説明

人形用毛髪

【課題】風合いに優れ、且つ、人間の体温で安全且つ簡便にカールの付与、および、保持、あるいは、その解除など、所謂ヘアスタイリングを楽しむことが出来る人形用毛髪を安価且つ安定的に供給する
【解決手段】形状記憶性能を有し且つその変形/回復(ガラス転移)温度を35〜45℃の範囲に有するポリウレタン樹脂からなる成分Aが芯部に、成分Aの変形回復温度近傍にガラス転移点を有する共重合ポリブチレンテレフタレート樹脂からなる成分Bが鞘部に配せられた、芯部含有率が30wt%〜60wt%の範囲にある芯鞘型複合繊維からなる人形用毛髪を調製した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人形、子供用玩具などに用いられる人工毛髪において、人間の体温で安全且つ簡便にスタイリングが出来、且つ、天然人毛に近い風合いを有する人工毛髪に関する。
【背景技術】
【0002】
人形用の人工毛髪としては、アクリロニトリルと塩化ビニルからなる人形用毛髪が開発され(特許文献1)、ポリプロピレン或いはナイロンを用いた人形用毛髪が汎用されている。しかし、これらは、剛性が高く人形の頭部に植毛すると逆立った状態になるため、頭部の形状に沿って垂れ下がった状態を形成するためには熱処理を施す必要があった。また、これらの人工毛髪においては、光沢感やカール性の改良が謳われているが、カール、ウエーブ、クリンプ等の賦形効果を発現させそれを維持するためには高温加熱処理が必要で、各種熱的危険性に加え、煩雑な手間を要するという問題があり、玩具として幼児等が使用する場合、安全かつ簡便にヘアスタイリング遊びを行うことが出来ないという欠点があった。
【0003】
これらの問題の改善を目的として、熱可塑性樹脂と、ガラス転移温度が特定範囲にある熱可塑性重合体を特定の割合で溶融ブレンドしてなる温度依存性−賦形性材料を成形した人工毛髪が提案されている(特許文献2、特許文献3、特許文献4)。これらの人工毛髪は、高温加熱を要さず、生活温度域での加熱手段(概ね50℃以下)による賦形を可能としており、高温加熱手段による煩雑性や危険性が回避されている。しかし、これらの人形用毛髪は、カール等の変形形態の常温下での保持時間が短く、お気に入りのヘアスタイルを長時間保持しておくという機能を果たすことが出来ないという欠点があった。上記問題を改善するために、上記のブレンド樹脂からなるフィラメントの繊維径を太くし、断面二次モーメントを増大させ、形状保持力を向上させるという手段〈特許文献5〉が、更に、上記ブレンド樹脂からなるフィラメント相互を組紐や編み紐とすることによって、同様に形状保持力を向上させるという手段が開示されている(特許文献6)が、繊維径が人毛の80〜100μm(50〜90dtex相当)と比較して著しく太く、風合いに劣るという欠点があった。
【特許文献1】特公平5−76880号公報
【特許文献2】特開平10−1545号公報
【特許文献3】特開平10−118341号公報
【特許文献4】特開2000−178833号公報
【特許文献5】特許3756278号公報
【特許文献6】特開2006−28700号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明では、風合いに優れ、且つ、人間の体温で安全且つ簡便にカールを付与,保持し、一方ではその容易な解除など、所謂ヘアスタイリングを楽しむことが出来る人形用毛髪を提供することを目的とする。
上記目的を達成するために、本発明者等は鋭意検討した結果、ベースとなる樹脂として形状記憶性を有し且つその変形/回復温度(ガラス転移温度に相当)が体温近傍に存在するポリウレタン系樹脂に着目した。ポリウレタン系樹脂のみからなる繊維は、低強力、高伸度などの力学的な欠点、ギラツキ、ベトツキなどの風合い的な欠点、そして、膠着などの製造上の欠点などを有するが、形状記憶性ポリウレタンを用いた成分Aと形状記憶性ポリウレタンの変形/回復温度近傍にガラス転移点を有するイソフタル酸ユニットを有する共重合ポリブチレンテレフタレート樹脂を用いた成分Bとを芯鞘状に複合、繊維化したところ驚くべき効果が得られ、上記目的が達せられることを見出し本発明に至った。
【課題を解決するための手段】
【0005】
すなわち本発明は、形状記憶性能を有するポリウレタン樹脂からなる成分Aが芯部に、
成分Aのガラス転移温度近傍にガラス転移温度を有するイソフタル酸ユニットを有する共
重合ポリブチレンテレフタレート樹脂からなる成分Bが鞘部に配せられた芯鞘型繊維より
なる人形用毛髪に係る。繊維中の成分Aの含有率は、30wt%〜60wt%の範囲であり、成分Aのガラス転移温度は35〜45℃の範囲である。該人形用毛髪は、人体体温近傍温度30〜40℃の範囲で、カールの付与及びその保持、或いは解除が繰り返し可能である。本発明による人形用毛髪は、形状記憶性能を有するポリウレタン樹脂からなる成分Aを芯部とし、成分Aの変形/回復(ガラス転移)温度近傍にガラス転移温度を有するイソフタル酸ユニットを有する共重合ポリブチレンテレフタレート樹脂からなる成分Bが鞘部となるように溶融紡糸法を用い延伸倍率2〜3倍にて紡糸することにより製造される。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、風合いに優れた人形の毛髪に、人間の体温で安全且つ簡便にカールを付与、保持し、一方ではその解除を繰り返し行うことを可能とし、所謂ヘアスタイリングを幼児にも安全に楽しむことが出来る玩具としての人形用毛髪を得ることができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明は、人間の体温で、自在にヘアスタイリングを楽しめるという機能の付与を一つの目的としている。このためには、体温近傍の温度を境にして形状の付与、保持、あるいは、その解除が出来る状況を作り出すことが必要である。この機能は、汎用の樹脂だけでは作り出すことが出来ず、形状記憶性能を有する樹脂の使用が必要である。形状記憶性能を有する樹脂としては、ポリウレタン系樹脂、超高分子量ポリエチレン、ポリイソプレン系樹脂、そして、スチレン−ブタジエン系共重合体、さらに、ポリノルボルネン系樹脂などを挙げることができる。このうち、ポリイソプレン系樹脂、及び、スチレン−ブタジエン系共重合体は、形状変形/回復温度(即ちガラス転移温度)が、それぞれ67℃、60℃〜90℃と体温より高く、本発明の目的との整合性を得ることが出来ない。ポリノルボルネン系樹脂は、形状変形/回復温度は35℃前後であり、体温での変形等は可能であるが、超高分子量体であるため成形性に難がある。
【0008】
上記樹脂のうち、超高分子量ポリエチレン、および、ポリウレタン系樹脂について検討すると、本発明の応用対象物は毛髪であるため、成形方法、風合い等を勘案すると、成形された樹脂の形状は繊維状でなければならない。超高分子量ポリエチレンを使用すると、得られた繊維は、針金の如き外観となり風合いの面で好ましくなく、本発明の目的との整合性が得られなくなる。
一方、ポリウレタン系樹脂の場合、樹脂の入手が容易で、価格も比較的安価である。形状回復温度は、室温近傍から120℃程度まで任意に設定できるため、体温での変形が可能である。そして、成形性にも優れている。しかも、得られる繊維もしなやかである。よって、本発明の基本的要件を満たしており、形状記憶樹脂としては、必然的にポリウレタン系樹脂が好ましい。なお、本発明に用いられる形状記憶性能を有するポリウレタン系樹脂としては、エーテル系、エステル系、及び、エーテル−エステル系の何も使用出来、一種、あるいは二種以上の混合物としても使用出来る。
しかし、形状記憶ポリウレタンを単独で使用した場合、低強力、高伸度という力学的な欠点、得られる繊維のギラツキやべとべとした触感という風合い的な欠点、そして、繊維巻糸体の膠着という製造上の欠点が発生する。このため、ゴム弾性を有さず、強度を確保でき、また、伸びも小さく、そして、比較的摺動性に優れる物質との複合化が必要となる。そのための最良の形態が、本発明で示す芯鞘複合繊維である。
【0009】
複合化として、最も簡便な方法としては、溶融ブレンドによる疑似一成分化が考えられるが、形状記憶樹脂は、強固な分子内、及び、分子間での相互作用に基づくミクロ相分離構造を有するため、ブレンドによる疑似一成分化が比較的困難である。また、ブレンド出来たとしても、分子内、及び、分子間での相互作用によって性能が担保されているため、混合スケールによって性質が大きく変わってしまうケースが多く好ましくない。芯鞘複合構造、あるいは、海島複合構造の繊維を紡糸するのであれば、ノズル部で両者の溶融ポリマーを合流させるだけで済むため簡便である上、複合形態がマクロなサイズであるため、機能の制御が比較的容易であり好ましい。特に、芯鞘複合構造は、ノズル製造コストや操業安定性の面からより好ましく、最良の形態であるといえる。形状記憶樹脂は芯鞘複合糸の芯部に配せられなければならない。
【0010】
以上の理由により、本発明における形状記憶性能を有するポリウレタン樹脂からなる成分Aを芯部に配する芯鞘型の2成分複合繊維という概念に到達した。ただし、成分Aは、ポリウレタン系樹脂であれば、組成に関する制限は特にないが、形状変化/回復温度は30〜45℃の範囲でなければならない。この温度範囲を超えると、体温で変形させることが出来なくなってしまい、逆にこの温度範囲を下回ると、体温により変形させても、室温が形状回復温度と近接、あるいは、それ以上となってしまうため、形状の保持が出来ず、本発明の目的と合致しなくなってしまうので好ましくない。
【0011】
次に、本発明の芯鞘複合構造糸の鞘部、即ち成分Bについて説明する。成分Bには、上述に加え、該当樹脂のガラス転移点が、体温以下、あるいは、その近傍に存在し、しかも、ポリウレタン系樹脂との界面剥離を生じないという特性が求められる。以上を考慮すると、成分Bとしては、極性基を有し且つガラス転移点を成分Aの変形/回復(ガラス転移)温度近傍に有するイソフタル酸ユニットを有する共重合ポリブチレンテレフタレート(以下PBTという)が好ましい。
【0012】
成分Bとしてポリエチレンテレフタレートやポリプロピレンテレフタレートを使用した場合、押出温度がポリウレタンの押出温度よりも高いため、ノズル部の温度をウレタンに合わせると押出が出来ず、逆にこれらポリエステル系樹脂に合わせるとポリウレタンが分解し、発泡等を生じ、安定操業が出来ないため好ましくない。また、樹脂のガラス転移温度が体温よりも遙かに高温であるため、十分なカール性能を得ることが出来ない。共重合体であっても、ガラス転移温度が高い上、十分な力学的強度を得るために高度な延伸が必要となり、不適である。通常のPBTでは、ガラス転移点が40℃〜60℃であるため、好適な重合物を選択すればこの点からは使用に供しうるが、共重合系でない場合、押出温度がポリウレタンの押出温度よりも高いため、上記と同様の理由から使用することは出来ない。
ポリアミド系の樹脂は、ガラス転移点が体温以下、あるいは、近傍であるものの、汎用のナイロン−6やナイロン6,6では押出温度の問題により、上記同様の理由で使用に適さない。また、ナイロン−12などを使用すると、非常に風合いの良い繊維を得ることが出来るが、ポリアミド系繊維に特有の一度形態を付与すると変形しにくくなる現象が発生し、十分なカールの付与、および、保持、あるいは、その解除性能を得ることが出来ないため、やはり使用に適さない。
【0013】
一方、イソフタル酸ユニットを有する共重合PBTを使用すれば、ポリウレタンと同程度の押出温度を有する共重合組成が存在するため、上記の様な成形時のトラブルが回避できる。また、厳密には結晶化度によって多少異なるものの、ガラス転移温度が概ね25℃〜45℃程度の範囲にあり、ウレタンの形状変化/回復温度とほぼ同程度であるため、非常に好ましい。即ち、本発明の目的を満足することが出来るのは、イソフタル酸ユニットを有する共重合PBTのみであると言える。なお、PBT樹脂単独使用によって得た糸は、体温により方向付け(周期の長い非常に緩やかなクセ付け)、および、保持、あるいは、その解除は出来るものの、周期の短いカールなどには対応できず、自在性に劣る。このことは、複合化が必要であることの裏付けとも言える。この時、成分Bに該当するイソフタル酸ユニットを有する共重合PBTの融点は185℃以下であることが好ましい。185℃を超えると溶融温度がウレタンの分解温度に到達するため、ノズル部でウレタンが分解するため好ましくない。
【0014】
次に、本発明の人形用毛髪の製造方法について説明する。本発明の芯鞘複合繊維は、複合繊維用紡糸口金を用い、通常の溶融紡糸法によりモノフィラメント、またはマルチフィラメントとして製造することが出来るが、芯鞘複合比率としては、複合繊維における成分Aの含有率が系の30重量%〜60重量%の範囲を外してはならない。芯部含有率が30重量%未満の場合、形状記憶樹脂量の低下によって、カールの付与、保持、および、解除性能が低下するため、十分な品質を確保できず、逆に60%を超えると紡糸安定性が低下し、断糸等のトラブルが多発するため好ましくない。
【0015】
押出機、ギアポンプ、口金などの温度を適宜調整して溶融紡糸した後は、糸条をガラス転移点以下まで冷却し、引き取ることで未延伸糸が得られる。得られた未延伸糸は延伸を受けるが、延伸は直接紡糸延伸法、及び、二工程法の何れでも良い。また、延伸手法も一段延伸法、及び、多段延伸法の何れも使用出来る。ただし、延伸倍率は、2〜3倍の範囲の範囲であることが好ましい。延伸倍率がこの範囲を下回る場合、カール性能は非常に良好であるが、強度が確保できない上、ゆっくりと引っ張ると繊維が伸び、そのまま回復しなくなるため、満足な品質を確保できない。一方、延伸倍率がこの範囲を超えると、強度の高い繊維が得られるが、カールの付与、および、保持性能が低下し、満足な品質を確保できないので好ましくない。延伸、セット、及び緩和工程における繊維の加熱方法は、加熱ローラー、ヒートプレート、スチームジェット、温水槽などを使用すること、あるいは、これらを適宜併用することが出来る。繊維表面には本発明の目的を損なわない範囲で油剤などを塗布することが出来る。
【0016】
得られる複合繊維の繊度は、55dtex〜77dtexの範囲であることが好ましい。繊度がこの範囲を下回る場合、カール性能は非常に良好であるが、繊維が細くなりすぎて見た目の風合いが悪化し、逆にこの範囲を超えるとカールの付与、および、保持性能が低下し、何れも満足な品質を確保できないため、好ましくない。尚、人毛は、ほぼ50〜90dtex程度の太さを有する。
【0017】
更に、本発明の人形用毛髪の製造において、毛髪の性能、及び、機能をより向上させるために、本発明の目的を損なわない範囲で、第三成分、例えば、無機充填剤、顔料、滑剤、柔軟剤、酸化防止剤、耐候安定剤、帯電防止剤、難燃剤、消臭剤、抗菌剤、マイナスイオン除法剤、電磁波遮蔽剤、防虫・忌避剤、芳香剤などの各種機能材を添加することや該機能を後加工によって付与することが出来る。
【実施例】
【0018】
以下、実施例に基づき本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら制限されるものではない。なお、実施例中の特性は、以下の評価方法により求めた。
(1) 引張強力(g)、伸度(%):定速伸張型引張試験機(東洋ボールドウィン社製テンシロンRTA)を用い、試料長20cm、掴み間隔5cm、引張速度200m/分で伸張し、切断時の荷重値(g)を平均繊度(dtex)で除して得た値の平均値を引張強力(g/dtex)として、切断時の伸張率(%)の平均値を伸度(%)として採用した。これらの処方においては何れも測定回数を10回とした。
(2) 紡糸性:生産量100Kgに対して発生した糸切れ回数を測定した。
(3) 見た目の風合い:長さ30cm、重量15gの毛束を作成し、湿度60%、温度25℃の室内で一昼夜放置したものにつき、10名の判定者が目視観察で毛束のツヤを5段階で評価した(平均スコアを採用)。2点:人毛に類似、1点:やや人毛に類似、0点:どちらとも言えない、−1点:合繊感が強い、−2点:ギラツキ
【0019】
(4) 触感:長さ30cm、重量15gの毛束を作成し、湿度60%、温度25℃の室内で一昼夜放置したものにつき、10名の判定者が手で触れ、その触感を5段階で評価した(平均スコアを採用)。2点:サラサラ、1点:良好、0点:どちらとも言えない、−1点:ややベタ付く、−2点:ベタベタ
(5) ブラッシング性:長さ30cm、重量15gの毛束を作成し、湿度60%、温度25℃の室内で一昼夜放置したものにつき、10名の判定者が手で触れ、市販の櫛で梳かし、その櫛通りを、5段階で評価した(平均スコアを採用)。2点:非常にスムース、1点:スムース、0点:やや引っかかるが問題ない、−1点:引っかかる、−2点:通らない
(6) カール性(変形性):長さ30cmの繊維18本で毛束を構成し、毛束を湿度60%、温度25℃の室内で一昼夜放置した。その後、毛束を直径1cmのプラスチック製の丸棒に巻き付け、1分間、手で握った後、棒から取り外したものについて10名の判定者が5段階で評価した(平均スコアを採用)。2点:非常に良い、1点:良い、0点:許容範囲、−1点:悪い、−2点:非常に悪い
【0020】
(7) 形状保持性:(6)のカール性の評価に於いて許容範囲以上の評価を得た毛束を湿度60%、温度25℃の室内で一昼夜放置し、その後の形状が崩れていないことを10名の判定者が三段階で評価した。○:カールが保持されている、△:多少崩れているが許容範囲、×:カールが崩れている
(8) 解除性/再変形性:(7)で許容範囲以上の評価を得た毛束の片端を金属製のネットに固定し、フリーの片端に、重りをカールがなくなる様につり下げ、35℃のオーブン中で1分間加熱した。加熱後の毛束をオーブンから取り出し、重りを取り外した後、毛束からカールが消失しているか否かを10名の判定者が判定した。○:カールがほとんど消失し、新たな形状(この場合は直線)が付与されている、△:カールが多少残っているが、ほとんど消失しており許容範囲、×:カールが残っており、新たな形状の付与がなされていない。
【0021】
〔実施例1〕
<芯鞘複合糸における芯鞘比率の検討>
成分A(芯部)として形状記憶性ポリウレタン(ディアプレックス社製のDIARY−MM3520、変形/回復温度35℃)に対し、ステアリン酸カルシウム100ppm(phrで計算)を混合したものを使用した。成分B(鞘部)としてイソフタル酸共重合PBT(ポリプラスチックス社製、Duranex400LP、融点170℃)に対し、ブロンズの顔料を1phr混合し、常法に従ってマスターバッチ化したものを使用した。成分Aは、70℃で12時間除湿乾燥した後、エクストルーダーAに供給して、170℃から220℃に昇温しながら芯成分として溶融、押出した。成分Bは、100℃で12時間除湿乾燥した後、エクストルーダーBに供給して、170℃から200℃に昇温しながら鞘成分として溶融、押出した。芯成分の含有率が30wt%(試料1)、40wt%(試料2)、50wt%(試料例3)、及び60wt%(試料4)となる様に、それぞれのエクストルーダー、及びギアポンプの回転数を調整し、両者を205℃に加熱した直径1.0mm、紡糸口数36個の同心円状に配された芯鞘複合口金から紡出し、紡糸筒での冷却、油剤付与、90℃の加熱ローラーを使用した延伸、緩和工程を経て巻き取ることにより、繊度66dtexの芯鞘複合繊維巻糸体を得た。なお、この時の総延伸倍率は2.5倍とした。
得られた巻糸体は、所定の温湿度にキープされた室内で一昼夜放置した後、各種評価試験に供した。その結果は表1にまとめた。得られた人形用毛髪は、何れもナチュラルな風合いを有し、体温、および体温近傍温度での自在なヘアスタイリングが可能であり、満足できる品質であった。
【0022】
【表1】

【0023】
[参考例1]
<芯鞘複合糸における芯鞘比率の検討>
比較のため、実施例1と同様の条件で、芯成分の含有率を0wt%(試料5)、20wt%(試料6)、70wt%(試料7)、及び100wt%(試料8)とした系についても紡糸し、各種評価試験に供した。但し、芯成分含有率0wt%の系はエクストルーダーAをエクストルーダーBと同一の温度条件とし、芯成分含有率100wt%の系では、エクストルーダーBをエクストルーダーAと同一の温度条件とした。試料5〜8に対する各種評価試験は、表2にまとめた。試料5〜8は、本発明において指定の範囲から外れる系である。上記範囲よりも芯成分の少ない試料5、及び試料6は、カール性能が悪化して満足な品質を確保できず、逆に上記範囲よりも芯成分の多い試料7では、カール性能には優れていたものの紡糸安定性の低下が発生し、製造に困難を生じた。鞘成分のない試料8では、断糸の多発、力学強度バランスの悪化、さらに、見た目、触感、櫛通り性能など、風合いも非常に悪くなり、満足な品質を確保できなかった。以上により、芯鞘複合糸に於ける芯鞘比率が本願で規定する範囲を外れた場合、本願の目的を満足する人形用毛髪を調製することが出来ないことが判明した。
【0024】
【表2】

【0025】
〔実施例2〕
<成分Aの変形/回復(ガラス転移)温度の比較>
成分Aの変形/回復温度を25℃とした試料9(DIARY−MM2520使用)、45℃とした試料10(DIARY−MM4520使用)、及び55℃とした試料11(DIARY−MM5520使用)について、芯含有率を50wt%で固定した以外は、実施例1と同様の方法で人形用毛髪を得た。得られた試料を用いて実施例1と同様に評価試験を実施し、その結果を表3に示した。変形/回復温度が35℃〜45℃の範囲内にある試料10は、ナチュラルな風合いを有し、体温による自在なヘアスタイリングが可能であり、満足できる品質であった。しかし、変形/回復温度が室温と同程度の試料9、及び変形/回復温度が体温よりも遙かに高い試料11では、カール性能が損なわれ、満足な品質を確保できなかった。
【0026】
【表3】

【0027】
〔実施例3〕
<繊維の総延伸倍率の比較>
芯含有率を50wt%とし、総延伸倍率を1.1倍(試料12)、2倍(試料13)、2.7倍(試料14)、及び3.2倍(試料15)とした以外は、実施例1と同様の方法で人形用毛髪を得た。得られた試料を用いて実施例1と同様に評価試験を実施し、その結果を表4に示した。総延伸倍率が2倍〜3倍の範囲にある試料13、及び試料14はナチュラルな風合いを有し、体温による自在なヘアスタイリングが可能であり、満足できる品質であった。総延伸倍率が上記範囲を下回る試料12ではカール性能、カール保持性はよいものの、力学性能が著しく悪化し、風合いもかなり低下した。更に、再変形性評価の際に、糸が不自然に伸びてしまうという現象も見られ、満足な品質を得られなかった。逆に延伸倍率が上記範囲を上回る試料15では、風合い面では特に問題はなかったが、紡糸安定性とカール性能が大きく悪化し、満足な品質を確保できなかった。
【0028】
【表4】

【0029】
〔実施例4〕
<繊度の比較>
芯含有率を50wt%とし、平均繊度を44dtex(試料16)、55dtex(試料17)、77dtex倍(試料18)、及び88dtex(試料19)とした以外は、実施例1と同様の方法で人形用毛髪を得た。得られた試料を用いて実施例1と同様に評価試験を実施し、その結果を表5に示した。平均繊度が55dtexから77dtexの範囲にある試料20、及び試料21は、ナチュラルな風合いを有し、体温による自在なヘアスタイリングが可能であり、満足できる品質であった。上記範囲より細い試料16はやや猫毛感があり、見た目細すぎるという評価が、上記範囲より太い試料19ではやや剛毛感が強い上、熱伝導率の関係からかカール性能が悪化するという評価が下され、何れも十分に満足できるものではなく、繊維の太さにも最適な範囲があることがわかった。
【0030】
【表5】

【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明によれば、風合いに優れ、且つ、人間の体温で安全且つ簡便にカールの付与、および、保持、あるいは、その解除など、所謂ヘアスタイリングを楽しむことが出来る人形用毛髪が得られる。このため、子供用玩具をはじめとする人形は勿論、ヘアウィッグ、エクステンションなどの頭飾製品群などにも好適に使用することが出来る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
形状記憶性能を有するポリウレタン樹脂からなる成分Aが芯部に、成分Aのガラス転移温度近傍にガラス転移温度を有するイソフタル酸ユニットを有する共重合ポリブチレンテレフタレート樹脂からなる成分Bが鞘部に配せられた芯鞘型繊維よりなる人形用毛髪。
【請求項2】
該繊維中の成分Aの含有率が、30重量%〜60重量%の範囲であることを特徴とする請求項1に記載の人形用毛髪。
【請求項3】
成分Aのガラス転移温度が30〜45℃の範囲であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の人形用毛髪。
【請求項4】
人体体温近傍温度30〜40℃の範囲で、カールの付与及びその保持、或いは解除が繰り返し可能であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の人形用毛髪。
【請求項5】
形状記憶性能を有するポリウレタン樹脂からなる成分Aを芯部とし、成分Aのガラス転移温度近傍にガラス転移温度を有するイソフタル酸ユニットを有する共重合ポリブチレンテレフタレート樹脂からなる成分Bが鞘部となるように、溶融紡糸法により延伸倍率2〜3倍にて紡糸することを特徴とする人形用毛髪の製造方法。

【公開番号】特開2009−28342(P2009−28342A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−196028(P2007−196028)
【出願日】平成19年7月27日(2007.7.27)
【出願人】(500154065)株式会社 ディアプレックス (2)
【出願人】(000005359)富士紡ホールディングス株式会社 (180)
【Fターム(参考)】