説明

前立腺癌の遺伝子診断

【課題】グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GSTP1)の発現と関連する細胞増殖性疾患の検出方法および治療方法のための医薬を提供する。
【解決手段】この方法は、被検者組織サンプル中における高メチル化されたGSTP1プロモーターの直接検出、またはGSTP1 mRNAまたはGSTP1タンパク質の低下の間接検出を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般には癌の診断に関し、特に前立腺組織の細胞増殖性疾患の診断上の指標として、高メチル化(hypermethylated)グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GSTP1)プロモーターを同定することに関する。
【背景技術】
【0002】
現存の癌試験は非特異的であることが多く、そのために臨床上の有用性が限定されている。例えば、癌の診断とモニターの両方で広く使われている生化学試験では癌胎児性抗原(CEA)のレベルを測定する。CEAは胎児組織に大量に検出される癌胎児性抗原であるが、正常な成人組織にも少量存在する。ある種の消化器癌の患者の血清には高いレベルのCEAが含まれており、これを免疫学的方法で測定することができる。血清中のCEA量はこれらの腫瘍の軽快または再発と関連しており、外科的に腫瘍を除去するとそのレベルは急激に減少する。CEAレベルの再度の上昇は悪性細胞が再発したことを示唆する。しかしながら、CEAはほとんど全ての成人に低レベルで存在する正常な糖タンパク質でもある。さらに、CEAタンパク質が非悪性状態でも上昇することがあり、また多くの癌で上昇しないこともあるという事実のために、CEAと癌の関連性は極めてあいまいなものとなっている。従って、CEAは癌マーカーとしては理想から程遠いものである。
【0003】
ヒトの癌細胞は典型的には、決定的な遺伝子の突然変異、増幅または欠失によって特徴付けられる体細胞の変化したゲノムを含む。さらに、ヒト癌細胞由来のDNAテンプレートはDNAのメチル化において体細胞の変化を示すことが多い(E.R. Fearon, et al., Cell, 61:759, 1990; P.A. Jones, et al., Cancer Res., 46:461, 1986; R. Holliday, Science, 238:163, 1987; A. De Bustros, et al., Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 85:5693, 1988; P.A. Jones, et al., Adv. Cancer Res., 54:1, 1990; S.B. Baylin, et al., Cancer Cells, 3:383, 1991; M. Makos, et al., Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 89:1929, 1992; N. Ohtani-Fujita, et al., Oncogene, 8:1063, 1993)。しかしながら、ヒトの腫瘍形成における異常なDNAメチル化の正確な役割は分かっていない。DNAメチラーゼは普遍的なメチル供与体であるS−アデノシルメチオニンからDNA上の特異的部位にメチル基を転移させる。いくつかの生物学的機能がDNA中のメチル化された塩基によるものであるとされている。最も確立されている生物学的機能は、同種の制限酵素による消化からDNAを保護することである。制限酵素修飾現象は現在までのところ細菌のみで観察されている。しかしながら、哺乳動物細胞はグアニン(CpG)の5’近辺にあるDNA上のシトシン残基のみをメチル化する異なるメチラーゼをもつ。このメチル化が遺伝子活性、細胞分化、腫瘍形成、X染色体不活性化、ゲノム刷り込み(imprinting)およびその他の主要な生物学的プロセスである役割を果たしていることがいくつかの証拠から示されている(Razin, A., H., and Riggs, R.D.編集、 DNA Methylation Biochemistry and Biological Significance, Springer-Verlag, New York, 1984)。
【0004】
グルタチオンS−トランスフェラーゼ(GST)は、化学的に反応性の親電子体をグルタチオオンと結合することによって親電子的発癌物質を不活性化させることを含む、細胞内の脱毒性化反応を触媒する(C.B. Pickett, et al., Annu.Rev. Biochem., 58:743, 1989; B. Coles, et al., CRC Crit. Rev. Biochem. Mol. Biol., 25:47, 1990; T.H. Rushmore, et al., J. Biol. Chem. 268:11475, 1993)。異なる遺伝子座でいくつかの異なる遺伝子によってコードされるヒトGSTは、α、μ、π、およびテータ(theta) と呼ばれる4つのファミリーに分類されている(B. Mannervik, et al., Biochem. J., 282:305, 1992)。
【0005】
多くのヒトの癌ではそれらの元の組織と比較してGSTP1の発現が増加していることが示されている(S. Tsuchida, et al., CRC Crit. Rev. Biochem. Mol. Biol., 27:337, 1992)。癌のような細胞増殖性疾患の存在と相関する意味のあるマーカーを提供することが従来限定され、また失敗してきたために、このような障害の進展を診断しモニターするのに使用できるマーカーの必要性が生じている。本発明はこのような必要性を満足するものである。
【発明の開示】
【0006】
本発明は、ほとんどの前立腺癌が正常な前立腺組織と比較してGSTP1ポリペプチドのレベルが低下しているという予期せぬ発見に基づく。さらに研究を行ったところ、細胞内でのGSTP1の翻訳の低下はGSTP1プロモーターの高メチル化によるものであり、それによってGSTP1の転写が低下することが示された。
【0007】
ある態様では、本発明は、細胞成分をGSTP1を検出する試薬と接触させることを含む、被検者の前立腺組織またはその他のサンプル中の細胞増殖性疾患を検出する方法を提供する。例えば、高メチル化されたGSTP1プロモーターを同定するためにメチル化感受性制限酵素を用いることができる。さらに、疑われる組織由来の核酸またはタンパク質をGSTP1−特異的核酸プローブまたは抗体とそれぞれ接触させてそのレベルを正常組織のレベルと比較することによって、低下したGSTP1 mRNAおよびGSTP1タンパク質を検出することができる。
【0008】
別の態様では、GSTP1の発現に付随する細胞増殖性疾患を治療する方法を提供する。この方法は、障害をもつ被検者に、治療的有効量の試薬、例えばGSTP1の発現を調節するセンスGSTP1プロモーターや構造遺伝子を投与することを含む。
【0009】
発明の詳細な説明
本発明は、ヒトπ−クラスのグルタチオン−S−トランスフェラーゼ構造遺伝子GSTP1の高メチル化プロモーターが前立腺の癌形成と正の相関を有することを明らかにするものである。この予期せぬ発見により、制限酵素分析によって直接的に、あるいはGSTP1 mRNAまたはGSTP1遺伝子産物の検出によって間接的に、高メチル化プロモーターを検出する簡単なアッセイによって前立腺組織の細胞増殖性疾患を検出することが可能となる。例えば、高メチル化プロモーターを非メチル化プロモーターで置換することに焦点をあてた治療法が今や可能となった。
【0010】
”プロモーター”の語は、構造遺伝子の上流または5’に位置する制御領域をいう。GSTP1のプロモーター領域の配列分析は、ヌクレオチドの約72%がCGであり、約10%がCpGジヌクレオチドであることを示す。
【0011】
本発明は、GSTP1を発現することまたはGSTP1関連の障害をもつことが疑われる標的細胞成分をこの成分と結合する試薬と接触させることを含む、被検者の組織中のGSTP1を発現する細胞またはGSTP1と関連する細胞増殖性疾患を検出する方法を提供する。標的細胞成分はDNAまたはRNAなどの核酸、あるいはタンパク質でありうる。成分が核酸であるときは、試薬は核酸プローブまたはPCRプライマーである。細胞成分がタンパク質であるときは、試薬は抗体プローブである。プローブは例えば、放射性同位体、蛍光化合物、生物発光化合物、化学発光化合物、金属キレーター、または酵素で検出可能なように標識することができる。抗体に結合するための適当なその他の標識は当業者には公知であり、あるいは日常的実験を用いてこれを確認することができる。
【0012】
本発明では、GSTP1転写のレベル低下がGSTP1プロモーターの高メチル化の結果であることが多い、ということを示すので、このプロモーターが高メチル化されているか否かを決定することが望ましい。一般に、活発に転写された遺伝子はDNA中の平均数よりも少ないメチル化CGを含む。高メチル化は制限酵素処理とサザンブロット分析によって検出できる。従って、本発明の方法では、検出される細胞性成分がDNAであるときには、GSTP1プロモーターの高メチル化を検出するのに制限酵素分析が好ましい。認識部位の一部としてCGを含み、Cがメチル化されたときに阻害される制限酵素であれば何でも使用できる。好ましくは、メチル化感受性の制限酵素はBssHII、MspIまたはHpaIIであり、これを単独または組み合わせて使用する。その他のメチル化感受性の制限酵素も当業者には公知である。
【0013】
本発明の目的達成のために、GSTP1に特異的な抗体または核酸プローブを、生物学的流体または組織中のGSTP1ポリペプチド(抗体を用いて)またはポリヌクレオチド(核酸プローブを用いて)の存在を検出するのに使用できる。GSTP1配列中の全てのコーディング配列領域に基づくオリゴヌクレオチドプライマーを、例えばPCRによってDNAを増幅するのに使用できる。検出できる量のポリヌクレオチドまたは抗原を含む全ての標本が使用できる。本発明の好ましいサンプルは尿性器由来の組織、特に前立腺組織である。サンプルは上皮細胞を含んでいることが好ましい。あるいは、GSTP1関連の細胞増殖性疾患を示す細胞を含む射精精液、尿または血液などの生物学的流体を使用することができる。好ましい被検者はヒトである。
【0014】
高い感受性をもたらす別の方法は、抗体を低分子量のハプテンと結合することからなる。これらのハプテンは第2の反応によって特異的に検出できる。例えば、アビジンと反応するビオチン、または特異的抗ハプテン抗体と反応するジニトロフェノール、ピリドキサール、およびフルオレセインなどのハプテンを用いることが多い。
【0015】
上述した本発明のGSTP1を発現する細胞またはGSTP1に関連する細胞増殖性疾患を検出する方法は、臨床上の軽快状態中にある被検者に前立腺癌またはその他の悪性物が残っているかの検出に用いることができる。さらに、細胞中のGSTP1ポリペプチドを検出する方法は、被検者組織中でGSTP1を発現する細胞中のGSTP1レベルを正常細胞または組織中で発現するGSTP1と比較して測定することによる細胞増殖性疾患の検出に使用できる。本発明の方法を用いて、細胞中のGSTP1発現を同定し、適当な治療法(例えば、センス遺伝子治療や薬剤治療)を用いることができる。本発明によるGSTP1の発現パターンは、例えば前立腺上皮内新生体(PIN)で見られるように(McNeal, et al., Human Pathol., 17:64, 1986)、悪性度の段階によって変化するので、前立腺組織などのサンプルをGSTP1−特異的試薬(すなわち、核酸プローブまたはGSTP1に対する抗体)のパネルでスクリーニングして、GSTP1発現を検出し、細胞の悪性度の段階を診断する。
【0016】
本発明の方法で用いるモノクローナル抗体は、例えば液相または固相担体に結合して用いるイムノアッセイで用いるのに適している。さらに、これらのイムノアッセイでモノクローナル抗体を各種方法で検出可能なように標識できる。本発明のモノクローナル抗体を用いるイムノアッセイのタイプの例としては、直接または間接フォーマットの競合的および非競合的イムノアッセイが挙げられる。このようなイムノアッセイの例には、ラジオイムノアッセイ(RIA)およびサンドイッチ(イムノメトリック)アッセイがある。本発明のモノクローナル抗体を用いる抗原の検出は、生理学的サンプル上での免疫組織学的アッセイを含む、順行、逆行、または同時モードで流すイムノアッセイを用いて行うことができる。当業者であれば過度の実験を行うことなくその他のイムノアッセイフォーマットを容易に認識することができる。
【0017】
”イムノメトリックアッセイ”または”サンドイッチイムノアッセイ”の語は、同時サンドイッチ、順行サンドイッチおよび逆行サンドイッチイムノアッセイを含む。これらの用語は当業者に公知である。当業者であれば、本発明の抗体を現在公知であるか、または将来開発されるその他の各種のアッセイフォーマットに使用できることも理解するであろう。これらも本発明の範囲に含まれる。
【0018】
モノクローナル抗体は多くの異なる担体と結合してGSTP1の存在を検出するのに使用できる。よく知られた担体の例には、ガラス、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリエチレン、デキストラン、ナイロン、アミラーゼ、天然および修飾セルロース、ポリアクリルアミド、アガロースおよびマグネタイトを含む。担体の性質は本発明の目的により可溶性または不溶性のいずれかでありうる。当業者にはモノクローナル抗体を結合するその他の適当な担体が公知であり、あるいは日常的実験により確認することができる。
【0019】
本発明の目的のために、GSTP1が生物学的流体または組織中に存在するときはモノクローナル抗体によって検出することができる。検出しうる量でGSTP1を含むあらゆるサンプルを用いることができる。サンプルは射精精液、尿、唾液、脳脊髄液、血液、血清などの液体、または組織、糞便などの固体または半固体、あるいは組織学的診断で通常使用されるような固体組織であってよい。
【0020】
アッセイを実施するときには、インキュベーション媒質にある種の”ブロッカー”を含むことが望ましい(通常は標識した可溶性抗体とともに添加する)。”ブロッカー”は、実験サンプル中に存在する非特異的タンパク質、プロテアーゼ、または抗−GSTP1免疫グロブリンに対する抗−異好性免疫グロブリンが、固相支持体上の抗体又は、放射標識したインジケーターと交差反応したり破壊したりして誤った陽性結果や誤った陰性結果をもたらさないことを確認するために添加する。従って、”ブロッカー”の選択は本発明で記載するアッセイの特異性を実質的に高くする。
【0021】
本アッセイで使用するのと同じクラスまたはサブクラス(イソタイプ)の多数の関連のない(すなわち非特異的)抗体(例えば、IgG1、IgG2a、IgMなど)を”ブロッカー”として使用できる。正しい感度を維持し、なおかつ標本中の相互に交差する反応性タンパク質による好ましくない妨害を阻止するためには、”ブロッカー”の濃度(通常1−100μg/μL)が重要である。
【0022】
抗原のin vivo検出にモノクローナル抗体を使用するときは、診断的に有効な用量で検出可能なように標識されたモノクローナル抗体を用いる。”診断的に有効な”の語とは、検出可能なように標識されたモノクローナル抗体を、該モノクローナル抗体が特異的なGSTP1抗原をもつ部位の検出を可能にするのに十分な量で投与することを意味する。
【0023】
投与する検出可能なように標識されたモノクローナル抗体の濃度は、GSTP1をもつ細胞との結合がバックグランドと比較して検出可能であるのに十分であるべきである。さらに、最良の標的−対−バックグランドのシグナル比を得るためには、検出可能なように標識されたモノクローナル抗体が循環系から迅速に除去されることが望ましい。
【0024】
一般に、in vivo診断のための検出可能なように標識されたモノクローナル抗体の用量は個々人の年齢、性別、および病気の程度によって変更する。モノクローナル抗体の用量は約0.001mg/m2から約500mg/m2、好ましくは0.1mg/m2から約200mg/m2、最も好ましくは約0.1mg/m2から約10mg/m2で変更しうる。このような用量は例えば、複数の注射をするか、腫瘍の重症度、および当業者に公知のその他の要因によって変更しうる。
【0025】
In vivoの診断画像では、放射性同位体を選択するうえでどのタイプの検出装置が可能かが主な要因である。選択した放射性同位体は一定のタイプの装置で検出可能な崩壊型をもっていなければならない。In vivo診断のための放射性同位体の選択における別の重要な要因は、放射性同位体の半減期が、標的による最大取り込み時にも検出可能である程度に長く、しかも宿主への有害な放射が最小となる程度に短いことである。理想的には、in vivo画像で使用する放射性同位体は粒子放出を欠くが、140−250keVの範囲で多数の光子を発生するものであり、光子は慣用のガンマカメラで容易に検出できる。
【0026】
In vivo診断のためには、放射性同位体を中間的官能基を用いて直接的または間接的に免疫グロブリンに結合することができる。金属イオンとして存在する放射性同位体を免疫グロブリンに結合するためによく用いられる中間的官能基は、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)やエチレンジアミン四酢酸(EDTA)などの二官能性キレート剤および同様の分子である。本発明のモノクローナル抗体に結合することのできる金属イオンの典型的例には111In、97Ru、67Ga、68Ga、72As、89Zr、および201Tlが挙げられる。
【0027】
本発明の方法で使用するモノクローナル抗体を磁気共鳴画像(MRI)または電子スピン共鳴(ESR)におけるように、in vivo診断目的用の常磁性同位体で標識することもできる。一般に、診断画像を可視化するあらゆる従来法を用いることができる。通常、カメラ画像やMRI用の常磁性同位体にはガンマ線および陽電子を放出する放射性同位体を用いる。このような方法に特に有用な原子は、157Gd、55Mn、162Dy、52Cr、および56Feを含む。
【0028】
本発明の方法で使用するモノクローナル抗体を用いてGSTP1関連の細胞増殖性疾患の回復過程をモニターすることができる。従って、GSTP1を発現する細胞数の増減または射精精液または尿などの各種体液中に存在するGSTP1の変化を測定することによって、障害の回復を目的とする特定の治療法が有効であるかどうかを決定することができる。
【0029】
本発明はまた、GSTP1関連の細胞増殖性疾患をもつ被検者を治療する方法を提供する。前立腺癌では、正常細胞中での発現と比較してGSTP1ヌクレオチド配列が発現低下しているので、この配列に向けられた適当な治療または診断法を開発することが可能である。従って、細胞増殖性疾患が悪性を伴うGSTP1の発現と関連する場合には、転写または翻訳レベルでGSTP1の発現を調節する核酸配列を用いることができる。細胞増殖性疾患または異常細胞の表現型がGSTP1の発現低下と関連する場合には、例えばGSTP1をコードする核酸配列(センス)を障害をもつ被検者に投与することができる。
【0030】
”細胞増殖性疾患”の語は、形態的および遺伝子型的に周囲の組織とは異なって現れる悪性ならびに非悪性の細胞集団を意味する。このような障害は例えばGSTP1発現のないことと関連する。本質的に、GSTP1発現と病因的に関連付けられる全ての障害が、GSTP1発現を調節する本発明の試薬を用いる治療に感受性であると考えられる。
【0031】
”調節する”の語は、GSTP1が発現低下している場合には、GSTP1プロモーターのメチル化の抑制またはその他のGST遺伝子の発現増強を意味する。細胞増殖性疾患がGSTP1発現と関連する場合には、5−アザシタジンなどのメチル化抑制剤を細胞に導入することができる。あるいは、細胞増殖性疾患がGSTP1ポリペプチドの発現低下と関連する場合には、プロモーター領域または構造遺伝子と作動的に連結したプロモーターをコードするセンスポリヌクレオチド配列(DNAコーディング鎖)を細胞に導入する。
【0032】
本発明はまた、GSTP1によって媒介される細胞増殖性疾患の治療のための遺伝子治療法を提供する。このような治療は、増殖性障害をもつ被検者の細胞中に、正常なGSTP1プロモーター領域を単独で、あるいはGSTP1構造遺伝子(センス)と組み合わせて含む適当なGSTP1ポリヌクレオチドを導入することによって治療効果を達成する。あるいは、GSTP1構造遺伝子をGSTM、GSTAまたはその他のプロモーターなどの異種プロモーターと作動的に連結して導入することができる。センスGSTPプロモーターポリヌクレオチド構築体の送達は、キメラウイルスまたはコロイド分散システムなどの組換え発現ベクターを用いて行うことができる。
【0033】
本発明の方法で用いるプロモーターポリヌクレオチド配列は天然、未メチル化配列であってよく、あるいは非メチル化可能な(nonmethylatable)類似体を配列内で置換した配列であってもよい。好ましくは、類似体は5−アザシタジンなどのシチジンの非メチル化可能な類似体である。その他の類似体も当業者には公知である。あるいは、このような非メチル化可能な類似体を単独で、あるいはGSTP1のためのセンスプロモーターまたはGSTP1の構造遺伝子と作動的に連結したセンスプロモーターと同時に、薬剤治療として被検者に投与することができる。
【0034】
別の態様では、GSTP1構造遺伝子を組織特異的な異種プロモーターと作動的に連結して遺伝子治療に使用できる。例えば、GSTP1遺伝子を、前立腺組織中におけるGSTP1の発現のための前立腺特異的プロモーターである前立腺特異的抗原(PSA)とライゲートする。あるいは、その他のGST遺伝子のためのプロモーターをGSTP1構造遺伝子と連結して遺伝子治療に使用できる。
【0035】
本明細書で教示する遺伝子治療に使用できる各種ウイルスベクターには、アデノウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニア、または好ましくはレトロウイルスなどのRNAウイルスを含む。レトロウイルスベクターはネズミまたはトリレトロウイルスであることが好ましい。1つの外来遺伝子を挿入できるレトロウイルスベクターの例には、モロニーネズミ白血病ウイルス(MoMuLV)、ハーベイネズミ肉腫ウイルス(HaMuSV)、ネズミ乳癌ウイルス(MuMTV)およびラウス肉腫ウイルス(RSV)を含むが、これに限定されない。さらに多数のレトロウイルスベクターには複数の遺伝子を導入することができる。これらのベクターは全て、形質導入された細胞を同定し作製できるような選択可能なマーカー遺伝子を伝達または導入できる。ウイルスベクター中に関心のあるGSTP1配列(プロモーター領域を含む)を、例えば特異的標的細胞上の受容体に対するリガンドをコードする別の遺伝子とともに挿入することによって、ベクターは標的特異的となる。レトロウイルスベクターは例えば糖、糖脂質、またはタンパク質をコードするポリヌクレオチドを挿入することによって標的特異的にできる。レトロウイルスベクターを標的とする抗体を用いることによって標的化を行うことが好ましい。レトロウイルスゲノム中に挿入してGSTPの1センスまたはアンチセンスポリヌクレオチドを含むレトロウイルスベクターを標的特異的に送達できるような特異的ポリヌクレオチド配列は当業者に公知であり、あるいは過度の実験を行うことなくこれを容易に確認できる。
【0036】
組換えレトロウイルスは欠損しているので、感染性のベクター粒子を作製するには補助を必要とする。この補助は例えば、LTR内の制御配列のコントロール下にレトロウイルスの構造遺伝子の全てをコードするプラスミドを含むヘルパーセルラインを用いて提供することができる。これらのプラスミドは、キャプシド化のためのRNA転写物を認識するためのパッケージングメカニズムを可能にするヌクレオチド配列を欠く。パッケージングシグナルを欠失するヘルパーセルラインには例えばψ2、PA317およびPA12を含むが、これに限定されない。これらのセルラインはゲノムがパッケージングされていないので空のビリオンを生産する。パッケージングシグナルは完全であるが、構造遺伝子が別の関心のある遺伝子で置き換わったこのような細胞中にレトロウイルスベクターを導入すると、ベクターはパッケージングされベクタービリオンが生産される。
【0037】
GSTP1ポリヌクレオチドを標的送達する別のシステムはコロイド分散システムである。コロイド分散システムには、巨大分子複合体、ナノカプセル、小球、ビーズ、ならびに水中油エマルジョン、ミセル、混合ミセルおよびリポソームを含む脂質をベースとした系を含む。本発明の好ましいコロイドシステムはリポソームである。リポソームはin vitroおよびin vivoでの送達担体として使用される人工膜小胞である。0.2−4.0umのサイズの大きな単ラメラ小胞(LUV)は大きな巨大分子を含む水性バッファーの実質的部分を封入することができる。RNA、DNAおよび完全なビリオンを水性内部に封入して生物学的活性型で細胞に送達できる(Fraley, et al., Trends Biochem. Sci., 6:77, 1981)。リポソームは哺乳動物細胞に加えて、植物、酵母および細菌細胞中にポリヌクレオチドを送達するのに使われてきた。リポソームが有効な遺伝子伝達担体であるためには、以下の性質をもっているべきである:(1)生物学的活性を損なうことなく高い効率で関心のある遺伝子を封入する;(2)非標的細胞と比較して標的細胞に優先的かつ実質的に結合する;(3)高い効率で小胞の水性内容物を標的細胞の細胞質に送達する;そして(4)遺伝子情報を正確かつ有効に発現する(Mannino, et al., Biotechniques, 6:682, 1988)。
【0038】
リポソームの成分は、通常リン脂質、特に高い相転移温度のリン脂質と、通常ステロイド、特にコレステロールとの組み合わせである。その他のリン脂質またはその他の脂質も使用できる。リポソームの物理的性質はpH、イオン強度、および二価カチオンの存在によって決まる。
【0039】
リポソーム製造に使用する脂質の例には、ホスファチジルグリセロール、ホスファチジルコリン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルエタノールアミン、スフィンゴリピッド、セレブロシド、およびガングリオシドなどのホスファチジル化合物を含む。特に有用なのは、脂質部分が14−18炭素原子、特に16−18炭素原子を含み、飽和されているジアシルホスファチジルグリセロールである。リン脂質の例としては、卵ホスファチジルコリン、ジパルミトイルホスファチジルコリンおよびジステアロイルホスファチジルコリンを含む。
【0040】
リポソームの標的化は解剖学的および機械的要因によって分類される。解剖学的分類は例えば器官特異的、細胞特異的、およびオルガネラ特異的な選択性のレベルに基づく。機械的標的化は受動的か能動的かで区別される。受動標的化では、洞状毛細管を含む器官にある細網内皮系(RES)の細胞中にリポソームが自然に分布する傾向を利用する。一方、能動標的では、自然に起きる局在部位以外の型の器官や細胞への送達を達成するために、リポソームをモノクローナル抗体、糖、糖脂質またはタンパク質などの特異的リガンドと結合するか、あるいはリポソームの成分やサイズを変えることによるリポソームの改変を含む。
【0041】
標的化された送達システムの表面は様々な方法で修飾できる。リポソームで標的化する送達システムの場合、標的化リガンドをリポソームの二重層と安定に会合させて維持するために、リポソームの脂質二重層に脂質基を導入できる。様々な連結基が脂質鎖と標的リガンドとの結合に用い得る。
【0042】
一般に、標的化された送達システムの表面に結合する化合物は、標的化された送達システムが所望の細胞を見つけて”居着く”ことができるようなリガンドおよび受容体でありうる。リガンドは受容体などの別の化合物と結合する関心のあるあらゆる化合物であってよい。
【0043】
一般に、特異的エフェクター分子と結合する表面膜タンパク質を受容体と呼ぶ。本発明では、抗体が好ましい受容体である。リポソームが特異的細胞表面リガンドを標的とするために抗体を用いることができる。例えば、腫瘍関連抗原(TAA)と呼ばれる腫瘍細胞上で特異的に発現するある種の抗原を、GSTP1抗体含有リポソームが悪性腫瘍を直接標的とする目的に使用できる。GSTP1遺伝子産物はその作用において細胞型に関して無差別であるので、標的化された送達システムは無差別に注射される非特異的リポソームよりもかなり改良されたものになる。好ましくは、標的組織は尿性器、特に前立腺組織である。腎臓および膀胱組織も使用できる。リポソーム二重層にポリクローナルまたはモノクローナル抗体を共有結合するには多数の方法を使用できる。抗体標的化されたリポソームには、それが標的細胞上の抗原エピトープと効率よく結合する限り、モノクローナルまたはポリクローナル抗体、またはFabやF(ab’)2などのその断片を含む。リポソームはホルモンまたはその他の血清因子のための受容体を発現する細胞を標的とすることもできる。
【0044】
さらに別の態様では、本発明は低レベルのGSTP1発現をもつ被検者をグルタチオン−S−トランスフェラーゼ誘導剤で治療することを含む。その他のクラスのGSTの刺激はGSTP1の不足を補う。このような誘導剤には、スルホフライン(sulfofurain)、オルティプラッツ(oltipraz)、ならびにその他の当業界で公知の物質を含む(Prochaska, et al., Proc. Nat'l. Acad. Sci., USA, 89:2394, 1992; Zhang, et al., Proc. Nat'l. Acad. Sci., USA, 89:2399, 1992; Prestera, et al., Proc. Nat'l. Acad. Sci., USA, 90:2965, 1993)。
【0045】
本発明はまた、GSTP1プロモーターポリヌクレオチドまたはGSTP1構造遺伝子と作動的に連結したGSTP1またはその他のGSTプロモーターポリヌクレオチドを薬剤的に許容できる賦形剤または媒質中に含む医薬または薬剤組成物に関し、ここで上記医薬はGSTP1に付随する細胞増殖性疾患の治療に用いられる。
【0046】
米国において男性で最も多く診断される癌であるヒト前立腺癌(C.C. Boring, et al., Cancer J. Clin., 44:7, 1994)に関して、本発明はグルタチオン−S−トランスフェラーゼ遺伝子座におけるDNAメチル化において均一な体細胞の変化があることを示す。ヒトπ−クラスGSTをコードするGSTP1遺伝子は、前立腺癌形成の過程におけるプロモーター高メチル化の結果として一般に不活性化されているようであり、驚くべきことに、ほとんどの前立腺癌では正常な前立腺組織と比較して検出可能なGSTP1ポリペプチドのレベルが減少していた。
【0047】
癌細胞に付随し、正常細胞に付随しないGSTP1遺伝子と遺伝子の発現における変化を同定することは、細胞増殖性疾患を同定する理想的マーカーを提供する。より有効な診断と治療法を可能にする新規な癌マーカーが求められている。
【0048】
以下の実施例は本発明を説明するものであって、限定するものではない。実施例は使用の典型例であって、当業者に公知のその他の方法をこれに代えて用いることができる。
【実施例】
【0049】
実施例1:正常および新生物性ヒト前立腺組織中におけるπ−クラスグルタチオン−S−トランスフェラーゼの発現
正常および新生物性前立腺細胞におけるGSTP1発現をin vivoで評価するために、組織標本をα−GSTP1抗体を用いる免疫組織学的染色に付した。ホルマリン固定しパラフィン中に包理した前立腺組織切片を、イムノパーオキシダーゼ法(Vectastain)によってα−GSTP1抗血清(Oncor)を用いる免疫組織学的染色によりGSTP1発現を評価した。図1は、GSTP1抗体で免疫染色した前立腺組織の結果を示す。
【0050】
正常な前立腺組織では、ほとんどの全ての基底上皮細胞でGSTP1の強い染色が見られた(図1、パネルA参照)。いくつかの正常な腺上皮細胞も免疫反応性GSTP1を含むように見えるが、ほとんどのものは検出しうる酵素を含まなかった(図1、パネルB)。GSTP1陽性またはGSTP1陰性の腺上皮細胞をもつ小葉は、組織学的外観または解剖学的分布に差がなかった。それとは違って、GSTP1陽性の上皮細胞は、精丘、小室、前立腺管、射精管、および尿道を含む前立腺組織内にある全ての正常な上皮構造で検出された。GSTP1の陽性の免疫組織学的染色は、移行性細胞の異形成、鱗屑細胞の異形成、および良性の前立腺肥大(BPH)に付随する過形成の病巣でも見られた。ほとんどの正常な前立腺上皮細胞ならびに良性の増殖性前立腺集団を含む細胞中には大量のGSTP1が存在するにもかかわらず、前立腺癌の標本91のうち88は検出しうる免疫反応性のGSTP1を含まなかった(図1、パネルD、EおよびF)。前立腺上皮内新形成(PIN)が前悪性集団を表すものとして提案されている。おもしろいことに、PIN集団の画分でも多くの上皮細胞でGSTP1がなかった(図1、パネルC)。
【0051】
実施例2:ヒト前立腺癌セルラインにおけるGSTP1発現
ヒト前立腺癌におけるGSTP1制御の分子メカニズムを研究するために、5つの十分樹立されたヒト前立腺癌セルライン(K. R. Stone, et al., Int. J. Cancer, 21:274, 1978)のGSTP1発現を、GSTP1についてはイムノブロット分析、GSTP1 mRNAについてはノーザンブロット分析によって評価した。5-meC−感受性制限酵素認識部位を示すGSTP1プロモーターの制限酵素地図を図3Aに示す。図3Bは、5-meC−感受性制限酵素BssHIIで切断し、GSTP1 cDNAプローブとハイブリダイズしたヒト前立腺癌セルラインDNAのサザン分析を示す。ヒト前立腺癌セルラインそれぞれの増殖する培養物から、ドデシル硫酸ナトリウム/プロテイナーゼKによる除タンパクとそれに続くフェノール/クロロホルム抽出によって単離したDNAをまずHindIIIとEcoRIで、次にBssHIIで消化し、次いでアガロースゲルで電気泳動し、Zetaprobe(BioRad)膜に移し、32P−標識したGSTP1 cDNA(American Type Culture Collection)とハイブリダイズした。図3Cは、MspIおよびHpaIIの認識部位(垂直の矢印で示す)を示すGSTP1遺伝子の制限酵素地図である。図3Dは、MspIまたはHpaIIで切断したヒト前立腺癌セルラインDNAのサザン分析を示す(William C. Earnshaw, Johns Hopkins University School of Medicine, Baltimore, MD; Robert Wood Johnson-University of Medicine and Dentistry of New Jersey, Piscataway, NJ )。
【0052】
セルラインをイムノブロット分析およびノーザンブロット分析によっても試験した。イムノブロットでは、食塩水で洗浄した培養前立腺癌細胞を室温中、10分、14,000xgで遠心することにより回収し、タンパク質抽出バッファー(62mM Tris−HCl,pH7.8中の2%ドデシル硫酸ナトリウム、10%グリセロールおよび10mMジチオスレイトール)中、95℃に10分加熱することにより溶解した。各細胞抽出物のDNA含量をジフェニルアミンアッセイを用いて評価した(Burton, Methods Enzymol., 123:163, 1968)。培養セルラインそれぞれから調製した等量の全タンパク質抽出物をポリアクリルアミドゲルの電気泳動にかけ、セミドライエレクトロブロッター(Millipore)を用いてニトロセルロース膜(Hybond-ECL; Amersham)に移し、文献記載の方法(Nelson, et al., Mol. Cell. Biol., 14:1815, 1994)で特異的抗血清を用いてGSTP1とDNAトポイソメラーゼIポリペプチドのレベルを測定するイムノブロット分析に付した。ウサギα−GSTP1抗血清はOncorから入手し;ヒトα−トポイソメラーゼIはWilliam C. Earnshaw (Johns Hopkins University School of Medicine, Baltimore, MD)から恵与された。
【0053】
ノーザンブロット分析では、Chomczynski と Scacchiの方法(Anal. Biochem., 162:156, 1987)によって培養細胞から抽出した全RNAを用い、これをオルシノールアッセイ(Schneider, Methods Enzymol., 3:680, 1957)で定量し、MOPS−ホルムアルデヒドアガロースゲルの電気泳動にかけ、Zetaprobe(BioRad)フィルターに移し、特異的cDNAプローブとハイブリダイズすることによってGSTP1およびTOP1 mRNAのレベルを評価した。GSTP1 cDNAはAmerican Type Culture Collectionから入手し;TOP1 cDNAは Leroy F. Liu (Robert Wood Johnson-University of Medicine and Dentitry of New Jersey, Piscataway, NJ)から恵与された。
【0054】
ヒト前立腺癌ではin vivoでGSTP1発現がなかったという観察と一致して、α−GSTP1抗血清を用いるイムノブロット分析ではLNCaP細胞から調製したタンパク質抽出物中にGSTP1ポリペプチドを検出できず(図2A、レーン1)、また全RNAのノーザンブロット分析ではLNCaPセルラインから回収した全RNA中にGSTP1 mRNAを検出できなかった(図2B、レーン1)。これとは対照的に、Du−145細胞、PC−3細胞、PPC細胞、およびTSU−Pr1細胞は大量のGSTP1ポリペプチドとGSTP1 mRNAを含んでいるように思われた(図2Aおよび2B、レーン2−5)。
【0055】
実施例3:前立腺癌セルライン中のGSTP1遺伝子座における5’制御配列のメチル化
GSTP1遺伝子の上流の潜在的5’制御領域の配列分析によって、TATAA−ボックス、2つの潜在的SP1結合部位、およびコンセンサスAP−1部位のあることが明らかとなった(I.G. Cowell, et al., Biochem. J., 255:79, 1988; C.S. Morrow, et al., Gene, 75:3, 1989)。機能性プロモーターの研究により、転写開始部位の5’に位置する72ヌクレオチド配列(ヌクレオチド−80から−8)が、プロモーターのないクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)レポーター遺伝子とライゲートすると、一過性トランスフェクションアッセイ(C.S. Morrow, et al., Biochem. Biophys. Res. Comm., 176:233, 1991)で基底プロモーター活性を示すことが確認された。転写開始部位のすぐ5’側にある400ヌクレオチドは約72%のCGヌクレオチドを含み、41がCpGジヌクレオチドであることに注意を喚起する。哺乳動物遺伝子の制御領域中にあるCpGジヌクレオチドのメチル化により転写活性が落ちることがよくある(I. Keshet, et al., Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 82:2560, 1985; I. Keshet, et al., Cell, 44:535, 1986; H. Cedar, Cell, 53:3, 1988; J. Boyes, et al., Cell, 64:1123, 1991; J.D. Lewis, et al., Cell, 69:905, 1992)。GSTP1プロモーターのメチル化における差異がヒト前立腺癌セルライン中で検出されるGSTP1発現の差異と相関するかを決定するために、各セルラインから精製したDNAを5meC−感受性制限酵素BssHIIで消化し、GSTP1プローブを用いるサザンブロット分析に付した。
【0056】
LNCaP細胞から単離し、この方法で研究したDNAは、BssHII切断しなかった(図3B、レーン6)。LNCaP GSTP1プロモーターDNAがBssHII消化をしないことは、一般にBssHIIによるLNCaP DNAの消化が不十分なための結果であるとは考えられていない。サザンブロットをTPI(リン酸トリオースイソメラーゼ)遺伝子プローブ(L.E. Maquat, et al., J. Biol. Chem., 260:3748, 1985; J.R. Brown, et al., Mol. Cell. Biol., 5:1694, 1985)とハイブリダイズすると、BssHII部位での完全な消化が見られた(図3B)。
【0057】
さらに、BssHIIがLNCaP GSTP1プロモーターDNAを切断しなかったことは、シトシンメチル化によるものであって、BssHII認識部位における突然変異によるものでないと思われた。なぜなら、ポリメラーゼチェインリアクション(PCR)によってLNCaP DNAから増幅されたGSTP1プロモーター配列はBssHIIによって容易に消化されるからである。さらに、近位GSTP1プロモーターの−132と−102の部位をぞれぞれ認識する5meC−感受性の制限酵素であるNotIとSacIIを用いてもLNCaP GSTP1制御配列は切断されない。これとは対照的に、Du−145細胞、PC−3細胞、PPC細胞およびTsu−Pr1細胞中に存在する大部分のGSTP1対立遺伝子ではプロモーター配列の低メチル化(hypomethylation)が観察された(図3B)。これらのセルラインのそれぞれは大量のGSTP1 mRNAを発現しており(図2参照)、これはGSTP1転写活性の上昇がGSTP1プロモーターの低メチル化と関連することを示唆する。
【0058】
さらに、GSTP1遺伝子に分布するいくつかの認識部位をもつアイソシゾマー(isoschizomers) であるMspIとHpaIIで消化した前立腺癌セルラインDNAのサザンブロット分析から、シトシン低メチル化とGSTP1増加の相関は5’制御配列に存在するシトシン残基に限定されるようであった(図3、CおよびD)。その他の遺伝子に関していくつかのCGに富む5’制御配列で提案されたように、GSTP1プロモーター配列はメチル化−感受性の“CpGアイランド(island)”を構成するのかも知れない(A.P. Bird, Nature, 321:209, 1986)。
【0059】
DNAのメチル化パターンは、in vitroで増殖させた細胞中では変化することが見いだされている(F. Antequera, et al., Cell, 62:503, 1990)。この点で興味深いことに、Du−145細胞、PC−3細胞およびPPC細胞は低メチル化と高メチル化された両方のGSTP1プロモーター配列を含むと思われた。これらのセルラインそれぞれの研究は、DNAの二倍体含量/細胞よりも多く含むことが知られている(K.R. Stone, et al., 前出)。Du−145、PC−3およびPPCセルラインではGSTP1プロモーター配列の大部分が低メチル化されているが、サザンブロット分析では、各セルラインが5-meC−感受性制限酵素BssHII切断をしないGSTP1プロモーター配列をいくらか含むことを示しており(図3参照)、これは少なくとも1つのGSTP1対立遺伝子を含むプロモーターの高メチル化と一致する。LNCaPセルラインの場合と同様に、これらの細胞からのDNA中のGSTP1プロモーター配列をBssHIIで切断できないことは、TPI遺伝子中のBssHII部位を完全に消化しても生じる(図3)。Tsu−Pr1細胞から単離したDNAはGSTP1プロモーターメチル化の証拠を何も示さなかった(図3)。合計すると、メチル化されたGSTP1プロモーター配列は、5つのヒト前立腺癌セルライン中の4つで存在した。もしもセルラインに用いた親腫瘍中でGSTP1遺伝子がプロモーターの高メチル化によって不活性化されていると、Du−145、PC−3、PPCおよびTsu−Pr1セルラインは、GSTP1対立遺伝子のいくつかにおけるプロモーター脱メチル化の結果として、in vitroでの連続増殖中にGSTP1発現が再度活性化したのかも知れない。
【0060】
実施例4:正常な成人組織中におけるin vivoでのGSTP1プロモーターメチル化の状態
GSTP1プロモーターのメチル化は今まで文献に記載されていない(V. Daniel, CRC Crit. Rev. Biochem. Mol. Biol., 28:173, 1993)。GSTP1プロモーターの高メチル化が正常な生理学的細胞分化の過程で起きるのか否かを決定するために、異なるGSTP1発現パターンをもつ正常なヒト組織から単離したDNAを、5-meC−感受性制限酵素BssHIIで消化しサザンブロット分析に付した。剖検で回収した正常なヒト組織標本から単離したDNAのGSTP1 cDNAプローブを用いたサザンブロット分析を図3で上述したようにして実施した。図4Aは、EcoRIとHindIIIでまず消化し、次にBssHIIの存在下または不在下に消化した正常な組織を示す。図4Bは、前立腺疾患にかかっていない種々の年齢の男性から剖検で回収した正常な前立腺組織から調製し、EcoRI、HindIIIおよびBssHIIで消化したDNAを示す。
【0061】
正常な前立腺、貯精嚢、食道、腎臓、肝臓、肺または脾臓から単離したDNA中にはメチル化されたGSTP1プロモーター配列を示す証拠は検出されなかった(図4A)。
【0062】
GSTP1プロモーター配列の高メチル化が正常な前立腺細胞で加齢の過程で起きるのかどうかを評価するために、種々の年齢の男性から回収した正常な前立腺組織標本から調製したDNAも分析した(図4B参照)。ここでも、正常な前立腺組織のいずれにもGSTP1プロモーターの高メチル化を示す証拠はなかった。
【0063】
実施例5:前立腺癌におけるGSTP1プロモーターの高メチル化
研究したほとんどのヒト前立腺癌セルライン由来のDNA中で高メチル化されたGSTP1プロモーターを検出したが、正常なヒト組織から調製したDNA中ではほとんど見られなかった。さらに、α−GSTP1抗体を用いる免疫組織学的染色で試験したヒト前立腺癌標本の大部分でGSTP1発現がなかった。GSTP1プロモーターの高メチル化が前立腺の癌形成中にin vivoで起こるのかどうかを決定するために、ヒト前立腺癌標本から単離したDNAを5-meC−感受性制限酵素BssHIIで消化し、次にGSTP1プローブを用いるサザンブロット分析に付した(図5)。外科的切除で回収した前立腺癌(CA)からDNAを単離した。さらに、前記外科的切除標本に付随する、癌組織に隣接するおおむね正常な前立腺組織(PROS)、良性の前立腺過形成(BPH)、および正常な貯精嚢(SV)からDNAを調製した。次にDNAをEcoRI、HindIIIおよびBssHIIで消化し、図3で上述したようにしてGSTP1 cDNAを用いるサザンブロット分析に付した。図5Aは、貯精嚢(SV)と前立腺癌(CA)DNAの対を示す。図5Bは、おおむね正常な前立腺(PROS)と前立腺癌(CA)DNAの対を示す。図5Cは、同じ外科的切除標本からのおおむね正常な前立腺(PROS)、良性の前立腺過形成(BPH)、および前立腺癌(CA)を示す。矢印はBssHIIで切断されないGSTP1制限酵素断片の移動位置を示す。
【0064】
研究に用いた前立腺癌のそれぞれは、正常な組織から調製した対になった対照DNAと比較して、GSTP1プロモーターの高メチル化が増加している証拠を示した(図5)。前立腺上皮細胞にとって、GSTP1プロモーター配列のメチル化の増加は悪性癌形成の過程に特有であるかも知れない。根治的前立腺切除術によって外科的に除去した前立腺癌の5つのケースでは、正常な前立腺、良性の前立腺過形成(BPH)、または前立腺癌を含む、同じ前立腺組織切除標本の異なる領域からDNAを選択的に調製した(図5C)。BssHII−消化したDNAサンプルを含むサザンブロットをGSTP1プローブとハイブリダイズすると、各癌標本中でGSTP1プロモーター配列の明らかな高メチル化が検出された(図5C、レーン3、6、9、19および15)が、BPH標本では全く検出されなかった(図5C、レーン2、5、8、11および14)。あるケースでは、おおむね正常な前立腺組織から調製したDNAも、いくらかメチル化されたプロモーター配列をもつGSTP1対立遺伝子を含むように思われた(図5、レーン10)。これは、メチル化されたGSTP1プロモーターを含む顕微的癌によるおおむね正常な前立腺組織の侵潤によるためなのか、おおむね正常な前立腺組織中の前立腺上皮内新形成(PIN)病変内のGSTP1プロモーターの高メチル化によるためなのか、あるいは組織学的には正常な前立腺上皮細胞中のGSTP1プロモーターの高メチル化によるためなのか、はまだ確認されていない。しかしながら、それでもGSTP1プロモーターDNAの高メチル化は、前立腺での新生物のトランスフォーメーション(悪性転換)に特異的であるように思われ、前立腺癌をもたない男性からの正常な前立腺組織は、検出しうるGSTP1制御配列のメチル化を含まなかった(図4B)。
【0065】
この研究で集められた全てのデータは、GSTP1発現の低下およびGSTP1プロモーターの高メチル化が前立腺上皮細胞の悪性トランスフォーメーションで普通に起こることを示す。CpGアイランド配列の高メチル化としてしばしば明示される局所的メチル化の変化が癌形成で重要な役割を果たすことが提案されている(L.E. Maquat, et al., J. Biol. Chem. 260:3748, 1985; J.R. Brown,
et al., Mol. Cell. Biol., 5:1694, 1985)。ヒト前立腺癌には高メチル化された5’GSTP1制御配列があるが、正常組織にはないという優勢な知見がこの一般的な提案を支持している。残念なことに、特異的常染色体対立遺伝子のde novo での局所的高メチル化が癌細胞で起きるメカニズムはまだよくわかっていない。異常なDNAメチル化が新生物細胞で付随する。DNAメチルトランスフェラーゼ活性の増加(T.L. Kautainien, et al., J. Biol. Chem., 261:1594, 1986)、ならびにDNA−MT mRNAレベルの上昇(W.S. El-Deiry, et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 88:3470, 1991)の両方が新生物細胞で検出されてきた。おもしろいことに、DNA−MT mRNAの増加が結腸癌形成過程の初期に観察され、これはいくつかの組織学的に正常な結腸粘膜標本においても観察される。
【0066】
上述の記載は説明のためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。実際、当業者であればここに記載の技術に基づいて過度の実験を行うことなく、さらに別の態様を容易に考え、生み出すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】正常前立腺組織(パネルA、B)、前立腺上皮内新形成(PIN)(パネルC)および前立腺癌組織(パネルD−F)の、抗−GSTP1抗血清による免疫組織学的染色を示す。
【図2】ヒト前立腺癌セルラインにおけるGSTP1発現のイムノブロット(パネルA)およびノーザンブロット(パネルB)分析を示す。
【図3】GSTP1プロモーターの制限酵素地図(パネルA)、BssHIIで切断したヒト前立腺癌セルラインDNAのサザンブロット(パネルB)、GSTP1遺伝子の制限酵素地図(パネルC)、およびMspIまたはHpaIIで切断したヒト前立腺癌セルラインDNAのサザンブロット(パネルD)を示す。
【図4】EcoRIとHindIIIで消化し、次にBssHIIの存在下または不在下に消化した正常成人組織(パネルA);ならびにEcoRI、HindIIIおよびBssHIIで消化した前立腺組織DNA(パネルB)のサザンブロット分析を示す。
【図5】前立腺癌由来のDNAにおけるGSTP1プロモーターの高メチル化を示す。同じ手術で摘出した標本から由来する、パネルAは貯精嚢(SV)および前立腺癌(CA)DNAを示し;パネルBはおおむね正常な前立腺(PROS)およびCAを示し;そしてパネルCはPROS、CAおよび良性の前立腺過形成(BPH)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
GSTP1発現の低下に関連する細胞増殖性疾患をもつ被検者に治療的有効量で投与して該細胞増殖性疾患を治療する医薬を製造するための、GSTP1発現を調節する試薬の使用。
【請求項2】
細胞増殖性疾患が尿性器組織にある、請求項1記載の使用。
【請求項3】
尿性器組織が前立腺である、請求項2記載の使用。
【請求項4】
試薬がプロモーターのセンスポリヌクレオチド配列を含む、請求項1記載の使用。
【請求項5】
試薬がGSTP1をコードする構造ポリヌクレオチド配列を含む、請求項4記載の使用。
【請求項6】
GSTP1発現の低下に関連する細胞増殖性疾患を治療する遺伝子治療に用いる医薬を製造するための、GSTP1をコードするヌクレオチド配列を含む発現ベクターの使用。
【請求項7】
発現ベクターがプロモーターのセンスポリヌクレオチド配列を含む、請求項6記載の使用。
【請求項8】
発現ベクターがGSTP1をコードする構造ポリヌクレオチド配列を含む、請求項7記載の使用。
【請求項9】
遺伝子治療が、発現ベクターを宿主被検者の細胞中にin vitroで導入し、次に形質転換細胞を被検者中に再導入することを含む、請求項6記載の使用。
【請求項10】
発現ベクターがRNAウイルスである、請求項6記載の使用。
【請求項11】
RNAウイルスがレトロウイルスである、請求項10記載の使用。
【請求項12】
被検者がヒトである、請求項6記載の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−89500(P2006−89500A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−345955(P2005−345955)
【出願日】平成17年11月30日(2005.11.30)
【分割の表示】特願平8−505238の分割
【原出願日】平成7年7月18日(1995.7.18)
【出願人】(500148950)ザ ジョンズ ホプキンス ユニバーシティー スクール オブ メディシン (3)
【Fターム(参考)】