説明

人工膝関節

【課題】深屈曲が可能で、軽度屈曲よりも深屈曲で外旋しやすい人工膝関節を提供する。
【解決手段】大腿骨遠位端に固定される大腿骨コンポーネントと、脛骨近位端に固定され大腿骨コンポーネントを摺動可能に受容する脛骨プレートと、を備えた人工膝関節であって、大腿骨コンポーネントが、内側顆と、外側顆と、内側顆と外側顆との後端を接続し、膝関節屈曲時に脛骨プレートに対して摺動する楕円球状摺動部と、を備え、脛骨プレートが、内側顆を受容する内側窩と、外側顆を受容する外側窩と、内側窩と外側窩との間の後方側に楕円球状摺動部を摺動可能に受容する凹状摺動面と、を備え、脛骨プレートの内側窩及び外側窩は曲面から成り、外側窩の後方領域の半径が、内側窩の後方領域の半径よりも大きく、外側窩の後端部が、平面又は曲面により面取りされて後端摺動面を形成しており、後端摺動面が内側後方に方向付けられていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工膝関節に関し、特に、膝関節の深屈曲時の外旋を促進できる人工膝関節に関する。
【背景技術】
【0002】
変形性膝関節症や慢性関節リウマチなどにより膝関節が高度に変形した場合、正常な機能に回復させるために、人工膝関節への置換手術が行われている。
【0003】
人工膝関節は、大腿骨遠位端に固定する大腿骨コンポーネントと、脛骨近位端に固定する脛骨コンポーネントとを含んでいる(例えば特許文献1〜3)。脛骨コンポーネントは、脛骨に直接固定される金属製またはセラミック製または樹脂製の脛骨トレイと、脛骨トレイの上面に固定され、大腿骨コンポーネントと接触する樹脂製の脛骨プレートとから構成されている。
【0004】
近年の人工膝関節では、自然な膝関節と同様の回旋運動が求められている。特に、膝関節を深屈曲したときに、大腿骨コンポーネントが脛骨トレイに対して約25°〜約30°と大きく外旋できるようにすることを目標としている。特に正座時においては亜脱臼を伴った回旋運動が確認されており、対応する人工膝関節の開発が待たれている。
【0005】
この大腿骨コンポーネントの外旋を実現するために、脛骨プレートに形成される内側窩と外側窩とを非対称にすることが提案されている(特許文献3〜6)。この脛骨プレートを用いることにより、内側窩に受容される大腿骨コンポーネントの内側顆の動作と、外側窩に受容される大腿骨コンポーネントの外側顆との動作とを異ならせ、その結果として、大腿骨コンポーネントを外旋させる。
【0006】
特許文献3では、内側凹面(内側窩)の形状に特徴があり、大腿骨コンポーネントの内側顆が内側凹面の中で複合運動が可能になっている。内側顆は、外側顆を中心とした回転運動が可能である。
【0007】
特許文献4では、内側窩を球状のくぼみとし、外側窩を弓状のくぼみとすることにより、内側顆を中心にして、外側顆が回転できるようになっている。
【0008】
特許文献5及び6では、外側窩の後側が直線状又は下方向に延びる傾斜になっている。これにより、大腿骨コンポーネントの内側顆を支点とした回旋運動を促進している。
【特許文献1】国際公開第2007/116232号パンフレット
【特許文献2】特許2981917号公報
【特許文献3】特表2007−509709号公報
【特許文献4】米国特許第5219362号明細書
【特許文献5】特開2004−254811号公報
【特許文献6】特開2007−222616号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献3に開示された人工膝関節は、脛骨プレートの内側窩の後方縁部及び外側窩の後方縁部のいずれも高くされているので、屈曲の途中で脛骨プレートと大腿骨コンポーネント又は大腿骨の後方とが接触する可能性がある。よって、深屈曲が必要な姿勢(例えば、正座をするには、屈曲角度135°以上を達成しなくてはならない)が困難であると思われる。
【0010】
また、自然な膝関節は、軽度屈曲では膝関節は小さく外旋し、深屈曲で大腿骨が大きく外旋する。合わせて深屈曲時、特に正座時には外側窩後方から外側顆が亜脱臼することが確認されている。すなわち、自然な膝関節により近い人工膝関節を得るためには、屈曲の程度により回旋しやすさを異ならせ、深屈曲時には亜脱臼を許容するのが望ましい。
これに対して、特許文献4〜6に開示された人工膝関節では、深屈曲において脱臼を許容するための構成を含んでいない。
【0011】
そこで、本発明は、深屈曲が可能で、軽度屈曲よりも深屈曲で回旋(外旋)しやすく、深屈曲時(例えば135°以上)では亜脱臼が可能な人工膝関節を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の人工膝関節は、大腿骨遠位端に固定される大腿骨コンポーネントと、脛骨近位端に固定され大腿骨コンポーネントを摺動可能に受容する脛骨プレートと、を備えた人工膝関節であって、前記大腿骨コンポーネントが、内側顆と、外側顆と、前記内側顆と前記外側顆との後端を接続し、膝関節屈曲時に前記脛骨プレートに対して摺動する楕円球状摺動部と、を備え、前記脛骨プレートが、前記内側顆を受容する内側窩と、前記外側顆を受容する外側窩と、前記内側窩と前記外側窩との間の後方側に、前記楕円球状摺動部を摺動可能に受容する凹状摺動面と、を備え、前記脛骨プレートの前記内側窩及び前記外側窩は曲面から成り、前記外側窩の後方領域の半径が、前記内側窩の後方領域の半径よりも大きく、前記外側窩の後端部が、平面又は曲面により面取りされて後端摺動面を形成しており、前記後端摺動面が内側後方に方向付けられていることを特徴とする。
【0013】
本明細書において、「後端摺動面の方向」とは、後端摺動面上の任意の点における、後端摺動面の法線方向を指すものとする。
また、本明細書において「前記後端摺動面が内側後方に方向付けられている」とは、後端摺動面の任意の点から引いた法線が、内外方向においては内側方向に傾き、前後方向においては後方に傾いていることを意味している。
【0014】
本明細書において、「楕円球状摺動部」とは、楕円球状体の曲面を摺動面とする摺動部のことであり、楕円球状体の全部又は一部を含むことができる。
また、本明細書における「楕円球状体」とは、長軸と単軸を有する楕円球状の立体物だけでなく、真球状の球体も含むものとする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の人工膝関節は、脛骨プレートの外側窩の後端に後端摺動面を有している。これは、脛骨プレートの外側窩に受容されている大腿骨コンポーネントの外側顆が、ある角度以上に屈曲(例えば、135°以上の深屈曲)したときに、後端摺動面に達することを意味している。膝関節を屈曲していくと、大腿骨コンポーネントの外側顆は、後端摺動面に沿って後方に摺動し、最終的には脛骨プレートの後方に亜脱臼する。この亜脱臼により、大腿骨コンポーネントと脛骨コンポーネントとの相対的な動作を、健全な膝関節の動作に近づけることができる。よって、膝部の靭帯の張力バランスを健全な膝関節に近い状態にすることができ、自然な膝関節と同様の深屈曲が可能になる。
【0016】
また、本発明の人工膝関節は、膝関節屈曲時に前記脛骨プレートに対して摺動する楕円球状摺動部を有しているので、外側顆が後端摺動面に達したときに、大腿骨コンポーネントは楕円球状摺動部を支点として、安定して外旋することができる。
【0017】
そして、後端摺動面が内側後方に方向付けられているので、外側顆が脛骨プレートから亜脱臼する際に、外側顆が外旋方向にサポートされ、よりスムーズな外旋が実現される。
【0018】
さらに、本発明の人工膝関節では、外側窩の後方領域の半径が、内側窩の後方領域の半径よりも大きいので、外側窩の後方領域の傾斜が、内側窩の後方領域の傾斜より緩やかである。そのため、脛骨プレートの前後方向の中央付近では、内側窩と外側窩との高さが同程度であっても、後方領域では、外側窩のほうが内側窩よりも低くなる。そのため、大腿骨コンポーネントに力がかかったとき、外側窩で生じる外側顆の後方への移動量のほうが、内側窩で生じる内側顆の移動量より大きくなる。よって、本発明の人工膝関節は、屈曲角度が大きいほど、外旋しやすい。
【0019】
このように、本発明によれば、深屈曲が可能で、軽度屈曲よりも深屈曲で外旋しやすい人工膝関節を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、実施の形態1に係る人工膝関節の伸展時における概略斜視図である。
【図2】図2は、実施の形態1に係る人工膝関節の概略分解図である。
【図3】図3(a)は、図1のX−X線における概略断面図であり、図3(b)は図3(a)の人工膝関節を90°に屈曲したときの概略断面図である。
【図4】図4は、実施の形態1に係る人工膝関節で使用される脛骨プレートの概略斜視図である。
【図5】図5(a)は、実施の形態1に係る人工膝関節を150°に屈曲したときの外旋を説明する概略斜視図である。図5(b)は比較例の人工膝関節を150°に屈曲したときの外旋を説明する概略斜視図である。
【図6】図6は、実施の形態1に係る人工膝関節で使用される脛骨プレートの後端摺動面(図4の部分I)の拡大図である。
【図7】図7は、実施の形態1に係る人工膝関節で使用される脛骨プレートの概略上面図である。
【図8】図8は、実施の形態1に係る人工膝関節で使用される脛骨プレートの概略上面図である。
【図9】図9は、実施の形態1に係る人工膝関節で使用される脛骨プレートの内側窩の後端部(図4の部分II)の拡大図である。
【図10】図10(a)は、図4のY−Y線における概略断面図であり、図10(b)は、図4のZ−Z線における概略断面図である。
【図11】図11は、図4のY−Y線における概略断面図である。
【図12】図12(a)〜(b)は、実施の形態1に係る人工膝関節を150°に屈曲したときの概略断面図である。
【図13】図13は、実施の形態1に係る人工膝関節で使用される脛骨プレートの概略斜視図である。
【図14】図14は、実施の形態2に係る人工膝関節の伸展時における概略斜視図である。
【図15】図15は、実施の形態2に係る人工膝関節の概略分解図である。
【図16】図16(a)は、図14のα−α線における概略断面図であり、図16(b)は図16(a)の人工膝関節を90°に屈曲したときの概略断面図である。
【図17】図17(a)〜(e)は、実施の形態1に係る人工膝関節の様々な屈曲角度における概略断面図である。
【図18】図18(a)〜(e)は、実施の形態2に係る人工膝関節の様々な屈曲角度における概略正面図である。
【図19】図19(a)〜(e)は、実施の形態2に係る人工膝関節の様々な屈曲角度における概略斜視図である。
【図20】図20(a)〜(c)は、実施の形態2に係る人工膝関節の様々な屈曲角度における外旋を説明する概略斜視図である。
【図21】図21(a)〜(f)は、実施の形態2に係る人工膝関節の変形例の概略断面図である。
【図22】図22は、骨切りした大腿骨の遠位端の概略斜視図である。
【図23】図23(a)〜(c)は、実施の形態2に係る人工膝関節の様々な屈曲角度における概略断面図である。
【図24】図24(a)〜(c)は、従来の人工膝関節の様々な屈曲角度における概略斜視図である。
【図25】図25(a)〜(c)は、別の従来の人工膝関節の様々な屈曲角度における概略斜視図である。
【図26】図26(a)は、実施の形態2に係る人工膝関節の概略断面図であり、図26(b)は、図26(a)に図示した人工膝関節の分解図である。
【図27】図27(a)〜(c)は、実施の形態2に係る人工膝関節の様々な屈曲角度における概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を詳細に説明する。なお、以下の説明では、必要に応じて特定の方向や位置を示す用語(例えば、「上」、「下」、「右」、「左」及び、それらの用語を含む別の用語)を用いる。それらの用語の使用は図面を参照した発明の理解を容易にするためであって、それらの用語の意味によって本発明の技術的範囲が限定されるものではない。また、複数の図面に表れる同一符号の部分は同一の部分又は部材を示す。
【0022】
<実施の形態1>
図1及び図2は、本実施の形態にかかる人工膝関節1を示している。
人工膝関節1は、大腿骨の遠位端に固定される大腿骨コンポーネント20と、脛骨の近位端に固定される脛骨プレート10とを含んでいる。
大腿骨コンポーネント20は、内側顆21と外側顆22を備えている。本実施の形態では、内側顆21と外側顆22との間には、開口23と、内側顆21と外側顆22との後端を接続する楕円球状摺動部24が形成されている。
【0023】
脛骨プレート10は、金属製の脛骨トレイ(図示せず)を介して、脛骨の近位端に固定される。脛骨プレート10は、内側窩11と外側窩12とを備えている。内側窩11と外側窩12との間の後方側に、楕円球状摺動部24を摺動可能に受容する凹状摺動面14とが形成されている。
【0024】
大腿骨コンポーネント20と脛骨プレート10とから人工膝関節1を構成したとき、脛骨プレート10の内側窩11の上に大腿骨コンポーネント20の内側顆21が配置され、脛骨プレート10の外側窩12の上に大腿骨コンポーネント20の外側顆22が配置される。
【0025】
人工膝関節1の伸展・屈曲の際、内側顆21及び外側顆22は、内側窩11及び外側窩12に対して、前後方向に摺動する(図3(a)、(b))。
【0026】
図4に示すように、脛骨プレート10の外側窩12の後端部は、平面又は曲面により面取りされている。この面取りされた面は、後端摺動面(後端摺動曲面12c又は後端摺動平面12p)を形成する。
本明細書において「後端摺動曲面12c」とは、曲面状の後端摺動面を全て含む。後述するように、後端摺動面とは、大腿骨コンポーネント20の外側顆22を摺動させる面である。よって、外側顆22を安定して摺動させるために、後端摺動曲面12cは凹状の曲面であるのが好ましい。
また、本明細書において「後端摺動平面12p」とは、平面状の後端摺動面を全て含む。
【0027】
以下、主に後端摺動曲面12cを例示して、本発明の後端摺動面の説明をする。特に記載のない限り、「後端摺動曲面12c」は、「後端摺動平面12p」と読み替えることができる。
【0028】
後端摺動曲面12cは、外側窩12と同様に、大腿骨コンポーネント20の外側顆22と摺動するための面である。外側窩12は、外側顆22が亜脱臼する前に外側顆22が摺動する面である。そして、後端摺動曲面12cは、外側顆22が亜脱臼した後に外側顆22が摺動する面である(図4に、外側顆22が、外側窩12及び後端摺動曲面12cの表面上を摺動するときの摺動ルート12xを示す)。
【0029】
本明細書において、「亜脱臼」とは、大腿骨コンポーネント20の外側顆22又は内側顆21が、脛骨プレート10の外側窩12又は内側窩11から後方に離脱することである。外側顆22の亜脱臼は、大腿骨コンポーネント20と脛骨プレート10との相対的な動作を、健全な膝関節の動作(大腿骨の外旋)に近づける。よって、脛骨プレート10が後端摺動曲面12cを備えることにより、膝部の靭帯の張力バランスを健全な膝関節に近い状態にすることができ、自然な膝関節と同様の深屈曲が可能にする。
【0030】
脛骨プレート10に後端摺動曲面12cを設けることにより、外側顆22が亜脱臼した後の摺動面を提供するだけでなく、外側顆22の亜脱臼を促進することができる。
大腿骨コンポーネント20は、膝関節の屈曲により、脛骨プレート10の上でロールバックする。そして、人工膝関節1を深屈曲すると、大腿骨コンポーネント20の外側顆22又は内側顆21が、脛骨プレート10の外側窩12又は内側窩11から亜脱臼する。このとき、外側窩12の後端に後端摺動曲面12cが形成されていると、内側顆21より先に外側顆22が亜脱臼する。本実施の形態の人工膝関節1は、亜脱臼を促進することにより、深屈曲を容易に達成できる。
【0031】
外側顆22が外側窩12から亜脱臼した状態は、亜脱臼していない状態に比べると、人工膝関節1が不安定である。本実施の形態の人工膝関節1は、外側顆22が亜脱臼するときに、脛骨プレート10の凹状摺動面14に楕円球状摺動部24が接触しているので、人工膝関節1を安定させるのに有利である。また、外側顆22が亜脱臼した後に、楕円球状摺動部24を支点として、大腿骨コンポーネント20を安定して外旋させることができる(図5(a)参照)。また、楕円球状摺動部24を支点として外旋することにより、外旋がスムーズで、外旋に対する抵抗(例えば、亜脱臼の際の抵抗等)が少ない。
【0032】
なお、図5(a)は、後端摺動曲面12cを有する人工膝関節1を示し、図5(b)は、比較例として、内側後方に方向付けられていない後端摺動平面12pを有する人工膝関節1’を示している。図5(a)の人工膝関節1は、スムーズに外旋することができる。
【0033】
本発明では、後端摺動曲面12cが内側後方に方向付けられている。
ここで「後端摺動曲面12cの方向」について、図6を参照しながら、以下に詳細に説明する。
【0034】
図6は、外側窩12の後端摺動曲面12c(図4の部分I)の拡大図である。
図6には、任意の測定点Pにおける、後端摺動曲面12cの法線の方向(法線ベクトルN)が図示されている。本明細書では、「後端摺動曲面12cの方向」とは、法線ベクトルNの方向である。なお、本明細書で議論される「法線ベクトルN」は、後端摺動曲面12cに対して引くことのできる2本の法線ベクトルのうち、上向きの成分Nを含む法線ベクトルである。
【0035】
図6では、まず、法線ベクトルNを上方向成分Nと水平面Hに投射した水平成分Nとに分解し、次いで、水平成分Nを内側方向成分Nと後ろ方向成分Nとに分解している。これらの成分標記を用いると、「後端摺動曲面12cが内側後方に方向付けられている」とは、後端摺動曲面12cの法線ベクトルNの水平成分Nが、内側方向成分Nと、後ろ方向成分Nとを含むことである。
【0036】
図6のような後端摺動曲面12cに、大腿骨コンポーネント20の外側顆22により力がかけられると、後端摺動曲面12cに垂直な方向(法線ベクトルNの方向と一致)に抗力が発生する。この抗力は、外側顆22に対して、内側後方向きの力を与える。そのため、外側顆22は、内側後方向きに移動しやすくなる。すなわち、外側顆22の外旋が促進される。
【0037】
また、外側顆22が亜脱臼し、そして外側顆22が外旋方向するとき、外側顆22は後端摺動曲面12cによってサポートされるので、スムーズな外旋が実現される。
【0038】
このように、後端摺動曲面12cが内側後方に方向付けられていることにより、外側顆22が亜脱臼した後の外旋が促進され、且つスムーズに外旋する。
【0039】
図7及び図8のように、後端摺動面(後端摺動曲面12c又は後端摺動平面12p)の上を摺動する外側顆22の摺動ルート12xは、円弧として近似できる。図7及び図8では、摺動ルート12xの円弧は、凹状摺動面14の中心Oを中心とした半径Rの円弧として描かれている。
【0040】
図7及び図8には、摺動ルート12x上の任意の点(点P〜P)における、後端摺動曲面12cの法線ベクトルNの水平成分NH1〜NH3が示されている。図7及び図8に図示された水平成分N〜Nは、いずれでも内側後方を向いている。
【0041】
図7では、3つの水平成分NH1〜NH3の全てが、同じ方向を向いている。すなわち、図7の後端摺動面は、平面から成る後端摺動平面12pであり、どの位置でもほぼ同じ方向を向いている。
【0042】
これに対して、図8では、3つの水平成分NH1〜NH3は、それぞれ異なる方向を向いている。すなわち、図8の後端摺動面は、曲面から成る後端摺動曲面12cである。図8のように、点Pが後方に位置するほど、水平成分Nの内側方向成分が大きくなるのが好ましい。具体的には、点P、Pの各々における水平成分NH1、NH2を比較すると、点Pのほうが点Pより後方にあるので、水平成分NH2のほうが水平成分NH1のよりも内側方向成分が大きい(より内側方向に指向している)のが好ましい。
外側顆22が後方にいくほど(つまり、人工膝関節1の屈曲角度が大きくなるほど)、外側顆22を内側方向に方向付ける力が大きくなり、それに伴い、外側顆22を外旋角度も大きくすることができる。
なお、図8のように、水平成分N〜Nは、点P〜Pにおける摺動ルート12xの接線方向と一致させているが、これに限定されない。
【0043】
なお、比較のために、脛骨プレート10の内側窩11の後端部についても説明する。
人工膝関節1の深屈曲時に、脛骨プレート10の内側窩11の後端部と、大腿骨コンポーネント20若しくは大腿骨とが接触する場合がある。そこで、内側窩11の後端部を、平面11pによって面取りするのが好ましい。(図4参照)。図9に、平面11p(図4の部分II)の拡大図を示す。
図9からわかるように、平面11pの任意の点P’に引かれた法線ベクトルN’は、上方向成分N’と後ろ方向成分N’とを含む。しかしながら、法線ベクトルN’は、内側方向成分N’を含んでいない。すなわち、平面11pは、後方には方向付けられているが、内側後方には方向付けられていない。
【0044】
図10(a)は、外側窩12の最下点(位置Qと一致)を通る前後方向における、脛骨プレート10の端面図である。また、図10(b)は、内側窩11の最下点を通る前後方向における、脛骨プレート10の端面図である。
図10(a)、(b)に示すように、本発明の人工膝関節1で使用する脛骨プレート10では、外側窩12及び内側窩11は曲面である。
【0045】
本発明では、外側窩12の後方領域12PSの半径12rが、内側窩11の後方領域11PSの半径11rよりも大きい(図10(a)、(b)参照)。
【0046】
本明細書において、「外側窩12の後方領域12PS」とは、図10(a)の位置Qより後方にある外側窩12の領域である。また、「内側窩11の後方領域11PS」とは、図10(b)の位置Qより後方にある内側窩11の領域である。
なお、外側窩12の「位置Q」とは、人工膝関節1の伸展時において、大腿骨コンポーネント20の外側顆22(図10(a)の破線)の最下位置が、脛骨プレート10の外側窩12と接触する位置である。また、内側窩11の「位置Q」とは、人工膝関節1の伸展時において、大腿骨コンポーネント20の内側顆21(図10(b)の破線)の最下位置が、脛骨プレート10の内側窩11と接触する位置である。
【0047】
また、本明細書において、「外側窩12の後方領域12PSの半径」とは、外側窩12の前後方向の断面(図10(a)参照)における、後方領域12PSの半径である。同様に、「内側窩11の後方領域11PSの半径」とは、内側窩11の前後方向の断面(図10(b)参照)における、後方領域11PSの半径である。
【0048】
図10(a)、(b)のように、脛骨プレート10の外側窩12の後方領域12PSの半径12rが、内側窩11の後方領域11PSの半径11rよりも大きいと、外側窩12の後方領域12PSの傾斜が、内側窩11の後方領域11PSの傾斜より緩やかになる。すなわち、脛骨プレート10の前後方向の中央付近(例えば、位置Q、Q)で、内側窩11と外側窩12との高さを一致させると、位置Q、Qから後方に向かって等距離だけ移動したとき、外側窩12の高さは、内側窩11の高さよりも、常に低い。よって、大腿骨コンポーネント20がロールバックするとき、大腿骨コンポーネント20の内側顆21より、外側顆22のほうが、後方に移動しやすい。その結果、ロールバックが生じると、内側顆21より外側顆22のほうが後方に位置する状態になりやすく、大腿骨コンポーネント20は外旋しやすくなる。さらに、脛骨プレート10の外側窩12と内側窩11との高さの差は、後方にいくほど増大するので、ロールバックが生じ始める屈曲角度(例えば90°)より、さらにロールバックが進行する屈曲角度(例えば135°)のほうが、より外旋しやすくなる。このような脛骨プレート10を使用することにより、軽度屈曲よりも深屈曲で外旋しやすい人工膝関節を得ることができる。
【0049】
外側窩12は、後方領域12PSの半径が、前方領域12ANの半径より大きい。内側窩11は、後方領域11PSの半径が、前方領域11ANの半径とほぼ等しくすることもできるが、後方領域11PSの半径が、前方領域11ANの半径より大きいのが好ましい。なお、本明細書において、「外側窩12の前方領域12AN」は、位置Qより前方の領域であり、「内側窩11の前方領域11AN」は、位置Qより前方の領域である。
【0050】
図10(a)のように、外側窩12と後端摺動面(後端摺動曲面12c又は後端摺動平面12p)との間が曲面にされているのが好ましく、外側顆22が外側窩12から後端摺動面に亜脱臼するとき、人工膝関節への衝撃を小さくすることができる。
【0051】
また、外側窩12の最下点(位置Qと一致)を通る前後方向の断面(図10(a)、図11参照)において、後端摺動面(後端摺動曲面12c又は後端摺動平面12p)の前後方向の長さ12dが、脛骨プレート10の前後方向の長さの1/5以下であるのが好ましい。これにより、大腿骨コンポーネント20の外側顆22が外側窩12から後端摺動面に亜脱臼する屈曲角度を、比較的大きい屈曲角度の範囲(例えば90°〜150)に設定することができる。
【0052】
また、外側窩12の最下点を通る前後方向の断面(図10(a)、図11参照)において、後端摺動面(後端摺動曲面12c又は後端摺動平面12p)の傾斜角度が20°以上であるのが好ましい。ここで「後端摺動面の傾斜角度」とは、外側窩12の最下点を通る前後方向の断面(図10(a)、図11)で観察したときの、後端摺動面の最大傾斜角度を指す。
【0053】
図12(a)は、後端摺動面(例として後端摺動曲面12c)の傾斜角度が20°以上(この図では、約35°)の脛骨プレート10を用いた人工膝関節1である。図12(b)は、後端摺動面の傾斜角度が20°未満(この図では、約10°)の脛骨プレート10を用いた人工膝関節1である。
大腿骨コンポーネント20を150°に屈曲したとき、図12(a)では、亜脱臼後、大腿骨コンポーネント20の外側顆22と脛骨プレート10の後端摺動曲面12cとの接触範囲が広い(面接触している)。よって、外側顆22が、後端摺動曲面12c上でスムーズに摺動できる。これに対して、図12(b)では、外側顆22と後端摺動曲面12cの後方縁部とが接触している。
【0054】
このように、脛骨プレート10の後端摺動曲面12cの傾斜角度が20°以上であると、深屈曲であっても外側顆22を後端摺動曲面12cの面で受容できるので、深屈曲における大腿骨コンポーネント20の摺動がよりスムーズになる。
【0055】
図13に示すように、後端摺動曲面12cは、凹状摺動面14の中心Oを中心として、角度θ=5〜30°の範囲で形成されているのが好ましい。これにより、大腿骨コンポーネント20の外旋が、自然な膝の外旋角度(5〜30°)の範囲で起こりやすくなる。
【0056】
本実施の形態の人工膝関節1は、深屈曲時に大腿骨コンポーネント20を自然に外旋させることができるので、人工膝関節1への置換後も、自然な膝関節の動作を実現することができる。
【0057】
<実施の形態2>
本実施の形態の人工膝関節1は、軽度屈曲時の安定性を更に高めたものである。実施の形態1とは、脛骨プレート10の内側窩11と外側窩12との間に、スパインを有している点で異なっている。それ以外の構成については、実施の形態1と同様である。
【0058】
請求項5の構成
本実施の形態では、脛骨プレート10は、内側窩11と外側窩12とを備えている。図14及び図15のように、内側窩11と外側窩12との間には、スパイン13が形成され、凹状摺動面14が、パイン13の後面を構成しているのが好ましい。
【0059】
大腿骨コンポーネント20と脛骨プレート10とから人工膝関節1を構成したとき、脛骨プレート10の内側窩11の上に大腿骨コンポーネント20の内側顆21が配置され、脛骨プレート10の外側窩12の上に大腿骨コンポーネント20の外側顆22が配置される。また、脛骨プレート10のスパイン13は、大腿骨コンポーネント20の開口23の中に挿入される。
【0060】
人工膝関節1の伸展・屈曲の際、内側顆21及び外側顆22は、内側窩11及び外側窩12に対して、前後方向に摺動する。また、その動作に合わせて、スパイン13も開口23内を前後方向に移動する(図16(a)、(b))。
【0061】
図17、図18、及び図19に、本実施の形態の人工膝関節1を0°〜150°まで屈曲したときの状態を示す。
【0062】
(1)屈曲角度0°(伸展時):図17(a)、図18(a)、図19(a)
伸展時の人工膝関節1は、スパイン13が開口23中に挿入されている。楕円球状摺動部24は、凹状摺動面14に接触しておらず、脛骨プレート10の内側顆21及び外側顆22と、大腿骨コンポーネント20の内側窩11及び外側窩12が、それぞれ接触している。
【0063】
(2)屈曲角度45°:図17(b)、図18(b)、図19(b)
内側顆21及び外側顆22が、内側窩11及び外側窩12に対して前方向に摺動し、それに伴い、スパイン13が開口23中を後ろ方向に移動する。そして屈曲角度45°まで屈曲すると、内側顆21及び外側顆22の後端に形成された楕円球状摺動部24がスパイン13の後面(凹状摺動面14)に接触する。開口23の幅がスパイン13の幅に近いので、スパイン13の移動は、開口23内で0°〜15°に制限される。
【0064】
(3)屈曲角度90°:図17(c)、図18(c)、図19(c)
スパイン13が楕円球状摺動部24の前側を支持することにより、大腿骨コンポーネント20の前方向への脱臼が防止されている。
また、スパイン13は、開口23から離脱する。これにより、開口23によるスパイン13の移動の制限がなくなり、楕円球状摺動部の回旋制限に移行する。これに伴い、大腿骨コンポーネント20は0°〜20°の回旋が可能になる(図20(a))。
【0065】
(4)屈曲角度120°:図17(d)、図18(d)、図19(d)、
楕円球状摺動部24が凹状摺動面14に対して摺動する。また、楕円球状摺動部24が外側方向に回転することにより、大腿骨コンポーネント20を0°〜25°外旋することが可能である(15)(図20(b))。
【0066】
(5)屈曲角度150°:図17(e)、図18(e)、図19(e)
楕円球状摺動部24が凹状摺動面14に対してさらに摺動する。大腿骨コンポーネント20は、0°〜35°外旋することが可能である(図20(c))。
【0067】
上述のように、人工膝関節1の屈曲角度の増加に伴い、大腿骨コンポーネント20は脛骨プレート10に対してより大きな外旋が可能になる。外旋可能角度は、スパイン13の幅13wと、楕円球状摺動部24との幅24wとの関係で決定される。
特に、楕円球状摺動部24の幅24wが、後端に向かって広くなっているのが好ましく、自然な膝関節と同様の外旋状態(軽度屈曲時には外旋角度が小さく、深屈曲時には外旋角度が大きい)を実現することができる(図18(c)〜(e)、図20(a)〜(c))。楕円球状摺動部24の幅24wと外旋角度の関係について、以下に詳細に説明する。
【0068】
屈曲角度90°(図18(c))では、楕円球状摺動部24の幅24wがスパイン13の幅13wより僅かに広い。そのため。スパイン13の後面(凹状摺動面14)において楕円球状摺動部24が回転可能な角度も僅か(0°〜約20°)である。すなわち、大腿骨コンポーネント20も、例えば、0°〜約20°の角度範囲で外旋可能である(図20(a))。
【0069】
屈曲角度120°(図18(d))になると、スパイン13の幅13wに対する楕円球状摺動部24の幅24wが広くなる。そのため、楕円球状摺動部24が回転可能な角度範囲が広くなる(例えば、0°〜約25°)。よって、大腿骨コンポーネント20も、例えば、0°〜約25°の角度範囲で外旋可能になる(図20(b))。
【0070】
屈曲角度150°(図18(e))になると、スパイン13の幅13wに対する楕円球状摺動部24の幅24wがさらに広くなる。そのため、楕円球状摺動部24が回転可能な角度範囲もさらに広くなる(例えば、0°〜35°)。よって、大腿骨コンポーネント20も、例えば、0°〜35°の角度範囲で外旋可能になる(図20(b))。
【0071】
このように、楕円球状摺動部24の幅24wが後端に向かって広くなっていると、軽度屈曲時には外旋を制限して膝関節の安定性を高めることができ、屈曲角度の増加に伴って外旋角度の範囲を拡げ、そして、深屈曲時には大きな外旋角度(例えば、屈曲角度135°以上で外旋角度25〜35°)を実現することができる。よって、自然な膝関節と同様に機能する人工膝関節1を得ることができる。
【0072】
なお、図18及び図19のように、スパイン13の内側面と内側窩11との間(すなわち、スパイン13の内側側面)、及びスパイン13の外側面と外側窩12との間(スパイン13の外側側面)を、滑らかな曲面とするのが好ましい。これにより、大腿骨コンポーネント20が前後方向に摺動するとき、及び大腿骨コンポーネント20が回旋するときに、大腿骨コンポーネント20の内側顆21及び外側顆22と、スパイン13の側面との間の面圧が低くなり、スパイン13の摩耗を抑制できる。また、大腿骨コンポーネント20の開口23の縁部(特に、前後方向に伸びる縁部)も、スパイン13の内側側面及び外側側面とほぼ同一の曲率を持つ曲面とすると、更に好ましい。
【0073】
再び図16を参照すると、図示した人工膝関節1では、楕円球状摺動部24は、人工膝関節1の伸展時には脛骨プレート10と接触していない。そして、人工膝関節1を屈曲(例えば屈曲角度90°)すると、楕円球状摺動部24は凹状摺動面14に接触する(図16(b))。楕円球状摺動部24は、凹状摺動面14に対して摺動可能である。
【0074】
また、楕円球状摺動部24と凹状摺動面14とが接触する屈曲角度が90°以下になるように、人工膝関節の寸法形状等を変更することもできる。
例えば、本発明の人工膝関節1は、図21(a)〜(f)のように、屈曲角度0°で楕円球状摺動部24と凹状摺動面14とが接触する人工膝関節1も含んでいる。この図の人工膝関節は、屈曲角度0°〜150°の全範囲で、楕円球状摺動部24と脛骨プレート10とが接触する。 なお、楕円球状摺動部24と凹状摺動面14とが接触する屈曲角度は、0〜90°の範囲にあるのが好ましい。90°を越える屈曲角度まで楕円球状摺動部24と凹状摺動面14とが接触しないと、人工膝関節1の安定性が低くなりすぎるので好ましくない。
【0075】
図16(a)のように、本実施の形態の人工膝関節1は、膝関節の伸展時(屈曲角度0°)から深屈曲時(屈曲角度135°)まで、スパイン13の頂部13tが、楕円球状摺動部24の下端24bよりも高い位置にある(これは、後述の「ジャンピング・ディスタンスJD」を用いれば、「JD>0」と表現できる)。そのため、大腿骨コンポーネント20が前方に脱臼しようとしたとき、楕円球状摺動部24がスパイン13に接触する。そのため、大腿骨コンポーネント20が前方向に脱臼するのを抑制できる。
【0076】
大腿骨コンポーネント20が前方向に脱臼するのをより効果的に抑制するには、スパイン13の頂部13tが、楕円球状摺動部24の下端24bよりも、約1mm以上高い位置にある(JD>1mm)のが更に好ましい。
【0077】
人工膝関節1を屈曲すると、楕円球状摺動部24はスパイン13の後面(凹状摺動面14)に接触する(図16(b))。大腿骨コンポーネント20には前方向の力が働くが、楕円球状摺動部24がスパイン13に接触しているので、大腿骨コンポーネント20の前方向への脱臼は殆ど起こらない。
【0078】
スパイン13を有する脛骨プレート10を用いた人工膝関節1では、スパイン13は、大腿骨コンポーネント20の開口23から挿入され、そして大腿骨コンポーネント20の内側(大腿骨遠位端が固定される領域)に突出する。よって、スパイン13が大腿骨90と接触しないように、図22に示すように、大腿骨90の遠位端91にスパイン13を収容する空間92を形成する必要がある。この空間92は、大腿骨90の内側顆と外側顆との間(顆間)に形成され、前後方向に延びている。
【0079】
大腿骨90の強度を高く保つためには、骨切り量を減らすのが好ましい。そのためには、大腿骨コンポーネント20の内側に突出するスパイン13の突出量を減らして、スパイン13を収容するための空間92を狭くするのが望ましい。その反面、スパイン13の突出量が少なくなれば、大腿骨コンポーネント20が前方向に脱臼しやすくなる。大腿骨コンポーネント20の脱臼のしやすさは、ジャンピング・ディスタンスから知ることができる。
【0080】
ジャンピング・ディスタンスとは、大腿骨コンポーネント20が前方向に脱臼する際に乗り越えなくてはならない障害の「高さ」のことである。本発明の人工膝関節1では、ジャンピング・ディスタンスは、楕円球状摺動部24の最下点とスパイン13の頂点13tとの高さの差に相当する。
【0081】
図23を参照して、ジャンピング・ディスタンスJDの具体例を説明する。
図23(a)に示す人工膝関節1は、スパイン13の頂部13tの位置が、楕円球状摺動部24の最下点(この図では下端24bに相当)の位置より高い。このように、大腿骨コンポーネント20が脱臼する際に乗り越えなくてはならない障害が存在する場合、ジャンピング・ディスタンスJDは正の値(JD>0)をとる(これを「正のジャンピング・ディスタンスと称する」)。また、ジャンピング・ディスタンスの絶対値(これを「ジャンピング・ディスタンスの大きさ」と称する)は、スパイン13の頂部13tと楕円球状摺動部24の下端24bとの高さの差に等しい。
【0082】
図23(b)から明らかなように、屈曲角度90°における人工膝関節1も、正のジャンピング・ディスタンスJDを有する。また、スパイン13の頂部13tと楕円球状摺動部24の最下点との差分が、図23(a)における差分よりも大きくなっている。よって、図23(b)のジャンピング・ディスタンスJDの大きさは、図23(a)よりも大きい。ジャンピング・ディスタンスJDが大きいほど、大腿骨コンポーネント20が前方向に脱臼しにくいので、屈曲角度90°では、屈曲角度0°に比べて、大腿骨コンポーネント20が脱臼しにくい。
人工膝関節では、低屈曲よりも深屈曲のほうが、大腿骨コンポーネント20が前方向に脱臼しやすい。本発明の人工膝関節1は、深屈曲におけるジャンピング・ディスタンスが大きいので、深屈曲における大腿骨コンポーネント20の脱臼も効果的に抑制できる。
【0083】
また、図23(c)に示すように、屈曲角度150°における人工膝関節1も、正のジャンピング・ディスタンスを有する。そして、図23(c)の人工膝関節1のジャンピング・ディスタンスの大きさは、図23(b)のものと同等又はそれ以上である。よって屈曲角度150°では、屈曲角度90°と同等又はそれ以上に、大腿骨コンポーネント20が脱臼しにくい。
【0084】
図23からわかるように、本発明の人工膝関節1では、低屈曲から深屈曲まで、ジャンピング・ディスタンスが正なので、低屈曲でも深屈曲でも、大腿骨コンポーネント20の脱臼を抑制できる。さらに、深屈曲におけるジャンピング・ディスタンスが大きいので、深屈曲での大腿骨コンポーネント20の脱臼も効果的に抑制できる。
【0085】
図24のような従来の人工膝関節1Pでは、屈曲角度0°(図24(a))で、大腿骨コンポーネント200Pのカム240Pの最下点が、スパイン130Pの頂点130Ptより高い位置にある(すなわち、負のジャンピング・ディスタンスJD(JD<0)を有する)。そのため、大腿骨コンポーネント200Pの脱臼を抑制できない。
【0086】
屈曲角度90°(図24(b))及び150°(図24(c)では、人工膝関節1Pは正のジャンピング・ディスタンスJDを有し、大腿骨コンポーネント200Pの脱臼を抑制することができる。ただし、ジャンピング・ディスタンスJD大きして、大腿骨コンポーネント200の前方向への脱臼を効果的に抑制するには、スパイン130の高さを高くする必要がある。そのため、スパイン130Pを収容するための空間920Pは広くなる。
【0087】
また、図25のような別の従来の人工膝関節1Qでは、屈曲角度0°(図25(a))、屈曲角度90°(図25(b))及び屈曲角度150°(図25(c))の全てで、正のジャンピング・ディスタンスJDを有する。
しかしながら、屈曲角度150°でのジャンピング・ディスタンスの大きさが小さすぎる。よって、深屈曲において、大腿骨コンポーネント200Qが脱臼する危険性がある。
また、スパイン130Qの頂部近傍(強度が低い)に作用点Oがあるので、スパイン130Qが破損しやすい。
【0088】
これに対して、図23に示すように、本発明の人工膝関節1では、楕円球状摺動部24がスパイン13の低い位置(凹状摺動面14)に潜り込むので、スパイン13の高さを低くしても、十分に大きいジャンピング・ディスタンスJDを確保することができる。
そして、スパイン13の高さが低いので、スパイン13用の空間92は、従来に比べて非常に狭くできる。
【0089】
このように、本発明の人工膝関節1は、屈曲時に、大腿骨コンポーネント20の楕円球状摺動部24を、スパイン13の後面(凹状摺動面14)で支持することにより、スパイン13の高さを低く抑えても、ジャンピング・ディスタンスを十分な大きさにすることができる。よって、大腿骨90の骨切り量を減らしながら、大腿骨コンポーネント20の前方向への脱臼を効果的に抑制することができる。
【0090】
また、図23(b)〜(c)と、図24(b)〜(c)及び図25(b)〜(c)とを比較して明らかなように、大腿骨コンポーネント20、200P、200Qの作用点Oを受けているスパイン13、130P、130Qの厚さが全くことなる。本実施の形態のスパイン13は、従来のスパイン130P、130Qに比べて2〜3倍厚い。よって、本実施の形態のスパイン13は、大きな応力Fを受けても破損しにくい。
【0091】
特に、屈曲角度90°以上の屈曲位において、楕円球状摺動部24と14凹状摺動面との作用点Oの高さ方向における位置が、外側窩12の底部の高さTと、外側窩12の底部から測定したスパイン13の頂部13tの高さTの2/3の位置の高さT2/3との間にあるのが好ましい。ここで「外側窩12の底部」とは、外側窩12の最も低い部分を指している。
底部の高さTと高さT2/3との間ではスパイン13の厚みが厚いので、作用点Oから大きな応力Fを受けてもスパイン13が破損しにくい。
【0092】
また、図26に詳細に図示するように、大腿骨コンポーネント20の楕円球状摺動部24の少なくとも一部が、外側顆22より外向きに突出しているのが望ましい。図26では、楕円球状摺動部24は、外側顆22よりも、後ろ方向に寸法A、上端部で寸法Bだけ外側に突出している。図のように楕円球状摺動部24が外側顆22より外向きに突出していると、楕円球状摺動部24はスパイン13のより低い位置(凹状摺動面14)に潜り込むことができるので、ジャンピング・ディスタンスJDをより大きくし、作用点Oの位置をより低くすることができる。
【0093】
なお、図27に示すように、人工膝関節1の屈曲角度が90°以上でも、作用点Oは、外側窩12とほぼ同じ高さか、又は外側窩12よりも低い位置にある。よって、大きなジャンピング・ディスタンスJDが確保でき、深屈曲でも大腿骨コンポーネント20は前方向に脱臼しにくいことがわかる。また、応力Fを支えるスパイン13の厚みも厚いので、深屈曲を繰り返してもスパイン13が破損しにくいことがわかる。
【符号の説明】
【0094】
1 人工膝関節
10 脛骨プレート
11 内側窩
11p 内側窩の切除面
11r 内側窩の後方の半径
12 外側窩
12c 後端摺動曲面
12p 後端摺動平面
12r 外側窩の後方の半径
13 スパイン
13t スパインの頂部
14 凹状摺動面
20 大腿骨コンポーネント
21 内側顆
22 外側顆
23 開口
24 楕円球状摺動部
24b 楕円球状摺動部の下端

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大腿骨遠位端に固定される大腿骨コンポーネントと、脛骨近位端に固定され大腿骨コンポーネントを摺動可能に受容する脛骨プレートと、を備えた人工膝関節であって、
前記大腿骨コンポーネントが、
内側顆と、
外側顆と、
前記内側顆と前記外側顆との後端を接続し、膝関節屈曲時に前記脛骨プレートに対して摺動する楕円球状摺動部と、を備え、
前記脛骨プレートが、
前記内側顆を受容する内側窩と、
前記外側顆を受容する外側窩と、
前記内側窩と前記外側窩との間の後方側に、前記楕円球状摺動部を摺動可能に受容する凹状摺動面と、を備え、
前記脛骨プレートの前記内側窩及び前記外側窩は曲面から成り、
前記外側窩の後方領域の半径が、前記内側窩の後方領域の半径よりも大きく、
前記外側窩の後端部が、平面又は曲面により面取りされて後端摺動面を形成しており、
前記後端摺動面が内側後方に方向付けられていることを特徴とする人工膝関節。
【請求項2】
前記外側窩と前記後端摺動面との間が曲面にされていることを特徴とする請求項1に記載の人工膝関節。
【請求項3】
前記外側窩の最下点を通る前後方向の断面において、前記後端摺動面の前後方向の長さが、前記脛骨プレートの前後方向の長さの1/5以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の人工膝関節。
【請求項4】
前記外側窩の最下点を通る前後方向の断面において、前記後端摺動面の傾斜角度が20°以上であることを特徴とする請求項1乃至3に記載の人工膝関節。
【請求項5】
前記大腿骨コンポーネントが、前記内側顆と前記外側顆の間に開口を有し、
前記脛骨プレートが、前記内側窩と前記外側窩との間に、前記開口に挿入されるスパインを有し、
前記スパインは、膝関節の屈曲・伸展動作に対応して前記開口内を前後方向に移動し、膝関節屈曲時に前記楕円球状摺動部に接触し、
前記楕円球状摺動部の幅が、前記開口から後端に向かって広くなることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の人工膝関節。
【請求項6】
屈曲角度0°〜150°において、前記スパインの頂部が、前記楕円球状摺動部の下端よりも高い位置にあることを特徴とする請求項5に記載の人工膝関節。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【公開番号】特開2010−172569(P2010−172569A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−20126(P2009−20126)
【出願日】平成21年1月30日(2009.1.30)
【出願人】(504418084)日本メディカルマテリアル株式会社 (106)
【Fターム(参考)】