説明

信号検出装置

【課題】PLLを用いることなく、周波数が未知若しくは周波数が時間的に変化する入力信号の周波数を検出する。
【解決手段】信号検出装置1は、係数a1が可変の帯域通過フィルタ2とその係数a1を制御するための第1,第2直交化器3,4、位相差算出器5及び積分器6からなる制御ブロックを含む。第1,第2直交化器3,4及び位相差算出器5で入力データx[k]と出力データy[k]の位相差ψを示す情報e[k]=M・sin(ψ)を算出する。e[k]の符号を反転して積分器6で所定の積分演算を行い、その積分演算値を帯域通過フィルタ2の係数a1に設定する。入力データx[k]が入力される毎に、e[k]>0であれば減少させ、e[k]<0であれば増大させるように係数a1を変化させて帯域通過フィルタ2の中心周波数を入力信号の周波数に収束させる。これにより帯域通過フィルタ2の出力信号の周波数を入力信号に一致させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、周波数が未知若しくは周波数が時間的に変化する入力信号を正確に検出することができる信号検出装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、電力系統に接続して当該電力系統に電力を供給する分散型電源では、一般に電力系統の交流電圧信号又は交流電流信号(以下、「系統信号」という。)の位相を検出し、その位相を分散型電源にフィードバックして分散型電源から出力する交流信号の位相を系統信号の位相に合わせる制御が行われている。
【0003】
分散型電源では出力信号の位相を迅速かつ高精度で系統信号の位相に合わせる制御が要求されるため、従来、種々の系統信号を検出する回路が提案されている。例えば、特開2000−116148号公報には、三相電力系統の相電圧信号を検出し、その相電圧信号を対称座標変換回路で各相の正相分の相電圧信号に変換し、正規化回路で正規化した後にPLL(Phase-Locked Loop)回路で相電圧信号の正相分にだけ同期した電圧信号を生成して出力する信号検出回路が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−116148号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特開2000−116148号公報に記載の信号検出方法は、PLL法と呼ばれるものである。PLL法は、(1)位相可変の信号発生器から交流信号を発生させ、その交流信号を入力信号にフィードバックして両信号の位相のずれを制御信号として算出する、(2)その制御信号で位相のずれが減少する方向に信号発生器が発生する交流信号の位相を変化させることによって当該交流信号の位相を入力信号に同期させる、ことによって入力信号と同一の信号を出力する方法である。従って、PLL法を用いた検出回路では信号発生器やその信号発生器の出力信号の位相をフィードバック制御するための回路(位相比較器やループフィルタなどの回路)を必要とするので、回路構成が複雑になる。また、特開2000−116148号公報に記載の位相検出回路では、入力信号に含まれるノイズ成分を除去する構成がないので、入力信号の周波数が未知若しくは時間的に変動する場合にはその入力信号を正確に検出することができないという問題もある。
【0006】
本発明は、PLL法のように信号発生器を必要としないで、入力信号を正確に検出することが可能な信号検出装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1に記載の発明は、係数の乗算処理が含まれるフィードバック演算処理部を有する2次のIIRディジタルフィルタからなり、中心周波数より大きい周波数領域では負、前記中心周波数より小さい周波数領域では正、前記中心周波数では零になる位相特性を有し、前記係数を変化させることにより前記中心周波数が変化する帯域通過フィルタと、前記帯域通過フィルタに入力される入力信号から当該入力信号と同一の位相を有する同相信号と前記入力信号と直交する位相を有する矩位相信号を生成する第1の信号生成手段と、前記帯域通過フィルタから出力される出力信号から当該出力信号と同一の位相を有する同相信号と前記出力信号と直交する位相を有する矩位相信号を生成する第2の信号生成手段と、前記第1の信号生成手段で生成される2つの信号と前記第2の信号生成手段で生成される2つの信号を用いて前記入力信号と前記出力信号との位相差を示す情報を生成する位相差情報生成手段と、前記位相差を示す情報に基づいて、前記位相差が零のときには前記係数を維持し、前記位相差が正のときには前記係数を減少させ、前記位相差が負のときには前記係数を増大させる制御値を算出し、その制御値を前記帯域通過フィルタの前記係数に設定する係数制御手段と、を備えたことを特徴とする。
【0008】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の信号検出装置において、前記入力信号が第1の余弦波信号で表わされ、前記帯域通過フィルタの出力信号が前記第1の余弦波信号よりも位相が進んだ第2の余弦波信号で表わされる場合、前記第1の信号生成手段は、前記第1の余弦波信号と同一の位相を有する余弦波信号と前記第1の余弦波信号と同一の位相を有する正弦波信号とを生成し、前記第2の信号生成手段は、前記第2の余弦波信号と同一の位相を有する余弦波信号と前記第2の余弦波信号と同一の位相を有する正弦波信号とを生成し、前記位相差情報生成手段は、前記位相差を示す情報としてM・sin(ψ)(M:定数、ψ:第1の余弦波信号と第2の余弦信号の位相差)で表される値を算出するものである。
【0009】
請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載の信号検出装置において、前記係数制御手段は、前記位相差を示す情報の符号を反転して所定の積分演算を行い、その演算値を前記制御値として前記帯域通過フィルタの前記係数に設定する積分演算手段で構成されるものである。
【0010】
請求項4に記載の発明は、請求項1又は2に記載の信号検出装置において、前記係数は、前記帯域通過フィルタの中心周波数の三角関数を含み、前記係数制御手段は、前記位相差を示す情報に対して所定の積分演算を行う積分演算手段と、前記積分演算手段で算出される積分演算値を前記帯域通過フィルタの中心周波数として前記係数を演算し、その演算値を前記制御値として前記帯域通過フィルタの前記係数に設定する係数演算手段と、を含むものである。
【0011】
請求項5に記載の発明は、請求項1又は2に記載の信号検出装置において、前記係数は、前記帯域通過フィルタの中心周波数の三角関数を含み、前記係数制御手段は、前記位相差を示す情報に対して所定の積分演算を行う積分演算手段と、所定の周波数変化範囲を量子化した周波数毎に予め算出された複数の前記係数を記憶する係数記憶手段と、前記積分演算手段の積分演算値を前記量子化された周波数に変換する周波数変換手段と、前記係数記憶手段から前記周波数変換手段で変換された周波数に対応する係数を読み出し、前記制御値として前記帯域通過フィルタの前記係数に設定する係数設定手段と、を含むものである。
【0012】
請求項6に記載の発明は、請求項5に記載の信号検出装置において、前記周波数変換手段から出力される周波数のデータを所定データ数の移動平均を演算するローパスフィルタを通して外部に出力するものである。
【0013】
請求項7に記載の発明は、請求項1又は2に記載の信号検出装置において、前記帯域通過フィルタは、
【数1】

の伝達関数H(z)を有し、前記係数は、前記伝達関数H(z)の係数a1である。
【0014】
請求項8に記載の発明は、請求項1又は2に記載の信号検出装置において、前記帯域通過フィルタの前段に、当該帯域通過フィルタと同一の伝達関数を有する1又は2以上の第2の帯域通過フィルタが縦列接続され、前記係数制御手段は、前記制御値を第2の帯域通過フィルタの係数にも設定するものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、帯域通過フィルタに当該帯域通過フィルタの中心周波数から位相がずれた入力信号が入力されると、その入力信号とは位相がずれた出力信号が帯域通過フィルタから出力される。例えば、帯域通過フィルタに入力データx[k]=A1・cos(ωn・k)(kは離散時間を表すインデックス番号)が入力されると、帯域通過フィルタ2から出力データy[k]=A2・cos(ωn・k−ψ)(ψは入力データと出力データの位相のずれ分)が出力される。第1の信号生成手段で、入力データx[k]と同位相のデータxr[k]=A1・cos{ωn・(k−1)}と矩位相のデータxi[k]=2A1・sin(ωn)・sin{ωn・(k−1)}が生成され、第2の信号生成手段で、出力データy[k]と同位相のデータyr[k]=A2・cos{ωn・(k−1)−ψ}と矩位相のデータyi[k]=2A2・sin(ωn)・sin{ωn・(k−1)−ψ}が生成される。
【0016】
そして、位相差情報生成手段でデータxr[k],xi[k],yr[k],yi[k]を用いて、2A1・A2・sin(ωn)・sin(ψ)で表わされる位相差ψを示すデータe[k]が算出され、係数制御手段でそのデータe[k]に基づいて、位相差ψが零のときには係数を維持し、位相差ψが正のときには係数を減少させ、位相差ψが負のときには係数を増大させる制御値が算出される。例えば、データe[k]の符号を反転して所定の積分演算をした積分演算値が算出され、その演算値が制御値として帯域通過フィルタの中心周波数を決定する係数に設定される。
【0017】
制御値が帯域通過フィルタの中心周波数を決定する係数に設定されることにより帯域通過フィルタの伝達特性が変化するので、入力データx[k]が入力される毎に、帯域通過フィルタ2の伝達特性が変化する。伝達特性は、位相差ψが正のときには係数が減少し、位相差ψが負のときには係数が増大して帯域通過フィルタの中心周波数が入力信号の周波数と同一になるように、すなわち、位相差ψが零となるように変化し、位相差ψが零になると、そのときの伝達特性が維持されるので、帯域通過フィルタから入力信号と同一の位相の信号が出力される。
【0018】
従って、本発明に係る信号検出装置によれば、PLLのように信号発生器を用いることなく、周波数が未知の入力信号や周波数が時間的に変化する入力信号を正確に検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係る信号検出装置の第1実施形態のブロック構成を示す図である。
【図2】図1に示す帯域通過フィルタの周波数特性を示す図である。
【図3】図1に示す信号検出装置の各処理ブロックに含まれる構成要素を示す図である。
【図4】本発明に係る信号検出装置の第2実施形態のブロック構成を示す図である。
【図5】図4に示す信号検出装置の各処理ブロックに含まれる構成要素を示す図である。
【図6】量子化器における周波数の量子化を説明するための図である。
【図7】本発明に係る信号検出装置の第3実施形態のブロック構成を示す図である。
【図8】量子化器の量子化数を低減するための第3実施形態の信号検出装置の変形例を示すブロック図である。
【図9】第1実施形態に係る信号検出装置の高調波成分等の悪影響を低減するための変形例を示すブロック構成を示す図である。
【図10】第2実施形態に係る信号検出装置の高調波成分等の悪影響を低減するための変形例を示すブロック構成を示す図である。
【図11】第3実施形態に係る信号検出装置の高調波成分等の悪影響を低減するための変形例を示すブロック構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施の形態を、添付図面を参照して具体的に説明する。
【0021】
本発明に係る信号検出装置は、周波数が未知である交流信号(正弦波信号)、若しくは周波数が時間的に変化する交流信号を検出するのに好適な装置である。このような交流信号の検出を要する技術分野としては、例えば、エッチングやCVD(Chemical Vapor Deposition)を用いて半導体基板や液晶基板の加工を行うプラズマ処理装置に高周波電力を供給する高周波電力供給システムや電力系統に連系して電力を供給する分散型電源などの分野がある。
【0022】
高周波電力供給システムでは、基板加工によって負荷インピーダンスが大きく変動するため、基板加工中の負荷に入力される交流電圧又は交流電流の基本周波数や高調波周波数を検出し、その検出値を高周波電源やインピーダンス整合器にフィードバックして当該高周波電力供給システムの出力制御や事故防止制御が行われる。また、分散型電源では、電力系統の電圧又は電流の基本周波数や高調波周波数を検出し、その検出値を分散型電源にフィードバックして当該分散型電源に内蔵されているインバータの出力信号の位相を電力系統の交流信号の位相に一致させる制御が行われる。
【0023】
図1は、本発明に係る信号検出装置の第1実施形態のブロック構成を示す図である。図2は、図1に示す信号検出装置1に含まれる帯域通過フィルタ2の周波数特性を示す図である。図3は、図1に示す信号検出装置1の各処理ブロックに含まれる構成要素を示す図である。
【0024】
信号検出装置1は、フィードバック演算処理部とフィードフォワード演算処理部を有するIIR(Infinite Impulse Response)ディジタルフィルタで構成される帯域通過フィルタ(バンドパスフィルタ)2を備える。信号検出装置1は、帯域通過フィルタ2の伝達関数H(z)(下記の(1)式参照)の係数a1を変化させることによって周波数が未知若しくは周波数が時間的に変化する入力信号(正弦波信号)を検出する構成に特徴を有する。
【0025】
信号検出装置1は、ディジタル演算処理により帯域通過フィルタ2の入力信号Sinの位相θin(=2πfin・t)(finは入力信号Sinの周波数。以下、「入力周波数」という。)と出力信号Soutの位相(θin−ψ)(ψは入力信号Sinと出力信号Soutの位相のずれ分)の位相差ψを示す情報を算出し、その算出値が「0」となるように帯域通過フィルタ2の伝達関数H(z)の係数a1を変化させる制御をする。この制御をすることにより、信号検出装置1は、帯域通過フィルタ2の中心周波数fcを入力周波数finに合わせて帯域通過フィルタ2から正確に入力信号Sinと同一の位相を有する信号を出力する。
【0026】
信号検出装置1は、入力信号Sinと出力信号Soutの位相差ψを示す情報を算出する処理を行うための処理ブロックとして、第1直交化器3、第2直交化器4及び位相差算出器5を備える。第1直交化器3は、入力信号Sinから当該入力信号Sinに対して同位相と矩位相(入力信号Sinに対して90°遅れた位相)の互いに直交する2つの信号を生成する。第2直交化器4は、出力信号Soutから当該出力信号Soutに対して同位相と矩位相の互いに直交する2つの信号を生成する。以下の説明では、第1直交化器3で生成される同位相の信号を「第1同相信号」と称し、第2直交化器4で生成される同位相の信号を「第2同相信号」と称する。また、第1直交化器3で生成される矩位相の信号を「第1矩相信号」と称し、第2直交化器4で生成される矩位相の信号を「第2矩相信号」と称する。
【0027】
位相差算出器5は、第1直交化器3で生成される第1同相信号及び第1矩相信号と第2直交化器4で生成される第2同相信号及び第2矩相信号を用いて入力信号Sinと出力信号Soutの位相差を示す情報(以下、この情報を「位相差情報」という。)を算出する。
【0028】
信号検出装置1は、位相差算出器5で算出される位相差情報を用いて帯域通過フィルタ2の伝達関数H(z)の係数a1に設定すべき値を算出し、帯域通過フィルタ2内の当該係数a1に設定する処理ブロックとして積分器6を備える。
【0029】
信号検出装置1は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)を含むマイクロコンピュータによって構成される。信号検出装置1は、そのマイクロコンピュータが予め設定されたプログラムを実行することによって帯域通過フィルタ2、第1直交化器3、第2直交化器4、位相差算出器5及び積分器6の各機能ブロックの演算処理を行う。なお、信号検出装置1をFPGA(Field Programmable Gate Array)で実現することも可能である。
【0030】
帯域通過フィルタ2は、下記(1)式で示される離散システムの伝達関数H(z)を有する2次のIIRディジタルフィルタで構成されている。
【0031】
【数2】

【0032】
(1)式に示す伝達関数H(z)の振幅特性M(f)と位相特性θ(f)は下記(2),(3)式で表わされる。
【0033】
【数3】

【0034】
上記(2),(3)式から,帯域通過フィルタ2の中心周波数が「fc」であることが分かる.従って,係数a1を変化させることによって帯域通過フィルタ2の中心周波数fcが変化する。
【0035】
帯域通過フィルタ2は、図2に示す周波数特性を有している。同図に示す周波数特性は、周波数fをサンプリング周波数fsで正規化した正規化周波数fn(=f/fs)が「0.2」となる周波数に帯域通過フィルタ2の中心周波数fc=0.2×fsを設定し、パラメータrを「0.96」として計算した例を示している。なお、特性Aが振幅特性であり、特性Bが位相特性である。
【0036】
図2に示すように、帯域通過フィルタ2は、正規化周波数fnが「0.2」のときに「0」となり、fn>0.2の領域で負の値、fn<0.2の領域で正の値となる位相特性を有している。すなわち、入力周波数finが帯域通過フィルタ2の中心周波数fcと同一のとき、帯域通過フィルタ2の出力信号Soutは入力信号Sinと同位相になり、fin>fcの領域では遅れ位相(正の位相)となり、fin<fcの領域では進み位相(負の位相)となる位相特性を有している。
【0037】
従って、帯域通過フィルタ2の入力信号Sinの位相θin(=2πfin・t)と出力信号Soutの位相θout(=2πfin・t−ψ)との位相差ψ(=θin−θout)の状態が分かれば、入力信号Sinの入力周波数finに対する帯域通過フィルタ2の中心周波数fcの相対的な位置関係が分かる。入力周波数finと中心周波数fcの相対的な位置関係が分かれば、位相差ψの状態に応じて帯域通過フィルタ2の伝達関数H(z)の係数a1を変化させることにより、帯域通過フィルタ2の中心周波数fcを入力信号Sinの入力周波数finに合わせることができる。すなわち、位相差ψが「0」であれば、係数a1を維持する、ψ>0(遅れ位相)であれば、係数a1を小さくする、ψ<0(進み位相)であれば、係数a1を大きくする、という制御をすることによって、帯域通過フィルタ2の中心周波数fcを入力信号Sinの入力周波数finに合わせることができる。
【0038】
本実施形態では、ψの正負の符号とsin(ψ)の正負の符号は一致するから、位相差ψを示す情報としてM・sin(ψ)(Mは、0<Mの定数)を算出し、その算出値を用いて当該算出値の正負の符号に応じた係数a1の変化値を設定する。第1直交化器3、第2直交化器4及び位相差算出器5はM・sin(ψ)で表わされる位相差情報を算出し、積分器6はその位相差情報に基づいて係数a1を変化させる制御値を算出する。
【0039】
従って、本実施形態では、上記(1)式に示す伝達関数H(z)の係数a1は、図3の変数a1[k](kは離散時間を表すインデックス番号)となっている。変数a1[k]は、帯域通過フィルタ2に入力信号Sinをサンプリング周期Ts(=1/fs)でサンプリングした離散値x[k](ディジタルデータ。以下、「入力データx[k]」という。)が入力される毎に積分器6から帯域通過フィルタ2に設定される。
【0040】
帯域通過フィルタ2における演算処理は、図3に示すように、加算器2a,2b、乗算器2c,2d及び遅延素子2e,2fによって構成されるフィードバック演算処理のパートと、遅延素子2e、乗算器2g,2i,2h及び加算器2jによって構成されるフィードフォワード演算処理のパートとで構成される。フィードバック演算処理のパートは上記(1)式の分母の演算処理を行なう部分であり、フィードフォワード演算処理のパートは上記(1)式の分子の演算処理を行なう部分である。
【0041】
図3において、帯域通過フィルタ2から出力される離散値(ディジタルデータ。以下、「出力データ」という。)をy[k]、w点のデータをw[k]、ある時点でのa1[k]をa1とすると、
w[k]=x[k]+a1・w[k-1]−r2・w[k-2]
y[k]=(1−r2)・w[k]+(1−r)・a1・w[k-1]
である。両式のz変換の式は、
W(z)=X(z)+a1・z-1・W(z)−r2・z-2・W(z)
Y(z)=(1−r2)・W(z)+(r−1)・a1・z-1・W(z)
であるから、
X(z)=(1−a1・z-1+r2・z-2)・W(z)
Y(z)={(1−r2)+(r−1)・a1・z-1}・W(z)
より、
H(z)=Y(z)/X(z)
={(1-r2)+(r-1)・a1・z-1}/(1-a1・z-1+r2・z-2)…(4)
となる。(4)式と(1)式を対比すると、b0=(1−r2)、b1=(r−1)・a1、a2=−r2であるから、図3は、(1)式に示す伝達関数H(z)の演算処理を示している。
【0042】
従って、帯域通過フィルタ2では、入力データx[k]が入力される毎に上記(1)式が演算され、その演算値が出力データy[k]として出力される。
【0043】
第1直交化器3と第2直交化器4は、図3に示すように、伝達関数Hr(z)=z-1の演算処理と伝達関数Hi(z)=z-2−1の演算処理を行う部分を有し、各演算処理部分から演算結果を出力する1入力2出力型の演算器である。伝達関数Hr(z)=z-1の演算処理部分(第1直交化器3では遅延素子3aの部分、第2直交化器4では遅延素子4aの部分)は、入力信号と同位相の信号を出力する部分である。伝達関数Hi(z)=z-2−1の演算処理部分(第1直交化器3では遅延素子3a,3b及び加算器3cの部分、第2直交化器4では遅延素子4a,4b及び加算器4cの部分)は、入力信号と矩位相の信号を出力する部分である。
【0044】
伝達関数Hr(z)に入力されるデータがv[k]=V・cos(ω・k)(ω=2π・f)で表わされる正弦波であるとすると、伝達関数Hr(z)から出力されるデータur[k]は、
r[k]=v[k-1]=V・cos{ω・(k−1)} …(5)
であるから、伝達関数Hr(z)の演算処理部分からは入力から1サンプル遅延した信号と同位相の信号が出力される。
【0045】
一方、伝達関数Hi(z)から出力されるデータui[k]はui[k]=v[k-2]−v[k]=V・[cos{ω・(k−2)}−cos(ω・k)]である。cos(α)−cos(β)=2sin{(α+β)/2}・sin{(α−β)/2}よりcos{ω・(k−2)}−cos(ω・k)=2sin(ω)・sin{ω・(k−1)}であるから、伝達関数Hi(z)から出力されるデータui[k]は、
i[k]=2V・sin(ω)・sin{ω・(k−1)} …(6)
となる。従って、伝達関数Hi(z)の演算処理部分からは入力から1サンプル遅延した信号と矩位相の信号が出力される。
【0046】
帯域通過フィルタ2に入力される入力データx[k]と帯域通過フィルタ2から出力される出力データy[k]が、
x[k]=A1・cos(2π・fn・k)=A1・cos(ωn・k)
y[k]=A2・cos(ωn・k−ψ)
n=fin/fs
ωn=2π・fn
1,A2:振幅(A1,A2>0,)
で表わされるとすると、上記(5),(6)式より、第1直交化器3の遅延素子3aからxr[k]=x[k-1]=A1・cos{ωn・(k−1)}のデータ(第1同相信号のデータ)が出力され、加算器3cからxi[k]=x[k-2]−x[k]=2A1・sin(ωn)・sin{ωn・(k−1)}のデータ(第1矩相信号のデータ)が出力される。また、第2直交化器4の遅延素子4aからyr[k]=y[k-1]=A2・cos{ωn・(k−1)−ψ}のデータ(第2同相信号のデータ)が出力され、加算器4cからyi[k]=y[k-2]−y[k]=2A2・sin(ωn)・sin{ωn・(k−1)−ψ}のデータ(第2矩相信号のデータ)が出力される。
【0047】
位相差算出器5は、図3に示すように、e[k]=yr[k]・xi[k]−xr[k]・yi[k]を演算する演算器である。乗算器5aはxr[k]・yi[k]の演算を行い、乗算器5bはyr[k]・xi[k]の演算を行い、加算器5cは、乗算器5bの乗算結果から乗算器5aの乗算結果を減算する。
【0048】
乗算器5a,5bの演算値は、
r[k]・xi[k]=A2・cos[ωn・(k-1)-ψ]・2A1・sin(ωn)・sin[ωn・(k-1)]
=2A1・A2・sin(ωn)・cos[ωn・(k-1)-ψ]・sin[ωn・(k-1)}
r[k]・yi[k]=A1・cos[ωn・(k-1)]・2A2・sin(ωn)・sin[ωn・(k-1)-ψ]
=2A1・A2・sin(ωn)・cos[ωn・(k-1)]・sin[ωn・(k-1)-ψ]
である。2A1・A2・sin(ωn)=M(定数)とすると、
r[k]・xi[k]=M・cos[ωn・(k-1)-ψ]・sin[ωn・(k-1)}
r[k]・yi[k]=M・cos[ωn・(k-1)]・sin[ωn・(k-1)-ψ]
であるから、位相差算出器5の演算結果e[k]は、
e[k]=M・[cos[ωn・(k-1)-ψ]・sin[ωn・(k-1)]-cos[ωn・(k-1)]・sin[ωn・(k-1)-ψ]]
となる。そして、cos(α)・sin(β)-cos(β)・sin(α)=sin(β-α)より、
e[k]=M・sin[ωn・(k-1)-ωn・(k-1)+ψ]
=M・sin(ψ) …(7)
となる。
【0049】
振幅A1,A2は、0<A1、0<A2であり、0<fn<0.5より0<ωn<πであるから、0<Mである。従って、位相差算出器5は、帯域通過フィルタ2に入力データx[k]が入力される毎に、上述した位相差ψを示す情報であるM・sin(ψ)を演算する。この演算値は符号を反転して積分器6に入力される。
【0050】
本実施形態では、第1直交化器3で帯域通過フィルタ2の入力信号Sinと同相の第1同相信号及び入力信号Sinと矩位相の第1矩相信号を算出し、第2直交化器4で帯域通過フィルタ2の出力信号Soutと同相の第2同相信号及び出力信号Soutと矩位相の第2矩相信号を算出する。そして、第1矩相信号xi[k]と第2同相信号yr[k]の乗算値から第1同相信号xr[k]と第2矩相信号yi[k]の乗算値を減算することによって得られるM・sin(ψ)で表わされる値を入力信号Sinと出力信号Soutの位相差ψを示す情報としている。このため、M・sin(ψ)を算出する位相差算出器5は、2つの乗算器5a,5bと1つの加算器5cだけで構成することができる。
【0051】
正弦波信号同士の位相を比較する方法として、例えば、(a)両信号を乗算して低域通過フィルタに通す、(b)両信号の乗算値の最大値と最小値の平均を取る、(c)両信号のゼロクロス点の時間差を計測する、などの方法が知られている。(a)の方法は、乗算器以外に低域通過フィルタが必要になる、低域通過フィルタによって応答が遅れるなどの不利がある。(b)の方法は、精度が良くない、応答が遅れるなどの不利がある。(c)の方法は、精度が良くないなどの不利がある。これらの方法に対し、本実施形態に係る位相差算出器5は2つの乗算器5a,5bと1つの加算器5cだけで構成されるので、応答遅れがなく、良好な精度で位相差に関する情報が得られるという利点がある。
【0052】
積分器6は、位相差算出器5から符号を反転して入力される−e[k]=−M・sin(ψ)のデータを積分し、所定のゲインKiを乗じて帯域通過フィルタ2の係数a1の更新値a1[k]を算出する演算器である。図3において、加算器6a及び遅延素子6bは周知の積分演算を行う処理部であり、乗算器6cはその積分値にゲインKiを乗じる処理部である。
【0053】
上述したように、M・sin(ψ)=0であれば、帯域通過フィルタ2の中心周波数fcは入力周波数finと同一の状態であり、M・sin(ψ)>0であれば、帯域通過フィルタ2の中心周波数fcは入力周波数finより小さい状態であり、M・sin(ψ)<0であれば、帯域通過フィルタ2の中心周波数fcは入力周波数finより大きい状態である。M・sin(ψ)>0であれば、帯域通過フィルタ2の係数a1に対して、係数a1の現在値よりも大きい値をフィードバックすれば、帯域通過フィルタ2の係数a1に含まれるθc=2π(fc/fs)をθin=2π(fin/fs)に収束させることができる。逆に、M・sin(ψ)<0であれば、帯域通過フィルタ2の係数a1の現在値よりも小さい値をフィードバックすれば、帯域通過フィルタ2の係数a1に含まれるθc=2π(fc/fs)をθinに収束させることができる。
【0054】
M・sin(ψ)の値は、帯域通過フィルタ2の中心周波数fcと入力周波数finとのずれ分を表しているから、M・sin(ψ)の符号を逆にして積分制御を行う制御値を算出すれば、その算出値を帯域通過フィルタ2の伝達関数H(z)の係数a1へのフィードバック制御値とすることができる。従って、積分器6は、位相差算出器5から入力される−e[k]を積分した後、ゲインKiを乗ずることによって制御値a1[k]を算出し、その算出値a1[k]を帯域通過フィルタ2の伝達関数H(z)の係数a1に設定している。なお、制御値a1[k]はa1[k]=2r・cos(θc[k])、θc[k]=2π(fc[k]/fs)(fc[k]は時点kでの帯域通過フィルタ2の中心周波数)である。
【0055】
次に、本発明に係る信号検出装置1の作用について説明する。
【0056】
信号検出装置1では、帯域通過フィルタ2に入力データx[k]=A1・cos(ωn・k)が入力されると、帯域通過フィルタ2から出力データy[k]=A2・cos(ωn・k−ψ)が出力される。第1直交化器3、第2直交化器4及び位相差算出器5により入力信号Sinと入力信号Soutの位相差ψを示すデータe[k]=M・sin(ψ)=2A1・A2・sin(ωn)・sin(ψ)が算出される。積分器6でこのデータe[k]を用いて帯域通過フィルタ2の伝達関数H(z)の係数a1を更新する制御値a1[k]が算出される。この制御値a1[k]は、帯域通過フィルタ2の係数a1に設定され、次の入力データx[k+1]に対する出力データy[k+1]の演算処理では、上記(1)に示す帯域通過フィルタ2の伝達関数H(z)の特性が変化する。以下、入力データx[k](k=2,3,…)が入力される毎に、帯域通過フィルタ2の伝達関数H(z)の係数a1が制御値a1[k]=2r・cos{2π(fc[k]/fs)}(k=2,3,…)に変更されて出力データy[k](k=2,3,…)の演算処理が行われる。
【0057】
帯域通過フィルタ2の伝達関数H(z)の係数a1は、入力データx[k]が入力される毎にa1[k]=2r・cos{2π(fc[k]/fs)}に更新されるが、この制御値a1[k]は、位相差ψが「0」に近付くように変化する。そして、位相差ψが「0」になると、a1[k]=2r・cos{2π(fin/fs)}に維持されるので、帯域通過フィルタ2の伝達関数H(z)の係数a1は2r・cos{2π(fin/fs)}に収束する。これにより、帯域通過フィルタ2の中心周波数fcは、入力信号Sinの入力周波数finに変更され、帯域通過フィルタ2からは入力信号Sinと同一の位相の出力信号Soutが出力される。
【0058】
従って、本実施形態に係る信号検出装置1によれば、PLLのように信号発生器を必要とせず、周波数が未知の入力信号Sinや周波数が時間的に変化する入力信号Sinを正確に検出することができる。
【0059】
次に、本発明に係る信号検出装置の第2実施形態について説明する。
【0060】
図4は、本発明に係る信号検出装置の第2実施形態のブロック構成を示す図である。図5は、図4に示す信号検出装置1’の各処理ブロックに含まれる構成要素を示す図である。
【0061】
第1実施形態は、位相差算出値5の算出値e[k]を用いて帯域通過フィルタ2の係数a1の制御値a1[k]を生成していたが、第2実施形態は、位相差算出値5の算出値e[k]を用いて帯域通過フィルタ2の中心周波数fcの制御値f[k]を生成し、更にその制御値f[k]を用いて帯域通過フィルタ2の係数a1の制御値a1[k]を生成するものである。
【0062】
第1実施形態では,第1直交化器3、第2直交化器4及び位相差算出器5で算出したe[k]=M・sin(ψ)をもとに、ψがψ<0、ψ>0、ψ=0のいずれであるかを判定し、その判定結果に応じてe[k]から係数a1を増減させる制御値a1[k]を演算していた。すなわち、M・sin(ψ)>0であれば、係数a1を減少させ、M・sin(ψ)<0であれば、係数a1を増大させるために、積分器6でe[k]=M・sin(ψ)の符号を反転して積分演算とゲインKiの乗算を行って制御値a1[k]を生成していた。
【0063】
第2実施形態は、係数a1=2r・cos{2π(fc/fs)}の中心周波数fcを制御対象の変数fxとし、第1直交化器3、第2直交化器4及び位相差算出器5で算出したe[k]を係数a1=2r・cos{2π(fx/fs)}の周波数fxを増減させる制御値として利用する。第2実施形態は、e[k]から生成した制御値f[k]によって係数a1内の周波数fxを増減させることによって係数a1の値を増減させ、位相差ψが0となる係数a1に収束させる。
【0064】
第2実施形態は、第1実施形態に対し、位相差算出器5の算出値e[k]=M・sin(ψ)から積分値を算出し、その積分値を係数a1=2r・cos{2π(fx/fs)}の「fx」に代入して係数a1の制御値a1[k]を演算する処理ブロックを有する点が異なる。
【0065】
図4,図5に示す第2実施形態に係る信号検出装置1’は、図1,図3に示す第1実施形態に係る信号検出装置1に対して積分器6と帯域通過フィルタ2との間に、積分器6の演算結果s[k]を係数a1=2r・cos{2π(fx/fs)}の周波数fxに代入して係数a1の制御値a1[k]を演算する係数演算器7を追加した点が異なる。
【0066】
第2実施形態では、M・sin(ψ)>0のときは、係数a1を減少させるために周波数fxを減少し、M・sin(ψ)<0のときは、係数a1を増大させるために周波数fxを増大する必要があるので、積分器6では、位相差算出値5の算出値e[k]の符号を反転することなく積分演算とゲインKiの乗算を行うようにしている。具体的には、位相差算出値5の算出値e[k]は符号を反転させることなく加算器6aに入力されている。
【0067】
図5に示す信号検出装置1’では、第1直交化器3、第2直交化器4及び位相差算出器5で、図3に示す信号検出装置1と同様にe[k]=M・sin(ψ)が算出される。そして、積分器6でe[k]の積分演算を行った後、ゲインKiを乗じて制御値f[k]が算出され、更に係数演算器7でその制御値f[k]を用いて制御値a1[k]=2r・cos{2π(f[k]/fs)}が算出され、その制御値a1[k]が帯域通過フィルタ2のフィードバック演算処理部の係数a1に設定される。
【0068】
第2実施形態でも第1実施形態と同様に、帯域通過フィルタ2の伝達関数H(z)の係数a1が、入力データx[k]が入力される毎に位相差ψが「0」に近付くように変化し、位相差ψが「0」になると、そのときの係数a1に維持される。従って、第2実施形態でも帯域通過フィルタ2の中心周波数fcが入力信号Sinの入力周波数finに変更され、帯域通過フィルタ2から入力信号Sinと同一の位相の出力信号Soutを出力することができる。
【0069】
第2実施形態も第1実施形態と同様にPLLのように信号発生器を必要とせず、周波数が未知の入力信号Sinや周波数が時間的に変化する入力信号Sinを正確に抽出することができる。また、第2実施形態では、帯域通過フィルタ2の伝達関数H(z)の係数a1に含まれる中心周波数fcを示す周波数fを直接制御して係数a1を位相差ψ=0の値に収束させるので、入力信号Sinの周波数の情報も取得することができる利点がある。
【0070】
次に、本発明に係る信号検出装置の第3実施形態について説明する。
【0071】
上述した第1実施形態は、位相差算出値5の算出値e[k]の符号を反転して積分器6で積分演算をした値を帯域通過フィルタ2の係数a1の制御値a1[k]として、帯域通過フィルタ2の係数a1に直接設定する構成である。一方、上述した第2実施形態は、位相差算出値5の算出値e[k]を積分器6で積分演算をした値を帯域通過フィルタ2の中心周波数fcの制御値f[k]とし、その制御値f[k]を用いて係数演算器7で係数a1の制御値a1[k]を演算した後、その制御値a1[k]を帯域通過フィルタ2の係数a1に設定する構成である。
【0072】
第1,第2実施形態では、帯域通過フィルタ2の中心周波数fcが入力信号Sinの周波数finに収束した後、帯域通過フィルタ2の係数a1[k]から入力信号Sinの周波数finを求めるためには、
in=(fs/2π)・cos-1[a1[k]/(2r)] …(8)
の演算をする必要がある。第2実施形態では、積分器6の積分演算値を帯域通過フィルタ2の中心周波数fcとしているので、
in=2r・cos[2π・fc[k]/(fs)] …(9)
の演算でも入力信号の周波数finを求ることができる。
【0073】
帯域通過フィルタ2の係数a1[k]は、中心周波数fcを変数とした三角関数で表わされる係数であるのに対し、第1,第2実施形態は、位相差算出器5の算出値e[k]に応じて帯域通過フィルタ2の係数a1[k]を変化させる考え方である。このため、第1,第2実施形態で入力信号Sinの周波数finを求めようとすると、上記のように、逆三角関数若しくは三角関数の演算処理回路が必要になる。位相検出装置1,1’に逆三角関数若しくは三角関数の演算処理回路を設けると、帯域通過フィルタ2の最大動作周波数が低下するという問題が生じる。更に逆三角関数若しくは三角関数の演算処理回路を、FPGA等の論理回路で構成する場合は、回路規模が大きくなるという問題があり、CPUによる演算回路で構成する場合は、CPUに実行させるプログラム規模が大きくなるという問題がある。
【0074】
第3実施形態は、逆三角関数若しくは三角関数の演算処理回路を設けることなく、入力信号Sinの周波数finを求めることができる構成としたものである。第1,2実施形態は、図6の点線で示すように、帯域通過フィルタ2の中心周波数fcを位相差算出器5の算出値e[k]に応じた任意の周波数に変化させて入力信号Sinの周波数finに収束させるという考え方である。これに対し、第3実施形態は、同図の実線で示すように、帯域通過フィルタ2の中心周波数fcを変化させる範囲を予め設定し、その中心周波数変化範囲fcmin〜fcmaxにおける周波数の変化値をN個の離散値fcj=fcmin+j・(fcmax−fcmin)/N(jは、中心周波数変化範囲内の分割範囲の番号。)とし、帯域通過フィルタ2の中心周波数fcを位相差算出器5の算出値e[k]に応じた周波数の離散値fcjで変化させて入力信号の周波数finに収束させるという考え方である。
【0075】
図6の例では、fd=(fc/fs)=0.05〜0.35を中心周波数変化範囲fcmin〜fcmaxとしている。fc=60Hz、fs=300Hzとすると、fcmin=15Hz、fcmax=105Hzである。図6では、作図の関係で分割数Nを「9」としているが、実際の分割数Nは、検出精度(周波数分解能)を考慮した適切な値に設定される。例えば、周波数分解能を1Hzとすると、分割数Nは「90」となる。
【0076】
第3実施形態では、周波数fcjに対応するN個の係数a1jが予めメモリに記憶されており、積分器6の積分演算値をN個の周波数fcjのいずれかに量子化し、量子化した周波数fcjに対応する係数a1jをメモリから読み出して帯域通過フィルタ2の係数a1に設定する構成となっている。
【0077】
図7は、本発明に係る信号検出装置の第3実施形態のブロック構成を示す図である。
【0078】
図7は、図4に示す信号検出装置1’に対して、係数演算器7を量子化器8、アドレス変換器9及び係数演算器7’に変更した点が異なる。係数演算器7’は、上述した周波数fcjに対応するN個の係数a1jを記憶するメモリ7aを有する。係数a1j(j=0,1,2,…N−1)は、
1j=2r・cos[2π(fcj/fs)] …(10)
cj=fcmin+j・(fcmax−fcmin)/N
の演算式によって予め算出されている。
【0079】
係数演算器7’は、アドレス変換器9からアドレスADjが入力される毎に、メモリ7aからアドレスADjに格納されている係数a1jを読み出し、帯域通過フィルタ2の係数a1に設定する。
【0080】
量子化器8は、積分器6から出力される積分制御値(位相差算出器5の出力e[k]=M・sin(ψ)を積分した後、ゲインKiを乗じた値)をN個の周波数fcjのいずれかに量子化する。積分器6から出力される積分制御値をE[k]とし、周波数分解能をB=(fcmax−fcmin)/Nとすると、量子化器8は、
cj[k]=B・[round[E[k]/B]] …(11)
j=round[E[k]/B]−2
の演算処理を行うことにより、積分制御値E[k]の量子化値fcj[k]を算出する。なお、(11)式において、round(x)は、引数xを四捨五入して指定桁数に丸めるROUND関数である。
【0081】
図6の例では、B=(fcmax−fcmin)/N=90/9=10Hzであるから、例えば、E[k]=42の場合、round[E[k]/B]=4、j=2となるから、量子化器8からはfc2[k]=40Hzの量子化値が算出される。
【0082】
アドレス変換器9は、量子化器8で算出された量子化値fcj[k]をメモリ7aにおける当該量子化値fcj[k]に対応する係数a1jが格納されたアドレスADjに変換する。アドレス変換器9で変換されたアドレスADjは係数算出器7’に入力される。
【0083】
第3実施形態に係る信号検出装置1”では、帯域通過フィルタ2に入力データx[k]=A1・cos(ωn・k)が入力される毎に、位相差算出器5が入力信号Sinと入力信号Soutの位相差ψを示すデータe[k]=M・sin(ψ)=2A1・A2・sin(ωn)・sin(ψ)を算出し、積分器6がこのデータe[k]を積分した後、ゲインKiを乗じて帯域通過フィルタ2の中心周波数の制御値fc’を算出する。更に量子化器8がその中心周波数の制御値fc’を予め設定された周波数fcjに量子化し、アドレス変換器9が量子化された周波数fcjをアドレスADjに変換して係数演算器7’に入力する。そして、係数変換器7’がメモリ7aのアドレスアドレスADjに格納されている係数a1jを読み出し、次の入力データx[k+1]に対する係数a1[k+1]として帯域通過フィルタ2の係数a1に設定する。
【0084】
従って、次の入力データx[k+1]に対する出力データy[k+1]の演算処理では、上記(1)に示す帯域通過フィルタ2の伝達関数H(z)の特性が変化する。以下、入力データx[k](k=2,3,…)が入力される毎に、帯域通過フィルタ2の係数a1が制御値a1[k](k=2,3,…)に変更されて出力データy[k](k=2,3,…)の演算処理が行われる。
【0085】
帯域通過フィルタ2の係数a1は、入力データx[k]が入力される毎に、予め設定された係数a1[k]が位相差ψを「0」に近付けるようにステップ状に変化する。そして、帯域通過フィルタ2の中心周波数fcjが入力周波数finと同一の分割範囲に収束すると、帯域通過フィルタ2の係数a1はその中心周波数fcjに対応する係数a1jに維持される。従って、帯域通過フィルタ2からは入力信号Sinとの位相差がほぼ「0」の出力信号Soutが出力される。
【0086】
第3実施形態では、帯域通過フィルタ2の中心周波数fcが収束したときの周波数finが積分器6の出力を量子化した周波数fcjによって得られるので、第1,2実施形態のように逆三角関数若しくは三角関数の演算をすることなく、積分器6の出力から入力信号の周波数finを得ることができる。
【0087】
第3実施形態は、帯域通過フィルタ2の中心周波数fcjを入力周波数finと同一の分割範囲に収束させるので、収束した中心周波数fcjと入力周波数finとの間に周波数の誤差Δfが生じる。この誤差Δfは、中心周波数変化範囲の分割数Nを大きくすれば、すなわち、周波数分解能Bを小さくすれば、低減でき、入力周波数inの検出精度を高めることができる。しかし、周波数分解能Bを小さくすると、それに応じてメモリ7aに記憶する係数a1jが増加するので、メモリ7aの容量が増大するという問題が生じる。
【0088】
この問題に対しては、図8に示すように、量子化器8の出力にローパスフィルタ10を設けることによって解消することができる。量子化器6に設定する周波数分解能B2を所望の検出精度を得るための周波数分解能B1のM倍にしたい場合、ローパスフィルタ10としてM個のデータの移動平均を演算するローパスフィルタを設けるとよい。
【0089】
例えば、所望の検出精度を得るための周波数分解能B1を0.09(分割数N=1000)とすると、中心周波数fcの収束値が入力周波数finに一致しない場合は、帯域通過フィルタ2の中心周波数fcは入力周波数finを挟んで0.09Hzのピッチで振動する状態となる。一方、周波数分解能B2を0.9(分割数N=100)にすると、帯域通過フィルタ2の中心周波数fcは入力周波数finを挟んで0.9Hzのピッチで振動する状態となる。すなわち、分割数Nが「100」の場合は、量子化器8から出力される中心周波数fcj[k]の収束状態における振動幅は、分割数Nが「1000」の場合に比べてほぼ10倍となり、検出精度はほぼ1/10に低下する。
【0090】
これに対し、量子化器8の後段に10個のデータの移動平均を演算するローパスフィルタ10を設けると、量子化器8から出力される中心周波数fcj[k]の列がローパスフィルタ10により10個単位で平均化されるので、中心周波数fcj[k]の振動幅が抑制される。例えば、量子化器8から出力される中心周波数fcj[k]が入力周波数finを挟んで上下に交互に振動する場合、10個単位の平均値は、ほぼ「0」になると考えられるので、振動幅はローパスフィルタ10がない場合よりも1桁は小さくなると考えられる。
【0091】
従って、所望の検出精度を得るための分割数Nを1/Mに低減し、量子化器8の後段にM個のデータの移動平均を演算するローパスフィルタ10を設ければ、周波数の検出精度を低下させることなくメモリ7aに格納すべき係数a1jの数を低減でき、メモリ7aのメモリ容量を低減するができる。
【0092】
なお、第1乃至第3実施形態では、信号検出装置1,1’,1”に入力信号Sinとしてディジタルデータx[k]が入力されるものとして説明したが、信号検出装置1,1’,1”が適用される高周波電力供給システムや分散型電源では、負荷の電圧信号や電力系統の電圧信号をアナログ信号で検出し、その検出信号を信号検出装置1,1’,1”に入力する構成であるので、帯域通過フィルタ2の入力段にアナログ信号をディジタル信号に変換するA/D変換器を設ける必要がある。
【0093】
また、電力系統の電圧信号を検出する場合、その検出信号には基本周波数fp(日本では50Hz若しくは60Hz)以外に高調波成分が含まれている場合があり、基本周波数fpの電圧信号を検出するために帯域通過フィルタ2の中心周波数fcを基本周波数fpに収束させる制御をする場合には高調波成分が悪影響を与える。n次高調波成分の電圧信号を検出するために帯域通過フィルタ2の中心周波数fcをn次高調波(n×fp)に収束させる制御をする場合は、n次高調波成分の以外の高調波成分と基本周波数成分が悪影響を与える。
【0094】
また、高周波電力供給システムでも基本周波数以外に高調波成分が含まれている場合があり、上記と同様の問題がある。更に、高周波電力供給システムでは、周波数の異なる複数の高周波電力を同時に負荷に供給する場合があり、この場合は、上記の問題に加えて、一方の高周波電圧を検出するために帯域通過フィルタ2の中心周波数fcをその高周波電圧の周波数に収束させる制御を行うと、他方の高周波電圧の周波数と高調波成分がその制御に悪影響を与える場合が生じる。
【0095】
周波数が未知である交流信号や周波数が時間的に変化する交流信号を検出する場合、一般にセンサで検出した交流信号には目的とする周波数の信号以外に高調波成分や他の周波数の信号が含まれる。それらの信号が帯域通過フィルタ2の中心周波数fcを目的とする周波数に収束させる制御に悪影響を与えることを防止するために、図9〜図11に示す構成にするとよい。
【0096】
図9〜図11に示す構成は、帯域通過フィルタ2と同一の伝達関数H(z)を有する1又は2以上の帯域通過フィルタ2’を当該帯域通過フィルタ2の前段に縦列接続し、積分器6又は係数演算器7,7’から出力される係数a1[k]を帯域通過フィルタ2’の係数a1にもフィードバックするようにしたものである。
【符号の説明】
【0097】
1,1’,1” 信号検出装置
2,2’ 帯域通過(バンドパス)フィルタ
2a,2b,2j 加算器
2c,2d,2g,2h,2i 乗算器
2e,2f 遅延素子
3 第1直交化器
3a,3b 遅延素子
3c 加算器
4 第2直交化器
4a,4b 遅延素子
4c 加算器
5 位相差算出器
5a,5b 乗算器
5c 加算器
6 積分器
6a 加算器
6b 遅延素子
6c 乗算器
7 係数演算器(係数演算手段)
7’ 係数演算器(係数設定手段)
7a メモリ(係数記憶手段)
8 量子化器(周波数変換手段)
9 アドレス変換器(係数設定手段)
10 ローパスフィルタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
係数の乗算処理が含まれるフィードバック演算処理部を有する2次のIIRディジタルフィルタからなり、中心周波数より大きい周波数領域では負、前記中心周波数より小さい周波数領域では正、前記中心周波数では零になる位相特性を有し、前記係数を変化させることにより前記中心周波数が変化する帯域通過フィルタと、
前記帯域通過フィルタに入力される入力信号から当該入力信号と同一の位相を有する同相信号と前記入力信号と直交する位相を有する矩位相信号を生成する第1の信号生成手段と、
前記帯域通過フィルタから出力される出力信号から当該出力信号と同一の位相を有する同相信号と前記出力信号と直交する位相を有する矩位相信号を生成する第2の信号生成手段と、
前記第1の信号生成手段で生成される2つの信号と前記第2の信号生成手段で生成される2つの信号を用いて前記入力信号と前記出力信号との位相差を示す情報を生成する位相差情報生成手段と、
前記位相差を示す情報に基づいて、前記位相差が零のときには前記係数を維持し、前記位相差が正のときには前記係数を減少させ、前記位相差が負のときには前記係数を増大させる制御値を算出し、その制御値を前記帯域通過フィルタの前記係数に設定する係数制御手段と、
を備えたことを特徴とする、信号検出装置。
【請求項2】
前記入力信号が第1の余弦波信号で表わされ、前記帯域通過フィルタの出力信号が前記第1の余弦波信号よりも位相が進んだ第2の余弦波信号で表わされる場合、
前記第1の信号生成手段は、前記第1の余弦波信号と同一の位相を有する余弦波信号と前記第1の余弦波信号と同一の位相を有する正弦波信号とを生成し、
前記第2の信号生成手段は、前記第2の余弦波信号と同一の位相を有する余弦波信号と前記第2の余弦波信号と同一の位相を有する正弦波信号とを生成し、
前記位相差情報生成手段は、前記位相差を示す情報としてM・sin(ψ)(M:定数、ψ:第1の余弦波信号と第2の余弦信号の位相差)で表される値を算出する、
請求項1に記載の信号検出装置。
【請求項3】
前記係数制御手段は、前記位相差を示す情報の符号を反転して所定の積分演算を行い、その演算値を前記制御値として前記帯域通過フィルタの前記係数に設定する積分演算手段で構成される、請求項1又は2に記載の信号検出装置。
【請求項4】
前記係数は、前記帯域通過フィルタの中心周波数の三角関数を含み、
前記係数制御手段は、
前記位相差を示す情報に対して所定の積分演算を行う積分演算手段と、
前記積分演算手段で算出される積分演算値を前記帯域通過フィルタの中心周波数として前記係数を演算し、その演算値を前記制御値として前記帯域通過フィルタの前記係数に設定する係数演算手段と、
を含む、請求項1又は2に記載の信号検出装置。
【請求項5】
前記係数は、前記帯域通過フィルタの中心周波数の三角関数を含み、
前記係数制御手段は、
前記位相差を示す情報に対して所定の積分演算を行う積分演算手段と、
所定の周波数変化範囲を量子化した周波数毎に予め算出された複数の前記係数を記憶する係数記憶手段と、
前記積分演算手段の積分演算値を前記量子化された周波数に変換する周波数変換手段と、
前記係数記憶手段から前記周波数変換手段で変換された周波数に対応する係数を読み出し、前記制御値として前記帯域通過フィルタの前記係数に設定する係数設定手段と、
を含む、請求項1又は2に記載の信号検出装置。
【請求項6】
前記周波数変換手段から出力される周波数のデータを所定データ数の移動平均を演算するローパスフィルタを通して外部に出力する、請求項5に記載の信号検出装置。
【請求項7】
前記帯域通過フィルタは、下記に示す伝達関数H(z)を有し、前記係数は、前記伝達関数H(z)の係数a1である、請求項1又は2に記載の信号検出装置。
【数4】

【請求項8】
前記帯域通過フィルタの前段に、当該帯域通過フィルタと同一の伝達関数を有する1又は2以上の第2の帯域通過フィルタが縦列接続され、
前記係数制御手段は、前記制御値を第2の帯域通過フィルタの係数にも設定する、請求項1又は2に記載の信号検出装置。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−93341(P2012−93341A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−157657(P2011−157657)
【出願日】平成23年7月19日(2011.7.19)
【出願人】(000000262)株式会社ダイヘン (990)
【Fターム(参考)】