説明

化合物の滅菌方法およびこれを用いた医療材料の製造方法

【課題】
放射線に対して不安定な化合物において、放射線滅菌により該化合物の変性などによる機能低下を抑制し、かつ有害な副生成物の発生が少なく凍結などの処理を必要とせず、かつ乾燥による化合物の変性が少ない滅菌方法を提供する。
【解決手段】
放射線に対して不安定な化合物をpH3以上10未満の緩衝液を含む溶液に溶解および/または分散させた状態で放射線を照射することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬、医療、プロテオーム解析および食品製造などの分野で好適に用いられる化合物の滅菌技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
医薬品や医療器具が医療の現場で使用されるとき、それらは滅菌された状態でなければならない。すなわち、医薬品や医療器具を生産するとき最終的に滅菌する必要がある。日本薬局方において、医薬品や医療用具の最終滅菌方法として加熱法、ガス法および照射法が示されている。
【0003】
照射法は、大きく分けて放射線法と高周波法がある。そのうち放射線法は、熱による滅菌対象物の変性も少なく、残留ガスによる毒性の問題も少ないので近年広く用いられている滅菌方法である。照射線には高エネルギー放射線が用いられ、γ線が標準的に用いられる。γ線のエネルギーが物質に吸収されると、物質の分子は電離したり、励起状態になる。そして解離反応を起こし、その結果として、非常に反応性に富んだラジカルが生成され、通常の分子と次々と反応を起こす。この一連の反応が、微生物の生命を維持するのに最も重要な核酸で発生すると、核酸分子が切断され、直接的に微生物を死滅させる。
【0004】
しかしながら、γ線照射により発生したラジカルは微生物だけでなく、医薬品や医療材料を構成する分子とも反応し、その機能や物理特性を劣化させることがある。また近年、基材表面に、化学的または生化学的修飾を行い、特異的な吸着、反応性や生体適合性を付与することが行われるが、放射線に対して不安定な化合物を用いて化学的または生化学的修飾を行った場合、これらにより得られた表面特性は、γ線照射により、それら機能が低下することが問題となっている。
【0005】
かかる問題に対して、基材にピロ亜硫酸ナトリウムやアスコルビン酸などの抗酸化剤を含浸させた状態で放射線滅菌する方法(特許文献1参照)や、凍結した状態で放射線滅菌する方法(特許文献2参照)や、残留溶媒量を低下させた状態で放射線滅菌する方法(特許文献3参照)が提案されている。また近年では有機溶媒含率を増加させ、水分率を低下させた状態で放射線滅菌する方法(特許文献4参照)も提案されている。
【0006】
上記の抗酸化剤を基材に含浸させる方法では、抗酸化剤が放射線に対して不安定な化合物であるため、放射線照射により変性し有害な物質になることが問題となっている。例えば、ピロ亜硫酸ナトリウムを用いると亜硫酸や二酸化硫黄などの有害物質が発生するので、医薬品や医療機器の最終滅菌に用いるのは好ましくない。また、抗酸化剤の原材料費以外にも抗酸化剤を添加するプロセスが増えたり、それに伴う設備が必要となるためコスト的にも不利である。
【0007】
また、凍結した状態で放射線照射する方法は、生理活性を有する化合物などを凍結した場合、生理活性を失ってしまうという大きな問題がある。また、凍結させるために必要な設備やそれに必要な電力、そして凍結状態での輸送などコスト増加が問題となる。
【0008】
また、残留溶媒を低下させた状態で放射線滅菌する方法は、すなわち水分率を2%以下にするということであり、湿潤状態に保つ必要のある化合物に対しては用いることはできない。例えば、血液透析膜などは材料の微多孔構造に依存しており、乾燥によりこれら構造が変化して当初計画した性能が得られないという問題がある。
【0009】
さらに、有機溶媒含率を増加させ、水分率を低下させた状態で放射線滅菌する方法では、水分率を20重量%以下まで低下させているため、本方法を医療材料の製造等に用いる際、洗浄後の有機溶媒残留が生体適合性に影響を与えることや、材料の性能が低下することについて記載も示唆もなく、例えば放射線グラフトに用いる場合にグラフト効率が低下することについて考慮がされていなかったため、実用に適さないことがあった。
【0010】
さらに生理活性を有する化合物は溶液のpHの変動によって活性を大きく損なうことが懸念されることや、溶液のpHの変動によって共存する材料の性能が低下することが危惧されることから、溶液状態にあるときはpHの変動を抑制することが必要である。
【特許文献1】特許第3432240号公報
【特許文献2】米国特許4620908号公報
【特許文献3】特表2003−527210号公報
【特許文献4】特開2006−289071号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、放射線に対して不安定な化合物において、放射線滅菌により該化合物の変性などによる機能低下を抑制し、かつ有害な副生成物の発生が少なく凍結などの処理を必要とせず、かつ乾燥による化合物の変性が少ない化合物の滅菌方法およびかかる方法を用いた医療材料の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、本発明は以下の構成を有するものである。
1.放射線に対して不安定な化合物をpH3以上10未満の緩衝液を含む溶液に溶解および/または分散させた状態で放射線を照射することを特徴とする化合物の滅菌方法。
2.前記緩衝液を含む溶液が有機溶媒を含有することを特徴とする前記1記載の化合物の滅菌方法。
3.前記緩衝液のpHが4以上9以下であることを特徴とする前記1または2記載の化合物の滅菌方法。
4.前記緩衝液のpHが5以上8以下であることを特徴とする前記1〜3のいずれかに記載の化合物の滅菌方法。
5.前記有機溶媒が水酸基を含有し、少なくとも一つが2級または3級の水酸基であることを特徴とする前記1〜4のいずれかに記載の化合物の滅菌方法。
6.前記放射線に対して不安定な化合物がアミノ酸を構成要素とするものであることを特徴とする前記1〜5のいずれかに記載の化合物の滅菌方法。
7.前記放射線に対して不安定な化合物が血液抗凝固活性を有することを特徴とする前記1〜6のいずれかに記載の化合物の滅菌方法。
8.前記血液抗凝固活性を有する化合物が血液抗凝固活性を有する部分および高分子鎖部分を含むことを特徴とする前記1〜7のいずれかに記載の化合物の滅菌方法。
9.前記高分子鎖部分がポリエチレングリコール残基、ポリビニルピロリドン残基、ポリプロピレングリコール残基、ポリビニルアルコール残基およびそれらのいずれかの共重合体の残基から選ばれる少なくともひとつを含むことを特徴とする前記8に記載の化合物の滅菌方法。
10.前記放射線に対して不安定な化合物が抗トロンビン活性を有することを特徴とする前記7〜9のいずれかに記載の化合物の滅菌方法。
11.前記1〜10のいずれかに記載の化合物の滅菌方法を用いて前記放射線に対して不安定な化合物を基材に固定化させることを特徴とする医療材料の製造方法。
12.前記11に記載の医療材料を容器に内蔵することを特徴とする医療用具の製造方法。
13.前記医療用具が人工腎臓であることを特徴とする前記12に記載の医療用具の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、放射線に対して不安定な化合物を放射線滅菌する際に、該化合物を緩衝液に溶解および/または分散することで、溶液のpH変動を抑制でき該化合物の変性などによる機能低下を防ぎ、かつ有害な副生成物の発生が少なく凍結などの処理を必要とせず、かつ乾燥による化合物の変性が少ない滅菌を行うことが可能となる。さらに、例えば放射線グラフトにより該化合物を基材に固定化して医療材料を製造する場合、溶液のpHの変動を抑制することで、化合物の活性を維持した状態で固定化することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明で用いられる放射線とは、高エネルギーの粒子線および電磁波のことであり、例えば、α線、β線、γ線、X線、紫外線、電子線および中性子線などが挙げられる。これらのうち、γ線、電子線およびX線が効率よく微生物を殺滅できるので滅菌に好適である。放射線の照射線量は5kGy以上であることが好ましく、10kGy以上がより好ましく、15kGy以上がさらに好ましい。ただし、過剰な放射線の照射は化合物を変性させるだけでなく、照射に要する時間も長くなり生産性が低下するので、5000kGy以下が好ましく、1000kGy以下がより好ましく、100kGy以下がさらに好ましい。
【0015】
本発明において、放射線に対して不安定な化合物とは、放射線を照射されたときに化合物中の少なくとも一部の分子構造に変化を生じ、物理的機能および/または化学的な機能および/または生物的な機能が変化する化合物のことをさす。放射線に対して不安定な化合物は、単独で滅菌してもよいし、医療材料などの基材と共に滅菌してもよい。放射線照射により、かかる放射線に不安定な化合物を基材に固定化して基材を改質することも可能である。このように、本発明に係る医療材料の製造方法においては、化合物の固定化と医療材料の滅菌も同時に行うことができるので生産工程数を減少させることができる。この場合、放射線に対して不安定な化合物を基材表面に化学的にグラフトすることも可能である。
【0016】
本発明で用いられる基材とは、放射線に対して不安定な化合物を付与させたい材料のことを指し、高分子化合物材料が好ましく用いられる。高分子化合物材料を構成する高分子化合物の例としては、例えば、ポリメチルメタクリレート、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリフッ化ビニリデン、ポリ酢酸ビニル、ポリカーボネート、セルロース、セルロースアセテート、セルローストリアセテート、ポリアクリロニトリル、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリスチレンおよびポリウレタン等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0017】
本発明では、基材として、医療用基材を用いることができる。医療用基材としては、人工血管、カテーテル、血液バッグ、コンタクトレンズ、眼内レンズおよび手術用補助器具等が挙げられ、生体成分分離用モジュールや血液浄化用モジュール、好ましくは人工腎臓等の医療用具等に内蔵されて用いられる分離膜なども含まれる。ここで、生体成分分離用の分離膜とは、濾過もしくは透析により生体物質を分離し、一部を回収する膜のことをいう。
【0018】
本発明で用いられる緩衝液とは、少量の酸や塩基を加えたり、多少濃度が変化したりしてもpHが変化しないようにした溶液のことであり、例えば、リン酸緩衝液、トリスヒドロキシメチルアミノメタン緩衝液、ビス(2−ヒドロキシエチル)イミノトリス(ヒドロキシメチル)メタン緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液およびホウ酸緩衝液などが挙げられる。これらのうち、リン酸緩衝液、トリスヒドロキシメチルアミノメタン緩衝液およびビス(2−ヒドロキシエチル)イミノトリス(ヒドロキシメチル)メタン緩衝液は中性および/または酸性領域における緩衝作用を有することと、生理活性を有する化合物の溶媒として添加されることが多いことから好適である。ただし、pH3未満のような強酸性条件下やpH10以上のような強塩基性条件下では、生理活性を有する化合物中の一部の分子構造に変化を生じ、物理的機能および/または化学的な機能および/または生物的な機能が変化することや例えばグラフト固定化材料を創製する場合に材料自体の性能が低下することが考えられるので、緩衝範囲はpH3以上であり、5以上が好ましい。また、上限としてはpH10未満であり、8以下が好ましい。pHの測定にはガラス電極法を用いるが、同等の精度で測定できるものであれば、これに限定されるものではない。
【0019】
また、本発明で用いられる緩衝液を含む溶液とは、上記緩衝液の水溶液や、他の溶媒、溶液を含む溶液を意味するものであるが、緩衝液を含む溶液全体として上記した緩衝液のpHの範囲を超えて変動するものを意味するものではなく、好ましくは緩衝液のpHが変動しないものである。
【0020】
本発明では緩衝液を含む溶液に下記の有機溶媒を含むことが好ましく、かかる好適に用いられる有機溶媒としては、分子中に炭素原子および/またはケイ素原子を含む溶媒が挙げられる。水酸基は、放射線照射により発生したラジカルを安定化する効果が高く、かつ非イオン性の官能基であり強い表面電荷を有する化合物との相互作用が小さく、かつ酸化還元力も小さく、化合物の変性も少ないので、分子中に水酸基を有する有機溶媒、例えばメタノール、エタノール、1−プロパノール、1−ブタノール、1,4−ブタンジオールなどが好ましく用いられる。特に2級および3級の水酸基は、ラジカルを安定化する効果がより高いので、2級および/または3級の水酸基を有する有機溶媒、例えば、グリセリンやプロピレングリコールやイソプロパノール、2−ブタノール、2,3−ブタンジオール、1,3−ブタンジオールなどが好ましく用いられる。ただし、エチレングリコールやポリエチレングリコールのような1級の水酸基のみを有する有機溶媒はラジカルを安定化する効果が低いので、本発明でいう有機溶媒には含まれない。また、本発明の化合物の滅菌方法を医療材料、またはこれが内蔵される医療用具の製造に用いる際は、その安全性を考慮する必要があるため、非水溶媒は毒性の低いものが好適に用いられる。
【0021】
また、本発明に係る緩衝液を含む溶液における水分率の上限は90vol%であり、90vol%を超えると有機溶媒のラジカル安定化の効果が十分に得られない。90vol%以下の範囲においては、水分率が多い方が好ましい。一方、水分率が低い場合、例えば医療用具などに用いる際、洗浄後の有機溶媒残留が生体適合性に影響を与えることが懸念される他、例えば放射線グラフトに用いる場合にグラフト効率が低下することが考えられる。よって水分量は全溶媒量の25vol%以上であることが好ましく、より好ましくは50vol%以上である。
【0022】
本発明における水分率とは、次式で定義されるものである。
(放射線に不安定な化合物および該化合物を溶解および/または分散している緩衝液を含む溶液に含まれる水の体積)/(放射線に対して不安定な化合物および該化合物を溶解および/または分散している緩衝液を含む溶液の体積)×100(%)
本発明において、放射線に対して不安定な化合物が溶解するとは、化合物が緩衝液を含む溶液に溶けて均一混合物、すなわち溶液になることを指す。また、化合物が分散するとは、化合物が緩衝液を含む溶液中に散在することを指す。化合物の濃度については特に限定されるものではないが、化合物によっては濃度が濃すぎると化合物間で架橋反応が進行してゲル化などにより、化合物本来の物性が失われるおそれがあるので、化合物の緩衝液を含む溶液の水溶液における50重量%以下が好ましく、より好ましくは30重量%以下であり、さらに好ましくは20重量%以下である。
【0023】
本発明における放射線に不安定な化合物は、アミノ酸を構成要素とすることが好ましい。アミノ酸を構成要素としている化合物は、生体適合性が高いことから医療用途に使用する際、安全性が高い。さらにアミノ酸を構成要素としている化合物は生理活性を有しており、それ自身を用いても効果があるものの、医療材料の表面に固定化して用いても効果があり、その用途は限定されるものではない。アミノ酸を構成要素としている化合物とは、天然に存在するアミノ酸を含有する化合物のことであり、例えば、タンパク質やペプチドなどのアミノ酸だけから構成されるものや、糖タンパク質、アミノ酸錯体およびアミノアシルアデニル酸等のアミノ酸とアミノ酸以外のものから構成されるものも挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0024】
血液抗凝固活性を有する化合物とは、血液に化合物を10μg/mlの濃度となるように加えたとき未添加の血液と比較してプロトロンビン時間が30%以上延長するような化合物を指す。プロトロンビン時間の測定は、次の文献に記載の方法で行うことができる。
【0025】
金井正光ら、「臨床検査法提要 改訂第30版」、金原出版、1993年、pp.416−418
すなわち、3.2vol%クエン酸ナトリウム1容と血液の9容を混じて、分取したクエン酸血漿0.1mlを小試験管(内径8mm、長さ7.5cm)にとり、37℃恒温水槽に入れ約3分間加熱する。同温度に保温した組織トロンボプラスチン・カルシウム試薬0.2mlを加えると同時に秒時計を始動し軽く振とうし、傾斜させながらフィブリンが析出するまでの時間を測定する。
【0026】
また、本発明における放射線に不安定な化合物は、血液抗凝固活性を有する化合物であることが好ましい。一般的に血液は材料と接触すると凝固反応が進行するため、血液と接触する材料、特に長時間血液と接触する材料を医療用途に用いる際には血液の凝固を抑制する必要がある。本発明は血液と接触させて用いる材料の製造を考慮していることから化合物は、血液抗凝固活性を有する化合物であることが好ましい。血液抗凝固活性を有する化合物としては、ヘパリン、ナファモスタットメシレート、クエン酸ナトリウム、シュウ酸ナトリウム、αアンチトリプシン、αマクログロブリン、C1インヒビタ、トロンボモジュリンおよびプロテインC等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。血液抗凝固活性を有する化合物として、血液抗凝固活性を有する部分および高分子鎖部分を含む化合物が挙げられ、このような高分子鎖部分として好適には、ポリエチレングリコール残基、ポリビニルピロリドン残基、ポリプロピレングリコール残基、ポリビニルアルコール残基およびそれらを含む共重合体の残基からなる群から選択された高分子鎖が挙げられる。
【0027】
また、血液抗凝固活性を有する化合物の中で、トロンビンの活性を抑制することで強力な血液抗凝固作用を示す化合物がある。従って、化合物が抗トロンビン活性を有する化合物であることがより好ましい。本発明における抗トロンビン活性を有する化合物とは、血液中の凝固関連物質であるトロンビンの活性を抑制する化合物のことであり、化合物を10μg/mlの濃度で加えた血漿のHaemoSys社「ECA−Tkit」における測定値が、化合物未添加血漿のものと比較して50%以上増加するような化合物を指す。測定装置は同等の精度で測定できるものであれば、これに限定されるものではない。抗トロンビン活性を有する化合物の例として、下記の化学式で示される4−メトキシ−ベンゼンスルホニル−Asn(PEG2000−Ome)−Pro−4−アミジノベンジルアミド(以下、化合物Aと略す。)、アンチトロンビンIII、およびヒルジンなどが挙げられる。
【0028】
【化1】

【0029】
(式中、PEGはポリエチレングリコール残基、Meはメチル基を表す。)
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0030】
(抗トロンビン活性値の測定)
放射線に不安定な化合物として化合物Aを用いたので、抗トロンビンの活性を示す指標として抗トロンビン活性値の放射線照射後の残存率を用いた。抗トロンビン活性値の測定には、試薬にHaemoSys社製のECA−Tキットを使用し、装置にTECO Medical Instruments Production社製のCOATRON M1(code 80 800 000)を使用した。先ず、ヒト血漿(コスモバイオHuman Plasma 12271210, lot.16878)80μlに測定対象溶液を20μl加え攪拌した。この溶液をサンプル溶液とする。サンプル溶液は、測定の直前まで氷浴上で冷却しておく。ECA prothrombin buffer 100μl、サンプル溶液30μl、ECA−T substrate 25μlを混合し37℃の温度で60秒間インキュベートし、装置にセッティングした。これにECA ecarin reagent 50μl加えて測定を行った。ブランクの測定対象溶液として超純水を用い調製したサンプルで測定を行った。残存率は下式(1)にて求めた。
【0031】
(緩衝液の調製)
pH5の緩衝液はビス(2−ヒドロキシエチル)イミノトリス(ヒドロキシメチル)メタン(同仁化学製)と塩化ナトリウム(シグマアルドリッチ製)を超純水に溶解させ、6規定塩酸(シグマアルドリッチ製)を滴下しながらpH5となるように調製した。pHの測定にはガラス電極法を用い、装置はHORIBA製pHメータ カスタニーLAB F−22を用いて測定した。その結果、pHは5.0であった。また、別のpH5の緩衝液として酢酸緩衝液も調製した。酢酸と酢酸ナトリウムを超純水に溶解させ調製した。上記と同法でpHを測定した結果、5.0であった。
【0032】
pH7.8と10の緩衝液はトリスヒドロキシメチルアミノメタン(片山化学株式会社製)と塩化ナトリウム(シグマアルドリッチ製)を超純水に溶解させ、6規定塩酸(シグマアルドリッチ製)を滴下しながら各pHとなるように調製した。pHの測定はpH5の緩衝液と同法を用いた。その結果、pHはそれぞれ7.8、10.0であった。
【0033】
(実施例1)
化合物Aを超純水に溶解して濃度5000重量ppmの化合物A水溶液を調製した。該化合物A水溶液、超純水、イソプロパノール(シグマアルドリッチ製)、2倍濃度のpH5の緩衝液を表1に記載の容量で混合した。該化合物A緩衝液にγ線を照射した。このときγ線の吸収線量は25kGyであった。放射線照射前の化合物A緩衝液および放射線照射後の化合物A緩衝液の抗トロンビン活性値を測定し、次式(1)から、抗トロンビン活性値の残存率を計算した。その結果、イソプロパノール分率が0.1、1、10、50%の時の抗トロンビン残存率は各々15.3、19.4、37.8、76.8%であった。
A=100×(B−D)/(C−D) 式(1)
式(1)中の記号
A:抗トロンビン活性残存率(%)
B:放射線照射後のサンプル測定値(sec)
C:放射線照射前のサンプル測定値(sec)
D:ブランク測定値(sec)。
【0034】
(実施例2)
化合物Aを超純水に溶解して濃度5000重量ppmの化合物A水溶液を調製した。該化合物A水溶液、超純水、イソプロパノール(シグマアルドリッチ製)、2倍濃度のpH7.8の緩衝液を表1に記載の容量で混合した。該化合物A緩衝液にγ線を照射した。このときγ線の吸収線量は25kGyであった。放射線照射前の化合物A緩衝液および放射線照射後の化合物A緩衝液の抗トロンビン活性値を測定し、上記の式(1)から、抗トロンビン活性値の残存率を計算した。その結果、イソプロパノール分率が0.1、1、10、50%の時の抗トロンビン残存率は各々12.9、13.6、17.6、66.4%であった。
【0035】
(比較例1)
化合物Aを超純水に溶解して濃度5000重量ppmの化合物A水溶液を調製した。該化合物A水溶液、超純水、イソプロパノール(シグマアルドリッチ製)、2倍濃度のpH10の緩衝液を表1に記載の容量で混合した。該化合物A緩衝液にγ線を照射した。このときγ線の吸収線量は25kGyであった。放射線照射前の化合物A緩衝液および放射線照射後の化合物A緩衝液の抗トロンビン活性値を測定し、上記の式(1)から、抗トロンビン活性値の残存率を計算した。その結果、イソプロパノール分率が0.1、1、10、50%の時の抗トロンビン残存率は各々2.1、2.4、1.5、4.8%であった。
【0036】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明は、放射線に対して不安定な生理活性を有する化合物を、その活性を維持しつつ放射線滅菌する方法であり、抗酸化剤を用いることなく滅菌が可能で有害な抗酸化剤分解物のリスクを減らすことが期待できる。また、pH変動を抑えられることから放射線に対して不安定な生理活性を有する化合物の生理活性の低下を抑えることができる。このように、本発明によれば、種々の放射線に対して不安定な生理活性物質を、変性を抑制しつつ滅菌することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射線に対して不安定な化合物をpH3以上10未満の緩衝液を含む溶液に溶解および/または分散させた状態で放射線を照射することを特徴とする化合物の滅菌方法。
【請求項2】
該緩衝液を含む溶液が有機溶媒を含有することを特徴とする請求項1記載の化合物の滅菌方法。
【請求項3】
該緩衝液のpHが4以上9以下であることを特徴とする請求項1または2記載の化合物の滅菌方法。
【請求項4】
該緩衝液のpHが5以上8以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の化合物の滅菌方法。
【請求項5】
該有機溶媒が水酸基を含有し、少なくとも一つが2級または3級の水酸基であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の化合物の滅菌方法。
【請求項6】
該放射線に対して不安定な化合物がアミノ酸を構成要素とするものであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の化合物の滅菌方法。
【請求項7】
該放射線に対して不安定な化合物が血液抗凝固活性を有することを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の化合物の滅菌方法。
【請求項8】
該血液抗凝固活性を有する化合物が血液抗凝固活性を有する部分および高分子鎖部分を含むことを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の化合物の滅菌方法。
【請求項9】
該高分子鎖部分がポリエチレングリコール残基、ポリビニルピロリドン残基、ポリプロピレングリコール残基、ポリビニルアルコール残基およびそれらのいずれかの共重合体の残基から選ばれる少なくともひとつを含むことを特徴とする請求項8に記載の化合物の滅菌方法。
【請求項10】
該放射線に対して不安定な化合物が抗トロンビン活性を有することを特徴とする請求項7〜9のいずれかに記載の化合物の滅菌方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれかに記載の化合物の滅菌方法を用いて該放射線に対して不安定な化合物を基材に固定化させることを特徴とする医療材料の製造方法。
【請求項12】
請求項11に記載の医療材料を容器に内蔵することを特徴とする医療用具の製造方法。
【請求項13】
該医療用具が人工腎臓であることを特徴とする請求項12に記載の医療用具の製造方法。

【公開番号】特開2008−206915(P2008−206915A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−48838(P2007−48838)
【出願日】平成19年2月28日(2007.2.28)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】