説明

低放射膜

【課題】
低放射膜の可視光透過性を損ねることなくAg層の酸化を抑制し、なおかつ現行のスパッタ生産設備でも低コストで容易に生産が可能な、新たなバリア層と、該バリア層を含む低放射膜を得ること。
【解決手段】
基材上に蒸着プロセスによって形成される低放射膜において、基材上に下地層と、薄膜積層部とを有し、該薄膜積層部は金属層と、該金属層上にバリア層とを含有するものであり、該バリア層は該金属層上に接し窒化物または酸窒化物からなることを特徴とする低放射膜。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築用の窓ガラスとして好適に用いられる低放射膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属酸化物などの誘電体層と、Agなどの金属層とを多積層してなる低放射膜は、スパッタリング法などの薄膜形成技術により、ガラスなどの透明基材上に形成され、低放射ガラスとして建築物の窓ガラスに用いられている。
【0003】
低放射ガラスは、窓ガラスを通して、夏季は室外から室内へ流入する日射熱、冬季は室内から室外へ流出する暖房熱を反射する性質を有しているため、冷暖房費を抑えることが可能であり、省エネルギーに役立つ窓ガラスとして広く普及している。上記の低放射ガラスは、対向する2枚のガラス基材の周辺部をスペーサーと封止材とで封止されてなる複層ガラスであり、該複層ガラスの対向するガラス基材間は、乾燥空気、あるいはAr等の希ガスなどで満たされている。上記の低放射膜は、低放射膜の耐久性などを考慮して、乾燥空気層に接するガラス面に形成されることが多い。
【0004】
上記の低放射ガラス等に使用される低放射膜として、誘電体層とAg層を2n+1層積層してなる積層構造体が開示されている(特許文献1)。
【0005】
また、低放射膜として、誘電体層とAg層を2n+1層積層してなる積層構造において、Ag層の直上にバリア層を挿入してなる膜構成が開示されており、バリア層としては、TiまたはZnAl合金(特許文献2)、ZnまたはZnSn合金(特許文献3)、AuまたはAu合金またはAg合金(特許文献4)、FeNiCr合金またはNiCr合金またはFeCr合金またはNb(特許文献5)など種々の金属バリア層が開示されている。この金属バリア層は、Ag層の上に誘電体層を形成する際、酸素プラズマによりAg層が酸化されるのを防ぐことを目的としている。
【0006】
また一方で、対向ターゲット式スパッタ装置を用いて形成された、透明導電層/金属層/透明導電層の積層構造を有する、金属バリア層を含有しない低放射膜が開示されている(特許文献6)。
【0007】
またその他、金属バリア層を含有しない膜構成として、低級酸化物のTiOx(TiOの低級酸化物)やITO(Snドープ酸化インジウム)をスパッタリングターゲットとして用いて、Ar雰囲気で形成されてなる酸化物バリア層を用いた低放射膜が開示されている(非特許文献1)。更には、ITOターゲットを用いてArガスと微量の酸素ガスを導入しながらAg層の直上にITO層を形成した、バリア層を含有しない低放射膜が開示されている(特許文献7)。
【0008】
また、低放射ガラスは、ビルディングなど建築物に用いられる場合、優れた採光性と省エネ性の両ニーズが高く、高い可視光透過性と高い日射遮熱性を兼ね備えた低放射膜の開発が要求されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭63−239044号公報
【特許文献2】特開2007−197237号公報
【特許文献3】特開2007−119303号公報
【特許文献4】特開2006−505811号公報
【特許文献5】特開2006−117482号公報
【特許文献6】特開2006−334787号公報
【特許文献7】特開2001−226148号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】J.H.Lee et al,Journal of the Korean Physical Society,Vol.46,June 2005,pp.S154〜S158.
【非特許文献2】K.Ishibashi,Y.Shiokawa,Proceedings of the 3rd International Symposium on Sputtering and Plasma Processes,1995,pp.417-428.
【非特許文献3】D.Severin et al,Applied Physics Letters,Vol.88 2006 161504.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前述したように、誘電体層とAg層とを積層してなる低放射膜は、Ag層の直上にZnAlなどの金属バリア層が形成されたものが広く用いられている。一般的に、上記のような金属バリア層に使用されるのは可視光透過率の低い膜であるが、金属バリア層の上に誘電体層を形成する際、発生する酸素プラズマにより酸化されることで、可視光透過率が増加するとされている。一方で金属バリア層の厚みによっては、金属バリア層が完全に酸化されないことがあり、膜に残存する低級酸化物または金属によって低放射膜の可視光透過性が低下してしまうことがある。
【0012】
金属バリア層が完全に酸化されるようにするためには、金属バリア層の厚みを極力薄くするなど、バリア層の厚みを調整することが挙げられる。しかし一方で、バリア層の厚みを薄くするには数Åオーダーでの膜厚の調整が必要となることから技術的に生産は容易ではなく、さらには金属バリア層を薄くしすぎるとAg層が酸素プラズマにより酸化されてしまうなど金属バリア層としての役割を果たさなくなるばかりか、歩留まりの低下にも繋がる。従って、酸化を必要とする従来の金属バリア層は、低放射膜の可視光透過性や生産性などの観点から好ましいものとは言い難かった。
【0013】
また、対向ターゲット式スパッタ装置を用いることで、金属バリア層を含有しない低放射膜を形成できるが、典型的な平行平板スパッタ装置とは異なる特殊な対向ターゲット式スパッタ装置が必要となることから、大規模な設備投資が必要であり、さらにビルディング用の窓ガラスサイズとなる5m超サイズの大面積ガラスに対向ターゲット式スパッタ装置を用いて低放射膜を形成した実績はなく、建築用窓ガラスに用いられる低放射膜の形成方法として現実的に実用可能な技術として確立されているとは言い難い。
【0014】
また、TiOxやITOなどをスパッタリングターゲットとして用いて形成されてなる酸化物のバリア層を用いる方法は、金属ターゲットに比して酸化物ターゲット自体が極めて高価であるため、成膜コストの観点から好ましくない。また、ターゲット自身に含まれる酸素がAg層を酸化する可能性が高く、特に、生産用のスパッタ装置では、高スループットを実現するために、ターゲットに数十kWオーダーの高電力を印加するので、必然的にターゲットの放電電圧が高くなり、ターゲットや雰囲気ガスに含まれる酸素に起因する酸素負イオンのエネルギーを著しく増すことに繋がることから(非特許文献2)、Ag膜が酸化され易くなると推察される。
【0015】
かくして、低放射膜の可視光透過性を損ねることなくAg層の酸化を抑制し、なおかつ現行のスパッタ生産設備でも低コストで容易に生産が可能な、新たなバリア層と、該バリア層を含む低放射膜を得ることを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本出願人は鋭意検討した結果、低放射膜のバリア層として窒化物または酸窒化物を用いることで、バリア層の酸化状態に依存せず、しかも従来のバリア層よりも、可視光透過率の増加、可視光反射率の低下、可視光吸収率の低下が見られることが明らかとなり、可視光透過性の向上に寄与することが示された。
【0017】
すなわち本発明は、基材上に蒸着プロセスによって形成される低放射膜において、基材上に下地層と、薄膜積層部とを有し、該薄膜積層部は金属層と、該金属層上にバリア層とを含有するものであり、該バリア層は該金属層上に接し窒化物または酸窒化物からなる低放射膜であることを特徴とする。
【0018】
また、本発明の前記薄膜積層部が3n(nは1以上の整数)層積層されたものであるとき、前記バリア層上に誘電体層が形成されることを特徴とする。
【0019】
また、本発明の前記バリア層の膜厚が1〜30nmであることを特徴とする。
【0020】
また、本発明の前記バリア層が、B、Si、Al、Zn、Sn、In、Ti、Nb、Biからなる群から選ばれる少なくとも1つを主成分として有することを特徴とする。
【0021】
また、本発明の前記誘電体層が、Zn、Sn、In、Ti、Nb、Bi、B、Al、Siからなる群から選ばれる少なくとも1つの酸化物または酸窒化物であることを特徴とする。
【0022】
また、本発明は、ガラス上に本発明の低放射膜を形成した低放射ガラスを含有し、JIS R3106に準拠して算出した可視光透過率が50%以上であることを特徴とする建築用複層ガラスである。
【発明の効果】
【0023】
本発明の低放射膜は、可視光透過性を損ねることなくAg層の劣化を防ぐことが可能である。また、現行のスパッタ生産設備でも容易に生産が可能であり、安価な金属ターゲットを適用できることから低コストであるなど、優れた生産性を有している。さらに、本発明の低放射膜は、高い可視光透過性に起因して、建築用窓ガラスとして最適な優れた採光性、視認性、清澄性を有するものである。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の低放射膜の好適な一実施形態を表す断面模式図である。
【図2】マグネトロンスパッタ装置の概略を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の低放射膜の好適な実施形態の概略を図1に示す。本発明の好適な低放射膜は、基材1上に形成される低放射膜であり、該低放射膜は、下地層2と、薄膜積層部15とを含み、該薄膜積層部15は、金属層3と、該金属層上に形成されるバリア層4と、バリア層4の直上に誘電体層14とがn層(nは1以上の整数)繰り返して積層されてなるものである。
【0026】
なお、「基材上」とは基材に接するのでも、基材1と下地層2との間に他の膜が介在するものであってもよい。また、基材上に形成された下地層2の上に金属層3が形成されることが望ましく、さらに形成される該金属層3は、下地層2と接しているのが好ましく、金属層3とバリア層4とは接しているものとする。また、本発明の低放射積層膜は、前述した以外にも低放射性や可視光透過性を損なわない程度であれば、最上層に保護層等を設けてもよい。
【0027】
また、本発明の低放射膜における薄膜積層部15は、少なくとも金属層3と金属層3上に形成されたバリア層4とを含有するものであり、バリア層4上に誘電体層14が形成されているのが好ましい。バリア層上に形成される誘電体層は1層以上でも差し支えないが、前述したように、金属層、バリア層、誘電体層、と順次3n層積層すると効果的に採光性、視認性、清澄性などを獲得できるため、好ましい。
【0028】
また本発明の該バリア層は、B、Si、Al、Zn、Sn、In、Ti、Nb、Biからなる群から選ばれる少なくとも1つの窒化物または酸窒化物を主成分とすることが好適である。特に、B、Si、Alは可視光域で透明な窒化物を得ることが出来るので、好適に用いられる。また、ZnまたはSnの酸窒化物は、材料自体が安価で、比較的成膜速度が高く、なおかつ工業的に利用しやすい直流電源にて安定に成膜できることから、成膜コストが低く、好適に用いられる。バリア層に用いられる化合物は、その上に積層される誘電体層との密着性を考慮して選択しても良い。
【0029】
また、本発明の低放射膜に用いられるバリア層として誘電体を用いると、バリア層の機能と誘電体層の機能とを併せ持つバリア層として使用することが可能である。また、本発明のバリア層は従来のバリア層とは異なり、膜厚をごく薄いものとしなくとも好適な可視光透過性を維持できるため、膜厚を30〜200nm程度として、誘電体機能を持つバリア層として用いてもよい。
【0030】
前述したように誘電体のバリア層として、窒化ホウ素(BN)、窒化シリコン(SiN)、窒化アルミニウム(AlN)、酸窒化スズ(SnNO)、酸窒化亜鉛(ZnNO)、酸窒化チタン(TiNO)、酸窒化シリコン(SiNO)、酸窒化アルミニウム(AlNO)を用いることが好ましく、特にBN、SiN、SnNOを用いることが好適である。
【0031】
また、本発明の低放射膜に用いられる誘電体層は、Zn、Sn、In、Ti、Nb、Bi、B、Al、Siからなる群から選ばれる少なくとも1つからなる酸化物または酸窒化物を主成分とすることが好ましい。特に、ZnまたはSnの酸化物は、材料自体が安価で、なおかつ工業的に利用しやすい直流電源にて安定に成膜できることから、成膜コストが低くいずれも好適に用いられる。
【0032】
また、本発明の低放射膜に用いられる金属層は、純AgまたはAgを主成分とするパラジウム、金、白金、ニッケル、銅などの金属を含んだAg合金が好適に用いられるが、良好な光学特性と熱特性とを両立できる純Agを使用するのが好ましい。
【0033】
また、本発明の低放射膜に用いられる下地層は、Zn、Sn、In、Ti、Nb、Bi、B、Al、Siからなる群から選ばれる少なくとも1つの酸化物または窒化物または酸窒化物を主成分とする誘電体を用いることが好ましい。
【0034】
上記の低放射膜を形成した基材は、複層ガラスや合わせガラス等として、建築用窓ガラス等に使用されるのが好ましい。また、本発明の低放射膜を建築用複層ガラスとして用いる場合、JIS R3106に準拠して算出した可視光透過率が50%以上であることが望ましい。なお、可視光透過率が50%を下回ると、建築用窓ガラスとして好ましい可視光透過性を得られない。
【0035】
また、本発明の低放射膜は、窓ガラスとして好適な光学特性を得るために、該下地層の膜厚を5〜200nm、該金属層の膜厚を5〜30nm、該バリア層の膜厚を1〜30nm、該誘電体層の膜厚を5〜200nm、とすることが好ましい。各層の膜厚が上記の範囲を外れる場合、窓ガラスとして好適な光学特性を得ることが出来ない。
【0036】
また本発明の低放射膜は、表面抵抗が0.5〜30Ω/□であることを特徴とする。表面抵抗が0.5Ω/□より低いことは、金属層の厚みが厚いことを意味し、可視光反射率の増加を招くことから、窓ガラスとして好適な可視光透過性を得ることが出来ない。一方、表面抵抗が30Ω/□を超える場合、低放射膜の放射率が高くなり、低放射ガラスの熱特性の低下に繋がる。
【0037】
また、本発明における基材は特に限定されるものではないが、例えば、建築物用窓ガラスや通常使用されているフロ−ト板ガラス、又はロ−ルアウト法で製造されたソーダ石灰ガラス等無機質の透明性がある板ガラスを使用できる。当該板ガラスには、クリアガラス、高透過ガラス等の無色のもの、熱線吸収ガラス等の緑等に着色されたもの共に使用可能で、ガラスの形状等に特に限定されるものではないが、可視光透過率を考慮すると、クリアガラス、高透過ガラス等の無色ガラスを使用することが好ましい。また、平板ガラス、曲げ板ガラスはもちろん風冷強化ガラス、化学強化ガラス等の各種強化ガラスの他に網入りガラスも使用できる。さらには、ホウケイ酸塩ガラス、低膨張ガラス、ゼロ膨張ガラス、低膨張結晶化ガラス、ゼロ膨張結晶化ガラス等の各種ガラス基材を用いることができる。また、ガラス基材以外の例としては、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリ塩化ビニール樹脂等の樹脂基材が挙げられる。
【0038】
本発明の低放射膜は、スパッタリング法等の蒸着プロセスにより形成されることが好ましく、特に、スパッタリングのターゲット背後に磁石を配置し、発生する磁場により、ターゲット表面近傍にプラズマを閉じ込め、ターゲットからスパッタリングされた粒子により成膜を行うマグネトロンスパッタリング法を用いることが好ましい。
【0039】
スパッタリング法において、プラズマ発生源には直流電源、交流電源、または交流と直流を重畳した電源、いずれの電源も好適に用いられるが、交流と直流を重畳した電源は連続生産性に優れており、好ましい。
【0040】
スパッタリングターゲットとしては、金属または合金ターゲットが安価であり、成膜コストを低減できるので好ましい。
【0041】
成膜装置としては、図2に示すようなマグネトロンスパッタ装置を用いても良い。基材1を基材ホルダー5に保持させた後、真空チャンバー6内を真空ポンプ7によって排気し、成膜中、真空ポンプ7は連続して稼働させ、真空チャンバー内の雰囲気ガスは、ガス導入管8より導入し、ガスの流量をマスフローコントローラー(図示せず)により制御して調整する。なお、基材ホルダー5は、膜厚の分布を最小限に抑えるために回転させて、成膜した。成膜中の真空チャンバ−内の圧力は、真空チャンバーと真空ポンプの間に設置されたバルブ9の開度を制御することで調節する。裏側にマグネット10が配置されたターゲット11を用い、ターゲットへ電源ケーブル12を通じで電源13より投入する。なお、真空ポンプの種類、ターゲットの個数や種類、直流電源と交流電源の選択、ターゲットへの出力電力、成膜中の圧力などの選択は適宜なされれば良く、特に限定しない。なお、図2についての詳細は、実施例で後述する。
【0042】
また、本発明の低放射膜は、前記バリア層が少なくとも窒素を含む雰囲気下で形成されてなるものである。バリア層として窒化物を形成する場合は、窒素ガス以外にも、Arと窒素の混合ガスが好適に用いられる。また、バリア層として酸窒化物膜を形成する場合は、窒素ガスの他に酸素ガスを導入してもよい。適切なガスの導入量やガス組成は、スパッタ装置のサイズやターゲットのサイズに大きく依存するため、特に限定しない。窒素と酸素の混合ガスを用いると、ターゲットの酸化が抑制されるため(非特許文献2)、前述の酸素負イオンの発生確率が低下しAg膜の酸化が抑制されることから、前記バリア層として酸窒化物も好適に用いることができる。
【0043】
また、本発明の低放射膜における誘電体層は、0.1〜0.5Paの圧力下で形成されるのが好ましい。圧力が0.1Paより低くなる場合、安定な放電を維持するのが難しく、0.5Paを超える場合、表面の粗い誘電体層が成長するため、低放射膜の光学特性や熱特性の劣化に繋がる。成膜時の圧力は、真空ポンプの排気速度とガス導入量の兼ね合いで決まるため、例えば、真空ポンプと成膜室の間に設置されたバルブの開度を調整することや、ガス導入量を調整することで、圧力を上記範囲内とすることが可能である。
【0044】
また、本発明の低放射膜における金属層は、放電電圧を200〜400Vとして形成されるのが好ましい。放電電圧が200Vより低くなる場合、安定な放電を維持するのが難しく、400Vを越える場合、プラズマ中で生成した高エネルギー粒子、例えばターゲットで跳ね返り基材方向へ飛来するArガスによる金属層への衝撃が大きくなり、光学特性や熱特性の劣化に繋がる。ターゲット背後に配置した磁石の磁束密度を高くした強磁場スパッタ法により、上記範囲の放電電圧を容易に得ることが可能であるため、好適に用いられる。
【実施例】
【0045】
1.低放射膜の作製
実施例1
ガラス基材上に下地層としてZnO膜、金属層としてAg膜、バリア層として窒化物の窒化ケイ素膜(以下、SiNと表記することがある)、誘電体層としてZnO膜を順次積層した低放射膜を作製した。ガラス基材としては、厚さ3mmのソーダライムガラスを用いた。
【0046】
図2に示すようなマグネトロンスパッタリング装置を用いて低放射膜を作製した。下地層であるZnOの成膜は、ガラス基材1を基材ホルダー5に保持させた後、真空チャンバー6内を真空ポンプ7によって排気して行った。成膜中、真空ポンプ7は連続して稼働させ、真空チャンバー内の雰囲気ガスは、ガス導入管8より、酸素ガスを導入し、酸素ガスの流量をマスフローコントローラー(図示せず)により制御して調整した。真空ポンプ7にはターボ分子ポンプを用いた。成膜中の真空チャンバ−内の圧力は、真空チャンバーと真空ポンプの間に設置された排気バルブ9の開度を調整することで0.2Paに調節した。裏側にマグネット10が配置されたターゲット11には、Znターゲットを用い、Znターゲットへ電源ケーブル12を通じで電源13より投入される電力は100Wとし、電源10には直流電源を用いた。また、ZnO膜の厚さが37nmとなるように成膜時間を調節した。なお、以降いずれの膜についても、成膜時間を調節することで所望の膜厚を得ており、また、基材の加熱は特に行わなかった。
【0047】
次に、ZnO膜の上に金属層であるAg膜を、真空を維持したまま連続して成膜した。ターゲット8にAgターゲットを用いて、真空チャンバー6内の雰囲気ガスは、ガス導入管8より、アルゴンを導入し、圧力は排気バルブ9を制御して0.5Paに調節した。Agターゲット11へ電源ケーブル12を通じて電源13より投入する電力は50Wとし、電源10には直流電源を用いた。ターゲット中心における最大磁束密度を測定したところ、149mTであり、成膜中にターゲットに印加される放電電圧は320Vであった。Ag膜の厚さが10nmになるように、成膜時間を調節した。
【0048】
次にAg膜の上にバリア層であるSiN膜を、真空を維持したまま連続して成膜した。ターゲット8にSiターゲットを用いて、真空チャンバー6内の雰囲気ガスは、ガス導入管8より、窒素ガスを導入し、圧力は排気バルブ9を制御して0.5Paに調節した。Siターゲット11へ電源ケーブル12を通じて電源13より投入する電力は100Wとし、電源10には周波数20kHzの交流パルスを重畳した直流電源を用いた。SiN膜の厚さが3nmになるように、成膜時間を調節した。
【0049】
次にSiN膜の上に誘電体層であるZnO膜を、真空を維持したまま連続して成膜した。ターゲット8にZnターゲットを用いて、真空チャンバー6内の雰囲気ガスは、ガス導入管8より、酸素ガスを導入し、圧力は排気バルブ9を制御して0.2Paに調節した。Znターゲット11へ電源ケーブル12を通じて電源13より投入する電力は100Wとし、電源10には直流電源を用いた。ZnO膜の厚さが37nmになるように、成膜時間を調節した。
【0050】
実施例2
バリア層のSiN膜の膜厚を5nmとした以外は、実施例1と同様にして、低放射膜を作製した。
【0051】
実施例3
ガラス基材に下地層としてZnO膜、金属層としてAg膜、バリア層として窒化物の窒化ホウ素膜(以下、BNと表記することがある)、誘電体層としてZnO膜を順次積層した低放射膜を作製した。ガラス基材としては、厚さ3mmのソーダライムガラスを用いた。
【0052】
Ag膜の直上にバリア層であるBN膜を、真空を維持したまま連続して成膜した。ターゲット8にBNターゲットを用いて、真空チャンバー6内の雰囲気ガスは、ガス導入管8より、窒素ガスを導入し、圧力は排気バルブ9を制御して0.2Paに調節した。BNターゲット11へ電源ケーブル12を通じて電源13より投入する電力は200Wとし、電源10には周波数13.56MHzの交流電源を用いた。BN膜の厚さが2.6nmになるように、成膜時間を調節した。
【0053】
なお、バリア層以外の、誘電体層および金属層の成膜条件は、実施例1と同様とした。
【0054】
実施例4
バリア層のBN膜の膜厚を5nmとした以外は、実施例3と同様にして、低放射膜を作製した。
【0055】
実施例5
ガラス基材に下地層としてZnO膜、金属層としてAg膜、バリア層として酸窒化物の酸窒化スズ膜(以下、SnNOと表記することがある)、誘電体層としてZnO膜を順次積層した低放射膜を作製した。ガラス基材としては、厚さ3mmのソーダライムガラスを用いた。
【0056】
Ag膜の直上にバリア層であるSnNO膜を、真空を維持したまま連続して成膜した。ターゲット8にSnターゲットを用いて、真空チャンバー6内の雰囲気ガスは、ガス導入管8より、アルゴンと酸素と窒素の混合ガスを導入し、アルゴンと酸素と窒素の混合比は3:7:3とし、圧力は排気バルブ9を制御して0.5Paに調節した。BNターゲット11へ電源ケーブル12を通じて電源13より投入する電力は100Wとし、電源10には直流電源を用いた。BN膜の厚さが3.6nmになるように、成膜時間を調節した。
【0057】
なお、バリア層以外の、下地層、誘電体層および金属層の成膜条件は、実施例1と同様とした。
【0058】
比較例1
ガラス基材に下地層としてZnO膜、金属層としてAg膜、バリア層として合金のZnAl膜、誘電体層としてZnO膜を順次積層した低放射膜を作製した。ガラス基材としては、厚さ3mmのソーダライムガラスを用いた。
【0059】
Ag膜の直上にバリア層であるZnAl膜を、真空を維持したまま連続して成膜した。ターゲット8にZnAlターゲットを用いて、真空チャンバー6内の雰囲気ガスは、ガス導入管8より、アルゴンガスを導入し、圧力は排気バルブ9を制御して0.5Paに調節した。ZnAlターゲット11へ電源ケーブル12を通じて電源13より投入する電力は20Wとし、電源10には直流電源を用いた。ZnAl膜の厚さが3.2nmになるように、成膜時間を調節した。
【0060】
なお、バリア層以外の、下地層、誘電体層および金属層の成膜条件は、実施例1と同様とした。
【0061】
比較例2
バリア層のZnAl膜の膜厚を3.8nmとした以外は、比較例1と同様にして、低放射膜を作製した。
【0062】
比較例3
バリア層のZnAl膜の膜厚を4.4nmとした以外は、比較例1と同様にして、低放射膜を作製した。
【0063】
実施例6
ガラス基材に下地層としてZnO膜、金属層としてAg膜、バリア層として窒化物のBN膜、誘電体層としてZnO膜、金属層としてAg膜、バリア層としてBN膜、誘電体層としてZnO膜を順次積層した低放射膜を作製した。ガラス基材としては、厚さ3mmのソーダライムガラスを用いた。
【0064】
図2に示すマグネトロンスパッタリング装置を用いて低放射膜を作製した。下地層であるZnOの成膜は、ガラス基材1を基材ホルダー5に保持させた後、真空チャンバー6内を真空ポンプ7によって排気して行った。成膜中、真空ポンプ7は連続して稼働させ、真空チャンバー内の雰囲気ガスは、ガス導入管8より、酸素ガスを導入し、酸素ガスの流量をマスフローコントローラー(図示せず)により制御して調整した。真空ポンプ7にはターボ分子ポンプを用いた。成膜中の真空チャンバ−内の圧力は、真空チャンバーと真空ポンプの間に設置された排気バルブ9の開度を制御することで0.2Paに調節した。裏側にマグネット10が配置されたターゲット11には、Znターゲットを用い、Znターゲットへ電源ケーブル12を通じで電源13より投入される電力は100Wとし、電源10には直流電源を用いた。また、ZnO膜の厚さが37nmになるように、成膜時間を調節した。
【0065】
次に、ZnO膜の上に金属層であるAg膜を、真空を維持したまま連続して成膜した。ターゲット8にAgターゲットを用いて、真空チャンバー6内の雰囲気ガスは、ガス導入管8より、アルゴンを導入し、圧力は排気バルブ9を制御して0.5Paに調節した。Agターゲット11へ電源ケーブル12を通じて電源13より投入する電力は50Wとし、電源10には直流電源を用いた。ターゲット中心における最大磁束密度を測定したところ、149mTであり、成膜中にターゲットに印加される放電電圧は320Vであった。Ag膜の厚さが14nmになるように、成膜時間を調節した。
【0066】
次にAg膜の上にバリア層であるBN膜を、真空を維持したまま連続して成膜した。ターゲット8にBNターゲットを用いて、真空チャンバー6内の雰囲気ガスは、ガス導入管8より、窒素ガスを導入し、圧力は排気バルブ9を制御して0.5Paに調節した。BNターゲット11へ電源ケーブル12を通じて電源13より投入する電力は200Wとし、電源10には周波数13.56MHzの交流電源を用いた。BN膜の厚さが2.6nmになるように、成膜時間を調節した。
【0067】
次にBN膜の上に誘電体層であるZnO膜を、真空を維持したまま連続して成膜した。ターゲット8にZnターゲットを用いて、真空チャンバー6内の雰囲気ガスは、ガス導入管8より、酸素ガスを導入し、圧力は排気バルブ9を制御して0.2Paに調節した。Znターゲット11へ電源ケーブル12を通じて電源13より投入する電力は100Wとし、電源10には直流電源を用いた。ZnO膜の厚さが74nmになるように、成膜時間を調節した。
【0068】
次に、ZnO膜の上に金属層であるAg膜を、真空を維持したまま連続して成膜した。ターゲット8にAgターゲットを用いて、真空チャンバー6内の雰囲気ガスは、ガス導入管8より、アルゴンを導入し、圧力は排気バルブ9を制御して0.5Paに調節した。Agターゲット11へ電源ケーブル12を通じて電源13より投入する電力は50Wとし、電源10には直流電源を用いた。ターゲット中心における最大磁束密度を測定したところ、149mTであり、成膜中にターゲットに印加される放電電圧は320Vであった。Ag膜の厚さが14nmになるように、成膜時間を調節した。
【0069】
次にAg膜の上にバリア層であるBN膜を、真空を維持したまま連続して成膜した。ターゲット8にBNターゲットを用いて、真空チャンバー6内の雰囲気ガスは、ガス導入管8より、窒素ガスを導入し、圧力は排気バルブ9を制御して0.5Paに調節した。BNターゲット11へ電源ケーブル12を通じて電源13より投入する電力は200Wとし、電源10には周波数13.56MHzの交流電源を用いた。BN膜の厚さが2.6nmになるように、成膜時間を調節した。
【0070】
次にBN膜の上に誘電体層であるZnO膜を、真空を維持したまま連続して成膜した。ターゲット8にZnターゲットを用いて、真空チャンバー6内の雰囲気ガスは、ガス導入管8より、酸素ガスを導入し、圧力は排気バルブ9を制御して0.2Paに調節した。Znターゲット11へ電源ケーブル12を通じて電源13より投入する電力は100Wとし、電源10には直流電源を用いた。BN膜の厚さが28nmになるように、成膜時間を調節した。
【0071】
実施例7
バリア層のBN膜の膜厚を5nmとした以外は、実施例6と同様にして、低放射膜を作製した。
【0072】
比較例4
ガラス基材に下地層としてZnO膜、金属層としてAg膜、バリア層として合金のZnAl膜、誘電体層としてZnO膜、金属層としてAg膜、バリア層としてZnAl膜、誘電体層としてZnO膜を順次積層した低放射膜を作製した。ガラス基材としては、厚さ3mmのソーダライムガラスを用いた。
【0073】
Ag膜の直上にバリア層であるZnAl膜を、真空を維持したまま連続して成膜した。ターゲット8にZnAlターゲットを用いて、真空チャンバー6内の雰囲気ガスは、ガス導入管8より、アルゴンガスを導入し、圧力は排気バルブ9を制御して0.5Paに調節した。ZnAlターゲット11へ電源ケーブル12を通じて電源13より投入する電力は20Wとし、電源10には直流電源を用いた。ZnAl膜の厚さが3.2nmになるように、成膜時間を調節した。
【0074】
なお、バリア層以外の、下地層、誘電体層および金属層の成膜条件は、実施例8と同様とした。
【0075】
比較例5
バリア層のZnAl膜の膜厚を3.8nmとした以外は、比較例4と同様にして、低放射膜を作製した。
【0076】
2.低放射膜の評価
低放射膜の光学特性を、自記分光光度計(日立製作所製、U−4000)を用いて測定した。低放射膜の可視光透過率(以下、Tvisと表記することがある)、低放射膜面の可視光反射率(以下、Rvisと表記することがある)を、JIS R3106に準拠して算出した。低放射膜の可視光吸収率(以下、Avisと表記することがある)を次式より算出した。
【0077】
Avis(%)=100−(Tvis+Rvis)
また、低放射膜の表面抵抗(以下、Rsと表記することがある)を、表面抵抗測定器(Napson社製、ResistestVIII)を用いて測定した。
【0078】
実施例1〜9、および比較例1〜5の光学特性と表面抵抗を表1に示す。なお、表1の層数とは、低放射膜を構成する薄膜積層部の層数の合計を表したものとする。
【0079】
【表1】

【0080】
表1より、層数が3の場合、バリア層にBN膜を用いた実施例3及び実施例4はTvisが約88.0%、バリア層にSiNまたはSnNO膜を用いた実施例1、2、5はTvisが約87.0%であり、一方、比較例1〜比較例3はTvisが86.5±0.5%であった。上記により、実施例1〜実施例5の低放射膜は窓ガラスとして用いた時の採光性に優れていると言える。
【0081】
また、SnNOを用いた実施例5のRvisは、全ての低放射膜の中で最低の約4.0%であり、本発明の低放射膜を窓ガラスとして用いた時に、背景の映り込みの程度が小さくなるなど視認性を高める効果があると考えられる。
【0082】
さらに、SiNやBNを用いた実施例1〜実施例4のAvisは7.5±0.5%であったのに対し、比較例1〜比較例3のAvisは9.0±0.5%であり、本発明の低放射膜は窓ガラスの清々しい外観に関わる清澄性が高いことも分かった。
【0083】
また、表面抵抗Rsと放射率εは次式の相関があるとされている(参考文献:J. Szczyrbowski et al.,New low emissivity coating based on TwinMagTMsputtered TiO2 and Si3N4 layers,Thin Solid Films,Vol.351,Issues 1-2,1999,pp.254-259)。
【0084】
ε=0.0129×Rs−6.7×10−5×Rs
実施例1〜実施例5の低放射膜の表面抵抗は、比較例1〜比較例3と同等であったことから、窓ガラスの低放射性は同等であると推測される。また、一般的にAg膜が酸化すると表面抵抗が高くなる傾向にあるとされているが、本発明の実施例においては上記傾向が見られない。従って、窒化物や酸窒化物のバリア層を用いた実施例のAg膜は酸化していないと推測されることから、低放射膜において、窒化物や酸窒化物のバリア層は、誘電体層を形成するときにAg層が酸化されるのを防ぐバリア層として有用であることが示された。
【0085】
層数が6の場合、Avisを比べると、実施例6及び実施例7は13.5〜16%であるのに対し、比較例4及び比較例5では16.5〜17.0%と高く、実施例6及び実施例7は清澄性に優れるものであることがわかった。
【0086】
これらの結果から、本発明の低放射膜は、従来技術と比べて、低放射性は同等でありながら、採光性、視認性、清澄性に優れたものであることが示された。
【符号の説明】
【0087】
1 基材
2 下地層
3 金属層
4 バリア層
5 基材ホルダー
6 真空チャンバー
7 真空ポンプ
8 ガス導入管
9 排気バルブ
10 マグネット
11 ターゲット
12 電源ケーブル
13 電源
14 誘電体層
15 薄膜積層部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に蒸着プロセスによって形成される低放射膜において、基材上に下地層と、薄膜積層部とを有し、該薄膜積層部は金属層と、該金属層上にバリア層とを含有するものであり、該バリア層は該金属層上に接し窒化物または酸窒化物からなることを特徴とする低放射膜。
【請求項2】
前記薄膜積層部が3n(nは1以上の整数)層積層されたものであるとき、前記バリア層上に誘電体層が形成されることを特徴とする請求項1に記載の低放射膜。
【請求項3】
前記バリア層の膜厚が1〜30nmであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の低放射膜。
【請求項4】
前記バリア層が、B、Si、Al、Zn、Sn、In、Ti、Nb、Biからなる群から選ばれる少なくとも1つを主成分として有することを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の低放射膜。
【請求項5】
前記下地層が、Zn、Sn、In、Ti、Nb、Bi、B、Al、Siからなる群から選ばれる少なくとも1つの酸化物または窒化物または酸窒化物であることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載の低放射膜。
【請求項6】
前記誘電体層が、Zn、Sn、In、Ti、Nb、Bi、B、Al、Siからなる群から選ばれる少なくとも1つの酸化物または酸窒化物であることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の低放射膜。
【請求項7】
板ガラス上に、請求項1乃至請求項6のいずれか1項に記載の低放射膜を形成した低放射ガラスを含有し、JIS R3106に準拠して算出した可視光透過率が50%以上であることを特徴とする建築用複層ガラス。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2011−173764(P2011−173764A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−39881(P2010−39881)
【出願日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】