説明

人工血管用ダブルラッシェル編地管とその製造方法

【課題】糸切れや毛羽立ちの発生を極力なくし、効率良く編成できる人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法提供することであり、またその製造方法によって得られる人工血管用ダブルラッシェル編地管を提供すること。
【解決手段】 本発明は、フィブロイン11により形成される一対のコア部41と、コア部41周囲がセリシン12で形成されたスキン部42とからなるN本の繭糸1で構成される生糸2を精練し、セリシン12を一部除去し且つ一部を残留させて一対のコア部41を分離させて2N本のスキンコア構造フィブロイン4を形成して、2N本のスキンコア構造フィブロイン4で構成されるセリシン被覆絹糸5を得て、その後、セリシン被覆絹糸5に下撚りをかけて下撚り絹糸とし、更に下撚り絹糸を複数本合わせ、上撚りをかけて諸撚り絹糸とし、更にその後、該諸撚り絹糸Tを編成糸Yとして管状に編成する人工血管用ダブルラッシェル編地管Wの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダブルラッシェル機によって編成される管状のダブルラッシェル地である人工血管用ダブルラッシェル編地管に関し、詳しくは、特殊な加工を施した絹糸を用いて編成された人工血管用ダブルラッシェル編地管と、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人工血管の製造に関しては、様々な提案がなされている。
その内、筒状の人工血管を形成する手段としては、編機、織機、製紐機等により、筒状に編む、織る、組む等の他、布帛状のものを縫製により筒状に形成して人工血管として使用するもの、更には合成高分子や天然高分子等を直接筒状に成型するものなどが挙げられる。
そして、素材として、編物、織物、組物の場合にはポリエステル糸が主流であり、合成高分子としてはポリ四フッ化エチレン(PTFE)等が、天然高分子としてはキトサン等が挙げられる。
【0003】
上記手段で形成される人工血管は、その使い方としては、手術の際等に血液の流路として一時的に使用される場合や、病変血管の代替血管として、長期間に渡って体内で使用するもの等がある。
【0004】
これらの中で、手術の際等に一時的に使用される人工血管については一定の機能性を有する完製品として多用されている。
また、病変血管の代替血管としての人工血管については一定期間、体内で使用可能な製品としてこれも使用されている。
そして、これらの人工血管の機能的要件を比較的満足する素材として、ポリエステル糸を管状に形成した編物、特に経編地製品が主流となっている。
【0005】
例えば、特許文献1には、切断端が解れ難い構造の経編地で形成された人工血管が提案されている。また、特許文献2では、素材に生体血管に類似した弾性を有する複合繊維を用いた管状ダブルラッシェル地が提案されている。
更に特許文献3では、生体血管に類似した弾性材料を用いたダブルラッシェル地の人工血管本体とこれを補強するスパイラル形状の弾性材料補強部とで構成される人工血管が提案されている。
また、特許文献4では多孔質高分子化合物からなる管壁に改良を加えた人工血管が提案されている。
【0006】
上記の特許文献にも見られるように、人工血管の機能としては生体が受け入れ得る生体適合性や生体血管との縫合性、更には圧縮や屈折に耐え得る構造的工夫がなされている。
例えば、構造的工夫に関しては、人工血管に蛇腹形状を付与する、或いはリング状の補強材を取り付ける手段が開発されているし、縫合性については人工血管の端口と生体血管を縫合する際、人工血管の端口が解れないような手段が講じられている。
そして、人工血管への内皮細胞の定着化促進の手段や抗血栓性付与手段なども提案され開存率の向上が図られてきた。
【0007】
それらの中で、ポリエステル糸によらない人工血管として、特許文献5では生糸を用いた組物構造の人工血管が提案され、特許文献6では絹糸を用いた管状の経編地等による人工血管が提案されている。
また、特許文献7では生体吸収性材料で形成され、自己組織が再生された後には生体に分解吸収される人工血管も提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平5−161664号公報
【特許文献2】特開平5−161708号公報
【特許文献3】特開平5−337143号公報
【特許文献4】特開平5−76588号公報
【特許文献5】特開2004−173772号公報
【特許文献6】特開2009−279214号公報
【特許文献7】特開2001−78750号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上のように、人工血管については多くの提案、改良がなされ、それぞれの特徴を活かした使用がなされてきている。
しかし、現在の人工血管が生体内において長期に渡って生体血管と同様の機能を果たし得ているかについては未だに解決すべき多くの問題点を有している。
【0010】
つまり、病変血管の代替血管として使用される人工血管には、生体化されて長期間に渡って血管としての機能を発揮できる性能が求められていて、その生体化のために要求される機能条件としては、血液や体内組織との生体適合性が良好で迅速な内皮細胞の形成とその確実な定着化や抗血栓性等が挙げられ、初期の段階では開存率が高く、血液や体内組織等の体内環境での劣化に強いことや血圧や心臓拍動等に耐え得る強度を有し、最終的には人工血管が体内で吸収消失され生体血管の形成が完全になされることが理想的には求められる。
【0011】
これらの要求に対して、主流となっているポリエステル糸を使用した人工血管は、必ずしも生体が拒絶反応を示すような素材ではないものの、内皮細胞定着の不確実性の問題や血栓が形成され易いなどの問題点があり、人工血管として完全なものとはなっていない。
特に大口径の人工血管としては使用可能な製品が開発されているが、口径(管外径)が5mmレベルより小さい小口径人工血管としては閉塞性の問題等があり、未だ使用に充分耐え得る製品は開発されていないのが現状である。
これらの問題を解決すべく、多孔性のエラストマーを使用した製品も提案されているが、強度や体内劣化の問題があり、これも完全なものとは言えないものである。
【0012】
このような課題背景に関して、上記した特許文献5、6では絹(生糸)を用いた人工血管が提案され、また特許文献7では、一定期間、人工血管としての機能を果たして自己組織が形成された後、分解吸収する理想的な人工血管への提案がなされている。
これらの中で、特許文献5における生糸を用いた組物構造の人工血管は、それなりの長所は有するものの、組物構造の特徴として長手方向に引張力が働くと伸び易く、その結果、管径が細くなる欠点がある。
これを阻止するために接着手段を講ずると硬くなる問題が派生する等の問題がある。
【0013】
また、特許文献7の分解吸収機能を有するタイプのものは理想的ではあるが自己組織が形成される期間と分解吸収される期間調整の保証がなされない等の問題があり、人工血管としての充分な機能を発揮し得ていない点がある。
それに対して、特許文献6に示される提案は、現在主流となっているポリエステル糸を使用した管状編地の長所と、手術用の糸に使用されているように生体適合性に実績のある絹の長所を両立した提案として注目される。
【0014】
特許文献6のように生体適合性に実績のある絹糸を使用することには大きな長所があり、これを管状経編地に形成する提案は、従来の提案に比較して新しい提案として注目される。
蚕が吐出する繭糸は、天然フィラメント繊維であり、2本のフィブロインと言われる略三角形の断面形状を有するコア部がセリシンと言われる膠質のタンパク質で被覆されスキン部となっている。
そしてフィブロイン、セリシンとも、グリシン、アラニン等のアミノ酸をその基本組成とするタンパク質であり、生体適合性能を有していることは周知のとおりである。
【0015】
ところで、このように絹糸を人工血管に用いることには利点があると思われるが、大きな問題は、絹糸を用いて管状のダブルラッシェル地を形成する技術手段が全く提案されていないところにある。
つまり、絹糸を編成糸として用いて、人工血管用ダブルラッシェル編地管、特に管外径が小口の管状の人工血管用ダブルラッシェル編地管を効率よく形成する技術手段が全く確立されていないのが現状となっている。
それは、ダブルラッシェル機のガイドやニードルと編成糸である絹糸との相互接触関係を充分研究していないからである。
【0016】
絹糸を経編機で編成することについていうと、従来、衣料用として経編機の1種であるトリコット機で編成されているが、トリコット機の機構上、編成糸には過度の張力がかからないことから絹糸の編成も可能であった。
しかし、同じ経編機の1種で、ダブルラッシェル地を編成するダブルラッシェル機は、その機構上、編成糸に相当の張力負荷がかかり、細い絹糸では糸切れや毛羽立ちが発生し効率良く編成しきれない問題があった。
【0017】
本発明は、以上のような諸事情を背景になされたものである。
すなわち、本発明の目的とするところは、糸切れや毛羽立ちの発生を極力なくし、効率良く編成できる人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法を提供することである。
そしてまた、その製造方法によって得られる人工血管用ダブルラッシェル編地管を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するために、鋭意、研究した結果、発明者等は、残留セリシンを有するセリシン被覆絹糸を使うこと、及びそのセリシン被覆絹糸に特殊な撚り加工を施すことにより、編成に好適な状態とすることを見い出した。
本発明者らは、この知見により管状の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造を開発したものである。
【0019】
即ち、本発明は、(1)、フィブロインにより形成される一対のコア部と、該コア部の周囲がセリシンで形成されたスキン部とからなるN本の繭糸で構成される生糸を精練し、該セリシンを一部除去し且つ一部を残留させて一対のコア部を分離させて2N本のスキンコア構造フィブロインを形成して、該2N本のスキンコア構造フィブロインで構成されるセリシン被覆絹糸を得て、その後、該セリシン被覆絹糸に下撚りをかけて下撚り絹糸とし、更に下撚り絹糸を複数本合わせ、上撚りをかけて諸撚り絹糸とし、更にその後、該諸撚り絹糸を編成糸として管状に編成する人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法に存する。
【0020】
即ち、本発明は、(2)、前記諸撚り絹糸の上撚りの撚り数が、下撚り絹糸の下撚り方向とは逆方向で且つ該下撚り数よりも少ない撚り数である上記1記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法に存する。
【0021】
即ち、本発明は、(3)、 前記残留セリシンが、生糸1本が有する全セリシン重量の20〜40パーセントである上記1又は2記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法に存する。
【0022】
即ち、本発明は、(4)、前記下撚り絹糸が2本である上記1〜3のいずれか1記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法に存する。
【0023】
即ち、本発明は、(5)、前記諸撚り絹糸を使ってダブルデンビー組織により管状に編成する上記1〜4のいずれか1記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法に存する。
【0024】
即ち、本発明は、(6)、前記諸撚り絹糸を使って逆ハーフ組織により管状に編成する上記1〜4のいずれか1記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法に存する。
【0025】
即ち、本発明は、(7)、前記下撚りが900t/m〜1200t/mであり、上撚りが700t/m〜1000t/mであり、仕上げコース密度を40〜50c/インチ、仕上げウエール密度を50〜70w/インチである上記1〜6のいずれか1記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法に存する。
【0026】
即ち、本発明は、(8)、管壁厚みが0.1〜0.3mm、且つ管外径が1〜5mmである上記1〜7のいずれか1記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法に存する。
【0027】
即ち、本発明は、(9)、セリシンの精練を酵素を用いて行う上記1〜8のいずれか1記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法に存する。
【0028】
即ち、本発明は、(10)、編成した後、残留セリシンを除去する上記1〜9のいずれか1記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法に存する。
【0029】
即ち、本発明は、(11)、セリシン被覆絹糸に下撚りをかけて下撚り絹糸とし、更に下撚り絹糸を複数本合わせ、上撚りをかけて諸撚り絹糸とし、該諸撚り絹糸を編成糸として管状に編成した人工血管用ダブルラッシェル編地管であって、該セリシン被覆絹糸が、一対のフィブロインにより形成されるコア部と該コア部を被覆するセリシンより形成されるスキン部とからなる繭糸で構成される生糸を精練して、該セリシンを一部を除去し且つ一部を残留させて一対のフィブロインを分離してスキンコア構造フィブロインを形成し、該スキンコア構造フィブロインで構成されたものである人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法に存する。
【0030】
なお、本発明の目的に沿ったものであれば上記(1)〜(11)を適宜組み合わせた構成も採用可能である。
【発明の効果】
【0031】
本発明の人工血管用ダブルラッシェル編地管、並びにその製造方法によれば、セリシンを一部残留させたスキンコア構造フィブロインで構成されるセリシン被覆絹糸を用いているので、編成時におけるガイドやニードルとの接触は、コア部ではなくスキン部のセリシンとなるのでコア部のフィブロインが痛むことがない。
また、コア部同士の直接圧接によるコア部損傷も解消できる。
併せて、スキン部のセリシンは、セリシン被覆絹糸がニードルに案内される場合の潤滑の役割を果たすため、これらの相乗効果により糸切れ、毛羽立ち等の問題を防止でき、効率の良い編成を可能とし、高品質の人工血管用ダブルラッシェル編地管を得ることができる。
【0032】
また、セリシン被覆絹糸に特殊な撚り加工を施しているので、セリシン被覆絹糸は回転トルクのない安定した状態となり、適度な集束効果が得られる。
その結果、編成時にガイドやニードルと接触することにより押圧されても断面が極端な扁平になることがなく、接触箇所が点接点に近い状態となり接触摩擦が低減化される効果がある。
併せて、編成過程で新しいニードルループが古いニードルループから抜け出す際、互いの接触箇所では点接点に近い状態となり、接触摩擦が低減化され、極めてスムースな編成が行われ、糸切れ、毛羽立ち等の問題を防止でき、捩れ等がなく、安定した高品質の管外径が小口の人工血管用ダブルラッシェル編地管を得ることが容易に可能となる。
【0033】
そして、セリシンを一部残留させたセリシン被覆絹糸を用いて編成された人工血管用ダブルラッシェル編地管においては、後加工により、更に残留セリシンを一定のレベルに適宜除去するなど残留セリシン量の調整が可能となり、使用目的や使用部位に応じた残留セリシン量の選択により、用途範囲が格段に広くなる利点がある。
【0034】
そして、本人工血管用ダブルラッシェル編地管の編成糸にセリシン被覆絹糸を用い、編成組織として、ダブルデンビー組織や逆ハーフ組織を採用し、仕上げコース密度を40〜50c/インチ、仕上げウエール密度を50〜70w/インチとして編成した場合には、薄手で緻密な編地が得られ、本人工血管用ダブルラッシェル編地管の管壁厚みが0.1〜0.3mm、管外径が1〜5mmの範囲に抑えることが可能となり(当然5mm以上は可能)、従来では不可能であった小口径の末梢血管等の代替血管として使用することができる。
また、人工血管として使用する場合に問題となる血液の漏出等も押さえられ人工血管としての機能を充分に得ることができる。
【0035】
そして、生糸の精練に酵素を用いているので、生糸1本が有する全セリシン重量の20〜40パーセントの範囲内での残留セリシンの量的微調整が可能となることに加えて、スキンコア構造フィブロインのスキン部が極めて均一なセリシン被覆絹糸の形成が可能となり、結果的に使用目的に応じた高品質の人工血管用ダブルラッシェル編地管を得ることができることとなる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】図1は、人工血管用ダブルラッシェル編地管Wの実態模式図(一部省略)である。
【図2】図2は、ダブルデンビー組織Bの組織図(図1の組織部分Pの拡大図、一部を太線で示す)である。
【図3】図3は、逆ハーフ組織Hの組織図(図1の組織部分Pの拡大図、一部を太線で示す)である。
【図4】図4は、ダブルラッシェル機Rのオサ(L1〜L6)、ニードルN、編成糸Yの位置関係を示した部分説明図である。
【図5】図5は、繭糸1の実態模式図(一部省略)である。
【図6】図6は、生糸2の実態模式図(一部省略)である。
【図7】図7は、絹糸3の実態模式図(一部省略)である。
【図8】スキンコア構造フィブロイン4の実態模式図(一部省略)である。
【図9】下撚り絹糸T1の撚り方向を示す実態模式図(一部省略)である。
【図10】図10は、諸撚り絹糸Tの撚り方向を示す実態模式図(一部省略)である。
【図11】図11は、人工血管用ダブルラッシェル編地管Wを編成する際のニードルループN2からニードルループN1が抜け出す状態を示す状態説明図(一部省略)である。
【図12】図12は、ニードルループN1とニードルループN2の接触状態を示す状態模式図(一部省略)である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0038】
(第1の実施の形態)
本実施の形態では、生糸にセリシンを適宜除去する特殊加工を施し、その後、これによって得られる絹糸に撚り加工を施し、更に、この絹糸をダブルラッシェル機によって管状に編成するものである。
図5の実態模式図(一部省略)に示すように、蚕が吐口から吐出する糸が繭糸1であり、この繭糸は、断面が三角形状の一対のフィブロイン11で形成されているコア部41が、膠質のタンパク質であるセリシン12により被覆されてスキン部42となっている。
そして、この繭糸1を複数本合糸したものが、図6の実態模式図(一部省略)に例示するように生糸2であり、図6では14本の繭糸1が合糸されて生糸2が形成されている。
【0039】
生糸2は、繭糸1をそのまま複数本合糸したものであるので、セリシン12が付いたままであるが、この生糸2からセリシン12を除去し、それぞれ2本のフィブロイン11に分離した状態の糸を、図7の実態模式図(一部省略)に示すように絹糸3と言う。
図7では、28本のフィブロイン11が示されている。
そして、生糸2からセリシン12を除去する処理を精練と言う。
【0040】
上記の説明から解るように、N本の繭糸1で構成された生糸2を精練して、一定量のセリシン12を除去すると一対のコア部41のフィブロイン11がそれぞれ分離して結果的に2N本のフィブロイン11で構成される絹糸3が得られる。
図例においては、図6に示す14本の繭糸1が、図7に示すように28本(14×2)のフィブロインとなっている。
【0041】
本実施の形態では、生糸2を酵素を用いて精練し、1本の生糸2が有する全セリシン重量の例えば70%を除去し30%を残留させる。
因みに1本の生糸2が有する全セリシン重量は、1本の生糸2の全重量の20〜30%の範囲内である。
この結果、図8の実態模式図(一部省略)に示すように、フィブロイン11は、薄く残留した状態の残留セリシン13により被覆された状態となる。
ここで、精練に使用する酵素としては、例えばプロテアーゼ(「Esperase」(商品名);ノボザイムズ ジャパン株式会社製)が好ましく採用される。
【0042】
つまり、残留セリシン13がスキン部42となり、コア部41のフィブロイン11を薄く被覆した状態のスキンコア構造フィブロイン4が形成されるのである。
このスキンコア構造フィブロイン4により構成される絹糸3を、ここでセリシン被覆絹糸5と言う。
このセリシン被覆絹糸5の状態は、先に説明した図7に示す絹糸3の状態と外観的には同様の体を示すので、図9をその実態模式図として併用するものとする。
ここで、上述した残留させるセリシンの量は、コア部41のフィブロイン11の分離の観点及び後述する被覆効果の観点から20〜40%が好ましい。
【0043】
また、本実施の形態では、21d(デニール)の生糸2を用いている。
因みに生糸は、14、17、21、31d(デニール)のものが主に採用される。
21dの生糸2は、通常14〜16本の繭糸1で構成されている。そして、この生糸2を酵素を用いて精練する。
上記したようにN本の繭糸1を精練すると2N本のフィブロイン11が得られるので、21dの生糸2のフィブロイン11は28〜32本となり、結果的に、28本〜32本のスキンコア構造フィブロイン4で構成されるセリシン被覆絹糸5が得られる。
本精練加工工程においては、洗浄工程や乾燥工程を設けていて、汚れや無駄なセリシンの洗浄除去を行い、乾燥によるカビ等の防止を図っている。
【0044】
次に、こうして得られたセリシン被覆絹糸5に特殊な撚り状態を与えるために2段の撚り加工を施す。
図9の実態模式図(一部省略)に示すように、例えば、まず、左撚り(左撚り方向R1)で1100t/mの下撚りをかけ、下撚り絹糸T1を得る。
そして、図10の実態模式図(一部省略)に示すように、この下撚り絹糸T1を2本合わせて、今度は右撚り(右撚り方向R2)で900t/mの上撚りをかけ、諸撚り絹糸Tを得る。
上記した撚り加工の範囲としては、後述する撚り効果の観点から、下撚りは900t/m〜1200t/m、上撚りは、700t/m〜1000t/mが好ましく採用される。
【0045】
下撚りと上撚りの撚り方向を逆にするとともに上撚り数を下撚り数より少なくすることで、回転トルクのない安定した状態の諸撚り絹糸Tが得られる。
このことで、糸切れ、毛羽立ちが防止され効率のよい編成が行われる。
また編成された人工血管用ダブルラッシェル編地管としても捩れのない高品質のものとなる。
上撚り数を下撚り数よりどの程度少なくするかについては、2本の下撚り絹糸T1を合わせて諸撚り絹糸Tとした際、回転トルクのない最も安定した状態となる上撚り数が決定される。
【0046】
以上の撚り加工をまとめると、セリシン被覆絹糸5を複数本、それぞれに同方向、同撚り数の下撚りをかけて下撚り絹糸T1とし、これら複数本の下撚り絹糸T1を合わせて、下撚り方向とは逆方向で、しかも下撚り数よりも少ない撚り数の上撚りをかけて諸撚り絹糸Tを得ることとなる。
ここで複数本としたのは、下撚り絹糸T1が必ずしも2本である必要はなく、目的に応じては3本、或いはそれ以上であっても良いことによる。
【0047】
このようにセリシン被覆絹糸5に特殊な撚り加工を施すことで、セリシン被覆絹糸5は回転トルクのない安定した状態となり、適度な集束効果が得られる。
その結果、編成時にガイドやニードルと接触することにより押圧されても断面が極端な扁平になることがなく、接触箇所が点接点に近い状態となり接触摩擦が低減化される(撚り効果)。
そして編成時の糸切れ、毛羽立ち等の問題が解決されスムースな編成が行われるのである。
一方では、コア部41を被覆するスキン部42の残留セリシン13によって、編成時におけるガイドやニードルとの接触は、コア部41ではなくスキン部42となる。
またコア部41同士の直接圧接もないためコア部41自体が痛まない(被覆効果1)。
そしてスキン部42のセリシンは、セリシン被覆絹糸がニードルに案内される場合の潤滑の役割を果たすため(被覆効果2)、より効果的に糸切れ、毛羽立ち等の問題を防止できる。
【0048】
これらのメリットについては、編成する際のニードルループの形成時にも同様のことが言える。
つまり、図11の状態説明図(一部省略、実際の編地は高密度に編まれていて本図のような空隙はもっと少ない)に示すように、編成過程で新しいニードルループN1が古いニードルループN2から抜け出す際、図12に、その接触状態を示す状態模式図(一部省略)に示すように、ニードルループN1、N2は、特殊な撚り加工を施したことにより、接触箇所Aでは互いに点接点に近い状態となり、接触摩擦が低減化され、上記同様、スキン部42の残留セリシン13による被覆効果と相まって、極めてスムースな編成が行われる。
上述したように糸切れ、毛羽立ち等の問題が解決されることで、管外径が小口の高品質の人工血管用ダブルラッシェル編地管Wも容易に可能となる。
【0049】
上記撚り加工を行うことで糸切れ、毛羽立ちが生じないためにその表面が滑らかになり人工血管としての機能性の向上にも効果があり、高品質の人工血管用ダブルラッシェル編地管Wが得られることとなる。
ところで、スキン部42における残留セリシン13については、編成後の人工血管用ダブルラッシェル編地管Wの使途に応じて、除去することも可能である。
すなわち、そのまま残留させて使用する場合、更に、もう一段除去して使用する場合、或いは完全に除去する場合がある。
このようにセリシン残留量調整の選択が可能となり本人工血管用ダブルラッシェル編地管Wの使途範囲の拡大に効果がある。
【0050】
次に、本人工血管用ダブルラッシェル編地管の編成について説明する。
図4の部分説明図に示すように、諸撚り絹糸Tを編成糸Y(Y1〜Y6)として使用し、6枚オサのダブルラッシェル機R(28ゲージ)により、図1に示す管状の人工血管用ダブルラッシェル編地管Wを編成する。
ここに、ゲージとは1インチ(2.54cm)間に存在するニードルNの本数である。
【0051】
編組織には、図2(図1の部分Pの拡大図であり、理解を容易にするために一部を太線で示す)に示すダブルデンビー組織B(オサL1で1−0/1−2を、オサL3で1−2/1−0を編成)を採用している。
ダブルデンビー組織Bは、デンビー組織Dを2枚同時編成して得られる。
図4において、オサL1、L3で編成糸Y1、Y3を制御し、フロントニードルFNによりダブルデンビー組織Bのフロント編地K1を編成する。
そして、オサL4、L6で編成糸Y4、Y6を制御して、バックニードルBNによりダブルデンビー組織Bのバック編地K2が編成される。
このようにそれぞれ編成された2枚のダブルデンビー組織Bの編地K1、K2をオサL2、L5によって制御される編成糸Y2、Y5により連結して管状の人工血管用ダブルラッシェル編地管Wが形成される。
このダブルデンビー組織Bの場合は、編成時にニードルからニードルへと編成糸を振るので前述した撚り効果や被覆効果が更に発揮できる。
【0052】
上記設定において、本実施の形態ではフロントニードルFN、バックニードルBNをそれぞれ(1)3本、(2)5本、(3)7本、(4)11本、(5)15本、(6)19本使用して6点の編成試験を行った。
その結果、人工血管用ダブルラッシェル編地管Wを扁平にした状態で、幅が(1)1.5mm、(2)2.0mm、(3)3.0mm、(4)5.0mm、(5)6.5mm、(6)8mmであった。
また、管壁の厚み(管壁厚)は、いずれも0.1〜0.3mmであった。上記幅から計算した人工血管用ダブルラッシェル編地管Wの外径(管外径)は、略(1)1mmφ、(2)1.3mmφ、(3)2.0mmφ、(4)3.0mmφ、(5)4mmφ、(6)5mmφとなり1〜5mmの管外径が小口の人工血管用ダブルラッシェル編地管Wが得られた。
【0053】
(第2の実施の形態)
本実施の形態では、編組織として図3(図1の部分Pの拡大図であり、理解を容易にするために一部を太線で示す)に示す逆ハーフ組織H(オサL4で1−2/1−0を、オサL6で1−0/2−3を編成)を採用している。
その他の条件は、第1の実施の形態と同様とした。
第1の実施の形態と同様に6点の編成試験を行ったが、厚み、幅とも数値には表れないレベルでの増加は見られたが第1の実施の形態と、略同傾向の結果が得られている。
逆ハーフ組織Hは、デンビー組織Dとコード組織Cとで形成される組織でダブルデンビー組織Bに比べてコード組織CのシンカーループS1がデンビー組織DのシンカーループS2に比べて1針分だけ長く、その分、密な編地が得られ、人工血管用ダブルラッシェル編地管Wとして使用する場合には血液の漏出防止等に効果がある。
この逆ハーフ組織Hの場合は、編成時におけるニードルへの編成糸の振り方が、前記デンビー組織に比べて大きくなるので、一層撚り効果や被覆効果が発揮される。
【0054】
以上の実施の形態において編成を行ったが、セリシン被覆絹糸5が編成に好適な柔軟性と強度を有していることに加えて撚り加工が施されているので、編成糸Yをビームに巻き上げる整経工程やダブルラッシェル機Rによる編成工程においても、諸撚り絹糸Tの糸切れや毛羽立ちは見られず良好な編成ができ、完成した管外径が口径の人工血管用ダブルラッシェル編地管Wは損傷のない高品質のものが得られた。
また、本人工血管用ダブルラッシェル編地管Wに従来知られている人工血管として有すべき機能を付与する化学的処理等を試したが別段問題は見られなかった。
また、実際の生体試験においても、生体血管との縫合の際も解れがなく、生体適合性が良好な結果が得られた。
【0055】
以上、本発明をその実施の形態を例に説明したが、本発明は要旨の変更のない限り、実施の形態のみに限定されるものではなく多様な変形例が可能である。
例えば、残留セリシン13の量が必ずしも生糸1本が有する全セリシン重量の20〜40%の範囲内にある必要はなく、使用状況に応じて増減することが可能である。
また、諸撚り絹糸Tを形成する場合においても、撚り方向の組み合わせや、下撚り数、上撚り数の数値は使用するセリシン被覆絹糸5の状態や使用目的等に応じて変化させることは当然可能である。
【0056】
更に、人工血管用ダブルラッシェル編地管Wを形成する組織は、必ずしもダブルデンビー組織Bや逆ハーフ組織Hに限定されるものではない。
また、本発明は、小口径の人工血管は言うに及ばず大口径の人工血管にも当然利用可能である。
更に、本発明における編成糸Yに、その他の糸素材を加えて人工血管用ダブルラッシェル編地管Wを編成することも当然可能である。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明における酵素による生糸2の精練によっては、スキンコア構造を有するスキンコア構造フィブロイン4で構成されるセリシン被覆絹糸5を形成できるので編成性を向上させることやその他の機能性向上をもたらし、人工血管分野のみならず、その他の医療分野における医療用素材の製造にも使用可能である。
また、医療用のみならず衣料用の絹糸素材としても充分に使用可能である。
更に、管状に形成された人工血管用ダブルラッシェル編地管Wは、人工血管のみならず、神経系分野やその他の医療分野で充分に使用可能である。
更には絹糸自体が有する化学的特性や物理的特性により、本発明によって得られた人工血管用ダブルラッシェル編地管Wを、医療分野や衣料分野のみならず電子分野等の素材としても応用可能である。
【符号の説明】
【0058】
1・・・繭糸
11・・・フィブロイン
12・・・セリシン
13・・・残留セリシン
2・・・生糸
3・・・絹糸
4・・・スキンコア構造フィブロイン
41・・・コア部
42・・・スキン部
5・・・セリシン被覆絹糸
A・・・接触箇所
B・・・ダブルデンビー組織
BN・・・バックニードル
C・・・コード組織
D・・・ダブルデンビー組織
FN・・・フロントニードル
H・・・逆ハーフ組織
K1・・・フロント編地
K2・・・バック編地
L1〜L6・・・オサ
N・・・ニードル
N1、N2・・・ニードルループ
P・・・人工血管用ダブルラッシェル編地管の組織部分
R1・・・左撚り方向
R2・・・右撚り方向
S1・・・コード組織のシンカーループ
S2・・・デンビー組織のシンカーループ
T・・・諸撚り絹糸
T1・・・下撚り絹糸
W・・・人工血管用ダブルラッシェル編地管
Y(Y1〜Y6)・・・編成糸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィブロインにより形成される一対のコア部と、該コア部の周囲がセリシンで形成されたスキン部とからなるN本の繭糸で構成される生糸を精練し、該セリシンを一部除去し且つ一部を残留させて一対のコア部を分離させて2N本のスキンコア構造フィブロインを形成して、該2N本のスキンコア構造フィブロインで構成されるセリシン被覆絹糸を得て、その後、該セリシン被覆絹糸に下撚りをかけて下撚り絹糸とし、更に下撚り絹糸を複数本合わせ、上撚りをかけて諸撚り絹糸とし、更にその後、該諸撚り絹糸を編成糸として管状に編成することを特徴とする人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法。
【請求項2】
前記諸撚り絹糸の上撚りの撚り数が、下撚り絹糸の下撚り方向とは逆方向で且つ該下撚り数よりも少ない撚り数であることを特徴とする請求項1記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法。
【請求項3】
前記残留セリシンが、生糸1本が有する全セリシン重量の20〜40パーセントであることを特徴とする請求項1又は2記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法。
【請求項4】
前記下撚り絹糸が2本であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法。
【請求項5】
前記諸撚り絹糸を使ってダブルデンビー組織により管状に編成することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法。
【請求項6】
前記諸撚り絹糸を使って逆ハーフ組織により管状に編成することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法。
【請求項7】
前記下撚りが900t/m〜1200t/mであり、上撚りが700t/m〜1000t/mであり、仕上げコース密度を40〜50c/インチ、仕上げウエール密度を50〜70w/インチであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法。
【請求項8】
管壁厚みが0.1〜0.3mm、且つ管外径が1〜5mmであることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法。
【請求項9】
セリシンの精練を酵素を用いて行うことを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法。
【請求項10】
編成した後、残留セリシンを除去することを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項記載の人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法。
【請求項11】
セリシン被覆絹糸に下撚りをかけて下撚り絹糸とし、
更に下撚り絹糸を複数本合わせ、上撚りをかけて諸撚り絹糸とし、該諸撚り絹糸を編成糸として管状に編成した人工血管用ダブルラッシェル編地管であって、
該セリシン被覆絹糸が、一対のフィブロインにより形成されるコア部と該コア部を被覆するセリシンより形成されるスキン部とからなる繭糸で構成される生糸を精練して、該セリシンを一部を除去し且つ一部を残留させて一対のフィブロインを分離してスキンコア構造フィブロインを形成し、該スキンコア構造フィブロインで構成されたものである人工血管用ダブルラッシェル編地管の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−170559(P2012−170559A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−33982(P2011−33982)
【出願日】平成23年2月18日(2011.2.18)
【出願人】(393018358)福井経編興業株式会社 (6)
【Fターム(参考)】