説明

光学デバイス及びそれを用いた検出装置

【課題】 金属ナノ粒子に吸着された試料分子を確実に脱離させることができ、リアルタイム検出も可能となる光学デバイス及びそれを用いた検出装置を提供すること。
【解決手段】 光学デバイス20は、少なくとも片面を導体面221とする基材200と、導体面に形成された1〜1000nmの凸部220を有する金属ナノ構造222と、導体面と接続された電源端子221A,221Bと、有する。光学デバイス20を用いる検出装置100は、光学デバイスが配置される空間に流体試料が導入されるチャンバー10と、光学デバイスに光を照射する光源50と、光学デバイスから出射される光を検出する光検出部60と、電源端子を介して導体面と接続される電源80とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学デバイス及びそれを用いた検出装置等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、低濃度の試料分子を検出する高感度分光技術の1つとして、SPR(Surface Plasmon Resonance:表面プラズモン共鳴)、特にLSPR(Localized Surface Plasmon Resonance:局在表面プラズモン共鳴)の利用したSERS(Surface Enhanced Raman Scattering:表面増強ラマン散乱)分光が注目されている(特許文献1,2)。SERSとは、ナノメートルスケールの凸凹構造を持つ金属表面でラマン散乱光が10〜1014倍増強される現象である。レーザーなどの単一波長の励起光を試料分子に照射する。励起光の波長から試料分子の分子振動エネルギー分だけ僅かにずれた散乱波長(ラマン散乱光)を分光検出し、試料分子の指紋スペクトルを得る。その指紋スペクトルの形状から、試料分子を同定することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第3714671号公報
【特許文献2】特開2000−356587号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
この種の表面プラズモン共鳴センサーは、基板上に金や銀等の金属微粒子を基板上に固定したものである。このセンサーを備えた検出装置は、表面プラズモン共鳴センサーの金属ナノ粒子に吸着された試料分子に光を照射し、増強されたラマン散乱光を検出する。
【0005】
ここで、表面プラズモン共鳴センサーの用途の一つとして、例えば環境汚染物質のモニタリングが挙げられている。汚染物質をモニタリングするには、リアルタイムで汚染物質を検出しなければならない。
【0006】
しかし、上述した検出装置では、表面プラズモン共鳴センサーの金属ナノ粒子に吸着された試料分子が汚染物質であるか否かは検出できるが、一回の検出に止まる。同一装置で継続して検出するためには、金属ナノ粒子に吸着された試料分子を次回の検出前に脱離させなければならない。
【0007】
本発明の幾つかの態様は、金属ナノ粒子に吸着された試料分子を確実に脱離させることができ、リアルタイム検出も可能となる光学デバイス及びそれを用いた検出装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)本発明の一態様は、
少なくとも片面を導体面とする基材と、
前記導体面に形成された1〜1000nmの凸部を有する金属ナノ構造と、
前記導体面と接続された電源端子と、
を有する光学デバイスに関する。
【0009】
本発明の一態様によれば、1〜1000nmの凸部を有する金属ナノ構造を備えているので、金属ナノ構造の凸部の周囲に増強電場が形成される。それにより、この光学デバイスは、増強電場で増強される検出対象物質を反映した光、例えばラマン散乱光の信号強度を強くするセンサーとして利用できる。この光学デバイスは、金属ナノ構造及び電源端子と接続される導体面を含んでいるので、外部電源から電源端子及び導体面を介して金属ナノ構造に通電することができる。それにより、金属ナノ構造からジュール熱が発生する。このジュール熱により、光学デバイスに吸着された流体試料にエネルギーを付与して流体試料を脱離させることができる。脱離時以外の時には、電源からの電力供給を遮断することができる。
【0010】
(2)本発明の一態様では、前記導体面と接続された計測端子をさらに有することができる。
【0011】
ここで、光学デバイスに流体試料の分子が吸着されると、電力供給される導体表面を移動する電子の動きが阻害されて、光学デバイスの電気抵抗が増大する。逆に、光学デバイスより吸着分子が離脱されると、電力供給される導体表面を移動する電子の動きを阻害する要因が少なくなり、光学デバイスの電気抵抗が減少する。この現象を利用して、計測端子を介して計測される電気抵抗は、流体試料中の分子の吸着または脱離を検出することに利用できる。なお、電源端子を計測端子として兼用しても良い。また、計測端子は結果として電気抵抗が検出できるものであれば良く、電圧一定の下では光学デバイスに流れる電流を計測することは、電気抵抗を計測していることと同義である。
【0012】
(3)本発明の他の態様は、
光学デバイスと、
前記光学デバイスが配置され、流体試料が導入されるチャンバーと、
前記光学デバイスに光を照射する光源と、
前記光学デバイスから出射される光を検出する光検出部と、
電源と、
を有し、
前記光学デバイスは、
少なくとも片面を導体面とする基材と、
前記導体面に形成された1〜1000nmの凸部を有する金属ナノ構造と、
前記導体面及び前記電源と接続された電源端子と、
を有する検出装置に関する。
【0013】
本発明の他の態様によれば、本発明の一態様に係る光学デバイスを用いて検出装置を構成することができる。特に、光学デバイスに吸着された流体試料にエネルギーを付与して脱離させることができるので、脱離モードの終了制御を的確に実施することができる。
【0014】
(4)本発明の他の態様では、前記光学デバイスは、前記導体面と接続された計測端子をさらに有し、前記検出装置は、前記計測端子と接続され、電流及び電圧の一方を制御して前記光学デバイスの電気抵抗値を計測する計測部をさらに有することすることができる。この検出装置では、計測された電気抵抗値は、流体試料中の分子の吸着または脱離を検出することに用いることができる。しかも、計測部が電流及び電圧の一方を制御することで、脱離モードでは電流及び電圧の一方を高くしてジュール熱を発生させ、吸着モードでは電流及び電圧の一方を低くしてジュール熱を抑制しながら抵抗値を計測することができる。
【0015】
(5)本発明の他の態様では、前記計測部からの出力に基づいて、前記光検出部にて検出する期間を含む第1モードと、前記金属ナノ構造に吸着された前記流体試料を離脱する第2モードとを実行制御する制御部をさらに有することができる。光学デバイスの電気抵抗値は、流体試料中の分子の吸着または脱離を反映することから、制御部は、分子の吸着を伴う第1モードと、分子の脱離を伴う第2モードとの各状況を、計測部からの出力に基づいて取得することができる。
【0016】
(6)本発明の他の態様では、前記制御部は、前記光学デバイスの電気抵抗値の減少に基づいて、前記第2モードから前記第1モードに切り換えることができる。光学デバイスの電気抵抗値の増加は、光学デバイスからの分子の脱離を反映するからである。
【0017】
(7)本発明の他の態様では、前記制御部は、前記光学デバイスの電気抵抗値の増加に基づいて、前記第1モードにて前記光源からの光照射を開始制御することができる。光学デバイスの電気抵抗値の増加は、光学デバイスへの分子の吸着を反映するので、光学デバイスに分子が吸着しているタイミングで光照射を開始できる。
【0018】
(8)本発明の他の態様では、前記光学デバイスは、前記金属ナノ構造側に前記光源からの光が入射され、前記流体試料を反映した光を前記導体表面で反射させることができる。導体表面は光を通し難いので、金属ナノ構造側に光源からの光が入射され、流体試料を反映した光の反射面として導体表面を兼用できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施形態に係る検出装置の概要を示す図である。
【図2】第1モードと第2モードとを示すタイムチャートである。
【図3】第1モードと第2モードでのSERS強度の推移を示す図である。
【図4】本発明の一実施形態に係る光学デバイスの概要を示す図である。
【図5】図5(A)は光学デバイスの拡大断面図、図5(B)及び図5(C)は光学デバイスでの増強電場の形成を示す断面図及び平面図である。
【図6】図6(A)〜図6(E)は光学デバイスの製造工程を示す図である。
【図7】図7(A)(B)はジュール熱による流体試料の脱離の促進を模式的に示す図である。
【図8】ジュール熱による脱離曲線を示す図である。
【図9】被覆率と抵抗値の変化との関係を示す特性図である。
【図10】図10(A)(B)は流体試料の吸着の前後で電気抵抗が変化する理由を移動電子の数で説明した説明図である。
【図11】標的分子である硫化ジメチルのラマンシフトを示す特性図である。
【図12】図12(A)は光照射前の第1モードを示す図であり、図12(B)は光照射後の第1モードを示す図である。
【図13】計測部での電圧制御を示す特性図である。
【図14】計測部での電流制御を示す特性図である。
【図15】検査装置の全体概要を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお以下に説明する本実施形態は特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではなく、本実施形態で説明される構成の全てが本発明の解決手段として必須であるとは限らない。
【0021】
1.検出装置の基本構成
図1は、本実施形態の検出装置の構成例を示す。図1において、検出装置100は、チャンバー10と、光学デバイス20と、光源50と、光検出部60とを有する。光学デバイス20と、光源50及び/又は光検出部60との間に、光学系30を設けることができる。また、光源50の光路はシャッター51により開閉できる。
【0022】
チャンバー120には、光学デバイス20が配置され、かつ流体試料が導入される。光学デバイス20は、光源50からの光が照射されることで、吸着している流体試料を反映した光を出射するものである。本実施形態では、流体試料は例えば大気であり、検査対象の物質は大気中の特定気体分子(試料分子)とすることができるが、これに限定されない。
【0023】
光源50は、例えば光学系30を構成する例えばハーフミラー320と対物レンズ330を介して、光学デバイス20に光を照射する。光検出部60は、光学デバイス20に吸着された流体試料が反映された光を、ハーフミラー320及び対物レンズ330を介して検出する。
【0024】
検出装置100は、制御部71と電源80と計測部90とを有することができる。電源80と計測部90については後述する。制御部71は、光検出部60からの信号に基づいて、図2に示す第1,第2モードを切換え制御する。ここで、第1モードとは、光検出部60にて検出する期間を含む。制御部71は、第1モードでは例えば光学デバイス20上での流体試料の吸引流速VをV1(m/分)とし、第2モードでは吸引流速をV2(V2>V1)とするように、負圧発生部例えばファン40を駆動制御する。負圧発生部40は、ファンに限らず、チューブポンプ、ダイアフラム式ポンプ等のポンプなど、チャンバー10内にて負圧を発生させて流体試料を吸引できるものであれば良い。ファン40は、図2に示すように、第1モードでは流体輸送量(流速)がL1(ml/分)であり、第2モードでは流体輸送量(流速)がL2(ml/分)であり、L2>L1を満たす。吸引速度の制御は、上述の通りファン40を対象としても良いし、バルブやシャッターの開口面積を変化させても良い。制御の結果として、光学デバイス20上の流体試料の吸引速度を可変できれば良い。
【0025】
本実施形態では、第1モードでは、流速V1で吸引される流体試料を光学デバイス20に吸着することができ、第1モードを吸着モードとも称することができる。この第1モードで、光学デバイス20に光源50からの光を照射すると、光学デバイス20に吸着された流体試料が反映された光が生ずる。光検出部60は光学デバイス20からの光を検出することができる。その意味で、第1モードは検出が実施される検出モードとも称することができる。
【0026】
第2モードでは、第1モード(吸着モードまたは検出モード)での流速V1よりも大きい流速V2に設定される。よって、第2モードでは光学デバイス20に吸着された流体試料の脱離を促進させることができ、第2モードを脱離モードと称することができる。
【0027】
このように、第1モードと第2モードとを交互に実施すると、一旦光学デバイス20に吸着された流体試料を脱離させることができる。こうして、検査後に光学デバイス20をクリーンアップすることができ、前回検査時の影響を残すことなく次回の検査を繰り返し実施することが可能となる。例えば図2に示すように第1モードに先駆けて第2モードを実施すると、常にフレッシュな光学デバイス20に流体試料を吸着させて検査することができる。第1,第2モードを交互に繰り返し実施することにより、リアルタイム検査が可能となる。なお、第1,第2モードにて光学デバイス20上の流体試料の吸引速度を可変することは、本発明では必須ではない。試料流体の吸着、脱離は、流体試料の吸引速度を可変しなくても実施されるからである。
【0028】
第1,第2モードの切換えは、光検出部60の出力に基づいて行うことができる。第1,第2モード間では、流体試料の吸着または脱離によって光検出信号が変化するからである。図3は、時刻T1〜T2の第1モード(吸着モードまたは検出モード)と時刻T2〜T3の第2モード(脱離モード)において、光検出部60の出力として、例えば流体試料中の検査対象の試料分子のSERS強度の変化を示している。時刻T1から開始される第1モードでは、光学デバイス20に吸着される試料分子が多くなる。従って、第1モードではSERS強度が増加する。よって、図3に示す第1閾値I1をSERS強度が上回る時刻T2にて、第1モードを終了することができる。時刻T2から開始される第2モードでは、光学デバイス20から脱離される試料分子が多くなる。よって、第2モードではSERS強度が低下する。よって、第2閾値I2をSERS強度が下回った時刻T3にて、第2モードを終了することができる。ただし、この制御を行うためには、第1モードだけでなく、第2モードでも光源50から光照射をする必要がある。後述する通り、本実施形態ではSERS強度に頼らずに、第2モードから第1モードに切り換えることを可能にしている。
【0029】
2.光学デバイス
図1に示す光学デバイス20の一例を図4に示す。この光学デバイス20は、少なくとも片面を少なくとも10nm以上の厚さの導体面221とする基材200と、導体面221に形成された1〜1000nmの凸部220を有する金属ナノ構造222と、導体面221と接続される電源端子221A,221Bと、を有する。電源端子221A,221Bは、検出装置100の電源80に接続される。光学デバイス20はさらに導体面221と接続される計測端子221C,221Dを有することができる。計測端子221C,221Dは、検出装置100の計測部90に接続される。
【0030】
3.光検出の原理と光学デバイス構造
図5(A)〜図5(C)を用いて、流体試料を反映した光検出原理の一例としてラマン散乱光の検出原理の説明図を示す。図5(A)に示すように、光学デバイス20に吸着される検査対象の試料分子1に入射光(振動数ν)が照射される。一般に、入射光の多くは、レイリー散乱光として散乱され、レイリー散乱光の振動数ν又は波長は入射光に対して変化しない。入射光の一部は、ラマン散乱光として散乱され、ラマン散乱光の振動数(ν−ν’及びν+ν’)又は波長は、試料分子1の振動数ν’(分子振動)が反映される。つまり、ラマン散乱光は、検査対象の試料分子1を反映した光である。入射光の一部は、試料分子1を振動させてエネルギーを失うが、試料分子1の振動エネルギーがラマン散乱光の振動エネルギー又は光エネルギーに付加されることもある。このような振動数のシフト(ν’)をラマンシフトと呼ぶ。
【0031】
図5(B)は、図1及び図5(A)の光学デバイス20の拡大図である。図5(A)に示すように入射光が基材200とは逆側から入射される場合、基材200は入射光に対して透明な材料を用いる必要はない。光学デバイス20は、基材200上の第1構造として、誘電体から成る複数の凸部210を有する。本実施形態では、誘電体としての石英、水晶、硼珪酸ガラスなどのガラスまたはシリコン等で形成された基材200上に、レジスト201を形成し(図6(A)参照)、そのレジスト201を例えば遠紫外線(DUV)フォトリソグラフィー法を用いてパターン化している(図6(B)参照)。パターン化されたレジスト202により基材200をエッチングしてレジスト202を除去することで(図6(C)(D)参照)、例えば図5(C)に示すように複数の凸部210が二次元的に配置される。
【0032】
複数の凸部210上の第2構造として、複数の凸部210には、例えばAuまたはAg等の金属ナノ粒子(金属微粒子)220が例えば蒸着、スパッタ等により形成される。また、その工程により凸部210の周囲の基材200の表面が例えば厚さ30nmの導体面221とされる(図6(E)参照)。結果として、光学デバイス20は、導体面221上にサイズが1〜1000nmの凸部220を有する金属ナノ構造222を有することができる。1〜1000nmの凸部220を有する金属ナノ構造222と導体面221とは、基材上に当該サイズの金属微粒子を蒸着・スパッタ等で固着させる、または、基材上にアイランド構造を有する金属膜を形成する等の方法でも形成できる。
【0033】
図5(B)及び図5(C)に示すように、二次元パターン状の金属ナノ粒子220に入射光が入射された領域240では、隣り合う金属ナノ粒子220間のギャップGに、増強電場230が形成される。特に、入射光の波長よりも小さな金属ナノ粒子220に対して入射光を照射する場合、入射光の電場は、金属ナノ粒子220の表面に存在する自由電子に作用し、共鳴を引き起こす。これにより、自由電子による電気双極子が金属ナノ粒子220内に励起され、入射光の電場よりも強い増強電場230が形成される。これは、局在表面プラズモン共鳴(LSPR:Localized Surface Plasmon Resonance)とも呼ばれる。この現象は、入射光の波長よりも小さな1〜1000nmの凸部を有する金属ナノ粒子220等の電気伝導体に特有の現象である。
【0034】
図5(A)〜図5(C)では、光学デバイス20に入射光を照射した時に表面増強ラマン散乱(SERS:Surface Enhanced Raman Scattering)が生ずる。つまり、増強電場230に試料分子1が入り込むと、その試料分子1によるラマン散乱光は増強電場230で増強されて、ラマン散乱光の信号強度は、強くなる。このような表面増強ラマン散乱では、試料分子1が微量であっても、検出感度を高めることができる。
【0035】
以下にて説明する試料分子1の「吸着」という現象は、試料分子1が金属ナノ粒子220に衝突する衝突分子の数(分圧)が支配的である現象であり、物理吸着及び化学吸着の一方又は双方を含む。「脱離」は外力により吸着を解除することを意味する。吸着エネルギーは試料分子1の運動エネルギーに依存し、ある値を乗り越えると衝突して「吸着」現象を呈し、吸着には外力は不要である。一方、脱離には外力が必要である。また、光学デバイス20に流体試料を吸引することとは、換言すると、その内部に光学デバイス20を配置した流路に吸引流を生じさせることで、流体試料を光デバイス20に接触させることである。
【0036】
4.光学デバイスの電気抵抗の利用
4.1.第2モード(脱離モード)での利用
図2に示す第2モード(脱離モード)では、制御部71の制御により、図2に示す電源80から光学デバイス20に電力を供給することができる。それにより、光学デバイス20の金属ナノ構造222に、電源端子221A,221B及び導体面221を介して電流が流れて電気エネルギーが付加される。それにより、導体面221及び金属ナノ構造222が抵抗器として機能して、ジュール熱が発生する(図7(A)参照)。このジュール熱により、脱離するのに十分なエネルギーを得るとことで、光学デバイス20への吸着分子の脱離が促進され、やがては脱離が完了する(図7(B)参照)。図8はジュール熱による脱離曲線を示している。図8の通り、ジュール熱による温度の大きさによって、脱離速度を大きくすることができる。
【0037】
ここで、外部から与えた電力P(W)は下記の式(1)にて表される。
【0038】
P=RI=ρ×L×I/A…(1)
式(1)にて、ρは金属の伝導率(Ωm)、Aは金属の断面積(m)、Lは金属部の陽極陰極間の距離(m)である。金属ナノ構造222がAgの場合、密度10490kg/m、導体面(Ag薄膜)221は5mm角で膜厚30nm、電気伝導率は1.59×10‐8Ωmである。金属ナノ構造222はナノメートルスケールであるため、式(1)においては無視し、ここではあくまで導体面(Ag薄膜)221のみを扱う。導体面(Ag薄膜)221の抵抗値は式(1)より、0.53Ωとなる。電流値上昇に起因したジュール熱により導体面(Ag薄膜)221は発熱する。このとき、基材200から散逸される仕事量Qは以下のようになる。
【0039】
Q=Qc+Qr …(2)
Qc=SH(Th−T) …(3)
Qr=Sσε(Th−T) …(4)
ここで、Qcは雰囲気空気への対流伝熱量、Qrは雰囲気への黒体輻射である。Sは導体面(Ag薄膜)221の表面積(m)、hは空気への熱伝達係数(W/m・℃)、Thは基材200側の温度(K)、Tは空気の温度(K)、σは放射率、εはステファンボルツマン係数(5.67×10‐8W/m・K)である。
【0040】
標的分子は、揮発性硫黄化合物の一種硫化ジメチル(DMS:CHSCH)とする。DMS分子のAg表面から脱離するのに必要なエネルギーは、Agの状態にもよるが例えば21.5kcal/mol(=90kJ/mol)である(計測値)。分子の速度論的脱離特性は下記の式で表される。
【0041】
【数1】

θはDMS分子のAg表面上の被覆率(占有率)、θ0は初期被覆率であり、ここではθ0=1(全サイトが占有されている)とする。ν0は頻度因子で1012−1とした。tは時間(sec)、EdesはDMS分子の脱離活性化エネルギー(kJ/mol)、Rは気体定数(8.3145J/K・mol)、Tは絶対温度(K)である。Edes=90kJ/mol、温度293K、383Kとしたときの脱離特性を図8に示す。温度を上げると脱離速度は大幅に速くなることがわかる。
【0042】
光学デバイス20に吸着された流体試料を例えば10secで脱離させるため、光学デバイス20が383Kになるような電力を与えることを考える。基材200から空気(To=293K)へ散逸される仕事量Qは、式(3)からQc=14mW、式(4)からQr=8mWとなり(σ=0.5)、式(2)からQ=22mWとなる。つまり、22mWを供給すれば基材200は383Kを維持される。さて、導体面(Ag薄膜)221の抵抗は0.53Ωであることから、式(1)より、I=0.206Aと導かれる。
【0043】
そして、その電流値0.206Aで一定にして、抵抗値の変動を監視する。脱離によって図9の矢印A1のように抵抗値が小さくなる。なお、図9は横軸が流体試料による金属ナノ構造222の被覆率であり、縦軸は抵抗変動量ΔRと初期抵抗値Rとの比である。抵抗変動量がゼロになったとき電流値0.206Aを元に戻し、下記にて説明する第1モードでの制御に移行することになる。
【0044】
4.2.第1モード(吸着・検出モード)での利用
第1モードでは、制御部71の制御により電源80からの電力を光学デバイス20に供給して、一定の電圧・電流値(上述したI=0.206A)を維持すると共に、計測部90が光学デバイス20の抵抗値を常に監視することができる。第1モードにおいて金属ナノ構造222への流体試料の吸着量の増加に伴い、抵抗値が図9の矢印A2に示すように上昇する。
【0045】
その理由について、図10(A)(B)を参照して定性的に説明する。図10(A)は、金属ナノ構造222に流体試料が吸着されていない状態にて、導体面(Ag薄膜)221を流れる電子(電流)2Aを示している。
【0046】
一方図10(B)は、金属ナノ構造222に流体試料例えば標的分子1であるピリジン分子が吸着された状態にて、導体面(Ag薄膜)221を流れる電子(電流)2Aを示している。図10(B)において、白抜きで示す電子2Bは、吸着分子1によって移動が束縛された電子である。図10(A)(B)は共に同一電流の状態であるが、図10(B)では移動する電子2Aの総数N2が図10(A)中の移動電子2Aの総数N1よりも少ないので(N1>N2)、図10(B)では見かけ上の抵抗値が上昇している。
【0047】
次に、抵抗値変動量ΔRは式(6)にて定量的に表される(参考文献:国立情報学研究所電子図書 北大触媒研究所戸谷富之氏の講義ノートから引用)。
【0048】
【数2】

式(6)中、Rは初期抵抗値、dは金属薄膜電極の厚さ、lは平均自由路、Pは金属薄膜表面で電子の鏡面反射される確率である(初期値をP0、吸着によってP’に変化する)。式(6)は、伝導電子は吸着分子によってトラップされすぐに金属内に再放射される、という過程によって散乱されるのでPの大きさは減少して抵抗は大きくなることを意味している。
【0049】
ΔR/Rが図9の例えば3.5%(閾値)未満である期間では、制御部71の制御により図1のシャッター51が閉状態とされる。そのため、図11(A)に示すように吸着分子1が存在しても、光が照射されないので、SERS信号は検出されない。
【0050】
ΔR/Rが図9の3.5%(閾値)を超えたとき、制御部71の制御により図1のシャッター51が開かれ、図11(B)に示すように、レーザー光Lが光学デバイス20上の金属ナノ構造222に一定時間照射される。そこで発生したSERS光を分光検出し、図12に示すような指紋スペクトルが検出される。この指紋スペクトルより、標的分子であるDMS分子を検出認識することができる。測定時間は10secである。図12に示すDMS分子のラマンシフトによれば、676cm−1と2917cm−1の先鋭なピークが特徴である。SERS測定が終了すると、シャッター51は閉じられ、光照射は中断される。このように、レーザー光をSERS測定時のみ照射することで、吸着エネルギーの小さい分子でも、連続光照射による熱エネルギー上昇によって脱離させることなく検出することができる。また、レーザー光のON/OFFは光強度安定性に影響があるため、シャッター51で照射ON/OFFを制御している。
【0051】
5.光源と計測部の制御方法
図13及び図14は、光源50及びシャッター51からのレーザー強度(光強度)制御と、計測部90での電流または電圧制御とを示している。図13及び図14に示すように、光源50及びシャッター51からのレーザー強度(光強度)は、第1モードの途中にて所定数の吸着分子が確保されて光学デバイス20の電気抵抗値が増大した時から、第1モードの終了までの強度L2が大きく、それ以外での強度L1は小さい。強度L1は零としても良い。
【0052】
一方、計測部90では、図13及び図14のどちらか一方の制御が必要である。第1モードでは光学的デバイス20の電気抵抗値を測定するに足る低い電圧V1または電流i1とすることができ。一方、第2モードでは吸着分子を脱離させるのに必要なジュール熱を発生させる比較的高い電圧V2または電流i2としている。
【0053】
6.検出装置の具体的な構成
図15は、本実施形態の検出装置の具体的な構成例を示す。図15に示される検出装置100も、図1に示すチャンバー10、光学デバイス20と、光学系30と、吸引駆動部40と、光源50と、光検出部60と、制御部71を含む処理部70(図15では省略)と、電源80(図15では省略)及び計測部90とを有している。
【0054】
図15において、光源50は例えばレーザーであり、小型化の観点から好ましくは垂直共振型面発光レーザーを用いることができるが、これに限定ざれない。
【0055】
光源50からの光は、光学系30を構成するコリメーターレンズ310により平行光にされる。コリメーターレンズ310の下流に偏光制御素子を設け、直線偏光に変換しても良い。ただし、光源50として例えば面発光レーザーを採用し、直線偏光を有する光を発光可能であれば、偏光制御素子を省略することができる。
【0056】
コリメーターレンズ310により平行光された光は、ハーフミラー(ダイクロイックミラー)320により光学デバイス20の方向に導かれ、対物レンズ330で集光され、光学デバイス20に入射する。光学デバイス20には、図5(A)〜図5(C)に示す金属ナノ粒子220が形成される。光学デバイス20から例えば表面増強ラマン散乱によるレイリー散乱光及びラマン散乱光が放射される。光学デバイス20からのレイリー散乱光及びラマン散乱光は、対物レンズ330を通過し、ハーフミラー320によって光検出部60の方向に導かれる。
【0057】
光学デバイス20からのレイリー散乱光及びラマン散乱光は、集光レンズ340で集光されて、光検出部60に入力される。光検出部60では先ず、光フィルター610に到達する。光フィルター610(例えばノッチフィルター)によりラマン散乱光が取り出される。このラマン散乱光は、さらに分光器620を介して受光素子630にて受光される。分光器620は、例えばファブリペロー共振を利用したエタロン等で形成されて通過波長帯域を可変とすることができる。分光器620を通過する光の波長は、制御部71により制御(選択)することができる。受光素子630によって、試料分子1に特有のラマンスペクトルが得られ、得られたラマンスペクトルと予め保持するデータと照合することで、試料分子1を特定することができる。
【0058】
チャンバー10は、吸引口14Aと接続される吸引流路14Bと、排出口15Aと接続される排出流路15Bとを有する。試料分子1を含む流体試料は、吸引口14A(搬入口)からチャンバー10の内部に導入され、排出口15Aからチャンバー10の外部に排出される。吸引口14A側に除塵フィルター14Cを設けることができる。図15では、検出装置10は、ファン40を排出口15A付近に有し、ファン40を作動させると、チャンバー10内の圧力(気圧)が低下する。これにより、試料分子1と共に流体試料がチャンバー10に吸引される。流体試料は、吸引流路14Bを通り、光学デバイス20付近の流路を経由して排出流路15Bから排出される。このとき、試料分子1の一部が光学デバイス20の表面(電気伝導体)に吸着する。
【0059】
検査対象物質である試料分子1は、例えば麻薬やアルコールや残留農薬等の希薄な分子や、ウイルス等の病原体等を想定することができ、特に本実施形態はこれらの試料分子1をリアルタイムで検出するのに適している。
【0060】
なお、上記のように本実施形態について詳細に説明したが、本発明の新規事項および効果から実体的に逸脱しない多くの変形が可能であることは当業者には容易に理解できる。
【符号の説明】
【0061】
10 チャンバー、20 光学デバイス、30 光学系、40 ファン、50 光源、51 シャッター、60 光検出部、71 制御部、80 電源、90 計測部、100 検出装置、200 基材、220 金属ナノ粒子(凸部)、221 導体面、221A,221B 電源端子、221C,221D 計測端子、222 金属ナノ構造

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも片面を導体面とする基材と、
前記導体面に形成された1〜1000nmの凸部を有する金属ナノ構造と、
前記導体面と接続された電源端子と、
を有することを特徴とする光学デバイス。
【請求項2】
請求項1において、
前記導体面と接続された計測端子をさらに有することを特徴とする光学デバイス。
【請求項3】
光学デバイスと、
前記光学デバイスが配置され、流体試料が導入されるチャンバーと、
前記光学デバイスに光を照射する光源と、
前記光学デバイスから出射される光を検出する光検出部と、
電源と、
を有し、
前記光学デバイスは、
少なくとも片面を導体面とする基材と、
前記導体面に形成された1〜1000nmの凸部を有する金属ナノ構造と、
前記導体面及び前記電源と接続される電源端子と、
を有することを特徴とする検出装置。
【請求項4】
請求項3において、
前記光学デバイスは、前記導体面と接続された計測端子をさらに有し、
前記検出装置は、前記計測端子と接続され、電流及び電圧の一方を制御して前記光学デバイスの電気抵抗値を計測する計測部をさらに有することを特徴とする検出装置。
【請求項5】
請求項4において、
前記計測部からの出力に基づいて、前記光検出部にて検出する期間を含む第1モードと、前記金属ナノ構造に吸着された前記流体試料を離脱する第2モードとを実行制御する制御部をさらに有することを特徴とする検出装置。
【請求項6】
請求項5において、
前記制御部は、前記光学デバイスの電気抵抗値の減少に基づいて、前記第2モードから前記第1モードに切り換えることを特徴とする検出装置。
【請求項7】
請求項5または6において、
前記制御部は、前記光学デバイスの電気抵抗値の増加に基づいて、前記第1モードにて前記光源からの光照射を開始制御することを特徴とする検出装置。
【請求項8】
請求項3乃至7のいずれかにおいて、
前記光学デバイスは、前記金属ナノ構造側に前記光源からの光が入射され、前記流体試料を反映した光は前記導体表面で反射されることを特徴とする検出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2013−19747(P2013−19747A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−152733(P2011−152733)
【出願日】平成23年7月11日(2011.7.11)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】