説明

分析装置および分析チップ、並びに分析装置における温度測定方法

【課題】微小流路を有する分析チップにおいて、微小流路に設定された分析部に試料液が少量しか存在しない場合でも、赤外線センサにより試料液温度を正確に測定可能とする。
【解決手段】試料液を流通させる微小流路11が設けられ、この微小流路11内の一部に、試料液中に含まれ得る被検出物質を分析する分析部14が配設されてなる分析チップ10であって、この分析チップ10を用いて前記被検出物質に関する分析を行うと共に、分析部14に有る試料液の温度を赤外線センサ40により測定する分析装置にセットして使用される分析チップにおいて、分析装置にセットされたとき前記分析部14に有る試料液を間に置いて赤外線センサ40と向かい合う位置に、金属膜18を配置しておく。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分析チップを用いて試料液中に含まれる物質について各種分析を行う装置において、分析部の試料液の温度を測定する方法および、その方法を実施する装置に関するものである。
【0002】
また本発明は、上述のような分析チップに関するものである。
【背景技術】
【0003】
バイオ測定においては、抗原抗体反応などの生体分子反応を検出することにより、被検出物質である抗原(あるいは抗体)などの存在の有無、量を測定している。なお本明細書では、その種の測定を行うこと、および、そのような測定の結果に基づいて「陽性」あるいは「陰性」等の状態を求めることを総称して「分析」と称するものとする。
【0004】
例えば、互いに特異的に結合する2つの物質の一方(抗原、抗体、各種酵素、受容体など)を基板上に固定化し、他方の物質(これは被検出物質そのものであってもよいし、あるいは試料中で被検出物質と競合する競合物質であってもよい)を基板上に固定された固定層に結合させ、この結合反応を検出することにより、試料中における被検出物質の有無、量を分析することができる。
【0005】
具体的には、試料に含まれる被検出物質である抗原を検出するため、基板上にその抗原と特異的に結合する抗体を固定しておき、基板上に試料を供給することにより抗体に抗原を特異的に結合させ、次いで、抗原と特異的に結合する、標識が付与された標識抗体を添加し、抗原と結合させることにより、抗体―抗原―標識抗体の、所謂サンドイッチを形成し、標識からの信号を検出するサンドイッチ法や、標識された競合抗原を被検出物質である抗原と競合的に固定化抗体と結合させ、固定化抗体と結合した競合抗原に付与されている標識からの信号を検出する競合法などのイムノアッセイが知られている。
【0006】
なお上記サンドイッチ法においては、被検出物質である抗原が上記「他方の物質」に相当し、競合法においては競合抗原が上記「他方の物質」に相当する。後者の競合法においては、固定化抗体と結合した競合抗原の量が多いほど、被検出物質である抗原の量が少ないという関係があるので、この関係に基づいて、競合抗原の量に対応する標識からの信号レベルにより抗原の量を求めることができる。
【0007】
また、上述のようなバイオ測定に適用可能で、高感度かつ容易な測定法として蛍光検出法が広く用いられている。この蛍光検出法は、特定波長の光により励起されて蛍光を発する被検出物質を含むと考えられる試料に上記特定波長の励起光を照射し、そのとき蛍光を検出することによって被検出物質の存在を確認する方法である。また、被検出物質が蛍光体ではない場合、蛍光色素で標識されて被検出物質と特異的に結合する物質を試料に接触させ、その後上記と同様にして蛍光を検出することにより、この結合すなわち被検出物質の存在を確認することも広くなされている。
【0008】
以上述べたような光学的手法を用いるバイオ分析においては、所用時間の短縮化が望まれている。そこで、反応部における反応を効率良く生じさせて、所用時間の短縮を図る方法が種々提案されている。例えば特許文献1には、微小流路(マイクロ流路)型の分析チップを用い、試料液を一定の高速で流下させることにより分析の高速化を図ることが提案されている。この種の分析チップは、上述した蛍光検出による被検出物質の検出や定量分析を行うために適用することも可能である。
【0009】
上述のような測定が免疫反応や酵素反応等を利用するものである場合、それらの反応は温度依存性が大きいので、診断等のために高信頼性が求められる測定では、反応部を所定温度に維持する温度調節(温調)が行われる。この温調は通常、反応部の温度を測定し、その測定結果に基づいて加熱手段や冷却手段の駆動をフィードバック制御することによってなされる。この場合、温調を正確に行うためには、まず反応部の温度を正確に測定することが当然必要である。
【0010】
従来、温度測定手段としては種々のものが知られているが、上述した微小流路型の分析チップを用いる分析装置においては、微小流路中にサーミスタや熱電対等の温度測定手段を挿入すると、それ自体が試料液つまりは被検出物質の温度を乱してしまう上、反応状態を阻害することもある。そこで、そのような分析装置においては、温度測定対象物からの放射赤外線を検出することにより温度を非接触で測定できる赤外線センサが適用されることが多い。なおこの赤外線センサを用いる温度測定については、例えば特許文献2に記載がなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2007−101221号公報
【特許文献2】特開2002−277321号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
水等の一般的な液体は赤外線放射率が高いので、赤外線センサにより比較的容易に温度を測定可能である。しかし、先に述べた微小流路型の分析チップ等において、流路が浅くて温度測定対象である試料液が少量しか存在していない状態下では、赤外線センサから十分な信号が得られないため、正確な温度測定が困難であるという問題が認められる。
【0013】
本発明は上記の事情に鑑みてなされたものであり、微小流路を有する分析チップを用いる分析装置において、微小流路に設定された分析部に試料液が少量しか存在しない場合でも、試料液の温度を正確に測定できる温度測定方法を提供することを目的とするものである。
【0014】
また本発明は、そのような温度測定方法を実施できる分析チップおよび分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明による分析装置における温度測定方法は、
試料液を流通させる微小流路が設けられ、この微小流路内の一部に、試料液中に含まれ得る被検出物質を分析する分析部が配設されてなる分析チップを用いて、前記被検出物質に関する分析を行う分析装置において、
前記分析部に有る試料液の温度を赤外線センサによって測定し、
この温度測定を行う際に、前記分析部に有る試料液を間に置いて前記赤外線センサと向かい合う位置に金属膜を配置しておくことを特徴とするものである。
【0016】
一方、本発明による分析チップは、
試料液を流通させる微小流路が設けられ、この微小流路内の一部に、試料液中に含まれ得る被検出物質を分析する分析部が配設されてなる分析チップであって、
この分析チップを用いて前記被検出物質に関する分析を行うと共に、分析部に有る試料液の温度を赤外線センサにより測定する分析装置にセットして使用される分析チップにおいて、
前記分析装置にセットされたとき前記分析部に有る試料液を間に置いて前記赤外線センサと向かい合う位置に、金属膜が配置されていることを特徴とするものである。
【0017】
なお上記の金属膜は、前記微小流路の流路内壁上に配置されていることが望ましい。
【0018】
また本発明の分析チップにおいては、前記金属膜から、前記分析部に有る試料液を側方から囲むように、赤外線センサ側に向かって延びた別の金属膜が配設されていることが望ましい。そして、そのような別の金属膜が設けられる場合は、その別の金属膜の先端部から、赤外線センサの視野角が見込む領域内に入らない範囲で内側に向かって延びたさらに別の金属膜が配設されていることが望ましい。上述のような別の金属膜やさらに別の金属膜は、分析部に有る試料液を間に置いて赤外線センサと向かい合う位置に配置された金属膜と一体的に形成されてもよいし、あるいは、その金属膜とは別体に形成されてもよい。
【0019】
なお、上記別の金属膜とさらに別の金属膜とが設けられる構造は、微小流路の厚さが810μm以下である場合に適用されると、金属膜による効果がより顕著に得られる。
【0020】
また本発明の分析チップにおいては、分析部に有る試料液を間に置いて赤外線センサと向かい合う位置に配置された金属膜が、光照射を受けて表面プラズモンを発生させるために兼用されていることが望ましい。
【0021】
さらに、前記分析部に有る試料液を間に置いて前記赤外線センサと向かい合う位置に配置された金属膜は、少なくとも前記赤外線センサの視野角が見込む領域の全域に亘って配設されていることが望ましい。
【0022】
また本発明の分析装置は、
上述した本発明による分析チップを用いて被検出物質に関する分析を行うと共に、前記分析部に有る試料液の温度を赤外線センサにより測定する構成を有する分析装置において、
前記分析部を加熱あるいは冷却する温度制御素子と、
この温度制御素子の駆動を、前記赤外線センサが出力する温度検出信号に基づいてフィードバック制御して、前記分析部に有る試料液を目標温度に設定する制御回路とを有することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0023】
本発明による分析装置における温度測定方法は、分析チップの微小流路内の分析部に有る試料液の温度を赤外線センサによって測定し、この温度測定を行う際に、前記分析部に有る試料液を間に置いて前記赤外線センサと向かい合う位置に金属膜を配置しておくようにしたので、分析部に有る試料液から赤外線センサと反対側に放射した赤外線をこの金属膜で赤外線センサ側に反射させ、該赤外線センサによって検出可能となる。そこで、上記分析部に試料液が少量しか存在しない場合でも、赤外線センサの温度検出信号の信号量を十分に確保して、試料液の温度を正確に測定することができる。
【0024】
また、本発明による分析チップは、分析装置にセットされたとき分析部に有る試料液を間に置いて、分析装置の赤外線センサと向かい合う位置に金属膜が配置されたものであるので、本発明による温度測定方法を実施可能となる。
【0025】
そして、この本発明の分析チップにおいて特に、前記金属膜から、前記分析部に有る試料液を側方から囲むように赤外線センサ側に向かって延びた別の金属膜が配設されている場合は、分析部に有る試料液から側方に放射した赤外線をこの別の金属膜で反射させて、あるいはその後前記金属膜やこの別の金属膜で何回か反射させて、最終的に赤外線センサに向かって進行させることができる。そこでこの場合は、赤外線センサの温度検出信号の信号量をより十分に確保して、試料液の温度をより正確に測定することができる。
【0026】
また、上記のような別の金属膜が設けられる場合において、特にその別の金属膜の先端部から、赤外線センサの視野角が見込む領域内に入らない状態で内側に向かって延びたさらに別の金属膜が配設されている場合は、赤外線センサからやや逸れた方向に放射する赤外線をこのさらに別の金属膜によって反射させ、その後他の金属膜で何回か反射させて、最終的に赤外線センサに向かって進行させることができる。そこでこの場合は、赤外線センサの温度検出信号の信号量をさらに十分に確保して、試料液の温度をさらに正確に測定することができる。
【0027】
また本発明の分析チップにおいて特に、前記分析部に有る試料液を間に置いて前記赤外線センサと向かい合う位置に配置された金属膜が、少なくとも前記赤外線センサの視野角が見込む領域の全域に亘って配設されている場合は、この金属膜の後方(赤外線センサと反対側)に配置された赤外線発生源から発せられた赤外線が赤外線センサに入射して、試料液の検出温度に誤差を生じさせることを防止可能となる。なお、上記の赤外線発生源としては例えば、分析部の試料液を所定温度に温調するために用いられるヒーター等が考えられる。そこで金属膜を上述のように配設する構成は、分析部の試料液を所定温度に温調する構成を有する分析装置にセットして使用される分析チップに適用されると特に効果的である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の第1実施形態による分析チップを用いる分析装置を示す概略側断面図
【図2】上記分析装置の温度測定部を示す立断面図
【図3】上記分析チップの外形形状を示す斜視図
【図4】上記分析チップの要部を示す概略図
【図5】本発明の第2の実施形態による分析チップを用いる分析装置の温度測定部を示す立断面図
【図6】流路厚が大きい場合の金属膜の作用を説明する図
【図7】流路厚が小さい場合の金属膜の作用を説明する図
【図8】流路上面から金属膜を臨む角を説明する図
【図9】流路の厚さと、上記臨む角との関係の一例を示すグラフ
【図10】流路の厚さと、金属膜が赤外線を反射する割合との関係の一例を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、図面を参照して本発明の実施形態を詳細に説明する。図1は、本発明の第1の実施形態による分析チップ10を用いる分析装置の概略構成を示すものである。また図2は、その分析装置の温度測定部を別の方向から(図1中の右方から)見た状態を示すものである。この分析装置は、先に述べた微小流路型分析チップ(以下、単に分析チップという)10を用いて生体由来物質を検出、分析する装置として構成されたものであり、図3はその分析チップ10を示している。まずこの分析チップ10について説明する。
【0030】
分析チップ10は分析装置本体に対して着脱自在とされたものであり、図1〜3に示される通り、試料液が流される微小流路11を有する流路部材12と、微小流路11の一部を構成して、互いに特異的に結合する2つの物質のうちの一方の物質13を壁面に固定しているセンサ部(分析部)14と、流路部材12の上に固着された上板部材17とを備えている。
【0031】
本例では、抗原抗体反応においてサンドイッチ法によるアッセイを行う場合を例とし、そこで上記物質13が、被検出物質である抗原Aと特異的に結合する抗体であるとして説明する。なお、抗体13は直接微小流路11の壁面に固定されてもよいが、本例では後述するように表面プラズモンによる電場増強を利用して、検出する蛍光を増強するようにしており、そこでこの場合は微小流路11の壁面上に金属薄膜18が形成され、その上に抗体13が固定されている。
【0032】
上記上板部材17は、図3に示されるように、上表面に開口した試料液流入口16aおよび試料液流出口16bと、試料液流入口16aと微小流路11の上流端とを連通させる開口15aと、試料液流出口16bと微小流路11の下流端とを連通させる開口15bとを有している。この上板部材17と流路部材12は、例えば超音波溶接により接合されている。流路部材12および上板部材17はポリスチレン等の透明な誘電体材料からなり、射出成型によりそれぞれ成型されている。微小流路11の深さは例えば50〜100μm程度とされる。
【0033】
また本例の分析チップ10においては、図4に概略的に示すように、抗体13が固定されている領域の上流側において微小流路11の内面に、標識抗体20が付着されている。標識抗体20は、被検出物質に対して、前述の抗体13とは異なるエピトープに特異的に結合する抗体23と蛍光標識22とから構成されたものである。ここでは蛍光標識22として、多数の蛍光色素分子fと該蛍光色素分子fを内包する光透過材料21とからなる蛍光微粒子が用いられている。
【0034】
上記蛍光微粒子の大きさに特に制限はないが、直径数十nm〜数百nm程度が好ましく、ここでは一例として直径100nm程度のものが用いられている。光透過材料21としては、具体的には、ポリスチレンやSiO2などが挙げられるが、蛍光色素分子fを内包でき、かつ該蛍光色素分子fからの蛍光を透過させて外部に放出できるものであれば特に制限されない。本例における標識抗体20は、蛍光標識22を、それよりも小さい抗体23により表面修飾して構成されている。
【0035】
次に、図1〜3に戻って分析装置について説明する。この分析装置は、上面に分析チップ10が載置される温調ブロック30と、励起光Lを、微小流路11の底面(流路部材12と金属薄膜18との界面)に対して全反射条件となる入射角で、かつp偏光状態で入射させる半導体レーザ等からなる光源31と、分析チップ10の試料液流出口16bにノズル32を介して一端が連通される連通管33と、この連通管33の他端に吸込口が接続された試料吸引ポンプ34と、連通管33に介設された開放弁35と、分析チップ10のセンサ部14の近傍部分から後述するようにして発せられる蛍光を検出する光検出器36とを備えている。なお図1においては、上記光源31および光検出器36は省略してある。
【0036】
次に、この分析装置による被検出物質の検出について説明する。ここでは一例として、試料液としての血液(全血)Sに含まれる可能性のある抗原Aを検出する場合について説明する。まず、図1に示す試料液流入口16aに全血Sが注入され、それとともに試料吸引ポンプ34が駆動され、開放弁35は連通管33を開く状態に設定され、全血Sが分析チップ10の微小流路11内に導入される。
【0037】
微小流路11に導入された全血Sは、図4に模式的に示すように血球(赤血球、白血球および血小板)Hを含み、また抗原Aを含み得るものである。この全血Sが、微小流路11を流下すると、微小流路11に吸着固定されている標識抗体20と混ぜ合わされる。それにより、抗原Aが標識抗体20の抗体23と結合し、さらに抗体23と結合した抗原Aが、センサ部14の抗体13と結合し、抗原Aが抗体13と抗体23で挟み込まれたいわゆるサンドイッチが形成される。
【0038】
このようにしてセンサ部14に吸着した抗原Aは、以下の通りにして検出される。光源31から発せられた励起光Lは、微小流路11の底面(流路部材12と金属薄膜18との界面)に対して、全反射条件となる入射角で入射する。こうして励起光Lが全反射すると、抗体13を固定している微小流路11の内壁面から試料液中にエバネッセント光が滲み出す。このとき、エバネッセント光の滲み出し領域内に蛍光標識22が存在すると、その蛍光標識22が励起されて蛍光が発生する。こうして発生した蛍光は、光検出器36によって検出される。以上のようにして蛍光標識22の存在を検出することは、すなわち、抗体13と結合した抗原Aの存在を検出することになる。そこで光検出器36の蛍光検出信号に基づいて、抗原Aの存在の有無や、その量を検出可能となる。
【0039】
また本実施形態では特に、金属薄膜18が形成されているため、上記エバネッセント光によって金属薄膜18中に表面プラズモンが励起される。この表面プラズモンにより金属膜表面に電界分布が生じ、電場増強領域が形成される。そこで上記蛍光は、この電場増強効果により増強されたものとなり、特に高感度で抗原Aの存在の有無や、その量を検出可能となる。
【0040】
次に試料液の温度測定について、図1および2を参照して説明する。先に説明した理由により、分析部であるセンサ部14の温度を所定値に温度調節(温調)することが求められる。そこで本例では、ペルチェ素子等の加熱あるいは冷却手段を含む温調ブロック30と、赤外線センサ40と、温調ブロック30の駆動制御回路41とを用いて温調がなされる。すなわち、赤外線センサ40はセンサ部14に対向する位置に配されて、センサ部14にある試料液から発せられる赤外線IRを検出し、それにより試料液の温度を測定する。この赤外線センサ40が出力する温度検出信号は駆動制御回路41に入力され、駆動制御回路41は温調ブロック30の駆動をこの温度検出信号に基づいてフィードバック制御し、それによりセンサ部14にある試料液の温度が所定温度に維持される。
【0041】
なお上記温調は、例えば下記の通りにしてなされる。赤外線センサ40を用いて分析チップ10の初期温度T0を取得し、反応を行うのに適した目標温度Tactとの差を用いて、温調条件(温度、温調する時間)を決定する。その場合、温調ブロック30の設定温度Tsetは
Tset = F(Tact−T0)
と表せる。関数Fは多項式であっても良いし、任意の関数が使える。温調中も赤外線センサ40で温度測定を行い、リアルタイムに(ある時間間隔で)T0の値を更新して、温調ブロック30の設定温度を変更することができる。
【0042】
温調する時間Ttimeは、
Ttime=G(Tact−T0)
と表せる。関数Gは多項式であっても良いし、任意の関数が使える。Ttimeは測定完了までの時間表示に用い、ユーザーの便に供することができる。また、Ttime(+α)の時間が経っても目標温度Tactに達しない場合は、被検出物質や温調ブロック30に異常があるとして、エラー表示やユーザーへの確認指示を行うことができる。
【0043】
ここで本装置においては、センサ部14に有る試料液を間に置いて赤外線センサ40と向かい合う状態にして金属薄膜18が配設されているので、センサ部14に有る試料液から赤外線センサ40と反対側に放射した赤外線IRをこの金属薄膜18で赤外線センサ40側に反射させ、該赤外線センサ40によって検出可能となる。そこで、センサ部14に試料液が少量しか存在しない場合でも、赤外線センサ40が出力する温度検出信号の信号量を十分に確保して、試料液の温度を正確に測定することができる。
【0044】
本実施形態では特に、先に述べたように微小流路11が極めて浅いものとなっているので、センサ部14上で試料液は少量しか存在せず、元より赤外線放射量が少ないので、金属薄膜18による温度検出信号の増強が極めて効果的である。
【0045】
さらに本実施形態では特に、金属薄膜18が、センサ部14の裏側に位置する部分から、センサ部14に有る試料液を左右側方から囲むように赤外線センサ40側に向かって延びた部分を有する形状とされているので、センサ部14に有る試料液から側方に放射した赤外線IRを上記部分で反射させて、あるいはその後金属薄膜18の別の部分で何回か反射させて、最終的に赤外線センサ40に向かって進行させることができる。そこで、赤外線センサ40が出力する温度検出信号がさらに増強されるようになる。
【0046】
なお、上記形状の金属薄膜18は全てが一体的に形成されているが、センサ部14に有る試料液を左右側方から囲む部分を、その他の部分と別体に形成しても構わない。
【0047】
また本実施形態において金属薄膜18は、赤外線センサ40の出射角θ(図1参照)が見込む領域の全域、およびそれよりも若干外側の範囲に亘って配設されているので、温調ブロック30から発せられた赤外線が赤外線センサ40に入射することがなくなる。つまり、温調ブロック30から発せられた赤外線は、もし金属薄膜18が存在しなければ、図1に破線の矢印43で示すように赤外線センサ40に入射してしまうが、金属薄膜18が存在することにより同図に実線の矢印42で示すように該金属薄膜18で反射して、赤外線センサ40に入射することがなくなる。
【0048】
センサ部14上で反応が起きる部分と温調ブロック30の上表面との間には温度勾配が存在して、それら両者の間で2〜3K程度の温度差が生じることがある。そこで、温調ブロック30から発せられた赤外線が赤外線センサ40に入射する事態が生じると、試料液の検出温度に誤差が生じるが、上記事態の発生を防止可能であれば、誤差発生を免れることができる。
【0049】
なお、金属薄膜18の形状は本実施形態における形状に限られるものではなく、例えば微小流路11の内壁に沿って延びる部分だけを有する単純な平板状の形状とされてもよい。そして金属薄膜18の、赤外線センサ40に対面している部分の大きさは、赤外線センサ40の視野角θに応じて設定されることが望ましいが、この視野角θが見込む領域よりも広い大きさ、例えば微小流路11の底面全体を覆う大きさとされても構わない。
【0050】
また、金属薄膜18を構成する金属種は特に制限がなく、赤外線の放射率が比較的低いもの、例えば0.35以下程度の金属が望ましい。具体的に上記実施形態では、表面プラズモンを励起させる上で好ましい金(Au)が適用されているが、その他にも例えばアルミニウム、真鍮、コバルト、鉄などを使うことができる。
【0051】
一方、上記実施形態では金属膜として金属薄膜18が適用されているが、このように薄膜状に形成することは必ずしも必要ではない。つまり、金属膜の厚さに制限は無く、厚みに対して放射率が飽和している領域ならば、どれほど厚くても構わない。
【0052】
次に図5を参照して、本発明の第2の実施形態について説明する。なおこの図5において、図1〜4中の要素と同等の要素には同番号を付してあり、それらについての説明は特に必要のない限り省略する。
【0053】
図5は、本発明の第2の実施形態による分析チップを用いる分析装置の温度測定部を、図2と同じ方向から見た状態を示している。この図5の構成は図2の構成と対比すると、金属薄膜18′の形状の点で異なるものである。すなわち本実施形態における金属薄膜18′は、図2の金属薄膜18において赤外線センサ40側に向かって延びた部分の先端部から、赤外線センサ40の視野角θが見込む領域内に入らない範囲で内側に向かって延びたさらに別の部分を有する形状とされている。なお、このように赤外線センサ40側に向かって延びた部分、そこからさらに内側に向かって延びた部分、およびセンサ部14の裏側から赤外線センサ40に対面する部分の3つを一体的に形成する他、それらのうちの1つあるいは2つの部分を、その他の部分と別体に形成しても構わない。
【0054】
本実施形態では金属薄膜18′が上記形状とされているので、赤外線センサ40からやや逸れた方向に放射する赤外線を、金属薄膜18′の上記内側に向かって延びた部分で反射させ、その後金属薄膜18′の他の部分で何回か反射させて、最終的に赤外線センサ40に向かって進行させることができる。そこで、赤外線センサ40の温度検出信号の信号量をさらに十分に確保して、試料液の温度をさらに正確に測定することができる。
【0055】
なお、流路内で免疫アッセイを行う等の場合には、反応効率を上げるために微小流路11の流路厚を小さくする要求が一般に存在するが、上述したような金属薄膜18や18′は、微小流路11の厚さが非常に薄い(810μm以下)場合に適用されると特に効果的である。以下、その点について一般的モデルを考えて説明する。
【0056】
説明を容易にするため、金属膜Mのサイズが5mm×5mmで、流路厚が0.5mmと5mmの場合について、各場合を示す図9および10を参照しながら比較して説明する。なおこれらの図において(1)は金属膜の上に存在する試料液を、(2)は(1)に示した試料液の断面形状を金属膜Mとともにそれぞれ概略的に示している。図10のように流路厚が小さいと、図9のように大きい場合に比べて、試料液の体積が1/10に減少し、体積に比例する赤外線放出量も1/10に減少し、測定がより難しくなる。
【0057】
流路厚を小さくすると、大きい場合に比べて、A点から金属膜を臨む角は約3倍(=157°/53°)に増大し、A点から赤外線センサと反対側に放射された赤外線のうち、金属膜で反射される光量は約3倍に増大する。A点から金属膜側に近い点では、全く同じように約3倍になるわけではないが、流路厚が小さくなった分、反射光量は増大する。つまり、上記要求に従うと赤外線量が下がってしまうが、その半面、流路底面に金属膜Mを設けることで、反射光量を増大できる。
【0058】
以下、さらに具体的に説明する。
《流路厚が大きい図6の場合》
赤外線が観測している流路領域は5mm×5mm×5mm、センサ面の面積(金属膜Mの面積)は5mm×5mmである(実際は流路になっているので、立方体形状の閉じた空間ではないが、赤外線センサが検出できる流路範囲として立方体形状に区切って考える)。流路内A点(上面の中心点)から放射された赤外線は四方八方に飛び、金属膜Mに入射した成分は上方に反射される。簡単のため、A点より図の上方に飛んだ赤外線は全てNAの大きなレンズを使って原理的に検出可能とすると、図の破線で示す赤外線は検出不可能になる。これはA点から金属膜Mを臨む角によって決まる。なお、図8にθで示す角度が、金属膜Mを臨む角である。流路厚が大きいと、金属膜Mを臨む角は相対的に小さくなる。A点以外の金属膜Mに近い位置であっても、流路厚が大きい分、臨む角が小さい位置(放射)が多くなる。
《流路厚が小さい図7の場合》
赤外線が観測している流路領域は5mm×5mm×0.5mm、センサ面の面積(金属膜Mの面積)は5mm×5mmである。流路厚が小さいと、金属膜Mを臨む角は相対的に大きくなる。金属膜Mから最も離れた点Aであっても、放射した赤外線のほとんどが金属膜Mで反射され、赤外線センサで検出可能になる。なおこの図7でも、検出不可能になる赤外線を破線で示してある。
【0059】
図9は、上記の計算から、流路の厚さに対して望む角をプロットしたものである。金属膜Mが無い時、赤外線センサと反対側に飛んでしまって原理的に測定できなかった赤外光は、臨む角が180°の範囲に飛ぶ。金属膜Mを臨む角が180°になるように配置すれば、測定できなかった赤外光をすべて赤外線センサ側に反射させ、検出効率が100%になる。
【0060】
また図10は、A点(試料液上面の中央点)における金属膜Mを臨む角を用いて、測定できなかった赤外光のうち、何%反射できたかを縦軸にプロットした図である。反射できる割合が80%以上を金属膜設置の効果が高いとすると、流路の厚さは一例として810μmである。なお図5に示したように、試料液の上面および側面に金属膜を設ければ、さらに検出効率が向上する。ただし、流路厚が小さい場合(上記図7の例)では直方体の全面積60mmに対して、側面4面の合計面積は10mmとわずか17%なので、底面、上面の相対的面積が大きい。つまり、流路底面に加えて、流路上面に金属膜を設けることが好ましく、さらに流路側面にも金属膜を設けることが好ましい。
【0061】
以上、金属膜に表面プラズモンを励起し、標識蛍光物質を励起してその蛍光を検出するように構成された分析装置に適用される分析チップの実施形態について説明したが、本発明はその種の分析装置に限らず、微小流路を有する分析チップを用いて生体由来物質等を定性的に、あるいは定量的に分析するあらゆる装置にセットされる分析チップに適用可能である。また、赤外線反射用の金属膜を電極として利用して、標識物質や生体由来物質の特性を示す電気的信号を取得するようにしてもよい。
【0062】
また、検査対象物質の分析用に熱的信号を発する標識を用いて、その信号を赤外線センサで検出してもよい。そのような検出方法は、例えば、光吸収性を有して無輻射遷移する標識物質を用い、生体由来物質の特異反応を利用して生体物質センサ表面に固定化するようにした分析装置に適用可能である。すなわち、その生体由来物質に光を照射すると、固定化された生体由来物質の量に応じた光吸収が起こり、吸収エネルギーは熱エネルギーに変換されて放射される。これを赤外線センサで検出することで物質の分析が可能になる。
【0063】
また、本発明の分析装置が対象とする被検出物質(アナライト)は抗原や抗体の他、遺伝子、細胞などの固層化して観察できる生体由来物質であれば、特に制限がない。遺伝子、細胞を検出する場合は、それらに特異的に吸着する物質を微小流路の内壁に固定しておけばよい。反対に、遺伝子、細胞に特異的に吸着する物質を本発明の分析装置によって検出することも可能であり、その場合は遺伝子、細胞を微小流路の内壁に固定しておけばよい。
【0064】
また、被検出物質、あるいは試料中で被検出物質と競合する競合物質と特異的に結合する物質は、センサ表面に直接固定されている必要はなく、自己組織化単分子膜(SAM)、SiO等の誘電体膜、カルボキシメチルデキストラン等の高分子膜などを介して固定されていてもよい。
【0065】
また、被検出物質、あるいはこの被検出物質と試料液中で競合する競合物質と、それと特異的に結合する物質との組合せも、上述した抗原と抗体に限られるものではなく、その他、アビジン・ビオチン反応、酵素・基質反応など、バイオアッセイに使われる反応により結合する物質の組合せが用いられる場合にも、本発明は同様に適用可能である。
【0066】
さらに、免疫アッセイを適用する場合は、先に説明したサンドイッチアッセイだけではなく、競合法を適用することも可能である。
【0067】
また標識物質は蛍光分子に限らず、蛍光ビーズ、金属微粒子など光応答性があるその他の物質からなるものも適用可能である。
【符号の説明】
【0068】
10 微小流路型分析チップ
11 微小流路
12 流路部材
13 抗体
14 センサ部
18、18′ 金属薄膜
20 標識抗体
22 標識
23 抗体
30 温調ブロック
31 光源
40 赤外線センサ
41 駆動制御回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料液を流通させる微小流路が設けられ、この微小流路内の一部に、試料液中に含まれ得る被検出物質を分析する分析部が配設されてなる分析チップを用いて、前記被検出物質に関する分析を行う分析装置において、
前記分析部に有る試料液の温度を赤外線センサによって測定し、
この温度測定を行う際に、前記分析部に有る試料液を間に置いて前記赤外線センサと向かい合う位置に金属膜を配置しておくことを特徴とする、分析装置における温度測定方法。
【請求項2】
試料液を流通させる微小流路が設けられ、この微小流路内の一部に、試料液中に含まれ得る被検出物質を分析する分析部が配設されてなる分析チップであって、
この分析チップを用いて前記被検出物質に関する分析を行うと共に、分析部に有る試料液の温度を赤外線センサにより測定する分析装置にセットして使用される分析チップにおいて、
前記分析装置にセットされたとき前記分析部に有る試料液を間に置いて前記赤外線センサと向かい合う位置に、金属膜が配置されていることを特徴とする分析チップ。
【請求項3】
前記金属膜が、前記微小流路の流路内壁上に配置されていることを有することを特徴とする請求項2記載の分析チップ。
【請求項4】
前記金属膜から、前記分析部に有る試料液を側方から囲むように、前記赤外線センサ側に向かって延びた別の金属膜が配設されていることを特徴とする請求項2または3記載の分析チップ。
【請求項5】
前記赤外線センサ側に向かって延びた別の金属膜の先端部から、前記赤外線センサの視野角が見込む領域内に入らない範囲で内側に向かって延びたさらに別の金属膜が配設されていることを特徴とする請求項4記載の分析チップ。
【請求項6】
前記微小流路の厚さが810μm以下であることを特徴とする請求項2から5いずれか1項記載の分析チップ。
【請求項7】
前記分析部に有る試料液を間に置いて前記赤外線センサと向かい合う位置に配置された金属膜が、光照射を受けて表面プラズモンを発生させるために兼用されていることを特徴とする請求項2から6いずれか1項記載の分析チップ。
【請求項8】
前記分析部に有る試料液を間に置いて前記赤外線センサと向かい合う位置に配置された金属膜が、少なくとも前記赤外線センサの視野角が見込む領域の全域に亘って配設されていることを特徴とする請求項2から7いずれか1項記載の分析チップ。
【請求項9】
請求項2から8いずれか1項記載の分析チップを用いて被検出物質に関する分析を行うと共に、前記分析部に有る試料液の温度を赤外線センサにより測定する構成を有する分析装置において、
前記分析部を加熱あるいは冷却する温度制御素子と、
この温度制御素子の駆動を、前記赤外線センサが出力する温度検出信号に基づいてフィードバック制御して、前記分析部に有る試料液を目標温度に設定する制御回路とを有することを特徴とする分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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