化学物質のスクリーニング方法
【課題】細胞を固定、染色することなく、安価で迅速な解析を可能とする、細胞に形態変化を生じさせる化学物質のスクリーニング方法を提供する。
【解決手段】本発明の化学物質のスクリーニング方法は、細胞に形態変化を生じさせる化学物質のスクリーニング方法であって、(a)細胞にスクリーニング対象である第1の化学物質を接触させる工程と、(b)前記第1の化学物質を接触させた細胞を時系列に撮像した複数の画像を読み込む工程と、(c)前記(b)における前記画像に含まれる各々の細胞の形態的な特徴を示す特徴値を前記画像からそれぞれ求める工程と、(d)各々の前記画像に対応する前記特徴値の統計処理データをそれぞれ求める工程と、(e)前記画像間での前記統計処理データの変化に基づいて、前記第1の化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報を生成する工程と、を含むことを特徴とする。
【解決手段】本発明の化学物質のスクリーニング方法は、細胞に形態変化を生じさせる化学物質のスクリーニング方法であって、(a)細胞にスクリーニング対象である第1の化学物質を接触させる工程と、(b)前記第1の化学物質を接触させた細胞を時系列に撮像した複数の画像を読み込む工程と、(c)前記(b)における前記画像に含まれる各々の細胞の形態的な特徴を示す特徴値を前記画像からそれぞれ求める工程と、(d)各々の前記画像に対応する前記特徴値の統計処理データをそれぞれ求める工程と、(e)前記画像間での前記統計処理データの変化に基づいて、前記第1の化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報を生成する工程と、を含むことを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞に形態変化を生じさせる化学物質のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、細胞を用いた生理活性物質のハイスループットスクリーニングには、単純な系が用いられていた。例えば、抗癌作用を示す低分子化合物のスクリーニング方法の多くには、MTT(Methyl thiazolyl tetrazorium)アッセイやalamarBlueアッセイといった1つのウェル内における細胞の生存数を定量し、生存率を算出する方法が用いられていた。
【0003】
近年、創薬ターゲットのスクリーニング方法や低分子化合物のスクリーニング方法は、機器やイメージング技術の発展と共に複雑化している。顕微鏡技術がスクリーニングに応用されるようになり、1種類の細胞から複数のパラメータについて解析が行われるようになってきている。このようなスクリーニング方法をHigh content screening(以下、HCS)という(非特許文献1参照)。
【0004】
HCSは、細胞内の複数のターゲットを多重蛍光染色し、これらの蛍光を同時に解析することにより、細胞における複数の現象を指標とするスクリーニング方法である。この方法によれば、細胞が有する特定の機能に作用する生理活性物質に着目することにより、薬効を示すものをスクリーニングすることができる。よって、HCSは、単に毒性のみを指標とするスクリーニング方法に比べて、副作用やオフターゲット等を排除できる観点から優れている。
【0005】
HCSは、細胞に形態変化を生じさせるような薬剤の探索、または形態変化に関与する遺伝子の探索に好適に用いられる。細胞の形態変化は、例えば細胞骨格に関与する分子や細胞周期における分裂期に関与する分子に薬剤等を作用させることにより観察される(非特許文献2、非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Krausz、Mol.BioSyst.、第3巻、第232〜240頁、2007年
【非特許文献2】Kigerら、J Biol、第2巻、第27.1〜27.15頁、2003年
【非特許文献3】Neumannら、Nat Methods.、第3巻、第385〜390頁、2006年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献2に挙げられている形態変化に関与する分子のスクリーニング方法は、細胞を固定化し、蛍光染色する方法である。蛍光染色は一定のコストがかかるため、膨大な数の低分子化合物ライブラリーやsiRNAライブラリーを用いる場合にはコスト面で難がある。
また、染色の過程で生じる染色ムラがスクリーニング結果に影響を与える可能性がある。さらに、蛍光色素を細胞内に導入するためには、細胞を固定化する必要があるため、時間経過を解析したい場合には、サンプルの数を増やさなければならず、手間である。
【0008】
これに対し、非特許文献3では、細胞にGFP(
Green Fluorescent Protein)を融合させたHistone H2BをHeLa細胞に安定化発現させた細胞株を作製し、導入した蛍光タンパク質の挙動を指標にタイムラプス解析をする方法が挙げられている。
しかしながら、この方法は、安定性発現株の作製が必須であるため、遺伝子導入に適していない細胞をスクリーニングに用いることができず、多種類の細胞をスクリーニングに用いる場合に適していない。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、細胞を固定、染色することなく、安価で迅速な解析を可能とする、細胞に形態変化を生じさせる化学物質のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記の課題を解決するため、鋭意研究を行った結果、後記する構成を有する解析装置を用いることにより課題を解決できることを見出した。すなわち本発明は、下記(1)〜(13)を提供するものである。
(1)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、細胞に形態変化を生じさせる化学物質のスクリーニング方法であって、
(a)細胞にスクリーニング対象である第1の化学物質を接触させる工程と、
(b)前記第1の化学物質を接触させた細胞を時系列に撮像した複数の画像を読み込む工程と、
(c)前記(b)における前記画像に含まれる各々の細胞の形態的な特徴を示す特徴値を前記画像からそれぞれ求める工程と、
(d)各々の前記画像に対応する前記特徴値の統計処理データをそれぞれ求める工程と、
(e)前記画像間での前記統計処理データの変化に基づいて、前記第1の化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報を生成する工程と、
を含むことを特徴とする。
(2)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記(e)の後、
(f)前記第1の化学物質を接触させた細胞に、更に前記第1の化学物質又は前記第1の化学物質に該当しないスクリーニング対象である追加化学物質を接触させる工程と、
(g)前記追加化学物質を接触させた細胞を時系列に撮像した複数の画像を読み込む工程と、
(h)前記(g)における前記画像に含まれる各々の細胞の形態的な特徴を示す特徴値を前記画像からそれぞれ求める工程と、
(i)各々の前記画像に対応する前記特徴値の統計処理データをそれぞれ求める工程と、
(j)前記画像間での前記統計処理データの変化に基づいて、前記追加化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報を生成する工程と、
(k)前記追加化学物質を接触させた細胞における前記評価情報に基づき、(f)〜(j)を繰り返すか否かを判断する工程と、
を少なくとも1回繰り返す工程を含むことが好ましい。
(3)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記統計処理データが、度数分布であることが好ましい。
(4)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記第1の化学物質及び前記追加化学物質が、それぞれ独立して、低分子化合物、抗体、タンパク質、ペプチド、アンチセンス核酸、リボザイム、shRNA及びsiRNAからなる群より選ばれる少なくとも1つであることが好ましい。
(5)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記第1の化学物質がsiRNAであることが好ましい。
(6)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記第1の化学物質が低分子化合物であることが好ましい。
(7)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記(e)及び前記(j)が、前記画像間での前記度数分布の差分を用いて、前記評価情報を生成する工程であることが好ましい。
【0011】
(8)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記(c)及び前記(h)が、各々の前記画像について複数種類の前記特徴値を求める工程であり、前記(d)及び前記(i)が、前記特徴値の種類ごとにそれぞれ前記度数分布を求める工程であり、前記(e)及び前記(j)が、複数種類の前記度数分布の変化の情報を用いて、前記評価情報を生成する工程であることが好ましい。
(9)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記(d)及び前記(i)が、各々の前記度数分布における度数の区分を、前記特徴値の種類ごとの標準偏差を用いてそれぞれ正規化する工程であることが好ましい。
(10)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記(e)及び前記(j)が、前記画像の撮影時間及び前記特徴値の種類がそれぞれ異なる複数の前記度数分布の組み合わせのうちから、前記評価情報の生成に用いる前記度数分布の組み合わせを抽出し、前記評価情報の計算モデルを求める工程であることが好ましい。
(11)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記(e)及び前記(j)が、教師付き学習により前記計算モデルを求める工程であることが好ましい。
(12)本発明の化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法は、細胞に形態変化を生じさせる化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法であって、
(l)先に記載のスクリーニング方法により細胞に形態変化を生じさせる化学物質を選択する工程と、
(m)選択された化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物を製造する工程と、
を含むことを特徴とする。
(13)本発明の化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法は、細胞に形態変化を生じさせる化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法であって、
(l)先に記載のスクリーニング方法により細胞に形態変化を生じさせる化学物質を選択する工程と、
(n)選択された化学物質の構造を最適化する工程と、
(o)最適化された化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物を製造する工程と、
を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、細胞を固定、染色することなく、安価で迅速な解析を可能とする、細胞に形態変化を生じさせる化学物質のスクリーニング方法を提供することができる。
本発明の化学物質のスクリーニング方法は、非破壊の系であるため、タイムラプス解析に好適に用いられ、かつスクリーニングに用いたサンプルそのものを別の評価系に供することができ、スクリーニング結果を別の系から評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に用いられるインキュベータの概要を示すブロック図である。
【図2】本発明に用いられるインキュベータの正面図である。
【図3】本発明に用いられるインキュベータの平面図である。
【図4】インキュベータでの観察動作の一例を示す流れ図である。
【図5】計算モデルの生成処理の一例を示す流れ図である。
【図6】各特徴値の概要を示す図である。
【図7】(a)〜(c):「Shape Factor」の経時的変化の例を示すヒストグラム、(d)〜(f):「Fiber Length」の経時的変化の例を示すヒストグラムである。
【図8】(a)〜(c):正常な細胞群をタイムラプス観察した顕微鏡画像を示す図である。
【図9】(a)〜(c):正常な細胞にがん細胞を混在した細胞群をタイムラプス観察した顕微鏡画像を示す図である。
【図10】ANNの概要を示す図である。
【図11】FNNの概要を示す図である。
【図12】FNNにおけるシグモイド関数を示す図である。
【図13】培養状態評価処理の動作例を示す流れ図である。
【図14】本発明のスクリーニング方法の一態様を示したフローチャート図である。
【図15】本発明のスクリーニング方法及び従来のスクリーニング方法の一態様を示したフローチャート図である。
【図16】本発明のスクリーニング方法の一態様を示したフローチャート図である。
【図17】実施例における正常な細胞又はp53を標的とするsiRNAを処理した細胞をタイムラプス観察した顕微鏡画像、及びこれらの画像に基づいて解析された「Length」の経時的変化を示すヒストグラムである。
【図18】実施例におけるp53を標的とするsiRNAを処理した細胞の各時間後のp53及びRhoAのmRNAの発現レベルについて、0時間を1とした時の相対値を示したグラフである。
【図19】実施例におけるRhoAを標的とするsiRNAを処理した細胞、及びネガティブコントロールをタイムラプス観察した顕微鏡画像である。
【図20】実施例におけるRhoAを標的とするsiRNAを処理した細胞、及びネガティブコントロールをタイムラプス観察した顕微鏡画像である。
【図21】実施例におけるRhoAを標的とするsiRNAを処理した細胞、又はネガティブコントロールをタイムラプス観察した顕微鏡画像、及びこれらの画像に基づいて解析された「円形度」の経時的変化を示すヒストグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
≪培養状態評価装置≫
本発明の化学物質のスクリーニング方法において、細胞に形態変化を生じさせる化学物質を接触させた後の工程(b)〜(e)及び(g)〜(k)は、これらの工程を組み込んだ培養状態評価装置を用いて行われる。よって、まず前記培養状態評価装置を含むインキュベータについて説明する。
【0015】
図1は、本発明に用いられるインキュベータの概要を示すブロック図である。また、図2、図3は、本発明に用いられるインキュベータの正面図および平面図である。
【0016】
本発明に用いられるインキュベータ11は、上部ケーシング12と下部ケーシング13とを有している。インキュベータ11の組立状態において、上部ケーシング12は下部ケーシング13の上に載置される。なお、上部ケーシング12と下部ケーシング13との内部空間は、ベースプレート14によって上下に仕切られている。
【0017】
まず、上部ケーシング12の構成の概要を説明する。上部ケーシング12の内部には、細胞の培養を行う恒温室15が形成されている。この恒温室15は温度調整装置15aおよび湿度調整装置15bを有しており、恒温室15内は細胞の培養に適した環境(例えば温度37℃、湿度90%の雰囲気)に維持されている(なお、図2、図3での温度調整装置15a、湿度調整装置15bの図示は省略する)。
【0018】
恒温室15の前面には、大扉16、中扉17、小扉18が配置されている。大扉16は、上部ケーシング12および下部ケーシング13の前面を覆っている。中扉17は、上部ケーシング12の前面を覆っており、大扉16の開放時に恒温室15と外部との環境を隔離する。小扉18は、細胞を培養する培養容器19を搬出入するための扉であって、中扉17に取り付けられている。この小扉18から培養容器19を搬出入することで、恒温室15の環境変化を抑制することが可能となる。なお、大扉16、中扉17、小扉18は、パッキンP1,P2,P3によりそれぞれ気密性が維持されている。
【0019】
また、恒温室15には、ストッカー21、観察ユニット22、容器搬送装置23、搬送台24が配置されている。ここで、搬送台24は、小扉18の手前に配置されており、培養容器19を小扉18から搬出入する。
【0020】
ストッカー21は、上部ケーシング12の前面(図3の下側)からみて恒温室15の左側に配置される。ストッカー21は複数の棚を有しており、ストッカー21の各々の棚には培養容器19を複数収納することができる。なお、各々の培養容器19には、培養の対象となる細胞が培地とともに収容されている。
【0021】
観察ユニット22は、上部ケーシング12の前面からみて恒温室15の右側に配置される。この観察ユニット22は、培養容器19内の細胞のタイムラプス観察を実行することができる。
【0022】
ここで、観察ユニット22は、上部ケーシング12のベースプレート14の開口部に嵌め込まれて配置される。観察ユニット22は、試料台31と、試料台31の上方に張り出したスタンドアーム32と、位相差観察用の顕微光学系および撮像装置(34)を内蔵した本体部分33とを有している。そして、試料台31およびスタンドアーム32は恒温室15に配置される一方で、本体部分33は下部ケーシング13内に収納される。
【0023】
試料台31は透光性の材質で構成されており、その上に培養容器19を載置することができる。この試料台31は水平方向に移動可能に構成されており、上面に載置した培養容器19の位置を調整できる。また、スタンドアーム32にはLED光源35が内蔵されている。そして、撮像装置34は、スタンドアーム32によって試料台31の上側から透過照明された培養容器19の細胞を、顕微光学系を介して撮像することで細胞の顕微鏡画像を取得できる。
【0024】
容器搬送装置23は、上部ケーシング12の前面からみて恒温室15の中央に配置される。この容器搬送装置23は、ストッカー21、観察ユニット22の試料台31および搬送台24との間で培養容器19の受け渡しを行う。
【0025】
図3に示すように、容器搬送装置23は、多関節アームを有する垂直ロボット34と、回転ステージ35と、ミニステージ36と、アーム部37とを有している。回転ステージ35は、垂直ロボット34の先端部に回転軸35aを介して水平方向に180°回転可能に取り付けられている。そのため、回転ステージ35は、ストッカー21、試料台31および搬送台24に対して、アーム部37をそれぞれ対向させることができる。
【0026】
また、ミニステージ36は、回転ステージ35に対して水平方向に摺動可能に取り付けられている。ミニステージ36には培養容器19を把持するアーム部37が取り付けられている。
【0027】
次に、下部ケーシング13の構成の概要を説明する。下部ケーシング13の内部には、観察ユニット22の本体部分33や、インキュベータ11の制御装置41が収納されている。
【0028】
制御装置41は、温度調整装置15a、湿度調整装置15b、観察ユニット22および容器搬送装置23とそれぞれ接続されている。この制御装置41は、所定のプログラムに従ってインキュベータ11の各部を統括的に制御する。
【0029】
一例として、制御装置41は、温度調整装置15aおよび湿度調整装置15bをそれぞれ制御して恒温室15内を所定の環境条件に維持する。また、制御装置41は、所定の観察スケジュールに基づいて、観察ユニット22および容器搬送装置23を制御して、培養容器19の観察シーケンスを自動的に実行する。さらに、制御装置41は、観察シーケンスで取得した画像に基づいて、細胞の培養状態の評価を行う培養状態評価処理を実行する。
【0030】
ここで、制御装置41は、CPU42および記憶部43を有している。CPU42は、制御装置41の各種の演算処理を実行するプロセッサである。また、CPU42は、プログラムの実行によって、特徴値演算部44、度数分布演算部45、評価情報生成部46としてそれぞれ機能する(なお、特徴値演算部44、度数分布演算部45、評価情報生成部46の動作については後述する)。
【0031】
記憶部43は、ハードディスクや、フラッシュメモリ等の不揮発性の記憶媒体などで構成される。この記憶部43には、ストッカー21に収納されている各培養容器19に関する管理データと、撮像装置で撮像された顕微鏡画像のデータとが記憶されている。さらに、記憶部43には、CPU42によって実行されるプログラムが記憶されている。
【0032】
なお、上記の管理データには、(a)個々の培養容器19を示すインデックスデータ、(b)ストッカー21での培養容器19の収納位置、(c)培養容器19の種類および形状(ウェルプレート、ディッシュ、フラスコなど)、(d)培養容器19で培養されている細胞の種類、(e)培養容器19の観察スケジュール、(f)タイムラプス観察時の撮像条件(対物レンズの倍率、容器内の観察地点等)、などが含まれている。また、ウェルプレートのように複数の小容器で同時に細胞を培養できる培養容器19については、各々の小容器ごとにそれぞれ管理データが生成される。
【0033】
≪培養状態評価装置における観察動作の例≫
次に、図4の流れ図を参照しつつ、本発明に用いられる培養状態評価装置におけるインキュベータ11での観察動作の一例を説明する。この図4は、恒温室15内に搬入された培養容器19を、登録された観察スケジュールに従ってタイムラプス観察する動作例を示している。
【0034】
ステップS101:CPU42は、記憶部43の管理データの観察スケジュールと現在日時とを比較して、培養容器19の観察開始時間が到来したか否かを判定する。観察開始時間となった場合(YES側)、CPU42はS102に処理を移行させる。一方、培養容器19の観察時間ではない場合(NO側)には、CPU42は次の観察スケジュールの時刻まで待機する。
【0035】
ステップS102:CPU42は、観察スケジュールに対応する培養容器19の搬送を容器搬送装置23に指示する。そして、容器搬送装置23は、指示された培養容器19をストッカー21から搬出して観察ユニット22の試料台31に載置する。なお、培養容器19が試料台31に載置された段階で、スタンドアーム32に内蔵されたバードビューカメラ(不図示)によって培養容器19の全体観察画像が撮像される。
【0036】
ステップS103:CPU42は、観察ユニット22に対して細胞の顕微鏡画像の撮像を指示する。観察ユニット22は、LED光源35を点灯させて培養容器19を照明するとともに、撮像装置34を駆動させて培養容器19内の細胞の顕微鏡画像を撮像する。
【0037】
このとき、撮像装置34は、記憶部43に記憶されている管理データに基づいて、ユーザーの指定した撮像条件(対物レンズの倍率、容器内の観察地点)に基づいて顕微鏡画像を撮像する。例えば、培養容器19内の複数のポイントを観察する場合、観察ユニット22は、試料台31の駆動によって培養容器19の位置を逐次調整し、各々のポイントでそれぞれ顕微鏡画像を撮像する。なお、S103で取得された顕微鏡画像のデータは、制御装置41に読み込まれるとともに、CPU42の制御によって記憶部43に記録される。
【0038】
ステップS104:CPU42は、観察スケジュールの終了後に培養容器19の搬送を容器搬送装置23に指示する。そして、容器搬送装置23は、指示された培養容器19を観察ユニット22の試料台31からストッカー21の所定の収納位置に搬送する。その後、CPU42は、観察シーケンスを終了してS101に処理を戻す。以上で、図4の流れ図の説明を終了する。
【0039】
≪培養状態評価装置における培養状態評価処理≫
次に、培養状態評価装置における培養状態評価処理の一例を説明する。この一例では、培養容器19をタイムラプス観察して取得した複数の顕微鏡画像を用いて、培養容器19の培養細胞におけるがん細胞の混在率を制御装置41が推定する例を説明する。
【0040】
この培養状態評価処理での制御装置41は、上記の顕微鏡画像から細胞の形態的な特徴を示す特徴値の度数分布を求める。そして、制御装置41は、この度数分布の経時的な変化に基づいて、がん細胞の混在率を推定した評価情報を生成する。なお、制御装置41は、得られた評価情報を教師付き学習によって予め生成された計算モデルに適用することで、上記の評価情報を生成する。
【0041】
≪計算モデルの生成処理の例≫
以下、図5の流れ図を参照しつつ、培養状態評価処理の前処理である計算モデルの生成処理の一例を説明する。この計算モデルの生成処理では、画像の撮影時間および特徴値の種類がそれぞれ異なる複数の度数分布の組み合わせから、評価情報の生成に用いる度数分布の組み合わせを、制御装置41が決定する。
【0042】
この図5の例では、がん細胞が混在した細胞群を培養した培養容器19をインキュベータ11によって同一視野を同一の撮影条件でタイムラプス観察し、サンプルの顕微鏡画像群を予め用意する。なお、上記のサンプルの顕微鏡画像において、各画像に含まれる細胞の総数とがん細胞の数とは、画像からではなく実験的にカウントされてそれぞれ既知となっている。
【0043】
図5の例では、培養容器19のタイムラプス観察は、培養開始から8時間経過後を初回として、8時間おきに72時間目まで行う。そのため、図5の例において、培養容器19および観察ポイントが共通するサンプルの顕微鏡画像が、9枚分(8h,16h,24h,32h,40h,48h,56h,64h,72h)を1セットとして取得されることとなる。なお、図5の例では、複数の培養容器19をそれぞれタイムラプス観察して、上記のサンプルの顕微鏡画像を複数セット分用意するものとする。また、同じ培養容器19の複数ポイント(例えば5点観察または培養容器19の全体)を同じ観察時間帯で撮影した複数の顕微鏡画像を、タイムラプス観察の1回分の画像として扱うようにしてもよい。
【0044】
ステップS201:CPU42は、予め用意されたサンプルの顕微鏡画像のデータを記憶部43から読み込む。なお、S201でのCPU42は、各画像に対応する細胞の総数およびがん細胞の数を示す情報もこの時点で取得するものとする。
【0045】
ステップS202:CPU42は、上記のサンプルの顕微鏡画像(S201)のうちから、処理対象となる画像を指定する。ここで、S202でのCPU42は、予め用意されているサンプルの顕微鏡画像のすべてを処理対象として順次指定してゆくものとする。
【0046】
ステップS203:特徴値演算部44は、処理対象の顕微鏡画像(S202)について、画像内に含まれる細胞を抽出する。例えば、位相差顕微鏡で細胞を撮像すると、細胞壁のように位相差の変化の大きな部位の周辺にはハロが現れる。そのため、特徴値演算部44は、細胞壁に対応するハロを公知のエッジ抽出手法で抽出するとともに、輪郭追跡処理によってエッジで囲まれた閉空間を細胞と推定する。これにより上記の顕微鏡画像から個々の細胞を抽出することができる。
【0047】
ステップS204:特徴値演算部44は、S203で画像から抽出した各細胞について、細胞の形態的な特徴を示す特徴値をそれぞれ求める。S204での特徴値演算部44は、各細胞について以下の16種類の特徴値をそれぞれ求める。
【0048】
・Total area(図6の(a)参照)
「Total area」は、注目する細胞の面積を示す値である。例えば、特徴値演算部44は、注目する細胞の領域の画素数に基づいて「Total area」の値を求めることができる。
【0049】
・Hole area(図6の(b)参照)
「Hole area」は、注目する細胞内のHoleの面積を示す値である。ここで、Holeは、コントラストによって、細胞内における画像の明るさが閾値以上となる部分(位相差観察では白に近い状態となる箇所)を指す。例えば、細胞内小器官の染色されたリソソームなどがHoleとして検出される。また、画像によっては、細胞核や、他の細胞小器官がHoleとして検出されうる。なお、特徴値演算部44は、細胞内における輝度値が閾値以上となる画素のまとまりをHoleとして検出し、このHoleの画素数に基づいて「Hole area」の値を求めればよい。
【0050】
・relative hole area(図6の(c)参照)
「relative hole area」は、「Hole area」の値を「Total area」の値で除した値である(relative hole area=Hole area/Total area)。この「relative hole area」は、細胞の大きさにおける細胞内小器官の割合を示すパラメータであって、例えば細胞内小器官の肥大化や核の形の悪化などに応じてその値が変動する。
【0051】
・Perimeter(図6の(d)参照)
「Perimeter」は、注目する細胞の外周の長さを示す値である。例えば、特徴値演算部44は、細胞を抽出するときの輪郭追跡処理により「Perimeter」の値を取得することができる。
【0052】
・Width(図6の(e)参照)
「Width」は、注目する細胞の画像横方向(X方向)での長さを示す値である。
【0053】
・Height(図6の(f)参照)
「Height」は、注目する細胞の画像縦方向(Y方向)での長さを示す値である。
【0054】
・Length(図6の(g)参照)
「Length」は、注目する細胞を横切る線のうちの最大値(細胞の全長)を示す値である。
【0055】
・Breadth(図6の(h)参照)
「Breadth」は、「Length」に直交する線のうちの最大値(細胞の横幅)を示す値である。
【0056】
・Fiber Length(図6の(i)参照)
「Fiber Length」は、注目する細胞を擬似的に線状と仮定した場合の長さを示す値である。特徴値演算部44は、下式(1)により「Fiber Length」の値を求める。
【0057】
【数1】
【0058】
但し、本明細書の式において「P」はPerimeterの値を示す。同様に「A」はTotal Areaの値を示す。
【0059】
・Fiber Breadth(図6の(j)参照)
「Fiber Breadth」は、注目する細胞を擬似的に線状と仮定した場合の幅(Fiber Lengthと直交する方向の長さ)を示す値である。特徴値演算部44は、下式(2)により「Fiber Breadth」の値を求める。
【0060】
【数2】
【0061】
・Shape Factor(図6の(k)参照)
「Shape Factor」は、注目する細胞の円形度(細胞の丸さ)を示す値である。特徴値演算部44は、下式(3)により「Shape Factor」の値を求める。
【0062】
【数3】
【0063】
・Elliptical form Factor(図6の(l)参照)
「Elliptical form Factor」は、「Length」の値を「Breadth」の値で除した値(Elliptical form Factor=Length/Breadth)であって、注目する細胞の細長さの度合いを示すパラメータとなる。
【0064】
・Inner radius(図6の(m)参照)
「Inner radius」は、注目する細胞の内接円の半径を示す値である。
【0065】
・Outer radius(図6の(n)参照)
「Outer radius」は、注目する細胞の外接円の半径を示す値である。
【0066】
・Mean radius(図6の(o)参照)
「Mean radius」は、注目する細胞の輪郭を構成する全点とその重心点との平均距離を示す値である。
【0067】
・Equivalent radius(図6の(p)参照)
「Equivalent radius」は、注目する細胞と同面積の円の半径を示す値である。この「Equivalent radius」のパラメータは、注目する細胞を仮想的に円に近似した場合の大きさを示している。
【0068】
ここで、特徴値演算部44は、細胞に対応する画素数に誤差分を加味して上記の各特徴値を求めてもよい。このとき、特徴値演算部44は、顕微鏡画像の撮影条件(撮影倍率や顕微光学系の収差など)を考慮して特徴値を求めるようにしてもよい。なお、「Inner radius」、「Outer radius」、「Mean radius」、「Equivalent radius」を求めるときには、特徴値演算部44は、公知の重心演算の手法に基づいて各細胞の重心点を求め、この重心点を基準にして各パラメータを求めればよい。
【0069】
ステップS205:特徴値演算部44は、処理対象の顕微鏡画像(S202)について、各細胞の16種類の特徴値(S204)をそれぞれ記憶部43に記録する。
【0070】
ステップS206:CPU42は、全ての顕微鏡画像が処理済み(全てのサンプルの顕微鏡画像で各細胞の特徴値が取得済みの状態)であるか否かを判定する。上記要件を満たす場合(YES側)には、CPU42はS207に処理を移行させる。一方、上記要件を満たさない場合(NO側)には、CPU42はS202に戻って、未処理の他の顕微鏡画像を処理対象として上記動作を繰り返す。
【0071】
ステップS207:度数分布演算部45は、各々の顕微鏡画像について特徴値の種類ごとにそれぞれ特徴値の度数分布を求める。したがって、S207での度数分布演算部45は、1回の観察で取得される顕微鏡画像に対して16種類の特徴値の度数分布を求めることとなる。また、各々の度数分布において、特徴値の各区分に対応する細胞の数を頻度(%)として求めるものとする。
【0072】
また、S207での度数分布演算部45は、上記の度数分布における度数の区分を、特徴値の種類ごとの標準偏差を用いて正規化する。ここでは一例として、「Shape Factor」の度数分布での区分を決定する場合を説明する。
【0073】
まず、度数分布演算部45は、各々の顕微鏡画像から求めた全ての「Shape Factor」の値の標準偏差を算出する。次に、度数分布演算部45は、上記の標準偏差の値をFisherの式に代入して、「Shape Factor」の度数分布における度数の区分の基準値を求める。このとき、度数分布演算部45は、全ての「Shape Factor」の値の標準偏差(S)を4で除するとともに、小数点以下3桁目を四捨五入して上記の基準値とする。なお、一の実施形態での度数分布演算部45は、度数分布をヒストグラムとして図示する場合、20級数分の区間をモニタ等に描画させるものとする。
【0074】
一例として、「Shape Factor」の標準偏差Sが259のとき、259/4=64.750から「64.75」が上記の基準値となる。そして、注目する画像の「Shape Factor」の度数分布を求めるとき、度数分布演算部45は、「Shape Factor」の値に応じて0値から64.75刻みで設定された各クラスに細胞を分類し、各クラスでの細胞の個数をカウントすればよい。
【0075】
このように、度数分布演算部45が、特徴値の種類毎に標準偏差で度数分布の区分を正規化するため、異なる特徴値の間でも度数分布の傾向を大局的に近似させることができる。よって、一の実施形態では、異なる特徴値間で細胞の培養状態と度数分布の変化との相関を求めることが比較的容易となる。
【0076】
ここで、図7(a)は、がん細胞の初期混在率が0%のときの「Shape Factor」の経時的変化を示すヒストグラムである。図7(b)は、がん細胞の初期混在率が6.7%のときの「Shape Factor」の経時的変化を示すヒストグラムである。図7(c)は、がん細胞の初期混在率が25%のときの「Shape Factor」の経時的変化を示すヒストグラムである。
【0077】
また、図7(d)は、がん細胞の初期の混在率が0%のときの「Fiber Length」の経時的変化を示すヒストグラムである。ただし、この図では理解しやすさのため、ヒストグラムをFiber Length=323までで省略してある。図7(e)は、がん細胞の初期の混在率が6.7%のときの「Fiber Length」の経時的変化を示すヒストグラムである。図7(f)は、がん細胞の初期の混在率が25%のときの「Fiber Length」の経時的変化を示すヒストグラムである。
【0078】
ステップS208:評価情報生成部46は、特徴値の種類ごとにそれぞれ上記の度数分布の経時的変化を求める。
【0079】
S208での評価情報生成部46は、1セット分の顕微鏡画像から取得した度数分布(9×16)のうち、特徴値の種類が同じで撮影時間の異なる2つの度数分布を組み合わせる。一例として、評価情報生成部46は、特徴値の種類が同じで撮影時間の異なる9つの度数分布について、8時間目および16時間目の度数分布と、8時間目および24時間目の度数分布と、8時間目および32時間目の度数分布と、8時間目および40時間目の度数分布と、8時間目および48時間目の度数分布と、8時間目および56時間目の度数分布と、8時間目および64時間目の度数分布と、8時間目および72時間目の度数分布とをそれぞれ組み合わせる。つまり、1セット分における1種類の特徴値に注目したとき、その特徴値の度数分布につき、計8通りの組み合わせが発生する。
【0080】
そして、評価情報生成部46は、上記8通りの組み合わせについて、以下の式(4)により度数分布の変化量(画像間での度数分布の差分の絶対値を積分したもの)をそれぞれ求める。
【0081】
【数4】
【0082】
但し、式(4)において、「Control」は初期状態の度数分布(8時間目)における1区間分の度数(細胞数)を示す。また、「Sample」は、比較対象の度数分布における1区間分の度数を示す。また、「i」は、度数分布の区間を示す変数である。
【0083】
評価情報生成部46は、特徴値の種類ごとに上記演算を行うことで、すべての特徴値についてそれぞれ8通りの度数分布の変化量を取得できる。更に、すなわち、1セット分の顕微鏡画像について、16種類×8通りで128の度数分布の組み合わせをとることができる。
以下、本明細書では、上記の度数分布の組み合わせの1つを単に「指標」と表記する。なお、S208での評価情報生成部46は、複数の顕微鏡画像のセットにおいて、各指標に対応する128の度数分布の変化量をそれぞれ求めることはいうまでもない。
【0084】
ここで、度数分布の経時的変化に注目する理由を説明する。図8は、正常な細胞群(がん細胞の初期混在率0%)をインキュベータ11で培養してタイムラプス観察したときの顕微鏡画像をそれぞれ示す。なお、図8の各顕微鏡画像から求めた「Shape Factor」の度数分布を示すヒストグラムは、図7(a)で示している。
【0085】
この場合、図8の各画像では時間の経過に伴って細胞の数は増加するものの、図7(a)に示す「Shape Factor」のヒストグラムでは、各画像に対応する度数分布はいずれもほぼ同じ形状を保っている。
【0086】
一方、図9は、正常な細胞群に予めがん細胞を25%混在させたものをインキュベータ11で培養してタイムラプス観察したときの顕微鏡画像をそれぞれ示す。なお、図9の各顕微鏡画像から求めた「Shape Factor」の度数分布を示すヒストグラムは、図7(c)で示している。
【0087】
この場合、図9の各画像では時間の経過に伴って、正常細胞と形状の異なるがん細胞(丸みを帯びた細胞)の比率が増加する。これにより、図7(c)に示す「ShapeFactor」のヒストグラムでは、時間の経過に応じて各画像に対応する度数分布の形状に大きな変化が現れる。よって、度数分布の経時的変化が、がん細胞の混在と強い相関を有することが分かる。本発明者らは、上記知見に基づいて、度数分布の経時的変化の情報から培養細胞の状態を評価するものである。
【0088】
ステップS209:評価情報生成部46は、128の指標のうちから、細胞の培養状態をよく反映する指標を多変量解析により1以上指定する。この指標の組合せの選択は、後述するファジーニューラルネットワークと同等の非線形モデル以外にも、細胞とその形態の複雑性に応じて線形モデルの利用も有効である。このような指標の組合せの選択と共に、評価情報生成部46は、上記の指定された1以上の指標を用いて、顕微鏡画像からがん細胞の数を導出する計算モデルを求める。
【0089】
ここで、S209での評価情報生成部46は、ファジーニューラルネットワーク(Fuzzy Neural Network:FNN)解析によって上記の計算モデルを求める。
【0090】
FNNとは、人工ニューラルネットワーク(Artificial Neural Network:ANN)とファジィ推論とを組み合わせた方法である。このFNNでは、ファジイ推論の欠点であるメンバーシップ関数の決定を人間に頼るという部分を回避すべく、ANNをファジィ推論に組み込んでその自動決定を行う。学習機械のひとつであるANN(図10参照)は、生体の脳における神経回路網を数学的にモデル化したものであり、以下の特徴を持つ。ANNにおける学習は、目的の出力値(教師値)をもつ学習用のデータ(入力値:X)を用いて、バックプロパゲーション(Back propagation:BP)法により教師値と出力値(Y)との誤差が小さくなるように、ノード(図10において丸で示す)間をつなぐ回路における結合荷重を変え、その出力値が教師値に近づくようにモデルを構築する過程である。このBP法を用いれば、ANNは学習により自動的に知識を獲得することができる。そして、最終的に学習に用いていないデータを入力することにより、そのモデルの汎用性を評価できる。従来、メンバーシップ関数の決定は、人間の感覚に頼っていたが、上で述べたようなANNをファジイ推論に組み込むことで自動的なメンバーシップ関数の同定が可能になる。これがFNNである。FNNでは、ANNと同様に、BP法を用いることによりネットワークに与えられた入出力関係を、結合荷重を変化させることで自動的に同定しモデル化できる。FNNは、学習後のモデルを解析することでファジィ推論のように人間に理解しやすい言語的なルール(一例として図11の右下の吹き出しを参照)として知識を獲得できるという特徴をもっている。つまり、FNNは、その構造、特徴から、細胞の形態的特徴を表した数値のような変数の組み合わせにおける最適なファジィ推論の組み合わせを自動決定し、予測目標に関する推定と、予測に有効な指標の組み合わせを示すルールの生成を同時に行うことができる。
【0091】
FNNの構造は、「入力層」、シグモイド関数に含まれるパラメータWc、Wgを決定する「メンバーシップ関数部分(前件部)」、Wfを決定するとともに入力および出力の関係をルールとして取り出すことが可能な「ファジィルール部分(後件部)」、「出力層」の4層から成り立っている(図11参照)。FNNのモデル構造を決定する結合荷重にはWc、Wg、Wfがある。結合荷重Wcは、メンバーシップ関数に用いられるシグモイド関数の中心位置、Wgは中心位置での傾きを決定する(図12参照)。モデル内では、入力値がファジィ関数により、人間の感覚的に近い柔軟性を持って表現される(一例として図11の左下の吹き出しを参照)。結合荷重Wfは各ファジイ領域の推定結果に対する寄与を表しており、Wfよりファジィルールを導くことができる。即ち、モデル内の構造はあとから解読でき、ルールとして書き起こすことができる(一例として図11中右下の吹き出しを参照)。
【0092】
FNN解析におけるファジィルールの作成には結合荷重のひとつであるWf値が用いられる。Wf値が正の値で大きいと、そのユニットは「予測に有効である」と判定されることに対する寄与が大きく、そのルールに当てはまった指標は「有効である」と判断される。Wf値が負の値で小さいと、そのユニットは「予測に有効でない」と判定されることに対する寄与が大きく、そのルールに当てはまった指標は「有効でない」と判断される。
【0093】
より具体的な例として、S209での評価情報生成部46は、以下の(A)から(H)の処理により、上記の計算モデルを求める。
【0094】
(A)評価情報生成部46は、128の指標のうちから1つの指標を選択する。
【0095】
(B)評価情報生成部46は、(A)で選択された指標による度数分布の変化量を変数とした計算式により、各々の顕微鏡画像のセットでのがん細胞の数(予測値)を求める。
【0096】
仮に、1つの指標からがん細胞の数を求める計算式を「Y=αX1」(但し、「Y」はがん細胞の計算値(例えばがん細胞の増加数を示す値)、「X1」は上記の選択された指標に対応する度数分布の変化量(S208で求めたもの)、「α」はX1に対応する係数値、をそれぞれ示す。)とする。このとき、評価情報生成部46は、αに任意の値を代入するとともに、X1に各セットにおける度数分布の変化量をそれぞれ代入する。これにより、各セットでのがん細胞の計算値(Y)が求められる。
【0097】
(C)評価情報生成部46は、各々の顕微鏡画像のセットについて、(B)で求めた計算値Yと、実際のがん細胞の数(教師値)との誤差をそれぞれ求める。なお、上記の教師値は、S201で読み込んだがん細胞の数の情報に基づいて、評価情報生成部46が求めるものとする。
【0098】
そして、評価情報生成部46は、各顕微鏡画像のセットでの計算値の誤差がより小さくなるように、教師付き学習により上記の計算式の係数αを修正する。
【0099】
(D)評価情報生成部46は、上記の(B)および(C)の処理を繰り返し、上記(A)の指標について、計算値の平均誤差が最も小さくなる計算式のモデルを取得する。
【0100】
(E)評価情報生成部46は、128の各指標について、上記(A)から(D)の各処理を繰り返す。そして、評価情報生成部46は、128の各指標における計算値の平均誤差を比較し、その平均誤差が最も低くなる指標を、評価情報の生成に用いる1番目の指標とする。
【0101】
(F)評価情報生成部46は、上記(E)で求めた1番目の指標と組み合わせる2番目の指標を求める。このとき、評価情報生成部46は、上記の1番目の指標と残りの127の指標とを1つずつペアにしてゆく。次に、評価情報生成部46は、各々のペアにおいて、計算式でがん細胞の予測誤差を求める。
【0102】
仮に、2つの指標からがん細胞の数を求める計算式を「Y=αX1+βX2」(但し、「Y」はがん細胞の計算値、「X1」は1番目の指標に対応する度数分布の変化量、「α」はX1に対応する係数値、「X2」は、選択された指標に対応する度数分布の変化量、「β」はX2に対応する係数値、をそれぞれ示す。)とする。そして、評価情報生成部46は、上記の(B)および(C)と同様の処理により、計算値の平均誤差が最も小さくなるように、上記の係数α、βの値を求める。
【0103】
その後、評価情報生成部46は、各々のペアで求めた計算値の平均誤差を比較し、その平均誤差が最も低くなるペアを求める。そして、評価情報生成部46は、平均誤差が最も低くなるペアの指標を、評価情報の生成に用いる1番目および2番目の指標とする。
【0104】
(G)評価情報生成部46は、所定の終了条件を満たした段階で演算処理を終了する。例えば、評価情報生成部46は、指標を増やす前後の各計算式による平均誤差を比較する。そして、評価情報生成部46は、指標を増やした後の計算式による平均誤差が、指標を増やす前の計算式による平均誤差より高い場合(または両者の差が許容範囲に収まる場合)には、S209の演算処理を終了する。
【0105】
(H)一方、上記(G)で終了条件を満たさない場合、評価情報生成部46は、さらに指標の数を1つ増やして、上記(F)および(G)と同様の処理を繰り返す。これにより、上記の計算モデルを求めるときに、ステップワイズな変数選択によって指標の絞り込みが行われることとなる。
【0106】
ステップS210:評価情報生成部46は、S209で求めた計算モデルの情報(計算式に用いる各指標を示す情報、計算式で各々の指標に対応する係数値の情報など)を記憶部43に記録する。以上で、図5の説明を終了する。
【0107】
ここで、上記の計算モデルの指標として、『「Shape Factor」の8時間目、72時間目の度数分布の組み合わせ』と、『「Perimeter」の8時間目、24時間目の度数分布の組み合わせ』と、『「Length」の8時間目、72時間目の度数分布の組み合わせ』との3つを用いた場合、がん細胞の予測精度が93.2%となる計算モデルを得ることができた。
【0108】
また、上記の計算モデルの指標として、『「Shape Factor」の8時間目、72時間目の度数分布の組み合わせ』と、『「Fiber Breadth」の8時間目、56時間目の度数分布の組み合わせ』と、『「relative hole area」の8時間目、72時間目の度数分布の組み合わせ』と、『「Shape Factor」の8時間目、24時間目の度数分布の組み合わせ』と、『「Breadth」の8時間目、72時間目の度数分布の組み合わせ』と、『「Breadth」の8時間目、64時間目の度数分布の組み合わせ』との6つを用いた場合、がん細胞の予測精度が95.5%となる計算モデルを得ることができた。
【0109】
なお、上記に説明したステップS208の処理においては、評価情報生成部46は、8時間目を基準として、1種類の特徴値に対して8通りの指標を求め、16種類の特徴値に対して合計128(16種類×8通り)の指標を求めた。しかし、指標としてはこれに限られるものではなく、評価情報生成部46は、8時間目、16時間目、24時間目、32時間目、40時間目、48時間目、56時間目、64時間目、および、72時間目の各々を基準として、1種類の特徴値に対して36(=9×8÷2)通りの指標をそれぞれ求め、16種類の特徴値に対して合計576(16種類×36通り)の指標を求めてもよい。
【0110】
≪培養状態評価処理の例≫
次に、図13の流れ図を参照しつつ、培養状態評価処理の動作例を説明する。
【0111】
ステップS301:CPU42は、評価対象となる複数の顕微鏡画像のデータを記憶部43から読み込む。ここで、評価対象の顕微鏡画像は、細胞群を培養した培養容器19をインキュベータ11によって同一視野を同一の撮影条件でタイムラプス観察して取得されたものとする。また、この場合のタイムラプス観察は、図5の例と条件を揃えるために、培養開始から8時間経過後を初回として8時間おきに72時間目まで行うものとする。
【0112】
ステップS302:CPU42は、記憶部43の計算モデルの情報(図5のS210で記録されたもの)を読み込む。
【0113】
ステップS303:特徴値演算部44、度数分布演算部45および評価情報生成部46は、上記の計算モデルの変数に対応する各指標について、それぞれ度数分布の変化量を求める。このS303の処理は、図5のS203、S204、S207、S208に対応するため重複説明は省略する。
【0114】
ステップS304:評価情報生成部46は、S303で求めた各指標の度数分布の変化量を、S302で読み出した計算モデルに代入して演算を行う。そして、評価情報生成部46は、上記の演算結果に基づいて、評価対象の顕微鏡画像におけるがん細胞の混在率を示す評価情報を生成する。その後、評価情報生成部46は、この評価情報を不図示のモニタ等に表示させる。以上で、図13の説明を終了する。
【0115】
本発明に用いられるインキュベータによれば、制御装置41は、タイムラプス観察で取得した顕微鏡画像を用いて、特徴値の度数分布の経時的変化からがん細胞の混在率を精度よく予測できる。また、制御装置41は、ありのままの細胞を評価対象にできるので、例えば医薬品のスクリーニングや再生医療の用途で培養される細胞を評価するときに極めて有用である。
以上、本発明に用いられるインキュベータにおいて、「度数分布」に限定して説明したが、「統計処理データ」についてのものであれば何ら限定されない。
【0116】
≪化学物質のスクリーニング方法≫
本発明の化学物質のスクリーニング方法は、細胞に形態変化を生じさせる化学物質のスクリーニング方法であって、
(a)細胞にスクリーニング対象である第1の化学物質を接触させる工程と、
(b)前記第1の化学物質を接触させた細胞を時系列に撮像した複数の画像を読み込む工程と、
(c)前記(b)における前記画像に含まれる各々の細胞の形態的な特徴を示す特徴値を前記画像からそれぞれ求める工程と、
(d)各々の前記画像に対応する前記特徴値の統計処理データをそれぞれ求める工程と、
(e)前記画像間での前記統計処理データの変化に基づいて、前記第1の化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報を生成する工程と、
を含むことを特徴とする。
以下、各工程について説明する。
また、以下の説明においては「統計処理データ」が「度数分布」である場合について説明する。
【0117】
本発明において、「化学物質」とは、細胞中の遺伝子またはその遺伝子産物であるタンパク質を標的とするものであり、有機化合物、無機化合物、あるいはこれらの複合体を示す。具体的な「化学物質」としては、タンパク質、ペプチド、核酸、低分子化合物等が挙げられる。さらに、核酸としては、アンチセンス核酸、リボザイム、siRNA、shRNA等が挙げられる。上記中、前記化学物質は、低分子化合物、抗体、
タンパク質、ペプチド、アンチセンス核酸、リボザイム、shRNA及びsiRNAからなる群より選ばれる少なくとも1つであることが好ましい。
また、本発明のスクリーニング方法において、スクリーニングに用いる最初の化学物質を「第1の化学物質」という。標的タンパク質が酵素であった場合、前記第1の化学物質は低分子化合物であることがより好ましい。また、遺伝子を標的とする場合、前記第1の化学物質はsiRNAであることがより好ましい。
【0118】
本発明において、「細胞に形態変化を生じさせる」とは、細胞において形態変化に関与している経路を直接的または間接的にモジュレートすることを意味する。したがって、投与される化学物質が細胞の形態変化を作用させることが目的のものでなくても良く、結果的に細胞に形態変化が生じてしまうものも含まれる。例えば、形態変化は、細胞骨格、細胞周期における分裂期、またはアポトーシス等に関与している遺伝子またはその遺伝子産物を阻害することによってもたらされる。本発明の化学物質のスクリーニング方法においては、例えば細胞障害活性を有する化学物質をその目的物質とする場合、単に細胞毒性を有するものではなく、その作用機序がある程度明らかなものを得ることができる。
【0119】
工程(a)において、細胞にスクリーニング対象である第1の化学物質を接触させる。
図14は、標的とする化学物質をsiRNAとした場合の、本発明のスクリーニング方法の一態様を示したフローチャート図である。siRNAを細胞にトランスフェクションする方法は、用いるトランスフェクション試薬によって異なるが、一例を説明する。まず、トランスフェクションの1日前に細胞を播き、インキュベータ中で培養する。翌日、培地を低血清培地に代え1時間置く。次に例えばリポソーム法によりsiRNAを培養液中に滴下し、インキュベータ中で培養する。6時間後、低血清培地を通常の培地に代え、前述した培養状態評価装置を含むインキュベータで培養する。尚、比較対象としてsiRNAを混入せずに同様の操作を行った細胞を用意しておいてもよい。
【0120】
上述したように、本発明の化学物質のスクリーニング方法において、細胞に形態変化を生じさせる化学物質を接触させた後の工程(b)〜(e)及び(g)〜(k)は、これらの工程を組み込んだ培養状態評価装置を含むインキュベータを用いて行われる。培養状態評価装置を含むインキュベータについては、既に説明しているため、その説明を省略する。
【0121】
次に、登録された観察スケジュールに従って、タイムラプス観察を行う(工程(b))。工程(b)において、前記第1の化学物質を接触させた細胞を時系列に撮像した複数の画像を読み込む。撮像画像のデータは、制御装置41に読み込まれる。
図14に示されるように、siRNA処理後の標的遺伝子の発現は、時間に従って変動する。本発明のスクリーニング方法は、決められた時間ごとに画像データを取得していくものであるため、siRNA処理により、標的とする遺伝子の発現が効率よく抑制されるタイミングを逃すことがない。
【0122】
次に、工程(c)において、工程(b)で読み込まれた前記画像に含まれる各々の細胞の形態的な特徴を示す特徴値を前記画像からそれぞれ求める。特徴値演算部44は、撮像画像について、画像内に含まれる細胞を抽出し、抽出した各細胞について、16種類の特徴値をそれぞれ求めていく。
【0123】
次に、工程(d)において、各々の前記画像に対応する前記特徴値の度数分布をそれぞれ求める。度数分布演算部45は、各時間の観察で取得される撮像画像について16種類の特徴値の度数分布を求めていく。
【0124】
次に、工程(e)において、前記画像間での前記度数分布の変化に基づいて、前記第1の化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報を生成する。評価情報生成部46は、上述した16種類の特徴値の種類ごとに度数分布の経時的変化を求め、各指標のうちから、細胞の培養状態をよく反映する指標を多変量解析により1以上指定する。例えば、図14においては、siRNA処理後、42時間後及び66時間後の「Length」のヒストグラムに大きな変化が現れている。上述したように、この指標の組合せの選択には、FNNと同等の非線形モデル以外に、細胞とその形態の複雑性に応じて線形モデルを利用してもよい。
また、第1の化学物質を接触させなかった細胞についても工程(b)〜(d)を行い、工程(e)において、前記第1の化学物質を接触させた細胞における前記画像間での度数分布の変化と、前記第1の化学物質を接触させなかった細胞における前記画像間での度数分布の変化を比較し、その結果を第1の化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報に加味してもよい。
【0125】
本発明の化学物質のスクリーニング方法は、非破壊であるため、工程(a)〜(e)を行い、解析の終了したサンプルを別の評価系に用いることができる。例えば、siRNAを用いた実験において、形態変化の解析されたサンプルをそのままWestern blottに用いて、標的とする遺伝子がタンパク質レベルでサイレンシングされていることを確認してもよいし、リアルタイムPCRに用いて、遺伝子レベルでサイレンシングされていることを確認してもよい。
本発明のスクリーニング方法によれば、解析に用いたサンプルをそのまま他の評価系に用いることができるため、解析結果により一層の信頼性を付与することができる。
【0126】
また、図15に示すように、従来の方法において化学物質(例えば、siRNA)処理後の時間ごとに蛍光画像を取得し、測定する場合には、サンプリングポイントごとのサンプル数が必要であった。本発明の化学物質のスクリーニング方法は、上述したように非破壊であるため、サンプル数を徒に増やすことなく、細胞形態の経時変化を測定することができる。
【0127】
本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記(e)の後、
(f)前記第1の化学物質を接触させた細胞に、更に前記第1の化学物質又は前記第1の化学物質に該当しないスクリーニング対象である追加化学物質を接触させる工程と、
(g)前記追加化学物質を接触させた細胞を時系列に撮像した複数の画像を読み込む工程と、
(h)前記(g)における前記画像に含まれる各々の細胞の形態的な特徴を示す特徴値を前記画像からそれぞれ求める工程と、
(i)各々の前記画像に対応する前記特徴値の統計処理データをそれぞれ求める工程と、
(j)前記画像間での前記統計処理データの変化に基づいて、前記追加化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報を生成する工程と、
(k)前記追加化学物質を接触させた細胞における前記評価情報に基づき、(f)〜(j)を繰り返すか否かを判断する工程と、
を少なくとも1回繰り返す工程を含むことが好ましい。
以下、各工程について説明する。
また、以下の説明においては「統計処理データ」が「度数分布」である場合について説明する。
【0128】
前記工程(e)の後、工程(f)において、前記第1の化学物質を接触させた細胞に、更に前記第1の化学物質又は前記第1の化学物質に該当しないスクリーニング対象である追加化学物質を接触させる。
本発明の化学物質のスクリーニング方法は、非破壊の系であるため、細胞に第1の化学物質を細胞に処理し、解析した後に、更に前記細胞に追加化学物質を接触させ、その薬効を評価することができる。
本発明において、「追加化学物質」とは、前記第1の化学物質と同一の化学物質、又は前記第1の化学物質に該当しないスクリーニング対象である化学物質を意味する。
【0129】
追加化学物質を第1の化学物質と同一のものとする例として、以下のことが挙げられる。
遺伝子またはその遺伝子産物であるタンパク質を標的とするsiRNAや低分子化合物を細胞に接触させ、その効果を解析する場合、短時間の阻害では効果が観察されない可能性がある。長期間の阻害による効果を観察するためには、培地中でこれらの化学物質が分解してしまうことも考慮に入れ、随時培地中に化学物質を添加する必要がある。本発明においては、第1の化学物質を追加化学物質として、数回細胞に接触させその結果を解析することができる。
【0130】
追加化学物質を第1の化学物質に該当しないものとする例として、以下のことが挙げられる。図16Aにおいて、第1の化学物質をsiRNAとして、細胞に接触させ、工程(e)までを行い、第1の化合物質を処理したことによる効果を確認する。実施例において後述するように、第1の化学物質として、p53を標的とするsiRNAを用いた場合には形態変化が観察され、p53がサイレンシングされたことを確かめることができる。次に追加化学物質として、例えば、低分子化合物または他の分子を標的とするsiRNAを細胞に接触させる。工程(f)〜(j)を行い、細胞にアポトーシスが誘導された場合には、追加化学物質は、p53の不活化されたがん細胞に効果を示す低分子化合物または標的分子であることが分かる。本発明のスクリーニング方法においては、特定の遺伝子が除去された細胞に形態変化をもたらす化学物質をスクリーニングすることができる。
【0131】
また、第1の化学物質を低分子化合物とした場合には、追加化学物質から、第1の化学物質の薬効を増強する低分子化合物または標的分子をスクリーニングすることができる。
【0132】
更に、図16Bに示されるように、追加物質は複数であってもよい。例えば遺伝子導入により樹立されたiPS細胞において、種々の転写因子の発現が経時的に変化することにより、分化の方向性が定まっていく。そこで、転写に関与する1以上の分子に対するsiRNAを異なるタイミングで添加し、万能性に寄与する遺伝子の発現を阻害することにより分化の過程を解析することができる。
【0133】
工程(g)〜(j)は、第1の化学物質を接触させた細胞に追加物質を接触させ、前述した工程(b)〜(e)と同様の操作を行う工程である。また、工程(k)は、工程(j)で得られた評価情報に基づいて、再度工程(f)〜(j)を繰り返すか否かを判断する工程である。工程(f)〜(j)は少なくとも1回繰り返されるため、工程(g)〜(j)において解析される細胞は第1の化学物質と1以上の追加化学物質を接触させたものである。繰り返しが増える度に、第1の化学物質を接触させた細胞が接触する追加化学物質の種類、または培地交換しない場合には、追加化学物質の培地中濃度は増えていく。
本発明のスクリーニング方法は、非破壊の系であるため実験計画が予め定まっている従来法と異なり、工程(k)によって実験計画をリアルタイムに更新することができる。
【0134】
≪化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法≫
本発明の化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法は、細胞に形態変化を生じさせる化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法であって、
(l)先に記載のスクリーニング方法により細胞に形態変化を生じさせる化学物質を選択する工程と、
(m)選択された化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物を製造する工程と、
を含むことを特徴とする。
また、本発明の化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法は、細胞に形態変化を生じさせる化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法であって、
(l)先に記載のスクリーニング方法により細胞に形態変化を生じさせる化学物質を選択する工程と、
(n)選択された化学物質の構造を最適化する工程と、
(o)最適化された化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物を製造する工程と、
を含むことを特徴とする。
以下、各工程について説明する。
【0135】
工程(l)において、先に記載のスクリーニング方法により細胞に形態変化を生じさせる化学物質を選択する。本発明のスクリーニング方法により選択された化学物質を「Hit」化学物質という。
【0136】
次に工程(n)において、選択された化学物質の構造を最適化する。すなわち(n)は、「Hit」化学物質を最適化し、「Lead」化学物質を創出する工程である。この工程は、医薬品開発の公知の手法を用いて行われる。
例えば、「Hit」化学物質が低分子化合物であった場合、化合物の側鎖を誘導化し、標的分子に対する活性の増大や、無関係の分子(特に標的分子の類縁分子)に対する活性の低減を試みる。更に、ADME(吸収・分布・代謝・排泄)の改良を試み、In vivo試験において、体内動態に優れた化合物を誘導化する。
【0137】
また、このように最適化された化学物質が低分子化合物である場合、この低分子化合物は、その薬学的に許容しうる塩もしくはエステルとしても使用することができる。薬学的に許容しうる塩の典型例としては、例えばナトリウム、カリウム等のアルカリ金属との塩、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩、過塩素酸塩等の無機酸塩;例えば酢酸塩、プロピオン酸塩、乳酸塩、マレイン酸塩、フマール酸塩、酒石酸塩、リンゴ酸塩、クエン酸塩、アスコルビン酸塩等の有機酸塩;例えばメタンスルホン酸塩、イセチオン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩等のスルホン酸塩;例えばアスパラギン酸塩、グルタミン酸塩等の酸性アミノ酸塩等を挙げることができる。
【0138】
低分子化合物の薬学的に許容しうる塩の製造法は、有機合成化学分野で通常用いられる方法を適宜組み合わせて行うことができる。具体的には、低分子化合物の遊離型の溶液をアルカリ溶液あるいは酸性溶液で中和滴定すること等が挙げられる。
【0139】
低分子化合物のエステルとしては、例えば、メチルエステル、エチルエステルなどを挙げることができる。これらのエステルは遊離カルボキシ基を常法に従ってエステル化して製造することができる。
【0140】
スクリーニングに用いるライブラリーの数や質によっては、「Hit」化学物質が誘導化を必要とせず、すでに「Lead」化学物質である場合がある。そのような場合には、工程(n)を行わずに、工程(m)を行う。
【0141】
次に工程(m)において、選択された化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物を製造する。または、工程(o)において、最適化された化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物を製造する。本発明において、医薬組成物とは、選択された前記化学物質または最適化された前記化学物質を主成分とし、公知の製剤学的方法により製剤化したものをいう。また、本発明においては、製剤化を必要とせず、化学物質自体を直接患者に投与することもあり得る。
【0142】
医薬組成物における製剤化の例としては、必要に応じて糖衣を施した錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤として経口的に使用されるものが挙げられる。または、水もしくはそれ以外の薬学的に許容し得る液との無菌性溶液、又は懸濁液剤の注射剤の形で非経口的に使用されるものが挙げられる。更には、薬理学上許容される担体若しくは媒体、具体的には、滅菌水や生理食塩水、植物油、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、香味剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、結合剤等と適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化されたものが挙げられる。
【0143】
錠剤、カプセル剤に混和することができる添加剤としては、例えば、ゼラチン、コーンスターチ、トラガントガム、アラビアゴムのような結合剤、結晶性セルロースのような賦形剤、コーンスターチ、ゼラチン、アルギン酸のような膨化剤、ステアリン酸マグネシウムのような潤滑剤、ショ糖、乳糖又はサッカリンのような甘味剤、ペパーミント、アカモノ油又はチェリーのような香味剤が用いられる。調剤単位形態がカプセルである場合には、上記の材料にさらに油脂のような液状担体を含有することができる。注射のための無菌組成物は注射用蒸留水のようなベヒクルを用いて通常の製剤実施に従って処方することができる。
【0144】
注射用の水溶液としては、例えば生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液、例えばD−ソルビトール、D−マンノース、D−マンニトール、塩化ナトリウムが挙げられ、適当な溶解補助剤、例えばアルコール、具体的にはエタノール、ポリアルコール、例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、非イオン性界面活性剤、例えばポリソルベート80(TM)、HCO−50と併用してもよい。
【0145】
油性液としてはゴマ油、大豆油があげられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールと併用してもよい。また、緩衝剤、例えばリン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液、無痛化剤、例えば、塩酸プロカイン、安定剤、例えばベンジルアルコール、フェノール、酸化防止剤と配合してもよい。調製された注射液は通常、適当なアンプルに充填させる。
【0146】
患者への投与は、例えば、動脈内注射、静脈内注射、皮下注射などのほか、鼻腔内的、経気管支的、筋内的、経皮的、または経口的に当業者に公知の方法により行いうる。投与量は、患者の体重や年齢、投与方法などにより変動するが、当業者であれば適当な投与量を適宜選択することが可能である。また、当該化合物がDNAによりコードされうるものであれば、当該DNAを遺伝子治療用ベクターに組込み、遺伝子治療を行うことも考えられる。投与量、投与方法は、患者の体重や年齢、症状などにより変動するが、当業者であれば適宜選択することが可能である。
【0147】
化合物の投与量は、症状により差異はあるが、経口投与の場合、一般的に成人(体重60kgとして)においては、1日あたり約0.1から100mg、好ましくは約1.0から50mg、より好ましくは約1.0から20mgであると考えられる。
【0148】
非経口的に投与する場合は、その1回の投与量は投与対象、対象臓器、症状、投与方法によっても異なるが、例えば注射剤の形では通常成人(体重60kgとして)においては、通常、1日当り約0.01から30mg、好ましくは約0.1から20mg、より好ましくは約0.1から10mg程度を静脈注射により投与するのが好都合であると考えられる。
【0149】
本発明に係る化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の治療効果が期待される好適な一例として腫瘍が挙げられ、例えばヒトの固形がん等が挙げられる。ヒトの固形がんとしては、例えば、脳がん、頭頸部がん、食道がん、甲状腺がん、小細胞がん、非小細胞がん、乳がん、胃がん、胆のう・胆管がん、肝がん、膵がん、結腸がん、直腸がん、卵巣がん、絨毛上皮がん、子宮体がん、子宮頸がん、腎盂・尿管がん、膀胱がん、前立腺がん、陰茎がん、睾丸がん、胎児性がん、ウイルムスがん、皮膚がん、悪性黒色腫、神経芽細胞腫、骨肉腫、ユ−イング腫、軟部肉腫などが挙げられる。
また、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患等も挙げられる。
【0150】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0151】
(siRNA処理後のNHDF細胞の形態変化の測定)
1−1 材料
以下に示す材料をInvitrogen社より購入した。
(1)p53 siRNA(カタログ番号:VHS40367)
【0152】
1−2 トランスフェクション
トランスフェクションの前日に、NHDF細胞をsiRNA導入時に30〜50%コンフルエントになるように播き、抗生物質を含まない培地で培養した。翌日、siRNA及びLIPOFECTAMINE 2000をそれぞれ、Opti−MEM I Reduced−Serum Medium(Invitogen社)で希釈し、5分間室温でインキュベーションした。次に、OptiMEM/siRNA混合物と、OptiMEM/LIPOFECTAMINE 2000混合物を混合し、室温に放置した。この混合物を培地に加え、培養プレートをBiostation CT(ニコン社)の37℃、5%CO2インキュベータ中でインキュベートした。
【0153】
トランスフェクション処理された細胞と未処理の細胞について、それぞれ2時間間隔で3日目までタイムラプス観察を行った。図17上段は、各細胞(p53 siRNA処理細胞(p53変異)及び未処理細胞(正常))の42時間後及び66時間後の撮像画像を示し、図17下段は、撮像画像に基づいて解析された、「Length」の42時間後及び66時間後のヒストグラムを示す。未処理の細胞(正常細胞)におけるヒストグラムの形状変化と比較して、トランスフェクション処理された細胞(p53変異)におけるヒストグラムの形状変化は顕著である。図17上段において、p53のsiRNA処理66時間後の細胞の形態は42時間後の形態と明らかに異なり、丸みを帯びている。このことから解析結果が、撮像画像中の細胞の形態変化の状態を反映していることが確認された。
【0154】
図18上段は、図17におけるp53変異細胞におけるノックダウン対象遺伝子p53の発現量をRT−PCRにて定量したものである。0時間を1とした時の各時間の遺伝子発現量の相対値を示したグラフである(GAPDHにより補正)。図17に示されたヒストグラムの変化が現れる少し前の時間帯に、実際には、細胞内での遺伝子発現がsiRNAによって確かに抑制されていることがわかる。この効果は時間がたつにつれて回復していくが36時間後における変化がその後、形態の変化として42〜66時間後の間の形態分布の変化として検出されたと言える。
図18下段は、p53遺伝子の制御下(下流)にある遺伝子であるRhoAの各経時中の遺伝子発現量をRT−PCRにて定量評価したものである。p53遺伝子のsiRNAは、36時間後において確かに対象であるp53をノックダウンできており、その影響によってその下流の遺伝子であるRhoAもほぼ同時間に発現制御されていたことが確認できる。p53遺伝子のノックダウンは、RhoAという細胞骨格の制御に関与するタンパク質の制御を引き起こし、これによって形の変化が生じていたのではないかと考察される。このデータは、siRNAのノックダウン対象であったp53が下流の遺伝子まで含めた形で確実にノックダウンできていたという実験の確実性を示すと共に、転写因子でしかないp53を抑制したsiRNAの影響がなぜ形態変化として42〜66時間後に現れたのかを生理現象的に示す一つのデータでもある。
【0155】
本発明のスクリーニング方法は、非破壊であるため徒にサンプル数を増やす必要が無い。また、本発明のスクリーニング方法によれば、解析に用いたサンプルをそのまま他の評価系に用いることができるため、解析結果により一層の信頼性を付与することができる。例えば、形態変化が観察されたp53変異細胞を用いてWestern blottやリアルタイムPCRを行い細胞中のp53が確かにサイレンシングされていることを確かめることができる。
【0156】
(siRNA連続処理後のHT1080細胞の形態変化の測定)
2−1 材料
以下に示す材料をInvitrogen社より購入した。
(1)RhoA siRNA(カタログ番号:VHS40471)
【0157】
2−2 トランスフェクション(1回目)
トランスフェクションの前日に、HT1080をsiRNA導入時に30〜50%コンフルエントになるように播き、抗生物質を含まない培地で培養した。翌日、siRNA及びLIPOFECTAMINE 2000をそれぞれ、Opti−MEM I Reduced−Serum Medium(Invitogen社)で希釈し、5分間室温でインキュベーションした。次に、OptiMEM/siRNA混合物と、OptiMEM/LIPOFECTAMINE 2000混合物を混合し、室温に放置した。この混合物を培地に加え、培養プレートをBiostation CT(ニコン社)の37℃、5%CO2インキュベータ中でインキュベートした。
また、上記と同様のトランスフェクション処理において、siRNAの代わりに水を用いたサンプルをネガティブコントロールとした。
【0158】
RhoA siRNAを導入された細胞(以下、RhoA siRNA処理細胞1)とネガティブコントロールの細胞(以下、ネガティブコントロール1)について、それぞれ2時間間隔で3日目までタイムラプス観察を行った。図19は、各細胞(RhoA siRNA処理細胞1及びネガティブコントロール1)の0時間後及び48時間後の撮像画像を示す。0時間後の両細胞においては、細胞形態に顕著な変化が観察されなかった。一方、48時間後では、RhoA siRNA処理細胞1においてのみ、形態変化が観察され、RhoA siRNA処理細胞1の形態は、長細い形状を示した。
【0159】
2−3 トランスフェクション(2回目)
2回目のトランスフェクションの前日に、96時間後の上記RhoA siRNA処理細胞1をsiRNA導入時に30〜50%コンフルエントになるように播き、抗生物質を含まない培地で培養した。翌日、siRNA及びLIPOFECTAMINE 2000をそれぞれ、Opti−MEM I Reduced−Serum Medium(Invitogen社)で希釈し、5分間室温でインキュベーションした。次に、OptiMEM/siRNA混合物と、OptiMEM/LIPOFECTAMINE 2000混合物を混合し、室温に放置した。この混合物を培地に加え、培養プレートをBiostation CT(ニコン社)の37℃、5%CO2インキュベータ中でインキュベートした。
尚、siRNAの代わりに水を用いた以外は、ネガティブコントロール1に上記トランスフェクション処理と同様の処理を施した(ネガティブコントロール2)。
【0160】
RhoA siRNAを導入された細胞(以下、RhoA siRNA処理細胞2)とネガティブコントロールの細胞(以下、ネガティブコントロール2)について、それぞれ2時間間隔で3日目までタイムラプス観察を行った。尚、2回目のトランスフェクション時を0時間とする(通算120時間)。図20は、各細胞(RhoA siRNA処理細胞2及びネガティブコントロール2)の0時間(通算120時間)後及び48時間(通算168時間)後の撮像画像を示す。0時間(通算120時間)後の両細胞においては、細胞形態に顕著な変化が観察されなかった。一方、48時間(通算168時間)後では、RhoA siRNA処理細胞2においてのみ、形態変化が観察され、RhoA siRNA処理細胞2の形態は、長細い形状を示した。この結果は、1回目のトランスフェクションの結果と同様であり、HT1080細胞に導入されたRhoA siRNAの効果は、トランスフェクション後、2回目のトランスフェクション時(通算120時間)には、完全に消失し、RhoA siRNAを導入された細胞は、siRNA導入前の形態にまで回復していることが観察された。
【0161】
上記タイムラプス観察における撮像画像に基づいて、0時間後及び48時間後(RhoA siRNA処理細胞2及びネガティブコントロール2においては、通算120時間後及び通算168時間後)における各細胞の「円形度」を解析した。結果を図21に示す。
0時間後のRhoA siRNA処理細胞1とネガティブコントロール1との間におけるヒストグラムの形状変化、又は0時間後(通算120時間後)のRhoA siRNA処理細胞2とネガティブコントロール2との間におけるヒストグラムの形状変化に特徴的なものは確認されなかった(図21上段)。
一方、48時間後のネガティブコントロール1とRhoA siRNA処理細胞1との間においては、ヒストグラムのピークが右にシフトしていることが確認された(図21下段)。この形状変化は48時間後(通算168時間後)のネガティブコントロール2とRhoA siRNA処理細胞2との間においても再現されている。このことから解析結果が撮像画像中の細胞の形態変化の状態を反映していることが確認された。
【0162】
本発明の化学物質のスクリーニング方法は、非破壊の系であるため、細胞に第1の化学物質を細胞に処理し、解析した後に、更に前記細胞に追加化学物質を接触させ、その薬効を評価することができることが明らかである。
本発明の化学物質のスクリーニング方法によれば、例えば、細胞内で経時的に発現が変化する遺伝子の挙動を詳細に解析することができる。
【符号の説明】
【0163】
11…インキュベータ、15…恒温室、19…培養容器、22…観察ユニット、34…撮像装置、41…制御装置、42…CPU、43…記憶部、44…特徴値演算部、45…度数分布演算部、46…評価情報生成部
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞に形態変化を生じさせる化学物質のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、細胞を用いた生理活性物質のハイスループットスクリーニングには、単純な系が用いられていた。例えば、抗癌作用を示す低分子化合物のスクリーニング方法の多くには、MTT(Methyl thiazolyl tetrazorium)アッセイやalamarBlueアッセイといった1つのウェル内における細胞の生存数を定量し、生存率を算出する方法が用いられていた。
【0003】
近年、創薬ターゲットのスクリーニング方法や低分子化合物のスクリーニング方法は、機器やイメージング技術の発展と共に複雑化している。顕微鏡技術がスクリーニングに応用されるようになり、1種類の細胞から複数のパラメータについて解析が行われるようになってきている。このようなスクリーニング方法をHigh content screening(以下、HCS)という(非特許文献1参照)。
【0004】
HCSは、細胞内の複数のターゲットを多重蛍光染色し、これらの蛍光を同時に解析することにより、細胞における複数の現象を指標とするスクリーニング方法である。この方法によれば、細胞が有する特定の機能に作用する生理活性物質に着目することにより、薬効を示すものをスクリーニングすることができる。よって、HCSは、単に毒性のみを指標とするスクリーニング方法に比べて、副作用やオフターゲット等を排除できる観点から優れている。
【0005】
HCSは、細胞に形態変化を生じさせるような薬剤の探索、または形態変化に関与する遺伝子の探索に好適に用いられる。細胞の形態変化は、例えば細胞骨格に関与する分子や細胞周期における分裂期に関与する分子に薬剤等を作用させることにより観察される(非特許文献2、非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Krausz、Mol.BioSyst.、第3巻、第232〜240頁、2007年
【非特許文献2】Kigerら、J Biol、第2巻、第27.1〜27.15頁、2003年
【非特許文献3】Neumannら、Nat Methods.、第3巻、第385〜390頁、2006年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献2に挙げられている形態変化に関与する分子のスクリーニング方法は、細胞を固定化し、蛍光染色する方法である。蛍光染色は一定のコストがかかるため、膨大な数の低分子化合物ライブラリーやsiRNAライブラリーを用いる場合にはコスト面で難がある。
また、染色の過程で生じる染色ムラがスクリーニング結果に影響を与える可能性がある。さらに、蛍光色素を細胞内に導入するためには、細胞を固定化する必要があるため、時間経過を解析したい場合には、サンプルの数を増やさなければならず、手間である。
【0008】
これに対し、非特許文献3では、細胞にGFP(
Green Fluorescent Protein)を融合させたHistone H2BをHeLa細胞に安定化発現させた細胞株を作製し、導入した蛍光タンパク質の挙動を指標にタイムラプス解析をする方法が挙げられている。
しかしながら、この方法は、安定性発現株の作製が必須であるため、遺伝子導入に適していない細胞をスクリーニングに用いることができず、多種類の細胞をスクリーニングに用いる場合に適していない。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、細胞を固定、染色することなく、安価で迅速な解析を可能とする、細胞に形態変化を生じさせる化学物質のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記の課題を解決するため、鋭意研究を行った結果、後記する構成を有する解析装置を用いることにより課題を解決できることを見出した。すなわち本発明は、下記(1)〜(13)を提供するものである。
(1)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、細胞に形態変化を生じさせる化学物質のスクリーニング方法であって、
(a)細胞にスクリーニング対象である第1の化学物質を接触させる工程と、
(b)前記第1の化学物質を接触させた細胞を時系列に撮像した複数の画像を読み込む工程と、
(c)前記(b)における前記画像に含まれる各々の細胞の形態的な特徴を示す特徴値を前記画像からそれぞれ求める工程と、
(d)各々の前記画像に対応する前記特徴値の統計処理データをそれぞれ求める工程と、
(e)前記画像間での前記統計処理データの変化に基づいて、前記第1の化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報を生成する工程と、
を含むことを特徴とする。
(2)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記(e)の後、
(f)前記第1の化学物質を接触させた細胞に、更に前記第1の化学物質又は前記第1の化学物質に該当しないスクリーニング対象である追加化学物質を接触させる工程と、
(g)前記追加化学物質を接触させた細胞を時系列に撮像した複数の画像を読み込む工程と、
(h)前記(g)における前記画像に含まれる各々の細胞の形態的な特徴を示す特徴値を前記画像からそれぞれ求める工程と、
(i)各々の前記画像に対応する前記特徴値の統計処理データをそれぞれ求める工程と、
(j)前記画像間での前記統計処理データの変化に基づいて、前記追加化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報を生成する工程と、
(k)前記追加化学物質を接触させた細胞における前記評価情報に基づき、(f)〜(j)を繰り返すか否かを判断する工程と、
を少なくとも1回繰り返す工程を含むことが好ましい。
(3)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記統計処理データが、度数分布であることが好ましい。
(4)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記第1の化学物質及び前記追加化学物質が、それぞれ独立して、低分子化合物、抗体、タンパク質、ペプチド、アンチセンス核酸、リボザイム、shRNA及びsiRNAからなる群より選ばれる少なくとも1つであることが好ましい。
(5)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記第1の化学物質がsiRNAであることが好ましい。
(6)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記第1の化学物質が低分子化合物であることが好ましい。
(7)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記(e)及び前記(j)が、前記画像間での前記度数分布の差分を用いて、前記評価情報を生成する工程であることが好ましい。
【0011】
(8)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記(c)及び前記(h)が、各々の前記画像について複数種類の前記特徴値を求める工程であり、前記(d)及び前記(i)が、前記特徴値の種類ごとにそれぞれ前記度数分布を求める工程であり、前記(e)及び前記(j)が、複数種類の前記度数分布の変化の情報を用いて、前記評価情報を生成する工程であることが好ましい。
(9)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記(d)及び前記(i)が、各々の前記度数分布における度数の区分を、前記特徴値の種類ごとの標準偏差を用いてそれぞれ正規化する工程であることが好ましい。
(10)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記(e)及び前記(j)が、前記画像の撮影時間及び前記特徴値の種類がそれぞれ異なる複数の前記度数分布の組み合わせのうちから、前記評価情報の生成に用いる前記度数分布の組み合わせを抽出し、前記評価情報の計算モデルを求める工程であることが好ましい。
(11)本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記(e)及び前記(j)が、教師付き学習により前記計算モデルを求める工程であることが好ましい。
(12)本発明の化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法は、細胞に形態変化を生じさせる化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法であって、
(l)先に記載のスクリーニング方法により細胞に形態変化を生じさせる化学物質を選択する工程と、
(m)選択された化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物を製造する工程と、
を含むことを特徴とする。
(13)本発明の化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法は、細胞に形態変化を生じさせる化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法であって、
(l)先に記載のスクリーニング方法により細胞に形態変化を生じさせる化学物質を選択する工程と、
(n)選択された化学物質の構造を最適化する工程と、
(o)最適化された化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物を製造する工程と、
を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、細胞を固定、染色することなく、安価で迅速な解析を可能とする、細胞に形態変化を生じさせる化学物質のスクリーニング方法を提供することができる。
本発明の化学物質のスクリーニング方法は、非破壊の系であるため、タイムラプス解析に好適に用いられ、かつスクリーニングに用いたサンプルそのものを別の評価系に供することができ、スクリーニング結果を別の系から評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に用いられるインキュベータの概要を示すブロック図である。
【図2】本発明に用いられるインキュベータの正面図である。
【図3】本発明に用いられるインキュベータの平面図である。
【図4】インキュベータでの観察動作の一例を示す流れ図である。
【図5】計算モデルの生成処理の一例を示す流れ図である。
【図6】各特徴値の概要を示す図である。
【図7】(a)〜(c):「Shape Factor」の経時的変化の例を示すヒストグラム、(d)〜(f):「Fiber Length」の経時的変化の例を示すヒストグラムである。
【図8】(a)〜(c):正常な細胞群をタイムラプス観察した顕微鏡画像を示す図である。
【図9】(a)〜(c):正常な細胞にがん細胞を混在した細胞群をタイムラプス観察した顕微鏡画像を示す図である。
【図10】ANNの概要を示す図である。
【図11】FNNの概要を示す図である。
【図12】FNNにおけるシグモイド関数を示す図である。
【図13】培養状態評価処理の動作例を示す流れ図である。
【図14】本発明のスクリーニング方法の一態様を示したフローチャート図である。
【図15】本発明のスクリーニング方法及び従来のスクリーニング方法の一態様を示したフローチャート図である。
【図16】本発明のスクリーニング方法の一態様を示したフローチャート図である。
【図17】実施例における正常な細胞又はp53を標的とするsiRNAを処理した細胞をタイムラプス観察した顕微鏡画像、及びこれらの画像に基づいて解析された「Length」の経時的変化を示すヒストグラムである。
【図18】実施例におけるp53を標的とするsiRNAを処理した細胞の各時間後のp53及びRhoAのmRNAの発現レベルについて、0時間を1とした時の相対値を示したグラフである。
【図19】実施例におけるRhoAを標的とするsiRNAを処理した細胞、及びネガティブコントロールをタイムラプス観察した顕微鏡画像である。
【図20】実施例におけるRhoAを標的とするsiRNAを処理した細胞、及びネガティブコントロールをタイムラプス観察した顕微鏡画像である。
【図21】実施例におけるRhoAを標的とするsiRNAを処理した細胞、又はネガティブコントロールをタイムラプス観察した顕微鏡画像、及びこれらの画像に基づいて解析された「円形度」の経時的変化を示すヒストグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
≪培養状態評価装置≫
本発明の化学物質のスクリーニング方法において、細胞に形態変化を生じさせる化学物質を接触させた後の工程(b)〜(e)及び(g)〜(k)は、これらの工程を組み込んだ培養状態評価装置を用いて行われる。よって、まず前記培養状態評価装置を含むインキュベータについて説明する。
【0015】
図1は、本発明に用いられるインキュベータの概要を示すブロック図である。また、図2、図3は、本発明に用いられるインキュベータの正面図および平面図である。
【0016】
本発明に用いられるインキュベータ11は、上部ケーシング12と下部ケーシング13とを有している。インキュベータ11の組立状態において、上部ケーシング12は下部ケーシング13の上に載置される。なお、上部ケーシング12と下部ケーシング13との内部空間は、ベースプレート14によって上下に仕切られている。
【0017】
まず、上部ケーシング12の構成の概要を説明する。上部ケーシング12の内部には、細胞の培養を行う恒温室15が形成されている。この恒温室15は温度調整装置15aおよび湿度調整装置15bを有しており、恒温室15内は細胞の培養に適した環境(例えば温度37℃、湿度90%の雰囲気)に維持されている(なお、図2、図3での温度調整装置15a、湿度調整装置15bの図示は省略する)。
【0018】
恒温室15の前面には、大扉16、中扉17、小扉18が配置されている。大扉16は、上部ケーシング12および下部ケーシング13の前面を覆っている。中扉17は、上部ケーシング12の前面を覆っており、大扉16の開放時に恒温室15と外部との環境を隔離する。小扉18は、細胞を培養する培養容器19を搬出入するための扉であって、中扉17に取り付けられている。この小扉18から培養容器19を搬出入することで、恒温室15の環境変化を抑制することが可能となる。なお、大扉16、中扉17、小扉18は、パッキンP1,P2,P3によりそれぞれ気密性が維持されている。
【0019】
また、恒温室15には、ストッカー21、観察ユニット22、容器搬送装置23、搬送台24が配置されている。ここで、搬送台24は、小扉18の手前に配置されており、培養容器19を小扉18から搬出入する。
【0020】
ストッカー21は、上部ケーシング12の前面(図3の下側)からみて恒温室15の左側に配置される。ストッカー21は複数の棚を有しており、ストッカー21の各々の棚には培養容器19を複数収納することができる。なお、各々の培養容器19には、培養の対象となる細胞が培地とともに収容されている。
【0021】
観察ユニット22は、上部ケーシング12の前面からみて恒温室15の右側に配置される。この観察ユニット22は、培養容器19内の細胞のタイムラプス観察を実行することができる。
【0022】
ここで、観察ユニット22は、上部ケーシング12のベースプレート14の開口部に嵌め込まれて配置される。観察ユニット22は、試料台31と、試料台31の上方に張り出したスタンドアーム32と、位相差観察用の顕微光学系および撮像装置(34)を内蔵した本体部分33とを有している。そして、試料台31およびスタンドアーム32は恒温室15に配置される一方で、本体部分33は下部ケーシング13内に収納される。
【0023】
試料台31は透光性の材質で構成されており、その上に培養容器19を載置することができる。この試料台31は水平方向に移動可能に構成されており、上面に載置した培養容器19の位置を調整できる。また、スタンドアーム32にはLED光源35が内蔵されている。そして、撮像装置34は、スタンドアーム32によって試料台31の上側から透過照明された培養容器19の細胞を、顕微光学系を介して撮像することで細胞の顕微鏡画像を取得できる。
【0024】
容器搬送装置23は、上部ケーシング12の前面からみて恒温室15の中央に配置される。この容器搬送装置23は、ストッカー21、観察ユニット22の試料台31および搬送台24との間で培養容器19の受け渡しを行う。
【0025】
図3に示すように、容器搬送装置23は、多関節アームを有する垂直ロボット34と、回転ステージ35と、ミニステージ36と、アーム部37とを有している。回転ステージ35は、垂直ロボット34の先端部に回転軸35aを介して水平方向に180°回転可能に取り付けられている。そのため、回転ステージ35は、ストッカー21、試料台31および搬送台24に対して、アーム部37をそれぞれ対向させることができる。
【0026】
また、ミニステージ36は、回転ステージ35に対して水平方向に摺動可能に取り付けられている。ミニステージ36には培養容器19を把持するアーム部37が取り付けられている。
【0027】
次に、下部ケーシング13の構成の概要を説明する。下部ケーシング13の内部には、観察ユニット22の本体部分33や、インキュベータ11の制御装置41が収納されている。
【0028】
制御装置41は、温度調整装置15a、湿度調整装置15b、観察ユニット22および容器搬送装置23とそれぞれ接続されている。この制御装置41は、所定のプログラムに従ってインキュベータ11の各部を統括的に制御する。
【0029】
一例として、制御装置41は、温度調整装置15aおよび湿度調整装置15bをそれぞれ制御して恒温室15内を所定の環境条件に維持する。また、制御装置41は、所定の観察スケジュールに基づいて、観察ユニット22および容器搬送装置23を制御して、培養容器19の観察シーケンスを自動的に実行する。さらに、制御装置41は、観察シーケンスで取得した画像に基づいて、細胞の培養状態の評価を行う培養状態評価処理を実行する。
【0030】
ここで、制御装置41は、CPU42および記憶部43を有している。CPU42は、制御装置41の各種の演算処理を実行するプロセッサである。また、CPU42は、プログラムの実行によって、特徴値演算部44、度数分布演算部45、評価情報生成部46としてそれぞれ機能する(なお、特徴値演算部44、度数分布演算部45、評価情報生成部46の動作については後述する)。
【0031】
記憶部43は、ハードディスクや、フラッシュメモリ等の不揮発性の記憶媒体などで構成される。この記憶部43には、ストッカー21に収納されている各培養容器19に関する管理データと、撮像装置で撮像された顕微鏡画像のデータとが記憶されている。さらに、記憶部43には、CPU42によって実行されるプログラムが記憶されている。
【0032】
なお、上記の管理データには、(a)個々の培養容器19を示すインデックスデータ、(b)ストッカー21での培養容器19の収納位置、(c)培養容器19の種類および形状(ウェルプレート、ディッシュ、フラスコなど)、(d)培養容器19で培養されている細胞の種類、(e)培養容器19の観察スケジュール、(f)タイムラプス観察時の撮像条件(対物レンズの倍率、容器内の観察地点等)、などが含まれている。また、ウェルプレートのように複数の小容器で同時に細胞を培養できる培養容器19については、各々の小容器ごとにそれぞれ管理データが生成される。
【0033】
≪培養状態評価装置における観察動作の例≫
次に、図4の流れ図を参照しつつ、本発明に用いられる培養状態評価装置におけるインキュベータ11での観察動作の一例を説明する。この図4は、恒温室15内に搬入された培養容器19を、登録された観察スケジュールに従ってタイムラプス観察する動作例を示している。
【0034】
ステップS101:CPU42は、記憶部43の管理データの観察スケジュールと現在日時とを比較して、培養容器19の観察開始時間が到来したか否かを判定する。観察開始時間となった場合(YES側)、CPU42はS102に処理を移行させる。一方、培養容器19の観察時間ではない場合(NO側)には、CPU42は次の観察スケジュールの時刻まで待機する。
【0035】
ステップS102:CPU42は、観察スケジュールに対応する培養容器19の搬送を容器搬送装置23に指示する。そして、容器搬送装置23は、指示された培養容器19をストッカー21から搬出して観察ユニット22の試料台31に載置する。なお、培養容器19が試料台31に載置された段階で、スタンドアーム32に内蔵されたバードビューカメラ(不図示)によって培養容器19の全体観察画像が撮像される。
【0036】
ステップS103:CPU42は、観察ユニット22に対して細胞の顕微鏡画像の撮像を指示する。観察ユニット22は、LED光源35を点灯させて培養容器19を照明するとともに、撮像装置34を駆動させて培養容器19内の細胞の顕微鏡画像を撮像する。
【0037】
このとき、撮像装置34は、記憶部43に記憶されている管理データに基づいて、ユーザーの指定した撮像条件(対物レンズの倍率、容器内の観察地点)に基づいて顕微鏡画像を撮像する。例えば、培養容器19内の複数のポイントを観察する場合、観察ユニット22は、試料台31の駆動によって培養容器19の位置を逐次調整し、各々のポイントでそれぞれ顕微鏡画像を撮像する。なお、S103で取得された顕微鏡画像のデータは、制御装置41に読み込まれるとともに、CPU42の制御によって記憶部43に記録される。
【0038】
ステップS104:CPU42は、観察スケジュールの終了後に培養容器19の搬送を容器搬送装置23に指示する。そして、容器搬送装置23は、指示された培養容器19を観察ユニット22の試料台31からストッカー21の所定の収納位置に搬送する。その後、CPU42は、観察シーケンスを終了してS101に処理を戻す。以上で、図4の流れ図の説明を終了する。
【0039】
≪培養状態評価装置における培養状態評価処理≫
次に、培養状態評価装置における培養状態評価処理の一例を説明する。この一例では、培養容器19をタイムラプス観察して取得した複数の顕微鏡画像を用いて、培養容器19の培養細胞におけるがん細胞の混在率を制御装置41が推定する例を説明する。
【0040】
この培養状態評価処理での制御装置41は、上記の顕微鏡画像から細胞の形態的な特徴を示す特徴値の度数分布を求める。そして、制御装置41は、この度数分布の経時的な変化に基づいて、がん細胞の混在率を推定した評価情報を生成する。なお、制御装置41は、得られた評価情報を教師付き学習によって予め生成された計算モデルに適用することで、上記の評価情報を生成する。
【0041】
≪計算モデルの生成処理の例≫
以下、図5の流れ図を参照しつつ、培養状態評価処理の前処理である計算モデルの生成処理の一例を説明する。この計算モデルの生成処理では、画像の撮影時間および特徴値の種類がそれぞれ異なる複数の度数分布の組み合わせから、評価情報の生成に用いる度数分布の組み合わせを、制御装置41が決定する。
【0042】
この図5の例では、がん細胞が混在した細胞群を培養した培養容器19をインキュベータ11によって同一視野を同一の撮影条件でタイムラプス観察し、サンプルの顕微鏡画像群を予め用意する。なお、上記のサンプルの顕微鏡画像において、各画像に含まれる細胞の総数とがん細胞の数とは、画像からではなく実験的にカウントされてそれぞれ既知となっている。
【0043】
図5の例では、培養容器19のタイムラプス観察は、培養開始から8時間経過後を初回として、8時間おきに72時間目まで行う。そのため、図5の例において、培養容器19および観察ポイントが共通するサンプルの顕微鏡画像が、9枚分(8h,16h,24h,32h,40h,48h,56h,64h,72h)を1セットとして取得されることとなる。なお、図5の例では、複数の培養容器19をそれぞれタイムラプス観察して、上記のサンプルの顕微鏡画像を複数セット分用意するものとする。また、同じ培養容器19の複数ポイント(例えば5点観察または培養容器19の全体)を同じ観察時間帯で撮影した複数の顕微鏡画像を、タイムラプス観察の1回分の画像として扱うようにしてもよい。
【0044】
ステップS201:CPU42は、予め用意されたサンプルの顕微鏡画像のデータを記憶部43から読み込む。なお、S201でのCPU42は、各画像に対応する細胞の総数およびがん細胞の数を示す情報もこの時点で取得するものとする。
【0045】
ステップS202:CPU42は、上記のサンプルの顕微鏡画像(S201)のうちから、処理対象となる画像を指定する。ここで、S202でのCPU42は、予め用意されているサンプルの顕微鏡画像のすべてを処理対象として順次指定してゆくものとする。
【0046】
ステップS203:特徴値演算部44は、処理対象の顕微鏡画像(S202)について、画像内に含まれる細胞を抽出する。例えば、位相差顕微鏡で細胞を撮像すると、細胞壁のように位相差の変化の大きな部位の周辺にはハロが現れる。そのため、特徴値演算部44は、細胞壁に対応するハロを公知のエッジ抽出手法で抽出するとともに、輪郭追跡処理によってエッジで囲まれた閉空間を細胞と推定する。これにより上記の顕微鏡画像から個々の細胞を抽出することができる。
【0047】
ステップS204:特徴値演算部44は、S203で画像から抽出した各細胞について、細胞の形態的な特徴を示す特徴値をそれぞれ求める。S204での特徴値演算部44は、各細胞について以下の16種類の特徴値をそれぞれ求める。
【0048】
・Total area(図6の(a)参照)
「Total area」は、注目する細胞の面積を示す値である。例えば、特徴値演算部44は、注目する細胞の領域の画素数に基づいて「Total area」の値を求めることができる。
【0049】
・Hole area(図6の(b)参照)
「Hole area」は、注目する細胞内のHoleの面積を示す値である。ここで、Holeは、コントラストによって、細胞内における画像の明るさが閾値以上となる部分(位相差観察では白に近い状態となる箇所)を指す。例えば、細胞内小器官の染色されたリソソームなどがHoleとして検出される。また、画像によっては、細胞核や、他の細胞小器官がHoleとして検出されうる。なお、特徴値演算部44は、細胞内における輝度値が閾値以上となる画素のまとまりをHoleとして検出し、このHoleの画素数に基づいて「Hole area」の値を求めればよい。
【0050】
・relative hole area(図6の(c)参照)
「relative hole area」は、「Hole area」の値を「Total area」の値で除した値である(relative hole area=Hole area/Total area)。この「relative hole area」は、細胞の大きさにおける細胞内小器官の割合を示すパラメータであって、例えば細胞内小器官の肥大化や核の形の悪化などに応じてその値が変動する。
【0051】
・Perimeter(図6の(d)参照)
「Perimeter」は、注目する細胞の外周の長さを示す値である。例えば、特徴値演算部44は、細胞を抽出するときの輪郭追跡処理により「Perimeter」の値を取得することができる。
【0052】
・Width(図6の(e)参照)
「Width」は、注目する細胞の画像横方向(X方向)での長さを示す値である。
【0053】
・Height(図6の(f)参照)
「Height」は、注目する細胞の画像縦方向(Y方向)での長さを示す値である。
【0054】
・Length(図6の(g)参照)
「Length」は、注目する細胞を横切る線のうちの最大値(細胞の全長)を示す値である。
【0055】
・Breadth(図6の(h)参照)
「Breadth」は、「Length」に直交する線のうちの最大値(細胞の横幅)を示す値である。
【0056】
・Fiber Length(図6の(i)参照)
「Fiber Length」は、注目する細胞を擬似的に線状と仮定した場合の長さを示す値である。特徴値演算部44は、下式(1)により「Fiber Length」の値を求める。
【0057】
【数1】
【0058】
但し、本明細書の式において「P」はPerimeterの値を示す。同様に「A」はTotal Areaの値を示す。
【0059】
・Fiber Breadth(図6の(j)参照)
「Fiber Breadth」は、注目する細胞を擬似的に線状と仮定した場合の幅(Fiber Lengthと直交する方向の長さ)を示す値である。特徴値演算部44は、下式(2)により「Fiber Breadth」の値を求める。
【0060】
【数2】
【0061】
・Shape Factor(図6の(k)参照)
「Shape Factor」は、注目する細胞の円形度(細胞の丸さ)を示す値である。特徴値演算部44は、下式(3)により「Shape Factor」の値を求める。
【0062】
【数3】
【0063】
・Elliptical form Factor(図6の(l)参照)
「Elliptical form Factor」は、「Length」の値を「Breadth」の値で除した値(Elliptical form Factor=Length/Breadth)であって、注目する細胞の細長さの度合いを示すパラメータとなる。
【0064】
・Inner radius(図6の(m)参照)
「Inner radius」は、注目する細胞の内接円の半径を示す値である。
【0065】
・Outer radius(図6の(n)参照)
「Outer radius」は、注目する細胞の外接円の半径を示す値である。
【0066】
・Mean radius(図6の(o)参照)
「Mean radius」は、注目する細胞の輪郭を構成する全点とその重心点との平均距離を示す値である。
【0067】
・Equivalent radius(図6の(p)参照)
「Equivalent radius」は、注目する細胞と同面積の円の半径を示す値である。この「Equivalent radius」のパラメータは、注目する細胞を仮想的に円に近似した場合の大きさを示している。
【0068】
ここで、特徴値演算部44は、細胞に対応する画素数に誤差分を加味して上記の各特徴値を求めてもよい。このとき、特徴値演算部44は、顕微鏡画像の撮影条件(撮影倍率や顕微光学系の収差など)を考慮して特徴値を求めるようにしてもよい。なお、「Inner radius」、「Outer radius」、「Mean radius」、「Equivalent radius」を求めるときには、特徴値演算部44は、公知の重心演算の手法に基づいて各細胞の重心点を求め、この重心点を基準にして各パラメータを求めればよい。
【0069】
ステップS205:特徴値演算部44は、処理対象の顕微鏡画像(S202)について、各細胞の16種類の特徴値(S204)をそれぞれ記憶部43に記録する。
【0070】
ステップS206:CPU42は、全ての顕微鏡画像が処理済み(全てのサンプルの顕微鏡画像で各細胞の特徴値が取得済みの状態)であるか否かを判定する。上記要件を満たす場合(YES側)には、CPU42はS207に処理を移行させる。一方、上記要件を満たさない場合(NO側)には、CPU42はS202に戻って、未処理の他の顕微鏡画像を処理対象として上記動作を繰り返す。
【0071】
ステップS207:度数分布演算部45は、各々の顕微鏡画像について特徴値の種類ごとにそれぞれ特徴値の度数分布を求める。したがって、S207での度数分布演算部45は、1回の観察で取得される顕微鏡画像に対して16種類の特徴値の度数分布を求めることとなる。また、各々の度数分布において、特徴値の各区分に対応する細胞の数を頻度(%)として求めるものとする。
【0072】
また、S207での度数分布演算部45は、上記の度数分布における度数の区分を、特徴値の種類ごとの標準偏差を用いて正規化する。ここでは一例として、「Shape Factor」の度数分布での区分を決定する場合を説明する。
【0073】
まず、度数分布演算部45は、各々の顕微鏡画像から求めた全ての「Shape Factor」の値の標準偏差を算出する。次に、度数分布演算部45は、上記の標準偏差の値をFisherの式に代入して、「Shape Factor」の度数分布における度数の区分の基準値を求める。このとき、度数分布演算部45は、全ての「Shape Factor」の値の標準偏差(S)を4で除するとともに、小数点以下3桁目を四捨五入して上記の基準値とする。なお、一の実施形態での度数分布演算部45は、度数分布をヒストグラムとして図示する場合、20級数分の区間をモニタ等に描画させるものとする。
【0074】
一例として、「Shape Factor」の標準偏差Sが259のとき、259/4=64.750から「64.75」が上記の基準値となる。そして、注目する画像の「Shape Factor」の度数分布を求めるとき、度数分布演算部45は、「Shape Factor」の値に応じて0値から64.75刻みで設定された各クラスに細胞を分類し、各クラスでの細胞の個数をカウントすればよい。
【0075】
このように、度数分布演算部45が、特徴値の種類毎に標準偏差で度数分布の区分を正規化するため、異なる特徴値の間でも度数分布の傾向を大局的に近似させることができる。よって、一の実施形態では、異なる特徴値間で細胞の培養状態と度数分布の変化との相関を求めることが比較的容易となる。
【0076】
ここで、図7(a)は、がん細胞の初期混在率が0%のときの「Shape Factor」の経時的変化を示すヒストグラムである。図7(b)は、がん細胞の初期混在率が6.7%のときの「Shape Factor」の経時的変化を示すヒストグラムである。図7(c)は、がん細胞の初期混在率が25%のときの「Shape Factor」の経時的変化を示すヒストグラムである。
【0077】
また、図7(d)は、がん細胞の初期の混在率が0%のときの「Fiber Length」の経時的変化を示すヒストグラムである。ただし、この図では理解しやすさのため、ヒストグラムをFiber Length=323までで省略してある。図7(e)は、がん細胞の初期の混在率が6.7%のときの「Fiber Length」の経時的変化を示すヒストグラムである。図7(f)は、がん細胞の初期の混在率が25%のときの「Fiber Length」の経時的変化を示すヒストグラムである。
【0078】
ステップS208:評価情報生成部46は、特徴値の種類ごとにそれぞれ上記の度数分布の経時的変化を求める。
【0079】
S208での評価情報生成部46は、1セット分の顕微鏡画像から取得した度数分布(9×16)のうち、特徴値の種類が同じで撮影時間の異なる2つの度数分布を組み合わせる。一例として、評価情報生成部46は、特徴値の種類が同じで撮影時間の異なる9つの度数分布について、8時間目および16時間目の度数分布と、8時間目および24時間目の度数分布と、8時間目および32時間目の度数分布と、8時間目および40時間目の度数分布と、8時間目および48時間目の度数分布と、8時間目および56時間目の度数分布と、8時間目および64時間目の度数分布と、8時間目および72時間目の度数分布とをそれぞれ組み合わせる。つまり、1セット分における1種類の特徴値に注目したとき、その特徴値の度数分布につき、計8通りの組み合わせが発生する。
【0080】
そして、評価情報生成部46は、上記8通りの組み合わせについて、以下の式(4)により度数分布の変化量(画像間での度数分布の差分の絶対値を積分したもの)をそれぞれ求める。
【0081】
【数4】
【0082】
但し、式(4)において、「Control」は初期状態の度数分布(8時間目)における1区間分の度数(細胞数)を示す。また、「Sample」は、比較対象の度数分布における1区間分の度数を示す。また、「i」は、度数分布の区間を示す変数である。
【0083】
評価情報生成部46は、特徴値の種類ごとに上記演算を行うことで、すべての特徴値についてそれぞれ8通りの度数分布の変化量を取得できる。更に、すなわち、1セット分の顕微鏡画像について、16種類×8通りで128の度数分布の組み合わせをとることができる。
以下、本明細書では、上記の度数分布の組み合わせの1つを単に「指標」と表記する。なお、S208での評価情報生成部46は、複数の顕微鏡画像のセットにおいて、各指標に対応する128の度数分布の変化量をそれぞれ求めることはいうまでもない。
【0084】
ここで、度数分布の経時的変化に注目する理由を説明する。図8は、正常な細胞群(がん細胞の初期混在率0%)をインキュベータ11で培養してタイムラプス観察したときの顕微鏡画像をそれぞれ示す。なお、図8の各顕微鏡画像から求めた「Shape Factor」の度数分布を示すヒストグラムは、図7(a)で示している。
【0085】
この場合、図8の各画像では時間の経過に伴って細胞の数は増加するものの、図7(a)に示す「Shape Factor」のヒストグラムでは、各画像に対応する度数分布はいずれもほぼ同じ形状を保っている。
【0086】
一方、図9は、正常な細胞群に予めがん細胞を25%混在させたものをインキュベータ11で培養してタイムラプス観察したときの顕微鏡画像をそれぞれ示す。なお、図9の各顕微鏡画像から求めた「Shape Factor」の度数分布を示すヒストグラムは、図7(c)で示している。
【0087】
この場合、図9の各画像では時間の経過に伴って、正常細胞と形状の異なるがん細胞(丸みを帯びた細胞)の比率が増加する。これにより、図7(c)に示す「ShapeFactor」のヒストグラムでは、時間の経過に応じて各画像に対応する度数分布の形状に大きな変化が現れる。よって、度数分布の経時的変化が、がん細胞の混在と強い相関を有することが分かる。本発明者らは、上記知見に基づいて、度数分布の経時的変化の情報から培養細胞の状態を評価するものである。
【0088】
ステップS209:評価情報生成部46は、128の指標のうちから、細胞の培養状態をよく反映する指標を多変量解析により1以上指定する。この指標の組合せの選択は、後述するファジーニューラルネットワークと同等の非線形モデル以外にも、細胞とその形態の複雑性に応じて線形モデルの利用も有効である。このような指標の組合せの選択と共に、評価情報生成部46は、上記の指定された1以上の指標を用いて、顕微鏡画像からがん細胞の数を導出する計算モデルを求める。
【0089】
ここで、S209での評価情報生成部46は、ファジーニューラルネットワーク(Fuzzy Neural Network:FNN)解析によって上記の計算モデルを求める。
【0090】
FNNとは、人工ニューラルネットワーク(Artificial Neural Network:ANN)とファジィ推論とを組み合わせた方法である。このFNNでは、ファジイ推論の欠点であるメンバーシップ関数の決定を人間に頼るという部分を回避すべく、ANNをファジィ推論に組み込んでその自動決定を行う。学習機械のひとつであるANN(図10参照)は、生体の脳における神経回路網を数学的にモデル化したものであり、以下の特徴を持つ。ANNにおける学習は、目的の出力値(教師値)をもつ学習用のデータ(入力値:X)を用いて、バックプロパゲーション(Back propagation:BP)法により教師値と出力値(Y)との誤差が小さくなるように、ノード(図10において丸で示す)間をつなぐ回路における結合荷重を変え、その出力値が教師値に近づくようにモデルを構築する過程である。このBP法を用いれば、ANNは学習により自動的に知識を獲得することができる。そして、最終的に学習に用いていないデータを入力することにより、そのモデルの汎用性を評価できる。従来、メンバーシップ関数の決定は、人間の感覚に頼っていたが、上で述べたようなANNをファジイ推論に組み込むことで自動的なメンバーシップ関数の同定が可能になる。これがFNNである。FNNでは、ANNと同様に、BP法を用いることによりネットワークに与えられた入出力関係を、結合荷重を変化させることで自動的に同定しモデル化できる。FNNは、学習後のモデルを解析することでファジィ推論のように人間に理解しやすい言語的なルール(一例として図11の右下の吹き出しを参照)として知識を獲得できるという特徴をもっている。つまり、FNNは、その構造、特徴から、細胞の形態的特徴を表した数値のような変数の組み合わせにおける最適なファジィ推論の組み合わせを自動決定し、予測目標に関する推定と、予測に有効な指標の組み合わせを示すルールの生成を同時に行うことができる。
【0091】
FNNの構造は、「入力層」、シグモイド関数に含まれるパラメータWc、Wgを決定する「メンバーシップ関数部分(前件部)」、Wfを決定するとともに入力および出力の関係をルールとして取り出すことが可能な「ファジィルール部分(後件部)」、「出力層」の4層から成り立っている(図11参照)。FNNのモデル構造を決定する結合荷重にはWc、Wg、Wfがある。結合荷重Wcは、メンバーシップ関数に用いられるシグモイド関数の中心位置、Wgは中心位置での傾きを決定する(図12参照)。モデル内では、入力値がファジィ関数により、人間の感覚的に近い柔軟性を持って表現される(一例として図11の左下の吹き出しを参照)。結合荷重Wfは各ファジイ領域の推定結果に対する寄与を表しており、Wfよりファジィルールを導くことができる。即ち、モデル内の構造はあとから解読でき、ルールとして書き起こすことができる(一例として図11中右下の吹き出しを参照)。
【0092】
FNN解析におけるファジィルールの作成には結合荷重のひとつであるWf値が用いられる。Wf値が正の値で大きいと、そのユニットは「予測に有効である」と判定されることに対する寄与が大きく、そのルールに当てはまった指標は「有効である」と判断される。Wf値が負の値で小さいと、そのユニットは「予測に有効でない」と判定されることに対する寄与が大きく、そのルールに当てはまった指標は「有効でない」と判断される。
【0093】
より具体的な例として、S209での評価情報生成部46は、以下の(A)から(H)の処理により、上記の計算モデルを求める。
【0094】
(A)評価情報生成部46は、128の指標のうちから1つの指標を選択する。
【0095】
(B)評価情報生成部46は、(A)で選択された指標による度数分布の変化量を変数とした計算式により、各々の顕微鏡画像のセットでのがん細胞の数(予測値)を求める。
【0096】
仮に、1つの指標からがん細胞の数を求める計算式を「Y=αX1」(但し、「Y」はがん細胞の計算値(例えばがん細胞の増加数を示す値)、「X1」は上記の選択された指標に対応する度数分布の変化量(S208で求めたもの)、「α」はX1に対応する係数値、をそれぞれ示す。)とする。このとき、評価情報生成部46は、αに任意の値を代入するとともに、X1に各セットにおける度数分布の変化量をそれぞれ代入する。これにより、各セットでのがん細胞の計算値(Y)が求められる。
【0097】
(C)評価情報生成部46は、各々の顕微鏡画像のセットについて、(B)で求めた計算値Yと、実際のがん細胞の数(教師値)との誤差をそれぞれ求める。なお、上記の教師値は、S201で読み込んだがん細胞の数の情報に基づいて、評価情報生成部46が求めるものとする。
【0098】
そして、評価情報生成部46は、各顕微鏡画像のセットでの計算値の誤差がより小さくなるように、教師付き学習により上記の計算式の係数αを修正する。
【0099】
(D)評価情報生成部46は、上記の(B)および(C)の処理を繰り返し、上記(A)の指標について、計算値の平均誤差が最も小さくなる計算式のモデルを取得する。
【0100】
(E)評価情報生成部46は、128の各指標について、上記(A)から(D)の各処理を繰り返す。そして、評価情報生成部46は、128の各指標における計算値の平均誤差を比較し、その平均誤差が最も低くなる指標を、評価情報の生成に用いる1番目の指標とする。
【0101】
(F)評価情報生成部46は、上記(E)で求めた1番目の指標と組み合わせる2番目の指標を求める。このとき、評価情報生成部46は、上記の1番目の指標と残りの127の指標とを1つずつペアにしてゆく。次に、評価情報生成部46は、各々のペアにおいて、計算式でがん細胞の予測誤差を求める。
【0102】
仮に、2つの指標からがん細胞の数を求める計算式を「Y=αX1+βX2」(但し、「Y」はがん細胞の計算値、「X1」は1番目の指標に対応する度数分布の変化量、「α」はX1に対応する係数値、「X2」は、選択された指標に対応する度数分布の変化量、「β」はX2に対応する係数値、をそれぞれ示す。)とする。そして、評価情報生成部46は、上記の(B)および(C)と同様の処理により、計算値の平均誤差が最も小さくなるように、上記の係数α、βの値を求める。
【0103】
その後、評価情報生成部46は、各々のペアで求めた計算値の平均誤差を比較し、その平均誤差が最も低くなるペアを求める。そして、評価情報生成部46は、平均誤差が最も低くなるペアの指標を、評価情報の生成に用いる1番目および2番目の指標とする。
【0104】
(G)評価情報生成部46は、所定の終了条件を満たした段階で演算処理を終了する。例えば、評価情報生成部46は、指標を増やす前後の各計算式による平均誤差を比較する。そして、評価情報生成部46は、指標を増やした後の計算式による平均誤差が、指標を増やす前の計算式による平均誤差より高い場合(または両者の差が許容範囲に収まる場合)には、S209の演算処理を終了する。
【0105】
(H)一方、上記(G)で終了条件を満たさない場合、評価情報生成部46は、さらに指標の数を1つ増やして、上記(F)および(G)と同様の処理を繰り返す。これにより、上記の計算モデルを求めるときに、ステップワイズな変数選択によって指標の絞り込みが行われることとなる。
【0106】
ステップS210:評価情報生成部46は、S209で求めた計算モデルの情報(計算式に用いる各指標を示す情報、計算式で各々の指標に対応する係数値の情報など)を記憶部43に記録する。以上で、図5の説明を終了する。
【0107】
ここで、上記の計算モデルの指標として、『「Shape Factor」の8時間目、72時間目の度数分布の組み合わせ』と、『「Perimeter」の8時間目、24時間目の度数分布の組み合わせ』と、『「Length」の8時間目、72時間目の度数分布の組み合わせ』との3つを用いた場合、がん細胞の予測精度が93.2%となる計算モデルを得ることができた。
【0108】
また、上記の計算モデルの指標として、『「Shape Factor」の8時間目、72時間目の度数分布の組み合わせ』と、『「Fiber Breadth」の8時間目、56時間目の度数分布の組み合わせ』と、『「relative hole area」の8時間目、72時間目の度数分布の組み合わせ』と、『「Shape Factor」の8時間目、24時間目の度数分布の組み合わせ』と、『「Breadth」の8時間目、72時間目の度数分布の組み合わせ』と、『「Breadth」の8時間目、64時間目の度数分布の組み合わせ』との6つを用いた場合、がん細胞の予測精度が95.5%となる計算モデルを得ることができた。
【0109】
なお、上記に説明したステップS208の処理においては、評価情報生成部46は、8時間目を基準として、1種類の特徴値に対して8通りの指標を求め、16種類の特徴値に対して合計128(16種類×8通り)の指標を求めた。しかし、指標としてはこれに限られるものではなく、評価情報生成部46は、8時間目、16時間目、24時間目、32時間目、40時間目、48時間目、56時間目、64時間目、および、72時間目の各々を基準として、1種類の特徴値に対して36(=9×8÷2)通りの指標をそれぞれ求め、16種類の特徴値に対して合計576(16種類×36通り)の指標を求めてもよい。
【0110】
≪培養状態評価処理の例≫
次に、図13の流れ図を参照しつつ、培養状態評価処理の動作例を説明する。
【0111】
ステップS301:CPU42は、評価対象となる複数の顕微鏡画像のデータを記憶部43から読み込む。ここで、評価対象の顕微鏡画像は、細胞群を培養した培養容器19をインキュベータ11によって同一視野を同一の撮影条件でタイムラプス観察して取得されたものとする。また、この場合のタイムラプス観察は、図5の例と条件を揃えるために、培養開始から8時間経過後を初回として8時間おきに72時間目まで行うものとする。
【0112】
ステップS302:CPU42は、記憶部43の計算モデルの情報(図5のS210で記録されたもの)を読み込む。
【0113】
ステップS303:特徴値演算部44、度数分布演算部45および評価情報生成部46は、上記の計算モデルの変数に対応する各指標について、それぞれ度数分布の変化量を求める。このS303の処理は、図5のS203、S204、S207、S208に対応するため重複説明は省略する。
【0114】
ステップS304:評価情報生成部46は、S303で求めた各指標の度数分布の変化量を、S302で読み出した計算モデルに代入して演算を行う。そして、評価情報生成部46は、上記の演算結果に基づいて、評価対象の顕微鏡画像におけるがん細胞の混在率を示す評価情報を生成する。その後、評価情報生成部46は、この評価情報を不図示のモニタ等に表示させる。以上で、図13の説明を終了する。
【0115】
本発明に用いられるインキュベータによれば、制御装置41は、タイムラプス観察で取得した顕微鏡画像を用いて、特徴値の度数分布の経時的変化からがん細胞の混在率を精度よく予測できる。また、制御装置41は、ありのままの細胞を評価対象にできるので、例えば医薬品のスクリーニングや再生医療の用途で培養される細胞を評価するときに極めて有用である。
以上、本発明に用いられるインキュベータにおいて、「度数分布」に限定して説明したが、「統計処理データ」についてのものであれば何ら限定されない。
【0116】
≪化学物質のスクリーニング方法≫
本発明の化学物質のスクリーニング方法は、細胞に形態変化を生じさせる化学物質のスクリーニング方法であって、
(a)細胞にスクリーニング対象である第1の化学物質を接触させる工程と、
(b)前記第1の化学物質を接触させた細胞を時系列に撮像した複数の画像を読み込む工程と、
(c)前記(b)における前記画像に含まれる各々の細胞の形態的な特徴を示す特徴値を前記画像からそれぞれ求める工程と、
(d)各々の前記画像に対応する前記特徴値の統計処理データをそれぞれ求める工程と、
(e)前記画像間での前記統計処理データの変化に基づいて、前記第1の化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報を生成する工程と、
を含むことを特徴とする。
以下、各工程について説明する。
また、以下の説明においては「統計処理データ」が「度数分布」である場合について説明する。
【0117】
本発明において、「化学物質」とは、細胞中の遺伝子またはその遺伝子産物であるタンパク質を標的とするものであり、有機化合物、無機化合物、あるいはこれらの複合体を示す。具体的な「化学物質」としては、タンパク質、ペプチド、核酸、低分子化合物等が挙げられる。さらに、核酸としては、アンチセンス核酸、リボザイム、siRNA、shRNA等が挙げられる。上記中、前記化学物質は、低分子化合物、抗体、
タンパク質、ペプチド、アンチセンス核酸、リボザイム、shRNA及びsiRNAからなる群より選ばれる少なくとも1つであることが好ましい。
また、本発明のスクリーニング方法において、スクリーニングに用いる最初の化学物質を「第1の化学物質」という。標的タンパク質が酵素であった場合、前記第1の化学物質は低分子化合物であることがより好ましい。また、遺伝子を標的とする場合、前記第1の化学物質はsiRNAであることがより好ましい。
【0118】
本発明において、「細胞に形態変化を生じさせる」とは、細胞において形態変化に関与している経路を直接的または間接的にモジュレートすることを意味する。したがって、投与される化学物質が細胞の形態変化を作用させることが目的のものでなくても良く、結果的に細胞に形態変化が生じてしまうものも含まれる。例えば、形態変化は、細胞骨格、細胞周期における分裂期、またはアポトーシス等に関与している遺伝子またはその遺伝子産物を阻害することによってもたらされる。本発明の化学物質のスクリーニング方法においては、例えば細胞障害活性を有する化学物質をその目的物質とする場合、単に細胞毒性を有するものではなく、その作用機序がある程度明らかなものを得ることができる。
【0119】
工程(a)において、細胞にスクリーニング対象である第1の化学物質を接触させる。
図14は、標的とする化学物質をsiRNAとした場合の、本発明のスクリーニング方法の一態様を示したフローチャート図である。siRNAを細胞にトランスフェクションする方法は、用いるトランスフェクション試薬によって異なるが、一例を説明する。まず、トランスフェクションの1日前に細胞を播き、インキュベータ中で培養する。翌日、培地を低血清培地に代え1時間置く。次に例えばリポソーム法によりsiRNAを培養液中に滴下し、インキュベータ中で培養する。6時間後、低血清培地を通常の培地に代え、前述した培養状態評価装置を含むインキュベータで培養する。尚、比較対象としてsiRNAを混入せずに同様の操作を行った細胞を用意しておいてもよい。
【0120】
上述したように、本発明の化学物質のスクリーニング方法において、細胞に形態変化を生じさせる化学物質を接触させた後の工程(b)〜(e)及び(g)〜(k)は、これらの工程を組み込んだ培養状態評価装置を含むインキュベータを用いて行われる。培養状態評価装置を含むインキュベータについては、既に説明しているため、その説明を省略する。
【0121】
次に、登録された観察スケジュールに従って、タイムラプス観察を行う(工程(b))。工程(b)において、前記第1の化学物質を接触させた細胞を時系列に撮像した複数の画像を読み込む。撮像画像のデータは、制御装置41に読み込まれる。
図14に示されるように、siRNA処理後の標的遺伝子の発現は、時間に従って変動する。本発明のスクリーニング方法は、決められた時間ごとに画像データを取得していくものであるため、siRNA処理により、標的とする遺伝子の発現が効率よく抑制されるタイミングを逃すことがない。
【0122】
次に、工程(c)において、工程(b)で読み込まれた前記画像に含まれる各々の細胞の形態的な特徴を示す特徴値を前記画像からそれぞれ求める。特徴値演算部44は、撮像画像について、画像内に含まれる細胞を抽出し、抽出した各細胞について、16種類の特徴値をそれぞれ求めていく。
【0123】
次に、工程(d)において、各々の前記画像に対応する前記特徴値の度数分布をそれぞれ求める。度数分布演算部45は、各時間の観察で取得される撮像画像について16種類の特徴値の度数分布を求めていく。
【0124】
次に、工程(e)において、前記画像間での前記度数分布の変化に基づいて、前記第1の化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報を生成する。評価情報生成部46は、上述した16種類の特徴値の種類ごとに度数分布の経時的変化を求め、各指標のうちから、細胞の培養状態をよく反映する指標を多変量解析により1以上指定する。例えば、図14においては、siRNA処理後、42時間後及び66時間後の「Length」のヒストグラムに大きな変化が現れている。上述したように、この指標の組合せの選択には、FNNと同等の非線形モデル以外に、細胞とその形態の複雑性に応じて線形モデルを利用してもよい。
また、第1の化学物質を接触させなかった細胞についても工程(b)〜(d)を行い、工程(e)において、前記第1の化学物質を接触させた細胞における前記画像間での度数分布の変化と、前記第1の化学物質を接触させなかった細胞における前記画像間での度数分布の変化を比較し、その結果を第1の化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報に加味してもよい。
【0125】
本発明の化学物質のスクリーニング方法は、非破壊であるため、工程(a)〜(e)を行い、解析の終了したサンプルを別の評価系に用いることができる。例えば、siRNAを用いた実験において、形態変化の解析されたサンプルをそのままWestern blottに用いて、標的とする遺伝子がタンパク質レベルでサイレンシングされていることを確認してもよいし、リアルタイムPCRに用いて、遺伝子レベルでサイレンシングされていることを確認してもよい。
本発明のスクリーニング方法によれば、解析に用いたサンプルをそのまま他の評価系に用いることができるため、解析結果により一層の信頼性を付与することができる。
【0126】
また、図15に示すように、従来の方法において化学物質(例えば、siRNA)処理後の時間ごとに蛍光画像を取得し、測定する場合には、サンプリングポイントごとのサンプル数が必要であった。本発明の化学物質のスクリーニング方法は、上述したように非破壊であるため、サンプル数を徒に増やすことなく、細胞形態の経時変化を測定することができる。
【0127】
本発明の化学物質のスクリーニング方法は、前記(e)の後、
(f)前記第1の化学物質を接触させた細胞に、更に前記第1の化学物質又は前記第1の化学物質に該当しないスクリーニング対象である追加化学物質を接触させる工程と、
(g)前記追加化学物質を接触させた細胞を時系列に撮像した複数の画像を読み込む工程と、
(h)前記(g)における前記画像に含まれる各々の細胞の形態的な特徴を示す特徴値を前記画像からそれぞれ求める工程と、
(i)各々の前記画像に対応する前記特徴値の統計処理データをそれぞれ求める工程と、
(j)前記画像間での前記統計処理データの変化に基づいて、前記追加化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報を生成する工程と、
(k)前記追加化学物質を接触させた細胞における前記評価情報に基づき、(f)〜(j)を繰り返すか否かを判断する工程と、
を少なくとも1回繰り返す工程を含むことが好ましい。
以下、各工程について説明する。
また、以下の説明においては「統計処理データ」が「度数分布」である場合について説明する。
【0128】
前記工程(e)の後、工程(f)において、前記第1の化学物質を接触させた細胞に、更に前記第1の化学物質又は前記第1の化学物質に該当しないスクリーニング対象である追加化学物質を接触させる。
本発明の化学物質のスクリーニング方法は、非破壊の系であるため、細胞に第1の化学物質を細胞に処理し、解析した後に、更に前記細胞に追加化学物質を接触させ、その薬効を評価することができる。
本発明において、「追加化学物質」とは、前記第1の化学物質と同一の化学物質、又は前記第1の化学物質に該当しないスクリーニング対象である化学物質を意味する。
【0129】
追加化学物質を第1の化学物質と同一のものとする例として、以下のことが挙げられる。
遺伝子またはその遺伝子産物であるタンパク質を標的とするsiRNAや低分子化合物を細胞に接触させ、その効果を解析する場合、短時間の阻害では効果が観察されない可能性がある。長期間の阻害による効果を観察するためには、培地中でこれらの化学物質が分解してしまうことも考慮に入れ、随時培地中に化学物質を添加する必要がある。本発明においては、第1の化学物質を追加化学物質として、数回細胞に接触させその結果を解析することができる。
【0130】
追加化学物質を第1の化学物質に該当しないものとする例として、以下のことが挙げられる。図16Aにおいて、第1の化学物質をsiRNAとして、細胞に接触させ、工程(e)までを行い、第1の化合物質を処理したことによる効果を確認する。実施例において後述するように、第1の化学物質として、p53を標的とするsiRNAを用いた場合には形態変化が観察され、p53がサイレンシングされたことを確かめることができる。次に追加化学物質として、例えば、低分子化合物または他の分子を標的とするsiRNAを細胞に接触させる。工程(f)〜(j)を行い、細胞にアポトーシスが誘導された場合には、追加化学物質は、p53の不活化されたがん細胞に効果を示す低分子化合物または標的分子であることが分かる。本発明のスクリーニング方法においては、特定の遺伝子が除去された細胞に形態変化をもたらす化学物質をスクリーニングすることができる。
【0131】
また、第1の化学物質を低分子化合物とした場合には、追加化学物質から、第1の化学物質の薬効を増強する低分子化合物または標的分子をスクリーニングすることができる。
【0132】
更に、図16Bに示されるように、追加物質は複数であってもよい。例えば遺伝子導入により樹立されたiPS細胞において、種々の転写因子の発現が経時的に変化することにより、分化の方向性が定まっていく。そこで、転写に関与する1以上の分子に対するsiRNAを異なるタイミングで添加し、万能性に寄与する遺伝子の発現を阻害することにより分化の過程を解析することができる。
【0133】
工程(g)〜(j)は、第1の化学物質を接触させた細胞に追加物質を接触させ、前述した工程(b)〜(e)と同様の操作を行う工程である。また、工程(k)は、工程(j)で得られた評価情報に基づいて、再度工程(f)〜(j)を繰り返すか否かを判断する工程である。工程(f)〜(j)は少なくとも1回繰り返されるため、工程(g)〜(j)において解析される細胞は第1の化学物質と1以上の追加化学物質を接触させたものである。繰り返しが増える度に、第1の化学物質を接触させた細胞が接触する追加化学物質の種類、または培地交換しない場合には、追加化学物質の培地中濃度は増えていく。
本発明のスクリーニング方法は、非破壊の系であるため実験計画が予め定まっている従来法と異なり、工程(k)によって実験計画をリアルタイムに更新することができる。
【0134】
≪化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法≫
本発明の化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法は、細胞に形態変化を生じさせる化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法であって、
(l)先に記載のスクリーニング方法により細胞に形態変化を生じさせる化学物質を選択する工程と、
(m)選択された化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物を製造する工程と、
を含むことを特徴とする。
また、本発明の化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法は、細胞に形態変化を生じさせる化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法であって、
(l)先に記載のスクリーニング方法により細胞に形態変化を生じさせる化学物質を選択する工程と、
(n)選択された化学物質の構造を最適化する工程と、
(o)最適化された化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物を製造する工程と、
を含むことを特徴とする。
以下、各工程について説明する。
【0135】
工程(l)において、先に記載のスクリーニング方法により細胞に形態変化を生じさせる化学物質を選択する。本発明のスクリーニング方法により選択された化学物質を「Hit」化学物質という。
【0136】
次に工程(n)において、選択された化学物質の構造を最適化する。すなわち(n)は、「Hit」化学物質を最適化し、「Lead」化学物質を創出する工程である。この工程は、医薬品開発の公知の手法を用いて行われる。
例えば、「Hit」化学物質が低分子化合物であった場合、化合物の側鎖を誘導化し、標的分子に対する活性の増大や、無関係の分子(特に標的分子の類縁分子)に対する活性の低減を試みる。更に、ADME(吸収・分布・代謝・排泄)の改良を試み、In vivo試験において、体内動態に優れた化合物を誘導化する。
【0137】
また、このように最適化された化学物質が低分子化合物である場合、この低分子化合物は、その薬学的に許容しうる塩もしくはエステルとしても使用することができる。薬学的に許容しうる塩の典型例としては、例えばナトリウム、カリウム等のアルカリ金属との塩、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩、過塩素酸塩等の無機酸塩;例えば酢酸塩、プロピオン酸塩、乳酸塩、マレイン酸塩、フマール酸塩、酒石酸塩、リンゴ酸塩、クエン酸塩、アスコルビン酸塩等の有機酸塩;例えばメタンスルホン酸塩、イセチオン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩等のスルホン酸塩;例えばアスパラギン酸塩、グルタミン酸塩等の酸性アミノ酸塩等を挙げることができる。
【0138】
低分子化合物の薬学的に許容しうる塩の製造法は、有機合成化学分野で通常用いられる方法を適宜組み合わせて行うことができる。具体的には、低分子化合物の遊離型の溶液をアルカリ溶液あるいは酸性溶液で中和滴定すること等が挙げられる。
【0139】
低分子化合物のエステルとしては、例えば、メチルエステル、エチルエステルなどを挙げることができる。これらのエステルは遊離カルボキシ基を常法に従ってエステル化して製造することができる。
【0140】
スクリーニングに用いるライブラリーの数や質によっては、「Hit」化学物質が誘導化を必要とせず、すでに「Lead」化学物質である場合がある。そのような場合には、工程(n)を行わずに、工程(m)を行う。
【0141】
次に工程(m)において、選択された化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物を製造する。または、工程(o)において、最適化された化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物を製造する。本発明において、医薬組成物とは、選択された前記化学物質または最適化された前記化学物質を主成分とし、公知の製剤学的方法により製剤化したものをいう。また、本発明においては、製剤化を必要とせず、化学物質自体を直接患者に投与することもあり得る。
【0142】
医薬組成物における製剤化の例としては、必要に応じて糖衣を施した錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤として経口的に使用されるものが挙げられる。または、水もしくはそれ以外の薬学的に許容し得る液との無菌性溶液、又は懸濁液剤の注射剤の形で非経口的に使用されるものが挙げられる。更には、薬理学上許容される担体若しくは媒体、具体的には、滅菌水や生理食塩水、植物油、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、香味剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、結合剤等と適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化されたものが挙げられる。
【0143】
錠剤、カプセル剤に混和することができる添加剤としては、例えば、ゼラチン、コーンスターチ、トラガントガム、アラビアゴムのような結合剤、結晶性セルロースのような賦形剤、コーンスターチ、ゼラチン、アルギン酸のような膨化剤、ステアリン酸マグネシウムのような潤滑剤、ショ糖、乳糖又はサッカリンのような甘味剤、ペパーミント、アカモノ油又はチェリーのような香味剤が用いられる。調剤単位形態がカプセルである場合には、上記の材料にさらに油脂のような液状担体を含有することができる。注射のための無菌組成物は注射用蒸留水のようなベヒクルを用いて通常の製剤実施に従って処方することができる。
【0144】
注射用の水溶液としては、例えば生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液、例えばD−ソルビトール、D−マンノース、D−マンニトール、塩化ナトリウムが挙げられ、適当な溶解補助剤、例えばアルコール、具体的にはエタノール、ポリアルコール、例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、非イオン性界面活性剤、例えばポリソルベート80(TM)、HCO−50と併用してもよい。
【0145】
油性液としてはゴマ油、大豆油があげられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールと併用してもよい。また、緩衝剤、例えばリン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液、無痛化剤、例えば、塩酸プロカイン、安定剤、例えばベンジルアルコール、フェノール、酸化防止剤と配合してもよい。調製された注射液は通常、適当なアンプルに充填させる。
【0146】
患者への投与は、例えば、動脈内注射、静脈内注射、皮下注射などのほか、鼻腔内的、経気管支的、筋内的、経皮的、または経口的に当業者に公知の方法により行いうる。投与量は、患者の体重や年齢、投与方法などにより変動するが、当業者であれば適当な投与量を適宜選択することが可能である。また、当該化合物がDNAによりコードされうるものであれば、当該DNAを遺伝子治療用ベクターに組込み、遺伝子治療を行うことも考えられる。投与量、投与方法は、患者の体重や年齢、症状などにより変動するが、当業者であれば適宜選択することが可能である。
【0147】
化合物の投与量は、症状により差異はあるが、経口投与の場合、一般的に成人(体重60kgとして)においては、1日あたり約0.1から100mg、好ましくは約1.0から50mg、より好ましくは約1.0から20mgであると考えられる。
【0148】
非経口的に投与する場合は、その1回の投与量は投与対象、対象臓器、症状、投与方法によっても異なるが、例えば注射剤の形では通常成人(体重60kgとして)においては、通常、1日当り約0.01から30mg、好ましくは約0.1から20mg、より好ましくは約0.1から10mg程度を静脈注射により投与するのが好都合であると考えられる。
【0149】
本発明に係る化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の治療効果が期待される好適な一例として腫瘍が挙げられ、例えばヒトの固形がん等が挙げられる。ヒトの固形がんとしては、例えば、脳がん、頭頸部がん、食道がん、甲状腺がん、小細胞がん、非小細胞がん、乳がん、胃がん、胆のう・胆管がん、肝がん、膵がん、結腸がん、直腸がん、卵巣がん、絨毛上皮がん、子宮体がん、子宮頸がん、腎盂・尿管がん、膀胱がん、前立腺がん、陰茎がん、睾丸がん、胎児性がん、ウイルムスがん、皮膚がん、悪性黒色腫、神経芽細胞腫、骨肉腫、ユ−イング腫、軟部肉腫などが挙げられる。
また、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患等も挙げられる。
【0150】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0151】
(siRNA処理後のNHDF細胞の形態変化の測定)
1−1 材料
以下に示す材料をInvitrogen社より購入した。
(1)p53 siRNA(カタログ番号:VHS40367)
【0152】
1−2 トランスフェクション
トランスフェクションの前日に、NHDF細胞をsiRNA導入時に30〜50%コンフルエントになるように播き、抗生物質を含まない培地で培養した。翌日、siRNA及びLIPOFECTAMINE 2000をそれぞれ、Opti−MEM I Reduced−Serum Medium(Invitogen社)で希釈し、5分間室温でインキュベーションした。次に、OptiMEM/siRNA混合物と、OptiMEM/LIPOFECTAMINE 2000混合物を混合し、室温に放置した。この混合物を培地に加え、培養プレートをBiostation CT(ニコン社)の37℃、5%CO2インキュベータ中でインキュベートした。
【0153】
トランスフェクション処理された細胞と未処理の細胞について、それぞれ2時間間隔で3日目までタイムラプス観察を行った。図17上段は、各細胞(p53 siRNA処理細胞(p53変異)及び未処理細胞(正常))の42時間後及び66時間後の撮像画像を示し、図17下段は、撮像画像に基づいて解析された、「Length」の42時間後及び66時間後のヒストグラムを示す。未処理の細胞(正常細胞)におけるヒストグラムの形状変化と比較して、トランスフェクション処理された細胞(p53変異)におけるヒストグラムの形状変化は顕著である。図17上段において、p53のsiRNA処理66時間後の細胞の形態は42時間後の形態と明らかに異なり、丸みを帯びている。このことから解析結果が、撮像画像中の細胞の形態変化の状態を反映していることが確認された。
【0154】
図18上段は、図17におけるp53変異細胞におけるノックダウン対象遺伝子p53の発現量をRT−PCRにて定量したものである。0時間を1とした時の各時間の遺伝子発現量の相対値を示したグラフである(GAPDHにより補正)。図17に示されたヒストグラムの変化が現れる少し前の時間帯に、実際には、細胞内での遺伝子発現がsiRNAによって確かに抑制されていることがわかる。この効果は時間がたつにつれて回復していくが36時間後における変化がその後、形態の変化として42〜66時間後の間の形態分布の変化として検出されたと言える。
図18下段は、p53遺伝子の制御下(下流)にある遺伝子であるRhoAの各経時中の遺伝子発現量をRT−PCRにて定量評価したものである。p53遺伝子のsiRNAは、36時間後において確かに対象であるp53をノックダウンできており、その影響によってその下流の遺伝子であるRhoAもほぼ同時間に発現制御されていたことが確認できる。p53遺伝子のノックダウンは、RhoAという細胞骨格の制御に関与するタンパク質の制御を引き起こし、これによって形の変化が生じていたのではないかと考察される。このデータは、siRNAのノックダウン対象であったp53が下流の遺伝子まで含めた形で確実にノックダウンできていたという実験の確実性を示すと共に、転写因子でしかないp53を抑制したsiRNAの影響がなぜ形態変化として42〜66時間後に現れたのかを生理現象的に示す一つのデータでもある。
【0155】
本発明のスクリーニング方法は、非破壊であるため徒にサンプル数を増やす必要が無い。また、本発明のスクリーニング方法によれば、解析に用いたサンプルをそのまま他の評価系に用いることができるため、解析結果により一層の信頼性を付与することができる。例えば、形態変化が観察されたp53変異細胞を用いてWestern blottやリアルタイムPCRを行い細胞中のp53が確かにサイレンシングされていることを確かめることができる。
【0156】
(siRNA連続処理後のHT1080細胞の形態変化の測定)
2−1 材料
以下に示す材料をInvitrogen社より購入した。
(1)RhoA siRNA(カタログ番号:VHS40471)
【0157】
2−2 トランスフェクション(1回目)
トランスフェクションの前日に、HT1080をsiRNA導入時に30〜50%コンフルエントになるように播き、抗生物質を含まない培地で培養した。翌日、siRNA及びLIPOFECTAMINE 2000をそれぞれ、Opti−MEM I Reduced−Serum Medium(Invitogen社)で希釈し、5分間室温でインキュベーションした。次に、OptiMEM/siRNA混合物と、OptiMEM/LIPOFECTAMINE 2000混合物を混合し、室温に放置した。この混合物を培地に加え、培養プレートをBiostation CT(ニコン社)の37℃、5%CO2インキュベータ中でインキュベートした。
また、上記と同様のトランスフェクション処理において、siRNAの代わりに水を用いたサンプルをネガティブコントロールとした。
【0158】
RhoA siRNAを導入された細胞(以下、RhoA siRNA処理細胞1)とネガティブコントロールの細胞(以下、ネガティブコントロール1)について、それぞれ2時間間隔で3日目までタイムラプス観察を行った。図19は、各細胞(RhoA siRNA処理細胞1及びネガティブコントロール1)の0時間後及び48時間後の撮像画像を示す。0時間後の両細胞においては、細胞形態に顕著な変化が観察されなかった。一方、48時間後では、RhoA siRNA処理細胞1においてのみ、形態変化が観察され、RhoA siRNA処理細胞1の形態は、長細い形状を示した。
【0159】
2−3 トランスフェクション(2回目)
2回目のトランスフェクションの前日に、96時間後の上記RhoA siRNA処理細胞1をsiRNA導入時に30〜50%コンフルエントになるように播き、抗生物質を含まない培地で培養した。翌日、siRNA及びLIPOFECTAMINE 2000をそれぞれ、Opti−MEM I Reduced−Serum Medium(Invitogen社)で希釈し、5分間室温でインキュベーションした。次に、OptiMEM/siRNA混合物と、OptiMEM/LIPOFECTAMINE 2000混合物を混合し、室温に放置した。この混合物を培地に加え、培養プレートをBiostation CT(ニコン社)の37℃、5%CO2インキュベータ中でインキュベートした。
尚、siRNAの代わりに水を用いた以外は、ネガティブコントロール1に上記トランスフェクション処理と同様の処理を施した(ネガティブコントロール2)。
【0160】
RhoA siRNAを導入された細胞(以下、RhoA siRNA処理細胞2)とネガティブコントロールの細胞(以下、ネガティブコントロール2)について、それぞれ2時間間隔で3日目までタイムラプス観察を行った。尚、2回目のトランスフェクション時を0時間とする(通算120時間)。図20は、各細胞(RhoA siRNA処理細胞2及びネガティブコントロール2)の0時間(通算120時間)後及び48時間(通算168時間)後の撮像画像を示す。0時間(通算120時間)後の両細胞においては、細胞形態に顕著な変化が観察されなかった。一方、48時間(通算168時間)後では、RhoA siRNA処理細胞2においてのみ、形態変化が観察され、RhoA siRNA処理細胞2の形態は、長細い形状を示した。この結果は、1回目のトランスフェクションの結果と同様であり、HT1080細胞に導入されたRhoA siRNAの効果は、トランスフェクション後、2回目のトランスフェクション時(通算120時間)には、完全に消失し、RhoA siRNAを導入された細胞は、siRNA導入前の形態にまで回復していることが観察された。
【0161】
上記タイムラプス観察における撮像画像に基づいて、0時間後及び48時間後(RhoA siRNA処理細胞2及びネガティブコントロール2においては、通算120時間後及び通算168時間後)における各細胞の「円形度」を解析した。結果を図21に示す。
0時間後のRhoA siRNA処理細胞1とネガティブコントロール1との間におけるヒストグラムの形状変化、又は0時間後(通算120時間後)のRhoA siRNA処理細胞2とネガティブコントロール2との間におけるヒストグラムの形状変化に特徴的なものは確認されなかった(図21上段)。
一方、48時間後のネガティブコントロール1とRhoA siRNA処理細胞1との間においては、ヒストグラムのピークが右にシフトしていることが確認された(図21下段)。この形状変化は48時間後(通算168時間後)のネガティブコントロール2とRhoA siRNA処理細胞2との間においても再現されている。このことから解析結果が撮像画像中の細胞の形態変化の状態を反映していることが確認された。
【0162】
本発明の化学物質のスクリーニング方法は、非破壊の系であるため、細胞に第1の化学物質を細胞に処理し、解析した後に、更に前記細胞に追加化学物質を接触させ、その薬効を評価することができることが明らかである。
本発明の化学物質のスクリーニング方法によれば、例えば、細胞内で経時的に発現が変化する遺伝子の挙動を詳細に解析することができる。
【符号の説明】
【0163】
11…インキュベータ、15…恒温室、19…培養容器、22…観察ユニット、34…撮像装置、41…制御装置、42…CPU、43…記憶部、44…特徴値演算部、45…度数分布演算部、46…評価情報生成部
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞に形態変化を生じさせる化学物質のスクリーニング方法であって、
(a)細胞にスクリーニング対象である第1の化学物質を接触させる工程と、
(b)前記第1の化学物質を接触させた細胞を時系列に撮像した複数の画像を読み込む工程と、
(c)前記(b)における前記画像に含まれる各々の細胞の形態的な特徴を示す特徴値を前記画像からそれぞれ求める工程と、
(d)各々の前記画像に対応する前記特徴値の統計処理データをそれぞれ求める工程と、
(e)前記画像間での前記統計処理データの変化に基づいて、前記第1の化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報を生成する工程と、
を含むことを特徴とする化学物質のスクリーニング方法。
【請求項2】
前記(e)の後、
(f)前記第1の化学物質を接触させた細胞に、更に前記第1の化学物質又は前記第1の化学物質に該当しないスクリーニング対象である追加化学物質を接触させる工程と、
(g)前記追加化学物質を接触させた細胞を時系列に撮像した複数の画像を読み込む工程と、
(h)前記(g)における前記画像に含まれる各々の細胞の形態的な特徴を示す特徴値を前記画像からそれぞれ求める工程と、
(i)各々の前記画像に対応する前記特徴値の統計処理データをそれぞれ求める工程と、
(j)前記画像間での前記統計処理データの変化に基づいて、前記追加化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報を生成する工程と、
(k)前記追加化学物質を接触させた細胞における前記評価情報に基づき、(f)〜(j)を繰り返すか否かを判断する工程と、
を少なくとも1回繰り返す工程を含む請求項1に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記統計処理データは、度数分布である請求項1又は2に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記第1の化学物質及び前記追加化学物質が、それぞれ独立して、低分子化合物、抗体、タンパク質、ペプチド、アンチセンス核酸、リボザイム、shRNA及びsiRNAからなる群より選ばれる少なくとも1つである請求項1〜3のいずれか一項に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記第1の化学物質がsiRNAである請求項4に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記第1の化学物質が低分子化合物である請求項4に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項7】
前記(e)及び前記(j)は、前記画像間での前記度数分布の差分を用いて、前記評価情報を生成する工程である請求項3〜6のいずれか一項に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項8】
前記(c)及び前記(h)は、各々の前記画像について複数種類の前記特徴値を求める工程であり、前記(d)及び前記(i)は、前記特徴値の種類ごとにそれぞれ前記度数分布を求める工程であり、前記(e)及び前記(j)は、複数種類の前記度数分布の変化の情報を用いて、前記評価情報を生成する工程である請求項3〜7のいずれか一項に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項9】
前記(d)及び前記(i)は、各々の前記度数分布における度数の区分を、前記特徴値の種類ごとの標準偏差を用いてそれぞれ正規化する工程である請求項8に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項10】
前記(e)及び前記(j)は、前記画像の撮影時間及び前記特徴値の種類がそれぞれ異なる複数の前記度数分布の組み合わせのうちから、前記評価情報の生成に用いる前記度数分布の組み合わせを抽出し、前記評価情報の計算モデルを求める工程である請求項8または9に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項11】
前記(e)及び前記(j)は、教師付き学習により前記計算モデルを求める工程である請求項10に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項12】
細胞に形態変化を生じさせる化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法であって、
(l)請求項1〜11のいずれか一項に記載のスクリーニング方法により細胞に形態変化を生じさせる化学物質を選択する工程と、
(m)選択された化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物を製造する工程と、
を含むことを特徴とする化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法。
【請求項13】
細胞に形態変化を生じさせる化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法であって、
(l)請求項1〜11のいずれか一項に記載のスクリーニング方法により細胞に形態変化を生じさせる化学物質を選択する工程と、
(n)選択された化学物質の構造を最適化する工程と、
(o)最適化された化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物を製造する工程と、
を含むことを特徴とする化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法。
【請求項1】
細胞に形態変化を生じさせる化学物質のスクリーニング方法であって、
(a)細胞にスクリーニング対象である第1の化学物質を接触させる工程と、
(b)前記第1の化学物質を接触させた細胞を時系列に撮像した複数の画像を読み込む工程と、
(c)前記(b)における前記画像に含まれる各々の細胞の形態的な特徴を示す特徴値を前記画像からそれぞれ求める工程と、
(d)各々の前記画像に対応する前記特徴値の統計処理データをそれぞれ求める工程と、
(e)前記画像間での前記統計処理データの変化に基づいて、前記第1の化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報を生成する工程と、
を含むことを特徴とする化学物質のスクリーニング方法。
【請求項2】
前記(e)の後、
(f)前記第1の化学物質を接触させた細胞に、更に前記第1の化学物質又は前記第1の化学物質に該当しないスクリーニング対象である追加化学物質を接触させる工程と、
(g)前記追加化学物質を接触させた細胞を時系列に撮像した複数の画像を読み込む工程と、
(h)前記(g)における前記画像に含まれる各々の細胞の形態的な特徴を示す特徴値を前記画像からそれぞれ求める工程と、
(i)各々の前記画像に対応する前記特徴値の統計処理データをそれぞれ求める工程と、
(j)前記画像間での前記統計処理データの変化に基づいて、前記追加化学物質を接触させた細胞の形態変化を評価する評価情報を生成する工程と、
(k)前記追加化学物質を接触させた細胞における前記評価情報に基づき、(f)〜(j)を繰り返すか否かを判断する工程と、
を少なくとも1回繰り返す工程を含む請求項1に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記統計処理データは、度数分布である請求項1又は2に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記第1の化学物質及び前記追加化学物質が、それぞれ独立して、低分子化合物、抗体、タンパク質、ペプチド、アンチセンス核酸、リボザイム、shRNA及びsiRNAからなる群より選ばれる少なくとも1つである請求項1〜3のいずれか一項に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記第1の化学物質がsiRNAである請求項4に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記第1の化学物質が低分子化合物である請求項4に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項7】
前記(e)及び前記(j)は、前記画像間での前記度数分布の差分を用いて、前記評価情報を生成する工程である請求項3〜6のいずれか一項に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項8】
前記(c)及び前記(h)は、各々の前記画像について複数種類の前記特徴値を求める工程であり、前記(d)及び前記(i)は、前記特徴値の種類ごとにそれぞれ前記度数分布を求める工程であり、前記(e)及び前記(j)は、複数種類の前記度数分布の変化の情報を用いて、前記評価情報を生成する工程である請求項3〜7のいずれか一項に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項9】
前記(d)及び前記(i)は、各々の前記度数分布における度数の区分を、前記特徴値の種類ごとの標準偏差を用いてそれぞれ正規化する工程である請求項8に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項10】
前記(e)及び前記(j)は、前記画像の撮影時間及び前記特徴値の種類がそれぞれ異なる複数の前記度数分布の組み合わせのうちから、前記評価情報の生成に用いる前記度数分布の組み合わせを抽出し、前記評価情報の計算モデルを求める工程である請求項8または9に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項11】
前記(e)及び前記(j)は、教師付き学習により前記計算モデルを求める工程である請求項10に記載の化学物質のスクリーニング方法。
【請求項12】
細胞に形態変化を生じさせる化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法であって、
(l)請求項1〜11のいずれか一項に記載のスクリーニング方法により細胞に形態変化を生じさせる化学物質を選択する工程と、
(m)選択された化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物を製造する工程と、
を含むことを特徴とする化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法。
【請求項13】
細胞に形態変化を生じさせる化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法であって、
(l)請求項1〜11のいずれか一項に記載のスクリーニング方法により細胞に形態変化を生じさせる化学物質を選択する工程と、
(n)選択された化学物質の構造を最適化する工程と、
(o)最適化された化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物を製造する工程と、
を含むことを特徴とする化学物質又は前記化学物質を含む医薬組成物の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図18】
【図21】
【図8】
【図9】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図19】
【図20】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図18】
【図21】
【図8】
【図9】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図19】
【図20】
【公開番号】特開2011−239778(P2011−239778A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−96258(P2011−96258)
【出願日】平成23年4月22日(2011.4.22)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年4月22日(2011.4.22)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】
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