説明

内燃機関用ピストン

【課題】耐摩環と環状空間部との間の強度を高くすることのできる内燃機関用ピストンを提供する。
【解決手段】冠部2の内部に、外周にピストンリング溝が形成される耐摩環5が埋設されていると共に、アルミ合金のピストン1の軸方向で耐摩環の一部とオーバーラップし、かつ耐摩環の内周縁から径方向内側へ所定量離間して配置された冷却用オイルを循環させる環状空洞部6を有し、耐摩環の外面全体に形成されてピストン母材と融合し、該ピストン母材よりも強度が低いAC3Aのアルミナ金属被膜と、を備え、前記金属被膜は、耐摩環の内周面側の肉厚がピストン軸方向の両端面側の肉厚よりも薄く形成され、耐摩環の内周面と環状空洞部の外周側内面との間の径方向の離間距離が約3.0mmに設定されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳造によって形成される内燃機関用ピストンに関する。
【背景技術】
【0002】
周知のように、いわゆるディーゼル機関用のピストンにあっては、軽量化の要請からピストン本体をアルミニウム合金材によって形成しているが、このピストンの上端部に有する冠部に掛かる燃焼圧力が高いことから、前記冠部の外周にガソリン機関のようにピストンリング溝を形成し、ここに直接ピストンリングを設けると、ピストンリング溝が破損するおそれがある。このため、前記冠部の内部に鋳鉄製の耐摩環を埋設し、この強度の高い耐摩環の外周にピストンリング溝を形成するようになっている。
【0003】
また、前記冠部の耐摩環の内側に環状空洞部を形成し、オイルジェットから噴射された冷却用オイルを前記環状空洞部内に循環させて前記冠部を強制的に冷却するようになっている。
【0004】
そして、前記ピストンの鋳造方法としては、前記環状空洞部を形成する中子と前記耐摩環を鋳型のキャビティ内に予め一緒に配置固定して、その後、前記キャビティ内にアルミニウム合金の溶湯を注入して、ピストン内に前記耐摩環を埋設すると共に、環状空洞部を形成するようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−225748号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、前記耐摩環は、ピストンリング溝の強度を高める他に、燃焼室から冠部に伝達された高熱をピストンリングに伝達してシリンダボアと熱交換する機能も有する一方、前記環状空洞部内の冷却用オイルも同じく吸熱して熱交換機能を有している。このため、耐摩環と環状空洞部は、熱負荷の大きな冠部の冠面近くの上方位置に配置されていることが望まれており、したがって、耐摩環と環状空洞部は自ずと冠部内で互いに径方向へ近接した状態で配置されることになる。
【0007】
よって、前記ピストンの鋳造時には、前記耐摩環と環状空洞部形成用の中子が径方向で近接した状態で配置され、つまり、両者間の隙間が狭い状態で成形されることになる。このため、前記狭い隙間での溶湯の湯回り不良を発生させるおそれがある。
【0008】
また、湯回り不良を回避するために、いわゆるダイキャスト法を用いてピストンを製造することも考えられるが、ダイキャストを用いると、ピストンの内部に巣が発生し易くなり、強度的な欠陥を招くおそれがある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1に記載の発明は、冠部に埋設されて、外周にピストンリング溝が形成される耐摩環と、ピストンの軸方向で前記耐摩環の少なくとも一部とオーバーラップし、かつ前記耐摩環の内周縁から径方向内側へ所定量離間して配置形成された環状空洞部と、前記耐摩環の外面全体に形成されてピストン母材と融合し、該ピストン母材よりも強度が低い金属被膜と、を備えた内燃機関のピストンにおいて、前記金属被膜は、耐摩環の内周面側の肉厚がピストン軸方向の両端面側の肉厚よりも薄く形成され、前記耐摩環の内周面と環状空洞部の外周側内面との間の径方向の離間距離が3.5mm未満に設定されていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0010】
請求項1に記載の発明によれば、前記耐摩環の内周面と環状空間部の外周側内面との間の径方向の離間距離が3.5mm未満の極めて薄い幅となるが、鋳造中に前記ピストン母材より強度の低い金属被膜が溶けて薄くなり、ピストン母材の強度の高い材料が多くなることから、前記耐摩環と環状空間部との間の強度が高くなる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明に供されるディーゼル機関用ピストンの鋳造した後の状態を示す縦断面図である。
【図2】同ピストンの鋳造装置の概略を示す縦断面図である。
【図3】同鋳造装置の作動初期の状態を示す縦断面図である。
【図4】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【図5】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【図6】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【図7】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【図8】鋳造装置の離型作動状態を示す縦断面図である。
【図9】本実施形態に供される保持機構と耐摩環を示す要部斜視図である。
【図10】A、Bは本実施形態に供される耐摩環の断面図である。
【図11】本発明の第2実施形態のピストンを鋳造する鋳造装置を示す上金型と保持機構を示す分解斜視図である。
【図12】Aは本実施形態に供される耐摩環の斜視図、Bは同耐摩環の一部断面図である。
【図13】本実施形態のピストンを鋳造する鋳造装置とその作動初期の状態を示す縦断面図である。
【図14】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【図15】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【図16】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【図17】同鋳造装置の離型作動状態を示す縦断面図である。
【図18】同鋳造装置の最終的な離型作動状態を示す縦断面図である。
【図19】第3実施形態のピストンを鋳造する鋳造装置を示す縦断面図である。
【図20】同鋳造装置の作動初期の状態を示す縦断面図である。
【図21】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【図22】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【図23】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【図24】Aは第4実施形態のピストンの鋳造装置を示す縦断面図、Bは該鋳造装置の要部拡大断面図である。
【図25】同鋳造装置の作動初期の状態を示す縦断面図である。
【図26】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【図27】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【図28】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【図29】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【図30】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【図31】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【図32】第5実施形態のピストンを鋳造する鋳造装置とその作動初期の状態を示す縦断面図である。
【図33】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【図34】同鋳造装置のさらに異なる作動状態を示す縦断面図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明に係る内燃機関用ピストンと、このピストンの鋳造方法及び鋳造装置を図面に基づいて詳述する。なお、本実施形態に供されるピストンは、レシプロ・ディーゼル内燃機関に適用したものである。
【0013】
〔第1実施形態〕
前記ピストン1は、全体が母材としてAC8A Al−Si系のアルミニウム合金によって一体に鋳造され、図1に示すように、ほぼ円筒状に形成されて、冠面2a上に燃焼室を画成する冠部2と、該冠部2の下端外周縁に一体に設けられた円弧状の一対のスラスト側スカート部及び反スラスト側スカート3と、該各スカート部3の円周方向の両側端に各連結部位を介して連結された一対のエプロン部4と、を備えている。なお、このエプロン部4には、図外のピストンピンの両端部を支持するピンボス部4aが一体に形成されている。
【0014】
前記冠部2は、比較的肉厚に形成された円盤状を呈し、冠面2a上に燃焼室を構成する断面ほぼ逆M状の凹部2bが形成されていると共に、後述する鋳造型から取り出された直後には図示のように大径状に形成され、かつ冠面2a上に押し湯で形成された突起部2cが一体に設けられている。この突起部2cや大径な外周部は、事後的に基準にしたがって切削・研磨などの機械加工がなされて外周面にプレッシャリングやオイルリングなどの3つのピストンリングを保持するピストンリング溝が形成されるようになっている。
【0015】
また、冠部2の内部には、耐摩環5が埋設されていると共に、該耐摩環5の内周側には内部に冷却用オイルを循環させる環状空洞部6が形成されている。
【0016】
前記耐摩環5は、前述した冠部2の外周部の研磨後に、最上端側の前記プレッシャリングを保持するピストンリング溝を形成するためのものであって、図9及び図10A、Bに示すように、ニレジスト鋳鉄によって円環状一体に形成されて、環状本体5aの上端外周にフランジ部5bが一体に形成されている。このフランジ部5bには、後述するように、鋳造時に可動型である上型に有する保持機構12によって保持される小径な内径均一な1つの保持孔5cが穿設されている。
【0017】
前記環状空洞部6は、図1に示すように、前記耐摩環5とピストン1の中心軸線Xと同軸上に配置されて前記耐摩環5の内周面から径方向内側へ僅かな隙間幅長さ(L)、たとえば約3mm程度の隙間幅長さL(距離)をもって近接配置されていると共に、ピストン軸方向で互いにほぼ全体がオーバーラップする位置に配置されている。
【0018】
前記耐摩環5と環状空洞部6内部の冷却用オイルは、燃焼室の高熱を吸収して外部との熱交換を効率良く行うために、燃焼室(凹部2b)に近い冠部2の内部上端側に可及的に近づけことが望ましいため、ピストン軸方向の位置で両者5,6をオーバーラップさせるようになっている。したがって、前記隙間幅長さ(L)は、自ずと短くなってしまい、本実施形態では約3mm程度に設定してあるが、約0.1〜3.5mmまで任意に設定することが可能である。
【0019】
次に、前記ピストン1を鋳造する装置について説明する。
【0020】
この鋳造装置としては、図2〜図7に示すように構成され、図外の基台に固定され、中央に中子である突部15を有する固定型の下金型10と、該下金型10の上方位置に上下動可能に設けられた可動型である上金型11と、該上金型11と連動しつつ前記耐摩環5を保持する保持機構12と、前記上金型11と保持機構12の上下動及び可動タイミングなどを制御する制御機構である図外のコントロールユニットと、から主として構成されている。
【0021】
前記下金型10は、突部10が所定方向へ分解可能な例えば5つの金型部材によって構成され、内部ほぼ中央にピストン形成用のキャビティ13が形成されていると共に、内側部に断面ほぼL字形状の注湯口14が形成されている。
【0022】
前記キャビティ13は、外周側の隔壁部10aや、下部中央にピストン1の前記スカート部3やエプロン部4を成形しつつピストン1の内部を成形するほぼ円柱状の前記突部15などによって隔成されて、この突部15を介して鋳造時に前記ピストン1の冠部2が重力方向の上側となるように構成されている。
【0023】
また、前記突部15の上端外周部には、複数の支持突起16がほぼ垂直に突設されており、この各支持突起16の上端部に、前記環状空洞部6を形成するための断面楕円形のソルト中子17をキャビティ13内で予め固定支持するようになっている。さらに、前記隔壁部10aの突部15の上方近傍には、前記保持機構12を介して上金型11により下降した前記耐摩環5を載置支持する鉄系金属の支持部材18が固定されている。
【0024】
前記上金型11は、可動機構19に前記キャビティ13を上方から開閉するように支持され、下部11aが前記ピストン冠部2の冠面2aや凹部2bなどを成形する形状に形成されている。前記可動機構19は、例えば油圧シリンダによって構成され、図外の吊下げ基台に固定されたシリンダ19aと、該シリンダ19a内のピストンを介して伸縮動(上下動)するピストンロッド19bと、を備え、このピストンロッド19bの先端部に前記上金型11の上部ほぼ中央が固定されている。
【0025】
前記保持機構12は、図9に示すように上金型11の下端面の外周側に突設された4つの保持凸部12aを有し、このうちの1つの保持凸部12aの先端部に前記耐摩環5の保持孔5cに挿通する先端先細りテーパ状の保持ピン12bが突設されている共に、他の3つの保持凸部12aの先端部には前記耐摩環5の外周縁を保持する円弧状突起12cがそれぞれ突設されている。
【0026】
そして、前記保持ピン12bが保持孔5cに係止した状態では、保持孔5cの内周面に係止することによって、耐摩環5全体が図10に示すように、僅かに傾いた状態で各保持ピン12aにいわば引っかけられた状態で支持されると共に、この状態で前記3つの円弧状突起12cの内面が耐摩環5の外周縁に適度に当接して把持するようになっている。
【0027】
その後、上金型11の下降に伴い前記耐摩環5のフランジ部5bが前記支持部材18の上面に載置されると、耐摩環5の姿勢がほぼ水平状態になることから、前記保持ピン12aと保持孔5cの係止状態が解除されて保持孔5cから抜け出しが可能になると共に、各円弧状突起12cの内面と耐摩環5の外周縁との適度な当接も解除されるようになっている。
【0028】
前記コントロールユニットは、前記油圧シリンダの油圧回路に設けられた図外の電磁弁などを開閉制御してシリンダ19a内への油圧の給排制御を行い、これによってピストンロッド19bの伸縮ストロークを行わせて上金型11の上下移動位置を制御するようになっており、このとき、前記キャビティ13内への溶湯Qの注入量に応じてピストンロッド19bを介して上金型11の下降移動時期のタイミングを制御するようになっている。
【0029】
次に、前記鋳造装置を用いたピストン1鋳造の工程手順について説明する。なお、この鋳造装置での鋳造法としては、いわゆるグラビティフィード法が採られている。
【0030】
図3に示すように、前記キャビティ13内の各支持突起16の上端部に、ソルト中子17を固定支持する。このソルト中子17は、予め約720℃の温度に予熱されている。
【0031】
一方、前記耐摩環5は、予め760℃の温度のAC3Aのアルミナ溶湯に10分間浸漬されて取り出されたもので、表面全体にAC3Aの表面処理層が形成されている。この耐摩環5を上金型11の一つの保持凸部12aの保持ピン12bに前記フランジ部5bの保持孔5cに挿通して係止させると共に、各円弧状突起12cの内面が耐摩環5の外周縁に適度に当接して保持する(第1工程)。
【0032】
前述のように、耐摩環5に、純度の高いAC3Aのアルミナ表面層を予め形成しておくのは、鉄との反応が良いことから、前記注入された溶湯Qと耐摩環5との密着性を高めることができるためである。
【0033】
続いて、図4に示すように、可動機構19によって上金型11を所定量だけ下降させてここで一旦止め、耐摩環5をソルト中子17の上方位置に待機させる(第2工程)。
【0034】
その後、図5に示すように、約720℃のAC8A(アルミニウム合金)の溶湯Qを注湯口14のロート状開口端14aからキャビティ13内に注入して、該溶湯Qが前記ソルト中子17全体を浸漬して該ソルト中子17の高さよりも僅かに上昇するまで注入する。つまり、この実施形態では、ソルト中子17の全体が溶湯Qに浸漬されるまでキャビティ13内に溶湯Qが注入される(第3工程)。
【0035】
また、かかる溶湯Qが注入される途中で、図6に示すように、キャビティ13内に溶湯Qが充填される前に、前記可動機構19により上金型11をさらに下降させると、該上金型11の下部11aが前記溶湯Qを上方から加圧下降すると共に、上金型11の上端フランジ部11bがキャビティ13の上端開口縁に当接して、上金型11の下部11aの周壁でキャビティ13の上端開口を閉塞する(第4工程)。
【0036】
このとき、同時に前記耐摩環5も溶湯Q内に入り込みつつ前記ソルト中子17の側部に到達して、前記フランジ部5bの下面が前記支持部材18の上面に当接して載置支持される。この状態では、耐摩環5とソルト中子17は、互いにピストン軸方向で全体がオーバーラップした位置となる。
【0037】
その後、図7に示すように、キャビティ13内に溶湯Qが充填された時点で注湯を終了する。続いて、冷却固化した後に、図8に示すように、上金型11を可動機構19によって上方へ離型させ、続いて下金型10の各金型部材を分解してピストン母材を取り出す(第5工程)。
【0038】
次に、前記ピストン母材を研削や研磨などの機械加工によって所定の形状に成形すると共に、前記ソルト中子17の内部に水を注入して該ソルト中子17を溶解して、図1に示した環状空洞部6を形成する(第6工程)。
【0039】
そして、前述のように、耐摩環5が溶湯Q内を移動することによって、該耐摩環5とソルト中子17との間の隙間幅L内へ溶湯Qが強制的に入り込んで湯回りが良好になる。すなわち、前記耐摩環5のソルト中子17外側部側への移動に伴う溶湯Qの攪拌や流動性によって隙間幅L内の溶湯Qの湯回りが良好になって、湯回り不良や湯境の発生が抑制される。
【0040】
このため、前記耐摩環5とソルト中子17(環状空洞部6)との間の径方向の隙間幅長さLを可及的に小さくすることが可能になり、これによって、両者5,6を冠部2の十分に高い位置へ配置することができる。
【0041】
この結果、前記耐摩環5と環状空洞部6内の冷却用オイルによって、燃焼室からの熱交換効率が向上して冷却性能を十分に高めることができる。
【0042】
また、前記耐摩環5を保持する保持機構12は、上金型11の下部に設けられた保持ピン12bと3つの円弧状突起12c及び耐摩環5側の保持孔5cによって簡単な構造になっているため、製造作業が容易である。また、耐摩環5の支持を、保持孔5cを利用して傾斜させることにより、支持するようにしたため、これらの支持作用が極めて容易になる。また、この耐摩環5の傾斜状態で各円弧状突起12cによって耐摩環5の外周縁を支持することから安定した保持が得られる。
【0043】
なお、本実施形態では、前記耐摩環5に一つの保持孔5を設けるようにしてあるが、保持孔をもう一つ設け、前記保持ピン12bも一つ設けるようにすることも可能であり、このようにすれば、前記円弧状突起12cが不要になって金型構造が簡素化される。
【0044】
また、本実施形態では、鋳造時において、前記冠部2が重力方向上側に形成され、スカート部3やエプロン部4が重力方向下側に形成されるように形成しため、鋳造時における溶湯Q内の不純物は、前記冠部2の上部側に移動することから、前述のように、鋳造後に、冠部2の不要な上端部を機械加工によって削除することによって、不純物も一緒に削除することができる。
【0045】
さらに、前記耐摩環5を上金型11に保持し、支持の困難な前記ソルト中子17をキャビティ13内に予め配置固定したため、鋳造作業能率が向上する。
【0046】
また、前記耐摩環5と環状空洞部6との間の隙間幅Lは、約3.00mmのきわめて薄い幅となるが、前記溶湯Qが前記隙間幅L内に流入した際に、強度の弱いAC3Aのアルミナが溶けて薄くなり、強度の高いAC8Aのアルミ合金が多くなることから、両者5,6間の強度が高くなる。
【0047】
なお、前記隙間幅Lを可及的に小さくして例えば0.1mmの幅にすることも可能であるが、強度の関係で最小でも約2mm程度が望ましい。
〔第2実施形態〕
図11は第2実施形態のピストンの鋳造装置に供される保持機構12を示し、上金型21が、ほぼ逆円錐形の本体22と、該本体22の直径方向両端側に形成された嵌合溝22a、22aに上下方向から嵌合する一対の嵌合部23、23とから分割形成され、前記両嵌合部23,23の下端に先端部24a、25aがそれぞれ径方向内側に指向したほぼL字形のそれぞれ一対の保持爪24、24、25、25が設けられている。一方、耐摩環5は、図12A、Bに示すように、ほぼ円環状に形成されて、その外周面の幅方向中央に、前記各保持爪24,25が径方向から係止する円環状の係止溝26が形成されている。
【0048】
鋳造装置の他の構成は、第1実施形態と同じであって、例えば下金型10は、分離可能な5個の金型部材によって構成されていると共に、可動機構19は油圧シリンダによって構成されている。
【0049】
以下、この鋳造装置でのピストンの鋳造方法について説明すると、まず、図13に示すように、予めキャビティ13内の各支持突起16の上端部に、ソルト中子17を固定支持して置くと共に、前記保持機構12の各保持爪24、25を介して前記耐摩環5を上金型21の下部に保持させておく(第1工程)。
【0050】
その後、前述と同じ可動機構19によって上金型21を所定量下降させてここで一旦止め、下部21aを下金型10のキャビティ13上端側に位置させて耐摩環5をソルト中子17の上方位置で待機させる状態とする(第2工程)。
【0051】
次に、図14に示すように、注湯口14からキャビティ13内に溶湯Qを注入して前記ソルト中子17全体が溶湯Qに浸漬されるまで注入される(第3工程)。
【0052】
かかるソルト中子17が浸漬されると同時に、図15及び図16に示すように、可動機構19によって上金型21をさらに下降させると、前記上端フランジ部21bがキャビティ13の上端開口縁に当接して、前記下部21aの周壁でキャビティ13の上端開口を閉塞する(第4工程)。
【0053】
このとき、同時に前記耐摩環5も保持爪24a、25aに保持されつつ溶湯Q内に入り込みつつ前記ソルト中子17の側部に到達した状態になる。この状態では、耐摩環5とソルト中子17は、互いにピストン軸方向で全体がオーバーラップした位置となる。
【0054】
その後、キャビティ13内の溶湯Qが冷却固化した後、離型させるわけであるが、図17に示すように、まず、可動機構19によって上金型21の前記本体22のみを上昇させて、一対の嵌合部23,23はそのまま残存させる(第5工程)。
【0055】
次に、図18に示すように、下金型10の各金型部材を分離し、その後、残った2つの嵌合部23,23を径方向の左右方向(矢印方向)へ引き離して、前記耐摩環5の係止溝26に対する各保持爪24a、25aの係止状態を解除する。これによって、ピストン母材を金型装置から取り出すことができる(第6工程)。
【0056】
その後、前述のように、ピストン母材の外周面に機械加工を行って所望のピストン1形状に仕上げることによって、作業が終了する。
【0057】
以上のように、この実施形態も前記耐摩環5のソルト中子17外側部側への移動に伴う溶湯Qの攪拌性と流動性によって隙間幅L内の溶湯Qの湯回りが良好になって湯回り不良と湯境の発生を抑制できる。この結果、第1実施形態と同様な作用効果が得られる。
【0058】
また、本実施形態では、第1実施形態のような支持部材18が不要になる。
【0059】
〔第3実施形態〕
図19〜図23は第3の実施形態のピストンを鋳造する鋳造装置を示し、第1実施形態の鋳造装置に有する下金型10の支持部材18に予め耐摩環5を載置支持させておく一方、ソルト中子17を前記上金型11の可動機構19とは別体の保持機構12に予め保持したものである。
【0060】
具体的には、前記上金型11の内部軸方向に沿って少なくとも一対の挿通孔30、30が上下方向に貫通形成されていると共に、該両挿通孔30,30の内部に円柱状の保温材31、31が固定されている。
【0061】
前記上金型11の可動機構19は、上端がベース板27に固定された一対のシリンダ19a、19aを備え、このシリンダ19a、19aによって伸縮自在に設けられた各ピストンロッド19b、19bの各先端が上金型11の上端フランジ部11bの直径方向の両端部に連結されている。
【0062】
前記保持機構12は、上端部が共通のベース板27に固定された可動シリンダ32と、該可動シリンダ32に伸縮自在に設けられたピストンロッド33の下端部に固定された保持板34と、該保持板34の下端面に固定されて、先端部側が前記保温材31,31内を摺動自在に設けられた一対の保持ロッド35、35と、該保持ロッド35,35の先端に設けられて、前記ソルト中子17を上方から挿して仮止め保持する保持ピン36、36と、から構成されている。
【0063】
また、前記キャビティ13の周壁に設けられた支持部材18に予め耐摩環5が載置保持されていると共に、前記支持突起16,16の上端部には、下降した前記ソルト中子17を下側から挿して保持する一対のソルト受けピン37、37が突設されている。なお、耐摩環5の表面には、第1実施形態と同じく予めAC3Aのアルミナ表面処理層が形成されている。
【0064】
したがって、この実施形態によれば、まず、図20に示すように、予め支持部材18の上面に耐摩環5を載置保持していると共に、前記各保持ピン36,36に下方からソルト中子17を挿して保持しておく(第1工程)。
【0065】
その後、図21に示すように、前述と同じ可動機構19によって上金型21を下降させて、上端フランジ部11bを下金型10のキャビティ13の上端縁に当接させてキャビティ13の上端開口を閉塞すると共に、可動シリンダ32のピストンロッド33も可動機構19のピストンロッド19b、19bと同期伸張させてソルト中子17も下降移動させる(第2工程)。
【0066】
次に、注湯口14からキャビティ13内に溶湯Qを注入して前記耐摩環5全体が溶湯Qに浸漬されるまで注入する(第3工程)。
【0067】
かかる耐摩環5が浸漬されると同時に、図22に示すように、可動シリンダ32のピストンロッド33を介してソルト中子17を下降させて、該ソルト中子17がソルト受けピン37,37で十分に挿し込まれるまで下降させる(第4工程)。
【0068】
なお、この最大下降移動位置は、前記保持板34が上金型11の上面に当接した時点で規制されるように設定されている。
【0069】
その後、図23に示すように、可動シリンダ32とピストンロッド33を介して各保持ロッド35、35を保持ピン36、36と一緒に上昇移動させる。これによって、各保持ピン36,36がソルト中子17から抜け出して、ソルト中子17はソルト受けピン37,37に保持された状態になる(第5工程)。
【0070】
そして、前記図22に示す上金型11下降に伴って前記ソルト中子17も保持ピン36、36に保持されつつ溶湯Q内に入り込みつつ前記耐摩環5の側部に到達した状態になる。この状態では、耐摩環5とソルト中子17は、互いにピストン軸方向で全体がオーバーラップした位置となる。
【0071】
その後、キャビティ13内の溶湯Qが冷却固化した後、可動機構19によって上金型11を上昇させて離型させると共に、下金型10の各金型部材を分離することによって、ピストン母材を金型装置から取り出すことができる(第6工程)。
【0072】
その後、前述のように、ピストン母材の外周面に機械加工を行って所望のピストン1形状に仕上げることによって、作業が終了する。
【0073】
以上のように、この実施形態もソルト中子17の耐摩環5の内側部側への移動に伴う溶湯Qの攪拌性と流動性によって隙間幅L内の溶湯Qの湯回りが良好になって湯回り不要や湯境の発生を抑制できる。この結果、前記各実施形態と同様な作用効果が得られる。
【0074】
〔第4実施形態〕
図24〜図30は第4実施形態のピストンを鋳造する鋳造装置を示し、基本構造は第3実施形態と同様であるが、前記ソルト中子17を上下動させる保持機構12の構造が異なっている。
【0075】
すなわち、図24Aに示すように、可動シリンダ32のピストンロッド33の先端に矩形状の枠部材38が固定されていると共に、該枠部材34の上壁34a下面に第2可動シリンダ39が設けられていると共に、該第2可動シリンダ39に第2ピストンロッド40が上下方向へ伸縮自在に設けられている。
【0076】
また、前記枠部材38の下壁34bには、前記各保温材31,31の内部を摺動可能な左右一対のガイド用パイプ41、41が固定されている。
【0077】
一方、前記第2ピストンロッド40の先端に固定された保持板42の両端部下面には、図24Bにも示すように、前記各ガイド用パイプ41,41内を摺動可能な長尺な保持ピン43、43の上端部が固定されている。他の構成は第3実施形態と同じである。
【0078】
以下、本実施形態による製造工程について説明すると、まず、図25に示すように、下金型10側の支持部材18に耐摩環5を予め載置固定しておくと共に、前記各保持ピン443,43の先端部を前記ソルト中子17に上方から挿し込んで仮止め支持しておく(第1工程)。
【0079】
その後、図26に示すように、前述と同じ可動機構19によって上金型21を下降させて、上端フランジ部11bを下金型10のキャビティ13の上端縁に当接させてキャビティ13の上端開口を閉塞すると共に、可動シリンダ32のピストンロッド33も可動機構19のピストンロッド19b、19bと同期伸張させて枠部材38と一緒にソルト中子17も下降移動させる(第2工程)。
【0080】
次に、注湯口14からキャビティ13内に溶湯Qを注入して前記耐摩環5全体が溶湯Qに浸漬されるまで注入する(第3工程)。
【0081】
かかる耐摩環5が浸漬されると同時に、図27に示すように、可動シリンダ32のピストンロッド33を介してソルト中子17をさらに下降させて、該ソルト中子17が溶湯Qに浸漬すると共に、ソルト受けピン37,37で十分に挿し込まれるまで下降させる(第3工程)。
【0082】
なお、この最大下降移動位置は、前記枠部材38の下壁38bの下面が上金型11の上面に当接した時点で規制されるように設定されている。
【0083】
その後、図28に示すように、枠部材38をそのまま上金型11の上面に当接させた状態で第2可動シリンダ39と第2ピストンロッド40を介して各保持ピン43、43を各ガイド用パイプ41,41内で上昇移動させる。これによって、各保持ピン43,43がソルト中子17から抜け出して、ソルト中子17はソルト受けピン37,37に保持された状態になる(第4工程)。
【0084】
次に、図29に示すように、可動ピストン33が短縮して枠部材38を介して各ガイド用パイプ41,41及び各保持ピン43,43を一緒に上昇移動させると共に、第2可動シリンダ39が第2ピストンロッド40を介して各保持ピン43、43を各ガイド用パイプ41,41の先端から突出させて、次のソルト中子17を保持可能とする(第5工程)。
【0085】
その後、可動機構19によって上金型11を下金型10から上昇させて離型させると共に、下金型10の各金型部材を分離してピストン母材を取り出すようになっている(第6工程)。
【0086】
そして、この実施形態も、前述したように、図27に示す上金型11の下降に伴って前記ソルト中子17も保持ピン43,43に保持されつつ溶湯Q内に入り込みつつ前記耐摩環5の側部に到達した状態になる。この状態では、耐摩環5とソルト中子17は、互いにピストン軸方向で全体がオーバーラップした位置となる。
【0087】
したがって、この実施形態もソルト中子17の耐摩環5の内側部側への移動に伴う溶湯Qの攪拌性と流動性によって隙間幅L内の溶湯Qの湯回りが良好になって湯回り不良や湯境の発生を抑制できる。この結果、前記各実施形態と同様な作用効果が得られる。
【0088】
〔第5実施形態〕
図31〜図34は第5実施形態のピストンを鋳造する鋳造装置を示し、上下金型10,11のキャビティ構造を変更してピストン1の冠部2を下側に、スカート部3,エプロン部4側を上側で形成されるようにしたものである。すなわち、下金型10の下部壁側で、冠部2の上端側を形成するキャビティ構造とし、上金型11の下部と下金型10の隔壁部10aによってスカート部3などを形成するキャビティ構造とした。
【0089】
そして、図31に示すように、キャビティ13内の支持部材18に予め耐摩環5を載置固定しておくと共に、上金型11の下部11aに複数の保持ピン44を介してソルト中子17が予め保持されている(第1工程)。
【0090】
その後、図32に示すように、上金型11をキャビティ13の上端側に待機状態とした時点で、取り鍋45によってキャビティ13内に溶湯Qを注入して(第2工程)、前記耐摩環5が溶湯Qに浸漬されたと同時に、図33に示すように、上金型11を下降させて、前記ソルト中子17を耐摩環5の内側部位置に配置して互いにピストン軸方向でオーバーラップさせる(第3工程)。
【0091】
これと同時に、図34に示すように、溶湯Qをさらに注入することによってキャビティ13内に溶湯Qを充満させる(第4工程)。
【0092】
そして、前述のように、図33に示す上金型11の下降に伴って前記ソルト中子17も溶湯Q内に入り込みつつ前記耐摩環5の側部に到達した状態になって、耐摩環5とソルト中子17は、互いにピストン軸方向で全体がオーバーラップした位置となり、ソルト中子17の耐摩環5の内側部側への移動に伴う溶湯Qの攪拌性と流動性によって隙間幅L内の溶湯Qの湯回りが良好になって、湯回り不良や湯境の発生を抑制できる。この結果、前記各実施形態と同様な作用効果が得られる。
【0093】
本発明は、前記各実施形態に供される鋳造装置に限定されるものではなく、例えば可動機構19や可動シリンダなどの可動装置を電動で駆動させることも可能であり、また、上下金型10,11の構造もピストン1に仕様や大きさに応じて自由に変更することが可能である。
【0094】
また、ピストン1を前記ディーゼル機関ばかりかガソリン機関のピストンに適用することも可能である。
【符号の説明】
【0095】
1…ピストン
2…冠部
2a…冠面
2b…凹部
3…スカート部
4…エプロン部
5…耐摩環
6…環状空洞部
10…下金型(固定型)
11…上金型(可動型)
11a…下部
11b…上端フランジ部
12…保持機構
13…キャビティ
14…注湯口
16…支持突起
17…ソルト中子
18…支持部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
冠部に埋設されて、外周にピストンリング溝が形成される耐摩環と、
ピストンの軸方向で前記耐摩環の少なくとも一部とオーバーラップし、かつ前記耐摩環の内周縁から径方向内側へ所定量離間して配置された環状空洞部と、
前記耐摩環の外面全体に形成されてピストン母材と融合し、該ピストン母材よりも強度が低い金属被膜と、
を備えた内燃機関のピストンにおいて、
前記金属被膜は、耐摩環の内周面側の肉厚がピストン軸方向の両端面側の肉厚よりも薄く形成され、
前記耐摩環の内周面と環状空洞部の外周側内面との間の径方向の離間距離が3.5mm未満に設定されていることを特徴とする内燃機関用ピストン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【公開番号】特開2013−7386(P2013−7386A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−210266(P2012−210266)
【出願日】平成24年9月25日(2012.9.25)
【分割の表示】特願2009−145935(P2009−145935)の分割
【原出願日】平成21年6月19日(2009.6.19)
【出願人】(509186579)日立オートモティブシステムズ株式会社 (2,205)
【Fターム(参考)】