説明

光合成微生物の培養方法および培養装置

【課題】 培養技術を拡張することにより光エネルギーを一層効率的に利用できるようにする。
【解決手段】 Fe(II)もしくはFe(III)をその光合成反応に利用する一種もしくは複数種の光合成微生物を含む試料を培地に含有させ、前記培地に光を照射しながら前記培地に含有されるFe(II)とFe(III)の比Fe(II)/Fe(III)を電気化学的に制御して、前記光合成微生物の増殖を促進させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光合成微生物の培養方法および培養装置に関する。さらに詳述すると、本発明は、エネルギー効率を向上させるための培養方法の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
太陽から地表に降り注ぐ光エネルギー量は年間1.5×1018kWと非常に莫大である(図4参照)。このエネルギーを効率的に有用物質もしくは化学エネルギーに変換し省エネルギー・環境保全を図るため、生物の持つ光合成機能に関する様々な研究が行われている。一例を挙げると、クロレラなどの微細藻およびその培養方法に関する技術などが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2001−161347号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記のような培養技術が提案される一方で、さらなる省エネルギー化と環境保全を図るため、光エネルギーを現状よりも一層効率的に利用できるような技術に対するニーズが常に存在している。例えば、これまでの培養技術をさらに拡張することができればこのようなニーズに十分に応えることが可能になるとも考えられる。
【0005】
そこで、本発明は、培養技術を拡張することにより光エネルギーを一層効率的に利用できるようにした光合成微生物の培養方法および培養装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる目的を達成するため、本発明者は種々の検討と実験を行った。現在、食品や医薬品業界において利用されている微生物は自然界に存在する全微生物の1%以下と考えられている。このため、環境中に残存する膨大な微生物資源を有効利用するため新規微生物単離技術の開発が必要とされている。このような状況の下において、発明者は、鉄呼吸 (酸素の代替としてFe(III)を最終電子受容体として利用する呼吸形式) を利用して環境中の未知微生物を増殖させることに着目し、Fe(III)を電気化学的に連続供給することを可能とした電気培養装置に種々の光合成微生物が含まれている環境試料を入れて光照射したところ、ある種の光合成微生物が選択的に増殖するという知見を得るに至った。
【0007】
本発明はかかる知見に基づくものであって、請求項1に記載の光合成微生物の培養方法は、Fe(II)もしくはFe(III)をその光合成反応に利用する一種もしくは複数種光合成微生物を含む試料を培地に含有させ、光を照射しながら培地に含有されるFe(II)とFe(III)の比Fe(II)/Fe(III)を電気化学的に制御して、光合成微生物の増殖を促進させるというものである。
【0008】
Fe(II)をその光合成反応に利用する光合成微生物、即ち、光合成反応においてFe(II)を電子供与体として利用する光合成微生物は、その増殖時にFe(II)をFe(III)に酸化する。そこで、培地に含有されるFe(II)とFe(III)の比Fe(II)/Fe(III)を電気化学的に制御する、即ち、Fe(III)をFe(II)に電気化学的に再生(還元)することにより、光合成微生物にFe(II)を連続供給して、光合成を活性化させ、光合成微生物の増殖を促進することを可能としている。
【0009】
また、Fe(III)をその光合成反応に利用する光合成微生物、即ち、光合成反応においてFe(III)を電子受容体として利用する光合成微生物は、その増殖時にFe(III)をFe(II)に還元する。そこで、培地に含有されるFe(II)とFe(III)の比Fe(II)/Fe(III)を電気化学的に制御する、即ち、Fe(II)をFe(III)に電気化学的に再生(酸化)することにより、光合成微生物にFe(III)を連続供給して、光合成を活性化させ、光合成微生物の増殖を促進することを可能としている。
【0010】
ここで、Fe(II)もしくはFe(III)をその光合成反応に利用する一種もしくは複数種の光合成微生物を含む試料とは、環境試料、複数種の光合成微生物が混在する試料、Fe(II)をその光合成反応に利用する一種もしくは複数種の光合成微生物を含む試料、Fe(III)をその光合成反応に利用する一種もしくは複数種の光合成微生物を含む試料、Fe(II)をその光合成反応に利用する一種もしくは複数種の光合成微生物とFe(III)をその光合成反応に利用する一種もしくは複数種の光合成微生物が混在した試料を意味している。
【0011】
上記発明においては、請求項2に記載のように嫌気状態下で光合成微生物の培養を行うことが好ましい。この場合には、光合成反応においてFe(II)を電子供与体として利用する光合成微生物、またはFe(III)を電子受容体として利用する光合成微生物の光合成をさらに活性化することができる。したがって、光合成微生物の増殖をさらに促進することが可能となる。
【0012】
尚、請求項3に記載のように光合成微生物として独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに平成18年8月8日付けで受託番号FERM P−20984として受託されたクロレラの培養を行うことができる。このクロレラは、Fe(III)をその光合成反応に利用する光合成微生物であり、最終電子受容体として機能するFe(III)を電気化学的に連続供給することで、光合成をさらに活性化することができる。以降、本明細書においては、このクロレラを「クロレラH-1株」と呼ぶこととする。
【0013】
また、請求項4に記載のように、Rhodovulum iodosum、Rhodovulum robiginosum(Int J Syst Bacteriol. 1999 Apr;49 Pt 2:729-35. )、Rhodopseudomonas palustris strain TIE-1(Appl Environ Microbiol. 2005 Aug;71(8):4487-96)の培養を行うことができる。Rhodovulum iodosum、Rhodovulum robiginosum、Rhodopseudomonas palustris strain TIE-1は、Fe(II)をその光合成反応に利用する光合成微生物であり、電子供与体として機能するFe(II)を電気化学的に連続供給することで、光合成をさらに活性化することができる。
【0014】
次に、請求項5に記載の光合成微生物の培養装置は、光透過性材料によって形成された電気培養槽と、電気培養槽を培養槽と対極槽の二層に仕切るイオン交換膜と、電気培養槽内に設けられた陽極と、対極槽内に設けられた陰極と、陽極および陰極を介して電気培養槽中の培地の電位を制御する電位制御装置と、光を透過させつつ電気培養槽の周囲を嫌気状態に保つ嫌気ボックスとからなり、Fe(II)及び/又はFe(III)を含む培地中に、Fe(II)もしくはFe(III)をその光合成反応に利用する一種もしくは複数種の光合成微生物を含む試料を含有させ、嫌気状態下、前記培地に光を照射しながら前記培地中のFe(II)とFe(III)の比Fe(II)/Fe(III)を電気化学的に制御して光合成微生物の増殖を促進させることを特徴とするものである。
【0015】
このように構成することで、嫌気状態下において、培地に光を照射しながら培地中のFe(II)とFe(III)の比Fe(II)/Fe(III)を電気化学的に制御して光合成微生物の増殖を促進させることができる。
【発明の効果】
【0016】
請求項1に記載の発明によれば、培養系を複合化することによって光合成を活性化するという、いわば新たな光合成系の培養技術を提案できる。つまり、培地に含有されるFe(II)とFe(III)の比Fe(II)/Fe(III)を電気化学的に制御することにより光合成を制御するという、従来の電気培養技術をさらに拡張した培養技術が確立することになるから、光エネルギーをより一層効率的・有効的に利用することが可能な光合成微生物の培養技術を提供することができる。
【0017】
さらに、環境試料や複数種の光合成微生物が混在する試料から、Fe(II)もしくはFe(III)をその光合成反応に利用する光合成微生物を選択的に増殖させることが可能となる。また、Fe(II)をその光合成反応に利用する光合成微生物を一種のみならず、複数種同時に増殖させる、Fe(III)をその光合成反応に利用する光合成微生物を一種のみならず、複数種同時に増殖させることも可能である。さらには、Fe(II)をその光合成反応に利用する光合成微生物とFe(III)をその光合成反応に利用する光合成微生物が混在した試料から、一方の光合成微生物のみを選択的に増殖させるということも可能である。
【0018】
次に、請求項2に記載の発明によると、嫌気状態下で培養を行うから、光合成反応においてFe(II)を電子供与体として利用する光合成微生物、またはFe(III)を電子受容体として利用する光合成微生物の光合成をさらに活性化することができ、光合成微生物の増殖を一層促進させることが可能となる。
【0019】
また、請求項3に記載の発明によると、クロレラH-1株の増殖を促進させることができる。
【0020】
請求項4に記載の発明によると、Rhodovulum iodosum、Rhodovulum robiginosum、Rhodopseudomonas palustris strain TIE-1の増殖を促進させることができる。
【0021】
次に、請求項5に記載の培養装置によると、嫌気状態下において、培地に光を照射しながら培地中のFe(II)とFe(III)の比Fe(II)/Fe(III)を電気化学的に制御して光合成微生物の増殖を促進させることができる。したがって、培地に含有されるFe(II)とFe(III)の比Fe(II)/Fe(III)を電気化学的に制御することにより光合成を制御するという、従来の電気培養技術をさらに拡張した培養技術を確立することができ、光エネルギーをより一層効率的・有効的に利用することが可能な光合成微生物の培養装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の構成を図面に示す実施の形態に基づいて詳細に説明する。
【0023】
図1に本発明にかかる光合成微生物の培養装置を示す。培養装置1は、光透過性材料によって形成された電気培養槽2と、電気培養槽2を培養槽2aと対極槽2bの二層に仕切るイオン交換膜3と、電気培養槽2内に設けられた陽極4と、対極槽内に設けられた陰極5と、陽極4および陰極5を介して電気培養槽2中の培地(培養基)8の電位を制御する電位制御装置6と、光を透過させつつ電気培養槽2の周囲を嫌気状態に保つ嫌気ボックス7とからなる。
【0024】
電気培養槽2は、例えばアクリル板やガラス板といった光透過性材料によって形成された槽である。例えば本実施形態では図1に示すような底面が丸い槽としているがこれは一例に過ぎず、光量が十分な程度に光を透過させるものであれば材質や形状は特に限定されることはない。この電気培養槽2には培養のために用いられる培地(培養基)8が注ぎ込まれている。
【0025】
培地8は、光合成微生物の光合成反応において、電子供与体となるFe(II)と電子受容体となるFe(III)のうち少なくとも一方を含有させる。また、Fe(II)やFe(III)の再生(酸化・還元)を阻害するなどの悪影響を与えない成分であれば含有し得る。尚、培地の形態はFe(II)やFe(III)の自由な移動が妨げられないならば、液体以外にも固体状態、液体−固体共存状態であってもよいが、製造性や使用性の観点からは液体状態で使用することが好ましい。尚、下記実施例ではFe(III)をFe(III)−EDTAのように錯体として培地中に含有させるようにしているが、Fe(II)もしくはFe(III)を培地中に安定に存在させることができるのであれば、これに限られるものではない。
【0026】
イオン交換膜3は、この電気培養槽2を培養槽2aと対極槽2bの二層に仕切るために設けられているものであり、培養対象は培養槽2aの中に入れて培養する。さらに、イオン交換膜3は、培地8中のイオンは通過させるが培養対象たる光合成微生物を対極槽2b側に通過させないフィルタ、つまり培養槽2aに含まれる培養対象である光合成微生物の対極槽2bへの移動を阻止するフィルタとして機能する。
【0027】
陽極4および陰極5は、電気培養槽2に電圧を印加してFe(II)やFe(III)の再生(酸化・還元)を行うために電気培養槽2に設けられている板状の一対の電極であり、その材質として例えば、炭素板などを採用することができるがこれに限られるものではない。これら陽極4と陰極5はともに電位制御装置6に接続されている。この電位制御装置6は陽極4と陰極5の両電極間に電圧を印加して電位を調整する。また、電位制御装置6には電気培養槽2内における電位を参照するための参照電極9も接続されている。この参照電極9は、培養対象である光合成微生物が存在する培養槽2a内に設置されている。
【0028】
培養対象を、光合成反応においてFe(II)を電子供与体として利用する光合成微生物とする場合、この光合成微生物が増殖する際には、Fe(II)がFe(III)に酸化される。そこで、Fe(III)をFe(II)に再生(還元)して、光合成微生物にFe(II)を連続供給する。具体的には、培養槽2a内の電位、即ち、参照電極9により検出される電位がFe(III)をFe(II)に還元する電位である−0.4V〜−0.8V程度となるように陽極4と陰極5に電圧を印加する。これにより、Fe(III)をFe(II)に再生(還元)して、光合成微生物にFe(II)を連続供給することが可能となる。
【0029】
また、培養対象を、光合成反応においてFe(III)を電子受容体として利用する光合成微生物とする場合、この光合成微生物が増殖する際には、Fe(III)がFe(II)に還元される。そこで、Fe(II)をFe(III)に再生(酸化)して、光合成微生物にFe(III)を連続供給する。具体的には、培養槽2a内の電位、即ち、参照電極9により検出される電位がFe(II)をFe(III)に酸化する電位である0.1V〜1.0V程度となるように陽極4と陰極5に電圧を印加する。これにより、Fe(II)をFe(III)に再生(酸化)して、光合成微生物にFe(III)を連続供給することが可能となる。
【0030】
ここで、図2に示した鉄と光合成系の関係について説明する。培養対象がFe(III)を電子受容体として利用する光合成微生物である場合、培地8中の水分子(H2O)が図中左下に示すように電子を提供することになり、当該電子は図中の流れを経てからFe(III)に供給されてFe(II)へと還元する。これに対し、培養対象がFe(II)を電子供与体として利用する光合成微生物の場合には、これとは逆にFe(II)を酸化剤として光合成反応初期段階(図中左下)において電子を供給し続けることになる。
【0031】
嫌気ボックス7は電気培養槽2の周囲を嫌気状態に保つためのもので、光を透過させることができる例えばアクリル板などによって形成されている。また、嫌気ボックス7は嫌気状態を形成する気体の流入口10と流出口11とを備えている。例えば本実施形態の場合には、直方体形状に形成された嫌気ボックスの一側面に気体流入口10、これと対向する側面に気体流出口11をそれぞれ設けている。また、電気培養槽2の周囲を嫌気状態とするための気体として窒素(N2)ガスや希ガス等の不活性ガスを用い、これを流入口10から供給し続けることとしている。
【0032】
なお、本実施形態においては電気培養槽2と嫌気ボックス7の両方ともアクリル材料等により光透過性としているが、この場合に照射される光は自然光と人工光のいずれをも含む。つまり、本明細書でいう光照射とは、照光装置などを使って光を積極的に照射するのみならず、自然光が差し込むような環境を形成して照射する場合までも含むものである。
【0033】
以上のような培養装置1は、嫌気ボックス7内に嫌気状態を作り出すこと、培地に含有されるFe(II)とFe(III)の比Fe(II)/Fe(III)を電気化学的に制御すること、そしてFe(II)もしくはFe(III)をその光合成反応に利用する光合成微生物に光を照射することが可能である。したがって、この培養装置1によれば、嫌気状態下、培地に含有されるFe(II)とFe(III)の比Fe(II)/Fe(III)を電気化学的に制御しながら光合成微生物に光を照射するという各手法を複合化した培養を行うことが可能となる。こうした場合、光合成微生物の光合成の効率が向上し、その増殖を促進させることができる。
【0034】
したがって、培養装置1により、培養対象(試料)を環境試料や複数種の光合成微生物が混在する試料として培養した場合には、Fe(II)もしくはFe(III)をその光合成反応に利用する光合成微生物を選択的に増殖させることが可能となる。また、Fe(II)を光合成反応に利用する光合成微生物を一種のみならず、複数種同時に増殖させる、Fe(III)を光合成反応に利用する光合成微生物を一種のみならず、複数種同時に増殖させることも可能である。さらには、Fe(II)をその光合成反応に利用する光合成微生物とFe(III)をその光合成反応に利用する光合成微生物が混在した試料から、一方の光合成微生物のみを選択的に増殖させるということも可能である。
【0035】
なお、上述の実施形態は本発明の好適な実施の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、本実施形態では、培養対象を光合成微生物としたが、これに限られるものではなく、Fe(II)もしくはFe(III)をその光合成反応に利用する光合成細菌を培養対象としてもよい。
【0036】
また、培養槽2a内に電圧を印加するためのエネルギーを発生させるために太陽光発電を利用して、光エネルギーをさらに効率的・有効的に利用して、省エネルギー化を図ることも可能である。
【0037】
さらに、本発明の培養装置1は、光合成微生物を培養・増殖するための装置としてだけでなく、光合成微生物の光合成反応の結果として生じるエネルギーを供給する装置として用いることも可能である。
【0038】
また、光照射強度の増減、Fe(II)とFe(III)の比Fe(II)/Fe(III)の電気化学的制御により、光合成微生物が光合成反応を行うのに最適な環境を作り出して、光合成反応が活性化された光合成微生物の割合を増加させることが可能である。さらに、CO固定、H製造、有用物質製造、排水処理、排ガス処理等の設備において、その反応槽中にFe(II)もしくはFe(III)をその光合成反応に利用する光合成微生物を直接投入したり、もしくはこの微生物を担体等に固定化して投入し、Fe(II)とFe(III)の比Fe(II)/Fe(III)を電気化学的に制御しながら光照射することにより、照射された光エネルギーを高効率に利用して光合成反応を制御し、CO固定、H製造、有用物質製造、排水処理、排ガス処理等を効率よく行うことが可能である。つまり、本発明により、太陽光等の光エネルギーのみを利用した場合と比較して、より高効率に太陽光等の光エネルギーを利用して光合成反応によるエネルギー生産や有害物質処理等を行うことが可能である。
【実施例】
【0039】
実験・検討の結果を以下に実施例として説明するが、本発明は以下の実施例に限られるものではない。
【0040】
[実施例1]
[1.培地の調整]
まず、培地(培養基)8の調製を以下のように行った。すなわち、蒸留水1Lに(NH4)2SO4;1.0g、KNO3;0.5g、K2HPO4;0.5g、KH2PO4;0.6g、MgSO4・7H2O;0.2g、CaCl2・2H2O;0.01g、FeSO4・7H2O;0.01gを溶解した無機基本培地8に2mlの微量金属溶液(蒸留水1LにCuSO4・5H2O;5mg、CoCl2・6H2O;5mg、NiCl2・6H2O;5mg、NaMoO4・2H2O;5mg、ZnSO4;30mg、MnCl2・6H2O;5mgを溶解)を加えた。また鉄添加培地8にはFe(III)-EDTA (Fe(III)をエチレンジアミン四酢酸でキレートした錯体状態の鉄) を0.84g/Lとなるようにさらに加えた。いずれの場合も培地8のpHは希塩酸水溶液を用いて7.0に調整した。
【0041】
[2.培養方法]
図1に示した培養装置1により培養を実施した。培養槽2は、外径75mm、高さ90mmのガラス製深底シャーレの内側を一価の陽イオン透過性のイオン交換膜(旭化成、K-192)3で仕切った二層式とし、一方を培養槽2a、他方を対極槽2bとした(図1参照)。培養槽2a、対極槽2bにはそれぞれ陽極4、陰極5として炭素板(40mm×40mm、4mm厚)を設置し、また培養槽2aには銀・塩化銀参照電極(HS-205C、東亜DKK社)9を設置した。これら3本の電極(陽極4、陰極5、参照電極9)を電位制御装置(POTENTIO/GALVANOSTAT model 110、扶桑製作所)6に結線することで電気培養槽2内の陽極4の電位を厳密に設定可能とした。培養に関しては培養槽2をアクリル製の嫌気ボックス7内に封入し、さらに嫌気ボックス7の全体を30℃に設定した陽光実験定温器(明文館器械興業株式会社)内部に設置した。嫌気ボックス7には常時窒素ガスを注入し(0.2L/min)、常時60-70μmol/m2・sの光を照射し、光嫌気条件を設定した。
【0042】
[3.環境試料を用いた培養]
培養装置1により、環境試料に光照射、窒素ガス雰囲気下でFe(III)を連続的に供給して培養を行い、選択的に増殖した光合成微生物を単離したところ、その光合成微生物が18S rRNA gene の配列相同性からChlorella sorkiniana C212株と最近縁と推定される新規なクロレラであることが確認され、これをChlorella sp. H-1株(クロレラH-1株)とした。尚、クロレラH-1株は従属栄養的な生育において通常のクロレラと異なり、好気・嫌気に関わらず暗条件下では生育することができず、完全に光依存的であった。
【0043】
[4.FeとクロレラH-1株の生育との関係]
次にFeとクロレラH-1株の生育との関係を解析するため、電気培養によりFe(II)/Fe(III) 量を制御しながら培養することを試みた。参照試料としてChlorella sorkiniana C212株を用いた。Chlorella sorkiniana C212株ではFe量制御による増殖は見られなかったが、クロレラH-1株ではFe(III)を連続供給することで、即ち、電気化学的な還元反応によりFe(III)から生成されたFe(II)を再生(酸化)することで増殖が促進された。
【0044】
以上より、本発明の培養方法を用いることで、環境試料中から、Fe(III)により光合成が活性化される光合成微生物を選択的に増殖させることが可能であることが確認された。
【0045】
[実施例2]
培地8に含有されるFe(II)とFe(III)の比Fe(II)/Fe(III)量を電気化学的に制御し、クロレラH-1株の増殖への影響を解析することを試みた。鉄の酸化反応が生じる電位領域をもとにFe(II)をFe(III)に再生(酸化)する培養槽2aでは0.2V、鉄の還元反応が生じる電位領域をもとにFe(III)をFe(II)に再生(還元)する培養槽2aでは−0.5Vに電位を設定し、光嫌気電気培養装置1を用いて電気培養を実施した。図3に鉄酸化電位、鉄還元電位を設定した培養槽2aおよび対照実験として再生しない(電解しない)培養槽2aにおけるH-1株の生育を示す。図中の−■−は、Fe(II)をFe(III)に再生(酸化)しながら行ったもの、−▲−はFe(III)をFe(II)に再生(還元)しながら行ったもの、−◆−は再生を全く行っていないもの(電解していないもの)である。尚、図3の縦軸は分光光度計を用いて培地の660nmにおける吸光度を測定した値である。この測定値は、培地中に存在するクロレラH-1株の濃度を示す値であり、吸光度が大きくなるにつれてクロレラH-1株が増加していることになる。−■−だとH-1株の成育が促進されることが確認できた。つまり、クロレラH-1株ではFe(II)をFe(III)に再生(酸化)したサンプルにおいて再生しない(電解しない)場合と比較して増殖の促進がみられた。この結果より、クロレラH-1株が光合成の電子受容体として利用するFe(III)を連続供給することにより光合成が活性化され、クロレラH-1株の増殖が促進されることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明にかかる光合成微生物の培養装置の構成例を示す図である。
【図2】鉄と光合成系の関係を示す図である。
【図3】再生なし(電解なし)(◆)、鉄の再生(酸化)(■)、鉄の再生(還元)(▲)の各状況下におけるクロレラH-1株の増殖活性の様子を示すグラフである。
【図4】太陽エネルギーの有効利用の概念を示す図である。
【符号の説明】
【0047】
1 培養装置
2 電気培養槽
2a 培養槽
2b 対極槽
3 イオン交換膜
4 陽極
5 陰極
6 電位制御装置
7 嫌気ボックス
8 培地

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe(II)もしくはFe(III)をその光合成反応に利用する一種もしくは複数種の光合成微生物を含む試料を培地に含有させ、前記培地に光を照射しながら前記培地に含有されるFe(II)とFe(III)の比Fe(II)/Fe(III)を電気化学的に制御して、前記光合成微生物の増殖を促進させることを特徴とする光合成微生物の培養方法。
【請求項2】
嫌気状態下で行うことを特徴とする請求項1に記載の光合成微生物の培養方法。
【請求項3】
前記光合成微生物は受託番号FERM P−20984のクロレラであることを特徴とする請求項1または2に記載の光合成微生物の培養方法。
【請求項4】
前記光合成微生物はRhodovulum iodosum、Rhodovulum robiginosum、Rhodopseudomonas palustris strain TIE-1であることを特徴とする請求項1または2に記載の光合成微生物の培養方法。
【請求項5】
光透過性材料によって形成された電気培養槽と、前記電気培養槽を培養槽と対極槽の二層に仕切るイオン交換膜と、前記電気培養槽内に設けられた陽極と、前記対極槽内に設けられた陰極と、前記陽極および前記陰極を介して前記電気培養槽中の培地の電位を制御する電位制御装置と、光を透過させつつ前記電気培養槽の周囲を嫌気状態に保つ嫌気ボックスとからなり、Fe(II)とFe(III)のうち少なくとも一方を含む前記培地中に、Fe(II)もしくはFe(III)をその光合成反応に利用する一種もしくは複数種の光合成微生物を含む試料を含有させ、嫌気状態下、前記培地に光を照射しながら前記培地中のFe(II)とFe(III)の比Fe(II)/Fe(III)を電気化学的に制御して前記光合成微生物の増殖を促進させることを特徴とする光合成微生物の培養装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−89580(P2007−89580A)
【公開日】平成19年4月12日(2007.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−238729(P2006−238729)
【出願日】平成18年9月4日(2006.9.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年3月5日 社団法人日本農芸化学会発行の「日本農芸化学会 2005年度(平成17年度)大会講演要旨集」に発表
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【Fターム(参考)】