説明

光学式グルコースセンサチップ

【課題】グルコースの良好な拡散を維持しつつ、少なくとも40℃の温度までセンシング膜から酵素等が溶出するのを抑制した光学式グルコースセンサチップを提供する。
【解決手段】ガラス基板と、この基板主面に形成され、その基板内に光を入射、放出させるための一対のグレーティングと、このグレーティング間に位置する前記基板主面に形成され、発色剤、グルコースを酸化または還元させる第1の酵素、この酵素による生成物と反応して発色剤を発色させる物質を発生する第2の酵素が、膜形成高分子化合物および架橋性高分子化合物により形成される膜体に保持されているグルコースセンシング膜とを備えることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学式グルコースセンサチップに関する。
【背景技術】
【0002】
光学式グルコースセンサチップとしては、例えば皮下組織の体液抽出で血糖値を間接的に調べる低侵襲型血糖測定用のものが開発されている。このセンサチップは、ガラス基板と、この基板表面に形成され、その基板内に光を入射、放出させるための一対のグレーティングと、このグレーティング間に位置する前記基板表面に形成されるグルコースセンシング膜とを備えた構造を有する。このグルコースセンシング膜は、発色剤(例えば3、3’、5、5’−テトラメチルベンジジン(TMBZ))、グルコースを酸化または還元させる酵素(例えばグルコースオキシダーゼ(GOD))、この第1の酵素による生成物と反応して発色剤を発色させる物質を発生する第2の酵素(例えばペルオキシダーゼ(POD))、および膜形成高分子化合物(例えばカルボキシメチルセルロース(CMC)のようなセルロース誘導体)を含有する。
【0003】
このような構造のグルコースセンサチップにおいて、皮膚と前記センシング膜の間にシート状ゲルを配して電界をかけると、皮下組織液中のグルコースが皮膚からゲルを透過して前記センシング膜に到達する。このとき、前記センシング膜中の発色剤であるTMBZがグルコースとGOD,PODの反応に起因して発色する。この状態で光を前記基板に入射しその基板表面と前記一方のグレーディングで屈折させると、その光は前記基板と発色したTMBZを含むセンシング膜の界面を伝播し、基板と他方のグレーティングの界面で屈折し、例えば受光素子で受光される。この受光したレーザ光強度は、前記グルコースセンシング膜の発色剤の発色により非発色時に受光素子で受光した光強度(初期強度)に比べて低下した値になり、その低下率から前記グルコースの濃度を検出する。
【0004】
皮下組織液中のグルコースを皮膚からセンシング膜に到達させる方法として、リバースイオントフォレシス法も考えられる。このリバースイオントフォレシス法では、貫通穴(ウエル)を有するアダプタを皮膚に当接させ、このアダプタにセンサチップをそのセンシング膜がウエル側に位置するように取り付け、前記ウエル内に水を含む抽出媒体を満たし、外部から微小電圧を加えて皮下組織液中のグルコースを皮膚から抽出媒体に抽出させ、さらに前記センシング膜に到達させてグルコース量を検出する方法である。このようなリバースイオントフォレシス法では水を含む抽出媒体を用いることから次のような問題が生じる。
【0005】
すなわち、前記グルコースセンサチップのセンシング膜は高分子量で水に溶けに難いくいCMCのような膜形成高分子化合物をバインダとして含むため、室温では水を含む抽出媒体であっても溶解が抑制されてチップ感度が保たれる。しかしながら、前記抽出媒体が加温状態になると、センシング膜の溶解が促進されるためにセンシング膜から発色剤や酵素が溶出され、チップ感度が低下するという問題があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、グルコースの良好な拡散を維持しつつ、少なくとも40℃の温度までセンシング膜から発色剤や酵素等が溶出するのを抑制した光学式グルコースセンサチップを提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によると、基板と、前記基板の主面に形成され、前記基板内に光を入射させ、前記基板外に光を放出させるための一対の光学要素と、前記光学要素間に位置する前記基板主面に形成され、発色剤、グルコースを酸化または還元させる第1の酵素、前記酵素の生成物と反応することにより前記発色剤を発色させる物質を発生する第2の酵素が、膜形成高分子化合物および架橋性高分子化合物により形成される膜体に保持されているグルコースセンシング膜と、を備えることを特徴とする光学式グルコースセンサチップが提供される。
【0008】
本発明によると、ガラス基板と、前記ガラス基板の主面に形成され、前記ガラス基板内に光を入射させ、前記ガラス基板外に光を放出させるための一対の光学要素と、前記光学要素が形成された前記基板の主面に形成され、前記基板より高屈折率の樹脂からなる光反射路層と、前記光反射路層上の前記光学要素間に形成され、発色剤、グルコースを酸化または還元させる第1の酵素、前記酵素の生成物と反応することにより前記発色剤を発色させる物質を発生する第2の酵素が、膜形成高分子化合物および架橋性高分子化合物により形成される膜体に保持されているグルコースセンシング膜と、を備えることを特徴とする光学式グルコースセンサチップが提供される。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、グルコースの良好な拡散を維持しつつ、センシング膜の溶解を抑制し、加温状態でも検体中のグルコース量を定量的に検出する光学式グルコースセンサチップを提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明に係る光学式グルコースセンサチップを図面を参照して詳細に説明する。
【0011】
(第1実施形態)
図1は、第1実施形態に係る光学式グルコースセンサチップを示す断面図である。
【0012】
ガラス基板1は、主面に例えば3nm以上の厚さのSiO2表層2を有する。光学要素は、前記SiO2表層2の両端部付近表面にその基板1内に光を入射、あるいは基板1内の光を放出させるためにそれぞれ形成されているもので、一対のグレーティング3を用いている。なお光学要素はプリズムなどで代用してもよい。これらのグレーティング3は、前記SiO2表層2より高い屈折率を有する例えば酸化チタンからなる。前記グレーティング3に比べて低屈折率を有する保護膜を、前記グレーティング3を覆うように形成してもよい。保護膜の材料は使用する薬液・検体と反応しないもの、例えばフッ素樹脂からなる。
【0013】
グルコースセンシング膜4は、前記グレーティング3間に位置する前記基板1のSiO2表層2に形成されている。このグルコースセンシング膜4は、膜形成高分子化合物および架橋性高分子化合物による膜体で構成されており、この膜体は、発色剤、グルコースを酸化または還元させる第1の酵素、この酵素による生成物と反応して発色剤を発色させる物質を発生する第2の酵素を、活性を保ったままで保持している。
【0014】
前記グルコースセンシング膜4中の酵素および発色剤は、例えば下記表1に示す組み合わせで用いられる。
【0015】
【表1】

【0016】
前記グルコースセンシング膜4に用いる膜形成高分子化合物としては、例えばセルロース系高分子化合物を挙げることができる。セルロース系高分子化合物としては、イオン性セルロース誘導体または非イオン性セルロース誘導体を用いることができる。
【0017】
イオン性セルロース誘導体は、例えばカルボキシメチルセルロース、硫酸セルロースまたはその塩化合物等のアニオン性セルロース誘導体およびその塩化合物、キチン、キトサン等のカチオン性セルロース誘導体またはそれらの塩酸塩などの塩化合物等を挙げることができ、これらは単体または混合物の形態で用いることができる。ここで、塩化合物としては、ナトリウム塩、カリウム塩等を挙げることができる。
【0018】
非イオン性セルロース誘導体は、例えばメチルセルロース、エチルセルロースのようなアルキルセルロース;ヒドロキエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースのようなヒドロキアルキルセルロース;ヒドロキプロピルメチルセルロース、ヒドロキプロピルエチルセルロース、ヒドロキジエチルセルロース、ヒドロキエチルメチルセルロースのようなヒドロキアルキルアルキルセルロース;およびミクロフィブロ化セルロース等を挙げることができ、これらは単体または混合物の形態で用いることができる。
【0019】
前記グルコースセンシング膜4に用いる架橋性高分子化合物としては、例えばヒドロキシル基、カルボキシル基、アミノ基、イオン性官能基から選ばれる少なくとも1つに基を持つ親水性モノマーと疎水性モノマーとの共重合体を挙げることができる。この親水性モノマーと疎水性モノマーとの共重合体は、特に2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとブチルメタクリレートとの共重合体であることが好ましいことを実験にて確認している。
【0020】
前記架橋性高分子化合物は、前記グルコースセンシング膜にこのグルコースセンシング膜の全組成物に関する重量比で10-4〜10重量%含有されることが好ましい。架橋性高分子化合物の含有量を全組成物に関する重量比で10-4重量%未満にすると、加温状態で膜体の膜構造が溶解して崩壊したり、膜構造中の空隙に保持している発色剤や酵素等が外部媒体に溶出したりすることを防ぐことが困難になる。他方、架橋性高分子化合物の含有量が10重量%を超えると、グルコースセンシング膜中の発色剤や酵素の量が相対的に低下してチップ感度が低下する虞がある。
【0021】
前記グルコースセンシング膜4は、膜構造の空隙中に透水性を付与するためのポリエチレングリコールまたはエチレングリコールをさらに含むことを許容する。これにより親水性が高まり、水をグルコース導入用の媒体にする場合には反応感度が高まる。
【0022】
次に、前述した図1に示す光学式グルコースセンサチップの作用を説明する。
【0023】
検体、例えば人体の皮膚に貫通穴(ウエル)を有するアダプタ(図示せず)を当接させ、このアダプタに前述したセンサチップをそのグルコースセンシング膜4がウエル側に位置するように取り付ける。アダプタはグルコースセンシング膜4が検体と直接接触するのを回避させ、センシングの再現性を高めることに寄与する。これにより生じる空隙、前記ウエル内に抽出媒体(例えば水、生理食塩水などの液体、検体やセンシング膜と直接的に反応せず、馴染むもの)を満たし、外部から検体に微小電圧を加えることにより、皮下組織液中のグルコースは皮膚から抽出媒体に抽出され、さらに抽出媒体から前記センシング膜4に浸透する。グルコースセンシング膜4を構成する酵素(酸化または還元酵素)、および発色剤の組み合わせが、例えば前記表1に示すにグルコースオキシターゼ(GOD)、ペルオキシターゼ(POD)および3,3’、5,5’−テトラメチルベンジジン(TMBZ)である場合、センシング膜4に浸透されたグルコースはGODによりを分解して過酸化水素を発生し、PODによりこの過酸化水素を分解して活性な酸素を放出し、この活性な酸素によりTMBZを発色させる。つまり、グルコース量に応じてTMBZの発色度合が変化する。
このような状態で、前記レーザ光源(例えばレーザダイオード)5からレーザ光を図示しない偏光フィルタを通して前記基板1裏面側に入射することにより、そのレーザ光が基板1のSiO2表層2と左側のグレーティング3の界面で屈折し、さらにSiO2表層2と発色した発色剤を含むグルコースセンシング膜4の界面で屈折してSiO2表層2を含む基板1を伝播する。この際、伝播する光のエバネッセント波は前記グルコースセンシング膜4でのグルコース量に基づく発色度合に応じて吸収される。前記基板1を伝播した光は、右側のグレーティング12から放出され、受光素子(例えばフォトダイオード)6で受光される。受光したレーザ光強度は、センシング膜4の非発色時に受光した光強度(初期強度)に比べて低下した値になり、その低下率からグルコース量を検出することが可能になる。
【0024】
第1実施形態の光学式グルコースセンサチップによるグルコース量の検出において、グルコースセンシング膜4は架橋性高分子化合を含み、高い耐膜溶解性を有するため、皮下組織液中のグルコースを皮膚から水を含む抽出媒体に抽出され、さらにグルコースセンシング膜4に浸透させる際、加温(例えば36℃前後)された水がグルコースと共にセンシング膜4に浸透しても、溶解されず、その膜中の酵素等の溶出が抑制される。
【0025】
特に、架橋性高分子化合物として例えばヒドロキシル基、カルボキシル基、アミノ基、イオン性官能基から選ばれる少なくとも1つに基を持つ親水性モノマーと疎水性モノマーとの共重合体を用いることによって、前記親水性モノマーによるグルコースセンシング膜での水の保持性を向上して、高い透水性を維持できると共に、疎水性モノマーによる高い耐膜溶解性を付与できる。このため、前記センシング膜において前記グルコースの存在による発色が十分になされて、良好な感度を維持しながら、膜構造の溶解や、加温状態での保持物質の溶解、酵素等の溶出をより確実に抑制できる。
【0026】
したがって、第1実施形態によれば加温状態でも検体中のグルコース量を長期間に亘って高感度で検出することが可能な光学式グルコースセンサチップ提供することができる。
【0027】
(第2実施形態)
図2は、第2実施形態に係る光学式グルコースセンサチップを示す断面図である。
【0028】
ガラス基板11主面の両端部付近には、光学要素である一対のグレーティング12がその基板11に光を入射、放出させるためにそれぞれ形成されている。これらのグレーティング12は、前記基板11より高い屈折率を有する例えば酸化チタンから作られている。前記基板11より高屈折率の熱硬化性または光硬化性の樹脂からなる光反射路層13は、前記グレーティング12を含む前記基板11の主面に形成されている。光反射路層13の主面は、前記グレーティング12を含む前記基板11の主面に平行になるように形成されている。グルコースセンシング膜14は、前記グレーティング12間に対応する前記光反射路層13部分の上に形成されている。このグルコースセンシング膜14は、グルコースを酸化または還元させる酵素、この酵素による生成物と反応して発色剤を発色させる物質を発生する酵素、発色剤、膜形成高分子化合物および架橋性高分子化合物を含む。
【0029】
前記光反射路層13は、表面が平滑で、10μm以上、より好ましくは10〜200μmの厚さを有することが好ましい。10μm以上の厚さを有する光反射路層は、光の伝播時における光強度の減衰を抑えることが可能になり、例えばレーザ光源のほかにLED光源を用いることが可能になる。
【0030】
前記グルコースセンシング膜14中の酵素および発色剤は、例えば前記表1に示す組み合わせで用いられる。
【0031】
前記グルコースセンシング膜14中の膜形成高分子化合物としては、例えばカルボキシメチルセルロース、ヒドロキシセルロース等のセルロース系高分子化合物を挙げることができる。この親水性モノマーと疎水性モノマーとの共重合体は、特に2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとブチルメタクリレートとの共重合体であることが好ましいことが実験で確認されている。
【0032】
前記グルコースセンシング膜14中の架橋性高分子化合物としては、第1実施形態で説明した例えばヒドロキシル基、カルボキシル基、アミノ基、イオン性官能基から選ばれる少なくとも1つに基を持つ親水性モノマーと疎水性モノマーとの共重合体を挙げることができる。
【0033】
前記架橋性高分子化合物は、第1実施形態で説明した理由から前記グルコースセンシング膜に10-4〜10重量%含有されることが好ましい。
【0034】
前記グルコースセンシング膜4は、透水性を付与するためのポリエチレングリコールをさらに含むことを許容する。
【0035】
次に、前述した図2に示す光学式グルコースセンサチップの作用を説明する。
【0036】
検体、例えば人体の皮膚に貫通穴(ウエル)を有するアダプタ(図示せず)を当接させ、このアダプタに前述したセンサチップをそのグルコースセンシング膜14がウエル側に位置するように取り付ける。前記ウエル内に水を含む抽出媒体を満たし、外部から微小電圧を加えることにより、皮下組織液中のグルコースは皮膚から媒体に抽出され、さらに前記センシング膜14に浸透する。グルコースセンシング膜14を構成する酵素(酸化または還元酵素)および発色剤の組み合わせが、例えば前記表1に示すにグルコースオキシターゼ(GOD)、ペルオキシターゼ(POD)および3,3’、5,5’−テトラメチルベンジジン(TMBZ)である場合、センシング膜14に浸透されたグルコースはGODによりを分解して過酸化水素を発生し、PODによりこの過酸化水素を分解して活性な酸素を放出し、この活性な酸素によりTMBZを発色させる。つまり、グルコース量に応じてTMBZの発色度合が変化する。
このような状態で、前記光源(例えばレーザダイオード)15からレーザ光を図示しない偏光フィルタを通して前記基板11裏面側に入射することにより、そのレーザ光は基板11を通してその主面と左側のグレーティング12の界面で屈折されて光導波路層13に入射され、さらにこの光導波路層13と発色した発色剤を含むグルコースセンシング膜14の界面で屈折されてその光導波路層13を伝播する。この際、伝播される光のエバネッセント波は前記グルコースセンシング膜14でのグルコース量に基づく発色度合に応じて吸収される。前記光導波路層13を伝播した光は、右側のグレーティング12から放出され、受光素子(例えばフォトダイオード)16で受光される。受光したレーザ光強度はセンシング膜14の非発色時に受光した光強度(初期強度)に比べて低下した値になり、その低下率からグルコース量を検出することが可能になる。
【0037】
第2実施形態の光学式グルコースセンサチップによるグルコース量の検出において、グルコースセンシング膜14は架橋性高分子化合を含み、高い耐膜溶解性を有するため、皮下組織液中のグルコースを皮膚から水を含む抽出媒体に抽出し、さらにグルコースセンシング膜14に浸透させる際、加温(例えば36℃前後)された水がグルコースと共にセンシング膜14に浸透しても、膜体の膜構造が溶解されず、その膜体中に保持されている酵素等の溶出が抑制される。
【0038】
特に、架橋性高分子化合物として例えばヒドロキシル基、カルボキシル基、アミノ基、イオン性官能基から選ばれる少なくとも1つに基を持つ親水性モノマーと疎水性モノマーとの共重合体を用いることによって、前記親水性モノマーによるグルコースセンシング膜での水の保持性を向上して、高い透水性を維持できると共に、疎水性モノマーによる高い耐膜溶解性を付与できる。このため、前記センシング膜において前記グルコースの存在による発色が十分になされて、良好な感度を維持しながら、加温状態での膜体の膜構造の崩壊、膜体保持されている発色剤や酵素の溶出をより確実に抑制できる。
【0039】
したがって、第2実施形態によれば加温状態でも検体中のグルコース量を長期間に亘って高感度で検出することが可能な光学式グルコースセンサチップ提供することができる。
【0040】
また、前述した第1、第2の実施形態において、センシング膜に配合される膜形成高分子化合物としてヒドロキシエチルセルロースのような非イオン性セルロース誘導体を用いることが有用である。
【0041】
すなわち、カルボキシメチルセルロースのようなイオン性セルロース誘導体を膜形成高分子化合物としてセンシング膜に配合すると、抽出媒体の塩濃度の変化に伴って粘度等の物性値が変動するため、検体中のグルコース量の検出感度が変動する。前述した非イオン性セルロース誘導体は、抽出媒体の塩濃度が変化しても粘度等の物性値が変動しないため、抽出媒体に含まれる塩濃度変化に対する検体中のグルコース量の検出感度依存性を示さないセンシング膜を設計することが可能になる。
【0042】
したがって、非イオン性セルロース誘導体を膜形成高分子化合物としてセンシング膜に配合することによって、抽出媒体に含まれる塩濃度が変化(例えば0.00001wt%から1wt%にNaClの濃度が変化)しても検体中のグルコース量を安定した感度で検出することが可能な光学式グルコースセンサチップ提供することができる。
【0043】
以下、本発明の実施例を説明する。
【0044】
(実施例1)
イソプロピルアルコール(IPA)1436μL、純水956μL、0.01モル/L、pH6.0のリン酸緩衝液210μL、1体積%のポリエチレングリコール(PEG)のイソプロピルアルコール溶液60μL、1mg/mLの3,3’、5,5’−テトラメチルベンジジン(TMBZ)、のイソプロピルアルコール溶液600μL、2重量%のカルボキシメチルセルロース(CMC)水溶液640μL、1重量%の架橋高分子化合物(2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとブチルメタクリレートとの共重合体)水溶液8μL、0.67mg/mLのペルオキシターゼ(POD)溶液(0.01モル/Lのリン酸緩衝液(pH:6.0)に溶解)および5.33mg/mLのグルコースオキシダーゼ(GOD)溶液(0.01モル/Lのリン酸緩衝液(pH:6.0)に溶解)を混合、撹拌してグルコースセンシング膜生成用塗布液4000μLを調製した。
【0045】
次いで、主面に厚さ10nmのSiO2表層を有する屈折率1.52の無アルカリガラス基板を用意し、この基板のSiO2表層に屈折率2.2〜2.4、厚さ50nmの酸化チタン膜をスパッタリングにより成膜した。つづいて、この酸化チタン膜に上にレジストの塗付、乾燥、リソグラフィーによりレジストパターンを形成した。ひきつづき、レジストパターンをマスクとしてリアクティブイオンエッチングにより酸化チタン膜を選択的に除去することにより、前記SiO2表層の両端部付近表面にグレーティングを形成した後、レジストパターンをアッシングにより除去した。
【0046】
次いで、前記基板を酸素RIEによりドライ洗浄した後、ダイシングにより17mm×6.5mmの寸法に裁断してチップ形状にした。つづいて、前記グルコースセンシング膜生成用塗布液を前記基板のグレーティング間に位置するセンシング膜形成領域の表面に8μL滴下する。不活性ガスのパージ、真空乾燥により乾燥させて多孔質(透水性)で厚さ0.8μmの膜体を形成し、前述した図1に示す光学式グルコースセンサチップを製造した。なお、滴下されたグルコースセンシング膜生成用塗布液の液滴は以下の組成を有するものであった。
【0047】
・リン酸緩衝液:0.000525モル/L
・PEG:0.15体積%
・TMBZ:0.15mg/dL
・POD:0.0015mg/mL
・GOD:0.012mg/mL
・CMC:0.32重量%
・2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとブチルメタクリレートとの共重合体:0.002重量%
貫通穴(ウエル)を有するアダプタを適切な平板(例えばガラス板)に当接させ、このアダプタに前述したセンサチップをそのグルコースセンシング膜がウエル側に位置するように取り付け、ウエルを区画した。グルコースを0mg/dL(含まない),0.05mg/dL,0.2mg/dL,0.5mg/dL,1mg/dLを含む各々の水溶液を、各ウエル内に満たし、温度25℃、37℃の下で前記水溶液を前記センシング膜に浸透させた。このとき、グルコースセンシング膜の膜構造はグルコースオキシターゼ(GOD)、ペルオキシターゼ(POD)および3,3’、5,5’−テトラメチルベンジジン(TMBZ)を活性を保ったまま保持しているため、浸透されたグルコースはGODによりを分解して過酸化水素を発生し、PODによりこの過酸化水素を分解して活性な酸素を放出し、この活性な酸素によりTMBZが発色した。事実、グルコース量に応じてTMBZの発色度合が変化したことが確認された。
【0048】
ウエルにグルコースを含まない水を満たした形態(温度25℃、37℃)において、図1に示すようにレーザダイオード5からレーザ光を偏光フィルタを通して前記基板1裏面側に入射することにより、そのレーザ光を基板1のSiO2表層2と左側のグレーティング3の界面で屈折させ、さらにSiO2表層2と発色した発色剤を含むグルコースセンシング膜4の界面で屈折してSiO2表層2を含む基板1を伝播させ、右側のグレーティング3と基板1の界面での屈折により伝播したレーザ光をフォトダイオード6で受光し、その光強度(初期光強度)を検出した。
【0049】
また、ウエルにグルコースを含む水を満たした形態(温度25℃、37℃)において、同様な方法によりレーザ光をSiO2表層2と発色した発色剤を含むグルコースセンシング膜4の界面で屈折してSiO2表層2を含む基板1を伝播させた後、そのレーザ光強度(測定光強度)を検出した。
【0050】
前記グルコースセンサチップで得られた25℃、37℃での初期光強度および測定光強度から次式に従って低下率(感度)を求めた。
【0051】
低下率(%)=[(初期光強度−測定光強度)/初期光強度]×100
その結果を図3に示す。
【0052】
図3から明らかように実施例1のセンサチップは、グルコース濃度0.05〜1.0mg/dLでその感度がグルコース濃度依存性を示し、かつ測定時の温度が25℃と37℃の間で一定の感度を示すことがわかる。すなわち、加温状態でも検体中のグルコース量を高感度で検出することが可能であることがわかる。
【0053】
(実施例2)
実施例1のCMCの代わりにヒドロキシエチルセルロース(HEC)をグルコースセンシング膜生成用塗布液の液滴中に0.32重量%になるように配合した以外、実施例1と同様にセンシング膜を形成し、前述した図1に示す光学式グルコースセンサチップ(以下、センサチップAと称す)を製造した。
【0054】
得られたセンサチップAと実施例1と同様なグルコースセンサチップ(以下、センサチップBと称す)を用い、ウエル内にグルコースを0.25mg/dLを含み、0〜154mモルの異なるNaCl濃度の水溶液(温度37℃)をそれぞれ満たした以外、実施例1と同様な方法でNaCl濃度に対する感度を求めた。その結果を図4に示す。
【0055】
図4から明らかようにカルボキシメチルセルロース(CMC)を膜形成高分子化合物として含むセンシング膜を有するセンサチップBは、感度が0〜154mモルのNaCl濃度範囲でその濃度に依存して変動することがわかる。
【0056】
これに対し、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)を膜形成高分子化合物として含むセンシング膜を有するセンサチップAは、感度が0〜154mモルのNaCl濃度範囲でその濃度に依存せず、一定であることがわかる。すなわち、センサチップAは抽出媒体のNaCl濃度が変化しても検体中のグルコース量を安定した感度で検出することが可能であることがわかる。
【0057】
なお、基板より高屈折率の熱硬化性樹脂または光硬化性樹脂からなる光反射路層を有する図2に示すグルコースセンサチップをおいても、実施例1と同様に加温状態で検体中のグルコース量を高感度で検出することが可能で、実施例2と同様にNaCl濃度(塩濃度)が変化しても検体中のグルコース量を安定した感度で検出することが可能であった。
【0058】
また、前記実施形態・実施例においてはひとつのグルコースセンシング膜が保持する第1の酵素・第2の酵素・発色剤はそれぞれ一種の材料のみが選択され加えられているが、使用目的に応じて複数の材料を混在させてもよい。架橋性高分子化合物、膜形成高分子化合物においても同様、本発明の趣旨の範囲内で、使用目的に応じて複数の材料を混在させてもよい。
【0059】
さらに、前記実施形態においては基板としてガラスを用いているが、参照光を伝播し透過する特性を有していれば、この材質は限定されない。単結晶による膜体や、熱硬化性樹脂材料、熱可塑性樹脂材料、光硬化性樹脂材料など、種々の樹脂材料を用いることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】第1実施形態に係るグルコースセンサチップを示す断面図。
【図2】第2実施形態に係るグルコースセンサチップを示す断面図。
【図3】実施例1のグルコースセンサチップにおける25℃、37℃での異なるグルコース量の測定感度を示す線図。
【図4】実施例2の各グルコースセンサチップにおけるNaCl濃度の変化に対するグルコース量の測定感度を示す線図。
【符号の説明】
【0061】
1,11…ガラス基板、2…SiO2表層、3,12…グレーディング、4,14…グルコースセンシング膜、5,15…レーザ光源(レーザダイオード)、6,16…受光素子(フォトダイオード)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
前記基板の主面に形成され、前記基板内に光を入射させ、前記基板外に光を放出させるための一対の光学要素と、
前記光学要素間に位置する前記基板主面に形成され、発色剤、グルコースを酸化または還元させる第1の酵素、前記酵素の生成物と反応することにより前記発色剤を発色させる物質を発生する第2の酵素が、膜形成高分子化合物および架橋性高分子化合物により形成される膜体に保持されているグルコースセンシング膜と、
を備えることを特徴とする光学式グルコースセンサチップ。
【請求項2】
ガラス基板と、
前記ガラス基板の主面に形成され、前記ガラス基板内に光を入射させ、前記ガラス基板外に光を放出させるための一対の光学要素と、
前記光学要素が形成された前記基板の主面に形成され、前記基板より高屈折率の樹脂からなる光反射路層と、
前記光反射路層上の前記光学要素間に形成され、発色剤、グルコースを酸化または還元させる第1の酵素、前記酵素の生成物と反応することにより前記発色剤を発色させる物質を発生する第2の酵素が、膜形成高分子化合物および架橋性高分子化合物により形成される膜体に保持されているグルコースセンシング膜と、
を備えることを特徴とする光学式グルコースセンサチップ。
【請求項3】
前記架橋性高分子化合物は、親水性モノマーと疎水性モノマーとの共重合体であることを特徴とする請求項1または2記載の光学式グルコースセンサチップ。
【請求項4】
前記架橋性高分子化合物は、ヒドロキシル基、カルボキシル基、アミノ基、イオン性官能基から選ばれる少なくとも1つに基を持つ親水性モノマーと疎水性モノマーとの共重合体であることを特徴とする請求項1または2記載の光学式グルコースセンサチップ。
【請求項5】
前記親水性モノマーと疎水性モノマーとの共重合体は、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとブチルメタクリレートとの共重合体であることを特徴とする請求項3または4記載の光学式グルコースセンサチップ。
【請求項6】
前記グルコースセンシング膜は、透水性を付与するためのポリエチレングリコールをさらに含むことを特徴とする請求項1または2記載の光学式グルコースセンサチップ。
【請求項7】
前記第1の酵素は、グルコースオキシターゼであり、前記第2の酵素はペルオキシターゼであり、前記発色剤は、3,3,5,5−テトラメチルベンジジンまたはN,N’−ビス(2−ハイドロキシ−3−スルホプロピル)トリジンの少なくともいずれか一方であることを特徴とする請求項1または2記載の光学式グルコースセンサチップ。
【請求項8】
前記膜形成高分子化合物は、非イオン性セルロース誘導体であることを特徴とする請求項1または2記載の光学式グルコースセンサチップ。
【請求項9】
前記非イオン性セルロース誘導体は、アルキルセルロース、ヒドロキシアルキルセルロースおよびヒドロキアルキルアルキルセルロースの群から選ばれる少なくとも1つであることを特徴とする請求項8記載の光学式グルコースセンサチップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−275994(P2006−275994A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−101375(P2005−101375)
【出願日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】