説明

低電気伝導性高放熱性高分子材料及び成形体

【課題】低電気伝導性、高放熱性、高強度及び低比重の各特性を確保することができる高分子材料及び成形体を提供する。
【解決手段】 高分子材料1中に、表面に電子吸引剤をグラフト率0.5%以上でグラフトした炭素系フィラー(2)を10〜80体積%配合してなる低電気伝導性高放熱性高分子材料と、該高分子材料で成形した低電気伝導性高放熱性成形体である。炭素系フィラーとしては、カーボンブラック、炭素繊維、石油コークス、グラファイト、カーボンナノチューブ等を例示できる。電子吸引剤としては、エーテル基、エポキシ基、アシル基、カルボニル基、アミド基、又はシロキサン結合を有する化合物を例示できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低電気伝導性と高放熱性とを有する高分子材料と成形体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
CO2 削減等の環境面より、自動車においても低燃費化が進んでおり、近年、ハイブリッド車が注目を集めている。また、今後、燃料電池車等の普及も予測される。その中で、電池やモータの関連部品において、低電気伝導性と高放熱性とを要求される製品が多くあり、その両特性を確保するために、材料や形状について種々検討されている。
【0003】
しかし、実用材料の単体では、両特性を確保することが困難である。なぜなら、高放熱性は高熱伝導性(高い熱伝導性)が前提となるが、高熱伝導性の実用材料は高電気伝導性でもあることがほとんどであるからである。すなわち、
(1)金属は、高熱伝導性で高放熱性であるが、高電気伝導性でもあるから、そのままでは低電気伝導性(好ましくは電気絶縁性)を確保できない。そこで、別途、樹脂等よりなる絶縁プレートを設定する必要があり、絶縁プレートの低放熱性が問題となったり、絶縁プレートの分だけ製品重量が重くなったりする。また、金属自体も比重が高い。
(2)高分子材料(樹脂、ゴム)は、低電気伝導性(ほぼ電気絶縁性)であるが、低熱伝導性でもあるから、そのままでは高放熱性を確保できない。そこで、製品形状の工夫(空気の通り道を作る)で高放熱性を確保する必要があり、製品が大きくなって広い設置スペースを必要とすることになる。
【0004】
(3)そこで、次のような複合材料が検討されている。
特許文献1には、スチレン系熱可塑性エラストマー/PP中に、ファインセラミックスを配合したものが記載されている。
特許文献2には、高分子材料中に、ホウ素化合物を含有した黒鉛化炭化水素を配合したものが記載されている。
特許文献3には、シリコーンゴム中に、黒鉛化炭素繊維、電気絶縁性熱伝導充填剤を配合した材料が記載されている。
特許文献4には、シリコーンゴム中に、ボロンナイトライドを配合した材料が記載されている。
特許文献5には、ポリアミド樹脂中に、酸化マグネシウム、カーボンブラックを配合した材料が記載されている。
【特許文献1】特開2002−146154公報
【特許文献2】特開2002−88249公報
【特許文献3】特開2002−3717公報
【特許文献4】特開平7−111300号公報
【特許文献5】特開平3−79665号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1〜5は、いずれも低電気伝導性をもたらす高分子材料(母材)中に、高放熱性をもたらすセラミックス等よりなるフィラーを充填して、両特性を確保しようとする発想の複合材料である。しかし、この複合材料にも次のような問題があった。
(a)フィラーをかなり多量に(高密度に)充填しないと、高放熱性を確保できない。
(b)フィラーを多量に充填すると、材料の比重が高くなり、製品が重くなる。
(c)フィラーと高分子材料との相性が悪く、補強性が低下したり、材料として脆くなったりする。
(d)フィラーの種類によっては、ガスが発生し、高分子材料に悪影響を与える。
【0006】
本発明の目的は、上記課題を解決し、低電気伝導性、高放熱性及び低比重の各特性を確保することができる高分子材料及び成形体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
[A]本発明の低電気伝導性高放熱性高分子材料は、高分子材料中に、表面に電子吸引剤をグラフトした炭素系フィラーを配合してなるものとした。
【0008】
本発明における各要素について、その態様を以下に例示する。
[1]高分子材料
高分子材料としては、特に限定されないが、樹脂、ゴム、熱可塑性エラストマーを例示できる。
1.樹脂:PP、PE等のオレフィン系樹脂、PPS(ポリフェニレンサルファイド)、LCP(液晶ポリマー)、PBT(ポリブチレンテレフタレート)、POM(ポリアセタール)等のエンプラ樹脂を例示できる。
2.ゴム:EPDM(エチレンプロピレンジエン共重合物)、CR(クロロプレンゴム)、NBR(アクリロニトリル−ブタジエンゴム)、Q(シリコーンゴム)等を例示できる。
3.熱可塑性エラストマー:オレフィン系、スチレン系、塩化ビニル系、ポリエステル系、ポリウレタン系、ポリアミド系、フッ素系の熱可塑性エラストマーを例示できる。
【0009】
[2]表面に電子吸引剤をグラフトした炭素系フィラー
[2−1]炭素系フィラー
炭素系フィラーとしては、特に限定されないが、カーボンブラック(炭素の微粒子)、炭素繊維、石油コークス、グラファイト、カーボンナノチューブ等を例示できる。
【0010】
[2−2]電子吸引剤
電子吸引剤としては、特に限定されないが、エーテル基、エポキシ基、アシル基、カルボニル基、アミド基、又はシロキサン結合を有する化合物を例示できる。好ましくは、グラフト結合させるポリマー中にエーテル基、エポキシ基、アシル基、カルボニル基、アミド基、又はシロキサン結合を保持しているもので且つ片末端にジオールを保持するポリマーであり、ポリ2−エチルヘキシルアクリレート、ポリオクチルアクリレート等を例示できる。
【0011】
[2−3]電子吸引剤のグラフト率
電子吸引剤のグラフト率は、特に限定されないが、0.5質量%以上が好ましく、0.5〜50質量%がより好ましく、炭素系フィラー種に応じて次の範囲がさらに好ましい。
・フィラーがカーボンブラックである場合、電子吸引剤のグラフト率は20%質量以上が好ましく、20〜50質量%がより好ましい。グラフト率が20質量%未満の場合は、十分な電気抵抗値が得られない可能性がある。
・フィラーがPAN(ポリアクリロニトリル)系炭素繊維である場合、電子吸引剤のグラフト率は10%質量以上が好ましく、10〜50質量%がより好ましい。グラフト率が10質量%未満の場合は、十分な電気抵抗値が得られない可能性がある。
・フィラーがピッチ系炭素繊維である場合、電子吸引剤のグラフト率は0.5%質量以上が好ましく、0.5〜10質量%がより好ましい。グラフト率が0.5質量%未満の場合は、十分な電気抵抗値が得られない可能性がある。
【0012】
[2−4]電子吸引剤のグラフト方法
炭素系フィラーの表面に電子吸引剤をグラフトする方法としては、特に限定されず、公知のグラフト(接ぎ木)技術を利用することができる。
一例を挙げると、
1.カーボンブラック(図1(a))をオゾン酸化し(図1(b))、それにイソパラフィン系炭化水素溶媒を添加し、湿潤させる。
2.次いで、トリイソシアネート化合物(トリイソシアネートヘキサメチレンイソシアネート)と片末端ジオール変性ポリマー(プロペン1,2ジオールポリ(2−エチルヘキシルカルボニルエテン)スルフィドを添加、混合、混練する(図1(c)(d))。
3.さらに、ジブチルチンジラウレートを添加し、混練りする。
4.その後、該スラリーを高圧ホモジナイザーにて機械的分散を施す。
5.分散させたスラリーを攪拌しながら70℃、6時間反応させる。
6.その後、溶媒であるイソパラフィン系溶媒を揮発させて、電子吸引剤グラフト・カーボンブラック2を得た(図1(e))。なお、図1(f)は、この電子吸引剤グラフト・カーボンブラック2を高分子材料1に配合したものである。
【0013】
[3]配合
[3−1]炭素系フィラーの配合量
高分子材料中への炭素系フィラーの配合量は、特に限定されないが、10〜80体積%が好ましく、20〜50体積%がより好ましい。その配合量が少ないと十分な熱伝導パスができない傾向となり、多いと材料としての特性が損なわれたり、加工性が悪化したりする傾向となる。
【0014】
[4]炭素系フィラーの配向
高分子材料中に配合した炭素系フィラーを磁場等により配向させて、使用することもできる。この配向により、炭素系フィラーの配合量が同じでも、熱伝導性を高めることができるとか、同じ熱伝導性でよければ、炭素系フィラーの配合量を減らすことができるとかというメリットがある。配向とは、母材である高分子材料中で、形状に異方性をもった炭素系フィラー(主として炭素繊維)が特定の方向に規則正しく並んだ状態である。
【0015】
[4−1]配向の確認ないし評価
配向は、例えば次の2つの方法で確認でき、特に方法1で評価できる。
1.X線回折による炭素系フィラーの結晶格子の方位角強度分布測定
例えば炭素繊維においては、グラファイト結晶が繊維方向へ規則正しくならんでできており、このグラファイト結晶(0.0.2)面についてX線回折による方位角強度分布を測定することで(例えば後述する図5)、炭素繊維自体の配向方向を知ることができる。配向している場合には、方位角強度分布にピークが発生する。特に良く配向している場合には、該ピークについて半値幅を測定し、下記の配向度を定義する。配向度は、0.7以上のときに配向を視覚的に捉えられる程度といえるとともに配向の作用効果が明瞭になると評価でき、特に0.9〜1のときは好ましい良配向ということができる。
配向度=(180°−半値幅)/180° ・・・数式1
2.顕微鏡観察等による目視確認
成形体を配向を確認したい面でカットし、走査型電子顕微鏡等で炭素系フィラーの方向を観察する。ただし、この観察から、配向の度合いを定量的にいうことは難しい。
【0016】
[4−2]配向の方向
高分子材料中での炭素系フィラーが配向する方向は、特に限定されないが、例えば成形体が板状部を含むものである場合、その板状部の表面に沿ったいずれか一方向でもよいし、その板状部の厚さ方向でもよい。
【0017】
[4−3]配向の方法
炭素系フィラーを配向させる方法としては、特に限定されないが、次の磁場による方法と加工による方法を例示できる。
1.磁場による方法
上記の低電気伝導性高放熱性高分子材料で成形体又は該成形体の素材としての成形体を成形し、これらの成形体の高分子材料が溶融している状態で該高分子材料中の炭素系フィラーを磁場により配向させる方法である。炭素系フィラーは磁場の方向(磁力線の方向)に沿うように配向する。配向後に高分子材料を冷却し固化させる。磁場の強さは、特に限定されないが、1T(テスラ)以上の強磁場が好ましい。この方法によれば、配向方向を磁場の方向に合わせるだけで、上で例示した配向方向も含め種々の配向方向を実現できる利点がある。
2.加工による方法
上記の低電気伝導性高放熱性高分子材料で成形体又は該成形体の素材としての成形体を成形し、これらの成形体の高分子材料が溶融している状態で成形体の少なくとも一部を加工により伸長変形させて該高分子材料中の炭素系フィラーを配向させる方法である。炭素系フィラーは伸長方向に沿うように配向する。配向後に高分子材料を冷却し固化させる。
なお、上記方法において成形体の素材としての成形体とは、例えば成形体がシート材を真空成形等して三次元形状に賦形したものである場合のシート材をさすように、複数段階の成形を経る場合の前駆の成形体をいう。
【0018】
[B]本発明の低電気伝導性高放熱性成形体は、上記の低電気伝導性高放熱性高分子材料で成形したものである。
同成形体の具体的製品としては、特に限定されないが、次の製品を例示できる。
・図2に示すように、(ハイブリット車、燃料電池車等の電気駆動車等の)電池パック11の電池素子間を絶縁する絶縁プレート12やバッテリーケース13、バスバモジュール等
・(電気駆動車等の)モーターのモーターコイルインシュレーター・封止材等
・(電気駆動車、家電等の)インバーターケース
・(家電、パソコン等の)放熱シート、筐体等
【0019】
本発明の開発経緯及び作用は、次のとおりである。
炭素系フィラーは、熱伝導性が(よって放熱性も)高く、また高分子材料に対する補強性もある点で、本目的に適する。しかし、炭素系フィラーは、電気伝導性も高いため、本発明ではその電気伝導性を抑制することを目指した。
そして、種々検討の結果、炭素系フィラーの表面に電子吸引剤をグラフトすることにより、同表面での電子移動を抑制することができることを見出し、もって電気伝導性が低下した炭素系フィラーを開発した。この炭素系フィラーを高分子材料中に配合することにより、低電気伝導性と高放熱性と高強度とを確保した新規材料を得たものである。
【発明の効果】
【0020】
本発明の高分子材料及び成形体によれば、低電気伝導性、高放熱性、高強度及び低比重の各特性を確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
高分子材料中に、表面に電子吸引剤をグラフト率0.5%以上でグラフトした炭素系フィラーを10〜80体積%配合してなる低電気伝導性高放熱性高分子材料である。また、同低電気伝導性高放熱性高分子材料で成形した低電気伝導性高放熱性成形体である。
【実施例】
【0022】
母材の高分子材料として、ポリエチレン(PE)樹脂(住友化学工業製 商品名「スミカセンG807」)を用い、このポリエチレン樹脂に、以下の表1〜表5に示す各フィラーを所定の配合量だけ配合した。次の表1は、実施例1〜10に用いたフィラー種と、各フィラーのグラフトに用いた電子吸引剤のポリマー種と、そのグラフト率とを示している。ここで、グラフト率は加熱減量測定法で求めた。すなわち、グラフトした炭素系フィラーを110℃から1000℃まで不活性ガス(Arガス)中で加熱し、その減量率を炭素繊維の重量増加率に換算してグラフト率とした。炭素系フィラーはこの条件中では減量せず、グラフトしたポリマーのみが揮発して減量するとの考え方に基づく。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】

【0025】
【表3】

【0026】
実施例1、2は、フィラーとして表1の電子吸引剤をグラフトしたカーボンブラックを用いた例であり、表2及び表3に示すように、電子吸引剤をグラフトしない各種フィラーを用いた比較例1〜8と比較検討した。
・実施例1、2のフィラーは、東海カーボン社製のカーボンブラック 商品名「シースト116」の表面に、電子吸引剤である変性したジメチルポリシロキサン(片末端ジオール)「チッ素社製 サイラブレーンFM−DA21」をグラフト(グラフト率30%)したものである。
・比較例2、3のカーボンブラックは、前記の東海カーボン社製 商品名「シースト116」である。
・比較例4の炭素繊維は、三菱化学産資社製の、商品名「ダイアリード K223HG」である。
・比較例5、6のグラファイトは、オリエンタル工業社製の、商品名「OSカーボンパウダー AT−NO.40S」である。
・比較例7、8の窒化ホウ素は、電気化学工業社製の、商品名「デンカボロンナイトライド HGP」である。
【0027】
【表4】

【0028】
実施例3〜8は、フィラーとして表1の電子吸引剤をグラフトしたPAN(ポリアクリロニトリル)系炭素繊維を用いた例であり、表4に示すように、電子吸引剤をグラフトしないPAN系炭素繊維を用いた比較例9と比較検討した。
・実施例3〜8のフィラー(表1のPAN系炭素繊維1〜6)は、東レ株式会社製のPAN系炭素繊維 商品名「トレカMLD30」の表面に、電子吸引剤であるシリコン系ポリマー(信越化学工業株式会社製 商品名「変性シリコーンオイル KF−8003」)又はカルボジイミド系ポリマー(日清紡績株式会社製 商品名「カルボジライト」)をグラフト(グラフト率22〜34.6%)したものである。
・比較例9のPAN系炭素繊維は、前記の商品名「トレカMLD30」である。
【0029】
一般にPAN系炭素繊維は、PAN(ポリアクリロニトリル)繊維を原料とした炭素繊維であり、PAN繊維を不活性気体中で1000℃〜1500℃で仮焼きを行い、その後に2000〜3000℃で炭化して製造する。
PAN系炭素繊維の特徴として、炭素繊維を構成するグラファイト結晶が小さくランダムに配置しているので、繊維のいろいろな方向へ電気や熱を通しやすい。また、PAN系炭素繊維は結晶に欠陥が多いことから、熱伝導率がピッチ系炭素繊維に比べると小さく、前記の商品名「トレカMLD30」の熱伝導率は(詳細は不明であるが)20W/m・K未満である。
また、PAN系炭素繊維は、その繊維表面全体に電子吸引剤がグラフトされやすいため、グラフト率がピッチ系炭素繊維に比べて高くなる。
【0030】
【表5】

【0031】
実施例9、10は、フィラーとして表1の電子吸引剤をグラフトしたピッチ系炭素繊維を用いた例であり、表5に示すように、電子吸引剤をグラフトしないピッチ系炭素繊維を用いた比較例10と比較検討した。
・実施例9のフィラー(表1のピッチ系炭素繊維1)は、三菱化学産資社製のピッチ系炭素繊維 商品名「K223HGM」(熱伝導率540W/m・K)の表面に、電子吸引剤であるエポキシ系ポリマー(大日本インキ化学工業株式会社製 商品名「EPICLON」)をグラフト(グラフト率0.7%)したものである。
・実施例10のフィラー(表1のピッチ系炭素繊維2)は、三菱化学産資社製のピッチ系炭素繊維 商品名「K223QM」(熱伝導率140W/m・K)の表面に、電子吸引剤であるエポキシ系ポリマー(大日本インキ化学工業株式会社製 商品名「EPICLON」)をグラフト(グラフト率1.5%)したものである。
・比較例10のピッチ系炭素繊維は、三菱化学産資社製のピッチ系炭素繊維 商品名「K223HGM」である。
【0032】
一般にピッチ系炭素繊維は、石油系のタールを原料とした炭素繊維であり、タールに増粘度剤などの種々の配合剤を配合し、250〜400℃で糸をつくり、その後に不活性気体中で1000〜1500℃で炭化させ、さらに2500〜3000℃で焼くことで製造する。実施例9と実施例10とで用いるピッチ系炭素繊維の熱伝導率が違うのは、最後の焼き温度の違いによるものであり、温度が高い方が結晶がよくできるので熱伝導率が高い。ピッチ系炭素繊維中のグラファイト結晶はPAN系炭素繊維に比べて大きく、繊維方向にきれいに並んでおり欠陥も少ない。よって、ピッチ系炭素繊維は繊維方向に電気や熱を通しやすく、熱伝導率がPAN系炭素繊維に比べてはるかに大きい。なお、後述する配向によって、ピッチ系炭素繊維の熱伝導率が大きく増加するのは、繊維方向をそろえてやることで熱伝導の方向も揃うからである。
また、ピッチ系炭素繊維は、その繊維長手方向端部には電子吸引剤がグラフトされやすいが、繊維長手方向の途中部には電子吸引剤がグラフトされにくいため、グラフト率がPAN系炭素繊維に比べて低くなる。
【0033】
[成形と物性試験]
各実施例及び比較例の配合の材料を、東洋精機製作所製ラボプラストミルのバンバリーミキサー(型番「B−75」)により、温度210℃、回転数100rpm,時間10分、充填率70%の条件で混合した。混合後の材料を、ハンドプレス装置により、圧力20MPa,温度210℃、時間5分の条件でプレス成形し、25mm×25mm×(厚さ)2mmの試験片を作成した。
【0034】
各試験片について、次の方法で物性を測定した。その結果を表2〜表5に併せて示す。
(1)熱伝導性測定
測定装置としてNETZSCH(ネッツ)社製 商品名「XeフラッシュアナライザーLFA447 Nanoflash」を用い、25℃(室温)にて測定した。熱伝導の方向は試験片の厚さ方向である。
(2)体積固有抵抗測定
体積固有抵抗が106 以下の場合は、測定装置としてダイヤインスツルメント社製 商品名「ロレスタGP」を用い、四端子法で測定した。電流印加端子の離間方向(電流の方向)も、電圧測定端子の離間方向(電位差の方向)も、試験片の厚さ方向である。
体積固有抵抗が106 以上の場合は、測定装置としてダイヤインスツルメント社製 商品名「ハイレスタUP」を用い、二重リング法(JISK6911準拠)で測定した。
(3)比重測定
測定装置として島津製作所社製 商品名「SGM300P」を用い、水中置換法で測定した。但し、同測定は実施例1、2と比較例1〜8についてのみ行った。
【0035】
[物性評価]
各配合材料の熱伝導性と電気伝導性を評価する際には、配合材料で成形する低電気伝導性高放熱性成形体の具体的製品の種類に応じて、要求される高熱伝導性のレベルも低電気伝導性のレベルも異なることを考慮する必要がある。
【0036】
(ア)カーボンブラックを用いた実施例1、2の評価
実施例1、2は、熱伝導性及び電気伝導性を高める作用が比較的強いフィラーであるカーボンブラックを用いた例であり、高放熱性の要求は比較的強いが低電気伝導性の要求は比較弱い成形体製品(目的)に適合する配合材料である。
表2及び表3に測定結果を示すとおり、比較例1は、電気伝導性は本要求に対し低いが、熱伝導性がきわめて低く、本目的に全く適合しない。比較例2、3、4、5、6は、熱伝導性は本要求に対し高いが、電気伝導性も本要求に対し高いため、やはり本目的に適合しない。比較例7は、電気伝導性は本要求に対し低いが、熱伝導性が十分高くない。また比較例8は、熱伝導性が高く、電気伝導性が低い点では優れているが、セラミックスフィラーの特徴として配合量が多いと比重が高くなる。また、前記のとおりセラミックスフィラーは樹脂との相性が悪く、補強性が低下したり、脆くなったりする。
これらに対し、実施例1、2は、熱伝導性が本要求に対し十分に高く、電気伝導性が本要求に対し十分に低いため、本目的に適合し、さらにフィラーの配合量が多くても比重はさほど高くならない利点がある。また、フィラーと樹脂との相性が良いため、補強性が高く、強靭である。
【0037】
(イ)PAN系炭素繊維を用いた実施例3〜8の評価
実施例3〜8は、熱伝導性及び電気伝導性を高める作用が比較的弱いフィラーであるPAN系炭素繊維を用いた例であり、高放熱性の要求は比較的弱いが低電気伝導性の要求は比較的強い成形体製品(目的)に適合する配合材料である。
表4に測定結果を示すとおり、比較例9は、熱伝導性は本要求に対し高い点で優れているが、電気伝導性が本要求に対し高いため、本目的に適合しない。
これに対し、実施例3〜8は、熱伝導性が本要求に対し十分に高く、電気伝導性が本要求に対し十分に低いため、本目的に適合する。
【0038】
(ウ)ピッチ系炭素繊維を用いた実施例9、10の評価
実施例9、10は、熱伝導性及び電気伝導性を高める作用が比較的強いフィラーであるピッチ系炭素繊維を用いた例であり、高放熱性の要求は比較的強いが低電気伝導性の要求は比較的弱い成形体製品(目的)に適合する配合材料である。
表5に測定結果を示すとおり、比較例10は、熱伝導性は本要求に対し高い点で優れているが、電気伝導性がきわめて高いため、本目的に全く適合しない。
これに対し、実施例9、10は、熱伝導性が本要求に対し十分に高く、電気伝導性が本要求に対し十分に低いため、本目的に適合する。
【0039】
[炭素繊維を配向させる予備試験]
まず、磁場により炭素繊維を配向させることができることを確認するための予備試験を行った。ポリエチレン樹脂にピッチ系炭素繊維(グラフトなし)を15体積%、30体積%、25体積%又は35体積%配合した四種の材料を、上記と同様の条件で混合し且つ25mm×25mm×2mmの試験片に成形した後、15体積%、25体積%及び35体積%配合の例について磁場を印加した(30体積%配合の例には磁場を印加せず、25体積%配合の例は磁場を印加しない場合も行った)。具体的には、図3及び図4に示すように、次の装置及び手順で配向を行った。
・磁場発生手段として、住友重機械工業製の冷却型超伝導磁石装置(HF10−100VHT)を用いた。
・同装置21の磁場中心部に位置する空間22(ボア)の下部に電気ヒーター23を設置し、該電気ヒーター23の上に、上記の試験片24を1つずつ、試験片厚さ方向が磁場の方向(磁力線の方向)となるようにセットした。
・同空間内の試験片24をポリエチレン樹脂が溶融する温度域(実施したのは220℃)に電気ヒーター23で加熱し、試験片の母材ポリエチレン樹脂を溶融した。この際、試験片は前記寸法を維持するように保持された。
・同加熱及び温度を維持しながら同装置を作動させて試験片に磁場を印加し(実施したのは8T(テスラ))、試験片24を該磁場中で1時間放置した。
・その後、前記加熱を止め、試験片24を0.5時間放置して自然冷却し、試験片の母材ポリエチレン樹脂を固化させた。
・試験片24を同装置21の空間22から取り出し、炭素繊維の配向を確認した。
【0040】
炭素繊維の配向は次の2方法で確認した。
1.X線回折によるフィラーの結晶格子の方位角強度分布測定
磁場を印加しない30体積%配合の例と、磁場を印加した15体積%配合の例及び35体積%配合の例について、X線回折装置を用い、前記の通り、炭素繊維のグラファイト結晶(0.0.2)面についてX線回折による方位角強度分布を測定した。その測定結果を図5に示す。炭素繊維は、磁場を印加した15体積%配合の例と35体積%配合の例において、試験片24の厚さ方向によく配向しており、方位角強度分布にピークが発生する。このピークについて半値幅を測定し、前出した下記の数式1から配向度を求めたところ、15体積%配合の例で0.98であり、35体積%配合の例で0.97であった。
(2)サンプルの顕微鏡観察による目視確認
磁場を印加しない25体積%配合の例と、磁場を印加した25体積%配合の例について、試験片を厚さ方向に切断し、走査型電子顕微鏡で炭素繊維の厚さ方向の配向の有無を観察した。その顕微鏡写真を図6及び図7に示す。濃灰色部がポリエチレン樹脂、淡灰色部が炭素繊維である。図6が磁場を印加しない例であるが、炭素繊維の方向がランダムである。図7が磁場を印加した例であるが、炭素繊維が規則正しく厚さ方向を向いており、良く配向しているといえる。
【0041】
[炭素繊維を配向させた実施例]
この予備試験で炭素繊維を良く配向させられることが確認できたので、次に、フィラーとして炭素繊維を用いた実施例3、4、5、6、7、8、9、10及び比較例9、10について、それぞれ材料組成と成形法は同一であるが、母材の高分子材料(ポリエチレン樹脂)中の炭素繊維を磁場により配向させた点においてのみ相違する実施例3a、4a、5a、6a、7a、8a、9a、10a及び比較例9a、10aを実施した。磁場による配向は、図3及び図4に示す装置及び手順で、前記の予備試験と同様に行った。そして、装置21の空間22から取り出した試験片を、前記の物性試験に供した。その結果を表6及び表7に示す。
【0042】
【表6】

【0043】
【表7】

【0044】
[物性評価]
(カ)PAN系炭素繊維を用いた実施例3a〜8aの評価
PAN系炭素繊維を配向させた比較例9(表6)は、前記のPAN系炭素繊維を配向させない比較例9(表4)と比べて、熱伝導性が高くなっている点では評価できるが、電気伝導性が要求を満たさないほどに高いことに変わりはない。
一方、PAN系炭素繊維を配向させた実施例3a〜8a(表6)は、前記のPAN系炭素繊維を配向させない実施例3〜8(表4)と比べて、熱伝導性が高くなった例が多いとともに、電気伝導性が高くなってはいるが要求を満たす範囲内に収まっている。よって、PAN系炭素繊維を配向させることは、(i)より高い熱伝導性が要求される場合に適しており、(ii)同じ熱伝導性でよければ、PAN系炭素繊維の配合量を減らせることにつながる。
【0045】
(キ)ピッチ系炭素繊維を用いた実施例9a、10aの評価
ピッチ系炭素繊維を配向させた比較例10a(表7)は、前記のピッチ系炭素繊維を配向させない比較例10(表5)と比べて、熱伝導性が著しく高くなっている点では評価できるが、電気伝導性が要求を満たさないほどに高いところからさらに高くなっている。
一方、ピッチ系炭素繊維を配向させた実施例9a、10a(表7)は、前記のピッチ系炭素繊維を配向させない実施例9、10(表5)と比べて、熱伝導性が著しく高くなっているとともに、電気伝導性が高くなってはいるが要求を満たす範囲内に収まっている。よって、ピッチ系炭素繊維を配向させることは、(i)より高い熱伝導性が要求される場合に適しており、(ii)同じ熱伝導性でよければ、ピッチ系炭素繊維の配合量を減らせることにつながる。
【0046】
本発明は前記実施例に限定されるものではなく、発明の趣旨から逸脱しない範囲で適宜変更して具体化することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明の電子吸引剤グラフト炭素系フィラー及びそれを配合した高分子材料を説明する図である。
【図2】本発明の高分子材料で成形した成形体の例を示す斜視図である。
【図3】磁場により炭素繊維を配向させるための装置及び方法を示す説明図である。
【図4】同じく磁場により炭素繊維を配向させる方法を示す説明図である。
【図5】X線回折による方位角強度分布の測定結果を示すグラフである。
【図6】炭素繊維を配向させない成形体の例の顕微鏡写真である。
【図7】炭素繊維を配向させた成形体の例の顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0048】
1 高分子材料
2 電子吸引剤グラフト・カーボンブラック
11 電池パック
12 絶縁プレート
13 バッテリーケース
21 冷却型超伝導磁石装置
22 空間
23 電気ヒーター
24 試験片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子材料中に、表面に電子吸引剤をグラフトした炭素系フィラーを配合してなる低電気伝導性高放熱性高分子材料。
【請求項2】
前記電子吸引剤のグラフト率が0.5質量%以上である請求項1記載の低電気伝導性高放熱性高分子材料。
【請求項3】
高分子材料中への前記炭素系フィラーの配合量が10〜80体積%である請求項1又は2記載の低電気伝導性高放熱性高分子材料。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の低電気伝導性高放熱性高分子材料で成形された低電気伝導性高放熱性成形体。
【請求項5】
高分子材料中で炭素系フィラーが配向している請求項4記載の低電気伝導性高放熱性成形体。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の低電気伝導性高放熱性高分子材料で成形体又は該成形体の素材としての成形体を成形し、これらの成形体の高分子材料が溶融している状態で該高分子材料中の炭素系フィラーを磁場により配向させる低電気伝導性高放熱性成形体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−291346(P2007−291346A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−56465(P2007−56465)
【出願日】平成19年3月6日(2007.3.6)
【出願人】(000241463)豊田合成株式会社 (3,467)
【出願人】(000219576)東海カーボン株式会社 (155)
【Fターム(参考)】