説明

光触媒による殺菌効果を増強する方法及び殺菌装置

【課題】強い殺菌作用が得られ、効率的に殺菌処理を行うことのできる殺菌方法及び該殺菌方法に用いられる殺菌装置を提供する。
【解決手段】光触媒を利用して水中の微生物を殺菌する殺菌装置において、光触媒を保持し該光触媒と処理対象水を接触させる光触媒反応部11と、前記光触媒に励起光線を照射する光源12と、水に溶解して塩化物イオンを生じる塩類を前記処理対象水に所定量添加する塩類添加手段16とを設ける。処理対象水は循環ポンプ13によって流路中を循環し、光触媒反応部11を通過する際に該光触媒反応部11に収容された光触媒によって殺菌される。このとき、塩類添加手段16によって処理対象水に少量の塩類を添加することにより光触媒による殺菌作用を高めることができ、強い殺菌力で効率よく処理を行うことが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光触媒を利用した水の殺菌効果を増強する方法、及び殺菌装置に関する。
【背景技術】
【0002】
水中に存在する細菌やウィルス等の微生物を殺菌する技術として、従来より、水道水の殺菌等に用いられる次亜塩素酸処理や、食品工場等で用いられるオゾン処理、養殖場やアクアリウム等で用いられる紫外線処理などが知られている。しかし、前記次亜塩素酸処理には、発がん性が指摘されているトリハロメタン発生の問題があり、前記オゾン処理には、ランニングコストが高くつくという問題がある。また、前記紫外線処理は、有害物質の発生がなく且つ低コストに実現可能であるものの、必ずしも十分な殺菌効果が得られない場合があった。
【0003】
そのような中で、近年、強い殺菌力が得られ安全且つ省エネルギーに実現可能な殺菌技術として、光触媒による水中微生物の殺菌に大きな関心が集まっている。これまでの研究から、光触媒は微生物細胞壁を部分的に酸化分解することにより細胞を死滅させることが知られており(非特許文献1、2)、特に、飲料水市場、温泉地を含む公衆浴場、プール、及び養殖場等での利用が期待されている。
【0004】
【非特許文献1】エンバイロメンタル・サイエンス・アンド・テクノロジー(Environ. Sci. Technol.)、第32巻、p. 726、(1998)
【非特許文献2】アプライド・アンド・エンバイロメンタル・ミクロバイオロジー(Appl. Environ. Microbiol.)、第65巻, p. 4094、(1999)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来の光触媒による殺菌では、紫外線処理やオゾン処理に比べて殺菌効果が改善されているものの、十分な殺菌を行うためには光触媒と処理対象水を長時間接触させる必要があり、処理効率の点で改善の余地があった。
【0006】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、強い殺菌作用が得られ、効率的に殺菌処理を行うことのできる殺菌方法及び殺菌装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された本発明に係る方法は、光触媒による殺菌効果を増強する方法であって、処理対象水を光触媒に接触させ、該光触媒を励起光線によって励起することにより前記処理対象水を殺菌するにあたり、水に溶解して塩化物イオンを生じる塩類を前記処理対象水に添加することで前記光触媒による殺菌効果を増強することを特徴としている。
【0008】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係る殺菌装置は、光触媒を利用して水中の微生物を殺菌する殺菌装置において、a) 光触媒を保持し、該光触媒と処理対象水を接触させる光触媒反応部と、b) 前記光触媒に励起光線を照射する光源と、c) 水に溶解して塩化物イオンを生じる塩類を前記処理対象水に所定量添加する塩類添加手段とを有することを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
上記本発明に係る方法によれば、光触媒と接触させる処理対象水に少量の塩類を添加することにより、従来の光触媒による殺菌方法に比べて高い殺菌効果を得ることができる。また、これにより、処理対象水と光触媒の接触時間を短縮することができるため、光触媒による殺菌処理の効率を向上させることができる。
【0010】
更に、本発明に係る方法は、処理対象水に塩類を添加するという簡便な方法によって光触媒による殺菌効果を増強することができるため、大幅なコスト増大を招来することなく廉価に実施することができる。また、本発明の方法において光触媒の殺菌効果を増強するために必要な塩類の最小濃度は極めて微量であるため、動植物の成育等に悪影響を及ぼすことなく高い殺菌効果を実現することが可能である。このため、本発明に係る方法は、例えば、淡水性魚介類の飼育水の殺菌処理や水耕栽培の培養液の殺菌処理等を含む幅広い用途に適用することができる。
【0011】
また、上記本発明に係る殺菌装置は、上記本発明に係る方法を実施するための装置であって、光触媒による殺菌効果の増強に必要な所定量の塩類を、前記塩類添加手段によって処理対象水に自動的に添加することができるため、上記本発明に係る方法をより簡便に実施することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
光触媒とは、光を吸収して触媒作用を発揮する物質の総称であり、励起光によって電荷分離が起き、その効果により酸化還元反応を進行させるものである。本発明の方法及び殺菌装置における光触媒としては、この定義に合うものであればいずれも使用可能であるが、紫外線応答性化合物又は可視光応答性化合物から成るものを用いることが望ましく、特に、近紫外線を発するブラックライト等の安価な光源を利用することのできる二酸化チタン又はその誘導体を用いることが望ましい。
【0013】
また、処理対象水に添加する塩類は、水に溶解して塩化物イオンを生じるものであればカチオン種は何でもよいが、特に、水への溶解性が良好なアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩を用いることが望ましい。
【0014】
本発明の方法において、前記塩類は、処理対象水の塩濃度が20重量ppm(0.002重量%)以上となるように添加することが望ましく、特に、0.01重量%以上とすることがより望ましい。また、塩濃度の上限値は特に限定されるものではないが、淡水性魚介類の飼育水の殺菌処理や水耕栽培の培養液の殺菌処理、公衆浴場やプール等における水の殺菌処理等に適用する場合は、塩濃度が2重量%以下、より望ましくは1重量%以下となるようにすることが望ましい。また、本発明に係る殺菌装置における塩類添加手段は、例えば、塩濃度センサ等を有し、処理対象水の塩濃度が所定の範囲となるよう適切な量の塩類を適宜添加する機能を備えたものとすることが望ましい。
【0015】
光触媒に励起光線を照射するための光源としては、使用する光触媒の種類に応じた適切なものを使用する。光触媒として上記二酸化チタンを用いる場合には、自然光又は人工光源、例えば、殺菌灯若しくはブラックライトなど、360nm以下の波長領域の光を発する光源であればいずれも使用可能であるが、コストパフォーマンスを鑑みると、安価なブラックライトを使用することが望ましい。また、光源として殺菌灯を用いた場合は、殺菌灯が発する紫外線自体が殺菌に働くほか、近紫外光を発するブラックライトに比べてより大きなエネルギーを光触媒に与えることができるため、一層高い殺菌効果が期待される。
【実施例1】
【0016】
以下、本発明に係る殺菌装置の一実施例について図面を参照しながら説明する。図1は、本実施例に係る殺菌装置の概略構成を示す図である。本実施例に係る殺菌装置は、光触媒リアクター11、ブラックライト12、循環ポンプ13、試料容器14、及びエアーポンプ15から成る閉鎖循環式の光触媒反応システムであり、更に、該閉鎖循環式光触媒反応システムの循環流路中に食塩を添加するための食塩添加部16を備えている。
【0017】
光触媒リアクター11はガラス管で構成されており、該ガラス管内には二酸化チタンでコーティングされたガラスビーズ等が充填されている。ブラックライト12は、光触媒リアクター11を取り囲むように複数本が配置されており、該ブラックライト12によってリアクター11内の光触媒に紫外線が照射される。処理対象水は試料容器14に収容され、循環ポンプ13によって該処理対象水を光触媒リアクター11に送出して循環させることにより処理対象水を光触媒と効率よく接触させることができる。
【0018】
本実施例に係る殺菌装置は、上述のように循環流路中に食塩を添加する食塩添加部16を備えており、該食塩添加部16によって、光触媒による殺菌効果の増強に必要な適当量の塩類(この場合、塩化ナトリウム)を自動的に処理対象水に添加することができる。なお、エアーポンプ15は、光触媒による酸化作用に必要な空気を循環水中に導入するためのものである。
【0019】
なお、本発明に係る殺菌装置の構成は、上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨の範囲で適宜変更が許容されるものである。例えば、光触媒リアクター11は、必ずしも上記のような直管型の形状で励起光を外部より照射する外部照射型でなくてもよく、曲管型のガラス管や内側が中空の二重ガラス管等に光触媒でコーティングしたガラスビーズ等を充填し、ガラス容器の内側にランプを配置して内部より励起光を照射する内部照射型の構成としてもよい。また、光触媒を保持する担体はガラスビーズでなくてもよく、光触媒をその活性が妨げられない状態で安定に保持できるものであれば、高分子等のようなものでもよい。
【0020】
また、本実施例に係る殺菌装置は試料容器14内に処理対象水を収容し、該試料容器14と光触媒リアクター11との間で処理対象水を循環させる構成としたが、例えば、本発明に係る殺菌装置を公衆浴場又は養殖場等に適用する場合には、該公衆浴場の浴槽又は養殖場の飼育水槽等と光触媒リアクターとの間で処理対象水を循環させる構成とする。更に、本発明に係る殺菌装置の構造は、上記のような循環式のものに限定されず、例えば、試料容器や水槽等から送出された処理対象水を光触媒リアクターを通して他所に排出する方式としてもよい。なお、この場合は、処理対象水の流速を循環式のものに比べて遅くすることにより、光触媒と処理対象水の接触時間が十分に確保されるようにする。
【実施例2】
【0021】
続いて、本発明の効果を確認するために行った殺菌試験について説明する。
【0022】
試験では、殺菌対象として大腸菌(Escherichia coli)K−12株を使用し、食塩水を用いて調製した大腸菌懸濁液(NaCl濃度:0.002wt%、0.02wt%、0.85wt%、3.6wt%)を処理対象水として殺菌処理を行った(なお、本殺菌試験では、予め大腸菌懸濁液に食塩水を加え、懸濁液の塩濃度を上記の各濃度に調整している)。本殺菌試験における光触媒としては、二酸化チタンを担持したシリカゲルビーズから成る光触媒シリカゲルを使用し、該光触媒シリカゲル25gを入れた2Lビーカーの下にブラックライト(15W、2本)を配置して光触媒への紫外線照射を行った。上記大腸菌懸濁液を前記ビーカーに入れて、該ビーカーに取り付けた攪拌機で大腸菌懸濁液を撹拌しながら紫外線を照射し、処理開始から0分後、10分後、20分後、30分後、60分後、及び90分後の各懸濁液をサンプリングして大腸菌数を計測した。また、比較例1として食塩を添加しない脱イオン水で調製した大腸菌懸濁液(即ちNaCl濃度0wt%)について上記同様の条件で処理及びサンプリングを行い、大腸菌数を計測した。
【0023】
表1に、NaClを上記各濃度で添加した大腸菌懸濁液を紫外線照射下で処理した場合(実施例)、及び脱イオン水で調製した大腸菌を紫外線照射下で処理した場合(比較例1)の各処理時間における大腸菌数を示す。なお、表中の無処理区は、脱イオン水で調製した大腸菌懸濁液を光触媒シリカゲルを入れない2Lビーカーに収容し、紫外線照射を行わずに撹拌したもの(即ち、NaCl濃度0%、光触媒なし、紫外線照射なし)である。
【0024】
【表1】

【0025】
また、比較例2として脱イオン水で調製した大腸菌懸濁液を光触媒シリカゲルを入れない2Lビーカーに収容し、紫外線照射を行いながら撹拌したもの(即ちNaCl濃度0%、光触媒なし、紫外線照射あり)、及び比較例3としてNaCl濃度0.85%の大腸菌懸濁液を光触媒シリカゲル25gと共に2Lビーカーに入れ、紫外線照射を行わずに撹拌したもの(即ちNaCl濃度0.85%、光触媒あり、紫外線照射なし)について、それぞれ処理開始から0分後、30分後、60分後、及び90分後の各懸濁液をサンプリングして大腸菌数を計測した。表2に、比較例2、及び比較例3の各処理時間における大腸菌数を示す。
【0026】
【表2】

【0027】
表1及び表2から明らかなように、無処理区、及び比較例2、3では、90分間で大腸菌数に大きな変化は見られなかった。一方、比較例1では、90分の処理で約90%の殺菌効果が認められた。これに対し、表1のNaCl濃度0.002%区では、処理開始後90分間で、比較例1の約10倍の殺菌効果が見られ、更にNaCl濃度が大きくなるにつれて殺菌効果の増大が見られた。以上の結果から、本発明の方法によって光触媒による殺菌効果を増強することができ、従来の光触媒による殺菌方法よりも高い殺菌効果が得られることが確かめられた。
【実施例3】
【0028】
次に、各種の塩類が光触媒による殺菌効果に及ぼす影響を調べた殺菌試験について説明する。なお、この試験においても、実施例2の殺菌試験と同様に、光触媒シリカゲル25gを入れた2Lビーカーに処理対象水を入れ、攪拌機で撹拌しながらブラックライトによる紫外線照射を行った。まず、脱イオン水で調製した大腸菌懸濁液をサンプリングした後、該懸濁液にNaCl、KCl、又はMgSO・7HOをそれぞれ8.5g/L、10.8g/L、35.8g/Lとなるよう添加して撹拌し、その直後(処理時間0分)と処理開始から10分後、30分後、60分後、及び90分後に大腸菌懸濁液をサンプリングして各時点における大腸菌数を計測した。
【0029】
【表3】

【0030】
その結果、表3に示すように、NaCl又はKClを添加したものでは、処理開始から60分の時点で処理対象水がほぼ完全に殺菌されていた。これに対し、MgSO・7HOを添加したものでは、添加直後の段階(即ち、MgSO・7HO濃度が35.8g/Lで処理時間0分のもの)で添加前(即ち、MgSO・7HO濃度が0g/Lのもの)に比べて菌数が10分の1以下に減少したが、その後ばらつきはあるものの、処理開始から90分後も10細胞/ml以上の菌数を示していた。以上の結果から、光触媒による殺菌効果に影響を与えているのは塩化物イオンであると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明に係る殺菌装置の一実施例を示す概略構成図。
【符号の説明】
【0032】
11…光触媒リアクター
12…ブラックライト
13…循環ポンプ
14…試料容器
15…エアーポンプ
16…食塩自動添加部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
処理対象水を光触媒に接触させ、該光触媒を励起光線によって励起することにより前記処理対象水を殺菌するにあたり、水に溶解して塩化物イオンを生じる塩類を前記処理対象水に添加することで前記光触媒による殺菌効果を増強する方法。
【請求項2】
上記塩類がアルカリ金属又はアルカリ土類金属の塩化物であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
上記処理対象水の塩濃度が20重量ppm以上となるように上記塩類を添加することを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
上記光触媒が紫外光応答性化合物又は可視光応答性化合物から成るものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
上記紫外光応答性化合物又は可視光応答性化合物が二酸化チタン又はその誘導体であることを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項6】
光触媒を利用して水中の微生物を殺菌する殺菌装置において、
a) 光触媒を保持し、該光触媒と処理対象水を接触させる光触媒反応部と、
b) 前記光触媒に励起光線を照射する光源と、
c) 水に溶解して塩化物イオンを生じる塩類を前記処理対象水に所定量添加する塩類添加手段と、
を有することを特徴とする微生物殺菌装置。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2009−678(P2009−678A)
【公開日】平成21年1月8日(2009.1.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−135408(P2008−135408)
【出願日】平成20年5月23日(2008.5.23)
【出願人】(592008767)株式会社松本微生物研究所 (6)
【Fターム(参考)】