制御対象の応答性の劣化を検出するための装置
【課題】制御対象の応答性劣化を検出する。
【解決手段】制御対象の応答性劣化を検出するための装置は、制御対象の出力について、第1の出力および該第1の出力とは異なる種類の第2の出力を、第1の実測値および第2の実測値としてそれぞれ検出する。第1の実測値を第1の目標値に収束させるための、該第2の出力の第2の目標値を、非線形制御によって算出する第1の制御器と、第1の制御器の出力に接続されて該第2の目標値を受け取り、該第2の実測値を該第2の目標値に収束させるための操作量を、伝達関数として表現可能な線形制御によって算出する第2の制御器とが備えられる。操作量は制御対象に印加される。さらに、第2の制御器の伝達関数および制御対象の伝達関数を合成した合成伝達関数を第2の目標値に適用することにより得られた値を、第2の出力の推定値として算出し、該推定値と第2の実測値との偏差に基づいて、制御対象の応答性劣化を検出する。
【解決手段】制御対象の応答性劣化を検出するための装置は、制御対象の出力について、第1の出力および該第1の出力とは異なる種類の第2の出力を、第1の実測値および第2の実測値としてそれぞれ検出する。第1の実測値を第1の目標値に収束させるための、該第2の出力の第2の目標値を、非線形制御によって算出する第1の制御器と、第1の制御器の出力に接続されて該第2の目標値を受け取り、該第2の実測値を該第2の目標値に収束させるための操作量を、伝達関数として表現可能な線形制御によって算出する第2の制御器とが備えられる。操作量は制御対象に印加される。さらに、第2の制御器の伝達関数および制御対象の伝達関数を合成した合成伝達関数を第2の目標値に適用することにより得られた値を、第2の出力の推定値として算出し、該推定値と第2の実測値との偏差に基づいて、制御対象の応答性劣化を検出する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、制御対象の応答性の劣化を検出するための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
様々な手法により様々な対象を制御する手法が知られており、制御対象の応答性の劣化を検出する手法も様々に提案されている。下記の特許文献1には、可変バルブタイミング制御機構の異常を応答性に基づいて判定する手法が記載されている。この手法によると、該機構の実際の相対回転角の遷移に基づく回転角変化速度が算出され、該回転角変化角度が所定の判定値未満であれば、該機構の応答性が劣化し何らかの異常が生じていると判定する。
【特許文献1】特開平10−318002号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
制御対象の実際の応答(出力)と、該制御対象の応答について該制御対象が正常であれば得られるべき推定値とを比較することができれば、応答性が劣化しているかどうかを判断することができる。
【0004】
他方、最近、制御対象の出力の目標値への収束速度を指定可能な応答指定型制御が知られている。応答指定型制御によれば、オーバーシュートや追従遅れ等を抑制しつつ、所望の速度で制御対象の出力を目標値に収束させることができる。しかしながら、応答指定型制御のような非線形制御は伝達関数で表現されることができないため、応答指定型制御による制御結果として得られる制御対象の出力を推定することが困難であり、よって応答性劣化が生じているかどうか判断することが困難なことがある。
【0005】
したがって、応答指定型制御のような非線形制御を使用した制御系においても、制御対象の応答性の劣化をより良好に検出することのできる手法が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明の一つの側面によると、可変に作動可能な制御対象の応答性の劣化を検出するための装置が提供される。該装置は、制御対象の出力について、第1の出力および該第1の出力とは異なる種類の第2の出力を、第1の実測値および第2の実測値としてそれぞれ検出する。第1の実測値を第1の目標値に収束させるための、該第2の出力のための第2の目標値を、非線形制御によって算出する第1の制御器と、該第1の制御器の出力に接続されて該第2の目標値を受け取り、該第2の実測値を該第2の目標値に収束させるための操作量を、伝達関数として表現可能な線形制御によって算出する第2の制御器とが備えられる。該操作量は、該制御対象に印加される。該装置は、さらに、第2の制御器の伝達関数および制御対象の伝達関数を合成した合成伝達関数を第2の目標値に適用することにより得られた値を、該第2の出力についての推定値として算出する。該推定値と第2の実測値との偏差に基づいて、制御対象の応答性劣化を検出する。
【0007】
この発明によれば、非線形制御を用いて制御対象の第1の出力の実測値を第1の目標値に収束させることを可能にしつつ、該制御対象の第2の出力の実測値とその推定値との比較により、制御対象の応答性劣化を検知することができる。該推定値は、第2の制御器の伝達関数および制御対象の伝達関数を合成した合成伝達関数を、非線形制御により得られた第2の目標値に適用することにより算出されるので、推定値を、より良好な精度で求めることができる。したがって、応答性劣化の検出精度を向上させることができる。
【0008】
この発明の一実施例によると、非線形制御は、第1の実測値の第1の目標値への収束速度を指定可能な応答指定型制御である。さらに一例では、非線形制御は、スライディングモード制御である。
【0009】
この発明の一実施例によると、線形制御は、PID制御、PI制御、PD制御およびH∞制御のうちのいずれかである。
【0010】
この発明の一実施例によると、上記第1の出力は制御対象の位置であり、上記第1の制御器は位置制御器である。上記第2の出力は制御対象の速度であり、上記第2の制御器は速度制御器である。
【0011】
この発明の一実施例によると、制御対象は、内燃機関の吸気バルブを可変に作動可能な可変動弁装置である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
次に図面を参照してこの発明の実施の形態を説明する。図1は、この発明の一実施形態に従う、内燃機関(以下、エンジンと呼ぶ)およびその制御装置の全体的な構成図である。
【0013】
電子制御ユニット(以下、「ECU」)という)1は、中央演算処理装置(CPU)およびメモリを備えるコンピュータである。メモリには、車両の様々な制御を実現するためのコンピュータ・プログラムおよび該プログラムの実施に必要なデータ(マップを含む)を格納することができる。ECU1は、車両の各部から信号を受取ると共に、該メモリに記憶されたデータおよびプログラムに従って演算を行い、車両の各部を制御するための制御信号を生成する。
【0014】
エンジン2は、たとえば4気筒を有するエンジンである。エンジン2には、吸気管3および排気管4が連結されている。吸気管4には、スロットル弁5が設けられている。スロットル弁5の開度は、ECU1からの制御信号に従って制御される。スロットル弁5の開度を制御することにより、エンジン2に吸入される空気の量を制御することができる。スロットル弁5には、スロットル弁の開度を検出するスロットル弁開度(θTH)センサ6が連結されており、この検出値は、ECU1に送られる。
【0015】
燃料噴射弁7が、エンジン2とスロットル弁5との間であって、エンジン2の吸気バルブ(図示せず)の少し上流側に、気筒ごとに設けられている。燃料噴射弁7は、図示しない燃料ポンプに接続されている。燃料噴射弁7の燃料噴射時期および燃料噴射量は、ECU1からの制御信号に従って変更される。代替的に、燃料噴射弁を、エンジン2の気筒内に臨むように取り付けてもよい。
【0016】
スロットル弁5の上流には、吸気管3を流れる空気の量を検出するエアフローメータ(AFM)8が設けられている。
【0017】
スロットル弁5の下流には、吸気管内絶対圧(PBA)センサ10が設けられており、吸気管内の圧力を検出する。また、吸気管内絶対圧センサ10の下流には吸気温(TA)センサ11が設けられており、吸気管内の温度を検出する。これらの検出値は、ECU1に送られる。また、エンジン2には、エンジンの水温TWを検出するためのエンジン水温センサ12が設けられており、該センサの検出値は、ECU1に送られる。
【0018】
エンジン2には、吸気バルブおよび排気弁のリフト量および開角(開弁期間)を連続的に変更することができる第1の機構21と、吸気バルブを駆動するカムのクランク軸を基準とした位相を連続的に変更する第2の機構22とを有する弁作動特性可変装置20を備える。第2の機構22により吸気バルブを駆動するカムの位相が変更され、よって吸気バルブの位相が変更される。
【0019】
ECU1には、エンジン1のクランク軸の回転角度を検出するクランク角センサ13およびエンジン1の吸気バルブを駆動するカムが連結されたカム軸の回転角度を検出するカム角センサ14が接続されており、これらのセンサの検出値はECU1に供給される。クランク角センサ13は、所定のクランク角度(たとえば30度)毎に1パルス(CRK信号)を発生し、該パルスにより、クランク軸の回転角度位置を特定することができる。また、カム角センサ14は、エンジン2の特定の気筒の所定クランク角度位置でパルス(CYL信号)と、各気筒の吸入行程開始時の上死点(TDC)でパルス(TDC信号)を発生する。これらのパルスは、燃料噴射時期、点火時期等の各種の制御タイミングおよびエンジン回転数NEの検出に使用される。なお、カム角センサ14より出力されるTDC信号と、クランク角センサ13より出力されるCRK信号との相対関係から、吸気バルブのカム軸の実際の位相が検出される。
【0020】
弁作動特性可変装置20には、吸気バルブのリフト量を制御する制御軸の回転角度位置を検出するための制御軸回転角度センサ(CSA)センサ15が設けられている。
【0021】
ECU1は、上記各種センサからの入力信号に応じて、メモリに記憶されたプログラムおよびデータ(マップを含む)に従い、エンジン2の運転状態を検出すると共に、スロットル弁5、燃料噴射弁7、弁作動特性可変装置20を制御するための制御信号を生成する。
【0022】
図2は、弁作動特性可変装置20のより具体的な構成図を示す。図に示すように、弁作動特性可変装置20は、吸気バルブのリフト量および開角(以下、単にリフト量と呼ぶ)を連続的に変更することができる第1の機構21と、吸気バルブの位相を連続的に変更することができる第2の機構22と、該第1の機構21を介して吸気バルブのリフト量を連続的に変更するためのモータ23を備えるアクチュエータ24と、該第2の機構22を介して吸気バルブの位相を連続的に変更するために、その開度が連続的に変更可能な電磁弁25を備えるアクチュエータ26と、を備えている。
【0023】
吸気バルブの位相を示すパラメータとして、吸気バルブのカム軸の位相CAINが用いられる。電磁弁25には、オイルパン28の潤滑油がオイルポンプ27により加圧されて供給される。モータ23および電磁弁25は、ECU1からの制御信号に従って作動する。なお、第2の機構22のより具体的な構成は、例えば特開2000−227013号公報に示されている。
【0024】
図3を参照して、第1の機構21を説明する。(a)に示すように、カム32が設けられたカム軸31と、シリンダヘッドに軸35aを中心として揺動可能に支持されるコントロールアーム35と、コントロールアーム35を揺動させるコントロールカム37が設けられた制御軸36と、コントロールアーム35に支軸33bを介して揺動可能に支持されると共に、カム32に従動して揺動するサブカム33と、サブカム33に従動し、吸気バルブ40を駆動するロッカーアーム34とを備えている。ロッカーアーム34は、コントロールアーム35内に揺動可能に支持されている。
【0025】
サブカム33は、カム32に当接するローラ33aを有し、カム軸31の回転により、軸33bを中心として揺動する。ロッカーアーム34は、サブカム33に当接するローラ34aを有し、サブカム33の動きが、ローラ34aを介して、ロッカーアーム34に伝達される。
【0026】
コントロールアーム35は、コントロールカム37に当接するローラ35bを有し、制御軸36の回転により軸35aを中心として揺動する。(a)に示す状態では、サブカム33の動きはロッカーアーム34にほとんど伝達されないため、吸気バルブ40はほぼ全閉の状態を維持する。(b)に示す状態では、サブカム33の動きがロッカーアーム34を介して吸気バルブ40に伝達され、吸気バルブ40は最大リフト量LFTMAX(たとえば12mm)まで開弁する。
【0027】
したがって、アクチュエータ24のモータ23(図2)の出力軸に、ギアを介して制御軸36を接続し、該モータ23によって制御軸36を回転させることにより、吸気バルブ40のリフト量を連続的に変更することができる。この実施形態では、第1の機構21に、制御軸36の回転角度位置を検出するCSAセンサ15(図1)が設けられており、該検出される回転角度位置CSAが、リフト量を示すパラメータとして使用される。なお、第1の機構21のより詳細な構成は、本出願人による特許出願(特願2006−197254号)に示されている。
【0028】
なお、この発明は、図に示すような第1の機構21に限定されず、吸気バルブのリフト量を可変に制御可能な機構を、任意の適切な手段で実現することができる点に注意されたい。また、上記の例では、第1の機構21によって、リフト量だけでなく開角も変更されるが、リフト量のみを変更するような構成の機構でも、本願発明は適用されうる。
【0029】
以下の実施例では、制御対象(プラント)を、吸気バルブのリフト量を変更可能な可変動弁機構(第1の機構21およびアクチュエータ24を含む構成要素)として説明する。しかしながら、本願発明は、このような制御対象に限定されず、内燃機関の他の構成要素(たとえば、スロットル弁のスロットル開度を変更可能な動弁機構等)にも適用可能であり、また、内燃機関に含まれる構成要素以外の構成要素(たとえば、何らかのモータによって駆動される機械的要素)にも適用可能である。
【0030】
図4は、本願発明の一実施形態に従う、プラントを制御するための制御装置のブロック図である。制御器50は、ECU1に実現される。プラント54は、この実施例では、前述したように、第1の構21およびアクチュエータ24を含む可変動弁機構である。制御器50は、位置制御器(第1の制御器)51と、該位置制御器51の出力に接続される速度制御器(第2の制御器)52を備える。速度制御器52の出力に、プラント54が接続される。
【0031】
プラント54の出力(制御出力または制御量とも呼ばれる)として、位置および速度の実測値が検出される。位置は、吸気バルブのリフト量を示すが、これは、前述した制御軸36の角度(CS角度と呼ぶ)により表される。実CS角度は、CSAセンサ15の出力から検出されることができる。速度は、吸気バルブの作動速度を示すが、これは、制御軸36の角速度により表される。実角速度は、実CS角度を微分器53により微分することにより検出されることができる。
【0032】
位置制御器51は、プラントの実位置(実CS角度)と目標位置(目標CS角度)の偏差に非線形制御を適用し、該実CS角度を目標CS角度に収束させるための目標角速度を算出する。
【0033】
速度制御器52は、該目標角速度を受け取り、制御軸36の実角速度と該目標角速度の偏差に線形制御を適用し、該実角速度を目標角速度に収束させるための操作量(制御入力とも呼ばれる)を算出する。該操作量にしたがって、プラント54のアクチュエータ24は、モータ23を介して吸気バルブを駆動する。
【0034】
プラントの出力として実CS角度が、前述したCSAセンサ15により検出され、これは、位置制御器51にフィードバックされる。また、実CS角度を微分器53により微分することにより実角速度が検出され、これは、速度制御器52にフィードバックされる。
【0035】
ここで、速度制御器52により実現される線形制御は、線形要素(線形システムとも呼ぶ)として表されることができ、よって伝達関数を用いて表現可能な制御形態を示す。周知の如く、線形システムは、状態方程式が状態変数の一次式で表されることのできるシステムである。線形制御の代表的な例は、PID制御、PI制御、PD制御、H∞制御等であり、以下の実施例では、一例としてPI制御を用いる。これらの制御は、制御パラメータによって、制御の周波数特性(ゲイン特性および位相特性)を決定することができるので、周波数整形(frequency shaping)を実施可能な制御であるといえる。たとえば、PI制御では、比例ゲインおよび積分ゲインという制御パラメータにより、該PI制御のゲイン特性および位相特性を決定することができる。
【0036】
他方、位置制御器51により実現される非線形制御は、非線形要素(非線形システムとも呼ぶ)で表され、これは、伝達関数を用いて表現することはできない。周知の如く、非線形システムは、状態方程式が状態変数の一次式では表されないシステムである。非線形制御の一例は応答指定型制御であり、この中には、スライディングモード制御が含まれる。スライディングモード制御は、所定の切換線に対して制御入力(操作量)を切り換えるよう動作する。制御対象が線形であっても、正弦波に対する応答ではないので伝達関数は適さず、よって周波数整形を実施可能な制御とはいえない。また、非線形制御の他の例として、バックステッピング制御も知られている。
【0037】
非線形制御は、オーバーシュートや追従遅れを抑制しつつ、制御量(制御出力)の目標値への収束を良好に実現することができ、また、外乱に対する耐性も比較的高いという利点を有している。したがって、この実施形態に示すように、プラントの位置制御には、非線形制御を用いる。以下の実施例では、スライディングモード制御を用いる。
【0038】
しかしながら、上で述べたように、非線形制御は伝達関数で表現することができないので、非線形制御により算出された操作量を直接制御対象に印加するよう制御系を構成した場合、制御対象が仮に線形であっても、該制御対象の出力を予め推定することは困難である。そこで、本願発明では、図に示すように、非線形制御とプラントとの間に線形制御を直列に導入する。線形制御は、上で述べたように伝達関数で表現可能な制御形態である。したがって、プラントの伝達関数と速度制御器の伝達関数との合成伝達関数が判明すれば、非線形制御の位置制御器からの出力すなわち目標角速度から、実角速度の推定値(以下、推定角速度と呼ぶ)を算出することができる。
【0039】
図4では、上流側に第1の制御器として位置制御器を設け、下流側に第2の制御器として速度制御器を設けているが、本願発明は、この形態に必ずしも適用されない。すなわち、第1および第2の制御器によって制御対象のどの作動特性(位置、速度、または他のパラメータ)を制御するかは、任意に設計してよい。本願発明は、非線形制御を実施する第1の制御器、該第1の制御器の出力に接続された線形制御を実施する第2の制御器、および該第2の制御器の出力が操作量として印加されるプラントという構成を有するシステムに広く適用可能である。
【0040】
なお、図4には簡略化のために示されていないが、外乱値を推定して該外乱を除去するようプラントを制御する外乱オブザーバ等の構成要素を付加的に設けてもよい。また、外乱オブザーバによる制御が伝達関数で表現可能であれば、第2の制御器として用いるようにしてもよい。
【0041】
ここで図5を参照すると、本願発明の一実施形態に従う、プラントの応答性劣化を検出するための制御装置のブロック図を示す。これらの機能ブロックは、ECU1に実現されることができる。
【0042】
推定速度算出部55は、図4の位置制御器51によって算出された目標角速度に基づいて、前述した推定角速度を算出する。算出する式は、以下の式(1)のように表されることができる。nは、制御周期を示す。Cは、所定のゲインを示す。
【0043】
推定角速度(n)=C(目標角速度(n)―推定角速度(n-1))+推定角速度(n-1)
(1)
【0044】
偏差算出部56は、こうして算出された推定角速度と、図4の微分器53により求められた実角速度との偏差eを算出する。微分器53は、ソフトウェア(より具体的には、ECU1のメモリに予め記憶されたコンピュータプログラム)により実現してもよい。この場合、実角速度の前回値と今回値の差を、制御周期の長さで除算することにより、実角速度を算出することができる。
【0045】
故障判定部57は、該偏差eの大きさに基づいて、プラントの応答性劣化を判定する。或る制御周期nで算出された推定角速度は、該制御周期nで実角速度が到達しているべき角速度を表しているので、両者の偏差が大きければ、プラントの応答性が劣化していると判断することができる。
【0046】
ここで、上記式(1)の導出根拠を説明する。
【0047】
本願発明者の知見によれば、第1の機構21およびアクチュエータ24(図2)を含むプラント54について、該アクチュエータ24のモータ23に印加される電圧Uを入力とし、結果として生じる該第1の機構21の制御軸36の角度θcsを出力とすると、プラント54の運動方程式は、ラプラス演算子sを用いて以下のような伝達関数で表現されることができる。
【数1】
【0048】
ここで、Jは、モータ23から制御軸36に至る系のイナーシャ要素を示し、モータ23のイナーシャおよび制御軸36のイナーシャを含む。Bは、モータ23から制御軸36に至る系の粘性抵抗を示し、モータ23の粘性抵抗、制御軸36の粘性抵抗およびトルク定数、モータ抵抗、減速比およびギア効率等を含む。
【0049】
次に、図6(a)は、図4の制御器50およびプラント54を、ラプラス演算子sを用いた伝達関数で表したブロック図である。ブロック71は、速度制御器52のPI制御の伝達関数H(s)を示し、ブロック72は、前述の式(2)で表されるプラント54の伝達関数G(s)を示す。ブロック73は、図4の微分器53を表している。
【0050】
PI制御は、比例ゲインをKvpおよび積分ゲインをKviとすると、以下のような伝達関数で表される。
【数2】
【0051】
他方、PI制御の各ゲインは、以下のように、時定数τを用いて設定される。
【0052】
Kvp=J/τ
Kvi=B/τ
時定数τは、所望の適切な値に設定されることができる。
【0053】
したがって、PI制御の伝達関数は、ブロック71で示されるようになる。
【0054】
図6(a)から微分器73を除くため、プラント72の伝達関数Gをs倍し(ブロック74のG’で表されている)、該ブロック74に直列に積分器75を挿入する。こうして図6(b)が得られ、積分器75を通過する前、すなわちブロック74からの出力が、実角速度を表すこととなる。目標角速度と実角速度の間のブロック80の一巡伝達関数F(s)を求めると、図6(c)のブロック76に示されるように、以下の合成伝達関数Fが得られる。
F(s)=1/(τs+1) (3)
【0055】
関数F(s)は、目標角速度を入力とし、実角速度を出力とした伝達関数であり、速度制御器52とプラント54の合成伝達関数と考えることができる。すなわち、目標角速度に伝達関数F(s)を適用することにより、角速度の推定値を求めることができる、ということを表している。
【0056】
次に、図7を参照して、式(3)の合成伝達関数F(s)を離散表現に変換する手法を説明する。
【0057】
図7(a)のブロック78は、式(3)の伝達関数F(s)を表している。離散化を行うため、ブロック78を分解すると、図7(b)に示されるブロック81および82が得られる。ブロック82をさらに分解すると、図7(c)が得られる。ここで、制御周期の長さをStimeとすると、積分(1/s)の離散表現は1/(1−z―1)であるから、符号83に示すように、遅延要素zを用いて表すことができる。ブロック84のStimeは、積分時間を表している。ブロック81、83、および84を合成すると、図7(d)のブロック85のように表される。Stime/τをkとおいて、一巡伝達関数(Loop Transfer Function)H’(z)を求める(z表現で表される)。
【数3】
【0058】
C=k/(1+k)とおくと、式(4)は、以下のように表される。
【数4】
【0059】
式(5)は、図7(e)のように表され、これを、入力をUおよび出力をYとする差分方程式に変換すると、以下のように展開される。nは、制御周期を示す。
【数5】
【0060】
式(6)のY(n)を推定角速度の今回値(n)とし、Y(n−1)を推定角速度の前回値(n―1)とし、U(n)を目標角速度(n)とおくと、上記式(1)が導出される。また、式(1)のゲインCは、式(5)に示されるように、制御周期の長さStimeおよび時定数τによって決定されることができる。
【0061】
前述したように、推定速度算出部55(図5)は、該式(1)に従って推定角速度を算出することができ、偏差算出部56は、該推定角速度と実角速度の偏差を算出する。一形態では、これらの算出はソフトウェアで実現されることができ、より具体的には、ECU1のメモリに予め記憶されたコンピュータプログラムに従って実現されることができる。
【0062】
代替的に、上記式(1)を、図8のように、減算器91、乗算器92、加算器93、遅延要素94およびフィルタゲインを記憶する記憶要素95のハードウェア構成要素から成るフィルタ90として実現してもよい。すなわち、フィルタ90は、図5の推定速度算出部55をハードウェア構成要素で表したものである。また、図8には、偏差算出部56をハードウェア構成要素で表した減算器97も示されている。
【0063】
減算器91は、推定角速度の前回値と目標角速度の差を算出し、乗算器92は、該差を、記憶要素95に記憶されているゲインCにより乗算する。加算器93は、該乗算により得られた値を、推定角速度の前回値に加算することにより、推定角速度の今回値を算出する。こうして、目標角速度から推定角速度が算出される。減算器97は、推定角速度から実角速度を減算することにより、偏差eを算出する。
【0064】
制御周期の長さStimeは、一定であってもよいし(たとえば、10ミリ秒)、あるいは、制御周期をTDC信号に同期させ、TDC信号に応じて制御が実行されるようにしてもよい。この場合、制御周期の長さStimeは、エンジン回転数に基づいて算出されることができる。たとえば、TDC信号が吸入行程の上死点で出力され、今回の制御周期nにおいて検出されたエンジン回転数がNE(rpm)である場合、該制御周期nの長さは、以下のように算出されることができる。
【数6】
【0065】
図9は、本願発明の一実施例に従う、プラントの応答性劣化を判定するための故障判定プロセスのフローチャートを示す。該プロセスは、所定の制御周期(たとえば、TDC信号に同期した制御周期)で、ECU1のCPUによって実行されることができ、より具体的には、図5の故障判定部57により実現される。ここで、推定角速度および偏差eは、前述した長さStimeの制御周期で、たとえば図8に示されるようなハードウェア構成要素により算出されているとする。
【0066】
代替的に、推定角速度および偏差の算出をソフトウェアで実現する場合には、ステップS11に先立ち、推定角速度を上記式(1)に従って算出するステップと、該算出された推定角速度から、今回検出された実角速度を減算して偏差eを算出するステップを設ければよい。
【0067】
ステップS11において、該偏差eの絶対値E_absを算出する。絶対値を算出するのは、偏差eが、正負のいずれの方向にも算出される可能性があるからである。
【0068】
ステップS12において、偏差の絶対値E_absを、所定のしきい値Aと比較する。偏差の絶対値E_absがしきい値Aより大きければ、ステップS13において偏差E_absを積分し、積分値ErrIを算出する。そうでなければ、ステップS14において、該積分値ErrIをゼロにクリアする。
【0069】
ステップS15において、該積分値ErrIを、所定のしきい値Bと比較する。積分値ErrIがしきい値Bより大きければ、プラントの応答性劣化が検出されたと判断し、よってプラントが故障している可能性があると判定する(S16)。ステップS15において、積分値ErrIがしきい値B以下ならば、該ルーチンを抜ける。
【0070】
積分値を用いているのは、より正確に故障を判定するためである。複数の制御周期でしきい値Aを超える偏差が検出された場合に、故障と判定している。
【0071】
ここで、図4の位置制御器51において実行される、応答指定型制御の一形態であるスライディングモード制御の一例を説明する。
【0072】
プラント54は、たとえば式(7)のようにモデル化されることができる。nは、制御時刻を示す。CSACTは実CS角度を示し、Ucsは、位置制御器51によって算出される制御入力(この実施例では、目標角速度)を示す。a1、a2、b1およびb2は、モデルパラメータを示す。モデルパラメータは、シミュレーション等によって予め決めてもよいし、逐次的に同定してもよい。逐次的に算出する手法の一例は、たとえば特開2004−270656号公報に記載されている。
【数7】
【0073】
位置制御器51は、モデル式(7)に基づいて、実CS角度CSACTが目標CS角度CSCMDに収束するための制御入力Ucsを算出する。実CS角度は、CSAセンサ15により検出され、目標CS角度は、エンジンの運転状態に応じて、任意の適切な手法により決定されることができる。
【0074】
この実施例では、2自由度のスライディングモード制御を用いる。該制御では、制御出力(実CS角度)の目標値(目標CS角度)に対する追従速度と、プラント54に外乱が印加された時の該制御出力の目標値に対する偏差の収束速度を、個別に指定することができる。
【0075】
位置制御器51によって実行される演算を、以下に示す。
【数8】
【0076】
上記の式について説明する。まず、式(13)に示されるように、目標値応答指定パラメータPOLE_fを用いて、目標CS角度CSCMDに一次遅れフィルタ(ローパスフィルタ)を適用し、フィルタ済み目標CS角度CSCMD_fを算出する。目標値応答指定パラメータPOLE_fは、前述した、制御出力の目標値への追従速度を規定するパラメータであり、好ましくは−1<POLE_f<0を満たすように設定される。
【0077】
スライディングモード制御では、式(11)に示すように、切り換え関数σが定義される。Eは、式(12)に示されるように、実CS角度CSACTと、フィルタ済み目標CS角度CSCMD_fとの偏差である。POLEは、前述した、外乱が印加された時の偏差Eの収束速度を規定するパラメータであり、好ましくは−1<POLE<0を満たすよう設定される。POLEの絶対値を小さくするほど、収束速度が速くなる。
【0078】
ここで、切換関数σの特性を説明する。切換関数σ(n)=0とした式は等価入力系と呼ばれ、制御量(ここでは、偏差E)の収束特性を規定する。σ(n)=0とすると、式(11)は、式(14)のように表される。
【数9】
【0079】
式(14)は、入力の無い一次遅れ系を示す。すなわち、2自由度のスライディングモード制御は、偏差Eを、式(14)に示される一次遅れ系に拘束するよう制御する。
【0080】
ここで図10を参照すると、縦軸がE(n)および横軸がE(n−1)の位相平面上に、式(14)が線101で表現されている。この線101を切換線と呼ぶ。E(n)およびE(n−1)の組合せからなる状態量(E(n),E(n−1))の初期値が、点102で表されているとする。スライディングモード制御は、点102で表される状態量を、切換線101上に載せることにより、該状態量を、外乱等の影響されることなく、安定的に位相平面上の原点0に収束させる。言い換えると、状態量(E(n),E(n−1))を、式(14)に示される入力の無い安定系に拘束することにより、外乱に対して比較的ロバストに偏差Eをゼロに収束させることができる。
【0081】
式(9)で表される等価制御入力Ueqは、上記状態量を切り換え線101上に拘束するよう動作する。したがって、式(15)を満たす必要がある。
【数10】
【0082】
式(15)と上記のモデル式(7)に基づき、等価制御入力Ueqは、上記式(9)のように求められる。
【0083】
位置制御器51は、さらに、式(10)に従って到達則入力Urchを算出する。到達則入力Urchは、状態量を切り換え線上に載せるための入力である。Krchはフィードバックゲインを示し、シミュレーション等によって予め定められることができる。
【0084】
位置制御器51は、式(8)に示されるように、等価制御入力Ueqおよび到達則入力Urchを加算し、制御入力Ucsを算出する。該制御入力Ucsが、目標角速度を表す。
【0085】
上記は、スライディングモードについての一形態を説明したが、スライディングモード制御の様々な変形形態を、位置制御器によって実現することができる。たとえば、切換関数σの積分値にフィードバックゲインKadpを乗算した項(適応則入力と呼ばれる)を、到達則入力に加算することにより、制御入力Ucsを算出してもよい。該適応則入力を用いたスライディングモードの一例は、たとえば特開2005−146988号公報に記載されている。また、代替的に、自由度が1のスライディングモード制御でもよく、この場合、式(14)に示される目標値のフィルタリングは必要とされず、他の式中のフィルタ済み目標値CSCMD_fは、目標値CSCMDで置き換えられる。
【0086】
次に、図11および図12を参照して、本願発明の効果について説明する。
【0087】
図11は、図4のような制御系において、非線形制御を実行する位置制御器によって制御される位置(CS角度)に基づいて故障判定を実施した場合のシミュレーション結果を示す。プラントは正常に作動していると仮定する。非線形制御としては、スライディングモード制御を用い、線形制御としてはPI制御を用いた。符号201は目標CS角度を示し、符号202は実CS角度を示し、符号203は推定CS角度を示す。符号205は、推定CS角度と実CS角度の偏差を示す。ここで、推定CS角度としては、プラントのモデル(理想モデルに、たとえば実際のプラントに生じうる負荷トルクやフリクション要素を加味したモデルであり、数式により表されることができる)を作成し、該モデルに対して位置制御器によるスライディングモード制御および速度制御器によるPI制御を適用した時の該モデルの出力値を用いた。
【0088】
図から明らかなように、推定CS角度と実CS角度との間に偏差が常に発生している。たとえば、時間t1において目標CS角度201がステップ状に変化した後、実CS角度202が該目標CS角度に到達するまで(時間t2)、偏差205は常に生じている。したがって、推定CS角度と実CS角度の比較に基づいて応答性劣化の検知を行うと、誤判定を行うおそれが高いことがわかる。
【0089】
図12は、本願発明の一実施例に従う、図4のような制御系において、線形制御を実行する速度制御器によって制御される速度に基づいて故障判定を実施した場合のシミュレーション結果を示す。プラントは正常に作動していると仮定する。非線形制御としては、スライディングモード制御を用い、線形制御としては、PI制御を用いた。符号301は目標角速度を示し、符号302は実角速度を示し、符号303は推定角速度を示す。符号305は、推定角速度と実角速度の偏差を示す。
【0090】
推定角速度303と実角速度302の挙動はほぼ一致しており、よって重複した線として表されている。時間t1において目標CS角度301がステップ状に変化した時には、瞬間的に偏差305が生じているが、その後、該偏差は速やかにゼロ近傍に収束している。図11と比較して明らかなように、偏差の収束特性が優れている。したがって、推定CS角度と実CS角度の比較に基づいて応答性劣化の検知を行うことにより、プラントの応答性劣化を、より良好な精度で検出することができ、図11を参照して説明したような誤判定を防止することができる。
【0091】
この発明は、上記の実施形態に限定されるものではなく、様々な変形が可能である。また、上記実施形態は、汎用の(例えば、船外機等の)内燃機関に適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0092】
【図1】この発明の一実施例に従う、内燃機関およびその制御装置を概略的に示す図。
【図2】この発明の一実施例に従う、弁作動特性可変装置の構成を概略的に示す図。
【図3】この発明の一実施例に従う、第1の機構の構成を概略的に示す図。
【図4】この発明の一実施例に従う、プラントを制御する制御器の構成の概略を示す図。
【図5】この発明の一実施例に従う、プラントの応答性劣化を検出するための制御装置のブロック図。
【図6】この発明の一実施例に従う、速度制御器およびプラントの合成伝達関数を求める手法を説明するための図。
【図7】この発明の一実施例に従う、合成伝達関数の離散表現を求める手法を説明するための図。
【図8】この発明の一実施例に従う、推定角速度を求めるためのフィルタの構成を示すブロック図。
【図9】この発明の一実施例に従う、プラントの応答性劣化を検出する故障判定プロセスのフローチャート。
【図10】この発明の一実施例に従う、スライディングモード制御の制御形態を説明するための図。
【図11】プラントの位置に基づいて故障判定を行った場合のシミュレーション結果の一例を示す図。
【図12】この発明の一実施例に従う、プラントの速度に基づいて故障判定を行った場合のシミュレーション結果の一例を示す図。
【符号の説明】
【0093】
1 ECU 2 エンジン
3 吸気管 15 CSAセンサ
20 弁作動特性可変装置
23 モータ 36 制御軸
40 吸気バルブ
【技術分野】
【0001】
この発明は、制御対象の応答性の劣化を検出するための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
様々な手法により様々な対象を制御する手法が知られており、制御対象の応答性の劣化を検出する手法も様々に提案されている。下記の特許文献1には、可変バルブタイミング制御機構の異常を応答性に基づいて判定する手法が記載されている。この手法によると、該機構の実際の相対回転角の遷移に基づく回転角変化速度が算出され、該回転角変化角度が所定の判定値未満であれば、該機構の応答性が劣化し何らかの異常が生じていると判定する。
【特許文献1】特開平10−318002号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
制御対象の実際の応答(出力)と、該制御対象の応答について該制御対象が正常であれば得られるべき推定値とを比較することができれば、応答性が劣化しているかどうかを判断することができる。
【0004】
他方、最近、制御対象の出力の目標値への収束速度を指定可能な応答指定型制御が知られている。応答指定型制御によれば、オーバーシュートや追従遅れ等を抑制しつつ、所望の速度で制御対象の出力を目標値に収束させることができる。しかしながら、応答指定型制御のような非線形制御は伝達関数で表現されることができないため、応答指定型制御による制御結果として得られる制御対象の出力を推定することが困難であり、よって応答性劣化が生じているかどうか判断することが困難なことがある。
【0005】
したがって、応答指定型制御のような非線形制御を使用した制御系においても、制御対象の応答性の劣化をより良好に検出することのできる手法が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明の一つの側面によると、可変に作動可能な制御対象の応答性の劣化を検出するための装置が提供される。該装置は、制御対象の出力について、第1の出力および該第1の出力とは異なる種類の第2の出力を、第1の実測値および第2の実測値としてそれぞれ検出する。第1の実測値を第1の目標値に収束させるための、該第2の出力のための第2の目標値を、非線形制御によって算出する第1の制御器と、該第1の制御器の出力に接続されて該第2の目標値を受け取り、該第2の実測値を該第2の目標値に収束させるための操作量を、伝達関数として表現可能な線形制御によって算出する第2の制御器とが備えられる。該操作量は、該制御対象に印加される。該装置は、さらに、第2の制御器の伝達関数および制御対象の伝達関数を合成した合成伝達関数を第2の目標値に適用することにより得られた値を、該第2の出力についての推定値として算出する。該推定値と第2の実測値との偏差に基づいて、制御対象の応答性劣化を検出する。
【0007】
この発明によれば、非線形制御を用いて制御対象の第1の出力の実測値を第1の目標値に収束させることを可能にしつつ、該制御対象の第2の出力の実測値とその推定値との比較により、制御対象の応答性劣化を検知することができる。該推定値は、第2の制御器の伝達関数および制御対象の伝達関数を合成した合成伝達関数を、非線形制御により得られた第2の目標値に適用することにより算出されるので、推定値を、より良好な精度で求めることができる。したがって、応答性劣化の検出精度を向上させることができる。
【0008】
この発明の一実施例によると、非線形制御は、第1の実測値の第1の目標値への収束速度を指定可能な応答指定型制御である。さらに一例では、非線形制御は、スライディングモード制御である。
【0009】
この発明の一実施例によると、線形制御は、PID制御、PI制御、PD制御およびH∞制御のうちのいずれかである。
【0010】
この発明の一実施例によると、上記第1の出力は制御対象の位置であり、上記第1の制御器は位置制御器である。上記第2の出力は制御対象の速度であり、上記第2の制御器は速度制御器である。
【0011】
この発明の一実施例によると、制御対象は、内燃機関の吸気バルブを可変に作動可能な可変動弁装置である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
次に図面を参照してこの発明の実施の形態を説明する。図1は、この発明の一実施形態に従う、内燃機関(以下、エンジンと呼ぶ)およびその制御装置の全体的な構成図である。
【0013】
電子制御ユニット(以下、「ECU」)という)1は、中央演算処理装置(CPU)およびメモリを備えるコンピュータである。メモリには、車両の様々な制御を実現するためのコンピュータ・プログラムおよび該プログラムの実施に必要なデータ(マップを含む)を格納することができる。ECU1は、車両の各部から信号を受取ると共に、該メモリに記憶されたデータおよびプログラムに従って演算を行い、車両の各部を制御するための制御信号を生成する。
【0014】
エンジン2は、たとえば4気筒を有するエンジンである。エンジン2には、吸気管3および排気管4が連結されている。吸気管4には、スロットル弁5が設けられている。スロットル弁5の開度は、ECU1からの制御信号に従って制御される。スロットル弁5の開度を制御することにより、エンジン2に吸入される空気の量を制御することができる。スロットル弁5には、スロットル弁の開度を検出するスロットル弁開度(θTH)センサ6が連結されており、この検出値は、ECU1に送られる。
【0015】
燃料噴射弁7が、エンジン2とスロットル弁5との間であって、エンジン2の吸気バルブ(図示せず)の少し上流側に、気筒ごとに設けられている。燃料噴射弁7は、図示しない燃料ポンプに接続されている。燃料噴射弁7の燃料噴射時期および燃料噴射量は、ECU1からの制御信号に従って変更される。代替的に、燃料噴射弁を、エンジン2の気筒内に臨むように取り付けてもよい。
【0016】
スロットル弁5の上流には、吸気管3を流れる空気の量を検出するエアフローメータ(AFM)8が設けられている。
【0017】
スロットル弁5の下流には、吸気管内絶対圧(PBA)センサ10が設けられており、吸気管内の圧力を検出する。また、吸気管内絶対圧センサ10の下流には吸気温(TA)センサ11が設けられており、吸気管内の温度を検出する。これらの検出値は、ECU1に送られる。また、エンジン2には、エンジンの水温TWを検出するためのエンジン水温センサ12が設けられており、該センサの検出値は、ECU1に送られる。
【0018】
エンジン2には、吸気バルブおよび排気弁のリフト量および開角(開弁期間)を連続的に変更することができる第1の機構21と、吸気バルブを駆動するカムのクランク軸を基準とした位相を連続的に変更する第2の機構22とを有する弁作動特性可変装置20を備える。第2の機構22により吸気バルブを駆動するカムの位相が変更され、よって吸気バルブの位相が変更される。
【0019】
ECU1には、エンジン1のクランク軸の回転角度を検出するクランク角センサ13およびエンジン1の吸気バルブを駆動するカムが連結されたカム軸の回転角度を検出するカム角センサ14が接続されており、これらのセンサの検出値はECU1に供給される。クランク角センサ13は、所定のクランク角度(たとえば30度)毎に1パルス(CRK信号)を発生し、該パルスにより、クランク軸の回転角度位置を特定することができる。また、カム角センサ14は、エンジン2の特定の気筒の所定クランク角度位置でパルス(CYL信号)と、各気筒の吸入行程開始時の上死点(TDC)でパルス(TDC信号)を発生する。これらのパルスは、燃料噴射時期、点火時期等の各種の制御タイミングおよびエンジン回転数NEの検出に使用される。なお、カム角センサ14より出力されるTDC信号と、クランク角センサ13より出力されるCRK信号との相対関係から、吸気バルブのカム軸の実際の位相が検出される。
【0020】
弁作動特性可変装置20には、吸気バルブのリフト量を制御する制御軸の回転角度位置を検出するための制御軸回転角度センサ(CSA)センサ15が設けられている。
【0021】
ECU1は、上記各種センサからの入力信号に応じて、メモリに記憶されたプログラムおよびデータ(マップを含む)に従い、エンジン2の運転状態を検出すると共に、スロットル弁5、燃料噴射弁7、弁作動特性可変装置20を制御するための制御信号を生成する。
【0022】
図2は、弁作動特性可変装置20のより具体的な構成図を示す。図に示すように、弁作動特性可変装置20は、吸気バルブのリフト量および開角(以下、単にリフト量と呼ぶ)を連続的に変更することができる第1の機構21と、吸気バルブの位相を連続的に変更することができる第2の機構22と、該第1の機構21を介して吸気バルブのリフト量を連続的に変更するためのモータ23を備えるアクチュエータ24と、該第2の機構22を介して吸気バルブの位相を連続的に変更するために、その開度が連続的に変更可能な電磁弁25を備えるアクチュエータ26と、を備えている。
【0023】
吸気バルブの位相を示すパラメータとして、吸気バルブのカム軸の位相CAINが用いられる。電磁弁25には、オイルパン28の潤滑油がオイルポンプ27により加圧されて供給される。モータ23および電磁弁25は、ECU1からの制御信号に従って作動する。なお、第2の機構22のより具体的な構成は、例えば特開2000−227013号公報に示されている。
【0024】
図3を参照して、第1の機構21を説明する。(a)に示すように、カム32が設けられたカム軸31と、シリンダヘッドに軸35aを中心として揺動可能に支持されるコントロールアーム35と、コントロールアーム35を揺動させるコントロールカム37が設けられた制御軸36と、コントロールアーム35に支軸33bを介して揺動可能に支持されると共に、カム32に従動して揺動するサブカム33と、サブカム33に従動し、吸気バルブ40を駆動するロッカーアーム34とを備えている。ロッカーアーム34は、コントロールアーム35内に揺動可能に支持されている。
【0025】
サブカム33は、カム32に当接するローラ33aを有し、カム軸31の回転により、軸33bを中心として揺動する。ロッカーアーム34は、サブカム33に当接するローラ34aを有し、サブカム33の動きが、ローラ34aを介して、ロッカーアーム34に伝達される。
【0026】
コントロールアーム35は、コントロールカム37に当接するローラ35bを有し、制御軸36の回転により軸35aを中心として揺動する。(a)に示す状態では、サブカム33の動きはロッカーアーム34にほとんど伝達されないため、吸気バルブ40はほぼ全閉の状態を維持する。(b)に示す状態では、サブカム33の動きがロッカーアーム34を介して吸気バルブ40に伝達され、吸気バルブ40は最大リフト量LFTMAX(たとえば12mm)まで開弁する。
【0027】
したがって、アクチュエータ24のモータ23(図2)の出力軸に、ギアを介して制御軸36を接続し、該モータ23によって制御軸36を回転させることにより、吸気バルブ40のリフト量を連続的に変更することができる。この実施形態では、第1の機構21に、制御軸36の回転角度位置を検出するCSAセンサ15(図1)が設けられており、該検出される回転角度位置CSAが、リフト量を示すパラメータとして使用される。なお、第1の機構21のより詳細な構成は、本出願人による特許出願(特願2006−197254号)に示されている。
【0028】
なお、この発明は、図に示すような第1の機構21に限定されず、吸気バルブのリフト量を可変に制御可能な機構を、任意の適切な手段で実現することができる点に注意されたい。また、上記の例では、第1の機構21によって、リフト量だけでなく開角も変更されるが、リフト量のみを変更するような構成の機構でも、本願発明は適用されうる。
【0029】
以下の実施例では、制御対象(プラント)を、吸気バルブのリフト量を変更可能な可変動弁機構(第1の機構21およびアクチュエータ24を含む構成要素)として説明する。しかしながら、本願発明は、このような制御対象に限定されず、内燃機関の他の構成要素(たとえば、スロットル弁のスロットル開度を変更可能な動弁機構等)にも適用可能であり、また、内燃機関に含まれる構成要素以外の構成要素(たとえば、何らかのモータによって駆動される機械的要素)にも適用可能である。
【0030】
図4は、本願発明の一実施形態に従う、プラントを制御するための制御装置のブロック図である。制御器50は、ECU1に実現される。プラント54は、この実施例では、前述したように、第1の構21およびアクチュエータ24を含む可変動弁機構である。制御器50は、位置制御器(第1の制御器)51と、該位置制御器51の出力に接続される速度制御器(第2の制御器)52を備える。速度制御器52の出力に、プラント54が接続される。
【0031】
プラント54の出力(制御出力または制御量とも呼ばれる)として、位置および速度の実測値が検出される。位置は、吸気バルブのリフト量を示すが、これは、前述した制御軸36の角度(CS角度と呼ぶ)により表される。実CS角度は、CSAセンサ15の出力から検出されることができる。速度は、吸気バルブの作動速度を示すが、これは、制御軸36の角速度により表される。実角速度は、実CS角度を微分器53により微分することにより検出されることができる。
【0032】
位置制御器51は、プラントの実位置(実CS角度)と目標位置(目標CS角度)の偏差に非線形制御を適用し、該実CS角度を目標CS角度に収束させるための目標角速度を算出する。
【0033】
速度制御器52は、該目標角速度を受け取り、制御軸36の実角速度と該目標角速度の偏差に線形制御を適用し、該実角速度を目標角速度に収束させるための操作量(制御入力とも呼ばれる)を算出する。該操作量にしたがって、プラント54のアクチュエータ24は、モータ23を介して吸気バルブを駆動する。
【0034】
プラントの出力として実CS角度が、前述したCSAセンサ15により検出され、これは、位置制御器51にフィードバックされる。また、実CS角度を微分器53により微分することにより実角速度が検出され、これは、速度制御器52にフィードバックされる。
【0035】
ここで、速度制御器52により実現される線形制御は、線形要素(線形システムとも呼ぶ)として表されることができ、よって伝達関数を用いて表現可能な制御形態を示す。周知の如く、線形システムは、状態方程式が状態変数の一次式で表されることのできるシステムである。線形制御の代表的な例は、PID制御、PI制御、PD制御、H∞制御等であり、以下の実施例では、一例としてPI制御を用いる。これらの制御は、制御パラメータによって、制御の周波数特性(ゲイン特性および位相特性)を決定することができるので、周波数整形(frequency shaping)を実施可能な制御であるといえる。たとえば、PI制御では、比例ゲインおよび積分ゲインという制御パラメータにより、該PI制御のゲイン特性および位相特性を決定することができる。
【0036】
他方、位置制御器51により実現される非線形制御は、非線形要素(非線形システムとも呼ぶ)で表され、これは、伝達関数を用いて表現することはできない。周知の如く、非線形システムは、状態方程式が状態変数の一次式では表されないシステムである。非線形制御の一例は応答指定型制御であり、この中には、スライディングモード制御が含まれる。スライディングモード制御は、所定の切換線に対して制御入力(操作量)を切り換えるよう動作する。制御対象が線形であっても、正弦波に対する応答ではないので伝達関数は適さず、よって周波数整形を実施可能な制御とはいえない。また、非線形制御の他の例として、バックステッピング制御も知られている。
【0037】
非線形制御は、オーバーシュートや追従遅れを抑制しつつ、制御量(制御出力)の目標値への収束を良好に実現することができ、また、外乱に対する耐性も比較的高いという利点を有している。したがって、この実施形態に示すように、プラントの位置制御には、非線形制御を用いる。以下の実施例では、スライディングモード制御を用いる。
【0038】
しかしながら、上で述べたように、非線形制御は伝達関数で表現することができないので、非線形制御により算出された操作量を直接制御対象に印加するよう制御系を構成した場合、制御対象が仮に線形であっても、該制御対象の出力を予め推定することは困難である。そこで、本願発明では、図に示すように、非線形制御とプラントとの間に線形制御を直列に導入する。線形制御は、上で述べたように伝達関数で表現可能な制御形態である。したがって、プラントの伝達関数と速度制御器の伝達関数との合成伝達関数が判明すれば、非線形制御の位置制御器からの出力すなわち目標角速度から、実角速度の推定値(以下、推定角速度と呼ぶ)を算出することができる。
【0039】
図4では、上流側に第1の制御器として位置制御器を設け、下流側に第2の制御器として速度制御器を設けているが、本願発明は、この形態に必ずしも適用されない。すなわち、第1および第2の制御器によって制御対象のどの作動特性(位置、速度、または他のパラメータ)を制御するかは、任意に設計してよい。本願発明は、非線形制御を実施する第1の制御器、該第1の制御器の出力に接続された線形制御を実施する第2の制御器、および該第2の制御器の出力が操作量として印加されるプラントという構成を有するシステムに広く適用可能である。
【0040】
なお、図4には簡略化のために示されていないが、外乱値を推定して該外乱を除去するようプラントを制御する外乱オブザーバ等の構成要素を付加的に設けてもよい。また、外乱オブザーバによる制御が伝達関数で表現可能であれば、第2の制御器として用いるようにしてもよい。
【0041】
ここで図5を参照すると、本願発明の一実施形態に従う、プラントの応答性劣化を検出するための制御装置のブロック図を示す。これらの機能ブロックは、ECU1に実現されることができる。
【0042】
推定速度算出部55は、図4の位置制御器51によって算出された目標角速度に基づいて、前述した推定角速度を算出する。算出する式は、以下の式(1)のように表されることができる。nは、制御周期を示す。Cは、所定のゲインを示す。
【0043】
推定角速度(n)=C(目標角速度(n)―推定角速度(n-1))+推定角速度(n-1)
(1)
【0044】
偏差算出部56は、こうして算出された推定角速度と、図4の微分器53により求められた実角速度との偏差eを算出する。微分器53は、ソフトウェア(より具体的には、ECU1のメモリに予め記憶されたコンピュータプログラム)により実現してもよい。この場合、実角速度の前回値と今回値の差を、制御周期の長さで除算することにより、実角速度を算出することができる。
【0045】
故障判定部57は、該偏差eの大きさに基づいて、プラントの応答性劣化を判定する。或る制御周期nで算出された推定角速度は、該制御周期nで実角速度が到達しているべき角速度を表しているので、両者の偏差が大きければ、プラントの応答性が劣化していると判断することができる。
【0046】
ここで、上記式(1)の導出根拠を説明する。
【0047】
本願発明者の知見によれば、第1の機構21およびアクチュエータ24(図2)を含むプラント54について、該アクチュエータ24のモータ23に印加される電圧Uを入力とし、結果として生じる該第1の機構21の制御軸36の角度θcsを出力とすると、プラント54の運動方程式は、ラプラス演算子sを用いて以下のような伝達関数で表現されることができる。
【数1】
【0048】
ここで、Jは、モータ23から制御軸36に至る系のイナーシャ要素を示し、モータ23のイナーシャおよび制御軸36のイナーシャを含む。Bは、モータ23から制御軸36に至る系の粘性抵抗を示し、モータ23の粘性抵抗、制御軸36の粘性抵抗およびトルク定数、モータ抵抗、減速比およびギア効率等を含む。
【0049】
次に、図6(a)は、図4の制御器50およびプラント54を、ラプラス演算子sを用いた伝達関数で表したブロック図である。ブロック71は、速度制御器52のPI制御の伝達関数H(s)を示し、ブロック72は、前述の式(2)で表されるプラント54の伝達関数G(s)を示す。ブロック73は、図4の微分器53を表している。
【0050】
PI制御は、比例ゲインをKvpおよび積分ゲインをKviとすると、以下のような伝達関数で表される。
【数2】
【0051】
他方、PI制御の各ゲインは、以下のように、時定数τを用いて設定される。
【0052】
Kvp=J/τ
Kvi=B/τ
時定数τは、所望の適切な値に設定されることができる。
【0053】
したがって、PI制御の伝達関数は、ブロック71で示されるようになる。
【0054】
図6(a)から微分器73を除くため、プラント72の伝達関数Gをs倍し(ブロック74のG’で表されている)、該ブロック74に直列に積分器75を挿入する。こうして図6(b)が得られ、積分器75を通過する前、すなわちブロック74からの出力が、実角速度を表すこととなる。目標角速度と実角速度の間のブロック80の一巡伝達関数F(s)を求めると、図6(c)のブロック76に示されるように、以下の合成伝達関数Fが得られる。
F(s)=1/(τs+1) (3)
【0055】
関数F(s)は、目標角速度を入力とし、実角速度を出力とした伝達関数であり、速度制御器52とプラント54の合成伝達関数と考えることができる。すなわち、目標角速度に伝達関数F(s)を適用することにより、角速度の推定値を求めることができる、ということを表している。
【0056】
次に、図7を参照して、式(3)の合成伝達関数F(s)を離散表現に変換する手法を説明する。
【0057】
図7(a)のブロック78は、式(3)の伝達関数F(s)を表している。離散化を行うため、ブロック78を分解すると、図7(b)に示されるブロック81および82が得られる。ブロック82をさらに分解すると、図7(c)が得られる。ここで、制御周期の長さをStimeとすると、積分(1/s)の離散表現は1/(1−z―1)であるから、符号83に示すように、遅延要素zを用いて表すことができる。ブロック84のStimeは、積分時間を表している。ブロック81、83、および84を合成すると、図7(d)のブロック85のように表される。Stime/τをkとおいて、一巡伝達関数(Loop Transfer Function)H’(z)を求める(z表現で表される)。
【数3】
【0058】
C=k/(1+k)とおくと、式(4)は、以下のように表される。
【数4】
【0059】
式(5)は、図7(e)のように表され、これを、入力をUおよび出力をYとする差分方程式に変換すると、以下のように展開される。nは、制御周期を示す。
【数5】
【0060】
式(6)のY(n)を推定角速度の今回値(n)とし、Y(n−1)を推定角速度の前回値(n―1)とし、U(n)を目標角速度(n)とおくと、上記式(1)が導出される。また、式(1)のゲインCは、式(5)に示されるように、制御周期の長さStimeおよび時定数τによって決定されることができる。
【0061】
前述したように、推定速度算出部55(図5)は、該式(1)に従って推定角速度を算出することができ、偏差算出部56は、該推定角速度と実角速度の偏差を算出する。一形態では、これらの算出はソフトウェアで実現されることができ、より具体的には、ECU1のメモリに予め記憶されたコンピュータプログラムに従って実現されることができる。
【0062】
代替的に、上記式(1)を、図8のように、減算器91、乗算器92、加算器93、遅延要素94およびフィルタゲインを記憶する記憶要素95のハードウェア構成要素から成るフィルタ90として実現してもよい。すなわち、フィルタ90は、図5の推定速度算出部55をハードウェア構成要素で表したものである。また、図8には、偏差算出部56をハードウェア構成要素で表した減算器97も示されている。
【0063】
減算器91は、推定角速度の前回値と目標角速度の差を算出し、乗算器92は、該差を、記憶要素95に記憶されているゲインCにより乗算する。加算器93は、該乗算により得られた値を、推定角速度の前回値に加算することにより、推定角速度の今回値を算出する。こうして、目標角速度から推定角速度が算出される。減算器97は、推定角速度から実角速度を減算することにより、偏差eを算出する。
【0064】
制御周期の長さStimeは、一定であってもよいし(たとえば、10ミリ秒)、あるいは、制御周期をTDC信号に同期させ、TDC信号に応じて制御が実行されるようにしてもよい。この場合、制御周期の長さStimeは、エンジン回転数に基づいて算出されることができる。たとえば、TDC信号が吸入行程の上死点で出力され、今回の制御周期nにおいて検出されたエンジン回転数がNE(rpm)である場合、該制御周期nの長さは、以下のように算出されることができる。
【数6】
【0065】
図9は、本願発明の一実施例に従う、プラントの応答性劣化を判定するための故障判定プロセスのフローチャートを示す。該プロセスは、所定の制御周期(たとえば、TDC信号に同期した制御周期)で、ECU1のCPUによって実行されることができ、より具体的には、図5の故障判定部57により実現される。ここで、推定角速度および偏差eは、前述した長さStimeの制御周期で、たとえば図8に示されるようなハードウェア構成要素により算出されているとする。
【0066】
代替的に、推定角速度および偏差の算出をソフトウェアで実現する場合には、ステップS11に先立ち、推定角速度を上記式(1)に従って算出するステップと、該算出された推定角速度から、今回検出された実角速度を減算して偏差eを算出するステップを設ければよい。
【0067】
ステップS11において、該偏差eの絶対値E_absを算出する。絶対値を算出するのは、偏差eが、正負のいずれの方向にも算出される可能性があるからである。
【0068】
ステップS12において、偏差の絶対値E_absを、所定のしきい値Aと比較する。偏差の絶対値E_absがしきい値Aより大きければ、ステップS13において偏差E_absを積分し、積分値ErrIを算出する。そうでなければ、ステップS14において、該積分値ErrIをゼロにクリアする。
【0069】
ステップS15において、該積分値ErrIを、所定のしきい値Bと比較する。積分値ErrIがしきい値Bより大きければ、プラントの応答性劣化が検出されたと判断し、よってプラントが故障している可能性があると判定する(S16)。ステップS15において、積分値ErrIがしきい値B以下ならば、該ルーチンを抜ける。
【0070】
積分値を用いているのは、より正確に故障を判定するためである。複数の制御周期でしきい値Aを超える偏差が検出された場合に、故障と判定している。
【0071】
ここで、図4の位置制御器51において実行される、応答指定型制御の一形態であるスライディングモード制御の一例を説明する。
【0072】
プラント54は、たとえば式(7)のようにモデル化されることができる。nは、制御時刻を示す。CSACTは実CS角度を示し、Ucsは、位置制御器51によって算出される制御入力(この実施例では、目標角速度)を示す。a1、a2、b1およびb2は、モデルパラメータを示す。モデルパラメータは、シミュレーション等によって予め決めてもよいし、逐次的に同定してもよい。逐次的に算出する手法の一例は、たとえば特開2004−270656号公報に記載されている。
【数7】
【0073】
位置制御器51は、モデル式(7)に基づいて、実CS角度CSACTが目標CS角度CSCMDに収束するための制御入力Ucsを算出する。実CS角度は、CSAセンサ15により検出され、目標CS角度は、エンジンの運転状態に応じて、任意の適切な手法により決定されることができる。
【0074】
この実施例では、2自由度のスライディングモード制御を用いる。該制御では、制御出力(実CS角度)の目標値(目標CS角度)に対する追従速度と、プラント54に外乱が印加された時の該制御出力の目標値に対する偏差の収束速度を、個別に指定することができる。
【0075】
位置制御器51によって実行される演算を、以下に示す。
【数8】
【0076】
上記の式について説明する。まず、式(13)に示されるように、目標値応答指定パラメータPOLE_fを用いて、目標CS角度CSCMDに一次遅れフィルタ(ローパスフィルタ)を適用し、フィルタ済み目標CS角度CSCMD_fを算出する。目標値応答指定パラメータPOLE_fは、前述した、制御出力の目標値への追従速度を規定するパラメータであり、好ましくは−1<POLE_f<0を満たすように設定される。
【0077】
スライディングモード制御では、式(11)に示すように、切り換え関数σが定義される。Eは、式(12)に示されるように、実CS角度CSACTと、フィルタ済み目標CS角度CSCMD_fとの偏差である。POLEは、前述した、外乱が印加された時の偏差Eの収束速度を規定するパラメータであり、好ましくは−1<POLE<0を満たすよう設定される。POLEの絶対値を小さくするほど、収束速度が速くなる。
【0078】
ここで、切換関数σの特性を説明する。切換関数σ(n)=0とした式は等価入力系と呼ばれ、制御量(ここでは、偏差E)の収束特性を規定する。σ(n)=0とすると、式(11)は、式(14)のように表される。
【数9】
【0079】
式(14)は、入力の無い一次遅れ系を示す。すなわち、2自由度のスライディングモード制御は、偏差Eを、式(14)に示される一次遅れ系に拘束するよう制御する。
【0080】
ここで図10を参照すると、縦軸がE(n)および横軸がE(n−1)の位相平面上に、式(14)が線101で表現されている。この線101を切換線と呼ぶ。E(n)およびE(n−1)の組合せからなる状態量(E(n),E(n−1))の初期値が、点102で表されているとする。スライディングモード制御は、点102で表される状態量を、切換線101上に載せることにより、該状態量を、外乱等の影響されることなく、安定的に位相平面上の原点0に収束させる。言い換えると、状態量(E(n),E(n−1))を、式(14)に示される入力の無い安定系に拘束することにより、外乱に対して比較的ロバストに偏差Eをゼロに収束させることができる。
【0081】
式(9)で表される等価制御入力Ueqは、上記状態量を切り換え線101上に拘束するよう動作する。したがって、式(15)を満たす必要がある。
【数10】
【0082】
式(15)と上記のモデル式(7)に基づき、等価制御入力Ueqは、上記式(9)のように求められる。
【0083】
位置制御器51は、さらに、式(10)に従って到達則入力Urchを算出する。到達則入力Urchは、状態量を切り換え線上に載せるための入力である。Krchはフィードバックゲインを示し、シミュレーション等によって予め定められることができる。
【0084】
位置制御器51は、式(8)に示されるように、等価制御入力Ueqおよび到達則入力Urchを加算し、制御入力Ucsを算出する。該制御入力Ucsが、目標角速度を表す。
【0085】
上記は、スライディングモードについての一形態を説明したが、スライディングモード制御の様々な変形形態を、位置制御器によって実現することができる。たとえば、切換関数σの積分値にフィードバックゲインKadpを乗算した項(適応則入力と呼ばれる)を、到達則入力に加算することにより、制御入力Ucsを算出してもよい。該適応則入力を用いたスライディングモードの一例は、たとえば特開2005−146988号公報に記載されている。また、代替的に、自由度が1のスライディングモード制御でもよく、この場合、式(14)に示される目標値のフィルタリングは必要とされず、他の式中のフィルタ済み目標値CSCMD_fは、目標値CSCMDで置き換えられる。
【0086】
次に、図11および図12を参照して、本願発明の効果について説明する。
【0087】
図11は、図4のような制御系において、非線形制御を実行する位置制御器によって制御される位置(CS角度)に基づいて故障判定を実施した場合のシミュレーション結果を示す。プラントは正常に作動していると仮定する。非線形制御としては、スライディングモード制御を用い、線形制御としてはPI制御を用いた。符号201は目標CS角度を示し、符号202は実CS角度を示し、符号203は推定CS角度を示す。符号205は、推定CS角度と実CS角度の偏差を示す。ここで、推定CS角度としては、プラントのモデル(理想モデルに、たとえば実際のプラントに生じうる負荷トルクやフリクション要素を加味したモデルであり、数式により表されることができる)を作成し、該モデルに対して位置制御器によるスライディングモード制御および速度制御器によるPI制御を適用した時の該モデルの出力値を用いた。
【0088】
図から明らかなように、推定CS角度と実CS角度との間に偏差が常に発生している。たとえば、時間t1において目標CS角度201がステップ状に変化した後、実CS角度202が該目標CS角度に到達するまで(時間t2)、偏差205は常に生じている。したがって、推定CS角度と実CS角度の比較に基づいて応答性劣化の検知を行うと、誤判定を行うおそれが高いことがわかる。
【0089】
図12は、本願発明の一実施例に従う、図4のような制御系において、線形制御を実行する速度制御器によって制御される速度に基づいて故障判定を実施した場合のシミュレーション結果を示す。プラントは正常に作動していると仮定する。非線形制御としては、スライディングモード制御を用い、線形制御としては、PI制御を用いた。符号301は目標角速度を示し、符号302は実角速度を示し、符号303は推定角速度を示す。符号305は、推定角速度と実角速度の偏差を示す。
【0090】
推定角速度303と実角速度302の挙動はほぼ一致しており、よって重複した線として表されている。時間t1において目標CS角度301がステップ状に変化した時には、瞬間的に偏差305が生じているが、その後、該偏差は速やかにゼロ近傍に収束している。図11と比較して明らかなように、偏差の収束特性が優れている。したがって、推定CS角度と実CS角度の比較に基づいて応答性劣化の検知を行うことにより、プラントの応答性劣化を、より良好な精度で検出することができ、図11を参照して説明したような誤判定を防止することができる。
【0091】
この発明は、上記の実施形態に限定されるものではなく、様々な変形が可能である。また、上記実施形態は、汎用の(例えば、船外機等の)内燃機関に適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0092】
【図1】この発明の一実施例に従う、内燃機関およびその制御装置を概略的に示す図。
【図2】この発明の一実施例に従う、弁作動特性可変装置の構成を概略的に示す図。
【図3】この発明の一実施例に従う、第1の機構の構成を概略的に示す図。
【図4】この発明の一実施例に従う、プラントを制御する制御器の構成の概略を示す図。
【図5】この発明の一実施例に従う、プラントの応答性劣化を検出するための制御装置のブロック図。
【図6】この発明の一実施例に従う、速度制御器およびプラントの合成伝達関数を求める手法を説明するための図。
【図7】この発明の一実施例に従う、合成伝達関数の離散表現を求める手法を説明するための図。
【図8】この発明の一実施例に従う、推定角速度を求めるためのフィルタの構成を示すブロック図。
【図9】この発明の一実施例に従う、プラントの応答性劣化を検出する故障判定プロセスのフローチャート。
【図10】この発明の一実施例に従う、スライディングモード制御の制御形態を説明するための図。
【図11】プラントの位置に基づいて故障判定を行った場合のシミュレーション結果の一例を示す図。
【図12】この発明の一実施例に従う、プラントの速度に基づいて故障判定を行った場合のシミュレーション結果の一例を示す図。
【符号の説明】
【0093】
1 ECU 2 エンジン
3 吸気管 15 CSAセンサ
20 弁作動特性可変装置
23 モータ 36 制御軸
40 吸気バルブ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
可変に作動可能な制御対象の応答性の劣化を検出するための装置であって、
前記制御対象の出力について、第1の出力および該第1の出力とは異なる種類の第2の出力を、第1の実測値および第2の実測値としてそれぞれ検出する手段と、
前記第1の実測値を第1の目標値に収束させるための、前記第2の出力の第2の目標値を、非線形制御によって算出する第1の制御器と、
前記第1の制御器の出力に接続されて前記第2の目標値を受け取り、前記第2の実測値を該第2の目標値に収束させるための操作量を、伝達関数として表現可能な線形制御によって算出する第2の制御器であって、該操作量は該制御対象に印加される、第2の制御器と、
前記第2の制御器の伝達関数および前記制御対象の伝達関数を合成した合成伝達関数を前記第2の目標値に適用することにより得られた値を、前記第2の出力についての推定値として算出する手段と、
前記推定値と前記第2の実測値との偏差に基づいて、前記制御対象の応答性劣化を検出する手段と、
を備える装置。
【請求項2】
前記非線形制御は、前記第1の実測値の前記第1の目標値への収束速度を指定可能な応答指定型制御である、
請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記非線形制御は、スライディングモード制御である、
請求項1に記載の装置。
【請求項4】
前記線形制御は、PID制御、PI制御、PD制御およびH∞制御のうちのいずれかである、
請求項1に記載の装置。
【請求項5】
前記第1の出力は前記制御対象の位置であり、前記第1の制御器は位置制御器であり、
前記第2の出力は前記制御対象の速度であり、前記第2の制御器は速度制御器である、
請求項1に記載の装置。
【請求項6】
前記制御対象は、内燃機関の吸気バルブを可変に作動可能な可変動弁装置である、
請求項1に記載の装置。
【請求項1】
可変に作動可能な制御対象の応答性の劣化を検出するための装置であって、
前記制御対象の出力について、第1の出力および該第1の出力とは異なる種類の第2の出力を、第1の実測値および第2の実測値としてそれぞれ検出する手段と、
前記第1の実測値を第1の目標値に収束させるための、前記第2の出力の第2の目標値を、非線形制御によって算出する第1の制御器と、
前記第1の制御器の出力に接続されて前記第2の目標値を受け取り、前記第2の実測値を該第2の目標値に収束させるための操作量を、伝達関数として表現可能な線形制御によって算出する第2の制御器であって、該操作量は該制御対象に印加される、第2の制御器と、
前記第2の制御器の伝達関数および前記制御対象の伝達関数を合成した合成伝達関数を前記第2の目標値に適用することにより得られた値を、前記第2の出力についての推定値として算出する手段と、
前記推定値と前記第2の実測値との偏差に基づいて、前記制御対象の応答性劣化を検出する手段と、
を備える装置。
【請求項2】
前記非線形制御は、前記第1の実測値の前記第1の目標値への収束速度を指定可能な応答指定型制御である、
請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記非線形制御は、スライディングモード制御である、
請求項1に記載の装置。
【請求項4】
前記線形制御は、PID制御、PI制御、PD制御およびH∞制御のうちのいずれかである、
請求項1に記載の装置。
【請求項5】
前記第1の出力は前記制御対象の位置であり、前記第1の制御器は位置制御器であり、
前記第2の出力は前記制御対象の速度であり、前記第2の制御器は速度制御器である、
請求項1に記載の装置。
【請求項6】
前記制御対象は、内燃機関の吸気バルブを可変に作動可能な可変動弁装置である、
請求項1に記載の装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2009−203965(P2009−203965A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−50035(P2008−50035)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】
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