説明

光学素子

【課題】導電性薄膜に形成された波長以下の径を有する開口を介した光の伝送において、光の利用効率を向上させる。
【解決手段】第1および第2の表面20a及び20bを有し、第1の表面から第2の表面に連通する少なくとも一つの開口30が設けられた導電性薄膜20の、第1及び第2の表面の少なくとも一方に、周期長の異なる第1および第2の周期的表面形状40a及び40bを形成する。第2の周期的表面形状の周期長P2は、第1の周期的表面形状の周期長P1の1/2の奇数倍に実質的に等しくする。これにより、前記第1の周期的表面形状によって励起される表面プラズモン・ポラリトンが、前記第2の周期的表面形状によって奇数次ブラッグ反射され、第1の表面に入射し開口を通じて第2の表面側へ伝送される光の強度が高効率で増強される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学素子に関し、特に、入射する光の波長以下の径を持つ開口と周期的表面形状とを有する導電性薄膜を備え、非常に高いスループットを可能とする光学素子に関する。
【背景技術】
【0002】
CD−ROM(コンパクトディスク−読み出し専用メモリ)及びDVD(デジタルビデオディスクまたはデジタルバーサタイルディスク)のような光記録媒体は、高い記録密度、コンパクトな設計、ポータビリティ及び頑強性等の特長を有する上、それ自体の価格のみならず記録再生装置の価格も低下しつつあるために、ますます魅力的なデータ記憶媒体になりつつある。そして、この種の光記録媒体においては、さらなる長時間の映像データの記録を可能とするために、より高い記録密度が望まれている。
【0003】
現在の値を超えて光記録媒体の記録密度を増加させるためには、データを書き込みあるいは読み取る光ビームのサイズを小さくすることが必要である。通常の光学系、すなわち集光レンズを用いたときの、その焦点における光スポットのサイズは、主に光ビームの波長と集光レンズの開口数により決定される。一般には短波長の光源と高い開口数を有するレンズを使用することで光スポットのサイズを小さくすることができる。しかしこの方法では、いわゆる回折限界によるスポットサイズ限界が存在し、そのサイズは光源の波長の半分程度である。
【0004】
最近、この回折限界に束縛されない技術として近接場光学技術が注目を集めている。例えば波長以下の大きさの微小な開口に光ビームを照射して透過(通過)させれば、その出口付近には、その開口サイズと同程度の微小な光スポットが形成される。これを利用すれば開口を記録媒体に近接させることで、光源の波長に限定されない微小な光スポットによる微小なピットの書き込みあるいは読み出しの実現が期待できる。
【0005】
一方、このような近接場光学技術を利用した光ヘッドでは、解決しなければならない問題があった。それは、光の利用効率が低く、開口を介した光の十分な伝送を行うことが困難であるという問題である。金属膜に設けた波長λ以下の大きさの開口(開口径d)を透過する光のパワーは、非特許文献1に記されているように(d/λ)の4乗に比例して著しく減衰する。したがって微小な開口を介した光伝送は、読み出し用には低すぎる信号対雑音比、書き込み用には低すぎる光強度という問題を潜在的に抱えており、結果として近接場光学技術を用いた実用的な光ヘッドは今までに得られていない。
【0006】
このような状況を打破するべく、光の波長未満の径を有する開口列をもった金属薄膜を使用して、開口列を透過する光の透過率が著しく高められた光伝送技術が既にいくつか提案されている(例えば、非特許文献2、又は特許文献1−4参照)。
【0007】
これらの提案によれば、開口を周期的な配列で配置することにより、または開口と連係して金属薄膜上に周期的な表面形状を設けることにより、金属薄膜に設けた波長以下の直径を有する1つ以上の開口を、金属薄膜に照射された光が透過する光強度は、周期的な開口や表面形状がない場合に比べて大幅に増加する。実験的な検証によれば、その増加率は1,000倍にも達することがある。この増加は、金属薄膜に入射する光が金属薄膜に励起される表面プラズモン・モードと共鳴的に相互作用するときに起こるとされている。
【0008】
また、近接場光記録用ヘッドの微弱な透過光量を改善すべく、金属膜に波長以下の大きさの開口と周期的な表面形状を設け、周期的な表面形状により起こる表面プラズモン・エンハンス効果(surface plasmon-enhancement)を利用する非常に高い透過光パワー密度と分解能を有する光記録装置用の読み出し/書き込みヘッドも既に提案されている(特許文献5参照)。この提案による光記録ヘッドでは、金属膜に形成された開口と、金属膜の表面の少なくとも一方の上に設けられた周期的な表面形状とにより、金属膜の表面の一方に入射する光が金属膜の表面の少なくとも一方での表面プラズモン・モードと相互作用し、それにより、金属膜を貫通する開口を通る透過光を増大させる。
【0009】
しかし、上述した従来の表面プラズモンを利用した高効率光透過技術においても、十分な光透過効率は未だ得られておらず、今日まで十分な伝送効率を示す波長未満径の開口デバイスは実現されていない。
【0010】
一方、金属膜の表面に励起された表面プラズモンは、表面プラズモン・ポラリトンとして、金属膜の表面を伝搬することができる。そして、表面プラズモン・ポラリトンによる伝搬は、通常の光と同じように周期構造によってブラッグ反射されることが報告されている。また、金属膜表面を伝搬する表面プラズモン・ポラリトンは、金属膜表面上に設けられた周期的な表面形状の周期が、ブラッグ反射条件に非常に近い周期長を備える場合に、周期的な表面形状がミラーとして機能し、効率よく反射されることも報告されている(例えば、非特許文献3参照)。 しかしながら、非特許文献3(H. Ditlbacherら)は、あくまでも金属膜表面でのミラー機能を報告しているのみである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平11−72607号公報(または米国特許第5,973,316号)
【特許文献2】特開2000−111851号公報(または米国特許第6,040,936号)
【特許文献3】特開2000−171763号公報(または米国特許第6,236,033号)
【特許文献4】特開2001−133618号公報(または米国特許第6,285,020号)
【特許文献5】特開2001−291265号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】H.A.Bethe、「微小孔による回折理論(Theory of Diffraction by Small Hall)」、Physical Review、巻66、頁163−182(1944年)
【非特許文献2】Ebbesen等、「波長未満口径の孔列による驚くべき光伝送(Extraordinary optical transmission through sub- wavelength hole arrays)」、Nature、巻391、頁667−669(1988年2月12日)
【非特許文献3】H. Ditlbacher、et al.、“Two-dimensional optics with surface plasmon polaritons”,Applied Physics Letters,81,p1762(2002年9月2日)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述のように、波長以下の開口を介した光の伝送は非常に困難であり、また、これを解決するために表面プラズモン効果で増幅された透過光を利用することがいくつか提案されているが、得られる透過光の入射光に対する利用効率がいまだ十分ではない。
【0014】
それゆえ、本発明の目的は、開口と周期的表面形状とを有する導電性薄膜を備えた光学素子において、高効率で光を伝送することを可能にすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
表面プラズモン効果で増幅された透過光を利用する際に、得られる透過光の入射光に対する利用効率を高めるためには、周期構造によって表面プラズモンに変換されたエネルギーを効率よく利用し、エネルギーの散逸を抑制することが重要となる。すなわち、周期構造の外側に散逸するエネルギーを、ブラッグ反射によって効率よく戻すことで、高効率な光透過を実現することが可能となる。
【0016】
本発明の第1の要旨による光学素子は、第1および第2の表面を有するとともに、前記第1の表面から前記第2の表面に連通する少なくとも一つの開口と、前記第1および前記第2の表面の少なくとも一つの表面に設けられた周期的表面形状とを有する導電性薄膜を備え、前記第1の表面に入射し前記開口を通じて前記第2の表面側へ伝送される光の強度が、周期的表面形状がない場合に比べて増強される光学素子であって、前記周期的表面形状が、周期長の異なる第1および第2の周期的表面形状を有し、前記第1の周期的表面形状によって励起される表面プラズモン・ポラリトンが、前記第2の周期的表面形状によって奇数次ブラッグ反射されることを特徴とする。
【0017】
また、本発明の第2の要旨による光学素子は、第1および第2の表面を有するとともに、前記第1の表面から前記第2の表面に連通する周期的に設けられた複数の開口を有する導電性薄膜を備え、前記第1の表面に入射し前記複数の開口を通じて前記第2の表面側へ伝送される光の強度が、前記複数の開口が周期的ではない場合に比べて増強される光学素子であって、前記周期的に設けられた複数の開口を第1の周期的開口とし、前記第1の周期的開口の周期長とは異なる周期長で形成された、前記第1の表面から前記第2の表面に連通する前記複数の開口とは異なる別の複数の開口からなる第2の周期的開口あるいは前記第1及び前記第2の表面のいずれか一方に周期的に形成された周期的表面形状を備え、前記第1の周期的開口によって励起される表面プラズモン・ポラリトンが、前記第2の周期的開口あるいは前記周期的表面形状によって奇数次ブラッグ反射されることを特徴とする。
【0018】
また、本発明の第3の要旨による光学素子は、第1および第2の表面を有するとともに、前記第1の表面から前記第2の表面に連通する少なくとも一つの開口と、前記第1および前記第2の表面に設けられた複数の周期的表面形状とを有する導電性薄膜を備え、前記第1の表面に入射し前記開口を通じて前記第2の表面側へ伝送される光の強度が、前記周期的表面形状がない場合に比べて増強される光学素子であって、前記複数の周期的表面形状として、前記第1の表面に設けられた互いに周期長の異なる第1および第2の周期的表面形状と、前記第2の表面に設けられた第3の周期的表面形状とを有し、前記第1の周期的表面形状によって励起される表面プラズモン・ポラリトンが、前記第2の周期的表面形状によって奇数次ブラッグ反射され、前記第3の周期的表面形状における表面プラズモン・ポラリトンが、当該第3の周期的表面形状において奇数次ブラッグ反射されることを特徴とする。
【0019】
また、本発明により、光記録媒体用の光ヘッドが提供される。この光ヘッドは、光源からの光によって光記録媒体に情報を記録する光ヘッドであって、前記光源の出力光を導波する導波手段と、該導波手段により導波された光を集光する集光手段と、上述した本発明の第1乃至第3の要旨による光学素子のいずれか一つとを備える。光学素子は、その開口を光記録媒体に近接して配設され、集光された光の一部を光記録媒体に照射する。
【0020】
上記の構成によって、微小開口からの出射光強度を光記録媒体への記録に必要な値以上に高め、従来になく高密度に情報を記録することを可能にする光ヘッドが得られる。
【0021】
また、本発明は、光記録装置を提供する。その光記録装置は、光源からの光によって光記録媒体に情報を記録するために、上記光ヘッドを備える。
【0022】
上記の構成によって、従来になく高密度に情報を記録することを可能にする光記録装置が得られる。
【0023】
また、本発明の光学素子を用いることによって、光源からの光の、特定の波長の光のみを集光させる集光装置が提供される。
【0024】
さらに、本発明の光学素子を用いることにより、光源からの光の、特定の波長の光のみを集光して試料に照射する近接場光学顕微鏡が提供される。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、光学素子の第1及び第2の表面に形成される導電性薄膜に、周期長の異なる第1および第2の周期的表面形状を形成し、第1の周期的表面形状によって励起される表面プラズモン・ポラリトンが、第2の周期的表面形状によって奇数次ブラッグ反射されるようにしたことで、波長以下の開口を通じて高効率で光を透過させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係る光学素子の断面図である。
【図2】(A)は、図1に示す光学素子における導電性薄膜の第1の表面を示す平面図であり、(B)は、図1に示す光学素子における導電性薄膜の第2の表面を示す平面図(底面図)である。
【図3】図1の光学素子の第1の変形例を示す断面図である。
【図4】(A)は、図1の光学素子の第2の変形例における導電性薄膜の第1の表面を示す平面図であり、(B)は、第2の変形例における導電性薄膜の第2の表面を示す平面図(底面図)である。
【図5】(A)は、図1の光学素子の第3の変形例における導電性薄膜の第1の表面を示す平面図であり、(B)は、第3の変形例における導電性薄膜の第2の表面を示す平面図(底面図)である。
【図6】(A)は、図1の光学素子の第4の変形例における導電性薄膜の第1の表面を示す平面図であり、(B)は、第4の変形例における導電性薄膜の第2の表面を示す平面図(底面図)である。
【図7】(A)は、図1の光学素子の第5の変形例における導電性薄膜の第1の表面を示す平面図であり、(B)は、第5の変形例における導電性薄膜の第2の表面を示す平面図(底面図)である。
【図8】(A)は、従来構造の光学素子の作用を説明するための図であり、(B)は、図1の光学素子の作用を説明するための概念図である。
【図9】図1の光学素子における、周期的表面形状の周期長と透過光の増幅率の相関を示すグラフである。
【図10】(A)は、従来構造の光学素子における電場分布図であり、(B)は、図1の光学素子における電場分布図である。
【図11】本発明の第2の実施の形態に係る光学素子の断面図である。
【図12】図11の光学素子の第1の変形例を示す図である。
【図13】図11の光学素子の第2の変形例を示す図である。
【図14】(A)は、従来構造の光学素子における作用を説明するための概念図であり、(B)は、図11の光学素子における作用を説明するための概念図である。
【図15】図11の光学素子における、周期的表面形状の周期長と光強度の増幅率の相関を示すグラフである。
【図16】(A)は、従来構造を含む光学素子における電場分布図であり、(B)は、図12の光学素子の電場分布図である。
【図17】本発明の光ヘッドの一実施形態を示す図である。
【図18】本発明の光記録再生装置の一実施形態を示す図である。
【図19】(A)は、本発明の集光装置の一実施形態を示す図であり、(B)は、本発明の集光装置の他の実施形態を示す図である。
【図20】本発明の近接場顕微鏡の一実施形態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
(実施の形態1)
次に、本発明の実施の形態について、図面を参照して説明する。
【0028】
図1、図2(A)及び(B)は、本発明の第1の実施の形態に係る光学素子10を示す図である。光学素子10は、第1の表面20aと第2の表面20bとを含む導電性薄膜20を有している。入射光は、導電性薄膜20の第1の表面20aに照射される。導電性薄膜20は、直径がdの少なくとも1つの孔、すなわち開口30を有する。導電性薄膜20は金属、あるいはドープ処理をした半導体材料からなり、アルミニウム、銀、金、クロム等が望ましい。特に、入射光として可視光領域の光を使用する場合には、光学的な損失の観点から銀が望ましいが、必ずしもこれに限定されるものではない。
【0029】
導電性薄膜20は、第1の表面20a及び第2の表面20bの少なくとも一方(本実施の形態では、第1の表面20aのみであるが、両面でもよい。)に第1の周期的表面形状40aが備えられているとともに、第1の周期的表面形状と周期長が異なる第2の周期的表面形状40bが備えられている。
【0030】
第1の周期的表面形状40aは、入射光に対応するように設けられる。詳述すると、第1の周期的表面形状40aは、入射光が照射される領域と同じか、それよりわずかに広い領域に設けられる。換言すると、入射光が第1の周期的表面形状40aが設けられた領域内に照射されように、第1の周期的表面形状40aは設けられる。これらの領域が円形の場合、入射光の光束径よりも第1の周期的表面形状40aが設けられた領域の直径が大きくなるように、第1の周期的表面形状40aが形成される。なお、光の光束径とは、光の強度が、ピーク強度の1/eとなる幅で定義される。
【0031】
第2の周期的表面形状40bは、第1の周期的表面形状40aが設けられた領域の周囲に設けられる。第2の周期的表面形状40bの周期長P2は、第1の周期的表面形状40aの周期長P1の約1/2の奇数倍(1/2の奇数倍に実質的に等しいとみなせる値)である。図1および図2(A)は、第2の周期的表面形状40bの周期長P2が、第1の周期的表面形状40aの周期長P1の約1/2である場合を示しているが、図3に示すように、第2の周期的表面形状40bの周期長P2が、第1の周期的表面形状40aの周期長P1の約3/2としてもよい。
【0032】
周期的表面形状とは、ある基準面から隆起した領域、及び/又は、沈下した領域が周期的にまたは規則的に反復して(例えば、規則的な二次元格子状、あるいは同心円状に)配列されている形状を言う。ここで、周期的表面形状という用語は、導電性薄膜20の全厚みを貫通する開口30とは区別されなければならない。即ち、周期的表面形状という用語は、導電性薄膜20の全厚みを貫通せず、それゆえ開口ではない表面の周期的な突起、または、窪みを述べるために使用される。周期的表面形状は如何なる任意の形にも形成できる。一つの開口に対して、その周辺に周期的表面形状を配置する場合には、開口を中心とした同心円状に配置された複数の窪みや突起、あるいは同心円状の複数の溝または突起とすることが望ましい。ただし、本発明の意図は、周期的表面形状の如何なる特定寸法によっても限定されない。
【0033】
図1(図3についても同様)の上部に矢印で記号表示されたIincidentの強度を有する入射光は、導電性薄膜20の第1の表面20aに向かい、導電性薄膜20の第2の表面20b内の開口30から増大された強度Ioutputを有する図1の下部に矢印で記号表示された出力光として伝送される。光がこの構造を通って反対方向に移動した場合、すなわち、もし光が第2の表面20bに入射し第1の表面から出力光として伝送された場合にも伝送強度の増大が起こることは注目すべきことである。
【0034】
開口30の直径dは、伝送強度を最大限増強して最高解像度を得るために、開口30上に入射する入射光の波長より小さいことが望ましい。すなわち、出射側の開口は波長未満の直径を持つことが好ましい。
【0035】
導電性薄膜20の厚みはtで表示され、導電性薄膜20は光学的に不透明であるように十分厚くなければならない。すなわち、厚みtは、入射光の浸透厚より大きくなくてはならない。
【0036】
図1乃至図3には、支持されていない薄い導電性薄膜20が示されている。すなわち、導電性薄膜20は支持構造(基板)に隣接または固着されていない。しかし本発明では、導電性薄膜をガラスまたは石英上に堆積させ、薄い導電性薄膜20を基板に固定してもよい。
【0037】
基板を使用する時には、導電性薄膜20の露出表面、あるいは基板との界面側表面のいずれかに周期的表面形状を設けることができる。導電性薄膜の基板との界面側表面に周期的表面形状を設ける場合には、例えばパターンの陰画を基板表面上に作り、陰画パターンを形成した基板上に導電性薄膜を堆積させることにより、導電性薄膜上に周期的表面形状を設けることができる。
【0038】
図1および図3において、開口30は、第1の表面から第2の表面に連通しているように描かれている。換言すると開口30は、図1及び図3において導電性薄膜20の全厚みを貫通するように示されている。しかしながら、開口30は、導電性薄膜20を貫通していなくても、光学的に十分薄い、すなわち、入射光の浸透厚より薄い程度の導電性薄膜が残されていてもよい。例えば、導電性薄膜が基板上に固定されており、基板側と反対側から開口を形成しようとする場合、導電性薄膜の全厚みを貫通するように開口を形成することによって、基板表面にダメージを与えることを避けるため、開口を貫通させずに、光学的に十分薄い程度の導電性薄膜が残されていてもよい。
【0039】
さらに、図1乃至図3に示した開口30は、円形であるが、本発明の範囲から逸脱することなく、これらの形状を他の形、例えばスリット形、長方形、多角形または楕円形にすることができる。上述のように、本発明の主旨から言って、波長以下の高分解能特性を得る上で、出射側の開口は波長より小さな直径をもつことが好ましく、開口がスリットや、長方形、楕円形である場合には、少なくともその短軸方向の長さが波長よりも小さいことが望ましい。
【0040】
また、図1乃至図3には、第1及び第2の周期的表面形状40a,40bが同心円状に描かれているが、周期的表面形状は同心円状に形成されるものに限られない。例えば、図4(A)及び(B)に示すように、開口30の周囲に第1の間隔(周期長)で格子状に配列された複数の窪みを第1の周期的表面形状とし、その外側に第1の間隔とは異なる第2の間隔(周期長)で格子状に配列された別の複数の窪みを第2の周期的表面形状として形成してもよい。また、図5(A)及び(B)に示すように、所定方向に沿って第1の間隔(周期長)で平行に配置された(一次元周期配列の)複数の溝を第1の周期的表面形状とし、第1の間隔とは異なる第2の間隔で互いに平行に配置された別の複数の溝を第2の周期的表面形状としてもよい。
【0041】
さらに図1乃至図3には、開口30が1つだけ示されているが、図6(A)及び(B)又は図7(A)及び(B)に示すように複数の開口30を第1の周期長で周期的に形成し、第1の周期的開口としてもよい。この場合、第1の周期的開口の周囲には、第1の周期長とは異なる第2の周期長で周期的に配置された第2の周期的開口31(図6)あるいは周期的表面形状40b(図7)が形成される。ここで、第2の周期的開口31は、第1の表面20aから第2の表面20bまで貫通する複数の孔であり、周期的表面形状40bは、第1の表面20a及び/又は第2の表面20bに形成された複数の窪みである。
【0042】
また、図示はしないが、第1の周期的開口(図6の30に相当)を同心円状に配置した複数の開口で構成してもよい。同様に、第2の周期的開口(図6の31に相当)を同心円状に配置した複数の開口で構成してもよい。また、第2の周期的開口(図7の40bに相当)に代わる周期的表面形状として複数の窪みを同心円状に配置するようにしてもよい。
【0043】
ここで、本発明の光学素子における作用について、図8(A)及び(B)に示した概念図を用いて説明する。
【0044】
図8(A)は、従来の構造における作用を説明するためのものである。Iincidentの強度を有する入射光(光束径DL)は、導電性薄膜20に形成された第1の周期的表面形状40aによって、表面プラズモン・モードと相互作用し、開口30から第2の表面側へ、増大された強度Ioutputを有する出力光として伝送される。しかし、第1の周期的表面形状40aによって光から表面プラズモンに変換されたエネルギーの一部は、導電性薄膜20の表面上、すなわち、導電性薄膜20と誘電体との界面を、表面プラズモン・ポラリトンとして伝搬し、白抜き矢印で示すように、第1の周期的表面形状の外側に散逸してしまう。一方、図8(B)に示した本発明の光学素子の場合、第1の周期的表面形状の外側に伝搬する表面プラズモン・ポラリトンは、第2の周期的表面形状によってブラッグ反射されるため、従来、散逸していたエネルギーも開口30に効率よく集めることが可能となり、開口を介した高効率な光透過が得られる。
【0045】
次に、第1の周期的表面形状あるいは第1の周期的開口の周期長P1について、表面プラズモン・モードを考慮した上で好ましい寸法について説明する。
【0046】
周期長P1の周期構造を持つ導電性薄膜上における、表面プラズモンの励起条件は、運動量保存則から、一般に、以下のように表される。
【0047】
ksp=kx+i・G (式1)
ここで、kspは、導電性薄膜と誘電体の界面に生じる表面プラズモンの波数ベクトル、kxは、入射光の、導電性薄膜の面内方向、すなわち接線方向における波数ベクトル成分、Gは、周期構造の逆格子ベクトル(G=2π/P1)、iは、任意の整数である。
【0048】
また、表面プラズモンの波数ベクトルkspの絶対値は、以下の分散関係式によって与えられる。
【0049】
|ksp|=(ω/c)・(εm・εd/(εm+εd))1/2 (式2)
ここで、ωは入射光の角振動数、cは光の速度、εmは導電性薄膜の誘電率、εdは導電性薄膜に隣接する誘電媒体の誘電率を表し、εm<0、|εm|>εdの関係にある。
【0050】
導電性薄膜に垂直に光を入射させた場合、表面プラズモン・モードが効果的に励起され、出射側に伝送される光の強度が最も増強される波長λは、上記式1と上記式2を組み合わせた以下の式で表される。
【0051】
λ=P1・(εm・εd/(εm+εd))1/2 (式3)
【0052】
一方、周期長P1の周期構造によって表面プラズモンに変換されたエネルギーは、表面プラズモン・ポラリトンとして、導電性薄膜と誘電体の界面を伝搬する。このとき、波数ベクトルkspの表面プラズモン・ポラリトンが、周期長P2の周期構造によってブラッグ反射されるための条件は、以下の式で表される。
【0053】
2・P2=m・(2・π/ksp) (式4)
ここで、mは、一般に任意の整数で成り立つが、強いブラッグ反射の効果を得るためには、通常、mは奇数に限定される。さらに、表面プラズモン・ポラリトンが伝搬距離に応じて減衰していくことを考慮すると、mは小さいほうが、効率が高く、m=1が効率の面からは好ましい。一方、製造上における微細構造の形成の困難さからm=1を選択することが困難である場合、m=3を選択することが望ましい。
【0054】
導電性薄膜に垂直に光を入射させた場合に、周期長P1の周期構造によって表面プラズモン・モードが効果的に励起され、さらには、伝搬する表面プラズモン・ポラリトンが、周期長P2の周期構造によって効率よくブラッグ反射されるためのP1とP2の関係が、上記式1と上記式4より、以下のように導き出される。
【0055】
P2=(m/2)・P1 (式5)
この式から、P2/P1=m/2の関係にあるとき、入射光が効率良く開口を通じて伝送されることが分かる。
【0056】
実際に、周期長P2の異なる複数の光学素子を製作し、その透過光の増幅率を測定した。
【0057】
各光学素子の製作は、まず、石英基板に、厚さ300nmの銀をDCスパッタ法で成膜した。次に、集束イオンビーム(FIB)を用いて、第1の周期的表面形状40aとなる同心円状の溝を、周期長P1=600nm、深さ100nm、周期数10として形成した。続けてその外側に、第2の周期的表面形状40bとなる同心円状の溝を、周期長P2=150〜1650nm、深さ100nm、周期数10として形成した。このとき、第1の周期的表面形状40aにおける最も外側にある同心円状の溝の外径は、約12μm程度である。また、溝の幅は、1周期の半分となるように設定した。その後、同心円状の周期的表面形状の中心に、FIB加工により、直径100nmの微小な円形の開口を形成することで光学素子10とした。また、これらの光学素子とは別に、第2の周期的表面形状がない素子も同時に作製し、透過光増大効果の確認用の試料とした。
【0058】
まず、第2の周期的表面形状がない素子について、光透過スペクトルを測定し、この構成の素子において、約650nm付近に透過ピークが現れることを確認した。次に、波長650nmの半導体レーザを光源とし、第2の周期的表面形状がない素子、および第2の周期的表面形状がある素子(光学素子10)について、開口からの光透過強度を調べた。開口からの光透過強度は、顕微分光装置を用い、開口直上位置において測定した。レーザ光は、第1の周期的表面形状である同心円状の領域の中心に垂直に照射し、照射面における光束径が約12μmとなるように設定した。
【0059】
図9は、測定結果、即ち、第2の周期的表面形状の周期長P2に対する、透過光の増幅率を示したものである。ここで、図の横軸は、第1の周期的表面形状の周期長P1に対する第2の周期的表面形状の周期長P2の比P2/P1とした。また、透過光の増幅率は、以下の式により算出した。
【0060】
透過光の増幅率=(第2の周期的表面形状がある素子の開口からの光透過強度)/(第2の周期的表面形状がない素子の開口からの光透過強度) (式6)
【0061】
図9に示すとおり、透過光の増幅率は、P2/P1の値が0.5、1.5および2.5に近い値のとき、すなわち1/2の奇数倍に近い値に相当するとき(1/2の奇数倍に実質的に等しいとみなせるとき)に、顕著な増大を示す。1/2の奇数倍からのずれ量が大きいと、増大効果は急速に減少するが、P2/P1の値が、0.5の奇数倍±0.2の範囲内であるときには、顕著な透過光の増大が得られる。透過光の増幅率が1.2以上となるP2/P1の範囲は、0.32〜0.57、1.42〜1.62および2.43〜2.64である。また、P2/P1の値が0.5、1.5および2.5のときの透過光の増幅率は、それぞれ、1.34、1.35および1.31である。透過光の増幅率の最大値を与えるP2/P1の値が0.5の奇数倍から若干ずれているのは、周期的表面形状によって効率よくカップリングあるいはブラッグ反射する表面プラズモン・ポラリトンの波数ベクトルkspが、周期長だけではなく、溝深さや溝形状に若干依存するためであると推測される。
【0062】
一方、第2の周期的表面形状によるブラッグ反射の効果について、電磁界計算により確認した。図10(A)及び(B)は、従来の構造と、本発明の光学素子における電場の絶対値の分布を示したものである。電場分布は、開口30を対称面として片側の領域(第10図(A)の上部の破線で示す領域R(計算領域))のみを示した。また、基板は考慮せず、導電性薄膜20に相当する銀の周囲は、すべて空気とした。従来構造における周期的表面形状の周期長および第1の周期的表面形状の周期長P1は600nm、第2の周期的表面形状の周期長P2は300nm、また入射光の波長λは650nmである。図10(A)より、従来構造では第1の周期的表面形状の外側にエネルギーが散逸しているが、図10(B)の本発明の光学素子の場合、第2の周期的表面形状によってエネルギーの散逸が抑制されていることが、視覚的に確認できる。
【0063】
以上のように、本実施の形態によれば、波長以下の径を持つ開口と周期長の異なる2つの周期的表面形状とを有する導電性薄膜を備えた光学素子において、第1の周期的表面形状の周期長に対して、第2の周期的表面形状の周期長を1/2の奇数倍に実質的に等しくすることにより、第1の周期的表面形状の外側に散逸するエネルギーを、第2の周期的表面形状によって効率よくブラッグ反射させることで効率を高め、高効率な光透過を実現することができる。
【0064】
また、本実施の形態によれば、第1の周期長で配列された第1の周期開口と第2の周期長で配列された第2の周期開口あるいは周期的表面形状とを有する導電性薄膜を備えた光学素子において、第1の周期長に対して、第2の周期長を1/2の奇数倍に実質的に等しくすることにより、第1の周期的開口の外側に散逸するエネルギーを、第2の周期的開口又は周期的表面形状によって効率よくブラッグ反射させることで効率を高め、高効率な光透過を実現する効果がある。
【0065】
(実施の形態2)
次に、本発明の第2の実施の形態について、図11乃至図13を参照して説明する。
【0066】
図11は、本実施の形態に係る光学素子10を示す図である。光学素子10は、第1の表面20aと第2の表面20bを含む導電性薄膜20を有している。入射光は、導電性薄膜20の第1の表面20aに照射される。導電性薄膜20は、直径がdの少なくとも1つの孔、すなわち開口30を有する。
【0067】
導電性薄膜20は、導電性薄膜20の第2の表面20bに第3の周期的表面形状40cが備えられている。ここで、第2の表面20bに形成された周期的表面形状40cを第3の周期的表面形状と呼ぶのは、図12あるいは図13に示すように図1あるいは図3に示す第1及び第2の周期的表面形状40a及び40bと組み合わせることが可能だからである。第3の周期的表面形状40cの周期長P3は、光源の波長λを第2の表面20bに実質的に隣接する媒体の実効屈折率ndで除した値λ/ndの、約1/2の奇数倍(1/2に実質的に等しいとみなせる値)である。または、第3の周期的表面形状40cの周期長P3は、光源の波長λにおける銀の誘電率がεm、第2の表面に実質的に隣接する媒体の誘電率がεdのとき、λ/(εm・εd/(εm+εd))1/2の約1/2の奇数倍(1/2に実質的に等しいとみなせる値)である。
【0068】
導電性薄膜の第1の表面には、周期的表面形状が備えられていても、備えられていなくてもよく、また、周期長の異なる複数の周期的表面形状が備えられていてもよい。第1の表面に複数の周期的表面形状が備えられている場合、周期的表面形状の周期長は、上述の実施の形態1で示された構造が含まれていてもよい。図12および図13は、上述のようにそれぞれ図1及び図3に示す第1及び第2の周期的表面形状組み合わせた構造を示すものである。図12及び図13のそれぞれにおいて、第1の表面には、第1の周期的表面形状40aが備えられているとともに、第1の周期的表面形状と周期長が異なる第2の周期的表面形状40bが備えられている。第2の周期的表面形状40bの周期長P2は、第1の周期的表面形状40aの周期長P1の約1/2の奇数倍(1/2の整数倍に実質的に等しいとみなせる値)である。ここで、図12には、第2の周期的表面形状40bの周期長P2が、第1の周期的表面形状40aの周期長P1の約1/2、また、第3の周期的表面形状40cの周期長P3が、λ/ndの、約1/2、または、λ/(εm・εd/(εm+εd))1/2の約1/2である場合を示し、図13には、それぞれ、約3/2である場合を示した。
【0069】
図11乃至図13の上部に矢印で記号表示されたIincidentの強度を有する入射光は、導電性薄膜20の第1の表面20aに向かい、導電性薄膜20の第2の表面20b内の開口30から増大された強度Ioutputを有する図11乃至図13の下部に矢印で記号表示された出力光として伝送される。
【0070】
図11乃至図13には、支持されていない薄い導電性薄膜20が示されている。すなわち、導電性薄膜20は支持構造(基板)に隣接または固着されていない。しかし本発明では、導電性薄膜をガラスまたは石英上に堆積させ、薄い導電性薄膜20を基板に固定してもよい。
【0071】
ここで、本発明の光学素子における作用について、図14(A)及び(B)に示した概念図を用いて説明する。
【0072】
図14(A)は、従来の構造における作用を説明するためのものである。Iincidentの強度を有する入射光は、導電性薄膜20の第1の表面20aに照射され、開口30を通り抜け第2の表面側に出た光は、導電性薄膜に形成された周期的表面形状によって、表面プラズモン・モードと相互作用し、増大された強度Ioutputを有する出力光として伝送される。ここで、周期的表面形状は、第2の表面20b、すなわち、入射光が照射されている面と反対側である出射側の面に形成されており、このような構造においても、入射光は表面プラズモン・モードと相互作用し、増強された光が出射される。このとき、表面プラズモンが励起されるための周期的表面形状の周期長と波長の関係は、上述した式3によって与えられる。しかし、周期的表面形状によって変換されたエネルギーの一部は、導電性薄膜の表面上、すなわち、導電性薄膜と誘電体との界面を、表面プラズモン・ポラリトンとして伝搬し、周期的表面形状の外側に散逸してしまう。さらに、周期的表面形状によって変換されたエネルギーの一部が、回折条件によって、周期的表面形状の垂直方向に放射される。すなわち、開口近傍から離れた位置からも光が放射されており、開口近傍から強い光を得るための構造としては、効率が低い。
【0073】
一方、図14(B)に示した本発明の光学素子の場合、開口から出射された光は、第3の周期的表面形状によって表面プラズモン・モードと相互作用し、表面プラズモン・ポラリトンとして伝搬する。ここで、第3の周期的表面形状は、表面プラズモン・ポラリトンの奇数次ブラッグ反射条件も満たすことにより、第3の周期的表面形状の外側に散逸するエネルギーは抑制され、さらには、周期的表面形状の垂直方向へ回折、放射されるエネルギーも抑制されるため、エネルギーを効率よく利用することが可能となり、高効率な光透過と、開口近傍への効率的なエネルギーの集中を得ることが可能となる。
【0074】
次に、周期的表面形状の周期長P3について、好ましい寸法について説明する。
【0075】
第1の表面20aに入射された光は、開口30を通じて伝送され、開口30から第2の表面20b側に出射された光は、第3の周期的表面形状の表面プラズモン・モードと相互作用し、表面プラズモン・ポラリトンとして伝搬する。表面プラズモン・ポラリトンが、周期長P3の周期構造によってブラッグ反射されるための条件は、上述した式4のP2をP3に置き換えることによって記述され、さらに、上述した式2を組み合わせることにより、P3と波長λの関係は、以下のように導き出される。
【0076】
P3=(m/2)・(λ/(εm・εd/(εm+εd))1/2) (式7)
ここで、mは一般に任意の整数で成り立つが、第3の周期的表面形状の垂直方向への回折を抑制するためには、mは奇数に限定される。さらに、表面プラズモン・ポラリトンが伝搬距離に応じて減衰していくことを考慮すると、mは小さいほうが、効率が高く、m=1が効率の面からは好ましい。一方、製造上における微細構造の形成の困難さからm=1を選択することが困難である場合、m=3を選択することが望ましい。
【0077】
また、|εm|>>εdであると仮定すると、式7は、以下の式で近似することができる。
【0078】
P3≒(m/2)・(λ/nd) (式8)
ここで、ndはεd1/2である。
【0079】
この式より、P3が光源の波長λを導電性薄膜に隣接する誘電媒体の誘電率ndで除した値の1/2の奇数倍に等しいときに、図11の光学素子は、効率良く光を透過することができることが理解できる。
【0080】
実際に、本実施の形態に係る複数の光学素子を作製し、その透過特性を測定した。
【0081】
各光学素子の作製は、まず、石英基板に、厚さ300nmの銀をDCスパッタ法で成膜した。次に、集束イオンビーム(FIB)を用いて、第3の周期的表面形状40cとなる同心円状の溝を、周期長P3=150〜1050nm、深さ100nm、周期数10として形成した。溝の幅は、1周期の半分となるように設定した。その後、同心円状の周期的表面形状の中心に、FIB加工により、直径200nmの微小な円形の開口を形成することで光学素子10とした。
【0082】
透過特性の測定は、まず、周期長P3=600nmの素子について光透過スペクトルを測定し、この構成の素子において、約650nm付近に透過ピークが現れることを確認した。次に、波長650nmの半導体レーザを光源とし、周期長P3を変化させた光学素子10について、開口近傍における光強度を調べた。開口近傍での光強度の測定には近接場光学顕微鏡を用い、開口から約20nm離れた位置における光強度を測定した。レーザ光は、第1の表面の開口の中心に垂直に照射し、照射面における光束径が約12μmとなるように設定した。
【0083】
図15は、その測定結果である、周期的表面形状の周期長P3に対する光強度の増幅率を示したものである。ここで、図の横軸は、入射光の波長λ(=650nm)に対する、周期的表面形状の周期長P3の比P3/λとした。また、光強度の増幅率は、以下の式により算出した。
【0084】
光強度の増幅率=
(周期的表面形状を有する素子の出射側の開口から約20nm離れた位
置における光強度)
/(周期的表面形状の周期長P3=600nmを有する素子の出射側の
開口から約20nm離れた位置における光強度) (式9)
【0085】
図15に示すとおり、光強度の増幅率は、P3/λの値が0.5および1.5に近い値のとき、すなわち1/2の奇数倍に近い値(1/2の奇数倍に実質的に等しいとみなせる値)に相当するときに、顕著な増大を示す。1/2の奇数倍からのずれ量が大きいと、増大効果は急速に減少するが、P3/λの値が、0.5の奇数倍±0.2の範囲内であるときには、顕著な光強度の増大が得られる。光強度の増幅率が1.15以上となるP3/λの範囲は、0.42〜0.65、および1.43〜1.62である。また、P3/λの値が0.5および1.5のときの光強度の増幅率は、それぞれ、1.26および1.20である。ただし、周期的表面形状によって効率よくカップリングあるいはブラッグ反射する表面プラズモン・ポラリトンの波数ベクトルkspが、周期長だけではなく、溝深さや溝形状に若干依存するため、光強度の増幅率の最大値を与えるP3/λの値は、0.5の奇数倍から若干ずれる可能性があることが推察される。
【0086】
図11の光学素子は、第2の表面にのみ周期的表面形状を備えており、第1の表面には周期的表面形状を備えていないが、上述したように、図12および図13のように、図1または図3に示すような第1及び第2の周期的表面構造を第1の表面に備えることができる。また、図12および図13では、導電性薄膜は基板に固着されていないが、導電性薄膜を石英上に堆積させて作成することもできる。この場合、第1の周期的表面形状の周期長P1は、石英基板の誘電率εd(屈折率ndは、nd=εd1/2)を用いて、上記式2で決定される。また、図12では、第2の周期的表面形状の周期長P2は、約P1/2である場合が示されているが、作成の容易性の観点から、図13に示すようにP2が約P1・3/2となるように形成されてもよい。作成は、まず、石英基板に、集束イオンビーム(FIB)あるいは、電子ビーム露光を用いたパターニング法によって、第1の周期的表面形状40aとなる同心円状の溝、およびその外側に第2の周期的表面形状40bとなる同心円状の溝を形成し、その上に、導電性薄膜20となる銀をDCスパッタ法で成膜し、さらに、成膜した銀の表面に、FIBによって第3の周期的表面形状40cとなる同心円状の溝を形成し、最後に、同心円状の周期的表面形状の中心に、FIBを用いて、微小な開口を形成することによって行うことができる。
【0087】
一方、第3の周期的表面形状によるブラッグ反射の効果を、電磁界計算により確認した。図16は、第3の周期的表面形状が従来の構造であるものと、本発明の光学素子における電場の絶対値の分布を示したものである。ただし、第1の表面には、図1の第1の周期的表面形状および第2の周期的表面形状を有するものとした。また、基板は考慮せず、導電性薄膜20に相当する銀の周囲は、すべて空気とした。第1の周期的表面形状の周期長P1は600nm、第2の周期的表面形状の周期長P2は300nm、従来構造における第3の周期的表面形状の周期長は600nm、本発明の光学素子における第3の周期的表面形状の周期長P3は300nm、また入射光の波長λは650nmである。電場分布は、開口30を対称面として片側の領域(第16図(A)の上部の破線で示す領域R)のみを示す。図16(A)より、第3の周期的表面形状が従来の構造の場合、第3の周期的表面形状の外側にエネルギーが散逸し、さらに、第3の周期的表面形状の垂直方向に回折光が放射されているが、図16(B)の本発明の光学素子の場合、第3の周期的表面形状によって、エネルギーの散逸および周期的表面形状の垂直方向への放射が抑制されていることが、視覚的に確認できる。
【0088】
上記実施の形態では、開口が円形の例を示したが、これに限定されることはない。たとえば、開口はスリット状、長方形、楕円形などとすることができる。
【0089】
以上のように、本実施の形態によれば、少なくとも一つの開口と、少なくとも一つの表面に設けられた周期的表面形状とを有する導電性薄膜を備えた光学素子において、前記周期的表面形状を出射面側に設け、かつその周期長を、透過させる光の波長λを出射面に隣接する媒体の実効屈折率ndで除した値λ/ndの、1/2の奇数倍に実質的に等しくしたことで、出射面側において開口の外側に散逸するエネルギーを、周期的表面形状によって効率よくブラッグ反射させること高効率な光透過を実現できる。
【0090】
また、本実施形態によれば、透過させる光の波長がλ、導電性薄膜の誘電率がεm、出射面に実質的に隣接する媒体の誘電率がεdのとき、周期的表面形状の周期長が、λ/(εm・εd/(εm+εd))1/2の1/2の奇数倍に実質的に等しくすることで、同様の効果が得られる。
【0091】
(実施の形態3)
図17は、本発明の光学素子を用いて構成する光ヘッドの一実施形態を示したものである。
【0092】
本実施形態の説明において使用される「光記録媒体」は、光を使用してデータが書き込まれまたは読み取られる任意の媒体を意味し、相変化媒体、光磁気媒体、色素媒体に制限されるものではない。媒体が光磁気材料の場合には、書き込みは光学的に行われ、読み出しは光学的にではなく磁気的に行われる場合もある。
【0093】
図17における光ヘッド200は、光記録媒体150の回転により光ヘッドを所定の高さに浮上させるためのスライダー形状に形成されている。レーザ80が出射するレーザ光は光ファイバ100を介して導入され、マイクロレンズからなるコリメータレンズ60を配置することによりコリメートされる。さらに、コリメートされた光は全反射ミラー70により直角に光路を変え、さらにその下に置かれたフォーカスレンズ50により、本発明の光学素子10に導かれる。
【0094】
次に本発明の光ヘッドを用いた光記録再生装置の一実施形態を示す。
【0095】
図18に光記録再生装置を示す。光記録再生装置は、回転軸310によって回転する光記録媒体340と、回転軸を中心に光ヘッド200(光ファイバ100およびレーザ80は図示せず)を回転可能に支持するサスペンション320と、サスペンション320を回転させるヘッドアクチュエータ330を有する。光記録媒体340を高速回転させることでサスペンション320の先端に位置する光ヘッド200は浮上し、光学素子10の表面と光記録媒体340の間の距離を100nm以下に保って走行して、従来になく高密度に情報を記録することが可能となる。
【0096】
光記録媒体に記録された情報を再生するためには、図17の光ヘッドにおいて、光学素子10の光記録媒体側表面にフォトディテクタを形成することによって、媒体からの反射光を読み出すことができる。
【0097】
また、本発明の光ヘッドを記録専用のヘッドとし、媒体を挟んでこの光記録ヘッドと対向して再生ヘッドを置き、媒体の透過光を検出する方法も可能である。また、光記録媒体として光磁気記録媒体を用い、媒体からの漏れ磁束を、磁気抵抗効果を用いたヘッドで再生することもできる。
【0098】
また、本発明の光学素子を用いれば、例えば、特定の波長の光のみを集光させる集光装置や近接場光学顕微鏡など、ナノフォトニクスへ広く応用することが可能である。
【0099】
図19(A)及び(B)は、それぞれ、本発明の光学素子を用いた特定の波長の光のみを集光させる集光装置の実施形態を示したものである。本発明の光学素子10に入射させた光は、一つまたは複数の開口を通過した後、開口に連通するように設けられた一つまたは複数の光ファイバ410へ導入される。すなわち、本発明の光学素子10が集光器として機能し、光ファイバ410への光の結合が効率よく行われる。
【0100】
図20は、本発明の近接場光学顕微鏡の一実施形態を示したものである。図示の近接場顕微鏡に用いられる光学素子10は、近接場光学顕微鏡用のプローブ510の先端に配置され、プローブ510に入射された光は、光学素子10の開口を通過した後、試料520に照射され、光検出器530にて検出される。すなわち、本発明の光学素子10によって強められた光が試料に照射されることによって、高分解能かつ高感度な検出が可能となる。
【0101】
以上、ある種の用途における各種の光学素子について説明、図示してきたが、本明細書の特許請求の範囲によってのみ限定される本発明の精神および広義の内容を逸脱しない限り、変更および改良が可能である。
【符号の説明】
【0102】
10 光学素子
20 導電性薄膜
20a 第1の表面
20b 第2の表面
30 開口
40a 第1の周期的表面形状
40b 第2の周期的表面形状
40c 第3の周期的表面形状
50 フォーカスレンズ
60 コリメータレンズ
70 全反射ミラー
80 レーザ
100 光ファイバ
150 光記録媒体
200 光ヘッド
310 回転軸
320 サスペンション
330 ヘッドアクチュエータ
340 光記録媒体
410 光ファイバ
510 プローブ
520 試料
530 光検出器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1および第2の表面を有するとともに、前記第1の表面から前記第2の表面に連通する少なくとも一つの開口と、前記第1および前記第2の表面の少なくとも一つの表面に設けられた周期的表面形状とを有する導電性薄膜を備え、前記第1の表面に入射し前記開口を通じて前記第2の表面側へ伝送される光の強度が、前記周期的表面形状がない場合に比べて増強される光学素子であって、
前記周期的表面形状が、周期長の異なる第1および第2の周期的表面形状を有し、前記第1の周期的表面形状によって励起される表面プラズモン・ポラリトンが、前記第2の周期的表面形状によって奇数次ブラッグ反射されることを特徴とする光学素子。
【請求項2】
前記開口を通じて伝送される光の強度が、前記第2の周期的表面形状がない素子の開口を通じて伝送される光の強度に比べて、20%以上増大することを特徴とする請求項1に記載の光学素子。
【請求項3】
前記第1および第2の周期的表面形状が、前記第1または第2の表面の同一面上にあることを特徴とする請求項1又は2に記載の光学素子。
【請求項4】
前記第1の周期的表面形状が前記光の入射する領域に対応するよう配置されており、かつ前記第2の周期的表面形状が、前記第1の周期的表面形状の外側に配置されていることを特徴とする請求項1,2又は3に記載の光学素子。
【請求項5】
前記第1の周期的表面形状が設けられた領域が、前記光の入射する領域よりも広いことを特徴とする請求項4に記載の光学素子。
【請求項6】
第1および第2の表面を有するとともに、前記第1の表面から前記第2の表面に連通する周期的に設けられた複数の開口を有する導電性薄膜を備え、前記第1の表面に入射し前記複数の開口を通じて前記第2の表面側へ伝送される光の強度が、前記複数の開口が周期的ではない場合に比べて増強される光学素子であって、
前記周期的に設けられた複数の開口を第1の周期的開口とし、
前記第1の周期的開口の周期長とは異なる周期長で形成された、前記第1の表面から前記第2の表面に連通する前記複数の開口とは異なる別の複数の開口からなる第2の周期的開口あるいは前記第1及び前記第2の表面のいずれか一方に周期的に形成された周期的表面形状を備え、
前記第1の周期的開口によって励起される表面プラズモン・ポラリトンが、前記第2の周期的開口あるいは前記周期的表面形状によって奇数次ブラッグ反射されることを特徴とする光学素子。
【請求項7】
前記第1の周期的開口から伝送される光の強度が、前記第2の周期的開口あるいは前記周期的表面形状がない素子の周期的開口から伝送される光の強度に比べて、20%以上増大することを特徴とする請求項6に記載の光学素子。
【請求項8】
前記第1の周期的開口が前記光が入射する領域に対応するように配置されており、かつ前記第2の周期的開口あるいは前記周期的表面形状が、前記第1の周期的開口の外側に配置されていることを特徴とする請求項6又は7に記載の光学素子。
【請求項9】
前記第1の周期的開口が設けられた領域が、前記光が入射する領域よりも広いことを特徴とする請求項8に記載の光学素子。
【請求項10】
第1および第2の表面を有するとともに、前記第1の表面から前記第2の表面に連通する少なくとも一つの開口と、前記第1および前記第2の表面に設けられた複数の周期的表面形状とを有する導電性薄膜を備え、前記第1の表面に入射し前記開口を通じて前記第2の表面側へ伝送される光の強度が、前記周期的表面形状がない場合に比べて増強される光学素子であって、
前記複数の周期的表面形状として、前記第1の表面に設けられた互いに周期長の異なる第1および第2の周期的表面形状と、前記第2の表面に設けられた第3の周期的表面形状とを有し、
前記第1の周期的表面形状によって励起される表面プラズモン・ポラリトンが、前記第2の周期的表面形状によって奇数次ブラッグ反射され、
前記第3の周期的表面形状における表面プラズモン・ポラリトンが、当該第3の周期的表面形状において奇数次ブラッグ反射されることを特徴とする光学素子。
【請求項11】
前記開口の開口径が、前記入射する光の波長より小さいことを特徴とする請求項1乃至10のいずれか一つに記載の光学素子。
【請求項12】
前記周期的表面形状が、同心円状に形成されていることを特徴とする請求項1乃至10のいずれかに一つに記載の光学素子。
【請求項13】
前記周期的表面形状が、前記開口を中心として周期配列されていることを特徴とする請求項1乃至10のいずれか一つに記載の光学素子。
【請求項14】
光源からの光によって光記録媒体に情報を記録する光ヘッドであって、前記光源の出力光を導波する導波手段と、該導波手段により導波された光を集光する集光手段と、該集光手段により集光された光の一部を前記光記録媒体に照射する請求項1乃至13のいずれか一つに記載された光学素子とを備え、
前記光学素子の開口が前記光記録媒体に近接して配設される
ことを特徴とする光ヘッド。
【請求項15】
光源からの光によって光記録媒体に情報を記録する光ヘッドを備えた光記録装置であって、
前記光ヘッドが、請求項14に記載の光ヘッドであることを特徴とする光記録装置。
【請求項16】
光源からの光の、特定の波長の光のみを集光させる集光装置において、
請求項1乃至13のいずれか一つに記載の光学素子を備えることを特徴とする集光装置。
【請求項17】
近接場光学顕微鏡において、
光源からの光の、特定の波長の光のみを集光する請求項1乃至13のいずれか一つに記載の光学素子と、
前記光学素子によって照射された光を受光するための検出手段とを備える、
ことを特徴とする近接場光学顕微鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2011−192381(P2011−192381A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−87397(P2011−87397)
【出願日】平成23年4月11日(2011.4.11)
【分割の表示】特願2005−514133(P2005−514133)の分割
【原出願日】平成16年9月17日(2004.9.17)
【出願人】(000004237)日本電気株式会社 (19,353)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】