説明

光学素子および光学機器

【課題】 カビやヤケの発生を抑制することができる光学素子の提供。
【解決手段】 側端面13aに内面反射防止用の艶消し黒色塗膜32が形成されたレンズ13において、塗膜32を覆うように撥水コート36を形成した。さらに、撥水コート36は塗膜32とレンズ13のガラス基材との境界35を覆い隠すように形成されている。撥水コート36にはフッ素系やシリコン系のコート剤が用いられ、例えば、筆塗りにより塗布される。そのため、塗膜32が撥水コート36により覆われるため、大気中の湿度が高かったり水滴がレンズ13に付着するようなことがあったりしても、塗膜32に水分が吸収されたり、境界35に水分が付着したりしない。その結果、カビの発生やガラス基材の溶解によるヤケの発生を抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、カメラや顕微鏡等に使用されるレンズやプリズムなどの光学素子、およびその光学素子を備える光学機器に関する。
【0002】
【従来の技術】従来、カメラ等の光学機器に用いられているレンズでは、レンズの側面等に黒色の艶消し塗料を塗布することにより、それらの面においてレンズ内へ進入したり内面反射されたりした不要光が、迷光となって光学機器の性能を劣化させるのを防止している。この塗料には、反射率を極力小さくするために、ほぼ黒色で、かつ、超低反射率であることが必要とされている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、従来から用いられている艶消し黒色塗料は、ガラス基材と比較して大気中の水分を吸収し易く、さらに、水分保持能力が高いために吸収された水分が放出され難いという性質を有している。そのため、いったん水分を吸収すると、大気中の湿度が低下した後も塗膜内が常に湿気を含んだ状態となってしまう。このような湿気を含んだ塗膜に有機物が付着するとカビが発生しやすくなる。塗膜部分にカビが繁殖すると、そのカビがレンズ表面全体に拡がって行き、光学機器の性能を著しく劣化させてしまうという問題があった。
【0004】また、黒色塗膜とガラス基材との境界部分は、塗膜中に吸収された水分と大気中の二酸化炭素とが常に存在する部分となる。そのため、水分と大気中の二酸化炭素とが反応して炭酸水が形成され、これがヤケの原因であると考えられている。すなわち、ガラス基材部分に炭酸水が形成されると炭酸水とガラス成分であるNaやCa等とが反応し、ガラス基材が溶解するとことによりヤケが発生する。このヤケはレンズ表面にくもの巣状に拡がって行き、光学機器の性能を著しく劣化させる。
【0005】本発明の目的は、カビやヤケの発生を抑制することができる光学素子、およびその光学素子を備えた光学機器を提供することにある。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明の光学素子は、素子表面の一部に不要光を抑制する塗布剤が塗布された光学素子において、塗布剤が塗布された塗布部上に撥水性コートを形成したことにより上述の目的を達成する。本発明による光学機器は、素子表面の一部に不要光を抑制する塗布剤が塗布された光学素子を備える光学装置において、塗布剤が塗布された塗布部上に撥水性コートを形成したことにより上述の目的を達成する。また、撥水性コートを、少なくとも塗布部の全体を覆うように形成しても良い。塗布剤には、例えば、反射防止用黒色塗料が用いられる。なお、不要光には、塗布剤が塗布された面における内面反射も含まれる。
【0007】
【発明の実施の形態】以下、図を参照して本発明の実施の形態を説明する。図1は本発明による光学機器の一実施の形態を示す図である。図1は交換レンズ1の断面を示したものであり、ズームレンズである交換レンズ1のワイド状態を示している。第1レンズ群を構成するレンズ11,12は、外側移動筒17のレンズ枠17aに保持されている。外側移動筒17の内周面には雌ヘリコイドネジ17bが形成されている。
【0008】外側移動筒17の雌ヘリコイドネジ17bは内側移動筒18の外周面に形成された雄ヘリコイドネジ18bと螺合している。そのため、外側移動筒17を手動で回転操作すると、外側移動筒17が内側移動筒18に対して光軸方向に移動し、合焦操作を行うことができる。内側移動筒18にはレンズ枠18aが設けられており、レンズ枠18aには第2レンズ群を構成するレンズ13が保持されている。
【0009】図示は省略したが、内側移動筒18の後端(図示右端)の外周面にはカムピンが植設されており、そのカムピンはカム筒19のカム溝(不図示)に係合している。カム筒19は、ズーム操作環20を回転操作することにより回動する。カム筒19が回転すると、カム機構によって内側移動筒18および外側移動筒17が一体で光軸方向に直進移動する。第3レンズ群を構成するレンズ14〜16は、レンズ枠21に保持されている。
【0010】レンズ枠21は、ズーム動作に関係なく光軸上の一定の位置に固定されている。交換レンズ1はマウント部24を用いてカメラ本体(不図示)に固定される。レンズ12とレンズ13との間の空間8は開放空間になっており、ズーム操作によって移動筒17,18が光軸方向に移動すると、開放空間8と外部環境との間に空気の出入りが生じる。その結果、湿度の高い空気、塵およびカビの胞子などが外部環境から空間8内へと侵入する。
【0011】図2は、本実施の形態におけるレンズを従来のレンズと比較して示した図である。図2において(a)は図1のレンズ13の断面図であり、(b)、(c)は従来のレンズ30、31の断面図である。レンズ13,30には、レンズ側端面13a,30aにおける内面反射33を防止して撮影像を結像する光線に対する不要光を抑制するために、艶消し黒色塗料による塗膜32が形成されている。また、メニスカスレンズであるレンズ31の場合には、レンズ側端面31aだけでなく、図示上面の一部(光学的に使用しない面)31bにも塗膜32が形成されている。面31bに形成された塗膜32は、図2(c)に示すような光34(不要光)が面31bからレンズ31内に進入するのを防止している。
【0012】図3は、従来のレンズ30における大気中の湿度変化L1と塗膜32の吸湿量変化L2との関係を示す図であり、縦軸は湿度および吸湿量を、横軸は時間をそれぞれ表している。図3に示すように、湿度が上昇するにつれて塗膜32内の吸湿量も上昇する。その後、大気中の湿度L1は符号Aで示す範囲で減少しているが、塗膜32の吸湿量L2はほとんど減少せず一定に保たれている。このように、レンズ等に用いられる艶消し黒色塗膜32は、吸湿性および保水性が高いという性質を有している。
【0013】しかし、図2(a)に示すレンズ13では、塗膜32の表面を覆い隠すように撥水コート36、例えばフッ素系やシリコン系のコートが形成されているので、水分を吸収しやすい塗膜32は撥水コート36により大気と遮断され、吸湿現象を防止することができる。図2(a)において、領域S1は撮影像を結像する光線が通る領域、つまり光学的に使用される領域であり、領域S1の周辺の領域S2は光学的に使用されない領域である。本実施の形態では、塗膜32を領域2の部分まで拡張して形成することにより、塗膜32とレンズ13のガラス基材との境界35も撥水コート36で覆うようにした。そのため、境界35への水滴の付着を防止できるとともに、境界35と大気との接触を遮断することができ、ガラス溶解に起因するヤケへの防止効果をより高めることができる。
【0014】なお、撥水コート36は、筆塗り等の方法により塗布される。塗膜32および撥水コート36の塗布工程では、温度を上げて塗膜32および撥水コート36を乾燥させる。そのため、塗膜32の初期乾燥状態が長期的に保持される。また、撥水コート36は撥水性が高いため水分が付着しにくく、撥水コート36上にはカビが発生し難い。
【0015】上述した実施の形態では、塗膜32上および境界35上に撥水コート36を形成するようにしたが、塗膜32を形成する黒色塗料にフッ素粒子やシリコン粒子を混入して分散させ、塗膜32自身に撥水性を持たせるようにしても良い。ただし、塗膜32には内面反射抑制機能が損なわれないように、フッ素粒子やシリコン粒子の添加量は0.1〜10wt%程度に制限される。そのため、上述したような撥水コート36ほどの撥水効果は得られないが、カビやヤケの発生を従来よりも低減することができる。
【0016】特許請求の範囲の構成要素と実施の形態との間の対応関係は次の通りである。光学素子としてレンズ13を例に説明したがプリズム等でも良く、光学素子を備える光学機器としては顕微鏡や望遠鏡等でも良い。
【0017】
【発明の効果】以上説明したように、本発明によれば、吸湿性の高い塗布剤が塗布された塗布部上に撥水性コートを形成したので、塗布部の吸湿を抑制することができる。その結果、カビの発生やヤケの発生を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明による光学機器の一実施の形態を示す図であり、交換レンズ1の断面図である。
【図2】レンズ13を従来のレンズと比較して示した図であり、(a)はレンズ13の断面図、(b)、(c)は従来のレンズ30、31の断面図である。
【図3】従来のレンズ30における大気中の湿度変化L1と塗膜32の吸湿量変化L2との関係を示す図である。
【符号の説明】
1 交換レンズ
11〜16,30,31 レンズ
17a,18a,21 レンズ枠
32 艶消し黒色塗膜
35 境界
36 撥水コート

【特許請求の範囲】
【請求項1】 素子表面の一部に不要光を抑制する塗布剤が塗布された光学素子において、前記塗布剤が塗布された塗布部上に撥水性コートを形成したことを特徴とする光学素子。
【請求項2】 請求項1に記載の光学素子において、前記撥水性コートを、少なくとも前記塗布部の全体を覆うように形成したことを特徴とする光学素子。
【請求項3】 請求項1または2に記載の光学素子において、前記塗布剤は反射防止用黒色塗料であることを特徴とする光学素子。
【請求項4】 請求項1〜3のいずれかに記載の光学素子において、前記不要光は、前記塗布剤が塗布された面における内面反射も含むことを特徴とする光学素子。
【請求項5】 請求項1〜4のいずれかに記載の光学素子を備えたことを特徴とする光学機器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2003−161804(P2003−161804A)
【公開日】平成15年6月6日(2003.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2001−361206(P2001−361206)
【出願日】平成13年11月27日(2001.11.27)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】