説明

共振グレーティングカップラ

【課題】導波光と空間光を短い結合長で結合する共振グレーティングカップラを提供する。
【解決手段】基材1及び該基材上の導波路2を備え、導波路2は、1次回折光を垂直放射モード光に結合する垂直放射用回折格子5、前段DBR4、後段DBR7、垂直放射用回折格子5に対する前段DBRとの間及び後段DBRとの間に各々形成された前段位相調整域4及び後段位相調整域6を備え、DBR及び位相調整域のサイズは、共振グレーティングカップラの透過および反射の双方とも0又は極めて小さい値となるように決められた共振グレーティングカップラ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導波路に設けられた周期的屈折率変調により導波モード光と空間光を結合する集積光学素子であるグレーティングカップラに関する。
【背景技術】
【0002】
グレーティングカップラは導波モード光と空間光を結合する回折格子であり、集光、偏光分波、スイッチング、導波モード選択などの機能を併せ持たせることも可能である。グレーティングカップラは、実用化に向けて高効率化が求められ、グレーティングの凹凸形状をブレーズ化したり、平行四辺形としたり、基板側に反射構造を導入する等の手段により、回折光パワーを出力光に集中する工夫がなされてきた。そして、これからの超高性能情報処理システムを支える技術として、グレーティングカップラを用いた光配線板が注目されている。
【0003】
これらの状況において、グレーティングカップラにはさらに結合長の短小化が求められている。グレーティングカップラの実効結合長は、通常は結合の強さを表す放射損失係数αの逆数で与えられる。放射損失係数は、グレーティングカップラの屈折率変調深さや厚さ(凹凸グレーティングの場合はその深さ)に起因して、実際上の可能性に限界が伴う。これまでの研究では誘電体を用いたグレーティングカップラの結合長は100μm程度である(例えば、非特許文献1,2,3)。これが短小化されれば、チャネル幅の微細化が可能となる。例えば、数μmの結合長が実現できれば、桁違いに高い伝送帯域密度が確保できるのであり、その実現のためには結合長の短小化は極めて重要である。
【0004】
一方、半導体導波路を用いた場合には大きな屈折率変調が得られるため、結合長の短いグレーティングカップラが報告されている(非特許文献4,5,6,7)。半導体導波路は、SiやGaAs半導体で形成される光検出器が使用できる近赤外波長に対して不透明であり使用できないという欠点があるが、機器の使用波長によっては結合長の短さを生かすことができる。したがって、半導体を用いたより短い結合長のグレーティングカップラが得られれば、有利である。
【非特許文献1】S. Ura, "Selective guided mode coupling via bridging mode by integrated gratings for intraboard optical interconnects," Proc. SPIE 4652, 86-96 (2002)
【非特許文献2】J. Ohmori, Y. Imaoka, S. Ura, K. Kintaka, R. Satoh, H. Nishihara, "Integrated-optic add/drop multiplexing of free-space waves for intra-board chip-to-chip optical interconnects," Jpn. J. Appl. Phys. 44, 7987-7992 (2005)
【非特許文献3】K. Kintaka, J. Nishii, K. Shinoda, S. Ura, "WDM signal transmission in a thin-film waveguide for optical interconnection," IEEE Photon. Technolo. Lett. 18, 2299-2301 (2006)
【非特許文献4】D. Taillaert, W. Bogaerts, P. Bienstman, T. F. Krauss, P. V. Daele, I. Moerman, S. Verstuyft, K. D. Mesel, R. Baets, "An out-of-plane grating coupler for efficient butt-coupling between compact planar waveguides and single-mode fibers," J. Quantum Electron. 38, 949-955 (2002).
【非特許文献5】D. Taillaert, F. V. Laere, M. Ayre, W. Bogaerts, D. V. Thourhout, P. Bienstman, R. Baets, "Grating couplers for coupling between optical fibers and nanophotonic waveguides," Jpn. J. Appl. Phys. 45, 6071-6077 (2006)
【非特許文献6】G. Roelkens, D. V. Thourhout, R. Baets, "High efficiency grating coupler between silicon-on-insulator waveguides and perfectly vertical optical fibers," Opt. Lett. 32, 1495-1497 (2007)
【非特許文献7】C. Gunn, "CMOS photonics for high-speed interconnects," IEEE Micro, 58-66 (March-April 2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記の従来技術及びその問題点に鑑みてなされたものであり、結合長の短いグレーティングカップラを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記目的を達成するため、基材及び該基材上の導波路を備え、上記導波路は、該導波路を伝搬する入射導波モード光の1次回折光が垂直放射モード光に結合されるように屈折率変調周期が決められた垂直放射用回折格子と、該回折格子の格子面に沿う方向における入射側に形成された前段DBRと、該回折格子の格子面に沿う方向における入射側から遠い側に形成された後段DBRと、上記垂直放射用回折格子及び前段DBRの間に形成された前段位相調整域と、上記垂直放射用回折格子及び後段DBRの間に形成された後段位相調整域とを備え、上記後段DBRの結合長は、該後段DBRを透過する光を実用上無視できるまで低減するのに十分な長さとされ、上記後段位相調整域の導波方向長さは、上記後段DBRで反射した光の上記垂直放射用回折格子による回折放射の位相が入射導波モード光の上記垂直放射用回折格子による回折放射の位相に揃うように決められ、上記前段位相調整域の導波方向長さは、上記後段DBRで反射して上記前段DBRに到達する光の位相が入射導波モード光の上記前段DBRにより反射する光の位相と半波長分だけずれるように決められ、上記前段DBRの結合長は、上記後段DBRで反射したのち前段DBRを透過する光を該前段DBRによる入射導波モード光の反射で相殺するように決められていることを特徴とする共振グレーティングカップラを提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る共振グレーティングカップラにおいては、入射導波モード光は前段DBRで一部反射された後、垂直放射用回折格子で一部放射モード光として出力され、後段DBRで反射される。垂直放射用回折格子の周期は1次回折で導波モード光を垂直放射モード光に結合するように決めるので、1次回折による垂直放射が得られる。さらに、後段DBRの結合長は該後段DBRの透過光が実用上無視できるまで十分低減するように決めるので、透過による損失が回避される。そして、後段DBRで反射された導波モード光は垂直放射用回折格子の1次回折により一部放射モード光に結合されるが、後段位相調整域により該垂直放射モード光の位相は上記入射導波モード光の1次回折で生じた放射モード光の位相に揃う。後段DBRで反射され垂直放射用回折格子を透過した反射導波モード光は前段DBRにより一部反射される。前段位相調整域の位相調整長を最適にすることにより、前段DBRにより反射された光が入射導波モード光に位相が揃って加算され、かつ前段DBRを透過する上記反射導波モード光が該前段DBRによる入射導波モード光の反射と半波長分だけ位相がずれるようにしておく。さらに、前段DBRの結合効率を最適にすることより、該前段DBRを透過する上記反射導波モード光は該前段DBRによる入射導波モード光の反射で相殺される。すなわち、共振グレーティングカップラの透過および反射の双方とも0又は極めて小さい値となる。このように、入射光が後段DBRで反射され、その反射光がさらに前段DBRにより反射されて、垂直放射用回折格子から垂直放射されるという出力形態は、一種の共振として捉えることができる。その結果、垂直放射用回折格子の放射損失係数αが小さな値であっても、入射光を100%に近い効率で放射出力できることになる。
【0008】
したがって、本発明によれば、結合長の短いグレーティングカップラを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
[基本原理]
先ず、グレーティングカップラの機能に関する基本原理について説明する。薄膜導波路や単一モードファイバのように光伝送路のサイズが10μm以下と波長サイズに近く、もしくはサブ波長サイズとなると,波面を扱う波動光学素子の使用が必要となる。特に薄膜導波路にほぼ垂直に光波を入出力する場合はグレーティングカップラが有利である。図1(b)にグレーティングカップラの基本構成を示す。
【0010】
導波路面の法線方向をy方向,入射導波光の伝搬方向およびグレーティングベクトルの方向をz方向とする。導波路表面を凹凸加工するなどして、薄い屈折率グレーティングを設けておくと,導波光Liはそのグレーティングにより回折され、回折放射光Ldとなって放射される。図1(a)に示すように、回折に伴い導波光は伝搬とともに指数関数的に減衰する。回折光もその導波光の減衰を反映したプロファイルを有する。
【0011】
導波光電界の減衰がexp (−αGC z)で表されるように放射損失係数αGCを定義すると、出力結合効率は次式で与えられる:
η=ηout {1-exp(-2αGC LGC)}
ここで,LGCはグレーティングカップラの結合長、ηoutは全回折光パワーにおける出力光パワーへのパワー分配比である。
【0012】
この場合の伝搬ベクトルダイアグラムを図2に示す。真空中での波長をλ0とすると、その波数k0 = 2π/λ0を用いて波動ベクトルはk = n k0 uで表される。ここでuは光波の伝搬方向の単位ベクトルであり、nは伝搬媒質の屈折率である。導波光は薄膜導波路に閉じこめられて伝搬し、コア薄膜の屈折率をnf、基板(基材)の屈折率をns、上部(空気)の屈折率をnaとすると導波モードの実効屈折率Neはnf>Ne>nsを満たし、導波モード光の伝搬ベクトルはβ= Ne kouzで表される。ここでuzはz方向単位ベクトルである。上半円の半径はna ko、下半円の半径はnskoとしてあり、中心を始点とし円弧上に終点を持つベクトルがそれぞれの媒質中を伝搬する伝搬ベクトルを表す。
【0013】
グレーティング周期をΛとすると、グレーティングベクトルはK=(2π/Λ) uzで表される。ここでグレーティングはy方向には非常に薄くz方向に長いため、ベクトル整合条件はz方向成分のみ考えればよい。したがって、m次の回折による上部への回折放射角 θaおよび基板側回折放射角θsは次式で与えられる:
na k0 sinθa = ns k0 sinθs = |β|−m|K|
この例では、1次の回折光は上部と基板側へ放射し、2次の回折光は基板側のみに放射することになる。各放射光へのパワー分配比は導波路の構造ならびにグレーティング形状で決まる。実用上は、上部への出力光パワー分配比として1が望まれることが多い。このためには、|K|を大きくして高次回折が発生しないようにし、また反射性基板などを導入して基板側放射光が生じないようにするのが望ましい。
【0014】
グレーティングカップラを入力結合器として用いる場合は、時間を反転させて考えることができる。すなわち、出力結合において導波モード光が回折されて放射される光をそのまま逆進させて入射すれば同じ結合効率で導波モード光を励振することができる。導波モードは導波構造で決まり、|β|は離散的な値をとり、入射光の複素振幅分布が出力結合時の放射光の複素振幅分布からずれると、そのずれがそのまま結合効率の低下を招く。例えば、図1の出力結合では回折放射光は指数関数的振幅分布をもつが、実用上の入射光はVCSEL(垂直共振器面発光レーザ)からの発散光などのようにガウシアン的分布をしていることが多く、入力結合効率は出力結合効率よりその不一致分だけ低くなる。逆にこのような入射光を高効率で結合するためには、グレーティング凹凸の深さや幅比を分布させz方向にαGC(放射損失係数)を増加させて、回折放射光の振幅分布がガウシアン的になるようにすることもできる。
【0015】
また、図3に示すように導波路WGに形成される放射用回折格子DGについて、グレーティング凹凸ラインに曲率と周期変化を設けて、レンズ機能を持たせることもできる。すなわち、入射導波光Liは、放射用回折格子DGで格子面から遠ざかる方向に回折し一点に収束する。これにより、外部レンズを使用せずにPD(フォトダイオード)への収束空間光やVCSELからの発散空間光と導波光を結合することが可能となる。
[本発明の実施形態]
次に、本発明の実施形態について添付図面を参照しつつ説明する。図4は、本発明に係る共振グレーティングカップラR-GCの基本構成を概略的に示す断面図である。
【0016】
この共振グレーティングカップラR-GCは、各々透光性を有する誘電体により形成された基材1及び該基材上の導波路2を備えている。導波路2には、前段DBR3と後段DBR7との間に結合長LGCの垂直放射用回折格子5を位相調整域を挟んだ配置として集積する。この構造は、例えば、化学気相成長法などで導波路を基材上に堆積し、その上にレジストを塗布して、マスク露光や電子ビーム直接描画露光などでレジストにグレーティング凹凸パターンを形成し、そのパターンをドライエッチング等により導波路材質に転写するという方法で得ることができる。但し、この方法に限るものではなく、グレーティング凹凸用に導波路上に別の材質を堆積して凹凸加工したり、図6に示すように埋め込み加工することも可能である。位相調整域は、前段DBR3と垂直放射用回折格子5との間の前段位相調整域4、後段DBR7と垂直放射用回折格子5との間の後段位相調整域6として形成されている。ここでは、TE導波モードを扱うものとして説明する。
【0017】
導波モードと放射モードの関係を図5に示す。z方向伝搬入射導波モード光および反射導波モード光の複素振幅をそれぞれA(z)およびB(z)とおく。入射導波モード光A(z)は結合長LBFの前段DBRで一部反射された後、垂直放射用回折格子5で一部放射モード光(空気層への放射光La,基材側への放射光Ls)として出力され、結合長LBRの後段DBR7で反射される。垂直放射用回折格子5の周期ΛGCは1次回折で導波モード光を垂直放射モード光に結合するように決める。このとき2次回折により反射が生じて入射導波モード光A(z)は反射導波モード光B(z)に一部結合する。後段DBR7によりA(z)はB(z)に結合されるが、該後段DBRの結合長LBRは該後段DBRの透過光が十分消失するように決める。垂直放射用回折格子5と後段DBR7の間の位相調整長lRは、反射導波モード光B(z)の回折放射の位相が入射導波モード光A(z)の回折放射の位相に揃うように決める。前段位相調整域4の位相調整長lFおよび前段DBR3の結合効率(LBFで制御する)は、前段DBR3を透過する反射導波モード光B(z)を前段DBR3による入射導波モード光A(z)の反射で相殺するように決める。このように、z>lR +LBRの領域の入射導波モード光A(z)、およびz<-LGC -lF -LBFの領域の反射導波モード光B(z)を0又は極めて小さい値とする。その結果、小さな放射損失係数α の垂直放射用回折格子5であっても入射導波モード光を100%に近い効率で放射出力できることになる。
【0018】
また、共振グレーティングカップラを構成する、垂直放射用回折格子、前段DBR、後段DBRのそれぞれは、強い波長依存性を示し、これらの周期を調整することにより、波長を特定したカップリングを行うことができる。
[モード結合理論による解析]
図5に示すように垂直放射用回折格子の後端を原点とする。z方向伝搬定数βνに関して、空気側放射モードと基板側放射モードが縮退(同じ値をもつ)しており、それぞれの複素振幅分布をaνa (z)およびaνs(z)で表す。垂直放射用回折格子によるモード結合方程式は次式のように表される。
【数1】

【0019】
ここで、βA および βB は A(z) および B(z) の z方向伝搬定数でありβA= -βBである。KGC はグレーティングベクトルの大きさで2π/ΛGCで与えられる。TEモードを対象としており、結合係数は次式κνi,A およびκνi,Bで与えられる。
【数2】

【0020】
ここでEνiと Egはそれぞれ放射モードおよび導波モードの規格化電界である。また、ε0、ωおよびΔεはそれぞれ真空中の誘電率、角周波数、垂直放射用回折格子構造を表す比誘電率である。A(z) ≒ const. と B(z) ≒ const.の近似で式(3)から求めたaνi(z)を式(1)-(2)に代入して以下の導波モード間結合方程式を得る。
【数3】

【0021】
α、κGC および ΔGC はそれぞれ放射損失係数、導波モード結合係数および位相不整合量を表し、次式で与えられる。
【数4】

【0022】
境界条件 A(0) = 1 および B(0) = rBR のもとでは A(z) および B(z) は次式のようになる。
【数5】

【0023】
ここで sinc(x) はsin(x)/xで定義される関数である。位相整合条件ΔGC = 0では、式(4)、式(7) および式(8)からα=κGC であるからζ= 0となる。したがって式(10)-(11)は次式のようになる。
【数6】

【0024】
A(z) および B(z) が放射モードへ相乗的に寄与して大きな結合を生じさせるためには、式(3)と式(13)-(14)を見比べて、rBRは大きな正実数であればよい。以下で述べるようにrBRは後段DBRの反射と位相調整長lRで決まる。
【0025】
前段および後段のDBRでのモード結合方程式は、次式のように書ける。
【数7】

【0026】
κBA およびΔDBR は結合係数、および位相不整合量であり、次式で与えられる。
【数8】

【0027】
境界条件 A(0) = 1 および B(lR + LBR) = 0 を後段DBRに適用すると、rBR は次のようになる。
【数9】

【0028】
位相整合条件ΔDBRGC=0では次のように書き改められる。
【数10】

【0029】
rBR を大きな正の実数とするためには、κBA LBR は大きくかつ次式を満たせばよい。
【数11】

【0030】
前段DBRに関しては、 z = - LGC - lFにおける境界条件が、式(10) -(11)から計算されるA(- LGC)およびB(- LGC)を用いて、A(- LGC- lF) = A(- LGC) exp(j βA lF)およびB(- LGC - lF) = B(- LGC) exp(-j βA lF)と与えられる。それゆえ、A(- LGC - lF - LBF) および B(- LGC - lF - LBF) はそれぞれ以下のように計算される。
【数12】

【0031】
位相整合条件ΔDBR = 0でB(- LGC - lF - LBF) = 0 とするには
【数13】

【0032】
とすればよい。ふたつめの等号は式(13)-(14)から導かれる。すなわち、 lFとLBF は次式を満たすように決めればよい。
【数14】

【0033】
[設計例及びシミュレーション]
本発明に係る共振グレーティングカップラの一設計例を図6に示す。屈折率3.75のSi基板上に屈折率1.46、厚さ1.64μmのSiOバッファ層を介して屈折率1.54、厚さ0.65μmのGe:SiO導波コア層を形成する。垂直放射用回折格子およびDBRの屈折率変調は、導波コア層ほぼ中央に設けた屈折率2.01厚さ50nmのSi−N層を凹凸加工して得る。そのTE0モードの実効屈折率は1.516であり、垂直放射用回折格子およびDBRの周期はそれぞれ0.5607μmおよび0.2804μmとなる。放射損失係数及び結合係数は、α=κGC=8.70mm-1並びにκBA=140mm-1と算出された。後段DBRの結合長LBRは20μmとした。結合波長850nmにおける反射係数の大きさは|rBR|=0.993である。垂直放射用回折格子の結合長を5μmとし、式(26)から前段DBRの結合長LBFを8.55μmとした。
【0034】
規格化パワー透過率PT = (1-|B(0)|2)/|A(-LGC-lF-LBF)|2、規格化パワー反射率PR = |B(-LGC-lF-LBF)|2/|A(-LGC-lF-LBF)|2および規格化空気側パワー放射率POUT0(1-PT- PR)の計算例を図7に示す。ただし、垂直放射用回折格子による全放射光パワーに対する空気側出力光パワー分配比η0は0.78である。結合波長850nmにおいてη0に近い結合効率が期待できる。また半値波長幅は4nmと見積もられた。DBRを集積しない垂直放射用回折格子単独の出力結合効率はη0{1-exp(-2α LGC)}で与えられるが、結合長5μmでは0.065となる。すなわち、共振構造とすることで12倍の効率改善が見込める。
【0035】
PT、PRおよびPOUTの波長依存性のFDTDによるシミュレーション結果を図8に示す。図7と良く一致しており、モード結合理論による予測の正当性を裏付ける結果が得られた。ただし、結合波長における出力結合効率は0.1ほど低くなっている。より長いグレーティングカップラ結合長10μmでは両者の差は非常に小さかったことを考慮すると、この原因は垂直放射用回折格子の領域と周囲との屈折率境界における散乱が影響しているものと説明できる。
[比較例−共振型でない場合]
比較のため共振構造でないグレーティングカップラについて述べる。まず、構造パラメータはすべて同じで前段DBRのみ無い場合の規格化パワー透過率、規格化パワー反射率、規格化空気側パワー放射率の計算結果を図9に示す。透過はほぼ0であるが、反射が0.7もあり、出力結合効率は0.2強に留まっている。すなわち、垂直放射用回折格子単体による結合が小さいため、入射導波モード光はわずかに垂直放射用回折格子で回折された後にほとんどが後段DBRで反射されるが、その反射導波モード光のほとんどが垂直放射用回折格子を透過している状況を示している。
【0036】
一方、後段DBRがなく前段DBRと垂直放射用回折格子を組み合わせた場合を図10に示す。結合係数が小さいため、入射導波モード光は垂直放射用回折格子の1次回折でわずかに出力として取り出されるが、垂直放射用回折格子による2次回折反射はほとんど生じない。そのため、その反射を打ち消す働きをする前段DBRはほとんど存在価値が無い。すなわち、入射導波モード光はわずかに0.065(前述した単体の場合と結合効率とほとんど同じ)だけ出力し、若干の基板側放射を除いてその他は透過することになる。
【0037】
また、参考のために、結合長を150μmと30倍ほど長くした垂直放射用回折格子と前段DBRを組み合わせた場合を図11に示す。この場合、確かに反射は抑圧されているが、透過率は無視できないレベルにあり、かつ波長依存性が急峻であり、実用上好ましくない。
【0038】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。
【0039】
グレーティングを形成する屈折率変調の位置は導波コア層中央に設ける必要はなく、例えば、導波コア層上部や導波コア層下部あるいはその中間に設けても良い。ただし、基板側への放射を抑圧するようにバッファ層厚を最適化することが肝要である。
【0040】
また、バッファ層下部に、金属膜もしくは多層膜などの反射構造を設けて、基板側放射を抑圧して空気側出力光パワー分配比η0を100%に近づけ、高効率化を図ることも可能である。
【0041】
本発明に係るグレーティングカップラは、導波路を形成するのに、上に説明した誘電体のみならず半導体を用いることもできる。適用可能なものは、誘電体としては、SiO2系、SiON系の無機材料やポリイミド系などの有機材料、半導体としては、GaAs系、InP系材料を例示することができる。半導体を用いる場合も、上に説明したのと同様にして、垂直放射用回折格子、前段DBR、後段DBR、前段位相調整域、後段位相調整域を形成することにより、導波モード光に対する共振構造を形成することができ、短い結合長で高い光放射効率を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】グレーティングカップラの基本構成を示す説明図である。
【図2】導波路を伝搬する光のベクトルダイアグラムである。
【図3】集光グレーティングカップラの構成例を示す斜視図である。
【図4】本発明の一実施形態に係る共振グレーティングカップラの基本構成を概略的に示す断面図である。
【図5】導波モードと放射モードの関係を示す説明図である。
【図6】図4に示した構成を有する共振グレーティングカップラの一設計例を概略的に示す断面図である。
【図7】図6に示した共振グレーティングカップラの性能を示すグラフである。
【図8】図6に示した共振グレーティングカップラの性能に関しFDTDによるシミュレーションを行なった結果を示すグラフである。
【図9】一比較例に係るグレーティングカップラの性能を示すグラフである。
【図10】他の比較例に係る共振グレーティングカップラの性能を示すグラフである。
【図11】さらに他の比較例に係る共振グレーティングカップラの性能を示すグラフである。
【符号の説明】
【0043】
1:基材
2:導波路
3:前段DBR
4:前段位相調整域
5:垂直放射用回折格子
6:後段位相調整域
7:後段DBR
DG:放射用回折格子
Ld:回折放射光
Li:導波光
WG:導波路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材及び該基材上の導波路を備え、上記導波路は、該導波路を伝搬する入射導波モード光の1次回折光が垂直放射モード光に結合されるように屈折率変調周期が決められた垂直放射用回折格子と、該回折格子の格子面に沿う方向における入射側に形成された前段DBRと、該回折格子の格子面に沿う方向における入射側から遠い側に形成された後段DBRと、上記垂直放射用回折格子及び前段DBRの間に形成された前段位相調整域と、上記垂直放射用回折格子及び後段DBRの間に形成された後段位相調整域とを備え、
上記後段DBRの結合長は、該後段DBRを透過する光を実用上無視できるまで低減するのに十分な長さとされ、上記後段位相調整域の導波方向長さは、上記後段DBRで反射した光の上記垂直放射用回折格子による回折放射の位相が入射導波モード光の上記垂直放射用回折格子による回折放射の位相に揃うように決められ、
上記前段位相調整域の導波方向長さは、上記後段DBRで反射して上記前段DBRに到達する光の位相が入射導波モード光の上記前段DBRにより反射する光の位相と半波長分だけずれるように決められ、上記前段DBRの結合長は、上記後段DBRで反射したのち前段DBRを透過する光を該前段DBRによる入射導波モード光の反射で相殺するように決められている
ことを特徴とする共振グレーティングカップラ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2009−288718(P2009−288718A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−143841(P2008−143841)
【出願日】平成20年5月30日(2008.5.30)
【出願人】(504255685)国立大学法人京都工芸繊維大学 (203)
【Fターム(参考)】