説明

冷凍回路用樹脂材料

【課題】冷媒としてR1234yfが用いられている冷凍回路において、少なくとも冷媒自体もしくは冷媒の分解成分に対する化学的耐性を有する冷凍回路用樹脂材料を提供する。
【解決手段】冷媒を圧縮する圧縮機2と、圧縮した冷媒を凝縮する凝縮器3と、凝縮した冷媒を減圧・膨張する減圧・膨張手段4と、減圧・膨張した冷媒を蒸発させる蒸発器5とを備えた冷凍回路内の、冷媒と直接接触する部位に設けられる樹脂材料であって、前述の冷凍回路に、冷媒としてR1234yfが用いられる際に、少なくとも冷媒自体もしくは冷媒の分解成分に対し化学的耐性を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は冷凍回路用樹脂材料に関し、とくに、冷媒としてR1234yfが使用されている冷凍回路に用いて好適な樹脂材料に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば車両用空調装置等に用いられる冷凍回路は、図1に示すような基本構成を有している。図1において、冷凍回路1は、冷媒を圧縮する圧縮機2と、圧縮した冷媒を凝縮する凝縮器3と、凝縮した冷媒を減圧・膨張させる減圧・膨張手段としての膨張弁4と、減圧・膨張した冷媒を蒸発させる蒸発器5とを備えており、この冷凍回路1中を冷媒がその状態を変化させながら循環される。このような冷凍回路1においては、現状、代表的な冷媒としてR134aが使用されており、冷凍回路内において冷媒と直接接触する部位の表面形成材として、ナイロンが一般的に使用されている(例えば、特許文献1および特許文献2)。
【0003】
この現状の代表的な冷媒R134aに対し、地球温暖化係数(GWP)等のさらなる改善を目指して、新冷媒の研究、開発が行われている(例えば、非特許文献1)。このような改善を目指した新冷媒として、最近、R1234yfが公表され、例えば、車両用空調装置等に用いられる冷凍回路への適用についても、試験、研究を行うことが可能な状況となってきた。
【特許文献1】特開平6−294485号公報
【特許文献2】特開平6−211985号公報
【非特許文献1】「冷凍 2008年3月号」、第83巻第965号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、R1234yfはR134aと比較して化学的安定性が低く、冷媒の劣化または変性により強酸であるフッ化水素が発生する場合がある。フッ化水素は一般に樹脂材料の加水分解を引き起こすが、とくに、高温条件下での接触頻度の高いホースの内面形成材として従来使用されているナイロンは、分子内のアミド結合が酸と直接反応し得るため、酸に対して化学反応を起こし易い傾向がある。したがって、冷媒としてR1234yfが使用されている冷凍回路内において、冷媒と直接接触する部位の表面形成材としてナイロンを使用した場合、ナイロンが加水分解により劣化し、冷媒漏れや冷凍回路の性能低下などの不具合を招くおそれがある。
【0005】
また、フッ化水素は冷凍回路の冷凍機油等とも化学反応する可能性がある。例えば、開放型圧縮機を使用した冷凍回路で冷凍機油として一般的に使用されているポリアルキレングリコール(PAG)は、フッ化水素と反応して有機酸を生成する。このような酸は上述のフッ化水素と同様にナイロンの加水分解を引き起こす。そのため、冷媒としてR1234yfが用いられている冷凍回路において、冷媒や冷凍機油と直接接触する部材の表面形成材には、冷媒及び冷媒の分解成分に対する化学的耐性だけでなく、冷凍機油などの分解成分および変性成分に対しても耐性を有することが要求される。
【0006】
そこで本発明の課題は、上記のような新冷媒R1234yfが用いられる場合の耐性とともに、冷凍機油に対する耐性も発揮可能な冷凍回路用樹脂材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明に係る冷凍回路用樹脂材料は、冷媒を圧縮する圧縮機と、圧縮した冷媒を凝縮する凝縮器と、凝縮した冷媒を減圧・膨張する減圧・膨張手段と、減圧・膨張した冷媒を蒸発させる蒸発器とを備えた冷凍回路内の、冷媒と直接接触する部位に設けられる樹脂材料であって、前記冷凍回路に、冷媒としてR1234yfが用いられる際に、少なくとも該冷媒(該冷媒自体)もしくは該冷媒の分解成分に対し化学的耐性を有することを特徴とするものからなる。
【0008】
このような冷凍回路用樹脂材料においては、少なくとも冷媒自体、もしくは冷媒の劣化や変性により発生する分解成分(例えば、フッ化水素など)に対する化学的耐性を有しているので、その冷凍回路用樹脂材料は冷媒自体もしくは冷媒の分解成分と化学反応を起こすことがなく、冷凍回路用樹脂材料の分解や、望ましくない化合物の生成が防止される。したがって、冷凍回路用樹脂材料の分解による冷媒漏れや、望ましくない化合物の回路内循環に起因する詰まり、冷凍性能の低下等を防ぐことができ、新冷媒を用いた冷凍回路においても従来の冷凍回路と同程度の冷凍性能や動作安定性を実現することが可能となる。なお、本発明に係る冷凍回路用樹脂材料は冷媒自体および冷媒の分解成分の両方に対し化学的耐性を有していることが好ましいが、とくに限定されるものではなく、冷媒自体もしくは冷媒の分解成分の少なくとも一方に対し化学的耐性を有していればよい。
【0009】
このような冷凍回路用樹脂材料は、冷凍回路内において冷媒とともに冷凍機油が循環されている場合、冷媒と冷凍機油との混合物からなる高温流体の温度に対し耐熱性を有していることが好ましい。冷媒としてR1234yfを使用する冷凍回路においては、冷媒と冷凍機油との混合物からなる高温流体の温度が、とくに冷凍回路内摩擦摺動部近傍において瞬間的に200℃程度まで上昇する場合があるため、このような高温に耐え得る耐熱性を有していることが、長時間稼動時における冷凍回路の冷凍性能や動作安定性を維持するための重要な要素となる。
【0010】
また、本発明における冷凍回路用樹脂材料は、冷凍回路内において冷媒とともに冷凍機油が循環されている場合、冷凍機油の分解成分または変性成分に対して化学的耐性を有していることが好ましい。例えば、冷凍機油としてポリアルキレングリコール(PAG)が使用されている場合、前述の通り、PAGが冷媒R1234yfの劣化または変性により発生したフッ化水素によって分解され、有機酸やオレフィン等の望ましくない化合物が冷凍回路内にもたらされるおそれがある。このような冷凍機油の分解成分および変性成分に対して化学的耐性を有することにより、冷凍機油に由来する望ましくない化合物が冷凍回路内に生成した場合においても、従来の冷凍回路と同程度の冷凍性能や動作安定性を確保することが可能となる。
【0011】
本発明の冷凍回路内において使用される冷凍機油は、とくに限定されるものではないが、PAGであることが好ましい。PAGは耐加水分解性が高く水分による変性が起こりにくいため、外気に含まれる水分が混入する可能性の払拭が難しい開放型圧縮機(軸部シール部材に透過可能性のあるゴム材料等を用いた圧縮機)を使用した冷凍回路においても、安定した冷凍性能を維持することが可能となる。
【0012】
本発明における冷凍回路用樹脂材料の構成成分は、とくに限定されるものではないが、フッ素系樹脂、塩化ビニル系樹脂、脂肪族炭化水素系樹脂、芳香族炭化水素系樹脂、スルフィド樹脂、イミド系樹脂、芳香族ポリエーテル、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、芳香族ポリアミド(例えば、全芳香族系ポリアミド樹脂や半芳香族系ポリアミド樹脂など)、ポリエステル、ポリケトン、ポリフェニルサルフォンからなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物からなることが好ましい。
【0013】
前述のフッ素系樹脂としては、とくに限定されるものではないが、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTTE)、クロロトリフルオロエチレン・エチレン共重合体(ECTFE)、ポリビニリデンフルオライド(PVDF)、ポリビニルフルオライド(PVF)が挙げられる。このようなフッ素系樹脂を用いることにより、耐熱性、耐薬品性に優れ、摩擦係数の小さい冷凍回路用樹脂材料を得ることができる。
【0014】
前述の塩化ビニル系樹脂としては、とくに限定されるものではないが、例えば、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリ塩化ビニリデン(PVDC)が挙げられる。このような塩化ビニル系樹脂を用いることにより、耐水性、耐薬品性、難燃性に優れた冷凍回路用樹脂材料を得ることができる。
【0015】
前述の脂肪族炭化水素系樹脂としては、とくに限定されるものではないが、例えば、ポリエチレン、超高分子量ポリエチレン、アイソタクチックポリプロピレン、シンジオタクチックポリプロピレン、ポリ−4−メチルペンテン−1が挙げられる。このような脂肪族炭化水素系樹脂を用いることにより、強度が高く、耐薬品性に優れた冷凍回路用樹脂材料を得ることができる。
【0016】
前述の芳香族炭化水素系樹脂としては、とくに限定されるものではないが、例えば、シンジオタクチックポリスチレン、アイソタクチックポリスチレンが挙げられる。このような芳香族炭化水素系樹脂を用いることにより、耐水性に優れ、加工が容易な冷凍回路用樹脂材料を得ることができる。
【0017】
前述のスルフィド樹脂としては、とくに限定されるものではないが、例えば、ポリフェニレンスルフィド(PPS)が挙げられる。このようなスルフィド樹脂を用いることにより、強度が高く、耐熱性に優れた冷凍回路用樹脂材料を得ることができる。
【0018】
前述のイミド系樹脂としては、とくに限定されるものではないが、例えば、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド、ポリベンズイミダゾール(PBI)が挙げられる。このようなイミド系樹脂を用いることにより、強度が高く、耐熱性、絶縁性に優れた冷凍回路用樹脂材料を得ることができる。
【0019】
前述の芳香族ポリエーテルとしては、とくに限定されるものではないが、例えば、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリアリルエーテルニトリル、ポリフェニレンエーテル(PPE)、変成ポリフェニレンエーテル(MPPE)を挙げることができる。このような芳香族ポリエーテルを用いることにより、耐熱性、耐薬品性に優れた冷凍回路用樹脂材料を得ることができる。
【0020】
前述の芳香族ポリアミドとしては、とくに限定されるものではないが、例えば、全芳香族系ポリアミド樹脂、半芳香族系ポリアミド樹脂(例えば、ポリメタキシリレンスベラミド、ポリパラキシリレンスベラミドなど)を挙げることができる。これらの芳香族ポリアミドは、とくに限定されるものではないが、ポリフタルアミド(PPA)であることが好ましい。このような芳香族ポリアミドを用いることにより、強度が高く、耐熱性、耐薬品性に優れた冷凍回路用樹脂材料を得ることができる。
【0021】
上述の如く、冷凍回路用樹脂材料として芳香族ポリアミドを用いる場合、とくに限定されるものではないが、芳香族ポリアミドのアミド結合比率は0.2未満であることが好ましい。ここで、アミド結合比率とは、ポリアミドの化学式を―(CO―NH)―(CH―と表記した場合に、n/mで表される値のことを意味する。アミド結合比率を0.2未満に抑えることにより、アミド結合に対する炭素の比率が増加し、より強度の高い冷凍回路用樹脂材料を得ることができる。
【0022】
また、樹脂材料の構成成分として前述のポリエステルを用いることにより、強度が高く、耐熱性、耐磨耗性に優れた冷凍回路用樹脂材料を得ることができる。
【0023】
本発明における冷凍回路用樹脂材料は、とくに限定されるものではないが、炭素繊維、ガラス繊維、タルク、炭酸カルシウム、カーボンブラック、またはグラファイトの少なくとも1つを複合することも可能である。冷凍回路用樹脂材料に樹脂強化用繊維材(例えば、炭素繊維、ガラス繊維など)または剛性強化用充填材(例えば、タルク、炭酸カルシウム、カーボンブラックなど)を複合することにより、強度において優れた冷凍回路用樹脂材料を得ることが可能である。また、冷凍回路用樹脂材料に潤滑向上材(例えば、グラファイトなど)を複合した場合、摩擦力が低下し滑性が向上するため、とくに軸受部や摺動部の形成材として有用である。
【0024】
本発明における冷凍回路用樹脂材料は、冷凍回路内において冷媒との接触面を有する部材の形成材として用いて好適なものである。このような冷凍回路用樹脂材料の用途としては、例えば、ホースの内面形成材、圧縮機の内面形成材、圧縮機に設けられた摺動面を有する部材の表面形成材、圧縮機に設けられたフィルタ部材などを挙げることができる。しかしながら、本発明における冷凍回路用樹脂材料の用途は上記のみに限定されるものではなく、冷媒との接触面を有するあらゆる部品において、そのような接触面の表面形成材として用いて好適なものである。
【0025】
本発明における冷凍回路用樹脂材料は、少なくとも冷媒R1234yf自体、もしくはその分解成分に対し化学的耐性を有するものであれば、構成についてはとくに限定されるものではない。すなわち、本発明における冷凍回路用樹脂材料は、単一の材質からなっていてもよいし、2種類以上の材質をブレンドしたものやアロイ材であってもよい。また、耐熱性や加工性を改善するために、2種以上を積層したものであってもよい。さらに、本発明における冷凍回路用樹脂材料を用いてなる製品は、樹脂単独の成形品として形成されていてもよいし、金属との一体品として形成されていてもよい。
【0026】
本発明における冷凍回路用樹脂材料は、車両用空調装置に用いて好適なものである。冷媒R1234yfが使用されている車両用空調装置内の冷凍回路に本発明を適用することにより、従来とほぼ同様の冷凍性能を維持しつつ、環境負荷の低減を達成した車両用空調装置を実現することが可能となる。
【発明の効果】
【0027】
このように、本発明に係る冷凍回路用樹脂材料によれば、少なくとも冷媒R1234yf自体、もしくはその分解成分による化学反応が防止されるため、冷凍回路用樹脂材料の分解による冷媒漏れや、望ましくない化合物の回路内循環に起因する詰まり、冷凍性能の低下等を防ぐことができ、冷媒R1234yfを用いた冷凍回路においても従来の冷凍回路と同程度の冷凍性能や動作安定性を実現することが可能となる。
【実施例】
【0028】
以下、実施例および比較例としての試験例を示し、本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0029】
以下の試験例では、新冷媒R1234yfを用いた冷凍回路内において樹脂材料を使用した場合の化学的耐性について、本発明における冷凍回路用樹脂材料の一例としてポリテトラフルオロエチレン(PTFE)およびポリイミドを使用した場合と、比較のため従来の冷凍回路用樹脂材料の一例としてナイロン6を使用した場合とを、試験結果を参照しつつ説明する。なお、本試験例の試験条件、分析条件、および分析項目については、それぞれ以下のように条件を設定した。
【0030】
[試験条件]
試験1:樹脂材料、冷凍機油としてのポリアルキレングリコール(PAG)、冷媒R1234yfを真空状態にして耐熱ガラス管内に封入し、その耐熱ガラス管を120℃の恒温槽に入れて14日間(336h)その状態に放置した後、室温まで冷却し、試料の分析を行った。封入の具体的な手順としては、約4mm×25mmに切断した短冊状の樹脂材料と冷凍機油2mlを耐熱ガラス管に入れ、内部を真空ポンプで脱気した後、冷媒R1234yfを2ml添加し、ガスバーナーで封管することとした。
試験2:恒温槽の温度を150℃に設定したほかは試験1と同様の条件で試験を行った。
【0031】
[分析条件]
(A):ナイロンI(未加工品のナイロン6)を採取し、分析を実施
(B):樹脂材料としてナイロンIを用いて試験1を実施した後、ガラス管に封入されていたナイロンIを採取し、分析を実施
(C):樹脂材料としてナイロンIを用いて試験2を実施した後、耐熱ガラス管に封入されていたナイロンIを採取し、分析を実施
(D):ナイロンII(延伸された加工済み品のナイロン6)を採取し、分析を実施
(E):樹脂材料としてナイロンIIを用いて試験1を実施した後、耐熱ガラス管に封入されていたナイロンIIを採取し、分析を実施
(F):樹脂材料としてナイロンIIを用いて試験2を実施した後、耐熱ガラス管に封入されていたナイロンIIを採取し、分析を実施
(G):ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を採取し、分析を実施
(H):樹脂材料としてPTFEを用いて試験2を実施した後、耐熱ガラス管に封入されていたPTFEを採取し、分析を実施
(I):ポリイミドを採取し、分析を実施
(J):樹脂材料としてポリイミドを用いて試験2を実施した後、耐熱ガラス管に封入されていたポリイミドを採取し、分析を実施
【0032】
[分析項目]
FT−IR(フーリエ変換型赤外分光)分析:試料に含まれている化合物の分子構造分析
EDX(エネルギー分散型X線)分析:試料に含まれている元素の定性分析
SEM(走査型電子顕微鏡)観察:樹脂材料の表面状態の定性評価
【0033】
[比較例1]
従来技術の樹脂材料であるナイロン6を新冷媒R1234yfとともに使用した場合について調査するため、樹脂材料としてナイロンI(未加工品のナイロン6)を使用した分析条件(A)、(B)、(C)に対して、FT−IR分析、EDX分析、およびSEM観察を実施した。なお、分析条件(A)は試験実施前を、(B)は試験1(温度120℃)の実施後を、(C)は試験2(温度150℃)の実施後を、それぞれ表している。これらの分析結果を図2、図3、および表1に示す。図2は分析条件(A)〜(C)のFT−IR分析結果を示している。図2のIR吸収スペクトルを比較すると、分析条件(A)、および分析条件(B)ではほぼ同様のスペクトルを示しているが、分析条件(C)では、ナイロンの加水分解を示す1730cm−1のカルボニル由来の吸収、ナイロンの変質を示す1100cm−1のアミド由来の吸収、フッ素化合物による化学反応を示す730cm−1のC−F結合由来の吸収が観察され、冷媒R1234yfの分解生成物によりナイロンが変質していることが示されている。また、図5は分析条件(A)〜(C)におけるEDX分析結果を示しているが、こちらの分析結果においても、分析条件(A)、(B)では観察されなかったフッ素F、ケイ素Si、リンPなどの元素が分析条件(C)において確認されており、分析条件(C)の下でナイロン6の分解や変性が生じていることが読み取れる。さらに、SEM観察結果においても、分析条件(C)における樹脂材料表面の荒れが観察されている。これらの結果の要約を表1の(A)〜(C)に示す。新冷媒R1234yfを用いる冷凍回路においては、従来形成材として一般的であったナイロンは化学的に不安定であり、冷凍回路用樹脂材料として必ずしも適切ではないことが、この実験結果により示されている。具体的には、本条件下においては、冷媒R1234yfの分解等によりフッ化水素等の活性の高い酸が発生し、それらの分解生成物によってナイロンの変質または分解が起こっていると考えられる。
【0034】
[比較例2]
比較例1の結果が樹脂材料の加工状態の違いによって影響を受けるものであるかどうかを確認するため、樹脂材料としてナイロンII(延伸された加工済み品のナイロン6)を使用した分析条件(D)、(E)、(F)において、比較例1と同様にFT−IR分析、EDX分析、およびSEM観察を実施した。なお、分析条件(D)は試験実施前を、(E)は試験1(温度120℃)の実施後を、(F)は試験2(温度150℃)の実施後を、それぞれ表している。これらの分析結果を図4、図5、および表1に示す。図4は分析条件(D)〜(F)におけるFT−IR分析結果を示している。図4のIR吸収スペクトルを比較すると、比較例1の分析条件(C)と同様、温度150℃の場合の分析条件(F)において、ナイロンの加水分解を示す1730cm−1のカルボニル由来の吸収、ナイロンの変質を示す1100cm−1のアミド由来の吸収、フッ素化合物による化学反応を示す730cm−1のC−F結合由来の吸収が観察され、冷媒R1234yfの分解生成物によりナイロンが変質していることが示されている。また、図5は分析条件(D)〜(F)のEDX分析結果を表しているが、比較例1の分析条件(C)と同様に、温度150℃の場合の分析条件(F)においてフッ素F、ケイ素Si、リンPなどの元素が確認されており、分析条件(F)の下でナイロン6の分解や変性が生じていることが読み取れる。さらに、SEM観察結果においても、分析条件(F)の樹脂材料表面の荒れが観察されている。これらの分析結果の要約を表1の(D)〜(F)に示す。本実施例から、新冷媒R1234yfを用いる冷凍回路においては、従来形成材として一般的であったナイロンは加工状態によらず化学的に不安定であり、冷凍回路用樹脂材料として必ずしも適切ではないことが分かる。
【0035】
[実施例1]
本発明における樹脂材料の一例としてPTFEを新冷媒R1234yfとともに使用した場合について調査するため、分析条件(G)および(H)において、FT−IR分析、EDX分析、およびSEM観察を実施した。なお、分析条件(G)は試験実施前を、(H)は試験2(温度150℃)の実施後を、それぞれ表している。これらの分析結果を図6、図7、および表1に示す。図6は分析条件(G)、(H)におけるFT−IR分析結果を表している。図6から分かる通り、分析条件(G)と(H)では同様のIR吸収スペクトルを示しており、比較例1の分析条件(C)、および比較例2の分析条件(F)で見られたような、分解生成物の存在を示すIR吸収は表れていない。図7は分析条件(G)、(H)のEDX分析結果である。比較例1の分析条件(C)および比較例2の分析条件(F)では試験2実施後の樹脂材料から他の元素が検出されたが、本実施例では分析条件(G)および(H)における元素検出結果は一致しており、試験2実施後においても樹脂材料の分解や変性が起こっていないことが示されている。また、SEM観察においても、分析条件(G)、(H)における樹脂材料表面の荒れは観察されていない。これらの分析結果の要約を表1の(G)、(H)に示す。以上の結果から、本発明における樹脂材料の一例であるPTFEは、新冷媒R1234yfを用いる冷凍回路において化学的に安定であり、比較的高温である温度150℃の条件下でも樹脂材料の分解や変性を起こさないことが分かる。
【0036】
[実施例2]
本発明における樹脂材料の一例としてポリイミドを新冷媒R1234yfとともに使用した場合について調査するため、分析条件(I)および(J)において、FT−IR分析、EDX分析、およびSEM観察を実施した。なお、分析条件(I)は試験実施前を、(J)は試験2(温度150℃)の実施後を、それぞれ表している。これらの分析結果を図8、図9、および表1に示す。図8は分析条件(I)、(J)のFT−IR分析結果を表している。図8から分かる通り、分析条件(I)と(J)では同様のIR吸収スペクトルを示しており、分解生成物の存在を示すIR吸収は表れていない。図9は分析条件(I)、(J)のEDX分析結果であるが、分析条件(I)および(J)の元素検出結果は一致しており、実施例1と同様、試験2実施後においても樹脂材料の分解や変性が起こっていないことが示されている。また、SEM観察においても、分析条件(I)、(J)における樹脂材料表面の荒れは観察されていない。これらの分析結果の要約を表1の(I)、(J)に示す。以上の結果から、本発明における樹脂材料の一例であるポリイミドは、新冷媒R1234yfを用いる冷凍回路において化学的に安定であり、比較的高温である温度150℃の条件下でも樹脂材料の分解や変性を起こさないことが分かる。
【0037】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明はあらゆる種類の冷凍回路に適用可能であり、とくに、冷媒としてR1234yfが用いられている冷凍回路における樹脂材料として好適なものである。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の適用対象である冷凍回路の基本機器配置の一例を示す概略構成図である。
【図2】比較例1のFT−IR吸収スペクトル図である。
【図3】比較例1のEDX分析結果である。
【図4】比較例2のFT−IR吸収スペクトル図である。
【図5】比較例2のEDX分析結果である。
【図6】実施例1のFT−IR吸収スペクトル図である。
【図7】実施例1のEDX分析結果である。
【図8】実施例2のFT−IR吸収スペクトル図である。
【図9】実施例2のEDX分析結果である。
【符号の説明】
【0040】
1 冷凍回路
2 圧縮機
3 凝縮器
4 減圧・膨張手段としての膨張弁
5 蒸発器


【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷媒を圧縮する圧縮機と、圧縮した冷媒を凝縮する凝縮器と、凝縮した冷媒を減圧・膨張する減圧・膨張手段と、減圧・膨張した冷媒を蒸発させる蒸発器とを備えた冷凍回路内の、冷媒と直接接触する部位に設けられる樹脂材料であって、前記冷凍回路に、冷媒としてR1234yfが用いられる際に、少なくとも該冷媒もしくは該冷媒の分解成分に対し化学的耐性を有することを特徴とする冷凍回路用樹脂材料。
【請求項2】
前記冷凍回路には前記冷媒とともに冷凍機油が循環され、冷凍回路内における冷媒と該冷凍機油との混合物からなる高温流体の温度に対し耐熱性を有する、請求項1に記載の冷凍回路用樹脂材料。
【請求項3】
前記冷凍回路には前記冷媒とともに冷凍機油が循環され、該冷凍機油の分解成分または変性成分に対し化学的耐性を有する、請求項1または2に記載の冷凍回路用樹脂材料。
【請求項4】
ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体、ポリクロロトリフルオロエチレン、クロロトリフルオロエチレン・エチレン共重合体、ポリビニリデンフルオライド、ポリビニルフルオライド、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリエチレン、超高分子量ポリエチレン、アイソタクチックポリプロピレン、シンジオタクチックポリプロピレン、ポリ−4−メチルペンテン−1、シンジオタクチックポリスチレン、アイソタクチックポリスチレン、ポリフェニレンスルフィド、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド、ポリベンズイミダゾール、ポリエーテルエーテルケトン、ポリアリルエーテルニトリル、ポリフェニレンエーテル、変性ポリフェニレンエーテル、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、全芳香族系ポリアミド樹脂、半芳香族系ポリアミド樹脂、ポリエステル、ポリケトン、ポリフェニルサルフォンからなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物から成る、請求項1〜3のいずれかに記載の冷凍回路用樹脂材料。
【請求項5】
樹脂材料として全芳香族系ポリアミド樹脂または半芳香族系ポリアミド樹脂のいずれかの芳香族ポリアミドが含まれており、該芳香族ポリアミドのアミド結合比率が0.2未満である、請求項4に記載の冷凍回路用樹脂材料。
【請求項6】
炭素繊維、ガラス繊維、タルク、炭酸カルシウム、カーボンブラック、またはグラファイトの少なくとも1つが複合されている、請求項1〜5のいずれかに記載の冷凍回路用樹脂材料。
【請求項7】
前記冷凍機油としてポリアルキレングリコールが使用されている、請求項2〜6のいずれかに記載の冷凍回路用樹脂材料。
【請求項8】
ホースの内面形成材からなる、請求項1〜7のいずれかに記載の冷凍回路用樹脂材料。
【請求項9】
圧縮機の内面形成材からなる、請求項1〜7のいずれかに記載の冷凍回路用樹脂材料。
【請求項10】
圧縮機に設けられた摺動面を有する部材の表面形成材からなる、請求項1〜7のいずれかに記載の冷凍回路用樹脂材料。
【請求項11】
圧縮機に設けられたフィルタ形成材からなる、請求項1〜7のいずれかに記載の冷凍回路用樹脂材料。
【請求項12】
前記冷凍回路が車両空調装置用冷凍回路である、請求項1〜11のいずれかに記載の冷凍回路用樹脂材料。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−60262(P2010−60262A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−263181(P2008−263181)
【出願日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【出願人】(000001845)サンデン株式会社 (1,791)
【Fターム(参考)】