説明

光起電力素子

【課題】光吸収層におけるキャリアの滞在時間が短くても変換効率を効果的に高めることができるホットキャリア型の光起電力素子を提供する。
【解決手段】光起電力素子は、光を吸収して電子および正孔を生成する光吸収層2と、光吸収層2の一方の面に隣接する電子移動層3と、光吸収層2の他方の面に隣接する正孔移動層4と、電子移動層3上に設けられた負電極5と、正孔移動層4上に設けられた正電極6とを備える。電子移動層3は、光吸収層2における伝導帯2cのエネルギー幅より狭いエネルギー幅を有しており所定のエネルギー準位Eの電子を選択的に通過させる伝導帯3aを有する。正孔移動層4は、光吸収層2における価電子帯2dのエネルギー幅より狭いエネルギー幅を有しており所定のエネルギー準位Eの正孔を選択的に通過させる価電子帯4aを有する。光吸収層2は、p型不純物またはn型不純物を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光起電力素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギー源として太陽電池などの光起電力素子が注目されている。現在実用化されている光起電力素子は、シリコンウェハを用いた「第1世代」と呼ばれる構造を有しているが、光電変換効率が低く、一般の発電システムと比較して単位電力当たりのコストが高いという問題がある。
【0003】
この第1世代の光起電力素子に対し、「第2世代」と呼ばれる構造がある。すなわち、薄膜シリコン型(シリコン層の厚みを薄くすることで、使用原料、生産に要するエネルギー、コストなどの削減をはかったもの)、CIGS型(非Si系の半導体材料である銅、インジウム、ガリウム、およびセレンを使用したもの)、色素増感型などである。これら第2世代の光起電力素子は、第1世代の光起電力素子に対して変換効率は同等かやや劣るものの、第1世代より低コストで製造でき、単位電力当たりのコストを大幅に低減できると見込まれている。
【0004】
この第2世代に対し、コストの増加を抑えつつ、変換効率の大幅な向上を目指した「第3世代」と呼ばれる構造が幾つか提案されている。この第3世代の中で最も有望なものの一つが、ホットキャリア型の光起電力素子である。これは、半導体からなる光吸収層内において光励起により生成されたキャリア(電子および正孔)を、フォノン散乱によりそのエネルギーが散逸される前に光吸収層から取り出すことによって、高い変換効率を実現する方式である。このようなホットキャリア型の光起電力素子の原理については、例えば非特許文献1〜4に記載されている。
【非特許文献1】Robert T. Ross et al., ”Efficiency of hot-carrier solar energyconverters”, American Institute of Phisics, Journal of Applied Physics, May 1982,Vol.53, No.5, pp.3813-3818
【非特許文献2】Peter Wurfel, ”Solar energy conversion with hot electrons fromimpact ionisation”, Elsevier, Solar Energy Materials and Solar Cells, 1997,Vol.46, pp.43-52
【非特許文献3】G. J. Conibeer et al., ”On achievable efficiencies of manufacturedHot Carrier solar cell absorbers”, 21st European Photovoltaic Solar EnergyConference, 4-8 September 2006, pp.234-237
【非特許文献4】Peter Wurfel, “Particle Cnservation in the Hot-carrier Solar Cell”, WileyInterScience, Progress in Photovoltaics: Research and Applications, 18 February2005, Vol.13, pp.277-285
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した非特許文献などにおいて、ホットキャリア型光起電力素子の理論上の変換効率は80%以上と記載されている。しかしながら、本発明者らの検討によれば、実際の変換効率は50%程度にしかならない。そのように考察される理由は次のとおりである。一般的に、光吸収層のキャリア密度が大きいほど変換効率は高くなる傾向がある。上述した80%という変換効率は、キャリア密度が十分に大きいことを前提としている。キャリア密度を大きくするためには、光吸収層において光励起によりキャリアが発生してから該キャリアが光吸収層の外部へ取り出されるまでの時間(滞在時間)を長くする必要がある。
【0006】
ここで、図10は、従来構造の光起電力素子におけるキャリアのエネルギー損失を無視した場合の光吸収層内のキャリア密度と変換効率との関係の計算結果を示すグラフである。図10において、グラフG11〜G16は、それぞれキャリア温度が300[K]、600[K]、1200[K]、2400[K]、3600[K]、および4800[K]であるときのキャリア密度と変換効率との関係を示している。なお、図10において、電子および正孔の有効質量をそれぞれ0.4とし、集光倍率を1000倍とした。図10を参照すると、各キャリア温度において、キャリア密度が大きいほど変換効率が概ね高くなっていることがわかる。
【0007】
しかし、実際には光吸収層内におけるキャリアの滞在時間を長くするほど、キャリア−格子相互作用によるフォノン散乱に起因するエネルギー損失が著しくなり、変換効率の向上に結び付かない結果となってしまう。したがって、ホットキャリア型の光起電力素子であっても実際の変換効率は50%程度に抑えられてしまうこととなる。
【0008】
本発明は、上記した問題点を鑑みてなされたものであり、光吸収層におけるキャリアの滞在時間が短くても変換効率を効果的に高めることができるホットキャリア型の光起電力素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記した課題を解決するために、本発明による光起電力素子は、光を吸収して電子および正孔を生成する光吸収層と、光吸収層の一方の面に隣接する電子移動層と、光吸収層の他方の面に隣接する正孔移動層と、電子移動層上に設けられた負電極と、正孔移動層上に設けられた正電極とを備え、電子移動層が、光吸収層における伝導帯のエネルギー幅より狭いエネルギー幅を有しており所定の第1のエネルギー準位の電子を選択的に通過させる伝導帯を有しており、正孔移動層が、光吸収層における価電子帯のエネルギー幅より狭いエネルギー幅を有しており所定の第2のエネルギー準位の正孔を選択的に通過させる価電子帯を有しており、光吸収層がp型不純物またはn型不純物を含むことを特徴とする。
【0010】
本発明者らは、ホットキャリア型の光起電力素子に関して次の点に着目した。すなわち、ホットキャリア型の光起電力素子においては、光吸収層において発生した高温の電子および正孔を、そのエネルギー(温度)を維持しつつ光吸収層から取り出す。しかし、電子および正孔の移動先である電極の温度はほぼ室温なので、電子および正孔が光吸収層から電極へ移動する際にエントロピーが増大してしまう。すなわち、このエントロピーの増大分だけエネルギーを損失してしまい、変換効率が抑えられてしまうこととなる。
【0011】
上記した光起電力素子においては、光吸収層がp型不純物(アクセプター)またはn型不純物(ドナー)を含んでいる。例えば光吸収層がp型不純物を含む場合、予めドープされたp型不純物から放出される正孔の温度が低い(室温付近)ので、光励起により生じる正孔のエネルギーが高くても平均的な正孔の温度は室温に近くなる。したがって、この正孔が光吸収層から取り出される際の正孔と電極との温度差を小さくでき、正孔に関わるエントロピーの増大を抑えることができる。また、光吸収層がn型不純物を含む場合も同様であり、予めドープされたn型不純物から放出される電子の温度が低い(室温付近)ので、光励起により生じる電子のエネルギーが高くても平均的な電子の温度は室温に近くなる。したがって、この電子が光吸収層から取り出される際の電子と電極との温度差を小さくでき、電子に関わるエントロピーの増大を抑えることができる。
【0012】
このように、上記した光起電力素子によれば、電子または正孔が光吸収層から電極へ移動する際のエントロピーの増大を抑えることができるので、光吸収層におけるキャリアの滞在時間が短くても、変換効率を効果的に高めることができる。
【0013】
また、光起電力素子は、光吸収層がp型不純物を含み、正孔移動層における価電子帯が、光吸収層における価電子帯の上端のエネルギー準位を含むことを特徴としてもよい。光吸収層がp型不純物を含む場合、予めドープされたp型不純物から放出される正孔によって、光吸収層全体の正孔のエネルギー分布は価電子帯の上端付近に偏る。したがって、正孔移動層における価電子帯が光吸収層における価電子帯の上端のエネルギー準位を含むことによって、光吸収層の価電子帯の上端付近に偏在する正孔を、正孔移動層の価電子帯を介して正電極へ効率よく移動させることができ、光起電力素子の変換効率を高めることができる。また、この場合、正孔移動層における価電子帯の上端のエネルギー準位が、光吸収層における価電子帯の上端のエネルギー準位より高く、光吸収層における正孔の擬フェルミ準位より低いと尚良い。
【0014】
また、光起電力素子は、光吸収層がn型不純物を含み、電子移動層における伝導帯が、光吸収層における伝導帯の下端のエネルギー準位を含むことを特徴としてもよい。光吸収層がn型不純物を含む場合も上記と同様であり、予めドープされたn型不純物から放出される電子によって、光吸収層全体の電子のエネルギー分布は伝導帯の下端付近に偏る。したがって、電子移動層における伝導帯が光吸収層における伝導帯の下端のエネルギー準位を含むことによって、光吸収層の伝導帯の下端付近に偏在する電子を、電子移動層の伝導帯を介して負電極へ効率よく移動させることができ、光起電力素子の変換効率を高めることができる。また、この場合、電子移動層における伝導帯の下端のエネルギー準位が、光吸収層における伝導帯の下端のエネルギー準位より低く、光吸収層における電子の擬フェルミ準位より高いと尚良い。
【0015】
また、光起電力素子は、光吸収層がp型不純物を含み、第2のエネルギー準位が、光吸収層における価電子帯の上端のエネルギー準位と実質的に一致していることを特徴としてもよい。上述したように、光吸収層がp型不純物を含む場合、光吸収層全体の正孔のエネルギー分布は価電子帯の上端付近に偏る。したがって、正孔移動層の価電子帯を選択的に通過できる正孔の第2のエネルギー準位が、光吸収層における価電子帯上端のエネルギー準位と実質的に一致していることによって、正孔が正孔移動層を効率よく通過でき、光起電力素子の変換効率を高めることができる。
【0016】
また、光起電力素子は、光吸収層がn型不純物を含み、第1のエネルギー準位が、光吸収層における伝導帯の下端のエネルギー準位と実質的に一致していることを特徴としてもよい。光吸収層がn型不純物を含む場合も上記と同様であり、光吸収層全体の電子のエネルギー分布は伝導帯の下端付近に偏る。したがって、電子移動層の伝導帯を選択的に通過できる電子の第1のエネルギー準位が、光吸収層における伝導帯下端のエネルギー準位と実質的に一致していることによって、電子が電子移動層を効率よく通過でき、光起電力素子の変換効率を高めることができる。
【0017】
また、光起電力素子は、光吸収層におけるp型不純物またはn型不純物の濃度が、入射光強度をA[kW/m]としてA×1013[cm−3]以上であることを特徴としてもよい。これにより、光吸収層において予めドープされたp型不純物またはn型不純物から放出される正孔(電子)の密度を、光励起により生じる正孔(電子)の密度よりも十分に大きくできるので、光吸収層全体の正孔(電子)の温度をより効果的に室温に近づけることができる。なお、入射光強度A[kW/m]の数値としては、例えば基準太陽光の強度(1[kW/m]。1[Sun]とも表現される)に集光倍率を乗じた数値が好適である。例えば、非集光型の光起電力素子では入射光強度Aは1[kW/m]とされ、1000倍集光型の光起電力素子では入射光強度Aは1000[kW/m]とされる。
【発明の効果】
【0018】
本発明による光起電力素子によれば、光吸収層におけるキャリアの滞在時間が短くても変換効率を効果的に高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、添付図面を参照しながら本発明による光起電力素子の実施の形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0020】
<実施の形態>
本発明による光起電力素子の一実施形態について説明する。その前に、まずホットキャリア型の光起電力素子の発電機構について詳細に説明する。
【0021】
図1は、半導体のpn接合を利用した従来の光起電力素子におけるエネルギーバンドを模式的に示した図である。この光起電力素子において、半導体のバンドギャップよりも高いエネルギーの光Lを吸収すると、まず、電子11は伝導帯下端よりも高いエネルギー準位に励起される。また、このとき正孔12は価電子帯上端よりも低いエネルギー準位に位置する。次いで、電子11、正孔12は半導体の結晶格子と相互作用してフォノンを生成しながらそれぞれ伝導帯下端、価電子帯上端へ移動してそのエネルギーが緩和される(図中の矢印P1)。この過程においてフォノンの生成により消費されるエネルギーは、電力として外部へ取り出すことができないので、光起電力素子の発電効率を抑制する原因となる。なお、光起電力素子内では、この過程の他に、pn接合での電圧降下(図中の矢印P2)、取り出し電極との接合部分での電圧降下(図中の矢印P3)、電子11および正孔12の再結合(図中の矢印P4)の各過程も発電効率を抑制する原因となるが、これらに比べ、矢印P1に示したエネルギー緩和過程は発電効率に最も大きく影響する。
【0022】
図2(a)〜(h)は、半導体に光が吸収される際の電子および正孔のエネルギー分布の変化を模式的に示した図である。図2において、(a)は光を吸収する前の電子および正孔のエネルギー分布である。ここへバンドギャップよりも高いエネルギーの光が吸収されると、(b)に示すように電子−正孔対が生成される。この段階では、電子および正孔それぞれのエネルギー分布は、フェルミ分布から離れており熱平衡ではない状態なので、これらの温度を定義することはできない。そして、(c)および(d)に示すように、1ピコ秒足らずの間に電子は他の電子と相互に作用し、正孔は他の正孔と相互に作用して、電子および正孔がそれぞれ伝導帯および価電子帯において熱平衡状態に達する。なお、(b)〜(d)に示した過程では電子同士、正孔同士でエネルギーを授受するだけであるから、系全体でのエネルギーの損失はない。その後、(e)および(f)に示すように、およそ数ピコ秒の間に結晶格子と相互作用して光学フォノンを生成しながら、電子は伝導帯下端に、正孔は価電子帯上端に達する。なお、生成された光学フォノンは数十ピコ秒の間に音響フォノンに転ずる。この(e)および(f)に示す過程において、光学フォノンおよび音響フォノンの散乱に起因してエネルギー損失が生じることとなる。その後、(g)および(h)に示すように、輻射あるいは非輻射過程により電子および正孔が再結合する。ホットキャリア型の光起電力素子は、電子および正孔がエネルギー緩和すなわち格子相互作用を経て光学フォノンを生成する前の“ホット”な状態にある間に、電子および正孔を光吸収層の外部に取り出すものである。
【0023】
ホットキャリア型の光起電力素子は、図3に示すように、エネルギーバンド幅が極めて小さい伝導帯16aを有する電子移動層(エネルギー選択性コンタクト層)16を光吸収層17に隣接して設け、特定のエネルギー準位の電子18aのみがこの電子移動層16を介して電極に達することができるようにしたものである。電子18aよりも高いエネルギー準位の電子18b、低いエネルギー準位の電子18cは、相互にエネルギーの授受と再放出を行って電子移動層16を通過できるエネルギー準位に達した状態で、電子移動層16を介して電極に達し、出力に寄与する。その結果、高いエネルギー準位の電子が光フォノンを生成する過程(エネルギー緩和過程)を防いでエネルギー損失を低減させることができる。なお、図3に関する前記の説明は電子の移動に関するものであるが、正孔の移動についても同様の原理により、エネルギー損失を低減させることができる。
【0024】
なお、図2の(e)および(f)に示した過程(エネルギー緩和過程)によるエネルギーの損失を抑制して光起電力素子の発電効率を向上させるための工夫としては、ホットキャリア型の他に、タンデム型が既に実用化されている。タンデム型とは、バンドギャップが異なる複数種類のpn接合層が光学的に直列に接続されたものである。光の入射側にバンドギャップが大きい材料からなるpn接合層を配置すると、高エネルギーの光はここで吸収されるが、低エネルギーの光はこれを透過し、その次に配置される、バンドギャップが小さい材料からなるpn接合層にて吸収される。このため、一つのpn接合を備える光起電力素子と比較して、吸収される光のエネルギーとバンドギャップとの差を小さくできるので、電子および正孔のエネルギー緩和による損失を低減することができる。しかし、タンデム型の場合、バンドギャップが異なるpn接合の組み合わせには限りがあるので、エネルギー損失を格段に低減することは難しい。
【0025】
ホットキャリア型の場合、仮に、励起された全ての電子および正孔を、光学フォノンが生成される前に光吸収層の外部に取り出すことができれば、タンデム型よりも更に高い変換効率を実現することができる。また、多数のpn接合を組み合わせるタンデム型と比較して、素子構造が単純になり、その結果、より低コストで製造できる可能性がある。
【0026】
図4(a)は、一般的なホットキャリア型光起電力素子のエネルギーバンド構造を示す図である。図4(a)に示す光起電力素子は、比較的狭いバンドギャップを有する半導体からなる光吸収層20と、光吸収層20の両側に隣接するエネルギー選択性コンタクト層としての正孔移動層21および電子移動層22と、電子および正孔それぞれを取り出すための金属電極(正電極23および負電極24)とを備えている。
【0027】
光吸収層20は、伝導帯20a、価電子帯20b、および禁止帯20cを有している。電子移動層22は、光吸収層20の一方の面に隣接して配置されており、伝導帯22aを有する。伝導帯22aは、光吸収層20の伝導帯20aと比較してエネルギーバンド幅が極めて小さく、特定のエネルギー準位(エネルギーE)の電子のみがこの伝導帯22aを通って負電極24に達することができる。正孔移動層21は、光吸収層20の他方の面に隣接して配置されており、価電子帯21aを有する。価電子帯21aは、光吸収層20の価電子帯20bと比較してエネルギーバンド幅が極めて小さく、特定のエネルギー準位(エネルギーE)の正孔のみがこの価電子帯21aを通って正電極23に達することができる。なお、電子移動層22における伝導帯22aのエネルギー準位Eは、光吸収層20における伝導帯20aの下端のエネルギー準位より高く設定される。同様に、正孔移動層21における価電子帯21aのエネルギー準位Eは、光吸収層20における価電子帯20bの上端のエネルギー準位より低く設定される。なお、図4(a)に示す破線Q1およびQ2それぞれは、光吸収層2における電子および正孔それぞれの擬フェルミ準位である。
【0028】
この光起電力素子に光が入射すると、光吸収層20において図4(b)に示すようなキャリアのエネルギー分布が発生する。図4(b)において、分布Deは伝導帯20aにおける電子のエネルギー分布を示しており、分布Dhは価電子帯20bにおける正孔のエネルギー分布を示している。このように、光吸収層20に光が入射すると、光吸収層20において電子および正孔のエネルギー準位が対称的に分布することとなる。これらの電子および正孔は、光学フォノンを生成する(すなわちエネルギー緩和が生じる)前にそれぞれ伝導帯22aおよび価電子帯21aを通って負電極24および正電極23から取り出される。
【0029】
以上に述べた一般的なホットキャリア型光起電力素子の発電機構を踏まえ、本発明による光起電力素子の実施形態について以下に説明する。図5は、本実施形態に係る光起電力素子1の構成を示す斜視図である。図5を参照すると、光起電力素子1は、光吸収層2、電子移動層3、正孔移動層4、負電極5、および正電極6を備えている。
【0030】
光吸収層2は、太陽光などの光Lを吸収してその波長に相当するエネルギーを有するキャリア(電子11および正孔12)を生成する層である。光吸収層2は、例えばSi、Ge、あるいはIII−V族化合物などの半導体材料からなり、n型不純物またはp型不純物が実質的にドープされている。光吸収層2におけるこれらの不純物の濃度は、入射光強度をA[kW/m]としてA×1013[cm−3]以上であればより好適である。一実施例としては、光吸収層2はバンドギャップが0.5〜1.0[eV]となる材料を主成分として構成される。
【0031】
電子移動層3は、光吸収層2の一方の面2aに隣接して設けられている。電子移動層3は、光吸収層2における伝導帯のエネルギー幅より狭いエネルギー幅の伝導帯を有するように構成されており、これによって所定のエネルギー準位(第1のエネルギー準位)の電子を選択的に通過させる。このような電子移動層3の構成としては、例えば障壁領域31の中に量子井戸層、量子細線、量子ドットといったキャリア閉じ込め効果(量子効果)を発現する半導体量子構造32を含むとよい。この場合、電子移動層3では、半導体量子構造32のキャリア閉じ込め効果により、電子が存在できる伝導帯のエネルギーバンド幅が狭くなる。一実施例では、障壁領域31はバンドギャップが4.0〜5.0[eV]となる半導体材料で構成され、厚みは2〜10[nm]である。また、半導体量子構造32を量子ドットで構成した場合、量子ドットはバンドギャップが1.8〜2.2eVである半導体材料で構成され、そのドット径(φ)は2〜5nmである。
【0032】
負電極5は、電子移動層3上に設けられている。光吸収層2において生成された電子は、電子移動層3を通過してこの負電極5に達し、ここで収集される。負電極5は、光吸収層2へ入射する光を透過するように、例えば透明導電膜により構成される。さらに、負電極5は高屈折膜と低屈折膜とを組み合わせた反射防止膜でコーティングされても良い。また、負電極5は、透明電極膜に代えて金属製の櫛型電極により構成されても良い。
【0033】
正孔移動層4は、光吸収層2の他方の面2bに隣接して設けられている。正孔移動層4は、光吸収層2における価電子帯のエネルギー幅より狭いエネルギー幅の価電子帯を有するように構成されており、これによって所定のエネルギー準位(第2のエネルギー準位)の正孔を選択的に通過させる。このような正孔移動層4の構成としては前述した電子移動層3と同様の構成を適用でき、例えば障壁領域41の中に量子井戸層、量子細線、量子ドットといったキャリア閉じ込め効果(量子効果)を発現する半導体量子構造42を含むとよい。この場合、半導体量子構造42のキャリア閉じ込め効果により、正孔が存在できる価電子帯のエネルギーバンド幅が狭くなる。一実施例では、障壁領域41はバンドギャップが4.0〜5.0[eV]となる半導体材料で構成され、厚みは2〜10[nm]である。また、半導体量子構造42を量子ドットで構成した場合、量子ドットはバンドギャップが1.2〜1.8eVである半導体材料で構成され、そのドット径(φ)は4〜7nmである。
【0034】
正電極6は、正孔移動層4上に設けられている。光吸収層2において生成された正孔は、正孔移動層4を通過してこの正電極6に達し、ここで収集される。正電極6は、例えば、アルミニウム等の金属を材料として構成される。なお、本実施形態では光吸収層2の光入射面(一方の面2a)上に負電極5を設け、裏面(他方の面2b)上に正電極6を設けているが、光入射面上に正電極を設け、裏面上に負電極を設ける構成でもよい。その場合、正孔移動層は光吸収層の光入射面に隣接して設けられ、電子移動層は光吸収層の裏面に隣接して設けられる。また、正電極は光を透過するように透明導電膜などにより構成され、負電極は金属膜により構成される。
【0035】
図6(a)および図7(a)は、本実施形態の光起電力素子1におけるエネルギーバンド構造を示す図である。図6(a)は光吸収層2にp型不純物がドープされている場合を示しており、図7(a)は光吸収層2にn型不純物がドープされている場合を示している。図6(a)および図7(a)に示すように、光起電力素子1の光吸収層2は、伝導帯2c、価電子帯2d、および禁止帯2eを有しており、禁止帯2eのバンドギャップエネルギーεは比較的小さくなっている。また、光吸収層2にp型不純物がドープされている場合、図6(a)に示すように、エネルギー準位E、Eに対する伝導体2c下端のエネルギー準位Eおよび価電子帯2d上端のエネルギー準位Eの高さは、非ドープの場合(図4(a))と比べてそれぞれ低くなっている。なお、図中に示す破線Q1およびQ2それぞれは、光吸収層2における電子および正孔それぞれの擬フェルミ準位である。
【0036】
光吸収層2の一方の面に隣接する電子移動層3は、所定のエネルギー準位(第1のエネルギー準位)Eの電子を選択的に通過させるための伝導帯3aを有する。伝導帯3aは、光吸収層2の伝導帯2cと比較してエネルギーバンド幅が極めて小さく、特定のエネルギー準位Eの電子のみがこの伝導帯3aを通って負電極5に達することができる。
【0037】
また、光吸収層2の他方の面に隣接する正孔移動層4は、所定のエネルギー準位(第2のエネルギー準位)Eの正孔を選択的に通過させるための価電子帯4aを有する。価電子帯4aは、光吸収層2の価電子帯2dと比較してエネルギーバンド幅が極めて小さく、特定のエネルギー準位Eの正孔のみがこの価電子帯4aを通って正電極6に達することができる。
【0038】
光吸収層2にp型不純物がドープされている場合、図6(a)に示すように、正孔移動層4における価電子帯4aは、光吸収層2における価電子帯2d上端のエネルギー準位Eを含むように設定される。より好ましくは、正孔移動層4における価電子帯4a上端のエネルギー準位は、光吸収層2における価電子帯2d上端のエネルギー準位Eより高く、光吸収層2における正孔の擬フェルミ準位Q2より低く設定される。また、正孔移動層4における価電子帯4a下端のエネルギー準位は、光吸収層2における価電子帯2d上端のエネルギー準位Eより低く設定される。さらに、正孔移動層4における価電子帯4aの所定のエネルギー準位Eは、光吸収層2の価電子帯2d上端のエネルギー準位Eと実質的に一致するように設定される。対して、電子移動層3における伝導帯3aの所定のエネルギー準位Eは、E−Eが光吸収層2に吸収される光の平均エネルギーにおおよそ等しいか、この平均エネルギーより0.1[eV]以内で小さな値となるように設定される。
【0039】
図6(a)に示すエネルギーバンド構造において、光吸収層2に光が入射すると、光吸収層2では図6(b)に示すようなキャリアのエネルギー分布が発生する。図6(b)において、分布Deは伝導帯2cにおける電子のエネルギー分布を示しており、分布Dhは価電子帯2dにおける正孔のエネルギー分布を示している。光の吸収により光吸収層2内で生成された電子は、入射光波長に応じたエネルギー準位に励起される。すなわち、短波長光では高く、長波長光では低いエネルギー準位の電子が伝導帯2c中に生成される。同時に、短波長光では低く、長波長光では高いエネルギー準位の正孔が価電子帯2d中に生成される。伝導帯2c中では、高エネルギー電子および低エネルギー電子の相互作用によりエネルギーの授受が起こり、電子のエネルギー分布Deは熱平衡状態となる。同様に、価電子帯2d中の正孔のエネルギー分布Dhも熱平衡状態となる。
【0040】
図6(b)に示すように、光吸収層2において電子エネルギー分布Deは伝導帯2cの広いエネルギー範囲に亘って分布する。これに対し、正孔エネルギー分布Dhは、p型不純物から放出される正孔の密度が光励起により生じる正孔の密度よりも十分に大きい場合、価電子帯2dの上端(エネルギー準位E)付近に偏る。これは、光励起により生じる正孔のエネルギーが高くても、p型不純物から放出される正孔の温度が室温に近いので、熱平衡状態での正孔の温度はほぼ室温に維持されるからである。こうして生成された電子および正孔は、光学フォノンを生成する(すなわちエネルギー緩和が生じる)前にそれぞれ電子移動層3の伝導帯3aおよび正孔移動層4の価電子帯4aを通って負電極5および正電極6から取り出される。
【0041】
また、光吸収層2にn型不純物がドープされている場合、図7(a)に示すように、電子移動層3における伝導帯3aは、光吸収層2における伝導帯2c下端のエネルギー準位Eを含むように設定される。より好ましくは、電子移動層3における伝導帯3a下端のエネルギー準位は、光吸収層2における伝導帯2c下端のエネルギー準位Eより低く、光吸収層2における電子の擬フェルミ準位Q1より高く設定される。また、電子移動層3における伝導帯3a上端のエネルギー準位は、光吸収層2における伝導帯2c下端のエネルギー準位Eより高く設定される。さらに、電子移動層3における伝導帯3aの所定のエネルギー準位Eは、光吸収層2の伝導帯2c下端のエネルギー準位Eと実質的に一致するように設定される。対して、正孔移動層4における価電子帯4aの所定のエネルギー準位Eは、E−Eが光吸収層2に吸収される光の平均エネルギーにおおよそ等しいか、この平均エネルギーより0.1[eV]以内で小さな値となるように設定される。
【0042】
図7(a)に示すエネルギーバンド構造において、光吸収層2に光が入射すると、光吸収層2では図7(b)に示すようなキャリアのエネルギー分布が発生する。図7(b)において、分布Deは伝導帯2cにおける電子のエネルギー分布を示しており、分布Dhは価電子帯2dにおける正孔のエネルギー分布を示している。
【0043】
図7(b)に示すように、光吸収層2において正孔エネルギー分布Dhは価電子帯2dの広いエネルギー範囲に亘って分布する。これに対し、電子エネルギー分布Deは、n型不純物から放出される電子の密度が光励起により生じる電子の密度よりも十分に大きい場合、伝導帯2cの下端(エネルギー準位E)付近に偏る。これは、光励起により生じる電子の温度が高くても、n型不純物から放出される電子の温度が室温に近いので、熱平衡状態での電子の温度はほぼ室温に維持されるからである。こうして生成された電子および正孔は、光学フォノンを生成する(すなわちエネルギー緩和が生じる)前にそれぞれ電子移動層3の伝導帯3aおよび正孔移動層4の価電子帯4aを通って負電極5および正電極6から取り出される。
【0044】
以下、本実施形態の光起電力素子1によって得られる効果について説明する。まず、図4(a)に示したエネルギーバンド構造を有する一般的なホットキャリア型光起電力素子の問題点について検討し、その次に、本実施形態の光起電力素子1がその問題点を解決できることを説明する。
【0045】
図4(a)に示す形態のホットキャリア型光起電力素子に関し、その出力電力の大きさについて理論的に考察する。なお、出力電力の導出に際して、以下の仮定をおく。
(A)光吸収層20の特性にのみ注目し、正孔移動層21および電子移動層22については、そのバンド幅は無限小であり、コンダクタンスは無限大である。
(B)高エネルギーに励起されたキャリアは、エネルギー緩和が生じる前に光吸収層20の外部に取り出される。すなわち、キャリア−格子相互作用を無視する。
(C)インパクトイオン化及び非輻射再結合は生じない。
(D)光吸収層20において、そのバンドギャップよりも高いエネルギーをもつ光は全て吸収される。すなわち、光吸収層20はその光吸収係数の逆数よりも十分厚い。
(E)光励起により生じたキャリアは、キャリア間の弾性散乱により直ちに熱平衡状態(ただし、格子とは熱平衡ではない)となり、そのエネルギー分布をフェルミ分布関数を用いて表すことができる。すなわち、キャリア同士の衝突時間を無限小とみなす。
(F)光吸収層20内では電気的中性が保たれている。
(G)光吸収層20内でのキャリアの密度、温度、擬フェルミ準位は厚さ方向に一定である。すなわち、キャリアの拡散係数を無限大とみなす。
これらの仮定の下に、出力電力Pは次の(1)式のように導かれる。
【数1】


この数式(1)において、Jは電流密度、V、Vはそれぞれ取り出される電子、正孔のエネルギーであり、(V−V)が出力電圧となる。
【0046】
電流密度Jは、太陽光スペクトルI(ε)及び光吸収層20からの輻射再結合による輻射のスペクトルI(ε,μ,μ,T,T)と以下の関係にある。
【数2】


【数3】


【数4】


上記数式(2)〜(4)において、εは光吸収層20のバンドギャップエネルギー、μ、μはそれぞれ電子、正孔の擬フェルミ準位、T、Tはそれぞれ電子、正孔の温度である。hはプランク定数であり、cは光速度であり、kはボルツマン定数であり、Tは太陽の表面温度(5760[K])である。また、Ωは太陽光入射の立体角、Ωは輻射再結合による輻射の立体角であり、それぞれΩ=6.8×10−5[rad](1[Sun]照射)、Ω=π[rad]である。
【0047】
電子エネルギーVおよび正孔エネルギーVは、以下の関係を満たす。
【数5】


【数6】


上記数式(5)および(6)において、Eは電子移動層22が選択的に通過させる電子のエネルギー準位、Eは正孔移動層21が選択的に通過させる正孔のエネルギー準位である。また、ΔS、ΔSは、光吸収層20において温度Tの電子、温度Tの正孔が、温度TRT(室温)の負電極24、正電極23に取り出される際のエントロピーの増大分である。
【0048】
前述した非特許文献1〜4において、ホットキャリア型光起電力素子により高い変換効率を得るための条件が理論的に検討され、80%以上の変換効率を得られることが示されている。このような高い変換効率は上述した3項目の仮定(A)〜(C)を前提としているが、本発明者らは、これらの仮定のうち(B)に着目した。すなわち、(B)の仮定が成り立つためには、光励起によりキャリアが発生してから該キャリアが光吸収層2の外部へ取り出されるまでの時間、すなわち滞在時間(τ)がエネルギー緩和時間(τ)よりも十分短くなければならない。一般的な半導体では、エネルギー緩和時間τは数ピコ秒である。半導体超格子構造や、InNのような特殊な物質であっても、エネルギー緩和時間τは数100ピコ秒である。したがって、光吸収層20におけるキャリアの滞在時間τがこれらの時間より短く制限されるので、光吸収層20にキャリアを蓄積できず、光吸収層20のキャリア密度(n)が制限されてしまうこととなる。
【0049】
一般的に、光吸収層20のキャリア密度nが大きいほど変換効率は高くなる。キャリア密度nを大きくするためには、例えば光を集光して光吸収層20に入射させる方法がある。ただし、実用化されている集光倍率は最大で約500倍であり、実験室レベルで実現されている集光倍率は約1000倍である。そこで、集光倍率を1000倍とした場合の光起電力素子の変換効率を考える。
【0050】
キャリア密度nおよび電子温度T、正孔温度Tが決定されると、電子の擬フェルミ準位μおよび正孔の擬フェルミ準位μが定まり、擬フェルミ準位μおよびμに基づいて変換効率を求めることができる。既に示した図10は、こうして求めた変換効率とキャリア密度nとの関係を示している。ただし、図10では電子および正孔の有効質量m、mを共に0.4とし、電子温度Tおよび正孔温度Tを同じ温度(T)とした。なお、光吸収層20のバンドギャップエネルギーεは、キャリア密度nおよび温度Tに対して最適化された。図10を参照すると、80%に近い変換効率を得るためには、キャリア密度nが1×1019[cm−3]以上必要であることがわかる。既に述べたように、キャリアのエネルギー緩和時間τは最大でも数100ピコ秒である。ただし、将来に向けてさらにエネルギー緩和時間τを長くできる材料の研究が行われているので、ここでは、キャリアのエネルギー緩和時間τを1ナノ秒とし、光吸収層20内での滞在時間τを100ピコ秒と仮定する。このように滞在時間τを長く仮定した場合でも、キャリア密度nは1×1015[cm−3]程度であり、変換効率は50〜60%である。すなわち、仮定(B)といった仮想的な条件下では80%に近い変換効率を得られるが、現実には、変換効率は50〜60%にしかならない。以上の計算は集光倍率を1000倍とした場合であって、集光倍率を低下させた場合には変換効率はさらに低下する。また、実際には、キャリアのエネルギー緩和による損失や、キャリアが電子移動層(正孔移動層)を通って各電極へ移動する際に生じるエネルギー損失などが加わるので、変換効率は上記した値よりもさらに小さくなる。
【0051】
ホットキャリア型の他にも、高効率の光起電力素子が研究されている。例えば、III−V族化合物半導体を用いた3接合型の光起電力素子によって、39%の変換効率が実現され、さらに高い効率を目指した4〜6接合型の研究が進められている。したがって、ホットキャリア型の変換効率が60%以下であるならば、その優位性が損なわれかねない。そこで、本発明者らは、光吸収層20内での滞在時間τが短くても変換効率を向上できる構成について検討を行った。
【0052】
上述した理論的検討においては、図4(b)に示すように、電子および正孔に関わるエネルギー分布De,Dhが、禁止帯20cの中心に対して対称であることが前提である。すなわち、T=T、E=−Eであり、光吸収層20が真性半導体(アンドープ)である場合しか考慮されていない。
【0053】
本発明者らによる数値計算の結果、数式(2)および(6)において、電子温度Tおよび正孔温度Tが1500[K]より高く、且つバンドギャップエネルギーεが0.5[eV]より大きい場合、輻射再結合に起因する項Iは殆ど無視できることがわかった。その場合、バンドギャップエネルギーεが決定されれば数式(2)より電流密度Jのおおよその値が定まるので、変換効率を向上させるためには、電子エネルギーVと正孔エネルギーVとの差(V−V)を増大させるとよい。差(V−V)は、電子移動層および正孔移動層を通過する電子、正孔のエネルギー準位EおよびEの差(E−E)と数式(5)により結ばれているが、一方で、差(E−E)は数式(6)によりその値が定まる。そこで、或る(E−E)の値に対して(V−V)を大きくするための工夫が望まれる。
【0054】
高い変換効率を実現するために電子温度Tを高くすると、電子の擬フェルミ準位μが低くなる。この場合、(E−μ)がより大きな値となるので、電子を取り出す際のエントロピー増大により、電子エネルギーVが逆に小さくなってしまう(数式(5)参照)。そこで、電子移動層を通過する電子のエネルギー準位Eを低くし、且つ電子温度Tを低くすれば、電子の擬フェルミ準位μが大きくなる効果と併せて、エントロピーの増大量ΔSが小さくなる。特に、電子移動層を通過する電子のエネルギー準位Eを伝導帯の下端付近に設定し、電子温度Tを室温に近い温度(例えば300[K])にすれば、効果的にエントロピー増大量ΔSを小さくできる。なお、エネルギー準位Eを小さくすることにより電子エネルギーVも小さくなる可能性があるが、(E−E)の値が定まっているので、エネルギー準位Eを小さくした分だけエネルギー準位Eが小さくなる。したがって、出力電圧(V−V)は大きくなると考えられる。
【0055】
なお、上記の考察においては電子のエントロピー増大量ΔSを低減する構成について検討したが、正孔のエントロピー増大量ΔSを低減する構成についても同様の考え方を適用できる。すなわち、正孔移動層を通過する正孔のエネルギー準位Eを高くし、且つ正孔温度Tを低くすれば、正孔の擬フェルミ準位μが小さくなる効果と併せて、エントロピーの増大量ΔSが小さくなる。特に、正孔移動層のエネルギー準位Eを伝導帯の下端付近に設定し、正孔温度Tを室温に近い温度(例えば300[K])にすれば、効果的にエントロピー増大量ΔSを小さくできる。
【0056】
正孔温度Tを室温(300[K])に近づけるためには、本実施形態の光吸収層2のように、光吸収層にp型不純物(アクセプター)をドープするとよい。予めドープされたp型不純物から放出される正孔の温度は低い(室温付近)ので、光励起により生じる正孔のエネルギーが高くても熱平衡状態での正孔温度Tは室温に近くなるからである。これにより、正孔が光吸収層2から取り出される際の正孔と正電極6との温度差を小さくでき、正孔に関わるエントロピーの増大を抑えることができる。
【0057】
また、電子温度Tを室温(300[K])に近づけるために、正孔温度Tと同様の考え方を適用することができる。すなわち、光吸収層2にn型不純物(ドナー)をドープする。予めドープされたn型不純物から放出される電子の温度は低い(室温付近)ので、光励起により生じる電子のエネルギーが高くても熱平衡状態での電子温度Tは室温に近くなる。したがって、電子が光吸収層2から取り出される際の電子と負電極5との温度差を小さくでき、電子に関わるエントロピーの増大を抑えることができる。
【0058】
図8は、光吸収層2にp型不純物をドープした場合の、光吸収層2内の光励起キャリア密度と変換効率との関係を示すグラフである。図8において、グラフG1〜G6は、それぞれ光励起キャリア温度が300[K]、600[K]、1200[K]、2400[K]、3600[K]、および4800[K]であるときの光励起キャリア密度と変換効率との関係を示している。なお、図8において、p型不純物濃度を1×1017[cm−3]とし、電子および正孔の有効質量をそれぞれ0.4とし、集光倍率を1000倍とした。ただし、光励起キャリア密度よりもp型不純物濃度が十分大きいことを仮定した上での計算結果であるから、光励起キャリア密度が1×1016[cm−3]以上の結果は物理的には無意味である。図8と図10とを比較すると、ホットキャリア型光起電力素子において実現し得るキャリア密度(1×1015[cm−3]以下)では、キャリア密度およびキャリア(電子)温度が同じ場合、光吸収層2にp型不純物をドープすることで変換効率が格段に向上することがわかる。
【0059】
以上の検討結果について補足説明する。光吸収層2内の電子の密度nは、電子の擬フェルミ準位μおよび電子温度Tと以下の関係にある。
【数7】


ただし、数式(7)においてはバンドギャップεの中心をエネルギー軸の原点とした。なお、正孔の密度nも、正孔の擬フェルミ準位μおよび正孔温度Tを用いて数式(7)と同様に表される。
【0060】
一方、電子密度nおよび正孔密度nのうち光照射により生じた成分であるキャリア密度nは、光吸収層2における吸収光子数密度Ns、平均滞在時間τ、および光吸収層2の厚さdと以下の関係にある。
【数8】


【数9】


吸収光子数密度Nsは、入射光強度およびバンドギャップエネルギーεを与えることにより決定される。例えば、入射光強度が1[kW/m]、バンドギャップエネルギーεが0である場合、吸収光子数密度Nsは6.3×1017[cm−2/s]となり、これはAM0スペクトルの入射光子数密度(6.46×1017[cm−2/s])とほぼ等しい値である。この吸収光子数密度Nsと光吸収層2の厚さdとを数式(7)、(8)に適用すれば、キャリア密度n、平均滞在時間τ、電子の擬フェルミ準位μ、正孔の擬フェルミ準位μ、および電子温度Tの関係が与えられる。この関係より、平均滞在時間τを決めればキャリア密度nが定まり、電子の擬フェルミ準位μと電子温度Tとの関係、および正孔の擬フェルミ準位μと正孔温度Tとの関係が導出される。
【0061】
ここで、前述した数式(5)を変形すると、
【数10】


となる。したがって、大きな(V−V)を得るためには、T>T、すなわち光吸収層2にp型不純物がドープされたときには、電子移動層3の伝導帯3aのエネルギー準位Eをなるべく大きくすればよく、より好適には正孔移動層4の価電子帯4aのエネルギー準位Eを光吸収層2の価電子帯2d上端に設定すればよいことがわかる。また、T<T、すなわち光吸収層2にn型不純物がドープされたときには、電子移動層3の伝導帯3aのエネルギー準位Eをなるべく小さくすればよく、より好適にはこのエネルギー準位Eを光吸収層2の伝導帯2c下端に設定すればよいことがわかる。
【0062】
以上に述べたように、本実施形態の光起電力素子1によれば、電子または正孔が光吸収層2から負電極5或いは正電極6へ移動する際のエントロピーの増大を抑えることができるので、光吸収層2におけるキャリアの滞在時間τが短くても、変換効率を効果的に高めることができる。
【0063】
本実施形態の光起電力素子1において、より好ましくは、光吸収層2のp型不純物またはn型不純物の濃度を、入射光強度をA[kW/m]としてA×1013[cm−3]以上とするとよい。この場合、光吸収前の正孔温度T(または電子温度T)はほぼ300[K]であり、正孔(電子)の擬フェルミ準位μ(μ)は価電子帯2d上端の直上(伝導帯2c下端の直下)に位置する。光の吸収により新たに正孔(電子)が発生するが、その密度はドーピングにより生じた正孔(電子)の密度と比べてはるかに小さいので、正孔温度T(電子温度T)および擬フェルミ準位μ(μ)は殆ど変化しない。したがって、光吸収層2全体の正孔温度T(電子温度T)をより効果的に室温に近づけることができる。なお、入射光強度A[kW/m]の数値としては、例えば基準太陽光の強度(1[kW/m]。1[Sun]とも表現される)に集光倍率を乗じた数値が好適である。例えば、非集光型の光起電力素子では入射光強度Aは1[kW/m]とされ、1000倍集光型の光起電力素子では入射光強度Aは1000[kW/m]とされる。
【0064】
また、既に述べたように、光吸収層2がp型不純物を含む場合(図6(a)参照)、正孔移動層4における価電子帯4aは、光吸収層2における価電子帯2d上端のエネルギー準位Eを含むことが好ましい。光吸収層2がp型不純物を含む場合、予めドープされたp型不純物から放出される正孔によって、光吸収層2全体の正孔のエネルギー分布は図6(b)に示すように価電子帯2dの上端付近に偏る。したがって、正孔移動層4における価電子帯4aが光吸収層2における価電子帯2dの上端のエネルギー準位Eを含むことによって、光吸収層2の価電子帯2dの上端付近に偏在する正孔を、正孔移動層4の価電子帯4aを介して正電極6へ効率よく移動させることができ、光起電力素子1の変換効率をさらに高めることができる。また、この場合、正孔移動層4における価電子帯4aの上端のエネルギー準位が、光吸収層2における価電子帯2dの上端のエネルギー準位Eより高く、光吸収層2における正孔の擬フェルミ準位μより低いと尚良い。
【0065】
一方、光吸収層がn型不純物を含む場合(図7(a)参照)には、電子移動層3における伝導帯3aが、光吸収層2における伝導帯2c下端のエネルギー準位Eを含むことが好ましい。光吸収層2がn型不純物を含む場合も上記と同様であり、予めドープされたn型不純物から放出される電子によって、光吸収層2全体の電子のエネルギー分布は図7(b)に示すように伝導帯2cの下端付近に偏る。したがって、電子移動層3における伝導帯3aが光吸収層2における伝導帯2cの下端のエネルギー準位Eを含むことによって、光吸収層2の伝導帯2cの下端付近に偏在する電子を、電子移動層3の伝導帯3aを介して負電極5へ効率よく移動させることができ、光起電力素子1の変換効率をさらに高めることができる。また、この場合、電子移動層3における伝導帯3aの下端のエネルギー準位が、光吸収層2における伝導帯2cの下端のエネルギー準位Eより低く、光吸収層2における電子の擬フェルミ準位μより高いと尚良い。
【0066】
<実施例>
図9は、上記実施形態による光起電力素子1の実施例および比較例を示す表である。この表に示す実施例1〜4では、光吸収層2にp型不純物をドープし、そのドープ濃度、電子および正孔の有効質量mおよびm、並びに集光倍率を様々な値に設定したときの、最適なバンドギャップエネルギーε、電子移動層3の伝導帯3aのエネルギー準位Eと正孔移動層4の価電子帯4aのエネルギー準位Eとの差(E−E)、電子の擬フェルミ準位μと正孔の擬フェルミ準位μとの差(μ−μ)、電子エネルギーVと正孔エネルギーVとの差(V−V)、並びに変換効率を調べた。
【0067】
また、実施例1〜4に対する比較例1〜4として、光吸収層にp型不純物やn型不純物をドープせずに、電子および正孔の有効質量mおよびm、並びに集光倍率を様々な値に設定したときの、最適なε、(E−E)、(μ−μ)、(V−V)、並びに変換効率を調べた。
【0068】
図9を参照すると、例えばm=m=0.4とし、集光倍率を1000倍とした場合、光吸収層に不純物をドープしない比較例1の変換効率は54%である。これに対し、光吸収層にp型不純物をドープする実施例1の変換効率は64%であり、不純物をドープしない場合と比べて変換効率が10%向上している。他の実施例2〜4についても、比較例2〜4と比べて変換効率が7%〜10%向上している。
【0069】
なお、図9の実施例1〜4に示したバンドギャップエネルギーε並びに有効質量mおよびmを実現可能な材料としては、SiGe1−XなどのIV族二元化合物、InGa1−XAs、InGa1−XSb、AlGa1−XSb、GaAsSb1−X、或いはInAs1−XなどのIII−V族三元化合物、またはこれらの元素(In、Ga、As、Sb、及びAl)のうち4つを組み合わせたIII−V族四元化合物がある。また、CuInGa1−XSe、AgInGa1−XSeなどのI−III−VI族化合物でもよい。
【0070】
本発明による光起電力素子は、上記した実施形態に限られるものではなく、他に様々な変形が可能である。例えば、上記各実施形態では、所定のエネルギー準位をもつ電子(正孔)を選択的に通過させる電子移動層(正孔移動層)の構成として、障壁領域の中に量子井戸層、量子細線、量子ドットといった半導体量子構造を含む構成を例示したが、狭いエネルギー幅の伝導帯(価電子帯)を実現できる構成であれば、電子移動層(正孔移動層)の構成として他の様々な構成を適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】半導体のpn接合を利用した従来の光起電力素子におけるエネルギーバンドを模式的に示した図である。
【図2】(a)〜(h)半導体に光が吸収される際の電子および正孔のエネルギー分布の変化を模式的に示した図である。
【図3】ホットキャリア型光起電力素子の動作を模式的に表した図である。
【図4】(a)従来のホットキャリア型光起電力素子のエネルギーバンド構造を示す図である。(b)(a)に示された光起電力素子に光が入射したときに発生する、光吸収層におけるキャリアのエネルギー分布である。
【図5】実施形態に係る光起電力素子の構成を示す斜視図である。
【図6】(a)光吸収層にp型不純物がドープされている場合のエネルギーバンド構造を示す図である。(b)(a)に示された光起電力素子に光が入射したときに発生する、光吸収層におけるキャリアのエネルギー分布である。
【図7】(a)光吸収層にn型不純物がドープされている場合のエネルギーバンド構造を示す図である。(b)(a)に示された光起電力素子に光が入射したときに発生する、光吸収層におけるキャリアのエネルギー分布である。
【図8】光吸収層にp型不純物がドープされている場合の、光吸収層内の光励起キャリア密度と変換効率との関係を示すグラフである。
【図9】実施形態による光起電力素子の実施例および比較例を示す表である。
【図10】従来構造の光起電力素子における光吸収層内のキャリア密度と変換効率との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0072】
1…光起電力素子、2,17,20…光吸収層、2c,3a,16a,20a,22a…伝導帯、2d…価電子帯、3,16,22…電子移動層、4,21…正孔移動層、4a,20b,21a…価電子帯、5,24…負電極、6,23…正電極、31,41…障壁領域、32,42…半導体量子構造、Q1…電子の擬フェルミ準位、Q2…正孔の擬フェルミ準位。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光を吸収して電子および正孔を生成する光吸収層と、
前記光吸収層の一方の面に隣接する電子移動層と、
前記光吸収層の他方の面に隣接する正孔移動層と、
前記電子移動層上に設けられた負電極と、
前記正孔移動層上に設けられた正電極と
を備え、
前記電子移動層が、前記光吸収層における伝導帯のエネルギー幅より狭いエネルギー幅を有しており所定の第1のエネルギー準位の電子を選択的に通過させる伝導帯を有しており、
前記正孔移動層が、前記光吸収層における価電子帯のエネルギー幅より狭いエネルギー幅を有しており所定の第2のエネルギー準位の正孔を選択的に通過させる価電子帯を有しており、
前記光吸収層がp型不純物またはn型不純物を含むことを特徴とする、光起電力素子。
【請求項2】
前記光吸収層がp型不純物を含み、
前記正孔移動層における価電子帯が、前記光吸収層における価電子帯の上端のエネルギー準位を含むことを特徴とする、請求項1に記載の光起電力素子。
【請求項3】
前記正孔移動層における価電子帯の上端のエネルギー準位が、前記光吸収層における価電子帯の上端のエネルギー準位より高く、前記光吸収層における正孔の擬フェルミ準位より低いことを特徴とする、請求項2に記載の光起電力素子。
【請求項4】
前記光吸収層がn型不純物を含み、
前記電子移動層における伝導帯が、前記光吸収層における伝導帯の下端のエネルギー準位を含むことを特徴とする、請求項1に記載の光起電力素子。
【請求項5】
前記電子移動層における伝導帯の下端のエネルギー準位が、前記光吸収層における伝導帯の下端のエネルギー準位より低く、前記光吸収層における電子の擬フェルミ準位より高いことを特徴とする、請求項4に記載の光起電力素子。
【請求項6】
前記光吸収層がp型不純物を含み、
前記第2のエネルギー準位が、前記光吸収層における価電子帯の上端のエネルギー準位と実質的に一致していることを特徴とする、請求項1に記載の光起電力素子。
【請求項7】
前記光吸収層がn型不純物を含み、
前記第1のエネルギー準位が、前記光吸収層における伝導帯の下端のエネルギー準位と実質的に一致していることを特徴とする、請求項1に記載の光起電力素子。
【請求項8】
前記光吸収層における前記p型不純物または前記n型不純物の濃度が、入射光強度をA[kW/m]としてA×1013[cm−3]以上であることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか一項に記載の光起電力素子。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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