人工衛星の姿勢決定装置および人工衛星の姿勢決定方法
【課題】人工衛星に搭載された複数のセンサデータを用いて、人工衛星の直流から高周波成分までの姿勢変動を広帯域に決定する。
【解決手段】姿勢センサ(1)と低周波角速度センサ(2)と高周波角速度センサ(3)とが搭載された人工衛星から、各センサの観測データを取得し、人工衛星の姿勢決定値を出力する装置であって、姿勢センサによる姿勢観測値と、低周波角速度センサによる低周波角速度観測値を用いて低周波姿勢決定値を求める低周波姿勢決定部(5)と、低周波角速度センサによる低周波角速度観測値と、高周波角速度センサによる高周波角速度観測値とをミキシングして、姿勢決定の対象区間内の周波数域において平坦なゲイン特性と位相特性を有する広帯域角速度を求める相補フィルタ部(6)と、低周波姿勢決定値と広帯域角速度とを用いて広帯域姿勢決定値を求める広帯域姿勢決定部(7)とを備える。
【解決手段】姿勢センサ(1)と低周波角速度センサ(2)と高周波角速度センサ(3)とが搭載された人工衛星から、各センサの観測データを取得し、人工衛星の姿勢決定値を出力する装置であって、姿勢センサによる姿勢観測値と、低周波角速度センサによる低周波角速度観測値を用いて低周波姿勢決定値を求める低周波姿勢決定部(5)と、低周波角速度センサによる低周波角速度観測値と、高周波角速度センサによる高周波角速度観測値とをミキシングして、姿勢決定の対象区間内の周波数域において平坦なゲイン特性と位相特性を有する広帯域角速度を求める相補フィルタ部(6)と、低周波姿勢決定値と広帯域角速度とを用いて広帯域姿勢決定値を求める広帯域姿勢決定部(7)とを備える。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工衛星に搭載した複数のセンサにより取得したセンサデータを用いて、オフライン処理により人工衛星の姿勢を決定する、人工衛星の姿勢決定装置および人工衛星の姿勢決定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アンテナや観測センサ等、人工衛星に搭載したミッション機器を目標方向に指向させた場合に、その指向している点(指向点)の位置を知るためには、人工衛星の姿勢情報が必要となる。この人工衛星の姿勢の推定は、一般に「人工衛星の姿勢決定」と呼ばれ、人工衛星に搭載した姿勢センサ、角速度センサ等を用いた信号処理により行われる。また、この信号処理により決定された姿勢は、一般に「姿勢決定値」と呼ばれる。
【0003】
姿勢決定値は、人工衛星の姿勢制御を行う際に必要になるとともに、ミッション機器で取得した情報に対して種々の地上処理を行う際にも必要となる。例えば、人工衛星に搭載した観測センサで撮像した画像を地図上にマッピングする場合を考える。このマッピングには、観測センサの指向点の地図上での位置が必要である。これを求めるために、撮像時刻における観測センサの指向方向が必要となるが、この指向方向は、人工衛星の姿勢決定値を用いて求められる。従って、高精度なマッピングのためには、高精度な姿勢決定値が必要となる。
【0004】
従来、人工衛星には、姿勢決定用のセンサとして、地球センサやスターセンサ等の姿勢センサと、慣性基準装置等の角速度センサとが搭載されてきた。前者の姿勢センサの観測帯域は、通常、直流から1Hz程度までの低周波成分に限られている。また、後者の角速度センサの観測帯域は、通常、直流から10Hz程度までの低周波成分に限られている。
【0005】
従来の人工衛星の姿勢決定装置では、これらのセンサデータを用いた信号処理(通常は、カルマンフィルタや拡張カルマンフィルタが用いられる)により、姿勢決定値が求められてきた(例えば、非特許文献1参照)。
【0006】
そして、従来の人工衛星の姿勢決定装置により姿勢決定可能な姿勢変動の周波数帯域は、搭載した角速度センサの観測帯域で決まり、直流から10Hz程度までの低周波成分に限られる。従来の人工衛星では、例えば、観測センサで撮像した画像分解能に対する要求が比較的緩やかであったため、このような低周波成分のみ決定できる姿勢決定装置でも、大きな問題とならなかった。
【0007】
しかしながら、近年の画像分解能要求の飛躍的な高まりを背景として、これまで姿勢決定の対象としていなかった衛星姿勢変動の高周波成分の影響が顕在化してきた。そして、姿勢決定装置が衛星姿勢変動の高周波成分を決定できない場合には、最終的な画像プロダクトにおける画像歪みが残り、これがプロダクト品質低下につながる。
【0008】
このような背景を受け、人工衛星の姿勢決定装置においても、従来の姿勢決定装置の姿勢決定帯域を越える広帯域の姿勢決定装置が求められている。しかしながら、広帯域の姿勢決定装置を構成する際に問題となるのは、広い観測帯域をもち、かつ宇宙空間で利用可能な単独の角速度センサが、現状、存在しないことである。
【0009】
そこで、異なる観測帯域をもつ複数のセンサを組み合わせた信号処理により広帯域の姿勢決定値を求める従来技術がある(例えば、特許文献1参照)。この特許文献1では、姿勢決定のために、恒星センサ(スターセンサ)と、慣性基準装置と、高周波センサとを衛星に搭載し、ローパスフィルタとフィードバック型姿勢検出フィルタを備えて、広帯域の姿勢決定値を求めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第2965039号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】二宮他、天文観測用科学衛星の姿勢決定系におけるカルマンフィルタ、宇宙科学研究所報告、第102号(1999)、pp.4−60
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、従来技術には、以下のような課題がある。
前述したように、姿勢決定装置により姿勢決定可能な姿勢変動の周波数帯域は、搭載した角速度センサの観測帯域で決まる。広帯域姿勢決定のためには、先ず、角速度の観測帯域を直流から高周波までの広帯域に拡大することが必要である。前術したように、広観測帯域をもつ単独の角速度センサは存在しないため、慣性基準装置等の低周波角速度センサに加え、高周波角速度センサを組み合わせることになる。
【0013】
さらに、広帯域姿勢決定に加え、高精度姿勢決定のためには、低周波角速度センサと高周波角速度センサの組み合わせによる角速度の観測特性が、姿勢決定対象の周波数区間内(直流から高周波まで)において平坦なゲイン特性と位相特性をもち、ゲイン特性は1、位相特性は零を保持することが望ましい。
【0014】
逆に、低周波角速度センサと高周波角速度センサの組み合わせにより、ゲイン特性や位相特性が歪むと(ゲイン特性が1から隔たったり、位相特性が零から隔たったりする場合に相当)、それは角速度の観測誤差となるため、姿勢決定精度の低下を招く。
【0015】
上述した特許文献1では、その図4に示されているように、高周波センサとローパスフィルタとフィードバック型姿勢検出フィルタとを使用して、平坦なゲイン特性を実現している。しかしながら、上述したように、高精度姿勢決定のためには、ゲイン特性に加えて、位相特性も重要である。すなわち、平坦なゲイン特性が実現されたとしても、位相特性が零から隔たっていると、姿勢決定誤差が生じ、問題である。
【0016】
このような観点において、特許文献1では、実現される位相特性については特に考慮されておらず、実現される姿勢決定精度に問題がある。
【0017】
本発明は、前記のような課題を解決するためになされたものであり、人工衛星に搭載した複数のセンサデータを用いたオフライン処理により、直流から高周波にわたって、広帯域かつ高精度に姿勢決定を行うことのできる人工衛星の姿勢決定装置および人工衛星の姿勢決定方法を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明に係る人工衛星の姿勢決定装置は、人工衛星の直流から低周波成分までの姿勢変動を姿勢観測値として観測する姿勢センサと、人工衛星の直流から低周波成分までの角速度を低周波角速度観測値として観測する低周波角速度センサと、人工衛星の低周波から高周波成分までの角速度を高周波角速度観測値として観測する高周波角速度センサとが搭載された人工衛星から、各センサの観測データを取得し、人工衛星の姿勢決定値を出力する人工衛星の姿勢決定装置であって、姿勢センサによる姿勢観測値と、低周波角速度センサによる低周波角速度観測値を用いて、人工衛星の直流から低周波成分までの姿勢変動を低周波姿勢決定値として求める低周波姿勢決定部と、低周波角速度センサによる低周波角速度観測値と、高周波角速度センサによる高周波角速度観測値とをミキシングして、人工衛星の直流から高周波成分までの角速度を広帯域角速度として求める相補フィルタ部と、低周波姿勢決定部で求めた低周波姿勢決定値と、相補フィルタ部で求めた広帯域角速度とを用いて、人工衛星の直流から高周波成分までの姿勢変動を広帯域姿勢決定値として求める広帯域姿勢決定部とを備え、相補フィルタ部は、広帯域角速度の伝達特性が、ゲイン特性としてはローパス特性を有し、位相特性としては零位相特性を有し、ローパス特性の遮断周波数を、低周波角速度センサによる低周波角速度観測値の観測帯域と、高周波角速度センサによる高周波角速度観測値の観測帯域とを包含する直流から高周波までの周波数区間内に設定することで、広帯域角速度を求めるものである。
【0019】
また、本発明に係る人工衛星の姿勢決定方法は、人工衛星の直流から低周波成分までの姿勢変動を姿勢観測値として観測する姿勢センサと、人工衛星の直流から低周波成分までの角速度を低周波角速度観測値として観測する低周波角速度センサと、人工衛星の低周波から高周波成分までの角速度を高周波角速度観測値として観測する高周波角速度センサとが搭載された人工衛星から、各センサの観測データを取得し、人工衛星の姿勢決定値を算出する人工衛星の姿勢決定方法であって、姿勢センサによる姿勢観測値と、低周波角速度センサによる低周波角速度観測値を用いて、人工衛星の直流から低周波成分までの姿勢変動を低周波姿勢決定値として求める第1ステップと、低周波角速度センサによる低周波角速度観測値と、高周波角速度センサによる高周波角速度観測値とをミキシングして、人工衛星の直流から高周波成分までの角速度を広帯域角速度として求める第2ステップと、第1ステップで求めた低周波姿勢決定値と、第2ステップで求めた広帯域角速度とを用いて、人工衛星の直流から高周波成分までの姿勢変動を広帯域姿勢決定値として求める第3ステップとを備え、第2ステップは、広帯域角速度の伝達特性が、ゲイン特性としてはローパス特性を有し、位相特性としては零位相特性を有し、ローパス特性の遮断周波数を、低周波角速度センサによる低周波角速度観測値の観測帯域と、高周波角速度センサによる高周波角速度観測値の観測帯域とを包含する直流から高周波までの周波数区間内に設定することで、広帯域角速度を求めるものである。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る人工衛星の姿勢決定装置および人工衛星の姿勢決定方法によれば、低周波角速度観測値と高周波角速度観測値をミキシングする相補フィルタ部を有し、姿勢決定の対象区間内の周波数域において、平坦なゲイン特性と位相特性を有するように相補フィルタ部の出力する角速度の伝達特性を設計することにより、人工衛星に搭載した複数のセンサデータを用いたオフライン処理により、直流から高周波にわたって、広帯域かつ高精度に姿勢決定を行うことのできる人工衛星の姿勢決定装置および人工衛星の姿勢決定方法を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施の形態1における人工衛星の姿勢決定装置の構成を示す全体ブロック図である。
【図2】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における姿勢センサの伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。
【図3】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における低周波角速度センサの伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。
【図4】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における高周波角速度センサの伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。
【図5】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置におけるアンチエリアスフィルタの伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。
【図6】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における相補フィルタ部の構成を示すブロック図である。
【図7】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における相補フィルタ部の周波数重みWIRUとWARSの伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。
【図8】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における相補フィルタ部により実現される角速度観測特性(ゲインと位相)と、低周波角速度センサにより実現される角速度観測特性(ゲインと位相)との比較を示す図である。
【図9】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における低周波姿勢決定部の構成を示すブロック図である。
【図10】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における広帯域姿勢決定部の構成を示すブロック図である。
【図11】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置と、従来の人工衛星の姿勢決定装置のそれぞれにおける伝達特性(ゲインと位相)の比較を示す図である。
【図12】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置と、従来の人工衛星の姿勢決定装置のそれぞれにおける姿勢決定値と姿勢決定誤差の比較の一例を示す図である。
【図13】本発明の実施の形態2に係る人工衛星の姿勢決定装置における低周波姿勢決定部の構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の人工衛星の姿勢決定装置および人工衛星の姿勢決定方法の好適な実施の形態につき図面を用いて説明する。
【0023】
実施の形態1.
図1は、本発明の実施の形態1における人工衛星の姿勢決定装置の構成を示す全体ブロック図である。本実施の形態1における人工衛星の姿勢決定装置は、姿勢センサ1、低周波角速度センサ2、高周波角速度センサ3、アンチエリアスフィルタ4、低周波姿勢決定部5、相補フィルタ部6、および広帯域姿勢決定部7を備えて構成されている。
【0024】
本発明では、直流から高周波にわたる広帯域での姿勢決定のために、人工衛星には、姿勢センサ1、低周波角速度センサ2に加え、高周波角速度センサ3がさらに搭載されている。姿勢センサ1、低周波角速度センサ2は、従来の人工衛星の姿勢決定装置にも搭載されていたものである。
【0025】
姿勢センサ1としては、例えば、地球センサやスターセンサが挙げられ、姿勢センサ1による姿勢観測帯域は、通常、直流から1Hz程度までである。また、低周波角速度センサ2としては、慣性基準装置等が挙げられ、低周波角速度センサ2による角速度観測帯域は、通常、直流から10Hz程度までである。
【0026】
図2は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における姿勢センサ1の伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。また、図3は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における低周波角速度センサ2の伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。
【0027】
本発明では、広帯域姿勢決定のために、姿勢センサ1および低周波角速度センサ2に加え、高周波角速度センサ3を人工衛星に搭載している。高周波角速度センサ3による角速度観測帯域は、通常、数Hzから数kHz程度までである。
【0028】
図4は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における高周波角速度センサ3の伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。ここでは、一例として、観測帯域が2Hzから1kHz程度の高周波角速度センサ3の伝達特性を示している。この高周波角速度センサ3は、直流付近の角速度は観測できないが、低周波角速度センサ2が観測できない高周波の角速度を観測可能である。
【0029】
高周波の角速度を観測するために、高周波角速度センサ3の出力を高周波でサンプリングすることになる。ここで、この高周波サンプリングによるエリアシング(サンプリング点からもとの信号が正しく再現できなくなる現象)の影響を抑制するために、アンチエリアスフィルタ4を通して高周波角速度センサ3の出力をサンプリングする。結果として、高周波角速度センサ3により、数Hzから数百Hz程度までの角速度が観測されることになる。
【0030】
なお、アンチエリアスフィルタ4は、バタワースフィルタやチェビシェフフィルタ等、通常のローパスフィルタを用いることができる。図5は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置におけるアンチエリアスフィルタ4の伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。この図5では、一例として、カットオフ周波数が230Hz程度の4次のバタワース特性でアンチエリアスフィルタ4を構成した場合の、アンチエリアスフィルタ4の伝達特性を示している。
【0031】
次に、低周波角速度センサ2による角速度観測値と、高周波角速度センサ3による角速度観測値は、相補フィルタ部6においてミキシングされ、直流から数百Hz程度までの広帯域の角速度が求められる。図6は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における相補フィルタ部6の構成を示すブロック図である。
【0032】
ここで、相補フィルタ部6における設計パラメータは、低周波角速度センサによる角速度観測値に乗じる周波数重みWIRUと、高周波角速度センサ3による角速度観測値に乗じる周波数重みWARSである。これらは、低周波角速度センサ2の伝達特性、高周波角速度センサ3の伝達特性、アンチエリアスフィルタ4の伝達特性を用いて、次のように設計する。
【0033】
低周波角速度センサ2の伝達特性をFIRU、高周波角速度センサ3の伝達特性をFARS、アンチエリアスフィルタ4の伝達特性をFAAで表す。FIRUの周波数特性が前述の図3、FARSの周波数特性が前述の図4、FAAの周波数特性が前述の図5になる。
【0034】
先ず、低周波角速度センサ2による角速度観測値に乗じる周波数重みWIRUは、下式(1)のように与える。
WIRU=F*IRU (1)
【0035】
ここで、FIRUの右肩添字の「*」は、複素共役を示す。このような周波数重みWIRUを用いることは、低周波角速度センサ2の伝達特性FIRUがもつ位相遅れの影響を補償することに相当する。
【0036】
低周波角速度センサ2と高周波角速度センサ3は、重複する観測帯域をもつが、低周波角速度センサ2の観測帯域内では、一般に低周波角速度センサ2の方が信頼性は高く、また、伝達特性(ゲイン特性と位相特性)も素直である。
【0037】
そこで、相補フィルタ部6は、上式(1)の周波数重みWIRUを用いることで、低周波角速度センサ2の観測帯域内では、低周波角速度センサ2に比重を置いて角速度を求めることになる。
【0038】
一方、高周波角速度センサ3による角速度観測値に乗じる周波数重みWARSは、下式(2)のように与える。
【0039】
【数1】
【0040】
ここで、FLPはローパス特性をもつ伝達特性で、FLP/FARSがプロパーな伝達関数となるように定める。先の図4に示した高周波角速度センサ3では、低周波で二次のハイパス特性、高周波で一次のローパス特性をもつので、FLPの一例として、二次のローパス特性をもった下式(3)の伝達特性を用いることができる。
【0041】
【数2】
【0042】
ここで、sはラプラス演算子、ζは1/√2、ωは高周波角速度センサ3の観測帯域上限(先の図4の場合、2π×1000rad/s程度に相当)に対応する角周波数である。
【0043】
相補フィルタ部6は、図6に示すように、これらの周波数重みWIRUと、周波数重みWARSを、それぞれ低周波角速度センサ2による角速度観測値と、高周波角速度センサ3による角速度観測値に乗じ、それらの和をとって角速度を出力する。
【0044】
このとき、相補フィルタ部6から出力される角速度の伝達特性FMIXは、近似的に下式(4)のように求めることができる。
【0045】
【数3】
【0046】
ここで、伝達特性FAAとFLPは、どちらもローパス特性をもつが、一般に、FAA(アンチエリアスフィルタ)の帯域の方が、FLP(高周波角速度センサ3の観測帯域から決まる伝達特性)の帯域よりも狭い。このため、相補フィルタ部6から出力される角速度の伝達特性は、FAAとほぼ同じ帯域をもち、直流から数100Hz程度の周波数成分をもった広帯域角速度が出力されることになる。
【0047】
図7は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における相補フィルタ部6の周波数重みWIRUとWARSの伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。より具体的には、先の図3、図4、図5の伝達特性を用いて設計した周波数重みWIRUとWARSの伝達特性を示している。
【0048】
また、図8は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における相補フィルタ部6により実現される角速度観測特性(ゲインと位相)と、低周波角速度センサ2により実現される角速度観測特性(ゲインと位相)との比較を示す図である。この図8において、細線が低周波角速度センサ2の伝達特性を示しており、太線が相補フィルタ部6により実現される角速度の伝達特性を示している。
【0049】
図8に示すように、本実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置を用いることで、直流から200Hz程度までの広帯域にわたって、平坦なゲイン特性と位相特性が実現されているのが分かる。さらに、ゲイン特性は1付近、位相特性は零に保たれていることが分かる。
【0050】
相補フィルタ部6により角速度を求める一方で、低周波姿勢決定部5では、姿勢センサ1と低周波角速度センサ2の観測データを用いて、衛星姿勢変動の直流から10Hz程度までの成分を決定する。
【0051】
図9は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における低周波姿勢決定部5の構成を示すブロック図である。この図9に示した低周波姿勢決定部5は、低周波角速度センサ2による角速度観測値に乗じる周波数重みWIRUとともに、姿勢伝播処理部51、および姿勢・ドリフトレート更新処理部52を備えて構成されている。
【0052】
低周波姿勢決定部5では、先ず、低周波角速度センサ2による角速度観測値に、周波数重みWIRUを乗じる。ここで、周波数重みWIRUは、上式(1)で示されるものであり、低周波角速度センサ2の伝達特性FIRUがもつ位相遅れの影響を補償するものである。
【0053】
次に、低周波姿勢決定部5内の姿勢伝播処理部51は、周波数重みWIRUにより補償された角速度を用いて、姿勢伝播処理(数値積分処理)を行い、姿勢伝播値を得る。
【0054】
次に、低周波姿勢決定部5は、姿勢伝播処理部51により得られた姿勢伝播値と、姿勢センサ1による姿勢観測値との偏差を求める。そして、低周波姿勢決定部5内の姿勢・ドリフトレート更新処理部52は、求めた偏差を用いて、姿勢伝播値と低周波角速度センサ2のドリフトレート推定値を更新し、更新後の姿勢を姿勢決定値として出力する。
【0055】
なお、ここで得られる姿勢決定値は、直流から10Hz程度までの周波数成分を含んだ姿勢決定値となる。また、上述したような低周波姿勢決定部5における一連の処理は、低周波角速度センサ2の伝達特性FIRUがもつ位相遅れの補償を除いて、通常の拡張カルマンフィルタと同じであり、その処理の詳細は、例えば、先の非特許文献1に記載されている。
【0056】
次に、広帯域姿勢決定部7は、低周波姿勢決定部5から得られる姿勢決定値と、相補フィルタ部6から得られる角速度を用いて、最終的な人工衛星の姿勢決定値を求める。この広帯域姿勢決定部7は、低周波姿勢決定部5と同様に、拡張カルマンフィルタを用いて構成される。
【0057】
図10は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における広帯域姿勢決定部7の構成を示すブロック図である。この図10に示した広帯域姿勢決定部7は、姿勢伝播処理部71、および姿勢・ドリフトレート更新処理部72を備えて構成されている。
【0058】
先ず、広帯域姿勢決定部7内の姿勢伝播処理部71は、相補フィルタ部6で得られた角速度を用いて、姿勢伝播処理(数値積分処理)を行い、姿勢伝播値を得る。次に、広帯域姿勢決定部7は、この姿勢伝播値と、低周波姿勢決定部5から得られた姿勢決定値との偏差を求める。
【0059】
次に、広帯域姿勢決定部7内の姿勢・ドリフトレート更新処理部72は、求めた偏差を用いて、姿勢伝播値と相補フィルタ部6の出力する角速度に対するドリフトレート推定値を更新し、更新後の姿勢を、最終的な人工衛星の姿勢決定値として出力する。なお、ここで得られる姿勢決定値は、直流から数100Hz程度までの周波数成分を含んだ広帯域姿勢決定値となる。
【0060】
次に、本発明の人工衛星の姿勢決定装置と、姿勢センサ1と低周波角速度センサ2のみを用いた従来の人工衛星の姿勢決定装置との比較を、図面を用いて説明する。図11は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置と、従来の人工衛星の姿勢決定装置のそれぞれにおける伝達特性(ゲインと位相)の比較を示す図である。
【0061】
この図11において、細線が従来の人工衛星の姿勢決定装置の伝達特性を示しており、太線が本実施の形態1の人工衛星の姿勢決定装置の伝達特性を示している。図11に示すように、従来の姿勢決定装置より得られる姿勢決定値は、直流から10Hz程度までの周波数成分を含んだ低周波の姿勢決定値となる。また、従来の姿勢決定装置より得られる姿勢決定値は、直流から10Hz程度までの姿勢決定帯域内においても、位相特性は零に保たれないため、位相歪みによる姿勢決定誤差が生じる。
【0062】
一方、本実施の形態1の人工衛星の姿勢決定装置より得られる姿勢決定値は、直流から数100Hz程度までの周波数成分を含んだ広帯域の姿勢決定値となる。さらに、本実施の形態1の人工衛星の姿勢決定装置より得られる姿勢決定値は、位相特性も零付近に保持されるため、姿勢決定帯域内(直流から数100Hz程度まで)の誤差も小さく抑えられる。
【0063】
図12は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置と、従来の人工衛星の姿勢決定装置のそれぞれにおける姿勢決定値と姿勢決定誤差の比較の一例を示す図である。図12の上段が姿勢決定値、下段が姿勢決定誤差を示している。ここで、灰色太線が衛星の姿勢変動真値を表している。また、黒細線が従来の人工衛星の姿勢決定装置の結果を示しており、黒太線が本実施の形態1による人工衛星の姿勢決定装置の結果を示している。
【0064】
従来の人工衛星の姿勢決定装置では、直流から10Hz程度までの周波数成分の姿勢変動しか決定できない。このため、衛星姿勢変動に高周波成分が含まれると、それは姿勢決定誤差となって残る。
【0065】
しかしながら、本実施の形態1による人工衛星の姿勢決定装置では、直流から数100Hz程度までの周波数成分の姿勢変動を決定可能なため、姿勢決定誤差がより小さく抑えられていることがわかる。
【0066】
以上のように、実施の形態1によれば、低周波角速度センサによる角速度観測値と、高周波角速度センサによる角速度観測値をミキシングする相補フィルタ部を備えている。そして、相補フィルタ部から出力される角速度の観測特性は、姿勢決定の対象区間内の周波数域において、平坦なゲイン特性と位相特性をもち、ゲイン特性はローパス特性、位相特性は零を保持するように、各角速度センサの観測値に乗じる周波数重みが設計されている。
【0067】
ここで、低周波角速度センサと高周波角速度センサは、重複する観測帯域をもつが、低周波角速度センサの観測帯域内では、一般に低周波角速度センサの方が信頼性は高く、また伝達特性(ゲイン特性と位相特性)も素直である。そこで、相補フィルタ部は、低周波角速度センサの観測帯域内では、低周波角速度センサに比重を置いて角速度を求めている。
【0068】
この結果、従来の低周波角速度センサでは得られない直流から数100Hz程度までの周波数成分をもった広帯域の角速度を得ることができる。さらに、相補フィルタ部の出力する角速度の伝達特性は、上述したゲイン特性と位相特性をもつため、角速度の観測誤差が小さく抑えられ、高精度かつ広帯域な角速度が得られる。このようにして、高い信頼性を有する角速度を得ることができる。
【0069】
さらに、実施の形態1では、相補フィルタ部から得られる角速度と、低周波姿勢決定部から得られる姿勢決定値を用いて、拡張カルマンフィルタにより広帯域姿勢決定部を構成している。これにより、姿勢決定装置の伝達特性は、姿勢決定の対象区間内の周波数域において、平坦なゲイン特性と位相特性をもち、ゲイン特性は1付近、位相特性は零付近に保たれ、広帯域かつ高精度な姿勢決定値を得ることができる。
【0070】
さらに、低周波姿勢決定部では、低周波角速度センサの伝達特性の位相遅れ補償を行っている。このため、低周波角速度センサの観測帯域内の直流から10Hz程度までの周波数域において、高精度な姿勢決定値が得られる。そして、この姿勢決定値を用いて広帯域姿勢決定部を構成したため、低周波姿勢決定部において低周波角速度センサの伝達特性の位相遅れ補償を行わない場合に比べて、直流から10Hz程度までの周波数域における姿勢決定精度が向上する。
【0071】
実施の形態2.
本実施の形態2では、先の実施の形態1における図9とは異なる構成を備えた低周波姿勢決定部5について説明する。先の実施の形態1では、低周波姿勢決定部5において、周波数重みWIRUを用いることで、低周波角速度センサ2の伝達特性FIRUがもつ位相遅れの影響を補償する場合について説明した。しかしながら、本発明は、このような構成に限定されるものではない。
【0072】
図13は、本発明の実施の形態2に係る人工衛星の姿勢決定装置における低周波姿勢決定部5の構成を示すブロック図である。この図13に示した低周波姿勢決定部5は、姿勢伝播処理部51、および姿勢・ドリフトレート更新処理部52を備えて構成されている。先の実施の形態1における図9の構成と比較すると、図13の構成は、低周波角速度センサ2による角速度観測値に乗じる周波数重みWIRUを備えていない点が異なっている。
【0073】
この図13に示すように、低周波姿勢決定部5は、位相遅れ補償なしの通常の拡張カルマンフィルタで構成することも可能である。あるいは、拡張カルマンフィルタを用いずに、姿勢センサ1の観測値を、そのまま低周波姿勢決定部5の出力とすることも可能である。
【0074】
このような構成を採用することによっても、広帯域姿勢決定部7において、先の実施の形態1と同じく、直流から数100Hz程度までの広帯域の姿勢決定値が得られる特徴は保持したまま、低周波姿勢決定部5における計算負荷を軽減することが可能となる。
【0075】
以上のように、実施の形態2によれば、低周波姿勢決定部5による計算負荷を軽減した上で、先の実施の形態1と同様に、直流から数100Hz程度までの広帯域の姿勢決定値が得られる効果を実現することができる。
【符号の説明】
【0076】
1 姿勢センサ、2 低周波角速度センサ、3 高周波角速度センサ、4 アンチエリアスフィルタ、5 低周波姿勢決定部、6 相補フィルタ部、7 広帯域姿勢決定部、51 姿勢伝播処理部、52 姿勢・ドリフトレート更新処理部、71 姿勢伝播処理部、72 姿勢・ドリフトレート更新処理部。
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工衛星に搭載した複数のセンサにより取得したセンサデータを用いて、オフライン処理により人工衛星の姿勢を決定する、人工衛星の姿勢決定装置および人工衛星の姿勢決定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アンテナや観測センサ等、人工衛星に搭載したミッション機器を目標方向に指向させた場合に、その指向している点(指向点)の位置を知るためには、人工衛星の姿勢情報が必要となる。この人工衛星の姿勢の推定は、一般に「人工衛星の姿勢決定」と呼ばれ、人工衛星に搭載した姿勢センサ、角速度センサ等を用いた信号処理により行われる。また、この信号処理により決定された姿勢は、一般に「姿勢決定値」と呼ばれる。
【0003】
姿勢決定値は、人工衛星の姿勢制御を行う際に必要になるとともに、ミッション機器で取得した情報に対して種々の地上処理を行う際にも必要となる。例えば、人工衛星に搭載した観測センサで撮像した画像を地図上にマッピングする場合を考える。このマッピングには、観測センサの指向点の地図上での位置が必要である。これを求めるために、撮像時刻における観測センサの指向方向が必要となるが、この指向方向は、人工衛星の姿勢決定値を用いて求められる。従って、高精度なマッピングのためには、高精度な姿勢決定値が必要となる。
【0004】
従来、人工衛星には、姿勢決定用のセンサとして、地球センサやスターセンサ等の姿勢センサと、慣性基準装置等の角速度センサとが搭載されてきた。前者の姿勢センサの観測帯域は、通常、直流から1Hz程度までの低周波成分に限られている。また、後者の角速度センサの観測帯域は、通常、直流から10Hz程度までの低周波成分に限られている。
【0005】
従来の人工衛星の姿勢決定装置では、これらのセンサデータを用いた信号処理(通常は、カルマンフィルタや拡張カルマンフィルタが用いられる)により、姿勢決定値が求められてきた(例えば、非特許文献1参照)。
【0006】
そして、従来の人工衛星の姿勢決定装置により姿勢決定可能な姿勢変動の周波数帯域は、搭載した角速度センサの観測帯域で決まり、直流から10Hz程度までの低周波成分に限られる。従来の人工衛星では、例えば、観測センサで撮像した画像分解能に対する要求が比較的緩やかであったため、このような低周波成分のみ決定できる姿勢決定装置でも、大きな問題とならなかった。
【0007】
しかしながら、近年の画像分解能要求の飛躍的な高まりを背景として、これまで姿勢決定の対象としていなかった衛星姿勢変動の高周波成分の影響が顕在化してきた。そして、姿勢決定装置が衛星姿勢変動の高周波成分を決定できない場合には、最終的な画像プロダクトにおける画像歪みが残り、これがプロダクト品質低下につながる。
【0008】
このような背景を受け、人工衛星の姿勢決定装置においても、従来の姿勢決定装置の姿勢決定帯域を越える広帯域の姿勢決定装置が求められている。しかしながら、広帯域の姿勢決定装置を構成する際に問題となるのは、広い観測帯域をもち、かつ宇宙空間で利用可能な単独の角速度センサが、現状、存在しないことである。
【0009】
そこで、異なる観測帯域をもつ複数のセンサを組み合わせた信号処理により広帯域の姿勢決定値を求める従来技術がある(例えば、特許文献1参照)。この特許文献1では、姿勢決定のために、恒星センサ(スターセンサ)と、慣性基準装置と、高周波センサとを衛星に搭載し、ローパスフィルタとフィードバック型姿勢検出フィルタを備えて、広帯域の姿勢決定値を求めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第2965039号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】二宮他、天文観測用科学衛星の姿勢決定系におけるカルマンフィルタ、宇宙科学研究所報告、第102号(1999)、pp.4−60
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、従来技術には、以下のような課題がある。
前述したように、姿勢決定装置により姿勢決定可能な姿勢変動の周波数帯域は、搭載した角速度センサの観測帯域で決まる。広帯域姿勢決定のためには、先ず、角速度の観測帯域を直流から高周波までの広帯域に拡大することが必要である。前術したように、広観測帯域をもつ単独の角速度センサは存在しないため、慣性基準装置等の低周波角速度センサに加え、高周波角速度センサを組み合わせることになる。
【0013】
さらに、広帯域姿勢決定に加え、高精度姿勢決定のためには、低周波角速度センサと高周波角速度センサの組み合わせによる角速度の観測特性が、姿勢決定対象の周波数区間内(直流から高周波まで)において平坦なゲイン特性と位相特性をもち、ゲイン特性は1、位相特性は零を保持することが望ましい。
【0014】
逆に、低周波角速度センサと高周波角速度センサの組み合わせにより、ゲイン特性や位相特性が歪むと(ゲイン特性が1から隔たったり、位相特性が零から隔たったりする場合に相当)、それは角速度の観測誤差となるため、姿勢決定精度の低下を招く。
【0015】
上述した特許文献1では、その図4に示されているように、高周波センサとローパスフィルタとフィードバック型姿勢検出フィルタとを使用して、平坦なゲイン特性を実現している。しかしながら、上述したように、高精度姿勢決定のためには、ゲイン特性に加えて、位相特性も重要である。すなわち、平坦なゲイン特性が実現されたとしても、位相特性が零から隔たっていると、姿勢決定誤差が生じ、問題である。
【0016】
このような観点において、特許文献1では、実現される位相特性については特に考慮されておらず、実現される姿勢決定精度に問題がある。
【0017】
本発明は、前記のような課題を解決するためになされたものであり、人工衛星に搭載した複数のセンサデータを用いたオフライン処理により、直流から高周波にわたって、広帯域かつ高精度に姿勢決定を行うことのできる人工衛星の姿勢決定装置および人工衛星の姿勢決定方法を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明に係る人工衛星の姿勢決定装置は、人工衛星の直流から低周波成分までの姿勢変動を姿勢観測値として観測する姿勢センサと、人工衛星の直流から低周波成分までの角速度を低周波角速度観測値として観測する低周波角速度センサと、人工衛星の低周波から高周波成分までの角速度を高周波角速度観測値として観測する高周波角速度センサとが搭載された人工衛星から、各センサの観測データを取得し、人工衛星の姿勢決定値を出力する人工衛星の姿勢決定装置であって、姿勢センサによる姿勢観測値と、低周波角速度センサによる低周波角速度観測値を用いて、人工衛星の直流から低周波成分までの姿勢変動を低周波姿勢決定値として求める低周波姿勢決定部と、低周波角速度センサによる低周波角速度観測値と、高周波角速度センサによる高周波角速度観測値とをミキシングして、人工衛星の直流から高周波成分までの角速度を広帯域角速度として求める相補フィルタ部と、低周波姿勢決定部で求めた低周波姿勢決定値と、相補フィルタ部で求めた広帯域角速度とを用いて、人工衛星の直流から高周波成分までの姿勢変動を広帯域姿勢決定値として求める広帯域姿勢決定部とを備え、相補フィルタ部は、広帯域角速度の伝達特性が、ゲイン特性としてはローパス特性を有し、位相特性としては零位相特性を有し、ローパス特性の遮断周波数を、低周波角速度センサによる低周波角速度観測値の観測帯域と、高周波角速度センサによる高周波角速度観測値の観測帯域とを包含する直流から高周波までの周波数区間内に設定することで、広帯域角速度を求めるものである。
【0019】
また、本発明に係る人工衛星の姿勢決定方法は、人工衛星の直流から低周波成分までの姿勢変動を姿勢観測値として観測する姿勢センサと、人工衛星の直流から低周波成分までの角速度を低周波角速度観測値として観測する低周波角速度センサと、人工衛星の低周波から高周波成分までの角速度を高周波角速度観測値として観測する高周波角速度センサとが搭載された人工衛星から、各センサの観測データを取得し、人工衛星の姿勢決定値を算出する人工衛星の姿勢決定方法であって、姿勢センサによる姿勢観測値と、低周波角速度センサによる低周波角速度観測値を用いて、人工衛星の直流から低周波成分までの姿勢変動を低周波姿勢決定値として求める第1ステップと、低周波角速度センサによる低周波角速度観測値と、高周波角速度センサによる高周波角速度観測値とをミキシングして、人工衛星の直流から高周波成分までの角速度を広帯域角速度として求める第2ステップと、第1ステップで求めた低周波姿勢決定値と、第2ステップで求めた広帯域角速度とを用いて、人工衛星の直流から高周波成分までの姿勢変動を広帯域姿勢決定値として求める第3ステップとを備え、第2ステップは、広帯域角速度の伝達特性が、ゲイン特性としてはローパス特性を有し、位相特性としては零位相特性を有し、ローパス特性の遮断周波数を、低周波角速度センサによる低周波角速度観測値の観測帯域と、高周波角速度センサによる高周波角速度観測値の観測帯域とを包含する直流から高周波までの周波数区間内に設定することで、広帯域角速度を求めるものである。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る人工衛星の姿勢決定装置および人工衛星の姿勢決定方法によれば、低周波角速度観測値と高周波角速度観測値をミキシングする相補フィルタ部を有し、姿勢決定の対象区間内の周波数域において、平坦なゲイン特性と位相特性を有するように相補フィルタ部の出力する角速度の伝達特性を設計することにより、人工衛星に搭載した複数のセンサデータを用いたオフライン処理により、直流から高周波にわたって、広帯域かつ高精度に姿勢決定を行うことのできる人工衛星の姿勢決定装置および人工衛星の姿勢決定方法を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施の形態1における人工衛星の姿勢決定装置の構成を示す全体ブロック図である。
【図2】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における姿勢センサの伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。
【図3】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における低周波角速度センサの伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。
【図4】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における高周波角速度センサの伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。
【図5】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置におけるアンチエリアスフィルタの伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。
【図6】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における相補フィルタ部の構成を示すブロック図である。
【図7】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における相補フィルタ部の周波数重みWIRUとWARSの伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。
【図8】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における相補フィルタ部により実現される角速度観測特性(ゲインと位相)と、低周波角速度センサにより実現される角速度観測特性(ゲインと位相)との比較を示す図である。
【図9】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における低周波姿勢決定部の構成を示すブロック図である。
【図10】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における広帯域姿勢決定部の構成を示すブロック図である。
【図11】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置と、従来の人工衛星の姿勢決定装置のそれぞれにおける伝達特性(ゲインと位相)の比較を示す図である。
【図12】本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置と、従来の人工衛星の姿勢決定装置のそれぞれにおける姿勢決定値と姿勢決定誤差の比較の一例を示す図である。
【図13】本発明の実施の形態2に係る人工衛星の姿勢決定装置における低周波姿勢決定部の構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の人工衛星の姿勢決定装置および人工衛星の姿勢決定方法の好適な実施の形態につき図面を用いて説明する。
【0023】
実施の形態1.
図1は、本発明の実施の形態1における人工衛星の姿勢決定装置の構成を示す全体ブロック図である。本実施の形態1における人工衛星の姿勢決定装置は、姿勢センサ1、低周波角速度センサ2、高周波角速度センサ3、アンチエリアスフィルタ4、低周波姿勢決定部5、相補フィルタ部6、および広帯域姿勢決定部7を備えて構成されている。
【0024】
本発明では、直流から高周波にわたる広帯域での姿勢決定のために、人工衛星には、姿勢センサ1、低周波角速度センサ2に加え、高周波角速度センサ3がさらに搭載されている。姿勢センサ1、低周波角速度センサ2は、従来の人工衛星の姿勢決定装置にも搭載されていたものである。
【0025】
姿勢センサ1としては、例えば、地球センサやスターセンサが挙げられ、姿勢センサ1による姿勢観測帯域は、通常、直流から1Hz程度までである。また、低周波角速度センサ2としては、慣性基準装置等が挙げられ、低周波角速度センサ2による角速度観測帯域は、通常、直流から10Hz程度までである。
【0026】
図2は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における姿勢センサ1の伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。また、図3は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における低周波角速度センサ2の伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。
【0027】
本発明では、広帯域姿勢決定のために、姿勢センサ1および低周波角速度センサ2に加え、高周波角速度センサ3を人工衛星に搭載している。高周波角速度センサ3による角速度観測帯域は、通常、数Hzから数kHz程度までである。
【0028】
図4は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における高周波角速度センサ3の伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。ここでは、一例として、観測帯域が2Hzから1kHz程度の高周波角速度センサ3の伝達特性を示している。この高周波角速度センサ3は、直流付近の角速度は観測できないが、低周波角速度センサ2が観測できない高周波の角速度を観測可能である。
【0029】
高周波の角速度を観測するために、高周波角速度センサ3の出力を高周波でサンプリングすることになる。ここで、この高周波サンプリングによるエリアシング(サンプリング点からもとの信号が正しく再現できなくなる現象)の影響を抑制するために、アンチエリアスフィルタ4を通して高周波角速度センサ3の出力をサンプリングする。結果として、高周波角速度センサ3により、数Hzから数百Hz程度までの角速度が観測されることになる。
【0030】
なお、アンチエリアスフィルタ4は、バタワースフィルタやチェビシェフフィルタ等、通常のローパスフィルタを用いることができる。図5は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置におけるアンチエリアスフィルタ4の伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。この図5では、一例として、カットオフ周波数が230Hz程度の4次のバタワース特性でアンチエリアスフィルタ4を構成した場合の、アンチエリアスフィルタ4の伝達特性を示している。
【0031】
次に、低周波角速度センサ2による角速度観測値と、高周波角速度センサ3による角速度観測値は、相補フィルタ部6においてミキシングされ、直流から数百Hz程度までの広帯域の角速度が求められる。図6は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における相補フィルタ部6の構成を示すブロック図である。
【0032】
ここで、相補フィルタ部6における設計パラメータは、低周波角速度センサによる角速度観測値に乗じる周波数重みWIRUと、高周波角速度センサ3による角速度観測値に乗じる周波数重みWARSである。これらは、低周波角速度センサ2の伝達特性、高周波角速度センサ3の伝達特性、アンチエリアスフィルタ4の伝達特性を用いて、次のように設計する。
【0033】
低周波角速度センサ2の伝達特性をFIRU、高周波角速度センサ3の伝達特性をFARS、アンチエリアスフィルタ4の伝達特性をFAAで表す。FIRUの周波数特性が前述の図3、FARSの周波数特性が前述の図4、FAAの周波数特性が前述の図5になる。
【0034】
先ず、低周波角速度センサ2による角速度観測値に乗じる周波数重みWIRUは、下式(1)のように与える。
WIRU=F*IRU (1)
【0035】
ここで、FIRUの右肩添字の「*」は、複素共役を示す。このような周波数重みWIRUを用いることは、低周波角速度センサ2の伝達特性FIRUがもつ位相遅れの影響を補償することに相当する。
【0036】
低周波角速度センサ2と高周波角速度センサ3は、重複する観測帯域をもつが、低周波角速度センサ2の観測帯域内では、一般に低周波角速度センサ2の方が信頼性は高く、また、伝達特性(ゲイン特性と位相特性)も素直である。
【0037】
そこで、相補フィルタ部6は、上式(1)の周波数重みWIRUを用いることで、低周波角速度センサ2の観測帯域内では、低周波角速度センサ2に比重を置いて角速度を求めることになる。
【0038】
一方、高周波角速度センサ3による角速度観測値に乗じる周波数重みWARSは、下式(2)のように与える。
【0039】
【数1】
【0040】
ここで、FLPはローパス特性をもつ伝達特性で、FLP/FARSがプロパーな伝達関数となるように定める。先の図4に示した高周波角速度センサ3では、低周波で二次のハイパス特性、高周波で一次のローパス特性をもつので、FLPの一例として、二次のローパス特性をもった下式(3)の伝達特性を用いることができる。
【0041】
【数2】
【0042】
ここで、sはラプラス演算子、ζは1/√2、ωは高周波角速度センサ3の観測帯域上限(先の図4の場合、2π×1000rad/s程度に相当)に対応する角周波数である。
【0043】
相補フィルタ部6は、図6に示すように、これらの周波数重みWIRUと、周波数重みWARSを、それぞれ低周波角速度センサ2による角速度観測値と、高周波角速度センサ3による角速度観測値に乗じ、それらの和をとって角速度を出力する。
【0044】
このとき、相補フィルタ部6から出力される角速度の伝達特性FMIXは、近似的に下式(4)のように求めることができる。
【0045】
【数3】
【0046】
ここで、伝達特性FAAとFLPは、どちらもローパス特性をもつが、一般に、FAA(アンチエリアスフィルタ)の帯域の方が、FLP(高周波角速度センサ3の観測帯域から決まる伝達特性)の帯域よりも狭い。このため、相補フィルタ部6から出力される角速度の伝達特性は、FAAとほぼ同じ帯域をもち、直流から数100Hz程度の周波数成分をもった広帯域角速度が出力されることになる。
【0047】
図7は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における相補フィルタ部6の周波数重みWIRUとWARSの伝達特性(ゲインと位相)の一例を示す図である。より具体的には、先の図3、図4、図5の伝達特性を用いて設計した周波数重みWIRUとWARSの伝達特性を示している。
【0048】
また、図8は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における相補フィルタ部6により実現される角速度観測特性(ゲインと位相)と、低周波角速度センサ2により実現される角速度観測特性(ゲインと位相)との比較を示す図である。この図8において、細線が低周波角速度センサ2の伝達特性を示しており、太線が相補フィルタ部6により実現される角速度の伝達特性を示している。
【0049】
図8に示すように、本実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置を用いることで、直流から200Hz程度までの広帯域にわたって、平坦なゲイン特性と位相特性が実現されているのが分かる。さらに、ゲイン特性は1付近、位相特性は零に保たれていることが分かる。
【0050】
相補フィルタ部6により角速度を求める一方で、低周波姿勢決定部5では、姿勢センサ1と低周波角速度センサ2の観測データを用いて、衛星姿勢変動の直流から10Hz程度までの成分を決定する。
【0051】
図9は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における低周波姿勢決定部5の構成を示すブロック図である。この図9に示した低周波姿勢決定部5は、低周波角速度センサ2による角速度観測値に乗じる周波数重みWIRUとともに、姿勢伝播処理部51、および姿勢・ドリフトレート更新処理部52を備えて構成されている。
【0052】
低周波姿勢決定部5では、先ず、低周波角速度センサ2による角速度観測値に、周波数重みWIRUを乗じる。ここで、周波数重みWIRUは、上式(1)で示されるものであり、低周波角速度センサ2の伝達特性FIRUがもつ位相遅れの影響を補償するものである。
【0053】
次に、低周波姿勢決定部5内の姿勢伝播処理部51は、周波数重みWIRUにより補償された角速度を用いて、姿勢伝播処理(数値積分処理)を行い、姿勢伝播値を得る。
【0054】
次に、低周波姿勢決定部5は、姿勢伝播処理部51により得られた姿勢伝播値と、姿勢センサ1による姿勢観測値との偏差を求める。そして、低周波姿勢決定部5内の姿勢・ドリフトレート更新処理部52は、求めた偏差を用いて、姿勢伝播値と低周波角速度センサ2のドリフトレート推定値を更新し、更新後の姿勢を姿勢決定値として出力する。
【0055】
なお、ここで得られる姿勢決定値は、直流から10Hz程度までの周波数成分を含んだ姿勢決定値となる。また、上述したような低周波姿勢決定部5における一連の処理は、低周波角速度センサ2の伝達特性FIRUがもつ位相遅れの補償を除いて、通常の拡張カルマンフィルタと同じであり、その処理の詳細は、例えば、先の非特許文献1に記載されている。
【0056】
次に、広帯域姿勢決定部7は、低周波姿勢決定部5から得られる姿勢決定値と、相補フィルタ部6から得られる角速度を用いて、最終的な人工衛星の姿勢決定値を求める。この広帯域姿勢決定部7は、低周波姿勢決定部5と同様に、拡張カルマンフィルタを用いて構成される。
【0057】
図10は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置における広帯域姿勢決定部7の構成を示すブロック図である。この図10に示した広帯域姿勢決定部7は、姿勢伝播処理部71、および姿勢・ドリフトレート更新処理部72を備えて構成されている。
【0058】
先ず、広帯域姿勢決定部7内の姿勢伝播処理部71は、相補フィルタ部6で得られた角速度を用いて、姿勢伝播処理(数値積分処理)を行い、姿勢伝播値を得る。次に、広帯域姿勢決定部7は、この姿勢伝播値と、低周波姿勢決定部5から得られた姿勢決定値との偏差を求める。
【0059】
次に、広帯域姿勢決定部7内の姿勢・ドリフトレート更新処理部72は、求めた偏差を用いて、姿勢伝播値と相補フィルタ部6の出力する角速度に対するドリフトレート推定値を更新し、更新後の姿勢を、最終的な人工衛星の姿勢決定値として出力する。なお、ここで得られる姿勢決定値は、直流から数100Hz程度までの周波数成分を含んだ広帯域姿勢決定値となる。
【0060】
次に、本発明の人工衛星の姿勢決定装置と、姿勢センサ1と低周波角速度センサ2のみを用いた従来の人工衛星の姿勢決定装置との比較を、図面を用いて説明する。図11は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置と、従来の人工衛星の姿勢決定装置のそれぞれにおける伝達特性(ゲインと位相)の比較を示す図である。
【0061】
この図11において、細線が従来の人工衛星の姿勢決定装置の伝達特性を示しており、太線が本実施の形態1の人工衛星の姿勢決定装置の伝達特性を示している。図11に示すように、従来の姿勢決定装置より得られる姿勢決定値は、直流から10Hz程度までの周波数成分を含んだ低周波の姿勢決定値となる。また、従来の姿勢決定装置より得られる姿勢決定値は、直流から10Hz程度までの姿勢決定帯域内においても、位相特性は零に保たれないため、位相歪みによる姿勢決定誤差が生じる。
【0062】
一方、本実施の形態1の人工衛星の姿勢決定装置より得られる姿勢決定値は、直流から数100Hz程度までの周波数成分を含んだ広帯域の姿勢決定値となる。さらに、本実施の形態1の人工衛星の姿勢決定装置より得られる姿勢決定値は、位相特性も零付近に保持されるため、姿勢決定帯域内(直流から数100Hz程度まで)の誤差も小さく抑えられる。
【0063】
図12は、本発明の実施の形態1に係る人工衛星の姿勢決定装置と、従来の人工衛星の姿勢決定装置のそれぞれにおける姿勢決定値と姿勢決定誤差の比較の一例を示す図である。図12の上段が姿勢決定値、下段が姿勢決定誤差を示している。ここで、灰色太線が衛星の姿勢変動真値を表している。また、黒細線が従来の人工衛星の姿勢決定装置の結果を示しており、黒太線が本実施の形態1による人工衛星の姿勢決定装置の結果を示している。
【0064】
従来の人工衛星の姿勢決定装置では、直流から10Hz程度までの周波数成分の姿勢変動しか決定できない。このため、衛星姿勢変動に高周波成分が含まれると、それは姿勢決定誤差となって残る。
【0065】
しかしながら、本実施の形態1による人工衛星の姿勢決定装置では、直流から数100Hz程度までの周波数成分の姿勢変動を決定可能なため、姿勢決定誤差がより小さく抑えられていることがわかる。
【0066】
以上のように、実施の形態1によれば、低周波角速度センサによる角速度観測値と、高周波角速度センサによる角速度観測値をミキシングする相補フィルタ部を備えている。そして、相補フィルタ部から出力される角速度の観測特性は、姿勢決定の対象区間内の周波数域において、平坦なゲイン特性と位相特性をもち、ゲイン特性はローパス特性、位相特性は零を保持するように、各角速度センサの観測値に乗じる周波数重みが設計されている。
【0067】
ここで、低周波角速度センサと高周波角速度センサは、重複する観測帯域をもつが、低周波角速度センサの観測帯域内では、一般に低周波角速度センサの方が信頼性は高く、また伝達特性(ゲイン特性と位相特性)も素直である。そこで、相補フィルタ部は、低周波角速度センサの観測帯域内では、低周波角速度センサに比重を置いて角速度を求めている。
【0068】
この結果、従来の低周波角速度センサでは得られない直流から数100Hz程度までの周波数成分をもった広帯域の角速度を得ることができる。さらに、相補フィルタ部の出力する角速度の伝達特性は、上述したゲイン特性と位相特性をもつため、角速度の観測誤差が小さく抑えられ、高精度かつ広帯域な角速度が得られる。このようにして、高い信頼性を有する角速度を得ることができる。
【0069】
さらに、実施の形態1では、相補フィルタ部から得られる角速度と、低周波姿勢決定部から得られる姿勢決定値を用いて、拡張カルマンフィルタにより広帯域姿勢決定部を構成している。これにより、姿勢決定装置の伝達特性は、姿勢決定の対象区間内の周波数域において、平坦なゲイン特性と位相特性をもち、ゲイン特性は1付近、位相特性は零付近に保たれ、広帯域かつ高精度な姿勢決定値を得ることができる。
【0070】
さらに、低周波姿勢決定部では、低周波角速度センサの伝達特性の位相遅れ補償を行っている。このため、低周波角速度センサの観測帯域内の直流から10Hz程度までの周波数域において、高精度な姿勢決定値が得られる。そして、この姿勢決定値を用いて広帯域姿勢決定部を構成したため、低周波姿勢決定部において低周波角速度センサの伝達特性の位相遅れ補償を行わない場合に比べて、直流から10Hz程度までの周波数域における姿勢決定精度が向上する。
【0071】
実施の形態2.
本実施の形態2では、先の実施の形態1における図9とは異なる構成を備えた低周波姿勢決定部5について説明する。先の実施の形態1では、低周波姿勢決定部5において、周波数重みWIRUを用いることで、低周波角速度センサ2の伝達特性FIRUがもつ位相遅れの影響を補償する場合について説明した。しかしながら、本発明は、このような構成に限定されるものではない。
【0072】
図13は、本発明の実施の形態2に係る人工衛星の姿勢決定装置における低周波姿勢決定部5の構成を示すブロック図である。この図13に示した低周波姿勢決定部5は、姿勢伝播処理部51、および姿勢・ドリフトレート更新処理部52を備えて構成されている。先の実施の形態1における図9の構成と比較すると、図13の構成は、低周波角速度センサ2による角速度観測値に乗じる周波数重みWIRUを備えていない点が異なっている。
【0073】
この図13に示すように、低周波姿勢決定部5は、位相遅れ補償なしの通常の拡張カルマンフィルタで構成することも可能である。あるいは、拡張カルマンフィルタを用いずに、姿勢センサ1の観測値を、そのまま低周波姿勢決定部5の出力とすることも可能である。
【0074】
このような構成を採用することによっても、広帯域姿勢決定部7において、先の実施の形態1と同じく、直流から数100Hz程度までの広帯域の姿勢決定値が得られる特徴は保持したまま、低周波姿勢決定部5における計算負荷を軽減することが可能となる。
【0075】
以上のように、実施の形態2によれば、低周波姿勢決定部5による計算負荷を軽減した上で、先の実施の形態1と同様に、直流から数100Hz程度までの広帯域の姿勢決定値が得られる効果を実現することができる。
【符号の説明】
【0076】
1 姿勢センサ、2 低周波角速度センサ、3 高周波角速度センサ、4 アンチエリアスフィルタ、5 低周波姿勢決定部、6 相補フィルタ部、7 広帯域姿勢決定部、51 姿勢伝播処理部、52 姿勢・ドリフトレート更新処理部、71 姿勢伝播処理部、72 姿勢・ドリフトレート更新処理部。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工衛星の直流から低周波成分までの姿勢変動を姿勢観測値として観測する姿勢センサと、
人工衛星の直流から低周波成分までの角速度を低周波角速度観測値として観測する低周波角速度センサと、
人工衛星の低周波から高周波成分までの角速度を高周波角速度観測値として観測する高周波角速度センサと
が搭載された人工衛星から、前記各センサの観測データを取得し、前記人工衛星の姿勢決定値を出力する人工衛星の姿勢決定装置であって、
前記姿勢センサによる前記姿勢観測値と、前記低周波角速度センサによる前記低周波角速度観測値を用いて、人工衛星の直流から低周波成分までの姿勢変動を低周波姿勢決定値として求める低周波姿勢決定部と、
前記低周波角速度センサによる前記低周波角速度観測値と、前記高周波角速度センサによる前記高周波角速度観測値とをミキシングして、人工衛星の直流から高周波成分までの角速度を広帯域角速度として求める相補フィルタ部と、
前記低周波姿勢決定部で求めた前記低周波姿勢決定値と、前記相補フィルタ部で求めた前記広帯域角速度とを用いて、人工衛星の直流から高周波成分までの姿勢変動を広帯域姿勢決定値として求める広帯域姿勢決定部と
を備え、
前記相補フィルタ部は、前記広帯域角速度の伝達特性が、ゲイン特性としてはローパス特性を有し、位相特性としては零位相特性を有し、前記ローパス特性の遮断周波数を、前記低周波角速度センサによる前記低周波角速度観測値の観測帯域と、高周波角速度センサによる前記高周波角速度観測値の観測帯域とを包含する直流から高周波までの周波数区間内に設定することで、前記広帯域角速度を求める
ことを特徴とする人工衛星の姿勢決定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の人工衛星の姿勢決定装置において、
前記相補フィルタ部は、前記低周波角速度センサによる前記低周波角速度観測値に対して、前記低周波角速度センサの既知の伝達特性を用いて位相遅れ補償を行い、低周波角速度観測値として位相遅れ補償後の値を用いて前記広帯域角速度を求める
ことを特徴とする人工衛星の姿勢決定装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の人工衛星の姿勢決定装置において、
前記低周波姿勢決定部は、前記低周波角速度センサによる前記低周波角速度観測値に対して、前記低周波角速度センサの既知の伝達特性を用いて位相遅れ補償を行い、低周波角速度観測値として位相遅れ補償後の値を用いて前記低周波姿勢決定値を求める
ことを特徴とする人工衛星の姿勢決定装置。
【請求項4】
請求項1または2に記載の人工衛星の姿勢決定装置において、
前記低周波姿勢決定部は、前記姿勢観測値と前記低周波角速度観測値とを用いて前記低周波姿勢決定値を求める代わりに、前記姿勢観測値をそのまま前記低周波姿勢決定値として求める
ことを特徴とする人工衛星の姿勢決定装置。
【請求項5】
人工衛星の直流から低周波成分までの姿勢変動を姿勢観測値として観測する姿勢センサと、
人工衛星の直流から低周波成分までの角速度を低周波角速度観測値として観測する低周波角速度センサと、
人工衛星の低周波から高周波成分までの角速度を高周波角速度観測値として観測する高周波角速度センサと
が搭載された人工衛星から、前記各センサの観測データを取得し、前記人工衛星の姿勢決定値を算出する人工衛星の姿勢決定方法であって、
前記姿勢センサによる前記姿勢観測値と、前記低周波角速度センサによる前記低周波角速度観測値を用いて、人工衛星の直流から低周波成分までの姿勢変動を低周波姿勢決定値として求める第1ステップと、
前記低周波角速度センサによる前記低周波角速度観測値と、前記高周波角速度センサによる前記高周波角速度観測値とをミキシングして、人工衛星の直流から高周波成分までの角速度を広帯域角速度として求める第2ステップと、
前記第1ステップで求めた前記低周波姿勢決定値と、前記第2ステップで求めた前記広帯域角速度とを用いて、人工衛星の直流から高周波成分までの姿勢変動を広帯域姿勢決定値として求める第3ステップと
を備え、
前記第2ステップは、前記広帯域角速度の伝達特性が、ゲイン特性としてはローパス特性を有し、位相特性としては零位相特性を有し、前記ローパス特性の遮断周波数を、前記低周波角速度センサによる前記低周波角速度観測値の観測帯域と、高周波角速度センサによる前記高周波角速度観測値の観測帯域とを包含する直流から高周波までの周波数区間内に設定することで、前記広帯域角速度を求める
ことを特徴とする人工衛星の姿勢決定方法。
【請求項1】
人工衛星の直流から低周波成分までの姿勢変動を姿勢観測値として観測する姿勢センサと、
人工衛星の直流から低周波成分までの角速度を低周波角速度観測値として観測する低周波角速度センサと、
人工衛星の低周波から高周波成分までの角速度を高周波角速度観測値として観測する高周波角速度センサと
が搭載された人工衛星から、前記各センサの観測データを取得し、前記人工衛星の姿勢決定値を出力する人工衛星の姿勢決定装置であって、
前記姿勢センサによる前記姿勢観測値と、前記低周波角速度センサによる前記低周波角速度観測値を用いて、人工衛星の直流から低周波成分までの姿勢変動を低周波姿勢決定値として求める低周波姿勢決定部と、
前記低周波角速度センサによる前記低周波角速度観測値と、前記高周波角速度センサによる前記高周波角速度観測値とをミキシングして、人工衛星の直流から高周波成分までの角速度を広帯域角速度として求める相補フィルタ部と、
前記低周波姿勢決定部で求めた前記低周波姿勢決定値と、前記相補フィルタ部で求めた前記広帯域角速度とを用いて、人工衛星の直流から高周波成分までの姿勢変動を広帯域姿勢決定値として求める広帯域姿勢決定部と
を備え、
前記相補フィルタ部は、前記広帯域角速度の伝達特性が、ゲイン特性としてはローパス特性を有し、位相特性としては零位相特性を有し、前記ローパス特性の遮断周波数を、前記低周波角速度センサによる前記低周波角速度観測値の観測帯域と、高周波角速度センサによる前記高周波角速度観測値の観測帯域とを包含する直流から高周波までの周波数区間内に設定することで、前記広帯域角速度を求める
ことを特徴とする人工衛星の姿勢決定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の人工衛星の姿勢決定装置において、
前記相補フィルタ部は、前記低周波角速度センサによる前記低周波角速度観測値に対して、前記低周波角速度センサの既知の伝達特性を用いて位相遅れ補償を行い、低周波角速度観測値として位相遅れ補償後の値を用いて前記広帯域角速度を求める
ことを特徴とする人工衛星の姿勢決定装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の人工衛星の姿勢決定装置において、
前記低周波姿勢決定部は、前記低周波角速度センサによる前記低周波角速度観測値に対して、前記低周波角速度センサの既知の伝達特性を用いて位相遅れ補償を行い、低周波角速度観測値として位相遅れ補償後の値を用いて前記低周波姿勢決定値を求める
ことを特徴とする人工衛星の姿勢決定装置。
【請求項4】
請求項1または2に記載の人工衛星の姿勢決定装置において、
前記低周波姿勢決定部は、前記姿勢観測値と前記低周波角速度観測値とを用いて前記低周波姿勢決定値を求める代わりに、前記姿勢観測値をそのまま前記低周波姿勢決定値として求める
ことを特徴とする人工衛星の姿勢決定装置。
【請求項5】
人工衛星の直流から低周波成分までの姿勢変動を姿勢観測値として観測する姿勢センサと、
人工衛星の直流から低周波成分までの角速度を低周波角速度観測値として観測する低周波角速度センサと、
人工衛星の低周波から高周波成分までの角速度を高周波角速度観測値として観測する高周波角速度センサと
が搭載された人工衛星から、前記各センサの観測データを取得し、前記人工衛星の姿勢決定値を算出する人工衛星の姿勢決定方法であって、
前記姿勢センサによる前記姿勢観測値と、前記低周波角速度センサによる前記低周波角速度観測値を用いて、人工衛星の直流から低周波成分までの姿勢変動を低周波姿勢決定値として求める第1ステップと、
前記低周波角速度センサによる前記低周波角速度観測値と、前記高周波角速度センサによる前記高周波角速度観測値とをミキシングして、人工衛星の直流から高周波成分までの角速度を広帯域角速度として求める第2ステップと、
前記第1ステップで求めた前記低周波姿勢決定値と、前記第2ステップで求めた前記広帯域角速度とを用いて、人工衛星の直流から高周波成分までの姿勢変動を広帯域姿勢決定値として求める第3ステップと
を備え、
前記第2ステップは、前記広帯域角速度の伝達特性が、ゲイン特性としてはローパス特性を有し、位相特性としては零位相特性を有し、前記ローパス特性の遮断周波数を、前記低周波角速度センサによる前記低周波角速度観測値の観測帯域と、高周波角速度センサによる前記高周波角速度観測値の観測帯域とを包含する直流から高周波までの周波数区間内に設定することで、前記広帯域角速度を求める
ことを特徴とする人工衛星の姿勢決定方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2012−240433(P2012−240433A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−109136(P2011−109136)
【出願日】平成23年5月16日(2011.5.16)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年5月16日(2011.5.16)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】
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