説明

光学活性ポリマー

【課題】簡便な方法で光学異性体を選択分離する光学分割能を有するポリマー及びその製造方法を提供すること、また、このポリマーを用いた光学分割膜、光学分離剤、及び光学分離法を提供すること。
【解決手段】
繰り返し単位の主鎖に1の光学活性アミノ酸残基を有する光学活性ポリマーを提供する。或いは、一般式(I)で表される光学活性ポリマーを提供する。


(但し、Aは光学活性なジカルボン酸であるN−置換アミノ酸からカルボキシ基を除いた残基で、Bはジアミンからアミノ基を除いた残基)
また、このポリマーを用いた光学分割膜、光学分割用分子インプリント膜、光学分割用ナノファイバー膜、光学分割カラムの充填剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学分割に使用するための新規な物質及びその製造方法、並びにその物質を用いた光学分割膜、及びクロマトグラフィー用分離剤に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬、農薬、香料、生化学関連産業等の分野において、ラセミ体を光学分割することは極めて重要な要請である。このような要請に基づき様々な光学分割の方法が提案されている。光学分割の工業的方法としては、優先晶出法、ジアステレオマー法、酵素法、クロマトグラフィー法等がある。また、最近では膜分離法による光学分割も研究されている。膜分離法は、煩雑な操作を経ること無く連続操作が可能な光学分割方法であるとともに、簡便でかつ省エネルギーな方法であり、スケールアップも容易なことから実用化が期待されている。
【0003】
膜分離法による光学分割に使用する光学分割膜や、クロマトグラフィー用の分離剤等の材料として使用可能な従来の光学活性ポリアミドとして、光学活性アンチ頭−頭クマリン二量体の誘導体に相当する光学活性ポリアミド(例えば、特許文献1及び特許文献3参照)、光学活性なトランススチルベンジアミンから誘導される光学活性ポリアミド(例えば、特許文献2参照)が報告されている。
【0004】
また、従来の光学分割膜としては、α−ヘリックス構造を有し、かつ両親媒基を側鎖に有するポリアミノ酸による光学分割膜(例えば、特許文献4参照)、1−(ジメチル(10−ピナニル)シリル)−1−プロピンの光学的対象体を重合して得た光学活性ポリアセチレンによる光学分割膜(例えば、特許文献5参照)、L−フェニルアラニンをグルタールアルデヒドで縮合して、このL−フェニルアラニン縮合物とポリスルホンとのブレンドによる限外ろ過膜(例えば、特許文献6参照)が報告されている。
【0005】
また、従来のクロマトグラフィー用光学分割分離剤としては、セルロース等の多糖類誘導体(例えば、特許文献7、特許文献8、及び特許文献9参照)、光学活性なポリ(メタ)アクリル酸アミド(例えば、非特許文献1参照)、光学活性なポリアミノ酸(例えば、非特許文献2参照)、光学活性なポリアミド(例えば、特許文献10参照)が報告されている。
【特許文献1】 特公平3−68892号公報
【特許文献2】 特公平6−51789号公報
【特許文献3】 特公平6−51791号公報
【特許文献4】 特許第2971941号公報
【特許文献5】 特開平9−227416号公報
【特許文献6】 特許第2898723号公報
【特許文献7】 特開昭59−166502号公報
【特許文献8】 特開昭60−10875号公報
【特許文献9】 特開昭60−226831号公報
【特許文献10】 特開平11−335306号公報
【非特許文献1】 G.Blaschke,Angew.Chem.Int.Ed.Eng.19,13(1980)
【非特許文献2】 H.Yuki,Y.Okamoto,I.Okamoto,J.Am.Chem.Soc.,102,6356(1980)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、膜分離による光学分割は未だ実用化されておらず、更なる性能向上による工業化が望まれる。また、光学分割分離剤も分割性能の向上、安定性、耐劣化性等更なる性能向上が望まれている。
【0007】
本発明は、ラセミ化合物を効率よく光学分割するために有用な物質、及びその製造方法を提供すること。並びに、この物質を用いた光学分割膜やクロマトグラフィー用分離剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に記載の発明は、繰り返し単位の主鎖に1の光学活性アミノ酸残基を有する光学活性ポリマーである。
【0009】
請求項2に記載の発明は、一般式(I)で表される請求項1に記載の光学活性ポリマーである。
【0010】

(但し、Aは光学活性なジカルボン酸であるN−置換アミノ酸からカルボキシル基を除いた残基で、Bはジアミンからアミノ基を除いた残基)
【0011】
請求項3に記載の発明は、上記Aが一般式(II)又は(III)で表されることを特徴とする請求項2に記載の光学活性ポリマーである。
【0012】

【0013】

【0014】
請求項4に記載の発明は、一般式(IV)で表される請求項1に記載の光学活性ポリマーである。

(但し、Eは光学活性なN−置換アミノ酸からカルボキシル基およびアミノ基を除いた残基)
【0015】
請求項5に記載の発明は、D−又はL−光学活性体で分子インプリントされたことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の光学活性ポリマーである。
【0016】
請求項6に記載の発明は、請求項1〜5のいずれかに記載の光学活性ポリマーを膜中に含む光学分割膜である。
【0017】
請求項7に記載の発明は、請求項1〜5のいずれかに記載の光学活性ポリマーを含むナノファイバーにより形成された光学分割膜である。
【0018】
請求項8に記載の発明は、請求項1〜5のいずれかに記載の光学活性ポリマーを主成分とする分離剤である。
【0019】
請求項9に記載の発明は、光学活性なジカルボン酸であるアミノ酸と、ジアミンとを反応させることを特徴とする一般式(I)で表される光学活性ポリマーの製造方法である。
【0020】

(但し、Aは光学活性なジカルボン酸であるN−置換アミノ酸からカルボキシル基を除いた残基で、Bはジアミンからアミノ基を除いた残基)
【0021】
請求項10に記載の発明は、上記Aが一般式(II)又は(III)で表されることを特徴とする請求項9に記載の光学活性ポリマーの製造方法である。
【0022】

【0023】

【0024】
請求項11に記載の発明は、光学活性なN−置換アミノ酸の同一の光学異性体どうしを反応させることを特徴とする一般式(IV)で表される光学活性ポリマーの製造方法である。


(但し、Eは光学活性なN−置換アミノ酸からカルボキシル基およびアミノ基を除いた残基)
【発明の効果】
【0025】
請求項1〜4のいずれかに記載の発明によれば、本発明に係る光学活性ポリマーは、光学分割に有用な物質である。
【0026】
請求項5に記載の発明によれば、本発明に係る光学活性ポリマーは、D−又はL−光学活性体で分子インプリントされているので、分子インプリントされた光学活性体及びその誘導体を優先的に吸着するため、光学分割に有用な物質である。
【0027】
請求項6に記載の発明によれば、本発明に係る光学分割膜は、光学分割に有用な物質である光学活性ポリマーを膜中に含むため、光学分割に有用な膜である。
【0028】
請求項7に記載の発明によれば、本発明に係る光学分割膜は、光学分割に有用な物質である光学活性ポリマーを含むナノファイバーにより成形されているので、その表面積が増大する等のナノファイバー特有の効果により、光学分割に有用な膜である。
【0029】
請求項8に記載の発明によれば、本発明に係る分離剤は、光学分割に有用な物質である光学活性ポリマーを分離剤とするため、光学分割に有用な分離剤である。
【0030】
請求項9〜11のいずれかに記載の発明によれば、本発明に係る光学活性ポリマーの製造方法は、光学分割に有用な物質を製造する製造方法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
本発明に係る光学活性ポリマーは、繰り返し単位の主鎖に1の光学活性アミノ酸残基を有するポリマーである。この一例として、例えば、一般式(I)で表されるポリマー(ポリアミド)が挙げられる。この光学活性ポリアミド(光学活性ポリマー)は、その合成に係るモノマー成分として、光学活性なジカルボン酸であるN−置換アミノ酸と、ジアミンとを採用したものである。光学活性なジカルボン酸であるN−置換アミノ酸としては例えばN−置換グルタミン酸やN−置換アスパラギン酸を用いることができる。また、ジアミンとしては例えば4,4‘−ジアミノジフェニルメタン(以下、DADPMと記載する。)や1,3−フェニレンジアミン(以下、PDAと記載する。)等の芳香族ジアミンを用いることができる。
【0032】

【0033】
この式中Aは、モノマー成分として用いたジカルボン酸からカルボキシル基を除いた残基で、Bは、モノマー成分として用いたジアミンからアミノ基を除いた残基である。
【0034】
Aで示される基の一例としては、例えば式(II)又は式(III)で表される構造のものがある。
【0035】

【0036】

【0037】
この具体的な例を以下に示す。



【0038】
次に、Bで示される基の具体例を下記に示す。


【0039】
次に、本発明に係る光学活性ポリマーの合成方法の一例を説明する。本発明に係る光学活性ポリマーは、例えば光学活性なジカルボン酸であるN−置換アミノ酸と、ジアミンとを重合させることにより合成することができる。具体的には、N−メチルピロリドン(以下、「NMP」と記載する。)とピリジン(以下、「Py」と記載する。)とを例えば容量比4:1で混合した液に、塩化リチウム(以下、「LiCl」と記載する。)を例えば4重量%加えた液(以下、「NMP−Py混合溶液」と記載する。)、例えば7.5cmに、所定量の、例えば3mmolのベンゾイル−L−グルタミン酸(以下、「Benzoyl−Glu」と記載する。)(光学活性なジカルボン酸であるN−置換アミノ酸)と、これと等モル量、例えば3mmolのDADPM(ジアミン)と、これらの2倍のモル量、例えば6mmolの亜リン酸トリフェニル(以下、「TPP」と記載する。)とを、所定温度、例えば80℃で撹拌しながら所定時間、例えば3時間加熱する。反応終了後、生成物をメタノール中に滴下した後、これをろ過してポリマーを得、減圧乾燥させる。
【0040】
本発明に係る光学活性ポリマーの合成方法は上記の方法に限定されるものではなく、上記以外の方法で合成してもかまわない。また、反応に用いる各試薬及びその量によって適する反応温度及び反応時間は異なる。上記に示した反応時間、反応温度、及び試薬の量は本発明に係る光学活性ポリマーを得ることのできる条件であるが、これが最適な条件であるとは限らない。
【0041】
本発明に係る光学活性ポリマーは、光学活性なジカルボン酸であるN−置換アミノ酸を用いて合成されているため、そのポリマー内部にD−又はL−光学活性体認識部位を有し、この光学活性体認識部位を利用して光学分割を行うことができる。一般に、本発明に係る光学活性ポリマーは、その合成材料のモノマーであるジカルボン酸がD−光学活性体である場合には、L−光学活性体に対する吸着選択性を有し、上記ジカルボン酸がL−光学活性体である場合には、D−光学活性体に対する吸着選択性を有すると考えられる。
【0042】
次に、繰り返し単位の主鎖に1の光学活性アミノ酸残基を有するポリマーの他の一例として、例えば、一般式(IV)で表されるポリマー(ポリアミド)について説明する。
【0043】

この式中Eは、モノマー成分として用いたN−置換グルタミン酸からカルボキシル基およびアミノ基を除いた残基である。
【0044】
この光学活性ポリアミド(光学活性ポリマー)は、その合成に係るモノマー成分として、光学活性なN−置換アミノ酸の同一の光学異性体を採用したものである。光学活性なN−置換アミノ酸としてはカルボキシル基およびアミノ基を有するN−置換アミノ酸を用いることができる。この光学活性ポリマーは、光学活性なN−置換アミノ酸を用いて合成されているため、そのポリマー内部にD−又はL−光学活性体認識部位を有し、この光学活性体認識部位を利用して光学分割を行うことができる。
【0045】
次に、本発明に係る光学活性ポリマーを用いた光学分割膜の製膜方法の一例を説明する。本発明に係る光学活性ポリマーをこの光学活性ポリマーが溶解する溶媒、例えばヘキサフルオロイソプロパノール(以下、「HFIP」と記載する。)に所定量、例えば10重量%溶解し、この溶液を板状物、例えばガラス板の上にアプリケーターを用いてキャストする。このガラス板を水平な場所において所定時間、所定温度で乾燥させる。例えば12時間常温で乾燥させた後、50℃で更に3時間乾燥させる。乾燥終了後、この光学活性ポリマー膜をガラス板ごと水に浸し、膜が自然にガラス板から剥がれるのをまつ。膜がガラス板から自然に剥がれない場合には、膜が破れない程度に強制的な力を加えて膜をガラス板から剥がす。ここで、光学活性ポリマーを溶解する溶媒としては、HFIPやジメチルホルムアミド(以下、「DMF」と記載する。)が好ましく用いられるが、上記ポリマーが溶解し、かつ所望の揮発性を有する溶媒を選択するとよい。また、上記ポリマーを溶解した溶液の濃度は、製膜しやすい濃度で、かつ所望の膜厚を得ることのできる濃度を選択するとよい。膜をキャストする板状物の材質は特に問われないが膜の乾燥後、膜を剥離しやすいものを選択するとよい。例えばテフロン(登録商標)板でもよい。また、乾燥方法については上記の用に他段階の温度で乾燥させてもよいし、1段階の温度で行ってもよい。乾燥温度は、膜を変質させることなくかつ容易に溶媒を揮発させることのできる温度を選択するとよい。また、剥離する際に必ずしも水に浸す必要はなく、任意の方法で剥離すればよい。
【0046】
本発明に係る光学活性ポリマーの製膜方法は上記の方法に限定されるものではなく、上記以外の方法で製膜してもかまわない。製膜方法には、公知の任意の方法を用いることができ、上記のキャスト法以外に例えば、非溶媒相分離法、流延法、コーター法、紡糸法などを挙げることができる。また、上記の製膜例では、光学活性ポリマーをフィルム状に製膜したが、その他の形状、例えばチューブ状の膜に加工してもよい。上記光学分割膜は、当該光学活性ポリマー単独で膜を形成してもよく、他の1種類以上のポリマー等とブレンドして膜を形成してよいし、例えば、支持膜に担持してもよい。当該光学活性ポリマーとブレンドするポリマーとしてはどのようなポリマーを用いても良いが、例えばシーラー(登録商標)を用いることができる。また、支持膜には、例えば多孔質膜を用いることができる。このようにすることにより、単独で膜を自立的に形成できない上記光学活性ポリマーであっても、分離膜として用いることが可能となる。
【0047】
次に、分子インプリントを行った光学分割膜について説明する。本発明に係る光学活性ポリマーは、D−又はL−光学活性体で分子インプリントすることにより、上記光学活性ポリマーを主成分とする膜や分離剤の内部にD−又はL−光学活性体認識部位が更に形成され、この光学活性体認識部位をも利用することで更に効率よく光学分割を行うことができると考えられる。すなわち、本発明に係る光学活性ポリマーは、D−光学活性体で分子インプリントした場合には、分子インプリントしていない当該光学活性ポリマーと比較して、D−光学活性体に対する吸着選択性が増し、L−光学活性体で分子インプリントした場合には、分子インプリントしていない当該光学活性ポリマーと比較して、L−光学活性体に対する吸着選択性が増すと考えられる。ただし、分子インプリントが機能しない(分子インプリントを行っても更なる選択性が発現しない)場合や、分子インプリントを行うことにより光学活性ポリマーが本来もつ選択性を弱めてしまう場合もあると考えられる。ここで、分子インプリントとは、認識を目的とした分子(標的分子)又はその誘導体、或いは標的分子と形状の近い分子を鋳型(鋳型分子)として、重合反応時又は製膜時に共存させることにより、鋳型分子に対して相補的に相互作用をする分子認識部位をポリマー中に構築する方法である。上記製膜時に鋳型分子を共存させる方法は、溶解又は溶融したポリマーに鋳型分子を溶解させた後固化し、その後鋳型分子を除去するもので、簡易分子インプリント法という。
【0048】
以下に、本発明に係る光学活性ポリマーを簡易分子インプリント法で分子インプリントして製膜する方法の一例を示す。本発明に係る光学活性ポリマーと、分子インプリントしたい鋳型分子、例えばD−光学活性体又はL−光学活性体とを混合し、この混合体を膜に加工する。この膜を上記光学活性ポリマーは不溶でかつ上記鋳型分子は溶解する溶媒に浸漬させ、上記鋳型分子をこの膜から除去する。この浸漬させる溶媒は、膜材料である上記光学活性ポリマーの組成と鋳型分子とによるが、通常、例えば水や、メタノール、エタノール等の脂肪族低級アルコール、又は水と脂肪族低級アルコールとの混合溶液等が望ましい。上記光学活性ポリマーと、それに対して混合する鋳型分子との割合は特に制限されないがが、上記光学活性ポリマーの繰り返し単位と鋳型分子とのモル比が1:1〜1:3程度が好ましく用いられる。鋳型分子の割合は少なすぎても多すぎても分子認識機能が発現しにくくなる。
【0049】
また、上記簡易分子インプリント法と同様の方法を、膜に分子レベルの穴を開ける目的に用いることもできる。膜に用いたポリマーの光学選択性を邪魔しないかつ適度な大きさの分子を上記鋳型分子の代わりに用いて膜に穴を開けることにより、光学分割能を弱めることなく、透過流束の遅い膜の透過流束を上げることができる。具体的には例えばLiClを鋳型分子の代わりに用いることができる
【0050】
次に、ナノファイバーで形成された光学分割膜について説明する。ナノファイバーで形成された光学分割膜は、上記光学活性ポリマーを主成分としたナノファイバーで形成された膜(ナノファイバー膜)である。ナノファイバー膜は、公知のどのような方法で作製してもよいが、例えば、エレクトロスプレーディポジション(ESD)法により作製することができる。ESD法によるナノファイバー膜の作製は、市販のESD装置、例えばフューエンス社製エスプレイヤーES−2000を用いて行うことができる。
【0051】
以下に、上記光学活性ポリマーを含むナノファイバーで形成された光学分割膜を、フューエンス社製エスプレイヤーES−2000を用いて製膜する方法について示す。具体的には、上記光学活性ポリマーを、この光学活性ポリマーが溶解可能な溶媒、例えばDMFに所定濃度、例えば12重量%で溶解した溶液を、スプレーノズルのシリンジに所定量、例えば1ml充填し、このスプレーノズルをESD装置の所定の位置にセットする。これに所定の各設定値(電圧を例えば15kV、ピストンの押下速度を例えば1.5μm/sec、サブストレートの高さ(サブストレートとノズル先端との距離)を例えば10cm)を設定し、電圧をかけると共にピストンの押下をスタートさせ製膜動作をスタートさせる。サブストレート上にナノファイバー膜が十分に製膜された後、膜をサブストレートから剥離することによりナノファイバー膜を得ることができる。
【0052】
次に、本発明にかかる光学分割膜を用いた、膜分離法による光学分割について説明する。光学分割膜とは、膜分離法により光学分割を行うために用いる膜のことである。膜分離法による光学分割とは、光学分割膜を所謂フィルターとして用い、ラセミ体サンプルから光学異性体の一方をより多く分離・回収する方法である。膜分離方法としては、公知の分離方法及びその組み合わせを用いることができる。公知の分離方法としては、例えば、濃度勾配による透析や電気透析、精密ろ過、限外ろ過等がある。
【0053】
電気透析による光学分割の評価方法は、上記光学分割膜を介して両側に光学分割を行いたいサンプル(例えばアミノ酸、更に具体的には例えばアセチルトリプトファン)のラセミ体溶液を供給し、それぞれの溶液に電極を入れて所定の電位差をかけ、望ましくは上記サンプルの透過量が一定になる定常状態まで、所定時間ごとに溶液中の上記サンプルの濃度を測定することにより行う。透過溶液の溶媒は水又はアルコール並びにアルコールと水との混合溶液が好ましく用いられる。
【0054】
濃度勾配による透析での光学分割の評価方法は、上記光学分割膜を介した片側(供給側)に光学分割を行いたいサンプルのラセミ体溶液を供給すると共に、他方側(透過側)にはサンプルの入っていない溶媒のみを供給し、望ましくは上記サンプルの透過量が一定になる定常状態まで、所定時間ごとに透過側溶液中の上記サンプルの濃度を測定することにより行う。このとき、サンプルの腐敗防止の目的で、アジ化ナトリウムを所定量、例えば0.02重量%両側の溶液に溶解しておくとよい。
【0055】
膜分離法における透過選択性は式(3)により求められる。
【数3】

ここで、αD/Lは、上記サンプルにおけるL体に対するD体(例えば、D−アミノ酸)の透過選択性で、M及びM(単位はmolcm−3)は、それぞれ供給側サンプル溶液中のD体及びL体の濃度、J及びJ(単位はmolcm−2−1)は、それぞれD体及びL体の透過流束で、この透過流束は式(4)により求められる。
【数4】

ここで、Q(単位はmol)はサンプル(アミノ酸)の透過量、A(単位はcm)は有効膜面積、t(単位はh)は透過時間である。
【0056】
光学分割膜を用いた光学分割は、連続操作が可能であること、操作が容易であること、スケールアップが簡単であること等、他の光学分割方法と比較して利点がある。
【0057】
次に、本発明に係る分離剤について説明する。本発明に係る分離剤は、クロマトグラフィー、例えばHPLC(ハイパフォーマンスリキッドクロマトグラフィー)のカラム充填剤として用いることにより、クロマトグラフィーによる光学分割を行うことができる。
【0058】
分離剤としての上記光学活性ポリマーは、分離剤の耐圧能力の向上、溶媒置換による膨潤、収縮の防止、理論段数の向上のために担体に保持させることが望ましい。担体としては、一般にカラム充填剤の担体として用いられるものであれば何でもよいが、例えば多孔質のシリカゲルが好ましく用いられる。本発明の主成分たる上記光学活性ポリマーとの親和性を良くするためにこの担体に表面処理を行っても良い。表面処理の方法としては、有機シラン化合物を用いたシラン化処理やプラズマ重合による表面処理法等がある。表面処理としてアミノプロピル基が付けられたシリカゲルとして市販されている、例えばダイソー株式会社製Daisogel液体クロマトグラフィー用充填剤グレードSP−1000−7−APSを用いるとよい。
【0059】
適当な担体の大きさは、使用するカラムやプレートの大きさにより変わるが、一般に1μm〜10μmであり、好ましくは1μm〜300μmである。担体は多孔質であることが好ましく、平均口径は10Å〜100μmであり、好ましくは50Å〜50000Åである。上記光学活性ポリマーを保持させる量は担体に対して1〜100重量%、好ましくは5〜50重量%である。
また、上記光学活性ポリマーを担体に保持させる方法にも特に制限はなく、通常行われる方法を用いることができる。これには例えば、上記光学活性ポリマーを可溶性の溶剤に溶解させ、担体とよく混合し、減圧操作等により溶剤を除去させる方法がある。
【0060】
また、上記光学活性ポリマーを担体に保持させずに粒子状にして充填剤として用いることもできる。この場合、上記粒子の大きさをナノサイズオーダーにすることが好ましい。この方が比表面積を上がり吸着力が増すと考えられる。
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。なお、実施例中に示したアミノ酸濃度は、光学異性体分離用HPLCカラム(ダイセル化学工業製CHIRALPAK MA(+))を装着したJASCO PU1580高速液体クロマトグラフ(HPLC)を用いて測定した。カラムへの試料溶液の注入量は20マイクロリットルであり、検出にはUV検出器(JASCO UV1570)を用いた。溶離液には硫酸銅水溶液を用いた。
【実施例1】
【0061】
ジアミンとしてのDADPM0.5648g(3.0mmol)と、等モル量のジカルボン酸としてのアセチル−L−グルタミン酸(以下、Ac−Gluと記載する。)(0.5675g)と、2倍のモル量のTPP1.8617g(6.0mmol)と、LiCl0.6gとを、Py3cmとNMP12cmとの混合溶液中に溶解し、80℃で3時間撹拌した。
【0062】
反応終了後、生成物をメタノール中に滴下することにより1.065gのポリマーを得た(収率91.6%)。
【0063】
このポリマーのインヘレント粘度及び旋光度を表2に示す。ただし、インヘレント粘度は、ウベローデ粘度計を用いて測定した。測定条件は、上記ポリマーをHFIPに濃度1.00gdl−1で溶解した溶液を用い、測定温度25℃において測定した。また、旋光度は、堀場製作所製「HIGH SENSITIVE POLARIMETER SEPA−200」を用い測定した。ただし、ランプは波長589nmのNa(ナトリウム)ランプを使用した。
【実施例2〜6】
【0064】
表1に示すジアミンおよびジカルボン酸を用い、ジアミン、ジカルボン酸、TPP、NMP、Py、LiClの各量を表1に示した量用いた以外は実施例1と同様の方法で実施例2〜6の各ポリマーを得た。これらのポリマーのインヘレント粘度の測定溶媒は実施例2の場合にはHFIP、実施例3〜6の場合にはDMFを用いた。以下、Z−D−グルタミン酸をZ−D−Glu、Z−L−グルタミン酸をZ−L−Gluと記載する。
【0065】
【表1】

【0066】
【表2】

【実施例7】
【0067】
実施例3で合成したポリマー2.00×10−1gをHFIP2cmに溶解し、この溶液をガラス板の上にアプリケーターを用いてキャストした後、このガラス板を水平な場所で5時間常温乾燥させ、更に50℃に設定された乾燥炉で3時間乾燥させた。乾燥終了後、このガラス板をポリマー膜ごと約1日間水に浸し、ガラス板から自然に剥がれた膜を回収した。
【実施例8】
【0068】
実施例1で合成したポリマー5.00×10−2gと、それと等重量のシーラー(登録商標)5.00×10−2gとをHFIP2.0cmに溶解し、この溶液を直径7.5cmのシャーレに流し込み、25℃で12時間乾燥させた後、50℃で3時間乾燥させて上記ポリマーとシーラーとのブレンド膜を得た。
【実施例9】
【0069】
実施例3で合成したポリマー2.00×10−1gと、このポリマーの繰り返し単位と等モル量のZ−D−Glu(鋳型分子)を、上記ポリマーと一緒にHFIP2cmに溶解した以外は、実施例5と同様の方法で製膜した。その後、鋳型分子(Z−D−Glu)を膜内から抜き取るために水に膜を浸漬し、定期的に水を取り替えた。取り替えた水中のZ−D−Glu濃度を測定し、この水中からZ−D−Gluが検出されなくなるまで水を取り替えた。膜を水に浸漬する前の膜の重量を予め測定しておき、製膜時に膜内に含まれるZ−D−Gluの重量を計算し、膜を浸漬した水中から検出されたZ−D−Gluの重量と比較することで、膜中からZ−D−Gluが略100%抜き出されたことを確認した。
【実施例10】
【0070】
フューエンス社製エスプレイヤーES−2000を用いてESD法によりナノファイバー膜を作製した。スプレーノズルは付属のものを使用し、スプレーノズルの取り付け本数は1本で、スプレーノズルの固定位置はスプレーノズル固定部の真ん中とした。実施例3で合成したポリマーをDMFに12重量%溶解した溶液を付属のシリンジ(スプレーノズル)に6ml注入し、スプレーノズル固定部にスプレーノズルをセットした後、スプレーを開始した。設定パラメータとしては、電圧15kV、プッシュロッドの送り速度1.5μl、ステージ位置(ニードル先端とサブストレートとの間の距離)10cmを用いた。サブストレート上には予めアルミ箔を敷いておき、製膜終了後、このアルミ箔を水に浸してナノファイバー膜を剥離・回収した。
【実施例11】
【0071】
ガラス板の片面に金蒸着を行ったセンサーチップを1−オクタンチオールのエタノール溶液(1−オクタンチオールの濃度:1×10−5mol dm−3)に30分間浸した。実施例1で合成したポリマー1mgを、5mlのHFIPに溶解させ、この溶液から50μlを採取し、スピンコーターに装着したセンサーチップの金蒸着面側に落とし、スピンコーターを300rpmで5秒、続いて5000rpmで20秒回転させた。次にセンサーチップをスピンコーターから取り外し、50℃で2時間乾燥させて、実施例1で合成したポリマーの膜を有するセンサーチップを得た。
【0072】
このセンサーチップを日本レーザー電子株式会社製表面プラズモン共鳴装置SPR670Sに装着して、ポリマー膜面側に、0.02重量%のアジ化ナトリウム水溶液を1ml/分の速度で供給しながら、膜側と反対側のガラス面からプリズムを透して、波長670nmのレーザー光を照射し、共鳴角度(θD0)を測定した。次に、0.02重量%のアジ化ナトリウム水溶液に代えて、D−グルタミン酸(以下、D−Gluと記載する。)を5.0×10−4mol/l及びアジ化ナトリウムを0.02重量%含む水溶液を膜面側に1ml/分の速度で供給しながら、膜側と反対側のガラス面からプリズムを透して、波長670nmのレーザー光を照射し、共鳴角度(θD0)を測定し、Δθを求めた。
【0073】
続いて、同様の方法でD−Gluの濃度1.0×10−3mol/lについても共鳴角度(θD0)を測定し、Δθを求めた。
【0074】
また、更にD−GluをL−グルタミン酸(以下、L−Gluと記載する。)に代えたものについても、5.0×10−4mol/lと1.0×10−3mol/lの2つの濃度について共鳴角度(θL0)を測定し、Δθを求めた。
【0075】
D−Glu水溶液及びL−Glu水溶液を供給した場合の共鳴角度差(Δθ及びΔθ)を比較すると、Δθ>Δθであり、当該ポリマー膜はD−Gluを選択吸着し、アミノ酸を光学分割する機能を示した。膜の種類、Δθ、Δθ及びSなどを表3に示す。
【実施例12〜14】
【0076】
センサーチップにコートする膜に用いたポリマーに表2に示すポリマーを用いた以外は実施例10と同様に測定を行った。膜に用いたポリマー、Δθ、Δθ及びSなどを表3に示す。
【0077】
【表3】

【実施例15】
【0078】
実施例8で得られたポリマー膜から2.5cm×3cmの大きさの膜を切り出し、この膜を内容積約54cmのアクリル製セル2個の間に装着した(アクリル製樹脂製セルの膜装着部には1.5cm×2.0cmの穴があけてあり、有効膜面積は3cmである。)。それぞれのセルに1mMのアセチル−D−トリプトファン(以下、Ac−D−Trpと記載する。)および1mMのアセチル−L−トリプトファン(以下、Ac−L−Trpと記載する。)を含む水を40cm仕込み、10mm×10mmの白金黒電極をそれぞれの溶液に浸漬し、電極間距離65mm、電位差3.0Vで40℃において電気透析を行った。所定時間経過後に透過側のセルから溶液40マイクロリットルを採取し、HPLCでAc−Trpの濃度を測定した。この膜はAc−D−Trpを選択透過し、選択性(α)は2.03であった。Ac−D−Trp、Ac−L−Trpの透過量、透過選択性を表4に示す。
【実施例16】
【0079】
透過溶媒にエタノールと水の混合溶液(エタノール/水=1/1、容量比)を用いた以外は実施例15と同様の方法で電気透析を行った。測定結果を表4に示す。
【実施例17】
【0080】
実施例1で合成したポリマーの代わりに実施例2で合成したポリマーを用いて実施例6に述べた方法で作製したブレンド膜を用いた以外は実施例15と同様の方法で電気透析を行った。測定結果を表4に示す。
【実施例18】
【0081】
実施例1で合成したポリマーの代わりに実施例2で合成したポリマーを用いて実施例6に述べた方法で作製したブレンド膜を用いた以外は実施例16と同様の方法で電気透析を行った。測定結果を表4に示す。
【0082】
【表4】

【実施例19】
【0083】
実施例8で得られたポリマー膜から2.5cm×3cmの大きさの膜を切り出し、実施例15と同様にアクリル製セル2個の間に装着した。この片側のセル(供給側)に1mMのAc−D−Trp、1mMのAc−L−Trp、および0.02重量%のアジ化ナトリウムを含む水を40cm仕込み、他方側のセル(透過側)には0.02重量%のアジ化ナトリウムのみを含む水を40cm仕込んで濃度勾配による透析を行った。所定時間経過後に透過側のセルから溶液40マイクロリットルを採取し、HPLCでAc−Trpの濃度を測定した。この膜はAc−L−Trpを選択透過し、選択性(αL/D)は3.16であった。透過流束および選択性を表5に示す。
【実施例20】
【0084】
実施例6で合成した光学活性ポリマーに対し、簡易分子インプリント法と同様の方法でLiClを鋳型分子の代わりに用いて穴を開けた膜を用いた以外は実施例19と同様の方法で濃度勾配による透析を行った。その透過流束および選択性を表5に示す。このような方法で膜に穴を開けると、膜の透過速度を速くすることができる。穴を開けるために用いる分子は必ずしもLiClである必要はなく任意の分子を用いることができる。用いる分子により所望の大きさの穴を開けることができる。
【0085】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
繰り返し単位の主鎖に1の光学活性アミノ酸残基を有する光学活性ポリマー。
【請求項2】
一般式(I)で表される請求項1に記載の光学活性ポリマー。

(但し、Aは光学活性なジカルボン酸であるN−置換アミノ酸からカルボキシル基を除いた残基で、Bはジアミンからアミノ基を除いた残基)
【請求項3】
上記Aは一般式(II)又は(III)で表されることを特徴とする請求項2に記載の光学活性ポリマー。

【請求項4】
一般式(IV)で表される請求項1に記載の光学活性ポリマー。

(但し、Eは光学活性なN−置換アミノ酸からカルボキシル基およびアミノ基を除いた残基)
【請求項5】
D−又はL−光学活性体で分子インプリントされたことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の光学活性ポリマー。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の光学活性ポリマーを膜中に含む光学分割膜。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載の光学活性ポリマーを含むナノファイバーにより形成された光学分割膜。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれかに記載の光学活性ポリマーを主成分とする分離剤。
【請求項9】
光学活性なジカルボン酸であるN−置換アミノ酸と、ジアミンとを反応させることを特徴とする一般式(I)で表される光学活性ポリマーの製造方法。

(但し、Aは光学活性なジカルボン酸であるN−置換アミノ酸からカルボキシル基を除いた残基で、Bはジアミンからアミノ基を除いた残基)
【請求項10】
上記Aは一般式(II)又は(III)で表されることを特徴とする請求項8に記載の光学活性ポリマーの製造方法。

【請求項11】
光学活性なN−置換アミノ酸の同一の光学異性体どうしを反応させることを特徴とする一般式(IV)で表される光学活性ポリマーの製造方法。

(但し、Eは光学活性なN−置換アミノ酸からカルボキシル基およびアミノ基を除いた残基)

【公開番号】特開2009−91535(P2009−91535A)
【公開日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−289039(P2007−289039)
【出願日】平成19年10月10日(2007.10.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本膜学会、日本膜学会第29年会 講演要旨集、平成19年4月30日 社団法人 高分子学会、高分子学会予稿集 56巻1号[2007]、平成19年5月10日 社団法人 繊維学会、繊維学会予稿集 2007 62巻2号(シンポジウム)、平成19年6月20日 アセアニアン膜学会、Programme AMS4 in Taipei、平成19年7月10日 社団法人 高分子学会、高分子学会予稿集 56巻2号[2007]、平成19年9月4日
【出願人】(301035677)プラスコート株式会社 (2)
【Fターム(参考)】