説明

凍結保存血管を用いたバイオ補助心臓作成技術

【課題】血液の流れが一方向性であり、より重厚な心筋層を持ち、そして容量を大きくし駆出力を上昇させた、生体材料、特に血管、に由来するバイオ心臓の提供。
【解決手段】低抗原性処理をした弁付き血管、およびその周囲に形成された心筋細胞層、から構成される、心臓代替物の提供。また、このように作製した心臓代替物を、生体の腹腔内の血管に接続して血液を流し、さらに心筋細胞層の外側に大網を巻き付け、生体内で自律的に拍動させながら保持する、ことを特徴とする、血管由来のバイオ心臓の作製方法の提供。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体材料を使用したバイオ心臓を作成する技術を提供することに関する。
【背景技術】
【0002】
重症な心筋梗塞、心筋症等の疾患では、その治療方法として心臓移植に頼らざるを得ない。しかし、我が国においては、脳死移植が一般的に受け入れられにくい状況にあるため、臓器移植の現場では、慢性的なドナー不足が問題となっている。そして、脳死個体からの提供心臓の増加は、今後も望むことができないと考えられているため、このようなドナー不足の問題は、脳死状態のヒトから心臓を取り出して移植する方法以外の方法により対処されなければならないと考えられている。このように、ドナー不足を解消する手段が現時点では存在しないことから、心臓移植以外の治療方法を見出すことが必要である。そこで、臓器としての心臓にかわるものまたは心臓を補助するものの開発が急務であると考えられている。
【0003】
機械式の補助人工心臓も、体内埋め込み式のものが検討されており、我が国においても認可されたもの(例えば、Novacor, World Heart, Canadaのもの)もあるが、装置の故障や合併症が多く、満足のいく人工心臓は得られていないのが実情である。
【0004】
我が国においては、心臓死が一般的な個体の死として受け入れられてきた背景があるため、脳死個体からの臓器採取とは対照的に、心臓死個体からの組織・細胞の採取については、比較的協力を受けやすい傾向がある。そのため、本発明の発明者らは、心臓死個体から得られる組織を利用した代替心臓の作成を検討してきた。そのような検討の過程で、本発明の発明者らは、これまで、血管を用いてバイオ心臓を作成することを試みてきた。具体的には、ラット大動脈に心筋をシート化したものを巻き付けた構造物を作製し、この構造物を他のラットに同所性に移植することで、シート状心筋の拍動に基づく構造物自体の拍動により血管を鍛え、その結果として構造物自体を拍動性の血管とすることができることを世界で初めて見いだした(Sekine et al., Circulation. 2006 Jul 4;114(1 Suppl):I87-93)。
【0005】
しかしながら、他個体由来の血管からこのような方法に基づいて作成したバイオ心臓を移植すると、生体内で移植片拒絶反応が生じるという問題点が存在する。このような問題を回避するための手段として、例えば、血管を凍結することで、血管に残存する細胞を死滅させ、その上で、Triton X-100(界面活性剤)などで処理することにより、抗原性を低下させる方法が知られている(Lord et al., Transpl. Immunol. 1994 Jun; 2(2): 94-8;Meyer SR, et al., J Biomed Mater Res. 2006 79A:254-264)。この低抗原化の方法を利用することにより、移植片拒絶反応が生じる欠点を低減させることができる。
【0006】
しかしながら、このような血管の抗原性を低下させる方法を、上述した大動脈に心筋をシート化したものを巻き付けた構造物に応用しても、血液の流れを一方向性にすることができない点、より重厚な心筋層を得るには、移植した心筋細胞シートに直ちに栄養血管が導入される必要があるが、その様な栄養血管が心筋細胞シートに対して直ちには導入できない点、そして駆出力を上昇させるために移植血管が柔らかく容量を大きくする必要がある点、などの問題点が未解決であるため、実際にバイオ心臓として利用することができる構造物を提供するには至っていない。
【非特許文献1】Sekine et al., Circulation. 2006 Jul 4;114(1 Suppl):I87-93
【非特許文献2】Lord et al., Transpl. Immunol. 1994 Jun; 2(2): 94-8
【非特許文献3】Meyer SR, et al., J Biomed Mater Res. 2006 79A:254-264
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明においては、血液の流れが一方向性であり、より重厚な心筋層を持ち、そして容量を大きくし駆出力を上昇させた、生体材料、特に血管、に由来するバイオ心臓を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の発明者らは、血管を加工して、心臓と同様の機能を持たせることにより、上述の課題を解決することができることを見いだし、本発明を完成するに至った。
具体的には、本発明の発明者らは、低抗原性処理をした弁付き血管、およびその周囲に形成された心筋細胞層、から構成される、心臓代替物を提供することにより、上記課題を解決できることを示した。
【0009】
本発明の発明者らはまた、このように作製した心臓代替物を、生体の腹腔内の血管に接続して血液を流し、さらに当該心臓代替物の外側に大網を巻き付け、生体内で自律的に拍動させながら保持する、ことを特徴とする、血管由来のバイオ心臓の作製方法を提供することにより、上記課題を解決できることを示した。
【発明の効果】
【0010】
本発明により提供される弁を持った拍動血管(心臓代替物)は、弁付き血管を使用していることから内腔の血流が一方向性に保たれた。また、低抗原性処理を行った後に移植することから心臓代替物の内腔表面が移植後の宿主の血管内皮に置換された。また、弁付き肺動脈を弁付き血管として用いた場合および他の動脈弁を大静脈に縫合して作成した場合には、これらの合成血管が低圧系であるため、高圧系動脈に接続され血流されることにより血管の瑠化が生じ、駆出容量の大容量化を図ることができ、さらにはその安全性を大型動物(例えばブタ)において確認することができた。さらに、生体内に移植した際に心臓代替物の外側に大網を巻き付けたことから、心臓代替物の外側表面に位置する心筋細胞層に対して早期に大量の毛細血管系が流入して、心筋細胞層に栄養を供給することができ、結果的に従来にない厚さの心筋層を形成することができた。
【発明の実施の形態】
【0011】
心臓代替物
本発明は、一態様において、低抗原性処理をした弁付き血管、およびその周囲に形成された心筋細胞層から構成される、弁を持った拍動血管(心臓代替物)を提供する。
【0012】
本発明の心臓代替物を作成するためには、まず抵抗原性処理をした弁付き血管を用意する。血管を低抗原化させる方法は、以前から知られている(Lord et al., Transpl Immunol. 1994 Jun;2(2):94-8;Meyer SR,etal.,J Biomed Mater Res. 2006 79A:254-264)。具体的には、血管を凍結することで血管に残存する内皮細胞を含む細胞を死滅させ、さらに界面活性剤(例えば、Triton X-100など)で処理することにより、抗原性を低下させることができる。あるいは、血管内腔をトリプシンなどのタンパク質分解酵素で処理することにより血管内皮を除去する脱(減)細胞化処理を行うことにより、抗原性を低下させることもできる。このように抗原性を低下させた血管は、心臓代替物を形成するために周囲に心筋細胞層を巻き付けるための足場(scaffold)となる。
【0013】
このように低抗原化処理を行うとはいえ、異種個体由来の血管を使用する場合には、異種抗原のコントロールが十分に行われない可能性が存在するため、弁付き血管は、レシピエントと同種のドナー由来であることが好ましい。すなわち、例えば本発明の心臓代替物をヒトに移植する場合、弁付き血管はヒト由来のものであることが好ましい。
【0014】
例えばヒト由来の弁付き血管を使用する場合、ヒトの心臓死個体から採取した血管を使用することができる。このようにして採取した血管は、プログラムフリーザーを用いて-200℃で凍結保存することができる。このように凍結保存した血管は、使用時に解凍し塩類溶液中で洗浄した後、界面活性剤や酵素などにより低抗原化処理に供することができる。
【0015】
弁付き血管は、心臓弁部と弁のない大血管とを縫合することにより作成された弁付き血管、またはもともと弁が存在する大血管のいずれであってもよい。現在の実際の医療現場においては、大動脈弁狭窄症、大動脈弁閉鎖不全症、僧帽弁閉鎖不全症などの弁疾患の治療のために、ウシやブタの心臓弁が利用されている。そこで、もともとは弁が存在しない大血管(例えば、胸部大動脈、腹部大動脈、大静脈など)に、ウシやブタの心臓弁を取り付けることにより、弁付き血管を形成することができる。あるいは、もともと弁がついた大血管としては、肺動脈弁が付属した肺動脈を例として挙げることができる。肺動脈弁が付属した肺動脈は、単に弁がついているというだけではなく、大血管ではあるが低圧系の血管で、構造が柔らかいため、高圧系血管に接続することにより瑠化を生じ、内腔の大容量化を容易に図ることができるという利点も有する。また、我々や他の研究者により、大静脈も高圧系代用血管として利用できることが判明した。
【0016】
本発明の心臓代替物を作成するためには、次に、上述した弁付き血管の周囲に心筋細胞層を形成する。この心筋細胞層は、弁付き血管を物理的に補強する役割を果たすと共に、拍動を行って、心臓代替物全体を拍動させることを目的とする。弁付き血管の周囲に形成される心筋細胞は、心筋細胞シートから形成される心筋細胞層、コラーゲンゲルなどの生体吸収性の物質中で心筋細胞を培養したものから形成される心筋細胞集団、およびその両方などのいずれであってもよい。
【0017】
心筋細胞層として心筋細胞シートを使用する場合、心筋細胞シートは、心筋細胞を培養プレート上で培養して作成しても、または胚性幹細胞や心筋前駆細胞などの分化途中の細胞を培養プレート上で培養して作成してもよい。また、心筋細胞層をできるだけ厚く形成するため、心筋細胞シートを複数枚重ね合わせて弁付き血管の周囲に巻き付けて、心筋細胞層を形成することができる。
【0018】
心筋細胞層として生体吸収性の物質中で心筋細胞を培養したものを使用する場合、生体吸収性の物質中に心筋細胞または胚性幹細胞や心筋前駆細胞などの分化途中の細胞を播き、特定条件下で培養して心筋細胞を含むゲルを形成し、心筋細胞を含む生体吸収性の物質を弁付き血管の周囲に巻き付けて、心筋細胞層を形成することができる。ここで使用する生体吸収性の物質としては、コラーゲンゲルなどを使用することができる。
【0019】
このようにして弁付き血管の周囲に形成される心筋細胞層を構成する心筋細胞は、レシピエントと同種のドナー由来であることが好ましい。例えば、近年新しい技術として報告された人工万能細胞(誘導多能性幹細胞、iPS、山中ら)を利用することもできる。すなわち、例えば本発明の心臓代替物をヒトに移植する場合、心筋細胞層を構成する心筋細胞はヒト由来のものであることが好ましい。
【0020】
バイオ心臓の作製
本発明は、別の一態様において、上述した心臓代替物を生体の腹腔内の血管に接続して血液を流し、さらに当該心臓代替物の外側に大網を巻き付け、生体内で自律的に拍動させながら保持する、ことを特徴とする、血管由来のバイオ心臓の作製方法もまた、提供する。すなわち、本発明においては、上述した心臓代替物を生体内で血管に接続し、内腔に血流を通して内圧を高めることにより瑠化を起こして容量を拡大する一方、心臓代替物の外周に配置された心筋細胞層の自律的拍動により心臓代替物全体を拍動させて生体内で鍛えることにより、バイオ心臓を作製する。
【0021】
本発明においては、上述した心臓代替物を、生体の腹腔内の血管に接続して血液を流す。この際、内腔に血流を通して内圧を高めることにより瑠化を起こして容量を拡大することを目的として、当該心臓代替物を接続する腹腔内の血管は、高圧系動脈であることが好ましい。本発明において高圧系動脈として、胸部大動脈、腹部大動脈をあげることができるが、本発明においては、腹部大動脈に心臓代替物を接続することが好ましい。例えば、凍結処理などを施した肺動脈を腹部大動脈に接続する場合、腹部大動脈の内圧は、肺動脈の内圧よりも3倍程度高い。この内圧の差により、肺動脈の瑠化を効率的に行うことができる。また、このように血液を流すことにより、心臓代替物内腔表面にレシピエント由来の血管内皮細胞が進出して、心臓代替物内腔表面を覆い、自律拍動する新しい心血管としての機能を有するようになる。
【0022】
一方、本発明においてはさらに、このようにしてレシピエントの腹腔内の血管に接続して血流を流した心臓代替物の外側に、大網を巻き付ける。我々は、移植臓器の周囲に大網でラッピングすると、大網から移植片へ血管新生が行われることをこれまで報告してきた(Uchida et al., J Pediatr Surg. 1999 Jun;34(6):1007-11;Tahara et al., Ann Surg. 2005 Jul;242(1):124-32)。本発明においては、心臓代替物の外周に配置した心筋細胞層および心筋細胞集団を長期間にわたって自律的に拍動させることが必要であり、移植後早期から、心筋細胞層に対して豊富に栄養を供給することが必要である。心臓代替物の周囲に大網を巻き付けることにより、大網から心臓血管物へ早期に大量の血管新生が生じ、心臓代替物全体の自律的拍動を長期間にわたって維持することが可能になる。
【0023】
レシピエントの腹腔内の血管に接続して血流を流し、さらに外側に大網を巻き付けた心臓代替物を、腹部大動脈と並列または直列にしてレシピエント体内において数週間、好ましくは十分に移植心筋層が発育する4週間のあいだ保持し、弁を持った拍動血管(バイオ心臓)を作製する(図1(a))。
【0024】
このようにして作製されたバイオ心臓をいくつ使用するかは、どの程度の駆出量を必要としているかによって決定することができ、1個で使用しても複数を同時に使用してもよい。また、本発明のバイオ心臓は、腹腔内の血管に接続したまま本来の心臓とペーシングにより同期させて使用するか(図1(b)または(c))、腹部より切りはずし、大静脈と置換することにより、下肢の静脈鬱血の改善に使用する。また、将来、大量の心筋培養ができれば、大きな拍動が得られることが期待され、本来の心臓の心室と駆出路に接続し直して補助心臓として使用することもできる(図1(d))。
【実施例】
【0025】
実施例1:ブタ心臓代替物の作製
本実施例においてはまず、肺動脈弁が付属した肺動脈を弁付き血管として、心臓代替物を作製した。
【0026】
弁付き血管としての肺動脈弁が付属した肺動脈は、まずミニブタより採取し、プログラムフリーザーを用いて-200℃まで冷却して凍結して保存した。この弁付き血管を、使用時に室温にて約1時間おいて解凍した。Ao(大動脈)グラフト(移植片)は、全例で28日まで生存した(n=5)。移植されたアロ-Aoグラフトは、狭窄もなく良好であった。PA(肺動脈)グラフト(n=4)は、4例中2例が7日目で死亡した。28日まで生存した2例の内腔は瑠化し、その容量が拡大した。IVC(下大静脈)グラフト(n=3)は、1例が1週間目で死亡したが、他の2例は28日目まで生存した。PAグラフトおよびIVCグラフトでは死亡例が認められたが、今回は加工血管の周囲に心筋組織による包皮を行っていないことが原因であると考えられた。
【0027】
実施例2:ラット心臓代替物の作製
本実施例においては次に、ラットにおいて同様に実験を行い、肺動脈弁が付属した肺動脈を弁付き血管として、心臓代替物を作製した。
【0028】
ラットでは、全体をTriton X-100(最終濃度0.5%)を含む界面活性溶液中で4℃にて24時間処理して、弁付き血管の表面に存在する抗原性タンパク質を除去した。
心筋細胞層を形成するため、心筋細胞シートを使用した。具体的には、新生仔ラットから得られた心筋組織片を0.1%コラゲナーゼおよび0.125%トリプシン-EDTAで10分間処理して分離させ、1×106細胞/mlの密度で、温度応答性ポリマーをコーティングした細胞培養プレート(レプセル、セルシード株式会社)に播き、これを10%ウシ胎仔血清(FBS)、0.8%ペニシリン-ストレプトマイシン溶液を添加したDMEM(4500 mg/Lグルコース)(GIBCO)中にて37℃、5%CO2の条件で7日間培養することにより、心筋ラット細胞のシートを作製した。心筋細胞シートは、細胞培養プレートを22℃まで低下させることにより、酵素処理を行うことなく回収することができた。
【0029】
上述したように調製した弁付き血管の周囲に、心筋細胞シートを巻き付ける。上述した心筋細胞シートは生体材料に対して接着する能力を有するため、弁付き血管の周囲に巻き付けることにより、弁付き血管の周囲に接着され、心臓代替物を構成することができた。
【0030】
このようにして作製した心臓代替物は、移植時までの約1時間程度、37℃のEC(ユーロコリンズ)液中で6時間保存することができた。
実施例3:ラットにおけるバイオ心臓の作製
本実施例においては、実施例2において作製した心臓代替物を、レシピエント個体に移植し、バイオ心臓を作製することを目的として行った。
【0031】
実施例2において作製した心臓代替物を、ラットの腹部大動脈に接続した。接続後、心臓代替物全体の周囲(心筋細胞層の外側)に腹腔内の大網を巻き付けた。このような状態にして手術創を閉じ、腹腔内で4週間保持し、バイオ心臓を作製した。対照として、実施例1において作製した心臓代替物を血管を接合せずに腹腔内に置き、腹腔内の大網を巻き付けて、同様に腹腔内で4週間保持した。
【0032】
4週間の経過後、腹部大動脈に接続した心臓代替物の内圧を測定したところ、5.9±1.7 mmHgの内圧を記録し、最大で8.1 mmHgの内圧を記録した。また、4週間の経過後も自律的な拍動が継続しており(図2)、大網からの血管新生が早期に生じ、心臓代替物の外側に配置された心筋細胞層に対して十分に栄養が供給されたことが示された。
【0033】
このバイオ心臓を切除し、組織学的な解析のためにホルマリン溶液中で固定した。組織学的な解析は、バイオ心臓の薄切切片をヘマトキシリン-エオジン染色することにより行った。結果を図3に示す。図3において、「Ao」は心臓代替物を大動脈に接続したもの、「Cav」は心臓代替物を腹腔内に留置しただけのものを示す。図3(a)からも明らかな様に、心臓代替物を大動脈に接続した場合には、単に腹腔内に留置しただけの場合と比較して、心臓代替物の内径が大幅に増加し、結果として駆出容量が大幅に増加したことが明らかになった(図3(b))。
【0034】
実施例4:ブタ胎仔心筋シートの作製
実施例1でブタ血管を用いて抗原性低下を示した、拍動をする足場の作製に成功した。実施例2および3においてラットを用いてこの加工血管を足場に、心筋を周辺に置く(巻く)ことにより、自律的に移植心筋が鍛えられ、その拍出量を増加させることが示された。そこで、本実施例では、大量の心筋を増殖させるための新たな方法として、心筋細胞層を形成するための心筋細胞シートの新たな製造方法を開発した。
【0035】
具体的には、ブタから得られた心筋組織片を0.1%コラゲナーゼおよび0.125%トリプシン-EDTAで10分間処理して分離させ、1×106細胞/mlの密度で、温度応答性ポリマーをコーティングした細胞培養プレート(レプセル、セルシード株式会社)に播き、これを10%ウシ胎仔血清(FBS)、0.8%ペニシリン-ストレプトマイシン溶液を添加したDMEM(4500 mg/Lグルコース)(GIBCO)(以下において、培養液Aと呼ぶ)中にて37℃、5%CO2の条件で7日間培養することにより、心筋ブタ細胞のシートを作製した。
【0036】
上記の培養液Aを用いて3日間培養した場合、心筋細胞シートの拍動は生じなかった。そこで、培養液を以下の組成を有する培養液B
【0037】
【表1】

【0038】
に変更したところ、培養液Bの変更して12時間後に自律拍動を開始した。細胞の拍動は、67.5±11.52(n=4)であり、閾電圧は3 V、閾インターバルは500ミリ秒であった。
一方、培養液Aで継続的に培養しても拍動する細胞が確認されなかったため、この細胞シートに対して電気刺激(電圧3 V、間隔500ミリ秒)を印加したところ、この細胞シートも拍動を開始した。この拍動は、12時間後においても継続しており、周囲の心筋細胞とも同期を開始した。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明により提供される心臓代替物は、弁付き血管を使用していることから内腔の血流が一方向性に保たれた。また、低抗原性処理を行った後に移植することから心臓代替物の内腔表面が移植後の宿主の血管内皮に置換された。また、弁付き肺動脈を弁付き血管として用いた場合には、肺動脈が低圧系動脈であるため、高圧系動脈に接続され血流されることにより血管の瑠化が生じ、駆出容量の大容量化を図ることができる。さらに、生体内に移植した際に心臓代替物の外側に大網を巻き付けたことから、心臓代替物の外側表面に位置する心筋細胞層に対して早期に大量の毛細血管系が流入して、心筋細胞層に栄養を供給することができ、結果的に従来にない厚さの心筋層を形成することができた。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1−1】図1は、本発明のバイオ心臓の利用態様を示す図である。図1(a)は下肢静脈鬱血が続く患者への使用法を示す図である。駆出力が弱いままでも、十分に使用することができる。また、図1(b)は、2個のバイオ心臓を腹部大動脈に接続したまま心臓とペーシングして同期させる態様を示す。現在心不全の治療に使用されているバルーンパンピングの原理と逆で、血管外から圧力をかける方法である。
【図1−2】図1(c)は3個のバイオ心臓を腹部大動脈に接続したまま心臓とペーシングして同期させる態様を示す。このように本発明においては、駆出力を得るために、徐々に数を増やして使用することを想定している。図1(d)は3個のバイオ心臓を腹部大動脈から切り出し、心室と駆出路に接続し直して、心臓とペーシングして同期させる態様を示す。このためには大量の心筋が必要となるが、低圧系の肺動脈を使用できることを意味している。
【図2】図2は、本発明の心臓代替物を腹腔内の腹部大動脈に接続してから4週間の経過後も、心筋代替物全体が自律的に拍動を継続していることを示す図である。
【図3】図3は、心臓代替物を大動脈に接続した場合と、単に腹腔内に留置しただけの場合とを比較して、本発明のバイオ心臓の作製方法に基づいて腹腔内においてバイオ心臓を作製した場合に有意に駆出容量が増加したバイオ心臓が作成できることを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
低抗原性処理をした弁付き血管、および
その周囲に形成された心筋細胞層
から構成される、弁を持った拍動血管(心臓代替物)。
【請求項2】
血管を凍結させた後、界面活性剤を用いて処理することにより、弁付き血管の低抗原性処理を行う、請求項1に記載の弁を持った拍動血管(心臓代替物)。
【請求項3】
弁付き血管が、ヒト由来のものである、請求項1または2に記載の弁を持った拍動血管(心臓代替物)。
【請求項4】
弁付き血管が、心臓弁部と弁のない大血管とを縫合することにより作成された弁付き血管、またはもともと弁が存在する大血管である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の弁を持った拍動血管(心臓代替物)。
【請求項5】
弁付き血管が、肺動脈弁が付属した肺動脈または他の動脈弁を大静脈に縫合したもの、である、請求項4に記載の弁を持った拍動血管(心臓代替物)。
【請求項6】
弁付き血管の周囲に形成される心筋細胞層が、心筋細胞のシート状のものから形成される心筋細胞層、生体吸収性の物質中で心筋細胞を培養したものから形成される心筋細胞集団、およびその両方から選択される、請求項1〜5のいずれか1項に記載の弁を持った拍動血管(心臓代替物)。
【請求項7】
心筋細胞が、ヒト由来のものである、請求項1〜6のいずれか1項に記載の弁を持った拍動血管(心臓代替物)。
【請求項8】
低抗原性処理をした弁付き血管を作成し、
当該弁付き血管の周囲に心筋細胞層を形成して心臓代替物を得、
当該心臓代替物を生体の腹腔内の血管に接続して血液を流し、
さらに当該心臓代替物の外側に大網を巻き付け、
生体内で自律的に拍動させながら保持する、
ことを特徴とする、血管由来のバイオ心臓の作製方法。
【請求項9】
血管を凍結させた後、界面活性剤を用いて処理することにより、弁付き血管の低抗原性処理を行う、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
弁付き血管が、ヒト由来のものである、請求項8または9に記載の方法。
【請求項11】
弁付き血管が、心臓弁部と弁のない大血管とを縫合することにより作成された弁付き血管、またはもともと弁が存在する大血管である、請求項8〜10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
弁付き血管が、肺動脈弁が付属した肺動脈または他の動脈弁を大静脈に縫合したもの、である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
弁付き血管の周囲に形成される心筋細胞層が、心筋細胞のシート状のものから形成される心筋細胞層、生体吸収性の物質中で心筋細胞を培養したものから形成される心筋細胞集団、およびその両方から選択される、請求項8〜12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
心筋細胞が、ヒト由来のものである、請求項8〜13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
当該心臓代替物を接続する腹腔内の血管が、高圧系動脈である、請求項8〜14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
高圧系動脈が、腹部大動脈である、請求項15に記載の方法。

【図2】
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【図1−1】
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【図1−2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−62218(P2011−62218A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−5864(P2008−5864)
【出願日】平成20年1月15日(2008.1.15)
【出願人】(505246789)学校法人自治医科大学 (49)
【出願人】(591173198)学校法人東京女子医科大学 (48)
【出願人】(000149435)株式会社大塚製薬工場 (154)
【Fターム(参考)】