説明

冷間鍛造用鋼板およびその製造方法

【課題】簡便な処理工程で、かつ、地球環境保全の観点からも好適であるとともに、優れた潤滑性、焼き付き・カジリ防止性能を有する冷間鍛造用鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】鋼板の少なくとも片面に、シラノール結合に起因する成分、耐熱樹脂、無機酸塩、潤滑剤の各成分が膜厚方向に濃度勾配を有することで、鋼板との界面側から順に、密着層とベース層と潤滑剤層の3層に識別可能な傾斜型の3層構造を有する表面処理皮膜を設け、各層の厚みを規定した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷間鍛造用鋼板およびその製造方法に関し、特に、冷間鍛造に耐え得る優れた潤滑性を有する表面処理皮膜を設けた冷間鍛造用鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼材料やステンレス等の金属材料を塑性変形させることにより加工する方法としては、主に、鋼材を加熱しながら成型する熱間鍛造と、鋼材を常温で金型を用いて成型する冷間鍛造とがある。このうち、冷間鍛造は、生産性や寸法精度が非常に高く、また、冷間鍛造により加工された加工品は摩耗性が良くなり、冷間加工硬化により強度が上昇する等の長所がある。
【0003】
一方、冷間鍛造では、金属材料を高面圧で金型等に接触させてプレスするため、プレス時に、金属材料と金型との間の摩擦により、金属材料と金型との接触部分の温度が比較的高温(概ね300℃以上)になる。そのため、何も表面処理を施していない金属材料等を冷間鍛造するなど、金属材料と金型との間の潤滑性が十分でない場合には、素材と金型との間に焼き付きやカジリを生じ、金型の局所的な破損や急激な摩耗の原因となり、金型の寿命が著しく短縮するだけでなく、加工そのものが不可能となる場合もある。
【0004】
このような焼き付きやカジリを防止するため、通常は、冷間鍛造を行う金属材料の表面に潤滑性を付与するための表面処理(以下、「潤滑処理」と称する場合もある。)を金属材料に施す。このような潤滑処理としては、従来から、リン酸塩化合物(リン酸亜鉛、リン酸マンガン、リン酸カルシウム、リン酸鉄等)からなるリン酸塩皮膜を金属材料の表面に形成するリン酸塩処理(ボンデ処理)が知られている。
【0005】
リン酸塩処理は、焼き付き・カジリ防止性能は比較的高いが、近年の環境対策を背景に、エネルギー消費の多い熱間鍛造や多量の材料ロスが発生する切削加工などの形状変形の大きい加工分野からの移行により、冷間鍛造では、更に厳しい塑性加工を要求されるようになっている。このような観点から、リン酸塩皮膜上にさらに金属石鹸(例えば、ステアリン酸ナトリウム等)からなる層を積層させた複合皮膜が広く用いられるようになってきている。この複合皮膜は、冷間鍛造時の高面圧のプレスによる厳しい摩擦条件下においても、優れた焼き付き・カジリ防止性能を有する。
【0006】
この複合皮膜を用いた潤滑処理によれば、金属石鹸がリン酸塩皮膜と反応することにより高い潤滑性を発揮するが、この潤滑処理は、洗浄工程や金属石鹸とリン酸塩皮膜とを反応させる反応工程(処理液の管理や、反応時の温度管理等も必要となる。)等、多くの煩雑な処理工程が必要となり、また、バッチ処理であるため、生産性が低下するという問題もある。また、複合皮膜を用いた潤滑処理では、処理時に発生する廃液処理等の問題もあり、環境保全の観点からも好ましくない。
【0007】
そのため、最近では、上記の複合皮膜を用いた潤滑処理を代替するための潤滑処理の方法が種々提案されている。
【0008】
例えば、特許文献1では、水溶性高分子またはその水性エマルションを基材とし、固体潤滑剤と化成皮膜形成剤とを配合した潤滑剤組成物等が提案されている。しかし、特許文献1の潤滑剤組成物等では、上記の複合皮膜に匹敵するような潤滑性や焼き付き・カジリ防止性能は得られてない。
【0009】
また、例えば、特許文献2では、(A)水溶性無機塩、(B)固体潤滑剤、(C)鉱油、動植物油脂および合成油から選ばれる少なくとも1種の油成分、(D)界面活性剤ならびに(E)水からなる、固体潤滑剤および油が均一にそれぞれ分散および乳化した金属の冷間塑性加工用水系潤滑剤が提案されている。しかし、この技術による潤滑剤は、油成分を乳化しているために工業的に使用するには不安定であり、高い潤滑性を安定的に発揮するには至っていない。
【0010】
これに対して、例えば、特許文献3では、ベース層と潤滑層からなる傾斜型2層潤滑皮膜を設けた塑性加工用金属材料を提案している。この特許文献3では、簡便な処理で高い潤滑性を有する皮膜を生成することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開昭52−20967号公報
【特許文献2】特開平10−8085号公報
【特許文献3】特開2002−264252公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、上記特許文献3の技術では、皮膜と素地である金属との密着性が不十分であるため、加工時(特に、強加工時)に皮膜が金属から剥離し、剥離した箇所で金型と金属とが接触するために、当該個所で焼き付きが発生しやすい、という問題があった。
【0013】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、簡便な処理工程で、かつ、地球環境保全の観点からも好適であるとともに、優れた潤滑性、焼き付き・カジリ防止性能を有する冷間鍛造用鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、素地となる鋼板との密着性を確保するための密着層と、潤滑剤を保持するためのベース層と、潤滑性を向上させるための潤滑剤層の3層からなる傾斜型の表面処理皮膜を設け、各層の厚みを制御することにより、廃液処理の問題を生じない簡便な処理方法により、鋼板に優れた潤滑性を付与することができることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明によれば、鋼板の少なくとも片面に、Si−X−O(Xは、前記鋼板の構成成分である金属)で表されるシラノール結合に起因する成分、耐熱樹脂、無機酸塩および潤滑剤の各成分を含む表面処理皮膜を有し、前記表面処理皮膜は、前記各成分が膜厚方向に濃度勾配を有することで、前記表面処理皮膜と前記鋼板との界面側から順に、密着層とベース層と潤滑剤層の3層に識別可能な傾斜型の3層構造を有し、前記密着層は、前記シラノール結合に起因する成分を前記3層の中で最も多く含み、0.1nm以上100nm以下の厚みを有する層であり、前記ベース層は、前記耐熱樹脂および前記無機酸塩を前記3層の中で最も多く含み、かつ、前記無機酸塩を前記耐熱樹脂100質量部に対して0.01質量部以上10質量部以下含み、0.1μm以上15μm以下の厚みを有する層であり、前記潤滑剤層は、前記潤滑剤を前記3層の中で最も多く含み、0.1μm以上10μm以下の厚みを有する層であり、前記潤滑剤層の厚みに対する前記ベース層の厚みの比は、0.2以上10以下である、冷間鍛造用鋼板が提供される。
【0016】
ここで、前記冷間鍛造用鋼板において、前記無機酸塩は、リン酸塩、ホウ酸塩、ケイ酸塩、モリブデン酸塩およびタングステン酸塩からなる群より選択される少なくとも1種の化合物であることが好ましい。
【0017】
また、前記冷間鍛造用鋼板において、前記耐熱樹脂は、ポリイミド樹脂であることが好ましい。
【0018】
また、前記冷間鍛造用鋼板において、前記潤滑剤は、ポリテトラフルオロエチレン、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、酸化亜鉛およびグラファイトからなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0019】
また、本発明によれば、上述した冷間鍛造用鋼板の製造方法であって、水溶性シランカップリング剤、水溶性無機酸塩、水溶性耐熱樹脂および潤滑剤を含む水系の表面処理液を鋼板の少なくとも片面に塗布した後に、前記表面処理液を乾燥させることにより、前記鋼板の少なくとも片面に前記表面処理皮膜を形成する、冷間鍛造用鋼板の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、素地となる鋼板との密着性を確保するための密着層と、潤滑剤を保持するためのベース層と、潤滑性を向上させるための潤滑剤層の3層からなる傾斜型の表面処理皮膜を設け、各層の厚みを制御することにより、簡便な処理工程で、かつ、地球環境保全の観点からも好適であるとともに、優れた潤滑性、焼き付き・カジリ防止性能を有する冷間鍛造用鋼板およびその製造方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明に係る冷間鍛造用鋼板の構成を模式的に示す説明図である。
【図2】スパイク試験方法について説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0023】
[本発明に係る冷間鍛造用鋼板の構成]
まず、図1を参照しながら、本発明に係る冷間鍛造用鋼板の構成について説明する。図1は、本発明に係る冷間鍛造用鋼板の構成を模式的に示す説明図である。
【0024】
図1に示すように、本発明の一実施形態に係る冷間鍛造用鋼板1は、素地である鋼板10と、鋼板10の少なくとも片面に形成された表面処理皮膜100とを有する。
【0025】
(鋼板10)
冷間鍛造用鋼板1の素地となる鋼板10としては、例えば、熱延鋼板、冷延鋼板、各種めっき鋼板、ステンレス鋼板、高炭素鋼板などを用いることができ、特に限定されるものではない。めっき鋼板の例としては、亜鉛めっき鋼板、アルミニウムめっき鋼板、ニッケルめっき鋼板、亜鉛とニッケル、鉄、アルミニウム、チタン、マグネシウム、クロム、マンガン、スズなどの1種または2種以上の金属との合金めっき鋼板などがある。
【0026】
(表面処理皮膜100)
表面処理皮膜100は、当該皮膜中の各成分が膜厚方向に濃度勾配を有することで、表面処理皮膜100と鋼板10との界面側から表面処理皮膜100の表面側に向かって、密着層110、ベース層120、潤滑剤層130の順に3層に識別可能な傾斜型の3層構造を有する皮膜である。
【0027】
ここで、本発明における「傾斜型」とは、表面処理皮膜100に含まれる密着層100、ベース層120および潤滑剤層130は、各層が完全に分離して3層に分かれている(ある層の成分が他の層には存在しない)のではなく、上記のように、表面処理皮膜100中に含まれる成分が、皮膜の膜厚方向に濃度勾配を有することを意味する。すなわち、表面処理皮膜100中の主な成分としては、素地である鋼板10の表面の金属と間に形成されるシラノール結合(詳細は後述する。)に起因する成分、耐熱樹脂、無機酸塩および潤滑剤があるが、これらの成分が、表面処理皮膜100の膜厚方向に濃度勾配を有している。より詳細には、表面処理皮膜100と鋼板10との界面側から表面処理皮膜100の表面側に向かって、潤滑剤131の濃度は増加し、反対に、耐熱樹脂および無機酸塩の濃度は減少し、また、表面処理皮膜100と鋼板10との界面の近傍に近付くに従い、シラノール結合に起因する成分が増加していくものである。
【0028】
以下、表面処理皮膜100を構成する各層の構成について詳細に説明する。
【0029】
<密着層110>
密着層110は、冷間鍛造時の加工に伴う表面処理皮膜100と素地である鋼板10との密着性を確保し、冷間鍛造用鋼板1と金型との焼き付きを防止する役割を有する。具体的には、密着層110は、表面処理皮膜100と鋼板10との界面側に位置し、シラノール結合に起因する成分を、表面処理皮膜100を構成する3層のうちで最も多く含む層である。
【0030】
ここで、本発明におけるシラノール結合は、Si−X−O(Xは、前記鋼板の構成成分である金属)で表され、表面処理皮膜100と鋼板10との界面近傍に形成される。このシラノール結合は、表面処理皮膜100を形成するための表面処理液中に含まれるシランカップリング剤と、鋼板10表面の金属(例えば、鋼板10がめっき鋼板の場合は当該めっきの金属種(Zn、Al等)、あるいは、鋼板10が非めっき鋼板の場合はFe)の酸化物との共有結合に対応するものであると推定される。また、シラノール結合が存在していることは、試料の深さ方向における元素分析が可能な方法(例えば、高周波グロー放電発光分光分析装置(高周波GDS)により、表面処理皮膜100の膜厚方向におけるシラノール結合に起因する成分(Si,X,O)元素のスペクトル強度から、各元素を定量することにより確認することができる。また、FE−TEM(電界放射型透過電子顕微鏡)などでの試料断面の直接観察や、微小部元素分析(例えば、エネルギー分散型X線分光器(EDS)を用いた分析方法)などからも確認することができる。
【0031】
また、密着層110の厚みは、0.1nm以上100nm以下であることが必要である。密着層110の厚みが0.1nm未満では、シラノール結合の形成が不十分であるために、表面処理皮膜100と鋼板10との間の十分な密着力が得られない。一方、密着層110の厚みが100nmを超えると、シラノール結合の数が多くなりすぎて、冷間鍛造用鋼板1の加工時において密着層110内の内部応力が高くなり、皮膜が脆くなるため、表面処理皮膜100と鋼板10との間の密着力が低下する。表面処理皮膜100と鋼板10との間の密着力をより確実に確保するという観点からは、密着層110の厚みは、0.5nm以上50nm以下であることが好ましい。
【0032】
<ベース層120>
ベース層120は、冷間鍛造時における鋼板追従性を向上させ、また、潤滑剤131を保持し、金型との焼き付きに対する硬さおよび強度を冷間鍛造用鋼板1に付与し、さらには、潤滑剤130を保持する役割を有する。具体的には、ベース層120は、密着層110と潤滑剤層130との間に中間層として位置し、耐熱樹脂および無機酸塩を、主成分として、表面処理皮膜100を構成する3層のうちで最も多く含む層である。
【0033】
ベース層120に主に含まれる成分として、無機酸塩を選択したのは、本発明のような傾斜型の3層構造の皮膜を形成することが可能であり、かつ、上述したベース層120の役割を果たすために好適であるためである。なお、本発明では、水系の表面処理液を用いて表面処理皮膜100を形成するため、この表面処理液の安定性を考慮し、本発明における無機酸塩は水溶性であることが好ましい。ただし、水に不溶または難溶な塩であっても、例えば、酸に可溶なものであれば、水に可溶性の無機酸塩(例えば、硝酸亜鉛)と酸(例えば、リン酸)を組み合わせて使用することにより、リン酸亜鉛を含む皮膜を形成することができる。
【0034】
以上のような役割から、本発明における無機酸塩としては、例えば、リン酸塩、ホウ酸塩、ケイ酸塩、硫酸塩、モリブデン酸塩、またはタングステン酸塩を、単独で、あるいは、複数組み合わせて使用することができる。より具体的には、無機酸塩として、例えば、リン酸亜鉛、リン酸カルシウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、ケイ酸カリウム、ホウ酸ナトリウム、ホウ酸カリウム、ホウ酸アンモニウム、モリブデン酸カリウム、モリブデン酸ナトリウム、タングステン酸カリウム、タングステン酸ナトリウム等を使用することができる。ただし、これらのうち、密着層100、ベース層120および潤滑剤層130の各層の厚みを測定する際の便宜等の理由から、無機酸塩としては、特に、リン酸塩、ホウ酸塩およびケイ酸塩からなる群より選択される少なくとも1種の化合物であることが好ましい。
【0035】
また、ベース層120には、主成分として耐熱樹脂が含まれているが、耐熱樹脂であることとしたのは、上述したように、冷間鍛造時には、素材である冷間鍛造用鋼板1と金型との間の摩擦力により、比較的高温となることから、このような高温の加工条件下においても、表面処理皮膜100が皮膜としての形状を維持する必要があるためである。このような観点から、本発明における耐熱樹脂の耐熱性は、冷間鍛造時の到達温度(概ね200℃程度)を超える程度の温度で、皮膜としての形状を保持できる程度であることが好ましい。なお、本発明では、水系の表面処理液を用いて表面処理皮膜100を形成するため、この表面処理液の安定性を考慮し、本発明における耐熱樹脂は水溶性であることが好ましい。
【0036】
以上のような役割から、本発明における耐熱樹脂としては、例えば、ポリイミド樹脂、ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、フッ素樹脂等を使用できるが、十分な耐熱性や水溶性を確保するためには、耐熱樹脂として、特に、ポリイミド樹脂、フッ素樹脂等を使用することが好ましい。
【0037】
また、ベース層120の組成も冷間鍛造用鋼板1の組成に影響を与える。そのため、本発明においては、表面処理皮膜100の加工追従性および耐熱性付与のために耐熱樹脂をベース層120の主成分としており、例えば、引用文献3のように、燐酸塩、硼酸塩、ケイ酸塩、モリブデン酸塩、タングステン酸塩等の無機成分を主成分とはしていない。具体的には、ベース層120内において、無機酸塩は、耐熱樹脂100質量部に対して、0.1質量部以上10質量部以下の含有量である。無機酸塩の含有量が0.1質量部未満では、表面処理皮膜100の摩擦係数が上昇し、十分な潤滑性を得ることができない。一方、無機酸塩の含有量が100質量部を超えると、潤滑剤131を保持するための性能が十分に発揮されない。
【0038】
また、ベース層120の厚みは、0.1μm以上15μm以下であることが必要である。ベース層120の厚みが0.1μm未満では、潤滑剤131を保持するための性能が十分に発揮されない。一方、ベース層120の厚みが15μmを超えると、ベース層120の膜厚が大きくなりすぎるため、加工(冷間鍛造)時に押し込みキズなどを作りやすくなる。潤滑剤131を保持するための性能を向上させるという観点からは、ベース層120の厚みは0.5μm以上であることが好ましく、加工時の押し込みキズをより確実に防止するという観点からは、ベース層120の厚みは3μm以下であることが好ましい。
【0039】
<潤滑剤層130>
潤滑剤層130は、表面処理皮膜100の潤滑性を向上させ、摩擦係数を低減する役割を有する。具体的には、潤滑剤層120は、表面処理皮膜100の最表面側に位置し、潤滑剤131を、表面処理皮膜100を構成する3層のうちで最も多く含む層である。
【0040】
本発明において、潤滑剤131としては、傾斜型の3層構造を有する表面処理皮膜100を形成可能であり、かつ、表面処理皮膜100の潤滑性を十分に向上させるものであれば特に限定はされないが、例えば、ポリテトラフルオロエチレン、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、酸化亜鉛およびグラファイトからなる群より選択される少なくとも1種を用いることができる。
【0041】
また、潤滑剤層130の厚みは、0.1μm以上10μm以下であることが必要である。潤滑剤層130の厚みが0.1μm未満では、十分な潤滑性を得ることができない。一方、潤滑剤層130の厚みが10μmを超えると、加工時に余剰カスを生じるようになり、この余剰カスが金型などに付着したりするなどの不都合を生じる。より潤滑性を向上させるという観点からは、潤滑剤層130の厚みは1μm以上であることが好ましい。また、加工時の余剰カスの発生をより確実に防止するという観点からは、潤滑剤層130の厚みは6μm以下であることが好ましい。
【0042】
さらに、上述したベース層120の役割や潤滑剤層130の役割を果たすためには、潤滑剤層130とベース層120との厚み比も重要である。具体的には、ベース層120に対する潤滑剤層130の厚みの比、すなわち、(潤滑剤層の厚み/ベース層の厚み)は、0.2以上10以下である必要がある。(潤滑剤層の厚み/ベース層の厚み)が0.2未満では、表面処理皮膜100が皮膜全体として硬くなりすぎるため、潤滑性が十分に得られない。一方、(潤滑剤層の厚み/ベース層の厚み)が10を超えると、潤滑剤131の保持性が劣り、皮膜全体としての加工追従性が不足する。
【0043】
<層形成の確認方法、各層の膜厚の測定方法および規定方法>
以上説明したように、本発明に係る冷間鍛造用鋼板1においては、鋼板10側に密着層110、皮膜表面側に潤滑剤層130、これらの間にベース層120の3つの層を存在させることが重要であり、いずれの層が欠けても、本発明で意図している冷間鍛造に耐え得る潤滑性を発揮することができない。また、密着層110、ベース層120、潤滑剤層130の各層の厚みが上述した範囲内でない場合にも、本発明で意図している冷間鍛造に耐え得る潤滑性を発揮することができない。従って、本発明では、密着層110、ベース層120、潤滑剤層130の各層が形成されているかどうかを確認する方法、および、これらの膜厚を測定する方法も重要となる。
【0044】
まず、密着層110、ベース層120、潤滑剤層130の各層が形成されているかを確認する方法としては、高周波GDSを用いて表面処理皮膜100の膜厚方向(深さ方向)の元素の定量分析を行うことにより確認することができる。すなわち、まず、表面処理皮膜100に含まれる主成分(シラノール結合に起因する成分、無機酸塩、耐熱樹脂、潤滑剤)の代表元素(その成分にとって特徴的な元素)を設定する。例えば、シラノール結合に起因する成分については、Siを代表元素とし,潤滑剤については、潤滑剤がポリテトラフルオロエチレンであればFを代表元素とし、二硫化モリブデンであればMoを代表元素とするのが適当である。次に、高周波GDSの測定チャートにおいて、これらの代表元素に相当するピークの強度を求め、求めたピーク強度から、膜厚方向における位置ごとの各成分の濃度を算出することができる。
【0045】
本発明における各層の厚みの規定方法については、以下のように規定することとする。まず、表面処理皮膜100の最表面から、高周波GDSの測定チャートにおいて、上述したようにして設定した潤滑剤の代表元素(例えば、F,Mo,W,Zn,C)のピーク強度の最大値の1/2のピーク強度を有する部分の深さ(膜厚方向の位置)までを、潤滑剤層130の厚みとする。すなわち、潤滑剤の代表元素のピーク強度の最大値の1/2のピーク強度を有する部分の膜厚方向の位置が、潤滑剤層130とベース層120との界面となる。
【0046】
また、表面処理皮膜100と鋼板10との界面から、高周波GDSの測定チャートにおいて、シラノール結合に起因する成分の代表元素(Si)のピーク強度の最大値の1/2のピーク強度を有する部分までの深さ(膜厚方向の位置)までを、密着層110の厚みとする。すなわち、シラノール結合に起因する成分の代表元素(Si)のピーク強度の最大値の1/2のピーク強度を有する部分の膜厚方向の位置が、密着層110とベース層120との界面となる。
【0047】
さらに、潤滑剤の代表元素のピーク強度の最大値の1/2のピーク強度を有する部分から、シラノール結合に起因する成分の代表元素(Si)のピーク強度の最大値の1/2のピーク強度を有する部分までを、ベース層120の厚みとする。なお、例えば、表面処理皮膜100の断面を顕微鏡観察することにより表面処理皮膜100全体の厚みを求めておき、この表面処理皮膜100全体の厚みから、上記のようにして求めた密着層110および潤滑剤層130の合計の厚みを減ずることにより、ベース層120の厚みを求めてもよい。
【0048】
ただし、潤滑剤131としてグラファイトを用いた場合には、代表元素として炭素(C)を設定すると、耐熱樹脂等に由来するC元素との区別が困難であるため、代表元素として、無機酸塩成分の代表元素(例えば、P,B,Si)を用いて、潤滑剤層130の厚みを求める。この場合も、無機酸塩成分の代表元素のピーク強度の最大値の1/2のピーク強度を有する部分の膜厚方向の位置が、潤滑剤層130とベース層120との界面となる。
【0049】
また、ベース層120の無機酸塩としてケイ酸塩を用いた場合には、代表元素としてケイ素(Si)を設定すると、無機酸塩としてのケイ酸塩由来のSiと、密着層110のシラノール結合に起因する成分由来のSiとの区別が困難であるため、代表元素として、ベース層120の耐熱樹脂成分由来の炭素(C)を代表元素として用いて、密着層110およびベース層120の厚みを求める。さらに、ベース層120の無機酸塩としてモリブデン酸塩やタングステン酸塩を用いた場合には、代表元素としてモリブデン(Mo)やタングステン(W)を設定すると、無機酸塩由来のMoやWと、潤滑剤131由来のMoやWとの区別が困難であるため、潤滑剤131由来の硫黄(S)を代表元素として用いて、ベース層120および潤滑剤層130の厚みを求める。
【0050】
なお、各層の厚みの算出方法については、上述のようにして、各成分の代表元素のピーク強度の最大値の1/2のピーク強度を有する部分の位置、すなわち、高周波GDSによるスパッタ時間(本発明の場合は、SiOのスパッタ速度で換算した時間)から、表面処理皮膜100の膜厚方向の位置を求めることができる。
【0051】
[本発明に係る冷間鍛造用鋼板の製造方法]
以上、本発明に係る冷間鍛造用鋼板の構成について詳細に説明したが、続いて、このような構成を有する本発明に係る冷間鍛造用鋼板の製造方法について説明する。
【0052】
本発明に係る冷間鍛造用鋼板の製造方法では、水溶性シランカップリング剤、水溶性無機酸塩、水溶性耐熱樹脂および潤滑剤を含む水系の表面処理液を鋼板10の少なくとも片面に塗布した後に、表面処理液を乾燥させることにより、鋼板10の少なくとも片面に表面処理皮膜100を形成する。
【0053】
(表面処理液について)
本発明に係る冷間鍛造用鋼板の製造方法に用いる表面処理液は、水溶性シランカップリング剤、水溶性無機酸塩、水溶性耐熱樹脂および潤滑剤を含むが、無機酸塩、耐熱樹脂および潤滑剤の詳細については上述したので、ここでは説明を省略する。
【0054】
水溶性シランカップリング剤としては、特に限定はされず、公知のシランカップリング剤を使用することができるが、例えば、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−2−(アミノメチル)−3−アミノプロピルメチルジメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン等を使用することができる。
【0055】
また、上記表面処理液には、各種添加剤を添加してもよい。
【0056】
本発明に係る冷間鍛造用鋼板の製造方法に用いる表面処理液には、本発明の効果を損なわない範囲で、塗工性を向上させるためのレベリング剤や水溶性溶剤、金属安定化剤、エッチング抑制剤および調整剤などを使用することが可能である。レベリング剤としては、ノニオン系またはカチオン系の界面活性剤として、例えば、ポリエチレンオキサイドもしくはポリプロピレンオキサイド付加物やアセチレングリコール化合物などが挙げられる。水溶性溶剤としては、例えば、エタノール、イソプロピルアルコール、t−ブチルアルコールおよびプロピレングリコールなどのアルコール類、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテルなどのセロソルブ類、酢酸エチル、酢酸ブチルなどのエステル類、アセトン、メチルエチルケトンおよびメチルイソブチルケトンなどのケトン類等が挙げられる。金属安定化剤としては、例えば、EDTA、DTPAなどのキレート化合物が挙げられる。エッチング抑制剤としては、例えば、エチレンジアミン、トリエチレンペンタミン、グアニジンおよびピリミジンなどのアミン化合物類が挙げられるが、特に、一分子内に2個以上のアミノ基を有するものが金属安定化剤としても効果があり、より好ましい。pH調整剤としては、例えば、酢酸および乳酸などの有機酸類、フッ酸などの無機酸類、アンモニウム塩やアミン類などが挙げられる。
【0057】
上述した各成分を水中に均一に溶解あるいは分散させることにより、本発明に係る冷間鍛造用鋼板の製造方法に用いる表面処理液を調製することができる。
【0058】
(表面処理液の塗布および乾燥)
上記表面処理液の鋼板10への塗布方法としては、例えば、鋼板10を表面処理液中に浸漬させる方法等を用いることができる。この場合、鋼板10を予め表面処理液の温度より高く加温しておくか、さもなければ、乾燥の際に温風で乾燥させることが必要である。具体的には、例えば、鋼板10を80℃程度の温水中に1分程度浸漬させた後、40℃〜60℃程度の温度の表面処理液に1秒程度浸漬し、その後、室温で2分程度乾燥させることにより、密着層110、ベース層120および潤滑剤層130からなる3層構造の傾斜型の表面処理皮膜100を形成することができる。
【0059】
(各層の膜厚の制御方法)
表面処理皮膜100を構成する各層の膜厚は、表面処理液の塗布量、表面処理液中の各成分の濃度、表面処理液と素地である鋼板10との反応性、親水性/疎水性を適宜制御することにより、上述したような膜厚の範囲となるよう調整することができる。
【0060】
(傾斜型の皮膜が形成される理由)
以上のように、水溶性シランカップリング剤、水溶性無機酸塩、水溶性耐熱樹脂および潤滑剤を水に溶解または分散させた表面処理液を鋼板10に塗布した後に乾燥させることにより、傾斜型の表面処理皮膜100が形成される理由を、本発明者は以下のように推定している。まず、上記のように鋼板10を予め表面処理液の温度より高く加温しておくと、鋼板10の温度が表面処理液の温度より高いので、表面処理液が鋼板10上に塗布されて形成された薄膜内では、固液界面の温度が高い一方で、気液界面の温度が低くなるため、薄膜内に温度差が生じ、溶媒となる水が揮発することから、薄膜内で微小な対流が起きる。また、常温の鋼板10に常温の表面処理液を塗布して形成された薄膜を温風により乾燥する場合には、気液界面の温度が高くなり、気液界面で表面張力が低下し、これを緩和するために薄膜内で微小の対流が起こる。上記のいずれの塗布・乾燥方法の場合も、対流が起こるとともに、空気との親和力の高い成分(例えば、潤滑剤)と、金属や水との親和力の高い成分(例えば、無機酸塩や耐熱樹脂)とに分離する。そして、徐々に水が揮発して膜状になった際には、各成分の濃度勾配を有する傾斜型の皮膜が形成される。
【0061】
また、本発明において、シランカップリング剤は、鋼板10表面の金属との親和力が高いため、薄膜内で鋼板10の近傍へ拡散する。そして、鋼板10の近傍に到達したシランカップリング剤は、鋼板10の表面に存在する金属酸化物(例えば、鋼板10が亜鉛めっき鋼板の場合は、酸化亜鉛)との間で共有結合を形成し、Si−M−Oで表されるシラノール結合が形成されるものと考えられる。このように、鋼板10の近傍にシラノール結合が形成されることにより、表面処理皮膜100と鋼板10との密着性が格段に向上するので、焼き付きやカジリの発生が防止される。
【0062】
[まとめ]
以上説明したような本発明に係る冷間鍛造用鋼板は、簡便な処理工程で、かつ、地球環境保全の観点からも好適な方法で製造可能であるとともに、優れた潤滑性を有する。従って、近年の環境対策を背景に、エネルギー消費の多い熱間鍛造や多量の材料ロスが発生する切削加工などの形状変形の大きい加工分野からの移行により、更に厳しい塑性加工や複雑な加工を要求される場合であっても、金型との焼き付きやカジリを発生することなく、問題なく加工することができる。
【0063】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【実施例】
【0064】
以下、実施例を用いて本発明をより具体的に説明する。
【0065】
(表面処理液の調製)
まず、下記の表1に示す成分を含有した表面処理液(薬剤)a〜qを調製した。なお、表1中で、無機酸塩として硝酸亜鉛とリン酸の組み合わせを使用しているのは、リン酸亜鉛が水に極めて溶けにくい一方で、酸には溶解するため、水に可溶性の硝酸亜鉛とリン酸との組み合わせにより、リン酸亜鉛を生成し、表面処理液中に存在させるようにするためである。
【0066】
【表1】

【0067】
(冷間鍛造用鋼板の製造)
次に、上記のようにして調製した表面処理液a〜qを用いて、以下の方法により、傾斜型の3層構造の表面処理皮膜が板の両面に形成された冷間鍛造用鋼板(No.1〜29)を製造した(下記表3を参照)。
【0068】
まず、表2に示す成分の鋼を通常の転炉−真空脱ガス処理により溶製し、鋼片とした後、通常の条件で熱間圧延、冷間圧延、連続焼鈍工程を行い、焼鈍鋼板(板厚0.8mm)を得た。焼鈍鋼板上に表面処理液a〜qを塗装#3バーにて塗布した。膜厚は表面処理液の濃度で制御した。乾燥は、300℃の熱風乾燥炉中で到達板温度が150℃となる条件で行った。乾燥後空冷して冷間鍛造用鋼板とした。
【0069】
【表2】

【0070】
(膜厚の測定)
本実施例では、高周波GDSを用いて膜厚の測定を行った。詳細には、表面処理皮膜の最表面から、高周波GDSの測定チャートにおいて、潤滑剤の代表元素(Mo、Cなど)のピーク強度の最大値の1/2のピーク強度を有する部分の深さ(膜厚方向の位置)までを、潤滑剤層の厚みとした。また、表面処理皮膜と鋼板との界面から、高周波GDSの測定チャートにおいて、シラノール結合に起因する成分の代表元素(Si)のピーク強度の最大値の1/2のピーク強度を有する部分までの深さ(膜厚方向の位置)までを、密着層の厚みとした。さらに、潤滑剤の代表元素(Mo)のピーク強度の最大値の1/2のピーク強度を有する部分から、シラノール結合に起因する成分の代表元素(Si)のピーク強度の最大値の1/2のピーク強度を有する部分までを、ベース層の厚みとした。また、潤滑剤層(潤滑剤成分)とベース層(無機塩成分)の代表元素、および、ベース層(無機塩成分)と密着層(シラノール結合に起因する成分)の構成元素が同じ場合には、他の元素を用いて測定した。
【0071】
ただし、潤滑剤としてグラファイトを用いた場合には、無機酸塩の代表元素(P,Si,Mo,W)のピーク強度を用いて潤滑剤層およびベース層の厚みを求めた。
【0072】
(評価方法および評価基準)
本実施例では、下記に示す評価方法および評価基準により、上記のようにして製造された冷間鍛造用鋼板の皮膜密着性および加工性を評価した。
【0073】
<皮膜密着性の評価>
皮膜密着性の評価は、平ビード金型を用いた引抜き摺動試験にて行った。サイズ30×200mmでエッジの剪断バリを落としたものを試験片に供した。摺動前のサンプルを蛍光X線分析装置にて皮膜の構成主元素の強度を測定した。
【0074】
平ビード金型は、長手40mm、幅60mm、厚み30mmで材質がSKD11、表面を#1000のエメリペーパ−で研磨したものを1組準備した。次に、試験片を上記金型で挟み込み、エアシリンダーにて1000kgで押さえつけて、引っ張り試験機にてサンプルを引抜いた。引抜き後の試験片を再度蛍光X線分析装置にて上述と同じ元素の強度を測定し、その残存率(試験後強度/試験前強度)×100[%]を算出した。
【0075】
皮膜密着性の評価基準としては、残存率が70%未満の場合を×、残存率が70%以上90未満%の場合を○、残存率が90%以上の場合を◎と評価した。
【0076】
<加工性の評価>
加工性の評価は、スパイク試験方法にて実施した。スパイク試験は、図2の(a)に示すように、ロート状の内面形状を有するダイ3の上に、円柱状のスパイク試験片2を載せて、この後プレート1を介して荷重を掛けてスパイク試験片2をダイ3内に押し込んで、図2の(b)に示す加工後のスパイク試験片2の形状に成型する。このようにしてダイ形状に従うスパイクを形成し、この際のスパイク高さ(mm)で潤滑性を評価した。従って、スパイク高さが高い方が潤滑性に優れるとの評価となる。
【0077】
加工性の評価基準は、このスパイク高さにて評価し、従来の化成反応/石鹸処理にて作製したサンプルの性能である12.5mm以上13.5mm以下の場合を○、13.5mm超の場合を◎と評価した。
【0078】
以上のようにして行った各層の膜厚の測定結果と、皮膜密着性および加工性の評価結果とを表3に示す。
【0079】
【表3】

【0080】
上記表3に示すように、本発明の実施例による冷間鍛造用鋼板(No.1〜19)はいずれも皮膜密着性および加工性に優れていた。一方、密着層の厚みが本発明の範囲を外れる比較例による冷間鍛造用鋼板(No.24,25)は、皮膜密着性に劣っていた。さらに、本発明で規定するいずれかの要件を満たさない全ての比較例による冷間鍛造用鋼板(No.20〜29)はいずれも、加工性(潤滑性)に劣っていた。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板の少なくとも片面に、Si−X−O(Xは、前記鋼板の構成成分である金属)で表されるシラノール結合に起因する成分、耐熱樹脂、無機酸塩および潤滑剤の各成分を含む表面処理皮膜を有し、
前記表面処理皮膜は、前記各成分が膜厚方向に濃度勾配を有することで、前記表面処理皮膜と前記鋼板との界面側から順に、密着層とベース層と潤滑剤層の3層に識別可能な傾斜型の3層構造を有し、
前記密着層は、前記シラノール結合に起因する成分を前記3層の中で最も多く含み、0.1nm以上100nm以下の厚みを有する層であり、
前記ベース層は、前記耐熱樹脂および前記無機酸塩を前記3層の中で最も多く含み、かつ、前記無機酸塩の含有量が前記耐熱樹脂100質量部に対して0.01質量部以上10質量部以下であり、0.1μm以上15μm以下の厚みを有する層であり、
前記潤滑剤層は、前記潤滑剤を前記3層の中で最も多く含み、0.1μm以上10μm以下の厚みを有する層であり、
前記潤滑剤層の厚みに対する前記ベース層の厚みの比は、0.2以上10以下であることを特徴とする、冷間鍛造用鋼板。
【請求項2】
前記無機酸塩は、リン酸塩、ホウ酸塩、ケイ酸塩、モリブデン酸塩およびタングステン酸塩からなる群より選択される少なくとも1種の化合物であることを特徴とする、請求項1に記載の冷間鍛造用鋼板。
【請求項3】
前記耐熱樹脂は、ポリイミド樹脂であることを特徴とする、請求項1または2に記載の冷間鍛造用鋼板。
【請求項4】
前記潤滑剤は、ポリテトラフルオロエチレン、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、酸化亜鉛およびグラファイトからなる群より選択される少なくとも1種であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の冷間鍛造用鋼板。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の冷間鍛造用鋼板の製造方法であって、
水溶性シランカップリング剤、水溶性無機酸塩、水溶性耐熱樹脂および潤滑剤を含む水系の表面処理液を鋼板の少なくとも片面に塗布した後に、前記表面処理液を乾燥させることにより、前記鋼板の少なくとも片面に前記表面処理皮膜を形成することを特徴とする、冷間鍛造用鋼板の製造方法。



【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2011−200913(P2011−200913A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−70820(P2010−70820)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】