの有無(図2c)またはNanog発現選択の有無(図2d)に関わらず、SNS中のNanog-EGFP陽性未分化細胞の含有率に有意な違いを示さなかった。
【0056】
実施例3:各iPS細胞からのSNS移植後の腫瘍発生について
ES細胞およびiPS細胞由来のSNSのin vivoでの評価のため、NOD/SCIDマウスの線条体へ各クローン由来のSNSを移植し、腫瘍形成を検討した(図3aおよび図3b)。移植後、死亡もしくは衰弱したマウスは、その後解剖し、健常なマウスは、移植後4から45週において解剖を行った。
3つのES細胞クローン由来のSNSを移植した34匹のマウスのうち、3匹が腫瘍によって、死亡もしくは衰弱した。残りの31匹のマウスも解剖したところ、30匹は腫瘍を有さず、1匹のみが小さな腫瘍を有することが確認された。
一方、12種類のMEF-iPS細胞クローン由来のSNSを移植した100匹のマウスのうち、9匹は、移植後19週以内に死亡もしくは衰弱した。これらの9匹のマウスのうち8匹には、腫瘍が確認された。残りのマウスも解剖したところ、そのうち66匹は腫瘍を有さず、25匹は様々な大きさの腫瘍が確認された。
11種類のTTF-iPS細胞クローン由来のSNSを移植した55匹のマウスのうち、46匹のマウスは移植後9週以内に死亡もしくは衰弱した。残りの9匹では、腫瘍が確認されなかった。
7種類のHep-iPS細胞クローン由来のSNSを移植した36匹のマウスのうち、13匹のマウスは移植後17週以内に死亡もしくは衰弱した。これらの13匹のマウスのうち10匹には、腫瘍が確認された。残りの23匹も解剖したところ、いずれも腫瘍を有さなかった。
さらに、2種類のStm-iPS細胞クローン由来のSNSを8匹のマウスへ移植したところ、移植後16週においていずれのマウスにも腫瘍が確認されなかった。
これらの腫瘍は、組織学的な解析により、横紋筋、管構造を有する上皮細胞、角化上皮細胞、軟骨および神経細胞などの内胚葉、中胚葉または外胚葉由来の様々なタイプの細胞を含有していた(図4)。さらに、それらの腫瘍は、多数の未分化細胞を含有していた。従って、それらはテラトーマもしくはテラトカルシノーマのいずれかであると考えられる(以下、まとめてテラトーマと記載する)。脳のテラトーマ以外の正常組織には、移植細胞の生存も確認された。
これらの結果の統計学的分析により、TTF-iPS細胞由来のSNSは、他のiPS細胞またはES細胞由来のSNSより、有意に大きなテラトーマを形成した(図5a)。さらに、TTF-iPS細胞およびHep-iPS細胞由来のSNSは、他の細胞(MEF-iPS細胞、Stm−iPS細胞またはES細胞)由来のSNSと比べて、移植した後の死亡または衰弱したマウス(グラフの黒色部分)の割合が有意に高かった(図5b)。c-Mycレトロウイルスの使用(図5c)もしくはNanog発現選択(図5d)は、腫瘍の大きさと有意な相関を示さなかった。一方、テラトーマの直径とSNSにおけるNanog-EGFP陽性細胞の含有率には有意な相関が見られた(図5e)。導入したc-Mycレトロウイルスの再活性化の腫瘍形成への寄与の可能性が疑われてきたが、SNSもしくはテラトーマでのc-Mycやその他の導入遺伝子の再活性化は確認されなかった(図6、使用したプライマーは表5に示す)。
【0057】
【表5】

【0058】
実施例4:サブクローンにおけるNanogプロモーターの活性
1つのiPS細胞クローンにおいて部分的な分化が起こることの原因を理解するために、4つのiPS細胞クローン(それぞれのiPS細胞クローンは異なるバックグラウンドを有する)および対照としてES細胞株からサブクローンを樹立した(表6から10)。
【0059】
【表6】

【0060】
【表7】

【0061】
【表8】

【0062】
【表9】

【0063】
【表10】

【0064】
iPS細胞株のサブクローン由来のSNS中の未分化細胞を、フローサイトメーターを使用することにより、Nanogの発現を代替したGFPの発現で評価した。その結果、いくつかのサブクローンは親細胞株(212C6、256D4および135C6)(これらは、SNSの形成後、相当な数の未分化細胞を含んでいた)よりも低い含有率でGFP陽性細胞を含んでいたが、ごく少数のサブクローンしか親細胞株よりも高い含有率では含んでいなかった。一方、178B5(これは、SNSの形成後、未分化細胞をほとんど含まなかった)由来のサブクローンにおいてはGFP陽性細胞はわずかしか存在せず、ここでもごく少数のサブクローンしか親細胞株よりも高い含有率では含んでいなかった。このように、クローンは継代中にGFP陽性細胞の含有率を減らす傾向を有することが確認されている。
従って、クローンが分化誘導に対する抵抗性の新たな潜在力を獲得することはないため、iPS細胞のクローンにおける未分化細胞の含有率(これは、特定の時点で測定される)は、クローンの子孫が元来有する腫瘍形成率を判断するために有用である。
【0065】
実施例5: iPS細胞株の評価のための基準値
腫瘍形成の発生とSNS中のNanog陽性細胞の含有率との間には有意な相関関係があった;従って、Nanog陽性細胞の含有率は、iPS細胞由来のSNSの移植による腫瘍形成能の予測評価のために有用であり得る。含有百分率の特定の対照値を設けた場合の、腫瘍形成を捉えたとの判定に対する感度および特異性を表11に示す。
【0066】
【表11】

【0067】
高感度とは判定の低度偽陰性を示し、高特異性とは判定の低度偽陽性を示す。対照最大値は、複数の試験の結果のうちの最大値と比較する場合に使用した。同様に、対照平均値は、複数の試験の結果の平均と比較する場合に使用した。対照最大値0.082%は、ES細胞の値を、事実上腫瘍形成を生じないことが既知である対照として用いて決定した。対照最大値0.066%は、506GN4の値を用いて決定した(この値が腫瘍形成した場合の最小の最高値だからである)。対照最大値0.051%は、1A2サブクローンの場合の値(表10に示す)を、腫瘍形成を事実上生じないことが既知である対照として用いて決定した。対照最大値0.019%は、テラトーマの直径と0.019%を超えるNanog-EGFP陽性細胞の含有率を有するSNSとの間に有意な相関関係が見出されたために有用であった(図5e)。対照平均値0.042%は、506GN4の値を用いて決定した(この値が腫瘍形成の場合の最低の最大値だからである)。表11において、「+」は、腫瘍形成による評価において腫瘍形成を、かつ最大値による評価において対照値を超えていることを示し、「−」は、腫瘍形成を示さず、かつ対照値未満を示すことに留意すべきである。対照最大値を用いた腫瘍形成の評価において、いくつかの誤った判定があったが、判定の信頼性は非常に高い。
要約すると、in vitroでの神経系細胞への分化誘導が、iPS細胞クローンおよびサブクローンを評価するための感度のよい方法であることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工多能性幹細胞(iPS細胞)のクローンからのクローンの選択方法であって、
前記クローンにおいて前記iPS細胞の分化誘導後にクローン中の未分化細胞を検出する検出工程と、
当該検出の結果に基づいてクローンを選択する選択工程と、
を含む、方法。
【請求項2】
前記検出工程が、生体に移植したときに前記分化誘導後の細胞がテラトーマを形成するか否かを確認する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記検出工程が、前記分化誘導後の細胞において未分化細胞特異的遺伝子のプロモーター活性を検出する工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記検出工程が、前記細胞のクローンにおいて前記プロモーター活性が検出された細胞の含有率を測定する工程を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記分化誘導が、前記細胞に一次ニューロスフェアもしくは二次ニューロスフェアを形成させることを含む、請求項1から4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
クローンにおいて検出された細胞の含有率が、対照クローン中のプロモーター活性を有する細胞の含有率未満である場合にクローンが選択され、対照クローンが、生体に移植したときに事実上腫瘍を生じないことが既知であるiPS細胞のクローンまたは胚性幹細胞である、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記細胞のクローンにおいて検出された細胞の含有率が、平均値として0.042%未満である場合にクローンが選択される、請求項4に記載の方法。
【請求項8】
前記クローンにおいて検出された細胞含有率が、調べた全ての世代において0.066%未満である場合にクローンが選択される、請求項4に記載の方法。
【請求項9】
前記プロモーター活性の検出が、マーカー遺伝子の発現を検出することを含み、前記発現が、前記未分化細胞特異的遺伝子のプロモーターによって制御される、請求項3、4および6から8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記マーカー遺伝子が、蛍光タンパク質、発光タンパク質または酵素をコードする、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記プロモーター活性の検出が、内在性の未分化細胞特異的遺伝子の発現を検出することを含む、請求項3、4および6から8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記未分化細胞特異的遺伝子が、Nanog遺伝子である、請求項3から11に記載の選択方法。
【請求項13】
iPS細胞のクローンの製造方法であって、
(1) Oct遺伝子群、Sox遺伝子群、Klf遺伝子群、Myc遺伝子群、Nanog遺伝子、Sall遺伝子群およびLin遺伝子群からなる群から選択される少なくとも1つの遺伝子を体細胞に導入し、iPS細胞を作製する工程、
(2)工程(1)において作製したiPS細胞の複数のクローンを樹立する工程、および
(3)請求項1から12に記載の方法によりクローンを選択する工程、
を含む、方法。
【請求項14】
工程(1)において導入される遺伝子が、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf4遺伝子、c-Myc遺伝子、L-Myc遺伝子、Nanog遺伝子、Sall4、Sall1遺伝子およびLin28遺伝子からなる群から選択される、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
工程(1)において導入される遺伝子が、Oct3/4遺伝子、Sox2遺伝子、Klf4遺伝子およびc-Myc遺伝子からなる群から選択される、請求項13または14に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2012−527887(P2012−527887A)
【公表日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−512547(P2012−512547)
【出願日】平成22年5月28日(2010.5.28)
【国際出願番号】PCT/JP2010/003620
【国際公開番号】WO2010/137348
【国際公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】