説明

光学活性マンデル酸誘導体の製造方法

【課題】本発明は、医農薬原料、液晶材料、および光学分割剤として有用な光学活性マンデル酸誘導体の生産性および収率が向上した製造方法を提供する。
【解決手段】ヒドロキシニトリルリアーゼを触媒とし、3−クロロ−5−ジフルオロメトキシベンズアルデヒドとシアニドドナーとから光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルを製造する工程と光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルを加水分解して光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸を製造する工程を含むことを特徴とする光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学活性マンデル酸誘導体である3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸は医農薬原料、液晶材料および光学分割剤として有用な化合物であり、3−クロロ−5−ジフルオロメトキシベンズアルデヒドから、有機合成的に複数の工程を経てラセミ体の3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸を合成し、酵素や光学分割剤による光学分割で製造する方法が知られている(特許文献1、特許文献2)。しかしながら、上述の製法は、工程が多いため生産性が低く、また収率も低いため改善の余地があった。
【0003】
また、光学活性マンデル酸類を製造する方法としては、以下の方法が知られている。
(1)光学活性マンデロニトリル類に、光学選択性の高いニトリラーゼを作用させ、光学活性マンデル酸類を製造する方法(特許文献3,特許文献4,特許文献5)。
(2)カルボニル化合物とシアニドドナーに、光学選択性の高いヒドロキシニトリルリアーゼを作用させ、光学活性マンデロニトリル類を合成した後、化学的加水分解により光学活性マンデル酸類を製造する方法(非特許文献1、非特許文献2、特許文献6、特許文献7、特許文献8)。
(3)カルボニル化合物とシアニドドナーに、光学選択性の高いヒドロキシニトリルリアーゼを作用させ、光学活性マンデロニトリル類を合成した後、ニトリラーゼを作用させ、光学活性マンデル酸類を製造する方法(非特許文献3、非特許文献4)。
しかしながら、これらの方法には、光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸に関しての具体的な記述はなく、生産効率の良い製法はいまだに見出されていない。したがって、光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸を少ない工程で生産性に優れたプロセスで製造する方法が望まれていた。
【0004】
【特許文献1】特表2004−520290号公報
【特許文献2】特表2007−513885号公報
【特許文献3】特開平4−99495号公報
【特許文献4】特開平4−99496号公報
【特許文献5】特開平4−218385号公報
【特許文献6】特開昭63−219388号公報
【特許文献7】特開2001−348356号公報
【特許文献8】特開2002−142792号公報
【非特許文献1】Thomas Ziegler et al.,Synthesis,1990,575−578
【非特許文献2】Franz Effenberger et al.,Tetrahedron Letters,1991,32:2605−2608
【非特許文献3】Chem. Listy,2003,97:415
【非特許文献4】Cesar Mateo et al.,Tetrahedron Asymmetry,2006,17:320−323
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明の目的は、上記課題を鑑み、製造工程が少なく、生産性および収率が向上した光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、ヒドロキシニトリルリアーゼを触媒とし、3−クロロ−5−ジフルオロメトキシベンズアルデヒドとシアニドドナーとから光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルを製造する工程と光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルを加水分解して光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸を製造する工程を含む、光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸の効率的な製造方法を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の光学活性マンデル酸類の製造方法を提供するものである。
(1)ヒドロキシニトリルリアーゼを触媒とし、3−クロロ−5−ジフルオロメトキシベンズアルデヒドとシアニドドナーとから光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルを得る工程と光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルを光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸に加水分解する工程を含む、光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、製造工程数が少なく生産性に優れた方法で光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸を製造することができる。さらに、本発明によれば従来の方法より非常に高い収率で製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0010】
本発明はヒドロキシニトリルリアーゼを触媒とし、3−クロロ−5−ジフルオロメトキシベンズアルデヒドとシアニドドナーとから光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルを得る工程と光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルを光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸に加水分解する工程を含む。詳しくは、シアニドドナーを含有する有機溶媒相に酵素(以下、触媒とも称する)を添加した後、反応温度を調節しながら3−クロロ−5−ジフルオロメトキシベンズアルデヒドを導入し酵素反応を施す工程、反応によって得られた光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルを酸と共に溶媒に導入し、次いで温度を調整しながら加水分解を施す工程、加水分解反応の終了後、晶析により光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸結晶の湿潤物を析出させ、分離する工程を含む。得られた光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸の湿潤物を乾燥して溶媒を除去する工程を含んでも良い。
【0011】
本発明の方法により製造される光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸は、具体的には、(R)−3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸および(S)−3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸である。(R)−3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸は、3−クロロ−5−ジフルオロメトキシベンズアルデヒドを(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼによって(R)−3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルとし、加水分解して製造する。また、(S)−3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸は、3−クロロ−5−ジフルオロメトキシベンズアルデヒドを(S)−ヒドロキシニトリルリアーゼによって(S)−3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルとし、加水分解して製造する。
【0012】
本発明において、光学活性とは、一方の鏡像異性体(たとえばR体)が他方の鏡像異性体(たとえばS体)より多く含まれている状態、又は、いずれか一方の鏡像異性体のみからなる状態をいう。なお、いずれか一方の鏡像異性体のみからなる場合、光学純度100%eeという。
【0013】
本発明に用いる酵素、すなわちヒドロキシニトリルリアーゼとは、シアニドドナーの存在下、カルボニル化合物からシアノヒドリンを合成する活性を有するものを意味し、R体のシアノヒドリンを合成するヒドロキシニトリルリアーゼ((R)−ヒドロキシニトリルリアーゼ)としては、アーモンド(Prunus amygdalus)、ブラックチェリー(Prunus serotina)、ウメ(Prunus mume)などのバラ科植物由来の(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼ、アマ科植物由来の(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼなどが例示できる。好ましくは、バラ科植物由来の(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼである。S体のシアノヒドリンを合成するヒドロキシニトリルリアーゼ((S)−ヒドロキシニトリルリアーゼ)としては、モロコシ(Sorghum bicolor)などのイネ科植物由来の(S)−ヒドロキシニトリルリアーゼ、キャッサバ(Manihot esculenta)、パラゴムノキ(Hevea brasiliensis)などのトウダイグサ科植物由来の(S)−ヒドロキシニトリルリアーゼ、キシメニア(Ximenia americana)などのボロボロノキ科植物由来の(S)−ヒドロキシニトリルリアーゼなどが例示できる。好ましくは、トウダイグサ科植物由来の(S)−ヒドロキシニトリルリアーゼである。
【0014】
前記酵素は酵素を含む生物組織からの抽出によって調製することができるが、前記酵素の遺伝子をクローニングし、当該遺伝子を組み込んで作成した遺伝子組換え生物によっても生産することができる。また、天然型のヒドロキシニトリルリアーゼ遺伝子を改変し、酵素機能を改変したヒドロキシニトリルリアーゼについても、上記の活性を有するものであれば本発明に用いることができる。抽出は常法によって実施すればよく、調製物にはヒドロキシニトリルリアーゼ以外の成分が含まれていても反応に悪影響を与えなければ特に精製する必要はない。
【0015】
更に、前記酵素は、粉末状酵素、緩衝液等に溶解した酵素液、適当な担体に固定化してなる固定化酵素などの状態のものを使用することができる。反応終了後の反応液からの酵素の回収及び再利用が容易となることから、固定化酵素を使用するのが好ましい。
【0016】
本発明において、基質としての3−クロロ−5−ジフルオロメトキシベンズアルデヒドを光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルに変換するためには、シアニドドナーの存在下で酵素反応を実施する。本明細書中、シアニドドナーとは、反応系へ添加することによって、シアニド、すなわちシアン化物イオン(CN)を生じる物質を意味し、例えば、シアン化水素、青酸(シアン化水素酸)、シアン化ナトリウムやシアン化カリウムなどのシアン化水素の塩、又は、アセトンシアノヒドリン等のシアノヒドリン類が挙げられる。特に回収リサイクルが容易な青酸(シアン化水素酸)を用いるのが好ましい。シアニドドナーの供給方法としては常法により液体として供給する方法、又は常法により気体として供給する方法のいずれをも採用することができる。
【0017】
本発明のヒドロキシニトリルリアーゼを用いた光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルに変換する酵素反応に用いる反応溶媒としては、反応原料の濃度を高め、生産性を高めるために、水と実質的に混和しない有機溶媒を用いることが好ましい。ここで、「水と実質的に混和しない有機溶媒」とは、水に任意の割合で溶解する溶媒を除く有機溶媒を意味する。有機溶媒としては、水と実質的に混和せず、基質及び生成物を充分に溶解し、酵素反応に悪影響を与えないものであれば特に制限なく、用いることができる。
【0018】
水と実質的に混和しない有機溶媒としては、具体的には、ハロゲン化されていてもよい炭化水素系溶媒(例えば、直鎖状、分岐状又は環状の飽和又は不飽和脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素)、例えば、ペンタン、ヘキサン、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレン、塩化メチレン、クロロホルムなど;ハロゲン化されていてもよいアルコール系溶媒(例えば、直鎖状、分岐状又は環状の飽和又は不飽和脂肪族アルコール、アラルキルアルコール)、例えば、n−ブタノール、イソブタノール、t−ブタノール、ヘキサノール、シクロヘキサノール、n−アミルアルコールなど;ハロゲン化されていてもよいエーテル系溶媒(例えば、直鎖状、分岐状又は環状の飽和又は不飽和脂肪族エーテル、芳香族エーテル)、例えば、ジエチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、t−ブチルメチルエーテル、ジメトキシエタンなど;ハロゲン化されていてもよいエステル系溶媒(例えば、直鎖状、分岐状又は環状の飽和又は不飽和脂肪族エステル、芳香族エステル)、例えば、ギ酸メチル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、プロピオン酸メチル等が挙げられ、これらを単独で用いてもまた2種以上を混合して用いてもよい。特に、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、t-ブチルメチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、酢酸エチルを用いるのが好ましい。
前記有機溶媒は、水又は水性緩衝液で飽和されているのが好ましい。ここで水性緩衝液としては、特に制限はないが、酵素活性の最適pH(pH4〜7)の付近において緩衝能を発揮する緩衝液、例えば、リン酸、クエン酸、グルタル酸、リンゴ酸、マロン酸、o−フタル酸、コハク酸などの塩等によって構成される緩衝液等が好ましく用いられる。
【0019】
本発明において、シアノヒドリンを合成する酵素反応の形態については制限しない。即ち、酵素反応は、水・有機溶媒混合系、有機溶媒系、有機溶媒水二相系、有機溶媒水二相エマルジョン系、固定化酵素を使う反応系などのいずれの反応系においても効果的に実施することができる。
【0020】
本発明において、酵素、基質及びシアニドドナーの使用量、反応温度は、用いる基質に応じて適宜決定される。通常、酵素の使用量は基質である3−クロロ−5−ジフルオロメトキシベンズアルデヒド(以下、カルボニル化合物とも称する)50mmolに対して10〜100,000単位、好ましくは500〜50,000単位である。カルボニル化合物の濃度は通常0.1〜10mol/Lの範囲に設定し、シアニドドナーは用いるカルボニル化合物に対して0.5〜5倍モル、好ましくは1〜3倍モルの濃度で添加する。本反応は基質濃度によって酵素活性及び反応速度が変化するので、用いるカルボニル化合物の種類に応じて基質濃度を適宜決定する。反応時間は、基質であるカルボニル化合物の転換率が80mol%以上、好ましくは90mol%以上に達するまでの時間が適当であるが、これに限定されない。反応温度は酵素の活性が十分発揮される温度であればよく、通常0〜40℃、好ましくは4〜30℃である。
【0021】
反応系において、回分式で反応を行う場合には、撹拌などにより、酵素が反応系内に分散するようにする。カラムなどに固定化酵素を充填して反応を行う場合には、基質を含む溶液を適当な流速でカラムに流入させ、流出液を採取することで実施できる。回分反応の場合には、反応が完結した時点で混合を止め、生産物が溶解している有機相を常法により取り出すことで生産物を回収できる。これらの酵素は初回と同じ方法で調製した基質を含む溶液と混合することによって再使用することができる。
【0022】
本発明において、酵素反応終了後の光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルを含む反応液からの反応溶媒及び未反応のシアニドドナーの回収は、蒸留することにより行うことが好ましい。蒸留は、シアノヒドリンが高温では不安定であるため、常圧高温下で実施するよりも、比較的低い温度、減圧下で実施することが好ましい。また、この蒸留操作においては、公知のシアノヒドリンの安定化剤を添加することもできる。安定化剤としては蒸留ボトムを酸性に維持できるものであればよく、p−トルエンスルホン酸、酢酸などの有機酸、硫酸などの無機酸などをシアノヒドリンに対して1/200〜1/10モル添加することで実施できる。
【0023】
前記回収における減圧度及び温度は、用いる有機溶媒の種類に応じて適宜決定することができる。通常、t−ブチルメチルエーテルやジイソプロピルエーテルなどの沸点がおよそ30〜100℃付近の溶媒を用いる場合には、蒸留温度を好ましくは0〜100℃、より好ましくは20〜70℃、さらにより好ましくは20〜60℃にし、減圧度は1〜600torr、好ましくは5〜400torrとするが、これらに限定されるものではない。留出した溶媒及びシアニドドナーは、溶媒及びシアニドドナーを捕集するのに十分な温度、例えば、10℃以下に冷却された冷却管を使い効率よく捕集することができる。この操作で反応液に含まれている水も共沸して留出してくる。従って、蒸留によって得られた回収液には共沸して留出した水が含まれている。水と実質的に混和しない有機溶媒を主な反応溶媒とする場合、過剰に分離した水相を残したまま次の反応にリサイクル使用すると、基質濃度、反応液量等の制御が難しくなる。従って、反応溶媒とシアニドドナーをリサイクルするためには、上記の蒸留操作を終えた後、相分離した水相を分離し、残った有機相を回収して次の反応に用いるのが好ましい。回収した有機相には反応混合物に含まれていたシアニドドナーの大部分が含まれている。こうして回収した未反応のシアニドドナーを含む有機溶媒は、次の酵素反応の溶媒として用いることができる。
【0024】
本発明において、光学活性な3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルを加水分解する方法は常法によればよく、例えば、鉱酸を用いての酸加水分解、ニトリラーゼを用いての加水分解等が挙げられる。
【0025】
本発明において、光学活性な3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルを酸加水分解する際に用いる鉱酸としては、例えば、塩酸、硫酸、硝酸、ホウ酸、リン酸、過塩素酸などであり、好ましくは塩酸および硫酸であることが好ましい。鉱酸の使用量はマンデロニトリルに対して1から10等量である。好ましくは1.5から6等量である。
【0026】
本発明において、鉱酸などで行う光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルの酸加水分解は、反応溶液の温度を40から90℃で行うことが良く、50から80℃であることが好ましく、55から75℃であることがさらに好ましい。反応温度が90℃を超えると、副生成物や着色の増加により目的のマンデル酸の純度が低下する。また反応温度が40℃以下の場合には反応が十分に進行せず収率の低下を招く。反応時間は、1から40時間とすることが好ましく、2から12時間とすることがさらに好ましい。
【0027】
本発明において、加水分解で生成させた光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸は、必要に応じて、常法により取り出すことができる。特に、晶析や蒸発乾固などで取り出すことが好ましい。
【0028】
本発明において、光学活性マンデル酸類の晶析方法は、例えば、冷却晶析、濃縮晶析または塩析効果を利用した晶析方法などが挙げられる。本発明においては、これらの中でも、工業的生産を考えた場合、冷却晶析が好ましい。
【0029】
本発明において、加水分解で生成させた光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸の晶析での精製は、常法によればよいが、特に、水溶液中で、水に対して非混和性でかつ該マンデル酸類が難溶の有機溶媒の存在下、マンデル酸類を晶析させることが好ましい。水に対して非混和性でかつ該マンデル酸類が難溶の有機溶媒の存在させることで、加水分解反応で生じる着色物質及び副生成物等を容易に除去でき、該マンデル酸類を容易に純度よく製造することが可能である。
【0030】
本明細書でいう前記「水に対して非混和性」の有機溶媒とは、水相と相分離しうる有機溶媒のことをいい、水に対する溶解度が20℃で1重量%未満であることが好ましい。また、本明細書でいう前記「光学活性マンデル酸類が難溶」の有機溶媒とは、例えば光学活性マンデル酸類の有機溶媒への溶解度が20℃で2重量%未満、好ましくは20℃で0.5重量%未満であるような有機溶媒をいう。
【0031】
このような、水に対して非混和性で、前記マンデル酸類が難溶の有機溶媒の例としては、例えば、炭化水素溶媒が挙げられる。そのような炭化水素溶媒としては、直鎖状又は分岐状の鎖式炭化水素、側鎖のない又は側鎖のある環式炭化水素、あるいは、前記の環式炭化水素基が置換した鎖式炭化水素のいずれをも含む。また、これらの炭化水素は分子内に不飽和結合を有していてもよい。以下に、前記炭化水素溶媒の代表的なものについて例示する。
【0032】
直鎖状又は分岐状の鎖式炭化水素溶媒としては、例えば、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン等、及びそれらの構造異性体、例えば2−メチルペンタン、3−メチルペンタン等の炭素数5〜16の鎖式炭化水素が挙げられる。側鎖のない又は側鎖のある環式炭化水素としては、シクロペンタン、シクロヘキサン等、及びそれらの構造異性体、例えばメチルシクロペンタン、メチルシクロヘキサン等の炭素数6〜16の飽和単環式炭化水素、並びにベンゼン、トルエン、トリメチルベンゼン、o−キシレン、m−キシレン、p−キシレン、および異性体混合物からなるキシレン等の芳香族炭化水素が挙げられる。これらの炭化水素溶媒のうちベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素溶媒が好ましく、トルエンおよびキシレンが更に好ましい。また、本発明では二種以上の溶媒を組合せた混合溶媒を用いてもよい。
【0033】
上記有機溶媒を加える場合、水溶液と有機溶媒との比率は重量比で1:0.01から1:1とすることが好ましい。1:0.01より少ないと、有機溶媒による副生物の抽出効果および取り扱いやすい結晶が得られない。また、1:1より多いと、溶媒相は比重が小さいため分離しやすく、混合する為に大きな撹拌動力を必要とするばかりか、不経済である。
【0034】
上記有機溶媒の添加方法は、光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルを鉱酸による酸加水分解後に添加する方法および該有機溶媒の存在下光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルを鉱酸により酸加水分解する方法があり、いずれも好ましい形態である。
【0035】
生成した結晶の固液分離の方法は、特に制限されないが、加圧ろ過、自然ろ過、加熱ろ過、または遠心分離による方法などが挙げられる。固液分離操作は、不活性ガス雰囲気下または大気中で行なうことができる。着色を防止する点から不活性ガス雰囲気下で実施することが好ましく、窒素雰囲気下が特に好ましい。また、固液分離は、常圧下、加圧下、または減圧下のいずれの条件でも行うことができる。
【0036】
固液分離して得られた光学活性マンデル酸類の結晶は、必要に応じて溶媒などで洗浄しても良い。洗浄する場合は、光学活性マンデル酸類の結晶を1〜5回洗浄し、同様の固液分離操作を繰り返し行なうこともできる。
【0037】
固液分離して得られた光学活性マンデル酸類結晶の湿潤物は、必要に応じて乾燥しても良い。乾燥は公知の装置、方法を用いることができ、減圧、常圧または加圧の条件下で実施することができる。温度は設定の圧力下で溶媒が蒸発する温度であれば良いが、たとえば100℃以下の温度で行えば良く、光学活性マンデル酸類の変質を防ぐ観点から70℃以下が好ましい。
【実施例】
【0038】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
(調製例1)(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼの調製
(1)アーモンド種子粉砕物1000gにアセトン2000mlを混合し、2時間攪拌した後、濾過し、固形分を回収した。この固形分を乾燥したものに水6000gを加え、アンモニア水でpH7.5に調整した後、攪拌混合を一晩行った。次いで、このスラリーを遠心分離し、上澄液を回収した。この上澄液のpHを5に調整した後、遠心分離し、不溶分を除去した液を回収した。
(2)前記(1)で調製した(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼ酵素液の活性を測定した。酵素活性はDL−マンデロニトリルを基質として基質が酵素によって分解されベンズアルデヒドが生成される速度を249.6nmの吸光度変化を測定することによって測定し、活性を算出した。ここで、1単位(U;unit)は1分間にベンズアルデヒド1μmolを生成する活性と定義した。この方法で前記(1)で調製した酵素液の酵素活性を測定したところ、60.57U/mlの活性で酵素を25万単位回収することができたことがわかった。
(調製例2)固定化(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼの調製
調製例1の方法で調製した(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼ酵素液を硫安沈澱処理し、酵素を濃縮し、2500U/mlの酵素液を調製した。この酵素液1mlに対して1gの固定化担体(多孔性シリカゲル、microbead silicagel 300A、富士シリシア化学(Fuji Silysia Chemical Ltd.)製)を混合した。これをこのまま合成反応に用いることにした。
(実施例1)ヒドロキシニトリルリアーゼによる(R)−3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルの合成
t−ブチルメチルエーテル300gと青酸18gを混合したものに、0.2Mクエン酸緩衝液(pH5.5)を添加し、撹拌混合した後、静置してから有機相を分離した。次いで、この有機相に調製例2で調製した固定化酵素(25万単位)を添加し、次いで、この有機相を室温で撹拌しながら、3−クロロ−5−ジフルオロメトキシベンズアルデヒド103gを一定流量で1時間かけて滴下した。このとき、反応溶媒である有機相の温度を30度以下に保持した。6時間反応させた後、反応液を回収し、蒸発乾固させたところ、118gの粗(R)−3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルが得られた。
(実施例2)加水分解による(R)−3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸の合成
500mLフラスコ中に実施例1で作成した粗(R)−3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリル(118g)、35%塩酸113gおよびキシレン100gを仕込み、70℃で加水分解反応を行った。反応終了後、撹拌しながら一定の冷却速度で15℃まで冷却し、(R)−3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸の結晶を析出させた。得られた(R)−3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸結晶の湿潤物を60℃で減圧乾燥して乾燥(R)−3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸結晶89gを得た(3−クロロ−5−ジフルオロメトキシベンズアルデヒドからのトータル収率70mol%)、HPLC分析の結果、光学純度は99%ee以上であった。
(参考例)
特表2004−520290号公報の実施例1の記載によれば、3−クロロ−5−ジフルオロメトキシベンズアルデヒドからR−3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸を製造するまでに5段階の反応が必要であり、また3−クロロ−5−ジフルオロメトキシベンズアルデヒドからR−3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸を得るまでのトータル収率は21mol%と計算される。
【0039】
この結果より、本発明の方法は2段階の反応であるため生産効率が非常に高い製造方法であり、さらにR−3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸を非常に高い収率で得ることができる製造方法であることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明は高純度の光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸を高効率で製造することを可能にするため、医農薬、液晶材料、および光学分割剤などの原料用として光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸を安価に供給することを可能にする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロキシニトリルリアーゼを触媒とし、3−クロロ−5−ジフルオロメトキシベンズアルデヒドとシアニドドナーとから光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルを得る工程と光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデロニトリルを光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸に加水分解する工程を含む、光学活性3−クロロ−5−ジフルオロメトキシマンデル酸の製造方法。

【公開番号】特開2011−205986(P2011−205986A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−77818(P2010−77818)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】