説明

光学部材及びその製造方法

【課題】透過性に影響を与えず、帯電防止性に優れ、触感の向上も可能な光学部材ないしその製造方法を提供する。
【解決手段】カーボンナノチューブ分散液をレンズ基材の表面に均一に塗布し乾燥させることで、カーボンナノチューブが面内で分散して成るカーボンナノチューブ分散膜6をレンズ基材5の表面に備えた光学部材であるプラスチックレンズ1を得る。又、カーボンナノチューブ分散膜を形成した後、更にその上に撥油膜を形成し、カーボンナノチューブ分散膜6に撥油膜7を一層重ねる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡等に用いられるプラスチックレンズやガラスレンズ等の光学レンズを始めとする光学部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、光学部材の一例であるプラスチックレンズの製造方法として、下記特許文献1に記載のものが知られている。この製造方法では、撥水剤(パーフルオロアルキル基を有する化合物)と、界面活性剤と、カーボンナノチューブとを混合してなる溶液を原料とした真空蒸着が行われる。
【0003】
【特許文献1】特開2007−56314号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このような製造方法では、蒸着時、撥水剤内の個々のカーボンナノチューブが他と同様に基材に付着するか不明であって、カーボンナノチューブが均一となるよう制御することが困難であるし、蒸着後、個々のカーボンナノチューブが撥水剤で形成された膜内においてバラバラに位置する状態になり、レンズの透過性や帯電防止性に局所的に影響を与える可能性がある。又、このような製造方法において、触感の変化への言及はない。
【0005】
そこで、請求項1に記載の発明は、透過性に影響を与えず、帯電防止性に優れ、触感の向上も可能な光学部材を提供することを目的としたものである。
【0006】
又、請求項4に記載の発明は、透過性に影響を与えず、帯電防止性に優れ、触感の向上も可能な光学部材を容易に製造する方法を提供することを目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、光学部材にあって、カーボンナノチューブが面内で分散して成るカーボンナノチューブ分散膜を表面に備えたことを特徴とするものである。
【0008】
請求項2に記載の発明は、上記目的に加えて、撥水性又は撥油性を付与すると共に触感をより一層良好にする目的を達成するため、上記発明にあって、カーボンナノチューブ分散膜に、撥水膜又は撥油膜を一層重ねたことを特徴とするものである。
【0009】
請求項3に記載の発明は、上記目的に加えて、更に反射防止機能等の各種機能を具備させる目的を達成するため、上記発明にあって、カーボンナノチューブ分散膜を光学多層膜上としたことを特徴とするものである。
【0010】
上記目的を達成するために、請求項4に記載の発明は、光学部材の製造方法にあって、カーボンナノチューブ分散液を基材の表面に均一に塗布し乾燥させることで、カーボンナノチューブが面内で分散して成るカーボンナノチューブ分散膜を基材の表面に形成することを特徴とするものである。
【0011】
請求項5に記載の発明は、上記目的に加えて、撥水性又は撥油性を付与すると共に触感をより一層良好にする光学部材を得る目的を達成するため、上記発明にあって、カーボンナノチューブ分散膜を形成した後、更にその上に撥水膜又は撥油膜を形成することを特徴とするものである。
【0012】
請求項6に記載の発明は、上記目的に加えて、更に反射防止機能等の各種機能を具備した光学部材を得る目的を達成するため、上記発明にあって、カーボンナノチューブ分散膜を、基材の表面に形成された光学多層膜の上に形成したことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、カーボンナノチューブ分散膜を設けることで、透過性、帯電防止性及び滑り性に優れた光学部材ないしその製造方法を提供することができる、という効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明に係る実施の形態の例につき、適宜図面に基づいて説明する。なお、本発明の形態は、これらの例に限定されない。
【0015】
[製造方法に係る形態]
図1は本形態に係るフローチャートである。本形態では、まずレンズ基材を用意する(ステップS1)。レンズ基材は、ここでは基板の表面にハードコート層、光学多層膜を順に重ねて成る。なお、レンズ基材は、基板単独から形成されても良いし、ハードコート層あるいは反射防止膜のみを基板表面に形成しても良いし、他の層ないし膜を付与しても良い。
【0016】
基板は、プラスチック製やガラス製等であり、前者の例としてアクリル樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエステル系樹脂、チオウレタン樹脂、エピスルフィド樹脂、ポリエーテルサルホン樹脂、ポリ4−メチルペンテン−1樹脂、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート樹脂、あるいはポリウレタン系樹脂が挙げられる。なお、本形態ではチオウレタン樹脂を用い、屈折率1.60、度数S−2.00D(ディオプター)、アッベ数42の光学特性を有するプラスチックレンズ(直径75ミリメートル大、眼鏡、サングラス用を想定)とした。
【0017】
ハードコート層は、厚さが例えば数ミクロン(μ)の硬化膜であり、本形態ではオルガノシロキサン系のものを用いるが、他の有機ケイ素化合物、あるいはアクリル化合物等から形成しても良い。なお、本形態において、ハードコート層の形成は、次の通り行う。即ち、まず反応容器中に、エタノール206g(グラム)、メタノール分散チタニア系ゾル300g(触媒化成工業社製、固形分30%)、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン60g、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン30g、テトラエトキシシラン60gを滴下し、その混合液中に濃度0.01Nの塩酸水溶液を滴下、撹拌して加水分解を行う。次に、フロー調整剤0.5g(日本ユニカ社製L−7604)及び触媒1.0gを加え、室温で3時間撹拌してハードコート液を調整する。そして、このハードコート液をディッピング法で塗布し、風乾後、110℃で2時間加熱硬化させ、膜厚2.0μのハードコート層を形成する。
【0018】
光学多層膜は、反射防止膜、バンドパスフィルタ、ハーフミラー、ミラー、ショートウエーブパスフィルタ、ロングウェーブパスフィルタ、マイナスフィルタ、保護膜、NDフィルタ、ビームスプリッタ等であり、このうち反射防止膜は、厚さが例えば200〜500ナノメートル(nm)である、基板表面における反射率を減ずる多層の膜であって、蒸着法やイオンスパッタリング法等によって成膜され、例えば二酸化ケイ素、二酸化チタン、二酸化ジルコニウム、酸化アルミニウム、二酸化イットリウム、二酸化タンタル、二酸化ハフニウム、二酸化ニオブあるいはこれらのいずれか又は全ての組合せにより形成される。なお、本形態では、二酸化ケイ素から成る層と二酸化ジルコニウムから成る層とを交互に配置した5層構造のものを採用している。より具体的には、最も基板側が二酸化ケイ素であり、光学膜厚が基板側から順にλ/4、0.5λ/4、0.2λ/4、λ/4、λ/4である(λ=500nm)。
【0019】
又、レンズ基材と共に、カーボンナノチューブ分散液を用意する(ステップS2)。カーボンナノチューブ分散液は、本形態では、純水500ml(ミリリットル)に対し、カーボンナノチューブを50mg(ミリグラム)の割合で混合し、更に界面活性剤(トリトンX−100)を0.2〜0.5ml加えて撹拌し調製する。カーボンナノチューブは、本形態では単層管状のシングルウォールナノチューブを用いるが、二層管状のダブルウォールナノチューブでもよいし、三層以上のものでも良い。なお、カーボンナノチューブ分散液は、本形態のレンズ基材1枚当たり1mlも用意すれば十分である。
【0020】
次に、レンズ基材の表面に、カーボンナノチューブ分散液を均一に塗布する(ステップS3)。本形態では、スピンコート法を用いる。具体的には、カーボンナノチューブ分散液をレンズ基材の表面中央(回転中心)に1ml滴下し、毎分1000回転の回転速度で30秒以上回転させ、その後60℃で15分以上乾燥させる。
【0021】
続いて、カーボンナノチューブ分散液を塗布したレンズ基材の表面に、撥水膜又は撥油膜を形成する(ステップS4)。本形態では、撥油剤をレンズ基材の表面に滴下し、クリーンな部材にて表面全体に均一に延ばした後で硬化させることにより撥油膜を形成するが、蒸着等により形成しても良いし、撥水膜を形成しても良い。撥油剤は、本形態ではパーフルオロアルキル基含有シラン化合物を用いるが、シリコン系化合物等であっても良い。撥油剤の濃度は、本形態では0.3wt%(重量パーセント)であり、ハイドロフルオロエーテル(3M製HFE−7200)で希釈する。撥油剤の硬化は、60℃で30分以上置くことで行う。
【0022】
[光学部材(プラスチックレンズ)に係る形態]
以上のような製造方法により、図2に示すような光学部材あるいは光学レンズとしてのプラスチックレンズ1が形成される。即ち、基板2の表面において、内側から順に、ハードコート層3、光学多層膜としての反射防止膜4が形成され、これらによりレンズ基材5が構成されている。更に、反射防止膜4の上には、カーボンナノチューブが反射防止膜4の上面内で均一に分散し、カーボンナノチューブ分子が面状にちりばめられてなるカーボンナノチューブ分散膜6が形成されている。加えて、カーボンナノチューブ分散膜6の上には、撥油膜7が形成されている。
【0023】
[帯電防止性]
このようなプラスチックレンズ1の帯電防止性につき、次に示す手法により評価する。即ち、プラスチックレンズ1につき、再現性の確認をもとることを考慮して、3枚用意する(実施例1〜3)。一方、比較例として、カーボンナノチューブ分散膜6を形成しない他はプラスチックレンズ1と同等に形成したプラスチックレンズ(比較例1)と、レンズ基材がプラスチックレンズ1のレンズ基材5と同等であり、その上において蒸着によりプラスチックレンズ1の撥油膜7と同厚の撥油膜を形成したプラスチックレンズ(比較例2)とを用意する。なお、比較例2における蒸着は、実施例と同様にパーフルオロアルキル基含有シラン化合物を用い、抵抗加熱法により行われる。
【0024】
そして、実施例や比較例につき表面をアースして除電し、その後不純物の付着のない試験紙(ピュアリーフ)にて10秒間、毎秒3往復程度の速さで擦り、この場合の除電直後(初期)、擦り終わり直後、擦り終わりから1・2・3分後における各帯電電位(キロボルト、kV)を、静電気測定器(シムコジャパン株式会社製FMX−003)にて測定する。又、擦り終わり直後において、実施例や比較例に対しスチールウールを接近させ、スチールウールが付着するか否かを調査する。
【0025】
この手法による帯電防止性の評価結果は、図3に示す通りである。即ち、図3(a)の表に示すように、実施例や比較例につき温度・湿度ともほぼ同等の環境にて試験したところ、実施例1〜3では、最大でも0.26kVでしか帯電せず、特に実施例1では帯電なしといい得るほどの水準であった。これに対し、比較例1,2では、負の静電気が1〜3kVの水準で帯電していた。なお、擦り終わり後の経過時間と帯電電位との関係を示すグラフにつき、図3(b)に示す。
【0026】
又、実施例1〜3では、擦り終えた直後にスチールウールを近づけても、スチールウールがレンズに付着することはなかったのに対し、比較例1,2では、共にスチールウールがレンズに付着した。
【0027】
以上により、本発明に係る製造方法により形成されたプラスチックレンズ1は、高水準の帯電防止性能を備えると評価することができる。
【0028】
[透過率]
又、上記の実施例1〜3及び比較例1,2につき、350〜800nmの波長範囲の光に対する透過率を測定した。その結果を図4に示す。この結果を見れば、カーボンナノチューブ分散膜6の有無にかかわらず透過率分布は同等であり、カーボンナノチューブ分散膜6を挿入したとしても、透過率に影響はないことが分かる。
【0029】
[平滑性]
上記の実施例1及び比較例1,2につき、任意に選出した予備知識のない8名の被験者(A〜H)に渡し、各表面をピュアリーフにて擦ってもらう。そして、より滑り易いレンズを上位として順位付けをしてもらい、その回答を得、順位と同数の点数を実施例1ないし比較例1,2に与える。従って、合計点の低いレンズの平滑性(滑らかさ、触感)が最も高いものと評価することができる。
【0030】
この試験の結果を図5の表で示す。実施例1の合計点が最も低く、よって本発明に係るプラスチックレンズ1の平滑性は良好であると評価することができる。
【0031】
[効果]
以上、カーボンナノチューブ分散液をレンズ基材の表面に均一に塗布し乾燥させることで、カーボンナノチューブが面内で分散して成るカーボンナノチューブ分散膜6をレンズ基材5の表面に備えたプラスチックレンズ1を得ると、透過率に影響のない、平滑性や帯電防止性に優れたプラスチックレンズ1を提供することができる。なお、カーボンナノチューブ分散膜6を付与しつつ撥油膜7を付与しないプラスチックレンズや、カーボンナノチューブ分散膜6と共に撥水膜を付与したプラスチックレンズにあっても、プラスチックレンズ1と同等の透過率・帯電防止性を得ることができ、平滑性については若干プラスチックレンズ1より劣るものの、比較例1,2よりは高水準のものを得ることができる。
【0032】
又、カーボンナノチューブ分散膜を形成した後、更にその上に撥水膜を形成し、カーボンナノチューブ分散膜6に撥水膜7を一層重ねたので、更に撥水性能を付与することができ、又平滑性を一層高めることができる。
【0033】
更に、カーボンナノチューブ分散膜を、レンズ基材の表面に形成された反射防止膜の上に形成し、カーボンナノチューブ分散膜6を反射防止膜4上としたので、高水準の透過性・帯電防止性・平滑性に加え反射防止性能も付与されたプラスチックレンズ1ないしその製造方法を提供することができる。
【0034】
[光学部材(ガラスレンズ)に係る形態]
続いて、光学部材あるいは光学レンズの他の例としてのガラスレンズに係る形態を説明する。本形態のガラスレンズの基材は、度数0.00で直径75mmの平板ガラス基板のみであり、ハードコート層、光学多層膜、撥水膜あるいは撥油膜はいずれも付与されていない。そして、本形態では、上記プラスチックレンズの場合と同じカーボンナノチューブ分散液を調製し、スピンコート法によって基材に均一に塗布する。スピンコートの条件は、本形態では毎分1000回転の速度で30秒以上回転させるものである。この後、100℃で30分以上乾燥させ、基材表面にカーボンナノチューブ分散層を形成する。
【0035】
このように形成された実施例4につき、ガラスの基材のみから成る比較例3との比較によりその性質を明らかにする。まず帯電防止性であるが、上記プラスチックレンズの場合と同様に試験したところ、図6に示すように、比較例3では−0.58〜−0.34kVの帯電が発生したのに対し、実施例4では、最大でも+0.10kV未満でしか帯電していない。又、比較例3ではスチールウールが付着したのに対し、実施例4ではスチールウールは付着しない。従って、ガラス基材の表面にカーボンナノチューブ分散層を形成したガラスレンズであっても、高水準の帯電防止性能を備えると評価することができる。
【0036】
又、実施例4ないし比較例3の透過率についても上記プラスチックレンズの場合と同様に試験し、図7に示す通り、カーボンナノチューブ分散膜の有無にかかわらず透過率分布は同等であることを確認した。更に、実施例4ないし比較例3の平滑性についても上記プラスチックレンズの場合と同様に試験し、実施例4が比較例3より滑らかであるとの結果を得た。
【0037】
このようにガラス基材表面にカーボンナノチューブ分散液を導入しても、透過率に影響のない、平滑性や帯電防止性に優れたレンズ(光学部材)を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の製造方法に係るフローチャートである。
【図2】本発明に係るプラスチックレンズの一部断面図である。
【図3】プラスチックレンズの帯電防止性に関する試験結果を示す(a)表,(b)グラフである。
【図4】プラスチックレンズの透過率分布に関する試験結果を示すグラフである。
【図5】プラスチックレンズの平滑性に関する試験結果を示す表である。
【図6】ガラスレンズの帯電防止性に関する試験結果を示す(a)表,(b)グラフである。
【図7】ガラスレンズの透過率分布に関する試験結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0039】
1 プラスチックレンズ
2 基板
3 ハードコート層
4 反射防止膜
5 レンズ基材
6 カーボンナノチューブ分散膜
7 撥水膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンナノチューブが面内で分散して成るカーボンナノチューブ分散膜を表面に備えた
ことを特徴とする光学部材。
【請求項2】
カーボンナノチューブ分散膜に、撥水膜又は撥油膜を一層重ねた
ことを特徴とする請求項1に記載の光学部材。
【請求項3】
カーボンナノチューブ分散膜を光学多層膜上とした
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の光学部材。
【請求項4】
カーボンナノチューブ分散液を基材の表面に均一に塗布し乾燥させることで、カーボンナノチューブが面内で分散して成るカーボンナノチューブ分散膜を基材の表面に形成する
ことを特徴とする光学部材の製造方法。
【請求項5】
カーボンナノチューブ分散膜を形成した後、更にその上に撥水膜又は撥油膜を形成する
ことを特徴とする請求項4に記載の光学部材の製造方法。
【請求項6】
カーボンナノチューブ分散膜を、基材の表面に形成された光学多層膜の上に形成した
ことを特徴とする請求項4又は請求項5に記載の光学部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−92949(P2009−92949A)
【公開日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−263646(P2007−263646)
【出願日】平成19年10月9日(2007.10.9)
【出願人】(000219738)東海光学株式会社 (112)
【Fターム(参考)】