説明

低蓄熱性無機材料体及びその製造方法、無機材料体の蓄熱制御方法、スピネル型結晶存在量の特定方法並びに瓦の製造方法。

【課題】瓦の表面の釉薬層における赤外線反射性能を安定させる為の低蓄熱性無機材料体及びその製造法の提供。
【解決手段】スピネル型結晶構造の遷移金属酸化物の存在量により釉薬層における熱吸収率が変化するので、当該スピネル型結晶構造の遷移金属酸化物の存在量を制御することにより、釉薬層の蓄熱性、即ち赤外線反射性能を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低蓄熱性無機材料体及びその製造方法、無機材料体の蓄熱制御方法、スピネル型結晶存在量の特定方法並びに瓦の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
瓦やタイルなどの建材の表面には無機材料からなる釉薬が塗布されることが多い。暗色系の釉薬を採用した場合、太陽光の反射効率が悪いので建材の昇温及びそれに伴う蓄熱が問題となる。
そこで従来より、可視光の反射率を抑制して暗色系の色を維持しつつ、いわゆる熱線(赤外線)を選択的に反射する釉薬の検討がなされてきた(特許文献1〜3を参照されたい)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許4358290号
【特許文献2】特許4358291号
【特許文献3】特開2009−143794号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記各特許文献に記載の発明によれば、釉薬に配合する顔料を調整することにより、選択的な赤外線反射率の向上を図っている。
本発明者らも同様に選択的な赤外線反射率の向上を目指してきた。その結果、選択的な赤外線反射率の高い顔料を配合しても釉薬としては常にその特性が維持されないことに気がついた。即ち、釉薬における選択的な赤外線反射性能を安定させることが困難であった。なお、顔料はもっぱら遷移金属酸化物で構成されている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
その原因を究明すべく鋭意検討を重ねてきた結果、釉薬に含まれるスピネル型結晶構造の遷移金属酸化物の量が選択的な赤外線反射性能に影響を与えることに気がついた。
【0006】
この発明の第1の局面は、本発明者らのかかる新たな知見に基づきなされたものであり、次のように規定される。即ち、
無機材料からなる母材と遷移金属酸化物とを含む無機材料体の製造方法であって、前記母材と前記遷移金属酸化物との混合物を実質的にスピネル型結晶が生じない条件で焼成する、ことを特徴とする低蓄熱性無機材料体の製造方法。
このように規定される低蓄熱性無機材料体の製造方法によれば、無機材料体中に新たにスピネル型結晶が生じないので、赤外性吸収効率が増大しない。
赤外性吸収効率が懸念される無機材料体は一般的に暗色系であり、そこに配合される遷移金属酸化物は暗色系の顔料とされることが多い。この暗色系の遷移金属酸化物におけるスピネル型結晶構造の構成比率が増大しないようにすることで、無機材料体の赤外性吸収率の向上を抑制できる。
なお、無機材料体に含まれる遷移金属酸化物であってスピネル型結晶構造をとるものは、焼成前よりスピネル型結晶構造であった顔料、焼成前は非スピネル型結晶構造であったが焼成によりスピネル型結晶構造に変化した顔料、焼成前よりスピネル型結晶構造であった母材の材料、焼成前は非スピネル型結晶構造であったが焼成によりスピネル型結晶構造に変化した母材の材料、顔料の成分と他の顔料の成分が焼成により融合した複合材料であってスピネル型結晶構造となったもの、顔料の成分と母材の成分が焼成により融合した複合材料であってスピネル型結晶構造となったもの等がある。
この明細書において遷移金属酸化物はCr、Fe、Mn等の汎用的な顔料として使用されるものに限定されず、その遷移金属元素を他の元素で置換し複合酸化物や、酸素元素を他の元素で置換したものも含まれる。
【0007】
母材(基礎釉)は、無機材料体の用途に応じて任意に選択可能であるが、例えば瓦の釉薬の場合は、CaO,MgO,BaO,Al,SiO,TiO,ZrO,B、LiO,KO,NaO,ZnO,SrO,PbO等を選択することができる。
顔料である遷移金属酸化物も、無機材料体の用途に応じて任意に選択可能であるが、例えば瓦の茶色や黒のような暗色系の釉薬の場合、Mn,Cr,Feの酸化物がよく使用される。
母材と遷移金属酸化物の組合せ及びそれらの配合割合も、無機材料体の用途に応じて任意に選択される。
スピネル型結晶構造が生じない焼成条件は、上記母材の材料、遷移金属酸化物の種類、粒径、母材と遷移金属酸化物との組合せ及びそれらの配合割合、焼成炉の特性、焼成温度、昇温速度、冷却速度、焼成環境その他の環境要件に応じて当業者が適宜選択可能である。なお、この明細書では代表的な条件(遷移金属酸化物の配合割合、焼成温度)を実施例で示しているが、勿論その条件に限定されるものでない。
【0008】
このように製造される無機材料体の用途は特に限定されるものではないが、例えば瓦やタイル等の無機材料製素材の表面層(釉薬)として用いることができる(この発明の第2の局面参照)。その他、金属材料製素材の表面層として用いることも可能である。
【0009】
既述のようにスピネル型結晶構造の遷移金属酸化物の量と赤外線吸収率との間には線形の関係が成り立つ。従って、スピネル型結晶構造の遷移金属酸化物の量を制御することにより無機材料体の蓄熱性を制御可能となる。即ち、この発明の第3の局面は次のように規定される。
無機材料からなる母材と遷移金属酸化物とを含む無機材料体の蓄熱制御方法であって、前記遷移金属酸化物に占めるスピネル型結晶構造を有するものの割合を調整することにより、その蓄熱性を制御することを特徴とする無機材料体の蓄熱制御方法。
【0010】
無機材料体に含まれる遷移金属酸化物にはスピネル型結晶構造を有するもの(第1の成分)とコランダム型のような非スピネル型結晶構造を有するもの(第2の成分)とがあると考えると、上記第3の局面は次のように規定することもできる。即ち、
無機材料からなる母材と遷移金属酸化物とを含む無機材料体の蓄熱制御方法であって、前記遷移金属酸化物はスピネル型結晶構造を有する第1の成分と、非スピネル型結晶構造を有する第2の成分とを備え、前記第1の成分と前記第2の成分との配合量を調整することにより(該第1の成分又は該第2の成分の配合量が0の場合も含む)、その蓄熱性を制御することを特徴とする無機材料体の蓄熱制御方法(第4の局面)。
ここに蓄熱性とは、赤外線を吸収することにより無機材料体が昇温される度合いをいう。なお、赤外線には、近赤外線、赤外線、遠赤外線が含まれる。
【0011】
この発明の第5の局面は次のように規定される。即ち、
無機材料からなる母材と遷移金属酸化物とを含む無機材料体であって、スピネル型結晶の111面でのX線回折に対応する強度が1000カウント以下である、ことを特徴とする低蓄熱性無機材料体。
このように規定される第5の局面の無機材料体によれば、スピネル型結晶構造を有する遷移金属酸化物の配合割合が小さいので、赤外線の吸収効率が極めて小さくなる。その結果、かかる無機材料体を瓦の釉薬として用いたときには(第6の局面)、瓦が昇温することを効果的に予防できる。
【0012】
釉薬層に含まれるスピネル型結晶構造の遷移金属酸化物の量はX線回折により特定することができる。
スピネルの回折線は複数の位置に現れるが,スピネル結晶は釉中で一度溶融し再結晶化する際特定の結晶面(111)が優先的に釉面に平行に配向する。そのため,通常の粉末X線回折法による測定とは異なり,スピネルの生成量が高精度に評価できる。
回折角度が約18度付近にスピネルの回折線が現れ,それらの回折線高さの和をスピネル量(カウント)とする。
【0013】
以上より、この発明の第7局面は次のように規定される。
基材と
無機材料からなる母材及び遷移金属酸化物を含み、前記基材の表面に形成される無機表面層と、を備える試料を準備するステップと、
前記試料の無機表面層へX線を照射して該X線の回折強度から前記無機表面層に存在するスピネル型結晶構造を有する遷移金属酸化物の存在量を特定する、ことを特徴とするスピネル型結晶存在量の特定方法。
ここにおいて、前記X線の回折強度は前記スピネル型結晶構造の111面の回折に基づくものとすることが好ましい(第8の局面)。
【0014】
このようにしてスピネル型結晶存在量を特定する方法により得られた回折強度を瓦の釉薬層の特性評価の指標とすることができる(第9の局面)。
同じ釉薬を使用しても瓦製造のバッチ毎に赤外線反射率が異なる場合がある。この場合、スピネル型結晶存在量を評価指標として瓦製造の条件を検証することにより、赤外線反射率に影響を及ぼす製造条件のブレを容易に把握及び修正可能となる。これにより、高い赤外線反射率の施釉瓦を常に安定して生産可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1はX線回折法により得られた各資料のチャートである。
【図2】図2は表4の結果(X線回折法により求めたスピネル型結晶存在量と赤外線ランプ照射時の表面温度との相関性)を示すグラフである。
【実施例】
【0016】
以下、実施例に基づき更に詳細にこの発明を説明する。
まず、焼成温度により釉薬層におけるスピネル型結晶構造の遷移金属酸化物の存在量調整が可能なことを示す。
表1及び表2に実施例1−3の釉薬層の形成条件、及び特性を示す。
【表1】

【表2】

スピネル強度は次のようにして測定した。
施釉瓦から約2cm×3cmの平板状試験片を切り出し,粉末X線回折測定に使用するアルミホルダーに,平板試験片の釉表面がホルダーの表面と一致するように固定し,粉末X線回折装置の試料台に設置して回折測定を行う。X線回折の測定条件を表3に示す。
【表3】

【0017】
実施例1−3につきX線回折を実行したときの出力チャートを図1に示す。回折角度が約18度付近にスピネルの回折線が現れ,それらの回折線高さの和をスピネル強度(カウント)とする。図1には比較例1(表4参照)についての出力チャートも示してある。反射率の測定は日本分光株式会社製の型番V670の分光計で行なった。
赤外線照射の条件は赤外線ランプ(岩崎電気株式会社製、出力250W)を試料から25cm離して、赤外線ランプの放射軸が試料に垂直となるようにセットし、赤外線を3時間照射した。そして、照射終了直後の釉薬層中央の表面の温度を温度計(ディアンドディ社製、サーモレコーダー型番RTR52)で測定した。
【0018】
上記表1の結果より、焼成温度を調整することによりピーク強度が変化することがわかる。即ち、焼成温度によりスピネル型結晶構造を有する遷移金属酸化物の量を制御できる。ピーク高さと表面温度との関係から、ピーク強度が小さくなるほど、瓦の表面温度が低く維持されていることがわかる。また、赤外線の反射率/可視光の反射率の値から、比較例の釉薬層に比べて実施例の釉薬層の赤外線の選択的反射率が高くなっていることがわかる。
【0019】
次に、遷移金属酸化物の配合量を調整することにより釉薬層におけるスピネル型結晶構造の遷移金属酸化物の存在量調整が可能なことを示す。
表4及び表5に実施例4−6及び比較例1の釉薬層の形成条件、及び特性を示す。なお、施釉瓦の製造条件、測定条件は実施例1〜3と同様である。
【表4】

【表5】

【0020】
上記表4の結果より、出発原料となる遷移金属酸化物の配合割合を調整することによりピーク強度が変化することがわかる。即ち、出発原料となる遷移金属化合物の配合割合を調整することによりスピネル型結晶構造を有する遷移金属酸化物の量を制御できる。
ピーク高さと表面温度との関係から、ピーク強度が小さくなるほど、瓦の表面温度が低く維持されていることがわかる。また、赤外線の反射率/可視光の反射率の値から、比較例の釉薬層に比べて実施例の釉薬層の赤外線の選択的反射率が高くなっていることがわかる。
図2は表4の結果(X線回折法により求めたスピネル型結晶存在量と赤外線ランプ照射時の表面温度との相関性)を示すグラフである。図2に示す結果より、ピーク強度は1000(カウント)以下とすることが好ましく、更に好ましくは700以下である。
【0021】
以上の例では、焼成温度又は出発物質である遷移金属酸化物の配合割合を調整することにより、ピーク強度、即ち釉薬層中におけるスピネル型結晶構造の遷移金属酸化物の存在量を調整できることを確認した。
勿論、焼成温度及び出発物質である遷移金属酸化物の配合割を調整することにより釉薬層中におけるスピネル型結晶構造の遷移金属酸化物の存在量を調整できることはいうまでもない。
その他、釉薬層中におけるスピネル型結晶構造の遷移金属酸化物の存在量は、基礎釉の種類、出発物質である遷移金属酸化物の結晶状態、基礎釉と遷移金属酸化物との配合割合、基礎釉と遷移金属酸化物との組合せ、基礎釉及び又は遷移金属酸化物の粒径、焼成炉の特性(酸化ガスの供給割合、風量)、焼成温度履歴(昇温速度、降温速度等)等の色々なパラメータにより変化する。換言すれば、これらパラメータの1種又は2種以上を調整することによりスピネル型結晶構造の遷移金属酸化物の存在量の制御が可能となる。
【0022】
試料の無機表面層へX線を照射して該X線の回折強度から、特にスピネル型結晶構造の111面の回折強度から、無機表面層に存在するスピネル型結晶構造を有する遷移金属酸化物の存在量を特定する方法は、いわゆるリサーチツールとしての使用にとまるものではない。
このスピネル型結晶存在量の特定方法を用い、施釉瓦の製造条件を調整した場合には、この特定方法を利用した瓦の製造方法に該当する。
更に敷衍して、このスピネル型結晶存在量の特定方法を用い、無機材料体の製造条件を調整した場合は、この特定方法を利用した無機材料体の製造方法に該当する。
【0023】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機材料からなる母材と遷移金属酸化物とを含む無機材料体の製造方法であって、前記母材と前記遷移金属酸化物との混合物を実質的にスピネル型結晶が生じない条件で焼成する、ことを特徴とする低蓄熱性無機材料体の製造方法。
【請求項2】
瓦素地の表面に膜状に形成されることを特徴とする請求項1に記載の低蓄熱性無機材料体の製造方法。
【請求項3】
無機材料からなる母材と遷移金属酸化物とを含む無機材料体の蓄熱制御方法であって、前記遷移金属酸化物に占めるスピネル型結晶構造を有するものの割合を調整することにより、その蓄熱性を制御することを特徴とする無機材料体の蓄熱制御方法。
【請求項4】
無機材料からなる母材と遷移金属酸化物とを含む無機材料体の蓄熱制御方法であって、前記遷移金属酸化物はスピネル型結晶構造を有する第1の成分と、非スピネル型結晶構造を有する第2の成分とを備え、前記第1の成分と前記第2の成分との配合量を調整することにより(該第1の成分又は該第2の成分の配合量が0の場合も含む)、その蓄熱性を制御することを特徴とする無機材料体の蓄熱制御方法。
【請求項5】
無機材料からなる母材と遷移金属酸化物とを含む無機材料体であって、スピネル型結晶の111面でのX線回折に対応する強度が1000カウント以下である、ことを特徴とする低蓄熱性無機材料体。
【請求項6】
瓦素地の表面に膜状に形成されることを特徴とする請求項5に記載の無機材料体。
【請求項7】
基材と
無機材料からなる母材及び遷移金属酸化物を含み、前記基材の表面に形成される無機表面層と、を備える試料を準備するステップと、
前記試料の無機表面層へX線を照射して該X線の回折強度から前記無機表面層に存在するスピネル型結晶構造を有する遷移金属酸化物の存在量を特定する、ことを特徴とするスピネル型結晶存在量の特定方法。
【請求項8】
前記X線の回折強度は前記スピネル型結晶構造の111面の回折に基づくものである、ことを特徴とする請求項7に記載のスピネル型結晶存在量の特定方法。
【請求項9】
前記基材を瓦素地とし前記無機材料層を釉薬として、請求項7又は請求項8に記載のスピネル型結晶存在量の特定方法を含む、瓦の製造方法。
【請求項10】
請求項7又は請求項8に記載のスピネル型結晶存在量の特定方法を含む、無機材料体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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