説明

動力伝達装置およびその制御方法並びにロックアップクラッチ装置

【課題】所定の大駆動力要求によって有段の自動変速機をダウンシフトする際に、動力源の回転速度をダウンシフト後の自動変速機の入力軸の回転速度まで迅速に上昇させると共に動力源の回転速度と入力軸の回転速度との差が一旦大きくなってから自動変速機の変速を行なっていないときの値まで小さくなるのに要する時間が長くなるのを抑制する。
【解決手段】スリップ速度(Ne−Nin)が目標スリップ速度Ns*となるよう油圧回路を制御するものにおいて、キックダウン時には、エンジン回転速度Neがダウンシフト後の入力軸回転速度Nin*を超える前は目標スリップ速度Ns*に所定値Ns1を設定し(S100〜S130)、回転速度Neが回転速度Nin*を超えた以降は時間の経過に伴って非変速時目標スリップ速度Nsst*に向けて小さくなるように目標スリップ速度Ns*を設定する(S140〜S210)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動力伝達装置およびその制御方法並びにロックアップクラッチ装置に関し、詳しくは、車両に搭載され動力源からの動力を変速段の変更を伴って車軸に伝達する有段の自動変速機を備える動力伝達装置およびその制御方法並びに車両に搭載され動力源に接続された入力側流体伝動要素と有段の自動変速機の入力軸に接続された出力側流体伝動要素との係合および係合の解除を行なうロックアップクラッチを有するロックアップクラッチ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の動力伝達装置としては、エンジンのクランクシャフトに接続されたロックアップクラッチ付きのトルクコンバータと、トルクコンバータの出力側に接続された無段変速機と、を備えるものにおいて、アクセルペダルの踏み込みに伴って無段変速機をダウンシフトする際に、ロックアップクラッチ締結圧を低下させることによってトルクコンバータをスリップさせ、エンジン回転数Neが変速後変速比対応の変速機入力回転数(以下、変速後変速機入力回転数という)Nt*から余裕代αだけ低い回転数(Nt*−α)まで上昇した以降はエンジン回転数Neが変速後変速機入力回転数Nt*となるようロックアップクラッチ締結圧をフィードバック制御し、変速機入力回転数Ntが変速後変速機入力回転数Nt*に一致したときにロックアップクラッチ締結圧を最大値にしてロックアップを完遂させるものが提案されている(例えば、特許文献1参照)。この装置では、こうした制御により、エンジン回転数Neの変速後変速機入力回転数Nt*を超えた上昇とロックアップを完遂させる際のエンジン回転数Neの低下とを抑制し、アクセルペダルの踏み込みによる加速中にも拘わらずエンジン回転数が低下するのを抑制している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−349693号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述の動力伝達装置の無段変速機に代えて有段の自動変速機を用いる場合、アクセルペダルの踏み込みによって自動変速機をダウンシフトする際に上述の制御と同様の制御を行なうと、エンジン回転数Neを迅速に上昇させることが可能になるものの、ダウンシフト後の段数が比較的低速段の場合などエンジン回転数Neを比較的大きく上昇させる必要がある場合には、エンジン回転数Neが回転数(Nt*−α)に至るタイミングでのエンジン回転数Neと変速機入力回転数Ntとの差(Ne−Nt)が大きくなり、その後に差(Ne−Nt)を変速を行なっていないときの値(ロックアップを行なう際には値0)まで小さくするのに要する時間が長くなってしまう。
【0005】
本発明の動力伝達装置およびその制御方法並びにロックアップクラッチ装置は、所定の大駆動力要求によって有段の自動変速機をダウンシフトする際に、動力源の回転速度をダウンシフト後の自動変速機の入力軸の回転速度まで迅速に上昇させると共に動力源の回転速度と自動変速機の入力軸の回転速度との差が一旦大きくなってから自動変速機の変速を行なっていないときの値まで小さくなるのに要する時間が長くなるのを抑制することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の動力伝達装置およびその制御方法並びにロックアップクラッチ装置は、上述の主目的を達成するために以下の手段を採った。
【0007】
本発明の動力伝達装置は、
車両に搭載され、動力源からの動力を変速段の変更を伴って車軸に伝達する有段の自動変速機を備える動力伝達装置であって、
前記動力源に接続された入力側流体伝動要素と、前記自動変速機の入力軸に接続された出力側流体伝動要素と、前記入力側流体伝動要素と前記出力側流体伝動要素との係合および係合の解除を行なうロックアップクラッチと、を有する流体伝動装置と、
前記ロックアップクラッチの係合力を調整する係合力調整手段と、
所定の大駆動力要求によって前記自動変速機をダウンシフトする際、前記動力源の回転速度が前記ダウンシフト後の前記入力軸の回転速度である変速後入力軸回転速度を超える前は前記動力源の回転速度と前記入力軸の回転速度との差であるスリップ速度の目標値としての目標スリップ速度に前記自動変速機を変速していないときに設定される値である非変速時値より大きい所定値を設定し、前記動力源の回転速度が前記変速後入力軸回転速度を超えた以降は時間の経過に伴って前記非変速時値に向けて小さくなるように前記目標スリップ速度を設定する目標スリップ速度設定手段と、
前記スリップ速度が前記設定された目標スリップ速度となるよう前記係合力調整手段を制御する制御手段と、
を備えることを要旨とする。
【0008】
この本発明の動力伝達装置では、所定の大駆動力要求によって有段の自動変速機をダウンシフトする際には、動力源の回転速度がダウンシフト後の自動変速機の入力軸の回転速度である変速後入力軸回転速度を超える前は、動力源の回転速度と入力軸の回転速度との差であるスリップ速度の目標値としての目標スリップ速度に自動変速機を変速していないときに設定される値である非変速時値より大きい所定値を設定すると共にスリップ速度が目標スリップ速度となるよう係合力調整手段を制御する。これにより、スリップ速度が大きくなり過ぎるのを抑制しつつ動力源の回転速度を変速後入力軸回転速度まで迅速に上昇させることができる。そして、動力源の回転速度が変速後入力軸回転速度を超えた以降は、時間の経過に伴って非変速時値に向けて小さくなるように目標スリップ速度を設定すると共にスリップ速度が目標スリップ速度となるよう係合力調整手段を制御する。前述したように、スリップ速度が大きくなり過ぎるのを抑制するから、スリップ速度が非変速時値まで小さくなるのに要する時間が長くなるのを抑制することができる。ここで、「所定の大駆動力要求」としては、アクセル開度(アクセル操作量)が所定開度以上,アクセル開度と車速とに基づいて設定される動力源から出力すべき目標トルクが所定トルク以上,スロットル開度が所定開度以上,動力源から出力されるトルクが所定トルク以上の少なくとも一つを意味するものとすることもできるし、アクセル開度,目標トルク,スロットル開度,出力トルクの少なくとも一つの増加を意味するものとすることもできる。
【0009】
こうした本発明の動力伝達装置において、前記目標スリップ速度設定手段は、前記動力源の回転速度が前記変速後入力軸回転速度を超えた以降、前記入力軸の回転速度が前記変速後入力軸回転速度に至る前は、前記入力軸の回転速度と前記変速後入力軸回転速度との差である入力軸回転速度差または該入力軸回転速度差に前記所定値より小さい第2の所定値を加えた値と前記所定値とのうち小さい方を前記目標スリップ速度に設定し、前記入力軸の回転速度が前記変速後入力軸回転速度に至った以降は時間の経過に伴って所定変化割合で小さくなるように前記目標スリップ速度を設定する手段である、ものとすることもできる。こうすれば、動力源の回転速度が変速後入力軸回転速度を超えた以降で入力軸の回転速度が変速後入力軸回転速度に至る前は、入力軸の回転速度と変速後入力軸回転速度との差に応じて目標スリップ速度を小さくしていくことができる。
【0010】
また、本発明の動力伝達装置において、前記目標スリップ速度設定手段は、前記ダウンシフト後の前記非変速時値として値0を用いる手段である、ものとすることもできる。この場合、目標スリップ速度を値0まで近づけていき、目標スリップ速度に値0が設定されたときに、ロックアップクラッチによる入力伝動要素と出力伝動要素との連結(ロックアップ)を行なうことになる。
【0011】
さらに、本発明の動力伝達装置において、前記非変速時値は、前記入力軸の回転速度と前記動力源の出力トルクとに基づいて設定される値である、ものとすることもできる。
【0012】
本発明のロックアップクラッチ装置は、
車両に搭載され、動力源に接続された入力側流体伝動要素と有段の自動変速機の入力軸に接続された出力側流体伝動要素との係合および係合の解除を行なうロックアップクラッチを有するロックアップクラッチ装置であって、
前記ロックアップクラッチの係合力を調整する係合力調整手段と、
所定の大駆動力要求によって前記自動変速機をダウンシフトする際、前記動力源の回転速度が前記ダウンシフト後の前記入力軸の回転速度である変速後入力軸回転速度を超える前は前記動力源の回転速度と前記入力軸の回転速度との差であるスリップ速度の目標値としての目標スリップ速度に前記自動変速機を変速していないときに設定される値である非変速時値より大きい所定値を設定し、前記動力源の回転速度が前記変速後入力軸回転速度を超えた以降は時間の経過に伴って前記非変速時値に向けて小さくなるように前記目標スリップ速度を設定する目標スリップ速度設定手段と、
前記スリップ速度が前記設定された目標スリップ速度となるよう前記係合力調整手段を制御する制御手段と、
を備えることを要旨とする。
【0013】
この本発明のロックアップクラッチ装置では、所定の大駆動力要求によって有段の自動変速機をダウンシフトする際には、動力源の回転速度がダウンシフト後の自動変速機の入力軸の回転速度である変速後入力軸回転速度を超える前は、動力源の回転速度と入力軸の回転速度との差であるスリップ速度の目標値としての目標スリップ速度に自動変速機を変速していないときに設定される値である非変速時値より大きい所定値を設定すると共にスリップ速度が目標スリップ速度となるよう係合力調整手段を制御する。これにより、スリップ速度が大きくなり過ぎるのを抑制しつつ動力源の回転速度を変速後入力軸回転速度まで迅速に上昇させることができる。そして、動力源の回転速度が変速後入力軸回転速度を超えた以降は、時間の経過に伴って非変速時値に向けて小さくなるように目標スリップ速度を設定すると共にスリップ速度が目標スリップ速度となるよう係合力調整手段を制御する。前述したように、スリップ速度が大きくなり過ぎるのを抑制するから、スリップ速度が非変速時値まで小さくなるのに要する時間が長くなるのを抑制することができる。ここで、「所定の大駆動力要求」としては、アクセル開度(アクセル操作量)が所定開度以上,アクセル開度と車速とに基づいて設定される動力源から出力すべき目標トルクが所定トルク以上,スロットル開度が所定開度以上,動力源から出力されるトルクが所定トルク以上の少なくとも一つを意味するものとすることもできるし、アクセル開度,目標トルク,スロットル開度,出力トルクの少なくとも一つの増加を意味するものとすることもできる。
【0014】
本発明の動力伝達装置の制御方法は、
車両に搭載され、動力源からの動力を変速段の変更を伴って車軸に伝達する有段の自動変速機と、前記動力源に接続された入力側流体伝動要素と前記自動変速機の入力軸に接続された出力側流体伝動要素と前記入力側流体伝動要素と前記出力側流体伝動要素との係合および係合の解除を行なうロックアップクラッチとを有する流体伝動装置と、前記ロックアップクラッチの係合力を調整する係合力調整手段と、を備える動力伝達装置の制御方法であって、
所定の大駆動力要求によって前記自動変速機をダウンシフトする際、前記動力源の回転速度が前記ダウンシフト後の前記入力軸の回転速度である変速後入力軸回転速度を超える前は前記動力源の回転速度と前記入力軸の回転速度との差であるスリップ速度の目標値としての目標スリップ速度に前記自動変速機を変速していないときに設定される値である非変速時値より大きい所定値を設定すると共に前記スリップ速度が前記設定した目標スリップ速度となるよう前記係合力調整手段を制御し、前記動力源の回転速度が前記変速後入力軸回転速度を超えた以降は時間の経過に伴って前記非変速時値に向けて小さくなるように前記目標スリップ速度を設定すると共に前記スリップ速度が前記設定した目標スリップ速度となるよう前記係合力調整手段を制御する、
ことを特徴とする。
【0015】
この本発明の動力伝達装置の制御方法では、所定の大駆動力要求によって有段の自動変速機をダウンシフトする際には、動力源の回転速度がダウンシフト後の自動変速機の入力軸の回転速度である変速後入力軸回転速度を超える前は、動力源の回転速度と入力軸の回転速度との差であるスリップ速度の目標値としての目標スリップ速度に自動変速機を変速していないときに設定される値である非変速時値より大きい所定値を設定すると共にスリップ速度が目標スリップ速度となるよう係合力調整手段を制御する。これにより、スリップ速度が大きくなり過ぎるのを抑制しつつ動力源の回転速度を変速後入力軸回転速度まで迅速に上昇させることができる。そして、動力源の回転速度が変速後入力軸回転速度を超えた以降は、時間の経過に伴って非変速時値に向けて小さくなるように目標スリップ速度を設定すると共にスリップ速度が目標スリップ速度となるよう係合力調整手段を制御する。前述したように、スリップ速度が大きくなり過ぎるのを抑制するから、スリップ速度が非変速時値まで小さくなるのに要する時間が長くなるのを抑制することができる。ここで、「所定の大駆動力要求」としては、アクセル開度(アクセル操作量)が所定開度以上,アクセル開度と車速とに基づいて設定される動力源から出力すべき目標トルクが所定トルク以上,スロットル開度が所定開度以上,動力源から出力されるトルクが所定トルク以上の少なくとも一つを意味するものとすることもできるし、アクセル開度,目標トルク,スロットル開度,出力トルクの少なくとも一つの増加を意味するものとすることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施例としての動力伝達装置20を搭載する自動車10の構成の概略を示す構成図である。
【図2】動力伝達装置20の構成の概略を示す構成図である。
【図3】有段の自動変速機30の作動表の一例を示す説明図である。
【図4】油圧回路50のロックアップクラッチ用油圧系の構成の概略を示す構成図である。
【図5】非変速時目標スリップ速度設定用マップの一例を示す説明図である。
【図6】変速機ECU80により実行されるキックダウン時目標スリップ速度設定ルーチンの一例を示すフローチャートである。
【図7】変速マップの一例を示す説明図である。
【図8】キックダウン時のエンジン回転速度Ne,入力軸回転速度Nin,変速後入力軸回転速度Nin*,車速V,目標スリップ速度Ns*,ロックアップソレノイドバルブSLUからのロックアップソレノイド圧Psluの時間変化の様子の一例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
次に、本発明を実施するための形態を実施例を用いて説明する。
【実施例】
【0018】
図1は、本発明の一実施例としての動力伝達装置20を搭載する自動車10の構成の概略を示す構成図であり、図2は、動力伝達装置20の構成の概略を示す構成図である。実施例の自動車10は、図1および図2に示すように、ガソリンや軽油などの炭化水素系の燃料の爆発燃焼により動力を出力する内燃機関としてのエンジン12と、エンジン12を運転制御するエンジン用電子制御ユニット(以下、エンジンECUという)16と、エンジン12のクランクシャフト14に取り付けられた流体伝動装置22と、この流体伝動装置22の出力側に入力軸31が接続されると共にギヤ機構48やデファレンシャルギヤ49を介して駆動輪11a,11bに出力軸32が接続され入力軸31に入力された動力を変速して出力軸32に伝達する有段の自動変速機30と、流体伝動装置22や自動変速機30に作動油を供給する油圧回路50と、油圧回路50を制御することによって流体伝動装置22や自動変速機30を制御する変速機用電子制御ユニット(以下、変速機ECUという)80と、車両全体をコントロールするメイン電子制御ユニット(以下、メインECUという)90と、を備える。ここで、実施例の動力伝達装置20としては、流体伝動装置22や自動変速機30,油圧回路50,変速機ECU80が該当する。
【0019】
エンジンECU16は、CPUを中心としたマイクロプロセッサとして構成されており、CPUの他に処理プログラムを記憶するROMと、データを一時的に記憶するRAMと、入出力ポートと、通信ポートとを備える。エンジンECU16には、クランクシャフト14に取り付けられた回転速度センサ14aからのエンジン回転速度Neなど、エンジン12の運転状態を検出する各種センサからの信号が入力ポートを介して入力されており、エンジンECU16からは、スロットル開度を調節するスロットルモータへの駆動信号や燃料噴射弁への制御信号,点火プラグへの点火信号などが出力ポートを介して出力されている。エンジンECU16は、メインECU90と通信しており、メインECU90からの制御信号によってエンジン12を制御したり、必要に応じてエンジン12の運転状態に関するデータをメインECU90に出力したりする。
【0020】
流体伝動装置22は、図2に示すように、ロックアップクラッチ付きの流体式トルクコンバータとして構成されており、フロントカバー18を介してエンジン12のクランクシャフト14に接続された入力側流体伝動要素としてのポンプインペラ23と、タービンハブを介して自動変速機30の入力軸31に接続された出力側流体伝動要素としてのタービンランナ24と、ポンプインペラ23およびタービンランナ24の内側に配置されてタービンランナ24からポンプインペラ23への作動油の流れを整流するステータ25と、ステータ25の回転方向を一方向に制限するワンウェイクラッチ26と、ダンパ機構を有するロックアップクラッチ28と、を備える。この流体伝動装置22は、ポンプインペラ23とタービンランナ24との回転速度の差が大きいときにはステータ25の作用によってトルク増幅機として機能し、ポンプインペラ23とタービンランナ24との回転速度の差が小さいときには流体継手として機能する。また、ロックアップクラッチ28は、ポンプインペラ23(フロントカバー18)とタービンランナ24(タービンハブ)とを連結するロックアップとロックアップの解除とを実行可能なものであり、自動車10の発進後にロックアップオン条件が成立すると、ロックアップクラッチ28によってポンプインペラ23とタービンランナ24とがロックアップされてエンジン12からの動力が入力軸31に機械的かつ直接的に伝達されるようになる。なお、この際に入力軸31に伝達されるトルクの変動は、ダンパ機構によって吸収される。
【0021】
ロックアップクラッチ28は、流体伝動装置22のポンプインペラ23やタービンランナ24が配置される流体伝動室22aにロックアップピストン28pを介して対向するロックアップオフ室22b内の圧力を変化させることにより、ロックアップおよびロックアップの解除を実行するように構成されている。即ち、ロックアップオフ室22b内の圧力が流体伝動室22a内の圧力よりも高いときや流体伝動室22a内の圧力とロックアップオフ室22b内の圧力とが等圧であるときには、ロックアップピストン28pは係合側には移動せず、ロックアップは実行されない(解除される)。一方、ロックアップオフ室22b内に流体伝動室22a内の圧力よりも低い圧力が供給されてロックアップオフ室22b内の圧力が低下すると、ロックアップピストン28pがフロントカバー18側に移動して摩擦材をフロントカバー18の内面に圧着させ、それによりロックアップが実行される(完了する)。
【0022】
自動変速機30は、6段変速の有段変速機として構成されており、シングルピニオン式の遊星歯車機構35とラビニヨ式の遊星歯車機構40と三つのクラッチC1,C2,C3と二つのブレーキB1,B2とワンウェイクラッチF1とを備える。シングルピニオン式の遊星歯車機構35は、外歯歯車としてのサンギヤ36と、このサンギヤ36と同心円上に配置された内歯歯車としてのリングギヤ37と、サンギヤ36に噛合すると共にリングギヤ37に噛合する複数のピニオンギヤ38と、複数のピニオンギヤ38を自転かつ公転自在に保持するキャリア39とを備え、サンギヤ36はケースに固定されており、リングギヤ37は入力軸31に接続されている。ラビニヨ式の遊星歯車機構40は、外歯歯車の二つのサンギヤ41a,41bと、内歯歯車のリングギヤ42と、サンギヤ41aに噛合する複数のショートピニオンギヤ43aと、サンギヤ41bおよび複数のショートピニオンギヤ43aに噛合すると共にリングギヤ42に噛合する複数のロングピニオンギヤ43bと、複数のショートピニオンギヤ43aおよび複数のロングピニオンギヤ43bとを連結して自転かつ公転自在に保持するキャリア44とを備え、サンギヤ41aはクラッチC1を介してシングルピニオン式の遊星歯車機構35のキャリア39に接続され、サンギヤ41bはクラッチC3を介してキャリア39に接続されると共にブレーキB1を介してケースに接続され、リングギヤ42は出力軸32に接続され、キャリア44はクラッチC2を介して入力軸31に接続されている。また、キャリア44はブレーキB2を介してケースに接続されると共にワンウェイクラッチF1を介してケースに接続されている。この自動変速機30は、図3の作動表に示すように、クラッチC1〜C3のオンオフ(オンが係合状態でオフが解放状態)とブレーキB1,B2のオンオフとの組み合わせによって前進1速〜6速と後進とニュートラルとを切り替えることができるようになっている。
【0023】
流体伝動装置22や自動変速機30は、変速機ECU80によって駆動制御される油圧回路50によって作動する。油圧回路50は、いずれも図示しないが、エンジン12からの動力を用いて作動油を圧送するオイルポンプや、オイルポンプからの作動油を調圧してライン圧PLを生成するプライマリレギュレータバルブ,プライマリレギュレータバルブからのライン圧PLを減圧してセカンダリ圧Psecを生成するセカンダリレギュレータバルブ,プライマリレギュレータバルブからのライン圧PLを調圧して一定のモジュレータ圧Pmodを生成するモジュレータバルブ,シフトレバー91の操作位置に応じてプライマリレギュレータバルブからのライン圧PLの供給先(クラッチC1〜C3やブレーキB1,B2)を切り替えるマニュアルバルブ,マニュアルバルブからのライン圧PLを調圧して対応するクラッチC1〜C3やブレーキB1,B2へのソレノイド圧を生成する複数のリニアソレノイドバルブなどを備える。
【0024】
また、油圧回路50は、流体伝動装置22のロックアップクラッチ28を作動させるために、図4に示すように、モジュレータバルブからのモジュレータ圧Pmodを調圧してロックアップソレノイド圧Psluを生成するロックアップソレノイドバルブSLUと、ロックアップソレノイドバルブSLUからのロックアップソレノイド圧Psluに応じたロックアップクラッチ28へのロックアップクラッチ圧Plucを生成するロックアップ制御バルブ52と、流体伝動装置22のロックアップオフ室22bへのロックアップ制御バルブ52からのロックアップクラッチ圧Plucの供給を許容・規制するロックアップリレーバルブ54と、を備える。以下、油圧回路50のうちロックアップクラッチ28の作動に関する部分をロックアップクラッチ用油圧系という。
【0025】
ロックアップソレノイドバルブSLUは、モジュレータバルブからのモジュレータ圧Pmodを補機バッテリ(図示せず)から印加される電流値に応じて調圧してロックアップソレノイド圧Psluを生成するものであり、変速機ECU80によって制御される。ロックアップ制御バルブ52は、ロックアップソレノイドバルブSLUから供給される信号圧としてのロックアップソレノイド圧Psluに応じてセカンダリレギュレータバルブからのセカンダリ圧Psecを調圧してロックアップクラッチ28へのロックアップクラッチ圧Plucを生成するスプールバルブである。このロックアップ制御バルブ52は、実施例では、ロックアップソレノイドバルブSLUからのロックアップソレノイド圧Psluが高いほど元圧であるセカンダリ圧Psecを減圧してロックアップクラッチ圧Plucを生成し、ロックアップソレノイド圧Psluがロックアップ係合圧P1以上のときにロックアップクラッチ28の完全係合に要求されるロックアップクラッチ圧Plucを出力する。ロックアップリレーバルブ54は、ロックアップソレノイドバルブSLUから供給されるロックアップソレノイド圧Psluを信号圧として入力するスプールバルブである。このロックアップリレーバルブ54は、実施例では、ロックアップソレノイドバルブSLUからロックアップソレノイド圧Psluが供給されないときにはロックアップオフ室22bにセカンダリレギュレータバルブからのセカンダリ圧Psecを供給し、ロックアップソレノイドバルブSLUからロックアップソレノイド圧Psluが供給されるときには流体伝動室22aにセカンダリレギュレータバルブからのセカンダリ圧Psecを供給すると共にロックアップオフ室22bにロックアップ制御バルブ52からのロックアップクラッチ圧Plucを供給するように構成されるものとした。
【0026】
こうして構成されたロックアップクラッチ用油圧系では、ロックアップソレノイドバルブSLUによりロックアップソレノイド圧Psluが生成されないときには、ロックアップリレーバルブ54からロックアップオフ室22bに作動油(セカンダリ圧Psec)が供給されると共にロックアップオフ室22bから流体伝動室22aに作動油が流入してロックアップオフ室22b内と流体伝動室22a内とが等圧になるため、ロックアップは実行されない(解除される)。なお、ロックアップオフ室22bから流体伝動室22aに流れ込んだ作動油の一部は、作動油出入口を介してロックアップリレーバルブ54側に流出する。一方、ロックアップソレノイドバルブSLUにより生成されたロックアップソレノイド圧Psluがロックアップ制御バルブ52およびロックアップリレーバルブ54に供給されるときには、ロックアップ制御バルブ52により生成されたロックアップクラッチ圧Pluc(セカンダリ圧Psecよりも低い圧力)がロックアップリレーバルブ54からロックアップオフ室22bに供給されると共にセカンダリレギュレータバルブからのセカンダリ圧Psecがロックアップリレーバルブ54から流体伝動室22a内に供給されることになり、ロックアップオフ室22b内の圧力低下に伴ってロックアップピストン28pが係合側に移動し、ロックアップソレノイド圧Psluがロックアップ係合圧P1以上に至るとロックアップクラッチ28が完全係合してロックアップが完了する。
【0027】
変速機ECU80は、CPUを中心としたマイクロプロセッサとして構成されており、CPUの他に処理プログラムを記憶するROMと、データを一時的に記憶するRAMと、入出力ポートと、通信ポートとを備える。変速機ECU80には、入力軸31に取り付けられた回転速度センサ31aからの入力軸回転速度Ninや、出力軸32に取り付けられた回転速度センサ32aからの出力軸回転速度Noutなどが入力ポートを介して入力されており、変速機ECU80からは、油圧回路50への制御信号などが出力ポートを介して出力されている。変速機ECU80は、メインECU90と通信しており、メインECU90からの制御信号によって流体伝動装置22や自動変速機30(油圧回路50)を制御したり、必要に応じて流体伝動装置22や自動変速機30の状態に関するデータをメインECU90に出力したりする。
【0028】
メインECU90は、CPUを中心とするマイクロプロセッサとして構成されており、CPUの他に処理プログラムを記憶するROMと、データを一時的に記憶するRAMと、入出力ポートと、通信ポートとを備える。メインECU90には、シフトレバー91の操作位置を検出するシフトポジションセンサ92からのシフトポジションSPやアクセルペダル93の踏み込み量を検出するアクセルペダルポジションセンサ94からのアクセル操作量Acc,ブレーキペダル95の踏み込みを検出するブレーキスイッチ96からのブレーキスイッチ信号BSW,車速センサ98からの車速Vなどが入力ポートを介して入力されている。メインECU90は、前述したように、エンジンECU16や変速機ECU80と通信ポートを介して接続されており、エンジンECU16や変速機ECU80と各種制御信号やデータのやりとりを行なっている。
【0029】
こうして構成された自動車10が備える実施例の動力伝達装置20では、自動変速機30の変速が行なわれていないときには、エンジン12の運転状態(エンジン回転速度Neや吸入空気量など)から推定されるエンジン12の出力トルクTeと入力軸回転速度Ninとに基づいて、エンジン12の回転速度と入力軸31の回転速度との差であるスリップ速度Nsの目標値としての目標スリップ速度Ns*を設定し、スリップ速度Nsが目標スリップ速度Ns*となる係合力でロックアップクラッチ28が係合されるよう油圧回路50のロックアップクラッチ用油圧系(実施例では、ロックアップソレノイドバルブSLU)を制御する。ここで、このときの目標スリップ速度Ns*(以下、非変速時目標スリップ速度Nsst*と称する)は、実施例では、入力軸回転速度Ninとエンジン12の出力トルクTeと非変速時目標スリップ速度Nsst*との関係を予め定めて非変速時目標スリップ速度設定用マップとしてROM(図示せず)に記憶しておき、入力軸回転速度Ninとエンジン12からの出力トルクTeとが与えられると記憶したマップから対応する非変速時目標スリップ速度Nsst*を導出して設定するものとした。非変速時目標スリップ速度設定用マップの一例を図5に示す。非変速時目標スリップ速度Nsst*は、図5の例では、入力軸回転速度Ninが所定値Ninref(例えば、1200rpmや1500rpmなど)未満の領域では所定値Ns0(例えば、30rpmや50rpmなど)を設定し、入力軸回転速度Ninが所定値Ninref以上の領域では値0を設定するものとした。なお、この処理によって非変速時目標スリップ速度Nsst*に値0が設定されたときには、スリップ速度Ns(=Ne−Nin)が値0となる係合力でロックアップクラッチ28による係合が行なわれる即ちロックアップされることになる。
【0030】
次に、こうして構成された実施例の動力伝達装置20の動作、特に、運転者によるアクセルペダル93の踏み込みによって自動変速機30をダウンシフトするいわゆるキックダウン時の目標スリップ速度Ns*の設定処理について説明する。図6は、変速機ECU80により実行されるキックダウン時目標スリップ速度設定ルーチンの一例を示すフローチャートである。このルーチンは、キックダウンの条件が成立したときに実行される。なお、キックダウンの条件としては、アクセル開度Accや、アクセル開度Accに基づいて設定されるエンジン12から出力すべき目標トルクTe*,エンジン12のスロットル開度TH,エンジン12からの出力トルクTeなどが所定値以上で自動変速機30をダウンシフトする際に成立する条件であるものとしてもよいし、アクセル開度Accや目標トルクTe*,スロットル開度TH,エンジン12からの出力トルクTeなどの増加によって自動変速機30をダウンシフトする際に成立する条件であるものとしてもよい。参考のために、アクセル開度Accと車速Vとに基づく自動変速機30の変速マップの一例を図7に示す。図7の例では、アクセル開度Accの増加によってダウンシフト線を跨いだときにキックダウンの条件が成立したと判定することができる。なお、実施例では、自動変速機30のダウンシフト後の入力軸31の回転速度(後述の変速後入力軸回転速度Nin*)が所定値Ninref以上になると想定される車速範囲でキックダウンの条件が成立するものとした。また、本ルーチンが実行される際には、本ルーチンと並行して、変速機ECU80により、自動変速機30のダウンシフトが行なわれる。
【0031】
キックダウン時目標スリップ速度設定ルーチンが実行されると、変速機ECU80のCPUは、まず、目標スリップ速度Ns*に所定値Ns1を設定して出力する(ステップS100)。ここで、所定値Ns1は、前述の非変速時目標スリップ速度Nsst*に比して十分に大きい値を用いることができ、例えば、300rpmや400rpm,500rpmなどを用いることができる。こうして本ルーチンによって目標スリップ速度Ns*が出力されると、変速機ECU80は、スリップ速度Ns(Ne−Nin)が目標スリップ速度Ns*となるよう油圧回路50のロックアップクラッチ用油圧系(実施例では、ロックアップソレノイドバルブSLU)を制御する。これにより、ロックアップクラッチ28による係合力がスリップ速度Nsが目標スリップ速度Ns*となる係合力で調整されることになる。
【0032】
続いて、回転速度センサ14aにより検出されてエンジンECU16からメインECU90を介して通信により入力されたエンジン回転速度Neと、回転速度センサ32aからの出力軸回転速度Noutと、を入力すると共に(ステップS110)、入力した出力軸回転速度Noutに自動変速機30のダウンシフト後の変速段の変速比(以下、変速後変速比という)Gr*を乗じることによって自動変速機30のダウンシフト後の入力軸31の回転速度である変速後入力軸回転速度Nin*を計算し(ステップS120)、エンジン回転速度Neを変速後入力軸回転速度Nin*と比較し(ステップS130)、エンジン回転速度Neが変速後入力軸回転速度Nin*以下のときには、ステップS100に戻り、エンジン回転速度Neが変速後入力軸回転速度Nin*を超えるのを待つ。即ち、エンジン回転速度Neが変速後入力軸回転速度Nin*以下のときには、ロックアップクラッチ28による係合力がスリップ速度Nsが目標スリップ速度Ns*となる係合力で保持されることになる。この場合、スリップ速度Nsが目標スリップ速度Ns*より小さいときにはエンジン回転速度Neが入力軸回転速度Ninに比して迅速に上昇し(スリップ速度Nsが大きくなり)、スリップ速度Nsが目標スリップ速度Ns*に略等しいときにはエンジン回転速度Neと入力軸回転速度Ninとが同様に上昇する(自動変速機30のダウンシフトによる入力軸回転速度Ninの上昇に合わせてエンジン回転速度Neが上昇する)ことになる。
【0033】
そして、エンジン回転速度Neが変速後入力軸回転速度Nin*を超えると、エンジン回転速度Neや、エンジン12の出力トルクTe,出力軸回転速度Nout,回転速度センサ31aからの入力軸回転速度Ninを入力すると共に(ステップS140)、入力した出力軸回転速度Noutに変速後変速比Gr*を乗じて変速後入力軸回転速度Nin*を計算し(ステップS150)、変速後入力軸回転速度Nin*を入力軸回転速度Ninと比較する(ステップS160)。ここで、ステップS160の処理は、入力軸回転速度Ninが変速後入力軸回転数Nin*に至ったか否かを判定する処理である。
【0034】
変速後入力軸回転速度Nin*が入力軸回転速度Ninとは異なるときには、入力軸回転速度Ninが変速後入力軸回転数Nin*に至る前であると判断し、変速後入力軸回転速度Nin*と出力トルクTeとに基づいて非変速時目標スリップ速度Nsst*を設定し(ステップS170)、次式(1)に示すように、変速後入力軸回転速度Nin*と入力軸回転速度Ninとの差(Nin*−Nin)に非変速時目標スリップ速度Nsst*と所定値γ(例えば、20rpmや30rpm,40rpmなど)とのうち大きい方を加えたものを所定値Ns1で制限することにより目標スリップ速度Ns*を設定して出力して(ステップS180)、ステップS140に戻る。ここで、非変速時目標スリップ速度Nsst*は、前述の図5の非変速時目標スリップ速度設定用マップの「入力軸回転速度Nin」を「変速後入力軸回転速度Nin*」に置き換えたものに対して変速後入力軸回転速度Nin*と出力トルクTeとを適用して非変速時目標スリップ速度Nsst*を設定するものとした。前述したように、実施例では、変速後入力軸回転速度Nin*が所定値Ninref以上になると想定される車速範囲でキックダウンの条件が成立するものとしたから、非変速時目標スリップ速度Nsst*には値0が設定されることになる。また、ステップS180の処理で差(Nin*−Nin)に非変速時目標スリップ速度Nsst*と所定値γとのうち大きい方を加えたものを所定値Ns1で制限することによって目標スリップNs*を設定するのは、運転者に間延び感を与えないように、エンジン回転速度Neが変速後入力軸回転速度Nin*より大きくなるようにすることを目的としたものである。
【0035】
Ns*=min((Nin*-Nin)+max(Nsst*,γ),Ns1) (1)
【0036】
こうしてステップS140〜S180の処理を繰り返し実行している最中に変速後入力軸回転速度Nin*が入力軸回転速度Ninに等しくなると、入力軸回転速度Ninが変速後入力軸回転数Nin*に至ったと判断し、エンジン回転速度Neから入力軸回転速度Ninを減じて得られるスリップ速度Nsから非変速時目標スリップ速度Nsst*(実施例では値0)を減じたものを所定値Δtで除することにより、目標スリップ速度Ns*を徐々に小さくする際の割合としての目標変化割合ΔNsを次式(2)により計算し(ステップS190)、計算した目標変化割合ΔNsを前回の目標スリップ速度(前回Ns*)から減じることにより目標スリップ速度Ns*を式(3)により設定して出力し(ステップS200)、目標スリップ速度Ns*を非変速時目標スリップ速度Nsst*と比較し(ステップS210)、目標スリップ速度Ns*が非変速時目標スリップ速度Nsst*より大きいときにはステップS200に戻る。ここで、所定値Δtは、自動変速機30のダウンシフト後の変速段(変速後変速比Gr*)やエンジン12の出力トルクTeなどに基づいて定めた値を用いたり、固定値を用いたりすることができる。このように設定した目標スリップ速度Ns*を用いてロックアップクラッチ28の係合力を調整することにより、目標スリップ速度Ns*が非変速時目標スリップ速度Nsst*に徐々に近づいていき、目標スリップ速度Ns*が非変速時目標スリップ速度Nsst*以下になると(ステップS210)、本ルーチンを終了する。実施例では、目標スリップ速度Nsst*に値0が設定されるから、目標スリップ速度Ns*に値0が設定されたときにロックアップクラッチ28によるロックアップが行なわれることになる。前述したように、エンジン回転速度Neが変速後入力軸回転速度Nin*を超える前は目標スリップ速度Ns*に所定値Ns1を設定するから、エンジン回転速度Neが変速後入力軸回転速度Nin*を超えるタイミングでのスリップ速度Ns(=Ne−Nin)が大きくなり過ぎるのを抑制することができる。この結果、エンジン回転速度Neが変速後入力軸回転速度Nin*を超えてからスリップ速度Nsが非変速時目標スリップ速度Nsst*に近づくまでの時間が長くなるのを抑制することができる。
【0037】
ΔNs=((Ne-Nin)-Nsst*)/Δt (2)
Ns*=前回Ns*-ΔNs (3)
【0038】
図8は、キックダウン時のエンジン回転速度Ne,入力軸回転速度Nin,変速後入力軸回転速度Nin*,車速V,目標スリップ速度Ns*,ロックアップソレノイドバルブSLUからのロックアップソレノイド圧Psluの時間変化の様子の一例を示す説明図である。図示するように、キックダウンの条件が成立すると(時刻t1)、目標スリップ速度Ns*に所定値Ns1を設定してこの目標スリップ速度Ns*に応じたロックアップソレノイド圧Psluを生成するから、ロックアップクラッチ28の係合力が小さくなり、エンジン回転速度Neが迅速に上昇する。しかし、このときには目標スリップ速度Ns*を所定値Ns1で保持するから、スリップ速度Ns(Ne−Nin)が目標スリップ速度Ns*まで大きくなると(時刻t2)、エンジン回転速度Neと入力軸回転速度Ninとが同様に上昇する(自動変速機30のダウンシフトによる入力軸回転速度Ninの上昇に合わせてエンジン回転速度Neが上昇する)ようになる。したがって、スリップ速度Nsが大きくなり過ぎるのを抑制することができる。そして、エンジン回転速度Neが変速後入力軸回転速度Nin*を超えた以降は(時刻t3)、変速後入力軸回転速度Nin*と入力軸回転速度Ninとの差(Nin*−Nin)に非変速時目標スリップ速度Nsst*と所定値γとのうち大きい方を加えたものを所定値Ns1で制限することにより目標スリップ速度Ns*を設定してこの目標スリップ速度Ns*に応じたロックアップソレノイド圧Psluを生成し、入力軸回転速度Ninが変速後入力軸回転速度Nin*に至った以降は(時刻t4)、目標変化割合ΔNsずつ目標スリップ速度Ns*を小さくすると共にこれに応じたロックアップソレノイド圧Psluを生成し、目標スリップ速度Ns*が非変速時目標スリップ速度Nsst*以下になったとき(時刻t5)、即ち、実施例では目標スリップ速度Ns*が値0になったときに、ロックアップクラッチ28によるロックアップを完了する。
【0039】
以上説明した実施例の動力伝達装置20によれば、運転者によるアクセルペダル93の踏み込みによって有段の自動変速機30をダウンシフトするキックダウン時には、エンジン回転速度Neが自動変速機30のダウンシフト後の入力軸31の回転速度である変速後入力軸回転速度Nin*を超える前は目標スリップ速度Ns*に所定値Ns1を設定すると共に設定した目標スリップ速度Ns*を用いて油圧回路50のロックアップクラッチ用油圧系を制御し、エンジン回転速度Neが変速後入力軸回転速度Nin*を超えた以降は時間の経過に伴って非変速時目標スリップ速度Nsst*に向けて小さくなるように目標スリップ速度Ns*を設定すると共に設定した目標スリップ速度Ns*を用いて油圧回路50のロックアップクラッチ用油圧系を制御するから、エンジン回転速度Neを変速後入力軸回転速度Nin*まで迅速に上昇させることができると共に、スリップ速度Nsが一旦大きくなってから非変速時目標スリップ速度Nsst*以下になるのに要する時間(非変速時目標スリップ速度Nsst*が値0のときにはロックアップクラッチ28によるロックが完了するまでの時間)が長くなるのを抑制することができる。
【0040】
実施例の動力伝達装置20では、エンジン回転速度Neが変速後入力軸回転速度Nin*を超えた以降において、入力軸回転速度Ninが変速後入力軸回転速度Nin*に至る前は、前述の式(1)に示すように、差(Nin*−Nin)に非変速時目標スリップ速度Nsst*と所定値γとのうち大きい方を加えたものを所定値Ns1で制限することにより目標スリップ速度Ns*を設定し、入力軸回転速度Ninが変速後入力軸回転速度Nin*に至った以降は目標変化割合ΔNsずつ小さくなるように目標スリップ速度Ns*を設定するものとしたが、これに限られず、例えば、差(Nin*−Nin)が値(Nsst*+γ)以下になる前は式(1)により目標スリップ速度Ns*を設定し、差(Nin*−Nin)が値(Nsst*+γ)以下になった以降は目標変化割合ΔNsずつ小さくなるように目標スリップ速度Ns*を設定するものなどとしてもよい。また、入力軸回転速度Ninが変速後入力軸回転速度Nin*に至ったか否かに拘わらず、式(1)により目標スリップ速度Ns*を設定するものとしてもよいし、目標変化割合ΔNsずつ小さくなるように目標スリップ速度Ns*を設定するものとしてもよい。
【0041】
実施例の動力伝達装置20では、エンジン回転速度Neが変速後入力軸回転速度Nin*を超えた以降で入力軸回転速度Ninが変速後入力軸回転速度Nin*に至る前は、前述の式(1)に示すように、差(Nin*−Nin)に非変速時目標スリップ速度Nsst*と所定値γとのうち大きい方を加えたものを所定値Ns1で制限することにより目標スリップ速度Ns*を設定するものとしたが、差(Nin*−Nin)を目標スリップ速度Ns*に設定するものとしてもよい。この場合、エンジン回転速度Neが変速後入力軸回転速度Nin*を超えた以降を考えると、目標スリップ速度Ns*(=Nin*−Nin)はスリップ速度Ns(=Ne−Nin)や所定値Ns1に比して小さくなるから、ロックアップクラッチ28の係合力をスリップ速度Nsが目標スリップ速度Ns*となる係合力に調整することにより、スリップ速度Nsは徐々に小さくなっていく。
【0042】
実施例の動力伝達装置20では、エンジン回転速度Neが変速後入力軸回転速度Nin*を超えた以降で入力軸回転速度Ninが変速後入力軸回転速度Nin*に至った以降は、前述の式(2)に示したように、エンジン回転速度Neから入力軸回転速度Ninを減じて得られるスリップ速度Nsから非変速時目標スリップ速度Nsst*を減じたものを所定値Δtで除して目標変化割合ΔNsを計算するものとしたが、入力軸回転速度Ninが変速後入力軸回転数Nin*に至る直前(ステップS160で変速後入力軸回転速度Nin*が入力軸回転速度Ninに等しくなる直前)の目標スリップ速度Ns*から非変速時目標スリップ速度Nsst*を減じたものを所定値Δtで除して目標変化割合ΔNsを計算するものなどとしてもよい。
【0043】
実施例の動力伝達装置20では、エンジン回転速度Neが変速後入力軸回転速度Nin*を超えた以降で入力軸回転速度Ninが変速後入力軸回転速度Nin*に至る前において、変速後入力軸回転速度Nin*と出力トルクTeとに基づいて非変速時目標スリップ速度Nsst*を設定するものとしたが、入力軸回転速度Ninと出力トルクTeとに基づいて非変速時目標スリップ速度Nsst*を設定するものとしてもよい。
【0044】
実施例の動力伝達装置20では、入力軸回転速度Ninが所定値Ninref以上の領域では値0を非変速時目標スリップ速度Nsst*に設定するものとしたが、これに限られず、所定値Ns1に比して十分に小さい正の値(例えば、10rpmや30rpmなど)を非変速時目標スリップ速度Nsst*に設定するものとしてもよい。また、入力軸回転速度Ninに拘わらず、固定値(例えば、0rpmや30rpm,50rpmなど)を非変速時目標スリップ速度Nsst*に設定するものとしてもよい。
【0045】
実施例の動力伝達装置20では、流体伝動装置22として、タービンランナ24からポンプインペラ23への作動油の流れを整流するステータ25を有する、即ち、ロックアップクラッチ28によるロックアップが解除されているときにトルク増幅機として機能するトルクコンバータを用いるものとしたが、これに代えて、トルク増幅機としての機能を有しないいわゆるフルードカップリングを用いるものとしてもよい。
【0046】
実施例では、動力伝達装置20の形態に適用するものとしたが、動力伝達装置20に組み込まれたロックアップクラッチ28を有するロックアップ装置の形態として用いるものとしてもよいし、動力伝達装置の制御方法の形態として用いるものとしてもよい。
【0047】
実施例の主要な要素と課題を解決するための手段の欄に記載した発明の主要な要素との対応関係について説明する。実施例では、有段の自動変速機30が「有段の自動変速機」に相当し、ポンプインペラ23やタービンランナ24,ロックアップクラッチ28を有する流体伝動装置22が「流体伝動装置」に相当し、油圧回路50のロックアップクラッチ用油圧系が「係合力調整手段」に相当し、運転者によるアクセルペダル93の踏み込みによって有段の自動変速機30をダウンシフトするキックダウン時には、エンジン回転速度Neが自動変速機30のダウンシフト後の入力軸31の回転速度である変速後入力軸回転速度Nin*を超える前は目標スリップ速度Ns*に所定値Ns1を設定して出力し、エンジン回転速度Neが変速後入力軸回転速度Nin*を超えた以降は時間の経過に伴って非変速時目標スリップ速度Nsst*に向けて小さくなるように目標スリップ速度Ns*を設定する図6のキックダウン時目標スリップ速度設定ルーチンを実行する変速機ECU80が「目標スリップ速度設定手段」に相当し、スリップ速度Ns(=Ne−Nin)が目標スリップ速度Ns*となるように目標スリップ速度Ns*を用いて油圧回路50のロックアップクラッチ用油圧系を制御する変速機ECU80が「制御手段」に相当する。
【0048】
なお、実施例の主要な要素と課題を解決するための手段の欄に記載した発明の主要な要素との対応関係は、実施例が課題を解決するための手段の欄に記載した発明を実施するための形態を具体的に説明するための一例であることから、課題を解決するための手段の欄に記載した発明の要素を限定するものではない。即ち、課題を解決するための手段の欄に記載した発明についての解釈はその欄の記載に基づいて行なわれるべきものであり、実施例は課題を解決するための手段の欄に記載した発明の具体的な一例に過ぎないものである。
【0049】
以上、本発明を実施するための形態について実施例を用いて説明したが、本発明はこうした実施例に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々なる形態で実施し得ることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明は、動力伝達装置の製造産業などに利用可能である。
【符号の説明】
【0051】
10 自動車、11a,11b 駆動輪、12 エンジン、14 クランクシャフト、14a 回転速度センサ、16 エンジン用電子制御ユニット(エンジンECU)、18 フロントカバー、20 動力伝達装置、22 流体伝動装置、22a 流体伝動室、22b ロックアップオフ室、23 ポンプインペラ、24 タービンランナ、25 ステータ、26 ワンウェイクラッチ、28 ロックアップクラッチ、28p ロックアップピストン、30 自動変速機、31 入力軸、31a 回転速度センサ、32 出力軸、32a 回転速度センサ、35 遊星歯車機構、36 サンギヤ、37 リングギヤ、38 ピニオンギヤ、39 キャリア、40 遊星歯車機構、41a サンギヤ、41b サンギヤ、42 リングギヤ、43a ショートピニオンギヤ、43b ロングピニオンギヤ、44 キャリア、48 ギヤ機構、49 デファレンシャルギヤ、50 油圧回路、52 ロックアップ制御バルブ、54 ロックアップリレーバルブ、80 変速機用電子制御ユニット(変速機ECU)、90 メイン電子制御ユニット(メインECU)、91 シフトレバー、92 シフトポジションセンサ、93 アクセルペダル、94 アクセルペダルポジションセンサ、95 ブレーキペダル、96 ブレーキスイッチ、98 車速センサ、B1,B2 ブレーキ、C1〜C3 クラッチ、F1 ワンウェイクラッチ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に搭載され、動力源からの動力を変速段の変更を伴って車軸に伝達する有段の自動変速機を備える動力伝達装置であって、
前記動力源に接続された入力側流体伝動要素と、前記自動変速機の入力軸に接続された出力側流体伝動要素と、前記入力側流体伝動要素と前記出力側流体伝動要素との係合および係合の解除を行なうロックアップクラッチと、を有する流体伝動装置と、
前記ロックアップクラッチの係合力を調整する係合力調整手段と、
所定の大駆動力要求によって前記自動変速機をダウンシフトする際、前記動力源の回転速度が前記ダウンシフト後の前記入力軸の回転速度である変速後入力軸回転速度を超える前は前記動力源の回転速度と前記入力軸の回転速度との差であるスリップ速度の目標値としての目標スリップ速度に前記自動変速機を変速していないときに設定される値である非変速時値より大きい所定値を設定し、前記動力源の回転速度が前記変速後入力軸回転速度を超えた以降は時間の経過に伴って前記非変速時値に向けて小さくなるように前記目標スリップ速度を設定する目標スリップ速度設定手段と、
前記スリップ速度が前記設定された目標スリップ速度となるよう前記係合力調整手段を制御する制御手段と、
を備える動力伝達装置。
【請求項2】
請求項1記載の動力伝達装置であって、
前記目標スリップ速度設定手段は、前記動力源の回転速度が前記変速後入力軸回転速度を超えた以降、前記入力軸の回転速度が前記変速後入力軸回転速度に至る前は、前記入力軸の回転速度と前記変速後入力軸回転速度との差である入力軸回転速度差または該入力軸回転速度差に前記所定値より小さい第2の所定値を加えた値と前記所定値とのうち小さい方を前記目標スリップ速度に設定し、前記入力軸の回転速度が前記変速後入力軸回転速度に至った以降は時間の経過に伴って所定変化割合で小さくなるように前記目標スリップ速度を設定する手段である、
動力伝達装置。
【請求項3】
請求項1または2記載の動力伝達装置であって、
前記目標スリップ速度設定手段は、前記ダウンシフト後の前記非変速時値として値0を用いる手段である、
動力伝達装置。
【請求項4】
車両に搭載され、動力源に接続された入力側流体伝動要素と有段の自動変速機の入力軸に接続された出力側流体伝動要素との係合および係合の解除を行なうロックアップクラッチを有するロックアップクラッチ装置であって、
前記ロックアップクラッチの係合力を調整する係合力調整手段と、
所定の大駆動力要求によって前記自動変速機をダウンシフトする際、前記動力源の回転速度が前記ダウンシフト後の前記入力軸の回転速度である変速後入力軸回転速度を超える前は前記動力源の回転速度と前記入力軸の回転速度との差であるスリップ速度の目標値としての目標スリップ速度に前記自動変速機を変速していないときに設定される値である非変速時値より大きい所定値を設定し、前記動力源の回転速度が前記変速後入力軸回転速度を超えた以降は時間の経過に伴って前記非変速時値に向けて小さくなるように前記目標スリップ速度を設定する目標スリップ速度設定手段と、
前記スリップ速度が前記設定された目標スリップ速度となるよう前記係合力調整手段を制御する制御手段と、
を備えるロックアップクラッチ装置。
【請求項5】
車両に搭載され、動力源からの動力を変速段の変更を伴って車軸に伝達する有段の自動変速機と、前記動力源に接続された入力側流体伝動要素と前記自動変速機の入力軸に接続された出力側流体伝動要素と前記入力側流体伝動要素と前記出力側流体伝動要素との係合および係合の解除を行なうロックアップクラッチとを有する流体伝動装置と、前記ロックアップクラッチの係合力を調整する係合力調整手段と、を備える動力伝達装置の制御方法であって、
所定の大駆動力要求によって前記自動変速機をダウンシフトする際、前記動力源の回転速度が前記ダウンシフト後の前記入力軸の回転速度である変速後入力軸回転速度を超える前は前記動力源の回転速度と前記入力軸の回転速度との差であるスリップ速度の目標値としての目標スリップ速度に前記自動変速機を変速していないときに設定される値である非変速時値より大きい所定値を設定すると共に前記スリップ速度が前記設定した目標スリップ速度となるよう前記係合力調整手段を制御し、前記動力源の回転速度が前記変速後入力軸回転速度を超えた以降は時間の経過に伴って前記非変速時値に向けて小さくなるように前記目標スリップ速度を設定すると共に前記スリップ速度が前記設定した目標スリップ速度となるよう前記係合力調整手段を制御する、
ことを特徴とする動力伝達装置の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−214620(P2011−214620A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−81702(P2010−81702)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000100768)アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 (3,717)
【Fターム(参考)】