説明

光学ガラス

【課題】環境負荷の大きい酸化鉛(PbO)や酸化砒素(As)を使用せず、ガラス熔解からモールドプレス成形までの工程が容易で生産性が高く、また耐候性の良いモールドプレス成形用低膨張光学ガラスを提供する。
【解決手段】光学ガラスを、SiO:3.0〜18.0質量%、B:20.0〜38.0質量%、ZnO:48.0〜65.0質量%、LiO、NaOおよびKOのうちから選択される1種または2種以上合計で0.1〜9.0質量%(但し、LiO:0〜3.0質量%、NaO:0〜8.0質量%、KO:0〜3.0質量%)、の組成から実質的になり、平均線膨張係数α(30−300)が40.0×10−7/℃〜65.0×10−7/℃であるよう構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、滴下によるモールドプレス成形用プリフォームの製造やモールドプレス成形による光学素子の製造に適していて、コバールなどの金属合金やアルミナのような低膨張材料と接着させて好適に使用できる適正な平均線膨張係数を有し、また耐候性が良く、さらにソラリゼーションを考慮しなければならない分野においてはそれを低減することが可能な光学ガラスに関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス非球面レンズなどの光学素子の作製法としてモールドプレス成形法が一般的となってきており、使用される金型や離型膜の長寿命化によるコストダウンのため、様々な低Tgガラスが開発されてきた。しかしながら、このような低Tgガラスの多くは平均線膨張係数が著しく大きいため、低膨張材料と接着すると温度変化による膨張差の影響で破損してしまう。このことから、低膨張材料と接着して使用する用途の場合、低Tg且つ、接着する材料に合わせた低平均線膨張係数を有するガラスが必要となる。
【0003】
モールドプレス成形用プリフォームの製造は、従来型の研削・研磨による方法と、ガラス融液を直接滴下し型受けして得る方法(滴下プリフォーム)がある。後者では前者で大量に排出してしまうスラッジを全く出さないため、環境に有益な方法である。
【0004】
滴下プリフォーム製造の量産性向上のためには、ガラスの安定性が高いことと熔融温度での粘度が低い必要がある。このようなガラスは滴下する温度を操作して粘性を調節することにより、様々な大きさのプリフォームが比較的容易に作製することが出来る。熔融温度での粘度が高いガラスは、小さいプリフォームを滴下することが出来ない。
【0005】
そこで、低Tg、低膨張でありながら、高い安定性、耐候性を有し、また熔融温度での粘性が低いガラスが求められている。従来、低Tg、低線膨張係数を有するガラスとして種々のガラスが研究、開発されている(例えば、特許文献1、特許文献2、特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平2−263728号公報
【特許文献2】特開平8−59281号公報
【特許文献3】特開2008−179500号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、SiO−B−ZnO−Nb−NaO系の精密プレス用光学ガラスに関する特許文献1では、酸化鉛を含まずに低温でプレス成形可能なガラスを得ることができるが、場合によって耐失透性が悪化する場合があった。また、SiO−B−ZnO−Al系の光学ガラスに関する特許文献2では、熔融温度での粘度が高くなる問題があった。さらに、SiO−B−ZnO−LiO−La−Nb系の光学ガラスに係る特許文献3では、線膨張係数が大きくなる問題があった。
【0008】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、環境負荷の大きい酸化鉛(PbO)や酸化砒素(As)を使用せず、線膨張係数αが適正で、またガラス熔解からモールドプレス成形までの工程が容易で生産性が高く、さらに耐候性および耐失透性にも優れたモールドプレス成形用低膨張光学ガラスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は前記目的を達成するため鋭意検討を重ねた結果、SiO−B−ZnO系に、低Tg化および線膨張係数の適正化の効果のあるRO(R=Li、Na、K)を配合した組成を基本組成とすることにより、Alを全く含有することなしに、コバールなどの金属合金やアルミナのような低膨張材料との接着に対応する適正な低熱膨張を任意に調整できるとともに、滴下プリフォームの生産性を向上させ、且つ、耐失透性、耐候性の良いものを得られることを見出し、本発明に到達したものである。また、本発明では、TiOの導入でソラリゼーションが改善できること、および、B/SiOまたはB/(SiO+GeO)の比を調整することにより、ガラスの粘度を上げるAlを使用することなく分相傾向を抑えることができ、滴下プリフォームの製造に適した粘度を有するガラスとなることも、併せて見出した。
【0010】
すなわち、本発明の光学ガラスは、SiO:3.0〜18.0質量%、B:20.0〜38.0質量%、ZnO:48.0〜65.0質量%、LiO、NaOおよびKOのうちから選択される1種または2種以上合計で0.1〜9.0質量%(但し、LiO:0〜3.0質量%、NaO:0〜8.0質量%、KO:0〜3.0質量%)、を含む組成からなり、平均線膨張係数α(30−300)が40.0×10−7/℃〜65.0×10−7/℃であることを特徴とする
【0011】
また、本発明のモールドプレス成形用プリフォームは、上述した光学ガラスからなることを特徴とする。さらに、本発明の光学素子は、上述した光学ガラスからなることを特徴とする。
【0012】
本発明の光学ガラスの好適例としては、さらに、Nb:0〜7質量%、GeO:0〜6.0質量%、MgO:0〜6.0質量%、CaO:0〜6.0質量%、SrO:0〜6.0質量%、BaO:0〜6.0質量%、TiO:0〜10.0質量%、ZrO:0〜8.0質量%、La:0〜8.0質量%、Ta:0〜8.0質量%のうちから選択される1種または2種以上の組成を含有すること、屈折率(nd)が1.61〜1.72、且つ、アッベ数(νd)が37.0〜51.0であること、モル%でB/SiOまたはB/(SiO+GeO)が1.20〜8.00であること、がある。
【発明の効果】
【0013】
本発明の光学ガラスによれば、SiO−B−ZnO系に、低Tg化および線膨張係数の適正化の効果のあるRO(R=Li、Na、K)を配合した組成を基本組成とすることにより、Alを全く含有することなしに、コバールなどの金属合金やアルミナのような低膨張材料との接着に対応する適正な低熱膨張を任意に調整できるとともに、滴下プリフォームの生産性を向上させ、且つ、耐失透性、耐候性の良いものを得られるため、環境負荷の大きい酸化鉛(PbO)や酸化砒素(As)を使用せず、線膨張係数αが適正で、またガラス熔解からモールドプレス成形までの工程が容易で生産性が高く、さらに耐候性および耐失透性にも優れたモールドプレス成形用低膨張光学ガラスを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】好適例としてのソラリゼーションの影響を調べるために、実施例1に係る紫外線照射前後の試料に対し波長と透過率との関係を示したグラフである。
【図2】好適例としてのソラリゼーションの影響を調べるために、実施例4に係る紫外線照射前後の試料に対し波長と透過率との関係を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の光学ガラスの特徴は、SiO:3.0〜18.0質量%、B:20.0〜38.0質量%、ZnO:48.0〜65.0質量%、LiO、NaOおよびKOのうちから選択される1種または2種以上合計で0.1〜9.0質量%(但し、LiO:0〜3.0質量%、NaO:0〜8.0質量%、KO:0〜3.0質量%)、を含む組成からなり、平均線膨張係数α(30−300)が40.0×10−7/℃〜65.0×10−7/℃である点にある。また、好適には、さらに、Nb:0〜7質量%、GeO:0〜6.0質量%、MgO:0〜6.0質量%、CaO:0〜6.0質量%、SrO:0〜6.0質量%、BaO:0〜6.0質量%、TiO:0〜10.0質量%、ZrO:0〜8.0質量%、La:0〜8.0質量%、Ta:0〜8.0質量%のうちから選択される1種または2種以上の組成を含有させる点にある。
【0016】
本発明に係わる光学ガラスの各成分の範囲を上記のように限定した理由は以下の通りである。以下、必須成分と任意成分と分けて説明する。
【0017】
<必須成分について>
SiOは本発明の必須成分であり、ガラスの網目構造をなすガラス形成酸化物である。またガラスの耐候性向上や平均線膨張係数を下げる効果がある。3.0質量%より少ないとこれらの効果は得られず、18.0質量%を超えて含有すると分相傾向が強まり、逆に耐候性、耐失透性が悪化する。好ましくは3.5〜17.5質量%で、より好ましくは4.0〜17.0質量%である。
【0018】
はSiOと同様、ガラスの網目構造をなす本発明の必須成分である。また熔融状態の粘性を低くする効果があり、滴下プリフォームの生産性向上に寄与する。これらの効果を得るには20.0質量%以上含有させる必要があるが、38.0質量%を超えて含有させると耐候性が悪化してしまう。好ましくは21.0〜37.0質量%で、より好ましくは22.0〜36.0質量%である。
【0019】
ZnOは本発明の必須成分であり、低平均線膨張係数と低Tgを両立させることができる重要な成分である。48.0質量%未満では所望する平均線膨張係数が得られず、65.0質量%を超えるとガラスが失透しやすくなる。好ましくは49.0〜64.0質量%で、より好ましくは49.5〜63.5質量%である。
【0020】
アルカリ金属酸化物であるLiO、NaO、KOはガラスを低Tg化することができ、またガラスの粘性を下げる効果もあり、必須成分である。ただし、平均線膨張係数を著しく上げてしまうので使用量には注意を払う必要がある。各々の含有量は、LiO:0〜3.0質量%、NaO:0〜8.0質量%、KO:0〜3.0質量%とする必要がある。好ましくは、それぞれ、2.5質量%以下、7.5質量%以下、2.5質量%以下で、より好ましい範囲は2.0質量%以下、7.0質量%以下、2.0質量%以下である。
【0021】
また、上記したアルカリ金属酸化物の合計含有量は0.1〜9.0質量%とすることが必要である。0.1質量%以上で低Tg化などの効果があり、9.0質量%を超えて含有させると所望する平均線膨張係数を得ることができない。より好ましくは0.5〜7.0質量%である。
【0022】
<任意成分について>
Nbは耐候性の向上や屈折率の調整に使用する。7質量%を超えて含有させると耐失透性が悪化する。好ましくは6.0質量%以下、より好ましくは5.5重量%以下である。
【0023】
GeOはSiOと同様の役割をするが、効果はやや弱い。ただし、SiOよりも屈折率(nd)を大きく上げる効果がある。SiOと6.0質量%まで置き換えることが出来る(ただし、置き換えた場合でもSiOは3.0質量%以上使用する)。
【0024】
アルカリ土類金属酸化物であるMgO、CaO、SrO、BaOは任意成分であり、ガラス化領域の拡大や屈折率の調整などに使用する。それぞれ6.0質量%まで含有することができるが、それを超えると失透傾向が増大する。好ましくはそれぞれ5.5質量%以下で、より好ましくはそれぞれ5.0質量%以下である。
【0025】
TiOは本発明の任意成分であり、耐候性の向上、屈折率の調整に使用する。10.0質量%を超えて含有させると耐失透性が悪化する。好ましくは9.0質量%以下、より好ましくは8.0質量%以下である。またTiOはB-ZnO系ガラスのソラリゼーション(紫外光による透過率低下現象)を抑制する効果がある。そのためには0.1質量%以上含有させる必要がある。より好ましくは0.3質量%以上である。
【0026】
ZrO、La、Taは本発明の任意成分であり、耐候性の向上、屈折率の調整に使用する。それぞれ8.0質量%まで含有させることができるが、それを超えると耐失透性が悪化する。好ましくは7.0質量%以下、さらに好ましくは6.5質量%以下である。
【0027】
またモル%で、B/SiOまたはB/(SiO+GeO)が1.20〜8.00であることが好ましい。この割合で含有させることによって、ガラスの粘度を上げるAlを使用することなく分相傾向を抑えることができ、滴下プリフォームの製造に適した粘度を有するガラスとなる。より好ましくは1.30〜7.00である。なお、B/SiOまたはB/(SiO+GeO)が8.00より大になると、耐候性に問題が生じる。
【0028】
本発明の光学ガラスには、上記成分のほかに光学恒数の調整やガラス化領域の拡大などのために、本発明の目的に外れない限り、CsO、P、Y、Yb、WOなどを含有させることができる。また、脱泡剤としてSbを少量導入することもできる。
【実施例】
【0029】
以下に本発明について実施例を用いてさらに具体的に説明する。なお、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0030】
<本発明例の説明>
各成分の原料として各々の成分に相当する酸化物、水酸化物、炭酸塩、硝酸塩などを使用し、所定の割合で秤量し充分混合したものを調合原料とした。これを白金製坩堝に投入し、電気炉内で1200℃〜1400℃で熔融しながら白金製攪拌棒で適時攪拌し、清澄、均質化させてから、適当な温度に予熱した金型内に鋳込み、室温まで徐冷することにより実施例1〜32を作製した。表1〜表3に実施例の質量%表記組成と各物性値、表4〜表6にモル%表記組成を示した。
【0031】
屈折率(nd)はカルニュー光学工業社製「KPR−200」を用いて測定し、ガラス転移温度(Tg)、屈伏温度(At)、平均線膨張係数(α×10−7−1)はBRUKER AXS社製「TD 5000S」を用いて測定した。ガラスの耐候性は、ESPEC社製「SH-220」を用いて温度60℃、湿度90%で100時間保持後の目視による析出物の有無で確認した。滴下試験は電気炉内に取り付けた白金製のノズル(内径φ1.6mm)を取り付けた白金坩堝でガラスを熔融し、φ4.2mmの滴下プリフォームを950℃〜1100℃のそれぞれ適正な温度(例えば、実施例1では983℃)で、連続して1時間結晶が析出することなく滴下できるかどうか試験した。この試験で小さな滴下プリフォームが作製できる粘度を有し、且つ、滴下プリフォームを生産するための耐失透性を有しているが判定できる。なお、1100℃より高温にするとガラスからの揮発がノズルに付着し不良を引き起こす。そのため1100℃を上限とした。いずれのガラスも耐失透性、耐候性が高く、滴下プリフォームの生産に適した粘度を有し、且つ、所望する屈折率、Tg、At、αを有するガラスが得られることがわかる。
【0032】
【表1】

【0033】
【表2】

【0034】
【表3】

【0035】
【表4】

【0036】
【表5】

【0037】
【表6】

【0038】
<好適なTiO量とソラリゼーションとの関係>
実施例1及び実施例4の紫外線照射試験前後の透過率測定結果を図1及び図2に示した。TiOの含有していない実施例1では初期透過率は良いが、紫外線照射で透過率の低下があることがわかる。TiOを含有した実施例4では初期透過率はやや実施例1に劣るが、紫外線照射による透過率低下(ソラリゼーション)が全く起こらない。なお、日本光学硝子工業会規格(JOGIS)の試験方法に準じて試験を行った。
【0039】
<比較例の説明>
次に比較例として比較例1〜3を表7(質量%)、表8(モル%)に示した。比較例1は特許文献1(特開平2−263728号公報)の実施例11、比較例2は特許文献1(特開平8−59281号公報)の実施例6、比較例3は特許文献3(特開2008−179500号公報の実施例1である。ガラス作製方法、各物性の測定方法は上述した本発明例に係る実施例と同じとした。
【0040】
【表7】

【0041】
【表8】

【0042】
比較例1はNbの含有量が多いために耐失透性に問題がある。そのため滴下プリフォームの作製は失透不良(結晶析出)であった。比較例2はAlを含有し、さらにB/SiOがモル%比で0.82と小さいためガラスの粘度が高く、1100℃でも小さい滴下プリフォームを作製することができなかった。比較例3はLiOの含有量が多く、さらにZnOの含有量が少ないため、平均線膨張係数が大きい。また滴下プリフォームの作製では失透不良であった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の光学ガラスは、滴下によるモールドプレス成形用プリフォームの製造やモールドプレス成形による光学素子の製造に適していて、コバールなどの金属合金やアルミナのような低膨張材料と接着させて使用できる平均線膨張係数を有し(α(30−300):40.0×10−7/℃〜65.0×10−7/℃)、耐候性が良く、またソラリゼーションを考慮しなければならない分野においてはそれを低減することが可能な光学ガラスとして好適に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SiO:3.0〜18.0質量%、
:20.0〜38.0質量%、
ZnO:48.0〜65.0質量%、
LiO、NaOおよびKOのうちから選択される1種または2種以上合計で0.1〜9.0質量%(但し、LiO:0〜3.0質量%、NaO:0〜8.0質量%、KO:0〜3.0質量%)、
を含む組成からなり、平均線膨張係数α(30−300)が40.0×10−7/℃〜65.0×10−7/℃であることを特徴とする光学ガラス。
【請求項2】
さらに、Nb:0〜7質量%、GeO:0〜6.0質量%、MgO:0〜6.0質量%、CaO:0〜6.0質量%、SrO:0〜6.0質量%、BaO:0〜6.0質量%、TiO:0〜10.0質量%、ZrO:0〜8.0質量%、La:0〜8.0質量%、Ta:0〜8.0質量%のうちから選択される1種または2種以上の組成を含有する組成からなることを特徴とする、請求項1に記載の光学ガラス。
【請求項3】
ガラス転移温度(Tg)が560℃以下で、且つ、屈伏温度(At)が600℃であることを特徴とする、請求項1または2に記載の光学ガラス。
【請求項4】
モル%でB/SiOまたはB/(SiO+GeO)が1.20〜8.00であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の光学ガラス。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の光学ガラスからなることを特徴とするモールドプレス成形用プリフォーム。
【請求項6】
請求項の1〜4のいずれか1項に記載の光学ガラスからなることを特徴とする光学素子。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2011−79684(P2011−79684A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−230787(P2009−230787)
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【出願人】(391009936)株式会社住田光学ガラス (59)
【Fターム(参考)】