説明

切削工具

【課題】簡単な処理で切削抵抗を均一化させ得る切削工具を提供する。
【解決手段】回転方向Aに離れて2つの第1切れ刃3と2つの第2切れ刃5とが交互に設けられ、第1切れ刃3が第2切れ刃5に対して第1中心角θ1で離れて後行し、第2切れ刃5がその第1切れ刃3に対して、第1中心角θ1よりも小さい第2中心角θ2で離れて後行する切削工具(不等ピッチエンドミル)1であって、第1切れ刃3は、工具本体の第1切れ刃本体部3bと、その第1切れ刃本体部3bを覆って形成された所定の摩擦係数の第1コーティング膜3aとを有し、一方、第2切れ刃5は、工具本体の第2切れ刃本体部5bのみを有するか、または第2切れ刃本体部5bと、その第2切れ刃本体部5bを覆って形成され、第1コーティング膜3aよりも摩擦係数の大きい第2コーティング膜5aとを有する構成となっており、これにより全部の切れ刃における切削抵抗が均一化されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作物等を切削するための不等ピッチエンドミルまたは不等ピッチフライスなどの切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
エンドミルとして、従来当初にあっては、図3に示すように切れ刃100の間隔を回転中心O回りに等しく設定した等ピッチエンドミルが知られている。この等ピッチエンドミルにおいては、エンドミルの回転中心O回りにおける切れ刃100の間隔が等しいため、自励びびり振動が発生しやすかった。
【0003】
そこで、自励びびり振動の発生を抑制すべく、図4に示すように、回転中心Oの回りにおける切れ刃101の間隔を不等分割した不等ピッチエンドミルが提案されている(例えば特許文献1等参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−198767
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上記不等ピッチエンドミルは、自励振動の抑制には効果があるが、工具切れ刃の不等分割により発生する切削抵抗の増減により、新たな強制振動が発生する場合がある。これは、前記等ピッチエンドミルでは、図5に示すように、各切れ刃100の切削により発生する切削抵抗は理論的には等しくなるが、切れ刃の間隔が異なる不等ピッチエンドミルでは、図6に示すように、間隔が広い切れ刃101(A)の切削抵抗は増加し、逆に狭い切れ刃101(B)の抵抗は減少する。ここで、間隔が広い(または狭い)とは、互いに隣り合う2つの切れ刃における回転中心O回りの中心角θが広い(または狭い)ことを言い、間隔が広い(または狭い)切れ刃とは、その中心角θを規定する2つの切れ刃のうちの回転方向下流側の切れ刃のことを言う。
【0006】
そして、この切削抵抗の差異は、新たな加振力となり、加工中に加工振動(強制びびり振動)を発生させることになる。
【0007】
そこで、切削抵抗の差異を低減させる手法として、例えば特許文献1にあっては、中心角が大きい切れ刃のすくい角を、中心角が小さい切れ刃のすくい角に対して大きくすることにより、切削抵抗を減少させ、前記加工振動を低減させる手法を提案している。
【0008】
しかしながら、この手法による場合には、工具に機械加工を施す必要があって簡便とは言い難く、より簡単な方式が望まれていた。
【0009】
本発明では、このような問題点を解決するために、簡単な処理で切削抵抗を均一化させ得る切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者は、種々検討を行うことにより、以下の知見を得た。即ち、切削抵抗とは、被削材が切れ刃によりせん断変形されて切り屑になるための抵抗力、および、切り屑と工具との間の摩擦抵抗の総和と考えられる。よって、摩擦抵抗の低減により切削抵抗が低減し、逆に摩擦抵抗の増加により切削抵抗が増加することになる。このことから、切削抵抗が大きい切れ刃に対して低摩擦係数のコーティング膜を形成することで、その切れ刃の切削抵抗を低減でき、一方、切削抵抗が小さい切れ刃に対して高摩擦係数のコーティング膜を形成することでその切れ刃の切削抵抗を増大化でき、結果として各切れ刃の切削抵抗を均一化することが可能になる。
【0011】
本発明の切削工具は、かかる知見に基づいてなされたものであり、回転方向に互いに離れて3以上の切れ刃を有し、各切れ刃が、回転方向下流側に1つ先行する切れ刃との間の間隔を、互いに隣り合う任意の2つの切れ刃間で異ならせた状態で配設された切削工具であって、互いに隣り合う任意の2つの切れ刃であって、前記間隔が広い方の第1切れ刃と前記間隔が狭い方の第2切れ刃とにおいて、前記第1切れ刃は、工具本体の第1切れ刃本体部と、その第1切れ刃本体部を覆って形成された所定の摩擦係数の第1コーティング膜とを有し、一方、前記第2切れ刃は、工具本体の第2切れ刃本体部のみを有するか、または前記第2切れ刃本体部と、その第2切れ刃本体部を覆って形成され、前記第1コーティング膜よりも摩擦係数の大きい第2コーティング膜とを有する構成となっており、このような第1切れ刃及び第2切れ刃の構成が全部の切れ刃を対象として2つずつの切れ刃に対し適用されて、全部の切れ刃の切削抵抗が均一化されていることを特徴とする。
【0012】
本発明による場合には、回転方向下流側に1つ先行する切れ刃との間の間隔が狭い方の第2切れ刃は、前記間隔が広い方の第1切れ刃よりも切削抵抗が小さいため、第2切れ刃には、第1切れ刃に対して形成される第1コーティング膜よりも摩擦係数の大きい第2コーティング膜が形成されるかまたはコーティング膜の形成が省略される。このような構成を、全部の切れ刃を対象として2つずつの切れ刃に対し適用することで、全部の切れ刃における切削抵抗が均一化される。そして、その切削抵抗の均一化を、コーティング膜の形成により行うので、簡単な処理で済む。
【0013】
なお、第2切れ刃に対しコーティング膜の形成を省略しても、第1切れ刃及び第2切れ刃における切削抵抗が均一化されることは、以下のような場合が該当する。切削抵抗が大きい第1切れ刃に、第2切れ刃における摩擦係数よりも小さい摩擦係数の第2コーティング膜を形成したときには、切削抵抗が小さい第2切れ刃に対してコーティング膜の形成を省略しても、第1中心角と第2中心角とが異なることにより発生する切削抵抗の増減幅と同等であって増減を逆にする変化が生じることがあり、その場合には切削抵抗が小さい第2切れ刃に対してコーティング膜の形成を省略することが可能になる。
【0014】
また、本発明の切削工具において、前記第1コーティング膜は、前記第1切れ刃本体部よりも摩擦係数が小さくなるようにしてもよい。このようにした場合には、切れ刃全体における摩擦係数を小さくした状態で、第1切れ刃及び第2切れ刃における切削抵抗が均一化される。
【発明の効果】
【0015】
本発明による場合には、切削工具に設けられた全部の切れ刃における切削抵抗の均一化を、コーティング膜の形成により行うので、簡単な処理で済む。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る切削工具の一例としての不等ピッチエンドミルを示す横端面図(ハッチングは省略)である。
【図2】図1のII−II線による断面図である。
【図3】従来の等ピッチエンドミルを示す横断面図である。
【図4】従来の不等ピッチエンドミルを示す横断面図である。
【図5】従来の等ピッチエンドミルによる場合における工具の回転角度(横軸)と切削抵抗(縦軸)との関係を示す図である。
【図6】従来の不等ピッチエンドミルによる場合における工具の回転角度(横軸)と切削抵抗(縦軸)との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明の実施形態を具体的に説明する。
【0018】
図1は、本発明の一例である不等ピッチエンドミルを示す横端面図(ハッチングは省略)であり、図2は図1のII−II線による断面図である。なお、図1における横端面図とは、エンドミルの軸心を直角に横切る端面図である。
【0019】
この不等ピッチエンドミル1は、ミル本体1aの上に部分的に第1コーティング膜3aおよび第2コーティング膜5aが被覆された4枚刃であって、回転中心Oを挟んで一対の第1切れ刃3と、同じく回転中心Oを挟んで一対の第2切れ刃5とを有する。つまり、第1切れ刃3及び第2切れ刃5は、それぞれ複数設けられている。また、これら第1切れ刃3及び第2切れ刃5は、交互に配置されている。
【0020】
ミル本体1aとしては、例えば超硬合金(K種)が用いられている。第1切れ刃3は、ミル本体1aの第1切れ刃本体部3bに第1コーティング膜3aが被覆された構成であり、第2切れ刃5は、ミル本体1aの第2切れ刃本体部5bに第2コーティング膜5aが被覆された構成である。つまり、第1切れ刃3は、第1切れ刃本体部3bと第1コーティング膜3aとで構成され、第2切れ刃5は第2切れ刃本体部5bと第2コーティング膜5aとで構成される。
【0021】
一方の第1切れ刃3は、回転方向A下流側に1つ先行する一方の第2切れ刃5に対して第1中心角θ1で離れて後行し、この一方の第2切れ刃5は、同じく回転方向A下流側に1つ先行する他方の第1切れ刃3に対して、第1中心角θ1とは異なる第2中心角θ2で離れて後行する。つまり、第1中心角θ1は、一方の第1切れ刃3と一方の第2切れ刃5との間隔を示し、第2中心角θ2は一方の第2切れ刃5と他方の第1切れ刃3との間隔を示す。なお、本実施例では、θ1は100度に、θ2は80度に設定されている。
【0022】
このように第1中心角θ1と第2中心角θ2とが100度と80度の不等分割になっている場合、第1コーティング膜3aの形成を省略した第1切れ刃本体部3bで生じる切削抵抗は、第2コーティング膜5aの形成を省略した第2切れ刃本体部5bで生じる切削抵抗に対し、100/80=1.25倍になる。
【0023】
このように第1切れ刃本体部3bと第2切れ刃本体部5bとにおいて切削抵抗に差が有ると、加工中に加工振動(強制びびり振動)が発生することになるので、第1切れ刃3の切削抵抗と第2切れ刃5の切削抵抗とを均一化すべく、本実施形態では、切削抵抗が高い第1切れ刃本体部3bに対して摩擦係数の低い第1コーティング膜3aを形成し、一方切削抵抗が低い第2切れ刃本体部5bに対して第1コーティング膜3aよりも摩擦係数が大きい第2コーティング膜5aを形成している。
【0024】
したがって、本実施形態による場合には、第1コーティング膜3aが形成されている第1切れ刃3の切削抵抗を、第2コーティング膜5aが形成されている第2切れ刃5の切削抵抗に対し、1/1.25=0.8倍に低減させることで、第1切れ刃3および第2切れ刃5における切削抵抗を均一化することが可能になる。このようなコーティング膜は機械加工に比べて簡単に形成できるので、簡単な処理で切削抵抗を均一化させ得る。
【0025】
なお、本発明にあっては、用いるコーティング膜の素材の種類により、切削工具と被削材との摩擦係数を変化させることができる。例えば、コーティング膜が無い超硬工具により鋼やアルミ合金からなる被削材を切削するときの摩擦係数は、一般的に0.3程度〜0.5程度であるが、その摩擦係数を低くする場合には、その工具の切れ刃に、DLC(Diamond Like Carbon)からなるコーティング膜を形成することにより、切れ刃の摩擦係数を0.1程度〜0.2程度まで低減することできる。また、0.2より大きい摩擦係数のコーティング膜を形成する場合は、摩擦係数が0.3程度のCrNコーティング膜、摩擦係数が0.4程度のTiCNコーティング膜、摩擦係数が0.5程度のTiAlNコーティング膜などを選択して用いることができる。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
表1は、工具と被削材の摩擦係数と、切削抵抗(主分力、背分力及び切削合力)との関係を纏めた表であり、その解析条件を表2に示す。なお、主分力、背分力及び切削合力の単位は、[N]である。解析条件としては、切削速度が100m/min、切込み量が0.1mm、切削幅が1mm、工具材料が超硬合金(K種)、工具すくい角が10deg、工具逃げ角が10deg、被削材種がアルミニウム合金(JIS A5052)であり、摩擦係数としては、上述したDLCコーティング膜の0.1〜0.2、CrNコーティング膜の0.3、TiCNコーティング膜の0.4、TiAlNコーティング膜の0.5を採用した。また、解析ソフトには、伊藤忠テクノソリューションズ製の切削シミュレーションソフト「ADVANTEDGE 2D」を使用した。
【0029】
この表1より理解されるように、工具と被削材の摩擦係数の低下により切削抵抗の値が大きく低減している。
【0030】
なお、上述した実施形態では、切削抵抗が高い第1切れ刃本体部3bに対して摩擦係数の低い第1コーティング膜3aを形成し、一方切削抵抗が低い第2切れ刃本体部5bに対して第1コーティング膜3aよりも摩擦係数が大きい第2コーティング膜5aを形成したが、本発明はこれに限らず、切削抵抗が高い第1切れ刃本体部3bに対して摩擦係数の低い第1コーティング膜3aを形成するものの、一方切削抵抗が低い第2切れ刃本体部5bに対しては第2コーティング膜5aの形成を省略することができる場合がある。例えば、摩擦係数が0.5のミル本体1aにおいて、中心角が大きいために切削抵抗の大きい切れ刃本体部に摩擦係数が0.2のDLCコーティング膜を形成し、もともと切削抵抗の小さい(中心角が小さい)切れ刃本体部にはコーティングを施さないとき、DLCコーティング膜が形成された中心角が大きい切れ刃の切削合力は表1より57.2[N]となり、一方のコーティングを施さない中心角が小さい切れ刃本体部の切削合力は、摩擦係数が0.5のときの71.7[N]となるため、DLCコーティング膜が形成された中心角が大きい切れ刃の切削抵抗を57.2/71.7≒0.8倍に低減させることができ、つまり不等分割により切削抵抗が1.25倍に増加しても、その増加分を逆に0.8倍に低減する変化が生じることがあり、その場合には切削抵抗が小さい第2切れ刃本体部に対してコーティング膜の形成を省略することが可能になる。
【0031】
なお、上述した実施形態では、4枚刃の不等ピッチエンドミル1における第1中心角θ1を100度に、第2中心角θ2を80度に設定しているが、本発明はこれに限らず、第1中心角θ1を90度よりも大きい任意の角度に、第2中心角θ2を90度よりも小さい任意の角度に設定する場合にも同様に適用することができる。
【0032】
また、上述した実施形態では、4枚刃の不等ピッチエンドミルに適用しているが、本発明はこれに限らず、3枚刃や5枚刃、或いは6枚刃以上の不等ピッチエンドミルに対しても同様に適用することができる。
【0033】
更に、本発明は、工具軸心の周りの周面と、工具の軸心方向の一端側の端面とに切れ刃が形成されている場合には、その両方を適用対象とすることが好ましい。
【0034】
更にまた、上述した実施形態では、不等ピッチエンドミルに適用した例を説明しているが、本発明はこれに限らず、不等ピッチフライスなどの切削工具にも同様に適用することができる。
【符号の説明】
【0035】
1 不等ピッチエンドミル
1a ミル本体
3 第1切れ刃
3a 第1コーティング膜
3b 第1切れ刃本体部
5 第2切れ刃
5a 第2コーティング膜
5b 第2切れ刃本体部
A 回転方向
O 回転中心
θ1 第1中心角
θ2 第2中心角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転方向に互いに離れて3以上の切れ刃を有し、各切れ刃が、回転方向下流側に1つ先行する切れ刃との間の間隔を、互いに隣り合う任意の2つの切れ刃間で異ならせた状態で配設された切削工具であって、
互いに隣り合う任意の2つの切れ刃であって、前記間隔が広い方の第1切れ刃と前記間隔が狭い方の第2切れ刃とにおいて、前記第1切れ刃は、工具本体の第1切れ刃本体部と、その第1切れ刃本体部を覆って形成された所定の摩擦係数の第1コーティング膜とを有し、一方、前記第2切れ刃は、工具本体の第2切れ刃本体部のみを有するか、または前記第2切れ刃本体部と、その第2切れ刃本体部を覆って形成され、前記第1コーティング膜よりも摩擦係数の大きい第2コーティング膜とを有する構成となっており、
このような第1切れ刃及び第2切れ刃の構成が全部の切れ刃を対象として2つずつの切れ刃に対し適用されて、全部の切れ刃の切削抵抗が均一化されていることを特徴とする切削工具。
【請求項2】
請求項1に記載の切削工具において、
前記第1コーティング膜は、前記第1切れ刃本体部よりも摩擦係数が小さいことを特徴とする切削工具。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2013−103296(P2013−103296A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−248566(P2011−248566)
【出願日】平成23年11月14日(2011.11.14)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】