説明

到来方向推定装置及び方法

【課題】低処理負荷による高精度な到来信号の到来方向推定技術を提供する。
【解決手段】到来方向推定装置は、複数のセンサ素子により受信された各受信信号から得られるベースバンド信号ベクトルの相関ベクトルを用いることにより空間平均が適用された共分散行列を示す一般化HANKEL行列Rを生成する第1行列生成部と、一般化HANKEL行列Rの部分行列R1及びR2を用いて線形演算することにより雑音部分空間への射影行列としての性質を有する核行列Ω1を生成し、この核行列Ω1と直交する核行列Ω2
を生成する第2行列生成部と、核行列Ω1及びΩ2のいずれか一方を分子に他方を分母に用いて定義された角度スペクトラム、又は、核行列Ω1及びΩ2を用いた代数方程式から信号の到来方向を推定する推定部と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、センサアレイを用いた到来信号の到来方向推定技術に関する。
【背景技術】
【0002】
センサアレイを用いた信号の到来方向推定には、デジタルビームフォーマ法(以降、DBF(Digital-Beam-Former)と表記)、部分空間法(以降、SSM(Sub-Space-Method
)と表記)、最尤推定法(以降、ML(Maximum-Likelihood)と表記)といった代表的な手法が知られている。DBFには、CAPON法、線形予測法(Linear Prediction)等
がある。SSMには、MUSIC法(Multiple Signal Classification)、ESPRIT法(Estimation of Signal Parameters via Rotational Invariance Techniques)、プロパゲータ法(Propagator Method)等がある。MLには、MODE(Method of Direction Estimation)法などがある。
【0003】
これら手法においては、推定精度と共にその計算負荷がDBF<SSM<MLの順に高くなる。SSMは計算負荷と推定精度とのバランスも良く、実用的な手法と言えるが、数十メガヘルツ(MHz)程度のCPU(Central Processing Unit)での実行を想定した
場合、MUSIC法やESPRIT法は、中心的な計算プロセスである固有値分解の計算負荷が大きいので、リアルタイム処理を実現することは困難である。
【0004】
一方、プロパゲータ法、或いはこれの改良版である正規直交プロパゲータ法(Orthonormal Propagator Method)は、中心的な計算プロセスといっても逆行列の計算程度であり
、リアルタイム処理の実現は可能であるが、十分な推定精度が得られるとは言い難い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−281316号公報
【特許文献2】特表2004−104620号公報
【特許文献3】特表2006−67869号公報
【特許文献4】特開2000−155171号公報
【特許文献5】米国特許第7196656号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のような推定精度の問題を解決するために、センサアレイを用いて到来方向推定を行う装置、例えば、車載用レーダでは、76GHzのミリ波キャリア信号に数百Hzの周波数を持つ三角波信号で周波数変調を掛けてFMCW(Frequency Modulated Continuous
Wave)信号を生成し、送信アンテナからターゲット探知用のプローブ信号として放射す
る。ターゲットで反射されたプローブ信号(以下、エコー信号)にはレーダに対する相対的なターゲット情報(視線方向距離/速度、及び角度)が含まれているので、これを複数の受信アンテナから成るアレイアンテナで受信し、各々適切に復調してベースバンド信号、そしてデジタル信号に変換し、各種信号処理を施して所望のターゲット情報を推定する。但し、多くのターゲットについて高い精度で角度を推定する為には、多くの受信アンテナを備えたアレイアンテナを用いる事が必要である。
【0007】
一方、上述の車載用レーダでは、車両のデザインを妨げない程度に装置を小型化する事も要求されるため、複数の送信アンテナと複数の受信アンテナとを組み合わせて実効的な受信アンテナの数を拡大させる技術が利用される。
【0008】
しかしながら、エコー信号をRF復調する際に用いる基準信号はプローブ信号の一部であるから、信号処理の対象となる一組のデジタル信号(データ)をベースバンド信号から取り出すまでに要する時間は、最低でも(1/数百Hz)≒数十ミリ秒となる。当然、複数の送受信アンテナを組み合わせて実効的に受信アンテナ数を拡大する技術等を用いれば、データ取得に要する時間はさらに長くなる。このことは、限られた時間内に取得できるデータの総数が非常に少ないことを意味するので、リアルタイム処理を要求される車載レーダでは深刻な問題を惹起する。すなわち、時間平均で雑音を、空間平均で相関を抑圧しても、データのSNR(Signal-to-Noise Ratio)を十分改善する事ができず、ひいては
、到来方向の推定精度が装置構成の犠牲になってしまう。また、SNRの低いデータを用いて正確なターゲット数を推定することは更に困難であるから、正確な到来波数を必要とする角度推定法の利用にも問題が生ずる。
【0009】
本発明の一態様に係る課題は、このような問題点に鑑み、低処理負荷による高精度な到来信号の到来方向推定技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の各態様は、上述した課題を解決するために、それぞれ以下の構成を採用する。
【0011】
本発明の一態様に係る到来方向推定装置は、複数のセンサ素子により受信された各受信信号から得られるベースバンド信号(実際に到来方向推定に用いるのはデジタル信号であるが、特に混乱が予想されない限り両者を区別せずに用いる)ベクトルの相関ベクトルを用いることにより空間平均が適用された共分散行列を示す一般化HANKEL行列Rを生成する第1行列生成部と、一般化HANKEL行列Rの部分行列R1及びR2を用いて線形演算することにより雑音部分空間への射影行列としての性質を有する核行列Ω1を生成し
、この核行列Ω1と直交する核行列Ω2を生成する第2行列生成部と、核行列Ω1及びΩ2のいずれか一方を分子に他方を分母に用いて定義された角度スペクトラム、又は、核行列Ω1及びΩ2を用いた代数方程式から信号の到来方向を推定する推定部と、を備える。
【0012】
更に、他の態様として、上述のような構成を実現する到来方向推定方法、プログラム、このプログラムを記録したコンピュータが読み取り可能な記憶媒体等であってもよい。
【発明の効果】
【0013】
上記各態様によれば、低処理負荷による高精度な到来信号の到来方向推定技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例1における到来方向推定装置の構成を示すブロック図。
【図2】合成エコー信号を説明するための概念図。
【図3】実施例2における到来方向推定装置の構成を示すブロック図。
【図4】従来技術を用いた到来方向推定の角度スペクトラムを示すグラフ。
【図5】変形例1における到来方向推定の角度スペクトラムを示すグラフ。
【図6】変形例2における到来方向推定装置の構成を示すブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、一実施形態としての到来方向推定装置について具体例を挙げ説明する。以下の各実施例では、ターゲットの位置を推定するためのレーダに利用される到来方向推定装置が例に挙げられるが、本実施形態の到来方向推定装置は、利用されるシステム等を限定するものではない。本実施形態の到来方向推定装置は、受信される到来波の到来方向を推定するシステムであればどのようなシステムに利用されてもよい。以下に述べる各実施例の構
成はそれぞれ例示であり、本実施形態は以下の各実施例の構成に限定されない。
【実施例1】
【0016】
以下、実施形態としての到来方向推定装置の実施例1について説明する。
【0017】
〔装置構成〕
図1は、実施例1における到来方向推定装置の構成を示すブロック図である。実施例1における到来方向推定装置は、図1に示すように、センサアレイ11、受信部12、ベースバンド変換部13、アナログデジタル変換(以降、AD変換と表記)部14、到来方向推定部20等を含む。これら各処理ブロックはそれぞれハードウェア構成要素として実現される([その他]の項参照)。なお、これら各処理ブロックは、ソフトウェアの構成要素、又はハードウェア構成要素とソフトウェア構成要素との組み合わせとしてそれぞれ実現されてもよい([その他]の項参照)。
【0018】
センサアレイ11は、異なる空間位置にそれぞれ配列されたN個のセンサ素子A1〜ANを有する。例えば、センサアレイ11は、各センサ素子が直線状に等間隔で配列された等間隔リニアアレイアンテナ(ULA(Uniform Linear Array) antenna)を形成する。各センサ素子は、到来信号(到来波)をそれぞれ受信する。実施例1における到来方向推定装置がレーダに搭載されている場合には、この到来信号は前記レーダの放射した送信信号がターゲットによって反射されて戻ってきたエコー信号となる。受信された各到来信号はそれぞれ受信部12へ送られる。なお、センサ素子の数Nは、受信アンテナとして作用するセンサ素子の数であって、複数の送信アンテナと複数の受信アンテナとを組み合わせて実効的な受信アンテナの数を拡大させる技術(以降、開口拡大技術と表記する)を用いた場合には実効的な受信アンテナ数に相当する。以降、Nを受信アンテナ数と表記する。
【0019】
受信部12は、各センサ素子で受信された各信号に対してそれぞれ低雑音増幅を施す。受信部12はこのように処理された受信信号をベースバンド変換部13へ送る。ベースバンド変換部13は、各受信信号を送信波の一部とミキシングすることで各ベースバンド信号をそれぞれ生成する。実施例1における到来方向推定装置がレーダに搭載されている場合は、この送信波はターゲット探知用のプローブ信号となる。
【0020】
AD変換部14は、このベースバンド信号を所定のサンプリング周期でサンプリングすることにより各デジタル信号にそれぞれ変換する。このように生成された各デジタル信号は到来方向推定部20へそれぞれ送られる。以降、到来方向推定部20へ送られるデジタル信号を合成エコー信号又は合成エコーと表記する。ここで用いる「合成」とは、各センサ由来のデジタル信号のそれぞれに、複数の目標からのエコー信号が重畳して含まれていることを意味する。
【0021】
図2は、合成エコー信号を説明するための概念図である。図2は、センサアレイ11が受信アンテナ数N、素子間隔dの等間隔リニアアレーアンテナを形成する例を示す。図2は、M(≦N−1)個の独立した信号が、互いに異なる角度θm(m=1、2、…、M)
でそれぞれ入射される例を示す。なお、θmは、図2のY軸の方向を0度として時計回り
を正方向として測った角度である。
【0022】
ここで、時刻tにおいて、n番目の受信センサ素子で受信された信号から得られる合成エコー信号(vn(t))は、以下の式(1.1)で示すことができる。xm(t)は、m番目の目標からの到来信号(第m波)のベースバンド成分を示し、以降、目標エコー信号又は目標エコーと表記する。また、φnmは空間位相情報(受信アンテナ素子nにおける第m波の受信位相)を示し、nn(t)は電力σの加法性ガウス雑音成分を示す。また、
λはキャリア信号(搬送波)の波長を示す。
【0023】
【数1】

【0024】
これにより、N個の受信センサ素子で受信された信号から得られる各合成エコー信号は、以下の式(1.3)で示されるようにベクトルv(t)として示すことができる。以降
、これを、合成エコー信号ベクトルと表記する。なお、式(1.3)から(1.6)において、n(t)は雑音ベクトルを、a(θm)はモードベクトル(方向ベクトル)を、上付
き添え字のTはベクトル又は行列の転置を示す。
【0025】
【数2】

【0026】
到来方向推定部20は、各合成エコー信号をそれぞれ受けると、以下に示す各処理ブロックにより信号処理を施し、各目標エコー信号の到来方向(到来角度)を推定する。到来方向推定部20は、図1に示すように、到来信号数決定部21、一般化HANKEL行列生成部22、線形演算子計算部23、プロパゲータ行列計算部24、核行列計算部25、推定処理部26等を含む。これら処理ブロックは、それぞれハードウェア構成要素として実現される([その他]の項参照)。なお、これら各処理ブロックは、ソフトウェアの構成要素、又はハードウェア構成要素とソフトウェア構成要素との組み合わせとしてそれぞれ実現されてもよい([その他]の項参照)。以下、これら到来方向推定部20の各処理ブロックについてそれぞれ詳細に説明する。
【0027】
到来信号数決定部21は、目標数、即ち、到来信号数Mを決定する。到来信号数決定部21は、各合成エコー信号を用いた周知の目標数推定手法を用いて到来信号数Mを推定する。なお、この目標数推定手法は周知であるためここでは説明を省略する。到来信号数決定部21により決定された到来信号数Mは、一般化HANKEL行列生成部22へ送られ
る。
【0028】
一般化HANKEL行列生成部22は、送られた各合成エコー信号を示す合成エコー信号ベクトルを用いて、以下のように一般化HANKEL行列Rを生成する。
【0029】
一般化HANKEL行列生成部22は、合成エコー信号ベクトルv(t)とそのL番目の成分の共役複素数vL*(t)との相関ベクトルrVLを求め、この相関ベクトルrVLから自己相関成分を取り除いたベクトルwLを生成する。自己相関成分を取り除くのは雑音成
分を除外するためである。相関ベクトルrVL及びwLは以下の式(2.2)及び式(2.3
)で表わされる。ここで、Lは、1以上N以下の自然数であり、E[・]は平均操作を示す。以降、相関ベクトルrVL及びwLの各要素は、同一複素共役成分毎に受信センサの配
列順に対応して並べられているものとして説明する。
【0030】
【数3】

【0031】
一般化HANKEL行列生成部22は、自己相関成分の取り除かれた相関ベクトルwL
から部分ベクトルwL(k)を抽出する。一般化HANKEL行列生成部22は、各部分
ベクトルwL(k)が受信アンテナ数Nから上記到来信号数Mを引いた数(N−M)の次
元(以降、必要次元と表記する)を持つように抽出する。一般化HANKEL行列生成部22は、上記相関ベクトルwLのうちの、同一複素共役成分を有する成分のうち、自己相
関成分までの連続して並ぶ成分の数が上記必要次元以上となる複数成分を要素とする部分ベクトル(以降、第1部分ベクトルと表記する)と、同一複素共役成分を有する成分のうち、自己相関成分より後の連続して並ぶ成分の数が上記必要次元以上となる複数成分を要素とする部分ベクトル(以降、第2部分ベクトルと表記する)と、を対象に部分ベクトルを抽出する。
【0032】
第1部分ベクトルを対象とする場合(N≧L≧N−M+1の場合)には、同一複素共役成分をそれぞれ有する各第1部分ベクトルから、自己相関成分を含まない連続して並ぶ上記必要次元の成分の各組み合わせがそれぞれ部分ベクトルとして抽出される。これにより抽出された部分ベクトルwL(k)は以下の式で示される。
【0033】
【数4】

【0034】
第2部分ベクトルを対象とする場合(1≦L≦Mの場合)には、同一複素共役成分をそれぞれ有する各第2部分ベクトルから、自己相関成分を含まない連続して並ぶ上記必要次元の成分の各組み合わせがそれぞれ部分ベクトルとして抽出される。これにより抽出された部分ベクトルwL(k)は以下の式で示される。
【0035】
【数5】

【0036】
一般化HANKEL行列生成部22は、上記部分ベクトルwL(k)を並べることによ
り、以下の式(2.6)及び式(2.7)のような第1行列Rf1L及び第2行列Rf2Lを生成する。なお、以下の式(2.6)におけるL=Nの場合、及び、式(2.7)におけるL=1の場合には、零行列は付加されない。零行列は、次元調整のために、同一要素位置の各成分の位相関係が行列相互に同じになるように付加される。
【0037】
【数6】

【0038】
一般化HANKEL行列生成部22は、上記第1行列Rf1Lをそれぞれ加算することで
以下のようにFSS−一般化HANKEL行列Rf1を生成する。この加算により位相関係が同じ各成分(要素)がそれぞれ足しあわされる。同様に、一般化HANKEL行列生成部22は、上記第2行列Rf2Lをそれぞれ加算することで以下のようにFSS−一般化H
ANKEL行列Rf2を生成する。
【0039】
【数7】

【0040】
ここで、FSS−一般化HANKEL行列Rf1及びRf2は、第1行列Rf1L及び第2行
列Rf2Lが零行列で次元調整されているため、各列ベクトル間でベクトルの大きさが異な
る。そこで、一般化HANKEL行列生成部22は、各列ベクトルの大きさを合わせるために、以下のような((N−M)×M)次の係数行列GM1及びGM2と上記FSS−一般化HANKEL行列Rf1及びRf2とのアダマール積を算出する。アダマール積とは要素毎の積であり、(Hadamard)で示す。なお、計算量を削減したい場合等には、式(2.11)及
び式(2.13)を用いず、上記式(2.8)及び式(2.9)で算出されるFSS−一般
化HANKEL行列Rf1及びRf2をそのまま用いるようにしてもよい。但し、ベクトルの大きさを平均するアダマール積を用いた場合のほうが、角度推定の精度は向上する。
【0041】
【数8】

【0042】
更に、精度を向上させ、受信センサの一部が故障した場合でも角度推定の計算が破綻しない様にするには、式(2.8)及び(2.9)の代わりに、以下の式(2.8a)及び式(2.9a)なるスカラを導入して、以下の式(2.8b)及び(2.9b)を生成する。そして、これらを対象として、上記式(2.10)から(2.13)を生成しても良い。
【0043】
【数9】

【0044】
なお、式(2.8a)及び式(2.9a)のスカラの分子は、それぞれのLの範囲のセンサの中で故障等によって利用できないセンサを除いて、例えば、一番小さいLと一番大きなLとに対応する信号で置き換えてもよい。
【0045】
一般化HANKEL行列生成部22は、上述のように生成されたFSS−一般化HANKEL行列Rf1及びRf2を用いて以下のようにBSS−一般化HANKEL行列Rb1及びRb2を生成する。以下の式(2.14)及び(2.15)において、行列Rf1*及びRf2*は、FSS−一般化HANKEL行列Rf1及びRf2の各要素の共役複素数をそれぞれ要素とする行列であり、行列JN-Mは(N−M)次の反対角単位行列であり、行列JMはM次の反対角単位行列である。
【0046】
【数10】

【0047】
一般化HANKEL行列生成部22は、上述のように生成されたFSS−一般化HANKEL行列Rf1及びRf2、BSS−一般化HANKEL行列Rb1及びRb2を用いて以下のように一般化HANKEL行列Rを生成する。一般化HANKEL行列生成部22は、生成された一般化HANKEL行列Rを線形演算子計算部24へ送る。
【0048】
【数11】

【0049】
一般化HANKEL行列生成部22は、高い推定精度を実現するためには、式(2.1
6)に示すように一般化HANKEL行列Rを生成することが好ましいが、空間平均行列
f1、Rf2、Rb1及びRb2の少なくとも1つを用いて一般化HANKEL行列Rを生成するようにしてもよい。例えば、不具合により一部のセンサ素子から受信信号が得られず、式(2.8b)及び(2.9b)による補償を行っても、必要な全ての角度情報を持つ空間平均行列Rf1、Rf2、Rb1及びRb2のいずれかが生成できない場合には、正常に生成された空間平均行列のみを用いるようにすればよい。これにより、センサ素子等の機器に不具合が生じた場合であっても、到来方向推定に必要な位相を含む行列Rの全要素が欠損する可能性は低くなるため、到来方向推定機能が停止する可能性も低くなる。一般化HANKEL行列生成部22は、一般化HANKEL行列Rと共に、その一般化HANKEL行列Rに含まれる空間平均行列Rf1、Rf2、Rb1及びRb2の数Kを線形演算子計算部24へ通知するようにする。
【0050】
線形演算子計算部23は、一般化HANKEL行列生成部22から送られる一般化HANKEL行列Rをその行列Rを生成するために用いた空間平均行列の数Kに基づいて、以下のように、部分行列R1と部分行列R2とに分割する。一般化HANKEL行列Rは((N−M)×KM)の次元を持ち、部分行列R1は(M×KM)の次元を持ち、部分行列R2は((N−2M)×KM)の次元を持つ。線形演算子計算部23は、部分行列R1とR2とを用いて線形演算子Гを生成する。線形演算子計算部23は、生成された線形演算子Гをプロパゲータ行列計算部24へ送る。なお、式(3.2)等に現れる上付き添え字の−1は逆行列を示し、Hは複素共役転置を示す。
【0051】
【数12】

【0052】
プロパゲータ行列計算部24は、線形演算子Гと(N−2M)次の単位行列IN-2Mとを
用いて、以下の式(3.3)に示すようにプロパゲータ行列Πを生成する。プロパゲータ
行列計算部24は、このプロパゲータ行列Πを核行列計算部25へ送る。また、プロパゲータ行列計算部24は、上記算出されたプロパゲータ行列Πから以下の式(3.4)に示
すように算出される直交化プロパゲータ行列Π’をプロパゲータ行列Πの替わりに核行列計算部25へ送るようにしてもよい。
【0053】
【数13】

【0054】
核行列計算部25は、プロパゲータ行列Π又は直交化プロパゲータ行列Π’を用いて以下のように核行列Ω1を生成する(式(3.5)又は式(3.6))。この生成された核行
列Ω1は、雑音部分空間への射影行列としての性質を持つ。核行列Ω1は(N−M)の次元を持つ。
【0055】
【数14】

【0056】
核行列計算部25は、式(3.5)又は式(3.6)で算出された核行列Ω1を用いて、
核行列Ω1と直交する核行列Ω2を算出する。これにより、核行列Ω2は、雑音部分空間の
への射影行列を示すΩ1に直交するため、信号部分空間への射影行列を示す。核行列計算
部25は、(N−M)次の単位行列IN-Mから上記のように算出された核行列Ω1を引くことにより核行列Ω2を算出する(式(3.7)参照)。核行列Ω2は(N−M)の次元を持
つ。
【0057】
【数15】

【0058】
なお、式(3.7)で算出された核行列Ω2が核行列Ω1と直交することは、以下のよう
に証明することができる。まず、核行列Ω1は、以下の式(3.8)及び式(3.9)で示
される特性を有する。そして、核行列Ω1と核行列Ω2とが直交する場合には、以下の式(3.10)で示される関係が成立する。この式(3.10)の第2項の核行列Ω2に上記式
(3.7)を代入すれば、式(3.8)及び式(3.9)の関係に基づいて、式(3.11)のように核行列Ω2と核行列Ω1との直交関係が成立することを確認することができる。
【0059】
【数16】

【0060】
核行列計算部25は、算出された核行列Ω1及びΩ2を推定処理部26へ送る。
【0061】
推定処理部26は、核行列Ω1及びΩ2の少なくとも一方を分子にその他方を分母に用いた角度スペクトラムを算出する(勿論、分母分子の双方でΩ1とΩ2とを線形結合等で組み合わせて用いても良い)。以下の式(3.12)は、雑音部分空間への射影行列を示す核
行列Ω1を分母に、信号部分空間への射影行列を示す核行列Ω2を分子に用いて角度スペクトラムが算出される例を示す。推定処理部26は、この角度スペクトラムでモードベクトルのパラメータθを走査し、P(θ)がピークを示すθの値を取得することにより到来波
の到来角度を推定する。この場合、パラメータθを用いるモードベクトルa(θ)は、a
=d/λとして以下の式(3.13)で定義される。
【0062】
【数17】

【0063】
推定処理部26は、上述のような角度スペクトラムではなく、代数方程式を用いて到来波の到来角度を推定するようにしてもよい。この場合には、推定処理部26は、以下の式(3.14)を満足する解の候補zmを取得し、この候補zmを以下の式(3.15)のzに代入して得られる解が0に近似するzmを最終的に決定する。推定処理部26は、この決
定されたzmを以下の式(3.16)に代入することにより到来波の到来角度θmを推定す
る。
【0064】
【数18】

【0065】
或いは、式(3.14a)で定義する有理関数、
【0066】
【数19】

【0067】
のzに対する極値問題を解いて、極大値を与えるzの値から(3.16)式によって到来波の到来角度θmを推定しても良い。この場合の解法には、Newton法等の非線形最
適化手法が用いられる。
【0068】
〔実施例1における作用及び効果〕
実施例1における到来方向推定装置では、センサアレイ11のうちのN個のセンサ素子で受信された各受信信号から各ベースバンド信号、そして各デジタル信号がそれぞれ生成される(受信部12、ベースバンド変換部13、AD変換部14)。その後、到来方向推定部20の一般化HANKEL行列生成部22において、この各デジタル信号を要素に持つ合成エコー信号ベクトルv(t)の相関ベクトルから一般化HANKEL行列Rが生成される(一般化HANKEL行列生成部22)。
【0069】
線形演算子計算部23及びプロパゲータ行列計算部24において、この生成された一般化HANKEL行列Rの部分行列R1及びR2を用いた線形演算が実行されることで、線形演算子Г、及び、プロパゲータ行列Π又は直交化プロパゲータ行列Π’が生成される。こ
れら生成された行列が用いられることにより、核行列計算部25において、雑音部分空間への射影行列としての性質を有する核行列Ω1が生成され、この核行列Ω1と直交する核行列Ω2が生成される。結果、推定処理部26において、この核行列Ω1及びΩ2がそれぞれ
用いられて定義された角度スペクトラム、又は、代数方程式等から信号の到来方向が推定される。
【0070】
特に、角度スペクトラムにより推定される場合には、雑音部分空間への射影行列としての性質を有する核行列Ω1を分母に利用し、それに直交する、即ち、信号部分空間への射
影行列を示す核行列Ω2を分子に利用する。より一般的には、いずれか一方が分母で他方
が分子に利用される。これにより、実施例1において利用される角度スペクトラムP(θ)では、雑音部分空間における角度スペクトラムaH(θ)Ω1a(θ)が極小値を取る場合のモードベクトルa(θ)に対し、同時に信号部分空間に於ける角度スペクトラムaH
(θ)Ω2a(θ)が極大値を取るため、推定目標角度のピークが強調され、雑音に基づ
く偽ピークが抑圧される。
【0071】
従って、実施例1における到来方向推定装置によれば、高精度な到来方向推定を実現することができる。
【0072】
また、実施例1では、上述のような核行列Ω1及びΩ2を生成するのに利用される一般化HANKEL行列Rの要素となるFSS−一般化HANKEL行列Rf1及びRf2は以下のように生成される。
【0073】
一般化HANKEL行列生成部22において、合成エコー信号ベクトルv(t)とその各成分(要素)の共役複素数vL*(t)との相関ベクトルrVLが取得され、この相関ベクトルrVLから(N−M)次元の複数の部分ベクトル(wL(k))が抽出される。
【0074】
各部分ベクトルは、相関ベクトルrVLにおける同一複素共役成分毎に受信センサの配列順に対応して並べられた複数成分から、同一複素共役成分を有し自己相関成分を含まない連続して並ぶ(N−M)個の成分の組み合わせをそれぞれ要素に持つように抽出される。
【0075】
このように抽出された各部分ベクトルが同一複素共役成分を有するもの毎に並べられ、位相関係の合う成分同士が同じ要素位置となるように次元が合わせられた((N−M)×M)次の第1行列Rf1L及び第2行列Rf2Lが生成される。
【0076】
第1行列Rf1Lは、同一複素共役成分を有する成分のうち自己相関成分までの連続して
並ぶ複数成分から抽出された組み合わせを要素に持つ部分ベクトルから生成される。第2行列Rf2Lは、同じ複素共役成分を有する複数成分のうち自己相関成分より後の連続して
並ぶ複数成分から抽出された組み合わせを要素に持つ部分ベクトルから生成される。第1行列Rf1L及び第2行列Rf2Lはそれぞれ足し合わされ、FSS−一般化HANKEL行列Rf1及びRf2が算出される。
【0077】
このように、実施例1によれば、複数の複素共役成分を有する相関ベクトルの要素から空間平均行列が生成される。従って、実施例1によれば、低い周波数を持つ信号で変調されたプローブ信号を用いることにより、少ない測定回数での角度推定が求められている場合であっても、精度の高い角度推定を行うことができる。
【実施例2】
【0078】
図3は、実施例2における到来方向推定装置の構成を示すブロック図である。実施例2における到来方向推定装置は、図3に示すように、実施例1の構成に加えて、更に、スケーリング行列計算部31を含む。以下、実施例2における到来方向推定装置について、実
施例1と異なる構成についてのみ説明する。
【0079】
実施例2における到来信号数決定部21は、センサアレイ11で角度推定可能な最大の到来信号数を到来信号数Mに決定する。この場合、到来信号数Mは、例えば、(N−1)/2以下となる最大の自然数に決定される。到来信号数決定部21は、このように決定される到来信号数Mを固定値として予めメモリに保持するようにしてもよい。これにより、実施例2では、実施例1のような到来信号数推定処理が行われないため計算負荷を低減させることができる。
【0080】
このように、実施例2は、正確な到来信号数Mを用いることなく精度の高い角度推定を行うことができる。これは、以下に示すようなスケーリング行列が核行列を算出するにあたり利用されるからである。なお、実施例2においても、実施例1と同様に、到来信号数推定処理により正確な到来信号数Mが決定されるようにしてもよい。
【0081】
スケーリング行列計算部31は、線形演算子計算部23から線形演算子Г及び部分行列R1及びR2を受け、これらを用いて以下の式(4.1)のようにスケーリング行列Λを生
成する。スケーリング行列計算部31は、算出されたスケーリング行列Λを核行列計算部25へ送る。
【0082】
【数20】

【0083】
核行列計算部25は、スケーリング行列計算部31からスケーリング行列Λ(式(4.
1))を受け、プロパゲータ行列計算部24からプロパゲータ行列Π(式(3.3))又
は直交化プロパゲータ行列Π’(式(3.4))を受ける。核行列計算部25は、スケー
リング行列Λとプロパゲータ行列Π又は直交化プロパゲータ行列Π’とから、以下のように核行列Ω1を算出する(式(4.2)又は式(4.3))。
【0084】
【数21】

【0085】
核行列計算部25は、式(4.2)又は式(4.3)で算出された核行列Ω1を用いて、
核行列Ω1と直交する核行列Ω2を算出する。核行列Ω2の算出手法の例として、実施例2
では以下の2つの手法のいずれかが利用される。
【0086】
〔第1算出手法〕
核行列計算部25は、第1算出手法では、例えば以下の式(4.4)を用いて核行列Ω2を算出する。
【0087】
【数22】

【0088】
以下、この式(4.4)の根拠を式(4.2)で示される核行列Ω1の例を用いて説明す
る。上述したように、核行列Ω1と核行列Ω2とが直交する場合には、上記式(3.10)
で示される関係が成立する。更に、核行列Ω1は、上記式(3.8)で示される特性を有し、プロパゲータ行列Πは、上記式(3.3)で示される。これら関係に基づいて上記式(
3.10)の第1項を計算すると、以下の式(4.5)が示される。
【0089】
【数23】

【0090】
核行列Ω2を核行列Ω1の部分行列と同じ次元の部分行列Ω211、Ω212、Ω221、Ω222に分割すると、核行列Ω2を求めるための方程式が以下の式(4.6)で示される。この方程式の第1列目及び第2列目からそれぞれ以下の式(4.7)及び式(4.8)の関係が得られる。
【0091】
【数24】

【0092】
式(4.7)及び式(4.8)の関係から、以下の式(4.9)及び(4.10)を満たす核行列Ω2の各部分行列をそれぞれ求めればよい。式(4.9)及び(4.10)において
各項に挟まれる記号は直交を示す。ここで、行列Λ-1がスカラとなる場合には、以下の式(4.11)及び(4.12)を満たす核行列Ω2の各部分行列をそれぞれ求めればよい。
上記式(3.2)に基づいて、式(4.4)の成分を下記式(4.11)及び(4.12)
に代入すれば、このΩ2が式(3.10)を満たす事は明らかである。式(4.11)及び(4.12)を満たすΩ2には様々な別解が存在し、それらを求める事は簡単であるが、一般的には、部分行列Ω211、Ω212、Ω221、Ω222に対する方程式とみなして、最小自乗法等で解いてもよい。
【0093】
【数25】

【0094】
なお、Mを(N−1)/2以下となる最大の自然数とした場合、行列Λ-1の次元は最大でも2であるため、もし、行列Λ-1の次元が1を超える場合であっても、スケーリング行列Λ-1を固有値分解して、式(4.9)及び(4.10)の左項と直行する核行列Ω2の各
部分行列がそれぞれ取得されるようにすればよい。
【0095】
〔第2算出手法〕
核行列計算部25は、第2算出手法では以下の式(4.13)を用いて核行列Ω2を算出する。
【0096】
【数26】

【0097】
以下、この式(4.13)の根拠を式(4.2)で示される核行列Ω1の例を用いて説明
する。到来信号が存在している角度位置ではプロパゲータの理論により式(4.14)が
成立することが知られている。よって、到来信号が存在している角度位置における、一般化HANKEL行列Rとこの行列Rの複素共役転置(エルミート共役転置)RHとの積は
、式(4.14)の関係及び上記式(3.1)の部分行列R1及びR2などを用いて式(4.
15)のように展開される。
【0098】
【数27】

【0099】
ここで、式(4.15)に含まれる、M次の単位行列IMと線形演算子Гとから構成される行列を以下の式(4.16)のように行列Σと定義すると、この行列
Σはプロパゲータ行列Πと直交することが式(4.17)のように示される。すなわち、
プロパゲータ行列Πが雑音部分空間への写像に対応しているのに対し、行列Σは、信号部分空間への写像に対応している事が分かる。従って、上記式(4.13)
により、核行列Ω1に直交する核行列Ω2を算出することができる。
【0100】
【数28】

【0101】
ここで、本実施形態において行列Ω1とΩ2とが直交であるとは、以下のような場合も含むものとする。すなわち、第2算出手法では、式(4.2)で示されるΩ1を第1の核行列とし、式(4.13)で示されるΩ2を第2の核行列としたので、式(4.2)の最右辺
と式(4.13)とを用いて、直交関係の式(3.10)を計算すると、
【0102】
【数29】

【0103】
となる。この場合、Ω1、Ω2で部分空間との関係を決定する主要な行列Π、Σの間には直交関係が成り立つが、核行列Ω1、Ω2全体としては完全な直交
関係を満たさない。このような場合も、行列Ω1とΩ2とが実質的に直交であるものとする。
【0104】
〔実施例2における作用及び効果〕
実施例2における到来方向推定装置では、到来信号数推定処理を行うことなく、センサアレイ11で角度推定可能な最大の到来信号数が到来信号数Mに決定され、この到来信号数Mを用いて到来方向推定が行われる。従って、実施例2によれば、到来信号数推定処理を省くことにより計算負荷を低減することができる。
【0105】
実施例2における到来方向推定では、スケーリング行列計算部31において一般化HANKEL行列Rの部分行列R1及びR2、並びに線形演算子Гが利用されることにより、スケーリング行列Λ(式(4.1))が算出される。実施例2では、プロパゲータ行列Π又
は直交化プロパゲータ行列Π’に加えて、このスケーリング行列Λが利用されることで核行列Ω1が算出される。結果、この核行列Ω1とこれに直交する核行列Ω2とを用いて実施
例1と同様に到来方向が推定される。
【0106】
これにより、実施例2によれば、信号の有無に極めて敏感に反応するスケーリング行列Λを利用して雑音部分空間への射影行列としての性質を有する核行列Ω1が算出されるた
め、正確な到来信号数Mが決定されない場合であっても、高い精度の到来方向推定を実現することができる。
【0107】
[変形例1]
上述の実施例1及び2では、複数の複素共役成分を有する相関ベクトルの要素から空間平均行列(一般化HANKEL行列)が生成されていた。具体的には、実施例1及び2に
おける一般化HANKEL行列生成部22は、1以上N以下の自然数Lを用いて示される相関ベクトルrVL(式(2.1))を対象としてLの範囲に応じた第1行列Rf1Lと第2行列Rf2Lとを生成していた。変形例1では、HANKEL行列生成部22は、合成エコー
信号ベクトルv(t)とN番目の成分の共役複素数vN*(t)との相関ベクトルrVN、及び、v(t)と1番目の成分の共役複素数v1*(t)との相関ベクトルrV1とを対象とする。このとき、一般化HANKEL行列生成部22は、以下の式(5.1a),(5.1b)で示される相関ベクトルrVN、rV1を生成する。
【0108】
【数30】

【0109】
一般化HANKEL行列生成部22は、この相関ベクトルの要素を以下の式(5.2a
)、(5.2b)及び式(5.3a)、(5.3b)のように並べて行列Rf1,Rf2を生成
する。変形例1における一般化HANKEL行列生成部22は、更にこのように生成された行列Rf1,Rf2に対し、式(2.14)、(2.15)と同様にして行列Rb1,Rb2を求め、式(2.16)の様に並べて線形演算子計算部24へ送る一般化HANKEL行列Rとして用いる。以降、この一般化HANKEL行列Rを用いた到来方向推定手法については、上述の実施例1を用いてもよいし、実施例2を用いてもよい。
【0110】
【数31】

【0111】
〔変形例1における作用及び効果〕
変形例1では、N番目と1番目の複素共役成分を有する相関ベクトルの要素から一般化HANKEL行列Rが生成され、この行列Rに基づいて到来方向推定が行われる。変形例1によれば、実施例1及び2と較べて一般化HANKEL行列Rを生成するために利用される相関ベクトルの要素は少なくなるものの、式(3.12)で示されるような核行列Ω1及びΩ2を用いた角度推定により高精度の到来方向推定を実現することができる。また、
変形例1によれば、相関ベクトルの扱われる要素数が少ないため計算量の削減という観点において有効である。
【0112】
以下、図4及び5を用いて、変形例1における到来方向推定の効果について説明する。図4は、従来技術を用いた到来方向推定の角度スペクトラムを示すグラフである。図5は、変形例1における到来方向推定の角度スペクトラムを示すグラフである。なお、図4及び5に示すシミュレーションでは、第1ターゲットが相対距離40メートル(m)の角度0度に、第2ターゲットが相対距離40(m)の角度3度に存在するものと仮定している。また、相対速度については両ターゲットとも0(km/h)としている。
【0113】
図4には、従来技術を用いた到来方向推定の角度スペクトラムとして、DBF法(FFT−DBFと表記)、MUSIC法(FBSS−MUSICと表記)、先行技術文献の特許文献2で開示される技術(PRISMと表記)のそれぞれが示される。図4に示されるように、従来技術では、第1ターゲット及び第2ターゲットの位置に明確なピークを確認できるものの、その他の位置にも雑音に基づく偽ピークが存在する。
【0114】
図5には、変形例1における角度スペクトラム(M−PRISMと表記)と共に、上記式(3.12)における雑音部分空間の部分行列を示す核行列Ω1のみを分母に使った場合の角度スペクトラム(DENOMINATORと表記 − 分子はaH(θ)a(θ)であり、PRISMと同じ角度スペクトラムとなる)、信号部分空間の部分行列を示す核行列Ω2のみを分子に用いた場合の角度スペクトラム(NUMERATORと表記 − 分母
はスカラ1)がそれぞれ示される。図5に示す変形例1における角度スペクトラムによれば、図4に較べ、偽ピークのレベルが15デシベル(dB)近く改善し、第1ターゲット及び第2ターゲットの位置のピークが顕著に示される。これは、信号部分空間の情報を用いて角度推定しているからであると考えられる。具体的には、図5により、雑音空間において極小値を与えるモードベクトルが、同時に信号空間では極大値を与える、推定目標角度のピークが強調され、雑音に基づく偽ピークが抑圧されていることが理解できる。
【0115】
このように、変形例1のように、一般化HANKEL行列Rを生成するために利用される相関ベクトルの要素数が特許文献2と同様に少ない場合であっても、本実施形態によれば高精度の到来方向推定を実現することができる。これは、実施例1及び2に示すように、更に多くの要素を用いて平均効果を向上させた一般化HANKEL行列Rを用いれば、より高精度の到来方向推定を実現することができることを示すものでもある。
【0116】
[変形例2]
図6は、変形例2における到来方向推定装置の構成を示すブロック図である。変形例2における到来方向推定装置は、図6に示すように、実施例1における一般化HANKEL行列生成部22、線形演算子計算部23、プロパゲータ行列計算部24に替えて、FBSS(Forward Backward Spatial Smoothing)行列生成部41及び固有値分解処理部42を含む。変形例2における他の処理ブロックは、実施例1と同様である。
【0117】
変形例2におけるFBSS行列生成部41は、合成エコー信号ベクトルv(t)から共分散行列RVVを算出する(式(6.1))。FBSS行列生成部41は、この行列RVV
既知の技術である前後方空間平均(FBSS)を適用することにより、(L×L)次の行列RVVfbssを生成する。FBSS行列生成部41は、この行列RVVfbssを固有値分解処理部42へ送る。
【0118】
【数32】

【0119】
固有値分解処理部42は、MUSIC(MUltiple SIgnal Classification)法で行われると同様に、行列RVVfbssを以下の式(6.2)で示すように固有値分解することにより
、行列ES及びENをそれぞれ取得する。行列ENは雑音固有空間を張る固有ベクトルから
構成される行列を示し、行列ESは信号固有空間を張る固有ベクトルから構成される行列
を示す。固有値分解処理部42は、取得された行列ES及びENを核行列計算部25へ送る。なお、行列ENの添え字Nは、受信アンテナ数Nを意味するものではない。
【0120】
【数33】

【0121】
核行列計算部25は、行列ES及びENを用いて、以下の式(6.3)及び(6.4)に示す核行列Ω1及びΩ2を算出する。式(6.4)における単位行列ILの次元Lは、L≧(M+1)を示す。以降、推定処理部26により、このように算出された核行列Ω1及びΩ2が用いられることにより実施例1と同様に到来方向推定が行われる。このΩ1及びΩ2とが直交関係にあることは既知の事項であるから、ここでは説明を省略する。
【0122】
【数34】

【0123】
[変形例3]
実施例1及び2における到来方向推定装置において、推定処理部26は、核行列Ω1
び核行列Ω2を用いて到来方向推定を行ったが、核行列Ω1のみを用いて以下の式(7.1
)により到来方向推定を行うようにしてもよい。核行列Ω1のみを用いた場合であっても
、核行列Ω1を生成するための一般化HANKEL行列Rが複数の複素共役成分を有する
相関ベクトルの要素から得られているため、高精度の到来方向推定を行うことができる。
【0124】
【数35】

【0125】
[その他]
〈ハードウェアの構成要素(Component)及びソフトウェアの構成要素(Component)に
ついて〉
ハードウェアの構成要素とは、ハードウェア回路であり、例えば、フィールド・プログラマブル・ゲートアレイ(FPGA)、特定用途向け集積回路(ASIC)、ゲートアレイ、論理ゲートの組み合わせ、信号処理回路、アナログ回路等がある。
【0126】
ソフトウェアの構成要素とは、ソフトウェアとして上記処理を実現する部品(断片)であり、そのソフトウェアを実現する言語、開発環境等を限定する概念ではない。ソフトウェアの構成要素としては、例えば、タスク、プロセス、スレッド、ドライバ、ファームウェア、データベース、テーブル、関数、プロシジャ、サブルーチン、プログラムコードの所定の部分、データ構造、配列、変数、パラメータ等がある。これらソフトウェアの構成要素は、1又は複数のメモリ(1または複数のプロセッサ(例えば、CPU(Central Processing Unit)、DSP(Digital Signal Processor)、GPGPU(General Purpose
Graphics Processing Unit)等)上で実現される。
【0127】
なお、上述の各実施形態は、上記各処理部の実現手法を限定するものではない。上記各処理部は、上記ハードウェアの構成要素又はソフトウェアの構成要素若しくはこれらの組み合わせとして、本技術分野の通常の技術者において実現可能な手法により構成されていればよい。
【符号の説明】
【0128】
11 センサアレイ
12 受信部
13 ベースバンド変換部
14 アナログデジタル変換(AD変換)部
20 到来方向推定部
21 到来信号数決定部
22 一般化HANKEL行列生成部
23 線形演算子計算部
24 プロパゲータ行列計算部
25 核行列計算部
26 推定処理部
31 スケーリング行列計算部
41 FBSS(Forward Backward Spatial Smoothing)行列生成部
42 固有値分解処理部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のセンサ素子により受信された各受信信号から得られるベースバンド信号ベクトルの相関ベクトルを用いることにより空間平均が適用された共分散行列を示す一般化HANKEL行列Rを生成する第1行列生成部と、
前記一般化HANKEL行列Rの部分行列R1及びR2を用いて線形演算することにより雑音部分空間への射影行列としての性質を有する核行列Ω1を生成し、該核行列Ω1と直交する核行列Ω2を生成する第2行列生成部と、
前記核行列Ω1及びΩ2のいずれか一方を分子に他方を分母に用いて定義された角度スペクトラム、又は、前記核行列Ω1及びΩ2を用いた代数方程式から信号の到来方向を推定する推定部と、
を備えることを特徴とする到来方向推定装置。
【請求項2】
前記第2行列生成部は、
前記一般化HANKEL行列Rの部分行列R1及びR2を用いて線形演算子Г=(R1
1H-112H(−1は逆行列を示し、Hは複素共役転置を示す)を算出する演算子算
出部と、
前記線形演算子Гと単位行列Iとを用いてプロパゲータ行列Π=[Г、−I]T(Tは
転置を示す)又は直交化プロパゲータ行列Π'=Π(ΠHΠ)-1/2(−1/2は√を示す)を算出するプロパゲータ行列算出部と、
を含み、
前記核行列Ω1を前記プロパゲータ行列Π又は前記直交化プロパゲータ行列Π'を用いて算出する、
ことを特徴とする請求項1に記載の到来方向推定装置。
【請求項3】
前記第2行列生成部は、
前記一般化HANKEL行列Rの部分行列R1及びR2、並びに、前記線形演算子Гを用いてスケーリング行列Λ=R22H−R21HГを算出するスケーリング行列算出部を更に含み、
前記核行列Ω1を前記スケーリング行列Λの逆行列と共に前記プロパゲータ行列Π又は
前記直交化プロパゲータ行列Π’を用いて算出する、
ことを特徴とする請求項2に記載の到来方向推定装置。
【請求項4】
前記第2行列生成部は、前記核行列Ω1を、前記プロパゲータ行列Π又は前記直交化プ
ロパゲータ行列Π'を用いて算出された核行列と、前記スケーリング行列Λの逆行列と共
に前記プロパゲータ行列Π又は前記直交化プロパゲータ行列Π’を用いて算出された核行列と、を線形結合させることにより算出することを特徴とする請求項3に記載の到来方向推定装置。
【請求項5】
前記第1行列生成部は、前記複数のセンサ素子の数がNであり、前記複数のセンサ素子で受信される到来信号数がMである場合に、前記ベースバンド信号ベクトルの相関ベクトルのうちの、同一複素共役成分を有しかつ自己相関成分までの連続して並ぶ成分の数が(N−M)個以上となる複数成分を要素とする部分ベクトルから、自己相関成分を含まない連続して並ぶ(N−M)個の成分の各組み合わせをそれぞれ各第1部分ベクトルとして抽出し、該相関ベクトルのうちの、同一複素共役成分を有しかつ自己相関成分より後の連続して並ぶ成分の数が(N−M)個以上となる複数成分を要素とする部分ベクトルから、自己相関成分を含まない連続して並ぶ(N−M)個の成分の各組み合わせをそれぞれ各第2部分ベクトルとして抽出し、該各第1部分ベクトル及び該各第2部分ベクトルが同一複素共役成分を有するもの毎に位相関係の合う成分同士が同じ要素位置となるように並べられた((N−M)×M)次の第1行列群及び第2行列群を生成し、第1行列群をそれぞれ足
し合わせることで生成される第1行列Rf1及び第2行列群をそれぞれ足しあわされることで生成される第2行列Rf2の少なくとも1つを用いて前記一般化HANKEL行列Rを生成することを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の到来方向推定装置。
【請求項6】
前記第1行列生成部は、前記第1行列Rf1及び前記第2行列Rf2の各列ベクトル間でベクトルの大きさを合わせるための第1係数行列と第2係数行列とを用いて、前記第1行列Rf1と第1係数行列とのアダマール積、及び、前記第2行列Rf2と第2係数行列とのアダマール積をそれぞれ算出することを特徴とする請求項5に記載の到来方向推定装置。
【請求項7】
前記第1行列生成部は、前記第1行列Rf1及び前記第2行列Rf2の各複素共役行列をそれぞれ生成し、各複素共役行列と反対角単位行列との積を用いて行列Rb1及びRb2を生成し、前記第1行列Rf1、前記第2行列Rf2、行列Rb1及びRb2を用いて一般化HANKEL行列Rを生成することを特徴とする請求項5又は6に記載の到来方向推定装置。
【請求項8】
複数のセンサ素子により受信された各受信信号から得られるベースバンド信号ベクトルの相関ベクトルを用いることにより空間平均が適用された共分散行列を示す一般化HANKEL行列Rを生成し、
前記一般化HANKEL行列Rの部分行列R1及びR2を用いて線形演算することにより雑音部分空間への射影行列としての性質を有する核行列Ω1を生成し、該核行列Ω1と直交する核行列Ω2を生成し、
前記核行列Ω1及びΩ2のいずれか一方を分子に他方を分母に用いて定義された角度スペクトラム、又は、前記核行列Ω1及びΩ2を用いた代数方程式から信号の到来方向を推定する、
ことを特徴とする到来方向推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−53056(P2011−53056A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−201624(P2009−201624)
【出願日】平成21年9月1日(2009.9.1)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】