説明

加工食品中の辛味原料の検出方法

【課題】加工食品中に含まれる本わさび、西洋わさびの辛味原料をPCRを用いて比較的簡単な操作のもと、高精度に検出する。
【解決手段】本わさびのDNAのみを特異的に増幅させる葉緑体由来配列のプライマー、西洋わさびのDNAのみを特異的に増幅させる葉緑体由来のプライマー、あるいはこれらを組み合わせて用いたPCR増幅産物の電気泳動像よりそれぞれの辛味原料に特異的なDNA断片を定性的に検出することから構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は加工食品中に含まれる本わさび(Eutrema wasabi、異名Wasabia japonica)、西洋わさび(Armoracia rusticana)をPCRを用いて比較的簡単な操作のもと、高精度に検出する方法に係り、詳細には、それぞれの辛味原料のDNAのみを特異的に増幅するプライマーを設計し、これらプライマーを用いてそれぞれの辛味原料を定性的に検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、わさびに関係する加工食品には主原料として本わさび、西洋わさび等の辛味原料が使用されている。この種の加工食品中の辛味原料を判別する方法として、従来、ガスクロマトグラフイーによる分析や官能分析等が採用されていた。
【0003】
しかし、ガスクロマトグラフイーによる分析では、辛味原料の香気成分が熱に弱く、また、経時変化を起こしやすく、このため、十分な分析精度が得られなかった。さらに、官能分析では、分析者の熟練度や健康状態によって分析結果が左右され、あるいは分析結果の数値化が難しく、このため、客観的な判定基準になり得ない等の問題があった。
【0004】
また、加工食品に原材料として用いられる本わさび、西洋わさびはいずれもアブラナ科植物に属し、含有成分が類似しているため、機器分析や官能分析を一層困難なものにしていた。これらの理由により現在では加工食品の辛味原料を判別する有効な手段は乏しいということができる。さらに現在では、加工食品の原材料に関する消費者の関心や、適正表示に対する要求が高まっており、高精度な新規分析方法の開発が望まれている。
【非特許文献1】Plant Mol.Biol.,14 1105〜1109(1991)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明が解決しようとする課題は加工食品から本わさび、西洋わさび等の辛味原料を定性的に検出する技術の開発を行うことに存する。本発明者等は鋭意研究の結果、辛味原料のDNA配列の違いを利用したPCR法を開発して上述課題を解決した。特に、発明者等は植物の葉緑体のDNA配列を利用した分析系が所期の課題解決に有効であるとの知見を得て、本発明を完成するに至った。
【0006】
葉緑体DNAの塩基配列を解析することにより、本わさびのDNAのみを特異的に増幅するプライマーおよび西洋わさびのDNAのみを特異的に増幅するプライマーを設計した。これらセンスストランドプライマーと、アンチセンスストランドプライマーに挟まれた領域における本わさび、西洋わさびのDNA配列情報は本発明の開発過程で新たに解明されたものである。
【0007】
本発明はこれらの領域のDNAの種による違いから、加工食品中の辛味原料を判別ないしは検出する技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述の課題を解決するために、本発明によれば、PCR増幅産物の電気泳動像より加工食品中の本わさび、西洋わさびからなる辛味原料を検出することを特徴とし、具体的には次の(1)〜(3)を特徴とする。
【0009】
(1)本わさびのDNAのみを特異的に増幅させる葉緑体由来配列のプライマー(5´−TCTACGAAGTCGAATTCTAAGTTTCAAT−3´、5´−TTGAAGAAATAGTAGAACGGTCGATTCT−3´)を用いたPCR増幅産物の電気泳動像より、本わさびに特異的なDNAを検出する。
【0010】
(2)西洋わさびのDNAのみを特異的に増幅させる葉緑体由来配列のプライマー(5´−AGGATGAAGGAGAAAAACCTATATTGTC−3´、5´−CGAGATTCAGGTCGTCATTTTTG−3´)を用いたPCR増幅産物の電気泳動像より、西洋わさびに特異的なDNAを検出する。
【0011】
(3)次の(a)〜(b)に記載されるプライマーの一種または二種を組み合わせて用いたPCR増幅産物の電気泳動像よりそれぞれの辛味原料に特異的なDNA断片を検出する。
(a)植物葉緑体由来配列のプライマー(5´−TCTACGAAGTCGAATTCTAAGTTTCAAT−3´、5´−TTGAAGAAATAGTAGAACGGTCGATTCT−3´)
(b)植物葉緑体由来配列のプライマー(5´−AGGATGAAGGAGAAAAACCTATATTGTC−3´、5´−CGAGATTCAGGTCGTCATTTTTG−3´)
【発明の効果】
【0012】
本発明は加工食品中に含有される本わさび、西洋わさびからなる辛味原料を比較的簡単な操作のもとに高精度で検出するという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を具体的に詳述する。
本発明は加工食品中に含有される本わさび、西洋わさびをPCR法を用いて定性的に検出する方法に係り、具体的には以下のとおりである。
【0014】
(A)プライマーとして次に記載のものを用いる。
本わさびプライマー
5´−TCTACGAAGTCGAATTCTAAGTTTCAAT−3´
5´−TTGAAGAAATAGTAGAACGGTCGATTCT−3´
【0015】
(B)プライマーとして次に記載のものを用いる。
西洋わさびプライマー
5´−AGGATGAAGGAGAAAAACCTATATTGTC−3´
5´−CGAGATTCAGGTCGTCATTTTTG−3´
【0016】
上述に記載されるプライマーの一種または二種を組み合わせて用いたPCR増幅産物の電気泳動像より辛味原料のそれぞれに特異的なDNA断片を検出する。
【0017】
なお、本発明では、上述のプライマーの塩基配列をその特異性やアニーリング適性に影響を与えない程度に改変することもできる。
【0018】
さらに、本発明を具体的に詳述すると以下のとおりになる。
【0019】
本発明検出方法の適用される対象は本わさび、西洋わさびが使用される加工食品であり、おろしわさび、粉わさび、練りわさび、わさび漬、レホール、ドレッシング、スナック菓子等も含む。なお、チューブ、小袋、ボトル、缶、瓶等、食品の包装形態には限定されない。
【0020】
さらに、本発明では、葉緑体のDNA配列情報を解析して、本わさび、西洋わさびのそれぞれに対して特異的な配列の領域を検索し、それらに対応する以下に示すようなプライマーを開発した。
【0021】
(1)本わさびプライマー
5´−TCTACGAAGTCGAATTCTAAGTTTCAAT−3´
5´−TTGAAGAAATAGTAGAACGGTCGATTCT−3´
(2)西洋わさびプライマー
5´−AGGATGAAGGAGAAAAACCTATATTGTC−3´
5´−CGAGATTCAGGTCGTCATTTTTG−3´
【0022】
上記(1)のプライマーは本わさびのDNAを増幅するが、西洋わさびのDNAは増幅しない。(2)のプライマーは西洋わさびのDNAを増幅するが、本わさびのDNAは増幅しない。上記(1)、(2)のいずれかのプライマーを用いて加工食品の分析を行った場合、プライマーの種類に則した辛味原料を使用している場合にのみバンドが検出される。例えば、加工わさび食品を本わさびプライマーを用いて分析した場合、本わさびを原料として使用した食品からのみバンドが検出される。
【実施例1】
【0023】
試作品からの本わさびの検出
(1)プライマー
本わさびに特異的な領域に対応するプライマーを使用した。
【0024】
本わさびプライマー
5´−TCTACGAAGTCGAATTCTAAGTTTCAAT−3´
5´−TTGAAGAAATAGTAGAACGGTCGATTCT−3´
【0025】
(2)分析に供した加工わさび食品
市販の加工わさび食品を模した試作品を8品目調製した。各試料の内容は以下のとおりである。
試料1 本わさび根茎95%、ショ糖5%
試料2 本わさび根茎15%、本わさび葉柄60%、本わさび根15%、ショ糖7%、植物油脂2.9%、香料0.1%
試料3 本わさび根茎9%、本わさび葉柄35%、本わさび根1%、西洋わさび45%、ショ糖5%、植物油脂5%
試料4 本わさび葉柄40%、西洋わさび40%、ショ糖5%、植物油脂5%、水10%
試料5 本わさび葉柄10%、西洋わさび60%、ショ糖10%、植物油脂5%、水15%
試料6 本わさび葉柄5%、西洋わさび30%、コーンスターチ15%、ショ糖5%、植物油脂5%、酸味料0.2%、着色料0.1%、香料0.1%、水39.6%
試料7 本わさび葉柄2%、西洋わさび40%、コーンスターチ10%、ショ糖5%、食塩3%、植物油脂3%、酸味料0.2%、着色料0.1%、香料0.1%、水36.6%
試料8 西洋わさび98%、植物油脂1.9%、着色料0.1%
【0026】
(3)DNAの抽出・精製
試料は液体窒素で凍結し、粉砕したものを供試試料とした。DNAの抽出は、QUIAGEN社製DNeasy Plant Mini Kitを用い、同キットに添付のマニュアルに従って行った。すなわち、試料30mgを1.5ml容量のマイクロチューブに量り取り、0.4mlのBuffer AP1と4μlのRNaseAを加え、ピペッティング後に65℃で10分間保温した。その後、130μlのBuffer AP2を加え、氷中で5分間冷却した。遠心分離後、上澄をLilac spin column に移し、再び遠心分離した。カラムのパス液に1.5倍量のAP3/E Bufferを加えた後に、DNeasy spin columnに移して遠心分離し、カラム部にDNAを吸着させた。パス液を除去した後、500μlのAWを加えて遠心分離し、カラム内のDNAを洗浄した。この操作をもう1回行った後、空の状態のカラムを遠心分離し、カラムに残存するAWを完全に除去した。同カラム部を新しい1.5μlマイクロチューブに移し、65℃に予熱した50μlのBuffer AE を加え室温で5分間静置した。遠心分離後、さらに50μlのBuffer AE を加えて遠心分離し、約100μlのDNA抽出液を得た。
【0027】
抽出したDNAはBIO 101 System 社製 GENECLEAN SPIN Kitを用い、同キットに添付のマニュアルに従って精製した。すなわち、よく振って懸濁させた400μlの GENECLEAN SPIN GLASS MILKを spin column に加え、さらにそこへDNA抽出液を加え、時々転倒混和しながら室温にて5分間静置した。遠心分離後、パス液を除去し、500μlの GENECLEAN SPIN NEW WASHを加えピペッティングした。遠心分離後、パス液を除去し、次いで、さらに空の状態のカラムを遠心分離し、カラムに残存するGENECLEAN SPIN NEW WASHを完全に除去した。同カラムをキット附属の新しいマイクロチューブに移し、20μlの Elution Solution を加えピペッティングした。5分間静置後、遠心分離を行い、さらに20μlの Elution Solution を加え遠心分離し、約40μlの精製DNA抽出液を得た。
【0028】
(4)PCR
PCRは、Applied Biosystems社製 GeneAmp PCR System 9700を用い、1μlの精製DNA抽出液、1.25unitのKOD Dash(TOYOBO)、0.2mMの dNTP、5μlの10× Buffer(KOD Dash添付のもの)、2μMのプライマーを含む50μlの反応液で行った。PCRの条件は、94℃で1分間熱変性後、熱変性94℃30秒間、アニーリング55℃2秒間、伸長反応74℃、30秒間を1サイクルとして30サイクル行い、最後に、74℃、8分間の伸長反応を行った。PCR反応後、反応液5μlをエチジウムブロマイド含有の2.0%アガロースゲル電気泳動(100V、0.5時間、TBE)に供し、蛍光下でPCR産物の検出を行った。その結果を図1に示す。
【0029】
(5)結果
図1に本手法により加工わさび食品を模した試作品の分析を行った結果を示した。試料9は本わさびのDNA抽出物である。試料1〜7は本わさびを使用した試作品であり、本わさびのバンドが検出された。試料8は本わさびを使用していない試作品であるため、本わさびのバンドは検出されなかった。以上の結果から本発明は、本わさびの部位が異なる場合や、添加物等の影響を受けることなく、本わさびの検出が可能であることが分かった。
【実施例2】
【0030】
試作品からの西洋わさびの検出
(1)プライマー
西洋わさびに特異的な領域に対応するプライマーを使用した。
【0031】
西洋わさびプライマー
5´−AGGATGAAGGAGAAAAACCTATATTGTC−3´
5´−CGAGATTCAGGTCGTCATTTTTG−3´
【0032】
(2)分析に供した加工わさび食品
実施例1に同じ。
【0033】
(3)DNAの抽出・精製
実施例1に同じ。
【0034】
(4)PCR
実施例1に同じ。その結果を図2に示す。
【0035】
(5)結果
図2に本手法により加工わさび食品を模した試作品の分析を行った結果を示した。試料9は西洋わさびのDNA抽出物である。試料3〜8は西洋わさびを使用した試作品であり、西洋わさびのバンドは検出された。試料1、2は西洋わさびを使用していない試作品であるため、西洋わさびのバンドは検出されなかった。以上の結果から本発明は、本わさびの有無および添加物の有無に影響されることなく、西洋わさびの検出が可能であることが分かった。
【実施例3】
【0036】
加工わさび食品からの本わさび、および西洋わさびの検出
(1)プライマー
本わさびプライマー
5´−TCTACGAAGTCGAATTCTAAGTTTCAAT−3´
5´−TTGAAGAAATAGTAGAACGGTCGATTCT−3´
西洋わさびプライマー
5´−AGGATGAAGGAGAAAAACCTATATTGTC−3´
5´−CGAGATTCAGGTCGTCATTTTTG−3´
【0037】
(2)分析に供した加工わさび食品
配合が既知である市販の加工わさび食品3品目。
試料1 辛味原料として本わさびのみを配合した加工わさび食品
試料2 辛味原料として本わさびと西洋わさびを配合した加工わさび食品
試料3 辛味原料として西洋わさびのみを配合した加工わさび食品
【0038】
(3)DNAの抽出・精製
実施例1に同じ。
【0039】
(4)PCR
実施例1に同じ。その結果を表1に示す。
【0040】
(5)結果
本手法により加工わさび食品の分析を行った結果を表1に示した。試料1は本わさびのみを使用した製品であり、本わさびのみが検出された。試料2は本わさびと西洋わさびを使用した製品であり、本わさびと西洋わさびが検出された。試料3は西洋わさびのみを使用した製品であり、西洋わさびのみが検出された。以上の結果から、本発明は市販の加工わさび食品の辛味原料の検出に有効であることが分かった。
【0041】
(表1)
実施例3の分析結果(○:検出 ×:非検出)
試料 本わさび 西洋わさび
1 ○ ×
2 ○ ○
3 × ○
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明方法によれば、加工食品に含有されている本わさび、西洋わさびを比較的簡単な操作で高精度に検出し得る。近年、加工食品の原材料に関する消費者の関心、とりわけ加工食品に含まれる辛味原料に関する消費者の関心、さらには適正表示に対する消費者の要求が高まっており、高精度な分析ないしは検出技術が必要とされている。このような現状に鑑み、本発明の検出技術の産業上の利用可能性は極めて高いものということができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】実施例1による、加工わさび食品を模した試作品由来DNAのPCR産物の電気泳動像図である。
【図2】実施例2による、加工わさび食品を模した試作品由来DNAのPCR産物の電気泳動像図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
PCR増幅産物の電気泳動像より加工食品中の本わさびまたは西洋わさびからなる辛味原料の検出方法。
【請求項2】
本わさびのDNAのみを特異的に増幅させる葉緑体由来配列のプライマー(5´−TCTACGAAGTCGAATTCTAAGTTTCAAT−3´、5´−TTGAAGAAATAGTAGAACGGTCGATTCT−3´)を用いたPCR増幅産物の電気泳動像より、本わさびに特異的なDNAを検出することを特徴とする辛味原料の検出方法。
【請求項3】
西洋わさびのDNAのみを特異的に増幅させる葉緑体由来配列のプライマー(5´−AGGATGAAGGAGAAAAACCTATATTGTC−3´、5´−CGAGATTCAGGTCGTCATTTTTG−3´)を用いたPCR増幅産物の電気泳動像より、西洋わさびに特異的なDNAを検出することを特徴とする辛味原料の検出方法。
【請求項4】
次の(a)〜(b)に記載されるプライマーの一種または二種を組み合わせて用いたPCR増幅産物の電気泳動像よりそれぞれの辛味原料に特異的なDNA断片を検出することを特徴とする辛味原料の検出方法。
(a)植物葉緑体由来配列のプライマー(5´−TCTACGAAGTCGAATTCTAAGTTTCAAT−3´、5´−TTGAAGAAATAGTAGAACGGTCGATTCT−3´)
(b)植物葉緑体由来配列のプライマー(5´−AGGATGAAGGAGAAAAACCTATATTGTC−3´、5´−CGAGATTCAGGTCGTCATTTTTG−3´)
【請求項5】
請求項2〜4に使用されるプライマーの塩基配列をその特異性やアニ−リング適性に影響を与えない程度に改変した請求項2〜4に記載の辛味原料の検出方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2006−101722(P2006−101722A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−289663(P2004−289663)
【出願日】平成16年10月1日(2004.10.1)
【出願人】(591011007)金印株式会社 (20)
【Fターム(参考)】