説明

光学活性アミノ酸の製造方法

【課題】医薬、農薬の原料として幅広く利用されている光学活性アミノ酸を高純度かつ高収率で容易に取得する方法を提供する。
【解決手段】炭素数1〜3のアルコール及びアセトンから選ばれる1種以上を含む水溶液中で、光学活性アミノ酸のD体とL体の混合物と光学活性4−メチル吉草酸誘導体を混合後、晶析し、得られた光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体からなるジアステレオマー塩結晶を分離取得する工程を含むことを特徴とする光学活性アミノ酸の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学活性アミノ酸のD体とL体の混合物から、医薬、農薬の原料として幅広く利用されている光学活性アミノ酸を高純度かつ高収率で容易に取得する方法に関するものであり、医薬、農薬中間体の製造方法として大変有用である。
【背景技術】
【0002】
光学活性アミノ酸は、医薬、農薬の原料として幅広く利用されており、特に医薬、農薬の不斉源として多く用いられている。光学活性アミノ酸の製造方法は、(1)バイオ触媒を利用した製造法、(2)不斉有機合成技術を利用した製造法、(3)光学分割剤を利用した製造法に分類(非特許文献1)される。バイオ触媒を利用した製造法は、微生物等が有する酵素を利用した酵素反応が広く知られている。例えば、酵素反応に利用される酵素として、リパーゼ、ヒダントイナーゼ、アミノデヒドロゲナーゼ、アミダーゼなどが挙げられる。光学活性2−アミノ酪酸は、アミダーゼによる製造法(特許文献1)が報告されており、2−アミノ酪酸アミドを酵素反応の基質とした立体選択的なアミド加水分解を経て合成される。光学活性tert−ロイシンは、ヒダントイナーゼ、アミノデヒドロゲナーゼ、アミダーゼによる製造法(特許文献2、非特許文献2)が報告されている。しかし、バイオ触媒を利用した製造法は、酵素の基質適用範囲が非常に狭いため、特定のアミノ酸のみにしか適用できない場合が多い。また、酵素反応に用いる酵素が使用できる温度、pH、基質濃度、溶媒等の条件は限定されており、使用条件を逸脱すると酵素の反応活性は著しく低下してしまう。したがって、酵素反応は穏やかな条件で行わなくてはならず、酵素反応の速度も遅いため、生産効率の面では問題がある。
【0003】
不斉有機合成技術を利用した製造法(非特許文献3)は、不斉Strecker合成、デヒドロアミノ酸の不斉水素化反応、不斉C−Cカップリング反応、不斉C−Nカップリング反応などがあげられる。不斉Strecker合成では、脂肪族アミノ酸の合成が困難であったが、ジルコニウムアルコキシドと光学活性なビナフトール化合物から得られるキラルジルコニウム触媒を用いた光学活性tert−ロイシンの製造(特許文献3、非特許文献4)が報告されている。また、不斉C2対称アンモニウム塩を相間移動触媒として、グリシン誘導体へて不斉C−Cカップリング反応を行う光学活性アミノ酸の製造方法も報告されており、光学活性2−アミノ酪酸や光学活性tert−ロイシンのような非天然光学活性アミノ酸の合成(特許文献4、非特許文献5)も報告されている。しかし、多いものでは基質に対し20mol%にも達するほど使用触媒量が多いことが問題である。したがって、触媒にかかるコスト面、触媒除去に関わる操作の煩雑さが原因となり工業的な利用は困難である。また、製造される光学活性アミノ酸の光学純度も、バイオ触媒を利用した製造法に比べると低く、製品の品質面でも実用的ではない。
【0004】
従って、光学分割剤を利用した光学活性アミノ酸の製造法は、古くから行われているにも関わらず、現在も広く利用されている。例えば、フェニルグリシン誘導体はヒダントイナーゼをバイオ触媒として用いた製造法(特許文献5、非特許文献6)が報告されているが、光学活性スルホン酸を光学分割剤に用いた製造法(特許文献6、非特許文献7)も報告されており、光学分割剤の利用も光学活性アミノ酸の製造法として有用である。光学活性2−アミノ酪酸も、光学活性スルホン酸(非特許文献8)、光学活性マンデル酸(特許文献7)および光学活性フェノキシプロピオン酸(特許文献8)を光学分割剤に用いた光学分割による製造法が報告されている。しかし、光学活性スルホン酸による方法は、分割剤が高価かつ入手困難である。また、光学分割により取得された光学活性アミノ酸のジアステレオマー塩は、酸や塩基添加による中和を経なければ光学分割剤と光学活性アミノ酸の分液抽出はできず、光学分割剤と光学活性アミノ酸の回収操作が煩雑であった。さらに、光学活性マンデル酸や光学活性フェノキシプロピオン酸(特許文献9)は製造が困難かつ高価であり、工業的に取り扱いの困難な固体粉末であることからも大規模製造プロセスへの適用は困難である。したがって、光学活性2−アミノ酪酸や光学活性tert−ロイシンのような非天然光学活性アミノ酸の製造において、安価かつ取り扱いの容易な光学分割剤の利用が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−253294号公報
【特許文献2】特開2002−253293号公報
【特許文献3】特許第3634207号公報
【特許文献4】特開2001−48866号公報
【特許文献5】特開平9−187286号公報
【特許文献6】米国特許第6639103号明細書
【特許文献7】特開昭53−119844号公報
【特許文献8】特開2006−169158号公報
【特許文献9】特許第4005168号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Angew.Chem.Int.Ed.,43,788(2004)
【非特許文献2】Tetrahedron Asymmetry,6(12),2851(1995)
【非特許文献3】Angew.Chem.Int.Ed.,42,4290(2003)
【非特許文献4】J.Am.Chem.Soc.,122,762(2000)
【非特許文献5】Angew.Chem.Int.Ed.,46,4222(2007)
【非特許文献6】Tetrahedron Asymmetry,8(1),85(1997)
【非特許文献7】第3回ライフサイエンス研究会要旨集,p.52(1987)
【非特許文献8】Bull.Chem.Soc.Jpn.,167,3012(1994)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、医薬、農薬の原料として幅広く利用されている光学活性アミノ酸を高純度かつ高収率で容易に取得する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
一般に、光学活性アミノ酸を高純度かつ高収率で回収するためには、晶析操作が望ましい。晶析操作では、光学活性アミノ酸を非常に純度の高い結晶として取得することが可能であり、製造時に特別な装置を必要とすることなくろ過や遠心分離等の既存の手法により容易に回収ができる。しかし、光学活性アミノ酸のみを晶析による操作で高純度に取得することは困難であり、実際に晶析法により光学分割を行える光学活性化合物の例は少ない。通常は、光学異性体は溶媒への溶解度等の化学的性質に差異がほとんど生じないため、晶析による光学異性体の分離は難しい。一方、光学活性アミノ酸へ光学活性化合物を作用させて、ジアステレオマー塩を形成させた場合、そのジアステレオマー塩の化学的性質はアミノ酸の光学異性体の差異により大きく変化する。したがって、光学活性化合物を作用させて形成するジアステレオマー塩の溶媒への溶解度の差を利用して、晶析を行う光学分割剤を利用したプロセスに着目し、鋭意検討を行った。
【0009】
ジアステレオマー塩の溶媒への溶解度差を利用した晶析では、分割剤を見つける必要がある。しかし、(i)ジアステレオマー塩が結晶しない、(ii)ジアステレオマー塩間の溶解度差が小さすぎる、(iii)ジアステレオマー複塩ができる、(iv)ジアステレオマー塩の固溶体ができるなどの要因により、光学分割操作がうまく行われない場合が多い。また、晶析に使用される溶媒も、光学分割へ影響を与える場合もある。したがって、適当な分割剤の予測は困難であり、できるだけ多種類の分割剤かつ晶析条件の探索を行わなければならない。そこで、光学分割の対象であるアミノ酸は、塩基性置換基であるアミノ基、酸性置換基であるカルボキシル基を有しているため、光学活性カルボン酸などの光学活性酸性有機化合物および光学活性アミンなどの光学活性塩基性有機化合物を光学分割剤候補として、晶析による光学分割スクリーニングを行った。その結果、光学活性酸性有機化合物、特に光学活性カルボン酸である光学活性4−メチル吉草酸誘導体が優れた光学分割剤となることを見出した。また、晶析時の溶媒の検討を行い、C1〜C3のアルコール、アセトンのいずれか1種以上を含む水溶液における晶析操作により光学活性アミノ酸のジアステレオマー塩を高収率かつ高純度で工業的に容易に取得できることを見出した。さらには、ジアステレオマー塩を水とメチル−tert−ブチルエーテルの2種の溶媒を用いた分液抽出操作を行い、水層より光学活性アミノ酸を、メチル−tert−ブチルエーテル層より光学活性4−メチル吉草酸誘導体を分離取得できることを見出し、本発明に到達した。
【0010】
即ち、本発明は、光学活性アミノ酸を光学活性4−メチル吉草酸誘導体を光学分割剤として分割晶析を行い、光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体からなるジアステレオマー塩、更には光学活性アミノ酸を高純度かつ高収率で工業的に容易に分離取得するための、以下の1)〜4)に示す製造方法に関する。
1)炭素数1〜3のアルコール及びアセトンから選ばれる1種以上を含む水溶液中で、一般式(1)に示す光学活性アミノ酸のD体とL体の混合物と該アミノ酸に対し0.85〜1.0モル当量の一般式(2)で示される光学活性4−メチル吉草酸誘導体を混合後、晶析し、得られた光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体からなるジアステレオマー塩結晶を分離取得する工程を含むことを特徴とする光学活性アミノ酸の製造方法。
【化1】

【化2】

2)光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体の混合物を加熱後、冷却して光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体からなるジアステレオマー塩結晶を析出させてから該結晶を分離する1)に記載の光学活性アミノ酸の製造方法。

3)前記ジアステレオマー塩に対して、光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体をそれぞれ選択的に溶解し、かつ均一に溶解しあわない2種の溶媒を用いて分液抽出を行なうことにより光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体に分離する工程を含む1)に記載の光学活性アミノ酸の製造方法。

4)溶媒として水とメチル−tert−ブチルエーテルを使用し、水層より光学活性アミノ酸を、メチル−tert−ブチルエーテル層より光学活性4−メチル吉草酸誘導体を回収取得する3)に記載の光学活性アミノ酸の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の光学活性アミノ酸の製造方法は、光学活性アミノ酸を光学活性4−メチル吉草酸誘導体を光学分割剤として分割晶析を行い、医薬、農薬の中間体原料として幅広く利用される光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体からなるジアステレオマー塩を高純度かつ高収率で工業的に容易に分離取得し、さらには、簡便な分液抽出操作により光学活性アミノ酸を取得することができる。これによって、製造時に特別な装置を必要とすることがない。また、特殊な晶析溶媒を用いることもないため、容易に工業化スケールまで光学活性アミノ酸の製造プロセスの大型化が可能となった。光学活性4−メチル吉草酸誘導体は、天然アミノ酸である光学活性ロイシンから容易に製造することができるため、工業的に安価な光学分割剤の使用となる。さらに、光学活性4−メチル吉草酸誘導体は簡便な分液抽出操作のみで回収が可能かつ液体であるため移送もしやすく、容易に蒸留等の簡便な操作によって精製、再利用もできる。ゆえに、光学分割剤の原料コストがかからない経済面からも有利なプロセスとなる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の対象となる光学活性アミノ酸は特に制限はないが、天然型および非天然型のいずれのアミノ酸でもよい。本発明は、特に一般式(1)に示す光学活性アミノ酸、例えば2−アミノ酪酸、tert−ロイシン、フェニルグリシンなどに対して好適に実施される。また光学活性アミノ酸のD体とL体の混合物はその製法に特に制限はないが、例えば、アミノ酸のストレッカー合成などの化学合成反応や光学活性アミノ酸の化学的または生物学的ラセミ化反応により得られる。
【0013】
光学活性アミノ酸のD体とL体の混合物は、塩酸、硫酸またはりん酸などの無機酸あるいはカルボン酸、フェノールなどの有機酸、および水酸化ナトリウム、水酸化カリウムまたは水酸化カルシウムなどの無機塩基あるいはアミンなどの有機塩基と形成される塩の状態ではないことが望ましい。アミノ酸が塩を形成している場合は、アミノ酸が光学活性4−メチル吉草酸誘導体とのジアステレオマー塩生成ができない場合や光学活性4−メチル吉草酸誘導体がアミノ酸との共役酸あるいは共役塩基と塩を形成してしまう場合があるため、光学活性アミノ酸の収率が低下するだけでなく、光学純度も著しく低下させる場合がある。したがって、アミノ酸が塩を形成している場合には、イオン交換樹脂を担体としたカラムクロマトグラフィーやイオン交換樹脂からなる半透膜を備えた電気透析装置での脱塩処理、再結晶精製、溶媒洗浄などの処理を行い、アミノ酸の電離状態を遊離状態とすることが好ましい。
【0014】
一方、アミノ酸を水溶液中などに溶解させてpHを等電点に調整してアミノ酸の電離状態を遊離状態する方法や、アミノ酸との共役酸または共役塩基と塩を形成するような強塩基または強酸を添加してアミノ酸を遊離させる方法もあるが、この場合、電離状態が遊離したアミノ酸に加えて酸、塩基および塩も混入するために、光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体とのジアステレオマー塩を結晶として取得する際に、酸、塩基および塩も混入しジアステレオマー塩の化学純度を低下させることがあるため好ましくない。
【0015】
光学活性アミノ酸のD体とL体の混合物へ光学活性4−メチル吉草酸誘導体を添加する。このとき、光学活性4−メチル吉草酸誘導体は、一般式(2)で示され、具体的には光学活性2−クロロ−4−メチル吉草酸、光学活性2−ブロモ−4−メチル吉草酸及び光学活性2−ヨード−4−メチル吉草酸が挙げられる。特に、光学活性2−クロロ−4−メチル吉草酸が好ましい。また、光学活性4−メチル吉草酸誘導体の使用量は、光学活性アミノ酸のD体とL体の混合物へ光学活性4−メチル吉草酸誘導体をジアステレオマー塩として晶析の対象となる光学活性アミノ酸に対し0.85〜1.0モル当量が好ましい。0.85モル当量に満たない場合には、得られるジアステレオマー塩の収率が低下してしまう。一方、1.0モル当量を超える場合には、ジアステレオマー塩は高収率に得られるが光学純度が低下してしまう。
【0016】
前述の光学活性アミノ酸のD体とL体の混合物への光学活性4−メチル吉草酸誘導体添加混合物へ晶析操作を行うための溶媒を加える。晶析操作を行うための溶媒は、溶媒を加温したときに光学活性アミノ酸のD体とL体の混合物および光学活性4−メチル吉草酸誘導体を溶解し、冷却晶析時に光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体とのジアステレオマー塩が難溶性となり結晶として析出かつジアステレオマー塩を形成しない他方の光学活性アミノ酸が溶解する性状のものが好ましい。例えば、炭素数1〜3のアルコール及びアセトンから選ばれる1種以上を含む水溶液が好ましい溶媒として挙げられる。さらには、これらの水溶液の組成も光学活性アミノ酸のジアステレオマー塩とジアステレオマー塩を形成しない光学活性アミノ酸の溶解度の差の点から重要であり、上記溶媒中のアルコールやアセトンは10〜50体積%が好適である。10体積%に満たない場合には、得られる光学活性アミノ酸のジアステレオマー塩の回収量は低下する。一方、50体積%を超える場合は、光学活性アミノ酸のジアステレオマー塩結晶とともに、ジアステレオマー塩を形成しない他方の光学活性アミノ酸も析出してしまうため、光学活性アミノ酸のジアステレオマー塩の純度は低下する。例えば光学活性2−アミノ酪酸を対象に光学活性2−クロロ−4−メチル吉草酸とのジアステレオマー塩を取得する場合であれば、溶媒中のメタノール組成は20〜40体積%、エタノール組成は10〜20体積%、アセトン組成は20〜40体積%が好適である。
【0017】
溶媒の使用量は、晶析操作において加温した際に、光学活性アミノ酸のD体とL体の混合物および光学活性4−メチル吉草酸誘導体のいずれも溶解し、冷却晶析時に光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体とのジアステレオマー塩が難溶性となり結晶として析出かつジアステレオマー塩を形成しない他方の光学活性アミノ酸が溶解する範囲であればよい。上記条件を満たす溶媒の使用量は、光学活性アミノ酸のD体とL体の当量混合物に対し、2〜50重量倍の溶媒が添加されれば良く、さらには5〜20重量倍の範囲が好ましい。溶媒使用量が2重量倍に満たない場合には、ジアステレオマー塩を形成しない他方の光学活性アミノ酸が完全に溶解できないため、光学活性アミノ酸のジアステレオマー塩の純度は低下してしまう。一方、50重量倍を超える場合には、ジアステレオマー塩の溶媒への溶解によりジアステレオマー塩の回収率は低下する。例えば、メタノール30体積%の水溶液を溶媒として用い、光学活性2−アミノ酪酸を対象に光学活性2−クロロ−4−メチル吉草酸とのジアステレオマー塩を取得する場合であれば、光学活性2−アミノ酪酸のD体とL体の当量混合物に対し、5〜20重量倍の溶媒が添加されれば良く、さらには8〜15重量倍の範囲が好ましい。
【0018】
晶析操作では、はじめに光学活性アミノ酸のD体とL体の混合物および光学活性4−メチル吉草酸誘導体のいずれも溶解する必要があるため、晶析に用いる溶媒を添加後、60℃〜溶媒の沸点温度へ加温、溶解する。必要に応じて、操作液の撹拌を行うと良い。その後、操作液を5〜40℃へ冷却して、ジアステレオマー塩を析出させる。例えば、メタノール30体積%の水溶液を溶媒として用い、光学活性2−アミノ酪酸を対象に光学活性2−クロロ−4−メチル吉草酸とのジアステレオマー塩を取得する場合であれば、光学活性2−アミノ酪酸のD体とL体の当量混合物に対し、10重量倍の溶媒を添加し、90℃で加温溶解操作を行い、20℃まで冷却操作を行うことにより好適に高純度なジアステレオマー塩が取得できる。加温時の温度が60℃に満たない場合には、光学活性アミノ酸のD体とL体の混合物および光学活性4−メチル吉草酸誘導体が十分に溶解できないため、高純度なジアステレオマー塩を取得することができない。また、沸点以上に加温を行った場合は、光学活性アミノ酸や光学活性4−メチル吉草酸誘導体の分解、副反応が起こり、得られるジアステレオマー塩の収率および純度が低下するだけでなく、操作が危険になる。冷却を行う場合、5℃よりも低く冷却をしてしまうと、ジアステレオマー塩を形成しない他方の光学活性アミノ酸も析出してしまうため、ジアステレオマー塩の純度を低下させることになる。また、冷却後の温度が40℃を超える場合には、十分にジアステレオマー塩を析出できないため、回収率を低下させてしまう。
【0019】
晶析操作により析出した結晶ジアステレオマー塩は、ろ過、遠心分離などの固液分離により回収できる。結晶は、必要に応じてジアステレオマー塩を形成しない他方の光学活性アミノ酸を溶解する溶媒、例えば晶析に用いた同一の溶媒で洗浄すると良い。また、ジアステレオマー塩結晶について、例えば晶析に用いた同一の溶媒を用いて再結晶を1〜3回の繰り返し行うことにより、さらなる光学純度向上を図ることもできる。
【0020】
得られた結晶ジアステレオマー塩は、光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体をそれぞれ選択的に溶解し、かつ均一に溶解しあわない2種の溶媒を用いて分液抽出を行なうことにより光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体に分離することができる。例えば、水とメチル−tert−ブチルエーテルを抽出溶媒に用いて分液抽出を行なうことにより光学活性アミノ酸は水へ、光学活性4−メチル吉草酸誘導体はメチル−tert−ブチルエーテルへ選択的に溶解する。抽出後の水層を濃縮すると光学活性アミノ酸が晶析するため、ろ過、遠心分離などの固液分離により光学活性アミノ酸を結晶として回収できる。さらには、分液抽出の際に、光学活性アミノ酸と等モル当量の酸を添加することにより、より高選択的に光学活性アミノ酸を酸塩として水層へ抽出することができる。その際に用いる酸は、光学活性4−メチル吉草酸誘導体より強酸性を示す酸を用いればよく、例えば、塩酸、硫酸、硝酸などがあげられる。メチル−tert−ブチルエーテルへ溶解した光学活性4−メチル吉草酸誘導体は、メチル−tert−ブチルエーテルを留去後、蒸留等による精製し、光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体からなるジアステレオマー塩結晶の生成へ再使用することもできる。
【0021】
このように、本発明の方法を用いることによって、光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体からなるジアステレオマー塩および光学活性アミノ酸を高純度かつ高収率で工業的に容易に分離取得できるようになった。例えば、医薬、農薬の原料として幅広く利用されている光学活性な2−アミノ酪酸、tert−ロイシン、フェニルグリシンを高純度かつ高収率で、特別な装置も必要とすることなく効率的かつ経済的に製造することも可能となる。
【実施例】
【0022】
実施例および比較例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例にのみ限定されるものではない。
【0023】
実施例1
ラセミ体2−アミノ酪酸1g(9.7mmol)とS−2−クロロ−4−メチル吉草酸0.73g(4.85mmol:L−2−アミノ酪酸に対し1.00モル倍量)を50mLの丸底フラスコへとり、さらにメタノール30体積%水溶液9gを加え、混合した。該混合物はマグネチックスターラーを用いて撹拌しながら、オイルバスを用いて90℃まで加温した。混合物が均一に溶解した後、撹拌を1時間実施した。その後、混合物の温度を15時間かけて20℃まで冷却し、L−2−アミノ酪酸とS−2−クロロ−4−メチル吉草酸のジアステレオマー塩を結晶として析出させた。析出した結晶は、吸引ろ過によって回収し、さらに0℃に冷却させておいたメタノール30体積%水溶液5gで結晶を洗浄した。得られたジアステレオマー塩結晶は、40℃で真空乾燥を行い、0.69gのL−2−アミノ酪酸とS−2−クロロ−4−メチル吉草酸のジアステレオマー塩を取得した。得られたジアステレオマー塩の収率はラセミ体中のL−2−アミノ酪酸を基準として56%であった。また、ジアステレオマー塩は、下記表1のHPLC条件で測定し、光学純度を求めたところ89%eeであった。結果を表2に示す。
次いで、ジアステレオマー塩0.5gへ水5mLとメチル−tert−ブチルエーテル5mLを加え、フラスコ中にてマグネチックスターラーを用いて溶媒が懸濁状態になるように20℃で30分間撹拌を行なった。水層を回収し、エバポレータにより水を濃縮除去および真空乾燥を行なうことにより、L−2−アミノ酪酸0.18gを取得した。ジアステレオマー塩基準の回収率は89%であった。また、メチル−tert−ブチルエーテル層も水層と同様にエバポレータによりメチル−tert−ブチルエーテルを濃縮除去および真空乾燥を行い、S−2−クロロ−4−メチル吉草酸0.29gを取得した。ジアステレオマー塩基準の回収率は98%であった。
【0024】
実施例2
L−2−アミノ酪酸に対し0.85モル倍量のS−2−クロロ−4−メチル吉草酸を使用したこと以外は実施例1と同様にしてジアステレオマー塩0.64gを取得した。ジアステレオマー塩の収率は52%、光学純度は85%eeであった。結果を表2に示す。
次いで、ジアステレオマー塩0.5gを使用し、実施例1と同様にして抽出、分離、乾燥を行い、L−2−アミノ酪酸0.18gを取得した(回収率89%)。また、同様にしてS−2−クロロ−4−メチル吉草酸0.29gを取得した(回収率98%)。
【0025】
実施例3
L−2−アミノ酪酸に対し0.90モル倍量のS−2−クロロ−4−メチル吉草酸を使用したこと以外は実施例1と同様にしてジアステレオマー塩0.65gを取得した。ジアステレオマー塩の収率は53%、光学純度は83%eeであった。結果を表2に示す。
次いで、ジアステレオマー塩0.5gを使用し、実施例1と同様にして抽出、分離、乾燥を行い、L−2−アミノ酪酸0.18gを取得した(回収率89%)。また、同様にしてS−2−クロロ−4−メチル吉草酸0.28gを取得した(回収率96%)。
【0026】
実施例4
L−2−アミノ酪酸に対し0.90モル倍量のS−2−クロロ−4−メチル吉草酸を使用したこと以外は実施例1と同様にしてジアステレオマー塩0.68gを取得した。ジアステレオマー塩の収率は55%、光学純度は89%eeであった。結果を表2に示す。
次いで、ジアステレオマー塩0.5gを使用し、実施例1と同様にして抽出、分離、乾燥を行い、L−2−アミノ酪酸0.18gを取得した(回収率89%)。また、同様にしてS−2−クロロ−4−メチル吉草酸0.29gを取得した(回収率98%)。
【0027】
実施例5
ラセミ体フェニルグリシン1.5g(9.7mmol)とS−2−クロロ−4−メチル吉草酸0.73g(4.85mmol)を50mLの丸底フラスコへとり、実施例1と同様の操作で晶析操作を実施し、L−フェニルグリシンとS−2−クロロ−4−メチル吉草酸のジアステレオマー塩を結晶として析出させた。析出した結晶は、吸引ろ過によって回収し、さらに0℃に冷却させておいたメタノール30体積%水溶液5gで結晶を洗浄した。得られたジアステレオマー塩結晶は、40℃で真空乾燥を行い、0.61gのL−フェニルグリシンとS−2−クロロ−4−メチル吉草酸のジアステレオマー塩を取得した。得られたジアステレオマー塩の収率はL−フェニルグリシンを基準として42%であった。また、ジアステレオマー塩は、表1のHPLC条件で測定し、光学純度を求めたところ82%eeであった。
次いで、ジアステレオマー塩0.5gを使用し、実施例1と同様にして抽出、分離、乾燥を行い、L−フェニルグリシン0.20gを取得した(回収率80%)。また、同様にしてS−2−クロロ−4−メチル吉草酸0.24gを取得した(回収率98%)。
【0028】
実施例6
ラセミ体tert−ロイシン1.3g(9.7mmol)とS−2−クロロ−4−メチル吉草酸0.73g(4.85mmol)を50mLの丸底フラスコへとり、実施例1と同様の操作で晶析操作を実施し、L−tert−ロイシンとS−2−クロロ−4−メチル吉草酸のジアステレオマー塩を結晶として析出させた。析出した結晶は、吸引ろ過によって回収し、さらに0℃に冷却させておいたメタノール30体積%水溶液5gで結晶を洗浄した。得られたジアステレオマー塩結晶は、40℃で真空乾燥を行い、0.75gのL−tert−ロイシンとS−2−クロロ−4−メチル吉草酸のジアステレオマー塩を取得した。得られたジアステレオマー塩の収率はL−tert−ロイシンを基準として55%であった。また、ジアステレオマー塩は、表1のHPLC条件で測定し、光学純度を求めたところ85%eeであった。
次いで、ジアステレオマー塩0.5gを使用し、実施例1と同様にして抽出、分離、乾燥を行い、L−tert−ロイシン0.20gを取得した(回収率88%)。また、同様にしてS−2−クロロ−4−メチル吉草酸0.26gを取得した(回収率98%)。
【0029】
比較例1
L−2−アミノ酪酸に対し0.50モル倍量のS−2−クロロ−4−メチル吉草酸を使用したこと以外は実施例1と同様にしてジアステレオマー塩0.23gを取得した。ジアステレオマー塩の収率は19%と極めて低かった。光学純度は89%eeであった。結果を表2に示す。
【0030】
比較例2
L−2−アミノ酪酸に対し1.20モル倍量のS−2−クロロ−4−メチル吉草酸を使用したこと以外は実施例1と同様にしてジアステレオマー塩0.68gを取得した。ジアステレオマー塩の収率は55%であったが、光学純度は49%eeと大幅に低下した。結果を表2に示す。
【0031】
比較例3
L−2−アミノ酪酸に対し2.00モル倍量のS−2−クロロ−4−メチル吉草酸を使用したこと以外は実施例1と同様にしてジアステレオマー塩0.89gを取得した。ジアステレオマー塩の収率は72%であったが、光学純度は16%eeと大幅に低下した。結果を表2に示す。
【0032】
比較例4
ラセミ体2−アミノ酪酸100g(0.97mol)へR−2−フェノキシプロピオン酸80.6g(0.485mol)を3Lの丸底フラスコへとり、さらに水900gを加え、混合した。該混合物はマグネチックスターラーを用いて撹拌しながら、オイルバスを用いて90℃まで加温した。混合物が均一に溶解した後、撹拌を1時間実施した。その後、混合物の温度を15時間かけて20℃まで冷却し、L−2−アミノ酪酸とR−2−フェノキシプロピオン酸のジアステレオマー塩を結晶として析出させた。析出した結晶は、吸引ろ過によって回収し、さらに0℃に冷却させておいた水500gで結晶を洗浄した。得られたジアステレオマー塩結晶は、40℃で真空乾燥を行い、111gのL−2−アミノ酪酸とR−2−フェノキシプロピオン酸のジアステレオマー塩を取得した。得られたジアステレオマー塩の収率はL−2−アミノ酪酸を基準として85%であった。また、ジアステレオマー塩は、下記表1のHPLC条件で測定し、光学純度を求めたところ91%eeであった。
L−2−アミノ酪酸とR−2−フェノキシプロピオン酸からなるジアステレオマー塩20g(74mmol)へ水230mLとメチル−tert−ブチルエーテル230mLを加え、1Lフラスコ中にてメカニカルスターラーを用いて溶媒が懸濁状態になるように20℃で30分間撹拌を行なった。水層を回収し、エバポレータにより水を濃縮除去および真空乾燥を行なうことにより、L−2−アミノ酪酸6.8gを取得した。L−2−アミノ酪酸の回収率は87%であったが、L−2−アミノ酪酸には、0.73gのR−2−フェノキシプロピオン酸も残存していた。また、メチル−tert−ブチルエーテル層も水層と同様にエバポレータによりメチル−tert−ブチルエーテルを濃縮除去および真空乾燥を行い、R−2−フェノキシプロピオン酸10.5gを取得したが、回収率は85%にとどまった。
【0033】
比較例5
ラセミ体2−アミノ酪酸1g(9.7mmol)へジベンゾイル−D−酒石酸一水和物0.91g(2.4mmol)を50mLの丸底フラスコへとり、さらにメタノール30体積%水溶液9gを加え、混合した。該混合物はマグネチックスターラーを用いて撹拌しながら、オイルバスを用いて90℃まで加温した。混合物が均一に溶解した後、撹拌を1時間実施した。その後、混合物の温度を15時間かけて20℃まで冷却し、L−2−アミノ酪酸とジベンゾイル−D−酒石酸一水和物のジアステレオマー塩を結晶として析出させた。析出した結晶は、吸引ろ過によって回収し、さらに0℃に冷却させておいたメタノール30体積%水溶液5gで結晶を洗浄した。得られたジアステレオマー塩結晶は、40℃で真空乾燥を行い、0.69gのL−2−アミノ酪酸とジベンゾイル−D−酒石酸一水和物のジアステレオマー塩を取得した。得られたジアステレオマー塩の収率はL−2−アミノ酪酸を基準として51%であった。また、ジアステレオマー塩は、下記表1のHPLC条件で測定し、光学純度を求めたところ46%eeであった。
【0034】
比較例6
ラセミ体2−アミノ酪酸1g(9.7mmol)へS−(アセチルチオ)イソ酪酸0.79g(4.85mmol)を50mLの丸底フラスコへとり、さらにメタノール30体積%水溶液9gを加え、混合した。該混合物はマグネチックスターラーを用いて撹拌しながら、オイルバスを用いて90℃まで加温した。混合物が均一に溶解した後、撹拌を1時間実施した。その後、混合物の温度を15時間かけて20℃まで冷却し、L−2−アミノ酪酸とS−(アセチルチオ)イソ酪酸のジアステレオマー塩を結晶として析出させた。析出した結晶は、吸引ろ過によって回収し、さらに0℃に冷却させておいたメタノール30体積%水溶液5gで結晶を洗浄した。得られたジアステレオマー塩結晶は、40℃で真空乾燥を行い、0.69gのL−2−アミノ酪酸とS−(アセチルチオ)イソ酪酸のジアステレオマー塩を取得した。得られたジアステレオマー塩の収率はL−2−アミノ酪酸を基準として52%であった。また、ジアステレオマー塩は、下記表1のHPLC条件で測定し、光学純度を求めたところ61%eeであった。
【0035】
【表1】

【0036】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素数1〜3のアルコール及びアセトンから選ばれる1種以上を含む水溶液中で、一般式(1)に示す光学活性アミノ酸のD体とL体の混合物と該アミノ酸に対し0.85〜1.0モル当量の一般式(2)で示される光学活性4−メチル吉草酸誘導体を混合後、晶析し、得られた光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体からなるジアステレオマー塩結晶を分離取得する工程を含むことを特徴とする光学活性アミノ酸の製造方法。
【化1】

【化2】

【請求項2】
光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体の混合物を加熱後、冷却して光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体からなるジアステレオマー塩結晶を析出させてから該結晶を分離する請求項1に記載の光学活性アミノ酸の製造方法。
【請求項3】
前記ジアステレオマー塩に対して、光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体をそれぞれ選択的に溶解し、かつ均一に溶解しあわない2種の溶媒を用いて分液抽出を行なうことにより光学活性アミノ酸と光学活性4−メチル吉草酸誘導体に分離する工程を含む請求項1に記載の光学活性アミノ酸の製造方法。
【請求項4】
溶媒として水とメチル−tert−ブチルエーテルを使用し、水層より光学活性アミノ酸を、メチル−tert−ブチルエーテル層より光学活性4−メチル吉草酸誘導体を回収取得する請求項3に記載の光学活性アミノ酸の製造方法。

【公開番号】特開2011−6373(P2011−6373A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−154285(P2009−154285)
【出願日】平成21年6月29日(2009.6.29)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】