説明

低分子量薬理学的活性モジュレータ

権利請求されているのは、一般式(I)の化合物およびその薬学的に許容される塩であり、式中、Mは、Pd、Fe、Mn、Co、Ni、Cu、Zn、Moを含む群から独立に選択される金属原子を意味し、RおよびRは各々独立に、水素、アミノ、ヒドロキシ、オキシ、カルボキシ、シアノ、C1〜12アルキル、C2〜12アルケニル、C2〜12アルキニル、C1〜12アルコキシ、C1〜12アルキルアミノ、C1〜12アルコキシカルボニル、C1〜12アルキルアミド、アリールアミドを意味し、特定置換基のアルキレン基は、以下の基すなわちヒドロキシ、オキシ、カルボキシ、アミノまたはアミドのうちの1つ以上で置換可能であり、R〜R10は各々独立に、水素を意味するか、NHRおよびNHRが合一しておよび/またはNHRおよびNHR10が合一して、窒素の1つまたはいくつかの脂肪族または芳香族ドナー原子を含有し、金属原子(M)を中心としてcis位の配位子(単数または複数)である。権利請求された化合物は、配位化合物と、配位化合物に結合していない脂肪族チオール(またはその誘導体)の遊離分子と、を含有する製剤で使用可能である。製剤中の配位化合物および脂肪族チオール(またはその誘導体)の遊離分子は、カチオン形態であってもアニオン形態であってもよく、中性粒子の形態であっても構わない。提案された物質は、薬剤に対する標的の親和性を高めるおよび/または標的の微小環境において治療的に最適な濃度の薬剤を提供するおよび/または薬剤の毒性を低減することで、薬剤の作用を一層効果的にすることができる。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は創薬分野に関し、薬理学、医学、獣医学に利用できる。
【背景技術】
【0002】
薬剤の有効性を改善するための方法には、薬剤分子の化学修飾および/または別の化学物質(単数または複数)の併用によって、薬剤の薬物動態および/または薬力学を最適化および/または薬剤の毒性を低減することがある。
【0003】
薬理学的解決策に用いられる化学物質(単数または複数)は、薬理学的に有意な固有の活性を持つ場合と持たない場合があるが、単にその薬理学的標的に対する作用の選択性を高めるおよび/または生物学的標的構造の微小環境において必要かつ十分な濃度を提供するおよび/または毒性を低減することによって、薬効の実現を常に保証するものでなければならない。
【0004】
このため、アモキシシリンとクラブラン酸を含むアモキシクラブならびに、イミペネムと腎ジヒドロペプチダーゼ酵素の特異的阻害剤であるシラスタチンとの合剤であるTienamをはじめとして、多数の薬理学的解決策が周知である。クラブラン酸は細菌酵素によるアモキシシリンの分解を防止し、クラブラン酸を併用しない場合に比して少量の製剤で治療効果を達成できるようにするものである。シラスタチンは腎臓でのイミペネムの代謝を遅らせるため、実質的にすべての抗生物質分子の抗微生物活性が利用され、シラスタチンを併用しない場合に比して少量のイミペネム分子で治療効果の達成につながる[1(非特許文献1、以下同様)]。
【0005】
薬剤作用の選択性を取り入れることは、いくつかある要因の中でも、薬剤標的間の特異的結合の性質とこの結合の強度の両方がゆえに、複雑な課題である。選択的に作用する薬剤は、その薬理学的標的との結合が弱いことが示されている[1]。この状況は、薬剤分子が確実に反応中心まで到達できる特定の構造配置の薬理学的標的を見つける必要があることを意味する。タンパク質分子の半分が本質的に多官能性であることが立証されており[2,3]、構造レベルで、生理学的に固有の機能を果たすのに適したタンパク質分子の特定のコンホメーションで発現される。何らかの生理学的機能を果たす以外に、分子は構造化されていない状態で存在する。さまざまなタイプの化学修飾−リン酸化、チオール化、グルタチオン付加、酸化など−によって、特定の構造的コンホメーションが形成され、生理学的機能が発揮される。これに関連して、いずれかの薬剤、特に選択的に作用する薬剤を用いて効果を得られる可能性を、適切なコンホメーションの標的分子を見つけることで判断している。
【0006】
疾患の治療に対して潜在的に有用な多数の薬剤が存在するが、薬力学および/または薬物動態的な特徴がゆえに、所望の効果を得られないことも多い。製剤の用量を増やせば治療効果を達成する上での問題もいくらかは解決するが、これは概して毒性の増加と関連する。作用媒介受容体による腫瘍性疾患の標的治療用の薬剤が、典型的な一例である。
【0007】
このため、抗腫瘍標的として積極的に研究されている対象物のひとつに上皮成長因子受容体(EGFR)がある[4,5,6]。
【0008】
EGFRによって実現される生物学的作用を遮断することを目的とした、多数の薬理学的解決策が存在する。
1)受容体の細胞外部分に結合するモノクローナル抗体の使用:Erbitux−HER1に対するモノクローナル抗体、Herceptin−HER2/neuに対するモノクローナル抗体;2)細胞膜透過性細胞毒とコンジュゲートする組換えペプチド配位子EGFおよび/またはTGF−aの使用;3)EGFRの細胞内ドメインに作用でき、シグナル伝達タンパク質のチロシンキナーゼリン酸化のプロセスを中断できる低分子量の阻害剤であるIressa、チルホスチン、ゲニステイン、SU6668、ZD6474の使用。
【0009】
抗体と受容体の免疫活性中心との相互作用ならびに阻害剤と触媒活性の活性中心との相互作用では、これらの中心に到達できる必要があり、これは受容体タンパク質分子のコンホメーションによって判断される。二量体EGFR分子のコンホメーションによって、チロシンキナーゼ阻害剤およびモノクローナル抗体は各々の結合部位と相互作用できるようになる。二量体EGFR分子の適切なコンホメーションが、いくつかある方法のうち、スルフヒドリル基の酸化修飾、チオール化またはグルタチオン付加によって達成される[7]。
【0010】
これに関連して、EGFR分子のチオール化またはグルタチオン付加のプロセスを開始し、二量体受容体分子の形成を開始する薬剤は、EGFRと相互作用する薬剤調製物と併用すると、上皮成長因子受容体に対する薬剤の親和性を高めることができるものである。
【0011】
よって、今までのところ、EGFRと相互作用可能な化合物を生成して、薬剤に対するその親和性を高めることが関心の的になっている。
【0012】
相互作用が関心の的になっているもうひとつの標的に、P−糖タンパク質(Pgp)がある。Pgpは、細胞質膜の膜貫通タンパク質であり、ヒトのMDR1およびMDR2遺伝子にコードされ、濃度勾配に対して細胞からのさまざまな化合物の分子(薬剤調製物分子を含む)のATP依存性輸送体として機能する[4]。Pgpの機能的活性は、ある意味で、上皮および間葉系由来の事実上すべての哺乳類細胞において発現される[4]。P−糖タンパク質は、有毒物質の分子(薬剤分子を含む)から細胞を保護し、これらの分子を細胞からおよび細胞内標的から除去する。上皮細胞のPgp活性は、頂端膜でのみ見出され、有毒物質の分子(薬剤分子を含む)が体内または個々の臓器の組織に侵入するのを防止する。このように、腸管上皮の頂端膜側に局在するPgp活性のおかげで、有毒物質の分子(薬剤分子を含む)が体内環境に侵入するのが制限される。大脳血管叢内皮の頂端膜側に局在するP−糖タンパク質は、有害な物質(薬剤分子を含む)が脳組織に侵入するのを制限し、血液脳関門の一要素として機能する。Pgp活性の低さまたは存在しないことは、脳組織への外来化合物の分子(薬剤分子を含む)の浸透増大と、胆汁への毒素を除去する能力の低下と相関している[8]。Pgp活性は、タンパク質分子の転写、翻訳、化学修飾のレベルで調節される[9]。MDR1遺伝子の転写/Pgp活性は、成長因子、ホルモン、抗腫瘍製剤、特定の抗生物質、紫外線、分化誘導剤、ホルボールエステル、発癌物質ならびに、他の化学的作用剤、物理的作用剤、生物学的作用剤の影響下で増加する[4]。Pgp活性を開始する多数の作用剤が、タンパク質p21(Ras−タンパク質)、ホスファチジルイノシトール−キナーゼ(P13K)、タンパク質−キナーゼC(PKC)の活性化に左右されるシグナル伝達経路を含むさまざまなシグナル伝達経路で作用する[4]。Pgp活性の阻害剤は、タンパク質分子に作用するもので、イオンチャネルブロッカーであるキニジン、ベラパミル、ニカルジピン;抗ヒスタミン薬であるテルフェナジン;抗生物質であるシクロスポリン、バリノマイシン、ケトコナゾール、ビンブラスチン;ホルモンアンタゴニストであるタモキシフェンを含む[1]。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Basic & Clinical Pharmacology. Edited by Bertram G. Katzung, MD, PhD, 1995.
【非特許文献2】Bogatyreva N.S., Finkelstein A.V., Galsitskaya O.V. Trend of amino acid compositions of different taxa // J. Bioinf. Comput. Biol., 2006, Vol. 4, pp. 597−608
【非特許文献3】Jeffry C.J Moonlighting proteins // TIBS, 1999, pp. 8−11.
【非特許文献4】Stavrovskaya A.A., Stromskaya T.P. ABC family transporter proteins and multiple drug resistance of tumor cells // Biokhimiya, 2008, Vol. 73, No. 5, pp. 735−750.
【非特許文献5】Bridges A.J. The rationale and strategy used to develop a series of highly potent, irreversible, inhibitors of the epidermal growth factor receptor family of tyrosine kinases // Curr. Med. Chem., 1999, 6, 825−843.
【非特許文献6】Modjtahedi H., Dean Ch. The receptor for epidermal growth factor and ligands: expression, prognostic value and target for therapy in cancer // Intern. J. Oncol., 1995, Vol. 4, pp. 277-296.
【非特許文献7】Townsend D. M., He L., Hutchens S., et al. NOV−002, a Glutathione Disulfide Mimetic, as a Modulator of Cellular Redox Balance // Cancer Res., 2008, Vol. 68, pp. 2870−2877.
【非特許文献8】Steinberg T.H. Cellular transport of drugs // Clin. Infect. Dis., 1994, Vol. 19. No. 5, pp. 916−921.
【非特許文献9】Scotto K.W. Transcriptional regulation of ABC drag transporters // Oncogene, 2003, Vol. 22, No. 47, pp. 7496−7511.
【非特許文献10】Alberts B., Johnson A., Lewis J., Raff M., Roberts K., Walter P. Molecular biology of the cell, 4th ed. N.Y., Garland Science, Taylor and Francis group. 2002, 1616 pp.
【非特許文献11】Kelly C.P., Cramer C.J., Truhlar D.G. Adding Explicit Solvent Molecules to Continuum Solvent Calculations for the Calculation of Aqueous Acid Dissociation Constants // J. Phys. Chem. A., 2006, 110(7), 2493−2499.
【非特許文献12】Saracino G.A., Improta R., Barone V. Absolute pKa determination for carboxylic acids using density functional theory and the polarizable continuum model // Chem. Phys. Lett., 2003, 373(3−4), 411−415.
【非特許文献13】Methodological recommendations for experimental investigation of new peroral hypoglycemic pharmaceuticals. In: Leading methodological papers on the experimental and clinical investigation of drugs. Part 6. Moscow, 1986, p. 202.
【非特許文献14】Handbook of experimental (preclinical) investigation of new pharmacological substances. Ed. Khabriyev R.U. 2nd ed. Moscow, Izd. Meditsina, 2005, 832 pp.
【非特許文献15】Yellon D.M., Downey J.M. Preconditioning the myocardium: from cellular physiology to clinical cardiology // Physiol. Rev., 2003, Vol. 83, No. 4, pp. 1113-1151.
【非特許文献16】Tsuchida A., Thompson R., Olsson R.A., Downey J.M. The anti-infarct effect of an adenosine A1-selective agonist is diminished after prolonged infusion as is the cardioprotective effect of ischemic preconditioning in rabbit heart // J. Mol. Cell. Cardiol., 1994, Vol. 26, No. 3, pp. 303-311.
【非特許文献17】Dana A., Baxter G., Walker J.M., Yellon D.M. Prolonging the delayed phase of myocardial protection: repetitive adenosine A1 receptor activation maintains rabbit myocardium in a preconditioned state // J. Am. Coll. Cardiol., 1998, Vol. 31, No. 5, pp. 1142-1149.
【非特許文献18】Downey J.M., Cohen M.V. Reducing infarct size in the setting of acute myocardial infarction // Prog. Cardiovasc. Dis. 2006, Vol. 48, No. 5, pp. 363-371.
【非特許文献19】Selye H., Bajusz E., Grasso S., Mendell P. Simple techniques for the surgical occlusion of coronary vessels in the rat // Angiology, 1960, Vol. 11, No. 5, pp. 398-407.
【非特許文献20】Leiris J., Harding D. P., Pestre S. The isolated rat heart: a model for studying myocardial hypoxia or ischemia // Basic Res. Cardiol., 1984, Vol. 79, No. 3. pp. 315-323.
【非特許文献21】Himory N., Matsuura A. A simple technique for occlusion and reperfusion of coronary artery in conscious rats // Am. J. Physiol., 1989, Vol. 256, pp. H1719-H1725.
【非特許文献22】Sutherland F.J., Hearse D.J. The isolated blood and perfusion fluid perfused heart // Pharmacol. Res., 2000, Vol. 41, No. 6, pp. 613-627.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
Pgp活性の阻害剤を治療現場で用いることには、腫瘍細胞の薬剤耐性を抑制するための悪性腫瘍の治療における実用上の用途がある[1]。このような他の薬剤(その分子はPgp基質である)の作用の有効性を高める手法を限定的に用いるのは、その薬剤の作用によって生じる有益な効果よりも危険なPgp阻害剤の副作用がゆえである。悪性腫瘍は例外であるが、これは細胞分裂阻害薬を用いる場合の腫瘍細胞の耐性が、化学療法では成果がなく、大量の細胞分裂阻害薬が正常な細胞に作用し、そこに対して毒作用を有することを意味するためである。これに関連して、Pgp阻害剤の使用が正当と認められ、化学療法剤から治療効果を安全にすることができるとともに、Pgpによる腫瘍細胞の薬剤耐性が克服される。
【0015】
Pgp活性を生理学的に適切に抑制し、周知のPgp阻害剤の典型的な毒作用、特に血液抑制および免疫抑制、肝細胞の解毒機能の低下、心臓血管系の機能および他の多くの作用の破壊などの回避を可能にする新規な化合物も、関心の的になっている。
【0016】
これに関連して、本発明の目的は、薬剤の作用に対する標的の親和性を高めるおよび/または標的の微小環境において治療的に最適な濃度の薬剤を提供することで、薬剤調製物の作用の有効性を高められるおよび/または薬剤の毒性を低減できる化合物を生成することであった。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、薬剤調製物の一部をなす生物学的に活性な物質の作用の有効性を高めることができる、一般式Iで表される脂肪族チオールとのd−金属の二核配位化合物またはその薬学的に許容される塩(本発明による化合物)を提案するものであって、
【化1】


式中、
Mは、Pd、Fe、Mn、Co、Ni、Cu、Zn、Moを含む群から独立に選択される金属原子を意味し、
およびRは各々独立に、プロトン(−H)、アミノ(−NH)、ヒドロキシ(−OH)、オキシ(=O)、カルボキシ(−COOH)、シアノ(−CN)、C1〜12アルキル(以下、Rと表記する)、C2〜12アルケニル、C2〜12アルキニル、C1〜12アルコキシ(−OR)、C1〜12アルキルアミノ(−NH−R)、C1〜12アルコキシカルボニル(−COOR)、C1〜12アルキルアミド(−CO−NH−R)、アリールアミドを意味し、前記置換基に含まれるアルキル基は、以下の基すなわちヒドロキシ、オキシ、カルボキシ、アミノまたはアミド(−CO−NH)のうちの1つまたは2つ以上で置換されていてもよい。
【0018】
〜R10は各々独立に、水素を意味するか、NHRおよびNHRが合一しておよび/またはNHRおよびNHR10が合一して、窒素の1つまたはいくつかの脂肪族または芳香族ドナー原子を含有し、金属原子(M)を中心としてcis位にある配位子である。
【0019】
NHRおよびNHRが合一しておよび/またはNHRおよびNHR10が合一して、2つの芳香族窒素原子を有するジアミノ化合物またはアリールであると望ましい。
【0020】
ジアミノ化合物がC〜Cジアミノアルキレンであり、アリールが2つのピリジル環を含有すると望ましい。
【0021】
〜R10が水素を意味するか、NHRおよびNHRが合一しておよび/またはNHRおよびNHR10が合一して、エチレンジアミン、2,2’−ビジピリジル(2,2’−bipy)、1,10−フェナントロリン(1,10−phen)またはこれらの誘導体であると望ましい。
【0022】
CH−CH−SHが、2−アミノエタンチオール(aet、システアミン)、2−アセトアミドエタンチオール、システイン(Cys)、システインメチルエステル、システインエチルエステル、アセチルシステイン(Accys)、アセチルシステインメチルエステル、アセチルシステインエチルエステル、アセチルシステインニトリル、3−メルカプトプロピオン酸、γ−グルタミン−システイン−グリシン、ホモシステイン、チオグリコール酸またはこれらの誘導体であると好ましい。
【0023】
〜R10が水素であるか、NHRおよびNHRが合一しておよび/またはNHRおよびNHR10が合一して、エチレンジアミン、2,2’−ビジピリジル(2,2’−bipy)、1,10−フェナントロリン(1,10−phen)またはこれらの誘導体であり、RCH−CH−SHが、2−アミノエタンチオール(aet、システアミン)、2−アセトアミドエタンチオール、システイン(Cys)、システインメチルエステル、システインエチルエステル、アセチルシステイン(Accys)、アセチルシステインメチルエステル、アセチルシステインエチルエステル、アセチルシステインニトリル、3−メルカプトプロピオン酸、γ−グルタミン−システイン−グリシン、ホモシステイン、チオグリコール酸またはこれらの誘導体であると、なお一層好ましい。
【0024】
本発明による化合物は、式
【化2】


で表されるものであってもよい。
【0025】
好ましい事例では、本発明による化合物が、[Pd(μ−S−L−Cys)(μ−S−L−CysH)(2,2’−dipy)](NO・4.5HO、Pd(aetH)(phen)](NO・HO、[Pd(μ−S−Accys)(dipy)]Cl・HO、[Pd(μ−S−Accys)(NH]Cl、[Cu(μ−S−Cys)(dipy)]Clを含む群から選択される。
【0026】
実施形態のうちの1つにおいて、本発明による化合物は、[Pd(μ−S−L−Cys)(μ−S−L−CysH)(2,2’−dipy)](NO・4.5HOであって、三斜晶系、空間群P1で結晶化し、単位胞パラメータ(Å)がa=13.86、b=13.82、c=12.17、α=122.13°、β=103.61°、γ=91.40°、V(Å)=1887.0、Z=1、IRスペクトル(KBrペレット)νmax(cm−1)が419、542、590、648、689、722、765、807、977、1022、1036、1072、1107、1164、1174、1204、1226、1240、1272、1312、1353、1364、1384、1447、1469、1563、1601、1666、1728、3073、3108、3221、3283、3427、3953であることを特徴とする。
【0027】
実施形態のうちの1つにおいて、本発明による化合物は、Pd(aetH)(phen)](NO・HOであり、単斜晶系、空間群Ccで結晶化し、単位胞パラメータÅがa=24.53、b=13.10、c=22.65、β=104.26°、V(Å)=7052.25、Z=4である。
【0028】
実施形態のうちの1つにおいて、本発明による化合物は、IRスペクトル(KBrペレット)νmax(cm−1)が、507、640、692、774、815、879、946、1058、1094、1212、1229、1343、1381、1404、1427、1573、1723、2655、2820、2971、3377、3406、3480であることを特徴とする、[Pd(μ−S−Accys)(dipy)]Cl・HOである。
【0029】
実施形態のうちの1つにおいて、本発明による化合物は、IRスペクトル(KBrペレット)νmax(cm−1)が、512、597、692、773、839、879、946、1094、1212、1229、1254、1343、1403、1521、1572、1594、1723、2655、2925、2971、3119、3460であることを特徴とする、[Pd(μ−S−Accys)(NH]Clである。
【0030】
実施形態のうちの1つにおいて、本発明による化合物は、IRスペクトル(KBrペレット)νmax(cm−1)が、520、691、815、879、1058、1133、1212、1229、1254、1343、1404、1572、1594、1627、2655、2925、2940、2971、3119、3480であることを特徴とする、[Cu(μ−S−Cys)(dipy)]Clである。
【0031】
本発明による化合物は、さまざまなシグナルの形質導入時に重要な役割を果たす二次メディエータ(酸素、窒素、他の酸化剤の内在性活性形態)の助けを借りて、単にジスルフィド結合(架橋)を形成するだけのために(少量および微量での使用を条件に)チオアミノ酸のチオール基の均一かつ選択的で「穏やかな」酸化プロセスの加速を可能にすることを特徴とする。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明による提案された化合物は、組成物中に可逆性酸化還元(レドックス)修飾が可能な硫黄残基を含む、細胞表面および細胞内受容体および酵素、細胞質膜および細胞内膜のイオンチャネルおよび輸送体タンパク質、ペプチド型の細胞外調節分子および輸送体分子、細胞骨格および細胞外マトリックスのタンパク質ならびに他の構造的分子、機能的分子、調節分子に作用する能力を有する。ペプチド型分子における硫黄残基の状態のひとつが還元状態であり、その状態でこれはプロトンと結合し、チオール(スルフヒドリル)基Pept−SH(Peptは任意のペプチド型分子である)を含む。ペプチド型分子における硫黄残基の状態のもうひとつは酸化状態である。酸化剤の性質と硫黄残基の酸化の度合いとに応じて、これはさまざまな化学的酸化修飾の対象となることがある。しかしながら、生理学的に重要な酸化バリアントは、一ポリペプチド配列のシステインにおける硫黄残基が、別のポリペプチド配列のシステインにおける硫黄残基と共有結合的に結合して、ジスルフィド結合−Pept−S−S−Peptを形成するものである。本発明による提案された化合物を、急性および慢性のプロセスにおける標的分子の生理学的に不適切な活性をレドックス調節する医薬品の創製に使用してもよく、細胞での生理学的プロセスの機能的な一致につながる(実施例9〜14)。
【0033】
本発明による提案された化合物は、その主要な触媒機能が発揮され、最初の化合物が分解された後に「小さなクラスター」(ナノサイズの粒子)の形態で体内から排除される潜在的な能力を有する。
【0034】
本発明による提案された化合物を、薬剤の組成物に添加される他の生物学的に活性な物質と組み合わせ(実施例番号12〜14)、これらの化合物が薬理学的標的の微小環境に侵入できるように(実施例番号10)および/またはこれらの化合物に対する薬理学的標的の親和性を高めて(実施例番号9)もよい。
【0035】
経腸、非経口、吸入または他の経路を用いて哺乳動物の体内で生物学的効果を達成するために、特定構造の脂肪族チオールとのd−元素の配位化合物を少量(10−3〜10−6モル)および微量(10−6〜10−15モル未満)で導入してもよい。本発明による化合物が細胞にて標的の分子に対しておよぼす作用は、細胞プロセスの機能的コヒーレンスならびに、細胞が生物学的に活性な物質に対して適切に応答する能力を回復させるが、これらはどちらも内因性すなわち体内で合成されると同時に、生理学的に最適な用量で体外からも導入され、それがゆえに治療目的を達成するために高濃度の生物学的に活性な物質が薬剤調製物の一部として導入されるのを回避できるようになる。
【0036】
本発明による化合物が細胞に対しておよぼす作用は、さまざまな理由の中でも特に多剤耐性を担うタンパク質の活性低下が原因で、薬剤の一部として細胞内の薬理学的標的に微小環境に導入される生物学的に活性な物質の濃度の上昇を引き起こす(実施例番号10)。この時点で脂肪族チオールとのd−元素の二核配位化合物の構造が持つ生物活性特有の特徴に、生体異物に対する解毒の第二相の酵素の合成だけを誘導する能力がある。これは薬剤調製物の一部として導入される生物学的に活性な物質の大半の不活性化にはほとんど影響しないが、レベルの増大が病気および/または薬剤の作用である負の環境要因に対する細胞の耐性を高める(実施例11)。
【0037】
このように、本発明による化合物は、原因療法、病原療法、対症療法での薬剤で用いられる、周知の生物学的効果および薬理学的活性を有する化学分子と併用されるとともに、薬理学的解決策で必要な生物活性を有する新たに合成された化学分子とも併用される、外用、吸入、経腸、非経口投与での創薬向けの将来性のある化学分子である。本発明による化合物は、生物学的に活性な化学分子の薬理学的活性を生理学的に最適な用量で顕在化させやすくする。
【0038】
特に、本発明による提案された化合物は、EGFRに作用して、薬理学的に活性な分子に対するその親和性を高めることができる(実施例番号9)。先に示した一般式Iに適合する本発明による化合物は、P−糖タンパク質を阻害することで細胞における薬剤の濃度を高めることができる(実施例番号11)。
【0039】
また、本発明による提案された化合物は、式IIでも表すことが可能なものである。
【化3】


式中、Mは上述した金属原子を意味し、Xは脂肪族チオールの残基またはこれらの誘導体であって、硫黄原子によって架橋機能(μ−Х)を果たし、Nは二座窒素含有配位子(L)のドナー窒素原子であって、エチレンジアミンの2つの二座配位分子またはアンモニアの4つの一座配位末端分子で置換されていてもよい。
【0040】
本発明による架橋を、式(M−(μ−SCHCHR)−M)で表してもよい。
【0041】
本発明による脂肪族チオールを、式RCH−CH−SHで表してもよく、この場合、硫黄原子はsp−ハイブリダイズされた炭素原子に結合されるのに対し、RおよびRは各々独立に、プロトン(−H)、アミノ(−NH)、ヒドロキシ(−OH)、オキシ(=O)、カルボキシ(−COOH)、シアノ(−CN)、C1〜12アルキル、C2〜12アルケニル、C2〜12アルキニル、C1〜12アルコキシ(−OR)、C1〜12アルキルアミノ(−NH−R)、C1〜12アルコキシカルボニル(−COOR)、C1〜12アルキルアミド(−CO−NH−R)、アリールアミドを意味し、前記置換基に含まれるアルキル基は、以下の基すなわちヒドロキシ、オキシ、カルボキシ、アミノまたはアミド(−CO−NH)のうちの1つまたは2つ以上で置換されていてもよく、RはC1〜12アルキル残基を示す。
【0042】
【表1】

【0043】
これらの事例では、表記のチオールは、2−アミノエタンチオール(aet、システアミン)(1)、2−アセトアミド−エタンチオール(2)、システイン(Cys)(3)、システインメチルエステル(4)、システインエチルエステル(5)、アセチルシステイン(Accys)(6)、アセチルシステインメチルエステル(7)、アセチルシステインエチルエステル(8)、アセチルシステインニトリル(9)、3−メルカプトプロピオン酸(10)、γ−グルタミン−システイン−グリシン(11)、ホモシステイン(12)、チオグリコール酸(13)である。
【0044】
特に明記しないかぎり、以下に示す特許請求の範囲ならびに明細書一式にて使用する以下の用語は、下記のとおり定義される。
【0045】
「NHRおよびNHRが合一しておよび/またはNHRおよびNHR10が合一して、窒素の1つまたはいくつかの脂肪族または芳香族ドナー原子を含有し、金属原子(M)を中心としてcis位にある配位子である」という表現は、R〜Rが各々自己と結合した窒素原子と合一して、窒素の1つまたはいくつかの脂肪族または芳香族ドナー原子を含有する配位子を形成し、配位子が、金属原子(M)を中心としてcis位にある、ジアミノ化合物またはアリール(ヘテロアリール)などであるおよび/またはR〜R10が各々自己と結合した窒素原子と合一して、窒素の1つまたはいくつかの脂肪族または芳香族ドナー原子を含有する配位子を形成し、配位子が、金属原子(M)を中心としてcis位にある、ジアミノ化合物またはアリール(ヘテロアリール)などであることを意味する。
【0046】
「cis位配位子」という用語は、表記の配位子が配位化合物の平面正方形配置の隣接する位置にある配位化合物に対応するのに対し、「trans位配位子」とは、金属原子を中心として互いに対角の位置にある配位子の配置に対応する。
【0047】
前記特許請求の範囲における置換基RおよびRについての「アルキル」という用語は、メチル、エチル、n−プロピル、iso−プロピル、iso−ブチル、tert−ブチルなど、1〜12個、好ましくは1〜6個、たとえば1〜4個の炭素原子を有する直鎖または分枝鎖の飽和炭化水素残基を意味する。
【0048】
前記式RCH−CH−SHにおける置換基RおよびRについての前記「アルキル」という用語は、二重結合または三重結合を含有するが、spハイブリダイズされた炭素原子(−CH−CH=CH)またはプロパルギル(−CH−C≡CH)を介して一般式RCH−CH−SHの炭素に結合された直鎖または分枝鎖の飽和炭化水素残基として理解してもよいものである。
【0049】
「アルケニル」という用語は、2〜12個の炭素原子を有し、二重結合を含有する直鎖または分枝鎖の不飽和炭化水素残基であって、構造RCH−CH−SHにおける置換基RおよびRの結合がspハイブリダイズされた炭素原子を介して形成される不飽和炭化水素残基を意味する。RおよびRは、好ましくは、2〜4個の炭素原子を含有する。エテニル(ビニル(−CH=CH))またはプロペニル(−CH=CH−CH)が一例である。
【0050】
「アルキニル」という用語は、2〜12個の炭素原子を有し、三重結合を含有する直鎖または分枝鎖の不飽和炭化水素残基であって、構造RCH−CH−SHにおける置換基RおよびRの結合がspハイブリダイズされた炭素原子を介して形成される不飽和炭化水素残基を意味する。RおよびRは、好ましくは、2〜4個の炭素原子を含有する。プロピニル(−C≡C−CH)が一例である。
【0051】
「アルコキシ」という用語は、酸素原子を介して結合された、先に示した定義の意味でのアルキル残基を意味する。アルコキシを式R−O−で表してもよく、式中、Rはアルキル残基を意味する。「アルコキシ」残基の例として、メトキシ(−OCH)、エトキシ(−OC)、イソプロポキシ(−O−(i−Pr))などがあげられる。
【0052】
「アルキルアミノ」という用語は、式−NH−Rの基を意味する。
【0053】
「アルコキシカルボニル」という用語は、カルボキシエチル(−COOC)またはカルボキシメチル(−COOCH)など、式−COORの基を意味する。
【0054】
「アルキルアミド」という用語は、式−CO−NH−Rの基を意味する。
【0055】
先に示した定義において、Rは、先に定義した意味でのアルキルを意味する。
【0056】
「アリール」という用語は、フェニル、ナフチルまたはイミダゾリルなど、3〜7個の炭素原子を含有する芳香族ラジカルを意味する。また、アリールは、窒素、酸素、硫黄(ヘテロアリール)のヘテロ原子などのヘテロ原子を含有してもよい。特に、RおよびRの定義におけるアリールは、3〜7個の炭素原子を含有し、場合によってはヘテロ原子を含む芳香族ラジカルを意味する。金属原子(M)を中心として1つまたはいくつかの脂肪族または芳香族のドナー窒素原子を含有する配位子の一部を形成するアリールは、単環式アリールであっても多環式アリール(ヘテロアリール)であってもよく、環は縮合環であっても架橋結合によって連結されたものであってもよい。この場合、アリールは、フェナントロリン、ピリジンまたはジピリジルであってもよい。
【0057】
「ジアミノ化合物」という用語は、2つのアミノ基を有するC〜C10または好ましくはC〜C脂肪族またはアルキレン基など、2つのアミノ基(−NH)を有する脂肪族基を意味する。特に、「C〜Cジアミノアルキレン」は、エチレンジアミン(HN(CHNH)など、2つのアミノ基を有する[(−CH2〜6]アルキレンを意味する。
【0058】
窒素の脂肪族または芳香族ドナー原子を含有し、配位化合物にてM原子を中心としてcis位にある配位子(単数または複数)は、たとえば、エチレンジアミン(HN(CHNH)、1,10−フェナントロリン(1,10−phen)、2,2’−ジピリジル(2,2’−dipy)またはこれらの誘導体の環状分子ならびに、アンモニアまたはピリジンの一座配位分子であってもよい。
【0059】
配位子Lが金属原子と自由に配位できる脂肪族または芳香族の窒素原子を1つしか持たない場合、配位化合物のフレームワークは実験式LM(μ−X)MLで記述できるものであり、構造式IIaで表すこともできる。
【化4】

【0060】
d−金属原子を中心としてcis位にある脂肪族または芳香族アミンの主な機能は、2つの架橋チオラート配位子との間で二核化合物を形成できる可能性である。これは、厳密には体内に存在する内在性酸化剤(酸素の活性形態)によってチオラートの酸化の同期的2電子プロセスを実行可能にする二核配位化合物における2つの架橋配位子の存在である。
【0061】
d−金属原子を中心としてcis位にある脂肪族または芳香族アミンの存在は、配位化合物の高い生物活性を担っている。この配位化合物の構造機構の特徴次第で、薬剤分子の特定の異性体(これが生物学的分子に作用して薬剤の治療作用を左右する)と相互作用する生物学的標的の基本特性としての配位化合物の生物活性が決まる。同じ化学分子の他の異性体は、生体分子との関連で活性がわずかであるか、不活性であって、治療活性も備えていない。
【0062】
生物活性を左右するのは、厳密には配位化合物分子の構造機構であって、その化学組成の一般性ではない。
【0063】
金属原子を中心としてcis位に配位される配位子(単数または複数)は、2つの架橋チオラート基を含有する二核化合物を得ることを可能にする。
【0064】
ここに提案された化合物は、塩の形態であってもよい。
【0065】
「薬学的に許容される塩」という用語は、無機または有機の酸または塩基を用いて調製される塩に関するものであり、この塩は、人間または動物の治療に安全に使用可能である。
【0066】
薬学的に許容される塩は、塩への変換対象となる化合物の化学的特性を考慮しつつ、従来技術において周知の方法を用いて容易に調製可能なものである。たとえば、塩酸、臭化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸、クエン酸、ギ酸、フマル酸、マレイン酸、酢酸、コハク酸、酒石酸、メタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸などの無機酸または有機酸が、式I、IIまたはIIaで表される基本化合物の薬学的に許容される塩を形成するのに適している。
【0067】
本発明による化合物は、以下に示すスキームを用いて調製できるものであり、これは専門家らにとって理解可能である。
【0068】
[脂肪族チオールとのd−元素の配位化合物I、IIまたはIIaを調製するための一般スキーム]
【化5】


式中、Halはハロゲン原子(好ましくはCl、BrまたはI)を意味し、Mは上述した金属原子を意味し(配位化合物の組成物中の金属は異なっていてもよい)、Xは、上述した脂肪族チオールの残基またはこれらの誘導体であって架橋機能を果たし、Nは窒素含有配位子(L)のドナー原子である。
【0069】
本発明による化合物は、専門家には自明であろう方法、配位化合物の提案された構造からの手順、一般スキームに示す方法で調製できるものである。
【0070】
本発明による配位化合物を、d−金属のcis−ハライド配位化合物の化合物の水溶液または懸濁液を採用し、これに配位子(脂肪族チオール)を乾燥形態または溶液または懸濁液の形態で添加して調製してもよい。架橋チオラート配位子を含有する二核配位化合物の形成は、こうして得られる系でなされる。
【0071】
個々の化合物の希釈度合いについては、経験的に選択すればよい。二核配位化合物の形成に関する正確な判断は、物理化学研究(特にX線構造研究)ならびに、これらの化合物が酸化触媒として機能することを確認する高度な量子化学計算の結果に基づいて実施すればよい[11,12]。酸化還元反応の前記化合物によるin vitroでの触媒作用(チオラート基の硫黄が酸化されてジスルフィド結合だけが形成される)を、このような構造が存在することを示す間接的な基準として用いることが可能である。
【0072】
チオラート配位子−SCHC(H)Rのイオン化エネルギ(IE)を、そのドナー容量すなわち、d−元素のイオンとの間で錯体を形成する能力の特徴として用いることが可能である。IE値が小さければ小さいほど、配位子の予測ドナー特性が大きくなる。一例として計算した−SCHC(H)RアニオンのIE値を表1にあげておく。
【0073】
【表2】

【0074】
Jaguar 7.5ソフトウェアパッケージを使用し、DFT B3LYP(CC−PVTZ(−F)+ベース)法で化合物の電子構造を計算した。
【0075】
同じ表に、チオール酸化の触媒サイクルでの錯体形成原子である硫黄原子について計算で求めた電荷も示す。硫黄原子での電子密度の増加すなわち負電荷が増大することによって、金属イオンとの強力な結合を形成しやすくなる。よって、ここで考慮するチオラートアニオンSRのシリーズにおいて、そのドナー容量もシリーズで上昇すべきである。
【化6】

【0076】
また、量子化学計算の結果から得られる情報によって、化合物の幾何学的構造と得られる薬剤調製物の生理活性との相関を特定しやすくできる点にも注意されたい。
【0077】
配位化合物の存在下における脂肪族チオールの酸化の一般的な触媒サイクルは、以下のとおりである。
【化7】

【0078】
本発明による化合物は、配位化合物と、配位化合物に結合していない脂肪族チオール(またはその誘導体)の遊離分子を含む製剤の一部を形成するものであってもよい。製剤中の配位化合物および脂肪族チオール(またはその誘導体)の遊離分子は、カチオン形態であってもアニオン形態であってもよく、中性粒子の形態であってもよい。
【0079】
製剤の薬学的に許容される形態については、配位化合物、脂肪族チオールまたはその誘導体ならびに薬学的に活性な化合物の化学的特性を考慮しつつ、従来技術において周知の方法に従って調製すればよい。製剤における配位化合物と脂肪族チオール分子とのモル比が1:50〜1:50000であるのが好ましい。脂肪族チオールと薬学的に活性な化合物との比は、経験的に選択される。
【0080】
製剤は、使用するのに適しており、所望の治療効果を達成できる剤形(固体、液体、軟質、吸入など)であればよい。
【0081】
過剰なチオールは、d−金属の配位化合物を小用量および微用量で調製および製剤の一部として使用できることを保証するものである。
【0082】
本発明による化合物は、薬物療法用の医薬品(剤形)の形態で用いられる。薬物療法および薬物療法的な作用という用語は、本発明では、薬剤を用いる治療において一般に認められている意味で用いる。本発明による化合物の医薬品は、経口的すなわち、溶液、乳液または懸濁液ならびに、錠剤、コート錠、ピル、ハードゼラチンカプセルおよびソフトゼラチンカプセルなどの剤形として投与できるものである。直腸投与すなわち、坐剤などの剤形としても有効なことがある。非経口投与は、皮下注射、筋肉内注射、血管内注射および膣内注射用ならびに吸入用の溶液の形態で有効である。本発明による化合物は、外用(軟膏、クリームなど)でも使用できるし、医薬品を患者の体内に確実に送達させる他の任意の方法で、吸入、鼻腔内および/または経口的に投与してもよいものである。
【0083】
医薬品(剤形)を得るために、本発明による化合物を、単一剤形で治療的に不活性な無機ビヒクルまたは有機ビヒクルと組み合わせる。たとえば、ラクトース、トウモロコシデンプンまたはこれらの誘導体、タルク、ステアリン酸またはその塩などを、錠剤、コート錠、ピル、ハードゼラチンカプセル用のそのようなビヒクルとして用いることができる。ソフトゼラチンカプセルの場合は、たとえば、植物油、ワックス、脂肪、半固体ポリオールおよび液体ポリオールなどが、好適なビヒクルである。たとえば、水、ポリオール、スクロース、転化糖、グルコースなどが、溶液およびシロップを調製するのに適したビヒクルである。天然油または硬化油、ワックス、脂肪、半液体ポリオールまたは液体ポリオールなどが、坐剤用の好適なビヒクルである。
【0084】
さらに、医薬品は、保存料、可溶化剤、安定剤、湿潤剤、乳化剤、甘味料、着色料、香味料、浸透圧を調節するための塩、緩衝液、マスキング剤または酸化防止剤ならびに、剤形の調製に必要な他の成分を含有するものであってもよい。
【0085】
上記に示した補助物質は、創剤に用いられるものであり、以下、「治療的に不活性な補形剤」と呼ぶ。しかしながら、本発明による化合物の剤形は、脂肪族チオールの遊離分子および/または他の治療的に活性な物質も含有するものであってもよい。
【0086】
本発明による化合物は、配位化合物と、配位化合物に結合していない脂肪族チオール(またはその誘導体)の遊離分子を含む製剤の一部を形成するものであってもよい。製剤中の配位化合物および脂肪族チオール(またはその誘導体)の遊離分子は、カチオン形態であってもアニオン形態であってもよく、中性粒子の形態であってもよい。
【0087】
製剤の薬学的に許容される形態については、配位化合物、脂肪族チオール(またはその誘導体)の化学的特性を考慮しつつ、従来技術において周知の方法に従って調製すればよい。製剤における配位化合物のd−金属の原子と脂肪族チオール分子とのモル比が1:50〜1:50000であるのが好ましい。
【0088】
製剤は、使用するのに適しており、所望の治療効果を達成できる剤形(固体、液体、ソフト、吸入など)であればよい。
【0089】
過剰なチオールは、d−金属の配位化合物を小用量および微用量で調製および製剤の一部として使用できることを保証するものである。このような製剤は、一層厳密な投薬を保証するものであり、これは本発明による化合物を少量および微量で投与する場合に重要である。
【0090】
本発明によれば、ここに提案された手段を利用して、特定の薬理学的に活性な物質の治療活性を高めてもよい。
【0091】
本明細書の文脈において、薬理学的に活性な物質の治療有効性を増すことは、薬剤の親和性に対する標的の親和性が向上した結果としての単一用量または反復用量の低減および/または薬理学的標的領域での薬剤濃度の増加ならびに、結果として、この薬理学的に活性な物質の通例の治療量での一般毒性の低減を含む。
【0092】
薬理学的に活性な物質は、薬物療法的な目的で用いられる物質として理解される。
【0093】
本発明による化合物を用いて特定の薬理学的に活性な物質の薬物療法的な有効性を高める場合、この薬理学的に活性な物質を本発明による配位化合物の内部領域に配位子として導入してもよい。また、(対イオンなどとして)外部領域に局在してもよい。薬理学的に活性な物質は、薬学的に許容される剤形で本発明による手段に対して過剰に存在してもよい。
【0094】
製剤の薬学的に許容される形態については、配位化合物および薬学的に活性な化合物の化学的特性を考慮しつつ、従来技術において周知の方法に従って調製すればよい。脂肪族チオールと薬学的に活性な化合物との比は、経験的に選択される。
【0095】
剤形(固体、液体、ソフト、吸入など)は、本発明による化合物に比して過剰に用いられる薬理学的に活性な物質の性質を考慮しつつ、従来技術において周知の方法に従って容易に調製可能なものである。
【0096】
ここにあげた事例において、本発明による化合物および薬理学的に活性な物質(その有効性をそれが高める)は、単一剤形に含有される。この例では、本発明による化合物と薬理学的に活性な物質とが、そのままで同時に投与されることになる。
【0097】
本発明による化合物および薬理学的に活性な物質(それの助けによってその有効性が高められる)を別々の剤形に含有させてもよい。
【0098】
別々の剤形での投与は、同時に(錠剤などの固体での投与剤形を2つ同時に服用する、特に1本の注射器での同時注射)実施してもよいし、最初に第1の剤形、続いて第2の剤形を患者に与えるまたは投与させる形で順次実施してもよい。投与間隔は、好ましくは1時間以下であるが、依然として相乗効果が観察されるあいだはさらに長くしてもよい。
【0099】
ここで提案する配位化合物の配位子は、生理学的(生物学的、薬理学的)および薬学的に許容される化合物である点に注意されたい。
【0100】
生理学的に(生物学的に、薬理学的に)許容される化合物は、患者に投与したときに毒作用またはそれ以外の望ましくない影響を引き起こさない化合物として理解される。生理学的に許容される、生物学的に許容される、薬理学的に許容されるという表現は、本明細書の文脈では同義とみなされる。また、使用する物質はいずれも薬学的に許容される、すなわち剤形の成分として使用してもよい点も理解される。
【0101】
本発明の文脈では、患者とは、何らかの方法で剤形を投与する対象となる人間または他の哺乳動物、鳥類、両棲類または魚類を意味する。
【0102】
配位子およびd−金属は、内因性の薬理学的活性を持つものであってもよい。
【0103】
バイオメタルと呼ばれる投与対象のd−金属と脂肪族チオールとの配位化合物の量は、配位化合物の組成物中におけるバイオメタルの重量割合に応じて決まり、使用するバイオメタルの一日所要量に対応することもあれば、それ未満のこともある。それ以外では、配位化合物の一部として投与対象となるd−金属の量は、治療結果を達成するための必要性に応じて決まる。バイオメタルと呼ばれない、投与対象となるd−金属の配位化合物の量は、配位化合物の組成物中におけるd−金属の重量割合に応じて決まり、その最大許容値未満でなければならない。それ以外では、配位化合物の一部として投与対象となるd−金属の量は、治療結果を達成するための必要性に応じて決まる。
【0104】
実施形態のうちの1つにおいて、本発明は、腫瘍性疾患(癌)に羅患した哺乳動物(人間など)を治療するための方法であって、ここに開示する有効量の配位化合物(錯体)と有効量のEGFR阻害剤(Iressa、チルホスチン、ゲニステイン、SU6668、ZD6474)とを哺乳動物に投与する方法に関する。この方法で治療可能な腫瘍性疾患の例としては、肺、乳房、頭頸部、胃腸管、卵巣、腎臓、皮膚、神経系、脳、結合組織の癌があげられる。
【0105】
実施形態のうちの1つにおいて、本発明は、メタボリックシンドローム、1型または2型真性糖尿病、2型真性糖尿病患者における糖尿病網膜症、2型真性糖尿病患者における糖尿病性足病変症候群、2型真性糖尿病患者における下肢栄養障害性潰瘍または2型真性糖尿病患者における糖尿病性ニューロパチーに羅患した哺乳動物(人間など)を治療するための方法であって、ここに開示する有効量の配位化合物(錯体)と有効量のチオクト酸とを哺乳動物に投与する方法に関する。
【0106】
実施形態のうちの1つにおいて、本発明は、心血管疾患を予防または治療するための方法であって、ここに開示する有効量の配位化合物(錯体)と有効量のアデノシンとを哺乳動物に投与する方法に関する。急性および慢性の虚血性心疾患、心筋梗塞および狭心症が、特に、心血管疾患の例である。
【0107】
実施形態のうちの1つにおいて、本発明は、放射線照射後の汎血球減少症(hemodepression)、中毒による汎血球減少症、外傷後の汎血球減少症、躁病または鬱病タイプの精神障害ならびに、さまざまな原因による関節炎を治療するための方法であって、ここに開示する有効量の配位化合物(錯体)と有効量のリチウムとを哺乳動物に投与する方法に関する。
【実施例】
【0108】
以下、具体的な実施例によって本発明を説明する。
【0109】
<実施例番号1:Pd(II)とシステインとの配位化合物の調製>
水溶液中で、カチオン[Pd(μ−S−L−Cys)(μ−S−L−CysH)(2,2’−dipy)3+である。
【化8】


最小量の水に溶解させた221mg(1.811mmol)のAgNOを、300mg(0.904mmol)のPd(2,2’−dipy)Clを15mlの水に入れた懸濁液に加える。0.5mlの濃HNOを用いて混合物を酸性化し、超音波浴中にて15分間均質化し、濾過する。最小量の水に溶解させた96mg(0.905mmol)のL−システイン(cys)を、濾液に加える。反応混合物を室温にて空気中で蒸発させる。沈殿する[Pd(μ−S−L−Cys)(μ−S−L−CysH)(2,2’−dipy)](NO・4.5HOの濃いオレンジ色の結晶は水に容易に溶解され、エタノールにはそれほど溶解されず、アセトンおよびジクロロメタンには実質的に不溶である。収率70〜75%。
【0110】
元素分析:実測値%:C 21.85、N 11.13、Pd 24.02、S 7.23。
163217.5Pd([Pd(μ−Cys)(μ−CysH)(dipy)]−(NO・4.5HO、MW 1034.1g/mol)としたときの計算値%:C 21.87、N 11.17、Pd 24.13、S 7.28。
【0111】
三斜晶系、空間群P1で結晶化し、単位胞パラメータÅがa=13.86、b=13.82、c=12.17、α=122.13°、β=103.61°、γ=91.40°、V(Å)=1887.0、Z=1、R=7.02%である。
【化9】

【0112】
固体状態で、[Pd(μ−сys)(μ−CysH)(dipy)](NO分子は、弱い非共有結合的な相互作用がゆえに、パラジウム原子によって対で結合する。
【化10】

【0113】
通常、錯体化合物分子の「構造化」は、金属イオン間のPd−Pd相互作用、水素結合の系ならびに、結晶構造内での「鎖」の形成につながる配位子間π−π相互作用がゆえに発生する。
【化11】

【0114】
[100]に沿った1D鎖の形成ならびに(010)面の2D層である。矢印は隣接する1D鎖のジピリジルフラグメント間のπ−πスタッキング相互作用を示す。
【0115】
原子の座標および熱パラメータについては、Cambridge Structural Database(CCDC)に番号705745で登録されている。
【0116】
IRスペクトル(KBrペレット)、νmax(cm−1):419、542、590、648、689、722、765、807、977、1022、1036、1072、1107、1164、1174、1204、1226、1240、1272、1312、1353、1364、1384、1447、1469、1563、1601、1666、1728、3073、3108、3221、3283、3427、3953。
【0117】
過剰な配位子に配位化合物を加え、その目的で、100mlの水に溶解させた9.97gのL−システインを含有する溶液に、0.1gの錯体[Pd(μ−S−L−Cys)(μ−S−L−CysH)(2,2’−dipy)](NO・4.5HOを加えた。これを十分に撹拌し、得られた溶液を真空下での昇華によって乾燥させ、淡黄色の物質を形成した。この物質の配位化合物/有機分子比は1/1000であった。
【0118】
この物質は、真空昇華乾燥の終了時にすぐに使用できる状態であった。
【0119】
<実施例番号2:Pd(II)とシステアミンとの配位化合物の調製>
水溶液中、配位化合物はカチオン[Pd(μ−SCHCHNH(1,10−phen)4+である。
【化12】

【0120】
0.509g(2.99mmol)の硝酸銀(最小量の水に入れたもの)を含有する溶液を、571mg(1.49mmol)のPd(1,10−phen)Clを20mlの水に入れた懸濁液(1Mの硝酸を用いてpH3に酸性化してある)に加えた。得られたカード状の塩化銀沈殿物を水浴にて慎重に加熱して凝固させ、遠心分離した。沈殿物を分離した後、170mgの2−アミノエタンチオール(aet、システアミン)塩酸塩を上清に溶解させた。数週間かけてオレンジ色の溶液を空気中にゆっくり蒸発させる間に層状で朱色の結晶が堆積された。収率0.25g(35%)。
【0121】
元素分析:実測値%:C 33.5、N 14.0、Pd 21.2、S 6.60。
【0122】
28321013Pd([Pd(aetH)(phen)]−(NO・HO、MW 993.59g/mol)としたときの計算値%:C 33.85、N 14.10、Pd 21.42、S 6.45。
【0123】
[Pd(μ−S−CystH)(1,10−phen)](NO・HOは、単斜晶系、空間群Ccで結晶化し、単位胞パラメータÅがa=24.53、b=13.10、c=22.65、β=104.26°、V(Å)=7052.25、Z=4、R=3.16%である。
【化13】

【0124】
製剤を得るために、配位化合物を過剰な配位子に移し、この目的のために、0.1gの錯体[Pd(μ−SCHCHNH(1,10−phen)](NO・HOを、100mlの水に溶解させた11.43gのシステアミン(アミノエタンチオール)塩酸塩を含有する溶液に加えた。これを十分に撹拌し、得られた反応溶液を真空下での昇華によって乾燥させ、淡黄色の物質を形成した。この物質の配位化合物/有機分子比は1/1000であった。
【0125】
この物質は、真空昇華乾燥の終了時にすぐに使用できる状態であった。
【0126】
<実施例番号3:Pd(II)とアセチルシステインとの配位化合物の調製>
水溶液中、配位化合物はカチオン[Pd(μ−S−Accys)(dipy)2+である。
【化14】

【0127】
77.8mgのアセチルシステイン(0.476mmol)を、0.160gのPd(2,2’−dipy)Cl(0.476mmol)を10mlの水に入れた懸濁液に撹拌しながら加え、0.5MのKOH溶液をpH11になるまで加えた。この溶液を50℃で1時間水浴中に保持した。得られた溶液に約70mlのアセトンを加え、これを撹拌した後、約80mlのジエチルエーテルをさらに加えた。反応混合物を数時間放置したところ、錯体[Pd(μ−S−Accys)(dipy)]Cl・HOの黄色の針晶が沈殿した。
【0128】
元素分析:実測値%:C 38.6、N 9.0、Pd 22.29、S 6.65。
【0129】
3034ClPd[Pd(μ−S−Accys)(dipy)]−Cl・HO、MW 938.5g/molとしたときの計算値%:C 38.39、N 8.95、Pd 22.68、S 6.83。
【0130】
IRスペクトル(KBrペレット)、νmax(cm−1):507、640、692、774、815、879、946、1058、1094、1212、1229、1343、1381、1404、1427、1573、1723、2655、2820、2971、3377、3406、3480。
【0131】
製剤を得るために、配位化合物を過剰な配位子に移し、この目的のために、0.1gの錯体[Pd(μ−S−Accys)(dipy)]Cl・HOを、1000mlの水に溶解させた17.39gのアセチルシステインを含有する溶液に加えた。これを十分に撹拌し、得られた溶液を真空下での昇華によって乾燥させ、淡黄色の物質を形成した。この物質の配位化合物/有機分子比は1/1000であった。
【0132】
この物質は、真空昇華乾燥の終了時にすぐに使用できる状態であった。
【0133】
<実施例番号4>
リチウムイオン、アセチルシステイン、パラジウムとアセチルシステインとの二核配位化合物を含む製剤を得る。
【0134】
水溶液中、配位化合物はカチオン[Pd(μ−S−Accys)(NH2+である。
【化15】

【0135】
0.386gのアセチルシステイン(2.36mmol)を、cis−[Pd(NHCl](0.5g、2.36mmol)の冷懸濁液に撹拌しながら加え、0.5MのKOH溶液をpH11になるまで加えた。この溶液を50℃で1時間水浴中に保持した。得られた溶液に約50mlのアセトンを加え、これを撹拌した後、約50mlのジエチルエーテルをさらに加えた。沈殿した錯体[Pd(μ−S−Accys)(NH]Clの淡黄色の堆積物を濾別し、真空デシケータにて乾燥させた。
【0136】
元素分析:実測値%:C 17.6、N 12.2、Pd 30.0、S 10.0。
1028ClPd[Pd(μ−S−Accys)(NH]Cl、MW 676.24g/molとしたときの計算値%:C 17.76、N 12.43、Pd 31.47、S 9.48。
【0137】
IRスペクトル(KBrペレット)、νmax(cm−1):512、597、692、773、839、879、946、1094、1212、1229、1254、1343、1403、1521、1572、1594、1723、2655、2925、2971、3119、3460。
【0138】
0.1gの錯体[Pd(μ−S−Accys)(NH]Clを、24.13gの無水アセチルシステインを含有する150mlの溶液に加え、撹拌し、6.2gの水酸化リチウム一水和物LiOH・HOを少量ずつ加え、完全に溶解するまで撹拌した。得られた溶液を水酸化リチウムの飽和水溶液でpH7.2〜7.4に滴定した。
【0139】
この製剤は、固相における配位化合物の単離の工程を使用せずに合成可能なものである。この場合、秤量したcis−[Pd(NHCl]を、計算で求めた量のアセチルシステインに水溶液に加え、十分に溶解するまで溶液を撹拌した後、計算で求めた量の無水水酸化リチウムまたは水酸化リチウム一水和物を加える。十分に溶解後、この溶液を飽和水酸化リチウム溶液でpH7.0〜7.4に滴定する。
【0140】
この物質は、真空下での昇華乾燥後にすぐに使用できる状態である。
【0141】
<実施例番号5:銅とシステインとの配位化合物の調製>
水溶液中、配位化合物はカチオン[(2,2’−dipy)Cu(μ−Cys)Cu(2,2’−dipy)]2+である。
【化16】


システイン(0.94g、7.7mmol)のエタノール溶液をCu(2,2’−dipy)Cl(1g、3.44mmol、Cu:Cysモル比1:2.25)のエタノール溶液に加える。反応混合物を数分間加熱した後、混合物をゆっくりと冷却すると錯体の微結晶性の堆積物が沈殿され、これを濾過によって溶液から分離し、ジエチルエーテルで洗浄し、真空デシケータで乾燥させる。
【0142】
元素分析:実測値%:C 41.5、N 11.0、Cu 16.5、S 8.3。
【0143】
2628ClCu[Cu(μ−S−Cys)(dipy)]Cl、MW 750.67g/molとしたときの計算値%:C 41.60、N 11.19、Cu 16.93、S 8.54。
【0144】
IRスペクトル(KBrペレット)、νmax(cm−1):520、691、815、879、1058、1133、1212、1229、1254、1343、1404、1572、1594、1627、2655、2925、2940、2971、3119、3480。
【0145】
この製剤は、固相における配位化合物の単離の工程を使用せずに合成可能なものである。計算で求めた量のCu(2,2’−dipy)Clを、二倍以上の過剰量のシステインを含有する水溶液に加える。得られる溶液を使用して、製剤を得ることが可能である。
【0146】
<実施例番号6>
リチウムイオンおよび銅とシステインとの二核配位化合物を含む製剤を得る。
【0147】
0.1gの[Cu(μ−S−Cys)(dipy)]Cl(実施例番号5)を、16.14gのシステイン(配位化合物とチオールとのモル比1:1000)を含有する水溶液(約150ml)に加え、十分に撹拌した。次に、得られた溶液に水酸化リチウム一水和物LiOH・HOを少量ずつ加え、これが十分に溶解されるまで撹拌を継続した後、得られた溶液のpHを飽和LiOH溶液で7.2〜7.4に調節した。
【0148】
この物質は、真空下での昇華乾燥後にすぐに使用できる状態であった。
【0149】
<実施例番号7>
チオクト酸およびパラジウムとアセチルシステインとの二核配位化合物を含む製剤を得る。
【0150】
計算で求めた量の[Pd(μ−S−Accys)(dipy)]Cl・HO(実施例番号3)およびリポ(チオクト)酸をモル比1:1000で含有する水溶液を混合することで、製剤を得る。
【0151】
この物質は、真空下での溶液の昇華乾燥後にすぐに使用できる状態である。
【0152】
<実施例番号8>
アデノシンおよびパラジウムとアセチルシステインとの二核配位化合物を含む製剤を得る。
【0153】
計算で求めた量の[Pd(μ−S−Accys)(dipy)]Cl・HO(実施例番号3)、アセチルシステイン、アデノシンをモル比1:1000:1で含有する水溶液を混合することで、製剤を得る。
【0154】
この物質は、溶液の真空昇華乾燥後にすぐに使用できる状態である。
【0155】
<実施例番号9>
配位化合物によってチロシンキナーゼ活性阻害剤の作用に対する薬理学的標的−上皮成長因子受容体−の親和性を高める。
【0156】
増加したHER1およびHER2/neu活性と乳房、肺、卵巣、骨、食道での癌における腫瘍細胞の悪性増殖との間で、原因となる関連性を臨床的に示した。これに関連して、抗腫瘍標的として積極的に研究されている対象物のひとつに上皮成長因子受容体(EGFR)がある[5,7]。
【0157】
EGFRによって実現される生物学的作用を遮断することを目的とした、多数の薬理学的解決策が存在する。
1)受容体の細胞外部分に結合するモノクローナル抗体の使用:Erbitux−HER1に対するモノクローナル抗体、Herceptin−HER2/neuに対するモノクローナル抗体;2)細胞膜透過性細胞毒とコンジュゲートする組換えペプチド配位子EGFおよび/またはTGF−aの使用;3)EGFRの細胞内ドメインに作用でき、シグナル伝達タンパク質のチロシンキナーゼリン酸化のプロセスを中断できる低分子量の阻害剤であるIressa、チルホスチン、ゲニステイン、SU6668、ZD6474の使用。
【0158】
抗体と受容体の免疫活性中心との相互作用ならびに阻害剤と触媒活性の活性中心との相互作用では、これらの中心に到達できる必要があり、これはタンパク質分子のコンホメーションによって判断される。二量体EGFR分子のコンホメーションによって、チロシンキナーゼ阻害剤およびモノクローナル抗体は各々の結合部位と相互作用できるようになる。
【0159】
[作業の目的]
配位化合物が、薬理学的標的−上皮成長因子受容体−のチロシンキナーゼ活性阻害剤の作用に対する親和性におよぼす影響について研究すること。
【0160】
使用した被検化合物は、システインとパラジウム(C−Pd)の配位化合物、システイン(C)、システインが過剰な配位化合物C−Pd(C−Pd:C、配位化合物:システイン比1:1000)、EGF受容体−上皮成長因子の生理学的高親和性配位子、チルホスチンAG1478(Sigma、USA)、EGFチロシンキナーゼ受容体阻害剤であった。
【0161】
研究実施用の製剤を得る。
【0162】
被検化合物を+4℃で保管した。物質を実験開始の直前に脱イオン水(super Q)に溶解させた。初期溶液の濃度は実験で用いる濃度の1000倍以上とする。調製した濃溶液を+4℃にて5時間以内で保管する。
【0163】
[投与経路]
最終試験濃度になるようにして細胞培地に化合物を加えた。
【0164】
[用量数]
表記の時間で細胞に一用量で製剤を加える。
【0165】
[濃度]
システイン(C)0.015および0.15μmol/ml;
システイン配位化合物−C−Pd 0.015および0.15nmol/ml;
システイン配位化合物:システイン(C−Pd:C)1:1000 0.015および0.15μmol/ml(配位子濃度をμmol/mlで示す)。
上皮成長因子200ng/ml。
EGFチロシンキナーゼ受容体阻害剤−濃度0.1μg/ml、0.25μg/ml、0.5μg/ml、0.75μg/ml、1.0μg/ml、2.5μg/ml、5μg/ml、7.5μg/ml、10μg/mlでのチルホスチンAG1478。
【0166】
製剤を一用量で加えた。
【0167】
上皮成長因子受容体のチロシンキナーゼ活性の判定時間:0分間、5分間、10分間、30分間、1時間、2時間、4時間、8時間。
【0168】
24時間後および48時間後に、培養にて生細胞と死細胞の数を求めた。
【0169】
[使用した細胞系]
All−Russian Cell Culture Collection (Russian Academy of Sciences Institute of Cytology, St. Petersburg)から入手した、A431系統のヒト類表皮癌細胞。
【0170】
[細胞培養条件]
細胞をCOインキュベータ(New Brunswick Scientific)にて+37℃かつCO含有量5%で培養する。これらの条件下で単層培養まで細胞を成長させ、被検化合物の作用に曝露する。
【0171】
[細胞培地]
DMEM培地(OOO PanEko、モスクワ)にゲンタマイシンK(80mg/l)、L−グルタミン(300mg/l)、血清(PAA、オーストリア)を加えて最終濃度10%としたものを、細胞の培養に使用する。実験開始の24時間前に、血清含有量を0.5%まで落とした培地に細胞を移す。
【0172】
[細胞成長動力学]
A431細胞をプラスチック製のペトリ皿(Nunc)に濃度10000/cmで蒔き、24時間後に10〜15%の単層形成時の被検製剤の作用に曝露した。
【0173】
[染色用細胞の調製]
A431細胞の培地を、剥離した死細胞の完全分析用に試験管(Falkon)に回収する一方で、ペトリ皿の細胞を(回収した培地と合わせた)PBSで洗浄し、Versene(Paneko)にて室温で約10分間、0.25%トリプシン溶液で細胞が剥離するまで処理した。次に、細胞を自動ピペットでピペット滴下して懸濁させ、先に回収した培地と合わせた。試料を室温にて5分間、400gで遠心処理し、上清を取り除き、堆積物をpH7.4のPBSホスフェート塩緩衝液に再懸濁させた。
【0174】
[細胞をヨウ化プロピジウムで染色]
Bruker ACR 1000蛍光フローサイトメータで測定する5〜10分前に、細胞の懸濁液に濃度50μg/mlまでヨウ化プロピジウムを加えた。この染色は破損した細胞膜を通り抜けることができ、染色された細胞は死滅する。
【0175】
[細胞溶解方法]
刺激完了後、細胞を氷中にてホスフェート塩緩衝液(pH7.4)で洗浄する。トータルライセートを得るために、20mM Tris(pH7.4)、150mM NaCl、1mM NaVO、1mM EDTA、1mM EGTA、0.5mM PMSF、さらに各々1μg/mlのロイペプチン、アプロチニン、ペプスタチン、0.5%Nonidet P−40、1%Triton X−100を含有する緩衝液中で細胞を掻爬し、4℃で10分間インキュベートする。得られた材料を26Gの注射針に5回通し、10000gで5分間遠心処理する。電気泳動試料(40mM Tris、pH6.8、10%SDS、20%2−メルカプトエタノール、40%グリセロール、0.05%ブロモフェノールブルー)用の1/4容量の緩衝液を上清に加え、撹拌し、100℃で5分間加熱する。
【0176】
[タンパク質濃度の判定]
RC−DCタンパク質アッセイ(BioRad)試薬を用いて、BioMate 3(Thermo Electron Corporation)分光光度計で、電気泳動前の試料中におけるタンパク質の濃度を求める。
【0177】
[電気泳動およびエレクトロトランスファ]
上皮成長因子受容体の分析用に7.5%ポリアクリルアミドゲル中にて、MAPキナーゼERK 1,2の分析用には12%ゲルにて、標準的な方法を用いてタンパク質を電気泳動で分離する。等量のタンパク質を含有する試料をゲルに適用する。その後、0.58%Tris、0.29%グリシン、0.035%ドデシル硫酸Na、20%メタノールを含有する緩衝液中で、分離したタンパク質をニトロセルロース膜(Hybond ECL, Amersham)に移すエレクトロトランスファを実施する。Ponceau S(Sigma)を用いてタンパク質バンドを可視化する。
【0178】
[イムノブロッティング]
ウェスタンブロッティングプロトコールのECL法(Amersham)でイムノブロッティングを実施する。すべての手順を室温にて実施する。10mM Tris(pH7.6)、100mM NaCl、0.1%Tween 20(TBS−T)を含有する溶液中で、ニトロセルロース膜を10分間洗浄する。次に、この膜をBSA(Sigma)の1%溶液または脱脂粉乳(Valio)をTBS−T緩衝液に加えた5%溶液中で1時間インキュベートした後、一次抗体をTBS−T緩衝液に加えた溶液中で1〜1.5時間インキュベートする。さらに、膜をTBS−T中で5分ずつ5回洗浄し、二次抗体をTBS−T緩衝液に加えた5%脱脂粉乳含有溶液に入れ、1時間インキュベートする。膜を洗浄(TBS−T、5分ずつ5回)した後、高感度化学ルミネッセンス法を用いて、抗体に結合したタンパク質を明らかにする。ニトロセルロース膜をECL(Amersham)溶液中で0.125ml/cmの速度で1分間インキュベートし、Kodak X−OMAT AR X線フィルムに曝露することで、化学ルミネッセンス光を記録する。
【0179】
[抗体]
ホスホチロシンに対する一次モノクローナル抗体(PY20, Transduction Laboratories、USA)と、チロシンリン酸化ERK 1,2に対するウサギポリクローナル抗体(Cell Signaling Technology、USA)を、膜でのタンパク質の特異的検出に使用する。EGF受容体に対するウサギポリクローナル抗体と、ERK1,2に対するウサギポリクローナル抗体(Cell Signaling Technology、USA)を、作業の過程で被検タンパク質の検出された活性形態をさらに特定するのに使用する。マウス免疫グロブリンに対して得られ、ペルオキシダーゼとコンジュゲートしたヤギ抗体(GAM−HRP)(Sigma、USA)、ウサギ免疫グロブリンに対して開発され、西洋ワサビペルオキシダーゼとコンジュゲートしたヤギ抗体(GAR−HRP, Cell Signaling Technology、USA)を、イムノブロッティングの二次抗体として使用する。ヘムオキシゲナーゼ1に対する一次ウサギポリクローナル抗体(Santa Cruz、USA)を、ヘムオキシゲナーゼの特異的検出に使用する。ウサギ免疫グロブリンに対して得られ、ペルオキシダーゼとコンジュゲートした抗体(GAR−HRP)(Santa Cruz、USA)を、イムノブロッティングの二次抗体として使用する。
【0180】
[膜から抗体を除去するための方法(ストリッピング)]
ニトロセルロース膜に抗体を除去し、これを他の抗体で再染色するために、60mM Tris−HCl(pH6.8)、2%SDS、100mM 2−メルカプトエタノールを含有する溶液中で、50℃にて30分間、揺動しながら膜をインキュベートする。
【0181】
[デンシトメトリーおよび結果の統計処理のための方法]
Photoshop 6.0のプログラムを用いて結果を含むX線フィルムをスキャンし、Scion Image 4.0.2.のプログラムを用いてバンドのデンシトメトリーを実施して、得られた値を対照値で割って3回の類似した実験(繰り返し)の平均を得た。Microsoft Excel 2000 9.0のプログラムを用いて、X軸に時間、実験値と対照値との比をY軸にとってグラフを描いた。
【0182】
[被検化合物が細胞の増殖活性および死に対しておよぼす影響についての結果]
得られた結果によれば、使用した濃度で、対照シリーズでの値と比較して1時間から4〜8時間の長い作用時間にわたってシステインがEGF受容体を8〜10倍活性化する。
【0183】
使用した濃度で、配位化合物C−Pdは、上皮成長因子受容体のチロシンキナーゼ活性に影響し、これは対照シリーズでの値と比較して最初の時間で5〜8倍強く、1時間から4〜8時間の長い作用時間では15〜20倍強い。
【0184】
使用した濃度および分析した時間で、システインとシステインの配位化合物であるC−Pd:C(1:1000)との作用を組み合わせて用いると、上皮成長因子受容体のチロシンキナーゼ活性の特性は、配位化合物の影響下でEGF受容体のチロシンキナーゼ活性の特性と類似していた。C−Pd:Cの影響下でのEGF受容体のチロシンキナーゼ活性のレベルには、配位化合物単独の受容体に対する活性化の影響レベルと比較して、1時間から4〜8時間の長い作用時間にわたって平均約20%のわずかな増加が認められた。
【0185】
最初のうち(最長1時間まで)は配位化合物の影響下でEGF受容体のチロシンキナーゼ活性の2〜3倍、1時間から4〜8時間ではこれが4〜5倍のときに、飽和濃度でEGF受容体−上皮成長因子−の高親和性配位子の影響下で生じるEGF受容体のチロシンキナーゼ活性が最も増加した。
【0186】
EGF受容体チロシンキナーゼ阻害剤であるチルホスチンAG1478は、高親和性配位子上皮成長因子の作用の10〜25分前に導入すると、3〜7μg/mlの濃度で、A431細胞の培養にてEGF受容体のチロシンキナーゼ活性を完全に阻害する。阻害剤を導入するのに最適なタイミングを求める場合、これを7.5μg/mlの濃度で使用した。上皮成長因子(200ng/ml)をインキュベーション培地に加える1分前、5分前、10分前、15分前、20分前、25分前、30分前に、阻害剤を導入した。阻害剤は、すべてのシリーズの実験で、上皮受容体配位子の作用の15分前、20分前、25分前、30分前に作用させた場合に、最初のうちと後半の時点で上皮成長因子によってEGF受容体のチロシンキナーゼ活性の刺激を完全に排除した。上皮成長因子への曝露10分前にAG1478阻害剤を作用させると、受容体は後半の判定時刻(1時間、4時間、8時間)の時点でチロシンキナーゼ活性の10〜15%を保持した。このため、上皮成長因子への曝露前のチルホスチンAG1478阻害剤の作用の最小時間として15分を選択した。チルホスチンAG1478のEGF受容体のチロシンキナーゼ活性に対して影響する用量と影響しない用量を求める場合、0.1μg/ml、0.25μg/ml、0.5μg/ml、0.75μg/ml、1μg/ml、2.5μg/ml、5μg/ml、7.5μg/mlの濃度でこれを使用した。AG1478は、2.5μg/mlの濃度でEGF受容体のチロシンキナーゼ活性を30%減少させたのに対し、5μg/mlおよび7.5μg/mlの濃度で作用させると、EGF受容体チロシンキナーゼ活性は検出されなかった。EGF受容体チロシンキナーゼ活性のAG1478阻害剤を、0.1μg/ml、0.25μg/ml、0.5μg/ml、0.75μg/mlの濃度で使用すると、高親和性配位子上皮成長因子によって開始されるEGF受容体チロシンキナーゼ活性の顕在化に影響しなかった。EGF受容体チロシンキナーゼ活性のAG1478阻害剤を1μg/mlの濃度で用いると、インキュベーションの後半の段階(1時間、4時間、8時間)で、EGF受容体のチロシンキナーゼ活性に統計的には信頼できない増加が検出された。
【0187】
得られた実験結果は、配位化合物の影響下にて使用した濃度でEGF受容体の二量体が形成され、過剰な配位子と組み合わせると配位化合物の影響が強まることを実証するものである。これは、EGF受容体の二量体だけがチロシンキナーゼ活性を持つことが知られているためである。過剰な配位子と組み合わせた場合の配位化合物の活性増大は、大量の配位化合物がインキュベーション培地に侵入することによる場合がある。低濃度で作業をするのは、容器やピペットの壁面に吸収されることで物質の一部が失われてしまう可能性があるため、危険である。このような損失は極めてわずかであるが、物質を微量で用いる場合は、細胞インキュベーション培地に物質を導入する前にそれが事実上完全に失われてしまうことにもなりかねない。このような場合の過剰な有機分子は、予定された濃度の被検物質をインキュベーション培地に添加しやすくする。この論拠は、システインがEGF受容体のチロシンキナーゼ活性に対しておよぼす固有の影響について得られた実験による事実を無効にするものではないが、このような細胞反応の活性の変化(EGF受容体に対する作用によって制御される)が細胞にとって有意であるのか否か、あるいはこれがEGF受容体のトランス活性化(多くの物質が細胞に作用するときに発生し、その直接的な生理学的機能とは関連していない)の結果であるのか否かという疑問に答えてもいない。増殖活性の変化が、EGF受容体に対する阻害作用または活性化作用の特異性の反映であることは知られている。これに関連して、被検化合物作用時の増殖活性の変化を評価した(表2)。
【0188】
【表3】

【0189】
実験の結果、対照とシステインの影響下で事実上同一の細胞の増殖活性が認められたことから、システインは増殖活性の刺激に影響しないことがわかる。これとは対照的に、システインとパラジウムの配位化合物は、どの方法を用いても、独立にまたは過剰な配位子でA431細胞の増殖活性を刺激する。得られた結果から、d−金属と硫黄含有有機分子の配位化合物が、配位子の固有の影響とは同じになり得ない固有の生物学的効果を持つことがわかる。このような差異は、配位子にとっては内因性ではない配位化合物の新規な特性(単数または複数)の顕在化によるものである。上皮成長因子は、A431細胞の増殖活性に対して最大の刺激作用を持つ。チロシンキナーゼ活性阻害剤を併用した結果、その阻害活性が不十分になる濃度を明らかにすることが可能になった。結合部位に対する阻害剤の親和性がEGF受容体分子の二量体の形態で最大になることは周知であり、阻害剤とのプレインキュベーションによって、AG1478は二量体の形態にあるEGF受容体の分子と結合するが、受容体の二量体化時、残りの阻害剤分子は、上皮成長因子の作用がゆえに、リン酸化前にこの特定のチロシンによってチロシンキナーゼ活性中心と結合するには不十分であると仮定できる。これに関連して、受容体の二量体化が配位化合物の作用によって開始される場合に、AG1478阻害剤の無効な濃度(1.0μg/ml、2.5μg/ml)の作用の結果を確認するのが当然である(過剰な配位子は増殖活性に影響せず、このような組み合わせでは配位化合物の正確な投薬が可能であるということを考慮して、配位化合物を過剰な配位子で使用した)。この場合、阻害剤分子は、二量体化した受容体と最大限に結合し、上皮成長因子の作用時にEGF受容体の以後のチロシンキナーゼ活性を排除できるようになる。阻害剤導入前の30分間のプレインキュベーション時間を選択し、最初のうちのEGF受容体のチロシンキナーゼ活性に対する過剰な配位子での配位化合物の最大の刺激作用を可能にし、AG1478阻害剤濃度1.0μg/mlおよび2.5μg/mlでのインキュベーションは上皮成長因子の作用の15分前であった。実験の結果を表3にあげておく。
【0190】
【表4】

【0191】
得られた結果から、配位化合物がEGF受容体に対しておよぼす影響によって、AG1478チロシンキナーゼ活性阻害剤の作用の有効性を高められ、併用すると後者を低濃度で使用可能になることになる。
【0192】
EGF受容体が薬理学的作用の標的であると知り、なおかつ脂肪族チオールとのd−元素の二核配位化合物が薬理学的作用の手段であるチロシンキナーゼ活性阻害剤に対するEGF受容体の親和性を高める能力を考慮して、脂肪族チオールとのd−元素の二核配位化合物が、生理学的に適切な用量で後者を用いるための薬剤の作用に対する薬理学的標的の感受性を高めることが重要である疾患の治療に入ることを可能にすると仮定できる。
【0193】
<実施例番号10:配位化合物の作用によって多剤耐性因子−P−糖タンパク質−を阻害することで薬理学的標的の微小環境における薬剤の濃度を高めること>
【0194】
P−糖タンパク質(Pgp)は、薬剤分子をはじめとする有毒物質の分子から細胞を保護し、これらの分子を細胞および細胞内標的から除去する。多くのタイプの腫瘍が、これらの腫瘍を形成する細胞でのPgpの顕著な活性の結果として細胞分裂阻害薬の作用に対する顕著な耐性を特徴とする。これに関連して、化学療法の実務におけるPgp活性阻害剤の使用には、悪性腫瘍の治療で腫瘍細胞の薬剤耐性を抑制する実用的な用途がある。Pgp阻害剤の副作用がゆえに、Pgp阻害剤の使用は主に悪性腫瘍に制限される。この副作用は、薬剤の作用によって生じる有益な効果よりも危険なものである。悪性腫瘍は例外であるが、これは細胞分裂阻害薬を用いる場合の腫瘍細胞の耐性が、化学療法では成果がなく、大量の細胞分裂阻害薬が正常な細胞に作用し、そこに対して毒作用を有することを示すためである。これに関連して、化学療法的な手段から治療効果を達成可能にするPgp阻害剤を使用し、Pgpによる腫瘍細胞の薬剤耐性を克服するのは当然である。低毒性ではあるが有効なP−糖タンパク質の新たな阻害剤を探すことは急務であり、これに対する解決策は、悪性腫瘍をはじめとするさまざまな疾患での医薬品の有効性を高められるようにする。
【0195】
[作業の目的]
配位化合物がP−糖タンパク質の活性を阻害することで標的の微小環境で薬剤の量を増やす能力について研究すること。
【0196】
使用した被検化合物は、システアミンとパラジウム(Ts−Pd)の配位化合物(実施例番号2);システアミン(Ts);過剰なシステアミンとの配位化合物Ts−Pd(Ts−Pd:Ts;配位化合物:システアミン比1:1000)、ドキソルビシンであり、3通りの濃度で使用した。最大−5×10−7M、また、その5分の1および10分の1。
【0197】
[研究実施用の製剤を得る]
被検化合物を+4℃で保管した。物質を実験開始の直前に脱イオン水(super Q)に溶解させた。初期溶液の濃度は実験で用いる濃度の1000倍以上とする。調製した濃溶液を+4℃にて5時間以内で保管する。
【0198】
[投与経路]
最終試験濃度になるようにして細胞培地に化合物を加えた。
【0199】
[用量数]
表記の時間で細胞に一用量で製剤を加える。
【0200】
[濃度]
システアミン(Ts)0.015および0.15μmol/ml。
システアミン配位化合物−Ts−Pd0.015および0.15nmol/ml。
システアミン配位化合物:システアミン(Ts−Pd:Ts)1:1000−0.015および0.15μmol/ml(配位子濃度をμmol/mlで示す)。
【0201】
製剤を一用量で加えた。
【0202】
[使用した細胞系]
ジャーカット系統のヒトT−リンパ芽球性白血病細胞の培養物。
【0203】
[細胞培養条件]
細胞をCOインキュベータ(New Brunswick Scientific)にて+37℃かつCO含有量5%で培養する。これらの条件下で単層培養まで細胞を成長させ、被検化合物の作用に曝露する。
【0204】
[細胞培養条件、被検化合物がPgp活性に対しておよぼす影響を判断するための手順]
10%仔ウシ胚血清を含有するRPMI−1640培地にて、細胞を培養した。実験日に、細胞の懸濁液を1500回転/分で10分間遠心処理し、堆積物をpH7.4のリン酸緩衝液に再懸濁させた。得られた懸濁液中の細胞数をGoryayevチャンバで計数し、必要があれば、遠心処理して最終細胞濃度の100万/mlに達するまで適量のリン酸緩衝液に再懸濁させた。
【0205】
モノクローナル抗体と多剤耐性のマーカとの相互作用に対して被検化合物がおよぼす影響を研究するための実験開始の直前に、pH7.4のリン酸緩衝液を用いて市販の抗体の所望の希釈物を調製した。抗体の適切な希釈物を蛍光フローサイトメータ用のプラスチック管にて特定濃度で被検細胞の100μlの懸濁液に加えた後、4℃で30分間、冷インキュベートした。インキュベーション完了後に遊離(Pgpに結合していない)抗体を洗い流すために、pH7.4のリン酸緩衝液2mlを各管に加えた後、これを1500回転/分で10分間遠心処理した。上清の液体を真空ポンプで取り除き、洗浄手順を繰り返した。堆積物をpH7.4のリン酸緩衝液300μlに再懸濁させた。
【0206】
BD Pharmingenから入手したFITC標識クローン17F9マウスモノクローナル抗体を作業に使用した。これらの抗体は、ヒト膜貫通タンパク質Pgpの外部エピトープに対する特異性が特徴である。この研究では9通りの濃度の抗体を使用した。これを希釈していない市販溶液の体積単位で表すと次のとおりである。細胞懸濁液100μlあたり40;20;10;5;2.5;1;0.5;0.25;0.1μl。濃度40μlを最大として使用した。これは、さらに抗体の量を増やしても蛍光および染色細胞比率がわずかしか増加しなかったためである。
【0207】
特異的抗体と等しい濃度のFITC標識lgG2b,kマウスモノクローナル抗体をアイソタイプ対照として使用した。
【0208】
[蛍光フローサイトメトリを用いた細胞培養懸濁液におけるPgpの機能的活性の評価]
2000回転で遠心処理することで栄養塩培地なしで細胞を洗浄し、グルコースを含有してフェノールレッドを含まないハンクス溶液に堆積物を再懸濁させ、試験管に細胞懸濁液を加える。次に、輸送体(単数または複数)阻害剤を細胞懸濁液に加え、管を20分間インキュベート(5mMのグルコースを対照試料に加えたハンクス溶液)する。続いてドキソルビシンとともに37℃で5分間のインキュベーションを実施し、その後、10%ホルマリンで細胞を固定する。その次の段階で、調製済みの試料を蛍光フローサイトメトリで分析する。
【0209】
[蛍光フローサイトメトリ法]
励起波長488nm、放出波長576nm、シャッター値100、細胞200個/sの速度で、FACSCalibur(Becton Dickinson)蛍光フローサイトメータを用いて蛍光を測定した。分析したイベント数は5000〜10000であった。蛍光強度に基づいた細胞分布のヒストグラムを、細胞懸濁液全体に対する累積的な平均蛍光指数と、別途アイソタイプ対照の蛍光フィールド(マーカM2)およびPgpに対する抗体の特異的結合(マーカM1)を用いて、Kolmogorov−Smirnov法で求めたモノクローナル抗体フィールドの特異的結合におけるマーカM1細胞の数にも従って、WinMDIプログラムで分析した。
【0210】
[被検化合物が細胞の増殖活性および死に対しておよぼす影響についての結果]
研究のメイン段階を開始する前に、本発明者らは、ジャーカット系統ヒトT−リンパ芽球性白血病細胞の培養にて、抗体濃度範囲0.1;0.25;0.5;1.0;2.5;5.0;10.0;20.0、40.0μlでPgpの細胞外エピトープに対する特異的抗体で細胞を染色して、多剤耐性マーカPgpの発現をキャラクタライズした。使用した濃度で、被検化合物は、抗体濃度範囲0.1;0.25;0.5;1.0;2.5;5.0;10.0;20.0、40.0μlでPgpの染色に用いたアイソタイプ抗体の細胞との相互作用に影響しなかった。
【0211】
配位化合物ならびに、配位子が過剰な配位化合物との細胞のプレインキュベーションでは、使用した濃度で、Pgpに対する特異的抗体によって、それぞれ濃度0.15nmol/mlおよび0.15μmol/mlで、Pgpに対する特異的抗体の濃度2.5−5.0−10.0μlで、1.4−1.7−2.0倍、第2の実験では濃度0.015nmol/mlおよび0.015μmol/mlで1.8−1.7−1.9倍だけ、細胞の平均蛍光が顕著に低下した。システアミンは、使用したどの濃度でも細胞の平均蛍光に影響しなかった。
【0212】
このように、Pgp活性は、個々に用いるか配位子過剰で用いる配位化合物の影響下でのみ抑制された。
【0213】
濃度0.015および0.15μmol/mlの配位化合物が、3通りの濃度(最大−5×10−7M、また、5分の1および10分の1)でのモデル製剤およびドキソルビシン蛍光プローブの細胞質と核との間の分布ならびに細胞内蓄積に対しておよぼす作用がゆえに、両方の試験濃度で配位化合物を用いる細胞のプレインキュベーション後にドキソルビシンの細胞内蓄積が顕著に増加した。これをドキソルビシンのさまざまな濃度比でのドキソルビシンの細胞内蛍光の増加として記録した。配位化合物0.15μmol/ml:ドキソルビシンの比1/10で1.3倍、配位化合物0.015μmol/ml:ドキソルビシンの比1、1/5および1/0でそれぞれ1.4−2.0−2.2倍。
【0214】
さらに、ドキソルビシンの核蓄積ならびにそのDNAとの結合の増加が、濃度0.15μmol/mlの配位化合物の影響下でドキソルビシン濃度1および1/5で留意され、その結果はドキソルビシンの細胞内蛍光の相当な(それぞれ1.4倍および1.7倍)減少であった。
【0215】
このように、薬理学的標的の微小環境における薬剤濃度の増加は、多剤耐性因子P−糖タンパク質に対する配位化合物の作用によって達成されるため、この配位化合物を、薬剤の治療有効性を改善し、治療的に最適な用量での使用するための将来性のある手段とみなすことができる。
【0216】
<実施例11:銅配位化合物が動物の肝細胞で生体異物を解毒する第二相の酵素の活性に対しておよぼす影響>
【0217】
[作業の目的]
配位化合物が動物の肝細胞で生体異物を解毒する第二相の酵素の活性に対しておよぼす影響を研究すること。
【0218】
システイン(C)ならびに、過剰なシステインを有するシステインと銅との配位化合物(C−Cu)(実施例5参照)を被検化合物として使用した。
【0219】
RAMN Rappolovo繁殖センタから入手し、シクロホスファン(CP)を20mg/kgの用量で生理食塩液に加えたものを10日間にわたって毎日皮下注射して肝毒性を起こした体重140〜160gのオスの任意交配白ネズミで、研究を実施した。
【0220】
4つの実験動物群を形成した。
【0221】
No.1−被検化合物の溶媒(生理食塩液)を注射した無傷の動物(溶媒対照);
No.2−CPを与えた後、治療手段として生理食塩液を注射した無傷の動物(対照);
【0222】
[実験群]
No.3−中毒物質CPの投与30分後に、被検化合物のシステイン(C)を生理食塩液に加えたものを腹腔内に用量10mg/kgで10日間与えた動物。
No.4−中毒物質CPの投与30分後に、システイン(C)をシステインと銅の配位化合物(C−Cu:C、システイン:配位化合物比1000:1)との組み合わせで生理食塩液に加えたものを腹腔内に用量10mg/kg(配位化合物の量8.3×10−8M/kg)で10日間与えた動物。
【0223】
肝細胞のサイトゾル画分で生体異物を解毒する第二相の酵素について研究した:グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(EC 2.5.1.18)、グルタチオンペルオキシダーゼ(EC 1.11.1.9)、グルタチオンレダクターゼ(EC 1.6.4.2)、グルコース−6−ホスフェートデヒドロゲナーゼ(EC 1.1.1.49)。
【0224】
[被検材料]
肝細胞のサイトゾル画分。
【0225】
[被検酵素]
グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(EC 2.5.1.18)、グルタチオンペルオキシダーゼ(EC 1.11.1.9)、グルタチオンレダクターゼ(EC 1.6.4.2)、グルコース−6−ホスフェートデヒドロゲナーゼ(EC 1.1.1.49)。
【0226】
[肝細胞のサイトゾル画分を得るための方法]
研究用の材料を得るために、エーテルで麻酔した実験動物を断頭した。冷却した0.15M KCl溶液(pH7.8)を上大静脈に灌流して血液を完全に除去した後に肝臓を抽出した。肝細胞を間質から分離し、テフロン内筒を用いたDownsタイプのホモジナイザで、組織重量と溶液(0.15M KCl、pH7.8)容量との比1:10で均質化した。ホモジネートを、12×10gおよび温度4℃で25分間遠心処理した。ミトコンドリア後上清を、Type 50 3.Tiロータを用いてL8−M超遠心機(Beckman、USA)にて105×10gおよび温度4℃で60分間遠心処理した。サイトゾル画分を用いて、酵素の活性を判断した。
【0227】
5,5’−ジ−チオ−ビス(−2−ニトロ安息香)酸(DTNB)を用いて、試料中でタンパク質を沈殿させるのにスルホサリチル酸の溶液を使用するG.L. Ellmanの方法(この方法はメタリン酸またはトリクロロ酢酸を使う場合とは対照的に、グルタチオンの還元形態から酸化形態への自然な変換をなくす)で、肝細胞ホモジネートにおける還元グルタチオンの濃度を求めた。
【0228】
この方法の原理は、波長412nmで吸収が最大になる着色産物である5−チオ−2−ニトロ安息香酸(TNB)の酸可溶性チオール基とのDTNB(Ellman作用剤)の反応に基づくものである。
【0229】
0.2mlの20%スルホサリチル酸溶液を0.6mlの肝細胞ホモジネートに加えた。試料を3000回転/分および温度+2℃で10分間遠心処理した。得られた上清0.2mlを、2.55mlの0.1M TRIS−HCl緩衝液を0.01%エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、pH8.5と一緒に入れた試験管に移した。25μlのDTNB溶液(4mgの市販DTNB調製物(Boehring Mannheim、ドイツ)を1mlの無水メタノールに入れたもの)を、得られた混合物に加えた。発色後、DU 650分光光度計(Beckman、USA)で基準溶液に対して波長412nmで光路長10mmのセルにて試料を測定した。較正曲線を用いて還元グルタチオンの含有量を計算した。この目的のために、市販のRG調製物(Sigma、USA)を用いて濃度0.02〜2.0mmol/lのRG溶液を調製し、上述した方法によって還元グルタチオンの含有量を求めるためにそこから試料を得て、得られた消光値から較正曲線を引いた。較正曲線を用いて還元グルタチオンの濃度を計算した。
【0230】
[酵素活性の判断]
(グルタチオンペルオキシダーゼ(EC 1.11.1.9)の活性の判断)
tert−ブチルヒドロペルオキシド(TBHP)を基質として用いて、グルタチオンペルオキシダーゼの活性を求めた。
【0231】
この方法の原理は、TBHPとの細胞サイトゾルのインキュベーション時にグルタチオンペルオキシダーゼによって還元グルタチオンを利用することを含む。G.L. Ellmanの方法で、5,5’−ジ−チオ−ビス(−2−ニトロ安息香)酸(DRNB)を用いる色反応によって、インキュベーション前後の試料中における還元グルタチオン(RG)の含有量を求めた。
【0232】
酵素反応を実施するために、肝細胞のサイトゾル画分を0.1Mカリウム−リン酸緩衝液(pH7.4)でさらに40倍に希釈した。0.2mlの希釈サイトゾルを実験試料および対照試料に入れ、0.73mlの0.1M TRIS−HCl緩衝液(pH8.5)を加えた(1mlの緩衝液に0.1mgのEDTA、0.78mgのNaN(Sigma、USA)、1mgのRG(Sigma、USA)を含有)。試料をサーモスタットにて+37℃で10分間インキュベートした。70%市販調製物(ICN、USA)を蒸留水で500倍に希釈して調製した70μlのTBHPを導入することで、反応を開始した。TBHP溶液の代わりに70μlのHOを対照試料に加えた。5分間+37℃でインキュベーションを実施した後、0.2mlの20%トリクロロ酢酸溶液を各試験管に加えて反応を停止させた。上述の方法と同様にして、試料を3000gで10分間遠心処理し、上清を用いて還元グルタチオンの量を求めた。実験試料および対照試料のRGの量の差に基づいて、較正曲線を用いて酵素活性を計算し、mmol/(分・gタンパク質)で表した。
【0233】
(グルタチオンレダクターゼ(EC 1.6.4.2)の活性の判断)
強度をNADP−H溶液の吸光が最大になる波長340nmで試料の消光時の還元率から評価可能である、グルタチオンの酸化形態を還元形態に還元する触媒NADP−H依存性反応に基づく方法で、グルタチオンレダクターゼの活性を求めた。
グルタチオンレダクターゼ
NADP−H+H+OG → → → NADP+2RG
【0234】
酵素反応を実施するために、0.1Mカリウム−リン酸緩衝液(pH7.4)を用いて、1:9の比で肝細胞のサイトゾル画分をさらに希釈した。サーモスタット付きのセルで、温度+37℃にて反応を実施した。1.8mlの0.1Mカリウム−リン酸緩衝液(pH7.0)を、1mMのEDTA、0.1mlの酸化型グルタチオン20mM水溶液(Boehringer Mannheim、ドイツ)、100μlの希釈サイトゾル画分と一緒に、セルに入れた。3〜5分間の温度平衡後、0.1mlのNADP−H(F.Hoffman−La Roche、スイス)2mM溶液を10mMのTRIS−HCl緩衝液(pH7.0)に溶解させたものを加えて反応を開始した。DU 650分光光度計の光路長10mmのセルにて内容物を5分間撹拌した直後に、被検溶液の光学密度を波長340nmで対照試料に対して測定した。サイトゾルに代えて同容量の0.1Mカリウム−リン酸緩衝液(pH7.4)を加えておいた反応混合物の光学密度の測定を対照として利用した。NADP−Hの波長340nmでのモル吸光係数ε=6200M−1・cm−1を用いて、グルタチオンレダクターゼ活性を計算した。活性をμmol/(分・gタンパク質)で表した。
【0235】
(グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(EC 2.5.1.18.)の活性の判断)
W.H. HabigおよびW.B. Jakobyの方法を用いて、グルタチオン−S−トランスフェラーゼの活性を求めた。
【0236】
この方法は、グルタチオン−S−トランスフェラーゼの存在下、還元グルタチオンが1−クロロ−2,4−ジニトロベンゼンと反応して、波長340nmで吸光が最大になる生成物を形成する能力に基づくものである。
【0237】
酵素反応を実施するために、0.1Mカリウム−リン酸緩衝液(pH7.4)を用いて、1:9の比で肝細胞のサイトゾル画分をさらに希釈した。サーモスタット付きのセルで、温度+37℃にて反応を実施した。1.2mlの還元グルタチオン(Sigma、USA)2mM溶液を0.1Mカリウム−リン酸緩衝液(pH6.5)に入れたものと0.1mlの希釈サイトゾル画分をセルに加えた。温度平衡後、培地に1.2mlの1−クロロ−2,4−ジニトロベンゼン(市販調製物(ICN、USA)10mgを1mlの無水メタノールに溶解させ、得られたアルコール溶液に23mlの0.1Mカリウム−リン酸緩衝液(pH6.5)を加えた)2mM溶液を加えて反応を開始した。DU 650分光光度計の光路長10mmのセルにて内容物を混合し、5分後に、被検溶液の光学密度を波長340nmで水に対して測定した。サイトゾルに代えて同容量の0.1Mカリウム−リン酸緩衝液(pH7.4)を加えておいた混合物の光学密度の測定を対照として利用した。形成された生成物の波長340nmでのモル吸光係数ε=9600M−1・cm−1を用いて、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ活性を計算した。活性をμmol/(分・gタンパク質)で表した。
【0238】
(グルコース−6−ホスフェートデヒドロゲナーゼ(EC 1.1.1.49.)の活性の判断)
A.Kornbergらの方法を用いて、グルコース−6−ホスフェートデヒドロゲナーゼの活性を求めた。
【0239】
この方法は、グルコース−6−ホスフェートの酸化時にグルコース−6−ホスフェートデヒドロゲナーゼがNADPをNADP−Hに還元する能力に基づくものである。形成されるNADP−Hの量は、酵素活性に比例する。
【0240】
サーモスタット付きのセルで、温度+37℃にて酵素反応を実施した。3.0mlの50mM TRIS−HCl緩衝液(pH7.6)を、5mMのEDTA、0.1mlのNADP(Merck、ドイツ)10mM溶液、50μlの肝臓サイトゾル画分と一緒に、セルに入れた。温度平衡後、0.1mlのグルコース−6−ホスフェートナトリウム(Boehringer Mannheim、ドイツ)5mM溶液を試験培地に加えて反応を開始した。DU 650分光光度計の光路長10mmのセルで5分間経過後に、基質のない対照に対して波長340nmの測光法で試料を測定した。形成されたNADP−Hの波長340nmでのモル吸光係数ε=6200M−1・cm−1を用いて活性を計算した。活性をμmol/(分・gタンパク質)で表した。
【0241】
(タンパク質濃度の判断)
G.L.Petersonの改変で、Lowry法でタンパク質含有量を求めた。
【0242】
この方法の原理は、アルカリ培地でペプチド結合と反応する銅酒石酸塩−炭酸塩を用いる反応と、芳香族アミノ酸と反応するFolin−Ciocalteu試薬を用いる反応という、タンパク質の判断に特有の2つの連続した反応を実施することを含む。これによって、波長750nmで最大吸光となる着色錯体が形成され、色の強度は試料のタンパク質含有量に比例する。
【0243】
10μlの肝臓サイトゾル画分と0.1mlのデオキシコール酸ナトリウム(Sigma、USA)0.15%溶液とを、0.99mlの蒸留水に順次加えた。試料を室温にて10分間インキュベートした後、試料中のタンパク質を0.1mlの72%トリクロロ酢酸溶液で沈殿させた。次に、試料を3000回転/分で15分間遠心処理した。上清を除去し、1mlの水と、同容量の10%ドデシル硫酸ナトリウム溶液、0.8M NaOH溶液、蒸留水、銅酒石酸塩−炭素塩の溶液(0.1%硫酸銅、0.2%酒石酸カリウム−ナトリウム、10%炭酸ナトリウム)から調製した試薬1mlとを堆積物に加えた。堆積物に試薬を加えると、堆積物が溶解された。得られた溶液を温度+30℃で10分間インキュベートした。次に、0.5mlの0.33M Folin−Ciocalteu試薬(Serva、ドイツ)を溶液に加え、振盪後、試料を暗所にて30分間放置した。次に、DU 650分光光度計で、蒸留水に対して波長750nmで、光路長10mmのセルにて試料を測光法で測定した。タンパク質の含有量を求めるために、較正曲線を作成し、その目的でウシ血清アルブミンの水溶液を濃度0.1〜10.0g/lで調製し、そこから上述した方法でタンパク質含有量を求めるための試料を取得して、特定の濃度に対応する消光値を得た。サイトゾル画分におけるタンパク質の含有量を、較正曲線を用いて計算し、g/l単位で表した。
【0244】
[結果の統計処理]
得られた結果を、パーソナルコンピュータでSTATISTICA 6.0ソフトウェアスイートを用いて統計的に処理した。各群で平均値および平均誤差を計算した。対応する対照群との差異の信頼性をt検定で評価した。本文ならびに表に示す値は、Xav±mの形で表してある。
【0245】
[研究の結果]
有毒物質の作用に対する許容度を提供する分子反応の複雑さについて研究した結果は、システイン(C)およびその配位化合物(C−Cu)が生体異物を解毒する第二相の酵素の活性を誘導する能力−グルタチオンレダクターゼ(EC 1.6.4.2)、グルタチオンペルオキシダーゼ(EC 1.11.1.9)、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(EC 2.5.1.18)ならびに、これに関連した還元グルタチオンの代謝を実証するものである(表4)。
【0246】
【表5】

【0247】
微量の配位化合物によって、システインが生体異物を解毒する第二相の酵素の活性を誘導する能力が高められ、これに関連した重要な代謝物である還元グルタチオンの代謝強度が高くなった。
【0248】
このため、脂肪族チオールとのd−金属の二核配位化合物を、他の原因治療、病原治療、対照治療手段と一緒に併用すると、関連する薬剤調製物の副作用を回避できるようになり、治療が生理学的に一層適切なものになる。
【0249】
<実施例番号12:銅とアセチルシステインの配位化合物がアセチルシステインのリチウム塩の血液刺激活性(hemostimulating)に対しておよぼす影響>
アセチルシステインのリチウム塩(aC−Li)および銅の配位化合物(実施例番号6を参照)を含有する製剤について研究した。
【0250】
[研究を実施するための被検化合物溶液の調製]
結晶物質を4℃で保管した。物質を実験開始の直前に生理食塩液に溶解させた。滅菌層流キャビネットにて0.22μmのMillex−GS(Millipore)フィルタに通すことで、溶液を滅菌した。
【0251】
[研究モデル]
シクロホスファンを100mg/kgの用量で生理食塩液に加えたものを単回皮下注射した体重140〜160gのオスの任意交配白ネズミで、研究を実施した。
【0252】
4つの実験動物群を形成した。
【0253】
No.1−被検化合物の溶媒(生理食塩液)を注射した無傷の動物(溶媒対照);
No.2−CPを与えた後、治療手段として生理食塩液を注射した無傷の動物(対照);
(実験群)
No.3−シクロホスファンを注射した後、Cu−aC−Li:aC−Liを生理食塩液に入れたものを用量10mg/kgで治療手段として投与した動物(配位化合物の量7.8×10−8M/kg);
No.4−シクロホスファンを注射し、aC−Liを生理食塩液に入れたものを用量10mg/kgで治療手段として投与した動物;
No.5−シクロホスファンを注射し、炭酸リチウムを生理食塩液に入れたものを用量3mg/kgで治療手段として投与した動物(炭酸リチウムの量については、システインのリチウム塩10mg中におけるリチウムイオン(0.55)の重量比をもとに計算し、3mgの炭酸リチウムに同じ量のリチウムが含まれる);
No.6−シクロホスファンを注射し、アセチルシステインを生理食塩液に入れたものを用量9.5mg/kgで治療手段として投与した動物(アセチルシステインの量については、アセチルシステイン10mg中におけるアセチルシステイン(約0.95)の重量比をもとに計算したもので、これはアセチルシステインの水素化形態9.5mgに相当する)。
【0254】
シクロホスファンの投与後3日目に、被検製剤を投与した。
【0255】
[被検材料]
CPを投与した3日後、7日後、14日後に、尾静脈から、血液学的調査用の血液を採取した。それぞれのシリーズの終了時(3日目、7日目、14日目)、実験動物を過剰量のエーテルで安楽死させ、尾静脈および大腿骨の骨髄から血液を得た。
【0256】
[分析した特徴]
この研究では、血液抑制した(hemodepressed)動物に対する被検化合物の投与7日目に血液の細胞充実性(赤血球、血小板、白血球、リンパ球、好中球、ESR)および骨髄を評価した。
【0257】
[研究の結果]
血液の細胞充実性について実施した研究の結果を表1〜3にあげておく。
【0258】
用量100g/kgで、シクロホスファンは、絶対的リンパ球減少症および相対的リンパ球減少症を伴う血液の形成された全要素に関してかなり明らかな血球減少症を引き起こし、14日目に最大限に出現した(1〜3)。
【0259】
配位化合物Ci−aC−Li:aC−Liは、顕著な血液刺激作用を呈し、これは血液の細胞充実性が事実上完全に回復する形で顕在化された。アセチルシステインのリチウム塩過剰で導入されたアセチルシステインのリチウム塩と銅との配位化合物とは対照的に、アセチルシステイン、アセチルシステインのリチウム塩、炭酸リチウムの作用が、好ましい傾向の形で顕在化し、これは全体として血液刺激作用として評価可能である(表5〜7)。
【0260】
【表6】

【0261】
【表7】

【0262】
【表8】

【0263】
このように、d−金属と脂肪族チオールとの二核配位化合物と、血液刺激手段とを併用することによって、生理学的に一層適切な用量で後者の治療効果を確保することが可能になる。
【0264】
<実施例番号13:パラジウムとアセチルシステインの配位化合物がアセチルシステインを有するチオクト酸製剤の血糖降下作用(hypoglycemizing action)に対しておよぼす影響(実施例番号7を参照)>
【0265】
アセチルシステイン−チオクト酸組成物(実施例番号7を参照)を被検製剤として使用した。
【0266】
[研究実施のための被検化合物溶液の調製]
白色結晶物質を4℃で保管した。物質を実験開始の直前に生理食塩液に溶解させた。滅菌層流キャビネットにて0.22μmのMillex−GS(Millipore)フィルタに通すことで、溶液を滅菌した。血糖降下作用を判断するために、生理食塩液、用量100mg/kgおよび200mg/kgのチオクト酸、用量10および20mg/kgで配位子過剰な配位化合物と併用したチオクト酸(チオクト酸と過剰な配位子が等モル比)で、飢餓状態のマウスに被検物質を静脈内投与した。
【0267】
[研究の実施]
公式に推奨された試験[13,14]を用いて、製剤の糖低減活性を評価した。
−低血糖試験(無傷の動物における血糖含有量の低減);
−グルコース負荷試験(飢餓状態のときにグルコースを投与することで引き起こされる高血糖症の動物における糖含有量の低減);
−アロキサン糖尿病モデル(実験の慢性インスリン不足の状態における糖含有量の低減)。
【0268】
尾静脈穿刺の1時間後に血液を取得し、オルト−トルイジン法で血清グルコースレベルを求めた。
【0269】
体重17〜18gの白マウスで、被検物質が血中グルコースレベルに対しておよぼす影響について研究するための実験を実施した。実験の前夜から動物を断食させた。朝に、飢餓状態のマウスに10%グルコース溶液を1g/kg(0.1ml/体重10g)の速度で皮下注射した[4]。グルコース注射の直後、実験動物に基準製剤(用量0.3単位/kgのインスリン)を皮下注射した。被検物質を筋肉内注射した。5.5、11、100および200mg/kgのチオクト酸(最初の2種類の用量は配位化合物との複合材料におけるチオクト酸の含有量に対応);チオクト酸と配位子過剰な配位化合物−チオクト酸+CC−10および20mg/kgとの組み合わせ。1時間の間隔で4時間にわたって血中グルコースレベルを求めた。
【0270】
別のシリーズの実験ではアロキサン糖尿病モデルを使用した。アロキサン水和物(Chemapol、チェコ共和国)を用量100mg/kgで体重180〜200gのラット(24時間絶食させた)に1回皮下注射して、アロキサン糖尿病を誘導した。以下の群の動物を研究した。無傷のラット、糖尿病のある未処置のラット、糖尿病があり、1か月間にわたって用量100mg/kgでチオクト酸を毎日与えた動物、チオクト酸を配位化合物との組み合わせで用量10mg/kgで1日1回胃内に与えた動物。血中グルコースレベルが対照と比較してほぼ2倍になった7日後に、製剤の投与を開始した。各群にはオスとメスで20匹の動物を含めた。動物の全身症状、食餌および水の要求量、体重、血清グルコースレベル、総脂質、トリグリセリド、リポタンパク質、コレステロールを実験の過程で記録した。
【0271】
[研究の結果]
グルコース負荷後に被検化合物が動物の血中グルコースレベルに対しておよぼす影響を表8に示す。
【0272】
【表9】

【0273】
研究の結果には、用量100および200mg/kgでのチオクト酸および用量5.5および11mg/kgでの複合材料の一部としてのチオクト酸が血糖レベルに対しておよぼす影響の比較が示される。配位化合物を使用しないと、チオクト酸は用量5.5および11mg/kgで血糖降下効果を呈さなかった。
【0274】
ラットに外挿し、有効一用量はチオクト酸と配位化合物の複合材料で20mg/kg、チオクト酸の単独投与で200mg/kgであると仮定できよう。よって、ラットにおける実験での糖尿病の治療には、これらの用量を選択した。その結果を表9にあげておく。
【0275】
【表10】

【0276】
【表11】

【0277】
得られた結果は、チオクト酸と配位化合物の複合材料が中程度の重篤度の糖尿病において良好な治療効果を発揮し、製剤の効果は複合材料中でのその量と比較して20倍の用量で独立に投与したチオクト酸の効果に匹敵することを実証するものである。チオクト酸複合材料を与えたすべての動物で、血中グルコースレベルの減少と脂質代謝指数の正常化が観察された。これらの動物は正常に太り、水の消費量も対照群と差がなかった。
【0278】
このように、チオクト酸と配位化合物との複合材料は妥当な抗糖尿病活性を有し、炭水化物および脂質代謝指数を正常化する。これは、実験動物の血中コレステロールレベルの統計的に信頼できる低減という形で顕在化する。
【0279】
アセチルシステイン過剰なパラジウムとアセチルシステインとの配位化合物(実施例番号7)に、チオクト酸を組み合わせて使用すると、パラジウムとアセチルシステインとの配位化合物を微量で用いた場合に、有意な血糖降下効果のない用量で用いるチオクト酸の血糖降下効果を発揮しやすくなった。
【0280】
このように、d−金属と脂肪族チオールの二核配位化合物と、血糖降下手段とを併用すると、生理学的に適切な用量で後者の治療効果を保証することが可能になる。
【0281】
<実施例番号14:パラジウムとアセチルシステインとの配位化合物がアデノシンの心保護活性に対しておよぼす影響>
アセチルシステインおよびアデノシン過剰(アセチルシステイン−アデノシン(等モル比)(実施例番号8を参照)のパラジウムの配位化合物の組成物を被検製剤として使用した。
【0282】
アデノシンは、心筋虚血において顕著な心保護効果を発揮する化合物のひとつであり、これはさまざまな実験モデルで示されている。体内の自然な代謝物であるアデノシンは、内在性プリンヌクレオシドである。アデノシンは、特に心臓および冠血管において多くの生理学的プロセスを調節するが、いくつかのタイプの不整脈を治療するための治療用製剤として用いられる[1]。いくつかある理由の中でも特に、効果の不安定さと物質の作用に対する寛容形成が速いがゆえに、心筋虚血のある心臓疾患の治療におけるアデノシンを広く用いることができずにいる[15]。心筋虚血では、アデノシンの投与によって、アデノシンの心保護効果に関するタキフィラキシーの発生すなわち治療効果の迅速かつ進行性の減少が誘発される[16]。しかしながら、アデノシンの心保護効果が存在する場合は虚血に対する耐性が数週間維持された。アデノシンの制御可能で安定した長期間にわたる効果を達成するための試みは今までのところ成功に輝いておらず、それがゆえに、アデノシンは慢性虚血における心筋障害の予防および治療のための手段としての広い用途が制限され、適切な薬理学的解決策を待つプロスペクティブな薬剤の群に残ったままになっている[17,18]。
【0283】
[研究実施のための被検化合物溶液の調製]
白色結晶物質を4℃で保管した。物質を実験開始の直前に生理食塩液に溶解させた。滅菌層流キャビネットにて0.22μmのMillex−GS(Millipore)フィルタに通すことで、溶液を滅菌した。心保護効果を研究するために、実験の過程で確立した心保護効果を誘発しない用量の生理食塩液:アデノシン;配位子過剰な配位化合物と組み合わせたアデノシン(等モル比:アデノシン過剰な配位子)に被検物質を入れてラットに投与し、アデノシンの量は実験の過程で経験的に得られた値に相当した。
【0284】
[麻酔した動物における心筋の局所虚血−再灌流をin vivoにてモデリング]
体重200〜300gのオスのWistarラット(RAMN Rappolovo Breeding Centre, St. Petersburg)および体重25〜30gのオスのC57Bマウス(B&K, Sollentuna、スウェーデン)で実験を実施した。動物を12/12時間の光照射レジメに維持し、標準的な食餌と飲料水を自由に与えた。すべての実験を「Handbook on the care and use of laboratory animals」(USA National Institute of Health publication No. 85−23)および「Handbook on the experimental (preclinical) study of new pharmacological substances」に基づいて実施した。
【0285】
ペントバルビタールナトリウム(Nembutal)を7mg/100gの一用量で腹腔内投与して、ラットの初期麻酔を実施した。気管切開術による肺AVL)の人工呼吸で実験を実施した(呼吸速度−60/分、呼吸容量−3ml/体重100g)。Vita−1ユニット(PO Krasnogvardeyets, St.Petersburg)を用いて室内空気でAVLを実施した。実験小動物用の呼吸弁を使用し、装置の死腔量を減らすと同時に、装置のフローシステムでの二酸化炭素の蓄積を制限できるようにする。小型の圧力センサ(Baxter、USA)を用いて、左総頸動脈に挿入したヘパリン化カテーテル経由で実験時に動脈圧(AP)を測定した。首に正中の皮膚切開を作った後、組織を鉗子で鈍的に分けて、気管および頸動脈にアクセスできるようにした。実験の過程で、直径2mm、長さ25mmの皮下針電極を用いて、標準的なリードで心電図(ECG)を記録した(Kardiotekhnika−EKG−8, ZAO Inkart, St.Petersburg)。実験開始時に、麻酔を維持して被検製剤を投与する目的、実験終了時にはエバンスブルーを投与する目的で、左大腿静脈にNembutalの静脈点滴用のカテーテルを通した。
【0286】
過去に説明された方法[19]を用いて、心筋の虚血−再灌流をモデル化した。左第四肋間を開胸して心臓にアクセスした。最初にL字形の皮膚切開を作り、続いて電気凝固装置で大胸筋および小胸筋を層ごとにわけた後、肋間筋を分離して胸膜を露出させた。次に、鈍的な方法で心嚢を開いて、左の左心房の心耳の内側縁を使用し、LCA共通幹の場所を案内するために右肺動脈の錐体部を判断し、そのためのポリプロピレン結紮糸を無傷針(6−0、Cardiopoint, CV−301)の助けを借りて配置した。創傷から心臓を取り出すことは避けた。心臓に機械的外傷を引き起こすことは別にして、このような操作が必然的に重篤な血行動態の乱れにつながるためである。
【0287】
心筋に可逆性の虚血を作り出すために、閉塞部を形成し、冠動脈を囲んでいる結紮糸の両端を、直径1mm、長さ5〜6cmのポリエチレン管(PE 40)の内側に導いた後、管を心臓の方に向かって動かして左冠動脈(LCA)の閉塞を、逆方向に動かして再灌流を達成した。閉塞を30分間維持する目的で、管にクランプを適用した。実験時にはサーモスタットを付けた手術台に動物を載せておいた。この間、動物の体温を37.5±0.5℃の範囲に維持した。
【0288】
動脈圧(AP)の一時的な低下、また、局所的チアノーゼの発生、ECG上の虚血の変化(STセグメントの上昇)ならびに、ときには左心室(LV)壁の収縮期における突出が存在することで心筋虚血の発症を確認した。
【0289】
30分間のLCA閉塞に続いて90分間の再灌流を用いて、心筋に不可逆的な虚血−再灌流損傷を作り出した。これは、心保護効果を評価するための試験である。
【0290】
[実験による心筋梗塞のサイズを判断するための方法]
虚血を起こした心臓領域の範囲内で不可逆的に損傷された(壊死した)心筋組織と生存能を保った組織とを区別できるようにする、一般に許容された差動指示器による方法を使用し、in vivoにて局所的虚血のある実験でのMIのサイズを求めた。この方法での物質は以下のとおりである。実験の生理学的部分を終えた後に染色する第1段階では、結紮糸を再び冠動脈の周囲に締め付け、0.5mlの5%エバンスブルー溶液(MP Biomedicals、USA)をボーラス静注射した。右冠動脈によって血液が供給されて血管が新生される心臓の部分に入ると、染料がこれを濃い青に染めたのに対し、閉塞LCAの部分は染色されずに残った。血液供給部分と虚血部分との境界を可視化した後、心臓をすみやかに切断し、生理食塩液で十分に洗浄し、主要血管と心房を取り除いた後に、同じ厚さ(2mm)の5つの断片(切片)に横切開した。心臓切片の基底面を、顕微鏡写真装置(MPD)によって、Olympus 2020デジタルカメラに実体顕微鏡(MBS−10、LOMO, St. Petersburg)を組み合わせたもので撮影した。光のスポットが形成されないようにするために、切片の基底面を液体が覆うような形で、写真用に生理食塩液を満たした背の低い瓶に切片を入れた。
【0291】
特別に開発されたソフトウェア(「医学分野での顕微鏡分析の自動化(LittleMed)」、コンピュータプログラムの正式登録証明書No.2003611599)を用いて画像のコンピュータ処理を実施した。5つの切片各々についてコンピュータで求めた値の算術平均を計算することで、特定の心臓に対する解剖学的リスク領域の相対サイズを得た。各切片について、エバンス陰性セクターの面積を切片の総面積で割って100を掛けることで、リスク領域のサイズをパーセンテージで表した。リスク領域の相対体積が心臓の全体積の15%未満の実験については、シリーズから除外した。
【0292】
染色の第2段階では、心筋の切片を1,2,3−トリフェニルテトラゾリウムクロリド(TTC, MP Biomedicals、USA)の1%溶液に入れた。これは、NAD依存性酵素の活性を呈する生存組織を明るい赤(煉瓦色)に染色するものである。切片を温度37℃およびpH7.4で15分間インキュベートした。切片をTTCとともに解剖学的リスク領域の境界内でインキュベーションを実施した後、煉瓦色に染まったセクターと心筋の自然色のセクターを求めた。切片の基底面を再度撮影し、得られた画像を上述した方法で処理し、梗塞巣の相対サイズをリスク領域のサイズ対梗塞域のサイズの比として(パーセントで)計算した。多くの場合、切片をTTCで染色した後に梗塞域と生存能を保った組織との境界を一層明確にするために、10%中性ホルマリン溶液中で切片をさらにインキュベーションを実施してから撮影を実施した。
【0293】
[データのコンピュータ処理および統計分析方法]
SPSSソフトウェアパッケージ(ANOVA、シェッフェ法)を用いて、解剖学的リスク領域および梗塞域のサイズに関する差異の統計的な信頼性を評価した。結果を「平均±標準偏差」の形で示した。P値0.05未満で信頼できるとみなした。
【0294】
[被検製剤を用いて壊死から心筋を保護する有効性を求めた結果]
パラジウムと脂肪族チオール−アセチルシステインとの配位化合物(配位化合物−アセチルシステイン比1:1000)を含有するアセチルシステイン(aC)−アデノシン(等モル比)組成物を用いて、壊死に対して心筋を薬理学的に保護した。
【0295】
被検組成物の最小有効濃度を求めるために、短時間の虚血とその後の再灌流という対応するレジメで、心保護効果が発揮されないか、あるいはこれが不十分な度合いで顕在化したアデノシン濃度(壊死に対する心筋保護の最小レベルに相当)を求められるようにして実験を設定した。パラジウムの配位化合物を含有するアセチルシステインの心保護効果を、別のシリーズの実験で求めた。動物に投与したアセチルシステインの濃度は、心保護効果が発揮されないアデノシンの濃度と等モルであった。以後の実験では、パラジウムの配位化合物を含むアセチルシステイン(aC)−アデノシン(等モル比)組成物を、これを形成する物質が心保護効果を発揮しない濃度ならびにそれが顕在化する濃度で使用した。
【0296】
心保護効果が発揮されない、すなわち虚血とその後の再灌流を実施したときに壊死から心筋を保護しないアデノシンの用量を求めるために、以下の群を用いた。
1.対照(n=12)。この群では、LCAを30分間閉塞した後、90分間再灌流し、他の介入は行わなかった。冠動脈閉塞の30分前に、生理食塩液(塩化ナトリウムを蒸留水に入れた0.9%溶液)を2mlの容量で速度0.5ml/分にて静脈内注射した。
2.群番号1(n=10)。心筋梗塞のモデリングに先行して用量0.1μmol/kgでのアデノシンの静脈点滴をした(群1〜9では、点滴容量平均2ml、点滴速度を0.5ml/分とし、冠動脈閉塞の30分前に投与を実施した)。
3.群2(n=14)。心筋梗塞のモデリングに先行して用量0.25μmol/kgでのアデノシンの静脈点滴をした。
4.群3(n=9)。心筋梗塞のモデリングに先行して用量0.5μmol/kgでのアデノシンの静脈点滴をした。
5.群4(n=8)。心筋梗塞のモデリングに先行して用量1.0μmol/kgでアデノシンの静脈点滴をした。
6.群5(n=8)。心筋梗塞のモデリングに先行して用量2.5μmol/kgでアデノシンの静脈点滴をした。
7.群6(n=10)。心筋梗塞のモデリングに先行して用量5.0μmol/kgでアデノシンの静脈点滴をした。
8.群7(n=11)。心筋梗塞のモデリングに先行して用量10.0μmol/kgでアデノシンの静脈点滴をした。
9.群8(n=11)。心筋梗塞のモデリングに先行して用量25.0μmol/kgでアデノシンの静脈点滴をした。
10.群9(n=10)。心筋梗塞のモデリングに先行して用量50.0μmol/kgでアデノシンの静脈点滴をした。
【0297】
群番号1(対照)における梗塞域のサイズは、解剖学的リスク領域のサイズの63.8±3.32%であった。対照すなわち、群番号順に64.7±3.47%、63.1±4.31%、62.7±4.11%、65.1±4.84%、60.9±5.10%と比較して群番号1〜5の梗塞域のサイズに差異は認められなかったが、群6〜9では、梗塞域のサイズが対照と比較して約1.5〜2.5分の1に小さくなり、それぞれ35.9±3.59%、32.7±3.21%、28.2±3.43%、26.5±2.87%であった。こうして、実施した実験の過程で虚血に対する心筋保護につながらなかったアデノシンの用量ならびに壊死のゾーンが1.5〜2.5分の1に低減された用量を特定した。アデノシン濃度の上昇に伴って効果が高まったことから、製剤の心保護効果が存在することがわかる。全体としての心保護効果は、個々の細胞に対するアデノシンの受容体依存性作用で構成される。各細胞における特定強度および期間の細胞シグナルを開始できる適切な数の受容体が存在することで、アデノシンが複雑な細胞保護反応を開始する能力が決まる。投与したアデノシンの濃度が倍増する際にアデノシンの心保護効果が比較的小さな増加を示す、得られた結果から、アデノシン受容体が細胞の大部分をその配位子と反応させることはできない旨が示される場合がある。配位化合物が細胞受容体を表面上は配位子と反応できるコンホメーションに変換する能力を考慮して、アデノシンと配位化合物との併用投与によってアデノシンの心保護効果が高まる可能性を予測しなければならない。実験を実施するにあたって、好ましくない状況で同じく細胞保護効果を持つ内在性アデノシンの存在を考慮した。この場合も、その心保護効果の可能性は、細胞に存在して相互作用する受容体の数によって制限される。これに関連して、心保護効果を欠いている配位化合物の濃度を求めた。
【0298】
アセチルシステイン過剰なパラジウムの配位化合物(配位化合物対アセチルシステイン比1:1000)が心保護効果を発揮する能力を、一連の実験で判断した。この実験でのアセチルシステインの濃度は、後者が心保護効果を欠いたアデノシンの濃度に対応していた。
【0299】
この研究では、以下の群を使用した。
1.対照(n=14)。この群では、LCAを30分間閉塞した後、90分間再灌流し、他の介入は行わなかった。冠動脈閉塞の30分前に、生理食塩液(塩化ナトリウムを蒸留水に入れた0.9%溶液)を2mlの容量で速度0.5ml/分にて静脈内注射した。
2.群番号1(n=9)。心筋梗塞のモデリングに先行して、パラジウムとアセチルシステインとの配位化合物を配位化合物:アセチルシステイン比1:1000で含有するアセチルシステインを静脈点滴した(本明細書では、以下、作用剤)。作用剤を0.1μmol/kgの量で投与した(群1〜5では、点滴容量平均2ml、点滴速度を0.5ml/分とし、冠動脈閉塞の30分前に投与を実施した)。
3.群2(n=10)。心筋梗塞のモデリングに先行して、0.25μmol/kgの量で投与する作用剤を静脈点滴した。
4.群3(n=9)。心筋梗塞のモデリングに先行して、0.5μmol/kgの量で投与する作用剤を静脈点滴した。
5.群4(n=11)。心筋梗塞のモデリングに先行して、1.0μmol/kgの量で投与する作用剤を静脈点滴した。
6.群5(n=7)。心筋梗塞のモデリングに先行して、2.5μmol/kgの量で投与する作用剤を静脈点滴した。
7.群6(n=10)。心筋梗塞のモデリングに先行して、5.0μmol/kgの量で投与する作用剤を静脈点滴した。
【0300】
対照における梗塞域のサイズは、解剖学的リスク領域のサイズの71.8±6.17%であった。群番号1〜4では、対照と比較して梗塞域のサイズにはどのような差異も認められなかった−74.2±6.94%、74.2±6.61%、72.6±7.01%、70.1±6.34%。群番号5および6では、対照と比較して梗塞域が約2.0分の1に小さくなるという形で、投与した作用剤の心保護効果が顕在化した−群番号順にそれぞれ41.7±3.12%および34.4±4.65%。
【0301】
このように、心保護効果が発揮されて梗塞域が2分の1に小さくなる作用剤の量ならびに、逆に心筋を虚血から保護しない作用剤の量を、実施した実験の過程で求めた。
【0302】
アデノシンおよびアセチルシステインを等モル比で含み、パラジウムとアセチルシステインとの配位化合物(配位化合物とアセチルシステインとの比を1:1000とした)を含む製剤が、心保護効果を発揮する能力を、以後の一連の実験で評価した。前の実験での結果によれば、アデノシンおよびアセチルシステイン+パラジウムとアセチルシステインとの配位化合物(配位化合物とアセチルシステインとの比を1:1000とした)を含有する製剤で研究を構成し、心保護効果が顕在化しない量で投与した−アデノシンおよびアセチルシステイン+パラジウムとアセチルシステインの配位化合物(配位化合物とアセチルシステインとの比を1:1000とした)の投与量が各々0.5μmol/kgであった製剤番号1と、アデノシンおよびアセチルシステイン+パラジウムとアセチルシステインとの配位化合物(配位化合物とアセチルシステインとの比を1:1000とした)の投与量が各々1.0μmol/kgであった製剤番号2。アデノシンおよびアセチルシステイン+パラジウムとアセチルシステインとの配位化合物(配位化合物とアセチルシステインとの比を1:1000とした)の投与量が各々2.5μmol/kgであった製剤番号3。アデノシンおよびアセチルシステイン+パラジウムとアセチルシステインとの配位化合物(配位化合物とアセチルシステインとの比を1:1000とした)の投与量が各々5.0μmol/kgであった製剤番号4。
【0303】
1.対照(n=14)。この群では、LCAを30分間閉塞した後、90分間再灌流し、他の介入は行わなかった。冠動脈閉塞の30分前に、生理食塩液(塩化ナトリウムを蒸留水に入れた0.9%溶液)を2mlの容量で速度0.5ml/分にて静脈内注射した。
2.群1(n=14)。心筋梗塞のモデリングに先行して製剤番号1の静脈点滴をした(群1〜4では、点滴容量平均2ml、点滴速度を0.5ml/分とし、冠動脈閉塞の30分前に投与を実施した)。
3.群2(n=11)。心筋梗塞のモデリングに先行して、製剤番号2を静脈点滴した。
4.群3(n=15)。心筋梗塞のモデリングに先行して、製剤番号3を静脈点滴した。
5.群4(n=12)。心筋梗塞のモデリングに先行して、製剤番号4を静脈点滴した。
【0304】
対照における梗塞域のサイズは、解剖学的リスク領域のサイズの79.3±6.22%であった。群番号1では、対照と比較して梗塞域のサイズに信頼できる差異は認められなかった−75.6±6.85%。群番号2、3、4では、対照と比較して梗塞域のサイズがそれぞれ46.3±4.71%、29.76±2.97%、11.8±3.12%であった(P<0.05)。製剤番号2の一部としてパラジウムとアセチルシステインとの配位化合物を併用投与すると、アデノシンの心保護効果を顕在化でき、これは事実上、対照と比較して虚血時に梗塞域が2分の1に小さくなることにつながった。アデノシンおよびパラジウムとアセチルシステインとの配位化合物の投与量を増やすと、心保護効果を発現させやすくなった。製剤番号3では、対照と比較して梗塞域が2.5分の1に小さくなった。製剤番号4では、最も顕著な心保護効果が得られ、対照と比較して梗塞域が6.5分の1に小さくなった。製剤番号4は、単独で使用するとそれほど大きな心保護効果が得られない量のアデノシンおよびパラジウムとアセチルシステインとの配位化合物を含んでいた。個々の心筋細胞それぞれでの虚血に対する耐性の発生機序は同一であり、あらかじめ定められた強度および長さの調節シグナルの生成後に開始される[15,16]。これに関連して、梗塞域の縮小は、長期にわたる虚血に対して耐性のある細胞数の増加を証明するものである。アデノシンを相当多量に単独使用すると、長期間にわたる虚血でそれほど顕著な心保護効果は認められなかった。特に、この結果は、アデノシンの量が一層顕著な心保護効果を得るには十分であったが、アデノシン受容体がそれと相互作用する能力は何らかの理由で制限され、得られた結果につながったことを示している。アデノシンと、パラジウムとアセチルシステインとの配位化合物とを併用投与すると、製剤の治療有効性が高まることで、少量の製剤での心保護効果の実現が容易になった。製剤を使っての作業で最も望ましくない合併症である、心臓の鼓動の乱れまたは心臓停止は、アデノシンを投与する実験の過程ではまったく観察されなかった。アデノシンの投与量が、虚血と再灌流の短時間のエピソードによる長期にわたる虚血に対する心筋の保護時に見られ、生理学的であるとみなされる値に近かった点に注意されたい[15,16]。
【0305】
このように、配位子過剰な脂肪族チオールの微小濃度の配位化合物と、生理学的に許容可能な濃度の薬理学的に活性な物質−アデノシンとを併用すると、生理学的に適切な用量のアデノシンの治療効果が示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式
【化1】


(式中、
Mは、Pd、Fe、Mn、Co、Ni、Cu、Zn、Moを含む群から独立に選択される金属原子を意味し、
およびRは各々独立に、水素、アミノ、ヒドロキシ、オキシ、カルボキシ、シアノ、C1〜12アルキル、C2〜12アルケニル、C2〜12アルキニル、C1〜12アルコキシ、C1〜12アルキルアミノ、C1〜12アルコキシカルボニル、C1〜12アルキルアミド、アリールアミドを意味し、前記置換基に含まれるアルキル基は、以下のヒドロキシ、オキシ、カルボキシ、アミノまたはアミド基のうちの1つまたは2つ以上で置換されていてもよく、
〜R10は各々独立に、水素を意味するか、
NHRおよびNHRが合一しておよび/またはNHRおよびNHR10が合一して、窒素の1つまたはいくつかの脂肪族または芳香族ドナー原子を含有し、前記金属原子(M)を中心としてcis位にある1つまたは複数の配位子である)で表される化合物およびその薬学的に許容される塩。
【請求項2】
NHRおよびNHRが合一しておよび/またはNHRおよびNHR10が合一して、2つの芳香族窒素原子を有するジアミノ化合物またはアリールである、請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
ジアミノ化合物がC〜Cジアミノアルキレンであり、アリールが2つのピリジル環を含有する、請求項1に記載の化合物。
【請求項4】
さまざまなシグナルの形質導入時に重要な役割を果たす、酸素、窒素、他の酸化剤の内在性活性形態である二次メディエータの助けを借りて、単にジスルフィド結合または架橋を形成するだけのために少量および微量での使用を条件にチオアミノ酸のチオール基の均一かつ選択的で穏やかな酸化プロセスの加速を可能にすることを特徴とする、請求項1に記載の化合物。
【請求項5】
NHRおよびNHRが合一しておよび/またはNHRおよびNHR10が合一して、エチレンジアミン、2,2’−ビジピリジル(2,2’−bipy)、1,10−フェナントロリン(1,10−phen)またはこれらの誘導体である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項6】
CH−CH−SHが、2−アミノエタンチオール(aet、システアミン)、2−アセトアミドエタンチオール、システイン(Cys)、システインメチルエステル、システインエチルエステル、アセチルシステイン(Accys)、アセチルシステインメチルエステル、アセチルシステインエチルエステル、アセチルシステインニトリル、3−メルカプトプロピオン酸、γ−グルタミン−システイン−グリシン、ホモシステイン、チオグリコール酸またはこれらの誘導体である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項7】
NHRおよびNHRが合一しておよび/またはNHRおよびNHR10が合一して、エチレンジアミン、2,2’−ビジピリジル(2,2’−bipy)、1,10−フェナントロリン(1,10−phen)またはこれらの誘導体であり、RCH−CH−SHが、2−アミノエタンチオール(aet、システアミン)、2−アセトアミドエタンチオール、システイン(Cys)、システインメチルエステル、システインエチルエステル、アセチルシステイン(Accys)、アセチルシステインメチルエステル、アセチルシステインエチルエステル、アセチルシステインニトリル、3−メルカプトプロピオン酸、γ−グルタミン−システイン−グリシン、ホモシステイン、チオグリコール酸またはこれらの誘導体である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項8】

【化2】


(式中、M、RおよびRは請求項1で定義したとおりである)で表される、請求項1に記載の化合物。
【請求項9】
[Pd(μ−S−L−Cys)(μ−S−L−CysH)(2,2’−dipy)](NO・4.5HO、Pd(aetH)(phen)](NO・HO、[Pd(μ−S−Accys)(dipy)]Cl・HO、[Pd(μ−S−Accys)(NH]Cl、[Cu(μ−S−Cys)(dipy)]Clを含む群から選択される化合物である、請求項1に記載の化合物。
【請求項10】
[Pd(μ−S−L−Cys)(μ−S−L−CysH)(2,2’−dipy)](NO・4.5HOであって、三斜晶系、空間群P1で結晶化し、単位胞パラメータ(Å)がa=13.86、b=13.82、c=12.17、α=122.13°、β=103.61°、γ=91.40°、V(Å)=1887.0、Z=1、IRスペクトル(KBrペレット)νmax(cm−1)が419、542、590、648、689、722、765、807、977、1022、1036、1072、1107、1164、1174、1204、1226、1240、1272、1312、1353、1364、1384、1447、1469、1563、1601、1666、1728、3073、3108、3221、3283、3427、3953であることを特徴とする、請求項9に記載の化合物。
【請求項11】
Pd(aetH)(phen)](NO・HOであり、単斜晶系、空間群Ccで結晶化し、単位胞パラメータÅがa=24.53、b=13.10、c=22.65、β=104.26°、V(Å)=7052.25、Z=4である、請求項9に記載の化合物。
【請求項12】
IRスペクトル(KBrペレット)νmax(cm−1)が、507、640、692、774、815、879、946、1058、1094、1212、1229、1343、1381、1404、1427、1573、1723、2655、2820、2971、3377、3406、3480であることを特徴とする、[Pd(μ−S−Accys)(dipy)]Cl・HOである、請求項9に記載の化合物。
【請求項13】
IRスペクトル(KBrペレット)νmax(cm−1)が、512、597、692、773、839、879、946、1094、1212、1229、1254、1343、1403、1521、1572、1594、1723、2655、2925、2971、3119、3460であることを特徴とする、[Pd(μ−S−Accys)(NH]Clである、請求項9に記載の化合物。
【請求項14】
IRスペクトル(KBrペレット)νmax(cm−1)が、520、691、815、879、1058、1133、1212、1229、1254、1343、1404、1572、1594、1627、2655、2925、2940、2971、3119、3480であることを特徴とする、[Cu(μ−S−Cys)(dipy)]Clである、請求項9に記載の化合物。
【請求項15】
薬理学で用いられる、請求項1〜14のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項16】
細胞外、細胞表面および細胞内受容体、酵素、イオンチャネル、細胞質膜および細胞内膜の輸送体タンパク質、ペプチド型細胞外調節および輸送体分子の活性を調節することで、細胞の生物活性に対して効果を発揮する、請求項1〜14のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項17】
外用、吸入、経腸および非経口投与での薬剤の調製に使用する、請求項1〜14のいずれか1項に記載の化合物。
【請求項18】
請求項1〜14のいずれか1項に記載の化合物少なくとも1種類を有効量で、薬学的に許容される補形剤と一緒に含む、医薬組成物。
【請求項19】
遊離CHR−CHSHをさらに含有し、式中、RおよびRは請求項1に定義されたとおりである、請求項18に記載の医薬組成物。
【請求項20】
チオクト酸をさらに含有する、請求項18または19に記載の医薬組成物。
【請求項21】
リチウムイオンをさらに含有する、請求項18または19に記載の医薬組成物。
【請求項22】
アデノシンをさらに含有する、請求項18または19に記載の医薬組成物。
【請求項23】
基質およびその配位子に対するEGFRの親和性を高める薬剤の製造に、請求項1〜14のいずれか1項に記載の化合物を用いる使用法。
【請求項24】
Pgp阻害剤である薬剤の製造に請求項1〜14のいずれか1項に記載の化合物を用いる使用法。
【請求項25】
有効量の請求項1〜14のいずれか1項に記載の化合物を、これを必要とする患者に投与する、患者の身体に対する薬物療法的な作用の方法。
【請求項26】
患者に投与されるd−金属の配位化合物の量が、10−3〜10−15mol/体重kgである、請求項25に記載の方法。
【請求項27】
配位化合物の一部として投与されるd−金属の量が、特定の金属の生理学的に許容可能な値を超えない、請求項25に記載の方法。
【請求項28】
有効量の薬剤を、これを必要とする患者に、吸入、経腸または非経口経路で投与するか、外用で使用する、請求項25に記載の方法。

【公表番号】特表2012−532928(P2012−532928A)
【公表日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−520562(P2012−520562)
【出願日】平成22年7月12日(2010.7.12)
【国際出願番号】PCT/RU2010/000391
【国際公開番号】WO2011/008132
【国際公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.PHOTOSHOP
2.テフロン
【出願人】(512009779)アイビー ファーム エルエルシー (1)
【Fターム(参考)】