説明

光触媒、水素の製造方法、有害物質の処理方法、光触媒の製造方法

【課題】可視光を照射されたときに水素及び酸素を良好に発生できる光触媒を提供する。
【解決手段】 InTaOの少なくとも一部が、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、As、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、Sn、Sb、Hf、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、及びHgのうち少なくとも1つの元素で置換されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光触媒及びその光触媒を用いた水素の製造方法、有害物質の処理方法、並びに光触媒の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光触媒(半導体光触媒)は、太陽エネルギー(太陽光)及び水から、クリーンな化学エネルギー(燃料)となる水素及び酸素を製造できるものとして注目されている。光触媒(半導体光触媒)には、価電子帯と伝導帯との間に禁制帯(バンドギャップ)がある。光触媒がそのバンドギャップ以上のエネルギーを有する光を吸収すると、価電子帯の電子は伝導帯に励起され、価電子帯には正孔が生成される。すなわち、光触媒内部に高エネルギー状態の電子及び正孔が生成される。そして、それら正孔及び電子が光触媒の表面に到達し、水と酸化還元反応することで、水素及び酸素が発生する。
【0003】
太陽光は、可視光帯域や紫外光帯域など種々の波長帯域を有しているが、従来の光触媒は、エネルギーの高い紫外光を照射されたときに水素及び酸素を製造するものがほとんどである。光触媒の実用化を考えた場合、可視光を照射されたときにも水分解を起こして水素及び酸素を製造可能な光触媒の出現が望まれる。そのような現状のなか、最近になって、InTaOにニッケル(Ni)をドープすることで可視光の吸収特性を発現させ、可視光による水分解に成功したことが発表された(下記特許文献1参照)。
【特許文献1】2003−19437号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記特許文献1に開示されている光触媒は、可視光を照射されることによって水素を製造可能であることが開示されているが、その水素発生効率はまだ十分ではない。光触媒の実用化を考えた場合、更なる水素発生効率の向上が望まれる。
【0005】
また近年、光触媒は有害化学物質の分解の分野で広く検討されているが、可視光を照射された場合にも、良好な分解機能を有する光触媒の出現が望まれている。
【0006】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであって、可視光を照射されたときに水素及び酸素を良好に発生できる光触媒、水素の製造方法、光触媒の製造方法を提供することを目的とする。また、可視光を照射されたときに有害物質を良好に分解できる有害物質の処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、本発明の光触媒は、InTaO(インジウムタンタルオキサイド)の少なくとも一部が、Sc(スカンジウム)、Ti(チタン)、V(バナジウム)、Cr(クロム)、Mn(マンガン)、Fe(鉄)、Co(コバルト)、Ni(ニッケル)、Cu(銅)、Zn(亜鉛)、Ga(ガリウム)、Ge(ゲルマニウム)、As(砒素)、Y(イットリウム)、Zr(ジルコニウム)、Nb(ニオブ)、Mo(モリブデン)、Tc(テクネチウム)、Ru(ルビジウム)、Rh(ロジウム)、Pd(パラジウム)、Ag(銀)、Cd(カドミウム)、Sn(スズ)、Sb(アンチモン)、Hf(ハフニウム)、W(タングステン)、Re(レニウム)、Os(オスミウム)、Ir(イリジウム)、Pt(白金)、Au(金)、及びHg(水銀)のうち少なくとも1つの元素で置換されたことを特徴とする。本発明の光触媒において、InTaOのうち、In及びTaの少なくともいずれかの一部が前記元素で置換された構成を採用可能である。あるいは、本発明の光触媒において、InTaOのうち、In及びTaそれぞれの一部が前記元素で置換された構成を採用可能である。本発明の光触媒において、前記置換されて生成された材料が還元処理されて酸素欠損状態となっている構成を採用可能である。前記元素で置換されて生成された材料のうち、In又はTaの一部、もしくはIn及びTaの両方の一部が欠損状態となっている構成を採用可能である。本発明によれば、InTaOの少なくとも一部を上記材料と置換することで、可視光の照射によって、水素及び酸素を良好に製造することができる。
【0008】
本発明の光触媒は、InTaOが還元処理されて酸素欠損状態となっていることを特徴とする。本発明によれば、InTaOを還元処理して酸素欠損状態とすることで、可視光の照射によって、水素及び酸素を良好に製造することができる。
【0009】
本発明の水素及び酸素の製造方法は、上記記載の光触媒の存在下、水に光を照射することを特徴とする。本発明によれば、可視光の照射によって、水素及び酸素を良好に製造することができる。
【0010】
本発明の水素の製造方法は、上記記載の光触媒の存在下、水素化合物に光を照射することを特徴とする。本発明によれば、可視光の照射によって、水素を良好に製造することができる。
【0011】
本発明の有害物質の処理方法は、上記記載の光触媒の存在下、有害物質を含む系に光を照射することを特徴とする。本発明によれば、可視光の照射によって、有害物質を良好に分解することができる。
【0012】
本発明の光触媒の製造方法は、InTaO(インジウムタンタルオキサイド)の少なくとも一部を、Sc(スカンジウム)、Ti(チタン)、V(バナジウム)、Cr(クロム)、Mn(マンガン)、Fe(鉄)、Co(コバルト)、Ni(ニッケル)、Cu(銅)、Zn(亜鉛)、Ga(ガリウム)、Ge(ゲルマニウム)、As(砒素)、Y(イットリウム)、Zr(ジルコニウム)、Nb(ニオブ)、Mo(モリブデン)、Tc(テクネチウム)、Ru(ルビジウム)、Rh(ロジウム)、Pd(パラジウム)、Ag(銀)、Cd(カドミウム)、Sn(スズ)、Sb(アンチモン)、Hf(ハフニウム)、W(タングステン)、Re(レニウム)、Os(オスミウム)、Ir(イリジウム)、Pt(白金)、Au(金)、及びHg(水銀)のうち少なくとも1つの元素で置換することを特徴とする。本発明の光触媒の製造方法において、InTaOのうち、In及びTaの少なくともいずれかの一部を前記元素で置換する構成が採用可能である。あるいは、本発明の光触媒の製造方法において、InTaOのうち、In及びTaそれぞれの一部を前記元素で置換する構成が採用可能である。本発明の光触媒の製造方法において、前記置換した後、還元処理を行って酸素欠損状態にする構成が採用可能である。前記元素で置換されて生成された材料のうち、In又はTaの一部、もしくはIn及びTaの両方の一部が欠損状態となっている構成を採用可能である。本発明によれば、InTaOの少なくとも一部を上記材料と置換することで、可視光の照射によって、水素及び酸素を良好に製造することができる。
【0013】
本発明の光触媒の製造方法は、InTaOを還元処理して酸素欠損状態にすることを特徴とする。本発明によれば、InTaOを還元処理して酸素欠損状態とすることで、可視光の照射によって、水素及び酸素を良好に製造することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、可視光の照射によって水素及び酸素を良好に製造することができる。また、可視光の照射によって有害物質を良好に分解することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について説明するが、本発明はこれに限定されない。
【0016】
<光触媒>
本発明に係る光触媒は、InTaOの少なくとも一部が、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、As、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、Sn、Sb、Hf、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、及びHgのうち少なくとも1つの元素で置換された半導体光触媒であることを特徴としている。以下の説明においては、InTaOに元素を投入してInTaOの一部を置換することを適宜「ドープする」と称し、InTaOの少なくとも一部を置換する元素を適宜「ドーピング元素」と称する。
【0017】
本発明に係る光触媒は、InTaOのうち、Inの一部のみがドーピング元素で置換されたものでもよいし、Taの一部のみがドーピング元素で置換されたものでもよい。更には、In及びTaの双方の一部がドーピング元素で置換されたものでもよい。また、InTaOの一部を置換するドーピング元素は1種類でもよいし複数種類でもよい。
【0018】
本発明に係る光触媒は、太陽エネルギー(太陽光)のうち紫外光だけでなく可視光を照射されることで、水分解を行い、水素及び酸素を製造することができる。光触媒には、価電子帯と、伝導帯と、価電子帯と伝導帯との間の領域である禁制帯(バンドギャップ)とがある。光触媒がそのバンドギャップ以上のエネルギーを有する光を吸収すると、価電子帯の電子は伝導帯に励起され、価電子帯には正孔が生成される。すなわち、光触媒内部に高エネルギー状態の電子及び正孔が生成される。そして、それら正孔及び電子が光触媒の表面に到達し、水と酸化還元反応することで、水素及び酸素が発生する。また、本発明に係る光触媒は、可視光を照射されることで、有害物質を分解することができる。
【0019】
本発明に係る光触媒においては、価電子帯の正孔は酸化能力が非常に強く、水や多くの有機物といった電子供与体を酸化することができる。また正孔と同時に生成された伝導帯の電子は、空気中の酸素を還元することで消費される。すなわち、本発明に係る光触媒は、伝導帯準位が酸素の還元準位より負であり、水素を製造でき、酸素を還元できるポテンシャルを持つので、水素製造用光触媒、水分解用光触媒及び有害物質分解用光触媒として極めて有用なものである。
【0020】
<置換元素の選定>
本実施形態においては、地球上に存在する多数の元素のうちから、第1原理計算に基づくシミュレーションを行って、ドーピング元素を選定した。本解析で用いた解析方法は全て密度汎関数法によるものである。電子とイオンの相互作用には、Kleinman-Bylander形式(L.Kleinman and D.M.Bylander,Phys.Rev.Lett.48(1982)425)を用いたノルム保存型擬ポテンシャルを用いている。擬波動関数と擬ポテンシャルは、TroullierとMartins(N.Troullier and J.L.Martins,Phys.Rev.B.43(1991)1993)の方法を用い、交換相互エネルギーは、PerdewとZunger(J.P.Perdew and A.Zunger,Phys.Rev.B.23(1981)5048)によるものを用いている。平面波エネルギーによるカットオフエネルギーは、格子定数を関数にして電子系の全エネルギーを計算したときの全エネルギーの最小値に相当する格子定数の値が実験値と比較してその誤差が5%以内になるように設定している。ドーピング元素を選定するにあたり、サンプル作成及び評価実験を繰り返し行って試行錯誤的に選定する方法も考えられる。しかしながら、InTaOの少なくとも一部を置換可能なドーピング元素、及びそれらドーピング元素の組み合わせは非常に多数存在すると考えられるため、ドーピング元素を選定するにあたり、サンプル作成及び評価試験を繰り返す方法は非常に効率が低い。そこで本実施形態においては、ドーピング元素を選定するにあたり、主に以下の2つの工程を含む方法で選定を行った。
【0021】
(第1の工程)
まず、InTaOにドープするドービング元素として使用可能と考えられる多数の元素のうちから、InTaOにドープした後に形成される分子が、分子として成立するか否か(安定分子であるか否か)を、第1原理計算に基づいて判別した。そして、その判別結果に基づいて、ドーピング元素として使用可能な元素を選定(スクリーニング)した。ドープした後に形成される分子が安定分子であるか否かの判別は、形成された分子の結合エネルギーを考慮して行った。具体的には、結合エネルギーについての許容値を予め設定しておき、InTaOの少なくとも一部を所定の元素で置換したときに生成された分子の結合エネルギーが、前記許容値以下となるか否かを判断した。この結合エネルギーの導出に第1原理計算が使用されている。そして、第1原理計算に基づくシミュレーション結果に基づいて、導出した結合エネルギーが上記許容値以下の場合、分子として成立する(安定分子である)と判断し、許容値以上の場合、分子として成立しない(不安定分子である)と判断した。すなわち、地球上に多数存在する元素のうち、InTaOにドープした後の分子が安定分子となる元素を、InTaOにドープ可能な元素(ドーピング元素)として選定した。
【0022】
図1は、第1原理計算に基づいて導出したドービング元素と結合エネルギーとの関係を示す図である。図1中、横軸には、InTaOにドープされる元素が示されている。縦軸には、横軸に示した元素をInTaOにドープした後に生成される分子の結合エネルギー値を、ドープされていないInTaOの結合エネルギー値で規格化したものである。なおこれらの結合エネルギー値は第1原理計算に基づいて導出したものである。また、「In site」として示すデータは、InTaOのうち、In原子をドーピング元素で置換したときのシミュレーション結果、「Ta site」として示すデータは、InTaOのうち、Ta原子をドーピング元素で置換したときのシミュレーション結果である。この図より、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、As、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、Sn、Sb、Hf、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、及びHgのいずれの元素をInTaOにドープした場合においても、出発材料であるInTaO(ドープされていないInTaO)と同等、もしくはそれ以上の結合エネルギーを有していることが分かる。また、InTaOのうちIn原子をドーピング元素で置換したときと、Ta原子をドーピング元素で置換したときとで、結合エネルギーに大きな差が生じないことも分かる。これより、InTaOに、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、As、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、Sn、Sb、Hf、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、及びHgのそれぞれをドープした場合においても、ドープ後に形成される分子は安定分子となり、これら元素がInTaOにドープ可能なドーピング元素である。
【0023】
(第2の工程)
次いで、第1の工程において選定したInTaOにドープ可能なドービング元素のそれぞれについて、そのドービング元素をInTaOにドープした後に形成される分子が光触媒として成立するか否かを、第1原理計算に基づいて判別した。そして、その判別結果に基づいて、光触媒として使用可能なドーピング元素を選定した。具体的には、第1の工程において選定した複数のドービング元素のうち、ある特定のドーピング元素をInTaOにドープしたとき、そのドープ後に形成される分子が、可視光の照射によって光触媒反応を起こすか否か(水分解して水素を製造可能か否か)を、バンドギャップを考慮して選定した。この選定にも第1原理計算が使用されている。そして、第1原理計算に基づくシミュレーション結果に基づいて、可視光の照射によって光触媒反応可能な(水分解可能な)光触媒を選定した。
【0024】
図2は、InTaOの一部をドーピング元素で置換したときの電子エネルギーと電子密度との関係を示す図である。図2(a)〜(e)のそれぞれにおいて、横軸は電子エネルギーを示し、縦軸は電子密度を示す。そして、図2(a)には、ドーピング元素がドープされていないInTaOについてのデータが示されており、図2(b)には、InTaOの一部をNiで置換したときのデータが示されている。なお具体的には、図2(b)には、InTaOのうち、6.25%のInがCuで置換された場合のデータが示されている。同様に、図2(c)、(d)、(e)のそれぞれは、InTaOの一部をNi、Fe、Znのそれぞれで置換したときのデータが示されている。図2(c)、(d)、(e)においても、InTaOのうち、6.25%のInがNi、Fe、Znのそれぞれで置換された場合のデータが示されている。
【0025】
例えば図2(c)において、Niをドープすることで、伝導帯が低エネルギー側にシフトし、バンドギャップが縮小していることが分かる。また、伝導帯の電子密度が増加していることが分かる。また、価電子帯近傍に新しい電子順位(不純物順位)が形成されていることが分かる。光触媒が可視光の照射によって水分解して水素及び酸素を製造するための要因として、伝導帯のシフトによるバンドギャップの縮小、あるいは不純物順位の形成によるバンドギャップの縮小が挙げられる。バンドギャップが縮小することにより、紫外光に比べてエネルギーの低い可視光が照射された場合においても、光触媒においては、価電子帯の電子が伝導帯に励起され、光触媒反応が得られて、水素及び酸素を製造することができる。また、伝導帯の電子密度の増加が、可視光の光吸収量の向上に寄与していると考えられる。
【0026】
図2(b)において、ドーピング元素がCuの場合、バンドギャップの中間に新たな電子準位(不純物準位)が孤立して形成される。また、価電子帯及び伝導帯の位置は、ドーピング元素をドープしていない状態(図2(a)参照)と同じであり、バンドギャップあは大きく変化しない。また、不純物準位は状態密度が小さいため、価電子帯及び伝導帯と不純物準位間による長波長域の光吸収は非常に小さいと考えられる。また、光によって励起された電子/正孔が不純物準位において再結合し、水素発生の阻害要因となる可能性が高い。すなわち、不純物準位の存在は、光照射による水分解に適してないと考えられる。
【0027】
すなわち、可視光の照射によって良好に水素を製造するためには、光触媒は、バンドギャップがなるべく小さく、伝導帯の電子密度がなるべく高く、不純物順位が存在しないような特性を有していることが好ましく、そのような特定となるように、ドーピング元素が選定される。
【0028】
なお、ドーピング元素としてV、Cr、Mn、Co等を使用した場合にも、Cuと同様の結果が得られた。すなわち、ドーピング元素として、V、Cr、Mn、Co、Cu等を用いた場合、ドープ後の分子は安定分子となるものの、可視光照射による光触媒反応は、十分には生じない可能性がある。
【0029】
図2(c)、(d)において、ドーピング元素がNi、Feの場合、伝導帯の位置が低エネルギー側にシフトし、なお且つ価電子帯近傍に不純物準位が形成される。不純物準位の形成によってバンドギャップはかなり縮小するが、不純物準位の電子密度は小さいため、これによる光の吸収は小さいと考えれる。
【0030】
図2(e)において、ドーピング元素がZnの場合、伝導帯が低エネルギー側にシフトするが、新たな不純物準位は形成されない。バンドギャップがドーピング元素をドープしたことによって縮小し、且つ不純物準位が形成されないため、効率の良い光吸収を得ることができ、効率良く水素を製造することができる。また、ドーピング元素としてTi、Ga等を使用した場合にも、Znと同様の結果が得られた。
【0031】
このように、InTaOの一部を置換するドーピング元素の種類に応じて、光吸収特性を左右するバンドギャップの大きさ、及び電子密度等が大幅に変化することが分かる。そして、可視光の照射によって、水素及び酸素を製造するためには、ドーピング元素として、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、As、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、Sn、Sb、Hf、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、及びHgのそれぞれが使用可能であり、特に、光触媒反応を良好に発生して(良好に水分解して)、水素及び酸素を効率良く製造するためには、ドーピング元素として、Ti、Zn、Ga等を使用することが好ましいことが分かった。
【0032】
<実験結果>
上述した第1、第2の工程を含む第1原理計算に基づいて選定した複数のドーピング元素のうちいくつかのドーピング元素について実験を行った。InTaOにZn、Fe、Niのそれぞれをドープしたものを実験対象とした。また、ドープされていないInTaOを比較例とした。
【0033】
本実施形態に係る光触媒は、通常の固相反応法、すなわち原料となる各金属成分を目的組成の比率で混合し、空気中常気圧下で焼成することで合成できる。また、金属アルコキシドや金属塩を原料とした各種ゾルゲル法、錯体重合法など様々な方法も用いられる。ここでは、光触媒のサンプル作成に固相反応法を用いた。ドーピング元素の量は、In、Taに対して10%置換となるように設定し、1150℃にて48時間焼成した。
【0034】
図3は、作成した光触媒(サンプル)の拡散反射分光法による吸収スペクトルを示す図である。これより、ドーピング元素としてFeを用いた場合には、光触媒は可視光領域で大きな吸光度を示すものの、バンドギャップが水素発生下限の1.23eVを下回っているため(図2(d)参照)、水素発生の活性は小さいと考えられる。これに対し、ドーピング元素としてZnを用いた場合には、500nm程度までの可視光吸収がある程度可能となり、また不純物準位が形成されない(図2(e)参照)ことから、ドーピング元素としてNiを用いた場合に比べても、高い水素発生を得ることができる。
【0035】
なお、本発明に係る光触媒の形状としては、光を有効に利用するために微粒子で表面積の大きいことが望ましい。固相反応法で調製した酸化物は粒子が大きく表面積が小さいが、ボールミルなどの粉砕を行うことで粒子径を小さくできる。また、微粒子を成型して板状として使用することもできる。更に、本発明の半導体触媒に対しては、従来の光触媒製造に通常用いられるような修飾を行うことができる。例えば従来公知の助触媒を担持することもできる。
【0036】
<還元処理>
ところで、上述した実施形態においては、InTaOの一部をドーピング元素で置換することで、バンドギャップを縮小し、エネルギーの比較的低い可視光に対応しているが、InTaOを還元処理して酸素欠損状態とすることで、バンドギャップを狭めることもできる。還元処理としては、例えば水素雰囲気で加熱する処理が挙げられる。図4(a)は、InTaOの電子エネルギーと電子密度との関係(ドープなし)、図4(b)は、InTaOを還元処理して酸素欠損状態としたときの電子エネルギーと電子密度との関係を示す図である。なおこれらのデータも第1原理計算に基づくものである。図4(b)に示すように、還元処理することでバンドギャップが縮小される。したがって、可視光を照射することによって、水分解を引き起こして水素及び酸素を製造することができる。
【0037】
更に、InTaOの一部をドーピング元素で置換した後、還元処理を行うことで、ドーピング元素で置換された後の材料を酸素欠損状態とすることもできる。図5(a)は、InTaOの電子エネルギーと電子密度との関係(ドープなし)、図5(b)は、InTaOの一部をドーピング元素としてGaで置換したものの電子エネルギーと電子密度との関係、図5(c)は、InTaOの一部をドーピング元素としてGaで置換した材料を、更に還元処理して酸素欠損状態としたときの電子エネルギーと電子密度との関係を示す図である。図5(b)に示すように、Gaをドープすることでバンドギャップを縮小することができ、図5(c)に示すように、更に還元処理することで、バンドギャップを更に縮小することができる。したがって、可視光を照射することによって、良好に水素及び酸素を製造することができる。
【0038】
なお、InTaOの一部をGa等のドーピング元素で置換した後、還元処理した場合でも、生成された分子は安定分子となる。図6は、図1の横軸に掲げた元素のうち、代表例として、Ni、Gaをドーピング元素として使用した例のシミュレーション結果を拡大したものである。そして、そのデータに併記して、「In site(還元)」として示すデータは、InTaOのうち、In原子をそれぞれのドーピング元素で置換した後、還元処理(酸素欠損状態とする処理)をしたときのシミュレーション結果、「Ta site(還元)」として示すデータは、InTaOのうち、Ta原子をそれぞれのドーピング元素で置換した後、還元処理をしたときのシミュレーション結果である。この図より、ドーピング元素でInTaOの一部を置換した後、還元処理を行った場合でも、出発材料であるInTaO(ドーピング元素で置換されていないInTaO)と同等、もしくはそれ以上の結合エネルギーを有していることが分かる。また、InTaOのうちIn原子をドーピング元素で置換したときと、Ta原子をドーピング元素で置換したときとで、結合エネルギーに大きな差が生じないことも分かる。更には、還元処理前と還元処理後とのそれぞれについても、結合エネルギーに大きな差が生じないことが分かる。これより、InTaOの一部をドーピング元素で置換した後、還元処理を行っても、還元処理後に形成される分子は、安定分子となる。
【0039】
<製造方法>
【0040】
次に、本発明に係る光触媒を使用した水の分解による水素の製造方法について説明する。水素を製造する際には、図7に示すように、本発明に係る光触媒と水とを、光透過性を有する容器(例えばガラス製容器)1に収容し、その容器1に対して光源2より光(可視光)を照射する。水の分解反応を行う際に用いる反応溶液は、純水に限らず、通常、水の分解反応によく用いられるように、炭酸塩や炭酸水素塩、ヨウ素塩、臭素塩等の塩類を混ぜた水を用いてもよい。上記水溶液に本発明の光触媒を添加する。触媒の添加量は、基本的に入射した光が効率良く吸収できる量を選ぶ。このように、光触媒を添加した水溶液に光を照射することによって水が分解し水素が発生する。たとえば純水に本発明の光触媒を添加して可視光の照射すると水が分解され、水素と酸素を化学定量比(2:1)で得ることができる。
【0041】
本発明の光触媒は、水の分解だけでなくこの種の光触媒が利用されている種々の分野に応用することができる。たとえばさまざまな有害物質を含む系に本発明に係る触媒を添加し、光を照射すると、これらの有害物質の分解、除去、無害化される。すなわち、これらの系において、有害物質は一般に電子供与体として働き、正孔によって酸化分解されるとともに、電子によって水素が発生するか、酸素が還元される。反応形態は、有害物質を含む水溶液に光触媒を懸濁して光照射しても良いし、光触媒を基板に固定しても良いし、気相反応でもよい。悪臭ガスの分解には気相反応で行うことが好ましい。
【0042】
上記有害物質としてはNOx、SOx、フロン、アンモニア、硫化水素などの大気中に含まれるガスや、アルコール類、アルデヒド類、アミン類、メルカプタン類、芳香族炭化水素(ベンゼン、トルエン、キシレン)、フェノール類などの有機化合物、除草剤、殺菌剤、殺虫剤などの種々の農薬、シアン化合物、硫黄化合物などの無機化合物、細菌、菌類、藻類などの微生物、大腸菌、ブドウ球菌、油、タバコのヤニなどの付着物質などを挙げることができる。
【0043】
照射する光の波長は半導体光触媒の吸収がある領域の波長の光を含むことが必要である。このような波長を有する光としては、太陽光、蛍光灯、ブラックライト、水銀灯、キセノン灯などからの光を利用すればよい。光の照射量や照射時間などは処理する対象の物質やその量に応じて適宜選定すればよい。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明に係る光触媒を製造するためのドーピング元素の選定の根拠を説明するための図である。
【図2】本発明に係る光触媒を製造するためのドーピング元素の選定の根拠を説明するための図である。
【図3】本発明に係る光触媒を使った実験結果を示す図である。
【図4】酸素欠損状態にされた光触媒の特性を説明するための図である。
【図5】ドーピング元素をドープされた光触媒、及び酸素欠損状態にされた光触媒の特性を説明するための図である。
【図6】酸素欠損状態とされた分子が安定であることを説明するための図である。
【図7】水素の製造方法を説明するための図である。
【符号の説明】
【0045】
1…容器、2…光源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
InTaOの少なくとも一部が、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、As、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、Sn、Sb、Hf、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、及びHgのうち少なくとも1つの元素で置換された光触媒。
【請求項2】
InTaOのうち、In及びTaの少なくともいずれかの一部が前記元素で置換された請求項1記載の光触媒。
【請求項3】
InTaOのうち、In及びTaそれぞれの一部が前記元素で置換された請求項1記載の光触媒。
【請求項4】
前記置換されて生成された材料が還元処理されて酸素欠損状態となっている請求項1〜3のいずれか一項記載の光触媒。
【請求項5】
InTaOが還元処理されて酸素欠損状態となっている光触媒。
【請求項6】
InTaOのうち、In又はTaの一部、もしくはIn及びTaの一部が欠損状態となっている光触媒。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項記載の光触媒の存在下、水に光を照射する水素及び酸素の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか一項記載の光触媒の存在下、水素化合物に光を照射する水素の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれか一項記載の光触媒の存在下、有害物質を含む系に光を照射する有害物質の処理方法。
【請求項10】
InTaOの少なくとも一部を、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、Ge、As、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、Sn、Sb、Hf、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、及びHgのうち少なくとも1つの元素で置換する光触媒の製造方法。
【請求項11】
InTaOのうち、In及びTaの少なくともいずれかの一部を前記元素で置換する請求項10記載の光触媒の製造方法。
【請求項12】
InTaOのうち、In及びTaそれぞれの一部を前記元素で置換する請求項10記載の光触媒の製造方法。
【請求項13】
前記置換した後、還元処理を行って酸素欠損状態にする請求項10〜12のいずれか一項記載の光触媒の製造方法。
【請求項14】
InTaOを還元処理して酸素欠損状態にする光触媒の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−122777(P2006−122777A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−312295(P2004−312295)
【出願日】平成16年10月27日(2004.10.27)
【出願人】(000000099)石川島播磨重工業株式会社 (5,014)
【Fターム(参考)】